荒川三歩

退職したので益々自転車で走り回っています。
相変わらず近場中心ですが、これからは故郷でも。

あとは唐子山。

2016年10月18日 | 散文
白い雲が浮かぶ秋晴れの下、収穫間近の稲田の向こうに唐子山が佇んでいます。

去年の帰省時に偶然脇屋儀助の廟所に行き当たってから世田山に登ったのをきっかけに、笠松山・霊仙山と、近隣の知っている「城があった山」に続けて登りました。
後はあの唐子山だけです。

登山口です。ここから登ります。

一度だけ登ったように思います。
小学校の遠足かも知れません。

坂を行きます。


どんぐりがいっぱい落ちています。

この山一帯には100基以上の古墳があります。
なるほど、物成りの豊かさが窺えます。

急斜面の道です。
石段が多くあります。


萩の咲く山道です。


石段が続きます。




何か見えました。



頂上のようです。

こんな看板があります。


この道を行くと今治藩主の墓へ行けるようです。


崖道です。


瀬戸内海が見えます。


頂上は平らで展望所になっています。
桜が植わっています。


城があった痕跡は全くありません。


ただ野仏があります。


壊れた藤棚のようです。
藤も楽しめた場所だったのでしょう。


この山頂を切り取って城を築いたようです。
「唐子山頂 (国分山城・国府城・府中城ともいう)・・・」で始まる案内板があります。

初めに村上水軍の村上氏が城を築き、福島正則が治め、その後小川氏が領主になったが関ヶ原で破れ、藤堂高虎が今治城を築く時にここの石積みを解体して持って行った跡地に松を植えたら唐子のまげを結った姿に見えたので唐子山と呼ぶようになった、ような事が書かれています。
文字が風化して非常に読みづらいです。

西の山には58番札所の仙遊寺が光って見えます。

もう少し雑木の枝打ちをしないと、人が訪れる事は滅多に無いと思います。
私は念願が叶ったのでもう来る事は無いと思います。



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