青空エクスプ レス

日本ではオンリーワンの手書き地域雑誌『あおぞら』の編集発行人を経て、室戸市の政治を監視する改革派議員三期目。絵馬修復師。

青空地質美術館「猿岩」の制作も終わり真近

2013-02-28 | 私の絵画制作活動
 絵画制作についてのご報告。

 2月15日から描き始めた「猿岩」は、落選した直後の23年6月から描き始めてこれでもう、17作目になります。大きさはいつものようにP100号(162×112)。

 そして描くのは、この風景。

   

 描く場所を探していて、「これはかわいい」と見つけた岩。朝の陽光が当たってこそのこの風景ですから、このようにパグ犬か猿が左の上の方を見ているように見えるのは、午前8時から10時頃まで。そんな、私が掘り起こした室戸ジオパークの“新名所”です。

 (下描き)

  

 (終わり真近となった14日目の状態)

  

 作品の絵は、普通は皆さんしない私独自の線描絵画。多分、古い作家先生に言わせると「邪道だ」などと言うんでしょう。

 ですが、私も悟っていて、30歳代に5年ぐらい毎日筆を持ちみっちり描いた後、30年ぐらいのブランクを経た65歳を超えてからもう一度、本格的に描き始めたことから、「若い時はあたりを見渡しながら描いたが、もう自分の人生も終末に来ている。自分が描きたいように自分の気持ちの趣くままにこれまでいろんな仕事をしてきて苦労させた妻へのプレゼントとして描こう」と考えました。

 ただ、遺した作品が妻へのプレゼントになるかならないかは、時の運。人生いろいろ、運もいろいろ。だから、若い時に描いていた抽象画の方へと逸る気持ちを強く抑え、ぐっと我慢しながら、いまこうして室戸岬周辺の風景画だけを描き続けている。

 あともう少し描いて、後は県展間際に手直しをしようと考えていますが、もう頭の中は次の作品のテーマ。いまから数日はその構想を練ろうと思っています。

 もう少しすると市内の老舗企業の新社屋が落成しますが、以前からその時には作品を1点贈呈させていただこうと思い、打診してあった。今朝、その会社の社長に当家まで作品を見に来ていただいたが、社長は私が示した3点ぐらいの中から即決で、30歳代に描いた80号の県展入選作品(油絵)を選んだ。社内に架けるには落ち着いた風景画だったので、「いい観察眼だ」と思いました。

 老舗の会社の尊敬する社長に貰っていただいたことがただうれしく思うし、私がこの世にいなくなっても社屋の会議室なり事務室なりに大事に架けていただけると思っただけで贈らせていただいた甲斐があると、これまたうれしく思っている。

 唯、私の絵で社員の皆さんや同社と取り引きしている来客の方々の癒しになったり和みのひと時をもたらすことができるかについては、少々不安があるが。

 額が用意でき次第、納入の運びとなるが、某社に行ってその絵に出合った方は、またその絵の出来栄えなど聞かせてください。

 社名はご迷惑がかかっては何ですから明らかにしませんが、作品のタイトルだけお教えします。

 『夕暮れの磯』で、大きさはM80号。室戸岬の空海修行の場所である御蔵洞(みくろどう)のすぐ下の遊歩道から海側を見た風景。その若い頃、日曜日の夕暮れになると80号という大きな作品と油絵の道具を車に積んでその現場に運び、寒風が吹く冬の海の景色を見つめながらコツコツと描いたことを思い出します。

 それと、最近考えていることは、昨年は北川村で12日間、個展を開きましたが、今年も10月の高知県展が終わった後の11月ごろ、今度は室戸市内のどこかの会場を借りて個展を開こうかと思っています。どこか100号の大作ばかり25点ぐらいを展示できる会場を知っている方、ご連絡ください。会期は、10日間から14日間ぐらいを考えています。出来れば室戸岬でやりたいんですが、室戸岬にはそんな展覧会に適した広い場所は無いので。

 もう一つ付け加えたいのは、「なぜ私が苦労しながら地域雑誌を作ったり絵を描いたりするのか」ですが、それは私は若い30歳の県展に初出品した頃からですが、「人生で金を使うにしても、死して後に残るものを作らないと自分が生きてきた証が全くなくなる。無駄にお金を使いたくない」、そう思ったからです。

 だから私はどこかの公務員のように毎晩のように酒を飲みに行ったり美味いものを食べに行ったりはしない。

 そして、8年余り継続して出版してきた雑誌87冊は県東部だけでなく全国のどこかのお家にあるし、地質写真集や町並み画集もどこかのお家の本棚にあるし、自分が描いた絵も遺ることから、今は自分の思いは達成できたと考えています。

 「いつ死んでもいい」とは思っていないが、「念が残らないよういつ死んでも納得できるように悔いなくこれまで生きてきたし、これから何年生きられるか分からないがそう生きてゆこう」と考えています。


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「室戸半島を、四国初のジオパーク(地質遺産)に!」の記事から五周年

2013-02-27 | ジオパーク
 今月の2月28日は「青空エクスプレス」が創刊して丁度、五周年目に当たります。

 そこで、その記念として創刊当時に書いた記事を一つ、ご紹介させてください。

 タイトルは「室戸半島を、四国初のジオパーク(地質遺産)に!」。

 そうです。まだ室戸半島の地質がジオパークの認定を受ける前の2008年3月1日に書いた、まだ初々しい4回目の記事です。


 ≪新春の1月16日、ユネスコ副事務局長代理(前のユネスコ地球科学部長)で、ユネスコの「地質遺産」の創設者であるE・ウオルフガング・エダー氏ら一行が、地質遺産認定の地質調査のために室戸岬周辺の海岸の視察に訪れ、私も長年、室戸半島の地質のすばらしさを広報してきた一人として、同行させていただいた。

 調査隊のメンバーは他に、日本地質学会で国内ジオパーク事業の実務を担うジオパーク設立推進委員会の渡辺真人氏、国土交通省四国運輸局企画観光部のN課長、高知大学副学長の吉倉伸一教授、そして、案内役の(株)相愛の研究員と技師を加えた、総勢10名。

 このユネスコ関係者らの突然の室戸来訪は、私もうれしかった。平成3年と8年の二度、地域雑誌『あおぞら』の特集号として地質写真集を発行している者としては、十八年ぶりに光が当たるということで、「待ってました!!」の思い。昨年9月の室戸市議会定例会の一般質問においても、「市の事業として取り組んでほしい」とお願いしたところだっただけに、大いに今後の展開を期待している。

 その国交省の関係者N課長から昨日お電話を頂いた。

 「3月中旬に高松市でこの四国ジオパークについての報告会を開催しますので、これまで長年、高知県で頑張ってこられた谷口さんには是非、おいで頂きたい」。

 特別に声を掛けていただいた事が何よりうれしく思いました。

 人生、辛いこともたくさんありますが、夜昼無しに人知れずコツコツと頑張っていたら、何かいい事があるものですね。

 この地質遺産についての情報はたくさんありますので、またの機会に書かせていただきます。

 アー、それと、記事の中に室戸の地質の写真を入れようと色々と苦心してやってみましたが、どうしても記事の中にいれることが出来ませんでした。難しい! ま、また頑張ってトライします。≫



 以上が、「青空エクスプレス」を創刊して3日目、2008年3月3日に書いた記事です。

 ブログを始めたころはまだ写真掲載の知識がなくて困っていましたが、やがて、写真投稿の知識も、文字を大きくしたりカラー文字にしたりする知識も東京の区議から教えてもらって習得。ようやくそれなりにブログを書けるようになったということです。

 そこで、今日は5年前に撮ったものの投稿できなかった写真を何枚か掲載してみようと思います。(すべて2008年3月2日に室戸岬と新村海岸で撮った写真)

  

  

  
                                         (以上、室戸岬)

  
                                         (新村海岸)

 では、ここからは室戸市民が知らない、室戸ジオパークの取り組みを始めたころのことを少し明らかにしておこうと思う。

 1991年(平成3年)7月、地域雑誌『あおぞら』8月号で特集「土佐の地質」を出版したが、その本の評判として室戸市の職員から聞こえてくるのは「海岸の石でまちおこしは無理」などという、否定的な声ばかり。中谷市長以降の市長には関心のかけらもなかった。無論、無関心な市会議員も同じ。つまり、行政関係者全員に室戸市の海岸にある珍しい形をした地質に関心がなく、私は「地質をどうやって“料理”(対外的にどうやって売り出)していけばいいのかわからないんだな」と思った。

 その後も、地域雑誌を毎月作りながら思っていた。「どうしても地質観光を事業化させなければ室戸市において他に地域活性化のテーマはない」。そういうどうしようもない思いが高まり、自分の雑誌出版の経営状態も悪化する中、意を決して1997年(平成9年)8月号で特集「室戸ダイナミックス」(副題:「青空地質博物館」)を出版した。それでも市関係者は無関心だった。

 そうして、悲しいかな、同じ年の1997年12月で私の雑誌出版の仕事は200万円を超す借金となり「いまなら車を買ってローンを払うぐらいの借金。今が辞め時だろう」と決め、止むなく休刊した。

 そうしたところ、1998年にU県議が室戸市内に「青空地質博物館会議」なる会を作っていることを知ります。そもそも「青空地質博物館」の名前は私が創作したもので、特集の巻末にはその理念も提唱してあった。県議は私から毎月『あおぞら』を購入していたから、その「青空地質博物館」の名前が気に入り会の名称に付けたとすぐ分かった。

 そのことを友人からの連絡を受けて初めて知り、その会議グループに参加している人たちの名簿ももらった。当時は雑誌作りを辞めて市内の自動車修理工場の営業担当として勤務して借金払いもあって懸命に働いていた私は、勤務が終わった後、県議のところにその件について問いただすために寄った。

 夫婦で事務所にいたところに入って行き、名簿を手にいきなりこう切り出した。

 「Uさん、あんたはこういう会合を作ったと聞きました。あなたが会を作るのは勝手で問題だとは思いませんが、この会の名前は私が地域雑誌を出版している時に企画した地質特集の中で県外の方々によりイメージが高まるようにと苦心して作ったものです。それを私に何の断りもなく使うというのはどういうことですか? 私が雑誌の出版を止めたから『もう自分がこの名前を使うてもえいろ』と思ってパクったもんやろけんど、それはおかしいやろ」と厳しく問うた。

 すると県議、臆面もなしにこう言い放ちました。

 「谷口さん、あんたもこの会に入らん?」。

 さすがにこれには、カチンときた。「会には入れじゃなくて、まず『どうもすみませんでした』と謝罪するのが道理だろう」と思った。そして思ったものです。「偉そうに。県議だったら他人の物を黙って取ってもえい、何をやってもえいと思うちょうのか。この野郎」と。

 「谷口さん、あんたも会へはいらんか」と聞いた時、県議の奥さんの前でしたが、思わずぶん殴ってやろうとした。

 しかし、この男を殴れば私の方が悪い人間になってしまう、それじゃ、真意を知らない人間たちが「県議はかわいそうに」となり、私に対して市民は「谷口は悪い男だ」となってしまい、それじゃ意味がない。そう考え、ぐっと思いとどまりました。

 「人を利用して成り上がろうとするなんて、ふてえ野郎だ。こいつは!」と思いながら、悔しかったが我慢した。

 (私を騙して選挙に利用して権力を握ったどこかの市長と体質はまったく同じ。室戸の政治に関わっているのは、人を踏み台にしてでもいいから大きな金が入る政治家になってやろうとする、こんな人間ばっかり)

 この時もそれからも、私は彼からこの件に関して謝罪は受けていない。以後、その会の名前についても会の動きがどうなったのかも知らない。因みにその会の会長は平朝彦教授で、副会長はその県議がやっていた。そして、その名簿には、市会議員など市民約20名ぐらいの名が書かれていた。

 その後しばらくあって、2007年度事業として2008年3月まで四国の地質は国の国土交通省を中心に「四国ジオパーク」として動いていた。それを、(株)相愛さんが行った調査結果を報告する会議に参加した件の県議が自身の選挙に利用しようと考えたのか、2008年4月以降、室戸市長に「室戸ジオパーク協議会」の設立を強く要請し続ける。

 当時、市長の選挙を熱烈支援しているY市議がこう言っていたことを覚えている。

 「ケンジ(小松市長のこと)が『6月議会前で忙しいのにU県議がジオパーク協議会を早く作ってくれとうるさく言ってきて困る』と怒っている」。

 このことからも、小松市長がジオパーク事業を率先してやり始めたのではなくて、私が提唱し続けてきた室戸市のジオパーク事業であり、国が四国ジオパークとしてやろうとしていたのを「国が四国ジオパークをやる前に室戸市が先に室戸ジオパークをやろう」と県議から市長に強く要請して始まったことがお分かりだろう。

 そういう動きがあって後、2008年6月の市議会閉会後、室戸市の支援を受けて「室戸ジオパーク協議会」は設立され、室戸市政においても事業としての室戸ジオパークの取り組みが動き始まった。

 その設立総会には私も取材のために参加したが、そこに四国ジオパークの計画を進めておられた(株)相愛の永野社長も要請を受けて出席しておられたのには驚いた。永野社長の心の痛みが解らない県議がコメンテーターとしてお呼びしたものと推測したが、氏の心の中は穏やかではなかったろう。直情的にものを言う私ならば「県議、この野郎。お前が四国ジオパークをストップさせておきながら、おれを呼ぶか」と断っていた。

 自社が国交相から依頼を受けて四国全体をジオパークとするための調査活動を行い、それ以降の2008年度も四国ジオパーク事業推進のための仕事もあっただろうに、県議が室戸ジオパークを進めてしまったことで四国のジオパークポイントの一つである室戸市の地質が四国ジオパークから離脱してしまうことになった。そういう思いを持っているだろう永野社長を何の気兼ねもなく室戸ジオパーク協議会設立の会合に呼んでいた。そこは心やさしい永野社長のこと、いろんな思いを抱きながら室戸にやってきたのでしょう。

 そういうわけで相愛の永野社長の出席に驚いたのですが、大勢集まっていたその会の中でこういう事情を知っている人は私だけ。こういう理不尽な出来ごとがあったと知っている人はあの協議会設立の会に参加した人の中で私以外、他にいない。

 その後のことは室戸ジオパークの動きを知っておられる方なら、2010年(平成22年)10月に世界ジオパークの一つに認定されるまでの経過はよくご存じだろうから、そこは省略する。

 (いい機会だから一つだけ加えると、私は平成3年から「室戸半島」の地質を観光振興に活かせと地域雑誌で訴える運動をしてきたが、いま室戸市が行っている「室戸ジオパーク」は「室戸市」だけのもののような取り組みになっている点は疑問に思っている。

 本来、ユネスコが認定したこの「室戸ジオパーク」は「室戸市海岸」に限定したものではなくて、「室戸半島全体」の地質を対象にしているものであろうと考えている。それは東は徳島県の宍喰町のこの室戸半島で唯一「漣痕」の砂泥互層が見られるポイントから、室戸岬を回って西は高知県安芸郡芸西村西分の海岸の「多色頁岩層」や「赤色チャート」などが見られるポイントまでの、長い海岸一帯の貴重な地質を活かそうとするのが「室戸ジオパーク」であろう。

 だから、いまのような「室戸ジオパーク」を室戸市が一人取り込んでしまい周辺の市町村は関係ないという位置づけは誤りだと、私は考えている。これは、日本ジオパーク関係者の中にも疑問に思っている人がいるんじゃないか。せめて、室戸市は中心的な働きをしながら、徳島県宍喰町=合併して海陽町=も安芸市や芸西村も巻き込み、「室戸半島」の貴重及び珍しい地質に関係が深い市町村が一緒になって「室戸ジオパーク」を盛り上げてゆかねばならない。そう思っている。

 但し、この事業をここまで引っ張ってきた人を政治的な理由から排除した形で組織を設立したものだし、今の小松市長にこの地質観光事業化の意思が元々あったわけではないので、それは無理な相談かもしれないが。

 事業化されるまではと思い平成3年から平成20年6月までの長きにわたってこの地質観光の事業化を主張してきた私が感じるに、昨年までは地質関係の写真集も「ほしい」という声や販売もそこそこあったが、いまはその販売量もストップ状態で、「熱は冷めたかな」の感は否めない。

 そんなこんなで、もうジオパークに熱があるのは室戸市の行政関係者と観光関係者だけで市外や県外の地質ファンだけではなくて市民の多くも「私らには関係ない」なんて風情だから、私は「いまそんな状況では、仮にいまから2年半後の2014年10月の認定審査が通ったとしても地元の意識は急速にダウンしていって、それから4年後の2020年には認可されないのではないか。やっとなんとか表舞台に出せたのに」と、もうすでに残念な気持ちになっている)

 

 政治世界においてはよくある話だが、このように自分が進めてきたものでもない一つの事業をパクって自身の選挙に利用しようと画策することなど、あってはならないこと。私のように室戸市の地質観光による活性化を目指して一つのまちおこしのテーマを室戸市再生の切り札と考え、平成3年から都合3回、70万円+80万円+180万円の、合計約330万円もの自身のお金を投資して活動し続けてきた市民は、私を置いて他にいない。なぜいないかというと、それは自分の金を出すのが惜しいと思っている人が多いから。役所の金にはみんな群がるが、自分の金はもったいないから出さない。

 室戸市民が信じようと信じまいと、以上が室戸ジオパーク事業創世記の実話である。

 決して自分を高みにおいて言っているつもりはない。これらの事情があったことを知っておられる全国のジオパーク関係者はともかく、事情を知らない室戸市民に事実情報だけを披歴した。

 これらの室戸市がジオパークを始めたころの事情は、私が平成3年からずっと取り組んできた地質観光活性化事業を高く評価して下さり今も応援して下さっている友人、元国交省出身のN氏がよく知って下さっている。

 「谷口さん、室戸がジオパークの取り組みをしてユネスコに認定されるようになったのは長い間、あなたが頑張ってきたからですよ。室戸市民や高知県庁の方々が知らなくても、私はそのことをよく知っています。あなたには何とかもう一度表舞台に出てもらいたい」。

 そんな私は無念にも市議選に落選して、今は隠居生活。“人生、苦あれば楽あり、楽あれば苦あり”か。良いことばかりは続かないし、悪いことばかりも続かない。

 人生いろいろだ。悔しさを抱いて、画家になれる夢に向かって生きてゆくほかないか。(笑っちゃっていいんですよ、ここは)


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青空地質美術館「猿岩(室戸岬)」の制作で室戸岬へ

2013-02-25 | 私の絵画制作活動
 絵画制作についてのご報告。

 この15日から描き始めた「猿岩」の制作のため、妻の車の軽四バンに大作を積み、午前9時ごろから現場の室戸岬に行ってきました。

 残念にも、23年4月の市議選で市民は「真面目一辺倒の谷口なんか市議会に要らない。市会議員は何でも『まー、いいか』と賛成するような柔軟な考え方を持った議員の方が市長も助かる」とご判断されてか、落選。それからは、余命いかばかりかは知らねども、売れない画家となって日夜奮闘努力して参りました。

 23年6月の絵画制作を始めたその時から数えるとこれで17作目となる作品「猿岩(室戸岬)」で、今回の作品サイズもこれまでと同じようにP100号(162×112)。

 そして描くのは、この風景。描く場所を探していて、「これはかわいい」と思い決めた。

   

 室戸の皆さん、どこか解りますか?

 ここは室戸岬の突端で、中岡慎太郎像から国道沿いに海側の歩道を少し西に歩き、急カーブになっているところから海を見ます。そこが今回書いている現場。光線があってこそのこの風景ですからこのように犬のパグか猿が左の上の方を見ているように見えるのは、午前8時半ごろから午前中いっぱい。

 ということで、今回もそんな私が掘り起こした室戸ジオパークの“新名所”です。

  

 描き始めて今日で10日目。まだ制作作業も半ばといったところでしょうか。それはそうと、今日、そうやって岬の現場で描き始めたものの、一人の男性につかまってしまいました。

 この作品を描いている場所は岬の急カーブした国道の歩道のすぐそば。海の方を見ながら描いていた。そうですねえ、描き始めて1時間ぐらいたった頃だったでしょうか。浮津に住む知り合いの男性が自転車でここを通りかかり、後ろから声を掛けられた。男性は元市職員で、いわゆる団塊の世代の人。

 声をかけていただいて話すことはこちらもそれほど急ぐ仕事をしているわけではないのでかまわないんだが、如何せん、制作に使っているのはアクリル絵具と来ている。パレット代わりに使っているアルミ製の羊羹流しの容器の中には縁にそって白、赤、青、茶系等々の絵具を3時間ぐらいは使えるほどそれなりに出して急ぎながら描いていたので、ほんの一言二言と思っていたのに時間が長いもので、内心、慌てた。

 そのため、作業は約半時間ぐらい完全にストップしてしまった。 

 アクリル絵具は油絵具と違い、小一時間もすれば乾燥してしまい筆に乗らなくなって、使えなくなる。私の気持ちは焦っているが、男性は市役所の小松市長の横暴が止まらないという話と、市議会の議員が何にも役に立たないという話。

 そういう話なら私も参戦しないわけにはいかないが、今日の場合だけは心ここにあらず。

 描きかけて手に持っていた絵具が付いていた筆は止むなくバケツの水の中に浸けた。だが、パレット代わりの容器にある絵具はかわいそう。太陽の光が当たり、乾燥した空気と相俟って、乾燥真っ最中。これはどうにもならないと思っていたが、話を交わしながらふと「そうだ、作品の下の陰に入れよう」と思いつき、そこに押し込んだ。

 それにしても話は長かった。

 小松市長が観光協会の事務局職員採用のことにまで「私は聞いてない」と言っていたとか。

 「ほんま。それは治外法権で、市役所とは関係がないわねえ」と私。

 男性、「そうよ、いくら市役所から補助金の支援があったとしても、団体の人事にまで口をはさむ権利はないわのお」。

 「弱い人には強いが、強い人にはまったいき」。

 それは言えた。

 男性、「市職員には問答無用ですぐ怒って命令するが、議員らが言う理不尽な話には突っぱねることができずにこんもうなっちゅう」。

 「市職員も強く言われ、この野郎と思って退職を速めた職員は何人もいる」。

 「今の室戸市政は小松市長のまるで独裁政治。もう市役所もばらばらでまとまりなんかないし、市議会も市長のいいなりで、あんたが議会におらんなってからは事業や議案に反対するもんがおらんなってしもうた」。

 こちらも市長の不正を追及した元議員だ。待ってましたと私は、

 「市民が私を落選なんかさせるきんよ。議員時代、議会で市政の悪さや違法を追及するのは私一人だったし、議会が終わると議会新聞を作って市民に配布したりブログで市政情報や市議会の情報を全世界に公開していたのも私だけだった。私がいなくなればそうなると思っていたが、今まさにその通りの状態よね。こういうように室戸市政が悪くなってしまったのも、市議会議員がしっかりしないから。本当は市議会には私みたいに会津・日新館の教えじゃないが、“ダメなことは駄目なものです”と言えるものがおらないかんけんど、議会において小松市長の不正や不適正な業務運営を追及できる議員が一人もおらん状態というのは、絶対に悪い状態にある」。

 この方に私の意図が理解できるかどうかと思ったが、カブシのつもりで話しておいた。きっと私がこう言っていたと市民に広めてくれるだろう。

 「私は市民有志が『谷口さん、今度の市長選に出てくれませんか』といってくれば考えますよ。それも室戸市の有力者が集まって当選確実な状況を作ってもらわないと決意しませんがね」とも言っておいた。

 但し、私は市長や市議会議員になって市内の団体や企業との利害を持つつもりがまったくないため、当選した後においても利害を求められても一切持つ気はない。なぜならば、これまでの歴代の市長で解るように、企業や団体や特別な市民などと利害を持ち自分たちへの利益誘導を策略して自治体運営をゆがめてしまう、それは疑いない。

 だから、私が市長をやるとなれば、企業や団体、特別な市民、市議会議員等々との利害関係は持たず、つまり、悪しき働きかけは一切受け付けない、そんな公正一辺倒の市長になる。

 室戸市民の皆さん、唐突に市長選出馬宣言を出しましたが、こんな堅物な市民に一回、市長をやらせてみてはいかがか。

 いままでの市役所に一度もなかった、ガチガチに公正な真っ正直な市政運営をお約束しましょうぞ。

 勿論、市議会は改革していただき、年に2回は市内において議会報告会を行ってもらうなど、議員の仕事はいまの3倍にはなります。市職員は元気が出てきてやる気になる、そんな全国でも有数の先進的な政策を講じて、どこかの市長は選挙の時に「公正・公平な政治を行います」と宣言しておきながら就任したら不健全な政治を何度も行ったが、私はそんなウソはつきません。真っ正直で、健全な政治を行います。

 でも、先の市議選で解るが、真面目に法令順守の政治を進め、議会を改革して議員に年間450万円という分不相応の報酬分の仕事をさせようとする公正な人物はお嫌いで、市長が行う不正な市政運営でもなんでも議会に出てきた議案にはすべて賛成してしまう人物の方がお好きかな、室戸の方々は。(笑)

 ということです。(なんのこっちゃ)

 作品の制作が途中でストップしてしまい気持ちが高ぶって来ず、男性が自転車で帰って行ったあとも半時間ほど描いていましたが、昼の妻の帰宅時間とあって車を妻の勤務先に戻してすぐに帰宅した。

 「とにかく私の仕事の邪魔だけはしないでください。ようやく目鼻がつき、乗ってきた時期だから」。誰に言っているやら。


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 昨日、徳島県から私の当電子情報誌のファンだという方が遠路はるばる妻の実家のパン屋さんに今年最後のカンバ餅を買いに来て下さっていたそうで、お礼申し上げます。愛する妻が帰宅して「その人、あんたのブログをいつも見ていて、『面白い』って言よったぜ」と伝えてくれた。「たぶん、その人は宍喰のひこうせんで一度一緒になって、話をした人じゃないろか。室戸半島の地質の写真集と重伝建の町並み画集を買ってくれた方やと思う」と話しましたが、そうであってもそうでなかっても、毎度ありがとうございました。カンバ餅はまた今年の暮れの12月初めまでありませんが、また宜しくお願い致しますね。
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菅野、がんばれ!

2013-02-25 | 人間のあり方
 昨日のオープン戦で巨人の菅野が3回投げて上々の出来だったとニュースは伝えている。

一昨年の2011年11月にこんな記事を書いた。それをご覧いただきたい。

≪ 昨日21日、先のドラフト会議で日本ハムから1位指名を受けていた東海大の菅野投手が自分の夢である巨人入団を目指し、日本ハム入団を拒否して1年間の「野球浪人」を決めた。

 これに関してテレビに出ているスポーツライターや政治評論家、芸能評論家などコメンテーターのほぼ全員が、「彼は身勝手だ」、「ドラフトという制度があるんだから、菅野は日本ハムに入団すべきだ」とか、「彼は野球がやりたいんだから、どこでも指名を受けた球団に入ればいいんだ」と、かまびすしい。
 
 私は朝からテレビでそんな場面が出る度にコメンテーターに向かって叫んでいる。

 「何んにも解ってない人間が分かったふうにふざけたことを言うな! もしその菅野があんたの子なら、おまえはその子に同じことが言えるのか! 言えんだろうが!!」。

 そこで、全国の物事のなんたるかが解っていない人が言うこの勝手極まりない評論に対して、私から反論しておきたい。

 じゃあコメンテーターのあんたがた全員に聞くが、あんたの息子トモユキは少年時代から勉強はそこそこだったが、少年野球には熱心に取り組んできたとしよう。父親も母親もそれに協力して支援してきた。そしてトモユキは、中学、高校と野球の名門校に入ってレギュラーになり、やがて2年生の時からはプロ球団からも注目される選手になった。親はうれしくなって、更に息子がプロ球団に入れることを強く願い支え続けるようになった。

 高校野球では甲子園大会に2年続けて出場、エースである息子の大活躍もあって準優勝します。大学時代に入ったころにはすでに、少年野球をしていたころからあこがれていた球団であるし、今その球団の監督をしている自分の叔父さんもかつてはホームランバッターとして活躍していたA球団に入りたいと考え始めていた。

 そうして大学野球では速球派投手として名高くなり、4年目にはプロ野球のドラフト会議を迎えます。

 もう彼の目標とする球団は大学1年生の時から1本、「A球団」と決めていたし、そう世間にも公言してきた。つまり、「ほかの球団が指名しても入りません」と決定していた。だから、彼は「希望通り、A球団に入れる」と考えていた。

 しかし、好事魔多しの例え通り、ドラフト会議まで「ぜひうちの球団に入ってほしい」とも「指名します」の球団の決定事項としての挨拶もなかったB球団が、いきなり割り込み指名したのである。これには全国の野球ファンが驚いた。そして、しばし考え、B球団には失礼のないように礼を尽くして「入団しません」と伝えた。

 ・・・ということだ。

 これは、当たり前の結論だ。子を持つ親なら誰にでもわかる判断である。子どものためを思い、親はみんなそうするだろう。 

 であるのに、「ドラフトという制度があるんだから、菅野は日本ハムに入団すべきだ」とか、「彼は野球がやりたいんだから、どこでも指名を受けた球団に入ればいいんだ」とか、かまびすしい。世の中にはこんな簡単なことが分からないテレビコメンテーターばっかり。情けない。

 「ドラフトという制度があるんだから、菅野は日本ハムに入団すべきだ」だって? 「彼は野球がやりたいんだから、どこでも指名を受けた球団に入って野球をしたらいいじゃないか」だって?

 では聞くが、あんたの息子がもし少年時代から上の例のような少年時代を送り、高校生の時には甲子園のマウンドを踏んであんたの息子の大活躍で決勝戦まで進み準優勝し、大学でも大学リーグで優勝し大学選手権でも優勝したとしよう。その子は大学時代から、「叔父さんも長年そのチームで活躍してきたし、ボクも少年野球をしていたころから“あのチームに入りたい”と憧れてきたから、大学を出たらA球団に入る」と言っているものを、世間一般の無責任な人間どもと同じように、「ドラフトという制度があるんだから、トモユキあんたは指名してくれた日本ハムに入団しなさい」とか、「トモユキは野球がやりたいんだろ?だったら、どこでも指名を受けた球団に入ればいいじゃないか」、そんな無責任なことが言えるのか!

 言えないだろう! きっと、息子トモユキの身になって、「トモユキ、あんたの人生や。どこに入るかはあんたが決めたらいい。1年浪人するのも人生、叔父さんがいるA球団をあきらめてB球団に入るのも人生。でも、言っておくが、3年後、5年後、10年後に悔やむような人生判断だけはするなよ」。

 こう言うのが親だ。

 「子どもの希望をかなえてやりたい」、「夢をかなえさせてやりたい」。

 それが親というものだ。

 それと、例えばこの菅野選手が入りたいというプロ球団があんたが憎いと思っている巨人ではなくて大好きな阪神だったら同じことを言うか、そして又、もし希望球団が横浜だったら「横浜に入りたいなんて言わずに日本ハムに入れ」と、同じように言うか。それも一度考えてみなさい。あんたがいったコメントが如何に勝手極まりないかがわかろう。

 このように、一人の人生の方向性は一つではないのだ。だから、よーく考えてものは言わなくてはならない。

 だから、「菅野は日本ハムに入るべきで、浪人するという判断には私は反対だ」、そう言っている人間はみな無責任な人間だと言っていい。

 自分の子の夢なら息子の判断を支援し支え尊重し、他人の子が描く夢なら尊重せず、誤った考え方の基に理想論だけで勝手な極まりないことを言う。

 室戸市の市長や市会議員らを見ても解るように、この世の中、そんな自分勝手な奴らばっかり! 

 “まちを良くすること”とは何かが解らない奴、“青年の夢を育てること”がいかに大切かが解らない奴、そんな奴らばっかりだ。

 あんたらはバカか? あんたらみたいな自分さえ良けりゃ他人はどうなってもいいという無責任な人間が青少年の育成だけではなく、この地方行政や地方議会も破滅に追いやり、地域社会を衰退させているんだ。

 テレビコメンテーターの皆さんが私のこの意見に対して反論があれば、もう一度言う。

 あんた方も子の親だろう。ジャイアンツに入りたいと10年も前から言い続けている実力を持ったあんたの息子に、父親であるあんたは「巨人は諦めて日本ハムに入れ」と言えるのか! そして母親であるあんたもだ。言えるのか! 言えないだろう。

 だからテレビに出ているからと、ピントの外れた、ふざけたことを言うなといいたい! 

 菅野に謝れ! 「私たちが間違っていました」と。

 それと、昨日今日あんた方が言う菅野選手が野球浪人を決めたという出来事に対するコメントを見聞きして考えると、あんた方がこれまでテレビで言ってきた世間の事件や問題についてのコメントも全部、見当違いな判断ばかりだと解ったことも付け加えておく。


 最後に、菅野選手へ。

 「初志貫徹」。夢を簡単にあきらめた奴に、碌な人間はいない。1年間、実戦経験がないというリスクはあるが、君のこれからの15年20年と続く野球人生を考えれば、ドラフト制度や野球規約の範囲内でアメリカに野球留学したり友達や先輩から協力を得ながらの1年間のトレーニング期間なんて、短いもんよ。一年なんて、すぐくる。

 トモユキ、頑張れ。希望球団に入れるように陰ながら応援してるぞ。

(追記)
 昨日、匿名のコメントを下さった方がいますが、1行を読んで“暗闇からの石つぶて”と認定しましたので、2行目からはまったく読まずに即刻に削除したことをご報告しておきます。

 尚、コメントいただいた方は次の記事「暗闇からの石つぶてでは何も変わらない」をまだお読みでないようですので、是非最後にご一読いただけたらと考えております。

 又、全国の方々が書くブログ記事はどうか知りませんが、私が書く電子情報誌は私と意思を同じくする方々に資するためにと、Gooブログのご協力を頂きながら、無料で書いているブログです。暗闇から石つぶてを投げるあなた、もし記事に反意を以って毎日見ておられるなら、本日から本電子情報誌に出入りするのはお止めいただきたい。

 毎日、暇つぶしに楽しんで読み、知人や友人たちには私に対する見当違いのことを言いたい放題言って広めておいて、気に入らなきゃこうやって暗闇から石つぶては投げるわでは、例え世間が許しても私にとっては迷惑でしかない。気に入らなきゃ、最初からこの情報誌を見に来なきゃいいんです。

 このように、全国のネットサーファーの皆さんには“ブログとは、熱心に書いているブロガーの記事(特に私が書くような評論記事)を無料で読ませていただいているもの”だとの認識が薄いが、読者はそのことも併せてお忘れなきように。

 又また厳しいことを申し上げましたが、すべて正論です。あしからず。


 今年、菅野は先発間違いなしの状態です。

 人生回り道もわるくはないと証明するぐらいの活躍を見せてほしいものです。


※電子情報誌「高知発!青空エクスプレス」のアクセス数は、2月25日(月)付けGooブログランキング(183万0965ブログ)中、3240位でした。
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公務員特集:(1)ゆとりなんて、くそ喰らえ!

2013-02-24 | 公務員のあり方
 (本日は公務員特集五部作を一挙公開いたします) 

 数年前の高知新聞のコラム「小社会」の、記事の冒頭部分に次のような故事が紹介された。

《中国・清末(清時代の末期)の政治家・軍事家で、太平天国の乱平定に活躍した曽国藩(そうこくはん)がこんな言葉を残している。

 「収穫を問うなかれ、ただ耕耘(こううん)を問え」

 成果は問題ではなく、そこに至る過程での努力が重要、という意味だ。(後略)》

 記事の内容は、“はたしてブッシュ大統領の採点は?”の問いかけになっていた。

 この曽国藩という人物の名は初めて聞くし、この言葉、いわば教訓も初めて聞いた。そして「耕耘」を辞書で引くと、「田畑を耕すこと」をいうそうだ。

 そこで、自問した。まちづくり活動を実践してきた二十数年の過程を振り返って、「収穫は問うなかれ、ただ耕耘を問え」の言葉のように、“結果を追い求めるのではなく、どのくらいの田畑を耕してきたか”、いかに遮二無二努力してきたかと自らに問うてみた。


 色々とありました。まちづくり活動を始めたのは、昭和61年。それからはずっと自分の家庭を重視せず、顧みずに次から次へと喫茶店の売上げから金を出してコンサートを行ったり映画会を行ったりなどしてきた。室戸市民ならば良く覚えているだろう。そして、それでなくても毎月、本を出版するたびに借金が蓄積され続けた赤字状態の地域雑誌の売上げの中からお金を出しながら、県東部地域を元気にしたいと思い町おこし活動を続けてきた。

 儲けにならない事が分かっていても8年あまり出版し続けた地域雑誌にしても、また最近出版した地質写真集と古民家画集の二冊の本にしても、本当に自分の家庭のためになっているかと問われれば、なっていない。むしろ、その度、その度に家の借金になり、それを数年かけて返済してきている。

 ずっとそんな状態だったので、いまでも思いだすが地域づくり活動を始めた頃、中学生だった娘から「お父さんは自分勝手や」と強く言われたことがあります。自分は頑張って町のために尽くそうとしていることでも、家庭にとっては何のためにもなっていないことを、痛烈に娘から批判された。私は、その通りだと思った。でも、走り続けるしか他に、自分が納得できる生き方は無かった。

 でも、その娘が地元の高校を卒業し岡山の大きな会社に就職して数ヶ月経った夏ごろ、電話で聞いた言葉が忘れられません。「お父さんが町のために頑張りよったのが、働き出して、いま初めて解かった」。その時のこの言葉で、少しは救われた気がした。

 いま60歳を過ぎてこれまでを振りかえって思うが、地域づくりの活動を始めた頃から支えとなっていた言葉がある。

 特に地域雑誌を出版していた時の仕事は、夜寝る時間を減らし、飲食など遊行の機会を極力断って、全てをこのまちづくりに賭けた生き方をしていて、その頃に一つの言葉を思い浮かべ、それを何か支えのようにして活動の二十数年間を生きてきた。

 そこで考えて得た信条が、「人生、照る日、曇る日」

 わたくし如きがえらそうなことは申せませんが、良く言えば“悟りの境地”であり、またある面、“開き直り”ともいえる。「まあ、長い人生だ。こんな日もあらあ」と。

 意味するところは、「一所懸命に努力して働いていても、人生は良い時もあれば、悪い時もある。外的原因、内的原因によって、良くなったり、悪くなったりする。でも、悪い事があっても挫けず、怠けず、正直に、頑張って前向きに生きていたら、その内、また良い事がある」という意味です。

 だから、何事をする時でも私は休まない。自分に自信がないから、ずっと勉強をし、毎日ずっと働き続けます。

 休む時間や休める日々のある議員になってからも、毎日、何かに取り組んで仕事を続けた。それは又、自分ひとりの勝手な判断で休む事が、市民の意識や感覚に立ち考えて見れば、間違いなく負託に応えていないことになるから。だから、毎日何か議員としての仕事や、20年に発行した地質写真集や21年に発行した町並み画集の発行、そして議員を退職した今も次世代に残そうと室戸半島の海岸に見られるダイナミックな地質の動きを表現する岩の絵を描くなど、地域リーダーの一人としての仕事に取り組み続けている。

 休めば、「人生、照る日、曇る日」が、「人生、曇る日、嵐の日」になることが分かっているから、休まない。私自身が自分の全てを信用しているわけではないから、自分を休ませません。

 60歳を過ぎるといつ死を迎えるか分からないと悟っているから、休まず走り続けている。いつまでも命があると考えるほど私は欲深くは無いから、休まない。

「収穫を問うなかれ、ただ耕耘を問え」(成果は問題ではなく、そこに至る過程での努力が重要)

 議員でなくても、身銭を切って市民活動を実践している人ならば、成果を求めず、継続した努力をすることが大事です。ならば、「人生、照る日、曇る日」、“成果”は必ず向こうからやって来る。

 但し、いつ何時も身銭を切ることが無く、“収穫”を急ぎすぎるためにすぐに行政の補助金に頼る人たちは、その限りではない。金づるである行政からの金が途絶えれば、間違いなく努力しなくなり、早晩、やめてしまいます。

 行政もそんなグループへの支援は、もういい加減に止めることです。その“深情け”な行為はその人たちの“成長”のためにならない。何の継続的な効果も生まないし、却って、行政によってその土地に依存体質の人間や団体を生み、育て、増殖させてしまうだけだ。

 「可愛い子には旅をさせよ」というではないか。行政が住民に本当に地域力を付けてもらいたいと思ったら、冷たくして突き放す方がむしろ力がつく。さすれば、性急に“収穫”を求めない、ただ夢中で“耕耘”に励む人がたくさん生まれ、育つだろう。


 さて、話を戻してもう一度、中国の政治家・曽国藩の言葉、「収穫を問う無かれ、ただ耕雲を問え」の話に戻る。

 この言葉は、“結果を追い求めず、どのくらい田畑を耕してきたか、それこそが人間として素晴らしいんだ。ただしゃにむに働くことこそ、人間を育てる”と、記した。

 そして、私が考えた言葉、「人生、照る日、曇る日」も書き沿えた。

 これは、“一所懸命に努力して働いていても、人生は良い時もあれば、悪い時もある。でも、悪い時があっても挫けずに、怠けずに、正直に頑張って生きていたら、その内、また良い事がある”ということです。

 そのためには、何事をする時でも休まない。自分に自信が無いから、働き続ける。休めば、「人生、照る日、曇る日」が、「人生、曇る日、嵐の日」になるのが分かっているから、休まない。自分自身が自分の全てを信用しているわけではないから、休まない。いつ死を迎えるかわからないから、悔いを残さないために、休まず走り続けている。

 ならば、「人生、照る日、曇る日」、“成果”は必ず向こうからやって来る。

 この、「収穫を問う無かれ、ただ耕耘を問え」も、「人生、照る日、曇る日」も、両方とも意味するところは、“成果を得られるか得られないかを気にしていないで、休まずただもくもくと働け。良いことがあった、悪い事があったと一喜一憂せずに、前を向いてもくもくと働け。さすれば、きっと後発的に、成果は後からついてくる”という点にあり、そこが重要。

 そこで話は急に昭和40年代に遡るが、私が二十歳代の頃だったかに次のような国際情勢があり、「これじゃ、間違いなく日本の活力は落ち、経済も、政治も、教育もだめになる」と思ったものです。

 それは、アメリカは戦後二十年ぐらい経つと、それまでの自分たち国民の慢心と怠惰がたたって、日本の急速な経済発展に押されたことも加わり、そこで日本に圧力をかけ、「日本は働きすぎだ。もっと休め!」と言いはじめた。いわゆる一連の“ジャパン・バッシング”です。

 これに対し、当時の弱気な日本の政治家たちは、日本がアメリカの軍事力の傘の下にいる弱さもあって、日本はそのアメリカの圧力に屈して、週休二日制を進めた。止めときゃいいのに、言われたように働く時間を少なくした。つまり、情熱や熱意を薄めたのである。

 その時、私は、「あー、こんなことをしていたら日本企業の生産力が落ちることによって日本の経済活力は弱体化し、学校現場での教育力も低下し子供たちの学力も必ず落ちてくる」と思った。

 で、案の定、いまその通りになった。

 教育に限っていうと、「ゆとり教育」なんてことを始めた時も、「子供の教育にゆとりなんて、いるか!」と思っていた。で、いまその通りなって、「ゆとり」をやめようとしています。

 平成8年7月の中教審の答申は「ゆとりの無さ、社会性の不足と倫理観の問題、自立の遅れ、健康・体力の問題などがある。だから、週五日制などのゆとり教育が必要だ」として、この動きは平成14年に始まったが、そもそもこの段階で大きな間違いを犯している。

 子供の教育だけでなく、企業の労働者、そして行政機関や学校に勤務する公務員という名の労働者に「ゆとり」などという、いわばオブラートに包んだ美しい言葉を使って休日を多く与えたことが、これら日本全体の活力を低下させてしまった主因であるのは、間違いない。

 日本の教育界は、その「ゆとり教育」によって、全国の子供たちの学力低下という“事故”を引き起こしたと言ってもよい。

 だから、平成19年10月の中教審の答申では授業日数の増加を提言し、20年2月には文科省が21年度から順次、授業時間を増加させるように決めた。過ちを認め、方向転換した。(※注:平成21年からの民主党政権時は日教組系の議員が多かったため、改革は遅々として進まなかった)

 私に言わせれば、「ほら、見たことか!」だ。

 国によるこの「ゆとり教育」という子供への学問教育の、いわば“たるみ”から、テレビゲームなどからケイタイへ移行する機器による悪作用も加わり、子供たちの多くが学校での一体感のある勉学よりも個人的な娯楽に没頭するようになり、それが今の「殺すのは誰でも良かった」という殺人鬼となる若者を生んだのも間違いない。

 だから、教育の「ゆとり」=「たるみ」「ゆるみ」が、今の教育の崩壊を生んでいるといいたい。

 いま、日本の政治に関わる人も学校現場の人たちもみんな、あの秋葉原の通り魔殺人事件などに代表される若者による無差別殺人などの責任の一端は、自分たちにあると思い知る必要がある。きっと「俺には関係ない」なんて思っているだろうが、ないことは無い。あれらの事件は全て、教育関係者や国の政治家に責任がある。

 長くなるのでこのへんにしますが、とにかく企業も行政や学校に勤務する公務員も全て、40年代のように月曜日から金曜日までは終日働き、土曜日も昼まではちゃんと仕事をするように戻し、子供たちもみんな、土曜日も昼までは学校で勉強するように一刻も早く変更することです。

 私は、「労働や勉学にゆとりなんていらん。そんなのクソ食らえ!」と思っている。

 武田鉄矢の母はもっとすごい。「休みたいなんて思ったら、その時は死ね」とまで言っている。

 営業時間を減少させて働かない会社は、企業活力を低下させ、当然、売上げも落ちる。働かない行政は業務消化の低下、働かない学校は教育力の低下をそれぞれ招く。学ぶ時間の少ない子供たちの学力は間違いなく低下する。必ずこうなる。

 職人技も、習得の時間の積み重ねによって、熟練の技が磨かれるものだ。芸術家の腕や感性も打ち込んだ時間によって高揚するものである。それと同じだ。

 あっ、大事なことを忘れてた。勿論、企業の社員は売上げが上がれば給料は上がりますが、学校や行政に勤務する公務員の皆さんの給与は土曜日が半ドンに変更されても給与は今と同じですよ。このへんはお間違いなきように。

 先日も書いたが、自分が働いている組織のため、又労働や勉学は自分のために休みなく働き、休みなく学ぶこと。それが、自分を育て、組織を育て、地域を育て、国を大きくさせるものだと忘れないことです。

 「ゆとり」ある労働や教育なんてものでは、絶対に、町は興きない、国も興きない、自分も興きない。

 とにかく、自分を痛めいじめることによって、能力は高まってくるものです。寝る時間を惜しんで勉強すること。休む時間、休む日を惜しんで働くこと。それでしか、自分も、会社も、学校も、町も、国も良くなってはこない。

 最後は、やはり先のこの名言で終わりたい。

 「収穫を問うなかれ、ただ耕耘(こううん)を問え」。

 これを私流に品無く言うと、「ゆとりなんて、クソ食らえ!」 ということです。 
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公務員特集:(2)公務員は自分の立場が解っていない

2013-02-24 | 公務員のあり方
 (再録)

大津市のいじめ事件に続いて、またもやイジメ事件によって大阪市内の桜宮高校の生徒が自殺した。

 私があれほど「イジメられても死んじゃいけない」って言ったのに、みんななぜ死に急ぐのか。

 今度は学校の教師に拠るイジメ。いや、30発、40発殴ったというから、れっきとした暴行事件だ。

 あれを「体罰」と世間は言うが、体罰ではない。あれは「住民の子息に対して暴力を振るったイジメ又は虐待、いや、警察署に告発して当該教師を逮捕すべき暴行事件だ」と国民みんなが認識すべき出来事である。

 生徒を長年いじめて虐待を続けてきた教師は、公務員だ。

 因って、あれは「公務員による住民子息に対して暴力を振るった事件」だ。

 公務員と言えば、大阪市の住民からお給料をもらっている立場。それが、給料をもらっている側が給料を与えている側になぜ暴力をふるわなければならないのか。その理不尽さも公務員は解らないのか。

 学校の校長しかり、教育委員会しかり。

 教育委員会の全員と学校現場の教師全員もその生徒に対する暴力行為が如何に不正なことなのかが理解できないんだから、いっそ教えられる側の子どもたちからそういう暴力が如何に愚かな行為であるかを教えてもらってはどうか。

 暴力を使わなくてはならないということは、教師たちに教育能力がないと証明されたことになる。故に、教員・教師に“口で言葉を発して教え諭す”教育能力に欠けるから、すぐに手が出て暴力行為に及ぶ。悪いのは、教育者の知能が低いからその暴力行為は習慣となり、相手を叩かないと気が済まないというクセになること。

 解りますか? 公務員の皆さん、世間を「これは愛のムチ」なんてウソを言って騙し暴力に及んでいる教育者も、相手が弱いと見たらいじめ続ける生徒たちも学ぼう。すぐに暴力を振るうのは自分の能力が低いから暴力に走るのであり、その能力が低いのは知能が低いからであるが、そのことを自覚してますか? 

 だから、暴力教師が暴力を振るわなくなるためには、そして他の生徒をイジメるのをクセになっている生徒が暴力を振るわなくなるためには、知能を上げるしか他に方法はないということだ。つまり勉強を重ねて、何が正しくて何が悪いことかの道徳心を養うことだ。桜宮高校で暴力行為を行った教師もその現場周辺にいて見ていながら止めなかった教師たちも同罪。

 とにかく教育者の中には、自分の給料や退職金に関することは執着し利得は追い求める(※)のに、道徳心のかけらもない人をよく見かける。


 それと、教育現場だけではなくて自治体の行政現場でも同じで、公務員組織にはお互いにかばい合い隠ぺいする体質がある。

 大津市での事件もそうだったが、教師に何か問題があればすぐ、隠そう、隠そうとする。それは自分たち上司に責任が及ぶからは明々白々。隠せば後で問題が大きくなることはこれまでの学校現場での公務員らが起こした事件を教訓にすれば解ろうはずだが、公務員の皆さんは前例を教訓として学ばないのか、一向に改まらない。公務員の習性として所謂、“組織保身”が働くのであろう。

 公務員の皆さんは自分たちが置かれている立場がどうも解っていない。

 かつて私が市議会議員をしていた時のことです。

 不正な予算投資や違法業務を繰り返す市長の不遜な態度を見て、「どう考えても市民のお金である市の予算を市民の金だと思っておらず、市長になれば違法であろうが適法であろうが自分がやりたい形で出来るものだと思っていて、憲法や地方自治法や市の条例などの法律はそんなもの程度に思っているな」と考えた私は、市議会の一般質問で市長に、こう問うた。

 「市長もわれわれ市議会議員も同じように公務員という市の予算から給与と報酬をもらっている、そういう立場にあります。その市の予算は国民の税金である国からのお金と、県民の税金である県費と、室戸市民の税金であるおカネで成り立っています。それらのすべてが市民のお金であることは疑いようもなく、その中から給与と報酬は支出されています。ということは、市民が私たち公務員の雇用主でいわば“社長”的立場で、私たち公務員はその市民に雇用されて働いている“従業員”に該当します。私はこう考えているが、市長はいかがお考えか」。

 すると、市長はこう答えた。「私は市民が社長で公務員が市民に雇用された立場だとは思っていない」。後は筋の通らない理屈でしかなかった。これがすべての公務員の考え方と思って間違いはない。

 つまり、私が何を言いたいのかというと、桜宮高校の顧問という教師も、室戸市だけではなく全国の公務員がその町や村の住民に雇われその住民の税金から給与をもらっていることを全く理解していないということだ。

 ある者は「おれはもう市職員ではなくて市長だ。市長になり偉くなったんだから、市の金は自分が使いたいように使うんだ。次の市長選で『あの施設は私が企業誘致して建てたものです!』と言えるから違法であろうが無かろうが、建てるんだ」などと言う。

 こうして、特別職公務員である首長や地方議員も含め、全国の公務員はその町や村の住民に雇われその住民の税金から給与をもらっていることを全く理解していないまま職務に付いているということです。

 もし、そういう理屈を理解していれば自分が給料をもらっている父兄の子息をいじめる事はないと言え、故に、公務員全体が自分は誰から給料をもらっているのかが解っていないと言える。なぜならば、自分が毎月、分不相応の給料を貰っている人の子どもを死に至らしめることはないからだ。住民に選挙で市長にさせていただきながら市民のお金を違法な事業に使うことはないからだ。つまり、根本的な基本を解っていないから、教師が生徒をいじめて死に至らしめているし、市長や議員が違法な政治をやっておりながらそれを認めず、事業に賛成し、実行し、住民に被害を与えている、ということになる。

 違法な政治を止めるのも聞かずに平気で進めている市長も、生徒をイジメていじめて終には死に追いやったとんでもないワルの教師も、公務員としては同じ体質にある。自分がやっていることが悪いことと知りながら実行しているからだ。

 小松室戸市長も桜宮高校の教師と同じように、元は室戸市職員の公務員だった人。だから、「室戸市民に雇用されているとは思っていない」と答弁したのであろう。

 ここで全国にいる全ての公務員の皆さんに申しておきます。

 あなた方はあなた方を監督する市町村の教育委員会、そして都道府県の教育委員会の管理下にあって、国民と県民、そして自治体を支えているあなたが勤務する町や村の住民、この方々によってあなた方家族の生活は支えられていることをまず認識し、そのうえで、それらの大勢の皆さんに感謝し、そのことを忘れないようにし、日々研さんすることです。

 そして、学校や行政の自分の職場においては、片時も「私は日々忙しい住民に為り代わって働くためにここに雇用された立場。給料を下さっている住民が“社長”。その社長に叱られないように、公正で、公平で、適正な業務を行う使命がある。違法や不正や人に言えないような行いはしてはいけない」と肝に銘じ、職務に専念していただきたい。

 小松市長は最初に出馬した市長選の街頭演説において、「私は公正で、公平で、適正な市政運営を行ってまいります!」と宣言しました。その後、市長になったら途端に変節。すでに倒産状態にある指定管理者の企業に6000万円もの市民の金を条例違反となる赤字補てんを行い、高速バスターミナル建設事業に関しても違法を行い、それを私に指摘されると「これは適法だ。このまま管理運営を継続する」などとうそぶいたが、このようなことは市のトップとして絶対にあってはならない行為。

 私は、公務員生活を長年続けてきて一般社会での経験が未熟とみて、市長を諭すように、こうお教えした。

 「人間だから誰にだって過ちはあります。しかし、その過ちを指摘され、それに気づきすぐに改めれば誰もそのあとは何も言いいません。しかし、市長のように違法であると知りながらいつまでもそれを認めないし、一向に改めないし、改善案までこちらが考えて提案してもその違法を改めもしないということになると、違法に加担して賛成する議員はともかくとして、公正であるべき行政組織を真剣に考えている私は改めるまで何度でも問い質します」。

 しかし、六回(六議会)も同じこの室戸岬高速バスターミナル建設に係る事業が違法な事件であり改めるべきと問うたが、市長は最後まで改めませんでした。市長の後援会もこの事業が違法と認識していながら、だれも市長に向かって「おい、谷口があんなに言っているじゃないか。改めろ」とは誰も言わなかった。

 なぜそれが分かるかというと、市長選が11月に行われる22年の1月に発行した小松市長の後援会新聞に掲載されたこの建物の写真、あれを見ればよくわかる。この建物を正面から撮影すればその違法部分である徳島バスの社員宿舎が写り込むと考えた市長と後援会幹部は、建物を西側から撮影した写真を後援会新聞に掲載したからだ。誰しもが自分の「成果」と考えていることは大きく見せて自慢したいもので、それをそうせず小さく見える角度から写した写真を掲載したということは、不正な建物部分を隠す意図が後援会幹部にあったと確信する。

 私は市長と担当課が行った違法事業を市議会で追及している立場だったのでその新聞は当家に配布してこなかったが、友人から新聞を渡され見て、笑ってしまいました。「そんなに不正と分かっているなら改めれば済むことを。姑息なことをするもんだなあ」と。そのこと一つとっても、後援会全体とはいわないまでも、後援会幹部らも市長が行った事業が違法であると認識していたことは明らかである。(室戸市議会特捜部の部長だったから、裏でやろうが表でやろうが、悪事はすべて解るんです)

 それを違法と知っておりながら事業を進めたのは、市長と担当課職員、そしてその1444万円の事業費(50%が県の補助金、50%が市民のお金である市費から払う借金)を支出した高知県市町村振興課の職員たち、それと私が提出した住民監査請求に対しその違法事件を不問とした2名の市監査委員(一人は元市職員で、もう一人は現職の女性市議)。

 そうやって公務員たちはみんなでお互いをかばい合い、そして問題や事件を無かったものとして隠ぺいする。

 それが言わば、職業的な習性となっているのだから、癖が悪い。

 いつまでたってもその“病い”が完治するわけがない。

 大津のいじめ事件もそう、大阪市でのいじめ事件もそう、室戸市が行ったバスターミナル違法事件もそう。公務員はみんなで庇いあって、退職まで無事に生きながらえたいと思っている。そして分不相応な退職金をもらって楽しい老後を過ごそうと考えている。そうとしか考えられません、私には。

 因みに、室戸市が行ったその違法事業を最後まで止め、改めるように言い続けた議員は私だけ。だから、市政をゆがめた一味から市議選で「あいつを落とせ」と広める選挙妨害に遭い、あえなく落選してしまったのです。証拠をつかんでいるんだから、言い逃れのしようがない、これも室戸市で起こった一つの事件。

 又、この建物は今も室戸市室戸岬町津呂の室戸岬港にある県有地に違法状態のまま建っていて、現在も事件を見聞をすることができますので、全国の地方自治に関わっておられる方々は是非これを反面教師のモデル建築として活用されることをお勧めする。

 公務員と元公務員が行う「悪政」とはこんなもんです。

 勿論、公務員みんなが悪い人だとは思っていませんし、そう言っているわけではありません。

 室戸市職員でも大半は真面目で公正な政治を追及しながら職務に励んでいると思っています。友人もたくさんいる。私が選挙妨害があった23年4月の市議選で落選した後、それまでいろいろと教えてくれたことに感謝して職員に別れのあいさつをして回りましたが、中には「私は谷口さんに投票したのに、残念です。谷口さんが議会にいないとこれから市議会はどうなるんですか」とうれしい言葉をかけてくれ、涙を流さんばかりの職員がたくさんいて、こちらが「まあ、仕方がない。頑張ってよ」と肩を叩いた職員もいる。

 但し、ある課長は「企業誘致になるから違法でもいいじゃないか、そこまで言うかえ」と腹を立てた市職員もいた。だから、市の幹部職員の中には法律を守ることの大事さを余りよく認識していない者もいるのは確か。

 ま、こういう職員も中にいるにはいるが、行政運営に不正があるのは上司の命令を受ける側の行政職員の所為ではなくて、むしろそれを命令する側の首長に一番問題がある。

 そして、議会に上がってきたその違法や不正が混じった議案に賛成して通してしまう議員たちにも大きな問題があると言える。

 この首長と議員。この特別職公務員が悪いから、自治体においての違法などの不正事業があとを絶たないということになる。「首長と議員」、これはいわば「県教委や市町村教委と校長など学校幹部」と置き換えて考えることもできよう。

 「首長が行った不正を不問にして賛成して住民にその事実を知られないように隠そうとする体質の議会」と「学校現場で起こる不正を不問にしてもみ消し隠そうとする体質の教育委員会」など、ここの体質が悪くていつまでたっても体質改善が行われていないから、部下である行政職員と学校教師の中の悪い職員と悪い教師が行う“不正を推進する行為”と“不正な教育行為”などの不正行為が後を絶たないのである。

 重要なのは、ルールを守ること。ルールとは、まず日本国憲法であり、国家公務員法や地方公務員法、そして自治体においていは地方自治法などの法律、そして条例や規則や要綱等々、それを守ってこその公務員だ。若く20歳ぐらいにその組織に入ってきた時にそれらの法律を守ることを約束して入って来たではないか。

 そしてもう一つは、道徳心だ。法律と道徳心。このどちらも欠けてはならない。特に公務を行う公職に関しては。

 体育部の顧問であろうがコーチであろうが、監督であろうが、叱咤激励は正しい。しかし、学校現場でこれら競技を教える側の人間がこの「叱る」ことを楽しんではならない。

 横着者の部員なら、一度ぐらいひっぱたいてもいい。しかし、二度め、三度めはない。二度も三度も横着な態度を見せる部員はすぐに退部させればいいだけのことだ。何度も何度も殴り、ひっぱたき倒すなんてことは教育の場でやることではない。況してや桜宮高校の事件はそのバスケット部を引っ張っていた責任感のある生徒だったそうではないか。それを、「この部を強くしたい、強くしたい。そうすれば全国で自分が名コーチだ、名監督だと言われ評価される」なんてことを考えているから、殴ることを正しいことだと勘違いしてしまうになる。

 そういう教師と知りながら全国大会で優勝したいがために「体罰という教師によるイジメ」を放置してきたのは、教育委員会と校長など高校幹部たちだ。

 大津市でのイジメは生徒が生徒を殴って死に追いやった事件。大阪市でのイジメ及び虐待は先生が生徒を殴り続けて死に追いやった事件。この両方ともが校長や学校幹部がその事実を隠し、教育委員会もその一端を知りながら黙認してきた事件。

 根本的に悪いのはこれらの人たちであり、まず全国の都道府県と市町村の教育委員会と学校長などの幹部に対し、「生徒によるイジメと、学校教師によるいじめがあれば、小さな出来事であろうが全て報告」させ、そのような教師がいればすぐに懲戒免職にし、公務の場から排除することです。そうして何人かを晒し者にすれば、これこそ“反面教師”で、ひどい行いをする教師は全国からいなくなるはずだ。

 自治体組織においては、憲法や地方自治法などの国の法律、市町村に係る条例や規則などを破り違法な事業を行った場合は、それに関わった首長と職員、そしてその議案に賛成した議員は懲戒免職にする。こうすれば、これも“反面教師”となり、全国の自治体から不正な事業を行う首長や議員はいなくなるはずだ。

 地方自治法など法律と思っていない室戸市長を見て分かるが、このくらい厳しくしないと公務員が悪事を働くのはなくなりません。私はそう思っていますね。8年間、室戸市議会議員をしながら市長という立場の人間を見、市職員という立場の人間を見、市議会議員という立場の人間たちを見てきて。

 要は、いつまでたってもぬるま湯につかった状態で、組織の上が厳しくしないから不正を行う首長や行政職員、議員、教師などの公務員の悪事がなくならないのです。

 しかし、生徒をいじめる生徒も悪いし生徒をいじめ虐待し続けた教師も悪いが、学生は学校に行ってなぜみんなが真面目に勉強ができないのかと思うし、公務員も役所や学校に勤務していてなぜみんなが真面目に職務を行えないのかと思う。

 真面目にするって簡単なことなのに。

 それは、そこに「怠慢」とか「傲慢」とかいう人間の自堕落な部分が表出しそれが慢性化してしまうんでしょうね。


(※)この記事をご覧あれ。地方公務員の給与削減に関するこのニュースを見れば、公務員の皆さんが子どもたちに対する学校教育よりも自分の余生に関わる利益を如何に優先させれば得するのかにウエートを置き苦心しておられるのかがよく解ります。

 「国が良くなることよりも、自分の人生。他人の子供よりも自分の子ども。町が良くなることよりも自分の家族」。

 私だけはそんな人生は恥ずかしくて町を歩けないと思って生きてきたが、皆さんはそうじゃないんだと、この七十の歳を聞こうとする年齢になってようやく気が付きました。
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公務員特集:(3)公務員は職に甘えてはならない

2013-02-24 | 公務員のあり方
 (1月24日の記事を再録)

人生を振り返ると、自民党については20歳の選挙権を持った時からずっとぶれることなく支持してきた。だが、平成21年3月、自民党政権は公明党から要望された「定額給付金」を国民にばらまく政策を実施した。それを見て、「平成21年の衆院選が近いからと国民を買収しようとする政党なんか、当てにならん」と考えて自民党を支持するのは止め、縁を切った。

 議員としてそんな金は受け取れないと決めた上、市議会でも「国民を買収するような自民党の政策は行ってはならない事業だ」と批判。自民党員の同僚議員からは「そんなことを言いながら、金はもらうんだろう」と罵声が飛んだが、自慢ではないがそれほど卑しい人間ではないので、私はそんな買収の金はもらわなかった。

 だから、室戸市議会でその“買収”の金をもらわなかった市議は私だけで、他の議員は全員「貰えるものはもらった方が得だ」と言ってそれを手にした。

 その後、民主党は国に金がないことも解らずにバラマキ政権公約で衆院選に臨んだが、私はそんな卑しい民主党なんか相手にせず、自民党を離党した渡辺氏の奥さんの弁に感動、みんなの党を夫婦で支持した。

 どこが良かったのか気がしれないが、県議ともどもヘタレ民主党を支持してきたどこかの市長は、初出馬の選挙後に支援した県議と市議と後援会幹部のところを回って金を配り公職選挙法違反「事後供与」に該当する犯罪を行ったが、こういうことごとく法律を守らない無法者の政治家たちと違い、「武士は食わねど高楊枝」で、私は金で政治をゆがめる人間や政党を支持も支援もしない正直者である。

 因って、裏でこそこそと不正なことはしない人だと信じ先の首相時も支持していた安倍氏が総裁選で返り咲いたことから、「安倍氏ならばもう一度支援しよう」と夫婦で話し合って決め、衆院選では素人政党から政権を奪還すべく戦う自民党に投票した。

 さて、前置きが長くなったが、その安倍自民党が教育改革の一環として「ゆとり教育」を見直すという。大変いいことで、私は上記の「ゆとりなんか、くそ喰らえ」の記事でもお分かりのように教育に関しても同意見を持っていて、この政策も全面的に支持する。

 学生たちは勿論のこと、教師と行政職員ら公務員にも「ゆとり」を与えてはならない。

 学校の教師と自治体の職員。これら教師と学生と公務員にはもう一度、以前のように、土曜日は半ドンにし、学生は半日通学させて勉強をさせ、当然、教師も半日は学生に勉強を教え、行政職員たちも同じように役場に行って職務を行うようにする必要がある。

 “以前の、土曜日が休日になった時に貰っていた給与は半日分、減額されたのか。給与は削減されないまま半日休んできたのではないか”。

 この点は知らないが、もし半日分、つまり一か月勘定でいえば約二日分、休んでいながら給与をもらっていたことになり、当時に給与減額が行われず今までずっときたのならば、公務員全員を「給与泥棒」と呼んでもよく、その分の給与は国や都道府県に返還すべきだ。

 こんなに一週間、土曜日まで働くという当たり前のことをやめて土曜日を休日にした原因は、先にも書いたが、アメリカが「日本人は働き過ぎぐらい働くから、アメリカの車が売れなくなったじゃないか」、「日本人は働き過ぎだから、休め」と言ったから。こうして日本に今のような週休二日制は導入された。

 今更の話だが、アメリカのいいなりになる日本の政治家は、間違っている。いくら友好国であっても、アメリカに向けて「そんなに日本のエコノミック・アニマルぶりが怖ければ、あなた方アメリカ人も日本人に負けないほど働いてみよ!」、「ならぬことは、ならぬものです」も言えなかった日本の政治家たちは、能力が無さ過ぎたといってよい。


 それはともかく、昨日の新聞にこの「ゆとり教育」廃止政策の記事が掲載されていた。

≪公立小中高校の土曜授業 復活を検討 文科相表明「脱ゆとり」図る   (2013/1/16  読売新聞)

下村博文文部科学相は15日、閣議後の記者会見で、公立小中学校の土曜授業を復活させる学校週6日制について「どのような課題があるか、省内で整理している」と述べ、導入に向けた検討を始めたことを明らかにした。授業時間を増やして学力向上を図る狙いがあるが、教員の増員など課題も多く、実現までには曲折も予想される。

 下村氏は記者会見で、週6日制復活に付いて、保護者の8割超が賛成しているという調査結果を紹介した上で、「世論の理解はある」と語った。文科省は今後、導入に向けた課題を整理したうえで、具体的なスケジュールなどを詰める考えだ。自民党は先の衆院選政権公約で、土曜授業の復活を盛り込んでいた。

 学校週5日制は、「ゆとり教育」の一環として、「子どもが個性を生かしながら豊かな自己実現を図る」ことを目的に1992年(平成4年)から月1回、1995年(平成7年)からは月2回と段階的に施行され、2002年(平成14年)度から完全に実施された。その後、児童・生徒の学力低下が指摘されるようになり、安倍首相は第1次安倍内閣当時、学習指導要領改訂の検討に際し、「脱ゆとり教育」を掲げた。2008年(平成20年)に告示された新学習指導要領では授業時間が増え、東京都など一部の自治体では土曜授業を実施するようになった。(後略)≫


 輿石幹事長ら日教組に関係する社会党系議員が大勢いてそれらが民主党を牛耳ってきた所為で民主党政権において「脱ゆとり」政策は行われてこなかったが、12月に自民党政権になってようやくその本格実施が決まり、緩んでいた子どもたちの精神もこれでしゃきっとするだろうと、今は安心して見ている。

 こうしてこれから企業社員と公務員が土曜日も半日働くようになれば、日本の経済的・教育的活力が上がるのは明白。

 そのかわり、企業が動くと商品はたくさんできるから、営業が今以上に動かないと商品がだぶつくことになる。

 又、学校に関しては、「週6日制を復活させた場合、教職員の労働条件に関する法令の改正や教職員の増員が必要となるし、学校現場ではいじめ対策などで教職員が多忙になっており、6日制になればさらに負担が増える」などという声が出ているらしいが、この学校現場の不満に対し、私から厳しい指摘をしておきたいと思う。

 問題は「ゆとり教育」というと学生に関する問題と普通は考えるが、企業と学校などが週5日制になれば、公務員の勤務時間にも大いに関係する問題であるので、先ほども少し指摘した「土曜出勤を廃止した時、公務員給与は減額したのか」について問うておきたい。

 「学校週5日制」が導入されたのは平成4年と聞いた。その頃、国家公務員及び学校の教師と自治体職員ら地方公務員は、月曜日から金曜日までの5日と、土曜日半日の、実質一週間に5日半、働いていた。これは間違いなかろう。それが「ゆとり教育」など週休5日制による勤務時間の短縮によって、それ以降、半日休みが月に約4回になったのだから、半日が月に約2日分、つまり、平成4年以降に公務員の職にある人はひと月に休みが月に約2日増えた勘定だ。

 私が言いたいのは、以前の形に戻すだけだから、公務員は、「週6日制を復活させた場合、教職員の労働条件に関する法令の改正や教職員の増員が必要となるし、学校現場ではいじめ対策などで教職員が多忙になっており、6日制になればさらに負担が増える」などということはない。そして、これも言っておかなくてはならなしが、「休みたければ2日分の給与を減額して休めばいいが、そんな形で休みが増えた時代以降、公務員は月に約2日分の給与を減額したのか」と問わなくてはならない。

 要は、自分たちの都合のいいことだけ並べ立てて要求してはならないということだ。それが嫌ならば、その公務員の職を離れるしかない。あの、公務を行うことを約束して職に付いている教師がもし日本国旗と国歌が嫌いならば、公務員という職から離れなければならないのと同じだ。公務員とはそういう立場にある職務・職場だとの認識がいる。


 今日も、私は喫茶店でマスターと新聞で報道されたこの「脱ゆとり」に絡んで、この教師や自治体職員の給与に付いて意見を交わしたものです。

 「あのとき、公務員は職務が減って月に約二日休みが増えたことを考えると、給与は減額されて当然よなあ」と私。「あれは減額されたかどうか、おまんは知っちょうか?」と聞いた。

 店主、「知らんきんねえ。そう考えるとそうだよねえ。企業においても週6日制から週5日制になったら、給与は減額されて当然だし」。

 私、「まー、それは企業経営者たちが『このままでいい』と言えば、そのままでいいし、『削減しよう』と決めたらそうしたらいいだけの話だろうな。しかし、公務員はそうはいかんはなあ。住民に雇用されて給与をもらい、勤務状況を基に規定があって増額されたり減額されたりしている立場だからね。公務員としての勤務時間が減少すれば減額すべきは当たり前の話よ。そう思わん?」。

 店主、「そういうことにならあねえ」。

 そこで毎日、ヒマを持て余しているので、その点を帰宅してから計算してみた。一年で、月2日分×12カ月=24日分となり、それが20年間続いたんだから、24日×20年=480日分となる。つまり、20年間で一人約480日分の給与が何も働いていないのに支払われたということになる。で、平成23年度の国家公務員数は64.1万人で、地方公務員数は281.4万人だから、その人数に先の480日分を掛けると全国の公務員が20年間に休みを働いたとしてもらった給与総額が出てきます。(ま、公務員ぞれぞれ給与が違うので一律には計算できませんが)

 あなた、あなたです、ヒマならこれをちょっと計算してみてくださいな。とんでもない巨額の金が働きもしてない公務員に渡されてきたことが解るだろう。これだから、日本の国の借金が1000兆円にも膨らむわけだ。言わば、日頃から「国の借金を膨らませてきた」と政治家を批判している公務員たちがこの日本の国の借金を膨らませていると言っても過言ではない。

 もし私が計算した通りに全国の自治体と学校の教師全員に支給されていたとならば、これは大問題。安倍総理にはこの件を調査したうえ、この金の返還事業を大々的に行ってほしいものです。

 今回、自民党が教育改革すると言うと、日教組や教師・教員らは『教職員の労働条件に関する法令の改正や教職員の増員が必要となるし、学校現場ではいじめ対策などで教職員が多忙になっており、6日制になればさらに負担が増える』などと、自分が得をする時には黙って金を懐に入れ、仕事を増やされたら不平不満ばっかり言って自民党の政策を批判している。ほんまに、この野郎だ。


 あのアメリカ発の圧力を受けて日本も企業と公務員の勤務は6日制から5日制に替わってしまったのですが、その時、私は妻や知人に「こんなことをしていたら、きっと日本の経済的活力は低下するし学校教育の箍(たが)は外れて子どもたちの学力も低下する」と話し警鐘を鳴らしたが、言った通りになった。

 その「ゆとり」と称する業務“怠慢”によって企業活力は低下し、教育に関する活力と意欲も完全に低下してしまいました。

 でも、思う。政治家や国家公務員等の有名大学を出た人間たちがなぜアメリカのいいなりになって「ゆとり」などということを始めたのか。私にはそれがどう考えても、解せん。賢い人間ならば私でもわかるそんなことはしないはずだから。

 「失われた20年」とかいうが、これらの問題を考えると本当に、平成4年以降平成24年までの20年間の日本は国の良さが失われた二十年だと実感している。

 でも、本当に大学を出た人間でも信用ならないし、信頼なんてできない。なまじっか大学を出ていないで真面目に生きてきた人間の方が、もっと信頼と信用できる。

 最後に。

 先ほどの「週5日制になった時に公務員の給与は減額されたのか、それともそのまま働いてもいない日の給与を二十年間、全国の公務員らがもらい続けてきたのか。それとも、週休二日制が導入された1992年当時にその分(月に約2日)は給与から削減されているのか」をご存じの方はお教えください。

 もしも国家公務員と地方公務員の勤務に関し、月に2日休日が増えて勤務の日が2日減少しているのに給与はそのままだった場合、私はこの問題を当電子情報誌上で批判を全国展開し、自民党にも元公務員と現職公務員からこの分の返還を求めるよう要請したいと考えている。

 申しておきますが、これは無理難題なんかじゃなくて、「道理」というもの。賢明な方々はお分かりだと思います。
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公務員特集:(4)公務員給与の超過支給

2013-02-24 | 公務員のあり方
 (再録)

公務員特集の(3)で、こう書いた。

 ≪そこで、その点を帰宅してから計算してみた。一年で、月2日分×12カ月=24日分となり、それが20年間続いたんだから、24日×20年=480日分となる。つまり、20年間で一人約480日分の給与が何も働いていないのに支払われたということになる。

 で、平成23年度の国家公務員数は64.1万人で、地方公務員数は281.4万人だから、その人数に先の480日分を掛けると全国の公務員が20年間に休んだのに働いたとしてもらった“土曜日半ドン”分の給与総額が出てきます。(ま、公務員ぞれぞれ給与が違うので一律には計算できませんが)

 あなた、ヒマならこれをちょっと計算してみてくださいな。これを計算すればとんでもない巨額の金が働きもしてない公務員に渡されてきたことが解るだろう。これだから、日本の国と地方の借金総額が1000兆円にも膨らむわけだ。言わば、日頃から「国の借金を膨らませてきた」と政治家を批判している公務員たちがこの日本の国の借金を膨らませていると言っても過言ではない。≫


 そこで私も、「480日分」とは年間給与に換算すればその額はいったいいくらになるのかと考え、自分でネット検索を行いちょっと調査してみました。

 まず、この数字「480日分」に休日は含まれず、すべて勤務した時間に対する給与であることはわすれてはなりません。

 下調べをして解ったことは、国の「一般職の職員の勤務時間、休暇等に関する法律」の規定により、 「1週間に40時間」、「土曜日と日曜日は週休日」というのが原則とされており、 普通は月曜日から金曜日までの間に1日8時間の勤務時間が割り振られている。また、「1年間は、52週と1日」ということも解りました。

 ということから、「1年間は52週と1日で、国家公務員は1週間には土曜日と日曜日を除いた5日間に40時間働いている」ということになる。だから、1日は“7分の1週”であることから、「1年間は52週と1日」は「1年間は52.143週」となる。

 それを上の「国家公務員は1週間(5日)に40時間労働」に当てはめると、国家公務員の年間勤務日数は「1年間は52.143週×5日=1年間に260.715日勤務」していることになる。(※ここで「0.715日」は切り上げて「0.72日」とする)

 これを基にして「480日」とは何日分の給与となるのかを考えると、480÷260.72=1.84年分となる。

 つまり、もし国家公務員が1992年以降、土曜日に勤務しなくなったのに給与はそのまま勤務している状態で20年間もの間支給され続け、それを何の問題意識も持たずに受け取っていた場合は、1年間に1.84年分の給与が超過して支給されていたことになると解った。

 以上のことは地方公務員に関しても同じように準用されてきただろうから、地方公務員に関しても「480日分」である「1.84年分」の給与が超過して支給されていたと解る。

 そこで計算して問題を明らかにしておかねばならないのは、その「1.84年分」が給与の金額に換算すればいくらになるのかである。

≪土曜日の半ドン(半日勤務)がなくなったにもかかわらずそのまま20年もの間、給与が支払われていたとすれば、国と地方にどのくらいの被害を与えているかの一考察≫

 まず、「国家公務員の平均年収額と地方公務員の平均年収額はいくらになるのか」を考えた。

 そうして出てきたのが次のサイト。「公務員給料&年収」

 国家公務員の平均年収額は、662万7000円。地方公務員の平均年収額は、728万8000円。

 これは平成18年度版だから現在から言うと6年間のタイムラグがあるので、あくまでも参考のため、この数字を上記の国家公務員数(64.1万人)と地方公務員数(281.4万人)に当てはめてみた。

 国家公務員の場合:一年間の平均収入662万7000円×1.84年分=1219万3680円

 これは国家公務員一人あたりの年収だから、1219万3680円×全国の国家公務員数641000人=781614880000円となる。これは、7兆8161億4888万円だ。

 他方、地方公務員の場合:1年間の平均収入728万8000円×1.84年分=1340万9920円

 これは地方公務員一人当たりの年収だから、1340万9920円×全国の地方公務員数2814000人=37735514880000円。これは、37兆7355億1488万円だ。

 全国にいる国家公務員と地方公務員が1992年以降、土曜日が休日になったにもかかわらずその半日分の給与は削減せずに20年間支給されていたとすれば、次のような膨大なお金が国と地方自治体の財政から失われていたことになる。

 国家公務員に対して行われてきた不正な支給額・・・7兆8161億4888万円
 地方公務員に対して行われてきた不正な支給額・・・37兆7355億1488万円
 合計金額は、45兆5516億6376万円にも上る。・・が、端数は切り捨てているので、実際はこれ以上の50兆円は優に越えているでしょうね。


 順序立てて計算するのは大変でしたが、しかしすごい金額ですねえ。これがすべて、国民の税金ですからねえ。もしかすると、この金がいま国と地方にあれば消費税は増税しなくてもいいかもしれませんね。

 全国の皆さん、どうしますか。これを告発しましょうか? 

 もしですが、「土曜日が休日になり週休二日制になった時、給与がその分削減されていなかったら」の話ですが、私たちはそんな話をそれ以来聞いたことは無かったので、多分、貰い続けてきたと考えています。もし公務員が仕事は休みなのに給与は削減されないまま貰い続けていたとしたら、大問題。

 それなのに、日教組や学校に勤務している教師らは「週6日制を復活させた場合、教職員の労働条件に関する法令の改正や教職員の増員が必要となるし、学校現場ではいじめ対策などで教職員が多忙になっており、6日制になればさらに負担が増える」と文句を言っているそうだ。

 私に言わせれば、ふてえ野郎どもだ。

 「文句を言うなら、貰いすぎている45兆5516億円の金を返してから言え」。

 「地方公務員が国家公務員以上の給与をもらうとは何ごとだ。早く国家公務員よりも少ない額に給与を下げろ」。国民は苦しい生活を強いられているのに、公務員ばかりが富を築いてこの国はいったいどうなるんだ。このままでは日本は、あの公務員ばかりが集り人民を弾圧し言論統制をしながら独裁政治をやっている政治家のいないゲゲゲの国の、中国みたいになるぞ。 

 その50兆円の金を国と地方自治体に返還するか、自民党政権が行う教育改革に黙って従うかだ。

 文句を言うのをやめて従えば、潔いと判断し、金は返さなくてもいいということにしようじゃないか。

 見てみなさいや。あなたが住んでいる町や村でもそうだと思うが、どうせ国民の中でも公務員は一般国民・住民よりも給与水準は高くて大金持ちのうちに入り、退職すれば5000万円(※)は下らない預貯金もあって生活には困らないんだから、定年まで国民や住民のためを思って黙って黙々と働けばいいんです。

 因みに、45兆5516億6376万円を公務員一人当たりにすると、45兆5516億6376万円÷3455000人=1318万4273円となる。

 公務員一人に換算すると、あの週休二日制施行以来、もし給与削減が行われていなかった場合、20年間で1318万4273円という本来は支払わなくてもいい給与がそれぞれに支払われてきたということである。


(参考)※「5000万円」について

 自治体職員がもしふつうに堅実な生活を40年間してきたと仮定する。20歳に採用されて50歳になるまでの期間の貯金に関しては除外し、50歳で課長及び課長補佐になり室戸市のように年間に600万円から650万円の給与をもらったとすると、一般住民は年間300万円前後の収入しかないことから、その期間で年約300万円から350万円の貯金が可能となり、60歳の退職までには10年×300万円=3000万円(3500万円)の貯金が可能。加えて、退職時には退職金が2800万円前後の退職金が支給されるので、退職時には3000万円(3500万円)+2800万円で、間違いなく6000万円は超える貯金が可能。

 これは、室戸市のような人口が約13000人の町でも、500人しかいない村でも同じで、大都市でもない限り、小さな市や町や村ならば大体同じような公務員給与だと認識しており、室戸でも馬路村や北川村でも人口が500人を切っている大川村であっても、退職する公務員がその程度の貯金は持っていると考えて間違いはない。

 だから、室戸市議会には定数14名のうち、半分の7名が元市職員だが、そのうち40歳前後に途中退職した2名を除くあとの5名は定年か定年間際に退職した議員だから、全員、その程度の貯金があった上で市会議員になった人と言えます。

 室戸市民の皆さん、そんなことを知っていましたか?

 「退職して貯金も6000万円を超えたけんど、年収が450万円ある市会議員を3期72歳までやればこの貯金を使わずにそのまま残る」。

 皆さんはそんな大金持ちである元市職員の老後の生活を助けるために市議選で投票したんですよ? そんな事情を知っていて応援しましたか?
 

 しかし、昨日も現職の室戸市職員と話していて、「谷口さん、ほんまに元市職員の市会議員が7人もいることは異常としか言いようがないですよねえ。他の自治体の議会に7名とか定数の半分が元行政職員というところがあるやろかねえ」と嘆いていたが、本当に異常事態。

 それでも市議としてかつての私のように市議会において言うべきことを言えれば問題視しない。それこそが地方議員としての職責だから。だが、「それはよう言わんろね。かつて自分がいてやっていたことに絡むきんね」(先の市職員)と言うように、大半が“安住の地を得た”とばかりに議席で座ったまま。4年間に1度か2度、登壇してお茶を濁すような仕事ぶりだった元市職員の市議もいる。そういう議員ならば許されない。なぜならば、議員それぞれが住民から負託された職責を担った地方議員だからだ。

 他方、市職員が次々と市会議員になることを冷静に考えると、一般市民が定数14名の市議選で当選するのと一般市民が7名で元市職員が7名の合計14名当選するのとを比較すると、後者の場合は7名の一般市民が大金持ちの元市職員に職を奪われて議員になれないという状況が生まれていることになる。元市職員よりも有能な企業人が会社が倒産したり離職したりして職がなくて困っている人は室戸市にたくさんいる。それならば、6000万円以上も金を貯め込んだ元市職員を議員にしてやり悠々自適の人生を歩ませなくても、職場がなくて困っている有能な人物を議員になってもらう方がより有効的だ。

 これぐらいのことは市民どなたにも解るのではないか。

 思うんですよ。これでは室戸市役所はやがて市職員と、元市職員の市長と、元市職員の議員に席巻され、今以上にナアナアで不正や違法などの事業が議会で決まり実施されてしまうのではないかと。そう危惧している。かつての私のように、議会で違法や不正な事業計画を見つけては「待った!」を掛け「改めよ」と言える、そんな議員は出て来ないかも。

 しかしです。こういう状況を生んだのは誰でもない、室戸市民の選択。つまり、室戸市が悪くなればなるほど市民の判断が悪いからということになる。市政が悪いのは、すべて市民の所為。最後は自分たち市民に人物を正しく判断できる能力がないんだから、市民が責任を取ればいいといえるのだが・・・。

 これらの状況を視点を変えて考えてみると、いわば市民は大金持ちである元市職員の市会議員と一緒に心中しようとしていると言っても過言ではない。


※電子情報誌「高知発!青空エクスプレス」のアクセス数は、2月24日(日)付けGooブログランキング(183万0470ブログ)中、4004位でした。
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公務員特集:(5)自治体職員が持つ「行政知識」とは

2013-02-23 | 公務員のあり方
 先日、記事の中でこう書いた。

 ≪私が議員のバイブルだと思っている『議員必携』すら議員が持っていないんだったら、どこかの元市職員で助役までしたほどの議員が選挙前のあいさつ回りで市民に話したという「市会議員の中で私が一番行政知識があるので…」と言ったことと同じで、その議員は自治体が行う地方自治を解っていないと決め付けてよい。≫

 その文章に関連して書く。

 「市会議員の中で私が一番行政知識がある」と言ったその議員はどんな議員だったか。

 市長が議会に提出した条例違反となる不正な財政支援の議案に賛成したし、違法な事業計画には一度は反対したものの賛成多数で可決すると以後は全く疑義を唱えなくなった、コンプライアンス(法令順守)精神に欠けるといってもいい議員。

 それらの不正な議案に賛成して「問題なし」としてしまったのは他の議員もそうだったのでこの元市職員だけが違法な事業計画に無頓着な議員なのではないが、選挙前に市民に向かって「私が市会議員の中で一番行政知識がある」と広め当選した手前、行政において憲法や地方自治法などの国の法律、そして地方公共団体である室戸市において規定し制度化してある条例・規則・要綱等々に関してルーズに扱ってよいわけはなく、厳しくそれらの法令を守ってこそのまちの公僕ではないか。

 いや、「地方議員として正しい政治を行うこと」を基本として議員選において当選し市民から報酬を貰っている以上、議員全員が法令をよく守って地方自治体の監視役として勤めなくてはならない。

 その議員は特に「おれが一番自治体における法令を知っていて、それに準じて正しく行政業務を行うことを知っている」と宣言したからには、「一番」法令を守り、法令に基づいた行政業務を行うべきと理解していてしかるべきであるし、そうあらねばならない。

 「市会議員の中で私が一番行政知識がある」の意味は、「私が一番自治体における法令を知っていて、それに準じて正しく行政業務を行うことを知っている」ということを意味する。つまり「行政知識がある」とは“自治体において、法令を順守し、それを基に一つ一つの事業や計画や業務に厳しく対応してゆく能力があること”であることで、行政用語や意味を知っているなどのことを「行政知識がある」とは言わないのである。

 私はそう思うが読者の皆さんはいかがお考えでしょうか。

 「市会議員の中で私が一番行政知識がある」ということは、“自治体において、法令を順守し、それを基に一つ一つの事業や計画や業務に厳しく対応してゆく能力があること”であり、それを基にして市長が行う違法業務や不正な財政支援や財政投資には「そういう違法な事業計画は行ってはならない」、「そのような条例違反となる投資は自治体においてあってはならないことだ」と批判し、追及し、改めよと努力するのが議員の義務だ。

 議員の任期中にそういう努力もしないでおいて、選挙前になったら市民の家を訪問して「市会議員の中で私が一番行政知識があるから、私に投票してくださいよ」とウソをついて戸別訪問をして回るなど、もってのほか。

 私に言わせれば、「行政知識とは法令をよく勉強し、その法令を順守(従い守ること)しながら自治体の業務運営に関わることだが、違法や不正に賛成していてそれで法令順守を基にして約40年間も仕事をしてきた元市職員といえるのか!」と思っている。

 一例です。議会開会の数日前の議会事務局において、市長が行った地方自治法違反の追及を受けていた担当課長は私に「企業誘致だからいいじゃないか。そこまで言うかえ!」と食ってかかってきた。議員から違法を追及されていての「企業誘致だからいいじゃないか」の反論とは、「企業誘致だから違法でもいいじゃないか」を意味する。

 日頃は誰にでも下に下にものを言っている私だから職員は私をちょっとなめていたのかもしれないし、それは市長が課長に言った言葉をオウム返しに私につい言ってしまったのかもしれないが、余りにも自治体運営を舐めた公務員としてあってはならない不正容認の発言だったため、即刻、私は横に座るその職員に向かってこう叱りつけた。

 「なにっ、なら、あんたは企業誘致になるきん違法でもいいじゃないか、観光振興につながるから違法でもいいじゃないか、地域振興になるから違法でもいいじゃないか、介護福祉に寄与するから違法でもいいじゃないかと言うのか! 今言ったと同じことをあんたは市議会において言えるのか!」と一喝されている。勿論、ネットで「理詰めのすごい人」とお墨付きを頂いた私です、職員はぐうの音も出なくなった。

 一例です。22年12月議会において、私に地方自治法違反を追及され続ける市長を見かねた選挙で市長を支援する元市職員の議員は、議席からこう叫んだ。「議長、その議案は既に賛成多数(反対したのはその事業が違法だと理解している私だけ)で可決されていて、違法じゃないと決まっちょうが」、これにも私から即刻、こう一喝されている。「議場において、議案が可決したからと言って、その議案が違法ではない不正ではないという証明にはならんぞ!」。前の執行部席に座る課長らも議席に座る議員諸氏も納得の顔をしていました。俯いていたのは市長ら数人。そこまでちゃんと観察している。元助役までやったその議員の発言には後でその幼稚さに笑ってしまったが。

 この二例とも現職(当時)の市職員と元市職員の議員。

 だから思うに、行政職員は長年、自治体職員として勤務していると、その20年、30年、40年の間に知らず知らずのうちに自分の意識の中に職務に対する“なれ”が生まれてきて、だんだんと「議会審議をうまくやりたい」、「議員の指摘を何とかごまかしてこの議会をやり過ごしたい」の気持ちも高まって、議会の間だけ何とか議員からの指摘や批判をやり過ごせば間の2ヶ月間はそのまま事業を進めることができる、なんて考えが生まれ、先のような「企業誘致やきん、いいじゃないか」なんてことを考えるのである。そう考えているからこそ、追及をしている議員に向かってうっかり、ポロリと言ってしまうこともあるということだ。 

 私から見ると、公務員が業務において進めている「行政知識」とは、違法でも何でも良い、自分たちの都合のよいように行政事業を進めたらいいんだ」程度のものとも感じている。それは、40年間もその仕事に携わっていなくても8年間、熱心に議員活動をやってきたから解る。

 というよりも、なんでも長くやっているとマンネリ化しルーズになるという通例を考えると、余程、行政職員時代の40年間において、市長命令で違法や不正な事業や行政運営に手を染めなくてはならなくなり、おバカさんな議員がそれに全員が賛成して可決させてくれたとしても、自分自身は「この議案にある事業計画(政策)は違法であり、間違っている」との認識を捨てず、自らのコンプライアンス(行政の法的順守)の精神が汚れるのを自ら防ぐ強さがなくては、やがていつかは他の者(市長や職員)が行うワルさに染まってしまう。

 その強さを持っていなかった例が、先に挙げた「企業誘致だから違法でもいいじゃないか」と言った市職員であり、「議案が可決されたら、違法じゃないと決まっている」と言った元市職員の議員であり、議会では不正な議案に賛成しておきながら「市会議員の中で私が一番行政知識がある」と市民に投票を依頼して回った元市職員の議員もその類。

 そういうことがあったので、今日の記事の表題は「公務員が持っている行政知識とはどの程度のものか」にしましたが、申しておかなければならないことは、中には多くの職員が「公務員としての基本を忘れず、法令を守って事業を行いたい」と思いながら仕事をしています。

 市長がいくら「違法や不正であってもかまんからその事業や行政運営を進めろ」と命令しても「それは違法になるから行ってはなりません」と真っ正面から指摘して左遷された職員を私は知っている。そんな話を聞くと「あの市長はけしからん。悪いのはお前だろう。この野郎」とは思うが、“治外法権”だから手出しはできない。「かわいそうに。何とかできないものか」と思って終わりだ。

 それが組織というものだといえば言えるが、それにしてもそんな理不尽なことに対して議員はそんなことにまで口出しできないと考え何も言わないし、そのことを知っている他の職員も言えずみんながやり過ごしてきたから、何年たっても行政職員の“首長のいいなり”の姿勢は変わらないのである。

 だから、言えるのは、上司が公正な真面目な人ならば職員も救われるということだ。だが、言っておくが、元行政職員の首長だからといって公正な“上司の命令”を行うとは言えない。そこが問題なのだ。

 以前、これについて記事を書いたが、地方公務員法第32条にはこうある。(※参考:その記事

 「法令等及び上司の職務上の命令に従う義務」
 「職員は、その職務を遂行するに当たって、法令、条例、地方公共団体の規則及び地方公共団体の機関の定める規程に従い、且つ、上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない」

 記事で私は、「地方公務員法は、“まず法令を順守すること”と規定し、そのように法令を順守したうえで“上司の命令に忠実に従い業務運営を行うこと”と規定されている。よって、上司からいくら法令や条例、規則、要綱などの自治体に規定されているあらゆるルールに反する命令が下ったとしても、それに従わなくても良い」と書いた。

 それが、公務員諸君も人間だ、世渡りもうまくなくては行政職員はやっていけない。上司に嫌われたら仕事がしにくくなると考え、行政職員の中には「法令順守」に背を向け、地方公務員法に違反して上司が行う違法や不正な命令をそのまま受けて仕事をしてしまいがちになる。それを40年もの長きにわたり何度も何度も行って習慣づくと、やがて先の三人の市職員のように法令順守という公務員の基本中の基本を忘れていることすら忘れ、自分勝手なことを公的な場で大きな声で言ってしまうのである。

 首長も行政職員もそれが不正だと知っててやってるんだから、指摘され批判されたら謙虚になってその場ですぐに改めれば済むことなのに、役所で高給を取っているから給与が低い議員の言う指摘をバカらしくて聞けないのか、それとも「おれは市長だ」「おれはかつては助役だったんだぞ」と自尊心と名誉欲ばかりが強いからか、どうしても不正を認めないし改めようとしない。行政知識は、8年間だけ勉強した私よりも低いのに。

 又、こうも言えよう。

 40年間も役所の建物の中で仕事をし、議会にも50歳近くになり課長補佐から課長になるころには慣れても来、自分が行ったり言ったりする違法無視の発言に鈍感になり、それが回数をますたびにどんどんその“鈍感度”は高くなるから、議場内であろうが議場外であろうが元市職員の室戸市長のように「これは適法だ。あなたはこのことを二度も三度も言いますが・・」と、しまいには自分が行った違法な事件のことはさておいて、まるで違法を追及している議員の方が悪いかのように怒り始めます。

 そうです。あの「企業誘致だからいいじゃないか。そこまで言うかえ!」と食ってかかってきた課長と同じ体質。自分たちが行ったコンプライアンス違反事件のことはさておいて、それを指摘して改めるようにと求めている方の人間を攻めるのは上の三人に市長を加えた四人とも元市職員だからか、同じだ。

 最後にもう一度申しておきますが、行政職員のみんなが法律も守らない職員だとは思っていない。「議員活動が真面目だから」と23年4月の市議選では私に投票してくれた友人関係にある現職の室戸市職員が、何人もいる。上司の能力不足も手伝って仕事は思うようにスムーズに進んではいかないが、彼ら、彼女らは市役所の中で真面目に仕事をしようと努力している。それに、法律を守って仕事をしているのは彼らだけではなかろう。

 しかし、行政職員、公務員は上司の命令に従って仕事をしているから、地方公務員法第32条において法令順守が上司の命令よりも優先されるべきことを忘れ、上司の命令どおりに動くことも多々ある。

 そうしてその命令が議会に提案される議案にまで発展するものであるとなると、その違法な議案を適法な議案にできなかったことから自分たち職員の能力が低く無能であったと傍聴席の市民や議場の議員たちからみられてしまい、違法を命令した首長だけでなくてその違法な事業計画を適法に改めることもできずに議会に提案した担当職員も「同罪」だと議員たちから批判されてしまう。

 こんな哀れなことはないが、これも“宮仕え”ゆえの致し方のない立場といえば言えよう。背中に背負ったその“負担”を軽減させてくれるのが、一般社会の市民よりも分不相応に多い給与。これがなければ、すぐ職務上のことで議員や住民から批判される公務員もやってられないとも思う。街で働く室戸市民と同じ給料ならば、みんなとっくの間に退職している。これは間違いない。だから、地方公務員は国家公務員と同じように7.8%の給与削減を行うべきだと思うが、そう削減したとしても住民の中では格段に高給取りであることは疑いようもない。

 今日は、市職員や元市職員の発言について書いてきたが、言えることは、40年間も行政の仕事に携わっていた人間ならばもっと確かなことを言って相手を感心させることが出来るように日頃から学んでおくことだ。

 40年間においての鍛錬が足らないから、「企業誘致やきん、違法でもえいやないか」と言ったり、「議案が可決したきん、違法じゃないということになっちょうが」と言ったり、不正な議案に何度も賛成しておきながら「議会で私が一番行政知識がある」と言ったり、違法な事業と分かっておりながら議会で批判されると「違法ではない。あんたは2度も3度も批判するが」と反問権すらない議会で議員に向かって反論を加えるのである。

 結論として、自治体の首長も行政職員も同じで、違法や不正など法令等を破るような行為や事業や行政運営を行ってはならない。

 そうしてそのルールを守ってこそ、正しく「行政知識がある」といえるのである。


 そのためには、首長が職員に向かって法令順守の規定を破る不正な事業運営を命令してはならない。首長がそう努め行政職員がそう努めれば、自治体において違法や不正や不適正な事業はなくなる。

 そうすれば、行政の監視役としての職務を行わない議員にまで報酬を与え続けている地方議会もいらなくなる。すると、自治体の「議会費」は0円。いや、項目が消える。例えば室戸市の議会費は年間約1億円だから、議会費を無くして浮いたその1億円は市民のために減税に使えばよいことになる。市民も企業や商店もきっと大喜びするだろう。

 だから、自治体が公正な組織となるかならないかは、首長になる人間の良し悪しで決まるということだ。首長の知能と能力が高くて公正な人間ならばその自治体に議会はいらなくなるし、首長の程度が低くて議員や企業や団体などとつるんで利権に走る人間ならば議会に私のように組織運営のあり方に厳しい議員ばかり集めて監視するようにしなければならなくなる、ということだ。

 私が市議会議員の1期目、他の議員らがあまりにも行政が行う不正に無頓着なのを見て議会改革を思い立った。そうして議会基本条例を制度化して議員の仕事を増やし、市長と議員とが絡む不正にくぎを刺してやろうと思いました。しかし、改革を唱える議員は他に誰もおらず、いてもそれは思いつきで言っているだけか、私や市民や新聞記者をだますために口先だけのウソをついているだけだった。ある時は、私が議長に提出した「一般質問の一問一答方式採用」の要請書は議会運営委員会に回すこともなく破棄されてしまったこともある。こうして、本心から議会改革の制度化を考えている議員は私を置いて他にいなかったため、はかなくも「室戸市議会改革計画」は潰れてしまったということです。

 良いことをするのをなぜみんな嫌うのでしょうね。

 議員を本業とする改革派議員を除き、多くの地方議員は“楽して得する”が常に頭にあることから、まちの中で行っている本業が主で、議員が副業の議員が多い。そのため、根本的には組織改革の“素養”がなく関心もない議員ばかりだが、その他、議員としての仕事が増えて本業ができなくなることや議員としての自分の個人的な業務が増えることが煩わしいため、議会改革には非常に非協力的である。

 地方議員が自分ところの議会の改革に協力しない理由、反対する理由は、それだ。

 良いことをするのを嫌うのは、それが理由である。“楽して得する”が、議員が貰っている報酬分の仕事をしない理由だ。

 全国におられる地方政治に関心がある方々、こんな室戸のような政治、全国の地方議会の現状をどのように考えますか?


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韓ドラを見なくなった妻はえらい

2013-02-21 | 国のあり方
 昨年8月でした。韓国の李明博大統領が日本の領土である島根県・竹島に強行上陸しただけではなく、天皇陛下に対しても「韓国に来て膝まづいて謝罪しろ」と謝罪要求をするなど、非礼を続けた。その後、政治が如何にあるべきかなど全くわからない韓国の映画俳優、ソン・イルグクも木枠で作ったプールの中を泳いで竹島にわたった。

 この韓国人による日本の領土・竹島への密航事件はその後、どうなったのでしょうか。

 ソン・イルグクに関しては、日本の山口壮外務副大臣は「これから(ソン氏は)日本に来るのは難しくなるだろう。それが国民的な感情と思う」と、ソン・イルグクのビザ却下を示唆した。

 又、不敬の輩・イ・ミョンバクは退任したが、その言動に日本政府はどう対処したのか、日本の公安関係者はどのように動いているのでしょうか、ずっと気になっています。

 まず、そのイ・ミョンバク大統領が行ったことと言ったことを昨年、記事にしているので見ていただこう。

 大統領の任期があと数日で終わる彼は当時、「日本の国会に行って発言したい」とも言っていたから、安倍首相は是非とも彼を招聘して国会の本会議場において領土問題と天皇陛下に対しての思いを披歴させてあげてほしい。


 さて、近年の中国と韓国のやっていることが余りにも度が過ぎることは日本国民は大半が知っています。その悪さにあきれた私は徹底的に中国嫌いで韓国嫌いになった。スーパーに行っても信用できない「中国製」と書いてある商品は手に持っても絶対に買わないし、「メード・イン・チャイナ」と書いた洋服や靴、家電商品も買わない。韓国商品も扱いは同じだ。

 しかし、妻は中国製の商品を買うのは避けるが、その数年前の地デジテレビを買ったころから見ているソン・イルグクやソン・スンホンとかいう俳優が出る韓国ドラマには夢中になり、中国嫌いで韓国嫌いになった私にいくら「日本の物を泥棒をしたり焼き討ちしたり汚染された食品を作る、そんな中国や韓国のドラマなんか見るな」と言ってもなかなか言うことを聞かなかった。

 それが、昨年夏、妻が一番好きだった「そのソン・イルグクが竹島に泳いで行ったそうだ」とニュースを知らせてやると、その数日は悩んでいて韓国ドラマも少しは見ていたが、ひと月もしない間にピシャッと見なくなった。一つも見なくなった。

 それが気が付いたのは、昨年の10月ごろだったか。

 私は妻にこう言って褒めてやった。

 私、「あんたは偉い。それでこそ日本男児、いや違った、日本女児だ」と。

 今もずっとBSでやっている幾多の韓ドラも地デジでやっている韓ドラも見ない。

 これは無理やり私がやめさせたのではなく、彼女は自分の意思で「日本の国の領土を盗み取って、天皇陛下にまで『膝まづいて謝れ』なんて言う政治家ばかりの韓国は嫌い」と今でも言っている。

 酒を止めることができない男、たばこを吸うのを止められない男、ギャンブル遊びが止められない男などがたくさんいる中、熱中していた韓国ドラマをピタッと止めたんだから、妻は偉い。

 そして、「日本の領土の尖閣諸島を取ろうとしているし、毎日のようにその島にやってきているし、日本の島々を取ろうとして取れなかったら暴動を起こして日本の企業を襲って建物を破壊し、何十億円、何百億円という改修費は誰も払わん。ほんまにいやな国や」と、覇権主義が露骨ゆえにいまやアジア諸国一の嫌われ者となっている悪の枢軸国、中国にも手厳しい。

中国の違法なことをしても謝罪もせず反省もせず逆に反論するところなんか、どこかの市長とそっくり。

 私、「日本の警察が逮捕しようにも手が出せんのやきん、暴力団よりまだクセが悪いわ。選挙で選ばれてない公務員で組織したやりたい放題の中国政府の政治家が日本たたきのために国民によるテロ行為を放置してあるんやきん、どうにもならな。おれはブログで中国にいる23000社の日系企業は中国の発展に力を貸さなくてもいいから、全て帰ってくればいいというんだが、売上-破壊被害=プラス利益ということで帰って来ん。利益追求が目的である企業は国が本来持って得べきナショナリズム、国家主義なんか眼中にないからな」。

 妻、「そうして、自分の国の企業が大気や川や海などの環境を汚染していることは何十年も前から解っちょうのに政府が何も手を打たんから、ああいうふうになってしもうたんよねえ」。

 私、「北京の有害濃霧は半分以上が、自動車、暖房、外食産業が汚染源という。国がこの大気汚染や河川の汚染や海洋汚染という環境汚染に力を入れると、どうしても“排気ガスが出ないようにしよう、汚染排水が川や海に出ないようにしよう”と工業系の企業に多分の経費をつぎ込ませるようなことになるし、自動車排気ガス抑制に力を入れると自動車業界にも利益減少の傾向が生まれるなど経済発展にブレーキをかけるような面もあって、ずっとこの今の状態に手をつけて来なかったんだ。

 体質はあのアメリカの銃規制と同じよ。規制すれば悪い実態は改革できるのに、銃生産会社から裏金や表金をもらっている国会議員や地方議員が国に圧力をかけて改革させないようにしよら。

 お母さんが言うように、手を打てばえいけんど、“手を打って良くなること”と、“手を打たないで悪くなること”とを天秤にかけちょうんよ。そうやって天秤にかけて、中国は後者の“手を打たないで悪くなること”の方が利益が高いと踏んで今までずるずると問題だとわかっていながら放ってきたんよ。だから、中国とはいまだに三国志の時代そのもの、そういう国と言うてえいわ。しかし、今のような大気汚染の状態には幼稚な政治を続ける独裁国家の中国政府もいささか焦っちょう、ということよ。

 アメリカの場合はオバマ大統領が何もしてないのにノーベル平和賞を貰っている手前、銃規制をせずに放っておくわけにもいかず、今やっと、できるかできないか半信半疑で銃規制に乗り出したということ。あれも、いまがオバマ政権の1期目でノーベル平和賞なんかもらってなかったとしたら、2期目の当選は危うくなるし平和賞に値することを無理にしなくてもいいから、この規制に乗り出してなかっただろうな」。 

 妻、「どうでもえいけんど、中国も韓国も日本に迷惑をかけることだけは止めてくれんろうかねえ。ほんまにあんたが言うように、尖閣も竹島も北方4島もすべて一緒にして日本の領土全部を太平洋の真ん中の日付変更線あたりまで動かせんもんやろかねえ。つくづくいやになる」。

 私、「おれも毎日そう思いよらや。思いようけんどそうできんのが悔しいよな」。 

 最後に、妻が言った私の「日本列島大移動計画」をご参考までに掲載させていただく。


※電子情報誌「高知発!青空エクスプレス」のアクセス数は、2月21日(木)付けGooブログランキング(182万8860ブログ)中、2683位でした。
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