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福田和也が読む『救急病院−手の内の命−』

2017年05月16日 21時40分12秒 | 日記

全く立てなくなり、呂律も回らずGW前に父が緊急入院。
ドクターが良い人で「この(父の)状態で日中奥さんが旦那さんの面倒を見るのは大変でしょう。少し入院してしっかり立てない原因を調べますか?」と。

家族も本人もこの言葉には感謝です。

ただ、父が少しづつ回復と共に要求が。「○○新聞を持って来て」「アイスが食べたい」「○○雑誌が欲しい」など、毎日差し入れなど。
16時にお見舞いに行き、夕飯の18時近くまで父の話を聞く毎日。

母は「この流れ、良き御縁に神様に感謝しないとね。」と。

この流れ、縁、タイミング、確かに以前父が階段を踏み外し転げ落ちた時も、偶然私が連休の時。

悩まない人もいないし、病まない人もいない。

目に止まった記事をペタリ。

【書評】文芸評論家・福田和也が読む『救急病院−手の内の命−』石原慎太郎著 人間は意志によって運命に抗うことができる
5月14日                                                    09:34産経新聞
自分の命というのは果たしてどこまで自分のものなのだろうか。

 幸いこれまで救急車のお世話になったことはないが、いつ事故や病気に見舞われ、気がついたら病院のベッドの上、などという事態にならないともかぎらない。

 石原慎太郎氏の小説『救急病院』は首都圏一円をカバーする中央救急病院が舞台である。ここには連日、救急救命の患者が次々に運び込まれてくる。

 ホームと電車の車体にはさまれ左脚を潰された女性、脳腫瘍におかされた若き電子工学技師、拳銃で首を撃たれた覚醒剤密売人、幼少の頃から巨大結腸症に苦しめられている青年……。

 医師たちは死ぬのがわかりきっている患者でも救う手立てを講じる一方、どこで患者の命を終わらせるかを決めるのも彼らの役目だ。

 院長の高木は言う。「この道を選んだ限り私たちは黙って人を殺し人を生かしていくんだよ。私たちにはそれしかないんだ」

 石原氏は4年前に脳梗塞を起こし1カ月ほど都内の救急病院に入院した。その経験をもとにこの小説は書かれた。

 救急医療に携わる医師たちの苦労と心情にスポットを当てることも、本書をものした目的の一つであるというが、人間の生死を前に錯綜(さくそう)する患者、家族、医師の人生を描きながら氏が追求しているのは、自分の命をどう生きるか、ということだ。

 かつて石原氏は『生還』で、末期がんのため余命数カ月と宣告された男が、力ずくで命を取り戻しながらも不幸になっていく悲劇を描いた。

 病気も事故も自分で選ぶことはできない。人の運命を決めるのは何なのかというのは、宗教の問題である。

 しかし、人間は意志によって運命に抗(あらが)うことができる。黙って死期を待つのではなく、家族も会社も捨て未知の治療法に懸けた『生還』の男は不幸にはなったけれど、自分の命を生きた。

 人は意志によっていかに自分の運命に抗いうるのか。その答えの一つが本書のラストでも示されている。(幻冬舎・1300円+税)

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