🌸さらすな日記🌸

    🎌

「天 〜平和通りの快男児」/福本伸行

2017年12月04日 | 漫画


今、老後のことで悩んでいます。
老後のことで悩んだ時、いつも思い出すのは、90年代後半にハマった「天(てん)」という漫画です。
この麻雀漫画は、最後に主人公・天が尊敬する天才雀士、赤木しげるが自ら安楽死して終了します。
天才赤木は、認知症を宣告されたことで、自ら薬によって「赤木しげるの人生」に幕を引くことを決意します。
それに対して天は、「おれが認知症になった赤木さんの世話をするから…!」と自死をやめさせようと説得します。
そんな天に赤木は、こんな最後になったことへの無念を認め、赤木流の人生論を語ります。





そして赤木は言い切ります。
「おれは赤木しげるとして生き、赤木しげるとして死たいのだ」と…。



この作品のラストシーンを読んだ時、「これの何がいけないの?」と思いました。
「自殺はいけない、いけないという社会の中で、安楽死の処置を末期癌患者に施した医者が逮捕されてしまうこの世の中で、しかも多くの動物を、真の恩情から安楽死させている世の中で、認知症になった人間が、自らが自らを認識できなくなる前に、安楽死を選ぶことがどうしてそんなに罪悪なの?」と…。
要するに私が思ったのは、

「私も、そうしたい」

ということでした。
もちろん、不治の病を宣告されたその日に、まだ猶予の時間がありながらも安楽死を実行するのはあまりにも弱いとは思います。
それでも、人間は、特に面倒を見てくれる家族や弟子がいない人間が、死に際を自分で決めることが、地獄に落ちるような悪とはどうしても思えないのです。

私が本当に老後を迎えるころには、せめて65歳以上の健康を害した人の安楽死が、合法化されていて欲しいなぁと思います。


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「洗礼」/楳図かずお

2017年11月19日 | 漫画


この物語は、娘が母親に身体をのっとられてしまうお話です。

往年の美人女優だった母親は、自分の美貌の衰えを嘆き、ある計画をたてます。
それは、娘を産んで、その娘が少女に育ったころ、自分の脳を娘の身体に移植手術して、新たな身体を得て若返ろうとする企てです。
臓器移植どころか、完全なる身体全体の移植のための、出産、子育てでした。
娘のさくらは母親の狂気を感じ取り、恐怖を感じつつ育ちます。
そしてとうとう母親に施術され、身体を乗っ取られてしまいます。



ところが母親は、ある日自分自身の顔、もとはさくらだったその顔に、小さなほくろのようなアザがあるのを発見し、恐怖にふるえあがります。
そのアザこそ、自分の美貌を失わせた病気と同じ初期症状だったからです。

せっかく若い身体を得られたのに、その身体もまた、醜くなってしまうのか…?
そんな恐怖にとらわれながらも、彼女は担任の教師を性的に誘惑するなど、狂気の沙汰を繰り広げてしまいます。
そしてとうとう、担任教諭の妻に嫉妬するあまり、彼女を殺そうとしたことによって、さくら家の真実が暴かれます。

さくらに殺されそうになった教諭の妻は、閉じ込められていたさくらの母を発見するのです。
さくらの身体に脳を移植したはずの母親が生きていた。
脳移植手術は、すんでのところで暴れたさくらによって、母親が気絶してしまうことにより、回避されていたのです。
しかしさくらの心は狂気に陥り、「自分は、娘の脳を取り出し、その身体に移植手術をした母親」と信じこんでしまったのです。
さくらは脳手術などされていなかったにも関わらず。
それは生まれてからずっと、母親の「老いる恐怖、娘の身体を乗っ取りたい願望」をひしひしと肌で感じ取りながら育った恐怖の日々が、さくらに見せた妄想だったのです…。

さくらは、母親の「娘の身体をのっとりたい」という恐ろしい欲望に恐怖しながらも、同時にそれを、叶えてあげたい気持ちも持っていた…。

閉じ込められていた母親は、さくらを見るや、彼女を恐ろしい表情で追いかけますが、さくらをつかまえた途端、抱きしめて号泣します。
そしてさくらもまた、母親に抱かれて号泣します。

母娘の凄まじい愛憎の物語が、「洗礼」なのでした。

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「チャネリング体験記」「不思議クリニック」

2017年11月09日 | 漫画
20代〜30代の頃、家族関係のことでとても悩んでいました。
学校や会社の人間関係、プライベートの男女関係などは、本当にどうしようもない問題があれば、最終手段として完全に「切る」ことができます。

しかししかし、当時の私が悩んでいたのは、絶対に切ることのできない「家族関係」でした。
もちろん血がつながっていても、勘当とか絶縁とか、疎遠になるとか、あまり関わらずに生活をすることはできます。
しかしそれでも、法的には親族である以上、生死の問題が起きた時など、完全に無縁でいること不可能です。
何より、心理的に、ムリなのです。

そんな「逃げられない苦難」を抱えていた時に出会ったのが、瀧清流氏監修の「チャネリング体験記」でした。



この漫画のチャネラーは、宇宙の神秘や「ワクワクすることをしなさい」的なことを語るのではなく、相談者の苦しみの因果を、前世から解き明かすという方法をとっていて、それは「前世心理療法」に近いものでした。
例えば、仕事関係者からいつも裏切られる相談者は、前世で主君を裏切った臣下だったり、ある男性との葛藤を抱えていた女性相談者は、前世でその男性と、仕事と恋愛感情がからみあった葛藤を抱えていたり、そういう「現状の納得いかない出来事、感情」の理由を、過去生に起きた出来事で説明し、納得させていきます。

さらにこの後に連載されたのが、越智啓子氏監修の「不思議クリニック」でした。



こちらはでは、前世で夫、妻、愛人だった三人が、今世で父親、兄、妹となり、微妙な関係になったり、前世で支配的な夫の妻だった女性が、今世でもまた、支配的な母を持つ娘であったり、「家族とは、役割をコロコロ換えながら、学びあう魂たち」であるととらえていました。

そういった姿勢で、今世での問題の原因を過去生に起きた「物語」によって補完することにより、相談者を納得させ、心身症(心の病が身体にも出てしまう症状)を治していく…。
過去生の「物語」は、あくまでチャネラーやセラピストが「視えた」と主張しているエピソードに過ぎないのですが、それでも相談者は、「理由が分かった」ことで、腑に落ち、癒される…。

そんな物語をたくさん読むうちに、私も自分自身の家族間の問題に、私がなんとなく「こうなんじゃないか」と感じた、過去生の「物語」を作るようになっていきました。
ある種のパターンが分かれば、それは簡単に出来ることなのです。


続く


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「伊賀野カバ丸」/亜月裕

2017年11月03日 | 漫画


今、こうして記事を書こうとした時に、中学生の頃大好きだったこの作品が、どんなストーリーだったか、ほぼ覚えていない、ただ「おもろかった」ことだけを覚えている漫画です。

なぜストーリーを覚えていないかというと、伊賀の忍者村から都会に出てきたカバ丸の身体能力に目をつけた、美貌の生徒会長にむりやり野球部に入れられたりして、その巻は「野球マンガ」になってしまったり、学校間の抗争があったり、はたまたカバ丸が都会に出てきた理由である父親との因縁とか、いろんなことがないまぜになっていて、結局「どういう構成だったのか」があまり筋道立てて思い出せないのです。
なのであえてネットで調べるのもやめました。笑

ただ、ひたすら焼きそば好きの大食いカバ丸が引き起こすギャクが続いていくのが好きだったのです。😄





ちなみにこの少女マンガは、少女マンガ的絵をまったく描けなかった男のアニメーターたちによって酷い絵のアニメになったり、さらには当時人気絶頂だったジャパン・アクション・クラブが製作を牛耳った少年マンガチックな映画になったり、はっきりいって二次使用作品はどれもスタボロだったところがまた面白いというか…。


(ちなみに美貌の生徒会長役を真田広之氏が演じてらっしゃいます)

さて、そんな何もかもがハチャメチャなこの作品の中で、私が大好きだったのがカバ丸の義兄弟、霧野疾風(きりのはやて)というキャラです。

ギャクマンガゆえに美貌の生徒会長も顔が壊れがちだったこの作品の中で、唯一といっていいくらいクールな無頼派美形キャラとして立ってらっしゃいました。笑



その人気ゆえに、のちに疾風が主役の番外編もでました。
でもその作品を読むにつけ、「私はかっこい二番手、三番手キャラが好きなんだな〜」とつくづく感じたものです。

少年マンガの熱血主人公にクールな二番手美形キャラというのは、物語に勢いをもたせるうえでに本当にうまく出来た布陣なんですよね〜。

いろいろゲンナリするようなことがある中で、野生児カバ丸の元気パワーを参考に、エネルギッシュに生きていきたいものです。




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「エリート狂走曲」/弓月光

2017年10月15日 | 漫画


さて、「エリート狂走曲」のお話です。
これは、70〜80年代初頭にかけては、まだ中学受験が珍しかった頃の、中学受験戦争を扱ったコメディー。
関西から東京に引っ越してきた小学六年生の元気な男の子、哲矢は、中学受験を目指す美少女、唯ちゃんに一目惚れしてしまったことから、自身も名門中学を目指すことに。

そんな哲也の障壁になるのが、哲矢のハチャメチャな性格を嫌う担任の志乃田先生です。



哲矢は勉強を頑張りながらも、何とかして哲也の受験を失敗させようとする志乃田先生の奸計にも打ち克っていかなければなりません。
(まぁ、志乃田先生も、哲也のせいで奥さんに出て行かれてしまったり、理由はあるのです。笑)
そんななか、それでも哲也を支え続ける唯ちゃん。
まさに男の子の理想💖



ところが!
であるにも関わらず、哲矢は赴任してきたオトナの美人教師におか惚れし、唯ちゃんを悲しませたりやりたい放題。
しかしそこはドタバタコメディーだけあって、暗い展開にはならず、読んでる少女たちですら、「まぁ、どんなに可愛いガールフレンドがいても、オトナの女性に惹かれてしまう男の子の気持ちも分からなくはない(^_^;)」みたいな、そんな気にさせてしまうオモシロさ。

さて、なんやかやで唯ちゃんとまとまる哲矢ですが、ある夜、唯ちゃんに乱暴に襲いかかる夢を見て、ビックリして飛び起きます。
そして自分が初めて無精していたことに気づくのです。
驚いた哲也は、母親に相談。
その時、かなりさばけた性格の母は、「男の子がオトナになる時にはな、エッチな夢を見てしまうんやて」と平然と説明します。

そういう母(女性)の態度がどんなに、性の目覚めを哲矢が健やかに受け止めることを容易にしたか…。
後にそれを「汚いもの=自分は汚い」と思い込んで精神を病んでしまう青年の話を本で読んだ時は、「この漫画を読んでいれば…」などと思ったものです。

さらに少女読者たちも同様に、この漫画を読んでいた少女たちは、そんな男の子の性を汚いものではなく、当たり前のことなのだと自然に受け入れることができたのではないかと思います。

受験戦争を揶揄しながらも、第二次性徴を迎える少年少女たちの姿を楽しく描いたコメディー。
姪っ子にあげたら、母親に怒られるかなぁと思ってしまうご時世が、ちょっと寂しくはありますね。😄




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「おでんグツグツ」/弓月光

2017年10月14日 | 漫画


寒い〜、寒い〜💦 関東は11月下旬の寒さです。
こんな日はやっぱり熱々のおでんですね~。(*´﹃`*)

さて、おでんと言えば、私はこんな漫画を思い出します。



少女漫画雑誌、「りぼん」で、一条ゆかりさんらとともに一時代を築いた男性作家、弓月光(ゆづきひかる)さんの「おでんグツグツ」です。
弓月さんは、70年代の少女漫画界において、三大男性作家の一人として活躍されていました。
あとの二人は「スケバン刑事」の和田慎二さん、そして「パタリロ!」の魔夜峰央さんです。
その中でも、80年代には早々に少女漫画から足を洗い、青年誌へ移行して「ボクの婚約者(フィアンセ)」や「甘い生活」でヒットを飛ばした弓月さんは、やはり、他のお二人よりも、ある意味"少女の感性"とは、かけ離れていたと思います。
和田慎二さんがアクションやホラー作品を、少女を主人公に描いていたのに対し、弓月光さんはあくまで、「美少女や美女に恋する男性」を主人公にした作品、いわゆる「美女とオレ」的な作品が多かった。
それゆえ、その後の青年誌で「美女とオレ」の物語を描くことに、何ら支障は感じなかったのではないかと思われます。

しかも、70年代の少女たちを驚かせたのは、弓月さんの作品の男性キャラが、決して美女に紳士的ではなく、ある種のチョイ悪というか、オレオレ系というか、かなり「傲岸不遜な」キャラだったことです。



少女読者は、弓月光さんの男性キャラから、生々しいリアルな男性のエキスを得ていました。
さらにこの後で連載された「エリート狂走曲」という作品では、ついに男の子の第二次性徴のエピソードが描かれます。
少女たちは学校で女の子の性教育を受け、そして弓月作品で男の子の性教育を学ぶことができたのです。

私も大好きだったその「エリート狂走曲」のお話はまたの機会にして、とりあえず今夜はやっぱりあったかいおでんを食べたいですね〜。😄



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「こんぺいと・は・あまい」/くらもちふさこ

2017年10月07日 | 漫画


中学生のクンちゃんは、父親との二人暮し。
お母さんはクンちゃんが幼いころに天国に行ってしまいました。
それでも家事をしながら力強く生きるクンちゃんは、最近悩んでいることがあります。
それは…


クンちゃんは常に「ゴリラのポーズ」を取ってしまうことです。
なぜならクンちゃんは、ふくらみ初めた胸に、どうしてもブラジャーをつけることができなかったからです。
「オトナの女性」の象徴であるそれを、自分を「オレ」と称する少年っぼいクンちゃんは、恥ずかしくて恥ずかしくて、どうしてもつけられないのです。
たとえ「ゴリラみたい」と笑われても…。

この漫画は、「いろはにこんぺいと」という作品のスピンオフ漫画です。
本編では、同じ団地に住む幼なじみのチャコとトオルが、素直になれない葛藤を乗り越えて、無事カップルになるまでが描かれています。(少女漫画の王道。笑😄)
チャコもまた、クンちゃんと同じ、「男の子みたいな女の子」でした。
そしてやはり同じ団地に住む、チャコの妹のような存在だったクンちゃんの後日談を描いたのが、この作品なのです。

思春期の女の子にとって、相談できる女親がいないということは辛いことだと思います。
クンちゃんの「ブラが付けられずにゴリラのポーズをとらざるを得ない苦しみ」は、ついには淡い恋心を抱いている男子から、「ゴリラ、ゴリラ!」とからかわられ、その子を罵倒してしまうという、思春期における最大の心理的ピンチを招いてしまいます。

その絶望的な状況を救ってくれたのが、チャコでした。
姿勢の悪いクンちゃんを見かけたチャコが、男まさりの女の子の気持ちのわかるチャコが、すべてを察し、「ブラ付きスリップ」を持ってきてくれたのです。

クンちゃんは泣きながら、チャコに尋ねます。
「オレの欲しかったもの、なんで分かるんだ?」
チャコは答えます。
「そりゃ、好きな人のことだから、当然よ♡」
そう微笑むチャコは、以前の男の子っぽさはどこへやら、すっかり成熟した母性愛に満ちた顔です。

こうして思春期の難を乗り越えたクンちゃん。
クンちゃんもまた、いつかは好きな人の必要なもの(結局は、愛💖)が、分かる女性になることでしょう。😳




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漫画家 牧 美也子

2017年10月04日 | 漫画

60年代の売れっ子少女漫画家の一人に、牧美也子さんという方がいます。
華麗な絵で人気を博す一方、ご本人もまたたいそう美しく、あの手塚治虫氏が「こんな美人な漫画家がいるとは!」と言ったとか言わないとか。笑
とにかく手塚治虫氏との人脈があった牧さんは、手塚さんのアシスタントをしていた松本零士さんと知り合い、結婚します。
この時松本さんはまだ24歳。漫画家として大成するか否かもわからない男性でした。
そしてこの後10年間、漫画家としと全く売れなかった夫を、妻が漫画で稼いで支えて行くのです。

そしてとうとう松本零士氏は「男おいどん」などの漫画で人気を博す一方、「宇宙戦艦ヤマト」や「銀河鉄道999」などのアニメディレクターとして時代の寵児となります。
当時のアニメ業界では「メーテルのモデルは誰か?」というよくある疑問に対し、「松本氏は○○さんとか○○さんとか言っているけで、本当は漫画家の美人の奥さんでは?」と言われていました。

その時私は子どもながらに、松本氏の奥様が漫画家だったことを知ると、いささか微妙な気持ちになりました。
奥様が他業種の方なら夫の大ブレイクを手放しで喜べるだろうけど、同業者だと、そこに一抹の嫉妬が入ったりしないだろうか…?
奥様の「作家魂」というか、漫画家としての自尊心は大丈夫なのだろうかと、余計なお世話なことを考えていました。

それからさらに10年が経った1980年代後半、松本零士ブームがちょうど終わった頃です。
バブル期の影響かどうかは不明ですが、少女漫画界に少女を卒業して大人の女になった元少女たちのための「レディースコミック」なるものが誕生しました。
そのレディースコミックの草分けとなったのが、牧美也子氏でした。

大ヒットしてドラマ化もされた「聖女聖書(バイブル)」


源氏物語の性愛の要素も余すところなく描いた「源氏物語」

90年代に入ってから、牧氏の再ブレイクを知った私は、なんだか我が事のように嬉しくなりました。
それは牧さんが、天才の夫の存在にくじけることなく、ご自身の才能でヒット作を出したことが嬉しかったからです。
さらには、ある意味「中年女性」であり「主婦」である女性が作家として売れ、かつそれを夫の松本氏が容認したことも嬉しかった…。
偏見かもしれませんが、松本氏の世代は「結婚したら女は家に入れ」というような世代です。
実際に「漫画家をやめて家に入れ」と交際相手に言われ、泣く泣く漫画家を続けることを選んだ独身少女漫画家さんのエッセイも読んだことがあります。

牧美也子さんは「レディースコミック」の先駆けだけでなく、「少女漫画家の再ブレイク」「主婦漫画家」の先駆けでもあったのです。

今では牧美也子氏と松本零士氏のコラボ展示会なども催されているそうです。
どちらも綺麗な絵だな〜😄



牧美也子氏、御年82歳、益々のご活躍を期待しております💖


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たかなし♡しずえさんの食卓

2017年09月27日 | 漫画


小学生のころ、「こっちむいてスーキー」という作品が、妙に好きでした💖
アメリカの田舎町に住む少女スーキーと、幼なじみのピーターとのホノボノ物語。



この中で、料理ベタのスーキーが頑張って料理を作るエピソードがあります。
確かピーターのママが家を開けることになり、隣の家のスーキーがピーターの食事を作ってあげようとするのですが…。
しかしその料理が、ことごとく失敗してしまうのです。
マズいのをムリして食べていたピーターですが、それに気づいたスーキーは大ショック! みたいな。笑
そのマズそうに描かれたドロッとしたホワイトシチューや、べシャッてなったハンバーガーが、わたし的には逆に美味しそうだったんだよな〜♪ლ(´ڡ`ლ)
食いしん坊なので。笑

そして最後には、「誰かに料理を食べさせてあげたいと思う気持ちがあれば、きっと料理上手になる」そんなお話でした。

その料理エピソードがやけに印象に残っていた著者のたかなししずえさんは、最近では食卓マンガを出版されていました。
うう〜ん、さもありなん。





「おはようスパンク」や「おじゃ魔女ドレミ」などがアニメ化もされたたかなしさん。
みんな頑張っていらっしゃるんだな〜(*˘︶˘*).。.:*♡



こんな雑誌にも作品が掲載されているようです。
このマンガ、読みたい〜💖



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「お天気お姉さん」「さくらの唄」「バカ姉弟」/安達哲

2017年09月24日 | 漫画


90年代の中頃、ヤンマガ誌に「お天気お姉さん」というエロ漫画がありました。
あまり女性にはオススメ出来ないエゲツないポルノ・コメディーでありながら、脇役キャラのどこかしみ入るような繊細さが好きで、著者の以前の作品を読んでみました。
それは「さくらの唄」というシリアス作品でした。



その強烈な「性リビドーこじらせトラウマ青春残酷物語」に、「やはり…」的なものを感じました。
あくまで推測ですが、性リビドーのトラウマをアートで昇華させようとした著者の、「とは言えプロとしてやっていくなら、一度はきちんと売れなくてはダメだ!」という一念発起によって、完全に売れ筋を狙って描いた作品が、「お天気お姉さん」だったのではないでしょうか。
これでもか!と言わんばかりに、青年読者を楽しませるエッチな描写が繰り広げられます。
そしてその作品は見事に大ヒット!
アニメや映画化(ポルノ扱いでしたが)もされました。
しかし私はどこかで、著者の繊細な部分が、アーティスティックな自尊心が傷ついてしまったように感じました…。

それは「お天気お姉さん」の次に発表された「幸せのひこうき雲」というエロのない叙情的な作品に、どこかやるせない絶望感のようなものを感じたからです。
私はなんだか、著者の精神状態が心配になりました。
そして著者は、その後しばらく新刊を出すことがありませんでした。

数年後、本屋で、絵本のようなこの作品を見つけてビックリしました。



中身を読んで、なんだか嬉しくなりました。
私が好きだった「お天気お姉さん」の脇役、ヨリちゃんというピュアでマイペースなキャラを、さらに進化させたようなキャラがそこにいました。
さらにこう言っては僭越ですが、なんだか著者が解脱されたように思えました。
「無為の境地」に、到達されたんだなぁと、うらやましくなりました。





この作品は、無為に生きる人のさまを描いています。
子どもだから云々ではなく、ただ無為に生きる人の姿を。
無為とは、うまく言えませんが、ただ一瞬一瞬に殉じること…。
他人の目や、自我の欲のため、「何かのため」ではなく、ただおのれの良心のままに生きる…。
そんな風に、私も生きていきたいなぁと思いますね…。😳




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「夢やしきへようこそ 2」/さちみりほ

2017年09月19日 | 漫画


シリーズ終盤には、こんなに大きくなる勇太です。笑

それとは関係ないのですが、夢やしきに登場するおばけの中で、私の一番のお気に入りが、「二口女(ふたくちおんな)」の福ちゃんです。



民話では、後頭部にも口がある二口女は、ご飯を人の二倍食べる「悪い妖怪」です。笑
この二口女である福ちゃんというキャラが(夢やしき版の画像がないのですが💦)、くいしんぼで、とってもカワイイのです。
そして孤児だった福ちゃんは、お金持ちの家に下女として奉公に行き、そこで勝ち気なお嬢さまと出逢います。
この二人が、先にご紹介した「ヨコハマ物語」の卯野と万里子にそっくりなのです。
「もしも卯野が妖怪だったら」バージョンみたいな😄
そんな二人の身分を越えた友情が描かれています。

さらに続編では、お決まりの実家の破産にともない、狭い長屋で同居することになった二人が、大食い福ちゃんの食費を稼ぐために必死で働きながら(笑)、恋を経験するさまがコミカルタッチで語られます。
泣ける話の多い「夢やしき」の中で、一服の清涼剤のような活力に満ちた楽しいエピソードです。

ちなみに、この漫画の巻末には、著者のお母さんのおとぼけぶりを描いた4コマ漫画が載っていて、その「昭和の田舎の母の愛」に至極癒されたものでした。
サイトもあります💖
「お母ちゃんとおもしゃい東京ぐらし」


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「夢やしきへようこそ 1」/さちみりほ

2017年09月18日 | 漫画

日本を旅して回る「おばけ屋敷の一座」がおります。
しかし実は、彼らはみな、本物のおばけなのです。
ホンモノの鬼、ホンモノの三つ目小僧、ホンモノの河童、ホンモノのろくろ首たちが、おばけ屋敷の役者のふりをして巡業しています。
しかも彼らはみな、いろんな事情を抱えてこの一座に集まった、心優しきおばけたちなのです。
そんなある日、一座は死んだばかりの人間の赤子を拾います。
あまりの哀れさに、一座の座長であり、実は平安時代には「鬼族の大将」であった「兄(あに)さん」は、妖術をかけて赤子を生き返らせ、おばけたちみんなでその子を育てます。

赤子は「勇太」と名付けられ、今では仔河童や三つ目小僧のお兄さん役です。
一座のおばけたちは、そんな勇太をいつも優しく見守っています。

しかしある村で興行をした際、おばけたちが本物のおばけであることに気づかれ、そのイザコザの中で、本来は死人(しびと)である勇太は、妖術が溶け、死人に戻ってしまいます。
悲しみに暮れるおばけたち…。

そんな中、表紙で兄さんに抱かれている生き人形のおばけである「市松」は、兄さんに懇願します。
「ウチの目も口も、みんな勇ちゃんにあげる。だから勇ちゃんを、生き返らせたって…!」と…。
翌日、その村を静かに後にする一座の押し車には、生き返った勇太と、ただの布きれ人形に変わり果てた市松が、ちょこんと座っていました…。

明治、大正から、昭和へと、歳を取らないおばけたちの旅は続きます…。
戦場に出た夫の生死を案ずるあまり、ろくろ首になってしまった女性。
目が三つあったがゆえに、親に捨てられお寺に預けられた三つ目小僧。
それでも「これはええ子をもろた、ええ子をもろた」と喜んでくれた和尚さんと、死に別れてしまった三つ目…。
そして鬼の大将だった兄さんの壮絶な因縁話…。
人間との対立の中で、人間のどうしようもない醜さを知りながらも、人間の少年、勇太を愛さずにはいられない優しきおばけたちの旅は続きます…。



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大和和紀の明治

2017年09月17日 | 漫画


「はいからさんが通る」で一世を風靡した著者が、その約10年後に連載した「明治もの」です。
ブームになったけれど、作品としては破綻してしまった感のある「はいからさん」に比べ、ラストまできっちり描かれた、明治の世を生きる女性たちのお話。

資本家の勝ち気なお嬢様、万里子と、その家に引き取られた孤児の卯野(うの)。
正反対の二人は親友となるものの、ともに万里子の長馴染み、森太郎に恋をしています。
いろいろあった末、森太郎は万里子と両想いになり、卯野は泣く泣く失恋…。
しかしその後、万里子の父親が商売に失敗し、その窮乏を救うかわりにベンチャー起業家の竜助に結婚を迫られます。
家のために万里子は、イヤイヤながらも結婚を承諾…。
当初は反発しまくるものの、次第に男気のある竜助とラブラブになっていくという、まさに昭和の昼メロの王道!😄


さらにこの物語は、万里子自身が貿易商を切り盛りし、港町ヨコハマの発展に寄与していく女細腕繁盛記でもあります。
一方卯野は、万里子の結婚に打撃を受け、出奔した森太郎を追い、看護婦として働きながら最後には無事、森太郎と結ばれます。😊


さらにこちらは、日本では収まり切らず、アメリカにまで飛び出して、恋とキャリア、そして国際結婚をして家庭を築いていく女性の、やっぱりロマンス細腕繁盛記。笑


人種差別はどこ吹く風、オテンバな日本女性と、温和で知的で優しいアメリカ人男性の、異国の恋の物語💖

バブル期の作品ゆえか、「恋とキャリア」が必ず成就しますね。笑
身分を越えたパートナーの獲得と、仕事の獲得…。
本来なら下女扱いのままだった卯野が、お嬢様万里子と親友になり、恋敵になり、万里子の初恋の男性と結婚、そして万里子は逆に、山師で素性の確かでない竜助と結婚…。
しかし女たちはただ男の身分に引きずられるのではなく、自分の身分はあくまで自分自身の努力で創り上げていく…。
これが明治の世の、あるいみ「身分・下克上バブル期」の日本の気風だったのかもしれませんね。😃



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少女漫画になった新選組

2017年09月12日 | 漫画
新選組を扱った数多くの漫画の中で、私が一番好きだったのが、和田慎二先生の「あさぎ色の伝説」です。

(和田先生の描く土方歳三と沖田総司)
沖田を弟のように思う土方と、土方を兄のように、時には父のように慕う沖田。
物語はそんな二人が出会う様々な人々との人間模様を、カラッと明るく描いています。
新選組が京都へ向かう当たりで連載が打ち切りになってしまったことから、逆に、新選組の希望に満ちた時代のみに特化した作品となって、かえってよかったのではないかと思うほど、清々しさがある作品です。😄

さてこちらは木原としえ先生の「天まであがれ!」です。

どうですか、いかにも少女漫画風の沖田総司と土方歳三は!😄
宝塚歌劇団と言うのなら言え!って感じでしょうか。
しかし意外なことに、「あさぎ色の伝説」がさわやかな青春群像であるのに対し、いかにも華やかな少女漫画の「天まであがれ!」の方が、よっぽどダウナー系の作風であります。
それは、結核に倒れる沖田総司とヒロインの死別、戦死する土方歳三とサブヒロインの死別を主軸に話が進んでいくからだけでなく、ある意味男女の惚れたはれたよりも強い絆で結ばれていた沖田と土方が、ともに散れなかった切なさが残るからです…。
療養中の沖田は、土方や近藤らが戦いながら北へ北へと向うのを、ただ報されるだけなのです…。
さらには近藤が、盟友の土方と袂を分ち、降伏したものの結局は処刑されたことも病床で知ります…。

そして土方もまた、沖田が結核で旅立ったとの報を受け、すでに勝てるとは露とも思っていない決戦へと向かいます。
男装してまで土方の隊に付いてきた蓉姫に、最期にこう語って…。

そんな新選組の崩壊と敗北を最後まできっちり描いたこの作品もまた、青春群像のドラマでした。

果たして新選組の活動や、隊士たちそれぞれの生き方、政治感、イデオロギーを、青春の一言で済ませていいのかはわかりません。
ただ、彼らは敗北したことにより、青春を通過した「汚いオトナ」になる様を、他人や自分に見せることなく逝けたのは、一つの事実であるのです。


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「いちご時代」/川崎苑子

2017年09月06日 | 漫画


「ポテト時代」のそよ子さんの妹、ふう子ちゃんを主人公にした作品です。
コメディータッチだった前作に比べ、6歳の子どもの心理を描いた童話的な要素が強くなります。
そしてこの後、川崎苑子さんは、「ホットロード」などが人気を博した少女漫画雑誌を引退され、絵本作家へと転身されます。

物語はふう子ちゃんが幼稚園から小学校に上がるところから始まります。
ふう子は内気で超おっとり系の少女で、がさつなまでにテキパキ活動的なそよ子さんからしたら、「どうしようもなくトロイ子」です。
そんなふう子が小学校でちゃんとうまくやっていけるのか心配してます。
けれどふう子には、「食べ物の好き嫌いがまったくない」という長所がありました。なので給食問題だけは安心です。
ところが、入学直前に、ふう子の大好きな「お肉」が、パックに入ったただの物体ではなく、ふつうに生きていたブタさんやモーモーさんだったことを知ってしまいます。
大ショックを受けたふう子はその日からお肉が一切食べられなくなり、案の定、給食が食べられずにメソメソ泣く「問題児」になってしまいます…。

そんなふう子に手を焼く新米男性教師の元ガリ勉先生は、図画の時間にもふう子がのたのたして絵を仕上げられないことにイライラします。
他の生徒はさっさと仕上げしまい、ふう子だけが取り残されます。
ガリ勉先生は、「早く早く!もっとちゃっちゃと!」とせかします。
ふと、ふう子は先生を見上げ、尋ねます。
「どうして絵をゆっくり描いちゃいけないの?」
ガリ勉先生は、言葉につまります。
その問いに、答えられない自分を発見します。

この後ガリ勉先生は、ふう子の姉、そよ子に恋心を抱きます。
ただそれは、男女的な恋というより、違う価値観の発見した感動なのでした。
ガリ勉くんは子どもの頃からずっと、いい大学に入って公務員になり、堅実な人生を送るというレールの上を歩いてきました。
そしてそのレールからハズれてしまうことをずっと恐れていた。
でもそのレールは、脱線したら川に落下してしまう狭い鉄橋ではなく、レールの外には、広々とした大地が続いているのだということを、そよ子さんの生き方を通して知るのです。

当時就職したばかりで、いささか辛い思いをしていた私は、「敷かれたレールの上」なんてつまらないと思い、早々に退職してしまいました💦
学校を出て就職して、結婚して子どもを産み育てて死んでゆくより、もっといろんな何かがしたいと…。
そしてそのリスクを経験したなかで、川崎苑子さんがこの作品で語ったテーマに共感する一方、逆に今では、どんな人生にも「敷かれたレール」なんてないんだと思うようになりました。
それは高度成長時代の末期に、日本人が見た幻影だったんじゃないかと、今では思ったりします。(^_^;)



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