青空エクスプ レス

日本ではオンリーワンの手書き地域雑誌『あおぞら』の編集発行人を経て、室戸市の政治を監視する改革派議員三期目。

「おんしらいったい何を頑張るがあな!」

2013-07-27 | 政治家のあり方
 昨日は190万8034ブログ中、2639位と、たくさんの皆さんに記事「正しい行政視察のあり方」をご覧いただきまして、私もうれしく思っています。

 ご覧いただいた記事から、室戸市の皆さんには室戸市長や室戸市議会議員に対する見方を改めていただきたいし、室戸以外の町や村の皆さんにはその町や村の首長や議員に対する見方を変えていただけたらと思っています。

 私は市議会議員となって室戸市議会に入り8年間、地方自治体や地方議会の実態調査を行ってきました。その結果、議会では議員が「市長の言うことに逆らわない方がいいなあ」と考え、「まー、いいか」と全ての議案に賛成している姿を見続けました。

 だから、ほんの一部の自治体改革や議会改革に懸命な議員を除いて、全国の大半の地方議員は議案の中身も調べずに不正な議案であっても賛成しているといってよい。

 いくら選挙の時に首長候補や議員候補が「皆さんのために頑張ります!!」と演説したとしても、そんなの信じちゃいけません。その候補はその場限りのウソをついているんだから。


 面白い話を聞かせましょう。

 室戸に、こんなことがありました。

 平成19年4月、私の2期目の市議選の時のことです。

 私の選挙運動は1日に市内45か所の演説場所を決めて演説をしていましたが、室戸市の中心部の室戸小学校前の交差点付近で演説をしていた時のこと。市内のあるタクシー会社の社長がバイクに乗って近づいてきました。

 演説が終わるのを待って、そのタクシー会社の社長は怒りを込め、私に向かってこう言いました。

「なんだ! 候補はみんな『頑張ります!』『頑張ります!』と選挙カーで流すだけで、車から降りておまんみたいに演説をする候補は唯の一人もおらんやないか! あいつらはいったい何を頑張ると言うがあな!」。

 それを聞いて選挙で回っている私と私の妻は大笑い。

 私はきっぱりと言ってやりました。

 「そんなこと、議員として真面目にやってきた私に言うてきてもいかなあ。私に言わんと、その演説の一つもできん現職議員と新人候補らに言うちゃりや。『谷口は毎日、何回も演説をしようけんど、おんしら候補はみんなが“頑張ります! 頑張ります!”と言うて選挙カーで流しようだけじゃないか! おんしら演説もできんのに、議員になっていったい何を頑張るがあな!』言うて」。

 すると社長、「ほんまに、腹が立つ。あいつら議員になっても報酬をもらうだけで、仕事ができん奴ばっかりやに。え、『頑張ります!』つぞ!」。

 私「私も社長と同じように考えちょうきん、候補一人ひとりの選挙カーを止めて、『おんしら議員になって何を頑張るがあな』とどうぞ聞いてみてや。たのみます」。

 そうして私に鬱憤をぶちまけたら気が済んだのか、社長はバイクで走り去ってゆきました。

 その後、この社長が選挙カーを止めて候補一人ひとりから「おんしらいったい何を頑張るがあな!」と“事情聴取”したという話は聞いていない。


 首長の不正な事業案にも賛成している地方議員。タクシー会社の社長も言ったが、彼らは議員になっていったい何を頑張っているんだろうか。

 頑張るべきは、その基本となる公正なコンプライアンス(法令順守)の精神と道徳心に基づいて議会に出てきた議事を判断し、市政の発展と健全化に寄与することではなかったか。

 法律を無視し、首長を無条件で支持支援するのが地方議員の職責なのか。そうではなかろう。「ダメなことは駄目なもの」と、メリハリをつけて首長と対峙すべきが地方議員の為すべき責任ではなかったか。 

 この私のように首長の不正と対決できないということは、地方の議員には勇気がないのか、臆病者か、意気地無しか、あかんたれか、脳無しか、小心者か、我欲だけで住民のためには働かない怠け者か。

 もし、こういう指摘に腹が立つならば、やってみよ! 

 首長の不正を誰もが許すな。議会全体で厳しく批判し、改めさせるべく働くことだ。さすれば、首長もそれに懲りて不正な事業案は議会に提出できなくなり、皆さんが住む町や村も少しは良くなってくるだろう。

 選挙で「頑張ります!」と宣言したのなら、住民に約束したように頑張るのが筋だろう。

 その責任があろう。「責任」の意味を解っているか?

 「責任」とは、「しなくてはならない務め」「義務」「悪くなった時にはその損失や罰などを引き受けること」だ。議員とはこの「職務責任」を負って議員になっているのだが、地方議員の皆さんはこのことを認識しているか。

 ここまでお教えしても“頑張れない”ならば、議員のあなたは意気地無しのあかんたれです! すぐに議長に辞職願を提出した方がよい。議長ならば、首長に提出すること。

 選挙の時に市民に向かって宣言したとおりに頑張れないならば。



※電子情報誌「高知発!青空エクスプレス」のアクセス数は、7月27日(土)付けGooブログランキング(190万8465ブログ)中、5198位でした。やはり土曜と日曜日はみんなお仕事が休みで会社や役所のパソコンで見る人がいないから、検索数は伸びませんね。
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正しい行政視察のあり方

2013-07-26 | 議会改革
 昨日に続いて、地方議会が行う「行政視察」について書く。  

 地方議会では毎年か2年に一回、全国のどこかに行政視察を行っています。だが、中にはその視察を楽しい観光旅行だと思っている大バカ者がいて、何を考えているんだと言いたくなる例が私が住む町の室戸市議会でも何度かあった。

 そこで今日は、その常任委員会委員の行政視察とはどのように行うものかをお教えする。

 「行政視察」とは「議員の温泉旅行」ぐらいにしか思っていない地方議員の皆さんは耳をよくかっぽじってお聞きいただきたい。


1.常任委員会の行政視察は、委員会が抱える行政諸課題の解決又は事務事業の比較調査、政策研究のため、先進的な取り組みを実施している他市町村の視察に行くこと。まず、このことを忘れてはならない。

2、視察地の正しい選定方法について。

①視察して学びたい行政課題という大目的があって、
       ↓
②「それには候補地としてこの二、三カ所が挙げられるな」と委員間で目的地を挙げ、
       ↓
③「その中で、本市と同じ地域性を持っているのは、又は参考になるのはここだ」、・・・と決定されるべき。


 行政視察地の選定はこんな順序で決定されるべきものである。よって、平成17年にあった室戸市議会の行政視察地の選考ですでに70歳を越している元市職員の議員が言った「今度の視察は、わしゃぁ一回、飛騨高山に行ってみたいきん、あそこにせんか」の要望があった時にはあきれ、「この野郎!」と腹が立ちました。市民感情を逆なでするようないい草を聞いて私は即刻、「何を言ようぜ。議会の視察は物見遊山の観光旅行じゃないぞ。視察というものは、先に目的地じゃなくて、自分のところの町に欠けた点を課題に挙げ、その課題について教えて下さるそんな先進地から学んでこようと目的地を決めるもんぜ」とたしなめ、お教えしたことがあった。

 行政に40年以上もいてさらに役職に就いたこともある者が、議員になってまだ1年しかたたない私から議会とはいかにあるべきかを教育されるんだから、何をかいわんやで、公務員が如何に行政という名の国民と市民のお金を預かって仕事をしている組織において甘い考えで日々を送っているかが解ろう。(勿論、全員ではないが)

 付け加えると、その議員は市職員時代の給与・期末手当・退職金と役職給与・退職金などを併せて少なく見積もっても5000万円以上のお金をしこたま貯め込んで、今も室戸市議として年間450万円の報酬をもらって悠々自適の人生を送っています。しかし、そんな大金持ちの人の悠々自適の人生を支えているのは誰あろう、年間150万円か200万円か300万円ぐらいしか収入の無い室戸市民である。日々の生活に困り、先行きの見えないまま毎日暮らしているそんな市民が投票してやり、その人は市会議員になった。

 何かおかしいし、何かが狂っています。梅雨明けしても雨ばっかりの、天候不順の所為だけではなかろう。

 行政視察を議員の観光旅行だと思っているぐらいだから、さほどその議員になった元市職員に能力があるわけでもないし、町を良くしようとする意欲があるわけでもない。それに、大金持ちだときている。ですが、苦しい生活を強いられている市民は、そんな放っておいてもいい人の生活をさらに豊かにしてあげるために、投票して助けてやっている。

 何かが狂っているとしか言えません。そう思うのは公正・公平が解る私だけでしょうか。

 さて、この例のように、最初から「北海道がえい」「飛騨高山へ行こよ」等と、まず行きたい観光地の名前が挙がるのは観光を目的にしていると考えてよい。だから、観光先進地から観光振興の知恵を借ろうと考えたとしても、市民にあらぬ疑いを抱かせないため、視察地に観光地を選ぶ時は慎重に考えること。むしろ、学ぶべき土地であっても、できるだけ観光地や温泉地は避けた方が良い。

3.行政視察と言えど、行政事業だけではなくて、議会審議の効率化、活性化及び議会運営についての調査・研究のために議会改革の先進地に行き、議会を変えてほしいと求める市民のニーズに応えて議会視察を行うことも重要。

 現在、全国の市区町村議会は議会改革花盛りですが、室戸市のようにマスコミ受けと県民受け、市民受けしたいと企んで、議長就任時に「議会改革を行う」とマスコミに宣言しておきながら、改革派議員が議会改革の要望を提出すると握りつぶしてしまう、そんな時代遅れの策略ばかりしている議会もある。田舎の方の議会ではいまだにそんな古ーい体質の政治、古ーい体質の議会運営を守ろうとする守旧派の議員が多いため、高知県内で真剣に議会改革に取り組んでいる市町村議会は非常に少ないが、言えるのは、そんな政治体質の悪い行政、体質の悪い議会の自治体から廃れていくことは間違いない。

 一言でいえば、
「ルールを守らない不真面目な人、不道徳な人、知恵の無い人、誠心誠意努力してきた経験のない人が政治に関わると、まちは廃れる」。
 これだけは覚えておいてください。 

4.行政視察は、法的には「委員派遣」であり、委員会の多くの委員が同じところに行っているとしても、「委員会派遣」ではない。よって、委員を別々の視察地に派遣することも出来る。

5.重複するが、視察先決定に当たっては、インターネット等を利用して、視察項目について委員会で十分議論をし、決定すること。

6.視察先を決定した後は事務局が速やかに日程表を作成し、各委員に視察地を確認してもらうこと。その上で、配布したその日程表を基に参加希望者を募ること(誰が行くのかを先に決めてから視察地を決めるのは、順序が違う)

 又、視察を行う時は効率的に行うことが出来るように、事前調査と視察地の自治体や企業等との連絡調整等を密に行っておくこと。

①日程表等は、必ず出発前に委員に渡すこと。


●以前、私が市議になった次の年の平成16年11月に沖縄県久米島に視察に行った時のことです。本来は、委員会において決定した視察先日程の資料を出発日の前日までに参加する委員に渡し、周知徹底しておくべきものであるのに、それを室戸を出発した後の高知空港ロビーで同行する議会事務局職員から配られ、日程をその時に初めて知った事がある。

 どこへ連れて行かれるのか解からないようなそんな行政視察は、日程の中に観光目的としか思えないような視察先も含まれている場合も想定され、まかり間違えば市民から「議員の観光旅行か」のそしりを受ける原因になるが、その時はもうすでに遅く、ということにもなりかねない。そんな危なっかしい不手際があっては、委員はとても怖くて参加できない。その前からであったが、その件があってからは前にも増してその職員の業務ぶりを信用できなくなった。

 対策→議会事務局は、前日までに、遅くても地元を出発する前には視察日程表を参加する委員に渡すこと。

②視察地への連絡を怠らないこと。


●これも16年の沖縄県久米島へ視察に行った時のことです。視察先ということで昼12時を回って訪問すると、会社の人がいない。同行事務局職員に聞くと、渡すみやげ物は持参しているのに、「視察で当地を訪問したい」と依頼はしていなかったと言います。当然、その施設の視察は中止したが、こんなでたらめな視察はなかった。

 対策→視察先には事前に視察対応を依頼し、確認を取っておくこと。

7.出発前には委員会において視察地についの事前研修を行った上で出発すること。そして、委員は現地で質問することを各自が資料を基にあらかじめ事前に用意しておくこと。

8.視察地や現地の自治体に寄った時には説明を聞いてメモを取り、報告書提出の参考にすること。


●視察地では説明する案内人の話を熱心に聞かないし、聞いてもメモも取らない議員がたくさんいた。つまり、その議員たちは物見遊山が目的の議員たちといえるが、視察したいとお願いしたからには、勉強に行ったからには、視察時には施設案内人の話をよく聞き、取材したことをノートにメモを取ったり録音したりするぐらいの真剣な気構えが必要だ。そして、地元に戻ったら、参加した議員各自がそのメモと録音を文字に起こした文章を基にして視察報告書を作成する。
 自分たち議員が住民になり変わり、行政改革のため、議会改革のために視察に来ているという認識と自覚を片時も忘れてはなりません。そうするのが嫌なら、参加してはならない。



 言っておくが、行政視察とは、国民・市民のお金を出してもらって言っていることを知れ!

 (なぜ国民かって? 住民税のほか、各自治体には国からいろんな交付金や補助金が入ってきてそれらが一体になって市町村の当初予算になっている。ということは、年間の議会費の中には国民の税金も入っているということになる。そこの市会議員さん、お分かりか?)

9.視察後は視察時のメモを基にして参加議員全員が視察報告書を作成して委員長に提出し、それをまとめたものを本議会で報告すること。又、参加議員それぞれが書いた視察報告書をすべて議会だよりに掲載して市民に広報すべき。それによって、どの議員が自分の思いを文字に書けるかの能力を市民は知ることができるから、室戸市議会は絶対にそうすべきだ。

 最後に。

 行政視察は観光旅行ではない。あくまでも市民から旅費と食費を頂いて自分の町に活かせる材料を探しに調査・勉強に行く事業である。

 だから、室戸の市会議員さんも観光旅行をしたければ、自分の金を出さなくても済む行政視察で行こうなんて浅ましいことを考えないで、国民と県民と市民から貰っている年間450万円もの分不相応な自分への報酬を使って行くことだ。

 お解りかな?



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雨が降らんね

2013-07-25 | 季節のたより
 梅雨明け以来、とんと雨が降りませんねー。

 高知県東部の室戸が梅雨明けしたのは確か7月の8日だったから、今日で十七日目になる。

 これからの天気予報を見ても、ずっと晴れか曇りのようだから、まだ一週間や十日は雨が降らないと見える。

 そうすると、二十四日間から二十七日間、雨なしが続くことになります。


 梅雨が明けない東北地方のように雨が降り続くのも困るが、こういうふうに晴れの日が長く続くのも困りもの。お百姓さんなんか、本当に困っているんじゃないか。

 ま、私がこう言って嘆いても雨が降るわけじゃないが、ひと雨降ると少しはこの暑さも和らぐのに。

 1日、2日の間、降り続いてもらえば、農作物だけじゃなくて庭の樹木や花々も生き返るんだが、これだけは如何ともし難い。


 歌でも歌えば雨が降るかもしれないから、ダメもとで歌ってみようか。


 「あめあめふれふれ母さんが 蛇の目でお迎えうれしいな

 ピチピチ、チャプチャプ、ランランラン」


 暑さで頭がおかしくなったんじゃないので、念のため。

 ただ、この晴れて暑さが続くのを喜んでいる方々もたくさんいます。「暑くなくっちゃ、会社が終わり帰ってからのビールがうまくない!」ってね。


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議員の行政視察は観光旅行ではない

2013-07-25 | 議会改革
 私がまだ室戸市議会議員だった2009年の5月のことです。

 近く市議会でも二年に一回の行政視察を行うことから、視察先を協議することになり、私も個人的にこの視察のあり方におついてインターネットで調査してみた。

 すると、検索をしている中にこんな判例のニュースが引っかかってきた。

 ≪岡山県倉敷市議会の市議15人が2006年8月に秋田県と山形県に視察に行き、武家屋敷などの観光名所を巡って、花火大会を観覧。最上川下りなどにも参加した。それに政務調査費から旅費計162万円を支払った。

 この東北地方への視察の実態は観光旅行だったとして、「倉敷市民オンブズマン」が当時の議員15人に約162万円を返還させるよう伊東香織市長に求めた住民訴訟の判決が今年2月17日に岡山地裁であったが、裁判長はその費用の全額返還を命ずる判決を下した。

 この視察について倉敷市民オンブズマンは、政務調査費から旅費が支払われたのは「目的外の支出」として、市長を相手取り、市議15人に全額返還させるよう求めたもの。

 裁判長は「観光名所を点々と巡るパック旅行と同じで、視察先の具体的な調査が行われた形跡は全くない。この視察は故意による不法行為をも構成し、行政視察に名を借りた観光旅行だったと言わざるを得ない」などと断じた。≫



 この時、取材に来た新聞記者に対して倉敷市長は「主張が認められず、残念」とコメントしたそうだが、どんな主張をしたのかをお聞きしたかったものです。さぞや理にかなったお考えだったことでしょうね。


 さて、室戸市議会に話を戻そう。

 私が議員に初当選したのは15年4月でした。

 行政視察に初めて参加したのは当選後すぐの15年7月。本市吉良川町の重伝建保存地区の先進地として富山県高岡市の町並みと、中学校と保育園が一つの建物で学んでおる先例として滑川市の早月中学校、そしてデイケアハウス「このゆびとーまれ」などをまわり、非常に有意義な研修になりました。

 ですがこの視察前、委員会で私が積極的に一日のスケジュールを密に詰め込んだことから、同僚議員や先輩議員から「あんまり日程に詰め込んだら忙しいきん、一日に2箇所か3箇所に少なくせんと、いかんぞ」なんて、視察先選定で文句を言われたことを思いだします。

 むかし雑誌記者として県外に行って取材する時は、一日の持ち時間が少ないため、取材は密にするものだと認識していたもので、その時の視察も一日四箇所ぐらいにしたものでした。それでも時間的には無理なく視察できたのですが、議員ともなるとみんな時間に追われる仕事がいやなのか、不満タラタラでした。

 思ったのは「あぁ、こんな県外に来たらみんな観光気分に浸りたいのか。視察に来たのは議員の仕事として来たもので、取材や調査活動は密にやるものなのに、視察先が多くなるとなぜそんなに腹が立つんだろう。短い日数でたくさんの調査活動が出来たら、それは学習する事業が増えて私なんかうれしいのに、なにがいやなんだろう。いやなら来なくていいのに」と思ったものです。

 そして思いました。

 「議員による県外への行政視察の視察先がこれまで、観光旅行のように決定されてきたんだな」と。

 更に思いました。

 「それにかかる費用は全額が市民の金である市の財政から出ていることを考えると、許せない」と。

 私は翌年の16年11月、これから始まる室戸市の温浴施設事業の勉強のためにと沖縄県久米島の温浴視察に参加した時には、テープレコーダーを持っていき、ノートを取りながら当地の案内人の話を録音もして大変効果的な視察が出来た。その甲斐あって、室戸帰還後の「委員長報告」の原稿はこの新人議員の私が書き上げ、委員長が報告している。

 しかし、これらのことは議員になった時からのことで今に始まった事ではないが、委員会で行政視察の目的地を決めるにあたっていつもまず委員から出るのが「北海道にいこう」とか、「東京がえい」とか、まず目的地が先に出てくる。もう、観光目的がみえみえ。

 中には「おらあ、まだ飛騨高山へ行ったことがないきん、高山へ行かんか」という議員までいたが、市民を舐めたその一言を聞いた私はカチンときて、こう一喝して止めた。まだ1期目の議員が、です。

 「Yさん、何を言ようぜ。行政視察とは、まず 『この室戸市では今、こういう事業が懸案事項になっている。では、その事業を先進的に行い注目されている自治体はどことどこか。それらの先進地の中でこの人口13000人の室戸市と似通ったスケールで、取り組みが活かせそうな自治体はどこか』 と考えた上で視察地を決めるもんぜ。

 言っておきますが、行政視察とは観光旅行じゃないぜ。議員が市民のお金を使って室戸市が良くなるためにはどうしたらいいかを勉強に行く事業ぜ。あんたは40年間、公務員をしてきた元市職員やきん“費用対効果”の重要性なんて解らんだろうが、私は子供のころから家業の製材所を手伝ってきて商売のあり方を少しは解っているつもりです。自治体の組織運営でも同じで、行政視察でもその視察に使った金を取り戻すほどの成果がなけりゃ、市民に申し訳が立たんじゃないか。

 Yさん、あんたが言うように『飛騨高山にはこれまで観光で行ったことが無いきん、あそこに行こう』なんてふうに議員が毎回、毎回、視察に行きよったら、それに参加した議員は全員市民からリコールされてしまわあね。あんたはそれでもえいかね? 任期の4年間、真面目に議員の仕事をしたい私はいややねえ。それでもあんたはそれでも飛騨高山に行きたけりゃ、自分の金で行ったらえいやいか」。


 そう厳しく教育したら、私よりも10歳も年上でそれなりに分別もなければならないその議員は苦笑いしながら、黙ってしまった。

 もし私がこの時に厳しく教育してなかったら、この委員会の視察参加者は全員、この議員に引っ張られて飛騨高山に物見遊山の観光旅行に行っていたのは間違いない。

 更に言うと、こういう議員がいるから、いつまでたってもこの室戸市は発展することも無く、急激に衰退しているといえる。(因みに、この議員は現在、室戸市議会を取り仕切る立場の議長をしておられる)
 

 全く何を考えているんだか。

 この話を市民が聞いたら、怒って、「おんしら議員は市民の金を使こうて遊びに行きようがあか!」と、怒鳴りまくられるだろう。(しかし、こう言う賢明な議員を室戸市民は支持せず落選させたんだから、何をかいわんやだ)


 さて、ここから本題に入ります。では行政視察とはいかにあるべきかを考えてみます。

 題して、【行政視察を観光旅行にしない方法】。

 又は、立場を変えて、【行政視察を観光旅行にさせない方法】。

1、常任委員会の行政視察は、委員会が抱える行政の諸課題の解決、又は事務事業の比較と調査、政策研究のため、先進的な取り組みを実施している他市町村の視察に行くこと。

視察地の正しい選定の方法は、
①視察して学びたい行政課題を挙げて、その中から日程に合うだけの事業をいくつか選ぶ。

②そのそれぞれの事業の候補地としていくつか挙げ、その中から「本市と同じ地域性を持っているのはここ」、又は「本市が参考になるのはここ」だと最終的な目的地を決定する。

行政視察地の選定はこんな順序で決定されるべきもので、「九州の長崎へ行きたい」とか「長野県の上高地へ行きたい」なんて、最初から行きたい県や観光地の名前が挙がるのは観光目的であると断言する。

2、近年、全国各地にみられるように、議会審議の効率化、活性化及び議会運営についての調査や研究のため、議会改革の先進地視察に行き学び、議会を変えてほしいとする市民のニーズに応えることも重要です。

3、視察先決定に当たっては、インターネットなどを利用して、視察項目について委員会で十分議論をし、決定すること。

4、市民にあらぬ疑いを抱かせないために、視察地はなるだけ観光地を避けること。

5、視察先を決定した後は議会事務局は速やかに日程表を作成し、各委員に視察先を確認してもらった上で、配布したその日程表を基に参加希望者を募り、最終的な参加者を決定すること。

6、視察を行う時は効率的に行えるように、事前調査と連絡調整等を密に行っておくこと。

7、出発前日までに視察地と視察先の施設等について決定し、事前研修を行った上で、出発すること。

8、視察地に行っても当地案内人の説明を熱心に聞かないしメモも取らない議員がいるが、視察時には案内人の話をよく聞き、取材したことをノートにメモを取ったり録音を録ったりするぐらいの真剣な気構えが必要。

片時も住民に成り代わって行政改革のため、議会改革のために視察にきていることを忘れてはならない。

9、視察後は参加議員それぞれが視察報告書を委員長に提出し、それを委員長と議会事務局がまとめて委員会としての視察報告書を本議会で報告すること。議会だよりにもその報告書を掲載し、住民に広報すること。

10、勘違いしてはならないことは、行政視察は法的には「委員派遣」であり、委員会の多くの委員が同じところに行っているとしても、「委員会派遣」ではない。委員を別々の視察地に派遣することも出来ることを知っておくこと。


 以上が視察に行くにあたっての注意事項です。


 議会が行う行政視察の視察地は、間違っても倉敷市議会の議員さんのように、「おまえら市民の金を使おて観光旅行にいちょったらしいやないか」などと、住民訴訟で訴えられることなどないようにしなくてはならない。

 因みに、私はその15年と16年の二回、行政視察に参加しましたが、それ以後の17年と18年、そして二年に一回となった19年も視察先を決める委員会で各委員からまず目的地の提案がされることに嫌気が差して、「こんな視察につき合っていたら、後で市民から何を言われるかわからん」と考え、参加しなかった。

 「君子、危うきに近寄らず」とか申しますのでネ。(笑)

 視察して勉強してきたい事業がまず提案され、それを基にいくつかの目的地の提案があって、一つに絞り決定する。行政視察とは、そうして参加するもの。

 最初にそれぞれが行ってみたい場所が提案された場合、賢明な議員は参加してはならないとお教えする。

 個人的には、議員になってすぐに市議会のあまりの悪さに驚いて室戸市議会を改革したいと心に決めていたので、議会改革に取り組んでいる栗山町か伊賀市などへの視察を考え、そして19年9月議会で議員提案として「議会改革特別委員会の設置」及び「室戸市議会基本条例の制定」の決議案を提出しようとしたが、賛成署名どころか、それを理解する二人の賛同署名すら書いてくれる議員はおらず、この行政視察の提案も無理だろうと思っていた。


 最後にもう一度、念を押しておきます。

【行政視察は観光旅行じゃないぞ! 観光旅行なら、自分の金でどこへでも行け!】


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地方議員の財政知識

2013-07-24 | 議会改革
 今日は、地方議員が自治体の財政に如何に疎いかについて、少しだけ書いてみたい。
 

 ★中央の地方行政の関係者や地方議会の専門家からよく指摘されるのが、「地方議員は財政に疎い」の批判です。事実、室戸市議会においても私が新人議員だった(平成15年~19年4月)任期中にはこの財政に関する質疑を行う議員も多くいたが、2期目(19年5月から23年4月)の議会では特にこの財政に関する質疑を行う議員がめっきり減ってしまったものです。

 現在の室戸市議会は、元室戸市職員が議員定数14名のうち7名という全国的にも非常に珍しい議会構成になっているが、いくらこのように元市職員が議会の半分を占めていても、現状として議会の大綱質疑において議員が市の財政実態に注文をつける議員は少ない。

 簡単にいえば、財政に関して勉強を深めないから、行政が行っている違法事務や不適正事務に関して指摘もできないし、批判もできないし、追及もできない状態にある。

 又、それが出来なかっても、自分が財政も解らない無能でだらしない議員だとの認識はないし、「議会で黙っていたら、住民には自分が勉強もしない不真面目な議員だなんて、ワカリャしないさ」と思っている。

 これは何を物語るかというと、議会の中に財政をかじったことがある元市職員の議員がいたとしても、「議会には財政の在り方を理解している議員が一人もいない」と同じになる。

 能力も活かさなければ無いと同じこと。


 この室戸市議会の実態から考えても、全国の地方議会に「財政がわからない」議員が増えた、いや言い直そう、「財政が解らない議員が大半」であるのは間違いない。

 そういう小生も行政の財務なんて接したこともないし勉強したことも無かった。だから、議員になった時には予算書の数字の丸の多さに驚き、一、十、百、千、万、億と遡って数えたものでした。このことをはじめ、財務は全てと言っていいほど分からず、時に触れ財政課に行って教えを請い、職員から学び、少しずつ自分から自分独自の財務調査を行うことができるようになり、市の財政の不適正な部分も少しは理解できるようになったものです。

 そのきっかけになったのが、夕張市の財政破たん事件でした。あのことをきっかけに自治体の財政の重要性と、その財政を議員それぞれが注視することを怠ればあの夕張市のようになることもわかり、財政に関する参考書をたくさん買ってきて勉強したし、ネットで財政に関する情報を引き出しそれを資料にしても勉強した。

 そんな約八年間の研鑽の日々を送って、少しずつですが財政が理解できるようになったものです。

 残念なことに、23年4月の当選すれば3期目となる選挙で一部の市民による「市長の違法業務を追及する気まじめなあいつなんか、いらない」と運動があり落選しましたが、それまで、室戸市の不正な予算の支出や違法業務に対して指摘・追求しながら議員として公正に、そして健全にあい努めたものでした。

 言わば、私が議員として8年間懸命に努めたすべての行為は、「市財政の無駄遣い及び不正事業撲滅運動」でした。

 だから、いくら他の議員が「市長が喜ぶから、まー、いいか」と議案に賛成しても、私は「そのお金は市民、国民の大事なお金じゃないか!そんなでたらめな使い方をしていいのか!その金がもしあんたの金なら、そんなふうに違法なことに使うか!」と腹を立て、厳しく指摘し批判し、改めるように毎議会、毎議会、市長を追及した。

 このように、私が議員時代に行ってきたように、市民の声を代弁するのが地方議員の務めです。

 だが、そうできる議員が地方議会には本当に少なく、全国の議員の5%いるだろうか。そんなにもいないかもしれない。ほとんどが「議会に出てきた議案のすべてに賛成していたらことを荒げないから、無難だ」、そう思っている議員ばっかり。大半はこんな事なかれ主義の議員ばかりといってもいい。室戸市議会の実態を知らない室戸市民の皆さんはそういうことをもっと知るべきだ。 

 だから、財政を全く勉強しない議員は、議員を何期やっても市の財政についてあまりよく分からないまま、市長が行う違法業務・計画に指摘も追及もできないまま、2期、3期、5期、6期、9期と、「年間の議会費予算一億円」というムダな財政支出に関わりながら、退職しているといっても過言ではない。勿論、その中には元市職員の議員もいる。

 ★これは議員なる前の雑誌記者をやっている時から「職務に対する心得」として思っていることで、議員になってもそう考え取り組んできたが、最善の職務を果たそうとする時、一番大事なことは、「素直な疑問を大事にすること」に尽きる。

 純粋に「なぜこれは、こうなるんだろうか」と考えた時は、その疑問を大事にして、自分で調べ、その疑問を解消する努力を貫き通すことです。途中で、決してあきらめない。

 努めてそう心得ていれば、誰でもが解ってくるものです。

 こんなことがありました。新人議員2年目の頃だったかにある財政課職員にお聞きした。

 「ふつう、税といえば住民が徴収されるものよね。それが予算書や決算書の歳入に国から地方交付税といって入ってきています。これがどうしても合点がいきません。なぜ交付税という名で入ってくるんですか。財政の参考書をめくって調べたらこれは本当は『地方交付税交付金』が正しいと知りました。それを略して、『交付金』と区別し判読しやすくするため、予算書には『地方交付税』と記述しているんです。このことを知っていますか」。

 財政課長は戸惑いました。

 「えっ、地方交付税交付金? 地方交付税は交付税やろ」。

 こう言って、課長はしばらく私の言う説明が理解できなかった。財政を長くやっているとそれが慣れになって、いま私が上で書いたような素人だからこそ沸いてくる「素直な疑問」を持たなくなるという一つの証明だ。

 “慣れ”は怖い。

 つまり、今までこうやってきたからという「慣れ」で行政運営を行うことは、内容を深く考えず実態にそぐわない不適正なことを知ったかぶりで地方自治体の財務を行っているということである。本当に、あってはならないが、こういう悪しき実態が室戸市においてだけではなく、全国の自治体で実際に行われています。

 以前にも記事にした「企業誘致だから、違法でもいいじゃないか」と私に食ってかかってきた課長しかりで、市長や担当課長が事業計画を立てて「法律」が先か「業務推進」が先かとなった時、「法律」を蔑にして「事業推進」に舵を切る法令違反の事例は全国の自治体において多いだろうが、そんなことは決してあってはならない。

 だから、これらのことからいえるが、地方議員だけでなく、地方行政の職員も財政に疎いというという証拠になるし、元市職員が市会議員になっても財政に疎いと証明されます。

 今日は、「地方議員も行政職員も、財政をなめるなよ!」について考えていただこうと書きましたが、各地の住民の皆さんはあなたの町や村の首長や議員、そして行政職員が毎日の業務の中で法令を順守しながら適正な行政運営を行っていると勘違いしてはなりません。

 どの町でも不適正な業務、不正な事業、ムダな財政支出等々は必ずどこかで行われていて、「そんな行政のチェックなんか、議員がやるろが。そのための議員じゃないか」なんて言っていては不正な行政運営と不正を許す議会運営はいつまでたっても改まりません。

 「議員が行政のチェックをしている」と思うのは、浅はかというもの。「行政のチェックと議員のチェックは住民が行うべきもの」、と覚えておいて頂きたい。そうしないと、町や村の悪政は堂々とまかり通り、そこに住む住民は被害を受け続けます。


 住民がそういう実態を改めようとするなら、議会を議会が開かれるたびに傍聴に行くことと、ネットで議会中継を行うよう、議会と首長に要請することが重要。これを、首長や議会は口先では逡巡しながら「やろうか」と言うだろうが、そんな話を信じてはならない。それはその場しのぎの弁であり、こういう元々改革を志向しない者はほとぼりがさめればまた問題をそのまま放置し、先送りし、問題を忘れ去ろうと策を凝らすものだ。


 さて、私が室戸市議会議員として8年間、市民から毎月頂いていた報酬額にたがわず本当に真面目に務めてきて、地方の住民の方々に地方自治についてお教えすることは、一つです。

 首長や議員の言うことを信じてはなりません。

 室戸市を見てみよ!

 地方の政治は住民に知られないようにとどこかで不正に行われていると思っていて、まず間違いはない。

 改革に逆行してきた首長と議員たちは、表に出したくない違法や不正や不公平や不適正な事業運営などを明るみに出したくないために情報公開の取り組みから逃げているが、住民が強く言ってこの情報公開に関する事業を早急にやらせるように仕向けることだ。

 情報公開の一つの手段である「議会のネット中継」が事業化すれば、調査を行わない限り全貌は無理だが、議員が議会で仕事をしていないことや首長が行う不正な財政運営の一端が垣間見えてくるようにはなるだろう。

 地方の悪い政治家たちが最も恐れているものがある。それが情報公開だ。

 それは議会のネット中継であり、自治体改革と議会改革に熱心な議員が発行する議会新聞であり、改革派議員がネットで発信し続ける自治体と議会の実態を暴露する議員ブログなど。自分たちが行っている悪事を住民に知られてしまうことから悪い政治家たちはそれらの媒体を恐れ、それを潰そうと集まって策を巡らすのである。

 因みに、昭和34年に設立された室戸市議会初となるその犠牲者が、この私。

 このことは室戸市民ならみんな知っている。


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寺社の絵馬を修復しませんか?

2013-07-22 | 私の絵画制作活動
 先日に続いて、また全国の神社宮司及び氏子さんや寺の住職及び檀家さんに向けて絵馬修復の営業活動です。

 あなたの近くの寺や神社に奉献されている古い絵馬で絵が消えかかっていて困っている方はいらっしゃいませんか? いたら、ぜひ私にご一報ください。

 高知県内、高知県外は問いません。絵馬を引き取りに行きまた運んで行く往復の旅費分を別途頂きましたら、県外の神社仏閣からの要請も喜んでお受けいたします。

 よく皆さんは神社やお寺に奉献されている古い絵馬に対して結構、関心を持っておらず、絵馬の絵具が剥落したり更に下書きの墨線まで消えてしまっていてもあまり重大事だと思っていないように思います。

 こんな出来事がありました。 

 室戸市のある神社に、土佐藩のお抱え絵師をしていて事件があって追放されて土佐のあちこちで錦絵を描きながら生活した、金蔵(「絵師金蔵」から、通称「絵金」)の絵があります。

 その神社に絵金の絵馬があることを2年ぐらい前だったか、高知新聞の記者が初めて発見したと高知県歴史民俗記念館の学芸員かに鑑定してもらった様子を自慢気に記事にしていた。でも、それは全くの誤報でした。

 それはその室戸支局の記者が「この神社には絵金の絵馬がある」と市内の誰かに教えてもらって“個人的に初めて見つけた”だけの話で、その町に住んでいる宮司はもちろんのこと、氏子もみんな今から60年も前の戦前、戦後の頃から知っていたことでした。

 だから、その記事は記者が「俺が見つけたんだ」とうれしくなって取材不足のまま喜び勇んで記事にしたという、“発見”などではない、事実誤認のでっち上げ記事でした。

 更に言うと、所謂、新聞記者が取材不足・調査不足で掲載したということである。

 記者が為すべきは、まずその神社の宮司から「この絵馬が絵金が描いたものだとこの周辺の皆さんは知っていますか?」と聞き、そしてその神社周辺に住んでいる年配の氏子さんたちに「絵金の絵馬があることを昔から知っていましたか?」と聞いて回ること。

 知らない人もいれば、中に絵馬に関心が深い氏子は「知っていた」という人もいよう。私も絵心が生まれた小学生のころ(57年前の昭和31年)からその神社に絵金の絵馬があることは知っていたし、江戸期の浮世絵に興味を持った高校生のころ(昭和36年)になるとその絵馬に絵金の変名「友竹」を書いてあったことから調べ、「これは絵金が描いた絵馬だ」と確認していた。

 そうなれば、高知新聞記者も県立歴史民俗記念館の学芸員に聞きに行くまでも無く、“新発見”などでもなくなり、「ただの絵金の絵馬」と認識できただろう。

 記事にするにしても別の企画として『絵金の絵馬と共に住民に受け継がれてきた秋祭り』などと考えることもできた。

 さて、そこで本題です。

 どこの神社も秋祭りが近くなると本殿などを大掃除をしますが、小学生だった昭和30年ごろから見て知っていますが、その神社でも氏子らが掃除をするたびにあろうことか、その絵金が描いた絵馬が墨絵と知りながらも知識がないゆえに濡れ雑巾で拭いていたようで、やがて五年、十年と年月が経過すると徐々に何が描いてある絵馬やら分からない絵になってゆき、今では何を描いてあったのかまったく判別できなくなってしまった。そういう例があります。

 私は年々消えてゆくその絵を現場で見て神社の宮司に20年ぐらい前の平成の初めにその点を指摘すると、宮司も「あんたが修復してくれないか。頼む」と言っておられたが、私は「宮司の一存で修復を行うとあとで氏子の中で異論を唱える方がいては私も困るので、ぜひ氏子さんたちに集まってもらって修復の承諾を頂いてください」と要請してありました。しかし、その話もそれで立ち消えたままとなり、それからも時々見に行くと絵馬の色絵具は既に剥落し黒い墨の線も消えてゆき、いまや何を描いてあった絵か、誰が描いた絵なのかの名(めい)までも判別できなくなってしまっています。

 これほど残念な話はありません。

 だから、現在、県内各地にある寺や神社の本殿に掛けられた絵馬について、宮司や住職、氏子や檀家さんたちが「この絵馬の絵が消えてしまってもよい」と考えておられるのならばそれはそれでいいでしょう。檀家や氏子さんが「それでよし」と納得をしているなら、私がとやかく言う筋合いの話でありません。

 ですが、かつて江戸時代や明治時代にその寺や神社に絵馬を奉納した有志の方の深い思いやその絵馬の価値・値打ちはその時、消えてなくなってしまいます。私はそんなことは許されないとまで思っています。その神社や寺の責任者たる人たちはみんな、責任が問われるでしょうね。

 国の文化財でもない、県の文化財でもない、市町村の文化財に指定されているわけでもないかもしれない。だが、ある程度の文化的価値がある絵馬とか江戸期などに奉献された大きくて古い絵馬ならば、はやり修復してさらに100年後、200年後へと今に生きる人々が継承してゆくべきだと思います。それが、寺社を管理し運営している者たちの責任というものです。

 「消えてしまってもいい。手を加えたらいかん」という考え方は「文化財の保存・継承」を考えない、勝手極まりない考え方だといえます。


 以上のように、神社や寺にある古い絵馬は100年もたてば修復してこそで、そうしてさらにこれから100年、200年と次代に受け継いで行くべき財産だと思っています。

 私はかつては神社や寺の大きな絵馬を修復した経験もありますので、「うちにあるこの絵馬も修復せないかんが、誰かやってくれる画家はいないかなあ」とお考えの宮司・氏子さんや住職・檀家さん、是非とも当方にご一報ください。

 費用もそれほど高くありません。

 腕前は次に掲載した七福神の4点の絵の出来栄えを見て下さればお分かりいただけるのではないでしょうか。

 大げさな話ではなく、絵馬修復の経験がある私がもしいまから10年ぐらいして死んでしまえば、その後、この高知県内に大きな絵馬を修復してくれる画家はいなくなります。なぜ私でないと消えかけた絵馬の修復が無理なのかというと、消えた線が見えるのは私しかいないからです。

 そうして下絵が消えてしまった絵馬を修復した絵馬が室戸市内に二か所にあります。

 一つは、室戸岬の「最御崎寺(ほつみさきじ)」(通称:東寺)。ここには土佐藩二代藩主・山内忠義が寛永年間(1640年頃)に土佐神社とここに二双の絵馬を奉献しているが、東寺には『牛若丸と弁慶図』がある。

 その時、撮影した写真です。

 ①弁慶・・・修復前の状態

  

 ②弁慶と牛若丸・・・修復前の状態

  

 ③弁慶と牛若丸・・・修復中と、修復完了

  

 ☆修復完了を伝える新聞記事

  


 もう一か所は、室戸市室戸岬町三津の「杉尾神社」。ここには絵馬2点と「大正天皇即位御大典記念祝賀演劇会」として開催された村芝居の配役を記録した板2点が保存されていて、その全てを修復した。

 ①日本武尊(やまとたけるのみこと)と熊曽建(くまそたける)の闘い・・・修復前の状態(上の女装が日本武尊)

  

 ②村芝居記録板・・・修復前の状態 

  

 ③村芝居記録板・・・修復完了 

  

 ☆修復完了を伝える新聞記事

  

 この時、私は修復を依頼されたことへの感謝から、自分からも絵画や版画を数点、この神社に奉献した。
 

 ● 七福神の絵馬

 1、「七福神乗合宝船」

  

 2、「七福神富士旭光宝船」

  

 3、「七福神頼光伝説大騒動」

  

 4、「歌舞伎七福神宝の酒盛り」

  

 是非、お気軽にご連絡ください。

 (連絡先)

   住所:高知県室戸市室戸岬町2845-2
   電話:0887-23-1214  携帯:090-4506-6343
      
    谷口絵馬修復工房    絵馬師  谷口總一郎


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「落選運動」なんか、してはならない

2013-07-20 | 人間のあり方
 菅元首相が自身のブログでこんな記事を書いている。

 ≪比例は自民党に投票しない「落選運動」の呼び掛け

 参院選も最終盤に入ってきました。自民党の圧勝が予想されています。このままでは福島原発事故以来「原発ゼロ」を求めた多くの国民の意思が生かされません。そこで、原発ゼロを求めている全国の皆さんに、全国比例区では自民党に投票しない「落選運動」を展開することを呼び掛けた。

 自民党の安倍政権は福島原発事故を忘れたかのように原発推進で暴走しています。安倍政権の原発推進を止めるには、原発ゼロを求める国民が大半だということを投票で示すことが必要です。選挙区選挙は自民党候補が落選しなければ効果が出ませんが、その点、全国比例区選挙では自民党に対する全国民による投票ですから、自民党票の多寡で批判の強さがはっきり出ますし、自民党の議席を減らすこともできます。たとえば、選挙区選挙で自民党が議席の過半数を獲得しても、比例で自民党の票が10%以下と過半数を大きく割り込めば原発推進政策への批判の強さがはっきり出ますし、自民党の比例候補は落選します。安倍政権はたじろぐでしょう。

 比例で自民党に投票しない「落選運動」を呼び掛けます。参院選最終盤ですが、まだ間に合います。かつての韓国の大統領選では、投票前日の若者のメールによって情勢が逆転したといわれています。それがネット選挙のだいご味です。いろいろな主張を持つ人々が協力して、自民党の暴走に歯止めをかけるため「比例では自民党に投票しない」を合言葉に、「落選運動」を繰り広げましょう。≫



 バカですね―。

 かつて政権を取って国民生活を混乱させた民主党政権の首脳陣には国民から“三バカ大将”と評判になった議員がいました。これは与党として政権にいた当時の民主党の議員が取材陣に語った話で党の内部で見ていての感想だから、あながち指摘が間違っているとは思いません。

 件の民主党議員が言うには、「民主党で一番のバカが鳩山氏で、一番の悪人が小沢氏で、一番人をだますペテン師が菅氏」だとか。(私はそんな失礼なことは思ってもいませんよ)

 その後、この三人がどうなってしまったのかは国民みんながよく知っておられるだろう。

 ●中国が大好きな小沢先生は奥さんに愛想を尽かされ逃げられた。そして、政治に関しては日頃の勉強を怠り、これまで大手ゼネコンとの裏交渉ばっかりしてきたため、何十年たっても他党の議員と政策論争が出来ない、珍しい政治家だ。利害がある取り巻きだけは付き従うが、多くの国民はもう誰もこの人を相手にしなくなり、この人の政治家人生ももはや風前のともしびと言ってよい。

 ●鳩山先生は知ってのとおり、何度も何度も「中国大好き」と公言しその売国奴ぶりから、日本国民からは「あんたに政治を語る資格はない。もう中国人になれ」と罵声の嵐。

 ●あの東北大地震被害へのうろたえた対応ぶりに批判を浴びた菅先生は、自分が立派な首相だったように歴史を何とか塗り替えようと企み続け、挙句は安倍首相に厳しく指摘された政治的論争を、バカが細工に裁判所に訴えている。

 いやはや、バカですね―。

 「政治論争は政治の場で片をつける」、これが鉄則だが、この程度のことも総理大臣までやった人間が知らないんだからねぇ。呆れかえる。

 これと似た事例がある。数年前、東洋町長選において候補が「給与を50%削減する」と演説したことを町議が聞いていた。しかし、候補は町長就任後、20%しか削減しなかった。それを見た町議は議会で「それじゃ、公約違反ではないか。選挙の時には50%削減すると言った以上、そうすべきだ」と主張。それに腹を立てた町長は驚いたことに、その町議を裁判所に名誉棄損で訴えたのです。

 私は、選挙公約に反する行政運営を行えば議会において議員がそれを指摘し、改めなければ「改めるべきだ」と批判するのは当たり前だと思っている。かつて小松室戸市長が市長選の直前に自分が発行した新聞で「国保料は値上げしません」と宣言して当選したことがあったが、私は議会でこれを「公約違反だ」と厳しく指摘したことがあるが、市民をだましたんだからそれは当然のことだった。

 で、東洋町の件の裁判結果は案の定、告訴した町長が敗訴した。それを見て、私は「そんなもの、当たり前だ」と思ったものです。

 もう一度、言おう!

 「政治の話は政治の場で解決させる」。

 これは当たり前の話で、何でも訴えたら自分が勝てると思うこと自体、物事の成り立ちが解っていないといえる。

 もはや民主党では小沢氏や鳩山氏は関係がなくなったと言えば言えるが、この菅大先生はまだ民主党にいるので、その言動全ては民主党にも責任がある。よって、菅直人議員だけではなく、民主党幹部にも言っておきたい。

 安倍首相を訴えた行為は元首相だった菅氏の政治的幼稚さがばれただけではなく、“自民党には投票するな”と国民に呼びかける「落選運動」についても元首相だった菅氏の品位・品格の無さや政治的バカさ加減を国民の前にさらけ出したものだ。


 菅氏と同じように、室戸市にもこんなバカがいた。

 小松室戸市長が連発する違法業務に対し、私が毎議会その違法を追及したところ、23年4月の室戸市議会議員選の選挙運動期間中、小松市長後援会の一部の者たちが「あの谷口議員は市長が行った違法を毎議会、毎議会追及しているから、悪い議員だ。谷口に投票したらいかんぞ」と市民に広げ、私はそれによって7票差の次点で落選してしまった。

 つまり、菅大先生は「自民党には投票してはいけません」と国民に呼びかけているが、私はこれと同じ「落選運動」によって落選した室戸市初の事例となった。そして、この出来事で、あまり真面目に公正な政治を追及する議員を室戸市民は嫌いなんだと分かった。

 ですが、その呼びかけに市民が呼応して他の議員に投票したことによって室戸市議会がどうなったかだけは、市民はよく認識していなければならない。

 結果、どうなったのか。

 室戸市議会において小松市長が行う不正に正面切って異を唱える議員は一人もいなくなり、不正な事業は素通りに為ってしまっている。つまり、議員としての職務を遂行していない状態が続いているということだ。

 ついでに言うと、市政や議会で何が起こっているのか、何が問題となっているかを議会新聞を作成して市民に広報する議員は一人もいない。だから、市民はいま市政や市議会においてどんな事業が行われていてどんな問題が発生しているのかなどについて、何も知らないということになる。

 私が何を申したいか、お分かりか?

 選挙運動とは、住民は自分が支持する候補を他の住民に対して「あの候補に投票をしてほしい」と広報してお願いするものだし、候補は「私に投票をお願いします」と住民にお願いするもの。これが選挙運動というものだ。

 だから、愚かな菅さんや室戸の市長支持グループが行った「落選運動」なんかは、まともな政治家がすることじゃないし、まともな住民がすることじゃないということだ。

 そんなことをするのはみんな大バカ者と決めつけてよい。


 菅元首相は、民主党議員が言うところの、“三バカ大将”の残党。細野幹事長も「菅元首相は早く民主党から出て行ってほしい」と言っているそうじゃないか。

 「安保反対のデモの時には度胸がないから先頭には立たず、4番目あたりで隠れていたと聞く菅さん。悪いことは言わない。あんたは鳩山氏や小沢氏と同じようにもともと政治家には向かない人。参院選では党が行う選挙運動の邪魔をしているそうだが、そんな悪あがきをしていないで、一日も早く政治の場から離れ、一般国民になった方が身のためです」。

 あなたは今すぐ議員を辞め、頭を丸め、四国に来て八十八か所巡りで修行しているのが似合っている。

 本当に悪いことは言わないから、選挙が終わればすぐにそうしなさい。


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私は自民党を支持します

2013-07-20 | 人間のあり方
 今度の参院選について、私たち夫婦は二人とも自民党を支持すると決めている。

 そもそも私は昭和41年に20歳になって投票権を得てからは、ずっと自民党を支持してきた。

 但し、一度だけ、自民党に愛想を尽かして他の政党を支持したことがある。それは2009年の衆院選の前にあった、あやしげな政治の動きが原因だった。

 自民党は衆院選の前に公明党から要請された「定額給付金」を国民に配る事業を行ったことから、「自民党よ、お前もか」と室戸市議会で明確に批判した。自民党の党員である室戸市議会議員数名は「あんなことを言っても給付金はもらうんだぞ」と口々に批判したが、他の議員たちと違いもともと金に卑しくない誇り高き私は、その買収目的の金を貰わなかった。

 かといって、民主党の公約もひと眼見て国民を買収する政策ばかりで、国の財政を考えてもそれらバラマキ公約に書かれた全ての事業は達成できないとはっきりと解ったため、「こいつら民主党の候補が言っていることには騙されないぞ」と考えた。 

 そんなこともあって自民党にも民主党にも投票するのが嫌になり、直前に自民党を離党して「みんなの党」を結党した渡辺善美議員のブログで読んだ妻のあいさつ文にほだされ、「みんなの党」に投票した。

 しかしその結果、バカばっかりの民主党政権が行った3年間の幼稚な政治で国政は大混乱し、全てこの政党の所為で悪しき隣国の中国や韓国には隙を与えてしまった。

 私はその3年間、「ほら見たことか。お前たちが我欲で買収工作に乗ったりするからこうなってしまうんだ」と、民主党に投票した愚かな日本国民に罵声を浴びせ続けた。

 そこで小生は何とか早く自民党が政権を取らなければ国政は安定しないと考え、官房長官当時から支持してきた安倍首相が総裁選に出たことから「日本を取り戻すには彼の力が無ければ成し得ない」と、自民党支持に戻った。

 安倍氏は先の首相を降りた時、多くの政治家や政治評論家、そして多くの国民から「投げ出した」と批判されたが、当時、私は「これらの人たちは政治家が病気に為ってもそのまま死ぬまでその地位にいるべきだと思っているのか」と思ったものです。

 「このバカたれが」と。

 その後、新薬が開発されたとかで安倍氏の病気も改善された。そうして安倍氏が自民党総裁としてカムバックした時から私は自民党を再度支持し、日本の国を取り返すべく力いっぱい仕事をしていることを重視し、昨年の11月ごろから「もうすぐ衆院選がある。もしかしたら党首討論で野田首相は解散を口にする」(昨年11月ごろからの当電子情報誌を見返していただくと明確に解る)と判断、衆院選では自民党を支持し、投票した。

 さて、もうすぐ参院選の投票日ですが、日本が強い国に為るためには安倍政権がスムーズに政権運営ができるようにしなくてはなりません。因って、それには自民党を支持することしか他に方策はない。

 妻も私も、高知選挙区では「高野光二郎」候補に投票し、
 比例は「自民党」と書くか、テレビ・コメンテーターとして事件に関する法的評論や政治に関する法的評論で解説することが的を得ていると信頼してきた元東京地検公安部長の「若狭勝」候補の名前を書き投票すると決めている。


 又、自民党の獲得議席数について、政治評論家や新聞各社は「64議席」ぐらいと語り書くが、私は「72議席」と見ている。

 以上、室戸市議会特捜部部長として8年間公正な政治を追求してきた元政治家が所信を表明する。

 (追伸:残念ながら「72議席」と期待しましたが、比例票が届かず、「65議席」に落ち着きました)


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政治家鑑定法、教えます

2013-07-19 | 政治家のあり方
 昔々の中国に「三国志」の物語があって、そこにたくさんの著名な登場人物がいた。その中に諸葛孔明という人物がいた。

 受け売りだが、「諸葛亮 孔明」とは、中国後漢末期から三国時代の蜀漢の政治家・軍略家で、その数多い三国志の登場人物の中でも随一の人気を誇るのが孔明(らしい)。

 戦乱の世に勇猛な武将が幅を利かせる中、知性派として数々の功績を残した(らしい)。劉備の家臣としてその能力を発揮し、「三顧の礼」(目上の人が格下の者に対して三度も出向いてお願いをすること。劉備が諸葛亮を迎える際に三度たずねたことに由来)で知られ、「天下三分の計」(後漢末期に諸葛亮が劉備に説いた戦略)を説いて希代の軍師と名を馳せ(たようであ)る。


 そんな諸葛孔明が残した言葉に「人物鑑定法」というものがある。

(諸葛孔明の人物鑑定法)
一、ある事柄について善悪の判断を求め、相手の志がどこにあるかを観察する。
二、ことばでやりこめてみて、相手の態度がどう変化するかを観察する。
三、計略について意見を求め、それによって、どの程度の見識をもっているかを観察する。
四、困難な事態に対処させてみて、相手の勇気を観察する。
五、酒に酔わせてみて、その本性を観察する。
六、利益を誘ってみて、どの程度清廉であるかを観察する。
七、仕事をやらせてみて、命じたことおりにやり遂げるかどうかによって信頼度を観察する。


 この七項目は、リーダーの立場から部下を評価する手がかりとして述べたものですが、広く人物鑑定法としても当てはまる部分が多い。

 唯、私はこの“人物鑑定七カ条”を論語について検索していて見つけたとき、これは「人間のありよう」としても使えると思い、文面を置き換えてみた。

 それが次の「政治家鑑定七カ条」。

 ちょっとこじつけのような部分もあるが、上の一から七までの「人物鑑定法」と比較しながらご覧頂けたらと思います。

谷口總一郎の政治家鑑定法

一、全ての事柄について法令を順守し、公平・公正・適正かをよく吟味した上で、住民目線の健全な判断を下し、我欲は捨てて志を立てる。そんな人。

  (法律はことごとく守らないし、財政には疎くて大金を無駄に遣って“死に銭”にしてしまうし、事業計画書は収入と支出の計算が全く破たんしているにもかかわらずそれで良しとする。これらのことで、その人物が善人か悪人かが分かる)

二、悪事を見たら臆することなく、手加減もせず、その想いを簡潔に核心を突く言葉に置き換えて、真正面からぶつける勇気を持つ。そんな人。

  (そのことによって、善人なら謙虚に改めるし、悪人なら「これは正しい」と言い張って更に悪事に突き進んでいく。これらのありようで、その人物が善人か悪人かが分かる)

三、事業を興す時、周りにいる部下や番頭格、議員、友人・知人など助言者から多くの意見を求め、それが自分の構想に対して否定的な指摘であったり改善を求められたとしても、その指摘が妥当で、的を得ていると率直に感じ取った時には、謙虚に、そして即座に誠意を以って考えを改める。そんな人。

  (部下であろうが、番頭格であろうが、友人であろうが知人や恩人であろうが、いったん力を得ると人の言うことには耳を貸さず、間違った方向に問答無用で突っ走る、そんな人生はやがて破たんする。でも、そんな人物は破たんするまで他人の意見を聞かないから、行き着くところまで行って、やがて止む)

四、突然事業が行き詰まることがあっても、迷うことなく毅然として正しい判断を下し、将来に禍根を残すことのない行動をとる。そんな人。

  (自分の組織と関係が深い倒産寸前の会社から「数千万円の支援がなければ撤退するぞ」と脅しにも似た要求をしてきた時、「そんなに急に帰られたら困る」と慌てふためき、その要求を飲む。それを一年の間に二度も飲む。案の定、その会社は一年後、まちの人たちのお金であるその数千万円を持って東京に帰ってしまった。とても健全な組織経営と言えるものではないが、町の人たちはその人物がその時、愚かな判断を下して大失態を犯したことを全く知らない。それを知っている一部の人たちも目をつむっている)

五、人物の本性は酒を飲まさずとも、金と職を得たあとの振る舞いでよくわかる。善人は金と肩書を欲しがることなく職務を粛々と遂行して、いつも清廉潔白である。そんな人。

  (だが、欲深い人と悪人は金がなければ仕事しないし、金があっても仕事しない。人より高い地位に就きたがり、高い地位じゃないと真面目に仕事をしないし、高い地位に就いたとたん法律を無視し守らなくなるし、その権力を振り回して正義の声に耳を傾けなくなり、聞くのは利害関係にある人の声だけ)

六、利益や権利、権力を手にすることなど全く考えたことなどなく、無私の心で自らの財産を投げ打ってでも地域に尽くし続ける。そんな人。

  (いつも権利や権力を手にすることばかり考え、そのためには大恩ある人でも騙すし、陥れるし、利用もする。そのくせ、大恩ある人が困っていようが、谷底に落ちかけていようが、助けようとしない。そればかりか、恩人から「人を騙してはいけない」、「人の道に外れた行為だ。改めよ」と教示されると逆切れして、恩人に向かって怒り狂い、仲間とともに排除しようとする)

七、仕事がいつも几帳面で、基本を踏まえて揺るぎがないから信頼でき、いつも安心してその仕事ぶりを見ていられる。そんな人。

  (土佐では仕事ぶりが小汚い様子を「やることがせこい」とか「やることがへすらこい」とか「えてこすり」とか言う。この言葉は、ちょっと悪質な面がある様子を表現する。例えば、ここに県議をしている一人の政治家がいます。その人は他人に「これをやってくれんか」「あれをやってくれんか」と頼むことは人一倍エライ。それを当たり前のことだと思っている。だが、その頼まれた人が困った時にその人物に「すみませんが、助けてくれませんか」とお願いすると、「いやその日は忙しいから」と逃げる。しかし、その日、彼はヒマをしていたのです。
  つまり、他人を使うことはエライが、恩人のために尽力したり助けたりすることはない、そんな“されること”ばかり期待している政治家だ。だから彼の政治家としての信頼度はゼロなんだが、選挙になるとその候補の本質と政治について知らないおばちゃんたちと、その候補の本質は知っているが利害を優先する人たちの支えで、いつも勝つ。
  でも、人生、いつまでも人を騙せるわけではない)


 以上、俄かづくりですが、それほど的を外してもいないでしょ? 諸葛亮公明の「人物鑑定法」ほど文章は明快ではないが、それほど参考にはならないということでもないでしょう? よければ参考にしてください。


 もう一度、要旨だけを書き連ねて終わりとする。

谷口總一郎の政治家鑑定法

一、全ての事柄について法令を順守し、公平・公正・適正かをよく吟味した上で、住民目線の健全な判断を下し、我欲は捨てて志を立てる。そんな人。

二、悪事を見たら臆することなく、手加減もせず、その想いを簡潔に核心を突く言葉に置き換えて、真正面からぶつける勇気を持つ。そんな人。

三、事業を興す時、周りにいる部下や番頭格、議員、友人・知人など助言者から多くの意見を求め、それが自分の構想に対して否定的な指摘であったり改善を求められたとしても、その指摘が妥当で、的を得ていると率直に感じ取った時には、謙虚に、そして即座に誠意を以って考えを改める。そんな人。

四、突然事業が行き詰まることがあっても、迷うことなく毅然として正しい判断を下し、将来に禍根を残すことのない行動をとる。そんな人。

五、人物の本性は酒を飲まさずとも、金と職を得たあとの振る舞いでよくわかる。善人は金と肩書を欲しがることなく職務を粛々と遂行して、いつも清廉潔白である。そんな人。

六、利益や権利、権力を手にすることなど全く考えたことなどなく、無私の心で自らの財産を投げ打ってでも地域に尽くし続ける。そんな人。

七、仕事がいつも几帳面で、基本を踏まえて揺るぎがないから信頼でき、いつも安心してその仕事ぶりを見ていられる。そんな人。



 以上、諸葛孔明ってオジサンは知らないけれど、師の教えを模倣し、政治家の人物評価の方法として創造しました。

 では!


※電子情報誌「高知発!青空エクスプレス」のアクセス数は、7月19日(金)付けGooブログランキング(190万4511ブログ)中、2697位でした。
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室戸を憂える若者の怒り

2013-07-18 | 地方のあり方
 このコメントは、市議会で改革派議員として活躍していた私が2011年4月末の市議選に落選したことを知った若者が、その結果に落胆して同年6月18日に投稿して下さったものです。

 彼も私同様、室戸市の市長と議員の仕事ぶりに関してたいそうお怒りのようですので、そのお便りを全文ご紹介する。尚、ペンが走りすぎた部分については少し添削を加えさせていただいた。

 もう私のことなんかどうでもいいですが、この室戸市に住む若者の気持ちを今一度、理解してやってほしいと思い、掲載する。


 ≪あれから、度々このブログで勉強させていただいております。ありがとうございます。

 それにしても、自分が室戸に戻ってから約半年になりますが、またこの町から出て行きたいと、日々思ってます。自分の故郷を捨てたいなど、全くこんな悲しい事は無いですよ…、本当に。

 それにしても、この町の多くの人間は腐ってますねぇ。呆れて言葉も出ませんわ…。

 毎日そう感じますが、自分が"感じ易い"のか? 違うんです、室戸の多くの人間が"感じる事が出来ない"ようになっているんです。ズブズブで麻痺してますね。

 谷口さんがおっしゃる通り、「悪いと解っていても平気でそういった行為を行う」「悪いと解っていても反対すれば自分の立場が悪くなる、だから見て見ぬ振りをする」等そんな輩ばかりですね…。

 話しは少し変わりますが、先の市議選、本当にお疲れ様でした。谷口さんの落選は非常に残念に思っていますが、どうか、これまでの2期、一生懸命に勤めて来られた経験を生かし、室戸市に"逆襲"していただきたいと思っています!

 "逆襲"と言えば、一般的にはあまり良くない言葉と捉えられそうですが、今回の場合は、相手が悪政を行い権力や利権に捕らわれた"クサレゲドウ"どもですから、『正義の逆襲』です。(口が悪くて、申し訳ない)

 非常に面白い話を聞いた。

 先の市議選の際、某候補の演説です。あんまり内容の無い演説の最後の方で、そのセリフは出ました!

 『皆さん、私には住む家もございません!!』。ハッキリと私の目の前でこう発言しました。

 思いました。「ほんなら、あんたは乞食か? 2つも3つも肩書き持っていて、何言いよらや!!」。

 こんな人間が何期も市議をやっているとは…。議員も、それを支持する者も、頭おかしいわっ!!

 終わってますわ…、室戸。

 ですから、最近自分はこう思うんです。『室戸は夕張のように潰れぇ!!』と…。

 結構、過激ですが、そうでもならんと変わらんと思います。(なっても変わらんか)

 ですが、室戸の人間では無理ですので、『一度潰れて外部の人間の知恵と力で再建』、これが自分の考える室戸再建案です。

 勿論そうならないで良くなる方が良いし、もしそうなると、多くの人が辛い思いをするようになります。

 しかし、今の市長や市議会議員を選んだのは、一般市民。こんな室戸にしたのは、他でもない自分たち室戸市民です。

 自分の先輩から、最近こんな話しを聞きました。10年以上前でしょうか、市のアンケートにこう書いたそうです。

 『愚かな人間の住む町は、愚かな町にしかならない』

 「確かに、ごもっともです。」と、思いました。少ないですが、室戸の中にもこんな風に思う人も確かにいるんですよね。

 しかし、思い考えるだけで行動しない限りは何も変わらないですから、「自分には何が出来るのか」、「どう行動するべきか」等と、少ない脳みそで日々考えています。

 「日々、早く室戸から出て行きたい」と書いたが、やはり自分の故郷。少しでも良くしたいと思うのが人情ってもんやないでしょうか?

 今のところ出て行く予定は無いので、『室戸』が少しでも良くなる為、自分なりに考え行動出来るようにこの町で生きて行こうと考えています。

 余談ですが、最近、高知新聞に『室戸吹奏楽団』の記事が載ってましたね。自分も方向は違いますが、いちアマチュアミュージシャンの端くれとして嬉しくなりました。

 室戸も、ああいう明るいニュースがもっと増えれば良いですね! ≫



 痛烈だが、文章はちゃんと的を得ています。 

 この若者たちの怒りの意味を、仕事をしない市会議員候補に投票した室戸市民はお分かりか? 

 又、室戸市政に関わる市長、市会議員、市職員は若者が言わんとしていることを理解できますか?

 若者たちが何に腹を立てているかが解りますか? あなた方の自堕落で、無気力で、住民本位であるべき政治が政治関係者本位で政治が行われていることにカンカンになっているのが、解りますか? 

 不正が大好きな悪い政治家、無能な政治家、報酬目当ての政治家、利権に走ってばっかりの政治家、研究心のない政治家、調査活動なんか任期4年間に一度もしたことがない政治家、やる気のない政治家、政治家と言えない政治家たちばかりで、いつまでたっても公正な市政に改まらないことから、若者たちは室戸というまちの古臭い政治に嫌気がさしている。

 この町には市民のことを親身になって考えていない政治家ばかりで、若者たちは全員、嫌気がさし、心底から「まちを出てゆきたい」と思っていることが解るか?

 
 作家・藤原正彦氏が週刊新潮に連載している『管見妄語』に「日本の宿痾」という随筆がある。

 その末尾にこう結論付けている。

 「(前略) 相手の謬見(びょうけん)や悪行を諌めるより、自らを相手に合わすことで風波を起こさないというのが今日に至る日本のやり方である。
 日本人の類まれな謙虚さであり優しさであるが、実はこれこそが日本近代を貫き日本を追い込み苦境に至らせてきた、民族の宿痾(しゅくあ)である。」


 (参考:「謬見」とは「間違った考えや見解」、「宿痾」とは「長い間、治らない病。持病」のこと)


 この文の「日本」を「室戸」に置き換えると、次のような指摘も可能となる。

 「室戸市長の謬見や悪行を諌めるより、議員である自らを市長に合わすことで風波を起こさないというのが今日に至る室戸市議会のやり方である。
 こんなものは地方議員の類稀なる謙虚さや優しさとは言えず、実はこれこそが室戸市の戦後を貫き室戸市を追い込み苦境に陥らせてきた、室戸市議会議員という政治屋の宿痾である」。


 言い得て妙。

 室戸市民は自分が投票した人間が正しく仕事をしているかどうかに全くと言っていいほど関心が無いが、そのことをもっとよく考えた方がよい。

 以上、ご参考まで。


※電子情報誌「高知発!青空エクスプレス」のアクセス数は、7月18日(木)付けGooブログランキング(190万4009ブログ)中、3478位でした。
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