青空エクスプ レス

日本ではオンリーワンの手書き地域雑誌『あおぞら』の編集発行人を経て、室戸市の政治を監視する改革派議員三期目。

地方自治法の「議会公開」の原則

2015-01-31 | 組織のあり方
 議会情報の公開について。

 まず、議会の情報公開は、いま全国で広がっている議会改革の大前提であり、各市町村議会には私が開設しているこのブログなど、WEB上での公開も含めて、情報公開のためのたゆまぬ努力が求められている。これが、全国の市町村議会が置かれている現状です。

 この地方分権の時代にあって、議会の存在意義は強化の方向にある。市長等執行機関に対し、市民の代表者として堂々と議論を展開するためには、議員の日常の調査・取材活動の飛躍的な向上は欠かすことができません。

 議員の為すべきことに挙げられるのは、

 ●公費の使途など行政情報は納税者である市民に明解に説明すること。

 ●議会情報の全てを市民に公開すること。

 ●市民の批判には謙虚に耳を傾け、市民と共に話し合い、改めるべき点は直ちに改めること。

 ●そして、議員という特権意識を捨て、市民の目線で物事を考えること。

 これらのことを議員が理解できていれば、議会で誰が一般質問や質疑をし、誰が質問、質疑をしなかったか程度の、傍聴者が既に知っている議会情報を広く一般市民に公開したことぐらい、当たり前のことだとすぐに分かると思います。

 議会は「公開の原則」が基本で、議員は知りえた全ての情報を市民に公表する義務と責任がある。

 議員は「非常勤特別職公務員」であっても、地方公務員法第34条のいう「公務員の秘密を守る義務」は「特別職の公務員である議員には適用されない」と規定されている。また、それだけでなくて、議員は「議会公開の原則を守る」義務を負い、「議員として得た情報を市民に公開する」責任があり、秘密会以外は職務として知ったことを話しても何の制限も罰も受けない。

 議会制民主主義の基本である条項として、地方自治法第115条で「地方公共団体の議会は、これを公開する」と定めている。「議会公開」の原則とは、①傍聴の自由 ②報道の自由 ③会議録の公表です。


 現状としては、議員が守秘義務を勘違いしたり、自分が議員としての職責を果たせない恥の部分を市民に知らせてほしくないという思いから、議会情報を市民に公開することをセーブしたり、他の議員が情報を公開することを阻止する動きがあるのは事実で、これはどこの議会でも同じであろう。だからといって、この情報公開の時代、議会改革の時においては、疑問だ。

 議会の情報、各議員が行う質問、質疑、討論、採決などの言動の情報は、全て市民と共有するのが原則である。このことは、傍聴人がいる本議会でも傍聴人がいない委員会でもいえることだが、これら議会中の情報は、もうその時点で情報の全てが市民に公開されていると理解していなくてはならない。

 市民に何を伝えるかは、個々の議員に任されているわけではない。行政情報の全て、議会情報の全ては、市民のものである。そして、それはその情報が発生した時から市民のものである。


 《議員のミッション(使命)とは何か。ミッションは、その組織や機関が「誰のために」、そして「何の目的で」存在しているかを考えると容易に把握する事ができる。その上で、議会が「住民のため」にあり、「住民が自治体から良質で低コストの行政サービスを持続的に受けられるよう、自治体の基本方針や重要事項を決定し、執行機関を監視しチェックする」ことを目的として設置されているとの考えには、大方の賛同が得られるだろう。》

 雑誌『ガバナンス』の中で片山善博前鳥取県知事はこう記し、議員はそのミッション(使命)を忘れてはならないと説く。

 とにかく地方議員は勉強が必要です。


※電子情報誌「青空エクスプレス」のアクセス数は、1月31日(土)付けGooブログランキング(212万3834ブログ)中、3533位でした。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

イスラムの過激派組織は「イスラム団」と呼ぼう

2015-01-27 | 国のあり方
 以前からおかしいと考えてきました。

 日本の政府も、報道各社もが、あのシリアとイラクの二国にかけて勢力を広げる過激派テロ組織「Islamic State」のことを和訳して「イスラム国」と呼んできたことを。

 「国じゃないのに、なぜ国と呼ぶのか」と。

 日本ではその英訳が「STATE」だからとそのまま「国」と訳して使っているのですが、「国」の形態を保持してもいないし、世界中において「国」だと承認されていないんだから、これはどう考えてもおかしい。又、この名称について日本の報道各社から疑問符をつける人間が一人も出て来ないことにも、おかしいと感じてきた。

 「イスラム国」は、言わば暴力団のスケールを大きくした過激派集団であることから、「国」ではない。

 だから、私は以前から日本においては、あのテロ組織は「イスラム団」と呼ぶべきだと考えてきた。

 
 そんなことを考えてきての昨日のこと、政府は邦人人質事件を巡り、過激派の「イスラム国」を 「ISIL(アイシル)」 と呼ぶ方針を確認した。その理由として谷垣幹事長は「『国』という表現を使うと、日本が独立国家として承認している印象を与えかねない」としている。

 だったら、そんな世界各国が集う会議のような名称ではなくて、もっと悪い組織体質を表現した名称として今後は “過激派テロ組織「イスラム団」” と呼ぼうではないか。

 それにしても何とかならないものでしょうかねえ。あの「イスラム団」と、戦争事が好きで世界各地を騒がすイスラム教を崇拝する中東の国々は。


※電子情報誌「青空エクスプレス」のアクセス数は、1月27日(火)付けGooブログランキング(212万2910ブログ)中、2750位でした。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

公務員の倫理性

2015-01-26 | 公務員のあり方
 今日は公務員がテーマ。


 一言で「公務員」といってもひろーござんすで、結構幅広い。

 国家公務員と地方公務員については皆さんご存知の通りです。ですが、公務員とはその人たちだけを指すのではなく、別に、「常勤特別職公務員」や「非常勤特別職公務員」がいます。

 「常勤特別職公務員」は役所で常勤の都道府県知事や市区町村の首長を指し、「非常勤特別職公務員」とは非常勤の都道府県の議員であり、市区町村の議員のことをいう。だから、首長も、地方議員も、地方公務員も、行政に関わっている人の大半がみんな公務員ということになります。

 ・・・と前置きして、本題に入る。

 テーマは公務員の「職業倫理」について。このことに関しては、議員だった初めて議員になったころに室戸市の「公務員」(ここでは、市長、市職員、市会議員を総称していう)の行動について大きな疑問を抱き、参考書を買ってきて勉強をした。

 その本の解説を要約し、注釈も加えながら簡単に説明したい。


 一般社会において、それぞれの職業にはその職業にふさわしい倫理がある。

 この「倫理」は、「その職業にふさわしい行動原理」と解される。又、この行動原理は、個人がそれぞれ就いている職業を通じて社会に貢献しようとする際に必要なもので、期待されているもの。

 一般的にいうと、この職業倫理に基づく行動原理にはいくつかある。

①勤勉であること。
②ルールを守ること。
③能率向上を図ること。
④職業のイメージを損なわないこと。等々


 これらの職業倫理に加え、公務員には「公務員が公務員として社会に受け入れられ、期待されている行動原理」があり、その「公務員倫理」が求められる。

1、公務の特性に関して

 公務員が行う公務とは、住民に負託(負い託される)されたもの。公務の目的は、公共の利益の追求にある。故に、一般社会とは別の特性がある。

公益性・・・民間の企業や商店は利益などの目的追求を行うが、地方公共団体(自治体、つまり行政)は上で述べたように、基本的には公共の利益を実現することです。営利目的で事業を行う民間の会社と違い、社会的には必要性が高いが企業が手をつけないことや住民の権利・保護に関すること、また、多岐にわたる価値観を持っていることなどから、公務には高い倫理観が求められる。

公平性・中立性・・・企業間の商品取引や企業と消費者との取引まで、一般社会の商取引では特定の者を優遇したり時間・時期によって商品の価格を変更したりするが、公務の場合は法令等(国の法律、自治体独自の条例や規則や要綱など)に従って住民に対してサービス(業務・役務のこと)を行わなくてはならない。因って、首長や職員の裁量により特定のものだけを優遇することは許されない。併せて、公務はこの公平性・中立性を損なわずに住民の要望にこたえられるよう、誠実に対応しなければならない。

公正性・・・これは私が言わなくてもお分かりのように、公正性の基本は法令を順守すること。今よくいうところの「コンプライアンス」。法令を厳格に守った上で行わなくてはならない公正な公務とは、「一部の利益を追求することなく、公益を誠実に追及すること」。その時、法令は「それら行政が行う公益を民主的に実現するための手段」となる。

 この時の法令には主に地方自治法や地方公務員法などがある。行政において、よく「公益につながるから」といってこれらの法令を行政に関わる者が柔軟に取り扱い公務を遂行する例がみられるが、「公益につながる」、「事業推進に有効的」だからといって、法令を無視したり柔軟に取り扱って公務を遂行してはならない。このことは厳しく認識すべきである。

 その典型的な例が、この地方自治法違反事件であり、それに関連したこの記事です。

 この事件はいまだ解決しておらず、室戸市と室戸市議会、室戸市監査委員会、高知県市町村振興課が「適法」とした違法状態のままの建物は室戸岬港の県有地に建っている。全国の地方議会の議員諸氏も高知県に県外視察に来られたときには室戸市にも立ち寄って、後学のため、地方自治法「公の施設」違反のこの施設を視察していただきたい。

独占性・・・行政が行うサービス(業務)とは、住民がその行政のサービスや対応に不満を持ち他の自治体からサービスを受けることはできないし移り住むこともまず不可能である点から、公務とは独占性があるものだといえる。この公務の独占性は、公務員に意識の低下を生み、企業や商店に勤務する人たちが持っている心掛けが薄れてゆく。

 「サービス精神の欠如」、「創意工夫などに関する意識低下」、「つぶれることがない組織に勤務しているという安心感から生まれる意欲の欠落」、「首長が自分はこの自治体の社長だと勘違いし、自治体の社長は住民だということも解らず住民無視で不正な事業を行う」等々、この独占性が公務員に意識の低下を生み、その意識低下と分不相応に高い給与や報酬が「おれたちは偉いんだ」という勘違いを生み、その勘違いによって、傲慢且つ不遜な意識を生み育てている。

 公務員は、一般社会の社員が行う業務態度からよく学ぶことが肝要。スーパーの店員が消費者の動きを見て、声を聞いて、その日の商品を入れ替えていることから学ぶことだ。

権力性・・・公務は法令に基づいて行い、時には相手の意思に関わらず行われること(強制執行)もあり、こうした背景から公務員は職務権限を自分たちの権限だと勘違いし、相手に対して高圧的だったり横柄な態度をとる。

 これについては、議員時代に市職員や元市職員の市議が高みからものを言う態度を何度も見てよく解ったが、公務員は住民の意見や批判を誠実に受け止め、謙虚な気持ちで住民サービスに対する改善に努力すべきである。すべて住民のものである自治体の予算を「これはおれの権限だ」と首長や職員が画策して勝手気ままに不正な事業に使ってしまうことなども、あってはならない。その陰で住民が泣いていることをよく理解することだ。

2、公務員に求められる行動意識に関して

公益の実現に努力すること・・・目先の現象にのみとらわれず、冷静に「何が真の公益か」を追及すること。

 いい例がある。市長が時期選挙を見据え任期中の成果(高速バスがまちにやってくる)を追い求めて地方自治法違反の施設を強引に建設し、いま以って改めない。公務員がそんな自己の利益を図ることなど以ての外で、その施設の特定企業の社員宿舎には公益性や公共性のかけらもなく、市にその建設費1444万円を返還すべき。

公正に職務を遂行すること・・・公正な職務は法律というルールを順守しながら行うことが基礎となるが、もうひとつ、公正な業務ルールを順守しながら行うことも求められる。

 そこで第一に思い浮かぶのが「口利き」、「働きかけ」。行政には、団体や企業の幹部、地方議員など社会的な地位にある者や、友人や知人や有名人などから有利な取り扱いを求めて働きかけが行われるが、この口利きや働きかけには、あっていい働きかけとあってはならない働きかけがある。

 「あっていい働きかけ」とは、こんな事業を行ってはどうかと、企業や団体、個人など、特定される者が一切ない形の提案。平成19年11月に私が周辺住民の賛同の声を基に小松市長に直接要請した「南海大地震時の周辺住民の避難路として、室津川沿いに室戸大橋から室津港まで行ける市道室津港線を整備してほしい」。これが適正な働きかけ。でも、これは正規の「提案・要望」であり、「働きかけ」とは言わない。

 「あってはならない働きかけ」とは、「キラメッセ室戸の指定管理者を公募しているが、その管理者にバーデハウス室戸を頼む」、こう市長に依頼した県議がいたが、この公募にはその会社以外も応募していることもあって、これはその県議と親密な関係にある特定企業を管理者にするよう働きかけており、明らかに不正な「悪しき働きかけ」。この件は議会において私が暴露したため、未然に防いだ。

 このように、公務員は法令の順守とともに業務ルールの順守も念頭に入れ、公正な職務執行を保持することが肝要だ。これが「公正」というものである。

公私のけじめを自覚すること・・・住民から自分たち公務員が行う公務に対して信頼を得ようとしたら、公私のけじめをつけることが肝要。

 夕方、職務が終わり、帰宅する時、公用車を家に乗って帰ったりする。又、昼食を外で食べるからと公用車を乗って行って事故を起こす。それを他のものが業務中だったと虚偽の証言をして庇う。

 反対に、公務を行う時に公用車がないからと自分の車に乗って行くこともよく見かけ、これはいたしかたないとも見えるが、正しく言えばこれも公私混同。もし勤務中にこの自家用車で事故を起こした場合、公務中といえども自己責任となり、「公正」の観点から言えば相手の車の損害賠償金は行政(保険)から支出できても自分の車の賠償については行政から支出できないのが当然。(市町村はこれについてどのように行っているのか)

 高知市の県庁に業務で行った帰りに、用件が早く済み帰るにはまだ時間があるからと、途中の町のあまり目立たない喫茶店に寄り道してお茶をする。会社の社長ならいざ知らず、日々の生活に困っている住民が納付した税金を入れてある“財布”(自治体の財政)から年間600万円も700万円ももらっている公務員が、これ。住民が腹を立てるはずだ。これでは公務中の意識が希薄と言われても反論できない。考慮すべきは、いつも住民に反論でき得る行動認識を持っていること。それに尽きる。

自分の行動を客観的に見ること・・・
一住民としての行動にも注意すること・・・

 公務員はよく住民からこう陰口をたたかれる。悪くないことでも悪く言いやすい立場にいるから、悪く言われる。だから、公務員は常日頃、世間の常識から乖離しないよう、深く染みついた意識の高みから下りてきて住民と会話する習慣を持つことが肝要。そして、自分を客観視することはなかなか難しいことだが、そう努める。これは自分を冷めた目で観察すれば見えてきます。

 「あの職員は酒を飲みよった」、「あの職員は女好きだ」、「あの先生は常識を知らん」とか。酒や女の人が好きなんて、男はだいたいみんなそうだから、酒を飲んで暴れるとか、女の人にちょっかいを出して困らせるなんて、度を越さなきゃ悪いことではないのに、酒を飲んでいる姿を見たり女性と立ち話をしているだけで、住民からそう悪く言われてしまう。

 「常識」も、人それぞれその基準は違うものだ。ただ、役所や学校内にいて「常識」だと思っていることでも、一般社会の人たちがそれを見たとき、それを「常識」と言えるのかはまた別の話。注意が必要です。

 議員にしても、人一倍真面目に職務に励んだ議員でも住民が投票してくれたのは有権者の3.4%で、後の96.6%は他の候補に投票している。これが住民の考える「常識」。このことから、議員が市民のためにと真面目に職務を遂行することが世間の「常識」ではないことがわかる。だから、世間の「常識」とはそれが正しいことか間違っていることか、で判断されるものではないということになる。私は正しいことを一所懸命に行うのが世間で受け入れてくれる「常識」だと思い8年間頑張ってきたが、そうではなかった。

 このように、「常識」だけは人それぞれで、一言で言えることではない。

 
 取りとめもなく要点だけ書いてきた。私が詳細に書き始めたら切りがないので、最後に簡単にまとめて終わろう。

公務員という職業を行う時に大事な行動原理は次の五つ。

①まちをより良くしようとする飽くなき探究心を持ち、且つ、勤勉であること。
②国の法律はもとより条例・規則・要綱などのルールを守り、そのうえで上司の命令に従うこと。違法な上司の命令に従ってはならない。
③勤務中は休むことなく、より効果的な業務を行えるよう苦心し、能率向上を図ること。
④公私の区別を自覚し、自分の考え方や行動を客観視できる目を養い、職業イメージを損なわないこと。
⑤給与や報酬は住民から貰っているという観念を常に持ち、それをその職にいる限り忘れてはならない。

 

 2の④で「自分の行動を客観視する」と書いたが、上司がそんな物事の良し悪しについて正しい見方が出来ない人ならば、自分がそれに気が付くようにならなければいけません。
 
 以上、首長、行政職員、そして地方議員の皆さんら「公務員」が守らなければならない職業倫理について、ご参考までに書かせていただいた。


 但し、この記事を見て腹を立ててはいけません。記事のどこかに自分の仕事ぶりを改めるために役立つ文章があれば学べばよいし、「ヘッ」と思えば忘れてしまえばよいだけのこと。こんなおじさんの“教え”など論語ほど重きものではない。公務員の皆さんそれぞれが「おれが一番だ。誰の教えからも学ばない」と思えば、そうすればよいだけの話です。

 又、自分たち公務員(首長、行政職員、議員)が法令等に違反して公務を行っておいて反省もなく、その不公正を指摘され批判されたからといって、住民に向けて反論するなどあってはならない。改めるべき原因は公務員の側にあり、甘んじてお受けする度量が必要。なぜならば、公務員は全員が住民に食わせてもらっている立場だからだ。それがいやなら、その公務員は辞職すればよい。そうすれば、その公務員は同じ住民同士となるから、自由に発言し、住民を批判することができるようになる。

 このように、公務員であろうが一般住民であろうが、いつも自分の“立ち位置”を自覚することは大事だと私は思っているが、公務員の皆さんはいかがお考えか。



※電子情報誌「青空エクスプレス」のアクセス数は、1月26日(月)付けGooブログランキング(212万2633ブログ)中、3053位でした。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

大鵬や貴乃花より弱い白鵬

2015-01-25 | 文化・芸術・スポーツ
 先日の記事の続きです。


 白鵬は「大鵬の優勝回数に追いついた」と言っているが、私はそう思っていない。

 あの大鵬や貴乃花の時代は柏戸や曙、武蔵丸等々、強い横綱や大関、幕内力士が大勢いて、それでの優勝。今はそんな驚くほど強い強敵となる力士なんか一人としていない。

 それで「同じ優勝回数だから大鵬や貴乃花と同じぐらい強い」なんて、ちゃんチャラおかしい。

 あの強い力士ばかりがいた貴乃花の時代に白鵬がいたら、まず優勝回数は10回あるかないかだ。それを彼、白鵬は優勝するたびに「大鵬関に近づいた」と言い、内心「オレは貴乃花よりも強く、大鵬関と同じぐらい強いんだ」と誇らしげに思っているようです。

 だが、多分、相撲協会で仕事をしている貴乃花親方は「そうかなー。今は弱い力士ばかりだからなあ」と思って聞いているのは間違いなかろう。私も白鵬が横綱になったころから「周りに巨漢の強い相手がいないから、楽な優勝だな」と思っていた。

 だから、“力士の強さは勝ち星の数や優勝回数に比例しない” と言っても良い。


 それと、もうひとつ、いま逸ノ城という逸材が出てきたが、この四股名の「逸」についていつも気になっている。

 なぜ、親方は相撲の四股名としてはあまり良い漢字ではない「逸」を付けたのか、と。

 「逸」の意味は、「取り逃がす」の意。野球でボールを「後逸する」などと使う、悪いことを表現するときによく使う漢字だ。なぜなんだろうか? どうも解らない。

 「逸」の意味を辞書で調べてみると、①逃げ去る ②世間から身を隠す ③世に知られない ④失われる ⑤逸れる ⑥優れる、抜きんでる(逸材)

 最後にやっと良い意味が出てきた。多分、逸ノ城の「逸」は、この⑥の意味、「逸材」から取ったんでしょうね。

 でも、どう考えてもあまり良い漢字だとは思えません。

 (追記)

 先日の記事「品格確認基準」に関してまた書くことになった。

 昨日の大相撲において、「これより三役」の直前の碧山対隠岐の海の取り組みがきても花道の奥に白鵬は現れず、共に入場するために待っている日馬冨士は困っていた。そしてその取り組みが始まってしまう。

 そこに大慌てで日馬冨士と白鵬が砂かぶりに入ってきた。取り組みは碧山と隠岐の海が同時に倒れ込んで、間違いなく「もの言い」が付く勝負だったが、どの親方からも「もの言い」はつかなかった。

 テレビはスローモーションのビデオを流し、桟敷解説の舞の海さんは「取り組みの最中に力士が入ってくるのを私は初めて見ました」と言い、解説する親方は「物言いが付くべき勝負に誰からも物言いが付かなかったのは、二人の力士の方に注目していたからじゃないですか」と。

 全ては白鵬の不注意から始まった二つのあってはならない出来事だったが、そのあと表彰されている途中に受けたインタビューでは「そんなことあったの?」と言わんばかりの話しっぷりでした。

 (追記)

 もうひとつ、白鵬の品格に関するニュースが出てきた。ご覧ください。


 私は「まるで、どこかの町の地方政治みたいだ」と思いました。全く反省が無いから。



※電子情報誌「青空エクスプレス」のアクセス数は、1月25日(日)付けGooブログランキング(212万2279ブログ)中、5096位でした。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「室戸ジオパーク」を提唱して、はや二十四年

2015-01-23 | 青空編集室
 私が「室戸岬などを含めた室戸半島の地質を室戸市の観光事業に活かすべきだ」と活動を始めたのは、平成3年(1991年)のことです。

 発信源は、その前年の平成2年9月に創刊した月刊誌、地域雑誌『あおぞら』(平成10年1月に廃刊)だった。

 

 室戸半島の地質が世界ジオパークの一つ「室戸ジオパーク」として認定されたのは平成22年(2010年)の秋ですが、ここまで来るには提唱者である私にも長い間の苦労がありました。

 私が平成3年に「室戸市再起のための地質観光事業」として創案・企画し、高知県や室戸市に地質観光事業として取り組んでもらいたいと考え、出版していた月刊地域雑誌『あおぞら』や『青空写真館』誌上において、平成20年まで巨額の私費を投じて市内外に呼びかけてきた事業です。


 18年間に及ぶ地域雑誌出版社「青空編集室」のこの啓発事業は、まず平成3年の5月29、30、31日の三日間、室戸市において世界の地質学者が大勢集まっての地質学国際会議「室戸付加体国際会議」が開かれたことがきっかけ。

 それは私が平成2年10月に地域雑誌『あおぞら』を創刊し八カ月めのこと。

 この地質会議をきっかけに、安芸郡芸西村から安芸郡東洋町までの室戸半島の海岸にある地質に改めて注目。その会議が終わったすぐ後の平成3年6月、一カ月をかけて安芸郡芸西村西分の海岸から徳島県海部郡宍喰町の漣痕が観察できる場所までの、室戸半島の海岸にある絵になる特徴的な岩石を取材して回り、同年7月に一冊丸ごと地質を特集した『土佐の地質』(『あおぞら』第10号)を発行しました。

 それも、地質学では観光客はやって来ないことは明らかだったので、その岩のダイナミックさを芸術的な視点から目に訴える写真を撮影し、その中から85枚の地質写真を選りすぐり掲載した。

         

 企画趣旨は、この本によって室戸市の行政関係者が「地質観光」に目覚めて事業として取り組んでほしいと考えたからだった。

 個人的なことを明かすと、この号は「印刷代・車両経費・燃料代・写真代・電話代」などの諸経費約90万円と販売部数1000部(1部500円)を計算すれば、丸っきりの大赤字でした。勿論、自分の「記者・カメラマン・手書き編集作家・編集発行人」としての人件費などをこれに含めば採算がとれるわけはなく、約八年間の地域雑誌出版の仕事も採算度外視の出版業だった。

 「室戸市が元気になってくれたらそれでいい、高知県東部が今よりも良くなってくれたらそれでいい」。

 当時、この月刊地域情報誌を応援しようと毎月買い続けて下さった方はご存じだと思いますが、そう考えて印刷屋さんに巨額の印刷料を借金しながら発行し続けた。

 この地質特集号は、県民だけではなくて、行政が室戸の地質に関心を持ってくれたらそれでいいと思って発行した。

  

  

 しかし、行政関係者にもその本を買っていただいたが、地質に関して何にも関心を示してもらうことができず、「あんな岩を観光の材料としてどう“料理”すればいいんだ。岩で観光客が来るわけがない」、当時の市長や議員、市職員ら行政関係者はみんな、そう言って取り合ってくれなかった。

 勿論、当時に私の地域づくり活動を支えて下さっていた高知県地域振興局地域政策課の職員の皆さんでさえ、この地質観光事業(今でいえばジオパーク事業)に何ら関心を持っていなかった。

 それでも、私は「室戸市は、海岸の地質を観光に活かすべきだ」と考え、訴え続けます。

 そして、最初に地質の特集の本を出してから六年が経った平成9年のこと。地域雑誌出版の仕事も借金がかさみ経営は行き詰っていたが、「どうしても最後にもう一度、本格的な地質写真集を出版して、行政や市民にこの重要性について訴えたい」の想いがありました。

 しかし、問題は200万円ほど掛かる制作費用。どう考えても夢である本格的な地質写真集の出版は無理だったことから、その写真集出版は断念。第10号の地質特集をパワーアップした特集号『室戸ダイナミックスー青空地質博物館』(第82号)の発行を企画し、平成9年7月に出版した。

 これも経費と本の売り上げを比較すれば、大きな赤字が残りました。

          

  

  

 それでも、いいと思った。

  

 「室戸の海岸の地質が全国に知られ、観光客が室戸にたくさんやって来てくれさえくれればいい」、そう思った。

  

 この特集号は、平成3年に出版した『土佐の地質』に使った写真に新たに撮り直した写真を加え、合計120枚の写真を使って原価を度外視した手書き雑誌として1000部(1部1000円)を制作、発行したものでした。

 しかし、これにも行政関係者は誰も関心を示して下さいませんでした。平成3年の最初に出した本よりも内容が充実した室戸の地質専門書でしたが、売れ行きは芳しくなかった。

 そうして、私の記者としての能力も次第に上がり地域雑誌『あおぞら』の雑誌自体の完成度は高まっていく一方、本の売れ行きはじり貧となり、ウン百万円の借金がかさみ、平成10年1月に止むなく休刊します。借金よりも、やり続けたい仕事をやめなければならないことの方が辛かった。
 
 振り返ると、地域雑誌の売り上げは毎月30万から40万円ぐらい、経費は毎月給料として家に入れる15万円を含めて80万、90万円もかかり、出版していた足かけ9年間は妻や子にひもじい思いをさせながら経営していた。

 昼間は取材や本の販売、手書き情報誌ゆえ夜は午前1時や2時まで版下を書いて一人で頑張りました。「室戸よ、高知県東部よ元気になれ」と。

 それから五年後の平成15年に市議となり、更にそれから四年半後の平成19年の秋、高知新聞にユネスコが「世界ジオパーク」という事業を始めたと記事が載り、室戸でも地質観光への関心が少し高まってきます。

 そして、その翌20年のことです。

 それまでに国交省や全国の地質学関係者から先に発行した私の本、『土佐の地質』と『室戸ダイナミックスー青空地質博物館』が注目されていたこともあって、20年3月に高松市で開催された国交省主催の四国ジオパークの会議に来てほしいとその会議を担当しておられた国交省職員の西村氏からお呼びがかかった。

 「四国では室戸市で地質観光を広くPRしてきた谷口さんが一番活動をしてきましたから、是非おいでいただきたい」。

 長く続けてきた活動を評価し呼んでいただけたことがうれしくて、高松市まで車を走らせ、会議に参加させていただいた。勿論、会議では内容を取材した。


 それを機に、議員活動も怠ることなく積極的にこなしながら、20年6月の室戸市議会の前から私にとっては3冊目になる地質の本『青空地質博物館』の出版を計画。室戸半島の本格的な地質写真・細密画集としてその7月に発行します。

 それが、この写真集。

    

 これは、資金もない中、本当に清水の舞台から飛び降りるような命がけの思いで作った写真集。現在、特に日本地質学会や日本ジオパーク委員会の関係者、大学の地質学者の皆さんから高い評価を受けていて、私も非常にうれしく思っています。

 出版してすぐ、自然地理学・地生態学の第一人者で日本ジオパーク委員会委員でもある東京学芸大学の小泉武栄教授から「いい本だ。友人にも差し上げたいから5冊送って下さい」と注文が来て、感謝を以って送らせて頂いた。


 室戸の地質を知る本は世界にこの1冊しかなくて、全国的に見ても地元のジオパークを1冊の写真集に収めて発行した書籍は他にありません。

 そんな貴重な本で、現在も県内外の地質に関心を持った方々から注文がたくさん寄せられています。

 是非とも、読者のみなさんもお買い求め頂きたい。
 

 出版のコンセプトは、次の言葉。

  
  

 次に、内容も少しご覧ください。

  

  

  

  

  

 
 私の平成3年から20年7月までの地質観光に関する活動には本当に色々なことがありました。

 でも、日本全体についていうと、ユネスコが「世界地質遺産」という事業を始めたことから、日本ジオパークなど日本の地質学関係者や国交省など国のジオパーク事業関係者がこの「地質観光」を日本の新しい観光事業に活用しようと更にまた本腰を入れて取り組み始め、(但し、「地質観光」先進地の糸魚川市などは既に20数年前もから糸魚川ジオパークと名付け、地質観光の事業を進めていた)そういう効果的な“外圧”があって、その動きに突き動かされるように室戸市もようやく平成20年6月から「地質を観光に活かそう」と市の事業に取り入れるようになった、・・・ということです。

 全てはユネスコが「世界地質遺産」の事業を始めたからで、逆に言うと、ユネスコがもしこの事業を行わなかったら、日本の「ジオパーク」事業は活性しなかったと言えます。

 勿論、私がいくら私費を投じて長く広報活動したとて、室戸ジオパークなんて室戸市の事業は100%無かったでしょう。


 このように、長く提唱してきた室戸市のこの「地質観光事業」(室戸ジオパーク)も、ようやく平成20年から室戸市が「地質を観光に活かそう」と事業に取り組み始めました。これは市長のお金を使ってでもなく、元県議のお金を使ってでもなく、市会議員でも市職員のお金を使ってでもなく、全ては国民と県民と市民の税金を集めた市の予算を使い事業化されているもの。これが、いま室戸市が行っている「室戸ジオパーク事業」です。

 私は、室戸半島の地質が世界に認められそれが室戸市の観光に寄与することができれば、長く全国に広報してきた甲斐があったといえ、夢も叶います。

 ですが問題は、室戸など地方の悪い点は、何でもすぐ飽きてしまう地域性。その所為もあって、4年ごとの認定審査に関して言うと、今年秋にある初の再認定審査の結果では認定されると思っているが、更に四年後の審査となると認定取り消しもあり得ると考えている。平成3年から20年まででしたが、先頭に立ってこの地質観光事業が実現するように推進してきた者としては、そうならないようにただただ願っている。

 ここに必要になってくるのは、私のような“地質へのこだわり”。行政に関係しない中からそんなこだわりを持った人物が出て来てくれることを願っている。

 室戸市の政治関係者や市民に欠けた点は、長年かけて地域に貢献してきた人を評価しないことと、“おかげ”がないこと。地道に頑張ってきた人だと知りながら、その人を踏みつけにし、排除し、「自分さえ良けりゃえい」「自分さえ得すりゃえい」とばかりに成り上がろうとする。又、そういう姿勢を批判されると、改めることもなく、逆に「不正を批判することは許さん。謝罪せよ」と迫る。このように、不正な人たちが全く反省も改めもせず猛々しく、正義が駆逐されようとすることには、本当にガッカリします。

 だから、いつまでたってもまちの体質は変わらない。人間としての品位に欠ける理不尽な行為にブレーキがかかりません。そういうことはもうやめ、“2045年の室戸市の人口が0人”(私が計算した人口推計)となるまでに努力した人が評価され報われるまちにしようではないか。でないと、何をやっても無に帰するだろう。

 こんな諺もある。「悪貨は良貨を駆逐する」。意味は、「悪がはびこると善が滅びる」。

 小さな町において「良貨は悪貨を駆逐する」なんてことは無理なんでしょうね。
 

 最後に、室戸ジオパークの地質写真集『青空地質博物館』(1冊2200円+送料)は、高知市にも安芸市にも室戸市内の本屋さんにも置いていません。ご注文の節は当家にお電話ください。すぐにお送り致します。

 〒781-7101  高知県室戸市室戸岬町2845-2
 電話:0887-23-1214  携帯:09-4506-6343
       青空編集室   谷口總一郎



※電子情報誌「青空エクスプレス」のアクセス数は、1月23日(金)付けGooブログランキング(212万1295ブログ)中、3115位でした。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

地方議員にも「品格確認基準」を規定してはどうか

2015-01-22 | 政治家のあり方
 昨日のネットのニュースの中にこんな記事を見つけた。「白鵬に横綱の品格なし」

 白鵬に関するものに、もうひとつ、こんな記事もある。「白鵬の大鵬超えは大相撲崩壊の始まり」


 ≪横綱審議委員会の「品格確認基準の内規」には、

 一、相撲に精進する気迫

 二、地位に対する責任感

 三、社会に対する責任感

 四、常識ある生活態度

 五、その他横綱として求められる事項

 とある。

 (白鵬の)張り差し、ダメ押し、ヒジ打ちに懸賞金を受け取るしぐさ。どれを見ても、横綱たる品格を備えていないことは一目瞭然だ。≫



 昨日21日の勝負でも、勝った白鵬は懸賞金を持った右手を「やったぜ」と言わんばかりに振っていた。

 この記事を見てすぐに思いました。「地方議員にもこの程度の規則を作ってその職を縛ってもいいんじゃないか」と。


 そこでこの「品格確認基準の内規」を基にして、「地方議員の品格確認基準」を創作してみた。

 一、地方議員たる者の職務に精進する気迫 

 二、その地位に対する責任感 

 三、非常勤特別公務員としての社会に対する責任感 

 四、公務員としての常識ある生活態度 

 五、その他、法令順守など公務員として求められる事項



 横綱の白鵬ですらトップに長くいると段々と横柄になって、規則を守らなくなる。

 地方議員も首長もその任期を重ねると段々と横柄になり、仕事もルーズになる。首長は「えーい、この議案が違法でもいいから、そのまま議会に提出しろ」となって法令を守らなくなるし、議員も「違法な事業だが、まーいいか」と法令を守らなくなる。

 つまり、朝青龍や白鵬だけじゃなく、みんな偉くなると規則は守らなくなるし威張りだすというのが常。(ま、これは当たり前のことですが、中には見識と品格のある尊敬できる首長や議員もいますので、念のため)

 だから、それをそうさせないためには、白鵬に対しては横綱審議委員会がそのたびに注意し、地方議員や首長にはその行動を監督する立場の総務省なりが全国に目を光らせていて注意することが重要となる。

 唯、大相撲の世界でもあの八百長事件の時に横綱審議委員会(横審)が監督できず、国などが介入してやっと問題が解決したことを考えると、首長や地方議員を国が監督することも難しいのかもしれない。

 いままで地方自治体や地方議会を国のどこかの組織が監督し、法令を守らない違法行為などがあった場合、注意なり処分なりを行ったなんて話し、聞いたこともない。

 だから、大相撲の世界の不正や“品位品格”に欠ける行動を行った場合と同様に、地方自治と地方議会において不正や“品位品格”に欠ける行動を取った場合も国が処分してはどうかと考える。

 

※電子情報誌「青空エクスプレス」のアクセス数は、1月22日(木)付けGooブログランキング(212万0109ブログ)中、2450位でした。

市職員のK君、ぜひ当家においで下さい。お待ちしています。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

全国の神社氏子会及び役員の皆様へ

2015-01-21 | 絵馬修復工房の仕事
 今日は、全国の神社氏子会の皆様に神社にある消えかかった絵馬の修復についてご検討いただきたく、記事を書きます。


 ☆絵馬の修復は、なぜ必要なんでしょうか?

 全国の町や村には、住民の心の支え、心のよりどころとしてきた神社や寺があります。そこには、百年前、二百年前、三百年前に藩主や土地の有力者、時には地域住民がお金を出し合って絵師や絵心のある人に絵を描かせて奉献した絵馬が保存され、その地域とともに歴史を刻んできました。

 しかし、その絵馬には自然に風化して絵が消えたものの他、長い年月による湿気や風や雨風にさらされていたなど、取り扱いが乱雑だったり放置していたために痛みが激しい絵馬も数多くあります。それらの中には色だけでなく、下書きの線も消えてしまい何が描いてあったのかもわからない作品もあります。

 そうしてそのまま絵馬の顔料が剥落し、線が消えてしまえば、かつて江戸時代や明治時代にその寺や神社に絵馬を奉納した有志の方の深い思いだけでなく、その絵馬の価値・値打ちまでも消えてなくなってしまいます。

 しかし、それではちょっと困ります。

 又、そうなれば奉献者から絵馬の奉納を受け管理・保存を託された側の寺社関係者の皆さんは責任が問われるかもしれません。

 それらの絵馬は国の文化財でもない、県の文化財でもない、市町村の文化財に指定されているわけでもないかもしれません。ですが、ある程度の文化的価値がある絵馬とか江戸期などに奉献された大きくて古い絵馬で、そこに描かれた絵(又は文字)がだんだん消えているという状況にあるならば、はやり修復することが重要です。修復して、さらに100年後、200年後へと今に生きる人々が継承してゆくべきものだと思います。それが、その寺社を管理し運営している宮司や住職、氏子や檀家の責任というものではないでしょうか?

 関係者の中には「絵馬の絵は消えてしまってもいい。何も手を加えたらいかん」と考える方もいるかもしれません。ですが、それは「文化財の保存・継承」を考えない、あまりにも身勝手な考え方だと思います。

 先日もNHKのニュースで見たが、熊本県内の神社などを回り絵馬の写真を撮り本を出版しようとする女性が「絵馬は現状のまま保存しなくてはならない」と語っていましたが、そんなもの身勝手な考え方としか言えない。思ったのは、絵が消えかかったその多くの絵馬を修復もせずにこれから100年間保存し、もしその絵がすべて消えてしまったら、その女性はどう申し開きするのか。どう責任を取るのか。長く保存していれば絵馬の絵が奉献された江戸時代のように元通りになるのか、と思いました。

 私は、神社や寺にある古い絵馬は100年も経ち状態が悪化しているなら修復してしかるべきで、そうしてさらにこれから百年、二百年と次代に受け継いで行くべき財産だと思っています。それが例え国の文化財であろうと、都道府県の文化財であろうが、市区町村の文化財に指定されていようが、絵が消えゆくままにしてはならない。

 消える前のいつかの時代に一端、その指定を取り消し、修復を施し、再度その絵馬が指定に叶うものかかなわないものかを審議し、判断することです。例え指定されなくても、消えゆくままにしておくよりも、修復を加えてさらに100年後、200年後、300年後まで継承することが江戸期にその絵馬を神社に奉献した人物のためになり、その人も大いに喜ぶと私は理解している。


 ☆暴利をむさぼるような修復費用は取りません。

 これらのことを各地の神社や寺の関係者の皆さんはよく理解して頂きたいし、そう理解していま絵馬の修復を検討しておられる方もおられるのではないでしょうか?

 氏子や檀家の皆さんにお考えいただきたいのは、当地の神社や寺に保存している絵馬の中で、色彩や墨書きの線が消えてしまっている作品の修復です。それを、絵画制作と絵馬の修復の実績がある私にご要請いただけないでしょうか?

 それに際し逡巡されるのはきっと、「修復の専門家に依頼すると何十万円という予算がかかるんじゃないか」のお悩みだと思います。でも、ご安心ください。私はそういう人をだますような人間ではありません。依頼いただいた氏子会の方々とお話ししてお互いに納得できる金額でやらせていただきます。

 だからと言って、決して腕が悪いということではないですよ。(笑)


 ☆絵馬修復のご依頼をお待ちしています。

 私にはかつて、神社や寺の大きな絵馬を修復した経験もあります。もし、「うちの神社にあるこの絵馬も修復せないかんが、誰かやってくれる画家はいないかなあ」と考える宮司・氏子さんや住職・檀家さんがおられたら、是非とも当方にご一報いただきたい。

 修復費もそれほど高額ではありません。神社・寺の関係者の皆さんと相談の上、ご予算に沿う適正な金額でやらせていただきたいと考えています。

 腕前は、最御崎寺の修復した絵馬や杉尾神社の絵馬をご覧いただくか、私の画家としての経歴と作品(下の写真)を参考にしていただけばご理解いただけるものと思っています。

 大げさな話ではなく、もし絵馬修復の経験がある私が10年ぐらいしていなくなれば、それから後、高知県だけでなく、全国には気易く大絵馬修復を依頼する画家はいなくなります。それでは“あとの祭り”です。

 いまこそ県展入賞作家で絵馬師でもある私の絵馬修復の技術を利用して、あなたのまちにある寺社の絵馬をよみがえらせようではありませんか。

 付け加えると、なぜ私でないと消えかけた絵馬の修復が無理なのかというと、消えた下書きの黒い線が目で洞察できるのは私しかいないからです。それは、消えてしまい何が書いてあったのか全く判別できなかった杉尾神社(室戸市室戸岬町三津)の村歌舞伎の配役を書いた記録板二点を見事修復したものを見て頂けば、よくお分かりになると思います。


(私の経歴)

●30歳(昭和51年)に高知県展洋画部門に出品して以来、7年連続入選、立体部門で1回入選を経験。

●高知県東部地域の発展を願って、全国ではオンリーワンだった手書きの地域雑誌『あおぞら』を平成2年~9年まで発行。NTT全国タウン誌フェスティバルで二回、奨励賞を受賞。

●それからしばらくたった平成11年、室戸市室戸岬町三津の杉尾神社の関係者から依頼を受け、大絵馬「日本武尊と熊襲の闘い」や村歌舞伎の配役記録板2点などの修復を行う。

●又、その修復活動を伝える新聞報道を見た最御崎寺(東寺)の住職から平成13年に依頼を受け、かつて土佐藩主が奉納した大絵馬を修復。

 土佐藩三代藩主・山内忠義公が、晩年の今から360年以上前の慶安三年(1650)頃に土佐神社とこの最御崎寺に土佐藩絵師・近藤洞簫筆の同じ大きさの絵馬を奉納。土佐神社には一対の「宇治川先陣」を、最御崎寺にも一対で「牛若丸」「弁慶」を納めた。私はこの「牛若丸」と「弁慶」の絵馬を修復。

●平成15年~23年まで室戸市議会議員。市政の不正事業を厳しく追及、法令を順守した市政の構築と市議会改革にまい進。

●議員職から離れた平成23年6月に三十年ぶりに筆を持ち、同年の県展洋画部門に八回目、24年に九回目の入選。

 同時に、七福神の絵馬を4点、描く。(写真はその中の1点)

  
   (大きさは180×100㎝の大作。ご要望があればいつでも販売します)

●細密な技術力を高める日々の努力の甲斐あって、25年には作品『岩、迫る』(P100号)で特選に値する「山脇賞」を受賞、初入賞。

   

●平成26年4月、神社仏閣の絵馬修復に寄与したいと考え、希望に燃えて「谷口絵馬修復工房」を開業しました。

  

 8畳一間の小さな工房ですが、創作を交えた修復技術と消えた線や色を探し出す鋭い観察眼には自信を持っていて、修復の終わった絵馬は見違えるほど美しい“イッピン”となります。

 絵が消えかかった絵馬、絵を描いた板が割れている絵馬、板と板とに隙間が空いている絵馬、額縁に傷やガタツキがある絵馬等々、どんな不具合も修理したうえで修復作業を致します。


 全国の神社の氏子会と役員のみなさん、あなたのまちの神社に保存されている絵馬は絵が消えかかっていませんか?

 もしや「修復なんかしなくてもいい。このまま放っておけ」なんて思っていませんか?

 そんな考え方は間違っていて、無責任だと思います。絵馬の財産的価値が薄れ無くなっているのに放置しておくなんて、それは「管理」でも「保存」でもありません。

 先人が奉献した貴重な絵馬はこれからも更に100年、200年と長く後の世まで保存・伝承していくためにも、どこかの時代に修復すべきで、その時期が「今でしょ!」。神社関係者の皆さん、今こそあの絵馬、その絵馬、この絵馬の修復を行うべき時です。

 これから神社の秋まつりが行われる季節になります。その秋祭りの前や祭りが終わった後には氏子会の会合が開かれます。その会合において神社にある絵が消えかかった絵馬の修復についても、どうか協議していただきたい。

 もし「絵馬を修復することにした。そのための打ち合わせをしたいから、来い!」とお呼びいただければ、私は全国どこの町や村の神社仏閣にでも馳せ参じますし、どのような絵馬でも修復を承ります。

 以上、全国の神社氏子会の皆様に神社に奉納されている絵馬修復のご検討を行っていただきますよう、お願い申しあげます。


(連 絡 先)
     
       谷口絵馬修復工房  絵馬師 谷口總一郎

            住所:高知県室戸市室戸岬町2845-2  
            電話:0887-23-1214
            携帯:090-4506-6343 



※電子情報誌「青空エクスプレス」のアクセス数は、1月21日(水)付けGooブログランキング(212万0109ブログ)中、2623位でした。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

地方議員の「通信簿」

2015-01-20 | 政治家のあり方
 地方自治体のガバナンス、議会のチェックが機能不全に陥っている原因はいくつもある。


 本来は、地方自治の運営を民主的に、公平・平等な行政を実現するために色々な制度がある。

 ●一つは、選挙など、自治体を統制する機会が設けられていること。

 ●二つは、自治体のガバナンスを維持する組織として、監査委員制度や住民の代表の議会があり、監視機関としての機能が市民から負託されていること。

 ●三つは、情報公開、公務員倫理規定など、地方自治体の公正な運営を実現する行為を規制するための、いろんな制度が設けられていること。


 以上のような制度があっても、“組織は腐っていく”。

 この行政の“腐食”をチェックするのが議会。

 ガバナンスの担い手である住民を代表する機関が議会です。

 その議会が全国いたるところで機能不全の状況にある。

 それはかつて“倒産”した夕張市だけでなく、県知事や市町村長らが不正で逮捕されている自治体など、議会のあるべき姿が問われている。

 こうして議会がなぜ監視機能を発揮できないのか。

 いわば、「議会の失敗はなぜ発生するのか」を探ると、それは議会の議決や監視の権限を駆使しさえすれば、夕張市のような財政危機状況の発見にしても入札談合疑惑の発見にしても、問題察知は出来たはずである。

 議会のチェック機能を発揮するには、

 ●一つは、議会の権限を強化する事がチェック機能の強化につながること。

 ●二つは、議会事務局の調査能力を向上させること。

 ●三つは、地方議会の議会人として意識と行動を変革させること。


 更に言うと、これらの改革を住民による議員への監視があってこそ、初めて議会のチェック機能の向上が実現できる。

 その好例として、「相模原市議会をよくする会」という議会監視グループの活動がある。

 この人たちは毎議会傍聴に行き、「The Gallery(傍聴席)」という会報誌を市民に配布していて、四年に一回、市議選の前に過去四年間の議員の『通信簿』を公開している。

 議員の採点方法は、三つある。

 1が【公約編】で「公約への努力度は」を、2は【観点編】で「説明・説得力」は? 「改革姿勢」は? 「意欲・態度」は? 「知識・調査料」は? と手厳しく採点する。3は【総評編】で、「どんな議員だったか」を採点する。

 同会の会報では、「これらの採点は不偏不党の立場で、複数の傍聴者の合議によりなされました。この『通信簿』が議員選択の一つの参考資料としてお役に立つことを願っています」と記す。


 自治体が機能を回復するには、

 ●議事機関(議会)が市長等執行機関となれ合いにならず、批判精神を持ち、一線を画すこと

 ●客観性を以って行政運営をチェック(点検)すること

 ●それらのことに公開性や透明性を持たせること

 ●絶え間ざる議員活動によって専門性や調査能力を早く身に付けること

 ●問題が発覚したらすぐさま議会において指摘し、改めないとなれば徹底的に批判し、追及すること

 ●議会後にはそれらの事実を怠りなく住民に情報公開し、広報活動を行うこと


 ・・・です。

 これらは正に、私が8年間の議員活動で行ってきたことであり、不正を批判された側の執行機関は面白くないかもしれないが、議員の職責としては正しかったとここで証明された。

 公正な投票行為を行う住民がいてこそ公正な議員がおり、議会に公正な判断ができる議員が過半数いてこそ公正な首長の存在が維持できる ということです。

 だから、不正を行う首長やその不正に賛同し事業化させる議員を大多数の住民が支持し投票する町や村では、いつまでたっても不正な政治は終わらず、行われ続ける。そして、投票した側の住民は自治体に因って不正な事業が乱発されているということを知らないし、関心も無い。

 まちもここまで悪くなれば、哀れとしか言いようがない。

 だから極論すれば、地方議員の定数は30人いても5人いても結果は同じことだから、違法な議案に賛成して可決させてしまうような議会には議長1名と議場に2人ぐらいいればよい(定数3名)ことになる。

 又、それによって自治体の議会費は大きく節約できる。議員定数13名の室戸市ならば、一年間の議会費は約1億円だが、3名になれば2000万円程度になるのではないか。それで浮いた約8000万円は市民から頂いている各種の税金の削減に回せば、それこそ市民への貢献となろう。


※電子情報誌「青空エクスプレス」のアクセス数は、1月20日(火)付けGooブログランキング(211万9411ブログ)中、2782位でした。 
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

新作の制作も選挙再出馬で中断

2015-01-19 | 私の絵画制作活動
 既報の通り、市議選に再出馬するために、昨年12月から描き始めた新作の制作作業を中断しました。

 それがこのP100号の絵。

  

 約4年前の23年4月に市議選に落選した後、6月からこれまで夢であった画家として生きてきて、100号の大作ばかり約30点の作品を仕上げました。

 その3年半の間に描いて仕上げたのは、七福神の大きな絵馬が4点、その他はすべて私が高校生の時から描いてきた室戸岬の絵ばかり。

 そんな私が今回描こうとしているのは、室戸岬周辺の海岸風景(と言うよりも、室戸岬の海岸の特徴的な岩たち)を細描表現した素描画の数々を集め、一つの作品に構成したものです。

 暮れの12月も押し詰まった正月準備の直中に描き始め、お正月が来、年明けに少し描いて今後の進行計画を練っていた。

 そんな制作を再開しようとしていた1月の8日のことです。この急な話で制作は完全にストップした。


 ここからは絵とは関係のない出来事なんですが、「市議選には出ない」と明言してきた私が市議選に再出馬し、もし当選すれば市議会に出てくる、そのことを面白く思っていない人たちもいますので、なぜ出馬したのかについての流れをここで披歴しておきたい。

 私たち夫婦は毎日、夕方の4時か5時になると海岸ぶちにある堤防をウオーキングしていて、これは健康法の一つとして、議員に初当選した平成15年頃から晴れの日には欠かさずに続けています。そのウオーキングの途中に度々お会いするのがいつも礼儀正しく挨拶をして下さるのがTさん夫婦。向こうの方からきているのがTさんと解るぐらいに近くなると向こうの方から帽子を取って頭を下げて礼を尽くして下さる方で、そのたびに歳が10歳も15歳も下の若造でしかない私は恐縮し、慌てて頭を下げます。

 そんな、実に礼儀正しいおじさん。

 年齢も私の方がずっと下で、こんな絵を描くぐらいしか取り柄のない私に向かって私よりも先に頭を下げて下さることに、私は「なぜそうしてくれるんだろう」といつも思い、そうして下さることに恐縮し、感謝し、私に対するその接し方を見た時からはずっとその方をこの村の中では人格者であると尊敬してきた。

 大正、昭和の荒れた時代を逞しく生きてきた男たちにはそういう人物が多いように思う。 

 その、私が日頃から「この方は人格者だ」と尊敬していた長老から、「谷口さんが落選した後の四年間というもの、この三津や高岡、椎名の室戸岬の東側の地域に議員がいない状態が続き、あの急潮で大式網が流出した時には本当に困った。今後のことを考えるとどうしてもここに議員がおってもらわんといかん。是非とも出てほしい」と8日に御頼みを受けた。

 そのお話しを聞いていて考えたのは、「『いやいや、もう選挙には出ない、死ぬまで絵を描いていこうと決めていますので、申し訳ないですが、選挙には出ません』と言うことは簡単だが、お断りすればまたこの三津、高岡、椎名の三地区は議員がいない状態が更に四年間続き、もし問題が発生すればまた行政とのパイプ役が無くて困ることにもなろう。そんな状況を恐れて懇願するこのおじさんの思いをむげに突っぱねるわけにもいかん。“義を見てせざるは勇無きなり”とか言う。“乞われているうちが花”とも言う」の思い。

 Tさんとのお話しの答えとして、私はこう話しました。

 「ご存じのとおり、4年前の選挙ではここに住んでいる方が別の候補を立てました。それは私を信頼してくれなかったがためは間違いないでしょう。そのためもあって、残念なことに私もその別の候補も落選してしまい、結局この三津、高岡、椎名に議員がいなくなってしまいました。だから、自分のできることを精一杯がんばって議員活動をしてきた私をもう少しだけ応援してくれていたら再開で当選していたでしょう。

 又、あの大式網が流出して大きな被害を出したあの災害の時も、私はスーパーマンでもないし市長でもないので市政を自分で動かすなんてことはできませんが、あの現在工事中の浮津交差点の国道及び排水路改良工事を実現化させる働きをしたのは私ですので、あの時も何がしかのお力になれたことは間違いありません。大式網が流されるという災害があった時に思ったのは、『あー、自分が議員だったら少しでもお力になれたのになあ』ということでした。

 ま、前のことはともかくとして、私はもう議員になる気はまったく無く、生涯、絵描きで生きて行こうと考え、これまでの3年半、生きてきたことはおじさんも知っておられると思います。ですが、『どうしても出てほしい。私たちが応援するから』という確実性のある声を戴いた場合は、考えてみよう。そう思っていました。でも、正月を超えてもそんな声は無く、自分から出ようなんてことは100%持っていませんでした。

 そんな今、市議選が近付いてきたことから、三津の何人かの方々からも『ここに議員がいないと困る。出てくれ』というお声はいただいていましたが、先の選挙でのことがありますので、全く出ようとは思いませんでした。

 そうして今日、おじさんから『この三津や高岡、椎名の室戸岬の東側の地域に議員がいない状態は困る。是非とも出てほしい』というお話を受けました。

 考えるのは、前回の市議選のことがあるので、本当にこの周辺の人たちが応援してくれるのかということで、もし本当にこの三津の皆さんが応援してくれて、もうこの歳で家庭争議はいやですから女房が出馬を認めてくれたらの話ですが、出馬させていただこうと思います。

 でも、この三津がまた前のような状況になって、結果、夫婦で悔し涙を流すなんてことは金輪際したくありません。だから、もしこの土地の皆さんが「あいつじゃだめだ」と言われ別の候補を出したりして四面楚歌の状況になれば、途中で出馬を取りやめます。

 もう女房を泣かせることはしたくないから。

 議員となれば、おじさんにお頼みされた以上、精一杯、私ができる限りのことはして働かせていただきます。でも、ここから出た議員だからといって、三津だけのために働くなんてことは私はしません。市議会議員である以上、室戸市全体のために働かせていただこうと思いますので、おじさんからも皆さんに応援していただけるようお声掛けをお願いします」。



 Tさんは「それは解った。みんなにも応援するように言う。どうか頑張ってください」と、いつものように礼を尽くして下さった。

 こんなお話を頂いたことで、「もうひと頑張り、地域のため、室戸市のために働いてみようか」と決意したということです。ウソ偽りなくこれが再出馬の動機。

 だから、誰も「出てほしい」と頼って来なかったら出馬しなかったし、もし「谷口は頼りにならん」とばかりにこの私が住む地域から他の誰かを出馬させ支援するという動きがあれば、出馬は即刻に取りやめると決めている、今でも。


 そのような決意のもと、当家の近くに住む、最初の市議選の時から応援して下さっていた父と息子さんのお家を訪ね、瀬踏みとして相談した。

 「Tさんの言う通りで、この室戸岬の東にある三津、高岡、椎名の各大式の網が芸西村の沖まで流されて大きな被害を受けた時、この地域に議員がいなくて困った。他にもいろんな問題が出た時、行政とのパイプ役がいないと困る。私も出てほしいと思うし、出ると決まったら応援するぜ」。

 Tさんの要請だけでは踏ん切りがつかなかったが、市議選を落選してからも何かと私たち夫婦のことも気にかけてくれていた方からの、そんなありがたいお声も頂いたことで、気持ちは決まった。

 そうして、11日の日曜日の昼食の時に妻に話しました。

 「そうやってTさんのほかにも何人かの方が自分を頼って『頼む』と言ってくれている。おれはやろうと決めた。あとはお前の気持ち一つだ。『ダメだ』というなら、もう選挙や政治のことでケンカなどしたくないから、この話はすぐに断ってくる。『協力するから頑張りや』というなら、出る。お前が決めてくれ」。

 妻はすんなり、こう言った。

 「あのおじさんらが応援するからと言ってくれているんなら、でたらえいわ。私はどこまでもあんたについて行くぜ」。

 そうすんなり、何の言い争いもなく決まった。
 

 中には政治不正を徹底批判する私に出てほしくない方もいると思うが、このように私が住んでいる室戸岬町の人たちから「出てほしい」との声をたくさん戴いた以上、“義を見てせざるは勇無きなり”で、他人が頼ってきているのをむげに断るのはよくないと思い、決断した次第。

 
 今日は、新作の制作を中断した記事よりも多く、再出馬を決めるまでの流れを室戸市民だけではなく、世界各地におられる愛読者の皆さんに詳細に説明させていただきました。何も言い訳がましくこんなことを明らかにする必要はないとも考えましたが、こんな私でも頼ってくる人がいることを市民や行政関係者の皆さんに知っていただきたく思い、内々の話をここに披歴した。

 だから、市議選で当選するか落選するかは解りませんが、絵馬修復の仕事と同様に、県展で特選に入賞するぐらいの名作を生む(?)画業は選挙が済む5月ごろまで“開店休業”状態になりました。

 この歳になると何事も、自分の活動は絵画制作も議員活動も精力的に動くが、身の処し方はケセラセラ(なるようになる)で生きて行こうと決めています。

 私を活かそうと思って下さる人のために働くことにしたが、いらないとなればそれも良し。ケセラセラです。

 自分の人生、自分で決めて生きて行きたい。


※電子情報誌「青空エクスプレス」のアクセス数は、1月19日(月)付けGooブログランキング(211万8817ブログ)中、2636位でした。 
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

毅然とした政治姿勢

2015-01-18 | 政治家のあり方
 次に掲載したのは私が室戸市議2期目だった2009年9月に書いた記事です。 


 ≪市議会議員である私は、その任期の4年間、選挙の「票」に恋々とした議員活動は行わない。だから、室戸市政の市長や担当課長に対して悪しき口利きや悪しき圧力的要求は、一度も行ったことはない。正しい陳情や要請は除き、それが悪しき陳情であった場合は「なぜ口利き行為をしないか、圧力的要求に応えないか」を説明し、丁重にすべてその時に毅然とした態度で断ります。

 それでも、私の市議会議員としてのその姿勢を半分の方は理解して下さるが、半分の方は不満気に帰ってゆきます。


 そんな話を数日前にあった一つの例を挙げて書いてみたい。

 行政に対しては日々、一般市民、企業、団体から直接、苦情や疑問点の問い合わせだけでなくて、要望や陳情や事業提案などと色んな形で話が持ち込まれます。又、行政に直接ではなくて間接的に、市議を介して「行政にお願いしてほしい」という話ももたらされる。

 二日前の夜10時ごろにかかってきた市内在住の男性からの電話です。いきなり声が高かったため、私は「お酒を飲んじょうがやないかね。それやったら明日にしてくれる?」と、まず気勢を制した。「いや、飲んでない」というから、「それやったら聞きましょうか」とお話を聞いた。

 要点は「近所に道路整備の計画があると聞くが、私の家の道路の改修はいつになるのかわからん。早くやってもらえるように言ってもらえないか」という話でした。結論は、「私は担当課の計画を無視するような圧力的な働きかけはしません」とお断りしたが、最後は市民の行政に対する適切な要望の仕方を切々とお話し、お互いに理解し合えて、電話を切ったのは夜11時ごろになったが、うれしく思いました。

 男性「市の担当課に行くが、うちの近所の道路はまだのようだ。谷口さんは市議会でも一番、パンパンとものを言える人だと聞いてます。この話を担当課に行って早くやってくれるように頼んでくれないか」といいます。詳しくは書けないが、いわゆる議員を使って行政業務を早くやるように市長や担当課長に強く要求してくれ」という、一つの働きかけの要請だ。

 私は粗方(あらかた)話を聞いて、こう切り出した。

 谷口「あのねえ、勘違いしちょうようですが、実は私は市の職員に対して圧力的にものを言うそんな議員じゃないんですよ。議員がそんな事をしてきたということも伝え聞くけんど、私はそれだけは絶対しない議員です。もしそんな圧力的な事を期待しちょうがあやったら、他の議員の所へ行って頼んで下さい」。

 男性「あー、そうかよ。そんなことせんかよ」。

 谷口「はい。絶対にしません。よく聞いてよ。なぜなら、そんな事を議員がすると、相手の市長や市職員はどんな気持ちになるか解かりますか? 道路だけの話に限らず、今年度の計画でもない事業を、市長や市の職員が他の室戸市民とは公平にせんといかんのに計画や規則を破ってあんたの言うことだけを聞いて市の無い予算の中から搾り出して使って、事が足ると思いますか。 例えば、私が住みゆう室戸岬町三津の道路沿いの排水路は三年も前から要望しようけんど、いまだに整備されませんが、あんたが住みゆうところの道路拡張は毎年のように事業費がついて少しずつ良くなりよらねえ。そうやろ?」

 男性「うん、そうやの。三津はそんなに遅れちょうかえ?」。

 谷口「そうよ。だから、あなたの早くやってほしいという思いはわからんでもないです。 それに、市民が何人かで要望に行くことは悪いことではないです。だから、もう市に要望をしてあって納得できないというんやったら、もう一度、担当課に行って怒らずに冷静に思いを伝えることです。 ただ、行政も市の財源を考えながら事業運営を判断しようがやきんね、来年になるか、再来年になるかそれは解かりませんよ。解からんけんど、市に向けて市民が思いを伝えに行く事は悪いことではありません。 でも、『財源が無いからもっと先になる』と言われたら、三津のような整備事業の計画すらない地区もあることをよく理解して、ある程度納得することも大事やと思いますよ」。

 こんな事の繰り返しが約1時間続いて、その男性は私の話をよく納得して下さって、「谷口さんの話はよく解かった。それやったら、もう一度、お願いに行ってくるわ」。

 谷口「くれぐれも腹を立てて声を荒げて怒ったりせられんぜ。課長はもしかしたら来年その道路を改修しようと考えちょうかもしれんきん、警察を呼ばれたら、元も子もないきんね」。

 男性「うん。わかちょう。どうも夜遅くにすみませんでした。ありがとうございました」と言って電話を切った。

 こんなふうに、受け答えで理解し合える事もあります。

 だから、住民からお願いがあるからと言ってすべての事に議員が動くことは誤りだと思っている。まず、住民の皆さんは自分たちで要望書を作成した上で、担当課に行って要望をする。そしてその時が来るまで待つこと。それがいくら待っても音沙汰が無い。再度、担当課に行き、経過を聞く。でも納得できない。その時に初めて議員に相談することです。

 つまり、いくら住民であっても、自分たちの努力無しに成果を挙げよう、成果を得ようとすることはあまりにも短絡的で、正しくないと思っています。自分たちがいくら動いても行政が動いてくれない。(議員の私などが要望してもこんな場合の方が多いんですが)その時は市民から給料を渡している議員を使い倒すことです。唯、上の例のように、市の公共事業計画には優先順位や年度計画というものがあることも知っておかなければなりません。

 優先順位とは、市政運営上の重要事業は上位に、緊急性のない事業や重要性が無い事業はずっと下位にとなります。予算を付けて実施するのは勿論、上位からになります。年度計画とは、三年計画ならば一年目はここまで、・・・三年目はここからここまでと、期間や距離の長さを区切って行うことです。

 それと、行政への要望も「無理難題」と受け止められるとやぶ蛇になって、実現しません。誠意を以って、地域の思いやその必要性を切々と伝えることが大事です。

 それを、議員が次の選挙で票を入れてもらいたいがために、自分が敢えて出てゆかなくてもよいことまで役所に出かけて行く例や、自分がしていることは間違っていると知りながらも(その判断も出来ない議員もいるかも)住民に助言できなくて、市長や担当課に「おいっ、この人らの所の道路を改修しちゃってくれや」と住民の要望の声をそのまま圧力的に伝えてしまう事案がある。

 以前、議会でこんな事があった。ある公共事業が表決で可決した時、「よしっ!!」というY議員の雄叫びが広い議場に轟いたことがある。私は内心、「あの事業と関係がある」と実感した。口に出さなきゃ解からないものを、口に出したばかりに議場のみんなに知れ渡ってしまった一例です。

 このように、元総理の小泉純一郎氏じゃないですが、「人生色々、社長も色々、議員も色々」なんですよ。

 全国の地方議会には、裏でこそこそやってる、そんなことしか出来ない議員もいれば、選挙の時に投票してくれなくてもいいから悪いことはしたくない、悪いことはさせないぞと、信念を以って本来の議員活動を真面目に正しく行っている私のような議員もいます。

 だから、お願いしますよ、「市会議員は仕事しやせん!」とひとくくりで言わないで下さい。他の議員のことは知りません。でも、私は上記男性がお褒め下さったように、自分の責任において報酬分以上のことはしてますから。≫ 


 以上が五年半前の市議2期目に書いた記事です。市民はご存じのとおり、不正には大変厳しい私ですので、理不尽な要望や圧力には全く関知しない主義。

 室戸市には、市長が違法な事業運営を行ったり本議会で行うべき議案審議を議員総会で行ったりと行政運営をゆがめる例がたくさんありますが、私は圧力に屈して不正な行いをすることなど絶対にない。なぜならば、政治に関わる者(首長・議員・行政職員)が圧力や脅しに屈し市政の公正さを失わせることになれば、住民に被害を及ぼし申し訳けがたたないからです。

 加えて、不正に屈したその人間は一生、その「恥」を抱えて生きてゆかなくてはならなくなり、それがいやだからです。

 選挙後にお金を配って回った当選夫婦やその金をもらった支援者など、そんな人はたくさんいますが、そんなこと、私はまっぴらごめんだ。「私欲をすてて正しい行いをするために、質素で貧しい生活を送ること」を“清貧の思想”とか言います。そんな汚れたカネで金持ちになるくらいなら、私は今のように貧乏のままでよい。

 金も使いようによっては、人に値打ちを付ける働きをするが、反対に人の値打ちを下げる働きもする。 

 全てはその人間性がなせる技。責任の全ては、そういうお金の扱い方を誤った人間の側にある。
 
 

 記事が全国におられる地方議員の皆さんの何かの参考になればいいですが。


※電子情報誌「青空エクスプレス」のアクセス数は、1月18日(日)付けGooブログランキング(211万8147ブログ)中、3497位でした。 
コメント
この記事をはてなブックマークに追加