大分市の病院に軽乗用車が突っ込んで多数のけが人が出るなど、高齢者による事故が後を絶たない。免許返納を呼びかける取り組みが進む中、なぜハンドルを握り続けるのか。1年半前に男子高校生をはねる事故を起こした90代の女性が、毎日新聞の取材に応じた。居住する地域は公共交通が乏しく、車を手放し難かった事故前の暮らしを明かした。

 事故は信号機のない交差点で起きた。女性が運転する軽ワゴン車と高校生の原付きバイクが衝突し、高校生は一時意識不明の重体となった。女性は道交法違反(ひき逃げ)などの疑いで逮捕され、昨年春に地裁支部で懲役1年6月、執行猶予3年の判決が言い渡されて、確定した。免許は取り消された。

 今年3月、周囲に田畑が広がる女性の自宅を午前中に訪ねると、女性は畑をくわで耕していた。耳が少し遠い以外は、受け答えもしっかりして、農作業をこなす日々だという。

 女性の運転歴は事故時まで約50年。農家で山でミカンを作っていたため「リヤカー代わりに」と40代で免許を取得した。しかし、最寄りの鉄道の駅は直線で7キロ以上先にあり、近くのスーパーも歩いて片道1時間の距離。便がいいのはタクシーに限られる地域で、農作業以外にも車を使うようになり、買い出しなどで車はなくてはならない存在だった。

 事故の公判で、事故車の修理依頼を受けた自動車修理工場の男性が、事故を起こしたらすぐ知らせるよう言い聞かせていたことを明らかにした。運転技能を不安視する周囲の目が少なからずあったのだが、女性は取材に対し「(現場の)道路はよく行くけれど、人通りは全然なかった。よく見とらんやった」と当時を振り返った。

 高校生は回復し、今春高校を卒業して看護専門学校に進んだ。進学先を選んだ理由は命を救ってくれた医療現場の人たちに憧れたからだ。母親(41)は現場で息子のヘルメットのそばに流れていた血の塊が忘れられない。「田舎は車がないと生活に困るというが、命を奪う理由にはならない。行政はもっと交通機関の整備を考えてほしい」と訴える。

 「(高校生の)その後がずっと気にかかっていた」と女性はつぶやいた。しかし、免許を返納しておけばよかったと思う一方で「買い物は(近くの)そこまでだから大丈夫かなと」と運転を続けた心境も漏らした。「私はもう年だけど(被害者は)今からの若者。本当に申し訳なかった」。女性は伏し目がちに語った。【林壮一郎】

 ◇返納支援、自治体に苦悩

 各地で高齢ドライバーによる事故が相次ぐ中、今年度から免許返納者の支援に乗り出す自治体も出始めた。しかし、各地の支援は申請時の1回だけという自治体が目立ち、長くても3年程度と取り組みは限定的。厳しい地方財政の中、自治体の苦悩も透けてみえる。

 福岡県みやま市が昨年4月から80歳以上の返納者にタクシー回数券を3年間支給する支援を始めたところ、当初予想の4倍超にあたる約130件の利用があった。その反響を受けて、今年度は対象年齢を70歳以上に引き下げたが、市の負担との兼ね合いで支給期間は2年間と1年短縮を余儀なくされた。

 福岡大の辰巳浩教授(交通計画・都市計画)は「支援には限界がある。市町村は、居住地と役所や病院などを近くに集約する都市構造のコンパクト化と、コミュニティーバスなど地域交通網の見直しを両輪で進め、免許なしでも移動、生活できる環境を作ることが重要だ」と話す。【青木絵美】