花火、ときどき牛

花火について、またときどき牛について

[22] 漆喰を塗る理由 【花火】

2017-04-20 | 日記




漆喰をコテで掬い、壁に運び、うすく伸ばす。
その日、もう何百回、繰りかえしたか分からない作業を、もう一度、繰りかえす。

――この部屋で、大曲の花火の物語を書く。
――ここが、新しい仕事場になる。

重くなる一方の、コテを持った腕を左から右へと動かしながら、
ずっと考えていたのはそのことだった。

最初はルンルンで塗り始めたのに、途中からが長かった。

塗ったときはけばけばしい黄色だけれど、乾くと淡いクリーム色になるという漆喰は、
ひと肌のいい温もりを出しているようにも、
ただ単に、白くてきれいな壁紙を汚していっているようにも見える。

朝10時からスタートして、昼食と短い休憩だけを挟んで、
あとはひたすら同じ作業を繰りかえして、気が付いたら、夕方の6時になっていた。

右腕がだるい。
握力も、無くなりつつある。

考えてみれば、前の部屋での漆喰やペンキ塗りは、
休みの日に少しずつ、半年ぐらいをかけて作業したのだった。

でも、今の私に、そんな悠長な時間はない。
どうしても、今日中に仕上げなければならない。


もうすぐ夕飯が出来るからと母が呼びにやってきて、
ほとんど腕の上がらなくなった私を見て、もう一度言った。

――なぁ、なんでそこまでして塗らなあかんの?

――わからんけど、これだけは今日、絶対やりきらなあかんの!


禅問答にもなっていない、聞き分けのない子どものような返事をして、
全部できてからごはん食べるから、と母を追い返した。

夜の7時を過ぎるころ、ようやく終わりが見えてきた。

あぁぁーやれやれ、長かった。
でも、あと1時間もあれば、ぜんぶ、塗り終わるだろう。
…そう思ったら、なんともいえない安堵感に包まれた。

そのとき、あっと気がついた。

この記憶――

どこに向かっているのか分からない、いつ終わるとも知れないことを、
それでも黙々とやり続けることで、いつかふいに終わりが見えてくる。

という今日の日の記憶は、
これから、この部屋で物語を書いていく途中、
長いトンネルにはまり込んだとき、諦めそうになったとき、まるごと投げ出したくなったときに、
きっと私を助けるだろう、と。

そういうことだったのか。


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