青空エクスプ レス

日本ではオンリーワンの手書き地域雑誌『あおぞら』の編集発行人を経て、室戸市の政治を監視する改革派議員三期目。

「議案賛否一覧表」掲載を議長・議運委員長に要望

2017-03-31 | 議員活動
 全国の改革が進む地方議会では、改革の基本理念とする「市民(県民)に開かれた議会」の実現に向け、執行部から提案された議案についての議員の賛否が公表されていることはこれまでもご報告してきた通りです。

 しかし、室戸市議会では議会改革は遅々として進んでおらず、成された改革も大半は私が議会に要請して改めさせたものです。

 この「『議会だより』への議案賛否公表の掲載」も昨年来、議長と議会運営委員会委員長に要請して議会事務局長にも進めるようにと依頼してきたが、いまだ「行う」とのご返事がないままになっています。

 個々の議案等に対する議員の賛否を室戸市民に公表することにより、議員の考え方を明確にしていくことは地方議会でも最も大切な情報公開の手法であることは間違いありません。ならば、室戸市議会もこの3月議会の議案賛否の結果から公表すべきではないでしょうか。

 良いことは早く進めるべきであり、とにかく早くこれを行うべきだと考えます。

 以下、私の提案内容です。


 二期目の頃だったか、「年4回の議会後に発行される『議会だより』に、議案(特に全員賛成の議案以外)ごとに議員の賛否を一覧表で掲載してはどうか」と市議会議長と議会事務局長に提案した。そして昨年にも他市のその一覧表を持参して、提案しました。

 室戸市議会では、すでに数年前から議会の録画中継が始まり、閉会日の採決の様子も放映されるに至っては、「討論」等の経過はすべて議会中継で見られるため、議案賛否の一覧表を『議会だより』に掲載しない理由がなくなっています。

 そこで、私はこの1月13日に高知市で行われた県内の議会議員が集まっての議員研修の日に、議長と議会運営委員会委員長に対して、『議会だより』への「議案賛否一覧表」掲載の要望書を提出いたしました。

 それは次のような内容です。

    

 「議案賛否一覧表」とはどういうものか全国の皆さんはもちろんですが、地方議員をしておられても知らない議員がおられると思いますので、ネットで検索していくつか事例を紹介します。

 まず、福知山市議会の、『議会だより』の「議案賛否一覧表」です。(10ページ目)

 次に、真岡市議会の、『議会だより』の「議案賛否一覧表」です。

 次に、伊勢市議会の、『議会だより』の「議案賛否一覧表」です。(6ページ目)

 このように、「議案賛否一覧表」を室戸市議会が発行している『議会だより』にも、いくつかの議案のなかで賛否が分かれた議案についてだけ、その賛否の状況を市民に公表しようとする、いわば議会改革の一つです。

 これが掲載されることによって、議員それぞれがどの議案に賛成しどの議案に反対したかが明確になり、市民が議員の政治姿勢を判断する上においての参考になります。

 識者の意見も掲載しておきましょう。先日記事でご紹介した元我孫子市長の福嶋浩彦氏の著書、『市民自治』には次のような記事が掲載されています。

 <議員個人の賛否の公表>

 議会の情報公開は必須です。議会の情報公開の基本中の基本は、「どの議員がどの議案に賛成したか反対したか」であると考えます。市民にとって、自分が選んだ議員が何に賛成し、何に反対したかを知るのは、民主主義においてあまりに当然の権利でしょう。

 しかし、議会として議員個人の賛否を公表しているのは、全国の自治体議会の中でまだまだ少数です。多くは、正式な記録自体が「賛成多数」と言う形式になっており、何対何で可決(否決)されたかさえ明らかにされていません。

 私が市長の時、我孫子市議会は2006年から議場に採決結果の電子表示システムを導入し、これを活用して議会広報(※『議会だより』)で議員個人の賛否をようやく公表するようになりました。

 政務調査書の使途や領収書の公開も大切ですが、本来の順番としては、こちらの方が先でなければなりません。


 こう指摘しています。

 議員が市民に対して議案への賛成又は反対の姿勢を公表するように改めれば、室戸市議会もこれまでみたいに違法や不正な議案、無駄な公共事業案に安易な考えで賛成することもなくなり、賛否それぞれの判断に関して議員としての責任を強く感じるに違いありません。

 尚、この一覧表を掲載することが決定すれば、後は紙面の最後のページにそれを掲載するスペースが取れるかどうかで、これは議会だより編集委員会で検討することになろうと思っています。

 さあ、濱口太作議長と堺議会運営委員長及び議運委員会の委員各位はどう判断されるでしょうか。

 これをやる理由はたくさんありますが、やらない理由なんか見当たりません。ならば、実行あるのみでしょう。

 市政も市議会も全ては、我々の雇用主である市民のために存在しています。私が作成して市民に配布している議会報『青空新聞』が注目を浴びているように、市民は市議会情報の公開を「今か、いまか」と待っています。

 私が当電子情報誌や議会新聞で以って政治不正を徹底的に叩き全国にその悪政ぶりの実態を流す手法が功を奏し、室戸市議会もだんだんと良い方向に変化しつつあることは間違いありません。

 今、新しく着任された市議会議長と議運委員長の改革精神が試されています。

 私は「あれはやることにしたきんね」という結果報告を期待している。


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「人材育成」も役所の金で支援すれば人は育たない

2017-03-30 | 人間のあり方
 この3月議会の一般質問で私は「室戸市まちづくり条例」に絡めて次のような質問を行いました。

 (質問)⑨「まちづくり協議会」の設置について

 十九点目に、平成18年の市長選では「まちづくり基本条例」の制度化に併せ、「まちづくり協議会」の設置も選挙公約にありましたが、この条例の中に「まちづくり協議会」の文言は書かれていません。この協議会の設置はいつ取り組まれるのか、それとも当該協議会は設置しないのか。お聞きします。


 (市長答弁)

 室戸市の旧町単位に、自分たちのまちを良くしていこうと考え話し合って活動する組織は必要だと考えている。又、活動する組織には市からの財政的支援も必要と考えるので、それに関する要項づくりも今後検討する。

 この答弁に対し、私が議会新聞で次のように書いた。

 「活動する組織には市から補助金を出す」というが、地域づくりの本質を知らない市長のこういう考え方は、明らかに間違い。何でも金で片を付ける手法は間違っています。住民による活動を市の予算で支援していくことが、地域づくり活動を軟弱にしてきたことはこれまでの経過が証明している。

 私は40歳の年から平成10年に地域雑誌の出版事業を止めた時まで地域おこし活動を行ってきたが、私は市の予算や県の予算などもらったことは一度もない。すべて自分の財布から、自分の赤字続きでやっている商売の売り上げから出してきた。だからこそ私は“育った”と言え、いま議員の仕事をしている。

 それが現在の住民による地域づくり活動の状況はどうだ。何かやろうとすると、大半のグループが、まず最初に室戸市役所を訪ねて補助金を要望し、役所も簡単に補助金を与えてしまう。これではまちに人は育たない。市長や職員にお教えするが、「それじゃ、人は育てられません」。

 まちをよくするための地域活動と言うなら、住民自らのお金や仲間のお金を集めて、小さなことから始めること。“小さなことからコツコツと”だ。それも、注目を集めようと最初から華やかなイベントや大きな取り組みを計画しようとするから、役所のお金を当てにしなくてはならなくなるのであって、そうではなく、注目を集めなくてもいいから、小さな活動から始めることが大事。そうして次々と休むことなく活動し、そういう中から、市から「頑張っていると聞きました。協力しましょうか」と声が掛る。その時は、「お願いします。でも、お金はいらんぜ」と言えば、かっこいい。

 そういうところから人は育つのです。残念ながら、平成になってからは皆さん軟弱ですぐ助けを呼ぶが、それが自立した地道なまちづくり活動というものです。

 一例です。私は地域雑誌の出版の仕事をしていた平成5年、富山県主催の「裏方さんの夜なべ談義」に県の一員として出席。そこで学び、自分一人で地域づくりの全国大会を国民宿舎で開催した。その開催前、県地域政策課の課長や稲毛班長から「この大会を県の事業に組み込ませてくれませんか」と要請があったが、「協力はお願いします。けんど、補助金はいらんぜ」と断った。担当課長は「解っています」と言った。

 内心、「谷口さん、かっこいい」と思っただろうし、「変わっちょうなあ」と思ったかもしれません。こういう関係が住民の地域活動と行政との理想の姿です。互いに“甘えず”、行政と住民が対等の立場で地域づくりに取り組むこと。是非とも、市は見習ってほしい。

 あってはならないのは、「市の補助金で住民を釣りあげ、それを“協力”と言わず、“協働”と言い、何か特別のことをやっているかのように広く吹聴すること」。そうして、主権者の住民のやりたいことが主にならず、大半が役所の思惑が主体となって動かしている場合は、不純だ。“協働”については私の二回目の質問の中で解説していますので、ぜひご参照いただきたい。


 自分を育てるのは、「自分」であらねばなりません。

 「自分で育ち、自分の力を以って、自分を育てる」。

 お分かりでしょうか? 他人の協力も得ながらみんな生きてきてはいますが、まず最初は「自分一人の力でやってみること」。これが大事です。

 そうしてとことんまで自分一人が苦心し汗を流しやってきて、「これはどう努力しても自分の力だけでは解らない」とか「為しえない」という時には、他人の知恵や力を借りる。

 そして、次からは又、自分一人の力でやってみる。こういう「自立」した行動があってこそ、為しえたことに価値も生まれますし、人の感動を呼ぶものです。


 だから、自治体の「人材育成」とは、兎にも角にも市民の活動を“過保護”にしないこと。深情けは禁物ということだ。反対に、「人を育てる術」を知らない首長、甘い対応をする首長は簡単にナメられてしまい、搾れるだけ搾り取られてしまうことになる。

 役所という組織は、選挙で選ばれた首長の受け狙いと、役所の金は首長のお金ではないこともあって、すぐに金(市民の税金)で処理(補助金・助成金)しようとするが、そんなことはほどほどにして、助言と人員支援で協力すること。そうすれば人は必ず育ってくる。


 以上ですが、皆さんはいかがお考えでしょうか。私はまちの地域活動とはこうあらねばならないと考えています。だから、私はそうしてきました。

 何よりも自分でやらないと「オレがやったんだ!」と叫べないじゃないですか。昨日の記事の人のように、何かあったらすぐに市役所の金を頼りにするなんて、かっこよくないし、「おれが建てたんだ!」と叫べない。それを、もし「オレが建てた」なんて言おうものなら、「おい、あれは市民の寄付と市役所と県から補助金を貰って建てたんじゃないか」と言われるのは目に見えている。

 それじゃ、男として立つ瀬がない。やはりやるからには自分のお金を使って「オレがやったんだ!」と叫べることをしなくっちゃいけません。それが男のすることでしょう。


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市民の税金である予算は、一般市民のために使うべきだ!

2017-03-29 | 議員活動
 26日から配布を始め、今日の午後、議会新聞を配り終えて帰ってきました。

 その配りに行った先の知人からこういう話を聞いてまいりました。

 けしからん話で、驚き、非常に腹が立っています。

 利権に絡み、室戸市の予算をまたもや無駄なことに投資させようという話です。

 怒る知人、曰く。

 「あのSさんが、また高知県と室戸市から大金の予算を出させて、空海博物館を室戸市に建設しようとしている話が進んでいると聞きました」、

 「その人の指示を受けていつものようにTという男がいま寄付金を募って回っているそうです」、

 「以前も2000万円近い予算を室戸市に出させて、その事件で市役所と教育委員会はもめにもめて、教育長は辞職したよねえ」、

 「意気地がないのか、圧力に弱いのか、小松市長はあの人の言いなりみたいなね」、

 「市の予算は全部、市民のお金よねえ。それをあのSという人は自分のお金でやればいいことを、全部役所のお金でやろうとするなんて、おかしいんじゃない?」。


 室戸市民の皆さんにはこの「Sさん」がどなたかはもうお分かりでしょう。

 私は自立心が強いから、自分がやることはすべて自分のお金でやりますし、市長選で事後供与となるお金を当選候補が配ってきたときも、「なんぜ? お金ですか? お金ら、いらんぜ。そんなお金があるんやったら二人おる娘さんになんか買おちゃりや」とかっこよく言ってやりました。

 個展を開くために会場費や看板代などにお金が必要な時も、自分の通帳からお金を出して開催しました。当たり前の話です。

 それが、このSさんはただ他人や役所にすがる癖があり、市長に圧力をかけ、教育長に圧力をかけして、結局、板挟みになった学校教育課長は年度の真ん中で配置転換という被害を受け、教育長は恨み言を新聞記者に話し、辞職した。そういう事件の責任は、市長とこのSさんに責任があるのは明白。

 市民もこの事件はよく承知していて、当時、「市役所はあんなことでいいのか」と口々に批判の声が飛び交ったものです。

 それが又また、そのSさんが室戸市役所が管理している市民のお金を当てにして、空海博物館建設をもくろんでいるという話。自分の名誉を高める魂胆であることは容易に理解できる。

 市民の皆さんのところにも近く寄付金募集でどなたかが回ってくると思いますが、私は「自分のことは自分でする」と言う信念で生きていますので、、もし寄付金を集める人が回って来たら、こう教えてあげようと思っています。

 「市民の税金に頼らず、人の寄付金に頼らず、自分のお金で建てなさい。もし建設費が足らなくても、小さくてもいいから自分が持っているだけのその預貯金の範囲内で建てなさい。そして、また少しお金がたまったら少しづつ増築すればいいじゃないか。自分の力とはそういうふうにつけるものだよ。

 とにかく、非力な人間はすぐに他人の金や力に頼るが、それじゃ自分の能力は高まらないし、力もつきません。私のように、辛くても、悲しくても、悔しくても、一人で耐えて耐えてしながらやり続けることです。そうすれば海路は開けてくるもんです」。


 皆さんのところにもきっと寄付金集めの人がやって来るでしょうから、私のように言っておやりなさい。「自分の金でやればいいじゃないか」と。

 以上です。

 とにかく、最近は意気地のない人間が多すぎます。すぐに他人に頼る弱い弱い人間ばかりですが、何事もまずは自分一人でやってみること。自分のお金を使ってやってみることだ。そうして頑張り続けていたら、「あの人は自分で我慢しながら一人で頑張っている。オレが協力してやれないものだろうか」、そういう心ある人は必ずいるものです。

 それを、私が地域づくり活動をしていた40歳過ぎには、自分の店のお金を使ってやり続けたものですが、今の地域づくり活動などは何かやろうと決めた途端、次の日には市役所を訪ね、「すみませんが補助金がないですかねえ」と頼る。実にひ弱いその活動ぶりには情けなくなります。すぐに楽な方へ楽な方へと草木もなびく。

 私が地域づくり活動をしていた時には私の指導が良かったのか、若者たちも商店からの応援の寄付をいただいてイベントを行い、市役所からの補助金には極力頼らない方法で開催していた。そういう方法だったからこそ、私は若者たちの文化活動を応援し続けました。

 しかし、小松市長の方には間違いなくこの話は上がっているであろうから、もしかしたら既にその設計計画作成がコンサルタント会社で進んでいるかもしれません。

 室戸市民の皆さん、室戸市は以前は国勢調査のたび(五年間)に約2000人の人口が減少していて、ここ二回の国勢調査では約1700人の減少しています。

 現在の室戸市の人口は、この平成29年3月で約12700人。つまり、十年間で3500人が減少しているということは、平成39年には9200人、約9000人の町になってしまうんですよ。

 お分かりですか? これがどういうことか?

 もし、そういう「そういう博物館を室戸に建てたら、自分の名誉になるから」というちんまい話に小松市長がホイホイと乗ってしまい、市から何千万円なんて予算を市民が全く望んでいないその博物館を建設するとなると、私は断固反対するし、室戸市民の皆さんも腰が引けてちゃだめですよ。黙ってちゃだめですよ。

 私のように勇気を以って立ちあがり、戦わなきゃ。こういう市民の税金を個人の名誉欲を満たすだけの計画に出させてはいけません。

 国民・県民・市民の税金である市の予算は、市民のために使うべきです! 一建設業者のためとか、一有力者のためとかいう計画は、間違っている。

 以上、現状報告ですが、今後、この話の内容がもっと詳しく分かりましたら、ご報告いたしたいと思っております。

 本当に、腹が立っています。何にって? 自分のことを自分で出来ずにすぐ役所に圧力をかけて市民の税金に頼るご高齢のお人にですよ。

 エラそうにする割には、実に情けない。

 もう一度申しておきますが、私を見習いなさいや。個展を開催するにしても全部自分のお金を出して開催し、12日間で350人の方々が見においで下さって、大盛況のうちに幕を閉じました。ま、作品が売れたわけではないですが、七福神の絵馬4点に、室戸岬の海岸の地質絵画約20点の作品に皆さん、堪能してくださいましたよ。

 事業というものはこういうようにやるものです。

 籠池というペテン師のように自分ではまともに金も持たず、国や大阪府に金を出させ政治家をだましてやるものじゃなくて、自分の持ち金と銀行から借金し自分で全部背負ってやるもので、すぐ役所に頼ってしまうというのは、やっぱり自分の弱さ。

 何事をやるにも、まず大きなことを考えないで、何事も自分の“身幅”でやること。虚勢を張らないこと。私のようにだ。

 それを、大きなことをやりたいし、人から褒められたいし、自分の金は使いたくないしでは、話にならない。


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議会報『青空新聞』の配布活動を開始

2017-03-26 | 議員活動
 私が市政と市議会の情報を市民の皆さんに伝える議会報『青空新聞』の発行も、今号、平成29年3月号の発行で早や第25号となります。

 室戸市議会閉会日の24日(金)を待たずとも今議会での議案の賛否結果は解っていたので、2月初めから開始した12ページの版下づくりは20日までに終え、21日に印刷を済ませておいた。

 そうして、今か今かと待っていました閉会日も過ぎたので、今日から配布活動を行います。
  
(左が昨年9月議会後に配布した23号、右が12月議会後の24号で、中が今号)

 議案賛否の結果を待たずともその結果をすでに記事にしているなんて、もしものことがあれば記事の書き直しをし印刷もやり直すはめになりますが、当市議会の賛否はおよそ見当はついていますので、各議員の意志を事前に読み解いておけば、大体の議案の賛否結果は表決までに判明しています。

 三か月に一回、私の支持者(と思われる人)に配布する『青空新聞』の今号の特集は、「室戸市まちづくり条例(案)」。

 読みどころは、「室戸市まちづくり条例」に関する私の鑑定評と、議会の一般質問において的確な厳しい指摘に追い詰められた市長が恥も外聞も無くキレて反論した答弁。

 私は質問でこういう指摘をしました。

 <条例では室戸市に住所を置かず公共料金や税金も払っていない人まで「市民」と位置付けている。又、団体や企業等も「市民」であり、過激派やカルト集団などの組織も、室戸市で活動する者がいれば住民票がなくても「市民」、外国人も「市民」。いわば「誰でも市民」になっている。市民以外の人にもまちづくりに協力してもらおうと考え、全国いたるところのまちの自治基本条例がこう規定しているが、その権利の濫用(らんよう)や悪意のある行為や参画があれば防止しなければならないが、現在の本市の体制で防ぎきれるでしょうか。>

 この質問をまともに聞かないまま、「悪意を以ってやったらどうかと言ったが、そういうことは、全くおかしい!」などと、私が質問で言っていない言葉を使って論い、錯乱状態でこちらが批判されたのにはあきれてしまいました。

 多分、小松市長も答弁しながら自分がいま何を言っているのか全く理解してなかっただろうし、議場にいた二十数名の課長も市長のあの不穏当発言を聞いて、「市長は何を血迷ったんだろう」と思ったことは容易に推察できる。そして、「またやっちゃった」と思ったでしょうね。

 冷静かつ沈着に質問した私を悪意を以って批判するほうが悪いしおかしいんじゃないかと思うが、市民はいかがご判断されるでしょうか。

 質問での指摘は「ぜひもう一度よく考えてほしい」と思い市長と担当課職員のために知恵を授けたのですが、指摘されたことで自尊心を傷つけてしまったのか、それで逆恨みしたようで、本当に困っちゃいました。

 被害妄想なのか、親切心があだになるとはこういうことなんでしょうね。

 このように、今の室戸市長には何にも言えません。市長に寄り添う議員が再質問で「市長さん、先ほどは大変ご丁寧なご答弁をいただきまして、ありがとうございました」とバカ丁寧に褒め上げた時には喜んでいるようですが、私たち政治が如何に在るべきかを理解する議員らが「これは不正だ」、「これはダメだ」、「これはおかしいじゃないか」などと不正・不適正・無駄な公共事業などの欠点を指摘すると、もうダメ。腹を立てて答弁している。

 それで休憩に入ったりすると、冗談の好きな友人議員は「谷口さんがまた市長を怒らせた」なんて、まるで私が悪いかのようにすぐ話の出汁にされ、みんなでしばし笑い合うことになる。

 とにもかくにも今号では3ページに亘って、自治基本条例を策定する時の基本的な条項を指摘し、4ページ目から9ページまでは私の一般質問の全文と、市長と課長による一回目の答弁、そして私の再質問の全文、それを無視して答弁を行った市長の発言を掲載。10ページ目ではいつも定期的に掲載している「室戸市の人口減少の推移と、人口動態表」などを記事にまとめました。


 さて、室戸市民の皆さん、来年11月には室戸市長選が行われます。よくお考えになられて、理想の新市長候補はいまだ現れませんが、若し法令を遵守する公正・公平で道徳心に富んだ候補が出馬した時には、私が応援する候補をあなたも応援してくださればうれしく思います。

 基本は、特定の建設業者や団体と利権関係を持たない候補。

 脅しや圧力に負けない、勇気と強い心を持った候補。

 そして、小心者ゆえすぐにキレる人ではなく、品格のある腹の座った候補。

 そして、ウソをついて人を騙したりしない候補。


 特に室戸市は昔から今まで公共施設建設工事計画の不正が続いてきて、これに絡むウワサのある政治家は全くダメですので、そういう候補は最初っから「こいつはダメだ」と、あなたの頭の中から除外しておいていただきたい。

 室戸市の工事入札事業において談合がないなんて、ウソっぱち。平成22年のこと、それまでの入札結果を私が分析してグラフを作成し、室戸警察署を通じて高知県警に上げた案件もあり、県警は今も室戸市役所の公共工事計画に目を光らせています。県警のN警部が昨年1月に行った個展会場にわざわざ高知市からおいでになったのがその証。

 尻尾を出せばすぐ通報しようと、携帯にその方の電話番号を入れてある。


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稀勢の里、強行出場して勝っちゃれ!

2017-03-25 | 議員活動
 昨日、大相撲の稀勢の里―日馬富士戦を見ていて、稀勢の里が押し出された後、左腕を抑えて苦痛の表情をした時、「あっ」と思った。

 「これじゃ明日は出場できない。となると、12勝1敗2休になってしまい、たぶん1敗の照ノ富士が優勝してしまう」と。

 それが、今日の産経ニュースによると、今日の勝負に出場するとのこと。「エライ!」と思いました。↑(クリック)

 以前、怪我で負けが込んでいたが、その膝の痛みに耐えながら負け続けながら千秋楽まで務めを果たした照ノ富士の立派さについて記事を書いたことがあるが、力士はこうでなくっちゃね。大関や横綱はこうでなくっちゃ。勝負師はこうでなくっちゃ。

 それに引きかえ、5日目、6日目ぐらいで2敗、3敗するとすぐに休場して“敵前逃亡”する白鵬。この白鵬だけは余りにも利己的で、恥ずかしい。そのくせ、すぐに「大鵬関と勝ち星が・・」と大横綱ぶる。貴乃花や曙に比べると大関か関脇程度の力しかないのにです。だから、白鵬だけはどうも好きになれない。

 怪我を負った稀勢の里は出場して、本当に大丈夫なのかと心配するが、その心意気やよし。白鵬と違って、実に立派だ。実に、いさぎよい。

 ご存知のように、今場所まで何場所か続けてひざの故障で負けが込んでいた照ノ富士でしたが、今場所はそれも多少回復したようで、絶好調。

 その照ノ富士が今日十四日目に対戦するのは琴奨菊、稀勢の里は鶴竜と。琴奨菊にはぜひ頑張って勝ってほしいと思っている。

 稀勢の里も、横綱が相手となると「全く勝負にならずに、簡単に押し出されてしまう」と思うのが普通だろうが、今場所で一番強い横綱は稀勢の里で、異論はない。土俵際まで押されて、唯一使える右手でとっさに「とったり」という手もある。引いて、「はたき込み」という手もある。頭突きもあるし、「けたぐり」もできる。

 窮地に追いやられた人間が頑張る姿に、人は感動するものだ。

 稀勢の里、出場して勝っちゃれ! 鶴竜を土俵に這わせてやれ。 

 勝てば13勝1敗、照ノ富士も勝てば二人が13勝1敗の相星で千秋楽を迎えることになる。となると、千秋楽での稀勢の里―照の富士の勝負がそのまま優勝決定戦となる。

 日本中がもう聞きたくもないペテン師の話で持ち切りだが、この稀勢の里の勝ち負けで日本中が大いに盛り上がるんじゃないか。

 出場は、りっぱ! 全国民が応援してるぞ! もうひと頑張りすれば優勝だ。

 その時、私は言おう、

 「痛みに耐えてよく頑張った! 感動した!!」と。


※電子情報誌「青空エクスプレス」のアクセス数は、3月25日(土)付けGooブログランキング(2691871ブログ)中、3139位でした
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人は人から育てられる

2017-03-25 | 人間のあり方
 まず最初に、今日、3月24日(金)は室戸市議会3月定例会の閉会日です。委員長報告、討論、議案裁決の後、議長選、副議長選、二つの委員会に分かれての委員長選、副委員長選が行われます。

 今日は、甲子園で明徳対早稲田実業戦が11時半ごろから始まるので野球ファンとすると気になりますが、まずは議長選。私の委員長職も今日までとなります。
 

 話変わって、執行部と議員との懇親会には、議員初当選直後の平成15年6月議会が閉会した後で行われたのに参加したのを最後に出席して来なかったが、先日17日の委員会審議が終わった日の夜に行われた懇親会には、課長の仕事を終えてこの3月末を以って退職される職員4名の送別会も兼ねていたこともあり、約十二年ぶりに参加した。

 私がこういう執行部と議会議員がお疲れ会と称して懇親会に参加しない理由は簡単で、執行部と議会とがなれ合うことを良しとしないから。戦いの相手とお友達になりすぎると、「二元代表制」という関係に狂いが生じるから。だから、ずっと参加しなかった。

 でも、今回参加してみて、「たまにはいいもんだなあ」と思いました。

 晩酌などしない、酒はあまり飲めない珈琲党なんですが、酒場に行くと注がれたら全て飲む、そんな楽しくお酒を飲む人間。退職する職員4名があいさつを終えた後、席を隣り合わせる課長の皆さんといろんな話をさせてもらいながら、飲んだ。

 以前、私が地域づくり雑誌を出版していた平成4年と平成6年の二回、県地域政策課の協力を得ながら地域づくり会議の全国大会を室戸市内で開催したことがあるが、その時に市役所から参加してくれた三人の職員が今は課長職についていて、それがどの職員かは今もよく覚えていて、酒の肴に当時の話が出た。

 そこに、27年1月に市議選出馬前の私のブログにコメントを寄せた職員が私にお酒を注ぎにやってきた。彼には「人間というものは誠実でないといかん。していいことかしてはいけないことかをちゃんと見極めること。そうじゃないと自分が損ぞ。それに相手を見てものを言うこと。世の中とはそういうものだ。こういうことを解らんといかんし、忘れてはいかん」等と教えた。私が教えなければ他に人間の在り方について教える人は多分おらず、彼は今後も考え違いをし続けると思ったからだ。

 とにかく人とは、他の人によって育てられていることを自認しないと過ちを犯すことを知ってほしいと思っている。自分が偉くて今の地位にいるなんてことは思わないことだ。

 その後も私の周りにはたくさんの課長が酒を注ぎに来てくれてうれしく思い歓談したが、席の周りが空くことがなかったため自分が席を立ち他の課長や議員の方に酒を注ぎに行ってお話しをさせてもらいことができなかったのは、申し訳なく思っている。

 そして宴もたけなわとなった頃、お酒も回ってきたので、こっそりと会場を抜け出してきた。

 
 思うのは、地方公務員としての在り方。もうだいぶ前に書いた「地方公務員法第32条の優先順位」という記事が今もネットで注目され読まれていますが、市職員の在り方は市長が変わると必然的に変えざるを得ない時があるのは分かるが、自分から世間の評判を落とすようなことでは困る。

 質の悪い市長に惑わされて職員である自分まで悪く変わっては自分の損で、如何に市長が替わろうとも、例えその市長から違法や不正を強要されたとしても、その不正に同調していては自分まで地獄に落ちてしまうことを自覚しておかねばならない。宮仕えの辛さは理解するが、「言われるまま」では脳が無さすぎる。
 

 全国の行政職員の皆さん、そして地方議会の議員の皆さんも含め、次の言葉をかみしめてほしいと思う。

 もう五年以上前になるが、公共広告機構(AC)の広告にこんなのがあった。

 「人は、人から育てられる」。

 人の意見はよく聞き、その一つ一つから学び、能力や知識を高めていくものです。

 人生の「道」を教えてくれる人の話は、どこかの愚かな市長のように答弁で反論など加えず、素直な気持ちで聞くものです。

 その積み重ねが自分を高めてくれることを知っておくことが大事。

 そして、何事も自分が一番なんて思わないことです。世の中、上には上がある。

 国会議員であっても、市町村長であっても、都道府県議であっても、市町村議会議員であっても、行政職員の方がその人たちよりも能力が上ということはありえます。行政職員は、いま、ただ故あってその仕事をしているというだけだと思っておけばよい。

 また、こうも言える。

 国会議員であっても、市町村長であっても、都道府県議であっても、市町村議会議員の方がその人たちよりも能力が上ということは大いにありえます。市町村議は、いま、ただ故あってその仕事をしているというだけだと知っておくことです。

 「上には上がある」。決して慢心してはならない。

 自分の過ちは素直に認めること。そして、忘れがちだが、過ちを犯したらその相手に謙虚な気持ちで謝罪すること。そして、その過ちは指摘された時にすぐ改めること。


 「人は人から育てられる」が、反省がなければ「人は自分から落ちていく」ことも知っておかねばならない。

 久方ぶりの懇親会は、良い宴会であった。多分、これが最後になるだろう。
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議員が行う質問や討論にすぐ腹を立て、反論を加える市長

2017-03-24 | 議会報告
 議員の的を得た質問や討論に腹を立て反論する室戸市長の品の無さに、議員も職員の皆さんも辟易しています。

 本当に短気な人で、議員も職員も困り果てています。本当なら、近しい関係にある与党議員の誰かが注意の一つもしなきゃいけないんですが、それを諭すだけの力もないことから見て見ぬふりしている、という構図。いわば、誰も止められない“裸の王様”の状況となり、今や市政運営の末期的症状を見せているといってよい。

 まず、2009年6月議会で起こったことを当時に書いた記事「前代未聞、討論に市長が反論!」で振り返って頂きたい。←(クリック)

 さて、あれから八年が経った、2017年3月議会での出来事をご報告いたします。先日、3月14日に書いた記事「再質問への答弁には逃げられ、反論まで受けちゃいました」は前ふりで、これが本編です。(文字数は10300字)

 私は一般質問で、市長が議会に提案した「室戸市まちづくり条例(案)」の条項や条文に関する不備な点をいくつか問い質した。

 室戸市議会では、質問原稿は議会開会前に執行部に渡すルールですので、告示日の時に前渡ししてある。でも、これは当たり前のことですが、戦さの前に手の内を全て見せるバカはいませんから、再質問はどの議員も渡していません。私のその再質問を聞いて、市長は困ったようです。言い淀んだ。

 そして、途中でだんだん怒りが募ってきたのか、爆発した。

 まず、私の再質問原稿の全文を公表します。約20分間の原稿で長いですが、是非お読みいただきたい。企画財政課職員の皆さんは必ず、私の質問内容を確認するようにお願いする。そして、市長答弁が議員の質問に対する答弁として適正な内容だったか、不適正な内容で議員には失礼な内容だったかを判断してほしい。

 議員は、一か月も二か月も懸けて参考書となる書籍やネット検索で調査研究した上、苦労して質問原稿を作成して仕上げている。それを、答弁に窮したからといって市長や執行部が質問の内容を全く無視し、自分勝手な主張を行い、怒りに任せてやり飛ばすなど、私に言わせると以ての外だ。余りにも誠意がなさすぎる。

 そういうことで市政運営は良くなり、市民生活は向上し、人口が増えてくるというのか。そう問いたい。 

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 <(再質問) 七番、谷口。二回目の質問を行います。「自治基本条例」等について、もう少し詳細に指摘致します。
 
 まず、「室戸市まちづくり条例」で、この条例を「室戸市の自治に関する最高規範」と位置付けている点についてです。

 国の最高規範は日本国憲法です。そして、国に最高規範となる法律が必要なのは、国の憲法で国民が国家権力を縛るためです。その証として、憲法第99条で定められた遵守義務者は天皇、大臣、議員、公務員などであり、国民は入っていません。これと同じように、自治基本条例や住民基本条例、まちづくり基本条例なども、自治体の憲法と言うからには、条例の基本的精神は、主権者である市民が行政の市長や職員、そして議会を縛るものでなくてはなりません。故に、市長や議員が市民を縛るようなものは、自治体の自治基本条例として、成立しないといえます。まず、この点を当該条例を作る人たちが理解していないと、大きな間違いを犯すことになります。

 だから、自治基本条例やまちづくり基本条例などにある「市民の責務」は、憲法にある「教育の義務」「勤労の義務」「納税の義務」という「国民の三大義務」と同じように、その範囲で行政が市民に求めることを市民が許したものと理解すべきです。但し、その「市民の責務」は、「市民の権利」が規定されていてこその「責務」であるのは言うまでもありません。

 しかし、この室戸市まちづくり条例では、「権利」を規定せずにいながら「責務」を規定し、市長や議員が市民を縛る形になっています。この基本を違えている点から言っても、この条例の構成は明らかに間違っているといえます。

 又、最初の質問で「協働とはどのような意味か」とお聞きしましたが、私はこう考えます。

 第1条にある「市民との協働のまちづくり」の「協働」なども、市民と「協働」するならばこういうことを守るようにと、市民が行政に義務付けたもの、又は、「この範囲なら、市民に連携・協力を求めてもよい」と市民が行政に許したものだといえます。

 行政は「これは協働の関係だ」と言ってごまかす時がありますが、決して政治の場にいる人間が勘違いしてはならないのは、「市民との協働」とは、行政が市民に義務付けたものではないということ。事業者と行政が対等にパートナーシップを組み、二者が連携して働きかける相手である受益者の自立をサポートする。これが「協働」です。

 例えば、障がい者支援に取り組むNPO法人と保健介護課が対等な関係で連携して、受益者である障がい者の地域での自立支援を行う。これが「協働」です。だから、「主権者である市民が、雇用した立場の行政と対等な立場で連携して課題に取り組む」、こんなことなどあり得ません。

 主権者、つまり我々政治関係者の雇用主が行政に協力してあげることがあっても、主権者である市民が行政からああしろ、こうしろと言われる筋合いはないということです。お分かりいただけたでしょうか。自治基本条例は、室戸市や市長が「協働」を一般市民に義務付けるわけではなくて、市民が市長や議会に対し新たに何を縛ったかが特徴になるということです。

 その一例です。全国には昨年12月1日現在で、361自治体がこの自治基本条例を制定していますが、そのきっかけとなったのは、北海道の「ニセコ町まちづくり基本条例」です。平成13年4月に施行されたその条例では、前文から「私たち町民は云々」と、まるで町民が作文したかのように主役となって、議会や町長以下を縛った条文が続きます。自治基本条例とは、このように、そこに住む住民を主役として条文を認めることが基本であり、常識です。

 本市もこのように、主権者である室戸市民が、市長や議会を縛る「まちづくり条例」を策定し、自らの意志を反映した地域づくりを進めてこそ、「まちづくり条例」が本当に市民のものとして実効性を発揮するといえます。なのに、本市の条例では市長が主役となり、市民を一番下に位置付けています。

 そこで、質問の一点目です。なぜ市民が主役ではない、市長が主役になるこのような理念型の条例を作ったのかを、お聞きします。

 そして、二点目として、この条例には一番大事な「市民の権利」が抜けています。第4条の(1)で「市民は自治の主役であり、主権は市民にある」と基本理念を謳いながら、「市民の権利」の条項はどこを探してもありません。「主権は市民にある」としながら「市民の権利」を意図して規定しなかった理由について、もう一度、市長にお伺いします。

 次に、「まちづくり」の定義について質問しましたが、私は「まちづくり」の意味を次のように解釈しています。

 「まちづくり」とは、道路や河川や水道の整備、町並み景観形成などのハード面、情報共有や住民参加などの仕組みづくりのソフト面、これらも「まちづくり」ですが、これだけでなく、市民が商売に励んだり、暮らしぶりを良くしようと励む「暮らしづくり」も含めて、「まちづくり」だと思っています。従って、「まちづくり」の概念は非常に広く、定義づけは非常に難しいです。

 その理由を挙げると、①一つ一つの事例を挙げることができても、概念が広義にわたり、総体で括るのが難しいこと。 ②条例で定義することが、室戸市での「まちづくり」の意味をかえって狭めてしまうこと。 ③定義しても時代が移り変わると諸事情が変化してすぐ陳腐化、古臭くなってしまうこと。④条例というルールの中で「まちづくり」を定義する必要性が低いこと。・・・などが挙げられます。

 そこで三点目として、「まちづくり」の定義はあの条文のままでいいのでしょうか。お答えください。

 次です。指摘してきたように、本市の「まちづくり条例」には問題点がいくつもあります。

 5条では「市民」を、市長、議会、市職員、そのあとに位置付けています。私の地域づくり活動の経験から考えて、「自治基本条例は住民自治を具現化した条例だ」と思っています。つまり、市民が主役になるべき条例だと。それがどうか。

 見ての通り、この条例は市長や議会が主権者であるかのように「市民」の位置づけの上にきて、私たちの雇用主である「市民」は後回し。加えて、一番大事な「市民の権利」が抜け落ちています。これが明記されていないということは、市民には権利が認められていないということになります。市長や職員の皆さんは私が言っていることの真意が解りますか。もし「市民の権利を認めていないわけじゃない」と反論されるなら、条例の中にちゃんと「市民の権利」という条項を設けて書き込むべきです。その理由は何度も言いますが、民主主義の下、室戸市の主権者は室戸市民であって、私たち市長や議員や職員じゃないからです。

 四点目に、私は自治基本条例、「まちづくり条例」の基本精神は「市民が市長や議会や職員を縛るもの」だと考えていますが、ご賛同いただけますか、それとも市長は「役所が市民を縛るもの」だとお考えか。ご所見をお伺いします。

 次に、更に問題点を挙げると、条例に「市民」とか「市民参画」などと記載した「市民」の定義についてです。この点は全国の自治基本条例によく見られる問題点でもありますが、ここには条例の対象となる「市民」を異常に拡大して定義しています。この過ちの原因は、他市の条例に倣うから。だから、こんな同じ間違いを犯すのです。

 「市民」の定義について、第2条にこう定めています。「市民とは、市内に住所を有する人、市内で働く人、市内で学ぶ人、市内で活動する人及び団体並びに市内で事業を営む人をいいます」。つまり、条例でいう「市民」とは、室戸市に住所を置き税金を納めている住民だけでなく、室戸市民ではない、他の市町村から通勤・通学してくる人たち、室戸市で活動する市民団体のメンバーなどであれば、居住していなくても「市民」ということになります。また、個人だけでなく団体や企業等も「市民」であり、過激派やカルト集団などの組織も、室戸市で活動する者がいれば住民票がなくても「市民」、外国人も「市民」。いわば「誰でも市民」になっています。

 これは、市民以外の人にもまちづくりに協力してもらおうと考え、全国いたるところの町の自治基本条例がこう定義していますが、この条例で「市民」とされた市外に住む人たちがもし、その権利の濫用や悪意のある行為や参画があれば、防止しなければなりませんが、現在の本市の体制で防ぎ切れるでしょうか。

 こうした「市民」の定義は、一般常識からいっても受入れ難く、法律的にも問題です。

 本条例の対象者として、住民と非住民が等しくひとくくりにされている点は、地方自治の原則である住民自治の考え方を踏み外しており、大きな問題を孕んでいます。地方自治法第10条では、居住者である住民は自治体の提供するサービスを受ける権利がある一方、その自治体に納税の義務があります。でも、非居住者にはそうした義務はありません。また、住民であれば自治体の財政難などによっては公共料金の値上げや市民税・固定資産税・国保税・介護保険料・水道料の値上げやサービス縮小など、応分の負担が求められますが、非居住者にはそうした負担は生じません。

 こうした意味で、住民と非居住者とを等しく「市民」として同等の権利を認めることは自治体と住民との法的な関係からも大きな問題があります。条例の内容があまり適切ではないことに気が付いたのではないでしょうか。

 更なる問題は、「誰でも市民」の状態を規定したこの条例により、カルト組織や過激派、外国人団体であっても、室戸市で活動していれば「市民」として、市の政策形成に参加してくることも考えられます。「まちづくり条例」は自らを「最高規範」、いわば「室戸市の憲法」と定めていますから、数人程度の敵対的な「市民」の参加が、議会多数派をも押さえつけて反社会的・反日的な団体の要求が通ってしまう可能性もあり、この条例は危機意識も欠けています。

 唯、指摘しておきたいが、その責任は条例づくりに関わった市民には無く、条例づくりの経験を持つ市長と市職員、高知大学の教授にあります。この方々がもっと全国の自治基本条例を調査し学び活かしていたら、このような「市民の権利」規定も無い、「誰でも市民」とした内容の条例にはならなかったはずです。

 そこで五点目です。条例の「市民」の定義についての「誰でも市民」という取り扱いは、全国の市区町村が制定した自治基本条例でずっと問題だとされてきた点です。住民票がない人たちに「室戸市民」という地位を与えることには市内に住居を構え、市民税・固定資産税・国保料・介護保険料・水道料等を支払っている純粋な「市民」は納得しません。それについてお答えいただきたい。

 次に、六点目です。「まちづくり条例」を「最高規範」と規定している問題です。「室戸市まちづくり条例」案では第3条に、「この条例は、市の自治に関する最高規範です」として、2項で「他の条例や規則等の制定、改廃及び運用、各種計画の策定に当たっては、この条例に定める内容を最大限に尊重し、整合を図ります」としています。しかし、憲法及び地方自治法では法律の範囲内であれば、議会は自由に条例を制定できることになっています。室戸市のように議会で制定される条例が「まちづくり条例の趣旨を最大限に尊重」しなければならないのであれば、室戸市議会は日本国憲法や地方自治法など法律以外の制約を受けることになり、議会の条例制定権を制限又は侵害することになります。この点は言わば、市の条例が憲法や自治法を無視したことになり、大いに問題があるが、この点をどのように考えておられるのか、お聞きします。

 七点目に、もう一度お伺いします。平成18年に「まちづくり基本条例」を政策として提案したこともあって、自治基本条例を策定することについては賛成です。唯、この条例には欠点や不備な点がたくさんありますので、本日をもって一度取り下げ、他市の条例をもっと勉強した後、来年度の議会にもう一度提出し直してはいかがでしょうか。このまま閉会日で賛成多数で可決してしまうと、欠陥条例と揶揄され機能しないまま飾りになってしまい、提出者の市長も恥をかきます。本市の最高規範、室戸市の憲法となると、尚更のことです。

 視点を変えていうと、地方政治において、不備な条例をそのまま可決して施行しますと、当然、作成した執行部は批判されますが、その以前に、市職員が仕事をする上において遵守しなければならない条例を定めたのは議会側であるはずです。条例はその提案者が誰であれ、成立させたのは議会。その条例の不備や不具合についても、議会が責任を持たなくてはなりません。議会にはそういう条例の「製造者責任」があります。だから、今議会でこのまま可決、施行するのではなく、もう一度、条例を始めから終わりまで点検して、改めていただきたい。でないと、このまま可決し施行したら、住民自治の知識を持った方々からいくつもの問題点を指摘されます。一度取り下げることについて、お考えをお聞きします。 

 以上の質問をまとめます。担当課長は控えてください。
 ●一点目・なぜ市民が主役ではない条例を作ってしまったのか。
 ●二点目・「主権は市民にある」としながら「市民の権利」が規定されなかった理由について。
 ●三点目・「まちづくり」の定義はあの条文のままでいいのか。
 ●四点目・この条例の基本精神は「市民が市長や議会や職員を縛るもの」ですが、そうお考えか、それとも、「役所が市民を縛るもの」だとお考えか。
 ●五点目・「市民」の定義が「誰でも市民」という取り扱いは、住民票がない人たちに「室戸市民」という地位を与えると、公共料金等を支払っている純粋な「市民」は納得しないだろうことについて。
 ●六点目・憲法及び地方自治法では法律の範囲内であれば、議会は自由に条例を制定できます。室戸市のように議会で制定される条例が「まちづくり条例の趣旨を最大限に尊重」しなければならないのであれば、室戸市議会は日本国憲法や地方自治法など法律以外の制約を受けることになり、議会の条例制定権を制限又は侵害することになる。これは言わば、市の条例が憲法や自治法を無視したことになり、大いに問題がある。この点について。
 ●七点目・この条例には欠点や不備な点がたくさんあるので、本日をもって一度取り下げ、他市の条例をもっと勉強した後、来年度の議会にもう一度提出し直してはいかが。
 
 以上、七点をお聞きして、二回目の質問を終わります。>


  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

 続いて市長が答弁に立ちましたが、市長は自分たちが作った「室戸市まちづくり条例(案)」の不備な点をことごとく指摘されたことに腹を立てたのか、一回目の質問は執行部に質問原稿を渡しますが二回目の質問原稿など渡していないので答弁に窮してしまったのか解らないが、私がお聞きした七つの質問はすべて無視。とうとうと持論を述べた後、私の質問に反論を始めました。

(市長答弁)
 条例の制定について質問がありましたが、協働のまちづくりを進めていく中で、提案したもの。その点はご理解いただきたい。この条例の目的は第1条にあるように・・・

(谷口の所見)
 私の質問には全く答えず、最初の方はこのように、自分が作ったこの条例を問答無用で可決させたい気持ちが先に立ち、条文を列挙していました。

(市長答弁の続き)
 「市長が条例の第5条にきているということは、市長が主役なのか」という質問ですが、全く私が主役になろうという趣旨でこの条例を作っているわけではないのでご理解いただきたい。

(谷口の所見)
 20分ぐらい問いかけたので七つの質問を覚えておられないと考え、配慮して再質問の最後に「課長は控えてください」とお願いした後、七つの質問を羅列した。それは、市長がこのような間違いを犯すことを予期して短くまとめたものでしたが、市長は私の質問に答弁するのが嫌で全く控えておらず、自分勝手な答弁に終始した。

 更に質問を完全に無視しながら、発言。突如、私を陥れるような答弁が飛び出した。


(市長答弁の続き)
 又、「何かを縛るとか、縛らないとか」という質問だったり、「協働の活動に参加してないので、そのことを指摘する」だとか、そのことに対して「罰則を適用する」だとか質問がありましたが、そんなことは私は全く考えていない!

 そしてまた、「悪意を以ってやったらどうか」という質問ですが、我々が悪意を持っていろんなことをやったとすると、当然、別のことで指摘されるわけで、そのことはこの条例からすると、全くおかしい!


(谷口の所見) 
 おかしいのはどちらなのか、読者の皆さんはお判りでしょう。上に掲載した質問原稿をご覧いただきたい。そんなことは全く発言していません。所謂、「でっち上げ」。

 真面に議員の質問を聞かず、質問の本質も理解できないまま、何を聞かれたのかメモも取らず、あろうことか言ってもいないことをでっち上げて反論を加えるとは。この広い日本中を探しても、このような首長は他にいないのではないでしょうか。

 この「悪意を以ってやったらどうかということですが」の下りに驚いた私は、「市長、私はそんな質問はしていない」と声を上げました。ですが、市長はそれを無視してしゃべり続けたため、私は「話にならん。終わります」と言って議席に戻った。


(市長答弁の続き)
 (質問者が質問を打ち切っているにもかかわらず)従って、「一度、取り下げてはどうか」ということですが、懇話会の方々と一緒になって作らせてもらったものであるので、議員の皆さんにはご審議の程、よろしくお願いします。(と、問いには一点も答えず、自分勝手な発言をした後、発言席から下りた)

(谷口の所見)
 市長答弁は以上ですが、市民の皆さん、上に示しました私の再質問の原稿をもう一度、確認していただきたい。その文章の中に「協働の活動に参加していないので罰則を適用しろ」とか、「悪意を以ってやったらどうか」などと言っていますか。一言も言っていません。つまり、市長は答弁に窮したためと私から条例の内容に厳しく指摘されたことに腹を立て、言ってもいない言葉を並べ、悪態をついたということです。

 私は市長の答弁を聞いていて、「市長は言っていることがおかしい。精神的におかしくなったのではないか」とまで思いました。

 追い詰められた人間は、時にあのように錯乱状態になるんだなと感じ取った。哀れと言えば、哀れです。市政の中に彼を助ける者はおらず、孤立無援ではないのかとも感じました。



 とにかく話になりません。

 まちのトップである市長が、議会において提出した条例案の不備な点を正論を以って厳しく指摘を受けたからといって、その議員に向かって反論したりウソを言って貶めようとするなど、以ての外です。

 全国の議会基本条例にはその中に執行部に対し「反問権」を与えることが条項に加えられていますが、室戸市議会には議会基本条例などない。もしあったとしても、それは「質問の意図はこういうことなんですか」と問う「反問権」であって、「反論権」まで執行部に与えた当該条例は日本広しと言えども、一つもありません。つまり、市長が議員に向かって誠実に事細かく説明し自身の政策を基に方向性を示す答弁はあっても、自分の到らない点を突かれて腹を立て反論するなど、あってはならないことです。
 
 何よりも、首長としての議会対応が誠実ではない。それが適正な態度か不適正な態度かは、その時に議場で見ていた人たちや、後日、議会中継をご覧になられた市民の皆さんにお分かりいただけたのではないか。

 こういう言動を見てもお分かりのように、小松幹侍室戸市長の政治家としての態度は話になりません。議員に対してもそう、職員に対してもそう。何と言っても、政治家として公正でもないし、誠実ではないし、冷静でもないところが命取りになっていて、もう救いようがありません。私たち室戸市において公正な政治が行われることを切望している議員は、一日でも早く市長をやめてほしいと考えています。

 「自分の至らなさや未熟さは自分が生んだこと。その至らなさを指摘されて腹が立つなら、世間から学び、自らがその至らなさをその時その時に改めるしか他に方法はない」。
 
 何事も他人の所為にしてはならない。自分の所為だと認めること。自分の非を認めた後は、改めること。それしかない。

 このようなことを理解できていないということは、その人はまだ未熟者だと言えます。

 室戸市民の皆さんにも呼びかけたい。

 「市長職も議員職も同じように、室戸市民が選挙で選んだ人。例え立場が違えど、双方は市民のために働いている身。いつも謙虚に市政発展のために尽くすことは当然のことです。議会中に腹が立つからと発言を妨害したり、議事を妨害したり、厳しい指摘を受けたから議員に対して怒りをぶつけるなど、絶対にあってはならないことだ。

 その市長職でいえば、法令を厳密に遵守して公平・公正な政治運営を行い、誠実に努めて働くことが基本。議員に対しても職員に対しても、市民に接するようにいつも謙虚な気持ちで対処・対応すべきものだ。

 もし市長や議員がその程度のことも守れない場合、市民の皆さんはその人を次の選挙で市長や議員に選んではならない」。


 これが今日の記事の結論です。


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教訓「為すべき時に、為すべき事を、為せば、成る」

2017-03-23 | 政治家のあり方
 

 わが師・上杉鷹山の言葉(確認はされていない)とされる次のような有名な教えがある。

 【為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり】

 この言葉に励まされて、平成2年から9年まで全国ではオンリーワンの手書き地域雑誌の発行を続けてきた。

 この鷹山の言葉は、“勇気を出して挑戦しさえすれば、きっと夢は達成出来るが、いつも臆病で一歩踏み出せないでいると、何も成功しない。それはその人が行動を起さなかったからだ”の意味であることはどなたもご存知の通りです。

 このいわば教訓、人生訓の言わんとするところは、「やるのか、やらないのか」の行動の動機付け、いや行動の美学か。“やれば成功するものでも、やろうとしなければ何も為し得ない”。

 地域雑誌づくりは、この言葉を支えにして、午後8時ごろから夜遅く午前2時、3時まで手書き原稿を書き、朝は7時に起きて西に車を走らせ取材に、月刊誌の販売に汗を流していた。「休みなく働いていたら、大成功しなくても、その内きっと県民の皆さんに応援していただけるようになる」と信じて。

 そんな地域情報誌づくりをしている時に、師匠の鷹山とは違った観点で世のあり方を見るようになった。そうして生まれたのが、次のような自作の教訓。

 【為すべき時に、為すべき事を、為せば、成る】

 “何事も、それに挑戦するタイミングというものがあって、そのチャンスを逃がしたら成功は為し得ない”と思った。今もこの考えは揺るぎない。

 師・上杉鷹山の教えにはこの『時』が織り込まれていないので、その「行動してこそ」の教えに因れば全て成功するかといえば、そうではない。やはり物事には「その時、行動を起さなければ、時間が経過した後ではもう手遅れ」という状況がある。そう考えて創った言葉です。

 全国の議員の皆さんの職務においても、住民生活を調査した実態を基に、また、国の法改正を基にして例えば3月議会の一般質問で首長に問うべきことを、「下準備が遅れたから」、「私事が忙しいから」といって次の議会に先送りすることがあるのではないか。

 その次の議会になると、また「次回の議会にすればいいや」と質問を断念する。3ヵ月後の議会前になると、行政内のその事業や近隣市町村の動きは大きく変化したり、既にもう収束してしまっていることもあり得る。

 だから、それはもう質問のテーマとしては“生(なま)”ではなくなり、“旬(しゅん)”ではなくなっている。つまり、その議員はタイミングを逸したということになる。


 【為すべき時に、為すべきことを、為せば、成る】

 私が創った教訓です。よかったら、どうぞあなたの座右の銘として長く活かして下さい。
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続「室戸市議会議員政治倫理条例」まちの政治を弄んではならない

2017-03-22 | 政治家のあり方
 昨日の続きです。少し長文になりますが、その点はお許し願いたい。

 室戸市民の皆さんにお伝えしなくてはならないのは、室戸市議会において一年ばかり前にこういう条例を作ったということは悪いことではない。議会改革のためには望むところだ。

 条例ができたからといって、議員のやっていることを信用できるかと言えば、そうではない。

 なぜならば、条例づくりとは一年や二年かかるものだが、議会全体が「室戸市議員政治倫理条例(案)」をそれほど時間をかけ頭を悩ませながら作ったかはあやしい。そんな話、私は聞いていない。

 これまで、武井前市長や小松現市長が議会に提出した地方自治法や室戸市の条例に違反した議案に対し議会のおよそ三分の二を占める与党議員がそれに賛成してきたが、議員のその行為を考えると、そういう「政治倫理」に欠ける不正な行為をしてきた議員が政治倫理に関するルールづくりをすること自体、信用できない。

 これは想像だが、落選中の私は議員の誰かがネットでどこかの市議会の「政治倫理条例」を探してきてお手軽に作成した、と考えた。もしそんなお手軽に作った条例ならば、私は全く信用していないし、室戸市民の皆さんも「議会に議員政治倫理条例ができたから、これから議員は不正なことはしない」などと信用してはならない。

 私は見かけを取り繕っているだけ、そうとしか見ていない。対外的に「私たち室戸市議会は議会改革に取り組んでいます」というポーズをとっているだけ。

 市職員もそう見ている。誰を指して言っているのかわからないが、「議会の中には倫理条例に違反した議員がいるじゃないか」と。 

 勿論、議会の中には私以外にも何人かの議員が気まじめに質問に立ち、質疑に立ち、行政が行っていることの不正や不適正さや疑わしい事業を厳しくそして積極的に指摘している議員がいます。すべて私の友人です。ですが、市職員を脅したり悪しき働きかけを行ったり、時には市長に圧力をかけ、ある時は議場において議員を脅して発言を妨害する、そんな体質の悪い議員がいることも確か。

 条例はできたが、私はすべてをお見通しです。市民の皆さんもこのように、「議員はいつも公正・公平・適性で道徳的に政治を行いましょう」という条例ができたからといって、騙されてはなりません。

 読者の皆さんもよくお考えいただきたい。

 この世の中のあらゆる出来事において、これまで不正なことを数々行ってきた人がある日を境に真人間になるということは、マンガや小説では良くある話だが、一般社会においては絶対ない。悪いことをし続けてきた人は、それからも悪いことをし続けます。それは、歳が50歳を過ぎ60歳を過ぎすると性格はなおさら頑固で横柄になって、改心など考えることも無く、悪さはますます高じてくるから。

 議員の資質を見極める方法をお教えしましょう。

 ●「その人が誠実かどうか」を見極めればよい。

 ●「法令を守る人かどうか」を見極めればよい。

 ●「裏で政治を動かそうとする議員か、表で政治を動かそうとする議員か」を見極めればよい。

 ●市長や職員や議員に対しても、「不正には厳しく、公正には支え応援する議員かどうか」を見極めればよい。

 ●「自分さえよければいいと思っている議員か、自分のことよりも市民の名代として働き発言する議員かどうか」を見極めればよい。

 ●議会と議会の間の2か月間も休まず働く議員か、議会開会の日に一度も開いていない議案書や予算書を持ってくるような怠け者の議員かを見定めればよい。

 つまり、真面目で、クリーンで、スマートで、勇気があって、発言力があって、正しい判断力を持つ、そんな人。

 
 さて、そこでこの条例の重要点をピックアップしてみる。

 最初に言っておきたいが、疑わしいと思っているのは、「これを本当に守っているのか」という点だけで、条例の内容自体に私は全く異論はない。

 ①「議員及び市民の責務」を規定した第2条について

≪第2条の1 議員は、市民全体の代表者として、市政に携わる機能と責務を深く自覚し、市民の信頼に値するより高い倫理的義務に徹し、地方自治の本旨に従って、その使命の達成に努めなければならない。

 第2条の2 市民は、主権者として自らも市政を担い、公共の利益を実現する自覚を持ち、議員に対し、その地位による影響力を不正に行使させるような働きかけを行ってはならない。≫


 (所感)

 「市民全体の代表者として、市政に携わる機能と責務を深く自覚」するって? これまで自覚してなかった議員が自覚するだろうか。

 「市民の信頼に値するより高い倫理的義務に徹し」とある。となると、市長が違法な議案を出してきた時、これまでのように賛成などせず、反対しなければならないが、反対する勇気があるのか。多分、この条例に違反して、賛成します。

 「地方自治の本旨に従って、その使命の達成に努める」とあるが、小松市長の地方自治法違反の議案に賛成してきた議員が日本国憲法第92条「地方自治の本旨」の条項を果たして守れるのか。今までも守ってこなかった議員だから、これからも守れないのは疑いない。

 「その地位を使って不正な行為を行ってはならない」というが、議員の中には長く建設業者と関係をもち市長に対して働きかけを行ってきたことは職員や議員だけでなく、市民の大半が周知の事実。こういう行為を議会が処断できるかだ。それとも、これまでのこともこれからのこともチャラにするのか。

 これまで議会に提案された数々の違法・不正・不公平・不適正、公約違反の事業案、明らかに建設業者のための工事計画案などに賛成してきた議員らが作ったのが、この「政治倫理」条例。

 ひと言で言うと、この条例は平成25年6月に制度化して三年九か月経つがこの条例を守っていない議員がいるし、今後も守れないだろうから、この条例は機能していないといえ、まったく信用していない。つまり、私がこの3月議会で「室戸市まちづくり条例」の内容に疑義を質してきたように、“お飾り条例”。もっと美しく言うと、“アクセサリー条例”。

 何んか、結論付けてしまいましたが、まだまだ続きます。


 ②「政治倫理基準」を規定した第3条について

≪第3条 議員は、次に掲げる事項を遵守しなければならない。

(1) 市民全体の代表者として品位と名誉を損なうような一切の行為を慎み、その職務に関して不正等の疑惑を持たれるおそれのある行為をしないこと。

(2) 市民全体の奉仕者として常に人格と倫理の向上に努め、その地位を利用していかなる金品も授受しないこと。

(3) 市民からの議員の地位による影響力を不正に行使させるような働きかけに応じないこと。

(4) 市(市の出資法人等(市が資本金その他これに準ずるものを出資している法人をいう。)を含む。以下同じ。)が行う許可、認可、契約締結等に関し、特定の企業、団体等のために有利な取り計らいをしないこと。

(5) 市職員の公正な職務執行を妨げ、又はその権限若しくはその地位による影響力を不正に行使するよう働きかけないこと。

(6) 市職員の採用、昇格又は異動に関して推薦又は紹介をしないこと。

(7) 市から活動又は運営に対する補助又は助成を受けている団体等(自治会を除く。)の長に就任しないこと。

(8) 政治活動に関して企業、団体等から政治的又は道義的批判を受けるおそれのある寄附等を受けないこと。議員の後援団体に対する寄附についても、同様とする。≫


 (所感)

 議会において不正な事業案に賛成してきた行為や、止めても止めてもそれを無視して市民がいない議員総会という秘密会議の場で七年九か月間行ってきた不正な議案審議は明らかに「品位と名誉を損なうような行為」だが、市長や議員は市民に対してこれをどのように謝罪するのか。

 議員辞職する考えはあるか?

 「職務上、不正な行為をしないこと」とあるが、これまで建設業者や団体と利権でつながり違法に賛成してきたことはさらりと水に流すのか?

 「地位を利用して金品も授受しないこと」とあるが、室戸市の市長選では当選候補が選挙の一週間後に夫婦で支援議員のところを回って金を配り、それを何人もの議員や後援会幹部が受け取った。私のところにもやってきたが、「なに? お金です? お金なんかいらんぜ。選挙にはお金も要ったろ。そんな私にくれるお金があるんやったら、二人おる娘さんに何か買うちゃりや」と言って受け取らなかった。奥さんはそれを聞き、目に涙をためていたことを覚えている。こういうことは不問にするのか? 

 この事件は、公職選挙法で当選候補は事後供与罪の贈賄罪で逮捕、金を貰った議員らは収賄罪で逮捕される身の上。金を現職議員が受け取った場合でも、辞職しなくてもいいのか?

 市長や市職員に圧力を掛けて脅すなど、「議員という地位を利用して不正に市職員の公正な職務執行を妨げた行為」をした議員もいるが、それは不問にするのか?

 市長や市職員に対し利益誘導する発言や要請を行い、「市から補助金や助成金を受けている団体の長」が議員になっている例はないのか? 本当にいないと断言できるのか?

 企業や団体から寄付金をもらう議員がいなくても、企業や団体が「市政に働きかけをしていただきまして、ありがとうございました」とお金を持って来ると、そのたびに貰ってふところを肥やしている当該条例に違反した議員は議会に、本当にいないのか?

 ③「審査会の委員」を規定した第8条について

≪第8条の1 審査会の委員は、7人以内とする。

第8条の2 審査会の委員は、議長が議員のうちから指名する。≫


 (所感)

 「政治倫理条例に触れる議員がいた時、議員7名で構成する審査会で審議する」と言うが、“身内”の議員だけで不正を裁判して、真っ当な処分ができるのか。「かわいそうだから」、「後で脅迫されるから」が先に立つことは歴然としている。だから、この審査委員会の委員は、対象となる議員の仲間ではない、いつも相反した立場にいる議員から選ぶことが前提としなければならない。

 ④「政治倫理基準違反に対する措置」を規定した第15条について

≪第15条 審査会は、審査対象議員に政治倫理基準に違反すると認められる事実があるときは、議長に対し、辞職の勧告その他審査会が必要と認める措置を講ずるよう求めることができる。≫

 (所感)「議員だけで組織した審査会で当該議員を辞職させることができるのか」が疑わしいし、政治倫理基準に違反した議員が議長を含める議会の大半の議員仲間だった場合、では「誰がそれら議会の数多くの議員を辞職勧告することができるのか」だ。

 言うなれば、この条例は議員一人だけがこの条例に反するとして条文を規定しており、不備が目立つ。対象となる議員が二人いたり三人いた場合、どうするのか。

 であることから、条例を改正してそれらの不備な面を改める必要がある。


 平成27年度に行われた市議選で選ばれた議員の中には「公正・公平」を理解され疑わしいことには疑義を質す議員が増えてはきて喜んではいるが、これまでの室戸市議会では、多くの議員が地方自治法違法や市の条例・要綱違反等々の議案に賛成して可決させてきた。そういう不正な事例が発生したことを考えてみてほしい。

 私は新人議員の時からずっと市民に申し訳ないからと考え、政治倫理に反することはしてはいけないと強く決意し、武井市長と小松市長の違法な行為を追及してきた。そのため、違法な政治を行っている市長や議員ら一派の手による落選運動で議員の職を失った。

 正しい政治をしようと主張し努力した議員はこうして職を失ったが、返り咲いた今でも、間違った不正な政治を行う者たちが未だに政治の場にいて権力を振り回している。こういう出来ごとは、おかしくないか?

 それと、落選中、この「政治倫理条例」が制定され施行されていたなんて、巷で聞いたことも無かったし全く知らなかったが、市の広報紙や議会だよりで広報されただろうか? その全文は市民に公表されたのか? 知らなかったのは私だけか? とにもかくにも、この条例は私が議会にいなくなって2年後の昨年25年6月に作られたが、「政治倫理」って、一体なんなんですかねえ?
 

 室戸市民だけではなくて全国の読者の皆さんにも申しておきます。自治体の条例なんか作ろうと思えば簡単にできます。多少、条項や条文に不備な点が多々あっても、簡単にできる。他の市町村の条例を引っ張り出してきて、ちょこちょこっと手直しすれば、何も何か月間も頭をひねって条文を考えなくても、すぐできる。こうして。

 難しいのは、そこに規定した内容(ルール)を対象者が守ることができるかということです。これができないのが室戸市であり、室戸市議会でした。果たして、これからはどうか。
 
 「議員政治倫理条例」を室戸市議会が制度化して施行したことは正しくて良いことだから、そのことに関しては批判しません。唯、「国の地方自治法等の法律に違反した議案に反対すらできなかった室戸市議会議員が、市の条例を守れるのか」という点を、問いたい。

 これまで不正な議案に賛成し続けてきた議員らが忠信になってこの条例を作った(と思っている)。このことを考えると、いくつかの問題点が頭に浮かんでくる。

 ①それまで政治倫理に欠ける行為をし続けてきた事例を、自らがどのように処断するのか。

 ②そういう違法・不正な議案に賛成してきた議員らがいくら立派な条例を作ったとしても、心を入れ替えてその条例を基にしてこれから正しい道を歩んで行くなんて、とても信用できない。

 “仏作って、魂入れず”という例えもある。

 「議員政治倫理条例」という“仏像”を作っても、「室戸市の不正は許さないぞ」という“魂”をそこに注ぎ込み「条例を守るぞ」という決意がなければ、そんな条例、無きに等しい。

 室戸市議会は、室戸市も含めて基本的に昔からコンプライアンス精神が欠落した議会であり、法令を遵守する数名を除いた他の議員は議案の「適法」「違法」に関わらずすべて賛成してきたが、これからは守れるのか? 

 二元代表制の下、市長に媚びず、市長が提案した不正や不適正や無駄な公共工事の議案などすべてに断固として反対できるか? 私のように。 

 私は「こんな条例ができても、多くの議員は今までと同じように不正な議案に賛成し続ける」と思ってきた。この条例に従い、執行部が議会に提出している不公正・不公平・不適正な議案に議員全員が反対するなんて話も、信用しない。

 議員全員が違法や不適正な議案に反対すれば間違い無く室戸市政は公正な自治体になるのに、なぜなのかこんな簡単なことができないのかといつも考えている。


 これまでの議長は議長就任時に高知新聞室戸支局の記者の取材を受け、「議会改革のために議会基本条例を作成する」と明言した。これがそれ。

 

 私は、前の三氏はともかくとして、最後の久保現議長はこの2年間、よくやってこられた。議会でのやり取りが混乱した場合に議事を整理できない時があったが、それ以外の、議員総会での不正な議案の事前審議をやめてほしいとの私の要望を受けて廃止したのは、久保議長が就任してすぐのこと。大きな功績だといえる。

 あとは閉会日までに『議会だより』への「議案の賛否一覧表」を掲載すること。議案の賛否の結果を市民に隠すことはあってはなりません。 

 又、四氏は、上の新聞記事において、「開かれた議会運営」「議会には透明性が求められている」「議会改革基本条例」「市民が参加できる開かれた議会への改革」「議会報告会で市民と対話」「市民に信頼される議会」と約束しています。市民だけでなく、高知県民全体に宣言したからには、逃げず、少なくても残る任期2年間は何があっても議会を良くするために働いていただきます。

 最後に。

 本当は、世の中にルールなど要らない。但し、世の中のルールが守れたならば。議会にルールなど要らない。但し、議会のルールを守れるならば。

 ルールなど無くても、みんなが社会のルールを守って暮らしていければ、ルールなど無くても間違いは起こらない。まちの政治の場において、ルールなど全くなくても、みんなが自治体組織と市議会組織のルールを守って政治を行えば、ルールなど無くても間違いは起こらない。

 国が法律を作ったり地方政治の場である自治体に条令等を作るのは、国や一般社会や地方政治の場のルールをより詳細に取り決めるため、そうしているだけのことだ。


※電子情報誌「青空エクスプレス」のアクセス数は、3月22日(水)付けGooブログランキング(2690511ブログ)中、2020位でした。
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「室戸市議会議員政治倫理条例」は守られているか?

2017-03-21 | 政治家のあり方
 室戸市議会に「室戸市議会議員政治倫理条例」が制度化されたのは、2014年3月のことでした。

 私が落選運動によって議員職に無い時でした。だから、この話を友人議員から伝え聞いた時には、それまで議会改革に積極的な議員はそれほどいなかったのに、果たしてどの議員がこの条例を議会に提案したのかと、却って訝(いぶか)しく思ったものです。

 本当に公平・公正な立派な議会を作るんだと決意して条例を作ったのか、それとも「俺たちの議会には議員政治倫理条例があるんだぞ」と他の市町村議会に自慢するために作ったのか、と。

 だから、これまで室戸市議会では地方自治法違反などの法令を無視する議案(事業案)が執行部から提出され、それに議員の大半が賛成して可決させてきた経緯があったもので、一目見てすぐ「こんなもの信用できんな」とその時、思いました。

 なぜ信用できないのか。それは、これまでの小松市政において不正な議案に賛成してきた議員が「公正・公平・適性な議員活動を行う」と規定した条例を作ること自体、信用できないからです。


 では、まずその条例です。

室戸市議会議員政治倫理条例   (平成25年6月27日公布、同日施行)

(目的)

第1条 この条例は、室戸市議会議員(以下「議員」という。)の政治倫理に関する基本となる事項を定めることにより、議員の政治倫理のより一層の向上及び市民に信頼される市議会づくりの推進を図るとともに、市民も市政に対する正しい認識と自覚を持ち、市政の健全な発展に寄与することを目的とする。

(議員及び市民の責務)

第2条 議員は、市民全体の代表者として、市政に携わる機能と責務を深く自覚し、市民の信頼に値するより高い倫理的義務に徹し、地方自治の本旨に従って、その使命の達成に努めなければならない。

2 市民は、主権者として自らも市政を担い、公共の利益を実現する自覚を持ち、議員に対し、その地位による影響力を不正に行使させるような働きかけを行ってはならない。

(政治倫理基準)

第3条 議員は、次に掲げる事項を遵守しなければならない。

(1) 市民全体の代表者として品位と名誉を損なうような一切の行為を慎み、その職務に関して不正等の疑惑を持たれるおそれのある行為をしないこと。

(2) 市民全体の奉仕者として常に人格と倫理の向上に努め、その地位を利用していかなる金品も授受しないこと。

(3) 市民からの議員の地位による影響力を不正に行使させるような働きかけに応じないこと。

(4) 市(市の出資法人等(市が資本金その他これに準ずるものを出資している法人をいう。)を含む。以下同じ。)が行う許可、認可、契約締結等に関し、特定の企業、団体等のために有利な取り計らいをしないこと。

(5) 市職員の公正な職務執行を妨げ、又はその権限若しくはその地位による影響力を不正に行使するよう働きかけないこと。

(6) 市職員の採用、昇格又は異動に関して推薦又は紹介をしないこと。

(7) 市から活動又は運営に対する補助又は助成を受けている団体等(自治会を除く。)の長に就任しないこと。

(8) 政治活動に関して企業、団体等から政治的又は道義的批判を受けるおそれのある寄附等を受けないこと。議員の後援団体に対する寄附についても、同様とする。

2 前項第7号の規定は、新たに議員となった者がその当選の際在任している団体等の長の残任期間においては、適用しない。

3 議員は、政治倫理基準に反する事実があるとの疑惑を持たれたときは、自ら真摯な態度をもって疑惑の解明に当たるとともに、その責任を明らかにするよう努めなければならない。

(請負契約に関する遵守事項)

第4条 議員は、地方自治法(昭和22年法律第67号)第92条の2の規定の趣旨を尊重し、自らが役員と同程度の執行力又は責任を有すると認められる法人等に対し、市が発注する工事、製造等の請負に係る契約の締結の自粛を求めるよう努めるものとする。

(審査請求)

第5条 議員は、他の議員が第3条第1項の規定に違反する疑いがあると思料するときは、室戸市議会議長(以下「議長」という。)に対し、審査を請求することができる。

2 前項の規定による請求は、その理由を明らかにし、議員3人以上が連署する書面により行わなければならない。

(審査会への審査要請)

第6条 議長は、前条第1項の規定による審査の請求があったときは、速やかに室戸市議会議員政治倫理審査会に審査を要請しなければならない。

(室戸市議会議員政治倫理審査会の設置)

第7条 政治倫理の確立を図り、前条の規定による審査の要請に応じて調査審議するため室戸市議会議員政治倫理審査会(以下「審査会」という。)を置く。

2 審査会は、審査の要請のあった事項について、その適否及び政治倫理基準に違反すると認められるかどうかを調査審議する。

(審査会の委員)

第8条 審査会の委員は、7人以内とする。

2 審査会の委員は、議長が議員のうちから指名する。

3 審査会の委員の任期は、審査会が付託された事案の審査の結果を議長に報告した時までとする。ただし、審査会の委員が議員の職を失ったときは、その任期を終了するものとする。

4 審査会の委員は、職務上知り得た秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後も、また同様とする。

5 審査会の委員は、公正かつ適切にその職務を遂行しなければならない。

(審査会の調査権限)

第9条 審査会は、必要があると認めるときは、審査の対象となる議員(以下「審査対象議員」という。)その他適当と認める者を会議に出席させて説明を求め、若しくは意見を聴き、又は資料の提出を求めることができる。

2 審査会は、必要があると認めるときは、審査対象議員に対し、資産等に関する書類(以下「資産報告書等」という。)の提出を求めることができる。

3 資産報告書等に記載する事項は、議長が別に定める。

(議員の協力義務)

第10条 審査対象議員は、審査会からの求めがあったときは、審査会の会議に出席して説明をし、若しくは意見を述べ、又は審査に必要な資料若しくは資産報告書等を提出しなければならない。

(釈明の機会の保障)

第11条 審査会は、審査対象議員から審査会において釈明したい旨を求められたときは、その機会を保障しなければならない。

(虚偽報告等の公表等)

第12条 審査会は、審査対象議員が資産報告書等の提出を拒んだとき、若しくは虚偽の報告をしたとき、又は調査に協力しなかったときは、その旨を公表するとともに、第15条に準じた措置を講ずることができる。

(審査結果の報告等)

第13条 審査会は、第6条の規定により審査の要請があったときは、当該要請のあった日から起算して60日以内に審査の結果を書面により議長に報告しなければならない。ただし、天災その他審査をしなかったことについてやむを得ない理由があるときは、この限りでない。

2 議長は、前項の報告を受けたときは、その結果を審査を請求した議員及び審査対象議員に通知するとともに、公表しなければならない。

(調査審議手続等の非公開)

第14条 審査会の行う会議又は調査審議の手続は、公開しない。ただし、会長の許可を得たときは、この限りでない。

(政治倫理基準違反に対する措置)

第15条 審査会は、審査対象議員に政治倫理基準に違反すると認められる事実があるときは、議長に対し、辞職の勧告その他審査会が必要と認める措置を講ずるよう求めることができる。

(審査結果の尊重)

第16条 審査対象議員は、第13条第2項の規定による通知において、自らの行為が政治倫理基準に違反している旨の指摘がなされたときは、これを尊重し、政治倫理の確保のために必要な措置を講じなければならない。

(委任)

第17条 この条例の施行に関し必要な事項は、議長が別に定める。

附 則

この条例は、公布の日から施行する。

(平成25年6月27日施行)



 私の所見は明日、長々と書き連ねたいと思います。


※電子情報誌「青空エクスプレス」のアクセス数は、3月21日(火)付けGooブログランキング(2690126ブログ)中、1469位でした。 昨日はこの記事に大変関心を持ってご愛読下さる方がたくさんおられ、うれしく思います。感謝します。
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