次郎丸かなみの有味湿潤な日常生活

医療系オタク大人女子の日常生活やエッセイ、小説、楽描きイラストなど

ジグソーパズルのピース 2017.7.17

2017-07-17 14:38:00 | 日記
昨日長女とレンタルビデオ鑑賞会をしていて、ラブコメアクション映画の主人公とその恋人が
「私たちはジグソーパズルのピースみたいにそれぞれは歪だけど合わせればぴったりはまる。」
と相性の良さを例える台詞があった。
主人公からプロポーズして婚約した時言ったのと同じ台詞を、一旦は別れ別れになった二人が時を経て再会した時恋人から言われてよりを戻すのだが、どんな紆余曲折があろうともやはりジグソーパズルのピースのようにぴたりと合わさるのはやはり運命の恋人、縁があるからなのだろうな、と思う。
先日の神社巡りでお詣りした崇徳上皇の百人一首の句ではないが
「岩にせかるる滝川の割れてもすゑに会はんとぞ思ふ」
なのかもしれない。

だが実際にある程度の難易度以上のジグソーパズルをすると、角のある四隅は良いとして、それ以外の全てのピースは色も形も一見そっくり同じに見えるいくつかのグループに分けられはしても、微妙な色柄の違いを見分けて隣り合うべきただ一つのピースを見つけ出すのは決して容易なことではない。

そんな時にふとこれが正解ではないかと思えるピースを見つけたとする。
はめてみようとすると、ちょっとはまり辛い。
「ちょっと固いな。」
等と思いながら少し力を入れると何とかはまりそう。
それでピースがはまってしまえば、
「ああ、やはりこの位置にあるべき正解のピースはこれだったに違いない。」
と思うけれど、作業を進めるうち、真の正解ピースが後から見つかる。

はめ直してみたら、固くて力を入れる必要など微塵もなく、極めてスムーズに、如何にも自然に、音もなくピースは本来あるべき位置にすっと収まる。

ではそれまでそこに存在したピースは何だったのか。

もしもピースに心があれば、本来あるべきではなかった位置に無理やり嵌め込まれても、
「きっと自分の居場所はここなのだ。ここに違いない。」
と思い込み、そこに馴染まなければと合わない型に自らの体を沿わせようと必死に努めていたのかもしれない。

「いいや、違うよ。そこはあなたの居場所ではない。あなたが居るべき場所は他にある。そこから出でよ。そしてその場所に合わせようと無理をしてきた心と体を解放するのだ。無理やり体を伸ばしたり縮めたりせずとも、安楽に寛げる場所がある。本来あなたの居るべき場所が。」
と誰かが言ってくれたら、きっと涙を流さんばかりに喜ぶのだろうな、等と妄想が広がってしまった。

それぞれのピースに正しい居場所があり、その隣り合うピースは、無理をしなくてもぴたりと心地よく収まるものなのだ。

「運命の人はきっとこの人に違いない。」
と信じて、
「だからこの人に合わせなければ。」
と無理な努力を重ねているとしたら、それは間違いだ。
「こんなに歪な私に合うような人は滅多に現れるまい。きっと歪な者同士のこの人こそが私の運命の人になってくれるはず。」
等と無理やり自分自身を納得させようと努めねばならないとしたら。
本当に運命の人なら、ありのままのあなたでも、心地よく自然に馴染んでぴたりと合うはずなのだから。

嫌われるのが怖くて、自分を偽ってでも相手に合わせているとしたら、そんな関係は長続きはしないし、無理に関係を存続させようと必死にならなければならないのなら、いつかあなたが壊れる。

縁とか運命とかいうものは人智を超える力に依って操られているものだ。
それに抗おうとすることは、力を入れて誤ったピースを無理やりはめこもうとしているのだと思わなければいけない。

そんなことをふと考えてしまった。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 7月16日(日)のつぶやき | トップ | 7月18日(火)のつぶやき »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

日記」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL