いつ頃のことか忘れてしまいましたが、男性社員も育児休暇をとるようにと企業がいうようになりました。確か以前の職場でも取り沙汰されていたのを記憶しています。
「そのお言葉に甘えて、育児休暇をとると、復帰した時には自分の座る席はないよなぁ」と、総務からの連絡文を読んで同僚と揶揄していました。当時(17年ほど前)では、今のように男性が育児に参加するという風潮は全くございませんでした。
ところがいつからでしょうか?その潮目が変わったのは。ここ5年ぐらい前あたりからでしょうか?世の中の風潮が大きく変わってきました。昭和生まれの私には全く理解できませんでした。男子たるもの外で働き、女子は家庭を守るものというがちがちの固定観念をもって何の疑いもなく自分の思考を支持していました。
そんな自分のもろくて拙いポリシーというのは社会の大きなうねりで一蹴され、会社を休み育児に協力する男性がかっこいいという新しい観念が主流となってきました。「イクメン」などという新語も生まれました。
現代社会は男性の稼ぎだけでは、生活が維持できないようになりました。それに加え女性の社会進出が増し、企業も女性の活用を真剣に推進してきたことにより、働く女性が増えました。この社会現象の変化が男性と女性の性差をなくす原因になっているのではないでしょうか。
このことから、男性と女性という性の違いにより社会の役割が決められるという時代はもう到来しないと強く感じます。
そこで、この育児に関する現象と草食系といわれる男性の増加には何か相関があるのではないかと考えたのです。女性が強くなったから男性が弱くなったのではないと思うのです。
草食系男子というのは、女性の肉体をあまり求めがらない男性の事を指して言うようです。それは男性の社会的立場が弱くなったということが原因では無いと考えます。うまく文章にできないのがもどかしいのですが、今自分の頭の中にある考えを書いてみます。
実はこの考えをいだくきっかけになった本があります。それは、「ものぐさ精神分析」というエッセイのような本です。
以下引用
【生物学的な意味での雄とか雌とかということと本質的な関係はなく、役割ないし身分としての男女の性差別は女の肉体が商品化されたことに起因すると論じた。もし男性が能動的、女性が受動的ということが本能的に決定されているのでないとすれば、なぜほとどんすべての文化においてそうなっているか、なぜ男の肉体は商品化されないのか。この原因を後天的環境の為とするならば、一番考えられるものは男は異性(母親に)に女は同性に育てられるということである】
中略
【性において男が能動的、女が受動的なのは、単にそのようにしつけられたからではなく、男にとっても女にとっても人間としてこの世に生まれた初めて最初の快感と安心感を与えてくれたのが女(母親)であるからである。その為一生男は失われた最初の幸福を取り戻そうとして、女の肉体を求め続ける。他方女は、自分自身が女の肉体をもっているわけだらか、自ら満ち足りている所があり、また、女にとって男の肉体は男にとっての女の肉体のような意味を持たないから、男が女の肉体を求めるようには、男の肉体を求めない】
この文章を読んで草食系男性が生まれた原因は、これではないかと感じたのです。世の男性の育児の参加が増えたことにより、男性が女性の肉体を求めなくなったのではないでしょうか。
女性が強くなったのではなく、男性が弱くなったわけでもないのです。男性が子どもを育てる時代が生み出した現象だと私は思うのです。
「男が能動的であるのは幼児期に異性に接するので、ある種の性的満足を得るからだと考えられていた」。と、著書にも書かれています。
男性の手に育てられた女の子が今後もますます増えることによって、以前のような男性化がすすむ社会になるのではないかと考えています。ある意味愉快であり多様性の社会が実現することで、新たなビジネスも生まれるのではないかと感じ、ただただ傍観しています。
なかなか他にもおもしろい文章が書かれていますので、ご興味あれば手にとってお読みください。










