ブログ日記 日々のうつろい 

退職後パソコンとガイドのボランティアをし、カラオケ(ポップス)やダンス等で生活を楽しむオジサンのブログ。

久し振りの雨

2012-06-30 19:49:07 | 日記
 今朝もいい天気で始まったので天気予報も見ずに洗濯日和だとばかり洗濯を始めたはいいがだんだん曇って来た感じである。

 だけどそんなことは一向に気にしないで洗濯を終えて、竿に干してしばらくはどうってことはなかったが、ふと気がつくと何やら雨が降って来たのじゃないかということで空を見上げると一筋の雨が二筋、三筋と増えて来る。

 洗濯物も未だ干して間が無いが、このまま濡らす訳にもいかず、部屋の中に取り込んでカーテンレールにひっかけた洗濯物と軒先の手前で直接雨がかからない場所で干す物とを区分けして干すことにした。

 雨は段々強くなって来て、そこそこの降りになって来た。

 今日は午後時頃からカラオケチケットが残っている店に行って、出来るだけ早く消化させるようにしようかとも考えていたが、この雨でコロッと気持ちが変わった。

 今日も朝方はメールとカレンダーをチェックしていたが特に重要なメールも入ってないし、カレンダーにも予定は入ってなかったからカラオケにでもと思った訳である。

 予定が狂ったので、それではということでいつもの区史の続きでファイルに打ち込み上書きをして行くが、打ち込みながらも少しづつ頭の中に入って行く。

 この地域には古代からの長い歴史があって今現在に至っていることを今更ながらに教えられている。

 明治以降の歴史においても元々農業地域であったが、明治年にもともと江戸時代には当地域の北の方にあった市中が市制を引くこととなり、明治政府が外国から積極的に文化・文明を取り入れようとして行く中で産業も活発になっていく。

 ドンドンと市の影響力が大きくなって、市に人が流入して人口が急激に増え、隣接していた村々にもその影響で人口が急激に増えていった中で第一次市域拡張を明治年に行なった訳であるが、元々の市中に隣接していた郡の村々が市に編入されたということである。

 その結果その市域が当地域の目前に迄拡大された訳である。

 その勢いはとどまることを知らず、市に通う勤め人の住宅問題を解決するために住宅もドンドン増えて来て社会的なインフラを整備しないととてもつの町や村だけでは解決できないような問題が発生して来たということである。

 そこで大正年に第二次市域拡張ということになり当地区も市に編入されたということになるがこの時期は日本でもっとも大きな市になった時期でもあり、勧業博覧会も催されている。

 江戸時代や明治時代の地図、とりわけ明治年に陸軍が詳細な地図を作り上げているが、それらを見ていると飽きないもので如何に人家が少なかったかがよく分かる。

 今でこそビルや住宅が立ち並んで賑々しい状態であるが、その当時は隣村まで行くのでも人家が少なく草が道端に生えている田舎道を歩いて行っただろうことが容易に想像できる。

 その道々の途中には池が各地にあって如何に水の確保に留意していたかということもよく分かる。

 なにぶん日露戦争が勃発するのは必至といわれる中で明治年に陸軍の大演習を当地区で行なっているが、明治天皇も古墳の上の高い所に陣取りその様子を観閲されている。

 ということで、その記念碑が古墳の頂上に今も建っている。

 その当時は大規模な演習が出来るぐらい人家が少なく荒れ地が多かったかということを物語っているが、今では想像すらできない当時の様子である。

 明治天皇は当地区には何度も足を運んでおられて各地に記念碑がいくつも建てられている。

 こうやって改めてこの地区のことを紐解いていくと元々この地区で生まれ育った訳ではないけれども何かにつけこの地区に対する愛着が湧いてくるものである。

 最初は何もこの地区のことを知らなかった私だったが、退職してからたまたま公的施設で行なわれた歴史講座に参加して少しでもこの地区のことを知りたいと思って入ったところから今のガイドの会に繋がる形になったのである。

 PCについても資料の整理などに使えたらいいだろうなということから始まって今につながってきた訳で現在ある私の原点と言ってもいいのではないかと思う。

 それがさらにボランティアということに繋がり、少しでも社会のお役にたてばという気持ちで行なっている訳だが、ボランティアをする人も自分自身が楽しめるものでないと長く続かないとも言われているから、自分自身も大いに楽しめて、また身体づくりなどにも役立つようにし、色々な人との触れ合いの中で自分も成長していけたらと思っている次第である。

 今日はなんかしみじみとした話しになってしまったけれども、要は元気でいつまでも楽しい人生を互いに送り、最後に振り返ってみて、しみじみといい人生であったなと言えるようになりたいものである。
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今日は大忙しの日

2012-06-29 22:57:13 | 日記
 今日もこのところずっと続いてるいい天候で推移している。

 今日午前時から時までの午前中に年制講座の講義⑤が行なわれることになっているが、今日は初めて登場する女性の講師である。

 この女性講師は今日を含めて回の講義があるが本日はその回目ということになる。

 今日の講義は江戸時代の当地域の様子を江戸と比較しながら、又その特異性などにも触れながら中々楽しく聴かせて貰った。

 特に江戸時代の当地区の様子について今迄知らなかったことがでてきたので興味深く聴かせて貰った。

 講義が終わった後、来週行なわれる社会見学コースの申し込みの受付を行なった。

 その日は歴博集合となっているが、歳以上でも有料になる特別展も含まれているので円かかるが、歳以上になってない人は円である。

 従って来週は現地集合の現地解散ということになる。

 今日の午後時から街道連絡協議会の幹事会が行なわれることになっている。

 通常は文化財研究所の所長室をお借りして連絡協議会の会議が行なわれているが、今日は所長がいないので主がいない時に部屋に入るのもどうかということで急遽部屋代のかからない区民センターで行なうことになったのである。

 ところで講座が終われば直ぐに地下鉄に乗って行けばなんとか間に合うが、その会場迄は地下鉄の同じ路線をそのまま戻ればいいだけで早くに着く。

 しかしその近辺には食堂が無いので、講座を開催している最寄駅近辺で食事をとるしかないな、と思っていたがたまたま近くの食堂に行こうと歩いていたら店の前の路上で弁当を売っているので見ると「シャケ牛弁当」と銘打って円だったので、会議が行なわれる区民センターの会議室に着いてから食べればいいのではと思い、購入して地下鉄に乗り込む。

 区民センターに到着してどの部屋か分からなかったが、取りあえず階に上がって見ると丁度メンバーがある部屋に入ろうとしているところだったので続いて入ると分前だったので弁当を広げて食べる。

 その区民センターは連絡協議会の主要な会がその区民センターの室を利用しているとかで部屋は無料で利用できるとのことで急遽、予定が変更になって今日のこの部屋を借りることになったのである。

 事務局長がその後、階下に降りてお茶を自動販売機から取り出して参加者に出してくれたので丁度食事をしている私にはグッドタイミングである。

 その内参加予定のメンバーも揃って会議が始まったが、私が所属していた他区同好会は解散し、事務局長が所属していたK会も脱退するとかで、K会の理事会で大モメだったらしいが、会としては参加しないということで、私と事務局長は個人の身分で前向きに取り組む個人も含むという項目を加え会則を変更することを容認するかどうかを諮った結果容認されたので私も連絡協議会の幹事の人となった訳である。

 そこで古道をテーマにしたウォークを回シリーズで日から毎週回歩く企画を組み、また古道に道標を置く取り組みも継続して行くことになった。

 スタートが日としたのは平安時代の貴族の日記に旧暦で現在の暦とは違うけれども、その日にスタートしていることから、どうせならということで日を合わせたのである。

 最後に月から始める古道を歩く前段階として貴族の日記の記述をもとに実際に歩いて検証しようという計画をすすめることになったので、その日記の写しをコピーして輪読するべく今日は私が読み手になって始まった。

 余り時間が取れずに次の予定であるリレーウォークの反省会とその後に行なわれる打ち上げが行なわれるのでメンバー全員移動してバス停まで向かう。

 そして時刻を見ると到底集合時間の分には間に合わないということで課長学芸員に分遅れるとの連絡を入れる。

 分の会議に丁度分遅れで部屋に入るとびっしりとテーブルの周りには人が座っていたが、その輪の後ろに加わり聴いていると、色々の問題点に付いて意見が出て来た。

 今日が今年前半に行なわれたリレーウォークの締めで、会議修了後の時からスタッフ全員で打ち上げをすることになっているが、私は夕方時から行なわれる区民センターダンス教室の方に行くことにしているので退出することにして自宅へと戻って来る。

 自宅に戻るなり先ずはコーヒーを飲み、しばらくくつろいだ後、月から始まるダンス教室の申込用紙に書き込んでいつもより分早い分頃自宅を出る。

 しばらく歩いているところをSさんが自転車に乗って通りかかり声をかけて来たが、信号で止まっているところに追いついたので「いつもこの時間に向かうのか」と聞くと「今日は図書館に行くので少し早い目に来た」ということであった。

 私はそのまま違う方向を歩いて区民センターの所までやって来てバス停の時刻表を確認する。

 というのはダンスクラブの初級の女性でMiさんが区民センターのダンス教室に行きたいが、ダンスを終えて帰りのバスがあるかどうかを調べて欲しいと頼まれたからバス停にやって来たのである。

 分発のバスがあるのでそれを利用すればどうということはないことがわかった。

 区民センターにやって来て月から始まるダンス教室の申し込みをする。

 そして会場に入ると誰も未だ来ていなかったが、椅子を取り出しいつも座る場所迄持って来て準備をしてしばらくすると徐々にメンバーが集まって来たがその中にSさんもいる。

 「図書館で何の本を借りてきたの?」と聞いてみると「本ではなくCD」とのこと。

 この間も高橋真梨子のCDを借りたと言ってたが、私が歌ってる歌手だからどんな曲なのかを聞いてみたというのである。

 今日は五輪真弓のCDとダンスのDVDを借りたということであった。

 今日のレッスンが始まったが、段々集まる人の数が少なくなったようである。

 段々終りに近づいて来たがワルツもチャチャチャも大詰めに来て後は繰り返しレッスンを行なうところまで来た。



 
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整形外科、会席料理店の昼定食後、②の店に…

2012-06-28 22:37:41 | 日記
 今日もいい天気である。

 いつものようにメールとカレンダーはチェックしたが、その後はコーヒーを飲みながらのしばしのゲームは定番である。

 骨量を増やすための薬がなくなったので今日は整形外科に行って薬の処方をして貰う必要があるが週間に度飲む薬だが、一度に出してくれる分は週分である。

 従って約カ月と言うことになるが、前回(週前)に行った時に「次回(今日のこと)来る時に尿検査をするので朝番に採尿してこれに入れて持参して下さい」と言って紙コップと試験管の様なフタつきのものを渡されたので朝一に採る。

 そしていつものように区史を少しファイルに打ち込んでいったが、時頃に自宅を出て整形外科医院に歩いて行くが、区内でも遠いところにある医院である。

 実は自宅にほど近いところにも整形外科はあるがワザと遠いところを選んで歩くことにしているのである。

 医院だけでなくスーパーでも遠くまで歩くのである。

 この後行く②の店でも同様に歩くためにわざと遠いところに行く訳である。

 一般的に考えたら歳だから出来るだけ楽にするために近くにスーパーや市場があって、病院も近いところへというのが普通だが、それをやるから一遍に年寄臭くなるのである。

 歳が行くほど歩きなさいというのが私の主張である。

 もちろん今現在足が痛い、腰が痛い、或いは膝が痛いというのなら、これは無理に動かない方がいいが、特に何もなければ一遍に無理をして距離を伸ばそうとすればダメだけど、すこしづつ距離を増やすぐらいの気持ちで取り組まないと取り返しがつかないことになってしまうのである。


 今迄にも折に触れてこのブログに書き込んでいるが、楽をすれば必ず筋力が弱るのである。

 筋力が弱くなれば余計短い距離しか歩けなくなるから更に歩こうとしない。

 その悪循環で気がついたら足が完全に弱ってしまって取り返しが出来ない状態になるのである。

 この話はこのくらいにして、続きを記述すると、医院に到着したのが分ぐらいで受付に保険証と共に尿の入った容器も渡す。

 そして薬だけ出して貰うように頼んだが、精密に尿検査すると業者で週間程かかるが、簡単検査を直ぐにこの医院が今迄に何度か行なっているが結果はいつも問題ない。

 精密検査をするのに何で自分の所で検査するのかと言いたいが、結局は少しでも金にしたいからである。

 こんな度手間でムダなことはする必要が無い筈で前から感じているがセコイ医者である。

 開業医と言うのは大なり小なりこういうことを平気でやっており、少しでも金になるように必要のないことをする傾向にあるから保険金がいくらあっても足らない筈である。

 つまりは保険金を上げることしか考えてないでもっと無駄をなくす努力をして欲しいものである。

 薬の処方箋を書いて貰って向かいの薬屋に処方箋を渡し、薬を出して貰う。

 料金を払い薬局を出たのが分ぐらいであったが、今日は予めこの後、会席料理店の昼定食を食べて、その後バスに乗って北上し終点のバスターミナル迄行って、地下鉄に乗り換え②の店に行くことにしている。

 いつもは自宅から歩いて②の店に行くことにしているが、今日は違った経路で行こうと思った。

 というのも既に自宅から医院まで歩いているし、会席料理店からバス停までと②の店から帰りに自宅まで歩くのでトータルすればkmは歩くことになるからである。

 今日は日差しも暑く結構汗が出て来るので整形外科医院までと、薬局から会席料理店までとを歩いた時には汗で下着も濡れている。

 昼定食はサバの煮付け、アジのヒラキ、それにカマスのフライだったが、サバの煮付けにしたが、他のお客さんにはカマスのフライが人気があるようだった。

 というのも余りこのメニューが普段はないと言うことだと思うが、私としてはやはり青魚を出来るだけ摂取しておきたかったからである。

 食事を終えた後、しばらく自宅方向に少し戻ったところの広い通りにはバスが頻繁に走っているから、そのバスで北上することにしたが、バスの車庫まで歩いてきたのはそれより北へ行くにはそのバス停から乗る方が多くのバスが来るからである。

 今迄は南下するバスに乗ったことは度あるが、それはワンディチケットを買った時だけで、今回のようにバスに乗って北上するのは初めてである。

 ターミナル駅についてそこからは地下鉄に乗って②の店の最寄駅で降り店に到着した時は分程であった。

 店に入るとカウンターは全て一杯になっているのでステージ近くの禁煙側のソファに腰を掛けたが、入った時にいつも来ている歳過ぎの歌の上手い女性が見えたので挨拶をする。

 しばらくすると以前隣に座ったことのあるいつも「カスバの女」を歌う高齢の男性も入って来て歌の上手い女性の右横に座ったが、この店の男性客は中々挨拶しようとしないが、この男性だけは気さくに挨拶してくれるし、私が歌うポップス曲でもその女性と共に盛大に拍手をしてくれる数少ない人物である。

 言い換えればこの人がいない場面では積極的に拍手をしてくれる客はそんなにいない貴重な存在ということが言えるのである。

 その女性の左隣にはいつも店が開く昼早くから決まった場所(タバコを吸える席で担当の女性が出入りする所)に座り、ビールを飲みながら夜の時までいることもあると言う男性である。

 この男性は聞けば歳ぐらいだと言うことらしいけど、いつも座ったままビールを飲み、たまに気が向いたら歌うということを毎日繰り返しているそうである。

 トイレに立つときには足がかなり弱っているので杖をつきながら、ゆっくりと壁などに掴まりながら歩いて入る。

 いつからこんな状態なのか知らないが、この店が出来たのは年前だと言うことだから最初からこの店に来ていたのかどうかは聞いていないが、こんなことを繰り返していれば身体にいい訳がない。

 痩せ細って足も筋力が無いから杖をつかなければ移動できないところまで体力が弱っているのである。

 この店は多くの客が入り、歌が回って来るのは時間分程かかるから安く時間を潰すにはもってこいなので変にパチンコやゲーセンに行かないだけまだマシなのかも知れないが、それにしてもずっとビールだけ飲んでいたら身体にいいはずがない。

 私より少しだけ歳がいってるだけなのに大きな違いで歌う曲も昔の懐かしい歌ばかりである。

 時間程いても歌うのはいつも曲だけだということで他の人の歌を聞いて日を過ごしているということである。

 私は今日は曲歌って帰りにはいつものスーパーに寄って買物を少しして歩いて帰る。

 
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市民センターへ…、そしてSAクラス会(最終)

2012-06-27 22:03:06 | 日記
 昨日に引き続いて今日もいい天気になった。

 今日は夕方からSA講座時代のクラス会が行なわれることになっている。

 午前中はいつものようにメールとカレンダーを確認してから、しばらくゲームに興じることになる。

 その後、毎日少しづつ区史を見ながら明治以降の出来事をファイルに打ち込んでいるが、何の為にやっているかと言うと、このブログを継続して読んでいる人は分かっていると思うが、当区ガイドの会が区役所とタイアップして晩夏から始まるガイド養成講座の講師を頼まれ、明治以降の出来事を分間の間に案内することになっているからである。

 このガイド養成講座は年前に初めて当区ガイドの会が始めたのだが、そもそもの発端は年前のリレーウォークの時に当区よりもつ北の区のガイドの会の人達から聞いたことだが、「うちの会は年寄りばかりで先がどうなるか分からない」という話を聞いたのである。

 年前に行なわれた当区主催の「おもしろ歴史講座」の回目(年前)の年に当区ガイドの会としても今はともかく、この先メンバーもドンドン歳をとって行くから若いメンバーに入って貰う必要があることを世話人会の時に私が意見を言った訳である。

 当初区役所の方も「おもしろ歴史講座」との兼ね合いからどうしたものかということがあった。

 というのも予算は既に決まっているということで予算もないから外部講師を呼ぶことが出来ないということで無理だということだったが、講師は当区ガイドの会のメンバーが行なうからということでOKを貰った経緯がある。

 私も年前のガイド養成講座の第回目の講義の時には中世を担当したが、その当時は私も学習企画担当の世話人の人と言うことで講座を受け持った訳である。

 今年の講座では会の役に就いていないので関係ナシだと思っていたが、先々月の定例会の時に講師を頼まれた経緯があり、引き受けざるを得ない状況であったので担当することになってしまった。

ということで今日も朝一番にメールとカレンダーをチェックした後、しばらくはコーヒーを飲みながらゲームをして、その後に当区の区史をファイルしていた。

 メールの中には今週日(金)の午後分から行なわれるリレーウォーク実行委員会とその後に行なわれる上部団体の連絡協議会に参加することになっているので、その時の議案と会則が添付メールで送られて来た。

 というのも今迄の会則のままであれば既に登録しているつの団体だけで構成されている連絡協議会となるが、事実上はその中のつであった会、即ち私が所属していた他区同好会は会長がいなくなった関係で解散ということになったし、その同じ人物が本部を構成していたK会の会長も兼ねていて、新たに別の人を選ぶ必要もあったので、構成メンバーが大幅に変わるということになる。

 そこで組織はなくなっても個人で前向きにやる気のある人には残って貰いたいと言うこともあって会則を一部変更し、個人でも前向きな人は引き続いて参加出来るようにすることで前回同意を得ていたが、時間もなかったということもあって、決議には至っていないので今週の日(金)に決議し、新たな取り組みに入りたいと言うことである。

 その連絡協議会のメールが入っていたが、日程が間違っていたので、修正し直すように事務局長にメールする。

 事務局長から私宛に最近打ち間違えたりすることが多くなって来てるのでおかしい個所があればドンドン指摘して欲しいとの返信が返って来る。

 今日はその会則や議案が添付メールで送られて来たのでプリントして金曜日に持参する必要があるので、市民センターに行ってプリントさせて貰うことにし、その足でSA時代のクラス会に臨むことにした。

 昼食後分頃自宅を出て一路センターへと歩いて行くが、分ほどかかり午後時過ぎになって到着する。

 予め電話して午後からPCが使えるかどうか聞いていたので私の姿を見るなり女性職員が階のPC室の鍵を開けてくれたようであるが、私はいつものように「ふれあい喫茶」コーナーに行ってアイスコーヒーを飲んだ後、階に上がって行く。

 USBに入れておいたファイルを出して、持参した用紙をプリンターにセットしてプリントさせて貰う。

 そして、その近くにあるバス停の時刻表を見て、バス停まで歩いて行くが、丁度バスもやって来たので乗車し地下鉄駅まで行く。
 
 地下鉄駅に到着したはいいが、今日のSAクラス会の会費分ぐらいしか財布に入ってないのに気が付いて駅先の駅で降りて、その交差点近くにある銀行に行き金を下ろし、再度地下鉄駅に戻る。

 普通なら銀行に行くためにわざわざ途中の駅で降りることはないが、到着した場所ではどこに銀行があるか分からないので予めその地下鉄駅の近くに銀行があることが分かっていたから降りたのだが、敬老優待乗車証があったから出来たことである。

 目指す駅に到着したものの分程早いので近くにある天満宮や商店街を見て回り、ついでに川の中州にある公園まで足を伸ばし、折り返して目指すビルに来てSA時代の講師だった人の事務所に入ると人ほどのメンバーが揃っていた。

 その後未だ来ていなかった人達も部屋に入り、揃ったところで先生へお祝いにランの一種の鉢植えを贈る。

 先生も礼を言った後、今後の方針を話してくれたが、今のところはフレキシブルにやっていき、その内に取り組みも固定するかもしれないが、今のところは未定だと言うことである。

 昨日のブログにも書いたように先生が今日の予定日を書き間違えていて、違う年度のクラス会とダブりそちらにも出なければいけないので、後から当クラス会に出席するということになり、我々だけで会場に繰り出して行く。

 会場に着いて皆で乾杯した後、つの卓に集まり各々の卓で会話が盛り上がるが、ここでは飲み放題だと言うこともあったが、私はそんなに飲めないけれど、それなりに飲んでいい気分になった頃、先生も現われて再度乾杯をした後、参加者全員が順番に近況を発表することになり、私も色々やっていることを話す。

 盛り上がったところで一旦お開きになり隣の部屋のカラオケルームへ移ったが、分のほどの人は帰っていった。

 残った人ほどが巡して歌い最後に皆で合唱できる曲を歌ってお開きとなる。

 本日が一応SAクラス会としては終りになるが、今後は私も入っている福祉IT部会が存在しているので、そこを拠点にして連絡を取り合いまた集まろうということになった。

 

 

 

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ヤワラちゃんの栄光もこれまでか…。

2012-06-26 21:58:10 | 日記
 今日もいい天気で始まったが、ここしばらく雨が続いていたし、外出しなければならなかったということもあって洗濯物が溜まっているから今日は絶対に行なう必要がある。

 今日は久し振りに何の予定もない日であるが、いつものようにメールとカレンダーだけは確認しておく必要がある。

 いつなんどきどんなメールが入っているか分からないし、万が一にも予定を見過ごしていてはいけないからである。

 実は明日日に夕方からSA(シルバーアドバイザー)のクラス会が行なわれることになっているが、SAについては何度か記述したが初めてこのブログを見た方の為にSAとはなんですか、と言われると「シルバー」とは高齢者を意味する代表的な言葉である。

 そして「アドバイザー」はお分かりだと思うが直訳すると「助言者」つまり、我々高齢者が今迄社会で働いて来た過程において培ってきた色々な技術とかやり方、ノウハウなどの経験を社会に役立てていこうというもので府が年制の講座を設けていたが、今の市長が府知事の時代に必要が無いということで補助金を打ち切った訳である。

 その結果、最後のSA修了者となったのが我々期生である。

 SAにもいくつかのコースがあったが、我々のクラスの担当講師を招いて毎年クラス会を行なっていたが、今回が修了後回目に当るが、最後のクラス会ということになった。

 そこで先生に明日日にクラス会を行なう旨を幹事からメールで連絡していたが、先生の方から「日楽しみにしてます」というハガキ(今迄勤めていたNPOを辞めて新たに事務所を開設したとの案内)が来たのがそもそもの発端である。

 先生の勘違いとか、ハガキに書き間違いならいいが、先生の予定が間違っているかも知れないから確認した方がいいのではと私から幹事にメールした結果、やはり先生の予定が違っていたのである。

 メールから手帳のカレンダーに書き間違えていたのが、そもそもの原因だと言うことが後で分かった。

 私が指摘していなかったら、他のメンバーも気付いていなかったかも知れないと言う例である。

 従って私がブログにいつも「メールとカレンダーを確認」と書いているから、このブログを見ている人から見れば、毎日毎日何度も同じことを書かなくてもいいじゃないかと思っている人もあるかも知れないが、歳がいくと、こういうつまらない何でもないことであっても自分自身で確かめる意味で書いているのである。

 最近は「明日は何の予定があったかな」なんてことを直ぐに思い出せないことがある。

 その歯止めでもあることをご了承願いたい。

 ところで今日は夕方時過ぎから銭湯に行った後、買物して戻って来る以外は外出しなかったので特に記述することもないが、区史だけは継続してファイルに書き込む。

 しかし、最近の政治の動きはどうですか。

 特に小沢一派の新党を立ち上げようとの動きには苦々しい思いが一杯である。

 あの人物は以前このブログでも書いたことがあるが、日本人の多くは早く引っこんで貰いたい人物だというアンケート結果が出ているが、本人はどのくらい面の皮が厚いのか知らないが、相当なものであると言えるだろう。

 女を作って奥さんから離婚宣言され、愛人に産ませた子を元の愛人に養子として預け、更には東日本大震災で福島原電の影響で放射能怖さに地元の岩手県をいち早く逃げ出したという情けない人物である。

 日本国の為とかなんとか言うことだけはご立派なことを言っているが、家庭に対する責任も取れないようなものが国をどうこうするなんて問題外の外である。

 所詮はその程度の男なのである。

 そんな男を奉って忠義だてて新党を立ち上げようなんてチャンチャラおかしくってヘソが茶を沸かすヨ。

 小沢チルドレンてのは、そんなしょうもない男のどこに天下国家を論ずるだけの値打ちがあるって付いて行ってるんだい。

 要は選挙の時に色々便宜を図って貰い、金を貰ったということなんだろ、それだけのことで国の政治を論じて欲しくないネ。

 ヤワラちゃんもその一人だったよね。

 今迄のあんたの栄光もこれで終りですヨ。

 分かってるんですか。

 しかし、この国の政治はどうなってるんだい。

 ほんとナサケナイね。
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