青空エクスプ レス

日本ではオンリーワンの手書き地域雑誌『あおぞら』の編集発行人を経て、室戸市の政治を監視する改革派議員三期目。

旧作を塗り潰し、新作の制作です

2014-08-31 | 私の絵画制作活動
 先日、新しく二つ100号のパネルづくりを行ったことはお伝えしたが、思うところあり、以前、議員をやめた23年12月に描いた作品『隆起する付加体』(M100号)を塗りつぶして新作を描くことにした。

 その旧作が、これ。

  

 塗り潰した状態が、これ。

  
   (手前の絵具入れは市販している絵具入れの写真を見て作った、自作。たいへん重宝しています)

 これだけでも抽象的に見て面白い作品になるなと遊び心をくすぐられるんですが、今はまだ地質を細密に描く方針から離れる考えはないので室戸岬の風景を描く下準備を行いました。

 下塗りに使った絵具は、イエローオーカー、ターコイズグリーン、ホワイト等々。

 絵の題材は旧作と同じ、室戸岬突端の海岸風景。



 昨年の作品『岩、迫る』を描いた時から岩の造形を線で細かく描き込む作業に強く関心を持ち、これからもしばらくは室戸岬の岩場の絵を描いて行こうと考えています。

 ・・・・ということで、作品の制作は今日から始めることにした。


 一週間後の9月7日(日)には高知県オールドパワー文化展に作品を搬入するため、県立美術館まで行ってきます。

 少し涼やかになり、やっと待ちに待った芸術の秋きたる、ですネ。


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全国の神社氏子会及び役員の皆様へ

2014-08-29 | 絵馬修復工房の仕事
 今日は、全国の神社氏子会の皆様に神社にある消えかかった絵馬の修復について少しお考えいただきたい。


 ☆絵馬の修復は、なぜ必要なのか?

 全国の町や村には、住民の心の支え、心のよりどころとしてきた神社や寺があります。そこには、百年前、二百年前、三百年前に藩主や土地の有力者、時には地域住民がお金を出し合って絵師や絵心のある人に絵を描かせて奉献した絵馬が保存され、その地域とともに歴史を刻んできました。

 しかし、その絵馬には自然に風化して絵が消えたものの他、長い年月による湿気や風や雨風にさらされていたなど、取り扱いが乱雑だったり放置していたために痛みが激しい絵馬も数多くあります。それらの中には色だけでなく、下書きの線も消えてしまい何が描いてあったのかもわからない作品もあります。

 そうしてそのまま絵馬の顔料が剥落し、線が消えてしまえば、かつて江戸時代や明治時代にその寺や神社に絵馬を奉納した有志の方の深い思いだけでなく、その絵馬の価値・値打ちまでも消えてなくなってしまいます。

 しかし、そんなことは許されないと思います。

 又、そうなれば奉献者から絵馬の奉納を受け管理・保存を託された側の寺社関係者の皆さんは責任が問われると言っても過言ではないでしょう。

 それらの絵馬は国の文化財でもない、県の文化財でもない、市町村の文化財に指定されているわけでもないかもしれません。ですが、ある程度の文化的価値がある絵馬とか江戸期などに奉献された大きくて古い絵馬で、そこに描かれた絵(又は文字)がだんだん消えているという状況にあるならば、はやり修復することが重要です。修復して、さらに100年後、200年後へと今に生きる人々が継承してゆくべきものだと思います。それが、その寺社を管理し運営している宮司や住職、氏子や檀家の責任というものではないでしょうか?

 関係者の中には「絵馬の絵は消えてしまってもいい。何も手を加えたらいかん」と考える方もいるかもしれません。ですが、それは「文化財の保存・継承」を考えない、あまりにも身勝手な考え方だと思います。

 先日もNHKのニュースで見たが、熊本県内の神社などを回り絵馬の写真を撮り本を出版しようとする女性が「絵馬は現状のまま保存しなくてはならない」と語っていましたが、そんなもの身勝手な考え方としか言えない。では、絵が消えかかったその多くの絵馬を修復もせずにこれから100年間保存し、もしその絵がすべて消えてしまったら、その女性はどう申し開きするのか。どう責任を取るのか。長く保存していれば絵馬の絵が奉献された江戸時代のように元通りになるのか、と思いました。

 私は、神社や寺にある古い絵馬は100年も経ち状態が悪化しているなら修復してしかるべきで、そうしてさらにこれから百年、二百年と次代に受け継いで行くべき財産だと思っています。それが例え国の文化財であろうと、都道府県の文化財であろうが、市区町村の文化財に指定されていようが、絵が消えゆくままにしてはならない。

 消える前のいつかの時代に一端、その指定を取り消し、修復を施し、再度その絵馬が指定に叶うものかかなわないものかを審議し、判断することです。例え指定されなくても、消えゆくままにしておくよりも、修復を加えてさらに100年後、200年後、300年後まで継承することが江戸期にその絵馬を神社に奉献した人物のためになり、その人も大いに喜ぶと私は理解している。

 ☆暴利をむさぼるような修復費用は取りません!

 これらのことを各地の神社や寺の関係者の皆さんはよく理解して頂きたいし、そう理解していま絵馬の修復を検討しておられる方もおられるのではないでしょうか?

 氏子や檀家の皆さんにお考えいただきたいのは、当地の神社や寺に保存している絵馬の中で、色彩や墨書きの線が消えてしまっている作品の修復です。それを、絵画制作と絵馬の修復の実績がある私にご要請いただけないでしょうか?

 それに際し逡巡されるのはきっと、「修復の専門家に依頼すると何十万円という予算がかかるんじゃないか」のお悩みだと思います。でも、ご安心ください。私はそういう人をだますような人間ではありません。依頼いただいた氏子会の方々とお話ししてお互いに納得できる金額でやらせていただきます。

 だからと言って、決して腕が悪いということではないですよ。(笑)


 ☆絵馬修復をできるのは私しかいません!

 私にはかつて、神社や寺の大きな絵馬を修復した経験もあります。もし、「うちの神社にあるこの絵馬も修復せないかんが、誰かやってくれる画家はいないかなあ」と考える宮司・氏子さんや住職・檀家さんがおられたら、是非とも当方にご一報いただきたい。

 修復費もそれほど高額ではありません。神社・寺の関係者の皆さんと相談の上、ご予算に沿う適正な金額でやらせていただきたいと考えています。

 腕前は、最御崎寺の修復した絵馬や杉尾神社の絵馬をご覧いただくか、私の画家としての経歴と作品(下の写真)を参考にしていただけばご理解いただけるものと思っています。

 大げさな話ではなく、もし絵馬修復の経験がある私が10年ぐらいしていなくなれば、それから後、高知県だけでなく、全国には気易く大絵馬修復を依頼する画家はいなくなります。それでは“あとの祭り”です。

 いまこそ県展入賞作家で絵馬師でもある私の絵馬修復の技術を利用して、あなたのまちにある寺社の絵馬をよみがえらせようではありませんか。

 付け加えると、なぜ私でないと消えかけた絵馬の修復が無理なのかというと、消えた下書きの黒い線が目で洞察できるのは私しかいないからです。それは、消えてしまい何が書いてあったのか全く判別できなかった杉尾神社(室戸市室戸岬町三津)の村歌舞伎の配役を書いた記録板二点を見事修復したものを見て頂けば、よくお分かりになると思います。


(私の経歴)

●30歳(昭和51年)に高知県展洋画部門に出品して以来、7年連続入選、立体部門で1回入選を経験。

●高知県東部地域の発展を願って、全国ではオンリーワンだった手書きの地域雑誌『あおぞら』を平成2年~9年まで発行。NTT全国タウン誌フェスティバルで二回、奨励賞を受賞。

●それからしばらくたった平成11年、室戸市室戸岬町三津の杉尾神社の関係者から依頼を受け、大絵馬「日本武尊と熊襲の闘い」や村歌舞伎の配役記録板2点などの修復を行う。

●又、その修復活動を伝える新聞報道を見た最御崎寺(東寺)の住職から平成13年に依頼を受け、かつて土佐藩主が奉納した大絵馬を修復。

 土佐藩三代藩主・山内忠義公が、晩年の今から360年以上前の慶安三年(1650)頃に土佐神社とこの最御崎寺に土佐藩絵師・近藤洞簫筆の同じ大きさの絵馬を奉納。土佐神社には一対の「宇治川先陣」を、最御崎寺にも一対で「牛若丸」「弁慶」を納めた。私はこの「牛若丸」と「弁慶」の絵馬を修復。

●平成15年~23年まで室戸市議会議員。市政の不正事業を厳しく追及、法令を順守した市政の構築と市議会改革にまい進。

●議員職から離れた平成23年6月に三十年ぶりに筆を持ち、同年の県展洋画部門に八回目、24年に九回目の入選。

 同時に、七福神の絵馬を4点、描く。(写真はその中の1点)

  
   (大きさは180×100㎝の大作。ご要望があればいつでも販売します)

●細密な技術力を高める日々の努力の甲斐あって、25年には作品『岩、迫る』(P100号)で特選に値する「山脇賞」を受賞、初入賞。

   

●平成26年4月、神社仏閣の絵馬修復に寄与したいと考え、希望に燃えて「谷口絵馬修復工房」を開業しました。

  

 8畳一間の小さな工房ですが、創作を交えた修復技術と消えた線や色を探し出す鋭い観察眼には自信を持っていて、修復の終わった絵馬は見違えるほど美しい“イッピン”となります。

 絵が消えかかった絵馬、絵を描いた板が割れている絵馬、板と板とに隙間が空いている絵馬、額縁に傷やガタツキがある絵馬等々、どんな不具合も修理したうえで修復作業を致します。


 そして、この8月の福岡市城南区・阿蘇神社の「神馬」の絵馬修復が工房の初仕事となった。


 全国の神社の氏子会と役員のみなさん、あなたのまちの神社に保存されている絵馬は絵が消えかかっていませんか?

 もしや「修復なんかしなくてもいい。このまま放っておけ」なんて思っていませんか?

 そんな考え方は間違っていて、無責任だと思います。絵馬の財産的価値が薄れ無くなっているのに放置しておくなんて、それは「管理」でも「保存」でもありません。

 先人が奉献した貴重な絵馬はこれからも更に100年、200年と長く後の世まで保存・伝承していくためにも、どこかの時代に修復すべきで、その時期が「今でしょ!」。神社関係者の皆さん、今こそあの絵馬、その絵馬、この絵馬の修復を行うべき時です。

 これから神社の秋まつりが行われる季節になります。その秋祭りの前や祭りが終わった後には氏子会の会合が開かれます。その会合において神社にある絵が消えかかった絵馬の修復についても、どうか協議していただきたい。

 もし「絵馬を修復することにした。そのための打ち合わせをしたいから、来い!」とお呼びいただければ、私は全国どこの町や村の神社仏閣にでも馳せ参じますし、どのような絵馬でも修復を承ります。

 以上、全国の神社氏子会の皆様に神社に奉納されている絵馬修復のご検討を行っていただきますよう、お願い申しあげます。


(連 絡 先)
     
       谷口絵馬修復工房  絵馬師 谷口總一郎

            住所:高知県室戸市室戸岬町2845-2  
            電話:0887-23-1214
            携帯:090-4506-6343 

 
 全国の神社氏子会役員さんからのご連絡を心よりお待ちしています。


※電子情報誌「青空エクスプレス」のアクセス数は、8月29日(金)付けGooブログランキング(205万4002ブログ)中、2409位でした。
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「人生に悔いを残すな」

2014-08-27 | 地方のあり方
 一昨日の夜にコメントを頂いた若い方からもう一度、お便りを頂きました。

 私がコメントに対し微に入り細にわたり事細かく書いたからか、私が怒っていると感じたようで、その点は私の方がわびなくてはなりません。

 怒ってなんかいませんよ。

 唯、町の政治を正しい形に変えたいと一生懸命に働いていた元議員にどうしろこうしろと言うのではなく、“若い人たちがもっと町の政治体質を知り、もう60歳も70歳にもなった意欲もないお年寄りを議員にさせてないで、自分たち若い人たちが町の政治を変えようと努力すること、議員になることを考えるべきだ”と諭しただけです。

 議会で一番仕事をしていた議員に対して室戸市民は選挙で支持せず、投票して下さったのは約1万人の有権者の内、わずか328名の方々だけだった。因って、今の市議会には市長の不正を追及する議員は一人もいなくなりました。それを指して、「そういう現状でいいのか」と「室戸市民」さんには問いかけました。


 昨夜いただいた『お返事ありがとうございました』と題するコメントです。非常に素直な文章で、大変うれしく読みました。素直な人だとよく解る。(市長や議員もあなたのように素直だったら室戸ももっと良くなるのに)

≪率直に感動し、そして投稿した事を反省しました。今後、二度とこういう大それた軽い行動はしません。心よりお詫びします。

 (※反省することもないし、わびることもない。「大それた軽い行動」だとも思っていません。若者の意見としてあってもよく、町の政治に関わっている人たちも聞くべきと思っています)

自分は室戸市に住んでおり、そして自分が現時点で納得して住んでいる場所に心から嫌悪感があるわけでもなく、幸せな家庭もあるので非常に室戸批判をしているのが最初不快で記事を読み、衝撃を受けました。

 (※批判するにはそれなりの理由があるのです。不正な政治をやろうとする市長や仕事をしない議員がその不正に手を貸すのは批判されて当たり前で、私は公正な議員としてまた市民から「市政の監視をして不正とは戦ってくれよ」と負託された身として、それに対峙してきた。このブログの記事も室戸市民にその悪質な市政状況を情報公開するためのものでした。市議選での街頭演説でも「小松市長の市政運営は不正だ」と公表しました。それらを市民みんなが「不快だ」と思ってしまえば、私がしてきたことは何のための情報開示か解らなくなります。正義感に富んだ議員の活動に住民が嫌悪感を持ったら、真面目に働く議員は一体どうしたらいいのか悩むのではないでしょうか)

しかし、自分が書いた事が全くの的外れな事で、今となっては返す言葉もありません。

 (※解って下さればそれでいいんです。唯、他人の努力を理解する力は、一人の人間として持つ必要があります。もし持っていなかったら、理解力を養おうと努力する必要がある。フェースブックやライン、アイパッド、携帯電話など人と体面して話をしない器具から離れ、たくさんの人と会っていろんな話や考え方を聞き、物事のあり方を書いた書物や企業を興した人が如何に生きてきたかの伝記などをたくさん読むことです。そうして鍛錬を重ね続けていれば、有能な人間とは人のいない場所で如何に頑張ってきたかが少しずつ解るようになってくるし、それがあなたの人生をきっとより良いものに変えてくれるでしょう)

言えることはとにかく失礼をし、そして貴重な時間をこんな事に使わせ、そして二度と関わりたくない政治について書いて頂き、申し訳ない気持ちでいっぱいです。

 (※私が昭和61年から4年間、町おこし活動をしていたことや、地域雑誌の出版で高知県東部を盛り上げようと8年間、家庭を振り返らず自費を投じていたいたことや、不正な市政や市議会を改革したいと8年間頑張っていたことを知らなかったとしても、それは若い「室戸市民」さんが悪いのではありません。そんな特異な人物が室戸にいたことを高く評価しない、この社会が悪いのです。全ては、町の情勢や市政や市議会に関する情報が室戸のまちのどこにもないためです。だからこそ、自らが町を元気にしようと苦心してきたし、不正を打破しようと努力してきた。

 申し訳ないなんて、思わなくてもいいよ。私も市民の皆さんに言いたいことが言える機会にもなったしね) 

ご意見を頂き、非常に後悔もしております。一人で戦ってくれた先人がいたことを絶対に忘れません。

 (※そうですよ。自慢ではないが、私のように経営する喫茶店のお金をまちおこし活動に投じたり、儲けにならずに損ばかりすることが最初からわかっている地域雑誌の出版で借金を重ねたり、議席で黙秘権を行使して座っていれば毎月報酬は入ってくるのに市政の不正を調査の上で毎議会、登壇して「改めよ」と追及したりするのは、生半可な気持ちではできないこと。“自分のことより、町の活性化”、“自分の家庭よりも高知県東部地域を良くしたい”、そんな自分の個人的な得にならない、むしろ損になることばかりに意欲を以って働くなんてことは普通の人はしません。

 でも、もうあきらめました。不正な政治家を支持・支援し公正で市民の名代となって汗水たらして働いていた議員を排除するんだから、室戸市が政治的に病んでいるのはまちがいない。みんなで勝手にやればいいのです。唯、あなただけは室戸市にはこういう真面目な人もいたことを忘れないでいただきたい)

本当に何かと有り難う御座いました。

事情で匿名で投稿した事についてもお詫びします≫


 (※インターネット社会は、言わば匿名社会。自分の名前を隠し、知識も現状もこれまでの経過も解らずに物申す人たちが掃いて捨てるほどいますが、まず私など考えるに、そういう人は小心者と解釈する。勇気があって、言おうとすることが筋が通り正しく正論だと言えることならば、社会的立場をかなぐり捨てて名を名乗り、正々堂々と物申せるはず。それをそうしないのは、その言わんとすることが筋が通っていないか、正論ではなく誰かに「お前の言っていることは間違っているぞ」と言われそうだと考えているか、公務員や団体職員をしているから等々、名乗る勇気がないからです。

 私が本名で記事を書く理由は、地域社会が元気になり地方政治が公正なものになってほしいと強く考え、そのためには自分の立ち位置を明らかにする必要があったからです。記事を書いている人間が保身のため、何をしている人なのかもわからない“腰の引けた”状態にしておいて記事やコメントを書くのは勇気がないからで、市政や議会を改革するための効果も無いでしょうね。だから私は誰にでも父親に付けてもらった立派な本名の「谷口總一郎」を名乗ることにしています)


 「室戸市民」さん、昨日の記事には厳しい部分もありましたが、気にしないでいただきたい。

 言わんとすることは、「人とは正しく評価すること」、「他人を当てにせず、自分が積極的に何でもやろうとする意欲を持つこと」、そして、「馬鹿と欲深い人間とは関わりあうな。感染するぞ」ということです。

 いくら辛い人生になろうとも、その時々に自分の人生をよく見つめ、将来を見据えながら、いろんなことに挑戦し、良いことは継続し、真剣に正しい道を歩んでゆくことです。家族にはつらい思いをさせてもいいから、可愛がってやることが大切。室戸で政治家になろう、政治を良くするために何かしよう、なんてことは止めておきなさい、その年月が無駄になるから。

 自分が死ぬとき、「あー、おれは休みなく頑張ってきたなあ」と思えるほど、がんばること。つまり、「人生に悔いを残すな」ということです。

 以上です。

 「室戸市民」さん、世間に負けてはなりませんよ。いつも前を向いて休みなく歩んでいってください。


※電子情報誌「青空エクスプレス」のアクセス数は、8月27日(水)付けGooブログランキング(205万2946ブログ)中、2352位でした。
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室戸市政を憂える投稿を頂きました

2014-08-26 | 地方のあり方
 昨夜、次のような三つのコメントを連続して頂いた。

 投稿してこられたのは同じ方で、「室戸市民」さん。

 画業で忙しい中、一つ一つにコメントをするのは時間的に無理ですので、一括して記事にさせていただきます。

 地方政治とは縁を切ったと宣言したが、コメントを下さった「室戸市民」さんと他の室戸市民の皆さんからの「室戸を何とかして下さい」の声と受け取り、今日だけ地方政治について書くことにします。

 ①2013年3月11日の記事を読み、昨夜25日午後9時54分にいただいた「本当に恐ろしいこと」というコメントです。

 ≪(前略)あと、議会と市長の関係を何とか一般市民に知らせるようにしてもらえないですか。

 一般の室戸市民は「どうしてこんなに市民ががんばってるのに市は良くならないのか」、「どうして市民の声が市政に反映されないのか」、みんな言っています。

 特に30代~50代までの働き盛りの人間です。みんな必死で生きています。しかし、多くの人は今の市政に幻滅し、苦労し続け、いつか室戸を出て暮らしたい等という声もあります。

 どうか、室戸の未来を明るい物にしましょう。(小松市長は)また「三期も」等と言い出しています。このままではまた市民が苦労をするだけです。≫


 ●「議会と市長の関係を何とか一般市民に知らせるようにしてもらえないか」について。

 私は市議だった8年間、市議会が終わるとそのたびに『青空新聞』と名付けた議会報を1000部作り発行、市民に配布してきました。これは自分が作った記事の下書きをパソコンで打ちプリンターで印刷、A2の用紙に切り張りし、それをコンビニに行きA3用紙に縮小印刷したものでした。

 地方議員とは、自分を選んでくれた市民のために人の見ていないところでこういう苦心や努力をしてこその、議員職です。それができるかできないかで議員職にふさわしい人か相応しくない人かが決まります。

 だから、市政の情報を市民に広く知らせようと工夫しない議員は議員失格と言ってもいいです。つまり、室戸市議会にそのような広報を行う議員がいないということは、このこと一つとっても解るが、市議全員が失格ということになります。

 唯、「何とかしてほしい」と言われても私は市議会議長ではないので、「議員諸君、市政や市議会の情報を記事にして市民に向けて広報活動を行うように務めたまえ」なんてことを命令できる立場にはありません。そういうことは、もう子どもじゃないから、人に言われなくてもしなくてはなりません。でもね、記事を書くなんてこと、鍛錬が足らない普通の人はできません。

 言えるのは、「それは無理」。これが答えです。

 ●「一般の室戸市民は『どうしてこんなに市民ががんばってるのに市は良くならないのか』、『どうして市民の声が市政に反映されないのか』と、みんな言っています」について。

 「市民が頑張っているのに市政は良くならない」のは、市長が不正な政治を行い、市議たちがその不正と戦う勇気が無くて支援し賛同しているからです。それと、市長や議員らに市民のために苦心することと、市政活性化の企画力などの能力が元々ないことが原因している。もう一つは、議員になった主な目標が報酬を貰うことにあり、市政の法令順守は目標ではないから。

 市民の声を聞く議員がいますか? 水路や道路の改修を市政に届けることなんか、議員がいなくても市民が簡単にできること。議員の職務はそういうものではありません。もっと近い未来や、将来の室戸市を展望しながら新しい事業を創案・企画したり、市民に養ってもらっていることを深く考え市政改革や市議会改革を即座に行うことです。

 これらのことを考えたこともないから、いつまでたっても市政や市議会が健全化しないのです。だから、断言します。「室戸市はこれからもずっと良くなりません。期待してもだめです」。

 ●「特に30代~50代までの働き盛りの人間です。みんな必死で生きています。しかし、多くの人は今の市政に幻滅し、苦労し続け、いつか室戸を出て暮らしたい等という声もあります」について。

 不安もあろうが、20代、30代の若い人たちは一日も早く室戸市から出て行って手に職をつけるべく働くのが一番いい。そうしていろんなことに挑戦すること。失敗もたくさんするでしょう。苦労も多いと思います。でもそんな苦労があなたを大きくしてくれることは間違いありません。室戸にいて、親の加護を受けながらあんのんと暮らすのだけは止めた方が良い。寝てばかり、酒を飲んでばかりの生活はやめ、独り立ちすべく汗水たらして毎日働くことが大事。

 私が議員だった平成17年に減少データを基に計算したところ、現在13000人の室戸市の人口は30年後の2045年に0人に極めて近づく計算で、発展の期待が持てないばかりか、500人や300人の人口が残っていてもそれでは一集落で、やがて消えてゆきます。それだけはお教えしておく。早く見切りをつけた方がよい。

 ●「室戸の未来を明るい物にしましょう」について。

 室戸市は明るくなりません。間違いなく明るくならないまま寂れてゆきます。だから、若い人は室戸市に早く見切りをつけ、出て行った方が良い。

 なぜなら、市長と議員たちは不正な政治を行うのを何とも思っちゃいないし、市民は市民で選挙になると性懲りもなく毎回そういう不正な政治家たちに投票しているからです。

 誰ということはない、ドイツモコイツモが政治を分かっちゃいない。

 【政治とは、公正に行うもの。選挙も公正に行うもの】。

 簡単な話だ。この程度のことも解らない人間が市長になり市会議員になりし行っている政治は、良くなるわけがない。

 だから、室戸市に未来はないと断言できる。

 良くしようと毎日努力してきて落選運動で落とされた被害者だからこそ、わかるのです。

 ●「(小松市長は)また「三期も」等と言い出しています。このままではまた市民が苦労をするだけです」について。

 間違いなくそうなります。候補は二人とも傲慢な人ですが、市民は100%現職に投票するのは決定的。だからといって、他に健全で品格があって、見識があって、公正な政治を行ってくれる候補が他にいるわけでもないから、決まりです。

 でも、私たち夫婦は二人の候補の人間性を信用できないから、既に共に白票で投票することに決めています。

 投票所に行かなかったらいいのになぜわざわざ投票所に行って白票を投票するのかと言うと、行かなければ市政や市議会に対して批判する権利を失うからです。だから、わざわざ行って、白票で出すのです。


 もし良ければ「室戸市民」さんも白票で投票しませんか? 他の賢明な市民の方々も二人の候補を信用できないとお考えなら、白票で投票しませんか。

 このコメントに対しての結論は、若い方々は「できれば室戸市を出てゆきましょう」。家や職業柄、室戸を出てゆくことができない高齢の方々には、「室戸市の政治を信用してはなりません。市長選も市議選も白票を投じましょう」。


 ②2014年2月27日の記事(地方自治法違反の高速バスターミナル事件)を読み、昨夜25日午後10時にコメントを頂きました。

 ≪こういう重要な事を私たちはほとんど知りません。

 今はFacebookもあるし高知県の人も多く使っていますので、ぜひ、Facebookをはじめてください!!! 心から支援します。

 こういう、世間では「当たり前」のことが「ええやないか」で済んでいた時代はとっくに終わっています。今や、地方議員の不正も絶対にマスコミは許しません!≫


 ●「こういう重要な事を私たちはほとんど知りません」について。

 これだけではありませんが、私は23年4月までの市議当時も議員を落選してから現在までも市政の違法事業に関して議会報『青空新聞』だけではなく、この電子情報誌『青空エクスプレス』でも毎日のように記事を書いてきましたので、市政に関心が薄かった「室戸市民」さんは知らなかったかもしれないが、私の議員活動に関心を持って下さった市民(市民だけでなく、全国各地やイギリスにもアメリカにもいたが)は2008年からずっと室戸市政と市議会が行う不正を知っていました。

 ●「今はFacebookもあるし高知県の人も多く使っていますので、ぜひ、Facebookをはじめてください!!! 心から支援します」について。

 Facebookがなくても議員活動はできます。それに付けても、議員を落選させられてしまった私にこれを進めても仕方がありません。現職の議員13名に「これを持って、正しい政治をやりなさい」と言っておやりなさいや。ま、これを持たなくても議員職は全うできるから、いらないと言えば要らない。その前に、パソコン一つ持っていないし使えない議員がいるが、その方が先であることは間違いない。

 ●「今や、地方議員の不正も絶対にマスコミは許しません!」について。

 「室戸市民」さんはお若いから市議会で行われている不正を何も知らないようですね。私が『青ぞエアエクスプレス』で長年書いてきたように、「マスコミは地方議員の不正を許しません」の指摘が当たっているのは議会内にテレビカメラが入る議会ぐらいで、新聞記者が市町村議会で違法事業を行っていると知りながら知らん顔をしている例は掃いて捨てるほどあります。だから、「マスコミは不正な政治を許しています」が正しい。

 そんな中、室戸市議会では私だけが不正な政治と戦ってきました。このことは室戸市民の大半が知らない。だから、私の投票しなかった。・・・ということです。

 この高知県内34市町村の議会で不正がないなんて言ってたら、笑われちゃいますよ。その34市町村の行政職員だって議員たちだって不正が議会を通過していることはみんな知っていることで、知らないのは34市町村の住民たちだけ。その一人が、あなたです。

 この室戸市においても武井前市長当時、温浴施設の指定管理者公募前に市長と市職員4名が東京に行きミクプランニングと事前交渉を行ったことを調査で発見、私は議会で武井市長と企画振興課長を厳しく追及した。小松現市長も地方自治法違反や市の条例違反、議案の事前審議などを行い、議会で追及を受けている。それらの全てを新聞記者に伝えたが一切、記事にはしなかった。その理由は、不正を記事にすると市役所から情報を得られなくなると考えたから。

 だから、高知県という田舎には、マスコミは保身のために「市政の不正や市議会の不正を記者は記事にしない」が正しい。ま、議場内で殺人事件でも発生すれば、それは取材に来るでしょうが。(笑)

 このコメントへの結論は、「もっと市民が市政に関心を持つことと、議員全員に対して市民がもっと圧力をかけて『議会や市政の情報を議会が終わるたびに新聞をかいて配布せよ』と言い、『ブログも書け』と圧力をかけることです。「それもできなければ議員など辞めてしまえ」と脅しをかけていただきたい。

 「おれたち市民は議会と議会の間のおんしらが遊びよう2ヶ月間も報酬を与えちゃあうぞ」と。


 ③2014年8月16日の記事を読んで、昨夜10時11分にコメントを頂きました。

 ≪今日、記事を見つけて読んできて最後にこの記事を見てがっかりしました。

 正直、室戸を良くしたい人は実は、30代~50代にごまんといるのです。訳の分からない事をしているのは一部の人間です。馬鹿ばかりでは無いのです。

 そして、その賢い人たちはネットワークがあり、Facebook、LINEで繋がってます。そして嫌らしく嫌がらせをするような人たちは口コミだけで電話だけでやってるんです。正直、こういう人がいて、こうやってもがいていたのかと驚きます。

 実際に、若い世代は室戸をどうしたらいいのかわからず、市長がわるいのか?(と考え)、どこが悪いのかわからないし、見えない。

 Facebookを開設しませんか。本当に情報を発信しませんか。

 選挙にでませんか。我々は応援をします。

 また匿名で実名を出さない人ばかりなのではなく、実名を悪用される時代であり、ネット世代である若者はデータに慎重なだけだと思います。

 つまり、公の人がそれを悪用されたくなければ、公の場でFacebookなどで事前に意見を明確に残しておけばそれが根拠となるのです。

 もう市政に見切りをつけたとのこと。非常に残念です≫


 もう議員でもない人間にFacebookを勧めて町の政治は良くなるんでしょうか。Facebookはあなた方若い人たちの趣味でしかない。それで政治は良くはなりません。Facebookと町の政治とは別の話。切り離して話す必要がある。

 それよりも先に、匿名で「選挙に出てください」とコメントを下さったが、あなたは選挙に出て市政を良くしようという気はないのかな。

 勇気のない人は多分に他人に対して「お前が適役だ。やってみろ」と言うが、一度、自分が勇気を出してやってみてはどうか。私はお金も応援してくれる人たちもいないまま、「10万円で選挙をするから」と言って妻を口説き落とし、初出馬し、市長後援会の邪魔がなかったら今も議員となって市政の公正化と市議会改革に尽力していた身。

 他人に「おんちゃんが出てや」などと言ってないで、自らが勇気を出して今度の市議選に出馬することをお勧めする。そうしてあなたはFacebookを利用し、その友人たちの支援を受けながら立候補するのです。そうして、出馬したら勇気があるし、もし出馬できなければあなたはいつまでも物陰に隠れながら他人に向かって「おまえがやれ」と言い続けている人間にしかなれないでしょうね。

 このコメントへの結論は、「他人にやれというより先に、『おれがやる』と前に出る人間になることです。それが男ぞ。

 「室戸市民」さんのコメントへの返信は以上です。伯父さんは前を向き、今は画家として生きており、絵馬修復師という職業で頑張っています。これからは今まで苦労を掛けてきた妻のために生きてゆくことに決めている。 あなたも他人に「ああせえ、こうせえ」と言ってないで、自分の60歳頃や70歳頃の時期を見通して懸命に働いてください。

 ま、何でもちょっこらちょいとはできません。人の見ていない場所で汗を食い垂らしながら長く頑張って地力をつけることです。私とて20歳の大型トラックに乗って長距離運転をしている時には居眠り運転で死にそうな目に遭ったこともありましたが、そんなギリギリの生き方の繰り返しで働いてこそ、40歳、50歳にその力が花開きます。

 とにかく働いていて、楽をしないことが肝要。

 他の社員の仕事まで取ってやってしまう意欲を持たなくては、自力などつくわけがない。

 ま、若い人たちは「若いから」と言ってよく甘えますが、そうやって甘えないことも大事です。親に甘えず一人の力で生きてゆく、会社に甘えない、公務員として組織に甘えない、友人・知人に甘えないこと。

 とにかく若者は口を言うヒマがあれば、「働け、働け!」。明日の自分のことだけを考え、働くことだ。
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新作の準備です

2014-08-24 | 私の絵画制作活動
 絵馬修復のお仕事も無事に終わり、長く新作を描いていないがその新作を描くパネルも無くなったことからどうも毎日が落ち着かなくて、昨日は午後から妻と一緒に高知市にパネルに使うシナベニアを買いに行ってきました。

 前に買いに行ったのは昨年の4月頃だったから、如何に昨年の暮れ以降の制作点数が少なくなったかが分かる。

 長く買いに行かなかったのは、ベニアを買うお金を節約するためだけじゃなく、3年前の画業に取り掛かった頃に描いた稚拙な100号の作品2点を下塗り剤のジェッソで塗りつぶして新作を描いたことも理由。

 だから、画業に精を出し始めた平成23年6月から12月までの基底材となるシナベニアを使ったパネルの制作は5点、完成した作品も5点だった。翌24年は9点。25年は8点。今年26年に新たにパネルを作ったのは1点だけで、後の2点は23年に描いた作品2点を潰して描いたもので、合計3点だけ。この作品数の少なさはちょっと反省している。

 これは年金が2カ月で約7万円も削減されたための節約と、4月ごろから絵馬修復工房開業の準備などに忙殺されていたため。

 ただ、絵を描くってそれほどお金のかかる仕事ではなく、100号の力作を10点描いても絵具代は年間1万円もいらない。そんなもの。

 100万円や50万円の作品であっても、大方全ては作家の能力と感性と技術に与えられるお金。その違いが、大きな違いになって表れる。

 いや、いや、勘違いしないでくださいね。私の作品がそういう高価な作品というわけじゃないですよ。(笑)

 唯、私は他の作家さんのように50号以下の、30号、20号、15号、10号などの“売り絵”は一切描かない主義。絶対に描かない。全てが100号。

  
 (昨年11月に北川村の村民会館で開催した個展会場。ご覧いただくように100号の大作ばかりで、小品は1点もありません)

 公募展出品のためと、妻に遺すことを意図して、そんな小品は描かないことにしている。

 理由はそれと、10号や20号の作品はいくら微細な表現を繰り返しても、私の筆の早さでは半月もすれば完成してしまい、100号作品のように1カ月から2か月間も楽しめないから。

 絵画制作って、その作品に熱中し没頭している時間が貴重であるしその時間に喜びを感じるのであって、作品が仕上がったらもう気持ちは作品から遠ざかる。(私は、ですが)

 だから、その喜びを感じる時間が少ない小さな絵は絶対に描かないことにしています。


 さて、9月7日のオールドパワー文化展の出品までに買ってきたシナベニア2枚でパネルを二つ作り、下塗りを施しておこうと思う。

 そうして9月中旬になり県展出品作の準備を済ませると、その後は新作に何を描くか構想を練り、県展会期中から来年の8月までの制作年度は絵馬修復のお仕事を頂きながら来年の県展出品を目指して100号の大作を少なくても5点は描こうと考えている。

 以上、近況まで。

 
 今年の夏は雨続きで皆さんもうんざりしていることとお察ししますが、雨なんかにゃ、負けちゃなりませんよ。

 7月末から現在までに二つの台風と豪雨で被害を受けた方々が全国各地にたくさんおられますが、何事があっても負けてはなりません。

 「挫けずに明日を目指して歩いてゆく」。このことが人生では一番大事なことです。

 皆さん、人生には辛いことはたくさんありますが、災害にくじけず、病気にも負けず、世に跋扈する悪い政治家たちも蹴散らしながら、真面目にコツコツと生きてゆきましょう!

 私も陰ながら応援していますよ。


※電子情報誌「青空エクスプレス」のアクセス数は、8月24日(日)付けGooブログランキング(205万1689ブログ)中、3491位でした。
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秋の公募展出品の準備

2014-08-22 | 私の絵画制作活動
 今年も9月に入ると秋の美術展のシーズンが始まる。

 雨続きの夏で気分も沈みがちになりますが、毎年この季節になるとワクワクします。


 2年間続けて11月に開いてきた個展も、今年は開催の予定はありません。

 でも、「高知県オールドパワー文化展」が9月10日(水)に開催、22日(月)まで高知県立美術館で開催されます。9月7日(日)の搬入日には私も作品『福来りなば春遠からじ』(変100号)を出品する予定。この作品は日頃描いている海岸風景の作品と違い、家と庭を抽象的に描いたもの。結構、気に入っています。

 又、その1カ月後の10月10日(金)には「高知県展」が開催され、4日と5日が搬入日となっていて、私は作品『雨あがる』(P100号)を出品予定。昨年は智内兄助画伯に「山脇賞」に選んでもらい、作品の独自性に自信を持った。さあ、審査結果やいかに。

 そんな今年はと言うと、昨年の県展が終わった後から大作ばかり4点制作し、どれも真面目に制作した良い作品ですが、県展にはこの1点だけ出品することに決めた。

 私は23年4月末の市議選で落選した後、6月からは少年時代から夢であった画家として死ぬまで生きて行こうと決意した。

 40歳から「高知県東部地域の人たちに貢献したい」と働いてきました。だが、それはもうやめた。理由は、いくら「町を良くしたい」と努力しても尽くしても、誰もその人を評価しないし応援しないばかりか嫉妬心から陥れ、排除しようと企み、無駄だから。ドイツモコイツモだと思っている。誰も公正な政治をしようとしないし、正義を支えないし、応援しないし、共に悪政と闘おうともしない。そういう地域体質に健全な政治は生まれません。住民はそのことを充分に認識しておくべきです。 (ま、まちの政治はもうどうなってもいい。知ったこっちゃない)


 こうして子どものころからの夢であった画家として生きてゆけるようになったのも、妻の理解と、これまで画家になる夢を捨てずに手仕事から離れなかったことが良かったと思う。

 30歳から36歳ぐらいまでは製材所に勤務しながら毎晩、画家のように油絵の制作に没頭した。40歳に開業した喫茶店を拠点にして行っていた地域づくり活動中、コンサートや映画会などのポスターを制作した。地域雑誌はレタリングの技術を活用してA2大の原稿用紙に手書きしたものを縮小印刷して月刊情報誌を発行していた。こうして自分で人生を切り開いて来て、その時々の手仕事が熟練を生み、画家となった。4月には絵馬修復の工房も立ち上げ、絵馬師としての仕事も開始した。

 これからは年金を頼りに妻と二人で細々と生きてゆくことになるが、今月初めには福岡市内の神社から絵馬修復の初仕事をいただき、先日、修復を終えて、神社に返送させていただいた。

 修復のお問い合わせを下さった阿蘇神社氏子会役員のMさんには、感謝、感謝です。

 この20日には「高知県オールドパワー文化展」に出品する『福来りなば春遠からじ』の額縁(といっても、幅2寸の裏板をカンナ掛けして色を塗っただけのもの)を作り、出品準備は終わっている。

 又、県展に出品する作品『雨あがる』の額装は、以前に出品した作品の額を外して利用するため今回は額を改めて作る必要もないことから、10月5日の出品直前に入れ替えるだけ。

 尚、出品準備などの雑事が増えることに因って制作活動の時間が減り出品から得ることも無いため、どこの他の公募展に出品する予定はありません。特に室戸市展に関しては、30歳代の懸命に作品を描いている頃に嫌な思い出があるので、その三十数年前に「金輪際、市展には出さない」と決めた。

 
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義姉の一周忌法要

2014-08-18 | プライベート
 昨日は谷口家本家で行われた私の義姉にあたる方の一周忌法要に行ってきました。


 私の兄弟はたくさんいて、父の先妻の子が5人、後妻である私の母の子が4人。勿論、亡くなった人はたくさんいる。でも、こんな数字数えたことも無かったが、今更ながら多いと思う。戦前戦後の家族はどこも大家族で、こんなだったが。

 でも、本家を引き継いだ伯父(父親の兄)には子どもがないため父の先妻の子である兄が養子に入り、やがて長じて家業にしてきた酒類販売店を切り盛りするようになりました。

 そうして妻をめとり4人の子どもが生まれます。家族は、義父、義母、養子に入った兄、義姉、子ども4人の、8人と大家族となった。

 そんな昭和39年のこと、兄は36歳で病死します。あまりにも早い旅立ちでした。

 残されたのは、老いた両親、義姉、4人の子。働き手はいなかった。

 当然、義姉が家を切り盛りし、中心として働かざるを得なかった。

 悪いことは続くもので、本家の伯父は昭和40年1月に死去、義母はその年の11月に死去してしまいます。養子に入った兄の父でもあり私の父である義貴が亡くなったのもその2年後の昭和42年11月だった。

 私は21歳でしたが、当時「本家はいっぺんに三人が死んでしもうた。分家であるうちも親父が死んだが、家業の銘木屋は自分らが頑張って受け継いでいかんと父に申し訳ない」、そう思ったものです。

 本家に残されたのは、義姉と、男一人女3人の幼い4人の子たち。お金を稼いでくる成人した男はいませんでした。

 私は当時、大型トラックに杉の大材や銘木製品を満載して県外に運ぶ仕事に従事し昼夜走り回っていたので自分のことで精いっぱいで親戚がどのような状況にあるかなど全く知りませんでしたが、本家がこのような状態にあるのは親戚はもちろんのこと、近所の人たちもみんな知っており、心配したことだと思います。

 しかし、義姉は酒店を営みながらその子たちを立派に育て上げた。

 長男は九州の大学に進み、今は公務員をしています。妹たちも地元の高校を卒業後に専門学校に行ったとかで、今は高知市や大阪で所帯を持ち、幸せに暮らしています。

 法要にはそのそれぞれの家族も駆けつけ、読経の流れる中、みんなで亡くなった母に手を合わせて供養、墓地まで行き墓参りも行いました。


 思い起こすと、私も30歳になり40歳となり50歳となり自分の子育てや喫茶店経営や雑誌作りの仕事を経るに従い、この義姉の苦労が深く解るようになっていた。

 家計を切り盛りするための収入がなければまず、みんなが食っていけない。勿論、子供を大学に行かせることなど、できるわけがない。

 自慢にならないが、私も喫茶店経営をしながら地域づくり活動に投資していたし、もともと始める時から儲けにならないことが解っておりながら雑誌出版を続けていたので、二人の子どもが中学生ごろには「お父さんはこんな仕事をしているからお前たちを大学には行かせられない。だから、高校を出たら社会に出て働くことを考えておりなさい」と引導を渡した。

 言わば、情けない父親でした。

 又、私の父にしても、私が地元高校を卒業するにあたり、私が「美大にやってほしい」と頼んだ時、高校の進学担当の先生を前にして、「絵描きじゃ飯は食えん」の一言。美術大学と言えば「絵描き」としか考えられない時代でした。私がいくら「絵描きじゃなくて、商業デザインとかイラストレーターになりたい」と言っても、「絵描きじゃ飯が食えん」の一点張り。父親は高知県下でも有数の銘木製材所を経営していたが、「それで稼いだお金を子どもの教育なんかに使いたくない」、そう思ったのです。それが本心でした。

 言わば、子どもの教育よりも商売重視。情けない父親かどうかは解らないが、そんな父親だった。

 でも、本家にいる義姉は違った。

 私の父のように大きな商売をしているわけでもないし、健康体でどんな仕事にも就くことができる男でもなかったし、それほど世間に出て職業に就く能力を持っているわけでもない女性だった。

 それでも、小さいながらも酒店の商売にただ黙々と精を出し、4人の子どもを立派に育て上げた。

 身を飾る人ではなく、地味に生きてきた。いつ行っても佐喜浜弁で温かく迎えてくれました。

 そのたびに私は心の中で、「兄ももうちょっと60歳を超すぐらいまで長生きして夫婦で頑張って生きていたら、義姉の苦労ももっともっと軽かっただろうになあ」と思っていた。

 ほんとうに「立派」としか言えない女性でした。

 4人の子供にとっても間違いなく世間に誇れる、りっぱなお母さん。

 また、兄妹が4人もいれば、これまでに何かとあって、仲が良いなんて例は無きに等しいだろう。私も後妻の子の4人姉弟ですが、二人は音信不通。姉弟の睦など感じたことなどない。

 ですが、本家のこの4人の子たちはみんな素直な兄妹で仲が良く、これまでにはいろんな苦労もあっただろうに、こうやって冠婚葬祭があると兄妹4人とその子たちが集い、やって来る。

 これも義姉の教育の賜物であろうと思っている。

 どうしても忘れてはならないことがあります。

 私が市議選に出た時、15年4月、19年4月、23年4月の選挙の時には、本家の周辺の人たちに「うちの弟を頼みますよ」と頼んで回ってくれたこと。

 そして選挙の運動期間中には毎日、市内45カ所で街頭演説を行ってきて、この本家前にある集会所の広場で行うのは午後5時ごろ。そこに到着すると、すでに近所の女性(大半がご高齢の方でしたが)が約十人ぐらい待っていて、運動期間中の7日間は妻と二人が感激のしっぱなしでした。

 そんな義姉の応援もむなしく23年4月には落選運動で票を減らし、敢え無く落選してしまいました。

 勿論、私は悔しかったが、落選はこの私を支え応援して下さった老いたこの義姉に申し訳なくて落選後、本家を訪ね、応援してくれたお礼と併せて謝罪した。「あんなに応援してもらったのに、すみませんでした」と。

 それから二年四カ月後、賢母であった義姉は逝ってしまいました。

 養子に行った兄が36歳で亡くなったのが昭和39年。その妻である義姉が亡くなったのはそれから四十五年後の、平成25年8月だった。

 長男が公務員となってからは家に入る収入も増えてそれが家計の支えになったであろうことは想像できるが、兄が亡くなってからの四十五年間、義姉が本家の“柱”になってきたことは間違いない。

 世にその素晴らしさが知られることなく亡くなりましたが、本当に立派な女性でした。


 義姉には唯、感謝しかない。


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阿蘇神社の絵馬修復が終わりました

2014-08-17 | 絵馬修復工房の仕事
 福岡市・阿蘇神社の絵馬を修復させていただきました。

 7月29日に送られてきた絵馬は神馬である「白馬」です。

 数日、作品を眺め、作業工程を思案し、絵が描かれている板の何カ所かに割れや破損したところがあり、8月2日からまずその割れなどの修復に取りかかりました。

  

 ①その絵馬を裏側から支えるため、それと同じ大きさの天井板(反りができない柾板)を小生の実家である室戸岬町の谷口製材所に行って買ってくる。

 ②まず、柾天井板を絵馬額と同じ大きさに切り、磨いて、片面にボンドを塗り、絵馬裏側全体にもボンドを塗り、接着した。

   

 (写真)見た目はちょっと荒っぽいように見えますが、大丈夫

 ③乾燥させたのち、今度は表面から見て割れや隙間や穴があいた部分に充填剤(パテ)とボンドを使ってできるだけ表面を平らにする作業。

     

 ④これから後は絵の修復に入る。まず背景全部を白で下塗り。文字の書き起こし。馬の部分も白で下塗り。腹帯は薄い青色で、幟旗は元色の赤で下塗りを施す。

 ⑤背景を金色で下塗り→オレンジ色で下塗り。文字を書き起こす。

 ⑥馬を本格的に書き始めようとするも、元絵の馬の体型がどうもあちこちで狂いがあり、まず馬の写真などを参考にしながらその狂いを修正する線描き。

 ⑦そうして馬の描写に入る。一番神経を使う作業ですが、元絵と違う描写にしてしまってはいけない、元絵より良くすることも大事だが元絵の意思も尊重しなければならないと、悩み苦心しながら描き進めました。

      

 (写真)これはまだ下塗りの状態で、修復が完成した絵馬はこれとは全く異なる仕上がりになっています。(ご覧になりたい方は福岡市の阿蘇神社に行って見せてもらってくださいね) 

 ⑧元絵の幟旗と腹帯は単色で絵柄はありませんでしたが、この絵は祭事の神馬を描いたもので絵柄が入っている方が華やかになると考え、依頼を受ける時に氏子会からも「お任せする」とお手紙を頂いていたので、そうさせていただいた。それによって、非常に作品性が上がったと自画自賛(?)しています。

 ⑨額の損傷した部分もパテで修正した後、塗装。

 こうやって文章で書くほど簡単な作業ではありませんが、概要としては以上のように作業を行い、完成とさせていただく。

 そうして仕上がったことから、すぐに梱包し、15日に宅配便で福岡市に発送。翌16日(土)の午後、氏子会会長から「着きました。ありがとうございました」とお電話を頂いた。

 本来ならば、自分が福岡市まで持参して神社に展示された光景を見てみたいとも思うが、またいつの日か行くこともあろうと、今回はあきらめました。

 それが、発送した後で気付いたんですが、うっかりして完成した時の出来栄えを写真に撮ることを忘れてしまいました。

 だから、完成品の写真はありません。本当にだめですねえ。(笑)

 ま、こうして私が始めた工房の初仕事は無事に終わったことをご報告させていただきます。


 全国の神社関係者の皆さん、絵馬修復の仕事を下さい。宜しくお願い致します。(平身低頭)

 (連絡先)住所:高知県室戸市室戸岬町2845-2  
      電話:0887-23-1214  携帯:090-4506-6343
      
               谷口絵馬修復工房  絵馬師 谷口總一郎


※電子情報誌「青空エクスプレス」のアクセス数は、8月17日(日)付けGooブログランキング(204万9583ブログ)中、3591位でした。 
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地方政治との決別

2014-08-16 | 地方のあり方
 今日は読者の皆様にお知らせしたいことがあります。 

 私が書いてきた当電子情報誌の記事を許しも無く無断で自身の新聞に転載した大きな「事件」がありました。

 このことに対しては一昨日、このブログ上でそのSさんに対し謝罪と記事ページの削除し廃棄するように要請したことは読者、ご存じのとおりです。

 それを廃棄するかしないかはその人の裁量であり、「谷口さんに悪いことをしてしまった」と思えば削除・廃棄するだろうし、「なにが悪いんだ」と思えば削除も廃棄もしないでしょう。

 それに私は関知しないことにしています。

 唯、室戸市民の皆さんにはその新聞の3ページ目に書かれている「谷口が書いた記事」を信用しないで下さい。それだけはお願いしておきます。


 さて、私はこれまでたくさんの地域活動に関わってきました。そのことをまず書き遺したい。

 ●40歳に開業したジャズ喫茶店においては、「室戸だけでなく、高知県東部地域をもっと元気にしたい」と考え、開店当初から地域づくり活動を介し、店の売り上げを投資してデキシーランドジャズのバンドを招聘してコンサートを開いたり、「ケニー」の映画界を開き、そのたびに売り上げは知的障がい施設「室戸はまゆう園」に寄付してきました。

 地域づくりグループが連携を持ってほしいと四国の地域づくり活動グループの名簿を作成して配布したこともあった。

 ●その5年後、平成2年9月からの約八年間は、全国ではオンリーワンだった“手書き地域雑誌”『あおぞら』の出版を始めました。

 これは最初からあまり売れ行きが良くなくすぐに塵箱に捨てられているのを知って、ひどくショックを受けました。そこで熟慮し、「一冊、一冊を一つの単行本にすれば残してくれるんじゃないか」と考え、8号目ぐらいからだったか、月刊のその雑誌を一冊全てを一つの特集にするように大改革しました。

 又、2年間で200万円の大きな赤字を生み廃刊を考えた時、暮れも押し詰まった12月30日だったか、高知県大阪事務所の職員を通じて雑誌を廃刊することを知った室戸市出身の折寄弁理士から、救いの電話が鳴った。「毎月3万円の広告と100冊買うから、続けろ」。電話を握りながら泣きました。

 儲けないことが解っていながら始めた地域雑誌でしたが、こんな感動的な出来事もありました。いい思い出です。

 その方を初め約25店舗の広告主さんのおかげと一冊を一特集にする苦心があって、購読者は急速に増加、平成10年1月まで何とか継続することができました。最終的には印刷料200万円の借金ができたが、それも借金して印刷所に支払い、それから4年間は会社員をしながらその給料の中から毎月ローンとして支払い続け、4年後に無事完済した。

 唯、これは自分の人生を地元に尽くそうと考えての歩み。一方、昭和61年から平成14年までのその17年間、収入が乏しくて私の妻と大学に行かしてやれなかった二人の子どもに苦労を掛け続けてきたことは事実で、今も申し訳なく思っており、いま以って頭が上がりません。

 ●そうして平成15年、地域づくり活動の一つの流れとして室戸市の議員になろうと決意し、初出馬。止める妻を「10万円で選挙するから」と説き伏せ、自作の看板材料代や公選はがき印刷代など97000円で当選した。毎日市内45カ所で街頭演説した候補何んか、今まで一人もいませんでした。

 そうして議員になって初めて解ったことは、市長や執行部が市政において違法などを「住民には解らないだろう」と思ってやっていること。そんな不正議案や事業を議会で議員が賛成し通して可決させていること。それを知り、「市政とはこの程度のものか。市議会とはこの程度の組織か。おかしいじゃないか」と思いました。

 そうして2期8年間、市長の違法業務を追及し、市議会の議員がその不正に賛成していることを批判し、健全な市政と健全な市議会にしたい改革したいと頑張ってきて、挙句の果てに23年4月の市議選において私と妻が二人だけの選挙運動をしている最中、「市長に逆らう谷口を落とせ! 谷口に投票したらいかんぞ!」という落選運動が行われていた。

 それを知ったのは、投票日の翌日でした。「市長の後援会の人らが谷口に投票したらいかんぞと言ってきた」とか「谷口に投票するなよと電話がかかってきた」という通報。

 投票日の夜の開票で落選を知り「えっ、なぜ?」と思いながら、ひどく腹が立ちました。「あれほど室戸市民の名代となって議会で唯一人、市長の不正を指摘し改めるように奮闘努力してきた議員を市民は落とすんだ」と。そして落選運動があったことを知り、更に怒りがこみ上げてきた。

 以来、室戸市政に関わることは金輪際やめようと、強く決意した。

 市民のために頑張っている議員の評価が「低い」というよりも「無い」んだし、正しい政治をしようと頑張っている人間をみんなで陥れるんだから、何度努力をしても無駄な町だとよくわかった。

 唯、そう決意した私ですが、23年4月の選挙では328名が私の議員活動を支持し投票して下さったこともあり、その後も「室戸市政を良くしたい」「室戸市議会を良くしたい」の思いだけは胸に強くあり、落選の失意にあったことや病気治療も重なり体調はひどいものだったが、23年5月以降も「地方自治はこうあるべき」「地方議会はこうあるべき」と当電子情報誌上に記事を書いてきました。そのことは私を信頼して読者になって下さった皆さんは知っておられると思います。

 当電子情報誌にはたくさんの賛同の意見だけでなく、記事で指摘した議員や政治を知らない人たちから匿名のコメントも何度かもらった。それには逐一、「匿名は小心者のすることだ。言いたいことがあったらまず自分の住所、氏名、職業、電話番号を公表した後、できたら当家に来て話そう。その両方の話を私がブログ記事にして全世界の人たちに聞いてもらってどちらが正しいのかを吟味してもらおうじゃないか」と記事にして呼びかけたところ、匿名で言いたいことを勝手気ままに言っているだけの人たちだから、誰一人として名乗ってきた者はいません。

 そうやって「公正な政治をしよう」と呼びかけ書いてきた記事を今回、許可なく無断で選挙に利用されてしまいました。

 このことは非常に残念に思っています。悔しいです。

 そこで考えました。

 「室戸の政治は変わっちゃいないなあ」、「選挙に出る人のこんな行いを考えると、私がいくら『正しい選挙と正しい政治をやろうじゃないか』と呼びかけ、まちの政治を変えようとしても無駄だ」、「政治に関わるすべての者たちが法令から学ばないし、人の教えからも学ばないんだから」。

 全国の地方自治に関わる仕事をしている皆さんのためもあって、室戸市政と市議会の体質の悪さを“反面教師”にしてそれぞれの市区町村の政治に活かしてほしいという思いもあり、日々、記事を書いてきたが、それも今日でおしまいにします。

 “親の心、子知らず”とか申します。

 良心を以って、この町、この地域を良くしたい、政治をしたいと願いながらこれまで長く働いてきましたが、それを理解してくれる市民はほんの一握りの人だけでした。

 もう、室戸や近隣のまちの政治を良くしようなんてことは考えないようにします。

 そう心に決めました。

 正しい政治を求めてきてこれですから、ひどく落胆しています。

 思うのは、人とはなぜ頑張っている人を評価せず、応援もしないのでしょうか。長年、地域づくり活動を続けながら折々に考えてきたが、未だにそれが理解できません。

 ほんとうに、真面目って損ですね。  


 ハッキリと申しておきます。室戸の政治が今後、良くなることはありません、絶対に。

 むしろ、悪化の度合いはこれから急速に進んでゆくでしょう。

 勿論、それにつれて人口は急速に減少し、経済は衰退の一途を歩んでゆくことになる。そのすべてが政治の所為です。

 だから、市民が市政を頼りにしても無駄。市議会を頼りにしても、無駄。その理由の一つは、私のように議会で正論が吐ける勇気ある人間が一人もいないから。

 市内のある民宿の経営者夫婦はこう言って私を励まして下さいました。「谷口くんのような議会で唯一、正論を吐ける議員を落とすんやきん、室戸の有権者は馬鹿ばっかりよ」。


 以上の考えから、地方自治に関する記事は今日を以って終わりとさせていただきます。

 そこで、これからこの電子情報誌『青空エクスプレス』をどうするかと考えましたが、止めてしまってもいい年齢(67歳)ですが、最近開業した絵馬修復師の仕事も福岡県の阿蘇神社氏子会さんからご依頼を受けた絵馬修復もおわり発送したことから、この仕事に自信も生まれてきました。

 だから、タイトルはそのままにして、記事の内容は絵馬修復業に関する記事を中心にして、妻と二人で細々と生きている男の生活ぶりを伝える、言わばネット上によくある何でもない内容に変更させていただきます。

 きっと地方政治に関心の深い皆さんはガッカリして読者も急激に減少すると思いますが、ま、それはそれです。今後は閲覧数を気にせず、のんきな気持ちで書いてゆきます。


 最後に。

 室戸市の政治よ、さらば! みんなで勝手にやって下さい。もう何の未練もありません。 

 地方政治よ、さようなら! 皆さんの町や村の政治が公正に行われることを心より願っています。


 これまでお世話になった室戸市職員の皆さん、頑張ってください。陰ながら応援しています。


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議会外の言論に対する法律

2014-08-15 | 地方のあり方
 以前、『東京村デスマッチ議員奮闘記』で名高い東京のふくおひろし先生のブログから学んだ「議員等による情報公開」について、書き留めておきたい。

 これらのことに関していうと、地方政治の関係者の中には、この知識に欠け、何でもかんでも大勢で少数会派や議員に圧力を掛ける方が正しいと思っている地方議員がいます。

 又、今回のように、発言やブログ記事を当人の許可なく無断で政治活動に利用する人もいます。

 でも、そのように世の中の全てが自分たちの都合がいいように回っていくとは限りません。

 これもふくお先生の行動から学び正しいと信じて議員活動を行ってきたことであるし、政治家から離れた今もそう訴えています。

 これにはルールがあります。地方政治に関わっておられる方々、中でも地方自治に関わっておりながら法令を順守しない方々は、是非ともこれを深く学んでいただきたい。


 ≪議会外の言論について≫

 議員等が発行した新聞やブログなど議会外の言論に関することで議会が問題視するのは、議会の権能を逸脱した行為である上に、議会総体が憲法に規定されている言論、出版など表現の自由に干渉することになり、許されません。

 議員等の言動が懲罰の対象となるのは、議会の会議中の事件だけであり、議会外の発言や評論を本会議や委員会は勿論のこと、議会運営委員会や議員総会(全体協議会)なども含め、議会に関する会議でそれらを取り上げ協議することはできない。

 もし、それを気に入らないからといって、特定の議員等を脅しで封じ込めてやろうと諸々の形で糾弾会議を開けば、その会議に出席した議員全員は憲法違反事件(※)に値する告訴の対象となり、法的に罰せられることになります。

 又、刑法では、議会外の言論を含む一般市民の公益を図るための言論については、それが虚偽、中傷及びねつ造したものではなく事実情報に基づく真実であるならば、それは名誉棄損罪には該当しないと規定されている。



 (※)日本国憲法 第19条・「思想および良心の自由は、これを侵してはならない」
  第21条・「集会、結社および言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する
     ②検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない」

  刑法 第230条の2・「公共の害に関する事実にかかり、且つその目的がもっぱら公益を図ることにあったと認めるときは、事実の真否を判断し、真実であればこれを罰しない」


 因って、私が電子情報誌を以って全国の地方政治に関心が深い方々に「正しい選挙と正しい政治を行いましょう」と伝えてきた事実に基づく情報は、正しく適正だと言えます。


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