林檎の唄 ~ アップルビデオ高津店オフィシャルブログ

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ブルースマンへの道! その16

2017年03月30日 10時28分52秒 | ブルースマンへの道


さて皆さま、前回は、おいらが去年の夏に、広島県三次市に帰省した時のことを書こうとしている、というところまででしたな。

その故郷で、伝説のブルースマン、ロバート・ジョンソンのように、この世ならぬ者に、おいらが魂を売ったという法螺話ですわ(笑)




はい、おいらとVROOOMの故郷、広島県三次市。

中国山地のど真ん中の、人口数万の小さな町でございます。


その三次市の名物としては、昔、こんな記事を書いたことがあるので、それを参照してもらうとして。


それ以外に、三次には、妖怪(物の怪)にまつわる伝説があるのですよ。


といっても、おいらもVROOOMも、上京してきてから初めてその伝説について知ったくらいでして(笑)

地元民にはそんなに有名じゃないんだな、これが。

ただ、世間のオカルト・ファンにとっては、とても興味をひかれる伝説らしいのですよ。
というのも、昨日今日作られたお話じゃなくて、江戸時代のお話ですからね~。
しかも、ちゃんと文献として残っているわけでして、資料的な価値まであるわけですよ。


いちおう、ウィキペディア様から引用してみましょうか(笑)



『稲生物怪録』(いのうもののけろく、いのうぶっかいろく)は、

江戸時代中期の寛延2年(西暦1749年)に、備後三次藩(現在の広島県三次市)藩士の稲生武太夫(幼名・平太郎)が体験したという、妖怪にまつわる怪異をとりまとめた物語。

著者は柏生甫であり、当時16歳であった実在の三次藩士、稲生平太郎が寛延2年7月の1ヶ月間に体験したという怪異を、そのまま筆記したと伝えられている。

あらすじは、肝試しにより妖怪の怒りをかった平太郎の屋敷に、さまざまな化け物が30日間連続出没するが、平太郎はこれをことごとく退け、最後には魔王のひとり山本五郎左衛門から勇気を称えられ木槌を与えられる、というものである。

平太郎の子孫は現在も広島市に在住、前述の木槌も国前寺に実在し、『稲生物怪録』の原本も当家に伝えられているとされる。

現在は、三次市教育委員会が預かり、歴史民俗資料館にて管理している。
稲生武太夫の墓所は広島市中区の本照寺にある。



はいはい、こんな伝説が、おいらとVROOOMの故郷、広島県三次市にあったんですね。

登場人物は実在の人物だし、その子孫が現在もいらっしゃるだけでなく。
魔王からもらったという、木槌も現存しているわけですからね~。

これは、広島県三次市の誇りと言っていいのではないかと(鼻息)




そして、その影響については、ウィキペディア様はこうまとめていますよっ!



その内容の奇抜さから、『稲生物怪録』は多くの高名な文人・研究者の興味を惹きつけた。

まず江戸後期に国学者平田篤胤によって広く流布され、明治以降も泉鏡花(「草迷宮」)や稲垣足穂(「山ン本五郎左衛門只今退散仕る」)、折口信夫らが作品化している。

近年の妖怪ブームにのり、最近では民俗学者の谷川健一や荒俣宏、伝奇作家の京極夏彦らも関連本を発行、水木しげるも『木槌の誘い』で漫画化し、『地獄先生ぬーべー』でも劇中のエピソードで紹介された。

また三次を舞台にした宇河弘樹の漫画『朝霧の巫女』に取り上げられたことで、三次に若い観光客が増えているという。




おおおお、三次の観光地化に、一役買っているのですねっ!

この、「三次に若い観光客が増えているという。」なんて伝聞系の文章、なかなかいいですね~(笑)


いや~、おいらもそれなりにオカルト好きだったのに、「稲生物怪録」については全く知らんかったですよ。




んで、もう一度あらすじをまとめてみますと、

三次に住んでいた武士の子供である稲生平太郎が、裏山で肝試しをする。
その肝試しでやったことが妖怪の怒りをかって、妖怪が家に出没するようになる。
妖怪が出没する日が30日続くが、平太郎は平然としている。
最後に妖怪の魔王が出てきて、平太郎の豪胆さをほめて、木槌をくれる。


というものですね。


はい、そこで気になるのが、平太郎はどんな肝試しをやって、妖怪の怒りをかったのか。


どうやらそれは、平太郎の家の裏山である比熊山(ひぐまやま)の山頂付近にある、

祟り岩

という、触ると祟りがあると恐れられていた岩に、木の札を置いてきたことが原因らしいのですわ。






はい、だんだんおいらの話の流れがわかってきましたね。

その祟り岩も、もちろん現存しています!!
祟り岩というと、ものすごーくイメージが悪いので、

神籠石(こうごいし)

という名前になっていますが、現在も比熊山の山頂付近に、確実に存在してます。


祟り系の存在は、神として祀る、というのが日本の伝統ですからね。
祟り岩が、「神が籠る石」という名前に変えられていることこそ、この伝説の信憑性を増してますよね。



んで、比熊山のふもとにある神社仏閣には、

このような看板までありますからね~!!


ここに、はっきりと、

祟り岩じゃなくて、神籠石、と書いてありますな~!!

おいらの故郷の先人が肝試しして、妖怪(物の怪)を呼び出した場所が、実在しているわけです!!


ここまでお膳立てされているのに、おいらがそこに行かないわけないよな~(爆笑)


そう、ロバート・ジョンソンはクロスロードで悪魔と取引をした。


おいらは、広島県三次市の「祟り岩(神籠石)」で物の怪と取引するぜっ!!(鼻息)


という決意を秘めて帰省して、意気揚々と比熊山を登り始めたおいらだったんだけど。


祟り岩に至る道のりは、とんでもなかったのですわ・・・



以下次号じゃっ!!
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