青空エクスプ レス

日本ではオンリーワンの手書き地域雑誌『あおぞら』の編集発行人を経て、室戸市の政治を監視する改革派議員三期目。

いま思うのは、妻への愛だけ(!?)

2015-02-27 | プライベート
 妻が2月初旬に転倒して右腕を強打したため、その翌日からパン屋さんの手助けのために毎日、朝早くから出掛けていますが、仕事をしながらあることを思案中です。

 パン屋さんの仕事と言っても、冬場は重たいカンバモチや正月モチの注文が殺到するため、配達業務は若い男性がやるような力仕事となる。

 朝は午前6時ごろに家を出てゆき、仕事が終わるのは夜も深まった午後10時か11時。その間中、椅子に腰をかけることもなく立ったままでモチと格闘しています。

 1月になってもカンバモチの注文は多く、パンとカンバモチの製造と配達に追い立てられています。

 妻はそんなバタバタと時間に追い立てられる配達の仕事を約40年間やってきて、近年は今回のように手や足をけがすることが何度もある。

 妻ももうすぐ66歳。

 「さて、どうしたものか」、「務めると言っても、ここ二年か三年かにさそうか」、そう考えた。

 実家の家業だから「大丈夫、大丈夫」と言ってはいますが、パンやモチができたら包装をし、商品ができ上がったら間髪をいれずに各店舗に分けて箱詰めして軽四箱バン車に積み、午前11時前までに大急ぎで配達する。そんなバタバタと時間に追われる仕事。

 そんな製造・配達業務を一か月近く行ってきて、「妻を時間に追われるそんな忙しい仕事から一日でも早く引退させてやらねば」と考えた次第。

 このことを深く考えた末に、ある結論を出しました。

 この方法ならば妻も、家で愛犬とのんびりできて、楽になることは間違いない。

 機が熟していませんのでその内容はまだ言えませんが、妻には水戸黄門が言うように一日も早く「助さん格さん、もういいでしょう!」と言ってあげたい思いでいっぱいです。


 妻の腕はまだ痛そうだから明日以後も妻の実家のパン屋さんの手伝いに行くことになるが、今後のことを考えるととりあえずは早く完治してもらわないと困る(?)。


※電子情報誌「青空エクスプレス」のアクセス数は、2月27日(金)付けGooブログランキング(213万4055ブログ)中、2798位でした。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

新作『室戸岬ストーリー(1)』の制作も佳境に

2015-02-24 | 私の絵画制作活動
 既報の通り、昨年12月から描き始めた新作の制作作業でしたが、市議選に出てほしいとお願いを受けて中断していました。

 約4年前の23年4月に市議選に落選した後、6月からこれまで夢であった画家として生きてきて、100号の大作ばかり約30点の作品を仕上げました。

 その3年半の間に描いて仕上げたのは、七福神の大きな絵馬が4点、その他の約26点はすべて私が高校生の時から描いてきた室戸岬の絵ばかり。


 そんな私が今回描こうとしているのは、室戸岬周辺の海岸風景(と言うよりも、室戸岬の海岸の特徴的な岩たち)を細描表現した素描画の数々を集め、一つの作品に構成したものです。

 それがこのP100号の絵。(1月初旬の絵)

  

 ご覧のように、これは普通の風景画ではなく、これまでに何十枚と写生してきた室戸岬周辺の海岸のデッサン画をコラージュしたもので、それを全体的に調和させるべく彩色を施し、一体感を持たせようとしています。

 2月2日からまた制作を再開して、ようやく八割方仕上がったといったところか。

 それが下の状態です。

  

 まだこれから細部に筆を入れてゆき、完成は2月末ごろでしょうか。

 勿論、これで高知県展の特選を狙っています。

 審査員の先生は誰だっていい。誰が吟味しても文句を言わせないような作品を作れば、特選でしょう。(大言豪語!)

 この作品に続き、次の作品も室戸岬の観光ポイントを集大成したデザインで作品を創作する予定。


 さあ、この作品が完成し愛妻のケガが癒えたら、3月の初めからは本格的に市議選出馬の選挙準備に係らないといけないから、私も大忙しです。

 室戸市民の皆さん、応援してネ!?


※電子情報誌「青空エクスプレス」のアクセス数は、2月24日(火)付けGooブログランキング(213万2290ブログ)中、2641位でした。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

神社氏子会役員の皆様、絵馬の修復をしませんか?

2015-02-23 | 絵馬修復工房の仕事
 今日は、全国の神社氏子会の皆様に神社にある消えかかった絵馬の修復についてご検討いただきたく、記事を書きます。


 ☆絵馬の修復は、なぜ必要なんでしょうか?

 全国の町や村には、住民の心の支え、心のよりどころとしてきた神社や寺があります。そこには、百年前、二百年前、三百年前に藩主や土地の有力者、時には地域住民がお金を出し合って絵師や絵心のある人に絵を描かせて奉献した絵馬が保存され、その地域とともに歴史を刻んできました。

 しかし、その絵馬には自然に風化して絵が消えたものの他、長い年月による湿気や風や雨風にさらされていたなど、取り扱いが乱雑だったり放置していたために痛みが激しい絵馬も数多くあります。それらの中には色だけでなく、下書きの線も消えてしまい何が描いてあったのかもわからない作品もあります。

 そうしてそのまま絵馬の顔料が剥落し、線が消えてしまえば、かつて江戸時代や明治時代にその寺や神社に絵馬を奉納した有志の方の深い思いだけでなく、その絵馬の価値・値打ちまでも消えてなくなってしまいます。

 しかし、それではちょっと困ります。

 又、そうなれば奉献者から絵馬の奉納を受け管理・保存を託された側の寺社関係者の皆さんは責任が問われるかもしれません。

 それらの絵馬は国の文化財でもない、県の文化財でもない、市町村の文化財に指定されているわけでもないかもしれません。ですが、ある程度の文化的価値がある絵馬とか江戸期などに奉献された大きくて古い絵馬で、そこに描かれた絵(又は文字)がだんだん消えているという状況にあるならば、はやり修復することが重要です。修復して、さらに100年後、200年後へと今に生きる人々が継承してゆくべきものだと思います。それが、その寺社を管理し運営している宮司や住職、氏子や檀家の責任というものではないでしょうか?

 関係者の中には「絵馬の絵は消えてしまってもいい。何も手を加えたらいかん」と考える方もいるかもしれません。ですが、それは「文化財の保存・継承」を考えない、あまりにも身勝手な考え方だと思います。

 先日もNHKのニュースで見たが、熊本県内の神社などを回り絵馬の写真を撮り本を出版しようとする女性が「絵馬は現状のまま保存しなくてはならない」と語っていましたが、そんなもの身勝手な考え方としか言えない。思ったのは、絵が消えかかったその多くの絵馬を修復もせずにこれから100年間保存し、もしその絵がすべて消えてしまったら、その女性はどう申し開きするのか。どう責任を取るのか。長く保存していれば絵馬の絵が奉献された江戸時代のように元通りになるのか、と思いました。

 私は、神社や寺にある古い絵馬は100年も経ち状態が悪化しているなら修復してしかるべきで、そうしてさらにこれから百年、二百年と次代に受け継いで行くべき財産だと思っています。それが例え国の文化財であろうと、都道府県の文化財であろうが、市区町村の文化財に指定されていようが、絵が消えゆくままにしてはならない。

 消える前のいつかの時代に一端、その指定を取り消し、修復を施し、再度その絵馬が指定に叶うものかかなわないものかを審議し、判断することです。例え指定されなくても、消えゆくままにしておくよりも、修復を加えてさらに100年後、200年後、300年後まで継承することが江戸期にその絵馬を神社に奉献した人物のためになり、その人も大いに喜ぶと私は理解している。


 ☆暴利をむさぼるような修復費用は取りません。

 これらのことを各地の神社や寺の関係者の皆さんはよく理解して頂きたいし、そう理解していま絵馬の修復を検討しておられる方もおられるのではないでしょうか?

 氏子や檀家の皆さんにお考えいただきたいのは、当地の神社や寺に保存している絵馬の中で、色彩や墨書きの線が消えてしまっている作品の修復です。それを、絵画制作と絵馬の修復の実績がある私にご要請いただけないでしょうか?

 それに際し逡巡されるのはきっと、「修復の専門家に依頼すると何十万円という予算がかかるんじゃないか」のお悩みだと思います。でも、ご安心ください。私はそういう人をだますような人間ではありません。依頼いただいた氏子会の方々とお話ししてお互いに納得できる金額でやらせていただきます。

 だからと言って、決して腕が悪いということではないですよ。(笑)


 ☆絵馬修復のご依頼をお待ちしています。

 私にはかつて、神社や寺の大きな絵馬を修復した経験もあります。もし、「うちの神社にあるこの絵馬も修復せないかんが、誰かやってくれる画家はいないかなあ」と考える宮司・氏子さんや住職・檀家さんがおられたら、是非とも当方にご一報いただきたい。

 修復費もそれほど高額ではありません。神社・寺の関係者の皆さんと相談の上、ご予算に沿う適正な金額でやらせていただきたいと考えています。

 腕前は、最御崎寺の修復した絵馬や杉尾神社の絵馬をご覧いただくか、私の画家としての経歴と作品(下の写真)を参考にしていただけばご理解いただけるものと思っています。

 大げさな話ではなく、もし絵馬修復の経験がある私が10年ぐらいしていなくなれば、それから後、高知県だけでなく、全国には気易く大絵馬修復を依頼する画家はいなくなります。それでは“あとの祭り”です。

 いまこそ県展入賞作家で絵馬師でもある私の絵馬修復の技術を利用して、あなたのまちにある寺社の絵馬をよみがえらせようではありませんか。

 付け加えると、なぜ私でないと消えかけた絵馬の修復が無理なのかというと、消えた下書きの黒い線が目で洞察できるのは私しかいないからです。それは、消えてしまい何が書いてあったのか全く判別できなかった杉尾神社(室戸市室戸岬町三津)の村歌舞伎の配役を書いた記録板二点を見事修復したものを見て頂けば、よくお分かりになると思います。


(私の経歴)

●30歳(昭和51年)に高知県展洋画部門に出品して以来、7年連続入選、立体部門で1回入選を経験。

●高知県東部地域の発展を願って、全国ではオンリーワンだった手書きの地域雑誌『あおぞら』を平成2年~9年まで発行。NTT全国タウン誌フェスティバルで二回、奨励賞を受賞。

●それからしばらくたった平成11年、室戸市室戸岬町三津の杉尾神社の関係者から依頼を受け、大絵馬「日本武尊と熊襲の闘い」や村歌舞伎の配役記録板2点などの修復を行う。

●又、その修復活動を伝える新聞報道を見た最御崎寺(東寺)の住職から平成13年に依頼を受け、かつて土佐藩主が奉納した大絵馬を修復。

 土佐藩三代藩主・山内忠義公が、晩年の今から360年以上前の慶安三年(1650)頃に土佐神社とこの最御崎寺に土佐藩絵師・近藤洞簫筆の同じ大きさの絵馬を奉納。土佐神社には一対の「宇治川先陣」を、最御崎寺にも一対で「牛若丸」「弁慶」を納めた。私はこの「牛若丸」と「弁慶」の絵馬を修復。

●平成15年~23年まで室戸市議会議員。市政の不正事業を厳しく追及、法令を順守した市政の構築と市議会改革にまい進。

●議員職から離れた平成23年6月に三十年ぶりに筆を持ち、同年の県展洋画部門に八回目、24年に九回目の入選。

 同時に、七福神の絵馬を4点、描く。(写真はその中の1点)

  
   (大きさは180×100㎝の大作。ご要望があればいつでも販売します)

●細密な技術力を高める日々の努力の甲斐あって、25年には作品『岩、迫る』(P100号)で特選に値する「山脇賞」を受賞、初入賞。

   

●平成26年4月、神社仏閣の絵馬修復に寄与したいと考え、「谷口絵馬修復工房」を開業しました。

  

 8畳一間の小さな工房ですが、創作を交えた修復技術と消えた線や色を探し出す鋭い観察眼には自信を持っていて、修復の終わった絵馬は見違えるほど美しい“イッピン”となります。

 絵が消えかかった絵馬、絵を描いた板が割れている絵馬、板と板とに隙間が空いている絵馬、額縁に傷やガタツキがある絵馬等々、どんな不具合も修理したうえで修復作業を致します。


 全国の神社の氏子会と役員のみなさん、あなたのまちの神社に保存されている絵馬は絵が消えかかっていませんか?

 もしや「修復なんかしなくてもいい。このまま放っておけ」なんて思っていませんか?

 そんな考え方は間違っていて、無責任だと思います。絵馬の財産的価値が薄れ無くなっているのに放置しておくなんて、それは「管理」でも「保存」でもありません。

 先人が奉献した貴重な絵馬はこれからも更に100年、200年と長く後の世まで保存・伝承していくためにも、どこかの時代に修復すべきで、その時期が「今でしょ!」。神社関係者の皆さん、今こそあの絵馬、その絵馬、この絵馬の修復を行うべき時です。

 これから神社の秋まつりが行われる季節になります。その秋祭りの前や祭りが終わった後には氏子会の会合が開かれます。その会合において神社にある絵が消えかかった絵馬の修復についても、どうか協議していただきたい。

 もし「絵馬を修復することにした。そのための打ち合わせをしたいから、来い!」とお呼びいただければ、私は全国どこの町や村の神社仏閣にでも馳せ参じますし、どのような絵馬でも修復を承ります。

 以上、全国の神社氏子会の皆様に神社に奉納されている絵馬修復のご検討を行っていただきますよう、お願い申しあげます。


(連 絡 先)
     
       谷口絵馬修復工房  絵馬師 谷口總一郎

            住所:高知県室戸市室戸岬町2845-2  
            電話:0887-23-1214
            携帯:090-4506-6343 


※電子情報誌「青空エクスプレス」のアクセス数は、2月23日(月)付けGooブログランキング(213万1693ブログ)中、2826位でした。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「自分さえよければいい」の風潮が国を、そして地方をダメにしている(2)

2015-02-21 | 人間のあり方
 (昨日の続き) 

 ●次に、後半部分に関連して、地方自治と地方議会について。

 ≪毎年思うことだが、日本人の中に、勇気というものの存在を「目撃する」場もほとんど無くなった。霞が関では相変わらず、「出来ない理由を素早く言える秀才」が居座っている。霞が関だけではない。学校でも会社でも地方議会でも、勇気ある発言をすれば、すぐに叩かれて職場を追われる。あらゆる人が、自分の任期中に大きなエラーが起きないことだけを第一目標と考えている社会で、国家や社会のために、身を挺して働こうという人は極めて少ない。役人であろうと、地方議員であろうと、教師であろうと、私はあらゆる人たちから「勇気ある発言」と言うものを、近年、一度も聞いた記憶が無い。

 日本人が、自分を取り戻す日はいつになるのか。人間の自由とは、度のような過酷な状況にも耐えて、決して自分らしさを失わず、他者の存在も認める強じんな人格を創ることだ。その道への燭光は、めいめい個人が灯すほかはない。≫



 曽野綾子氏は「勇気というものの存在を目撃する場もほとんど無くなった」、「役人であろうと、地方議員であろうと、教師であろうと、私はあらゆる人たちから勇気ある発言というものを、近年、一度も聞いた記憶が無い」という。

 室戸市議会においては4年前まで、当時はまだ議員だった谷口が毎議会登壇し、市長に向かい勇気を以って堂々と「ダメなことは駄目なものです」と教え、改めるように求め続けていたから、見に来てほしかったなあ。ならば、“勇気の現場”を見ることができたのに。

 曽野綾子氏は「学校でも会社でも地方議会でも、勇気ある発言をすれば、すぐに叩かれて職場を追われる」という。

 その通りで、同様に、勇気ある発言を続けていたその谷口議員も心の無い市民グループに叩かれ、23年4月の市議選期間中の落選運動によって、市議会を追われた。

 曽野綾子氏は「あらゆる人が、自分の任期中に大きなエラーが起きないことだけを第一目標と考えている社会で、国家や社会のために、身を挺して働こうという人は極めて少ない」という。その通りだ。

 世の中には危険なことには首を突っ込まない、保身の人間ばっかり。例えて言うと、室戸市議会において、武井市長と小松市長の不正に対し逃げられないように証拠を集めて身を挺して発言し続けた議員は、自慢ではないが私一人だけで、他の議員らは市長の不正をあまり追及すると市長を支持する市民が自分に投票してくれなくなると算盤をはじき、表決において不正な事業案に「まー、いいか」と賛成していた。

 それでも、勇気ある人は「我が身を挺して」(※「身を挺して」とは、「自分は死んでもいい、自分たちの家族は貧乏してもいい、この町が良くなるのなら」という人のこと。こういう人はそうざらにいるわけではない。町のためと言いながら、自分が儲けてやろうとか得をしたいとかいう下心のある人間とは全く違う)地域のために働き続けた。

 曽野綾子氏は「日本人が、自分を取り戻す日はいつになるのか。人間の自由とは、どのような過酷な状況にも耐えて、決して自分らしさを失わず、他者の存在も認める強じんな人格を創ることだ。その道への燭光は、めいめい個人が灯すほかはない」という。

 今後において、日本人が日本人らしくなることはない(と言い切れる)。子供への厳しさを欠いた「ゆとり教育」などによって日本の教育が生ぬるくなったがため、そんな子供が成人し大人になり、その人が子供を生み更に厳しく躾けをしないままその子をユルユルの環境の中で育てる。だが、厳しく教えられてこなかったその若い両親は本当の育児や躾けの仕方を知らないから、次第に面倒くさくなり、子供をまるで人形のように感じ始め、簡単に殺してしまう。それが「殺人」であることも深く認識しないままにだ。

 何がそうさせるかと言うと、昔は中学生のお兄ちゃんから2歳や3歳の子供までが一緒になって遊び、年上の子どもが小さな子供に教え諭し、面倒を見ていたが、周辺環境が大きく変化して、人口も急激に減少して、子供たちは同級生とだけ遊び、抽象的に言うと子供たちの“視野”が狭いし、社会的な知識の習得は遅いし、工夫する知恵も浅い。だから、今の子どもたちは可哀想だとずっと思っている。

 それに比べて私たちのように戦後すぐに生まれた「焼け跡世代」から数年後の「団塊の世代」に生まれた人間は、一番幸せな時代に生まれたと言っても良い。

 話がそれてしまったが、人の世は「自分さえよければいい、他人のことはどうだって良い」では困る。山奥の一軒家に暮らしている人ならいざ知らず、町なかの人間社会に多くの人と一緒に暮らしている以上、「私たち親子がいいんだから、子供がどんなに騒ごうといいじゃないか」では許されないのである。

 地方政治も同じことだ。

 市長や市職員が考えている「少しぐらい違法な事業でもいいじゃないか」なんて話は許されるわけがない。

 その理由は、地方自治体の組織運営は地方自治法や地方財政法などだけではなく、その市町村の法律である条例や規則や要綱も地方自治法に基づいて規定されたものであることから、「法令を守り事業及び運営を行え」と国で決まっている。又、公務員は全員が高等学校を卒業した18歳や大学を卒業した22歳のころ、その法律を守ることを約束して都道府県や市町村自治体に雇用されているのである。

 それが「法令順守」だ。今流に言うと、組織のコンプライアンス。

 「少しぐらい守っていなくてもいいじゃないか」なんて緩やかに準用すればよいというものではないことは、法律に無頓着な議員は知らなくても、長年、法令順守を基礎にして働いてきた元市職員の市長や市職員は良く認識しているはず。

 それなのに違法な事業を行うとは、不心得にもほどがある。

 だから言うなれば、不正や違法と解ってやっているんだから、いかにも横着で、非常に性質(たち)が悪いと言える。

 もし、それでも違法を違法と認識できなければ、勉強が足らないんだからもっと深く学ぶことだ。

 それか、違法を違法と考えたくないという思いは同じ職場で働いている市長や同僚の市職員を守りたいだけかもしれないから、そういう場合は考え方を変えるしかない。

 友人であろうが上司であろうが首長であろうが、不正な人間は助けないことだ。そして公正な人間だけで町の政治を行っていけるようにすること。町や村が、自治体が健全な組織となり良くなるには、そうするしかない。


 このように、議員の怠慢だけではなく、「自分さえよければいい」「自分たちが行っている不正な政治を世に知られないようにし、自分が市長を止めるまでは何とか穏便にすめばよい、自分が役所を退職するまでは何とか穏便にすめばよい」の風潮が地域をダメにしていることだけは間違いない。


※電子情報誌「青空エクスプレス」のアクセス数は、2月21日(土)付けGooブログランキング(213万0558ブログ)中、3302位でした。 
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「自分さえよければいい」の風潮が国を、そして地域をダメにしている(1)

2015-02-20 | 人間のあり方
  もうだいぶん前になる。

 五年ぐらい前だっただろうか、北川村の友人が経営する喫茶店に行った時に見た古い『週刊ポスト』のある記事に感銘を受け、そのページだけ切ってもらった。

 年末に発行された合併号でしたが、そのページのタイトルは曽野綾子氏が連載している「昼寝するお化け」。その「連載500回特別版」として書いた記事、「新春エッセイ 国家に頼るな」。

 その見開き2ページの記事を“座右の書”ではなしに“座右の文章”として、今もそれをパソコンの手元において、時折目を通して読んでいる。

 それに例として取り上げられているのと似た出来事が土曜日にあったので、紹介したい。

 まず先に、その「国家に頼るな」の一部を紹介させていただき、そのあとで私が体験した出来事を紹介させていただく。


 ≪(前略)一つの光景から話を始める。つい先日のことだ。日曜日の夕方、私は東京の私鉄に乗った。ホームで電車を待つ列のかなり先頭に近いところに私はいたので、早めに乗り込んだ。その数秒後に、後から小さなドドドという雪崩のような音と共に人が飛んできて、私は危うく倒されるところだった。

 その瞬間、私が心配したのは、誰かが病気か事故で倒れたか、転びかけたかしたのではないか、ということだった。然し誰も倒れたり転んだ人はおらず、私が座ろうとしていた席の近くの空席に飛び込むように入ってきたのは、一人の男の子で、彼は席取りゲームのように狙ったシートに座って得意げであった。

 席を占領した子供は、小学校六年生か中学生かと思う年の子だったから、私は風圧と突き飛ばされる危険を感じたのだろう。彼の向かいの席に座った私は、改めてゆっくりとその子を観察できるようになった。

 その子は一人ではなかった。その子の前には、まだ若い両親と思われる男女が立った。私はほんの数秒、その子は誰か別の人を座らせるに、凄まじい勢いで席を取るために体当たりしたのかと思ったのである。しかし両親らしき人は、その子を座らせたままである。日曜日の夕方の親子連れとしてみれば、いい光景なのかもしれなかった。しかし後味の悪い現実であった。

 日本はいったいどうなっているのだ、と私は思った。私の家では、もう小学校に上がったら、子供を席に座らせることはしなかった。電車に揺られて立っていてこそ、反射神経も筋肉も鍛えられるのである。それに私だったら、電車の中でダッシュと言いたいような走り方をして、浅ましく席を取るような姿を人に見せるな、と厳しく禁じたことだろうと思う。何かの理由で座りたいことがあっても、電車と言う社会の中ではいささか耐えて、我慢して立っていなさい。それくらいのことができないようで、どうしてこの世を生きて行くのだ、と言ったに違いない。

 この両親の考えを聞くこともできないが、子供を鍛える、という発想もないらしい。子供との外出は、そうした社会性を育てるための機会であるはずだ。利己主義で、やわで、人前で恥ずかしいという価値判断さえない日本人が、いつからこんなに増えたのだろう、というのが、昔の教育を受けた私の感覚であった。

 (中略)

 自分さえ電車で座ればいい、自分だけ得をすればいい。自分の権利は大声で要求するが、他人を助けるために自分が損をすることは許せない。それは国家社会の負うべき責任で、個人がすることではない、とハッキリ言う人もいる。

 こういう精神の貧しい世代が、日本に増えすぎたから、日本の将来には希望が見えないのである。

 毎年思うことだが、日本人の中に、勇気というものの存在を「目撃する」場もほとんど無くなった。霞が関では相変わらず、「出来ない理由を素早く言える秀才」が居座っている。霞が関だけではない。学校でも会社でも地方議会でも、勇気ある発言をすれば、すぐに叩かれて職場を追われる。あらゆる人が、自分の任期中に大きなエラーが起きないことだけを第一目標と考えている社会で、国家や社会のために、身を挺して働こうという人は極めて少ない。役人であろうと、地方議員であろうと、教師であろうと、私はあらゆる人たちから「勇気ある発言」と言うものを、近年、一度も聞いた記憶が無い。

 日本人が、自分を取り戻す日はいつになるのか。人間の自由とは、度のような過酷な状況にも耐えて、決して自分らしさを失わず、他者の存在も認める強じんな人格を創ることだ。その道への燭光は、めいめい個人が灯すほかはない。≫



 以上が、曽野綾子氏が週刊ポストに書いた記事ですが、皆さんはこの文章をどう感じとりましたか? 

 私はこの文章を前半を「起・承」、後半を「転・結」に分けて感じ取りました。

 ●まず前半部分を紹介し、それに関連する先日あった出来事を例に引き、書いてみたい。

 ≪一つの光景から話を始める。つい先日のことだ。日曜日の夕方、私は東京の私鉄に乗った。ホームで電車を待つ列のかなり先頭に近いところに私はいたので、早めに乗り込んだ。その数秒後に、後から小さなドドドという雪崩のような音と共に人が飛んできて、私は危うく倒されるところだった。

 その瞬間、私が心配したのは、誰かが病気か事故で倒れたか、転びかけたかしたのではないか、ということだった。然し誰も倒れたり転んだ人はおらず、私が座ろうとしていた席の近くの空席に飛び込むように入ってきたのは、一人の男の子で、彼は席取りゲームのように狙ったシートに座って得意げであった。

 席を占領した子供は、小学校六年生か中学生かと思う年の子だったから、私は風圧と突き飛ばされる危険を感じたのだろう。彼の向かいの席に座った私は、改めてゆっくりとその子を観察できるようになった。

 その子は一人ではなかった。その子の前には、まだ若い両親と思われる男女が立った。私はほんの数秒、その子は誰か別の人を座らせるに、凄まじい勢いで席を取るために体当たりしたのかと思ったのである。しかし両親らしき人は、その子を座らせたままである。日曜日の夕方の親子連れとしてみれば、いい光景なのかもしれなかった。しかし後味の悪い現実であった。

 日本はいったいどうなっているのだ、と私は思った。私の家では、もう小学校に上がったら、子供を席に座らせることはしなかった。電車に揺られて立っていてこそ、反射神経も筋肉も鍛えられるのである。それに私だったら、電車の中でダッシュと言いたいような走り方をして、浅ましく席を取るような姿を人に見せるな、と厳しく禁じたことだろうと思う。何かの理由で座りたいことがあっても、電車と言う社会の中ではいささか耐えて、我慢して立っていなさい。それくらいのことができないようで、どうしてこの世を生きて行くのだ、と言ったに違いない。

 この両親の考えを聞くこともできないが、子供を鍛える、という発想もないらしい。子供との外出は、そうした社会性を育てるための機会であるはずだ。利己主義で、やわで、人前で恥ずかしいという価値判断さえない日本人が、いつからこんなに増えたのだろう、というのが、昔の教育を受けた私の感覚であった。

 (中略)

 自分さえ電車で座ればいい、自分だけ得をすればいい。自分の権利は大声で要求するが、他人を助けるために自分が損をすることは許せない。それは国家社会の負うべき責任で、個人がすることではない、とハッキリ言う人もいる。

 こういう精神の貧しい世代が、日本に増えすぎたから、日本の将来には希望が見えないのである。≫



 以上が前半部分で、ここからは私が体験した“事件”を詳細に紹介する。

 この14日(土)のことでした。市外のもうかれこれ40年近くマスター夫婦とお付き合いをしている行きつけの喫茶店に食事に行きました。昼過ぎでした。

 カウンター席に座り、女房は日替わり弁当を、私はスパゲティセットを注文した。

 私たちの後ろには4人座りのボックス席が4卓、奥の方に並んでいて、私たちのすぐ後ろの席には40歳前後と思しき二人の女性が食事をしていた。その隣の席には30歳過ぎの女性3人が座ってコーヒーを飲みながら話をしていた。それから少し離れて一番奥のボックス席には室戸市内に住む元中学校長をしていた60過ぎの父親と息子さんと思しき若い人が数人で食事をしていた。お客さんは私たちを含めてその4組だった。

 そうして私たちが食事を始める前、カウンター席に座って間もなく、4歳か5歳ぐらいの女の子と男の子数人が(いちいち人数を数えたわけではないので)店の入り口から奥に向かって走り始めた。店の床は板を敷いてあるため、パタパタパタパタ、バタバタバタバタとうるさいのなんの。そうやって奥に行ったかと思えば、今度は私たちが座っている入り口付近まで折り返してくる。

 それはそれは、曽野綾子氏が体験した驚きは一瞬だったようですが、この子供たちはその床がパタパタ音を立てるのが面白いようで、行っては戻り、行っては戻りし続けていた。

 それだけではない。その音に加えて、小さな女の子特有の甲高い「キーー!!!」とはしゃぎ、「キャーーー!!」と叫び、「ギャーーーー!!!」とまるで断末魔の叫びのような声を上げて、騒ぎまわっていた。

 動物園でももっと静かであることは間違いなかった。猿山のサルがさかりが付いてもこれほどうるさくはないだろう。全国的にも5歳ぐらいまでの子どもの甲高い声は騒音だとし、自治体が騒音規制する動きもある。(※この関連記事は後掲)

 私は我慢しながらスパゲティを食べていて、親が止めるのを待っていた。しかし、いつまでたっても母親はその騒ぎを見て知っておりながら、いつまでたっても止めない。

 奥に走って行った集団は入口付近まで行ったから出て行ったかと思ったら、また塊になって奥に向けて走ってゆく。

 「キーーーーーーーーーー!!!」、「キャーーーーーーー!!」、「キャーーーー!!!」、「ハハハハハ・・・」 とけたたましい笑い声を上げながら。

 情けないことに、自分たちがいる席のそばに来てその騒ぎやうるささを充分わかっているのに、約40年間、数多くの子供たちを教え導いてきた元中学校長は何も言えないでいた。

 やがて、いつもは気の長い(?)私もさすがに堪忍袋の緒がブチ切れて、後ろを振り向きざま母親たちが座っている席に向かい、店の外にまで聞こえるぐらいの大声で叫んでやった。

 「やかましい!!!! 親はおらんのか!!! 親なら親らしゅう子供の面倒をみんか!!!」。

 店内は一瞬、静まり返った。

 妻は「私もたまらんかった。見てみて、怒られたら静かになったぜ」と笑った。

 しかし見ると、件の母親たちはこちらを向いてクスクスと笑った。「すみません」の一言ぐらいあると思ったが、それもない。

 「このやろう」と思ったが、なんとか思いとどまった。

 高知県東部地域では品格と見識が高いと名高い私だ。(ン?)そんなことをしては男がすたると考えた。バカ親たちに何を教えてやっても無駄で、無法ぶりを叱る自分がみじめになるだけだからと、それはやめた。

 食事の途中だった私はスパゲッティの方に向き直して右手に持つホークにスパゲティを巻こうとするが怒りがおさまらず、震えていた。

 私の一喝で子供らは少し静まったが、そういう事態になっても母親のグループは帰りもせず、話を続けていた。

 やがて、元校長の家族は帰って行ったが、元教育者である自分が私のように叱れなかったからか私の方に背を向けて体を斜めにしてレジの前に立ち食事代を支払っていたが、後ろ姿が少し恥ずかしそうに見えた。息子さんは「いざという時に何も言えないうちのおやじよりも、言うべきことを言うべき時に言えるあんたは偉い」という目で私の方をチラッと見た。私も「当たり前だ、誰だと思っているんだ」(笑)と目で答えてやった。

 かつては市長や校長の職に従事し年収が1000万円とか800万円と貰っていた者でも、社会に出るといざとなった時には何もできないし何も言えなくて、意気地がないようです。「自分」を捨てきれない欠点がありありで、実に情けない。
 

 曽野綾子氏の言葉を借りれば、「日本はどうなっているのだ」だ。日本の若い母親たちは自分の子どもを猫かわいがりにかわいがって、それでその子が立派な日本人になると思っているのだろうか。

 思うが、親が甘やかして育てたために、その子はどこかの市長や市職員や市会議員のように自分勝手な自分本位の考え方をする大人に育ち、やがて他人から後ろ指を指される大人となり、不幸な人生を送ることになると解らないんだろうか。 

 「家で走り回るのはいいが、外に出て店に入ると静かにしなさい。走り回ってはいけません」と躾けの一つもできない考え方が甘い愚かな母親が全国にはたくさんいる。私は、喫茶店で子供をっほったらかしにして話に夢中になっているこの母親たちもみんな、走り回っているこの4歳や5歳の子供と似たような知能しか持っていないんだと理解した。

 「喫茶店という社会の中では静かにしなさい」となぜ叱れないのか。

 子供との外出はそうした社会性を育てるための機会であるはずだが、この母親たちは子供を鍛えるという発想もないらしい。

 曽野綾子氏だけでなく、私も同じことを言いたい。

 「利己主義で、やわで、人前で恥ずかしいという価値判断さえない日本人が、いつからこんなに増えたのだろう」。

 以上が、小学生の時から家業の銘木製材所で仕事に駆り出され、父親から「人に恥じるような不正なことはするな」と教えられて成人し、健全なコンプライアンス精神に則り室戸市の違法な事業案に反対し、違法な行政運営や議会運営に異議を唱え続けてきた、私の感覚である。

 唯、一つ救いだったのは、私たち夫婦が座っていたすぐ後ろの席でコーヒーを飲みながら話をしていた女性二人が「騒ぐ子供をほったらかしにする、しつけができん親が多いよね」と、いま起こった出来事について話していたこと。

 多分、この女性二人も、一番奥の席に座っていた元校長の家族も、子供の甲高い声と私の怒鳴り声で落ち着いて食事もできなかったんじゃないか。だから、私の一声に内心、拍手をしたのではないか。

 でも、大声で叱りつけた時にはびっくりさせたことは間違いない。この声高は、生まれた昭和21年から騒音の中で育ったがために、親を呼ぶのも大声で叫んで呼んでいた。それがゆえに自然と声高になった。普段は本当に大人しい男なんですが、理不尽な出来事が目の前で起こると黙っておれない性分で、声が高くなる。

 ちょっと余談になるが、議員8年間にも不正や品性のない公務員(市長、市職員、議員)に対して怒りに震えたことは何遍もある。

 特に、市長の不正や、市職員の不祥事や、不正に加担する市議たちを見ると胸の中は怒りに震えた。「私たちは市民から職務を負託され、その代償として給料や報酬をもらって仕事をしている立場だ。なのに平気で不正を働き、不正を助けている。不正を働くことによって市民に被害を与えていることが解っているのか。そして、そのことを問い詰められたら、白ばくれるとはどういう料簡だ」と。そう問い詰めても、一人として正直に「不正を働いていました。ごめんなさい。改めます」と認めた市長や市職員や議員はいなかった。

 市議会で私は小松室戸市長に向かってこう教え諭しました。

 「市長、人間とは誰だって過ちを犯すものです。その過ちを犯したことを誰かに指摘された時、素直にすぐにそれを認め、市民に謝罪し、改めれば、それ以後は誰も市長を責めるものはいません。なぜ毎議会このように私が批判し改めよと言うかというと、市長が違法な事業を行っておりながらその不正を認めず、市民への謝罪もなく、改めもせず白を切り続けているからです。こうすれば徳島バスも室戸市も腹が痛まない形で簡単に適法な事業に改まりますので、改めては如何ですか?」。

 市長は自分が行った不正な事業を認めると市民に後ろ指を指されかねないと考え、平成20年の9月から六年五ヶ月が経つが未だに改めようとしない。

 又、議会開催の数日前、担当課長は「企業誘致やきん、もうえいやないか」と口走ったがため、私に「それじゃ、企業誘致だから違法でもいいじゃないか、観光振興になるから違法でもいいじゃないか、健康福祉に寄与するから違法でもいいじゃないかというのか! あんたは今言ったことを本議会の一般質問の時にそう答弁できるのか!」と詰問したら、何も言えなくなった。

 つまり、小松市長も担当課長もその事業が違法だと認識していることになる。

 一方、高知県の部長と副部長も私に詰め寄られると墓穴を掘り、「その事業が違法かどうかは私は言わないし、市町村振興課に聞きに行っても言うなと言う」と返事をし、違法を認めた。

 とにかく、自分が行ったこ業務運営が不正だと深く認識にしておりながら認めないのは、議会答弁で不正を認めると議事録に掲載されてその不正が室戸市政の歴史に長く刻まれてしまうからが、市長が不正を認めないその理由であることは明らかだ。

 室戸市長とこの事業化に関わった市職員は室戸市民に謝罪したうえで私がお教えしたように事業形態を適法な形に改め、そして、県でこの事業化に関わった部長と副部長と市町村振興課職員は県民に謝罪する必要がある。

 私に対して「不正を批判したから謝れ」と言うのはお門違い。謝罪し改めるのは不正を実行した人間が行うべきことだ。市職員は市長にそう言ってお上げなさい。

 とにかく、県職員にしても市町村職員にしても同じだが、公務員はもっと日頃から人間のあり方を勉強した方が良い。何と言っても、会社務めの高知県民よりもずっとずっと高給取りなんだから。

 このように、「自分さえよければいい」の風潮が地域をダメにしていることだけは間違いない。


  (※関連記事)

 奇しくも2月14日の新聞記事だから、喫茶店で子どもが騒いだ日の新聞にこんなコラムが掲載されていた。(読売新聞の「編集手帳」)

 ≪(前略)◆東京都は近く、騒音規制の条例(環境確保条例)から「小学校入学前の子供の声」を除外する改正案を議会に提出するが、子供の声が騒音か否かをめぐり、住民から賛否の声が寄せられているという。◆「子供の声を工場の騒音と同列に扱うのか」と聞けば、心の振り子はそちらに揺れ、「特定の住民にだけ我慢を強いるのか」と聞けば、また揺れる。主張の断層は簡単に埋まるまい。(後略)≫

 本当に奇しくも記事が掲載された同じ日に同じ事例を体験したのには、笑ってしまいました。

 で、私の判断としては、東京都議会は騒音規制の条例から「小学入学前の子供の声」を除外してはならない、とだけ忠告の意味も込め、強くご注進申し上げる。とにかく狂ったように長く叫ぶあの声は騒音以外の何物でもない。
 

 (明日につづく)


※電子情報誌「青空エクスプレス」のアクセス数は、2月20日(金)付けGooブログランキング(213万0079ブログ)中、2861位でした。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

人間らしい生活が続いています

2015-02-17 | プライベート
 昨日のようなたわいもない日々の記録なのに関心を以って見に来ていただいて、申し訳ありません。

 パン屋には早朝の、まだ暗がりの午前6時に家を出ていますので記事を書く時間はなく、12時前に帰宅して食事を作る手伝いをして、食事が済めば洗い物をして、コーヒーを点てて飲み、それが済めばアトリエに入り新作の制作の続き。

 そうして午後5時近くまで描くと、妻と愛犬と共に海岸沿いの堤防をウオーキングです。

 帰宅すると、食事を作るお手伝いをし、夕食です。

 その洗い物が済んで夕方のニュースをしばらく見てすぐにお風呂に湯をためます。たまると7時ごろにお風呂に入り、8時ごろには寝室に行って寝床でテレビを見ながら眠たくなると寝る。それが8時過ぎ。そんな毎日を送っている。

 夜が明けると起き、日が暮れると寝る。原始時代の人たちと同じ生活ぶりです。

 18歳からの長距離トラックの運転手時代は昼間に働き、荷物を積み、夕方出発。関西や名古屋や鹿児島には朝方に目的地に着き、荷物を降ろしたり、丸太を積み、返ってくるのはその日の夕方から翌朝。一日の睡眠時間は3時間や4時間は毎度のことだった。

 20歳の時にはこんなことがあった。

 冬の深夜の午前1時ごろだったが、UDの6トン車の荷台に満載した木製品を大阪市内の市場に運ぶために淡路島を北に向かって走っていて、昼間の仕事の疲れが出て居眠り運転。ハッと気が付いた時には反対車線を走っていた。すぐに右側の窓を見ると2メートル下の畑が見えた。私は大慌てでハンドルを左に回し、そのままならトラックは転倒するからとすぐに右に切った。それでは転倒するからとまた左に切る。それを繰り返しながら左車線に戻って、何とか無事に車を止めることができた。運転席から降り、外の風に当たった。いっぺんに目は覚めました。

 死と向かい合った1秒か2秒だった。その時に死んでいたら、地域雑誌の出版も市議会で市長の不正を追及することもなかった。 

 地域雑誌『あおぞら』を出版していた時は朝7時に家を出て取材や本の販売、夕方6時から8時過ぎまでも夜の街を一軒一軒回って本を売り歩き、9時からは原稿書きで寝るのは午前2時や3時。

 議員だったころに午後11時や12時ごろまで研究や調査などをしていた。

 いつも必死に働いてきた。

 それと比べると、今は本当に人間らしい生活ができています。

 午前4時過ぎに置き、午後8時に寝る生活。

 絵画の専門誌を見て知ったが、私の絵を高知県展で「山脇賞」に選んでくださった審査員で画家の智内兄助先生も午前4時に起きて午後9時ごろに寝る生活だそうで、親近感が湧きちょっと嬉しく思ったことでした。

 こんな毎日です。間違いなく人の二倍や三倍は働いてきたから、初老の年代にもなったことだし少しばかりはこんな楽な生活もあってもいいだろう。

 今日も、パン屋に行ってきます。


※電子情報誌「青空エクスプレス」のアクセス数は、2月17日(火)付けGooブログランキング(212万8667ブログ)中、3017位でした。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

まだまだパン屋の手伝い

2015-02-16 | プライベート
 記事を書くヒマがありません。

 昼までは相変わらずパン屋の手伝い、いや、先々週の金曜日に右腕を痛めていてカンバのモチが入った重い箱を持てない妻の手伝い。

 昼からは新作に筆を入れて制作に励んでいる。

 多分、こういう毎日がこれからも一週間ぐらいは続くと思います。

 因って、今日も長い記事が書けないが、明日にはちょっとした出来事を基にして記事を掲載します。

 乞う、ご期待。


※電子情報誌「青空エクスプレス」のアクセス数は、2月16日(月)付けGooブログランキング(212万8210ブログ)中、3057位でした。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

理化学研究所野依理事長の「保身のガバナンス」

2015-02-12 | 組織のあり方
 トップである野依理事長など組織の首脳陣が責任を取らない理化学研究所の組織の在り方は、明らかに間違っている。


 理研は小保方晴子女史一人の責任を問い、結局組織から排除したが、こんな若くて未熟な研究者の言うことをうのみにし科学誌『ネイテャー』への論文提出を最終的に決定したのは、ほかならぬ、理化学研究所の上層部の科学者たちの意見も聞いた上で理研の理事長である野依良治氏。

 そう、この人物はあの偉大なノーベル賞を頂いた科学者。

 この野依理事長が論文提出の前に「うん、これは間違いなくSTAP細胞だ。これは快挙だ。すぐに論文を出そう」と細胞を確認した後、「STAP細胞をみつけました」と主張する小保方女史を研究グループのトップにし、脇を長年にわたり化学実験を繰り返してきたベテラン科学者(約10名)が固め、これら全員が「STAP細胞はあります!」と自信を以って提出したのである。

 だから、理科学研究所という組織が総ぐるみで科学誌『ネイテャー』に論文を提出したと言え、因って、この件については組織に所属する研究者全員に連帯責任があると言える。

 それが、だ。

 途中から匿名の科学者と思われる人がネットに書き込んだコメントを見て世間が騒ぎ始めると、理研の中もハチの巣を突っついたように大騒ぎ。「どうもSTAP細胞なるものはないぞ」と。そうして小保方氏一人にその失敗の全てを押し付け、自殺した科学者(死ぬことはなかったが、明らかに自分にも責任があると理解した点においては、理研という組織においてこの人一人だけが責任感があるといえる)を除き、他の科学者たちは未だに何一つ責任を取っていない。

 野依理事長に、「科学誌に論文を提出したことはおれは知らなかった」とは言さない。

 未だに「おれに責任はない」と言っているようだが、私に言わせれば「小保方女史が主張するままその研究論文を組織の外に出すように結論を出したのはあんただろうが。責任をとれ!」と言いたい。

 「その点から言っても、今回の事件の主犯は小保方女史ではなくて、あんただ」。

 野依理事長はなぜ辞任しないのか、私には理解できない。

 部下たちと自分の判断力の甘さから招いたこの大混乱の責任を取って辞任すること、それもトップとしての見識ではないか。

 小保方女史は悪い。しかし、未熟な研究者の言う「新発見です!」の話をそのまま真に受けて、確認のための実験もそこそこに、一緒になって「やった、やった」と大騒ぎし何の確認作業もせず、論文を科学誌に提出、マスコミをたくさん呼んで研究発表を行ってしまった理研の理事長と科学者たちの方がずっと悪い。それは疑いない。

 ま、マスコミには賢い公正な判断力がある人間が一人もいないから、いま見ていても、小保方女史を小馬鹿にする記事やテレビ報道ばかりで、「今回の事件は小保方氏よりも、その若い研究者が唱える“新発見”なる話にホイホイと乗ってしまった理化学研究所の野依理事長や論文の共著者として名を連ねた組織上層部の科学者の責任の方が大きい」と主張する報道機関は皆無。

 理化学研究所の組織体質もレベルが低いが、物事を正しく見極められないマスコミ・報道機関も「愚かだ」と言っておきたい。

 小保方女史が理研を退職するそうですが、それも仕方がない。科学者として継続して生きて行ってもいいだろうし、また違った生き方もあろう。理研の組織内部の人間たちがしっかりしてないからのあの混乱。責任はあの組織の上層部にある。若い小保方さんが悩むことはない。

 しかし惜しまれるのは、まだ科学の世界にいたいと思っている若い研究者が世間から袋叩きに遭い、科学の世界から排除されること。

 思うのは、理研にもっと頭のいい判断力に富んだ科学者がいたら、小保方女史がいくら「STAP細胞を見つけました」と言ったところで、「どれどれ」と手順を踏んで実験をしてみたところできなかった場合はそこでストップがかかり、理研のトップに行くこともなかっただろうし論文を科学誌に提出することもマスコミを呼んで記者会見することもなかったのはいうまでもない。

 組織の上層部が馬鹿だったら、部下も同じように馬鹿だと言われてしまい、挙句の果ては世間が言うその「馬鹿」の責任は部下が全部負うことになる。

 このことは、会社勤めの方や役所に勤務している方々は身に沁みて解っているのではないか。


 下に掲載する記事は昨年の4月に書いた記事ですが、いまの理化学研究所の組織の在り方は明らかに間違っていますので、有名大学を出て順風満帆で人生を歩んでこられた彼ら科学者の皆さんによく読んでお勉強をして頂こうと思い、再度、掲載する。

 (ま、ノーベル賞をもらったお方や東京大学等を出て優秀とみなされている方々が地元高校までにしかやってもらえなかった私ごときの記事に目を貸し耳を貸すとも思いませんが)

  ―ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 STAP細胞の発見だとして日本の理化学研究所が科学雑誌『ネイチャー』に論文を提出し掲載されたのが、1月だったでしょうか。

 この研究のユニットリーダーとして研究発表となる記者会見を行ったのが、研究員の小保方晴子さんでした。

 その後、ツイッターで小保方さんの研究に異議を唱える人がいて、それはどんどん膨れ上がり、いまや小保方さんの研究も発表の中身も虚偽・偽装の類として球団を受けている。

 科学に詳しい科学者だけでなく、科学なんて分からない報道の人間たちもテレビに出ている単なるコメンテーターもが小保方さん一人だけが悪いかのように批判を繰り返している。

 果たしてそうだろうか。

 この研究発表の時から注目してこのことについて関心を以ってみてきた。テレビや新聞だけじゃなくて、ネットに出ているこれに関するニュースも検索して読んできた。

 いろんな思いはあったが、記事は書かなかった。

 でも、小保方さんが記者会見を行ってから数日経つが、どうしてもこのことは書かざるを得ないと思い始めた。

 小保方さんが批判され始めたころはこんな指摘はなかったが、最近のコメントの中にはこの指摘も出ている。

 「これじゃ、トカゲのしっぽ切りだ」。

 私は理研が記者会見をした時から、そう考えていました。

 「小保方氏の研究論文にはねつ造した部分がある。他の共同著者は悪くない。研究を行い主として論文を書いた小保方氏一人が悪い」。

 理化学研究所のこの判断には納得できませんでした。

 「ならば、連帯責任を持つと決めた14名のユニットの内の、中心である小保方さんを除いた他の科学者13名の責任は無いと言うのか」。

 組織のあり方に無知な報道関係者は小保方さんのねつ造にしか関心がないが、ふつう組織のあり方を熟知した人はそう考える。

 室戸市政と市議会の不正に腹が立ち続けている私ですが、この理研の記者会見の時からこの事件の理研の身勝手な体質、身勝手なガバナビリティー(統治能力)にまた腹の虫がおさまらなくなった。


 この出来事の基本となる問題点として、科学など分からない私が考えるには次のようなことが挙げられる。

 ①研究を続けるにあたり、研究開始から発表までの歩みを基本に則り適正に記録に残していない(らしい)こと。

 ②新しい細胞を発見したと考えた小保方さんは“前のめり”になり、イギリスの科学誌『ネイチャー』への論文(2本)の掲載申請に慌ててしまい、新しい細胞を発見したとする写真などもどこかからひっぱりだしてきてそれをSTAP細胞としている(らしい)点は、不正であることは間違いないこと。

 ③この新しい細胞の発見を周りの科学者たちに伝えるとその科学者たちは高く評価してくれ、所属する理化学研究所も理由があってこれを画期的な発見だとして記者発表に“前のめり”になったこと、等々。

 この問題発生と混乱の責任は小保方さんにあることは疑いようもない。

 しかしだ。

 基本的には論文を主導して作成してきた小保方さんが悪いのだが、すべての責任は小保方さん一人にあるのだろうか。

 否、そうではないだろう。

 依って、今の「小保方氏一人の責任だ」とする理化学研究所の態度も悪いし、報道各社の姿勢も悪いし、組織の在り方が解っていないコメンテーターの姿勢も悪すぎる。

 そう考えている。

 報道をしているテレビや新聞、そして雑誌など、全ての報道機関は「小保方氏が悪い」として報道を過熱させているが、それが真実だと思っているのか。

 私に言わせれば、「あんたら、バカばっかりだ」。

 有名な大学を出ているにもかかわらず、報道の人間や、科学者や、科学や組織の成り立ちなどに無知なコメンテーターなどには、馬鹿者が多いらしい。

 ネットで「理詰めのすごい人」「磯野波平のような人」と評されてきた小生は、このバカ者たちがみんな小保方さん一人だけが悪いと言い、他の人には責任がないかのような言い方には、どうにも我慢ができない。

 
 言うが、物事には「事の始まり」というものがある。

 このSTAP細胞の研究を発表するに関しても「事の始まり」がある。

 これまで何年も前からのこの研究の歩みについて詳細に知っているわけではないが、小保方さんは早稲田大学の大学院在学中の2008年からハーバード大学医学大学院教授のチャールズ・バカンティー研究室に二年間留学したころも、小保方さんはこの研究を行ってきたとのこと。

 これが事の始まり。

 そして、小保方さんは2011年から客員研究員として所属している理化学研究所でもこの研究を続けてきた。

 これが経過だ。

 そして今年、小保方さんから理化学研究所に所属する上司に当たる科学者たちに「新しい細胞を発見したように思います。確認してください」、そう伝えた。(こう伝えずに新発見の発表はしない)

 理化学研究所の科学者たちは色めきたった。

 「これはIPS細胞以上の、世紀の大発見だ」、

 「今国会では2組織に特定国立研究開発法人の指定を行うことが決まっている。チャンスだ。この研究論文発表によってこの理化学研究所の特定法人の指定は間違いないぞ」、

 「もう3カ月もしたら国会で指定の審議が行われるから、急げ」。


 そうして、理化学研究所には長く理学や化学の研究に従事してきたたくさんのベテラン研究員がいるにもかかわらず、若い研究員の小保方さんが示した研究実験の結果の中身(論文の内容及びそこに使われた写真・データ等々)も厳密に再検証もせず、いわゆる“チラ見”してゴーを出した。

 『ネイチャー』誌に掲載されたSTAP論文2本には理化学研究所内外の科学者たち計14名の共同著者がつき、主論文には小保方さんのほか7名が共同著者として名を連ねて、掲載を申請。これが受理され、掲載された。

 (※主な共同著者は次の科学者たち。丹羽仁史氏、若山照彦氏、笹井芳樹氏、小島宏司氏、大和雅之氏、M・バカンティー氏、C・バカンティー氏) 

 それを受けて理化学研究所は記者発表を行った。これからは皆さんご承知の流れにある。

 そんな時、多分、化学に詳しいだろう人が、ツイッターで「この論文に掲載されている写真などはおかしい」と疑義を提起。

 それにまずネットユーザーが食い付き、続いて新聞やテレビ、週刊誌など報道各社が食いつき、その大騒ぎに理研が驚き、研究所内も大混乱した。

 それを理化学研究所内部ではこう考えた。

 「これは大問題になってしまった。そもそも小保方の研究を真に受けてそのまま信じてしまったおれたちの失敗だった」。

 「しかし、小保方を信じたおれたちの間違いですと記者会見したら真近に迫っている特定国立研究開発法人の指定は露と消えてしまいますよ」。

 「それに、わたしが共同著者になったのは野依理事長から『特定法人の指定はこの新細胞発見が世に出れば間違いないから、協力してくれ』と頼まれたからなっただけで、私はあの論文の中身も見ないまま共同著者になったんですよ、理事長。」

 「それなのに、このまま私たちまで論文不正の片棒まで担がされたら、科学者としての私たちの今後はどうなるんですか。野依理事長、どうにかして下さいよ」。

 理事長「わかった、わかった。ではこうしよう。あのSTAP細胞発見の論文は小保方一人が作ったもので、共同著者になった他の科学者たちには全員、責任がないということにしよう。出来たらそれぞれも記者会見して『自分は小保方氏の論文の内容についてまでは知らなかった』と公表してくれ」。


 その後、共同著者である科学者たちは次々に記者会見を開いて、卑怯にも「私は論文の中身があんなにもずさんなものだとは知りませんでした。論文を取り下げます」と逃げ続けている。

 共同著者である科学者たちにはそれを引き受けた時から【連帯責任】が発生している。それを無責任にも、若き女性研究者を見殺しにするように「おれたちは論文の内容を知らなかった」、「おれたちには責任がない」と白を切り続けている。  

 実に無責任で、ふざけた話だ。

 論文の内容や細胞があるのかないのかも確認しないで「私たち科学者グループはSTAP幹細胞を作りました。これは世紀の大発見です」と世界中に公表しておいて、「おれたちは論文の内容を知らなかった」とは一体どういうことなんだ。

 むしろ、写真や論文の“切り張り”し不正な形でこの論文を作成して科学誌『ネイチャー』に提出した(のであろう)若い女性研究者の小保方さんの方がずっと潔いじゃないか。

 こうした状況が続き、現在に至る。


 何か今「改革委員会」とかを立ち上げて自分たち理化学研究所を守る算段をしているらしいが、とにかく話にならん。

 理学者や化学者は理科学については詳しいらしいが、組織の在り方については頓と無知らしい。

 ノーベル賞をもらうほどの人間でもそれを全く解っていない。理科学は解るが、組織経営に関しては、無知だ。

 それに彼らがやっていることは、組織を守ることばっかり。組織経営に無知な人たちが組織を守るために四苦八苦しているという構図。

 「組織を守ること」と「組織を健全に統治すること」とは違う。

 所謂。ガバナビリティー(統治能力、統率力)。

 組織を守ろう守ろうとすればするほど、公正な組織統治(統率)は出来なくなるものだ。

 私はこう考えます。

  「組織統治は、公正で、筋の通る経過と結果でなくてはならない」

 では、理化学研究所が下した「今回の研究論文発表に関しては、小保方氏一人が悪くて責任があり、他の共同著者になった科学者たちは悪くないし、責任も無い」の判断は公正で筋の通る結果といえるのだろうか。

 否、理研の結論は組織の在り方からは完全に破たんしているし、筋も通らない。


 そこで、私が下す判決は、次のような判決文となる。

 小保方氏の論文内容にはこの研究とは関係のないSTAP細胞ではない写真やデータを他から持ってきて切り張りしてあり、ねつ造などの不正があったことは疑いようもない。だから、その点についての責任は取らなくてはならない。

 但し、この新細胞発見に関する問題の責任は小保方氏だけではなく、イギリスの科学誌『ネイチャー』への論文提出に際して共同著者となった理化学研究所の科学者たちも同罪であるのは疑いようも無く、責任がある。

 よって、この一連の問題は一つのユニットが疑義のある論文を科学誌『ネイチャー』に提出したことから生まれた者である以上、責任はリーダーである小保方氏だけではなく、他の共同執筆者も同様の責任を取るべきである。

 加えて、小保方氏の『ネイチャー』への研究発表を法人である理化学研究所が国による特定法人の指定を受けんがために利用したのは疑いようもなく、故に理化学研究所自体にも責任があり、理事長の野依氏も責任を取らなくてはならない。

 唯、小保方氏曰くところの「STAP細胞はあります」に関してはまだ事実か虚偽かは明確に判断されていない。だから、小保方氏による指示の下で実験を行えばSTAP幹細胞が出来ることも大いにあり得る。

 もしだ。細胞発見までの過程は研究者としてまだ未熟であるため明確・詳細に解説及び証明をできずどこかから写真などを持ってきて“切り張り”して取り繕ったが、もしそうしてSTAP幹細胞ができたとならば小保方氏は世紀の大発見者であることは疑いなく、再び世界中から称賛されることになる。

 何においても、評価に年齢は関係ない。小保方氏のノーベル生理学・医学賞受賞も夢ではない。

 一方、もしそうなったときには、それまで小保方氏を批判・糾弾してきた物事を客観視できない日本中の報道各社の人間や科学者、評論家、国民たちは、土下座して小保方氏に謝罪しなくてはならない。



 日本には“喧嘩両成敗”という、よいことわざがある。

 だから、理化学研究所を守ろうと画策する人たちに因る“トカゲのしっぽ切り”で問題を済ませてはならない。

 
 土佐弁で言うと、理研のような行いを「へすらこい」という。(「狡い(こすい)」。「あざとい」の意)

 理化学研究所という組織を守るために一人の未熟な若い研究員だけを切り捨てるなんてことは許されない。

 ビーカーやフラスコや顕微鏡に囲まれて小さな細胞にばかり注目していると、「連帯責任」なんて組織のあり方なんか解らないんだろう。


 それとこの事件を見ていて、もうひとつ解ったことがある。

 この理化学研究所にいて研究に没頭している人たちは公務員ではないが、国から毎年約1億円の予算をもらって運営している独立行政法人。いわばち国家公務員のような処遇にある。だから、室戸市政を見て解るが、公務員は法律を守ってこその組織のあり方よりも自分たちの身を守ろうと苦心するのは、全く同じ体質にあると言ってよい。

 地方公務員は地方公務員法を順守して職務に励むべきであるが、32条の「法令を順守したうえで、上司の命令に従いなさい」の法令を守らず、この条項を「上司の命令とならば、法令を順守しなくてもよい」と実に緩やかに解釈し、地方自治法も地方公務員法も守っていない。

 「組織統治は、公正で、筋の通る経過と結果でなくてはならない」。

 いざ問題発生とならば、法律を順守しながら、道徳心を以ってその組織のあるべき結論、組織の取るべき筋の通る結論を導き出し、中岡慎太郎ではないが涙を抱えて全貌を公表すべし。

 これこそが、組織継続の基本となろう。

 (追記)昨日、ネットには次のような数少ない「理研はおかしい」とする記事もあったので、ご参考まで。

 ≪(中略) 研究倫理に詳しい御園生誠・東京大名誉教授は「共同研究者は当然、生データをベースに議論すべきだし、それを怠ったとすれば問題だ。不正行為に直接手を出していなくても、指導的立場にあったシニアの研究者たちの責任は、小保方さんと同等以上に重い」と話す。≫

 また、尾木ママも ブログでこう指摘する。

 こんな声も世間にはあるんですが、テレビではこういう声を挙げる人は一人もいない。

 いつも言うように「どいつもこいつも」で、バカばっかり。

 そういう人たちは、「まー、えいか。小松市長の出してきた議案に賛成してやれば波風が立たず、次の選挙も当選するだろう」と考えて地方自治法違反の不正な議案に賛成している室戸の市会議員と同じ体質にあるということか。

 “寄らば大樹の陰”か。

 皆さん、ホントに世渡りがうまいナー。感心する。

 それに比べ、私の何と世渡りの下手なことか。

 我がことながら、これも感心する。


 最後に。

  「野依さん、あなたの誤った判断がこの出来事をミスリードしたものであり、組織のトップにいるあんたが一番悪い。あなたは理事長を辞任すべきです」。

 しかし、ほんとうに皆さん、組織のトップになると自分の知識不足でミスをしても職に恋々として辞めませんね。野依理事長然り、小松室戸市長然り。

 みんな、きっと居心地がいいんでしょうねぇ。


※電子情報誌「青空エクスプレス」のアクセス数は、2月12日(木)付けGooブログランキング(212万7106ブログ)中、2632位でした。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

毎日、パン屋のお手伝い

2015-02-11 | プライベート
 先週の金曜日、妻がパンの配達中に転倒し右腕を痛めたため、先週の土曜日からその助っ人としてパン屋に手伝いに行っています。

 朝の早いパン屋へ早朝6時過ぎに妻とともに出勤。饅頭やイモのモチ、カンバのモチ、食パン、あんパンなどの菓子パン等々、その包装と箱詰に大忙し。

 そうして今度は、出来た商品を軽四の箱バンに積み、市内の各店に配達。

 唯、こういう仕事は以前、毎年年末になるとモチの配達に明け暮れていた経験があるので、慣れたもの。「まいどー!」と入っていき、「どうも、ありがたとうございましたー!」と出てくる元気さで、自分で行っちゃなんですが、まるで若者の店員さんみたいな仕事っぷり(?)。横にいるケガがまだ癒えない妻の指示に従い配達の仕事をこなしています。

 こうして毎日、日頃の女房の仕事の忙しさを再認識しています。

 だから、現在は女房孝行をして毎日を過ごしています。だから、自然と二人の愛は深まっている。(笑)


 (追記)

 今日のパン屋のお仕事は祝日とあって、学校や各店へ配達するパンの製造はお休み。カンバのモチだけを作って配達、9時半にはお仕事は終わりました。

 それからは妻と二人で北川村の友人が経営する喫茶店に行きましたが、その途中、奈半利町の交差点を右折しようとした時、後ろについていた車が横に来た時、「ピッピー」とクラクションを鳴らします。ふと見ると、議員2期目にお世話になった方がこちらを見て笑っていた。

 私が載る車の後部ガラスに「谷口絵馬修復工房」の文字があったことから私と分かったみたいだった。

 懐かしい顔に出会えて嬉しかったなあ。あれからもうだいぶん経つが元気でやっているようで、それもうれしかった。

 私のこのブログの読者だと思うから、室戸市の現状も解っているんでしょう。

 「あなたはあの時に決断してよかったんです」の言葉を贈ろう。



※電子情報誌「青空エクスプレス」のアクセス数は、2月6日(金)付けGooブログランキング(212万5481ブログ)中、2799位でした。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

まちの政治の在り方、地方議員の在り方について

2015-02-06 | 政治家のあり方
 『論語』にあります。

 「不義にして富み且つ貴きは、我に於いては浮雲之如し」

 この意味は、「正しくないことをして儲けたり、出世したりするのは、私にとっては空に浮く雲のようなもので、どうでもよいことだ」。


 私は『論語』のこの言葉に共感し、人生訓として生きてきました。

 喫茶店を開き町づくり活動を実践していた四年間や地域雑誌を出版していた足掛け八年間は特に、重なる借金で家族に辛い思いをさせながらも、県東部活性化の一助になればと頑張ってきました。

 その後の議員として働いた八年間も、室戸市の不正な行政運営やそれに賛成する市議会の誤った判断に同調してまで、国民、県民、市民の税金である室戸市の予算から報酬をもらって生きていこうとは思いませんでした。だから、市長に因る不正な事業案や行政運営には堂々と反対してきたし、議員が違法な事業案に賛成していることにも「その判断は間違っている」と言ってきました。

 又、平成19年11月からこの26年12月の本議会の直前まで不正な議会運営が続いています。

 市長の要請を受けた議長が議会開会の直前になると議員総会を開き、本来は本議会の「大綱質疑」の日に質疑応答をして行うべき議案審議を、市民の傍聴もない、そのような場で不正な【議案の事前審議】を恒例のように行っていて、その度に私一人が「衆人監視の本議会でやるべき審議をこんな形でやるべきではない」と言ってきました。しかし、この指摘に市長も議長も耳を貸さないし、他の議員もその会議に参加して不正な議案審議となる質疑応答を繰り返して行い、これが現在も続いています。

 このような私の「もう不正なことはやめよう」という言動に、「谷口は市長を批判したり議員を批判している」と言う市民がいます。

 これは政治を知らない人の言う言葉であり、的外れ。批判するなら不正な政治を行った者たちに言ってやればいいんですが、政治的知識と勇気がないから言えない。だから言いやすい谷口の方を責め、議員職から退いた今もやっきになって批判しています。私がまた議員となって議会に登場すれば、「市長、市職員、議員が行う不正な運営を追及されるから」がその理由。

 国でも地方でも、政治の基本は「法令遵守」です。首長と行政職員はその職に就いた時から地方公務員法において全ての法令を守りながら職務を遂行せよと命じられている立場にあります。

 そして、地方議員の職務責任の基本は、「行政の監視」です。議員は議員になった時から住民からこの職務を負託されており、この業務を粛々と遂行する責任があります。


 解りやすく言えば、大相撲で土俵の周りに座っている勝負審判の親方たちと同じ役目を担っているのが、地方議員。土俵上には勝ち負けを決める行司がいますが、親方衆はその勝負を監視し、行司が行った判定を吟味し、どちらの勝ちか負けかだけでなく、「反則をしていないか」など力士として健全な勝負内容かどうかまで見て最終的な判定を下す。地方議員もこれと同じ任務を負っています。

 そして又、地方議会には一つの“ものさし”が必要だともいえます。

 “ものさし”とは、“善悪などを判別する定規”のこと。「ダメなことは、ダメ」と言える議員が必要なんです。「ならぬことはならぬものです」は、あの大河ドラマ『八重の桜』で会津藩の藩校・日新館で少年たちが孔子の教えである「論語」で学んでいた人生訓ですが、今の日本にはこれが決定的に欠けています。
地方議会には、「ならぬことはならぬものです」と勇気を以ってハッキリと言える議員が必要です。

 こんな議員が議会にいないと、今の室戸市議会のように、違法な事業が誰に知られることもなく事業化され、市民はそれによって自分たちのお金である市の予算を無駄な事業に使われ、知らない間に被害を受けることになります。

 ですが、議会に市民の名代としての職責を果たそうとする善悪を判別できる議員が一人いて、「それは違法じゃないか」、「それは不公平な事業になるじゃないか」と毅然と発言できたら、自治体の事業が決定される議場に一つの“ものさし”ができるということになります。

 その時、例え無分別な議員たちによってそのまま不正な事業が可決され、実施されたとしても、傍聴する市民はその発言から「はて、あの議員が指摘するように、あの事業は本当に行ってはならない不正な事業なのか、それとも、行ってもよい公正な事業なのか」と考えます。そういう効果が生まれます。

 でも、そうやって私が室戸市の不正な政治と一人で戦っている時でも、こんな声が何度も聞こえてきました。「谷口は議会で頑張っちょうようやけんど、一人で頑張っても何にもならん」。私は思いました。「じゃあ、市長や議員がやっている不正な政治運営を放っておけばいいのか」、「私がおればこそ、行政の状況と議会の実態が解ったんじゃないのか」と。

 このように、議員だった八年間、室戸市議会において行政の違法や不正を改めさせようと努力してきましたが、そのことを面白く思わない人たちは「あいつを落とせば市長も議会でとやかく言われなくて済む」と考えて落選運動を企み、妻と二人で頑張った選挙は7票差で落選という結果になりました。

 これには、議員職を本業にして真剣に仕事に取り組んできただけに、ひどく落胆しました。「孤立無援の議会で一人頑張っている議員をなぜ正しく評価できないのか、なぜみんなで支えられないのか」と。「批判される側には、それなりの理由があるから批判されるんじゃないか」と。

 とにかく室戸市は話になりません。

 住民の意思を無視した不正な政治や不正な選挙が続いているのは、いわば、“不治の病”。この“病”は今後においても絶対に治らないでしょう。

 因って、「浮雲之如し」と生きて行くのが一番いいと考えた。

 これからは夫婦二人で、誰に邪魔されることもなく静かに、それでいて情熱を以って逞しく余生を生き抜いていこう。そう決めた。


※電子情報誌「青空エクスプレス」のアクセス数は、2月6日(金)付けGooブログランキング(212万5481ブログ)中、2799位でした。 
コメント
この記事をはてなブックマークに追加