ブログ日記 日々のうつろい 

退職後パソコンとガイドのボランティアをし、カラオケ(ポップス)やダンス等で生活を楽しむオジサンのブログ。

午前に整形外科、午後からSの店

2013-10-31 23:11:01 | 日記

 相変わらず今日もいい天気に推移している。

 今日は木曜日と言うことで午後からSの店に行く予定にしているが、午前中は整形外科医院に行く予定にしている。

 ずっとこのブログを読んでいる人はご存じの通り、年ほど前に定期健診で骨量が少ないという結果が出て、最初は内科の医者に検査してもらったが、手の甲のレントゲン検査ということで特に問題なしということだったためその年は放置していたが、翌年の定期健診でも同じ結果だったからやはり専門の医者に掛かろうと思って色々インターネットで検索した結果今の医院に行くことにしたのである。

 この医院は当区の中にあるが自宅からは結構遠く歩けば分は優にかかる距離がある。

 自宅の近くにも整形外科医院はあったがやはり第に流行っていること、そして体幹部をX線撮影できる設備があることが最低の条件であり、距離が遠いことは別に判断材料にはならずむしろ遠い方がそこまでどうしても歩く必要があるので却って好都合ということだったのである。

 というのも歩くための条件として少し遠くても身体のためになるからいいじゃないかと思ってのことである。

 今日はたまたま月末と言うこともあり、家賃を払うためにキャッシュコーナーに行って金を引き出しておく必要もあったのでその足で西方面行きのバス停に来たら発車時刻表では分後だったので途中までバスに乗ることにした。

 しばらく待ったらバスが来たので乗り込みつ目のバス停で降りたが、西向きではつ目のバス停だが、東向きならつのバス停があるほどその間の距離は結構あるのである。

 本来なら西向きの方にももうつバス停を作りたいところだったのがバス停にする適当な場所が取れなかったということじゃないかと思われる。

 それはともかくバス停から降りた後、南にずっと歩いていくことになるが医院に到着すると待合所はガラ空きでおまけに先生まで待合所に面してる受付にいて「いらっしゃい」と出迎えてくれた。

 すぐに診察室に呼ばれるかと思っていたが、他の人が呼ばれて少し待機することになる。

 やっと呼ばれて中に入ったら「どうですか、その後…」ということで「特に問題ありません」で終わりである。

 ただ今日は朝一に尿を採取して持参したが、正式の検査では最低週間かかるが、当医院での簡易検査ということの結果は糖タンパクなどは異常なしということで毎回検査しても同じことで身体の調子は至って順調そのものである。

 そこで「薬をまた出しておきます」と言うことで処方箋を書いてもらうことになるがたったこれだけのことで割負担で円だから倍すれば円ということになるから医者はボロモウケである。

 一方薬はと言うと骨量を増やす薬で週間毎に粒飲むということで週分の薬だから粒で円の負担だからこれも倍すると円ということでかなり高い薬だということになる。

 帰りも元来た道を戻りバスがすぐに来るようだったらバスで帰ろうと今度は東向きのバス停に向かうが分程前に出ているので次に交差点を渡り、交差点北のバス停から東方面へ行く路線バスのバス停に行くと分ほどしたら来る時刻だったのでそのまま待つ。

 そのバスで自宅に最も近いバス停で降り一旦自宅に戻って荷物を置いた後、降りたバス停に行きバスに乗っていつものつ目のバス停で降り北へと歩いて商店街の寿司屋さんでいつものカンを食べ午後時過ぎにSの店に到着したら、前回と同じように人の客しかいなかった。

 歳を超えた歌の上手い女性がまず歌い、次に私が歌ったが、歌い終わってしばらくしてカウンターに座っていたら夫婦と思しき高齢の男女がやって来てカウンターの少し奥に座る。

 女性の方は元気に歌ったが男性は歩くのも弱々しい感じであるが、歌の方ももう一つ弱いがカラオケがお好きだと見えてリズムには乗れている。

 その後も客が増えてきて最も多い時で人ぐらいになったが、前回も来なかった粋なKオバちゃんは結局今日も来なかったが、時過ぎにおやつを持ってやって来るママに「Kさんが前回も今日も来てないけど何かあったの」と聞くと月曜日には来てたよ」と返ってくる。

 どうやら顔に似合わず人でカラオケ喫茶に入るのがキライの感じである。

 今日は最初の内は観客しかいなかったので合計で曲を歌ったということになる。

 それにしても今日は初めて顔を見る人が多く、私の左隣に座った恰幅のいい代ぐらいと思える男性は時過ぎにおやつを持って店に入って来たママが「先生」と呼んでいたが、その男性が曲だけ歌って帰って行った後、木曜日担当の女性に聞いたら「カラオケ」を教えている先生だということである。

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予定が特にない一日(10/30)

2013-10-30 22:27:12 | 日記

 今日もいい天気に見舞われて気持ちのいい朝を迎えることが出来た。

 こんないい天気ばかり続けばイイナなんてつい思いがちだがやはり春夏秋冬年を通して季節季節で寒暖の差があってこそ初めて色んな天候の変化がある訳だから四季に恵まれた日本で生まれたことに感謝をしたいものである。

 普段はこの豊かな自然に恵まれていても有難味を感じることもなく過ごしがちだがこの極東と言われる地域でしかも日本海によって大陸から日本列島が隔てられた島国であるが故にこのような豊かな自然に育まれて先祖から受け継がれて残されたこの国土をいつまでも残していきたいものである。

 ところが昨今、ドンドンと外国人がこの美しい日本の国土を買い漁っているのである。

 最近、森林だけじゃなく都会の町中なども侵食されてきているということである。

 尖閣列島や竹島で中韓との間でぎくしゃくしているのはご存じの通りだが、お互いに国民同士が好きじゃない、嫌いだなどと言っているうちは子供の喧嘩と一緒で大したことではないが、今ドンドンと国土が買われているということは彼ら、中国人、韓国人は着々と日本の国土を合法的に買い漁っているんですよ。

 このことをもっと多くの日本人は知って大きな声をあげないと取り返しのつかないことになるんだということである。

 こんなことを書くと多分、何をトチ狂ってるんだという風に思うかも知れないが彼らの本姓を知らないからそんな風に思うのである。

 つまり日本人同士ならツーカーで分かり合え、相手の立場にも立って物事を考えるけれど彼らは絶対に一度手にしたものは離さないということを皆さんは余り知らないようである。

 私は以前日本海側の出身だと書いたことがありました。

 子供の頃に彼らのイヤらしさと言うものを身近に経験して知っています。

 また大人になって全国各地を回った時にも色々経験しましたが、彼らと実際に接触していない人は日本人同士と同じような感覚で物事を見てるでしょうが、彼らは金しか信用しませんし、身内のことしか考えていません。

 だから韓国ではサムソンや、現代グループの様な大財閥の社ほどで韓国のGDPの割を占める程になっていて、一握りの財閥企業に勤めるエリートだけが突出した給料をもらう反面、有名大学出身者であっても財閥企業に就職できなかったものは惨めな生活をしなければならないことになっている。

 だから物凄い競争社会でほんの一握りの者が支配する構図になっていてイビツな社会構造になっているのである。

 だから自殺者の比率は日本も高いけどそれをもっと上回る高い比率だということである。

 つまりこんなイビツな状態に何故なったかと言うとこれはひとえに国民性である。

 他人のことなんかを思いやるようなそんな甘いものではないということで、長い間に培った昔からの風土がもたらしたものである。

 韓国も日本と同様に昔は自然の豊かな国土であったが森林を伐採するだけで植林をしなかった。

 つまり自分さえ良ければ後のことはどうでもいいという発想である。

 それが日本では自然を敬い日々の糧を得られることに感謝をし、伐採した後には植林をしてきたというその差が今まさに韓国の禿山と日本の緑豊かな森との差となっているのである。

 先人たちが営々と残してきたこの貴重な財産である国土を彼らに安易に売り渡してはならないのである。

 仮に売るとしてもアメリカや中国のように外国人は取得できないような法律を作るべきなのである。

 問題は国土だけじゃない。

 NHKや朝日、毎日の報道機関に彼らは触手を伸ばしているのである。

 最近のNHKや朝日、毎日の報道がおかしいと思いませんか。

 中国・韓国寄りの報道をしているでしょう。

 政府のすることは大いに批判をするのに中国や韓国寄りの報道ばかりをしていることにもっと疑問を感じてほしいものである。

 それにソフトバンクの孫正義、彼は日本に帰化しているけれど、本来なら帰化して日本人になったのなら日本のためになることをすべきなのに就職している社員は殆んど帰化人か、在日中心の採用である。

 つまりは日本人のことよりも元同じ国民だった者を中心に採用しているということである。

 彼らは日本人に成りすましているが心のなかは中韓そのものだということを肝に銘じておいてほしいし何か事が起きたらパッと身を交わすことを何とも思わない。

 彼らにしてみれば帰化なんて生きていくための方便で何度でも帰化することに躊躇しない。

 だから中韓で日本製品のボイコットをしているのならこちらだって中国製や韓国製、だけでなく表面だけ日本人面をした在日や帰化人の会社の製品をボイコットするべきなのである。

 とにかくソフトバンク製品は買うのをやめましょう。

 それに一般の人が知らない会社がワンサカありますよ。

 ロッテなどは知られている方だけど、まだまだ一般には知られてない企業が沢山あります。

 パチンコは殆んど韓国人の経営で前にも言ったように上がりの何パーセントかは北朝鮮に上納していて、その資金が日本に飛んでくるミサイルや核爆弾に化けているんだということを知っておく必要がある。

 極端に言えばパチンコをやっている人は昔風にいうと非国民ということである。

 パチンコは絶対に儲かりません。

 そうでなければパチンコ屋がこれだけドンドン大きくなる訳がない。

 そんなものに時間と労力を費やすなんてバカの骨頂である。

 つまりは日本は丸裸状態でどこからでも手を付けられる国だからもっともっと戸締りをしっかりする必要がある。

 今日は特に予定がないので常日頃懸念していることを書き連ねました。

 このブログを見ている皆さんだけでももっと中国・韓国について関心を持ってください。

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西隣区小学校火曜ダンス教室10月レッスン⑤

2013-10-29 23:37:13 | 日記

 今日もいい天気になったが洗濯は昨日のうちに済ませているので今日はパスである。

 今日も夕方のダンスレッスンまでは特に用事がないがメールを開けると市SAの事務局長からブログ掲載の要請が来ているが、添付されていた原稿を見ると当会の副会長をしている女性が別の組織で行なっているボランティア活動の講習の内容の紹介と参加者の募集であったから当会とはなんの関係もないのではないかと言う返信メールを送りブログに載せることは留保した。

 未だそれに対する回答は明日に替わろうとする深夜になっても来ていないが、当会の活動の模様を案内したり紹介するためのブログなのに他の組織の活動を何故紹介しなければならないのか理解できない。

 当会とその組織が合同で何かの行事をしたことをブログに載せるというのなら理解できないでもないが、副会長が個人的に参加している別のボランティア組織の講習に参加するようにブログで会員に呼びかけるなどというのは問題外の外であると思うが、私の偏見だろうか。

 それと、来月月の当会のつの行事に参加できるか出来ないかを返事してほしいと言うことだったのでそれについてもメールで返事をする。

 来年の総会に向けての週の日程でどうしても参加できない日はいつか知らせてほしいとのことであった。

 そんなことで今日は少し時間を取られたが、その後はニュース、を見たり、Youtubeを見たり、ゲームをしていたが、警備の厳しい天安門広場で車が突っ込んで人が死亡したという記事が載っていたが、NHKニュースがそのことをテレビ報道した途端に例によって中国では突然画面が真っ黒になったということである。

 しかし共産党の一党独裁による政府に何度となくこうした抗議のデモンストレーションが行われてきた。

 車で乗り込んできたのは弾圧を受けているウイグル族ではないかということであるが、しかしそれにしても厄介なことである。

 日本が防衛費を増やしたことに対し中国では盛んに阿倍総理大臣に対し右翼呼ばわりしているが「明後日に行ってきな」で何をかいわんやある。

 毎年%ほどアップの防衛予算を連続して組んできた中国こそが自身を顧みることが求められるというものである。

 ところで月もそろそろ終わりになってきたが、つい今月の初めごろまでは暑い日があったのにめっきり秋も深まって来た感じで急にこのところ寒さを感じる時間が増えてきた。

 そう言ってる間にも冬将軍がやって来ることになるが今冬は寒くなるのか、はたまた暖冬となるのか気になるところである。

 夕方になってダンスレッスンに向かうために西方面行のバス停に歩いて行くが、夕方ともなると気温が低くなったのを感じることが多くなってきた。

 昨日もだったが今日もバスの到着が遅れて、分程遅れているが、小学校の門扉の前にやって来るとダンスメンバーが人既に来て待っている。

 今月は私の当番ではないが、当番のOさんの里の親の面倒を見るために長く故郷に滞在するので当番の鍵を預かって欲しいということでカギを預かっているのである。

 というのもいつもバスの到着時刻の関係で番に来ているからであるが、そのOさんの自宅の傍に住んでいるNさんとか月前に入ったばかりのTさんの人が私を待っていたのである。

 「遅かったのね、忘れているのかと思った」ということだったから「私が遅いのはバスが遅れたからである」といい、一緒にNさんと中に入ったがTさんは校門のところでダンスシューズを忘れたと言って自宅に戻って行った。

 Nさんと人でレッスン場の教室に入り、準備をしていくが、来月はNさんが当番になるので預かっていたカギを渡す。

 椅子を出し終えてダンスシューズに履き替えてしばらくしたら先週休んでいたK氏が真っ先にやって来た。

 次第にメンバーが揃っていくが、K氏がいつもベテランの女性を掴まえてステップを教えて貰うのが日課のようになって早速今日も始めた。

 私もそのお付き合いをさせられてワルツが始まったが、私も月曜日のワルツと火曜日のワルツの違いがどうだったかを忘れてしまっている。

 そのうち先生もやって来て時刻も来たので始まったが、前半は月の生涯学習で発表するマンボから始まったが、フォーメーションの最初から最後まで一通り行なうが、最初の内はアヤフヤであったが回を重ねるごとに段々うまく合うようになってきた。

 後半はワルツであるが、これも前回の時には部屋が狭いためにスローアウエィの後、リカバリーをしてからシャッセで行くところを、クローズドにするやり方を行なう。

 ダンスパーティではシャッセを使うことが多い中でクローズドにする方法も覚えておいたらいいだろうということなのでそのやり方を学ぶ。

 

 

  

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西隣区小学校月曜ダンス教室10月レッスン④

2013-10-28 23:04:05 | 日記

 昨日に引き続いて今日もいい天気で始まったので早速洗濯することにした。

 昨日はリレーウォークの本番と言うことで持参するものなどを用意したりして洗濯をしようという余裕がなかったと言える。

 いつものようにPCと向き合いながら洗濯機との間をスイッチを入れたり、切ったり、或いは水道の蛇口を開いたり閉じたりで右や左にひねったりするために何度も洗濯機との間を往復することになるが、これも運動の一環と考えているから身体に楽させることは一切考えていない。

 世の中だんだんと便利なものが出てきて何でも簡単に出来るようになっているので購買意欲を掻き立てて次の消費に繋げないとGDPも上がらないし、日本経済も成り立っていかないことは分かるが、個人個人が生活していくには各々の生活信条と言うものがあり、世間の波とは真逆であっても一向に構わないと思う。

 私が子供の頃は世間全体が貧しく、ツギハギだらけの服を着て鼻水垂らしていつもお腹を空かせ、甘いものは殆んどなくて砂糖は貴重品であった。

 スキヤキなんてお客さんが来た時や、家族の誕生日、盆暮れなどの限られた時にしか食べられなかったので各家庭ではいざという時のためにウサギや鶏を飼っていたものである。

 そんな状態は敗戦後だけじゃなく、戦前からあった日本に於けるごく普通の光景で昨今のように誰でもがいつでも好きな時にどんな贅沢なものでも金さえ出せば食べられると言う時代となり、いつのまにかそれが当たり前として慣らされてしまっている。

 そういう少年時代を経験してきた我々の年代の者しかかつての貧しかった日本を理解することすらできないだろう。

 そういったことを子供や孫に伝えないで、せめて子供や孫には美味しいもの食べさせたり、キレイな服を着せてやりたいとの思いで高度成長時代を頑張って来たこと自体は責められはしないが同時に地道に努力することや、弱者への思いやりなどを教えてきただろうか。

 この問いかけに自信を持ってハイと言える人がどのくらいいるだろうか。

 昨今の日本人の姿を見ていると「情けない日本人」が本当に増えたなと感じるのである。

 「自分さえよければ他人がどうなったって構わない」という輩が余りにも多くなってきたように思う。

 贅沢に慣れてしまって、旨い物の食べ歩きを当たり前の様にしているが、その食材を手に入れるためにどのくらいの費用が掛かっているのかなどには無頓着で旨いものにはいくらでも金をかけるという風潮になってしまっている。

 日本は周りを海に囲まれ世界でも有数の恵まれた魚介類を産する漁場があり、長い間、日本人の蛋白源として満たして来たが、昨今は限られたいわゆる高級魚と言われる魚しか消費されず、いわゆる大衆魚と呼ばれている青魚などは高級魚を養殖するためのエサや肥料などのために殆んど使われている有様である。

 日本人の先祖は長い間青魚のお世話になって来たのである。

 決してそれを忘れてはならない。

 昨今、メザシや雑魚などを食べなくなりカルシウム分の摂取が少なくなりやけに高齢者の腰が曲がった姿が良く目立つようになった。

 運動をやっている人も多くはなっているが、逆に運動もせずに家に籠って体力が余りない人も増えているようだ。

 そんな話しもこのぐらいで止めておくが要は自分の身体は自分で守ること、それには楽をしようとはせずに常に身体を動かそうと努力すること、旨いものを追っかけずに世界に冠たる日本食、それもマグロなどの高級魚でなく青魚を食べること。

 これらを追及して標準体重にし面倒くさがらずに気軽に動くこと、これに尽きる。

 そうすれば血液サラサラで脳梗塞や心筋梗塞の心配もなく頭の回転も良くなり、血糖値も低くなって身体も軽く動かせるようになる。

 私が今日も夕方から行なって来た社交ダンスも、音楽のリズムに合わせて身体の動きは軽く、しかも楽しいから精神衛生上も抜群である。

 今日は先週に続いて前半はジャイブで、後半はスローである。

 月の月曜日レッスンも本日で終わることになるが、また月に生涯学習の発表会が行われるので来月辺りからまたそれに向けての練習が始まることになるだろう。

 

 

 

 

 

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リレーウォークⅢ-②本番当日

2013-10-27 20:51:21 | 日記

 いよいよ今日はリレーウォークⅢ-②の本番当日である。

 今まで台風の影響でヤキモキさせられていたが東の海上で温帯低気圧となって去って行った後は台風一過の晴天である。

 朝食を摂ってからリレーウォークのガイドに必要なユニフォームやラミネートした資料や写真、それに今までの資料で利用出来るものを整理してA用のクリアファイルにセットしていく。

 集合場所は当初、地下鉄駅の北改札口を出て直ぐの所だったが、大勢の参加者が集まっても通行人に迷惑がかからないようにということで、その場所からからm程北に歩いた地下道の広くなっているところに変更された。

 スタッフの集合時刻は分となっているので早めにどこかで食べて来るか、持参して出発する迄にその場ですぐに食べられるものということで、私の場合はスタッフ一同が集まって主催者の話を聞いた後、参加者を待つ間に昨日買っておいたオニギリを食べることにした。

 そうしている間にも参加者が集まって来た。

 最近は参加者も早く集まったら早く出発することが分かり早くから受付を済ませる人数が多くなってきた。

 時頃には早くも人近くの人達が集まって来たので班が時にセレモニーを行ない分頃にはスタートして行った。

 リレーウォークでは人募集で応募総数も人ぐらいになっていたので班の編成は班になっている。

 私が担当する班は班なので終わりの方だから持参した缶コーヒーを食後に飲んでリラックスする。

 班のスタッフも全員揃って顔合わせを済ませ、サポートしてくれる人は班旗を持って先導してくれるI氏と後方をサポートしてくれるYさんは同じT会の人でお互い顔馴染みである。

 もう人のH氏も後方をサポートしてくれるが、人とは別のS会の事務局長でリレーウォークでも重きをなしている人物である。

 Yさんとは古道連協でお互いによく知っているし、H氏とも以前からよく知っている間柄で、しかもリレーウォークの実行委員会でいつも顔を合わせているが、I氏とは私もH氏も初めて顔を合わせたことになる。

 次第に参加者も増えて行ったが、最初は班が名になってから、次に受け付けた参加者を班に入れるという具合に進んでいったが、段々と班編成の時間が少しづつ長くなるようになってきた。

 班ぐらいまで来たら受付に来る人がピタッと止まってなかなか班編成が出来ない状態になり私の前の班では人で編成をして出て行った。

 次に私の班の番が来たが、なかなか参加者が集まって来ないが既に受付最終時刻である時にあと分にまでなっても人の人しか集まってないから時まで待って班と一緒に出掛けようかという話も一時あったがその後人がバタバタとやって来たので分に合計人の参加者を連れて出発することになった。

 本日はマラソンが当市で行われることになっているのでそのコースの沿道は応援や見物の人達でごった返すし交通規制も行われているので出来るだけ影響を受けないコースを選定してきたが直前になって地元の商店街のイベントが行われることが分かって新たなコースの地図をメールで送って来たので昨日その新コースを人下見歩きで確認して来たばかりだからそのコースはしっかり頭に入っている。

 しかし班旗を持って先導してくれるI氏は新たなコースになる前のコースしか知らないので最初の頃のコースまでは私が全てリードしなければならない。

 スタートして最初のガイドポイントである神社には文化財研究所の学芸員だけが境内にいて他の人達の姿はないので当然のごとく班の説明は終わった後にタイミングよくやって来たんだと思ってたら班のスタッフ人も現れた。

 私たち班が出た後、班のスタッフは時まで待ったが誰も来なかったということで我々に合流したのである。

 班合同で学芸員の説明を聞いていたらなんと神社の横の入口から班のガイドであるS氏以下参加者全員が現れたではないか。

 エーッなんで、と思ったが説明を聞いてる最中なのでそのまま続行ということになったが、班は本殿の前に参加者を集めて説明している。

 学芸員の説明を受けていた班は本殿の前に移動し、この地域に関する説明をする。

 そして班は私達班と入れ替わって学芸員の説明を受ける。

 お互いに説明を終えて班のSガイドが私たちの班に先に行ってくれと言う。

 というのは班の参加者の中にSさんという毎回参加してくれている高齢の人がいるが、足が思うように動かずヨチヨチとおぼつかない歩き方をして、もう少しゆっくり歩いてくれとのことだったので班が先に行ってくれということである。

 その後はずっと特に問題もなく案内をして行ったが、コースの最後の方では班の後姿が見えて来だした。

 どうやら班の説明をする人は念入りに説明しているようで私の説明はよく言えばポイントだけを簡潔に説明するやり方で、悪くいえばもっと色々と説明してほしいと言うことになる。

 ただ残念ながら私はこの区のことについては詳しくは知らなくて資料を貰ってにわか勉強をしただけということなので、詳しくと求められてもそれ以上のことは何も言えないのが辛い。

 幸いと言っていいのか、余り詳しく尋ねる人はなくどちらかと言えば来年歳になるという人を筆頭に高齢者組の夫婦と代の夫婦組と言う風にペアで参加しているという組み合わせが多かったので特に問題なかったのかも知れない。

 最後のポイントでは追いついた我々班と班の全員で学芸員の話を一緒に聞いた。

 その後はアンケートと班分けのしるしとなっているリボンを返却してもらって解散の挨拶をしてめいめい散っていく。

 私の班のスタッフのYさんと班の合流したスタッフ名は同じT会のメンバーだが、合同下見歩きした時と同様に地下鉄駅に降りるビルの斜め前にある喫茶店に入ることに決めていたが、班旗を持って先導してくれたI氏が終わる少し前にスタートしてしばらくした神社で説明した時に参加者に提示した地図をコピーさせて欲しいとのことだったので解散した後、クリアファイルごと預けてどこかのコンビニにコピーをしに行ったがなかなか帰ってこない。

 夕方になって気温も下がって来た中で班のガイドであるH氏と神社で説明してくれた学芸員のK氏が最後となる班を待っていたので私もI氏がコピーを済ませて帰ってくるのをじっと待っていた。

 どこまで行ってコピーしてきたのか出かけて方向と違う方からやっと戻って来たので荷物をまとめT会のメンバーが行った喫茶店に向かったが、その際合同下見の終わった後に一緒にお茶した班のガイドのHさんに「よかったら来てください」と声をかけて喫茶店の中に入る。

 T会の人達は私が来るまで結構待ってくれていた様で未だコーヒーも飲み始めてあまり時間がかかっていない感じである。

 同じ大テーブルに座って合流したが、私もパンとコーヒーを頼んで飲み終えてからしばらくしてやっと班が到着して班と班のガイドも私たちに合流ししばし歓談する。

 その時にわれわれ班が出発してすぐの神社で学芸員の説明を聴いている時に神社の横から入って来たのはどうしてかと聞いたら道を間違えてずっと北の方に行って馴染みのホテルまで来てからやっと道を間違えていたことに気付き戻って来たのだと言う。

 そんなこともあるから本番では間違えないように予めスタッフはコースを把握するまで歩かなければならないのであるが、そんな基本中の基本が出来ていなかったということで、しかも班のガイドは直前になってコースが変更になったと添付メールで変更になったコースの地図を送ってきた古道連協の事務局長である。

 何をか言わんやである。

 開いた口が塞がらないとはこのことである。

 店に入って時間分程色々しゃべった後解散となり同じ地下鉄駅の上りと下り線に分かれ同じ線でもそれぞれの駅で順次別れ私も自宅に戻って夕食で一杯でヤレヤレ終わった、である。

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