ヒュゥゥゥ ・・・・・
ォォォォ ・・・・
――
星がみえる・・・
窓に張り付いた霜の隙間から。
北に向かう途中、道路の横に家バスをとめた。
食事もみんなたべて、今日は寝る。
私は物置に敷いた布団の中。
黒猫は、ネコ布団の中。
昨日、ポールさんとおばあさんの話を聞いていた間に、ノロマさん達が買ってくれていた。
フワフワのクッションにポケットが付いたような形で、黒猫が中で動き回っても掛布団部分が外れることはない。
うつぶせにポケットに入った黒猫の頭は、外に出てる。
たまに横になったりするし、まだ寝てない。
灯りは消しているけど、窓から星明りが届くので真っ暗ではない。
もう暗さに目が慣れた。
黒猫には、このくらいでも十分だろう。
――
パタ
ものすごい記憶力など、ある特定の事に並はずれた能力を見せる人がいる。
自閉症の人に多く、サヴァンと呼ばれている。
程度には差があって「それなり」の能力まで含めれば、自閉症の人の1割くらいがサヴァンだと思われる。
ただ圧倒的なサヴァンという事であれば、100人くらいにまで減る――世界には70億人以上いるのだけど。
その中に、数は少ないけど後天的なサヴァンの報告もある。
こうした人は自閉症ではなく、事故や事件で、脳に損傷を負うことでサヴァンの能力を示した。
後天性サヴァンの例は極めて珍しく、通常は、脳梗塞や脳震盪を起こしてもそうした能力を得るわけではない。
ある10歳の少年は、野球ボールが頭にあたって気絶した。
ひどい頭痛がおさまった後、事故後の出来事を写真の様に記憶できるようになった――事故後のすべての日の曜日や天気なども覚えている。
数千年も先の日付を計算したりできる様になった。
9歳の時に銃弾で脳を損傷した例など、こうした人はほぼ左側の脳に損傷を負っている。
前頭側頭型認知症…FTDの患者の中にも、サヴァン能力を示す人がいる――FTDはアルツハイマー型認知症と異なり、前頭葉以外は健常な状態を維持する。
いずれも高齢者で、音楽や芸術に、人によっては圧倒的な能力を発揮する。
FTDは、脳の左前側頭と眼窩前頭皮質がよく損なわれる。
こうした数少ない例から、どうやら損傷を免れた右側の脳の活動が活発になることで、サヴァンになる様だと思われる。
まず損傷を免れた右半球では、電気活動が高まる――神経細胞…ニューロンは電気信号で情報を送る。
次にニューロンが新しい接続を作り始め、それまで連絡のなかった脳領域同士が接続される。
リチャード・チーとアラン・スナイダーは、径頭蓋直流電気刺激…tDCSを使ってサヴァンの様な能力を誘発できるかの実験を行った。
記憶や言語など、左脳の一部の活動をtDCSで低下させ、右前側頭葉の活動を高めた。
そして被験者に「9点一筆書き連結問題」というのを解いてもらった――「9点一筆書き」とかで画像検索すれば出てくる。
この問題を解くには少し工夫がいる。
電気刺激を加える前、被験者は誰もこの問題を解けなかった。
電極を付けただけでスイッチを入れない場合、被験者29人の中で正解者はいなかった。
そして電極のスイッチを入れた場合、33人の被験者の内14人が問題を解いた。
ちなみに、後天性サヴァンという区別は間違っているという研究者もいる。
自閉症サヴァンがその能力を示すのは3歳から4歳ごろなので、実際にはすべてのサヴァンが後天的なものだと言う――ただ、1歳の赤ちゃんに計算能力などを求めるのは、そもそも難しいだろうけど。
自閉症は男女差があり、5人中4人が男性――アスペルガー症候群の場合、10人中9人が男性。
男性は脳の右側が少し大きい――自閉症の子供は同年代の子供と比較して、男性が得意なテストの成績がよく、女性が得意なテストの成績は悪い。
右側の脳の活動が優位になることで、サヴァンの能力が表に出るのかもしれない。
――
ヒュルルル ・・・・・
分離脳の患者の協力で、脳の左右で認知能力に差があることが分かっている。
左側は言葉を話し、推論する。
右側は言葉を話さず、その理解も限定されている――言語野が右にある人や、左右にある人もいる。
腕の遠位筋は、左右の脳の支配が逆転している――右手は左脳、左手は右脳が制御する。
右の脳に「なべ」という単語をみせると、左手はなべの絵を指す。
「水」だと水の絵を指す。
だけど2つの単語を同時に見せると、「水の入ったなべ」の絵ではなく、空っぽのなべを指す。
同じことを左の脳にさせると、難なく水の入ったなべを指す。
「マッチ」の絵と「積み上げた薪」の絵を見せて、因果関係のある絵を6枚の中から選ぶ実験でも、右脳は「燃える薪」の絵を選ぶことはできない。
U字型が正方形に変化する過程の図形を選ぶ課題も、右脳は正解できない。
いずれも、左脳は正解する。
右側は推論が苦手だと言える。
以前に見たものを選ぶ実験でも左右の脳には差がある。
右半球は、それを正確に選ぶ。
以前みていたものがプラスチックのスプーンであれば、銀のスプーンは却下する。
左半球は、似ているものを誤って選びやすい。
このため、銀のスプーンをみたと思ったり、鉛筆ではなくてシャーペンをみたと思ったり、色の違う消しゴムを選んだりする。
ォォォォォ ・・・・
最初に記録されたサヴァンは、226年前にベンジャミン・ラッシュが報告したもの。
精神障害の男性の様で、70年と17日12時間が何秒かという質問に対して、90秒で「2210500800秒」という正しい答えを出した。
ダロルド・トレファートは盲目のサヴァンに、チェス盤にトウモロコシを置いて行く質問をした。
最初のマスに1粒、次のマスに2粒、その次は4粒、と倍々にしていく。
そして「64つのマスすべてで何個になるか」と聞いた。
サヴァンの男性は45秒で、「18446744073709551615個」と正解した。
映画のモデルにもなったキム・ピークは、およそ12000冊の本を暗記していた。
そのどのページでも、間違えずに読むことができる。
1ページ読むのに8秒で、本を開いた見開き2ページを、左右の目で同時に読む。
曜日の計算もできた。
ゴソ ・・・
前回の夏季オリンピックが開かれた街は、迷路のような25000の通りがある。
この街のタクシードライバーは、これを覚えて試験に合格しなくてはならない――3~4年の訓練をして、およそ半数が合格する。
このドライバーたちの、訓練前と合格したあとの脳が調べられた。
すると合格した後では、訓練前に比べて海馬の後部で灰白質の量が増えていた――海馬は記憶を処理する。
だけど海馬の前部は縮小しており、全体としての量にはあまり変化はなかった。
またこの検査では、ドライバーたちの視覚情報が通常よりも劣ることも分かった――膨大な情報を処理するための代償なのかもしれない。
最近の研究で、私たちは積極的にものを忘れる能力を持っていることが分かっている。
以前から、神経伝達物質のドーパミンが記憶の形成に重要であることは知られていた――dCA1という受容体が活性化される。
ただドーパミンは、忘却も促すことが分かったのである――DAMBという受容体が活性化される。
一部のサヴァンの能力は、こうした忘れる能力が損なわれているのかもしれない。
ゴソ
ヒュゥゥゥ ・・・・
横をみると、黒猫も起きてる。
――
手を伸ばして、黒猫の顔の前に出す。
パチ
黒猫も前足を出して、タッチした。
私はまた、腕を布団の中に戻す。
明日は少し早起きする約束を、ハットさんとした。
出発前に、ちょっと散歩する。
寝よう・・・
――
ゥゥゥゥ ・・・
ヒュルルル ―――