青空エクスプ レス

日本ではオンリーワンの手書き地域雑誌『あおぞら』の編集発行人を経て、室戸市の政治を監視する改革派議員三期目。

論語シリーズ(1) 世の首長に贈る『論語』

2015-08-31 | 政治家のあり方
 今日から四日間連続で『論語シリーズ』としてこれまで書いてきた“政治と論語”についての記事を再度掲載する。全国の地方政治に関わっておられる皆さんの精神育成に何か参考になればうれしく思います。多少、文章が重複する部分もありますが、その点はご了承いただきたい。

 その(1)としてまだ室戸市議会議員二期目の2010年6月10日に書いた記事、題して「世の首長に贈る『論語』」を掲載した。

 地方政治に関わっておられる方々には、「道徳とは学ぶだけでは何の役にも立たないので、意思と精神を改め、生き方を変え、とにかく実践するのみ」とお教えしたい。

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 小生、平成15年に議員になった頃に高知市の冨士書房で論語の本を買ったことをきっかけに、議員活動の折を見ては、二千数百年前の孔子とその弟子が書き記した論語を勉強しています。

 その本は勿論、自分の生き方に活かすため、また自らを反省する手立てとして購入したもの。一ページ、一ページの言葉をよく噛み砕き、議員活動や議会発言の指針にしたいと学んでいます。

 これはその時々にずっと言ってきたことですが、室戸市の条例・規則・要綱に違反すると、それは地方自治法など国の法律に違反していることになるし、それは憲法の「地方自治の本旨」を規定した第92条に違反していることなります。ですが、室戸市においてはこれまで七年余り、行政における法令順守の基本を知らないのか知っていてやっているのかは解りませんが、これらの法律を何度もないがしろにしてきたのは事実です。

 そんなことを考えますと、自分だけが学ぶのではなく、室戸市長にもこの本に書かれている孔子の教えである言葉を贈りたくなりました。日々の多忙に押し流され、落ち着いて本を読む時間などないと思うので、是非、私が論語から選んだ言葉からリーダーのあるべき姿勢を素直な気持ちで学んでいただけたらと思います。

 では、その本の中から思いつくままに、政治に関連した言葉だというものを選んでみましたので、かみしめて読んでいただけたら有り難い。

●「政を為すに徳を以ってすれば、衆星の之に共(こう)するが如し」 
 (翻訳)モラルにかなった政治を行うならば、多くの人がリーダーを中心にして動くようになる。
 (注)「徳」とは、修養によって身に備わった品性。善や正義を貫く人格的能力のこと。道徳。

●「義を見て為(せ)ざるは、勇なきなり」
 (翻訳)何が正しいことか解っていながら、それが出来ないのは、勇気がないからだ。/ 正しくないことなら、いくらそれによって手柄を立てられることでも、止めよう。たとえそれで不利益をこうむろうとも、それを恐れてはならない。

●「天に罪を獲(え)ば、祈るところなきなり」
 (翻訳)天理に背くようなことをすれば、神様に祈っても必ず痛い目にあう。
 (注)「天理」とは、天が万物を創造し、支配する自然の道理のこと。

●「君(くん)は臣(しん)を使うに礼を以ってし、臣は君に事(つか)えるに忠を以ってす」
 (翻訳)リーダーは、部下を使うにあたっては、礼儀を重んじるようにする。部下はリーダーに仕えるにあたっては、真心を尽くすようにする。/ 上司は、部下に威張ったりせず、きちんと部下に礼儀を尽くす。部下は、上司の陰口をたたかず、きちんと上司に真心を尽くす。そんな上下関係を作れたら、本当に働きやすいだろうし、組織としての成果も上がる。

●「君子、仁を去り、悪(いずく)にか名を成さん」
 (翻訳)立派な人は、良心に反してまでも、名を成そうとはしない。/ いくら成功して名声を得ようとしても、自らの良心を偽り、他人を欺いたりしていては、決して立派な成功者にはなれないし、周りの人からの信用も得られない。

●「君子は義に喩(さと)り、小人は理に喩る」
 (翻訳)立派な人は正しいかどうかを第一に考え、つまらぬ人は儲かるかどうかを第一に考える。/ 逆に言うと、つまらぬ人は儲けることや自分が優位に立てることばかりを優先させて、正しいかどうかは度外視する。

●「怒りを遷(うつ)さず、過ちを弐(ふた)たびせず」
 (翻訳)(顔回という弟子がいたが)八つ当たりすることは無かったし、同じ間違いを繰り返すこともなかった。/ 失敗しても八つ当たりせず、それを反省して次に活かす。こんな人は経験から学び、成長していけるものだ。

●「君(くん)は君たれ、臣は臣たれ、父は父たれ、子は子たれ」
 (翻訳)君主は君主らしく、臣下は臣下らしく、父親は父親らしく、子どもは子どもらしくすべきです。/ 首長は首長らしく、行政職員は職員らしく、議員は議員らしく職務を遂行しいつも「らしく」すべきだという教え。

●「子曰く、之に居て倦(う)むことなく、之を行うに忠を以ってす」
 (翻訳)政治に携わる心構えとしては、怠けないことだ。政治を行う時には、真心を尽くしなさい。/ 逆に言うと、政治とは怠けることなく真心を尽くしてやるものだとの教え。

●「子曰く、忠告して善を以って之を導く。不可なれば則ち止む。自ら辱(はずかし)むるなかれ」
 (翻訳)友人に間違いがあれば、忠告してやって良くなるように仕向けてあげるべきだ。しかし、言っても聞かないようであれば、それでやめる。無理に聞かせようとすれば、いやな思いをするだけだ。この「さじ加減」が大切。

●「君子は、和して同ぜず。小人は、同じて和せず」
 (翻訳)立派な人は協調するが、迎合しない。つまらぬ人は迎合するが、強調しない。
    立派な人はいくら仲の良い人からの頼みでも、悪いことには加担しない。でも、つまらぬ人は、仲の良い人に誘われたら、どんな悪いことにも加担する。こういう「なれ合い」は身を滅ぼすし、他人までも害する。

●「子路、君に事(つか)えるを問う。 子曰く、欺く勿(なか)れ、而(しこう)して之を犯せ」
 (翻訳)弟子が君主に使える方法を尋ねたとき、孔子はこう答えた。騙してはいけないし、君主の間違いはきちんと言ってあげないといけない。/ 上司の意に反しても、苦言を呈する人の方が最初は嫌われるかもしれないが、上司のためになる。(これは、「忠言は耳に逆らう」の言葉もあり、上司の資質によれば忠言が無益な上司もいる)

●「過ちて改めざる、是を過ちと謂(い)う」
 (翻訳)間違っても改めないのが、間違いというものだ。

(最後に)
●「之を用うければ則(すなわ)ち行い、之を舎(す)つれば則ち蔵(かく)る」
 (翻訳)必要とされているならば頑張り、必要とされていないなら引退する。/ 人の身の振り方は、潔さが基準です。必要とされないなら、あっさりと身を引くことです。


 以上、「論語」の中から政治に関係する言葉を拾ってつらつらと書き記してみました。

 他意はございません。地方自治体の首長だけでなくて地方議員の皆さんも論語を学び活かし、行政運営と議員活動に活用して頂ければ嬉しく思います。ならば、行政も議会も間違いなく改革改善され、法令順守の適正な組織になるのは疑う余地はない。

(シリーズは明日も続く)


※電子情報誌「青空エクスプレス」のアクセス数は、8月31日(月)付けGooブログランキング(226万0771ブログ)中、2354位でした。 
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橋本徹大阪市長と松井一郎大阪府知事の判断を、全面支持!

2015-08-28 | 政治家のあり方
 「もう見切った方がいい」との私の期待通り、松井一郎大阪府知事と橋下徹大阪市長が「維新の党」の顧問・最高顧問を辞任した上、維新の党を離党した。

 以前から、大阪維新の会が進める政治思想からちょっとばかり離れた考え方を以って民主党などと野党連合を画策してきた「維新の党」の松野頼久議員と柿沢未途議員らについて、「政党を創設した橋下氏と松井氏の政策にそぐわない行動をし続けているなあ」と思って見ていた。

 それが今回、山形市長選に絡んでうまい具合にこの二人、松野・柿沢両名と“離縁”できるチャンスがやってきた(と、橋下氏と松井氏は考えているであろう)。

 
 維新の党の松野頼久代表と、柿沢未途幹事長。二人とも“二世議員”。

 松野頼久氏は、自民党の重鎮として長く自民党で活躍してきた松野頼三氏を父に持つ、よくいうところの“サラブレッド”。

 柿沢未途氏は、東京都議だったが飲酒事故を起こして辞職。その後、国政選挙に無所属で出馬し→民主党→無所属→みんなの党→無所属→結いの党→維新の党と渡り歩いてきた。父は元自由党・自民党の柿澤弘治氏で、この人もいろんな党を渡り歩いてきた人。この未途氏も“サラブレッド”かどうかは解らない。

 二人とも民主党寄りの議員で、保守系の橋下市長や元自民党大阪府議の松井一郎府知事がこんな議員をなぜ維新の会に入れたのか不思議だったが、二人が「いま勢いのあるのは維新の党だ。入れてください」と寄ってきたものをむげに突っぱねるわけにもいかないし、逆に利用させてもらった、ただそれだけの二人だと私なりに解釈してきた。

 大阪は遠い町だから、私は決して維新の党の支持者ではないが、橋下氏ぐらい一部強引なところも無いと地方政治も国の政治も動かせないと思っているから、あの「大阪都構想」には大賛成だった。あの考え方は関西圏や西日本のためには大いに効果的であることが解っているから、遠くからずっと応援してきた。

 そして今のお家騒動。

 柿沢氏が全面的に悪い。

 何一つ、同情の余地はない。党が「支援しない」と決めたことを守れない党の幹部って、一体何なんだ。

 党のためにさっさと辞任し幹事長職から下りればいいのに、自分が幹事長にい続けたいと、辞任しない。

 党を作った橋下氏と松井氏に叱られても辞めない。

 「なら、俺と橋下氏は顧問を止めるよ」と叱っても、「オレは幹事長職が好きだから辞めたくない」とイスにしがみ続けている。

 保身以外の何物でもない。


 話しはちょっとそれるが、維新の党の議員だったあの女の子と同じ。「病気だったけど飲み会に誘われたから飲み屋を何軒かはしごをしただけなのに、なんでみんな私を叱るのよー」てな調子でなかなか辞めなかったが、結局、党の重鎮である橋下市長に叱られても突っぱねていたが、しぶしぶ離党した。そして、静かにしてればいいのに、「私の美しさを世間に広めるためには今しかない」と思いつき、「私はこんなにも美しい女なのよ」とばかりに、写真集を出した。政治がやりたいのか、国会議員の給与が欲しかったから議員になったのか、それとも国会議員職をタレント活動みたいに思っていたのか。

 (因みに、この上西小百合議員32歳にはこんな過去があるとニュースが伝えている。大学時代から約3年間交際していた研修医だった同い年の男性と08年5月ごろ、大阪市内のホテルで100名以上の親類や友人を招待して結婚式を挙げた。だが、「相手の方や相手家族から結婚式をせかされて式を挙げたが、婚姻届を出していないので、婚姻歴や離婚歴は一切ありません。男性とは考え方の不一致などで、式の後、約1カ月同居しただけで、それ以来会っていない」(上西氏)んだそうだ。つまり、結婚式だと知人や親類を集めご祝儀を集めておいて、一か月で男と別れた点から、結婚詐欺のようなもの。“男と口裏を合わせて結婚式を計画し、式が終わったら集めた祝儀の中から式場の費用を支払い、残った金は二人で山分け”。そんなもの、貰った祝儀を全てお返ししなかったら結婚詐欺以外の何物でもなかろう)


 柿沢氏と松野氏は二世議員だと書いた。

 松井知事が柿沢氏の行動を「赤ちゃんでお子ちゃまで、わがままやり放題だ」と叱ったのもその点を指して言っている。

 その通りだ。

 「やっぱり二世議員は何事も甘いなあ。お父ちゃんが強いてくれたレールの上を歩いて選挙で当選し、お世話になった政党に飽きたらすぐに別の党に鞍替えして渡り歩く。国政を舐めている。維新の党に入れてやった恩も忘れ、維新の党の重鎮である私と橋下さんの止めるのも聞かず、党が支援していない山形市長選の候補を応援したが、その時、私には『責任を取る』と言ったはずだ。それが、責任を取らない。党の一員としての責任とは一体何なんだ。そんなの俺に言わせりゃ、“赤ちゃんで、お子ちゃまで、わがままやり放題”としか言えん」。

 松井氏も橋下氏もそう考えたんでしょう、間違いなく。

 それで、「堪忍袋の緒が切れた」で、「お前が辞めんのなら、俺たちが出ていく!」と、言うわけだ。

 100%同感だ。

 その方がいい。駄目な政治家というものは口で教え聞かせても、どこまでもだめなものだ。私が見てよーく知っている。

 三年の間、国政を大混乱させた民主党と仲良くしようとし勝手なことを言い勝手な行動をしている甘っちょろい東京維新の会など、切り捨てた方がいい、松野氏、柿沢氏に、江田氏も加えて。

 そうして橋下氏は市長を止めて衆院選に出て国政に参加する。同時に、「関西維新の党」を結党し、自民党の連立与党に入り安倍首相と共にもう一度「大阪都構想」の旗を立てて行動を起こす。東京の維新の党なんぞ、横から見てればすぐに解党してしまう。

 で、大阪府内や大阪市内の首長や議員が「大阪都構想」に反対しているのは、大阪都が成立し選挙となると、地方公共団体の数が大きく減少することから自分たちの職を奪われてしまうからが理由。大阪府の自民党府議らが「大阪都構想」に反対し続けたのも、自分の職を奪われたくないのが理由。所謂、利己主義。(政府自民党は「大阪都構想」に賛成しているのにだ)

 自民党府議らがその事実(職を失いたくないという理由)を先の大阪の住民投票の時に街頭演説で言ってしまうと、「あいつら大阪都構想に反対しているのは自分たちが職を失って給与や報酬をもらえなくなるからだったのか」と大阪のおんちゃんやおばちゃんたちの反感を買い、賛成に転じて「大阪都構想」が成立してしまう。

 だから、事実は言わずに、「橋下が言っている都構想が実現したら皆さん方住民の生活が破綻してしまいますよ」と住民にウソをついて何とか勝った、ということである。

 マスコミもこれに便乗したが、それは、地方公共団体の数が減少すると広告収入が減少することをよく知っていたから。だから、大阪のどの新聞もテレビ局も「反対だ」「反対しよう」と広めていた。この全国のマスコミも大阪が良くなることよりも自分の会社の利益を優先して橋下氏を批判、大阪都構想をつぶしにかかった。

 これが真実。

 このテレビや新聞や週刊誌の報道に全国民は騙され、特に大阪市民や大阪府民はコロリと騙された。

 つまり、あの住民投票の時に大阪府内、大阪市内の皆さんは欲深い大阪の首長と議員たちに騙されたのです。特に、「都構想では高齢者は生活が苦しくなりますよ」の街頭演説に騙され、都構想が実現した時にこの世に存在するかしないかの年齢の高齢者が反対票を投じたため、都構想に賛成が多かったこれからの大阪を生きてゆく若者たちの夢は実現できなかった。

 いま思ってみても首をかしげるが、なぜたくさんの長い人生を生きてきた60歳を超えた年齢の人たちが「次世代を担う若者たちのために」と賛成票を投じなかったのか。

 もう私たちのように60歳を超えた年齢になると、もっと人生を達観しても良いのではないか。自分のことより、将来の町のこと、若者たちの将来のこと、と。

 私は自民党員ではないが、客観的に見ても、政治は保守本流の自民党が今後も担ってゆくことが重要で、国民は何があっても心変わりせず支持することが国のためであるし自分たちのまちのためであるのは動かしがたい。大阪維新の会を支持することがあっても、決して選挙の時に民主党を支持する首長候補や県議候補、国政選挙の時には民主党など野党政党の候補を支持・支援せず、自民党の候補か大阪維新の会の候補を支持し支援することです。それによって国政が安定するし、地方のまちも国とのつながりが深まり、町に国や県からの支援のお金も多く回ってくるということになる。
 室戸市民の皆さんも選挙の時にはこの点を良く考えて投票していただきたい。実現不可能なバラマキ公約で政権に就いたとたん国の動きを破綻させ、ほぼ決まっていた沖縄の基地移設問題までも破綻させたのに謝罪もしないしその責任も取ろうとしないあんな無責任極まりない民主党を支持していては、絶対に室戸は良くならない。これから参院選、衆院選、室戸市長選、高知県議選と続くが、このことをどうかお忘れなきよう。



 思うに、東京都に対抗するには関西圏がもっと巨大で、もっと力を持つべき。

 そうすれば、大阪がもっと活力をもった大都市になるのは間違いない。

 それには、大阪府と大阪市を合体させて「大阪都」に再分割して政治を行うしか他に方法はない。

 これをやれば良くなり、やらずに今のままならいつまでたっても東京一極集中は変わらないだろう。

 それがやれる政治家は、間違いなくあの橋下徹しかいない。

 それに「参謀」と言うか、「強力な支え」と言うか、あの松井一郎氏の力も絶対に欠かせない。

 大阪がこのお二人に愛想を尽かされたら、大阪の発展はそこでストップしてしまうのも間違いありません。

 ・・・と私は思っています。

 大阪の人たちはもっとよく考えた方が良い。

 大阪にある市区町村の首長や議員の言うことを信じちゃだめ、ウソをつくからね。

 橋下氏が言うように、「不幸になるよ」。


※電子情報誌「青空エクスプレス」のアクセス数は、8月28日(金)付けGooブログランキング(225万8596ブログ)中、2485位でした。

やはり、記事内容が全国レベルの政治について書いたものには読者も多くなるみたいで、うれしいネ。
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議員総会の不正な議案の事前審議、七年九カ月ぶりに全面廃止

2015-08-26 | 議員活動
 室戸市民の皆さんに朗報です。

 平成19年11月末から室戸市議会の議員総会で行われてきた不正な「議案の事前審議」が七年九か月ぶりに、全面廃止となりました。


 今回の市議選で当選してすぐの5月12日(火)の初議会(臨時議会)終了後、久保議長と山本議会運営委員長それぞれに対し、議員総会における「議案の事前審議」をやめるように求めた要望書を議長室において提出、協議してほしい旨を要請しました。

 このことは7月に配布した私が発行する議会新聞『青空新聞』で既に報道済みだが、5月に提出し議長と議会運営委員長にお願いしたその要望書が次の書面。

  
  

 要望した内容は、以下の二点。
 一点目・・・室戸市議会の議員総会規約にはこうある。「第4条・総会の会議は、非公開とする。但し、議長は会議に諮って後悔し、又は特定の人に傍聴させることができる」。これを、「第4条・総会の会議は、本会議やすべての委員会と同様に、全て公開とする」に改正すること。

 二点目・・・「第5条総会は、必要がある時は、市長及び執行部関係者並びに部外関係人の出席を求めてその意見を聞き、又は質疑することができる」とありこれが総会における議案の事前審議」という不正につながっているのは歴然としており、これを、「総会は、必要がある時は、市長及び執行部関係者並びに部外関係人の出席を求めてその意見を聞き、又は質疑することができる。
 但し、議案など、市長及び執行部関係者によって近く開かれる議会に提出され審議される事件に関しては、執行部による説明にとどめ、住民の傍聴者いないこのような秘密会議において議員に因る質疑と執行部からのそれに対する答弁を受けることは事前審議となるため、厳に慎まなくてはならない」と改正すること。

 ひと言でいうと、「市長の言いなりになって平成19年11月から毎議会前に行ってきた不正な事前審議は、もういい加減にそんな悪いことをするのはやめようじゃないか。市民に申し訳が立たんぞ」ということです。

 こうして5月の臨時議会の最終日に要請した後、6月議会が開会し、閉会し、閉会日に久保議長と山本議運委員長にその後の経過について聞いたところ、『青空新聞』最後のページ(※)で公表した通り、「この後、議員総会が開かれる時に議員の賛同を得て、改正の運びとなろう」との回答を頂き、うれしく思ったが、まだ正式の回答書を受け取っていませんでしたので、「議会改革に反対してきた議会。まだ今後どう転ぶか解らんなあ」と考えていいました。

  (※参考:7月初めに支持者に配布した『青空新聞』初夏号の記事)

   
  
 そうして、議会事務局から「この週末の8月21日(金)の午前10時に議長室に来るように」との連絡を頂き、行って参りました。議長室には久保議長、山本議会運営委員長、日垣議会事務局長の三氏が待っておられた。

 そして、議長から次のような内容の回答書を受け取りました。

 「室戸市議会議員総会規約の一部改正について」の回答書です。

  

 一点目の回答は、「第4条・総会の会議は、非公開とする。但し、議長は会議に諮って後悔し、又は特定の人に傍聴させることができる」、これを、「第4条・総会の会議は原則、非公開とする」と、「原則は」の文言を入れたものに改正すること。

二点目の回答については、少し言葉足らずで文章としてどうとも解釈できる部分もあるが、悪意はなく少しだけ文章作成能力が不足しているからだと理解し、次のような判断だと解釈した。

 ①「議員総会において、近く開かれる議会に提案される議案の事前審議は、地方自治法で禁止されており、そのように近く開かれる議会に提出予定の議案を議会開会前に議員に審議してもらおうと意図する議員総会開会の要求があった時は、その議題が議案の事前審議に該当しないか否かを議会運営委員会において協議し、もし事前審議の恐れがある場合は、議員総会の議題としない。これについては、今後も継続して行ってゆくこととする」。

 ②「また、これまでのように、議会開会の一か月以内に執行部から「議員総会において次の議会の議案となる案件を説明させてほしい」と要請があっても、原則、受け付けないこととする」。

 一点目の改正は、全面的な総会公開ではなく、何ら改正されていないと判断している。ま、以前よりも少しだけ緩やかになったような雰囲気はある。

 二点目の改正は私が願い続けてきたことで、ここが一番重要な点で、改正を要望した点は十分、満たされており、非常にうれしく思っています。

 但し、ルールは守ってこそ効果が上がり改革も進むもの、「絵にかいたモチ」ならあってもなかっても同じで、無いに等しい。室戸市長と市議会議員がこれを守れるかをこれからは監視してゆかねばならない、そう考えています。


 これも昨年お亡くなりになったふくおひろし氏が助言を下さったおかげ。心から感謝しなくてはならない。(合掌)

 もっと近かったらこのことを墓前にご報告にも行ってみたいが、如何せん東京の武蔵村山市のこと、今後も市議会改革に尽力すると誓うことでお許し願おうと思う。

 尚、この回答書は9月1日(火)午前10時に開かれる議員総会において、議員諸氏の賛意を頂いたうえで正式決定します。

 まずもって、室戸市議会の久保八太雄議長と、山本賢誓議会運営委員長と議運委員会の他の委員(亀井賢夫副委員長、浜口太作、堺喜久美、町田又一、山下公平、林竹松の6氏)の皆さんには感謝申し上げなくてはなりません。ご理解いただきまして誠にありがとうございました。


 こうして、これまで長く続いてきた室戸市議会議員総会での「議案の事前審議」をようやく阻止することに成功いたしました。

 長かった! とにかく長かった。

 下の記事をご覧いただいたらお分かりのように、苦労に苦労を重ねてきて、本当にようやく不正な事前審議が終わります。

 小松市長とその時々の議長に私は「それは悪い行いだからおやめ下さい」と指摘し続けてきて、やっと今の議会が理解して下さって、悪しき議会運営は終焉を迎えることになりました。

 振り返って何度も思うが、とにかく長かった! そんな心境です。


 議員二期目の19年11月から23年4月に落選(いや、事実は市長を支持する悪い人たちが行った落選運動に因って落とされてしまった)するまで、そして一市民に戻った23年5月から昨年26年7月までも、室戸市議会の議員総会で行われているこの“事件”について室戸市民と全国の地方議会に関心が深い方々に向けて記事で訴え掛けてきた。

 結果良ければすべてよし、とか言う。これでやっと、私が担ってきた重い荷の中から一つ降ろせます。

 
 次に、まとめとして、これまで私がこの地方議会における「議案の事前審議」について書いてきた当電子情報誌の記事を集大成する意味から、それらを順を追って羅列します。

 まず基本的に、「なぜ、近く開かれる議会に執行部から提出される予定の議案について、市長の方から議長に議員総会(全国的にはこの会議を「全員協議会」と呼ぶ議会が多い)を招集してもらって審議(執行部が議案説明し、議員が質疑し、それに執行部が答弁を行う質疑応答)をしてはならないのか」、その理由を説明しておきたい。なぜそれが不正になるのかを説明する。

 1、市長等執行機関が事前審議を行う意図を以って議長に総会の招集を要請する理由は、重要な議案(事業案など)を議会に提出した時に、いきなり議案の盲点や欠点や違法などの問題点を議員に質疑されると答弁に窮したり、質疑時間が長引くことを執行部側(特に小松市長)が憂慮している。そのように議会で答弁に苦しみ市民にその醜態を見せたくないと考えた小松市長は、議会前の議員総会において議員に自由に発言させることに因ってそれが一種の議会の“ガス抜き”効果を生むことを見越し、私が止めるのも聞かず、市長就任のちょうど一年目からこれまでずっと議員総会で質疑を受け、答弁を行ってきた。(因みに、私がこの「議案の事前審議」を指して指摘してきた“議会のガス抜き”の言葉は、今や室戸市職員と市会議員では流行語となっているとかいないとか)
   ↓
 2、小松市長から「不正な議案の事前審議を行いたいので・・」と議員総会開催の要請を受けた議長(町田議長、林議長、山下議長)は、議会事務局を通して議員に招集を掛け、総会を開催した。
   ↓
 3、議員総会では、次の議会で議案となることが明らかな案件に関しても、他の適正な案件と同様に質疑応答を行った。
   ↓
 4、この質疑応答が不適正な理由は、会議を傍聴する市民がいない場所であることや、質疑及び答弁など会議内容を録音もしないし因って当然それらの発言を議事録にも掲載しない、そんな「秘密会議」において議案審議を行ってきた。
   ↓
 5、ということは、議員総会で行った議員の質疑も執行部側の答弁も一切、室戸市議会の議事録には掲載されない。
   ↓
 6、ということは、市民はその議員総会で行われた質疑応答の内容を全く知らないままになる。所謂「秘密会議」である。
   ↓
 7、その議案はその後に開かれる議会に提出され「一般質問」が終わった翌日に行われる「大綱質疑」の日に審議が行われますが、各議員は既に議員総会においてその議案に対する質疑応答を行っているので、議長の「質疑はありませんか?」の声に議員は「なし!」と声を上げ、質疑は無いまま終了。議会最終日の「表決」の時にみんな賛成します。

 でも、議員から質疑が全く出ない「大綱質疑」の光景を傍聴席で見ていた多くの市民は考えます。 「あんな大事な議案、事業案に議員らはなぜ質疑の一つもしないんだ。あいつらいったい誰のために議員をやっているんだ。市の予算は全て市民の金だが、その予算からあいつらに報酬なんかやることはない。市長の部下になるんなら、小松市長から報酬を貰えばえいやないか」と怒った。
   ↓
 8、傍聴した人たちからその話しを伝え聞いて市民の怒りは高まり、「質問もせんし、質疑もせん。あんな議員は室戸市議会には要らんぞ」の声は広まり、その市民らは議員解職(リコール)運動を開始し、議会の議員は全員、職を解かれてしまう。再度市議選が行われ、前職の候補も数名出馬したが、全員が落選する羽目になっってしまった。“身から出た錆”とは昔の人もよく言ったもんだ。

 ・・・ということになる。笑うに笑えない話だ。


 以上が、「事前審議型の議員総会の問題点」です。
 

 これまで室戸市議会の議員総会において小松市長から要請された不正な「議案の事前審議」がどのような経過を追って為されてきたか、そしてその本来は本議会中の大綱質疑の日に行わなくてはならないと規定されている議案審議を「事前審議」する行為が如何に議会制民主主義を阻害し、破たんさせるものなのかについて書いてありますので、その全貌を知りたい方は以下の15点の記事を全てご覧いただき、参考にして頂けたらと思います。

 ただ、これまで当電子情報誌を毎日検索され、小松室戸市長と町田、林、山下の議長三氏がこの行為を不正なことだと知りながら行ってきたことの成り行きの全てを良くご存じの読者の皆さんは、これを飛ばして、今回、室戸市議会の議員総会において、次の議会に提案される議案について質疑応答は行わないこととなった記事のみ、ご覧いただきたいと思います。

 では・・・ 

  「議会は首長の下部組織であってはならない」

  「市民を冒涜する議案の事前審議はまだ継続中!」

  「まちの危機に敏感であれ」

  「故・ふくおひろし氏が指摘した、地方議会のヤミ政治」
 
  「室戸市議会の『議案の事前審議』総集編(1)」

  「室戸市議会の『議案の事前審議』総集編(2)」

  「室戸市議会の『議案の事前審議』総集編(3)」

  「室戸市議会の『議案の事前審議』総集編(4)」
 
  「室戸市議会の『議案の事前審議』総集編(5)」

  「室戸市議会の『議案の事前審議』総集編(6)」

  「室戸市議会の『議案の事前審議』総集編(7)」

  「室戸市議会の『議案の事前審議』総集編(8)」

  「室戸市議会の『議案の事前審議』総集編(9)」

  「室戸市議会の『議案の事前審議』総集編(10)」

  「室戸市議会の『議案の事前審議』総集編(最終回)」

 以上です。

 今後、問題が無かったら、室戸市議会における「議案の事前審議」についての記事を書くこともなかろうと考えていますが、この改正点を無視して市長と利害関係を持った議長が事前審議を行おうとした時には私は勧善懲悪の精神を発揮し、猛然と向かってゆくことも考えています。

 なんせ、これまでのことがありますので室戸市長と室戸市議会は信用しておらず、油断も隙もないと思っていますので、これからも市政と市議会の監視を強めてゆく所存。(笑)


 しかし、なぜ室戸市の政治家はこうも法律を守れないのか。

 なぜこうまで悪い人が政治を操り、政治を弄ぶのか。

 「おれたちさえ良ければいい」と考えるのはなぜなのか?

 理由は解っている。10代の時、20代の時の“学び”が不足しているからだ。

 そのころから自分の未熟さを実感していたら、他人から学び書物から学びできたはず。であるが、そういう“学び”の経験が無いから、歳がいくつになっても「オレの得」を優先し、50歳を超え、60歳を超えてくるとその性格は止めどなく悪くなり増長し、ますます怖いものなしで蛮勇をふるうようになってしまうのである。悲しいかな、何とかは死ななきゃ治らないの類で、それが死ぬまで続く。

 然し、そんな悪い人間にも友達はたくさんいて、それは“類は類を呼ぶ”の類。良い人には良い友達が多くいるし、悪い人には悪い友達が多く寄り集まってくるのである。

 だから、悪い政治家にもたくさんの支持者がいて毎回当選してくるということであるし、室戸の政治は何年経っても良くならないということである。

 結論は、市民が悪い政治家だと解っておりながらその候補に投票している限り室戸市の政治は良くならないということであるし、そういう人間が政治をしているから法律を守らないし、政治を弄ぶということになる。(理路整然!)


 最後に。

 室戸市議会は室戸市役所の下部組織ではない!

 室戸市議会議員は、室戸市長の部下ではない!


 市長も市職員もこのことをよく理解しておいていただきたい。

 室戸市議会議員は、あなた方市長と市職員の仕事ぶりを監視するお役目を受け、市民に選ばれた立場。中には利害関係を深め懇ろになっている御人も何人かいるかもしれないが、そんなのは問題外。他の議員はともかくとして私だけは、日頃は非常に冷静かつ温厚な大人しい議員なんですが、いざ不正や不公平や不適正があるとなれば今後も豹変し、徹底的に追求するつもりでいる。

 議会を下部組織と考えたり議員を部下などとは決してお考えに為られないよう、ご注意ください。

 ま、これも議員が「行政の監視」という自分たちのお役目を忘れ怠っているから、そういう上下関係になってしまったんですがネ。

 これも、議会の議員が「気概」というものを持ち合わせていないからであって、「議会とはこうあるべき」、「議員とはこうあるべき」という信念を持ち、「行政のいいなりにはならないぞ」「市長のいいなりにはならないぞ」という気概を持っているならば、もっと議会改革は進み、行政改革も議会の議員たちに因って成し遂げることができよう。
 


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議員が悩む「質問」と「質疑」の違い (2)

2015-08-18 | 議員活動
 (つづき)

 地方議会において、議員が「一般質問」を行います。又、議案審議を行う大綱質疑では「質疑」を行います。

 唯、基礎知識として、「質疑」においては一般質問のように「この事業はおかしいから、やめるべきだ」などと自分の意見が入ってはいけません。「質疑」は、ただ問いただすことを旨としています。

 しかし、室戸市議会でもそうでしたが、全国の地方議会においても、大綱質疑の時、質問のような意見等は入っていないにもかかわらず、この違い一番理解していなければならない議長が全く理解できず、質疑を行っている議員の発言を止める場合がある。

 ただ「おれは退職するまでに一度は議長をやりたいんだ」と考えなっただけの無知な議長によってルールに則った質疑を止められてしまう例は多く、そのことで腹を立て思い悩んでいる議員はたくさんいると思います。

 全国の市区町村議会でもこういう例があろう。

 そして、その違いがいまだにわからないと思っている地方議員も多いのではないでしょうか?

 そう考え、今日は全国の地方議会の議員の皆さんに参考にして頂くため、その違いを書いてみます。

 議長がこれを理解していなかったら議会は混乱するので、本議会の議事を取り仕切る議長は特によく理解しておくようにお願いする。 


 まずエピソードから。

 私が市議会議員2期目だった2009年(平成21年)の話。室戸市議会における大綱質疑の日の出来事です。

 11議案の審議が終わり、認定第1号・平成20年度室戸市一般会計歳入歳出決算の認定についての審議に入りました。

 担当課長の説明が終わり、所管する総務文教委員会に所属する議員(谷口も)は質疑が出来ませんので、議長は総文委以外の産業厚生委員会に対し、「質疑のある方の発言を許可します」と呼んだ。

 そこで、S議員が質疑に立ち、「平成20年度決算を総合して、予算執行して良かった点と、もう少し努力が必要だった点をそれぞれ5点ずつ示して頂きたい。これは市長にお聞きします」と、問うた。すると、途端にH議長が、「それは出来ません。決算書のページを示して、款・項・目を示して質疑をして下さい」と指示。

 これには、S議員だけではなくて議場の他の議員からも口々に、「その質疑は許されるだろう」との声が上がった。

 私も手を挙げ、「議長、決算書の総括を市長に求めることは適正な質疑であって、許されます」と、声を上げた。

 そこでH議長は、議会運営委員会を開き協議を行うことを要請。暫時、小休になり、議運委が開かれた。(長年議員をやってきての知識不足。手間暇のかかる話でした)

 そして十数分後、議運委のY委員長が登壇して「款・項・目を示して質疑を行うように」と、議運委の結果を示した。

 つまり、S議員の質疑は取り消され、議長の指示どおり行うことになったということ。

 再度、S議員が質疑をし直す形で登壇し、「13ページの『実質収支に関する調書』から、市長が20年度決算を総括してお答えいただきたい」と問い、市長が決算を総括する形で、監査委員作成の『決算審査意見書』を基に答弁を行い、一件落着を見た。

 一言でいうと、議会改革のためにはなかなかよい出来事だったと思っている。

 この事によって議会改革に何か特段の効果があったわけではないが、議場の議員や市職員も含めて、決算書に記載されている款・項・目を示さなくても、市長に決算の総括を求める事の良し悪しが提起された事や、質疑に関する際限についても提起された事など、議会改革に関する問題の一例になったと、うれしかった。

 何事も一歩、一歩。こんなことの積み重ねによって組織は改革されてゆきます。

 但し、一方で、室戸市議会のH議長が自分の知識不足を棚に上げて、質疑中の議員が自己の意見を入れているわけでもないのに、いじめてやろうと「その質疑は質問になっている」と発言を停めたことは一回や二回ではない。質疑の対象となる事業について質疑する前に“事業経過”の意味から「前年、前々年、3年、4年前の事業はこう行われてきた」と発言しただけで、議長は「それは質問になっている」と発言を止めた。

 こんな無知極まれりという事例は室戸市議会には掃いて捨てるほどある。

そして、ルール、つまり国の地方自治法に違反したらそれは日本国憲法の第97条・「地方自治の本旨」の条項にも違反していることになるということすら市長も市会議員も解っていないし、地方財政法すら違反していたし、室戸市の条例にも何度も違反して事業を行ってきた。指定管理者条例に基づき規定した公募要綱に違反すればそれは違法行為になると解っておりながら議案を議会に出し議員たちが賛成して可決させた。勿論、それを知っている私はそれらを止めたが、一人ではとても無理だった。

 とにかく法令を順守しない市議会ではあまりにも幼稚で、話になりません。

 それは今も同じ。

 地方議会には議員を長くやっていれば偉いと勘違いしている人たちが大勢いるが、政治や法律にはとんと疎かった初当選したばかりの議員の私に不正な行政運営や不適正な議会運営を指摘され批判されるんだから、話になりません。

 誰だって「あなた方はこれまでいったい何を勉強してきたんだ」と言いたくもなろう。 

 室戸市内の小学校のホームルーム、中学校や高等学校の生徒会総会の方がもっとずっと公正で健全に会議運営されているのは、見に行かなくても解る。

 大人たちは報酬目当ての議員が大半だから、能力を高める努力をしないし、会議もルールを無視して不正に運営する。一方、子どもたちはルールを守り公正で健全な会議を運営している。

 学び舎で勉学を積む子どもたちが真面目で、欲が先に立つ大人たちは不真面目。

 ひと言でいえば、こういうことだ。

 “馬鹿は死んでも治らない”と昔から言い伝えられてきた所以だ。


 ではここで、長く議員をやっているとこの質疑と質問との違いをよく勘違いして覚えている議員がいるので、大綱質疑における「質疑」と一般質問の「質問」との違いをここで示しておきたい。

 「一般質問」と「質疑」について、全国市議会議長会や全国町村議会議長会が編纂し発行している書籍(『地方議会議員ハンドブック』、『議員必携』)、また『市民派議員になるための本』で確認しました。それらを総合して私がまとめたのが次のようなものです。


 ≪「質問」や「質疑」は「知らない事を聞かない」ことが基本となっている。つまり、議会での「質問」や「質疑」は社会においての一般的な会議での質疑応答とは全く違い、基本的に、「質問」、「質疑」、どちらもあらかじめ案件を自らが十分調査し、必要なデータも事前に収集した上で、論理構成した自分の主張と意見を基に執行部を質すもので、それにより政策を見直し変更させる事が出来る。

 「質疑」は「疑義を質す」ものであるから、原則として「自己の意見を述べる事は出来ない」とされるが、この「意見」とは討論の段階で述べるような賛成、反対の意見のことであって、自己の見解を述べないと質疑の意味を為さないもの、根拠や過去のデータを基に執行部を追求することまで禁止しているものではない。(この点をよく勘違いしたまま主張する議員がいるので、特に注意が必要)

 その他、「質問」や「質疑」で執行部に対し、資料を要求する例があるが、執行部はこれを提出する義務は無い。議員の資料要求に対する提出の同意は、執行部がただ協力しているだけの事で、地方自治法は議会に資料請求権は認めていない。

 又、「質問」は、当該団体の事務について疑問と意見を述べ、長の見解を問うのが基本姿勢とされているので、要望し「答弁不要」と自ら述べるのは越権行為であり、許可されない。≫


 因みに、『議員必携』には次のように記載されています。

      

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
 以上、二日間連続で「質問」と「質疑」の違いについての記事をお送りしました。

 全国の地方議員の皆さんは是非ともこれを参考にして職務にお励みいただきたい。


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議員が悩む「質問」と「質疑」の違い (1)

2015-08-17 | 議員活動
 最近、私が書くブログの「アクセス解析」をチェックしますと、過去に書いた「地方議会での質問と質疑の違い」について書いた記事が一番数多くの方々(間違いなく全国の現職地方議員の皆さん)が注目しておられるのが解りました。

 そこで、今日と明日に連続してこの「地方議会における質問と質疑の違い」について書いた記事を再度掲載することにしました。

 今日が平成25年10月31日の記事、明日が26年12月19日の記事です。(そうです、私が23年4月の市議選において市長を支持する悪意ある輩が行った落選運動によって冷や飯を食わされていたころに「こんな議会じゃダメよ」と書いた記事)

 少し重複する部分もあろうかと思いますが、その点はお許し願いたい。

 現職の地方議員の皆さんに少しでも参考になれば幸いです。

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 長く議員をやっていると質疑と質問との違いをよく勘違いして覚えている議員がいます。

 室戸市議会においても、それが常態化し、議長をしている議員でも初当選して以来、まったく議員の職務に関して勉強をしてこなかったことから、議会がそれでいつも混乱していた。議長の不勉強によって、本当に毎議会混乱していたと言ってもよい。


 曰く、地方議員は大綱質疑における「質疑」と一般質問の「質問」との違いが全く解っていない。

 因って、今日はこの「質疑」と「一般質問」の違いをここで短く示しておきたい。議員は勉強しない人が多いが、ネットを検索して勉強を深めている議員のあなたは真面目な議員であることは間違いありません。「勉強をしなくても毎月、通帳に報酬は振り込まれてくる」と言って開き直る木偶の坊議員は放っておいて、今日は是非このことについて学び、議員活動が実のあるものとなるよう、祈っています。


 市議会議長になった議員誰もがこの違いにルーズで、それなのに自分の誤ったその知識と判断を議員に押し付けることが続いたので私は、議員になって6年目の2009年に「一般質問」と「質疑」について、全国市議会議長会や全国町村議会議長会が編纂し発行している書籍(『地方議会議員ハンドブック』、『議員必携』)、また『市民派議員になるための本』で確認した。

 それらを総合して私がまとめたのが次の、2010年にこの一般質問と議案質疑について書いた記事。参考にして頂きたい。


●一般質問と質疑の違い

 (1)一般質問…一般質問は大半の議会が「事前通告義務」を規定し、申し合わせにより、「発言回数の制限」や「時間制限」を行っています。室戸市議会の発言回数は2回で、質問時間は執行部の答弁時間を除き50分と決められています。

 勿論、事前通告制。まず、質問原稿は事前に、執行部側に「こんな質問をします」と届けます。これも議員の専門書などでは「出来レースみたいなものだ」の批判もありますが、質問原稿の中身をすべて出すことはないが、質問の骨子・要点を事前に執行部に明らかにいないまま、議場で議員が突然にその場で思いついた質問を次々と行えば議場は大混乱し、議事は小休に入りストップしてしまいます。だから、一日につき議員4名ぐらいの質問を予定していても、一番目のその議員で議場が混乱すればその日の議事は終わってしまう事態も想定されます。

 それに、時間が押せば、焦った執行部は議員が望む答弁はおろか、5分、10分のやっつけ仕事で書いた答弁書で答弁を終わらせることもありえることから、結局は事前通告制にしておかなくては議員の側が損だということになる。よって、少なくても質問の問いの要点だけは執行部に提出が義務付けられています。

 又、この一般質問についてよく聞くのは、「原稿なしでやるのが議員だ」的な話。地方議会を見聞して書いた本にはこんな批判があった。

 ≪議会の質問や質疑、討論は事前に原稿を準備し、棒読みをしていることが多い。ほとんどの議員が原稿の棒読みである。それも立て板に水のごとくに読めば聞きやすいが、そうでないときは、「もっとうまく読め」と思う。本人は話し言葉で書いたつもりでも、その中にはどうしても文章体が入ってしまうので、聞いていて変だ。

 議会は言論の府。本議会での発言は議員や執行部や傍聴人に対して聞かせる内容でなければならない。棒読みには親しみがない。言論の府と強調するなら、議員は下手であっても自らの言葉で述べる必要がある。

 本会議での質問を演説と勘違いしているので、原稿を棒読みするのであろう。ある地方議会で原稿を用意せずメモだけで、とうとうと質問した議員がいた。本会議での審議を形式化させないために議員全員がこのような生きた発言をしてほしいものだ。≫


 上の三つの文のうち、前の二つはそうだと思いましたが、最後の一節には誤りがあると思いました。

 それは、原稿も持たずに質問をすればかっこいいでしょう。ですが、その“生きた発言”をした議員が何分の質問を行ったかは書いてないのでわかりません。5分ぐらいなら別ですが、そのように原稿なしで取りとめもなく私と同じように50分間、質問を行ったとすれば議会が混乱するだけだ。それよりも、質問した議員も議席に戻った後、自分が執行部に何を質問したのかを皆目、覚えていないのは間違いなかろう。そんなやりっぱなしで、自分が何を発言したかも覚えていないような質問なら、やってのことはない。

 かつての私を例にとると、一回目の質問で行う問いは、少なくて30問ぐらい、議会によれば多い時で約50問ぐらいにはなる。質問するその50問を全て理論構成した上で、質問の骨子を忘れることなく、50問を問いかけ、その問いのすべてを覚えている人物はいない。聖徳太子でも無理。それを試みた議員もいたが、聞いていて議員が何を問いたいのか、何を伝えたいのか皆目分からず、執行部も議員も困り果てたことがある。多分、自分が問うた話の内容は覚えていない。

 だから、数分で終わる質疑もそうだが、特に一般質問は必ず原稿を事前に準備し、棒読みにならないように出来るだけ話し言葉で行うこと。それが一番適切と言えます。カッコをつけて原稿なしでやるべきものではない。

 その方が執行部も議員も困りません。反省すべきは、私も制限時間いっぱいに原稿を作っているため、時に急いで棒読みになることで、この点はいつも「話し言葉で」と心している。

 それと、一般質問とは、「所信を問い質(ただ)す」ことにより、執行部の政治姿勢を明らかにし、その政治責任を明確にさせ、結果として現行の政策を変更・是正させ、新規政策を採用(事業化)させる目的と効果がある。

 この、「政治姿勢を明らか」にし「政治責任を明確」にさせることが、「現行政策を変更・是正」させ、「新規政策を採用」させるためのものが一般質問だと、よく認識しておかなくてはなりません。又、ここまで突き詰めて質問戦を戦わなければ、いったい何のために質問しているのかわからないともいえる。

 質問に立ち、10分ぐらい質問して議席に戻り、「あー、言うだけのことは言った」と質問に立った議員全員が喜んでいては、いつまでたっても行政組織は改革・改善されない。

 議員は市長と執行部に対し「物申す」ために市民に選ばれ、議場に来ている。その「物申す」姿勢や精神がなくて行政側に寄り添い離れずに密着するのなら、議事機関と執行機関の二元的な仕組みは無用であり、有害としか言えない。

 その程度の人間ばかりが集まった組織なら、議会はいらないし、議員もいらない。

 役立たずの議会を無くせば、例えば室戸市が一年間に使っている議会費の1億円は県市民税削減に使うことができ、その方が市民生活も少しは好転する。


 議会は市長等執行機関を公正に眺め、厳正に批判し、行財政上の重要なことについて適正で公平・公正な結論を見出して、これを決定するのが議会、議事機関。市長等執行機関側が違法や不公正や不公平、不適正な事業・業務運営を改めなければ、改めるまで徹底追及するのが議会議員というものだ。

 それが、地方議員に課せられた使命であることを各議員は自覚していなければならない。

 因みに私は、自慢ではないが市長や課長に嫌われようとも市民から負託を受けた立場として職責を果たすべく行政組織に対峙し、言うべきことを言い、為すべきことを為し、議員職にあった8年間ずっとそう努めてきた。


 (2)議案質疑・・・「質疑」とは、議会の議案審議の中で発言するもので、「疑義を質す」もの。つまり、疑問に思ったことを問うこと。但し、これは原則として「自己の意見を入れない」とされている。

 ただ、これはベテラン議員がよく間違うことだが、「私ならこうする」とか、「これはこうしてはどうか」などと事業などを“動かそう(変更させよう)”という意思を以って発言してはいけないということです。この「自分の意見」とは討論の段階で述べるような賛成、反対の意見をいい、自己の見解を述べないと質疑の意味を成さないもの、根拠や過去の事業経過・データを基に執行部を追及することまで禁止しているものではない。この点はよく知っておかなくてはなりません。

●一般質問と質疑で一番大事なこと

 議会が開かれて、一般質問が行われ、議案を審議する大綱質疑では質疑を行います。次に書くことは、私が議員になる半年前に買ってきた議員の教本を見て知り、「へー、そういうことか」と驚いたことです。他の議員諸氏には教えたくないが、毎日検索して当電子情報誌をみていただいている議員の方々には特別にお教えします。

 実は、「質問」と「質疑」は「知らないことを聞いてはいけない」のが基本です。これは、「議会が開会し、発言で登壇する前日までに自分が問いかける案件について調べ、大まかな状況がわかった上で聞くこと」という意味です。 だから、「全く何も知らないまま聞くと、失笑を買う事になる」との教え(議員の参考書の)と覚えておいてください。

 議会においての質問・質疑は、一般社会の会議、例えば商工団体の会議での質問・質疑や、いろんな団体、例えば農協や漁協、観光協会の会員が集まっての会議で行う質問・質疑とは全く異なります。議会の質問や質疑は、議員がわからないことを尋ねる場ではないということです。

 ではどうしたらよいのか。

 それは、質問・質疑のどちらも、あらかじめ知らないことや理解できない案件(事業・業務・問題)を担当課に聞きに行ったり、そこでデータを収集したり、先進自治体が同じ事業や問題点についてどのように対処・対応しているのかをインターネットで調べ、十分に調査しておき、それらを基に理論構成をし、それに自分の主張・意見を加え、執行部を問い質し、追及し、議論する。それが議会における質問であり、質疑である。

 それと、これは知る人ぞ知るだが、議会の中の調査活動に熱心な議員なら、ある事業においては執行部より豊富なデータや手法を持っているともいえます。その時、執行部の答弁よりも議員の質問の方が密な内容になっていて、市長や課長の調査不足と能力不足がその時にあからさまになってしまう、そんな場合もある。
 今日と明日の二日間は、地方議員の皆さんが議会において間違ったり、議長の能力不足によって「それは質疑ではない」なんて発言を止められることがよく見られることを鑑み、ご参考までに再度掲載させていただきます。尚、この記事は、今日の(1)は2013年10月31日に書いたもので、明日の記事は2014年12月19日に書いたもので、少し重複する部分もあろうかと思いますが、その点はよろしくお願いいたします。

 
 この「知っていることを聞く」の基本についても知らない地方議員が多いようです。本会議で登壇し、執行部に予算額などの数字を聞き、答弁を受けると納得している喜んでいる姿を見るとそれがわかる。そんなことから、執行部にも他の議員にもその議員の日頃の不勉強がわかってしまうし、自分の値打ちを自分で落としているともいえよう。(自分ではそれに気付いていないが)

 だから、質問原稿を作るのは議会と議会の間の2カ月あるからだれもができることですし、質疑は告示日(議会開会の一週間前)に渡された議案書や資料を基に質疑原稿を作ろうと思えば、大綱質疑の日まで13日と限られているので少し急がなくてはならないが、議長を除く全員が質疑原稿を事前に作っておく時間はたくさんある。あとは、議員各自がやろうとする意欲があるかないかだけだ。「忙しかった」は、毎月報酬をもらっている議員として、理由にならない。

●「要望」は、議会外で担当課に書面で提出するもの

 それと一般質問において、そのまち全体を展望しての提案は別ですが、中には一般質問の場で要望をしておいて、「答弁は要りませんので、よろしくお願いします」と降壇している人がいる。だが、これは見ていてみっともないからおやめなさい。

 議会の一般質問で要望するのは余程のことがないとしてはいけない。しては恥ずかしいものです。だが、そんな議員は、議員になった時から誰もそのことを教えてあげないし教えを乞おうともしないから、何期になっても議場で要望を繰り返している。

 「要望」とは、議会外で担当課に要望書としてまとめた上で、担当課長に提出するもの。その要望書には、住民からの要請が当然あっての要望だろうから、その住民の名を連名で書くか常会からの要請なら常会長名を書き、賛同議員として自分の名を書き添え、要請文をまとめた上で提出するのが正式の「要望」です。

 それと、なぜ口頭の要望ではいけないのかですが、それは担当課長が要望を受けたことを忘れてしまうから。だから、要望は書面で提出する必要があるし、そうした方が要望を行った側のためにもなる。

 
 最後に、議員のバイブルともいえる本、『議員必携』に、政治家の要素としてこんな文が書いてあるのを紹介して今日は終わりとしたい。

 ≪政治家に強く要求されるのが、「勇気」と「奮起」である。

 かつて、ある有名な外交官がアメリカの故ケネディ大統領に、直接会って、「政治家として一番大事なことは何か」と質問したところ、即座に「それは勇気である」と答えたという。勇気なくしては、思い切って発言し、行政や住民に訴えて説得し指導することができないというのである。

 又、その外交官がイギリスの故チャーチル首相に同じ質問をしたところ、、「それは奮起である」と答えたという議員自らが奮起して発言し、行政当局と住民に訴えてこれを奮起させてこそ、行政の進展も地域の振興発展も実現し、真の指導性の発揮ができるというものである。≫


 私も議員になった時からそう思い、勇気を以って、積極的に毎議会一般質問に登壇し、毎議会質疑原稿を構えておいて議案審議にも登壇し、懸命に議員活動をしてきた。その他にも、『青空新聞』を毎年3回か4回発行し、又、日々の議会の動きや個人的な議員活動については、このブログの記事で二日に一回はお知らせやご報告をさせていただいた。とにかく、議員の職にある間は自分の出来る限りの力を出して市民の皆さんのために働きたいと思って働いた。

 長くなりましたが、以上です。参考になりましたでしょうか。

 大事なことは、政治とは、室戸市長や市議会議員のように「市民には解らないだろう」と思って策を巡らし、ルールを無視してなし崩しに行うものではないということです。

 何事も、法律や規則や公正で道徳心に基づいて物事を行うべきもの。

 ひと言で言うと、「してはダメなことはしては駄目」。

 このことをよく勉強した上で理解し守っていれば、大半のことは健全に行われる。

 さすれば、「質疑」と「質問」の違いも自ずから理解できるのではないでしょうか。

 しかし、これほど議会のあるべき姿、地方議員のあるべき姿を認識し、職務内容を熟知し、それに従って忠実に実行していたこの私を室戸市の有権者たちは「市長の不正を追及するからあいつを落とせ」と落選運動を市内全域に広め、悪意と無関心を以って落としました。

 北川村のある議員はその選挙の三日後、いみじくも私にこう言いました。

 「議会で一番仕事をしてきたおまんを落とすとは、室戸の人もほんまに変わっちょうな」。

 私は「うん、私もそう思う。市政の不正を監視して取り締まる議員がいなければ議会の損失になることも知らずにネ。この出来事に因って、少なくてもこれからの4年間は小松市長も議会対策が楽になることは間違いないわ。議案に地方自治法違反や条例違反があっても大半の議員は『まーえいわ』と賛成して通してしまうろね」。

 そう答えたものです。

(明日も同じテーマでお送りします)


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政治とは、国民目線や住民目線、支持率を気にしながら行うものではない

2015-08-16 | 国のあり方
 安倍首相が行う「戦後70年談話」の言葉の一言一言をかみしめながら、じっくりと聞いたが、その談話の文章の一節一節が数多くの有識者や学者や政治家たちが協議し議論し本当に慎重に練り上げられたものであることが聞いている国民の一人である私にも良く解るほど、立派なものであったと、感心した。

 中国や韓国の側に立たずにいながら、将来を見据えた政治家の希望や理想像が見えた気がして、実に立派でした。

 国民の支持率なんか海に浮かぶウキワみたいなもので、高波が来たら波がしらのてっぺんまで上昇し、次には波の底まで転落する。その程度のもの。何の参考にもならない。だから、現在の安倍政権の支持率が40%になったと言い、「下がった、下がった」と反日メディアは喜んでいますが、支持率なんか“水もの”。一喜一憂するほどのものではない。 (※参考記事)

 でもね、これからまたもや安倍政権の支持率が上昇しますよ。

 全国の保守政党を支持する皆さん、皆さんと一緒に喜びましょう。


 その支持率の危うさ、信用性について書いてみたい。

 民主党が政権を取った時の衆院選が良い例です。

 多くの国民は民主党の悪だくみでしかなかった総選挙でのバラマキ公約に簡単にだまされ、投票してしまった。(勿論、金に卑しくない私は自民党に投票しましたよ)

 で、民主党はウソをつき政権を奪った。その時の民主党・鳩山内閣の支持率は72%。ウソをついているということも解らず、国民の多くを占めるいわゆる“浮動票”の人たちは支持したのです。

 だから、ウソつきの政党が国民を騙してもその政党の支持率は急上昇することが解る。

 更に言うと、こうやって出るのが支持率ということから、支持率なんかあってもなかってもいい、さほど参考にならないということが分かろう。

 原因は、国民にある。国民の支持なんか気分次第だということ。

 民主党政治は政権の座に座った途端、すぐに迷走しはじめ、国民に愛想を尽かされての三年後には20%しかなかった。

 ひと時、「事業仕分け」で注目されたが、あの民主党の政策は一体何だったのか。

 いま民主党で自民党政権について「事業仕分け」である“自民党政権仕分け”をしている民主党議員が一人でもいるのか。いないだろう。だから、あれは自分たち民主党が国民の支持を上げるためだけの一つのパフォーマンスだったということがわかる。

 言っておきたい。

 「政治とは国民や住民の支持を目当てに行うものではなく、支持を得られようが支持されなかろうが、いま現在の状況を改革・改善するためにやるべきことをやる、それが政治だ。
 時には国民の批判を浴びる時もあるが、その政策が将来の日本の政治を確固たるものにするものであるなら、“為すべき時に為すべきことを為せば成る”の精神で、断行すべし」。


 簡単にいえば、国会議員は国民目線ばかり気にしながら政策を立て政治を行うものではないし、地方の政治家も地域の住民の目線ばかり気にしながら政策を立案し政治を行うものではない。ときには国民や住民の批判を浴びる時があるが、それが将来の日本のため将来のまちのためになることなら、涙を抱いて実行すべきであるということ。

 いい例が「消費税」。共産党などは「消費税は無くします」なんていっているが、あれは自分たちの政党が政権を取れるとは全く思っていないから勝手気ままに言っているだけ。もし、「反日メディア」の報道が効果を上げ政権を取れるぐらいまで支持率が上昇してくれば、「消費税は国の財政を賄うためには必要です。でも今の8%から値上げしません」と言うのは間違いない。そんなものです。それほど野党の言っていることはあてに為らないものです。

 地方政治においても同じで、首長が行う事業や政策が小松室戸市長のように公約違反となる場合は、問題外。市民は全て室戸市議に任せっぱなしで黙っているが、こういうことがあったと聞いた時には怒り、市長を批判しなければならない。

 民主党は選挙の時に「あれも無料にする、これも安くする」と言って国民をだまして政権を取った。同じように小松市長も22年11月の選挙の前に「国保料は値上げしません」と後援会新聞に書き街頭演説でも市民に訴えかけて当選した。しかし、当選して四カ月後の予算議会に値上げ案を提出したことから、私一人が「こんな筋の通らん話しはない」と考え公約違反のその議案に反対したが、他の議員は全員賛成してしまい、結局、国保料値上げが決まった。

 こんな市政運営だから、私は「室戸市役所に対する支持」についてや「小松市長に対する支持」についてのアンケート調査を行い、支持率がどれくらいあるかを見てみたいと思う時がある。勿論、その調査の時には「室戸市議会に対する支持」も同時に行うことにします。

 よくあるのは、報道各社が国政について調査活動を行うもの。それに倣って室戸市政について県内の新聞社やテレビ局が実施すればいいのだが、不評を買って次から取材お断りとなる恐れがあるから、室戸市商工会などが一度やってみてはどうか。(これも角が立つから、ちょっと無理か)

 一度、そういう室戸市政や室戸市の政治家に対する支持率を見てみたいものである。私は一向に構わないから、やっていただきたい。

 
 「政治とは国民や住民の支持を目当てに行うものではなく、支持を得られようが支持されなかろうが、いま現在の状況を改革・改善するためにやるべきことをやる、それが政治。
 
 時には今しか見ず将来を見据えない国民の批判を浴びる時もあるが、その政策が将来の日本の政治を確固たるものにするものであるなら、“為すべき時に為すべきことを為せば成る”の精神で、断行すべし。

 但し、出来もしないウソの公約で政権を取ったり、出来もしないウソの公約で当選するなどは以ての外で、国民・住民はそれを許してはならない」



 これからまた安倍政権の支持率が少しずつ少しずつ上昇していきます。ま、見ていてください。

(※追加記事)ネッ、私が言った通りでしょ。早速、私が言うように安倍政権の支持率は上昇し始めました。この記事をご覧あれ。(赤文字をクリック)


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読者は夏休み中らしく、ここ一週間は検索数も減少気味。でも、今日の月曜日からはお仕事も始まりみんな会社や役所に戻って来て、ご訪問いただけることと期待しています。 
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これも盗作?ミズノの「ランバードライン」に似た全国広告連盟の「新シンボルマーク」

2015-08-15 | 人間のあり方
 いま東京オリンピックのマークと言うかポスターデザインと言うかが盗作騒ぎになっていますので、これに“便乗”(?)してじゃないですが、私が「こりゃ盗作じゃないか」と思った企業のマークをここで紹介する。(尚、この記事は2013年6月17日に書いたもの)

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 5月中旬だったか、高知県内の夕方のテレビニュースで報道されていたことだが、全国広告連盟が創立60周年を迎えたことを記念して新しいシンボルマークを募集し、それに高知市のデザイナー、佐竹直美さんが出品した作品が最優秀作品に選ばれた。

 県内のテレビ局記者のインタビューに佐竹さんは、「居酒屋で飲んでいてこのデザインが閃いた」とか言っていたと記憶している。

 私はそのニュースを見て、「おっ、県内のデザイナーが描いたマークが選ばれるとは、めでたいことだなあ」と思ってそのニュースを見たものです。

 で、それから2、3日たって、プロ野球をテレビ観戦していて、ふと、閃いた。

 試合中、選手が持っているバットやグローブに彫り込んであるスポーツ用具メーカー、ミズノ社のマークが目に入り、「ちょっと待てよ。あのランバードラインと呼ばれて長く親しまれてきたマークは何かのマークと似ているぞ」と考え、「そうだ。先日のニュースで報道されていた全日本広告連盟の新シンボルマークはこのミズノのランバードラインのマークを反転させた形によく似ているんじゃないか。もしかしたら…」と疑いを持った。


 そこで、早速その両方のマークをネットで検索してプリントアウトし、並べて比較して見た。読者の皆さんも一緒にお考えください。

●全日本広告連盟の新しいシンボルマーク

  

●ミズノ社の「ランバードライン」のマーク①

  

②このランバードラインの上下をを反転させるとこうなる。

  

③その形を単純化させ、上下をスマートで躍動感のある形に引き延ばすと、こうなる。

  

☆又、ミズノ社のランバードラインと全日本広告連盟の新しいシンボルマークを直接並べて比較して頂こうか。

  

  

 皆さん、どうです? 裏返し、角を丸くするとそっくりでしょ。

 これが著作権侵害の事件となるかならないかは、私にはわかりません。

 お考えいただきたいのは、ミズノ社と全日本広告連盟の関係者の皆さんです。問題なければよし、問題ならば出るところに出て結論をつけるべきでしょうね。

 特にミズノ社は関心を持ってお考えいただきたい。


 さて、私も2年前までは地方自治法や市の条例などのルールを守るコンプライアンスに無頓着な室戸市政と市議会の違法を追及し、組織ガバナンスを公正なものにしようと取り組んでいた改革派議員でした。

 この著作権に関わる事件を問題視するかしないかは、私のような室戸市長の不正を追及したがため市民によって議会を追われた者がとやかく言うよりも、ミズノ社のこのマークを製作したデザイナーや経営者の皆さんなどコンプライアンスに関わっておられる方々の判断に委ねるべきと思います。

 ミズノ社の著作権管理担当者は以上のことを適正にご判断いただき、結論を出していただけたらと思います。

 著作権侵害か否かは、「似ているかいないか」などによって判断されると聞いている。私はすぐに「似ている」と感じましたが、デザイナーの皆さんはどのようにお考えになられたでしょうか?


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「この機を逃してなるものか」と頑張る元政治家たち

2015-08-14 | 国のあり方
 思うんですよね、なぜかつて総理大臣までやった人間がこれほど日本の国を貶めるバカばっかりなのか、と。


 鳩山氏にしても、村山氏にしても、総理になれなかった河野洋平氏にしても。

 日本国民の大半を占める保守本流の人たち曰くところの“売国奴”ぶりを、彼らは大いに発揮している。

 かつて委員会審議の時に自民党の女性議員から「ルーピー」の愛称をつけてもらった鳩山氏は、昨日、韓国においてひれ伏し、靴まで脱いで土下座し、事実ではないことにまで言及し、謝罪した。

 韓国ドラマが好きな妻は「謝ることはえいことやない?」と彼を庇うが、どうも実態を分かっちゃいない。

 今年は戦後70年にあたる。もういい加減に「謝罪」の歴史から脱却してもいいだろう。

 元首相(と言えるほどの功績は一切ない)が土下座までして謝ることに因って韓国民は日本の政治家だけでなく日本国民にもこれを要求するようになる、なんてことがこの人には理解できないのであろう。

 自分さえよければいい、自分だけでも韓国に好かれたい、そう思ってやっていることが解る。だから、日本政府や日本国民がどう思うかは全く関知していないということになる。

 いったい彼はどこの国の人なのか。

 「慰安婦」と言うが、事実はあの女性たちはみんな当時にお金で解決されている「売春婦」。なのに、金欲しさと、回りの人間が「慰安婦だったと言え」と背中を押しての、ウソ。

 こういう事実を彼はなぜもっと学ばないのか。鳩山氏は「基地移設について、学べば学ぶほど解ってきた」と国民が驚くようなこと口走った人だが、昔の人は「後で気が付く○○病み」とか言って鈍感な人を笑った。今は、かつて所属していた民主党の国会議員にも民主党支持者たちにも笑われてしまうようなことをして、ひんしゅくを買っている。

 また、私が教訓として「為すべき時に為すべきことを為せば成る」ともお教えしたはず。(?)

 金は腐るほどあるからといって韓国や中国やロシアなどにノコノコと出掛けず、自宅に籠ってこういう歴史をもっと学んでいただけないものか、鳩山先生。

 左翼政党である社会党の元代表・村山氏は中国や韓国に行って謝罪し続けている。この人も全く話にならん。

 14日夕方のフジテレビのニュース番組「みんなのニュース」に出演した村山氏は「日本にもし軍隊が無くて戦争をしないと言えば、中国など他の国も『日本は戦争をする考えが無いんだ』と思い、攻めてくることなんかない」なんてバカなことを口走り、同じように出演していた石原慎太郎氏も「ナンセンスだね。村山さんも歳がいったなあ」と一蹴、呆れていた。

 自衛隊は昭和25年の朝鮮戦争を機に設立された警察予備隊を経て昭和29年に自衛隊法が施行され正式に設立されたものであるが、もしこの自衛隊を設立してなかったら、70年も経たないこれまでの間に間違いなく中国やロシアに侵略され、「日本国」などとっくの昔に無くなっている。村山氏にはそれが理解できないんだから、これも日本にいる「反日」の人たちが如何に“平和ボケ”した人たちなのかが解る一つのエピソードと言えようか。

 しかし、テレビなどに出て来なきゃ己の認識の低さが他の国民に解らないのに、なぜテレビに出てきてあんな愚かなことを自慢げにしゃべるんでしょう。私も氏を“反面教師”として学び、画家にカムバックしてからはあんなふうにならないようにせねばと、肝に銘じている。

 又、昨夜のBSフジの番組で河野氏は「かつて私が謝罪したんだから、安倍さんも同じように謝罪し、お詫びの言葉を述べよ」と安倍総理に求めている。

 いつまでお詫びし続ければいいんだ。これから100年先も、200年先も中国や韓国の言われるままにお詫びし続けなければならないのか。日独伊三国同盟のドイツやイタリアはどうなんだ。この二国はフランスやイギリスやポーランドなど周辺諸国に謝罪し続けているのか。もうこの辺で区切りをつけるべく、安倍総理が毅然と律するべきではないか。

 かつて日本の国の総理大臣や自民党党首だったエライ(というほど知恵者かどうかは疑わしいが)人たちが、こうして日本を貶め、窮地に追いやるべく働いていることを、悲しく思っています。

 自分たちもう政治の世界から身を引いた人間が謝罪したければ、個人的に死ぬまで謝罪してたらいいんだ。

 時代は変化し、三氏の当時と比べたら政治体制もすっかり変わっている。それに加え、ウイグルやチベット、南シナ海や東シナ海の状況を見て解るように、中国は他国の領土・領海にまで触手を伸ばして侵略を進めており、周辺諸国の安全保障の体制もすっかり変わった。沖縄県内に米軍基地がなくなったら、すぐに中国は尖閣どころか沖縄まで占領し、琉球は中国の領土と化すのは疑いない。

 「時代は過ぎ去った。むかしむかしに自分たちが謝罪したからといって、それを時の政権、時の総理大臣、時の政治家に押し付けたり要求したりしてはならない」。

 こう、お三方に面と向かって言っても、どうせこんなに“薹が立った”人たちだ。何を言っても暖簾に腕押しで、無理だろう。

 いや、周りのたくさんの人たちが教え諭し止めもしたんだろうから、もう“放し飼い”状態と言えようか。

 こういう売国奴的元政治家を利用して左翼運動を高めようとしているのが、所謂「反日メディア」。左の共同通信社から記事を買っている地方紙や朝日や毎日など左翼新聞、朝日や毎日など左翼のテレビ局、そして大半の週刊誌ら。

 一例を挙げると、TBSテレビの番組、「報道特集」(土曜日)や「サンデーモーニング」(日曜日)など典型的な左翼番組。出演者は全員が左派の人たちばかりで、非常に不公平な議論が行われている。「サンデー・・」の司会をしている関口宏が「番組が始まった当時はそうでもなかったが、次第次第に左派的な番組になってしまった」と振り返って語っていたから、これは間違いありません。

 「反日メディア」の手法は、自分たちが言うと政党から批判が来るから、代わりに自分たちの意を酌む文化人(評論家、音楽家、映画俳優、映画監督、作家など)にテレビで「戦争が始まるぞ」「戦争が始まれば子供たちが戦地に行かされるぞ」と言わせ、「反対だ」としゃべらせて民主主義のど真ん中を進む保守中道の政党を貶め、その支持率を下げるべく報道を繰り返し、政権から追いやることを画策する方法を取る。又は、同様の考えを持っている市井の人たちを探してきて取材し、その話を事実以上に膨らませてテレビで報道したり新聞や週刊誌に記事を掲載している。

 そんな方法で報道しているのは、自社が国民から嫌われ、政権の支持率を下げるつもりが自分たちが作っている番組の視聴率が下がっては元も子もないから。だから、報道各社は社長自ら表に出てきて「安保関連法案に反対」とは絶対に言わない。下品にも、自分たちは物陰に隠れながら紙つぶてを投げているのである。

 (※先日、「この機を逃してはならない」と思ったのか、市内のある常会長が率先してあるイベントを常会の主催で開いたが、その問題性を住民は認識していたのかと、私は首をかしげた。
 地域社会には政治的ないろんな考え方を持った人たちが住んでいる。自民党支持者はたくさんいるし、民主党支持者も、維新の会の支持者も、共産党支持者も何人かはいるだろう。そのことを解っておりながら政権批判ともとれるイベントを常会の主催で開催できたことを考えると、このイベントは市民の左翼的意識を広めようと企画したものであることを地域住民に対し詳細に説明していないんだろうと理解している。
 それと、市内の各常会には市から補助金が出ていたように思うし、もし出ていたらその常会の予算で共産党系のイベントを開催したということになり、大問題。このイベント開催については後日、室戸市において間違いなく問題化する)


 左に傾いた彼らの手口は、まず事実ではないウソを「決めつけ」てでっちあげ、あとは書き放題、言いたい放題で論陣を張る。それに騙された若者たちやおばちゃんたちは「安保関連法案を可決させたら戦争が始まってしまう」、「おれたちは戦争に行きたくない」とデモをしている。ま、憲法で言論と出版の自由は謳われているので、大いにやって、日頃の憂さ晴らしをすればいいと思って見ています。

 6月、7月の新聞記事はすごかったねえ。あれで購読者は相当数減少したでしょうね。所謂、「自分で自分の首を絞める」いい例です。

 正論と思って記事を書いているんでしょうが、「義」に欠けているから、間違いなく「正論」にはなり得ない。(※ご参考までに地方紙の実態について書かれた関連ブログを紹介する)

 それと、これは左派や左翼志向の考え方を持った人たちがよく勘違いしていることなんですが、「反日メディア」と呼ばれている日本中の“左よりの報道会社”の人たちも自分たちは左にいるとは気付いておらず、真ん中にいると思っています。それはなぜか。

 あの人たちは、よく「あいつら(保守中道)は右翼だ」と言う。そのことから、「自分たちは真ん中にいる」と間違って思い込んでいると解ります。

 お教えするが、「左」の横は「真ん中」であって、「右」ではない。もっと解りやすくご説明すれば、自分の体で考えてほしい。自分の体が中心で、そこが「真ん中」。それを中心にして左手があり、右手がある。・・ということです。

 よって、思想にも「真ん中」があって、その左手の側を「左」といい、その右手の側を「右」という。曰く、この「真ん中」を「保守中道」、「左」を「左派」とか「左翼」、「右」を「右派」とか「右翼」と呼んでいる・・・ということだ。

 解っていただけたでしょうか?

 取りとめも無く書いてきましたが、安保関連法案はどうしても可決させなくてはならない。それは、日本は大国であるアメリカと手を組み共に歩んでいかなくてはならない、弱小国でしかないからだ。

 アメリカと縁を切ったら、沖縄県に基地はなくなる。そうなると、中国に強奪されるのは領海だけでなく、この日本の国もすぐに占領されてしまいます。

 ノーテンキな平和ボケした左翼政党、左翼志向の反日メディア、左翼志向の反日の国民のみなさん、中国や韓国に占領されてもいいんですか。

 「アンポはんたーい」なんて時代錯誤の、ボケたことを言ってていいの? 

 中国が日本の尖閣諸島や沖縄県に攻め入った時、アメリカ軍がそれを攻撃してくれるが、その時、日本の自衛隊は「日本が戦争に巻き込まれるから、行くのはやめておこう」と、傍観してていいんですか? 仁義に欠けるそんなこと、できますか? 

 アメリカが助けてくれなきゃ、ほかの国はどこもこの国を守ってくれないし助けてくれないんですよ。解ってますか? それでもいいの?

 かつてアメリカの爆撃機が飛んできたように、もう何年かすれば中国の爆撃機が飛んできて爆弾が雨あられと落ちてくるんですよ。それでもいいの? 「反日」の人たちよ。


 ま、自分さえ良けりゃいいと考えている左翼主義者たちはアメリカ軍が日本を助けようとしている時でも「支援に行くな」と言うんだろうが、当たり前の考え方ができる保守本流の人たちは「友人が危ない! 助けに行こう!」とする、間違いなく。それでこそ、日本男児と言える。

 戦争は自ら仕掛けないが、攻撃を受けた時において防御のため防衛のために攻撃はする。自己防衛のための軍隊、それが「自衛隊」だろう。

 それを安全保障条約であり、それを補完するのが今回の“助け、助けられ”の安保関連法案だと信じている。

 よって、私は地方の一政治家として、政府、安倍政権が目指している安保関連法案の全てが可決することを、心から願っている。

 昭和35年発効の新安保法案や今回の安保関連法案に反対し日本国民を左方向に誘導している共産主義や社会主義に凝り固まった痴呆新聞など「反日メディア」の人たちには悪いが…。


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初心忘るべからず

2015-08-13 | 公務員のあり方
 昨日の記事の最後に、こう書いた。

 ≪このように議員同士が集まって市政運営についてや議会改革について激論を交わすことが全くなくなった原因は、私には解っている。でも、ここでは書かないでおこう。書いたところで、詮ないことだから。

 ですが、それでも、議会が休会中の2ヶ月間、議員同士が市政についてや市議会について意見を交わすことが無くなった、いや、「市政や議会はこれじゃいかんぞ」と強く考え行動する議員が少なくなったことに「これでいいのかなあ」と思っていることだけは確かです≫。



 で、思うに、これは議会に限ったことではなくて、会社や自治体などの組織についても言えることだが、このように組織の能力や組織人個々の意欲や能力が徐々に減退してゆく原因を考えると、思いつくのは、「誰でも会社員や自治体職員になると組織に慣らされるため」と、「組織の中に強く引っ張ってゆく人材がいないため」と、「組織に属する人間たちに自己研さんの意思と意欲が弱いため」に尽きよう。


 会社組織であっても役所組織であっても同じで、入社し自治体に入った当時はどなたでも不安を抱えながらであるが意欲を以って「頑張るぞ」と決意します。それが上司の意向や組織の体質に馴染み始めると【初心】を貫き通すことに無理を感じ、やがては会社や役所の体質に染まった方が楽だと気付き、それにエネルギーを使って抗うことにも限界を感じ、上司と同じ体質に染まってゆくことになります。

 で、自分でも「おれのあの時の情熱はどこへ行ってしまったんだろう」と誰も考えるようになるが、そのうちそんな気持ちも無くなり、「うまく世渡りすることが自分のためになる」と思い始めます。

 上司のウソに慣らされて自分も平気でうそをつくようになり、50代を過ぎて退職が近づくと「オレはいつだってやめてやる」と思い始めて性格はますます傲慢になる。

 公務員だったら「住民のために公正に働くことよりも、貰っている高給を蓄財しながら退職まで自分がいかにうまくやり過ごせるかだ」と考え始める。つまり、老後に安心して暮らせることばかり考えている。

 そんなに人間として落ちぶれてしまっても、自分たちは落ちぶれているとは思ってはいない。

 時折、「あの20歳の時に役所に入った時に決意した初心はどこへ行ってしまったんだろう」と思う時もあるが、そんな思いはすぐに消え去り、地方公務員法第32条に規定されている公務員のあるべき姿勢なんかもすでにとうの昔に忘れ去り、「首長や議員の機嫌を取りながら、何とか無難に退職したい」と考えている。

 そんな時、首長が違法な議案を議会に出したりすると首長と議員の間で悩み苦しみ大いに迷惑するが、それも職務。首長の命ずるままに違法事業を「議員の指摘は当たらず、この事業は適法です」なんて自分の胸の中では良心の呵責にさいなまれながらも、知らぬ存ぜぬでやり過ごす。

 議会というところはそれでやり過ごせるようになっていることを長年の知恵で解っているから、首長も職員も「何とか今日の質問の時だけやり過ごしたら、後は何とでもなる」と考えている。

 時折、首長の無理な指示に異論を持ち反論したくなる時もあるが、そんなことしても閑職に追いやられ冷や飯を食うはめになることを知っているから、「住民のためにはなるが自分のためにはならない」と考え、ぐっと堪え、「もう少し、もう少しだ」と黙って首長の指示に従うようにしている。

 例え住民のためになっても首長のためにならないことだと気づいたら、提案もしないしそのことを指摘もしない。

 つまり、行政職員はみんな住民の方を向いているというよりも、首長の方をまず見てうなづいたら、住民の方を向くということになる。

 「誰でも会社員や自治体職員になると、組織に慣らされる」。

 こうしてみんなが世渡り上手になってゆきます。

 【初心】なんか、とっくの昔に捨てちゃってます。

 家族のため、自分の退職後のためが優先され、自分たち首長や職員がお給料を頂いている住民のために首長が命令する不正や不公平や不適正な業務運営に立ち向かってゆくなどという勇気なんか、これっぽっちも無い。

 これも組織人としては致し方ないとは思うが、大抵の元行政職員は「首長に頭を押さえつけられた年月は“失われた四十年”だった」と退職後に後悔したりはしない。なぜなら、その代償が大きいからだ。

 安い賃金での“失われた四十年”なら後悔の念は深いが、振り返って一般市民の倍ほどの高給(室戸市の課長級で年間600万円から700万円、退職金は2800万円ほどと聞く)をもらい続けてきたことを思うと、首長に無理やり違法業務を押し付けられたことへの腹立たしさは残るが、後悔なんか全くなかろう。


 それと思うに、私が1期目から2期目にかけての平成15年5月から23年4月までの8年間を振り返ると、室戸市役所にはもっと各課長に専門職としての能力や知識を持った人がいたように思う。

 中には、議会開会の1週間前、議会事務局で質問内容を説明していた時、違法を改めない市長に再度質問しようとする私に対し「企業誘致やきん、もうえいやないか」と私に声を荒げた課長がいて、即座に私に叱責されたこともあった。「えっ、何にやっちゃ。それならあんたは『企業誘致やきん違法でもえいやないか、観光振興になるきん違法でもえいやないか、地域振興になるきん違法でもえいやないか健康福祉に寄与するきん違法でもえいやないか』と言うんか! 課長、あんたはそれを議会の答弁で言えるのか!」。課長は自分の考え方の過ちに気付いたのか、黙ってしまいました。

 ま、組織の中にはこういう地方公務員としては失格と言える誤った考え方を持った職員もたくさんいましたがいま思えば、全体的に言って能力は高かったように思う。

 それが今は感じられない。執行部側の議会答弁でよくわかる。

 自分たちの不手際な業務運営を議会で厳しく追及されると、その課長が答弁に出て来ず、市長がすぐに出てきて、それも呆れたことに自分たちの不手際を覆い隠すようにすぐ反論する。

 注釈が必要ですが、室戸市議会は議会改革の重要性を理解する議員さんが少ないため、私がその条例案を議会提出しようと決議案を作成し賛同署名を募った時にも誰一人として署名してくれませんでした、だから、執行部側の反問権を認める議会基本条例は制度化されておらず、議会において議員に向かって「反問」はできません。当然、議員に向かって「反論」を加えるなど許されておらず、下品極まりない行為といえます。

 ですが、これについても「いかにも田舎町らしい室戸市政、室戸市議会らしい」と思えば、我慢もできます。

 6月議会での「厳しい質問にはすぐに反論してしまう、品位に欠けた市長」と「3月議会の委員会での誤った自らの答弁について釈明もできない課長」。室戸市の執行部のこの態度も、4年ぶりですが、もう慣れっこ。

 でも、かつての課長の能力と比べると、低下していることは否めない。

 この原因が議員にあることも否めない。「議員が厳しく問題点を指摘し問い質そうとしないから、市職員の能力や意欲も高まってこない」ことも事実。だから、市職員の能力を高めるには議員がもっとしっかりして、議会においてもっともっと積極的に発言するように努力する必要があるということだ。

 そんな13名の議員の中にいる元市職員の議員は「かつての自分たちが課長をしていた時と比べて能力が低下している」と言うが、そう思っているのなら、もっと自分たちが何度も何度も登壇してかつての部下たちを教え導くような議論に及ぶようにすべきであろう。そういう熱意が議員になければ、行政組織は絶対に良くならない。違法を不正とも思わないあんな市長の下では部下は絶対に育たないし、不正な手法を学ぶだけだ。


 でも課長やその他の職員の能力が高ければ高いほど首長はやりにくくなるとも言えないか。

 首長が誤った行政運営を行おうとした時、幹部会などにおいて能力が高い課長がその点を指摘し、改めるように進言する。当然、首長は「いまいましい奴め。いつもオレの邪魔をするのはあいつだ。指摘が的を得ているだけに腹立たしい。あいつは今度の異動で左遷させてやる」。

 こうなることもあるが、見識と品格がある有能な市長ならば、「よくぞ言ってくれた。あいつは副市長にしたい」と感謝することもあろう。この場合、課長やその他の職員の能力が高ければ高いほど首長は仕事がしやすくなると言える。


 何となく思うところを書き連ねてきましたが、結局のところ、品格と見識と法令をよく順守する道徳心を持った首長がいて、役所に入った若い時から日々自己研さんに励み、職務に専念して業務経験を積んできた高い能力を持った課長ら職員がたくさんいれば、市民も助かるし、議会の議員も楽だと言える。

 議会答弁も謙虚で、適切ならば、提案したことが実現できなくても、議員は納得する。

 当然、議会に不正な事業案や不適切な議案など出て来ないから、何も問題提起する必要はなくなる。

 不正や不適正な問題追求は私に任されている形になっている現在の議会状況も様変わりして、これが室戸市議会ならば私も議席で腕組みして他の議員の質問を聞き、答弁を聞きしていさえすればよいことになる。

 傍聴に来られた住民はそれを見て、「議員の仕事がなくなるきん、行政側が適切に問題なく仕事をするというのも問題やな」と考え込む。

 こんな日が室戸市議会に来るのかなあ。

 たぶん、来ねえだろうなァ~。


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 昨日13日は、お盆の入り。墓前にお供えするまんじゅうやお餅を作っている妻の実家のパン屋さんもここ数日はちょっとだけ忙しくなり、今朝はいつもよりも早く出かけてゆきました。

 私も室戸岬町津呂にある父や母の墓参りに行く予定。最近、ご無沙汰しているので、市議に返り咲いて頑張っていることや家族の近況、岡山にいる娘と可愛い二人の孫娘の近況など、報告しようと思っています。
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議員一期目の議会の熱っぽさが懐かしい

2015-08-12 | 議員活動
 室戸市議に返り咲いて三ヵ月半が経つが、最近、「こんなことでいいんだろうか」と考えることがある。


 私が1期目の平成15年5月から19年4月までは、定数の市議会議員18名の中で議会改革を目指す議員が私を含めて約4名いたし、ある議員に引っ張られるように反市長派の市政改革を目指す議員8名ほどが「連合改革会派」を組んでいた。

 そうして、議会が閉会日を迎えるたび、夕方6時ごろから市内の割烹などで部屋を借り、反省会をもった。

 「あの議案はこうだった」とか、「市長がこう答弁したのはおかしい」とか、それぞれの思いをそれぞれが熱く語ったものです。

 当時は私も新人議員だったから、「議会とはこれほど熱いものなのか」と意気に感じた。


 自分の個人的な議員活動としても、温浴施設の指定管理者公募の直前に、武井市長と課長など職員3名が参加予定の企業である東京のミクプランニングに行ったことをその日の朝、確認した。

 私はこの機を逃してはならじと、その二日後、旧知の東京新聞のベテラン記者に電話をかけ、「私から電話して聞くとミク社の社員は事実を言わないだろうから、あなたの方から『室戸市の温浴施設を取材中なんですが、武井市長と職員が来ていたと思うが、それは指定管理者公募の事前協議だったのですか?』と聞いてください」と要請。

 返事の電話は「谷口さんが言う通り、指定管理者公募事業の事前協議だったそうです」とのこと。

 当然、公募企業や団体との事前協議を禁止する指定管理者条例に違反することから、直後の議会で市長と企画振興課長を厳しく追及。一般質問において、市長と課長に当日のスケジュールを基に時間的な行動を問い詰めると徐々につじつまが合わなくなり、しどろもどろになって答弁に窮し、違法行為は明らかとなった。

 だが、閉会日の議案採決の時に反対したのは残念ながら3名ほどで、議長を除く他の14名の議員は賛成し、議案を通してしまった。

 ま、室戸市議会のだらしなさはこのころに始まったわけではないが…。

 しかし、私としても充実感は間違いなくあった。

 一所懸命に仕事をすれば結果はついてくると。

 違法業務を追及したことで議案が否決されれば執行部も次から不正な議案を議会に提出しなくなることは百も承知だったが、「議員の職務は行政の監視役」であることを全く知らないし理解しようとしない議員諸氏にこのことを求めてもどうせ他人が考えることで、無駄。そう考え、この議員1期目のこの頃から自分だけが“為すべきことを為そう”と努めてきた。

 一人の懸命な行動ゆえ実質的な成果は得られなくても、「議会に何がしかの“ものさし”ができる」、そう考えて議員職に励んできたが、これは今でもそう考えているし、市議選の街頭演説でも市民の皆さんにそう訴えてきた。

 「『谷口は頑張っちょうけんど、一人じゃ何もできんだろう』と言う方がいますが、議会で市長の行う違法事業や業務を指摘し批判し改めるように言っている議員は私だけです。議員ブログで世界中に地方議会や地方政治のあるべき姿や実態を情報発信しているのも私だけです。議会が終わった後で独自に議会新聞を作成して配布しているのも私だけです。こういう活動があってこそ、地方議員とはかくあるべしという“ものさし”ができるんじゃないでしょうか」。

 こういう議員としての考え方ができるようになったのも、議員としての活動を高めることができるようになったのも、全ては私の議員1期目に議会に高まりがあったこと。それが私個人に効果的だったのは間違いありません。

 ただ、他の議員諸氏と私の違いは、法律や決まり、ルールを守らないことに対して人一倍、嫌悪感を持っていることでしょうか。

 「目の前に規則があり、そのことをよく解っているのに、なぜみんな規則を守れないのか」。

 ま、一般社会でいちいちこれを言うと人とのつながりがぎくしゃくするから私も言わないが、公的な組織においてはことごとく指摘し批判してきた、他に注意する者がいないから。

 若い20歳ごろに公的な組織に職を得た人たちはその時から厳しく法令を順守することを約束されます。しかし、それから5年がたち、10年がたちして来ると、上司が規則を守らないことも見て育ってくるからか、徐々に国の法律や自治体の条例や規則や要綱などのルールを守らなくなる。そうして提出した地方自治法違反の事業案が議会で難なく可決したりすると、そのたびに性格が横着になってきて、「まー、違法や不公正や不適正な議案でも議員たちが簡単に通してくれるから、しいよい」と考え、全く反省が無くなる。

 これを室戸市議会では今や私一人が批判し、追及し、「改めよ」と求めている。

 
 今日、記事にしようと思いたったのは、あの平成15年5月から19年4月までの市議会の高まりが今の室戸市議会には全くと言っていい程、無いからです。19年5月から23年4月までの私が2期目の市議会での市政改革や議員改革への高まりは、そう、1期目のころと比較すると三分の一も無い状況でした。

 そうして私は平成23年5月から27年4月までの4年間、室戸市議会にいませんでした。その間には、二年前の25年とか聞くが「室戸市議会議員倫理条例」を議員が作っていた。多分、市民はこの条例ができたことを知らないでしょうが、私は議員になったこの5月に市職員にこのことを聞いて初めて知り条例の内容を見たが、どなたに聞いても「あの条例ができてもお飾りで、条例を守っていない議員がいる」と言います。

 この条例ができても、平成19年11月から議会開会の半月ぐらい前になると行っている「議員総会での議案の事前審議」を止めよと求めているのは私一人だから、議会改革に積極的な議員は私一人とみている。5月に議長と議会運営委員会にこの不正な議案審議を止めてほしいと要請して次の議員総会でこれを決定すると聞いているが、それも心から信じているわけではない。ちゃんと室戸市議会議員総会規約を改正して施行した時、信用しようと考えている。

 私にも自民党を支持する友人議員が数名いますが、かつての市議会が活性化していた1期目の当時と比べると、五分の一の高まりも無い。

 寂しい限りで、これはますますのことであろうと思っている。

 三年半後の次の議会になると市政や議会に関心がない人たちが議員になった来るんじゃないかとまで思っている。

 このように議員同士が集まって市政運営についてや議会改革について激論を交わすことが全くなくなった原因は、私には解っている。でも、ここでは書かないでおこう。書いたところで、詮ないことだから。

 ですが、それでも、議会が休会中の2ヶ月間、議員同士が市政についてや市議会について意見を交わすことが無くなった、いや、「市政や議会はこれじゃいかんぞ」と強く考え行動する議員が少なくなったことに「これでいいのかなあ」と思っていることだけは確かです。


 かと言って、私は怠けちゃいません。6月議会が終わってからもずっと議員活動を続けてきましたので、ご安心ください。

 当電子情報誌に政治のあり方や国の動きについて私見に基づいて記事を書いてきたことも議員活動だと思っていますし、7月初めには議会新聞『青空新聞』を発行、配布したことも議員が担った当然の働きだと思っている。

 それが済むと大きな事業について要望活動を行うために動いてきましたが尊敬する方が事情があって賛成しかねるとのことで活動はストップした。

 だが、挫けないのが私。その後も、次回10月に発行する『青空新聞』で特集を組む室戸市の財政指標の記事を書くために財政課などの協力を得てデータを収集、新聞作成に励み、議会で公表される平成26年度決算の分だけを残して、既に記事は版下原稿に貼り付けてある。

 そうして、7月中旬からは9月議会で一般質問するための情報を集めネットで事例を調査し、原稿を書きを続け、ようやく終了。これから9月初めまでその原稿を簡潔にするための作業が続くことになります。


 外に出てゆくと熱中症になってばったりと倒れるので、家でまじめにお勉強をしています。皆さんも、若い方は少々の汗もいとわず職務に励んでいただきたいが、体力のないお年寄りの皆さんはクーラーも付けて、お体をいたわってください。


※電子情報誌「青空エクスプレス」のアクセス数は、8月12日(水)付けGooブログランキング(224万6979ブログ)中、3092位でした。

 昨夜は本当に久しぶりにひと雨あり、雨もたまにはいいもんだと感じています。

 毎年のことですが、お盆が近づきますと会社勤めの方は会社が盆休みになり公務員の皆さんは交代で休みを取り帰省や旅行に行きますので、いつも会社や役所などで当電子情報誌を見て下さっていた方々の検索数が減少します。でも、それに挫けることなく(?)がんばって読者のみなさんが興味深い記事を書いてゆこうと思っています。
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