次郎丸かなみの有味湿潤な日常生活

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波瀾万丈の偏差値 2017.04.05

2017-04-05 22:35:57 | 日記
人生には山あり谷あり。
凪いだ大洋をゆったりと航海するように常に平穏無事で幸福な人生を送れる人は一体どのくらいの割合で存在するのだろうか。
そんな人は皆無ではないかもしれないが、大多数の人は何らかの紆余曲折はあるのが普通だろうと思う。

テレビのバラエティー番組で数奇な運命や奇特な体験を再現ドラマを交えてドキュメンタリー仕立てで取り上げているのをよく見かけるが、そこまで珍しくはないとしても、一般的に殆どの人は経験しないような体験をするということはままあるとは思う。

例えば事件や事故、病気などは必ずしも誰もが体験することではない。
とはいえ、世間ではよくあること、と言えるレベルなのか、滅多に有り得ないこと、というレベルなのかの違いはあるだろう。

自分の人生は波瀾万丈の人生か否か、どのくらいレアなのか、どれくらいシビアなのか、などと考えてみたりする。

そこそこ他の人は経験なさげな体験をしてきたように思うが、それはかなりものすごいのか、それとも全然大したことないのか、と考えた時、学生時代の標準偏差というやつを思い出した。

平均値からどのくらい離れているかを現す指標だと教えられ、平均値近くは大きく膨れ上がり、両端に向かうほどに細くなって行く紡錘形の半分のようなグラフで示された偏差値というもの。

自分の人生の波瀾万丈の度合いは一体どの辺りなのだろう、とふと思った。

子供の頃や学生時代の家庭環境や、成人してからの自分の選択。
それから得たものと喪ったもの。
精神と肉体の受けた損傷と回復。

結構細くなったグラフの端に近い位置に居るのだろうか、それとも、自分が想像するほどではなく、多少偏ってはいても意外と平均値に近い位置に居るのか。

何となく無性にその答が知りたくなったが、そもそも人生の波瀾万丈の度合いなどというものは試験の点数のように簡単に評価できるものではなかろうから、知りたいと言っても知りようもないのだろうが。

経験しないで済むなら経験しない方が良いようなこともたくさんあったが、それはそれで人生の糧なり肥やしなりにすれば良いし、選択を誤ったかも知れないと思うこともあるが、その選択の結果が現在に繋がっているのだから、必ずしも悪いことばかりではなかったはず。
善きにつけ悪しきにつけ、浮き沈みの激しいジェットコースターのような人生もまた人生。
何も知らず、何も起こらず、微温湯に浸かっているような人生よりは遥かにスリリングでエキサイティングだと言えなくもない。

どんな人生だったかという評価は最期の時に決まるものであって、今はまだ途上ではあるけれど、途中経過の段階でもし波瀾万丈の偏差値を知ることができるなら知りたいものだ、とふと思ったのである。
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