オーナーの独り言

思った事を思った時に書いています。

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独り言2002年

2002年12月02日 | 日記
アウトサイド  2002.12.2

最近、不況だデフレとか騒がれるが外国の人と話すと日本は外から見るとすごいんだけどねえと言われる。経済力も国力もあるのに自信がないみたいだと。確かに不況だが世界のいろいろな国々から見れば日本は恵まれている。インサイドからばかりみていると気付かない事がたくさんある、たまには外から見てみるもの。

  路(みち)YOL  2002.11.6

最近、近くトルコ料理の店がお気に入りで良く行っている。働いている人もトルコ人で昨日は3時間以上もトルコの歴史の話を聞いた。彼等はトルコといってもクルド人だという。クルドの話をすると熱い。ほとんどの日本の人は何となくゲリラとか民族紛争とかというぐらいであまり知らないクルド問題。この映画をみてくれとYOL(路)という映画を勧められ、今日ビデオやで借りて観た。理解は難しいがトルコという国を少しだけ知った。

  チャンバラ  2002.10.14

テレビで時代劇のある俳優さんが言っていたこと。本来、刀を抜くという事は死ぬか生きるかどちらかだと。確かにそうだチャンバラごっことは訳が違う、刀を抜く事が恐いに違いない。それとは比較にならないが私も初めてお客さまのカットに入った時は手が震えたものだ。今はもちろんそんな事はないが真剣に髪と向かい合う気持ちは忘れてはいけない。チャンバラごっこの様なまねは決してしてはならない。

  美容学校  2002.10.9

秋田の美容学校でデモンストレーションをやってきた。いつもはベテラン美容師さんの前だが、今回の様に美容師のたまご達の前では自分自信が原点に戻れるとても楽しいセッションだった。

  黄金町  2002.8.27

仕事で横浜の黄金町というところに行った。いい名前なのでどんなところか楽しみと思いながら駅を降りた。少し早く着いたのでお茶でも飲もうと思ったが駅前にはチェーン店系のお茶できるところはまったくない。人に聞いて探した喫茶店も休みで仕方なく歩き回りやっと昔からある夫婦でやっている喫茶店に。どうして黄金って名前が付いたんだろう?そんな事を気になりながらコーヒーをすすり店内を見回すと、額に『本日、誕生  本日、開店』と書かれた言葉。なんだかその言葉がとても輝いていた。

  留学  2002.8.10

娘がカナダに2ヶ月のホームステイに出かけた。独りでの旅は本人もこちらも不安だが、不安と希望、心配と期待というのはどこかつながっているな。

  カスピ海ヨーグルト  2002.8.1

最近ブームのカスピ海ヨーグルトにはまってしまった。昔、きのこ紅茶っていうのが流行ったがこれもどんどん増えて行くのがおもしろい。作る時の牛乳の種類や時間、温度で微妙に味が違うのも引き込まれる。今、私の周りで増殖中だ。

 釣り  2002.7.23

久々の渓流釣りに出かけた。場所は利根川上流支流で湯檜曽川、谷川などを釣り、湯の小屋温泉付近でイワナをゲット。フライはテレストリアル。綺麗なイワナを見て(この時に限ってカメラを持ってでなかったので残念だったが)その場でリリース。次の日、良い気分で東京に戻ったがそんな気分も束の間、その夜はエクステ講習の仕事が待っていた。

  ワールドカップ  2002.6.14

ワールドカップ予選最終戦はお店にテレビを持ち込みお客さまと観戦。毎日のワールドカップ報道やフィーバーしている日本人を見ていて心地よいのはバラバラに孤立していた日本人の心が一つに向かっているからなのか、、。

  俳優  2002.5.22

演劇を見て思う事、俳優の演技力で見る側は感動できるかどうかが違うと。もちろん演出やストーリーでも変わるがなんと言っても俳優さんの演技が左右される様に思う。美容師は役者であれ、お客さまに感動して頂ける様になれということ。私達美容師は技術(大きな意味で)で人に感動してもらえる事が一番大事だと思う。

  沖縄復帰30年  2002.5.15

今年はテレビで沖縄返還30年の特集をたくさんやっている。その中で高校野球の甲子園を通して沖縄の人の心を写し出した番組を見た。沖縄の人は甲子園で勝つ事は本土の人たちに対してのコンプレックスから解放される事だったという。そのコンプレックスから解放された時は甲子園で優勝した時で無く決勝で負けても本土の上位と肩を並べて戦えたと思えた時だったらしい。我々誰でも少なからずコンプレックスを持っているが、そのコンプレックスから解放されるには、、。

  寺  2002.5.13

義母が亡くなり葬儀をお墓のあるお寺さんに相談したら葬儀屋を紹介された。その後はそのままエレベーターに乗った状態で告別式まで他と変わりもなく終わった。お布施、戒名代、葬儀代、祭壇、、、お金はかかる。今のお坊さんは戒名代やお布施の金額も請求するのにびっくりした。大学生1年、高校3年、中学3年の子供がいて生命保険も入っていない家にとって10万円単位のお金はきびしい、にも関わらず50万だ100万だと簡単に請求する住職。血も涙もないんじゃないかこのお坊さん!なんて思う暇も無く個室に入れられ?坊さんの脅迫に似た説教?が始まる。これってどこかのテレビでみたことあるな、、あの悪徳サラ金の恐い人、、、。昔の寺は衛生局であり戸籍の役割をする戸籍課であり教育を行う学校であり公共の場の公民館になりカウンセラーになったりホスピスケアをしたりで大いに活躍したに違い無い。しかし今その変わりになるのもがたくさんある時代では寺もこれから変わって行だろう

  経過主義と結果主義  2002.4.24

経過主義は物事のできる経過を大事にすること、結果主義は物事の結果を大事にすること、結果オーライと言うことだがこの言葉のイメージは失敗しても結果が良ければ良いという慰め的印象がある。しかし、よく考えてみると結果が良ければいい加減にやってもいいというニュアンスも含まれている。そして受け手側も結果で判断しそれは相対思想につながっていく。あの人よりとか周りはこうとか去年より良い悪いとかである。それに対して経過主義は絶対思想、何をしたかは比べようがないので変わらない絶対的である。その変わらないもの何をしたかを積み重ねることが大事だと思う。

 愛  2002.4.15

マザーテレサが言ったそうだ。「愛の反対は無関心」

  携帯ショップ  2002.4.9

携帯が急に動かなくなった。バックアップを取っていなかったので恐る恐るショップへ。その時の会話。どこが悪いのでしょうか?良くなるでしょうか?メモリーは大丈夫でしょうか?、、そーですね、絶対なおるという事は言えません。最悪の場合はなくなくなるということもありますが、最善を尽くしてみます。その前にここにサインを。、、宜しくお願いします。、、、5分後、残念ですが、、今の状態でここまでが限界でした。奥の大きな機械でやってみましたが、、。残念です。、、え!?だめだったんですか?なくなっちゃったんですか!?どうやってもだめなんですか?他に方法はないんですか!、、何かの原因で駄目になってしまったようです。、、で、でも何もしていないんですよ!!昨日までなんでもなっかたし、、本当にお気の毒ですがどうにもなりません。とりあえずここに少しの記憶(メモリー)をいれておきましたので、、。私はショックで言葉もなく、携帯をポケットに入れショップを出た。まるで病院での会話。

  新社会人  2002.4.1

APPLEJACKにも新社会人が入ってきた。学生と社会人の違いをきちんと理解する事から始めるが、既成社会人も以外と忘れている事も多い。

  八戸   2002.3.25

青森県八戸の人達はやっぱり体感温度が違う。東京ではサクラは散りはじめたが青森ではまだまだ春という景色ではない。そんな八戸でビックリした事は町中で歩く高校生や若い人が長袖のTシャツ1枚で歩いていた事。私は薄いコートを着て寒がっていた。

  テレビ  2002.3.17

テレビキャスターの友人のコネクションでテレビスタジオに入った。ここではヘアメイクの仕事はヘアショーで言えば裏方だ、メインのキャスターをきれいに見せる事。ヘアショーや講習では自分達がメインで表にでるのでヘアの作り方も緊張感も違う。しかし、立場は違っても一つの企画物を作る気持も雰囲気も同じだ。

  浦島太郎  2002.3.10

浦島太郎の話を知らない人はあまりいないだろう。この話は昔からあるお伽話だが昔の話は浦島太郎が子供にいじめられた亀を助けたのではなく、船で釣りをして亀が釣れ、逃がしてあげ、後日小舟に乗った美女に変身した亀が現れ、浦島太郎と供に島に着き豪華な御殿で暮らし、戻って玉手箱をあけると700年が過ぎて浦島太郎は蓬莱山で鶴になって亀と一緒に幸せに暮らすらしい(室町時代、御伽草子)、また、日本書紀の同じような話は浦島太郎は浦島子で釣った亀が美女に変身してその美女を妻にして一緒に蓬莱山に着いて、戻って玉匣(櫛箱)を開けると300年が過ぎおじいさんになってしまうらしい。確かイギリスかどこかの作家もこのお伽話を変えて物語をつくていたという記憶がある。昔から浦島太郎のお伽話は人の本質の何かをくすぐるのかも知れない。現代の浦島太郎は?

  湯河原  2002.2.19

ぶらっと湯河原に行ってみた。海と温泉と東京から近いという理由からなのだが、車で1時間30分ぐらいで湯河原に着いた。シーズンではないせいか町中は静かだ。商売がなりたっていくんだろうかなどと余計な事を考えながら鮨やに入った。ネタはわざわざ海の近くに来たと言う期待をすぐに裏切られたが、人の良い親父さんにはわざわざ来た価値が大いにあった。その時の会話の一部、『この辺に良い日帰りの温泉はありますか』『あるよ、そうそうこれ、私も昨日行ったけど今日は天気イイから相模湾が一望できていいよ』地図が書いてある1枚しかないパンフレットを手渡し、『なんでおれがここの宣伝してんのかね、金払ってるけど一銭も貰ってねえのにな。』『ありがとうございます』『車かい?その地図わかりずれえなあ、誰が書いたんだろーね』『どうにか行けますから大丈夫です』『オレが連れっててやるよ、わかりずらいから』『いいですよ、仕事中だし』『いいって、この辺初めてじゃ迷子になっちまうから』『本当に大丈夫です、ぷらぷらしながらいきますから』『そっか、じゃ、この先信号3つ目を左に曲がって、、、が出て来たらそこを右に、、、』と親父さんが目をつぶり思い出しながらの長ーい説明を聞いた。鮨の味はどうでも良い事に思えた。

  病気  2002.2.7

「病原菌は心のドアを開かない限り入ってこない。風邪はインフルエンザ菌が起こすと考えられていますが、100人の口に菌を吹きかけてもかかったのは1~2人しかいなかったという実験結果があります。ドアを開けて入ってきなさいといったときに初めてかかる。ということは病気は人間の心が左右しているのです。イライラ、クヨクヨしない。そうすれば病気にはなりません」という松田育三さん(医師。松田メディカル主宰。)の言葉に「病は気から」と変に納得してしまう。これから花粉の季節になるがアレルギーはどうなのだろう?それともこれは病気じゃないの?

  誕生日  2002.1.20

天中殺開け。(正確に言えば2月3日)あまり気にしない人は多いのかもしれないけど気になっていた。今年は2年間暖めて来た事をやろう。1年に春夏秋冬がある様にめりはりがあると言う点では占いも気分が変わって良いのかも知れない。

  教師  2002.1.15

美容学校の教師をしている友人から聞いた話。教師たるは「役者たれ」「芸者たれ」「易者たれ」「医者たれ」だそうだ。人に教える仕事は「学者」にはなってはいけないと言う。意味はここでは省略するが大変な仕事だ。
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