ブログ日記 日々のうつろい 

退職後パソコンとガイドのボランティアをし、カラオケ(ポップス)やダンス等で生活を楽しむオジサンのブログ。

世間はお盆休み

2017-08-13 22:49:29 | 日記
 今年もお盆の時期がやって来た。

 …が、1人で生活している私にとっては余り関わりがないと言ってしまえばそれ迄だが、年に1度は墓参りということを心掛けているが、さすがに故郷の街を離れて生活していると夏は避けて、春か秋の彼岸の季節に行くことにしている。

 今年の場合は4月に他の用事があったのでその時に墓参りをかねて行ってきたので来年にまた行くことになる。

 父親は定年の少し前に工場で仕事中に高いところから落ちて入院した後、仕事に復帰出来ないまま自宅療養となりそのまま退職となった。

 その当時、私は別の街で働いていたが急遽戻って来て親と同居し地元の会社で働くようになったのである。

 その後私も結婚して男児2人の父となったが次男が生まれるのに前後して父親が衰弱して風邪をこじらせて肺炎になりずっと自宅で寝ていたが、急に悪化して医者に来て貰ったが結局亡くなってしまった。

 享年65歳と言う若さであったが私も未だ35歳ぐらいの時で喪主として葬式を済ませたが今から40年ほど前の話である。

 その後、弟が航空自衛隊を除隊して来たが、上官とソリが合わず自分の部下のことなどで対立していたそうだが精神的に参って帰って来たのである。

 弟が母親と離れ屋に移り、私達一家は母屋に済むことになった訳だが、その辺りから色んなことで揉めるようになり私が間に入って取り持つ状況が続き、妻にも申し訳ないことになったが意見が合わない状況に陥った経緯がある。

 今となってはどうしようもなかったとしか言えないが一旦は弟と母親はそのまま生活し、私達一家は別のところに住まうようになったが事態は一向に好転しないまま破局へと突き進んで行ったことになる。

 その後、弟の精神状態も良くなり結婚話が出て来てそのまま母親とも同居して住んでいたが娘2人も授かったものの嫁さんと母親のソリが合わず遠く離れた妹夫婦が建てた一軒家に同居することになったが、数年間世話になった後認知症も出ていたが、その後83歳で亡くなった。

 今から15年ほど前のことで父親が入っている故郷の街にある墓に一緒に眠っている。

 ただ、その墓は私が未だ故郷の街で仕事をし住んでいて父親が亡くなった時に建てたものだが弟夫婦が住んでいてそれなりに管理をしてくれていると思うが、彼らの娘2人は地元にはいないので行く末は無縁墓になる可能性が高い。

 私に限らず最近は独り住まいの高齢者が多くひっそりと死んでいたなんてことになるケースが増えているだけに今後は社会的にも大きな問題になって来ることは間違いない。

 そろそろこういった問題も考えておかなければならない時期になって来たようだ。

 それにしても日本社会もこういったところからも垣間見える社会の縮図が侘しさを感じるものである。
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