青空エクスプ レス

日本ではオンリーワンの手書き地域雑誌『あおぞら』の編集発行人を経て、室戸市の政治を監視する改革派議員三期目。

地方議会における「質疑」と「質問」の違い

2016-11-30 | 議会改革
 地方議会の議員諸氏はほんとうにこれで悩んでおられるのが、私の電子情報誌に書いたこの記事への検索数が毎日のように上位に上がってくることで、よくわかります。

 記事のタイトルは「地方議会における質疑と質問の違い」。

 本当に毎日の上位5位までのどこかにいるし、特に議会前になると皆さん気になるんでしょう。「質問と質疑の違い」と検索、そうしてこの記事が1位か2位に上がってきます。私も「全国の議員さんが参考にしてくれているんだ。書いてよかったなあ」と本当にうれしく思っています。

 そういうように議員活動に活かしてくだされば私も苦心して記事を書いただけの甲斐があります。でも、本当は私が議員をやっている議会の議員諸氏も記事を見て少しはその違いを学んでくださればうれしいし、そのために書いたところもあるんですが、いまだにその違いが解らない議員がいる。それを考えると、学べば自分の得になるんですが、人から学ぶことは癪に障るのか、どうもおいやらしい。

 ま、それはどうでもよくて、勉強を深めることがお嫌な方々は放っておいて、全国の議員の仕事に勤勉で絶えず勉強をしておられる議員の皆さんにもう一度、以前何度か書いて記事を掲載して議員活動の参考にしていただこうと思います。

 これは2013年10月31日の記事。2013年(平成25年)と言えば、あまりにも議員活動が真面目すぎて、市長が地方自治法違反(公の施設)の施設建設事業を行ったことを「改めるべきです」と20年から23年3月議会まで厳しく指摘したが、これに反感を抱いた市長と非常に親しい支持者らが23年4月の市議選運動期間中に落選運動を行い、得票の4割を失いあえなく落選。それから二年半たった頃、画家の真似事をしながら、無念な気持ちでこの記事を書いた。

 どうか、全国の議員の皆さん、おべんちゃらではありませんが、この記事を見にやってきてくださったということは、あなたは素晴らしい議員です。探求心を以って、「議員として少しでも知識や判断力を高めたい」、「正しい知識を付けたい」と考え願いするその姿勢は立派だし、あっぱれです。

 「室戸市議会の議員の皆さんが学んでほしい」と思って記事を書いてはいますが、その思いの半分は、「全国各地におられる地方議員の皆さんのためになりたい」との思いも強くあります。どうか参考になるかならないか私にはわかりませんが、きっとどの部分かは参考になり知識となって全国のどこかの議会でお役に立っている」と信じています。

 では、その二年半前に書いた「質問と質疑の違い」についてです。今後ともよろしくね。頑張ってください。ご健闘を祈っています。

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 長く議員をやっていると質疑と質問との違いをよく勘違いして覚えている議員がいます。

 室戸市議会においても、それが常態化し、議長をしている議員でも初当選して以来、まったく議員の職務に関して勉強をしてこなかったことから、議会がそれでいつも混乱していた。議長の不勉強によって、本当に毎議会混乱していたと言ってもよい。


 曰く、地方議員は大綱質疑における「質疑」と一般質問の「質問」との違いが全く解っていない。

 因って、今日はこの「質疑」と「一般質問」の違いをここで短く示しておきたい。議員は勉強しない人が多いが、ネットを検索して勉強を深めている議員のあなたは真面目な議員であることは間違いありません。「勉強をしなくても毎月、通帳に報酬は振り込まれてくる」と言って開き直る木偶の坊議員は放っておいて、今日は是非このことについて学び、議員活動が実のあるものとなるよう、祈っています。


 市議会議長になった議員誰もがこの違いにルーズで、それなのに自分の誤ったその知識と判断を議員に押し付けることが続いたので私は、議員になって6年目の2009年に「一般質問」と「質疑」について、全国市議会議長会や全国町村議会議長会が編纂し発行している書籍(『地方議会議員ハンドブック』、『議員必携』)、また『市民派議員になるための本』で確認した。

 それらを総合して私がまとめたのが次の、2010年にこの一般質問と議案質疑について書いた記事。参考にして頂きたい。


●一般質問と質疑の違い

 (1)一般質問…一般質問は大半の議会が「事前通告義務」を規定し、申し合わせにより、「発言回数の制限」や「時間制限」を行っています。室戸市議会の発言回数は2回で、質問時間は執行部の答弁時間を除き50分と決められています。

 勿論、事前通告制。まず、質問原稿は事前に、執行部側に「こんな質問をします」と届けます。これも議員の専門書などでは「出来レースみたいなものだ」の批判もありますが、質問原稿の中身をすべて出すことはないが、質問の骨子・要点を事前に執行部に明らかにいないまま、議場で議員が突然にその場で思いついた質問を次々と行えば議場は大混乱し、議事は小休に入りストップしてしまいます。だから、一日につき議員4名ぐらいの質問を予定していても、一番目のその議員で議場が混乱すればその日の議事は終わってしまう事態も想定されます。

 それに、時間が押せば、焦った執行部は議員が望む答弁はおろか、5分、10分のやっつけ仕事で書いた答弁書で答弁を終わらせることもありえることから、結局は事前通告制にしておかなくては議員の側が損だということになる。よって、少なくても質問の問いの要点だけは執行部に提出が義務付けられています。

 又、この一般質問についてよく聞くのは、「原稿なしでやるのが議員だ」的な話。地方議会を見聞して書いた本にはこんな批判があった。

 ≪議会の質問や質疑、討論は事前に原稿を準備し、棒読みをしていることが多い。ほとんどの議員が原稿の棒読みである。それも立て板に水のごとくに読めば聞きやすいが、そうでないときは、「もっとうまく読め」と思う。本人は話し言葉で書いたつもりでも、その中にはどうしても文章体が入ってしまうので、聞いていて変だ。

 議会は言論の府。本議会での発言は議員や執行部や傍聴人に対して聞かせる内容でなければならない。棒読みには親しみがない。言論の府と強調するなら、議員は下手であっても自らの言葉で述べる必要がある。

 本会議での質問を演説と勘違いしているので、原稿を棒読みするのであろう。ある地方議会で原稿を用意せずメモだけで、とうとうと質問した議員がいた。本会議での審議を形式化させないために議員全員がこのような生きた発言をしてほしいものだ。≫


 上の三つの文のうち、前の二つはそうだと思いましたが、最後の一節には誤りがあると思いました。

 それは、原稿も持たずに質問をすればかっこいいでしょう。ですが、その“生きた発言”をした議員が何分の質問を行ったかは書いてないのでわかりません。5分ぐらいなら別ですが、そのように原稿なしで取りとめもなく私と同じように50分間、質問を行ったとすれば議会が混乱するだけだ。それよりも、質問した議員も議席に戻った後、自分が執行部に何を質問したのかを皆目、覚えていないのは間違いなかろう。そんなやりっぱなしで、自分が何を発言したかも覚えていないような質問なら、やってのことはない。

 かつての私を例にとると、一回目の質問で行う問いは、少なくて30問ぐらい、議会によれば多い時で約50問ぐらいにはなる。質問するその50問を全て理論構成した上で、質問の骨子を忘れることなく、50問を問いかけ、その問いのすべてを覚えている人物はいない。聖徳太子でも無理。それを試みた議員もいたが、聞いていて議員が何を問いたいのか、何を伝えたいのか皆目分からず、執行部も議員も困り果てたことがある。多分、自分が問うた話の内容は覚えていない。

 だから、数分で終わる質疑もそうだが、特に一般質問は必ず原稿を事前に準備し、棒読みにならないように出来るだけ話し言葉で行うこと。それが一番適切と言えます。カッコをつけて原稿なしでやるべきものではない。

 その方が執行部も議員も困りません。反省すべきは、私も制限時間いっぱいに原稿を作っているため、時に急いで棒読みになることで、この点はいつも「話し言葉で」と心している。

 それと、一般質問とは、「所信を問い質(ただ)す」ことにより、執行部の政治姿勢を明らかにし、その政治責任を明確にさせ、結果として現行の政策を変更・是正させ、新規政策を採用(事業化)させる目的と効果がある。

 この、「政治姿勢を明らか」にし「政治責任を明確」にさせることが、「現行政策を変更・是正」させ、「新規政策を採用」させるためのものが一般質問だと、よく認識しておかなくてはなりません。又、ここまで突き詰めて質問戦を戦わなければ、いったい何のために質問しているのかわからないともいえる。

 質問に立ち、10分ぐらい質問して議席に戻り、「あー、言うだけのことは言った」と質問に立った議員全員が喜んでいては、いつまでたっても行政組織は改革・改善されない。

 議員は市長と執行部に対し「物申す」ために市民に選ばれ、議場に来ている。その「物申す」姿勢や精神がなくて行政側に寄り添い離れずに密着するのなら、議事機関と執行機関の二元的な仕組みは無用であり、有害としか言えない。

 その程度の人間ばかりが集まった組織なら、議会はいらないし、議員もいらない。

 役立たずの議会を無くせば、例えば室戸市が一年間に使っている議会費の1億円は県市民税削減に使うことができ、その方が市民生活も少しは好転する。


 議会は市長等執行機関を公正に眺め、厳正に批判し、行財政上の重要なことについて適正で公平・公正な結論を見出して、これを決定するのが議会、議事機関。市長等執行機関側が違法や不公正や不公平、不適正な事業・業務運営を改めなければ、改めるまで徹底追及するのが議会議員というものだ。

 それが、地方議員に課せられた使命であることを各議員は自覚していなければならない。

 因みに私は、自慢ではないが市長や課長に嫌われようとも市民から負託を受けた立場として職責を果たすべく行政組織に対峙し、言うべきことを言い、為すべきことを為し、議員職にあった8年間ずっとそう努めてきた。


 (2)議案質疑・・・「質疑」とは、議会の議案審議の中で発言するもので、「疑義を質す」もの。つまり、疑問に思ったことを問うこと。但し、これは原則として「自己の意見を入れない」とされている。

 ただ、これはベテラン議員がよく間違うことだが、「私ならこうする」とか、「これはこうしてはどうか」などと事業などを“動かそう(変更させよう)”という意思を以って発言してはいけないということです。この「自分の意見」とは討論の段階で述べるような賛成、反対の意見をいい、自己の見解を述べないと質疑の意味を成さないもの、根拠や過去の事業経過・データを基に執行部を追及することまで禁止しているものではない。この点はよく知っておかなくてはなりません。

●一般質問と質疑で一番大事なこと

 議会が開かれて、一般質問が行われ、議案を審議する大綱質疑では質疑を行います。次に書くことは、私が議員になる半年前に買ってきた議員の教本を見て知り、「へー、そういうことか」と驚いたことです。他の議員諸氏には教えたくないが、毎日検索して当電子情報誌をみていただいている議員の方々には特別にお教えします。

 実は、「質問」と「質疑」は「知らないことを聞いてはいけない」のが基本です。これは、「議会が開会し、発言で登壇する前日までに自分が問いかける案件について調べ、大まかな状況がわかった上で聞くこと」という意味です。 だから、「全く何も知らないまま聞くと、失笑を買う事になる」との教え(議員の参考書の)と覚えておいてください。

 議会においての質問・質疑は、一般社会の会議、例えば商工団体の会議での質問・質疑や、いろんな団体、例えば農協や漁協、観光協会の会員が集まっての会議で行う質問・質疑とは全く異なります。議会の質問や質疑は、議員がわからないことを尋ねる場ではないということです。

 ではどうしたらよいのか。

 それは、質問・質疑のどちらも、あらかじめ知らないことや理解できない案件(事業・業務・問題)を担当課に聞きに行ったり、そこでデータを収集したり、先進自治体が同じ事業や問題点についてどのように対処・対応しているのかをインターネットで調べ、十分に調査しておき、それらを基に理論構成をし、それに自分の主張・意見を加え、執行部を問い質し、追及し、議論する。それが議会における質問であり、質疑である。

 それと、これは知る人ぞ知るだが、議会の中の調査活動に熱心な議員なら、ある事業においては執行部より豊富なデータや手法を持っているともいえます。その時、執行部の答弁よりも議員の質問の方が密な内容になっていて、市長や課長の調査不足と能力不足がその時にあからさまになってしまう、そんな場合もある。

 この「知っていることを聞く」の基本についても知らない地方議員が多いようです。本会議で登壇し、執行部に予算額などの数字を聞き、答弁を受けると納得している喜んでいる姿を見るとそれがわかる。そんなことから、執行部にも他の議員にもその議員の日頃の不勉強がわかってしまうし、自分の値打ちを自分で落としているともいえよう。(自分ではそれに気付いていないが)

 だから、質問原稿を作るのは議会と議会の間の2カ月あるからだれもができることですし、質疑は告示日(議会開会の一週間前)に渡された議案書や資料を基に質疑原稿を作ろうと思えば、大綱質疑の日まで13日と限られているので少し急がなくてはならないが、議長を除く全員が質疑原稿を事前に作っておく時間はたくさんある。あとは、議員各自がやろうとする意欲があるかないかだけだ。「忙しかった」は、毎月報酬をもらっている議員として、理由にならない。

●「要望」は、議会外で担当課に書面で提出するもの

 それと一般質問において、そのまち全体を展望しての提案は別ですが、中には一般質問の場で要望をしておいて、「答弁は要りませんので、よろしくお願いします」と降壇している人がいる。だが、これは見ていてみっともないからおやめなさい。

 議会の一般質問で要望するのは余程のことがないとしてはいけない。しては恥ずかしいものです。だが、そんな議員は、議員になった時から誰もそのことを教えてあげないし教えを乞おうともしないから、何期になっても議場で要望を繰り返している。

 「要望」とは、議会外で担当課に要望書としてまとめた上で、担当課長に提出するもの。その要望書には、住民からの要請が当然あっての要望だろうから、その住民の名を連名で書くか常会からの要請なら常会長名を書き、賛同議員として自分の名を書き添え、要請文をまとめた上で提出するのが正式の「要望」です。

 それと、なぜ口頭の要望ではいけないのかですが、それは担当課長が要望を受けたことを忘れてしまうから。だから、要望は書面で提出する必要があるし、そうした方が要望を行った側のためにもなる。

 
 最後に、議員のバイブルともいえる本、『議員必携』に、政治家の要素としてこんな文が書いてあるのを紹介して今日は終わりとしたい。

 ≪政治家に強く要求されるのが、「勇気」と「奮起」である。

 かつて、ある有名な外交官がアメリカの故ケネディ大統領に、直接会って、「政治家として一番大事なことは何か」と質問したところ、即座に「それは勇気である」と答えたという。勇気なくしては、思い切って発言し、行政や住民に訴えて説得し指導することができないというのである。

 又、その外交官がイギリスの故チャーチル首相に同じ質問をしたところ、、「それは奮起である」と答えたという議員自らが奮起して発言し、行政当局と住民に訴えてこれを奮起させてこそ、行政の進展も地域の振興発展も実現し、真の指導性の発揮ができるというものである。≫


 私も議員になった時からそう思い、勇気を以って、積極的に毎議会一般質問に登壇し、毎議会質疑原稿を構えておいて議案審議にも登壇し、懸命に議員活動をしてきた。その他にも、『青空新聞』を毎年3回か4回発行し、又、日々の議会の動きや個人的な議員活動については、このブログの記事で二日に一回はお知らせやご報告をさせていただいた。とにかく、議員の職にある間は自分の出来る限りの力を出して市民の皆さんのために働きたいと思って働いた。

 長くなりましたが、以上です。参考になりましたでしょうか。

 大事なことは、政治とは、室戸市長や市議会議員のように「市民には解らないだろう」と思って策を巡らし、ルールを無視してなし崩しに行うものではないということです。

 何事も、法律や規則や公正で道徳心に基づいて物事を行うべきもの。

 ひと言で言うと、「してはダメなことはしては駄目」。

 このことをよく勉強した上で理解し守っていれば、大半のことは健全に行われる。

 さすれば、「質疑」と「質問」の違いも自ずから理解できるのではないでしょうか。

 しかし、これほど議会のあるべき姿、地方議員のあるべき姿を認識し、職務内容を熟知し、それに従って忠実に実行していたこの私を室戸市の有権者たちは「市長の不正を追及するからあいつを落とせ」と落選運動を市内全域に広め、悪意と無関心を以って落としました。

 北川村のある議員は選挙後、いみじくも私にこう言いました。

 「議会で一番仕事をしてきたおまんを落とすとは、室戸の人もほんまに変わっちょうな」。

 私は「うん、私もそう思う。市政の不正を監視して取り締まる議員がいなければ議会の損失になることも知らずに。これからは小松市長も議会対策が楽になることは間違いないわ。議案に地方自治法違反や条例違反があってもそれも解らず議員は賛成して通してしまうんやきんの」。

 そうと答えたものです。

(二年半前に書いた記事はこれでおしまい)


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地方議会は「3期、70歳定年」を制度化しよう

2016-11-29 | 議会改革
  私は室戸市議時代から「地方議員は3期、70歳定年にすべきだ」と主張してきて、平成27年4月の68歳で議員を退職すると決めていた。

 その理由は、一つ、室戸市議会において、不正や市民に迷惑をかけるような議案に賛成する議員はたくさんいても、70歳を超えた議員に懸命に議員活動を行っている議員がおらず、その姿を見て「オレはこんな人間にはなりたくない。こうなってしまったら生き恥をさらすだけだ」と痛感したから。

 それが、最後の任期と決めて出馬した平成23年4月の市議選で落選運動に遭い、思いがけず落選。理由は、「不正は許さないぞ」という正義感にあふれた性格のため。議会から“追放”されるという憂き目に遭った。

「あれほどだれも真似できないぐらい頑張ってきた議員を落とすような有権者なら、もう出ない」と決意し、それからの四年間を画業に打ち込んだ。

 出ないと決めた選挙であったが、村の長老に「おまんがおらん4年間、困った。わしらがみんなで応援するきん、もう一度出てほしい」。そう背中を押されて出馬。現在3期目の議員として活動を続けている。
 
 さて、この「3期、70歳以上」が如何に不適正なことかは、それぞれが若者と高齢者と比較してどちらが頭脳明晰で、活発な議員活動を行う行動力があって、悪い体質に陥りやすいかを考えていただければすぐに答えは出る。

 議会の表決において「まー、いいか」と考えて不正な議案に賛成するということは、「まー、難しいことなんか面倒くさいから、どうでもいいや。早く終わって帰ろうじゃないか」と考えて市長及び執行部に寄り添っていること。つまり、事なかれだ。

 こういう議員は議会に出てきても、とにかく早く家に帰りたがる。「そんなに家に帰りたければ多忙な立場の議員なんかにならなきゃよかったのに」と思うほど、家に帰りたがる。(笑)

 報酬をもらうためだけに議員選に出馬して議員になった人だから、出席簿に「出席」の印をもらった途端、「もう、帰ろうよ」と漏らし始める。(笑)

 挙句の果ては、真面目な議員が質問や質疑をしている時でも、自分は居眠りをするか、他の議員の発言の妨害をしてウサを晴らしている。(これは笑えない)

 ふざけた話です。議員の質が悪すぎる。

 自治体の予算はすべて住民のものです。その予算を住民に為り替わり予算編成をしたり予算の執行をしたりしているのが首長であり、行政職員であり、議会議員です。

 そしてまた、仕事もしないこういう人たちを議員にし、毎月、その人たちの口座にその予算の中から議員報酬を振り込んでやっているのが、住民。だから、私はそれを指して、「このまちには奇特な人たちばかり住んでいる」と言っている。

 この理屈、お分かりか?

 不正だと解っている議案を平気で議会に提出している市長になぜ毎月給与をやらなくてはならないのか。そして、その議案が違法だと解っているのに賛成して可決させている議員たちになぜ毎月報酬を与えなければならないのか。住民はそんなことを選挙の時に頼んでないはずだ。

 選挙では有権者から、「おい、俺はお前に投票するから、議員になったら市長が不正なことや無駄な事業をやろうとした時にはお前が止めるんだぞ」と頼まれたはず。

 それがどうだ。一期目も二期目も私だけは「ダメなことは、ダメだ」と判断し決断したが、大半の議員は「ダメな事業でも賛成してやるのが世渡りというものだ」と思ってか、市長が喜ぶ方を選んで議員活動を行っていた。

 市民のいない秘密会議である議員総会に市長ら執行部が次の議会に議案として提出する事業案を議題として提案し、本来は本議会で行うべき「質疑応答」を市民のいない場で片をつけてしまおうと考える市長のその不正な魂胆に対して議員は誰も厳しく指摘する知恵も勇気も持たず平成19年11月からずっと続けられてきた。

 その不正な“議案の事前審議”を私が再選される平成27年6月まで続けていたが、「こんな不正はもうやめようじゃないか」と強く要望して、その時を境にその不正な議会運営は終わりを遂げた。もし私が平成27年5月に議員にカムバックしていなかったら、間違いなく市長が主導し議長が追随するその不正行為はいまだに続いていた。

 不正でも違法でも無駄な公共事業でも、議会に提案された議案には何でもかんでもすべて賛成して通してしまう議員がいます。「まー、えいやないか。どうせ室戸市のお金はおらの金じゃないきんな」。よく中身を吟味しないということは、そう考えているということです。

 それでよく腹痛を起こして死んでしまわないことだと思う。不死身なのかナア。

 自治体の予算はすべて住民のもの、室戸市民の皆さんのものです。それを、住民が市長、市職員、議員に給料や報酬を与えて管理運営させているだけです。

 不正に平気な政治家は愚か、それを容認する監視機関の愚かさ、選挙の前や後に金や米や魚を配って回った選挙違反の告発を受けても捜査しない警察も愚かだが、その不正な政治家を放置し市政の在り方に全く関心を持たない市民も愚かです。

 私は、室戸市の政治に関しては誰も信用しないことにしている。全て疑ってかかる。

 なぜならば、人間も年齢が50歳、60歳にもなると、絶対に過ちを認めないし、改めもしないことを知っているからだ。

 正直に「おれが間違っていた。今日を限りに改めます」なんてことを言って悪人が改心するのは、マンガや小説の中だけ。市役所や市議会だけでなく、この地域社会でも見たことはない。中には、自分が市長になるためには、自分を市長選に押し上げて下さった恩人をも騙している。勿論、この男は法律違反なんかなんとも思っておらず、過ちは一切認めないし、改心なんかする男ではない。もう一度言おう。「悪人が改心するのは、マンガや小説の中だけ」。

 正直で真面目な人は、若い時からずっと真面目。60歳前後になっても不真面目なことをし続けている人は、若い時から不勉強で不真面目な、ずっと改めない人と見てよい。それは市長になった人であっても、市会議員になった人であっても、市職員であっても、企業や団体の長をしている人であってもだ。


 さて、今でも「地方議員は「3期、70歳定年」にせよ」と考えている私ですが、自民党の小泉進次郎議員も数年前には私同様に、「国会議員は70歳定年にすべきだ」と発言していたが、残念ながらその声も今は鳴りを潜めている。


 これは議員二期目を終えた後に書いた記事です。

 室戸市議会議員をしていた8年間、市長が行う違法な施設建設や、不適正にも既に倒産状態にある指定管理者の企業に向けて巨額の予算を支出したことなどに対し何ら厳しく批判するでもなく、更に議会最終日の表決においてそれらの議案に賛成して許してしまう、そんな市会議員の姿を見ていて、心に決意したことがある。

 それは、地方議員の任期と年齢には厳しい制限を設けて、不勉強で市民のために働かない議員は「任期制限は3期とし、任期中に70歳を超えない」ことにすべきだとずっと思っていた。

 しかし、議会で蛮勇を振るい組織を牛耳っているのは大半がその70歳以上のご高齢の方々だったので、こんな私の議会改革の手段など理解してくれる議員がわけがなかったし、いても、それら70歳前後の議員職を何期も重ねてきた議員に脅されて強く主張することができない議員ばかりでした。

 ですが、いまの地方議会の体制を考えると、今でも議会の体質が悪化していかない一つの手段として、この制限を設けるべきだと考えている。

 そんなことを考えていた1年前だったか、「公明党の衆院議員6人が次期衆院選に出馬せず、今期限りで引退すると分かった。これは“任期中に66歳を上回らない”とする党の内規の年齢制限を超えるため」というニュースを目にした。

 これは、なかなかいい規定で、国会議員だけでなくて地方議会もこれに倣い、各議会でこう規定すべきです。

 これまで違法などの議案が平気で可決されてきた室戸市議会を見ていると、全国の各市区町村議会は公明党のこの内規に倣い、「議員は任期中に70歳を上回らないとする」と年齢制限を設けることを強く要請する。

 そうすれば、4期目(16年間)、6期目(24年間)、8期目(32年)、10期目(40年間)・・・と、議会でそれほど勉強もせず、能力もなく、組織改革には背を向け続け、住民には何の貢献もせずにいながら、住民が自治体に支払った税金の中から毎月、お給料を貰い続ける、そんな住民を馬鹿にしたような行いはすべてなくなり、議会は必ずや時代に合致した体制に改革されるのは間違いありません。

 この「3期、任期中に70歳を超えないこと」という任期及び年齢制限の取り決めは、議員にとっては自分たちの身を責める規定であり、議員らにその決定を任せておいても絶対にこれを決めることはできません。だから、住民が強く運動を起こし、住民が決めるようにすることです。

 みなさん、あなた方はあなたの町の議員にはあなた方の税金の中から「報酬」が支払われています。この実態は、その仕事量の代償として支払われるべき「報酬」ではなく、かつての私のように熱心に仕事をしている議員にも、何の行政調査も質問や質疑の原稿も作成せず議会の時に出てくるだけの議員にも同じように支払われていることから、まさしく「お給料」。

 この矛盾を解消するには、議員の任期を短くして、議会において長年にわたり“牢名主”のようにふるまっている議員を排除し、清新な議員によって議会を浄化する必要があるということです。そうして、市町村議会に清新な風を吹き込むのです。

 「若いから」とか「任期が浅いから」議員の職にそぐわないとは、私は思いません。見てごらんなさい。あなたの町や村の議員さんたちを。任期が4期目とか6期目、8期目、10期目とか、長年議員をやっている人がどのくらい苦心して町の政治をよくしようと苦心しているか、していないかを。

 真面目に議員職に専念し、努力と言えるほどの仕事をしていない議員の方が圧倒的に多いでしょ?「その通りだ!」の声が聞こえてきそうです。

 だから、若くたって、いいんです。不真面目、不勉強、規則を守らない無軌道な人じゃいけませんが、議員になった人が真面目で勉強家で地方自治法など行政と議会に関するルールをちゃんと守り違法な議案には決して賛成しないという人ならば、若い人の方がスレていないだけ、まだまし。

 だから、「いや、それじゃ、能力のある議員がいなくなってしまう」なんてことは言わないことです。

 「若い議員が何ができるんだ。議員は何期もやってこそ行政のことが解るんだ」。

 長年議員をやってきた議員やいま3期目の議員などがこんなことを言ってこの制限規定に反論するであろうが、老齢の議員がそう言った時はこう考えてください。

 それは、自分がこれまで続けてきた利権(行政の金を自分が関係する企業や団体に奪い取るような行為)や首長との利害関係を無くしたくないとか、折角、手に入れた楽して収入が入ってくる議員職を失いたくないからであり、そんなことに耳を貸していては行政改革も議会改革もできないし、町はその議員らによってつぶされてしまう。

 とにかく、長く議会にいる議員はまちの発展のためにならないから、一時も早く議会から排除してしまうことです。

 地方議会には私が議員になった時に決意していた「3期、70歳まで」と考えている議員など一人もおらず、いつまでも、「議会に自分の足で歩いて行けるうちは議員を続けるぞ」と思っている人ばかりだと思っているが、地方議員の任期は「任期制限は3期とし、任期中に70歳を超えないこと」と規定すべきです。もし、任期途中で70歳になる議員はその任期で立候補できなくすること。

 そうして、「後進に道を譲る」という言葉もある。

 頭や体が硬くなり知恵やアイデアは出ないし行動力も落ちた高齢者ばかりが議員職を独占せず、そういう人たちは「3期、任期切れが70歳以下」で退職してあげて、いろんな夢や目標をたくさん持っている若い人たちに議員の職を分けてあげなさい。そうすればあなたのまちは今よりもずっと若返り、清新な政策が実行される活発な町や村になるでしょう。(高齢者の議員たちはまちが良くなることよりも自分の懐が膨れてくることを希望しているのだろうが)

 とにかく、真面目な私でも初当選した最初から「3期の68歳で退職する」と決めていたんだから、真面目に仕事もしない地方議員にいつまでも甘い汁を吸わせてはなりません。それが、あなたの町や村の政治や議会を改革し発展させる、唯一の方法だとお教えする。

 あなたのまちには、現在議員をしている人たちよりももっと有能で公正な判断ができる住民がいるんだから。



 平成26年1月23日、室戸市の常会長連合会は議長に「市議会の議員定数を14から2減の12にするように」との要望書を提出したが、市議会の強い抵抗に遭い、結局、「1減」されて13となった経緯がある。

室戸市の常会長連合会は再度、「5年で1700人も減少することを考えると、平成31年4月の市議選は議員定数12にするように」と市議会に要望書を突きつけていただきたい。

 私に言わせると、14名いても10名いても不正が可決してしまう状況は同じ。だったら、10名が8名でも同じだ。「12名」ではなく「10名」と要望しても、議会の結果は同じかもしれません。

 なぜならば、かつて、議会で一番公正な考え方を持って頑張っていた議員が落選したことでお分かりであろう。選挙で公正な議員が残り不正に加担する議員が落選するのならば議員定数は多くてよいが、不正に賛成するような議員が多く残り公正な議員がたくさん落選するならば、定数が4名でも3名でもよかろう。

 理由は、議決の結果が同じ(不正が可決)で、議会費削減という費用対効果が見込めるからだ。

 とにかく、室戸市議会だけでもいいから、「3期70歳定年」制を条例で決めようじゃないか。

 そうすれば議会も長い暗黒のトンネルから抜け出し、間違いなく明るい未来が見えてこよう!!!



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多忙な日々を楽しみながら人生を生きてます

2016-11-28 | 議員活動
 この電子情報誌も議員ブログとすれば結構、人気ブログで、全国の都道府県議や市区町村議の皆さんのほか、市長や町長、村長の皆さんも愛読してくださっていて、うれしい限りです。

 きっとなにか政治に活かせたり参考になることがあるんだとうれしく思っています。 今後ともご愛読の程、よろしくお願いいたします。

 室戸市議会は12月2日(金)に開会されますが、総務文教委員会の委員長ということもあって、委員長報告が今議会は3件、それに一般質問も用意していますので、議案審議の「大綱質疑」の議案への質疑をしなくても、それだけで4回登壇する。

 それも、それぞれ20分から30分、一つは前読みしたところ約40分の原稿となっているので、今議会は忙しい。

 その上、議会事務局からは「行政視察の委員長報告の原稿を見ると長いので、『議会だより』に掲載する原稿は三分の一ぐらいに削ってほしい」との要請もあり、金曜日から三日間はそれをぶった切る作業に没頭してきた。

 だから、私が12月議会開会日の2日に行う「総務文教委員会の行政視察に関する委員長報告」は1月末に市民の皆さんに配られる『議会だより』に掲載されますが、それは2日の委員長報告の約三分の一しか掲載されないことになります。

 これに関しては『議会だより』のページ数が限定されていることから、長い報告となれば既定のページ(2ページ)に入るようにカットされると決まっているそうで、この点は市民の皆さんには悪しからず、ご容赦いただきたい。

 唯、私が毎議会後に発行している議会報『青空新聞』平成28年冬号は最後の10ページ目を残して既に9ページ分は印刷済みで、12月15日から配布します。
  

 今号では「室戸市議会総務文教委員会が行政視察に行っての、ご報告」として大特集を組み、その委員長報告の全文をそのまま掲載するとともに、記事の間には視察で撮影してきた写真も掲載しますので、私の支持者の皆さんはご安心ください。

 兎にも角にも、委員長ということもあり12月議会前は忙しく、15日ごろに議会が終わるまでこれが続きそうです。

 でも思いますが、人生、忙しく生きている内が花で、忙しくない商売や仕事では生きていても楽しくありません。

「あー、早く委員長報告の日が来ないかなあ」、「早く一般質問の日が来ないかなあ」。

 そうやって多忙を楽しみながらもう数年は、悪い政治家や悪い政治にたてつきながら、他の議員が真似しようと思っても真似できないぐらい頑張ってみようと思っています。

 12月の議会が終わり、市内を車で走り歩き回って新聞を配り終えたら、妻は実家のパン屋が餅つきで忙しくなり年末の31日まで家のことが何にもできなくなるため、今度は自宅と事務所の大掃除が待っています。そして広くはない庭の大掃除も。掃除するのは好きですので、これも議員の仕事と同じように楽しみながらやります。(※「餅つき」をクリック)

 そして、12月の28日ぐらいになると年末の買い物と、お正月を迎えるにあたっての玄関口への「正月飾り」も毎年、少ないお金で如何に正月らしい雰囲気づくりができるか苦心しながら、一人で飾りつけをしています。

 こう書いてきますと、何か急に気ぜわしく感じてきました。

 「はーやく来いこい、おしょうがつー」。

 70歳にもなって「早く来い来い」もないか。(笑)


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米大統領はまだ確定したわけじゃない

2016-11-25 | 国のあり方
 もう結果が出たのに、アメリカの大統領はトランプでよかったのか、それともクリントンの方が良かったのか。全世界の国々は11月の選挙が終わった今も喧々諤々、議論が噴出し続けています。

 「史上もっとも醜い選挙」と呼ばれた今年の大統領選挙、両候補ともが米大統領にふさわしくないのは世界中の人たちが解っていた。

 でも、これまでの室戸市長選のように、両方の候補とも市長にふさわしい人物でなくても、9分9厘の有権者が白票を投じて開票結果が2票対1票でも、2票を得た候補が市長となる。有権者に信任を得ていないにもかかわらず、だ。

 ということで、アメリカの大統領選もどちらの候補も「ダメだ」「ふさわしくない」といわれていても、結局、トランプ氏が290人、クリントン氏が232人と、選挙人獲得数の多いトランプ候補が次期大統領になることが見込まれている。

 「見込まれている」とは、まだ「確定」したわけではないからだ。

 実はアメリカ大統領選は、各州の投票で得票1位の候補が選挙人を総取りするルールで「選挙人」を獲得し、その「選挙人」獲得数の多い方が次期大統領として「暫定的に見込まれる」というルールになっている。だから、各州では多数の死に票が発生し、結果的に得票数と獲得選挙人数の逆転現象が起こってしまう。事実、今回の選挙のように、開票が続く中、11月24日現在、クリントン氏が6420万票、トランプ氏が6220万票となっている。


 ここからはニュースサイトからの“受け売り”です。

 そもそも11月8日に選出されたのは、「次期大統領」ではなく、「次期大統領を選ぶ選挙」。全米50州と首都ワシントンには538人の選挙人が割り当てられていて、この「選挙人」が12月19日に投票を行い、過半数を獲得した候補が「次期大統領」となる。

 その過半数は選挙人の270票。トランプ氏は過半数を取って「次期大統領」として「暫定的に見込まれている」状態といえる。

 ・・・と考えると、誰もが考えるのが「もし12月の全選挙人(538人)による投票でトランプ氏の持つ票から38票以上がクリントン氏の方に回り、クリントン氏が過半数を取れば、大逆転で大統領となる」こと。

 共和党の選挙人全員が、代表候補であるトランプ氏への投票を義務付けられているわけではない。誓約に反して白票を投じたり、トランプ氏ではなくクリントン氏に投票しても、大半の州ではその投票は有効とみなされるそうだ。

 それに、538人の選挙人の内、トランプ氏に投票する者が過半数の270人を下回れば、最終的な決着は連邦議会の下院に委ねられる。

 だから、例え共和党の議席が過半数を占める下院であろうとも、「クリントン米大統領」の可能性が完全に消えたわけではないし、各地でトランプへの大規模な抗議活動が相次いでいることも踏まえると、まだ「クリントン大統領」の芽が消えたわけではなく、1%ぐらいの実現性はある。

 これまでの政治姿勢を見てきて思うが、民主党・オバマ大統領に外交的手腕があるとは思っていない。あの就任当初、何の功績も無いのにノーベル平和賞など与えたことも「強いアメリカ」を示せなくなった大きな要因と言え、オバマ氏の弱腰外交が発展途上国・中国の覇権主義に一役買ってしまったのは歴然としている。

 その点でいうと、中国に強く対処できる大統領が期待され、「それなら、いっそクリントンよりも政治を知らず粗野で品格もないトランプならば・・」と期待する面も多い。

 さあ、12月19日にどう転ぶか、だ。高みの見物としようか。


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「理想的な首長像」と、「首長の持つべき資質」

2016-11-24 | トップのあり方
 私は、当電子情報誌の2011年11月に、「理想的な首長像」と題して記事を書いた。

●まず体が健康体で、
●笑顔は決して作り笑いではなく、人を和ませ、
●人の話に耳を傾ける誠実で素直な性格を持ち、
●行政運営においては悪人の声は一切聞かず全て排除し、
●健全な人からの助言や諫言には素直に耳を貸し、改めるべきは素直に改め、●知性と品性にあふれ、
●発想が柔軟なアイデアマンであり、
●住民の生の声を真摯に聞く姿勢とそれをメモに書き留めておこうとする姿勢をもち、
●組織の危機には適正な指導力を発揮し、
●部下である職員の意見に率直に耳を傾け、それを自らの過ちを改めるよき指針とも為し、
●政策は先見性と先進性に富み、
●何事にもここぞという時に決断力を発揮し、
●それでいて自制心と見識をもち、
●財政情報は住民から厳しい批判を受ける前に自らが自分たち執行機関に不利な“負”の指標の全貌も全面公開し、
●行政と議会は二元代表制を基に両者が抑制と均衡を保持しながら並び立つものだとの基本認識を忘れないでいて寄り添わず、
●議会の答弁ではウソ偽りは言わず、
●コンプライアンス(法令順守)精神に富み、国の法律はもちろんのこと自治体の条例・規則も厳格に守りながら真実を以って説明責任を果たし、
●改革精神に富み、
●選挙では金品を配るなどの公職選挙法に違反する行為は一切せず、又、利権を目的に選挙に出馬するのではなくて、純粋に「このまちが良くなってほしい」と願ってまちの企業や団体などの勢力の助けも得ずに立候補し、
●当選後はすり寄ってくる企業や団体などとの悪しき利害関係を排除する勇気を持ち、
●「人の上に立ち、人を束ね、正しく向かうべき方向を指し示し、人を動かす」ことができる、そんな人物。


 こんな立派な人物なんか世界のどこを探してもいるわけないが、私はこんな人物が地方自治体の首長になってほしいと思っている。

 首長職の基本は、日本国憲法と地方自治法、そして自治体で制度化するいろんな条例・規則・要綱を守ることである。よって、この程度の自治体の基本たる法令も順守できない利己的な人間は、首長に選んではならない。それは、そんな無法な政策が実行されることによって、知らん間に住民自らが損失を被っているだけだからだ。「庶民は泣きをみる、その陰で肥えるのは政治家だけ」。そんなことに手助けするのは、もうやめようではないか。

 利権ばかりで住民生活を考えない無能な候補しか出てこない首長選の時には当然、白票で投票すべきだ。それでもどちらかの無能な候補が市長になるが、有効投票数の半分が白票ともなれば、その市長に全権を渡したことにはならず、これまで無批判だった議会も市民が批判票として投じたその白票を無視できなくなる。

 どんなに性格の悪い首長であり、どんな悪い事業を行おうとしようとも、議会さえしっかりと公正・公平・適性を旨にし、道徳的観念を忘れず、議員全員が正しく最終判断を下せば、多数決の世界だ、首長の悪事は成立しない。このことは読者もお分かりであろう。だから、首長の悪事は議会が無能ならば進行し住民は被害を受けるが、議会が有能ならば進行しない。住民もまちの政治を安心して観ることができる。

 更に言うと、だからこそ、自治体が正しい政治を行えるか行えないかは首長の能力ではなく、議会の能力如何によって左右されるということになる。議会の議員の大半が有能で健全な性格の持ち主ばかりなら、首長がたとえ無能であっても少なからず幹部職員の力で動くこともあり、その推進力は弱くても、議会の推進力によってまちの政治は間違いなく正しく前進できる。

 唯、首長が健全で有能な人物で、議員もみんな正しく有能である方がより素晴らしいのは疑いありません。

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 今日はもう一つ、私ごときの考えを披瀝してもあまり参考にはなりませんので、知名な方の書いた記事をここで紹介する。

 作者は、元志木市の市長をされていた穂坂邦夫氏。記事は穂坂氏の著書『自治体再生への挑戦』の、「首長の持つべき資質」から。

 <政治や行政には欠かすことのできない哲学があります。弱者と強者の共生です。この哲学を忘れた行政運営や改革は行うべきではありません。特に、成熟社会は格差が顕在化します。高度成長期やバブル景気に世の中が沸いているときは気付かなかった格差に人々が気付き格差が増大するという結果になります。行政が市場原理主義に走ったならば、その存在価値は失われたといってもよいでしょう。常に弱者の目線に立ち、光の当たらない陰の部分にウエイトを置かなければなりません。

 同時に、自治体は住民の貴重な租税を原資としてサービスを提供しているため、合理性や効率性を求める企業体としての側面を持っています。首長は政治哲学を堅持するとともに、「有能な都市経営者」を目指さなくてはなりません。

 首長はじぶんのことを「住民から全権を委ねられた権力者」と錯覚しがちですが、次にあげる三つの点で大きな誤解があります。

 第一点は、常に住民意思を確認していなければ行政は民意から乖離する危険があること。

 第二点は、あくまでも主権は住民が持ち、首長は一定の間(※任期の4年間)だけ、住民の意思に基づいて事務・事業の執行を任された単なる代行者にすぎず、オールマイティーの権限が与えられたものではないこと。

 第三点は、議会の存在です。我が国は二元代表制で、政策決定権は議会にあります。ややもすると首長は「議会を超える権限を持っている」と思いがちですが、執行権を保有しているだけに過ぎません。しかも首長は、万能の神からほど遠い一個の人間であり、であるからこそ常に謙虚さが求められています。

 更に職員はもとより、議会や住民に対しても主権在民の明確なメッセージを発信することが、住民の意識改革や首長自身の自戒にもつながります。(後略)>


 以上が、穂坂氏が示す、「首長への訴え」です。一言で言って、正にその通りですが、これができないんですよね、首長ともなると。愚かで一般社会で鍛錬を積んできた経験や知識の乏しい首長は「これでオレはこのまちの全権を握った」と勘違いして。

 ではここからは、穂坂氏の首長への指摘を引用しながら、もう少し書き加えてみましょう。

 ●「常に弱者の目線に立ち、光の当たらない陰の部分にウエイトを置かなければなりません」について。・・・首長はこれをすぐに忘れてしまい、「この自治体は自分の意のままになる」と思い込み、住民の方には重きを置かず、利害関係にある建設業者や誘致企業や団体の方を向き、予算を投資します。
  
 ●「自治体は住民の税金を原資として行政運営を行っているため、合理性や効率性を求める企業体としての側面を持ち、首長は有能な「自治体の“社長”」とならなくてはならない」について。・・・合理性と効率性とは、いわゆる「費用対効果」のことで、“社長”は自分の会社を倒産させたり不正や無駄な事業を行うことに対しては自らが阻止するぐらいの強い心構えが必要だということ。それが住民のための投資ではなく、利害関係を持つ会社や団体への投資であるならば、明らかに首長としては失格だ。

 ●「首長は自分を『住民から全権を委ねられた権力者』と錯覚するが、常に住民の意思を確認していなければ行政は民意から乖離すること」について。・・・「自治体が事業を行うにあたって住民の意思を確認しているかどうか」は、99.9%、いや99.99%、住民の確認を取らず、事業を決定し、議会で可決させ、実施しているといってよい。

 「住民の意思を確認する方法」としては、住民説明会があるが、一例を挙げると、室戸市の無駄な公共工事事業である旧椎名小学校改修工事に関して、室戸市の小さな地域である椎名地区の、更に集まったのは大半がその事業に賛成する人たちを前に説明しただけだった。

その結果について、議会や委員会審議では「集まった人たちはみんな賛成でした」と答弁したが、室戸市の財政から5億円も6億円も支出する大事業を決定するのに、室戸市民13000人を対象に全地域においてこの事業の説明会を開けば反対されることを先読みして行わず、ほんの50人前後の賛成派住民が集まる説明会で事業説明しただけ。その場の賛成多数で「椎名の住民の皆さんはみんな賛成でした」と答弁した。椎名地区には事業に反対する住民が多かったにもかかわらずだ。

 自治体経営にウソが蔓延していて、議会や委員会での発言なんか、全く信じられない状態。そのウソを基にして事業が実施されるとどうなるのか。「あんな事業が俺たち室戸市民のためになるのか!」、「あれは特定の建設業者や県外の団体のための事業じゃないか。議会は何をやっているんだ!」と市民の大半が反対している公共事業。市職員の大半も反対しているが、表面化することはない。そうして、住民が大反対の公共事業案が9月議会において、過半数(9名)の与党議員によって可決され、実施される。

 全国各地にいて、当電子情報誌の情報公開によって室戸市政と市議会の悪さに注目してこられた皆さん、室戸市の「住民から全権を委ねられたと錯覚した権力者」と、それに子分のようにつき従う「住民の反対の意思をよく知っていながら、民意から乖離する」議員の多い市議会に今後ともご注目され、あなたのまちの自治体運営と議会運営に反面教師として活かしていただきたい。

 ●「首長は自分を『住民から全権を委ねられた権力者』と錯覚するが、あくまでも主権は住民にあり、首長は任期の4年間だけ、住民の意思に基づいて事務・事業の執行を任された、単なる代行者にすぎず、何をやっても許される権限が与えられてはいないこと」について。・・・私や穂坂氏の指摘や警鐘は無能な首長には届かないでしょうね。

 もしも子供のころからルールを守っていた良い子なら、きっと大人になっても守れるだろう。だから法令を無視するような首長は、子どもの頃に学校で決められていた校則などのルールも守らなかった人なんでしょう。中学校時代の社会の時間に習う「主権在民」なんて言葉の意味も、きっと居眠りでもしていて、知らないのでしょう。

 そもそも、そんな小学校から中学校、高等学校と学んできた経過の中でルールも守らなかったような人は、法律や条令でがんじがらめにされている自治体なんかに関わり市長になったり議員になったり職員になったりしてはいけません。

 ●「首長は自分を『住民から全権を委ねられた権力者』と錯覚するが、我が国は議会との二元代表制で、首長には執行権を持っているだけで、政策決定権は議会にあることを忘れてはならない。だから首長は、常に謙虚さが求められる」について。・・・議会において、不正や不公平や無駄な公共事業案に賛成する議員は、議員としては失格。首長と同じで、そういう不正に賛成するような議員に「常に謙虚さが求められる」なんて教えても、全くの無駄。

 首長が不正を計画する“病”と、議員が不正に賛成する“病”は、死ぬまで治りません。

 これが今日の結論です。


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12月には忙しくなる常任委員会委員長の仕事

2016-11-23 | 議員活動
 今年3月の定例会終了後、恒例となっている委員長及び副委員長を決める常任委員会が開かれ、総務文教委員会と産業厚生委員会、両委員会の委員長と副委員長が決まった。

 その時、総務文教委員会の委員長にこれまで「委員長になると会議で質疑ができなくなるから・・」と固辞し続けてきた私が推挙され、それに大半の委員が賛同したこともあり、「余り強く断るのも大人げない」と考えて、お受けした。

 そうして、6月議会の委員会審議のいわば“行司役”を皮切りに会議の仕切り役を行ってきましたが、私はこれまでの委員長と違う点は、そのお役目を行いながら、これまでやってきたように一委員として審議のやりとりをノートに記録することも何とか続けたいと考え、委員の質疑と答弁を記録するように努めている。それは出来る限りであり、やりとりが頻繁にある時は記録できないことも多いが。

 なぜ極力そうしているかというと、委員長として4時間も5時間も続く質疑と答弁をただ単に「はい、◯◯委員」「ハイ、◯◯課長」と指示しているだけではノートに何も記録できず、どのような審議が行われたのかが後になって全く思い出せないからです。

 だから、私の委員長の仕事は結構忙しい。

 その委員会審議が終わると、最終日に本議会上で「委員長報告」として、市長等執行機関の皆さんともう一つの常任委員会(産業厚生委員会)の委員、そして議会中継をご覧になっている市民の皆さんに向けて報告するお役目もあります。

 9月議会もその流れですが、12月議会になると委員長は特に忙しくなります。

 ①10月から11月にかけて二つの委員会はそれぞれ所管事務調査(行政視察)に県外に出ていきますが、その三日間の視察の内容を事細かく市民に報告する役目も委員長が担います。これは、委員長自らが原稿書きを終えたうえで訂正や削除や書き加えを行い、議会開会日の冒頭に委員長が「行政視察に係る委員長報告」として報告します。

 ②また、12月議会に提案された議案の中でその委員会が所管する課に関する議案が、「大綱質疑」が行われた翌日に「常任委員会」において審査されます。その審議の内容を議会最終日の冒頭に、「委員長報告」します。

 ③この報告に続いて、9月議会に上程された決算の認定の審議が10月中頃に行われますので、議会事務局の職員がまとめてくれたその審議の内容を「委員長報告」します。

 そして、議会二日目の月曜日(今議会は12月5日)には「一般質問」が行われます。今議会、私は一般質問も用意していますので、更に忙しい。

 唯、用意周到、一般質問の原稿書きは9月議会が終わるとすぐに取り掛かって、10月中旬には10問ぐらいを仕上げ、4問は今議会、後は来年の3月議会に回すことにしてあったので、行政視察の委員長報告の原稿書きも終えた今、議会の告示日を待つばかりとなっていて、一安心しています。

 この委員長職も来年3月議会までの1年の任期。それ以降は一委員にもどり、以前のように活発に発言したいと思っております。

 齢70歳になりましたが、議員の職を離れるまで問題意識と意欲を失うことなく、一所懸命に頑張ります。


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再度、「愚かにも、蓮舫代表が安倍総理の対談を批判」

2016-11-22 | 議員活動
 昨夕の高知版のニュースで見て知ったんですが、蓮舫さんは高知に来てまで同じことを言い安倍総理を批判していたらしいですね。

 わたくし、画面に向かって叱り飛ばしてやりました、ハイ。

 「安倍さんは一国の政治のトップだ。何でもかんでもあんたみたいに全部しゃべってしまってはいかんのよ。そんなことはもう議員になって何年もたつんだからもっとお勉強を深めて知っておかなくちゃ」と。

 蓮舫議員は、野党となら、何でもかんでも自民党のすることなすことにいちゃもんを付ければいいとでも思ってるんでしょうか。ほんとに浅はかと言うか、愚かと言うか、下品というか。

 これだから左翼政党はいつまでたってもダメなんですよね。自国が利することよりも、他国が利することを政権与党に言い続けている点において。

 ま、先日私が書いた記事をもう一度掲載しますので、ご覧いただきたい。

 まずは、ニュースサイトの記事を。

 産経ニュースの、「安倍・トランプ会談」に蓮舫代表がいちゃもんを付けたという記事  ←(クリック)

 民進党の蓮舫代表は18日の参院議員総会で、安倍晋三首相がニューヨークでトランプ次期米大統領と会談したことついて、「首相は会談後、『信頼できる指導者だと確信した』と発言された。何をもって信頼できるのか。ぜひ詳しく説明してほしい」と注文を付けた上で、「今国会で無理やり審議を進めているTPPについて確認はしたのか。駐留米軍の経費の問題など、わが国の国益にかかる話はどこまで主張し、どういう返事があったのか。非公式会談ではあるが、首相は説明する義務がある」と強調した。

 彼女はほんとうに政治家としては、まるっきりのド素人ですね。

 もしもだ、自分が政権政党の総理大臣であって、大統領就任前の人物と会見した後、野党の代表から「蓮舫総理は話の内容を公表しないが、なぜ話し合った内容を説明しないのか。あなたはその内容を説明する責任がある」と言えるかだ。そんなことは言わない。

 蓮舫総理であっても、きっとこう反論する。「トランプ氏はまだ大統領就任前で、まだ政治家ではない。だから、説明できるわけがないでしょう」。

 きっとそう言うでしょうね。だから、きっと安倍総理も蓮舫議員の言いぐさを伝え聞いて、「何を言ってるんだ、幼稚なことを・・」と思っている。

 ・・・この言動から言うと、蓮舫さんは自分が出来もしないことを他人には「こうしろ」と言う人だとわかります。

 故に、あなたこそ無責任な政治家だ。

 これを私は“批判の三段論法”と名付けています。

 蓮舫さん、政治家も名を末代まで残すには、他党の政治家の立派な行動や政策や発言であっても、高く評価すべき時にはそう評価すべきで、そうすればあなたの評価も上がるというものです。もしも自分の政党の議員から「蓮舫代表、あなたは与党の総理の行動を評価するのですか。それで党首が務まりますか?」と批判された時には言っておやりなさい。

 「室戸市の市会議員の谷口さんが教えてくれたことですが、たとえ政権与党の総理大臣が行ったことや言ったことでも、日本の国のために高く評価できることならば、評価すべきだと言います。私はその時、気付きました。自分たちがやっている国の政治は自分たちの政党のためにやっているんじゃなくて、国民の生活が良くなるためにやっていることだと。そう考えると、与党政党だとか野党政党だとか言ってないで、たとえ政権与党の自民党の総理大臣が行った行動や発言であっても評価できる場合については私たち野党議員も国民とともに評価すべきではないかと」。

 こう言えたら、蓮舫議員も民進党ファンだけでなく、自民党など与党を応援している国民からも「おっ、蓮舫さんも変わったな」と思って下さり、もしかしたら、もしかしたら蓮舫さんを応援する国民も増えるかもしれません。

 でも、こんなことを言ってちゃ、「蓮舫さんも相変わらずだなあ」。それでおしまい。政治家としての値打ちも上がってこない。そういうことなんですよね、政治家って。

 国会議員であっても、都道府県知事であっても、都道府県議であっても、市区町村長にしても、市区町村議員にしても同じで、有権者に「言ってることややってることが相変わらずだなあ」と思われちゃ評価が上がってこないだけじゃなく、政治家としての人物を見定められてしまいそこからは伸びない。

 言っちゃなんですが、彼女のような話しっぷりや行動や判断力で国の一つの政党の党首をやること自体、間違いで、彼女よりは民進党にいますよね、有能な人がたくさん。

 その一人に、かつてニセコ町の職員だった時に町長が行う政治運営に疑問を持ち40代で町長選に出馬し、当選。そして、まちづくり基本条例を制度化した逢坂誠二氏がいます。まだ3期目ですが、逢坂氏なら地方自治には長けており、蓮舫さんよりは有能。彼なら、昨日のように与党の総理の評価すべき行動を批判するようなことはしないでしょうね。

 蓮舫先生にお教えしたいことは、時の総理を批判する前に、「他の議員から学べ」ということ。室戸の議員の中にも他の議員から学ばず、ただ他の議員の発言を妨害ばかりしている人がいますが、公正な議員から学ばないのは、自分の年齢と能力を考えて「今からじゃとても無理、俺じゃ無理」と思ってのことでしょうね。だから、議員全員を“横並び”にしようと企み、秀でた議員の邪魔ばかりして日頃の憂さを晴らしている・・・ということ。

 そうそう、忘れてましたが、蓮舫さんは他党のことや他人のことをとやかく言う前に、ご自分の「二重国籍問題」はどうなさったんですか?

 そういう、自分の政治家としての資質を問われている問題は放置し、知らぬ存ぜぬを決め込んでいるのに、政権与党の総理大臣が日本の国の今後を危惧して急ぎニューヨークに飛び次期大統領のトランプ氏と対談した立派な行為に対しては「話の内容をちゃんと説明せよ」と批判している。

 たぶん、彼女の読みとして、「安倍総理の行動を批判すれば、民進党の支持者が増える」と見越してのことであろうがそれは全くの見当違いで、蓮舫さんの性格と相俟って、言えば言うほど支持者を減らしているのは疑いない。

 「蓮舫さん、あなたは『息をするようにウソをつく』が、あなたこそ責任を果たすべく証明書を見せ、二重国籍問題をちゃんと説明せよ! 国民は忘れていないぞ」。

 自民党にいるアメリカ人と日本人の両親から生まれた女性議員は証拠の書面を公表したのに、あなたはなぜそうできないのか。そういうことで他の政党やほかの議員を批判できるのか。

 悪いことは言わない。あなたは政党の党首など似合いません。自分の身のためです。私みたいに唯の平議員でいた方が良い。そういう立場なら、「総理、説明せよ」と言っても、ただの平議員の方言で済ませてもらえるし、ネットのニュースにも上がってこないでしょう。となると、国民から批判も浴びにくい。とにかく、あなたは人目につかないところにいたほうが良い。


 最後に、安倍首相、本当にごくろうさまです。第二次安倍内閣発足後の活躍ぶり、つぶさに見ています。国民に与えるこの安定感は、ひいては国の安定感。うれしく思っています。トランプ氏との今回の対談、その抜け目のない行動に感服しました。ナイスです。国のトップ、組織のトップとは斯くあるべきと再認識した次第です。

 沖縄の基地問題やTPPの行く末など悩み事は多いですが、その難題に立ち向かっていける政治家は今、あなたしかいません。

 一つだけどうしても気になるのが体調のことですが、お顔を拝見したところこれもすこぶるよさそうで、安心しています。総理の職もあと5年はやっていただきたい。

 但し、“好事魔多し”とか申します。ご油断なく政治を推し進めていってくださるよう、四国の端っこの小さな町から願っています。


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「効き目の薄いブレーキ」も何度も踏み込めば、少しは効果があると信じている

2016-11-21 | 議員活動
 2011年11月29日の記事「地方議員研修講座(7)」から。

 私が落選しているときに書いた記事ですが、ま、お読みいただきたい。

 地方自治や地方議会を考える上において非常に含蓄のある(?)内容になっていますので、あなたのまちの政治を考える時、ご参考にしていただければと思います。


 <これはある室戸市民からの提言。

 「議員活動を真面にしない議員の報酬は、議会会期中の7日間に日当を1万円支払っても7万円。一年四議会だから7×4=28で、一年に28万円の報酬で済むじゃないか。そんな議員に賞与なんかやるによばん。仕事もせんに、報酬が年間450万円ちゃ、なんのことな」。

 これが今、生きていくのに大変で、命がけになって働いている市民の正直な感情なんでしょうね。

 「俺たちは生活に困って四苦八苦しているのに、あいつらばかりがなぜ楽して得してるんだ。聞くと、中には個人的に作った大きな借金の支払いのために議員になっただけの者もいるそうじゃないか」という怒り。

 御説、御もっとも。私も同感です。

 でもね、申しておきますが、そんな仕事もしない候補らに投票して選んだのはあなた方、室戸市民でしょ? そして、議会で一番仕事をしている正義の使者のような正直者の議員を「市長が行う違法・不正業務を議会で批判し厳しく追及したから」といって、今年の4月の市議選で落としたよね。

 彼は報酬を頂いている市民のためを思い、議員として勇気を以ってその職務を忠実に遂行しただけのことなのに。

 それから七か月ほど経つが、市政の情報や市議会の情報は市民に伝わっていますか? 誰も伝えないから、室戸の政治がどっちの方向に進んでいるかや内部で何をやっているかなど、全く何にも知らないでしょ。

 だから、まちの政治が悪化してゆくその責任は議員にあるのではなくて、行き着くところ、すべてあなた方、市民の皆さんにあるということです。

 市民が選挙に出た候補の選択を誤った所為で、自分たちが住んでいるまちの政治は改まらないし、ますます悪くなっていく。それにつれ市民生活も悪化している。故に、この悪循環を生んでいるのは、あなた方市民の誤った判断に因るもの。政治において悪事が行われ続けているその責任はすべて、市民の皆さんの誤った判断に因るといえます。

 その結果どうなっているのか、市民のためになっているのかというと、市長や市職員、議員など行政及び議会関係者たちは何も被害を受けず、すべて市民のお金である市の予算から高い給与や報酬をもらってぬくぬくと暮らし、一方、投票判断を誤った自分たち市民だけが被害を受け毎日の生活に汲々し苦しんでいる。・・・ということ。

 で、いつも真面目で正直な議員だった彼に投票した賢人たる328名の室戸市民だけは「能力のある人物を落としてはならない」と解っていた。

 そういうことです。

 しかし、市民は今更悔やんでも仕方がない。「市民を助けたい」と昭和61年から二十五年間、市民の立場に立ち夜昼なしに懸命に働いてきた彼は、もう議会にいません。>


 
 以上が7年前の記事。

 この後、「彼」は地元の長老の「落としたことはあんたを応援してやらなかった自分たちの所為。そのあと、大式網が流されて周辺の組合が困ったとき、それまで地元にいたあんたがおらず、困った。済まんがもう一度出てくれないか。今度は何があってもあんたを応援するから」の後押しを受けて出馬、いつものように妻と二人だけで選挙戦を戦い、予想以上の順位で再選され、議会に戻ることとなった。

 しかし、彼は決意している。

 「議決権を不正な形で行使するような議会は、そういう議員に投票し続けている有権者がいる限り改まることはなく、これからも室戸市の政治不正は長々と続くことは間違いない。それは百も承知だが、“効き目の薄いブレーキ”も何度も踏み続けるとやがて踏み代が浅くなってきて、踏まないよりは“まし”ということもある。

 クソ真面目な議員の活動による“ブレーキ”効果として、「悪政」を計画した市長とそれに賛成する議員に多少なりとも圧力をかける効果、「悪政」が進む速度を少しでも遅くする効果、「悪政」を市民に伝える効果、どの市長と議員が「悪政」を計画し事業化させたかの歴史を50年先、100年先まで記録に刻む効果と、それは数知れなくある。

 市民はよく「あいつがたった一人で市政運営や議会の悪さを批判しても何にもならない」なんて言いますが、それは議会のことを知らない人の言う言葉。決して一人の抵抗が無駄ということにはなりません。

 それは、市民に被害を及ぼす悪い事業は室戸市政においてたくさんあります。税金の値上げなどを考えると市長や職員の法令を遵守するという機能の欠落、能力不足、やる気不足、その時々の判断不足、アイデア不足等のために余計な負担を市民が背負わされていることはよくあり、それに関しては、いつも無条件で議案に賛成している市長の与党議員を責めることです。

 「市長選で『国保税は値上げしません』と約束したものをほんの3か月後に値上げ案を議会に出した小松市長もけしからんが、公約違反だと知っておりながら賛成したお前ら議員も許せん」と。

 一人の議員が不正な政治運営や不正な事業案にブレーキをかけ、それが例え“効き目の薄いブレーキ”であったとしても、某かの「効果」はある。私はそう信じています。

 又、私が踏んでいるブレーキの効果を実感しているからこそ、毎日、毎月、毎議会、政治を斜めから見ずに真正面から直視し、臨んでいます。

 うれしいことに、この任期においては少数であるが意を同じくする議員もいて“ブレーキの効き目”も何倍にもなり、不正な政治を否決するまでには至っていないが、心強く思っています。 

 なお、くれぐれも申しておきますが、悪い事業案に“アクセルを踏みっぱなし”の議員には、次の市議選で投票しないように。

 そういう政治的ルールを無視して“逆走”する議員を応援していると、無駄な事業の実施を生むなどでやがて市の財政が切迫してその負担は市民に向けられ、市・県民税の値上げ、固定資産税の値上げ、国民健康保険料の値上げ、介護保険料の値上げ等々の被害を市民の皆さんが受けるだけです。

 市議会においては、ちゃんと行政のチェックを行い、議会においても常任委員会においても正しく判断できる、そういう公正・公平・適性・そして道徳心を持った議員だけを応援するよう、努めていただきたい。そうすれば、議会も一新されて公正な議員が主流となり、例え市長が不正や無駄な公共事業を計画し議会に提案したとしても即日に否決され、次の議会からそういう議案は出せなくなり、まちの政治は正しい方向に進んでいきます。

 すべては市民の判断力一つです。不正志向の人を議員に選べばまちの政治は不正な事業ばかりになるし、公正な考え方を持った候補を議員に選べばまちの政治は正しい方向に進んでいきます。

 私はこれからも、室戸市の悪政にブレーキをかける役目の一端を担ってゆく所存。ご支援よろしくお願い致します。

 尚、地方議員の役目として、条例の提案がありますが、依然、一期目の時に「不法投棄防止条例」を提案しましたが、「新人議員が提案した条例案を問うしてなる者か」という議員ばかりで簡単に否決された経緯があり、室戸市議会において議員提案条例の可決は無駄。そういう非常に遅れた開かれていない議会ですから、私が議会にいなかった間に議員が提案して可決された「政治倫理条例」も機能しておらず、“お飾り”状態。そのことは、議員だけでなく市職員も認識していて「何のためにあんな倫理条例なんか作ったのか」と首をかしげている。

 一体、室戸市政や市議会においての「法令順守」とはいったい何なんでしょうね。

 ルールは守るためにあるが、この世の中で守らなくてもよいルールって、あるんですかねえ。

 私だけでしょうか、「守らないルールなら、捨ててしまえばいいのに」なんて考える人間は。


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室戸高等学校創立70周年記念式典に出席

2016-11-20 | 議員活動
   

 私はこの2日に満70歳となりましたが、時を同じくしてわが母校、室戸高等学校も今年で創立70年目を迎えた。

 だから、終戦の翌年の昭和21年にこの母校も誕生したことになります。

 それだけで私にとっては何か感慨深いものがあります。

 今年は特に、戦後すぐに高等学校を創立したところが多く、この「創立70周年記念式典」が全国各地で行われていますが、当地、室戸市にある唯一の高等学校、高知県立室戸高等学校も11月19日(土)に創立を記念した式典が挙行されました。

 生徒一人一人が70年という伝統を感じることができますし、この学校を卒業して社会に旅立った生徒たちも「母校」ともなると、その折々に「あー、あの頃が懐かしいなあ。あいつは今どうしているかな。あの娘は今どうしているかなあ」と思い出したことは一度や二度じゃないと思います。

 私にしても、「同窓会」と言うとすぐ室戸岬中学校当時の同級生が集まっての「同窓会」ばかりですが、この室戸高校を昭和40年3月に卒業した同級生が集まっての「同窓会」はあまり聞いたことがない。だから、今でも同級生の男の子や女の子が今どうしているかなど、時折、思い出して懐かしんでいる。

 同級生も70歳となると、中には先に旅立った友もたくさんいて、寂しい気持ちになります。2年生の時から親友だった山添美穂くんは電通(今のNTT)に勤務していたが30代半ばだったかに病気で亡くなり、松山市で行われた葬儀に出席して別れを告げた。そのほかにも、男の同級生、女の同級生と、既に亡くなった友は多い。

 私にしても、美大進学を希望していたが、父の「家業の製材所で働け」の一声で、涙を抱えて製材所で働いた。その3年後、20歳の時に6トン車に木製品を満載して真夜中の淡路島を走っていて居眠りをして反対車線を走りあと1秒で死んでいた話はこの前に書いた。あの時、トラックの下敷きになり死んでいたら、山添君より先にあの世に行っていたことになるが、私はあれから五十年生きてきた。人生、いつ何時、どう転ぶかわからないという一つの事例です。

 そうやってトラックの運転手として大きな丸太を摘んだり、杉の製品を積んで県外にと夜昼なしで走り続けた。それが40歳まで続きました。

 その後、自分が歩んできた来し方を思い起こし思い起こししながら人生を生きてきましたが、重労働で汗水をたらして働き、やがて地域雑誌の出版や、そこで培った知恵と技術で以って今現在、議会の場で議員として自分が考えたことをそのまま原稿に落とし込むことができるようになったことについては、「大学に楽に進学させずに自分の力で切り開かせようとした父親に感謝しなくては」と思うようになった。

 だから、この室戸高等学校を卒業する時、多くの同級生が県外の大学に進学するのに自分が行けないことに悔しくてたまらなかったことを今でも覚えているが、「人生、苦あれば楽あり。楽あれば苦あり」とか申します。18歳の時から70歳の今までを思い返すと、夜も昼も無しに人一倍働き、人一倍学び努力すれば、大学に行かなかっても大学出以上の能力はつくもんだと、ここ十年ばかり前から思えるようになった。

 父親は唯、昭和18年に創業した銘木製材所をつぶしてはならない、繁盛させなきゃと頑張って来ての、私が卒業する昭和40年の春でした。「息子が美術大学に行くとなると金もいるだろう」と考えても不思議ではない。それは私でもわかっていた。「どうせ親父はこの製材所で上げた利益を自分の学費に出したくないから反対なんだ」と思っていた。

 それは図星だったが、一方では私も「自分の学費のために製材所で稼いだ金を費やしていいのか」とも思っていた。だから、「すんなり」ではなかったが、少し怒りをぶつけた後、進学はあきらめ、製材所で働くようになった。

 室戸高等学校は私の母校です。

 あの入学した37年4月から卒業した昭和40年3月までの三年間、楽しかったこと、悲しかったこと、片思いもあった、みんなみんないい思い出です。生徒も少なくなり、室戸市の人口減少を考えると、行く末も案じてはいますが、子供たちはそれぞれが高校生活を楽しみよく学びして社会に巣立っていってほしいなと思っています。

 そして、次の創立80周年に向けて更なる室戸高校の発展を心から願っています。

 記念式典には多数の来賓の方々や同窓会、かつて先生だった方や職員が参加され、大変素晴らしい式典でした。生徒たちへのしつけがいいのか、生徒たちが起立して「礼」をする時、深く、そして長く、「礼」をしていることにうれしくなりました。おじさんたちも見習わなくてはなりません。

  

 ですが、校歌斉唱の時、歌っている生徒が見当たらなかったのはなぜだろうと思ったものです。どの学生さんも口が開いてなかったから歌ってなかったと思います。

 先生方はあの光景を見て何も思わなかったんでしょうか。

 おじさんは卒業して52年も経っているから書いたものを見ないと歌えませんでしたが、現役学生とならば大きな声で歌わなくてはいけません。

 校歌の歌い方は、前方の少し上を向いて、大きく口を開け、大きな声で「これが僕たち私たちの校歌だ」と堂々と歌うものだと思いますし、私も昭和36年から39年まで、そして学生生活最後となる卒業式までそうして歌ってきた覚えがあります。

 願わくは、一度、先生が「大きな声で歌いましょう」と、全校生徒が集まって大きな声を出して練習してほしい。何事も慣れてくれば、そしてみんなが一緒ならば歌えるようになるものです。

 「礼」は立派な態度だったのに、校歌があれではちょっと寂しい。

 まだ学校の校舎が木造の建物も残っていた、昭和37年の春に入学した一卒業生からのお願いです。

 「自分たちの学校の校歌は3年間の心の支えであるだけでなく、終生懐かしく思い出す歌でもあります。式典での校歌は大きな声で歌いましょう」。

 校歌に関して、こんなことがあった。

 2007年(平成19年)3月の議員1期目が終わろうとしていた時期でしたが、私はあの室戸高校が全国高等学校選抜野球大会で甲子園に初出場して第二回戦に進んだ日、大勢の室戸市民の皆さんと一緒に応援に行った。

 試合が終わって勝利の校歌が甲子園球場に流れた時のことです。隣りに座っていた大阪の人なのか他の県の方なのかわからなかったが、そのおじさんに笑いながらこう言われた。

  「歌詞が如何にも田舎っぽいなあ」。

 カチンときて、こうさらりと言ってやった。

 「あの歌詞がいいんよ、純朴な学生が田舎の自然豊かな風景の中で元気に育ってゆく姿を描き切っているでしょ?」「それに、高尚な歌詞を付けた校歌だからって、一概にその高校が立派な学校だとは言えないでしょ?」。

 おじさんからは何にも言葉が返ってきませんでした。

 本当は私もあの校歌の歌詞が他の都会の大きな高校の校歌と比べるとちょっと見劣りがするとは思っています。でもね、自分が卒業した学校の校歌は恋じゃないですが、甘酸っぱい味がするんですよ、感傷的になるもんなんですよね、たくさんの人が歌っているのを聞くと。その歌には思い出がいっぱい詰まっているもんなんですよね。

 昨日はそれが普通の聴力の私の耳に聞こえなくて、ちょっと寂しい気がしました。
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愚かにも、蓮舫代表が安倍総理の対談を批判

2016-11-19 | 政治家のあり方
 ネットの政治ニュースを見て笑ってしまいました。

 蓮舫議員、いや党首だったか、あの方のこの発言。

 野党とならば、何でもかんでも自民党のすることなすことにいちゃもんを付ければいいとでも思ってるんでしょうかネエ。浅はかと言うか、愚かと言うか、下品というか。

 ま、ご覧いただきたい。

 産経ニュースの、「安倍・トランプ会談」に蓮舫代表がいちゃもんを付けたという記事  ←(クリック)

 民進党の蓮舫代表は18日の参院議員総会で、安倍晋三首相がニューヨークでトランプ次期米大統領と会談したことついて、「首相は会談後、『信頼できる指導者だと確信した』と発言された。何をもって信頼できるのか。ぜひ詳しく説明してほしい」と注文を付けた上で、「今国会で無理やり審議を進めているTPPについて確認はしたのか。駐留米軍の経費の問題など、わが国の国益にかかる話はどこまで主張し、どういう返事があったのか。非公式会談ではあるが、首相は説明する義務がある」と強調した。

 彼女はほんとうに政治家としては、まるっきりのド素人ですね。

 もしも自分が政権政党の総理大臣であって、大統領就任前の人物と会見した後、野党の代表から「蓮舫総理は話の内容を公表しないが、なぜ話し合った内容を説明しないのか。あなたはその内容を説明する責任がある」と言えるのか。

 蓮舫さんならきっとこう反論します。「トランプ氏はまだ大統領就任前で、まだ政治家ではない。だから、説明できるわけがないでしょう」。きっとそう言うでしょうね。

 ・・・このことから言うと、蓮舫さんは自分ができないことやしないことを他人には「こうしろ」と言う人だとわかります。

 故に、あなたこそ無責任な政治家である。

 これを私は“批判の三段論法”と名付けています。

 蓮舫さん、政治家も名を末代まで残すには、他党の政治家の立派な行動や政策や発言であっても、高く評価すべき時にはそう評価すべきで、そうすればあなたの評価も上がるというものです。もしも自分の政党の議員から「蓮舫代表、あなたは与党の総理の行動を評価するのですか。それで党首が務まりますか?」と批判された時には言っておやりなさい。

 「室戸市の市会議員の谷口さんが教えてくれたことですが、たとえ政権与党の総理大臣が行ったことや言ったことでも、日本の国のために高く評価できることならば、評価すべきだと言います。私はその時、気付きました。自分たちがやっている国の政治は自分たちの政党のためにやっているんじゃなくて、国民の生活が良くなるためにやっていることだと。そう考えると、与党政党だとか野党政党だとか言ってないで、たとえ政権与党の自民党の総理大臣が行った行動や発言であっても評価できる場合については私たち野党議員も国民とともに評価すべきではないかと」。

 こう言えたら、蓮舫議員も民進党ファンだけでなく、自民党など与党を応援している国民からも「おっ、蓮舫さんも変わったな」と思って下さり、もしかしたら、もしかしたら蓮舫さんを応援する国民も増えるかもしれません。

 でも、こんなことを言ってちゃ、「蓮舫さんも相変わらずだなあ」。それでおしまい。政治家としての値打ちも上がってこない。そういうことなんですよね、政治家って。

 国会議員であっても、都道府県知事であっても、都道府県議であっても、市区町村長にしても、市区町村議員にしても同じで、有権者に「言ってることややってることが相変わらずだなあ」と思われちゃ評価が上がってこないだけじゃなく、政治家としての人物を見定められてしまいそこからは伸びない。

 言っちゃなんですが、彼女のような話しっぷりや行動や判断力で国の一つの政党の党首をやること自体、間違いで、彼女よりは民進党にいますよね、有能な人がたくさん。その一人に、かつてニセコ町の職員だった時に町長が行う政治運営に疑問を持ち40代で町長選に出馬し、当選。そして、まちづくり基本条例を制度化した逢坂誠二氏がいます。まだ3期目ですが、逢坂氏なら地方自治には長けており、蓮舫さんよりは有能。彼なら、昨日のように与党の総理の評価すべき行動を批判するようなことはしないでしょう。

 お教えしたいことは、批判する前に、「人から学べ」ということ。室戸の議員の中にも他の議員から学ばず、ただ他の議員の発言を妨害ばかりしている人がいますが、その議員から学ばないのは、自分の年齢と能力を考えて「今からじゃとても無理、俺じゃ無理」と思ってのことでしょうね。だから、“横並び”にしようと、秀でた議員の邪魔ばかりして日頃の憂さを晴らしている・・・ということ。

 そうそう、忘れてましたが、蓮舫さんは他党のことや他人のことをとやかく言う前に、ご自分の「二重国籍問題」はどうなさったんですか?

 そういう、自分の政治家としての資質を問われている問題は放置し、知らぬ存ぜぬを決め込んでいるのに、政権与党の総理大臣が日本の国の今後を危惧して急ぎニューヨークに飛び次期大統領のトランプ氏と対談したことに対し、「話の内容をちゃんと説明せよ」とは何事だ。

 「蓮舫さん、あなたこそ責任を果たすべく、二重国籍問題をちゃんと説明せよ! 国民は忘れていないぞ」。

 自民党に一人いた余りか人と日本人の両親から生まれた女性議員は証拠の書面を公表したのに、あなたはなぜそうできないのか。そういうことで他の政党やほかの議員を批判できるのか。

 悪いことは言わない。あなたは政党の党首など似合いません。自分の身のためです。私みたいに唯の平議員でいた方が良い。そういう立場なら、「総理、説明せよ」と言っても、ただの平議員の方言で済ませてもらえるし、ネットのニュースにも上がってこないでしょう。となると、国民から批判も浴びにくい。


 最後に、安倍首相、本当にごくろうさまです。第二次安倍内閣発足後の活躍ぶり、つぶさに見ています。国民に与えるこの安定感は、ひいては国の安定感。うれしく思っています。トランプ氏との今回の対談、その抜け目のない行動に感服しました。ナイスです。国のトップ、組織のトップとは斯くあるべきと再認識した次第です。

 沖縄の基地問題やTPPの行く末など悩み事は多いですが、その難題に立ち向かっていける政治家は今、あなたしかいません。

 一つだけどうしても気になるのが体調のことですが、お顔を拝見したところこれもすこぶるよさそうで、安心しています。総理の職もあと5年はやっていただきたい。

 但し、“好事魔多し”とか申します。ご油断なく政治を推し進めていってくださるよう、四国の端っこの小さな町から願っています。


※電子情報誌「青空エクスプレス」のアクセス数は、11月19日(土)付けGooブログランキング(2631481ブログ)中、2589位でした
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