超高齢人口減社会に突入した「戦後」の日本は、まだ大介護時代の解を見いだせていない 

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■他人事ではなかった「介護殺人」の恐怖(5)

 高齢化する日本社会で相次ぐ「介護殺人」の実態を追った小社刊『介護殺人─追いつめられた家族の告白』(毎日新聞大阪社会部取材班著)は、大きな反響を呼んだ。このおぞましくも哀しい事件は、介護体験を持つ著名人にとっても他人事(ひとごと)ではないという。

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「私の場合、恵まれていたことに妻、義妹、義弟、息子、信頼できるヘルパーさんと、『チーム』を組めたので何とか介護を乗り切れたんだと思います。『介護殺人』に登場する方の多くは、『1対1』で介護に向き合っていますからね」

 こう説明するのは、認知症の義母の介護を8年間行ったフリーアナウンサーの生島ヒロシ(66)だ。

超高齢人口減社会に突入した「戦後」の日本は、まだ大介護時代の解を見いだせていない

「介護のトンネルの中に一度突入してしまうと、いつそこから抜け出せるか分からず、絶望の奈落へと蹴落とされます。妻は、夜になると1時間のうちに何度も、義母に『足が痛い』『トイレに行きたい』と大声で起こされていました。体力の限界もあり、妻の対応が少しでも行き届かないと、『ちゃんと支えて!』『足が折れる、死ぬ!』と喚く。挙句、義母は『うちに(娘ではなく)嫁さえいてくれればこんなに惨めな思いをしなくて済んだはずだよ』と悪態をつく始末でした」

 こうして「理不尽」が積み重ねられていった結果、

「ある夜、家に帰ると、妻が缶ビールを片手に台所で放心したように倒れ込んでいた。その妻の姿を見た時は声のかけようがありませんでした。辛かったですね。チームが組めていたうちの妻ですら、『ママ(生島の義母)が死んでくれたらいいのに、と思ってしまったことが何度かあった』と、後に振り返っていました」

『介護殺人―追いつめられた家族の告白―』毎日新聞大阪社会部取材班[著]新潮社■「ちゃんと拝んでいます」

 介護殺人は他人事とは思えないと異口同音に語った介護体験著名人。「彼ら」に起きたことは、次に「我ら」に起きることでもある。

 第1回に登場した大阪の女性は、取材の最後にこう繰り返した。

「(介護殺人は)やってはいけないことやいうのは分かってます。そやけど、こればっかりはその立場にならな絶対に分からん。介護してる立場じゃないとね」

 そして、

「旦那の命日には、ちゃんと拝んでいます」

 彼女は終戦の翌月生まれである。2度のベビーブームを経ながら、超高齢人口減社会に突入した「戦後」の日本は、まだ大介護時代の解を見いだせていない。(文中敬称略)

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(6)へつづく

特集「『橋幸夫』『安藤和津』『荻野アンナ』『安藤優子』『生島ヒロシ』他人事ではなかった『介護殺人』の恐怖」より

「週刊新潮」2017年4月6日号 掲載