ブログ日記 日々のうつろい 

退職後パソコンとガイドのボランティアをし、カラオケ(ポップス)やダンス等で生活を楽しむオジサンのブログ。

西隣区S小学校火曜ダンス教室H29年1月④

2017-01-31 23:34:39 | 日記

 このところ寒い日が続いていたが、今日は少なくとも日中は気温も少し戻ってきた感じである。

 午前中はいつもの様に過ごしていたが午後3時30分頃から南方面にあるディスカウント店に行って昨日買うのを忘れていた料理酒を買ったついでに柿ピーが安かったので3袋とインスタントコーヒーも買うことにした。

 自宅に帰るとすぐにトンボ返りならぬ、タッチ&ゴーで自宅に買物袋を置いて、今度は北方面のスーパーへと歩いて行く。

 と言うのも以前から述べているように夕方前に鮮魚が半額になるものがあるからだが、このところ目指す鮮魚を求めて何度かこの時間帯に出かけているが中々仕入の関係で取り扱ってないのか出てこない。

 何度か行くうちにぶち当たるだろうと思うと同時に足腰を鍛える運動を兼ねているから全然気にしていない自分がいる。

 北方面のスーパーに到着して早速鮮魚コーナーを見たが、今日も目指すものがないから、来たからには何かいいものを買って帰りたいものである。

 じっくり見て回って小松菜やぶなしめじが安いのでこれらはゲットし、その上で魚については青魚のイワシの丸干しとタイの開きがお値打ち品で購入しついでに発泡酒も買って買物袋を両手にぶら提げて自宅へ戻って来た。

 戻ってしばらくくつろいでいたが、やがて夕刻となりダンスレッスンに行く準備をしてバス停まで歩いて行く。

 昼間はそんなに気にならなかった気温も夕方になるにつれ下がっているのを感じるが、特にバス待ちでバス停に立っている時に吹く風には特に感じるものである。火曜日のダンスレッスン会場であるS小学校最寄りのバス停で下りてレッスン場である多目的教室に入ると数人のメンバーが準備を終えたばかりと言う感じであった。

 早速ダンスシューズに履き替えてルンバウォークの練習をすることにしたが、他のメンバーも最近は少しづつ自主的に行なうようになって来ている。

 やがて先生もやって来てその内時刻になりレッスンが始まった。ここの教室は入門コースだが、今日のレッスンの前半は3月初めに行なわれる生涯学習の発表会の出しものであるマンボを当日直前まで練習することになっている。

 基本的には昨年と同じ出しものであるが、ルーティンの一部を替えての練習となる。

 今日のマンボは最初から最後までを通して練習することになった。

 後半はタンゴであるが、これも部屋半分を廻って折り返しも最初のルーティンを折り返して元のところへ戻るように3組づつ班を分けて踊ることになった。

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福祉IT部会、H29年新年会&1月定例会(1/30の日記)

2017-01-31 00:38:01 | 日記

 今日は朝から曇った状態で雨も降るような予報が出ている。

 毎月の第4土曜日が福祉IT部会の定例会となっているが、今日は定例会を兼ねて新年会をすることになっている。

 女性メンバーが今日の会場を予約してくれたということで百貨店の一番上の階が有名な料理店が集まっているところだという。

 一流ホテルでもそうだがランチタイムは安くして誘客をしていることが多いが、ここもその口なのかも知れないが、こういったところは余り私には縁がない場所だがたまにはいいだろうということで参加することにしたのである。

 というのも毎年、忘年会か新年会のどちらかを行なっているが、今までずっと夕方に行なうことが多かったために夕刻からダンスレッスンをしている私にとって中々参加できないことが多かった訳であるが、今回は昼に行なうということで参加することにしたものである。

 昼12時から新年会を行なうと言うことなので午前中はいつものようにメールとカレンダーをチェックして、その後はゲームを少しした後はMSNニュースやYouTubeを見ることになる。

 先日アメリカの新大統領の就任式が行なわれたが、矢継ぎ早にいろんな手を打っているようである。

 早速、マッドドッグとあだ名のついている国防大臣が韓国に行った後、次に日本を訪れるようだが、韓国は真っ先に国防大臣が来るということで大喜びしているようであるが、はてそんなに喜んでいていいものかどうか。

 最近何かというと中国のご機嫌を損ねないように気を遣っている韓国だが、事実上朴槿恵大統領が干されて、全く誰が政府を代表することになっているのか分からないということのようである。

 そんな状態の中で民間団体が慰安婦像を釜山の総領事館前に設置したことにより日本が韓国駐在大使と釜山総領事の2人を一時帰国させているが、今回いままで大人しかった日本が突如として強気になったと狼狽したようだが、結局何もしないまま放置された状態が続いている訳である。

 安倍総理も日本が動く必要はなく相手の出方を窺っているということであるが、万一何もしなければ断交をも辞さない構えだとか。

 今まであまりにもコケにされて来て、慰安婦問題も不可逆的に双方で確認しあったにも拘らず、このザマなのはまともな相手とは言えず、国際的な取決めも出来ないような国とは今後何も信頼できないと言う立場である。

 本来ならばもっと早く韓国とは決別すべきだったのを歴代の内閣がズルズルと引き伸ばして来たことにも大きな責任がある。

 ということで、仮に国交断絶となっても日本が困ることは何もないどころかいいことずくめである。

 今のところは大きな世界の動きはないが今後徐々に表面化してくることだろう。

 日記に戻ると12時15分前にその百貨店がある最寄りの駅に到着し、百貨店内のエレベータ―を捜して移動し最上階に上がったが、色んな大きな店が入っているが、予め聞いていた店の名前を捜して見るがパッと見では目を引くようなものはない。

 がじっくり見てみるとそんなに大きな文字ではなかったが横文字で名前が入っていた。

 誰の名前で予約しているのか分からなかったが、結局我々の部会の名前で予約していて今日の会場となるコーナーへ案内された。

 女性メンバーが1人だけ席に座っていたが、聞けば何人か女性メンバーが来ているとのことで、今トイレに行っているとかであった。適当な場所に座って他のメンバーが来るのを待っていたが、その内ざわざわと数人がやって来てどの料理にするか店の前にある料理メニューの写真入りの看板の前でどれにするかとワイワイ行っている最中であった。

 1000円台から5000円程までのメニューがあったが、男性は殆んど2600円のステーキをメインとしたコースにした。

 女性達は鶏とか魚など色々と自分の好みがあるようでメニューを聞きに来た女性にそれぞれオーダーをいう。

 それらセットメニューにプラス350円で乾杯用に250ミリリットルのビールを頼む。

 やがて料理が運ばれてきたので乾杯で今後の活動の成功を期した後、めいめい近くの人同士で会話が弾む。私の隣の席だけ空いていたが、その女性は医院に行く予約が入ったので遅れるということであったが、我々の食事を終えた1時間後ぐらいにやって来た。

 食事をせずに来たとかでお腹が空いたと言いながらメニューを選び結局男性陣が食べたステーキをメインにしたものを頼み定例会に移行して話し合っている最中に一人食事をすることになった。いつも使っている定例会の会場とは違うのでPCやプロジェクターはないので資料を部会長が作成してメンバーに配布しそれに基づいて進めていく。

 定例会も特に問題なく終わり午後3時に解散となったが、私は帰りに西方面のスーパーに寄って買物をしたいと思い電車を乗り継いでやって来たが結局目指す目的の者はなく結局何も買わず仕舞で自宅に戻って来た。

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当区ガイドの会のグループメンバーと中央図書館へ

2017-01-29 23:26:42 | 日記

 今日はまた当区ガイドの会でグループを組んでいるメンバーと中央図書館に行って昔の地図を資料として捜すために集まることになっている。

 昨年の秋にガイド養成講座を実施して、終了後新たな会員を迎え入れて人数が増えたこともあり、1月の定例会で自分が興味を持っている内容について掘り下げて勉強するためにいくつかのグループ分けをした。

 私は当区を走る古道に興味があるために古道に準じる地域間の道や区内のもと村道がどのように繋がり、村と村の境はどうだったのか等について調べるグループに入ることにしたのである。

 他にも当区を走る鉄道や神社についてとか、色んなジャンルのグループ分けがある。

 このグループには7名の人が属することになったが、今日の参加者は1人を除く7名である。

 朝10時30分に集合と言うことでそれ迄の時間は昨日出来なかった洗濯をすることにしていつもの様にPCと洗濯機を往復することになる。

 9時40分までに洗濯物を干し終えて直ぐに地下鉄駅へと向かい、路線を乗り継いで中央図書館最寄りの駅で下車し集合場所へと向かう。集合場所の階に降り立って周囲を見回したがそれらしき当区ガイドの会のメンバーが見当たらなかった。

 同じ電車でやって来たメンバーと一緒にグルッと見たら離れたところに1人見えたので近づいて挨拶をしたが、調べ物をしたかったので早目に来たと言うことであった。

 その近くにグループの代表者もいたが、今日の参加者が全員揃ったところで、どういう内容を重点にして作業を進めるか、この後の作業の進め方について話し合おうということになる。

 図書館のフロアーで話す訳にはいかないから地下にある自販機コーナーに行こうということになり全員揃ってエレベーターで降りてその場所へと向かう。

 そこでこのグループの代表となったO氏を中心に順番に各人の思っていることを話して貰ったが、最初に自分で簡単な資料を作成して各メンバーに配った地図を見ながら村と村を渡りながら東隣の国(昔の国)へ向かう道を調べたいということであった。

 次の人は昔の地名などの呼称(大字・小字・番)について参考になる資料を提供してくれてその説明をしてくれた。

 その後の人達は最初に発言した人に遠慮したのか、それに合わせる感じであった。

 最後に私の番になって「確かに村を繋ぐ道や集落を繋ぐ道が何処にどうあったかを調べるのも面白いが、当区ガイドの会の他のメンバーにも知らせることが大事である。当区には3古道があるがそれに準じる地方道を押さえた上でそれをすればいいのではないか」と言ったら最初に発言した人も、「お馬道なんかもいいのでは…」と言ってくれたので大勢はその方向に進むことになった。

 話し合いも30分程で終わり、1人だけ抜けたが他のメンバーは全員元の階に戻り、今は区画整理された道になっているが、それ以前の昔の道が残っている地図を捜し、グループの代表が持参したカメラで必要な地域の写真を撮って行く。

 昭和に入るとかなり区画整理が進んでいるので中心になるのは大正時代の地図となるが、それでも所々が区画整理されている状態であった。今日の作業はこれら昔の地図の写真を撮ることとなったが、これからの作業は昔の道が残っている地図と現在の地図を合わせてみて一部でも残っているところを点線で繋いでいくということになる。

 そのためには同じ大きさのサイズ同士の地図を合せて見る必要があるが、どちらかの地図を拡大縮尺をするとともに透明にして見易くする必要があるが、やはりA3サイズに統一することになる。

 今日の作業はここまでと言うことで午前中に終えて自宅に戻り昼食を摂った後、午後4時頃まで自宅でいつもの様にMSNニュースやYouTubeを見ることになる。

 その後、北方面のスーパーへ買物に出かけたが昨日の夜に醤油が無くなっているので是非買って帰る必要があるし、リーズナブルなものがあればそれも買って自宅へと戻って来たが、出かける時に雨が降りそうな感じだったので傘を持って出たのは正解であった。

 自宅に到着する少し前から段々雨が降り出してきたので傘をさすことになったのである。

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古道連協、市外古道②の下見歩き

2017-01-28 22:33:51 | 日記

 今日は昨日とは打って変わっていい天気でこの時期の気候としては最高である。

 気温も昨日、一昨日の寒さから抜け出して日中はいい日和となり日だまりを歩くとポカポカとして気持ちがいい。

 今日はタイトルにあるように市内を離れて市外の古道を下見歩きする2つ目のコースである地域を歩くことになっている。

 元々は24日の火曜日に実施する予定だったが、事務局長の眼の手術で一旦日程が変更した矢先にインフルエンザA型に罹ったので手術日を変更して貰ったそうだが、結論として24日の実施予定であったが、今日に変更になった訳である。

 集合の時刻は変わらず午後1時に前回1回目の下見で歩いてゴールしたJR駅の一つ先の駅になったが、予めネットで集合に間に合う電車で行くことにして、午前中はいつもの様に過ごすことになる。

 早い目に昼食を摂って12時30分過ぎの電車に乗リ、集合駅には集合時刻に間に合う最終電車だったので急いで到着した駅の階段をいつものように2段上がりして改札に向かう途中で私の名を読んだので声の方向を見ると改札を出る前の構内で女性メンバーが3人程集まっていた。

 早く来た人が陽が当たる場所なので改札を出る前のこの場所で待っていたようである。

 「他のメンバーは?」、と訊ねたら今トイレに行っているという人もいて直ぐに戻って来て今日の参加予定の人は揃った。

 下見歩きに滅多に来ないTさんも今日は来ているが、彼女は今年度から当区ガイドの会の会長をしているので外部との折衝等もあってそちらの組織を中心に参加しているので滅多に一緒になることはない。

 最後の私がやって来たので出発することになりおもむろに駅の改札を出て駅前から商店街に入る。

 この商店街はアーケードになっているが、古道に沿って店が並んでいる訳である。

 商店街の途中を左折して直ぐのところに元々あった神社は明治初期に整理されて別の神社に合祀されているが、その神社は前回の下見コースのゴール地点である神社で、スタートした駅の北にある大きな神社に遷されたわけである。

 合祀される前にあった、その神社の跡碑が個人宅の庭にある珍しい状況である。

 聞けばそのお宅はもともとこの地域の庄屋であったということである。

 そして、その神社の中に、もともと王子社があったということである。

 商店街のアーケードがなくなって普通の民家がならぶ道の状態になったが、一路その道を歩いて行く。

 真っ直ぐ行くと国道と交差するが、その手前のところを右に曲がって少し行ったところに古い道であることを示す道標が置かれている。

 今でこそ真っ直ぐ国道と交差するようになっているが、元々はこのように右に曲がる道になって続いていたということになる。

 ただその右に曲がった道も歩いて行くと公園にぶつかり、公園の中の道を古道になぞらえて歩いて行く。

 古道は公園を出て、まだその先に続いていた訳だが、今は大きなスーパーマーケットの敷地になって営業されているので大きく迂回して国道まで出る必要がある。

 というのも、それ以外に道はないのでひたすら国道沿いを歩くことになる。

 国道を歩いていて、途中にあるバス停の横に古道を示す碑が立っている脇を通り過ぎて行く。すると国道の下を小川が右の方に流れてその手前に小川に沿って右に入る小道があるところまでやってきてその道に入り、ずっと行くとかなり古くからある神社にやって来た。

 もちろん式内社で古代に遡るが、この地を治めていた連(ムラジ)の創立だという由緒が書かれている。

 ここが途中の休憩地になるだろうが、問題はトイレが1つしかないので多数の参加者に対応できないので出来るだけ出発前に済ませて貰う必要がある。

 そこから先は国道と別れ左に曲がる広い道に入り、その道沿いを歩いて行くと左の先の遠いところに小高い台地が見えてくるが、そこは古墳である。

 近ければ古墳のところまで行きたいところだが、そこまで結構行かなければならないし、行っても上に上がることは出来ないことを昨年にも来て確認しているのでコースとしては遠目に見て歩くだけと言うことになる。

 それからしばらく歩いて横断歩道がある信号機のところにやって来て、同じ道の反対側に渡る。

 というのも今は広くなった道だが、古道は右の方に入る道へ曲がる必要があるためである。古道らしき道幅の道が右に繋がっているのでその道に入る。

 やはり新しくつけた道と違って古い家並みが道路沿いにあるので古道であることはすぐに分かる。

 しばらく歩いたところで次の市に入って来た。

 時刻にして3時になったので出来ればもうひと駅先に行きたいところだが、事務局長はインフルエンザが軽く済んだとはいえ病み上がりには違わないので余り無理をしないようにと言うこともあってこの市の駅を本日のゴールにすることにした。

 駅前に行くまで適当な喫茶店があれば入ろうということで道々捜しながら歩いて行ったところ三叉路の交差点から離れたところに喫茶店があるのを見付けて中に入る。

 テーブルではなくカウンターサークル式だったが、田舎町でもあり他に捜してもあるかどうか分からないので入ることにした。

 全員ヤレヤレと言う感じで全員がホットコーヒーを頼んだが女性陣の3人はトーストなど食べるものを一緒に頼んでいたが昼食を食べずに来たのかも知れない。

 男性陣はコーヒーのみでしばらくくつろいだ後、駅に行き私は普通電車でずっと戻り自宅最寄駅の一つ手前の駅で降りてスーパーに寄って買物をして帰り、到着後夕食の準備となる。

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久しぶりにSの店へ

2017-01-27 23:36:41 | 日記

 今日は金曜日と言うことでSの店に行くことにした。

 この店には少し前に記述したように昨年の5月に木曜担当の女性が辞めて以来ずっと行ってなかったが昨年暮れに資料を整理している時にカラオケチケットが出て来たので消化させるべく行ったことは伝えたとおりである。

 この店は当市内でも人気のある店で客の入りが少ない時間帯でも15人以上の客が入っている。

 場合によっては25人ぐらい入っている時もあるほどだから昼1時頃に行ってまだ少ない人数の時に歌い始めても午後5時までに4曲歌えたらマアマアいい方である。

 この店は曜日によって担当者が変わる訳だが、その担当者によって客の入りも変わって来るが跡を継いだ木曜担当者は私の好みじゃないので一番若くこの店で人気№1の水・金担当者のE子さんの時に行った訳である。

 一番若いと言ったって60代ではないと言う程度だが、当初、手持ちのカラオケチケットを使い終ったら歩いて30分かかる東隣区にある店だからもう行くのは止めようと思っていたのだが、担当者のE子さんは私のことを覚えていただけでなく、名前まで憶えていたことにびっくりしたことをお伝えしたことを覚えている人もあると思う。

 あとからE子さんに何で名前まで憶えていたかと訊いたら私の年代だったら殆んどが演歌で、ポップスを歌う人は少ないのはモチロンだが、「浜田省吾」の曲を歌ったからであるということだった。

 彼女は浜省の曲が大好きな人だったということである。

 それは年が明けてチケットがまだ残っていた2回目に行った時の後日談だが仮に印象が強かったとしても3年程もずっと行ってないのに3年後、顔を覚えていたとしても名前まで憶えていることはまず考えられないから、感激してしまったのである。

 そうなると彼女の気持ちに報いるためにも「続けて来ようか」という気持ちになったということである。

 ということで午前中にいつもの様にメールやカレンダーのチェックなどをし、MSNニュースやYouTubeを見ていたが、12時前にSの店に行くことにした。真っ直ぐ歩いて行けば30分程かかる。

 Sの店は東隣区の有名な商店街の北の方にあるが、その商店街の南の出入り口付近に地元の人に紹介された寿司店の昼食時のサービスメニューに「握り10カン」というのがあるが、それを食べるのがパターン化してしまったので、その店に寄ることにした。

 それを食べ終えて商店街を北上してSの店に入るとカウンター席はそこそこだったが珍しく手前のソファー席が6,7人と少ない状態だったが、カウンター席が2つほど席が空いていたのでいつも奥の方に座るが、今日は手前の方に座った。

 このカウンター席には常連さんが座ることが多いが、私も木曜日にはいつもカウンターに座っていたが、同じ感覚で座る。

 前回までにチケットはなくなっているので早速カラオケチケットを購入し何を歌おうかと思ったが最近はカラオケの本がないのでデンモク(曲を入れる機器)を借りて選曲する。

 いつもの3人の歌手(浜田省吾、鈴木雅之、高橋真梨子)の曲をメインに歌っているが、3枚のチケットにそれぞれ記入して一度に渡した。

 カラオケ喫茶では歌い終ってから、その都度次の曲のチケットを1枚づつ出すのが暗黙のルールだが、本がないのでデンモクを長く借りる訳に行かないのでまとめて書いて渡した訳である。

 ベテランの人は歌詞カードを書き込んだ手帳を持っていて曲とその№を予め控えていて、それを書いているようだが、私は今までそんなものを持ったことがないので戸惑いがある。

 私が3曲歌い終わった頃に女性が一人でやって来て空いていた私の左隣のカウンター席に座った。最初は普通にしていたが色々と話しかけてきて仕事帰りに寄ったとか、片方の目を手術して明るい画面は見にくいとか、演歌は歌わないとか、子供はいなくて、20歳ほど離れた旦那を10年前に亡くしたとか、あなた(私のこと)よりは大分若いと思うとか結構いろいろとよくしゃべる女性である。

 彼女の歌を聴いたがなるほどポップス系の曲だが、余り聞いたことがない曲がお好きなようである。

 私の4曲目を歌い終わったら4時30分で、もう1曲歌うか、このまま帰ろうかと思ったが隣の彼女の2曲目を聴かないと悪いかなということと、金曜日は通常区民センターダンス教室があるが、今日は休みなので少々ぐらい遅くなってもいいだろうということでもう1曲歌うことにした。

 というのも今年になって今日が2回目だが前回来た時にリメイクされたゆっくりバージョンの「木蓮の涙」を歌った男性がいたが、E子さんに原曲はスターダストレビューが歌っていることを言った時に「次にそれを聴かせて…」と言われていたのでこの曲を歌うことにしたのである。

 何年振りか、久し振りに歌うことになったが、そんなやりとりをしている時に隣の女性も2曲目を歌ったら帰る予定にしてオーバーコートを着ていたが「あなたの曲を聴いてから帰る」ということになった。

 結局今日は5曲を歌ったことになるが、隣の女性(好みではないが…)と顔見知りになってまた会うことになるようである。

 店に出る時隣の女性も出るかと思ったが、そのまま席に残っていたが、そのまま他のカウンターの顔見知りの男性達に声をかけて店を出てE子さんに店の外まで見送られ(全ての客にする)て商店街を南下し、途中のスーパーでちょっとした買い物をして自宅に戻って来た。

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