青空エクスプ レス

日本ではオンリーワンの手書き地域雑誌『あおぞら』の編集発行人を経て、室戸市の政治を監視する改革派議員三期目。絵馬修復師。

嫌なものを見てしまった

2012-12-30 | 政治家のあり方
 昨日のテレビでいやなものを見てしまいました。

 BSーTBSの番組で居酒屋めぐり番組「吉田類の酒場放浪記」で一躍有名になった高知県仁淀川町出身のイラストレーター・吉田類が、昨日夕方のテレビ高知の番組に出ていた。

 室戸に来て料亭に上がり料理に舌鼓を打っていたが、しばらくすると男性の局アナと二人は事前の打ち合わせ通りにふいに来たような風情を演技しながら、隣に用意させた宴会に乱入した。

 で、局アナと類さんがふすまを開けて行われている光景を見て、驚くと言うよりも、私は腹が立ってしまった。

 「何だこの集まりは」と。 

 室戸の政治に関わり互いに利害関係にあり、最近は特に持ちつ持たれつの非常に親しい関係にある二人が仲良く並んで笑っていた。そしてその御両名の選挙を支援したTなる男もいる。他にも嫌な人の顔が見えた。

 こう思いました、「いったい何をやってるんだ」、「何だこの宴会は!」と。

 このTは小松市長の違法政治を議会で追及したからといって、昨年4月の市議選を直前にした3月28日、室戸市役所三階のジオパーク推進室において私に向かって「議員のみんなが賛成しよう議案になぜ反対なんかすりゃあ。おんしゃあ、共産党か」。そう叫んだ、政治の何たるかを理解できない男。(その件については昨年書いたこの記事をご参照あれ)

 料亭のその部屋には、これも事前の打ち合わせで「何かを意味づけた宴会にしよう」と考えたとわかる「祝賀会」と大書した看板まで飾ってあった。私はそれを見て「わざとらしい」と思った。

 番組を見た室戸市民の皆さんは、あの光景をどのようにご覧になられたでしょうか?

 楽しい雰囲気に、うれしくなりましたか? 「Tと関係するこの二人に任せておけば室戸は安泰だ」と思いましたか? 

 それとも私と同じように、「これじゃ室戸が良くなるわけがない」と、いやーな気分になりましたか? 

 そして、「高知県内に放送されているこの番組を見て、室戸以外の他の市町村の皆さんがこの二人の政治関係者が室戸市のすべてだとは思ってほしくない」と思いました。「市議選で悪人たちが行った選挙妨害によって落選させられてしまったが、室戸には議会で一番優秀な議員だったこんな立派な男もいるんだよ」とね。

 しかしそれにしても、正月前だと言うのにいやなものを見てしまったナー。

 ま、考えようによっては「正月前でよかった」ともいえるか。

 これが今年最後の記事だ。ここで、私を支えてくれている七福神の神々に願を賭けよう! 

 「来年こそは、日本の国から、そして地方の町や村から悪い政治屋がみんなみんないなくなる、そんな良い年でありますように!」


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孤高の日本人メジャーリーガーは野茂英雄と松井秀喜だけ

2012-12-29 | 人間のあり方
 今年の7月28日、こんな記事を書いた。先にご覧ください。


 ちょっと長い記事ですが、それほど年甲斐もなく私は松井秀喜という一人の野球選手を長年にわたって応援してきた。

 松井秀喜が巨人を辞めてアメリカに渡りヤンキースに入団したのは2003年の春でしたが、その同じ2003年の4月に私は室戸市議会議員になった。そして、彼に励まされるように、彼がチームのために懸命に試合に取り組むその頑張りに負けないようにと、私も地方議員として昨年2011年の4月まで頑張ってきた。全く同じレベルで語れる仕事ぶりではありませんが、室戸の町には手本のする政治家が唯の一人もいませんので、そうやって彼を手本にして市民のためにと夜遅くまで働いていた。

 そんな松井選手が引退するとは。悲しいね。11月で66歳になったこんな田舎のおじさんですが、頑張って仕事に励んでいる見習うべき人なんか辺りを見渡してもおらず、これから誰を手本に生きてゆけばいいのかと思ってしまいます。

 活躍を期待し、そして野球選手としては晩年と言われる年齢になったここ数年は、同じように晩年になった野茂英夫のようにとことんダメになるまで、とことんボロボロになるまで日本には返ってこずアメリカで野球を続けてほしい、そして選手としてのそのダメなところも大きなホームランを打ったところもネットのニュースでその動向をどこまでも追い続ける、そのつもりでいた。

 でも、この決断は私が尊敬すらしている彼がすべてのことを考えた末での、潔い結論。この結論に賛成しようと思う。そして、頑張ってきた人にだけ言う言葉だが、「あなたは立派な仕事をしてきた。何一つ悔いることはない」と言いたい。

 ヤンキース時代の活躍はこれからも決して忘れない。本当によくやっていた。レフトフライを追って左手首を骨折した場面も、その時にテレビで見ていて「あっ、手首が変な方向に曲がったが、折れたんじゃないか」と骨折したことがすぐに分かった。その時の歪んだ顔には、怪我の痛みよりも「これから長期離脱してしまう、今後これまでのように打てるんだろうか」という気持ちになっているのが手に取るように分かった。一人のファンでしかない私は、「可哀想に。でも、大丈夫。怪我を直して練習すればまた前のようにホームランを連発出来るさ」とテレビに向かって声をかけていた。

 その通り、その後のヤンキース7年目となる2009年のワールド・シリーズでは、DHの関係で出してくれない試合もあったが、そんなことは全く関係なかった。全試合ビデオに収めてあって今でも時に出してきて見ているが、フィリーズのペドロ・マルティネスとはR・ソックス時代からの宿敵ともいえる相手投手だが、そのペドロを完膚なきまでに叩いたことで、ヤンキースはワールドシリーズを制覇。その活躍があって、ファンにとってはうれしいうれしいMVPを手にしている。

 その直後のストーブ・リーグで契約の切れる松井の動きは鈍く、ヤンキースは松井と契約をしなかった。その時、私は確信した。「これからはかつての“バンビーノの呪い”と同じように、“ゴジラの呪い”が始まり、今後50年間、ヤンキースはワールドシリーズに進出することがあってもそこでチャンピオンになることはない」と。

 ヤンキースは2009年の暮れに松井に対してオファーを出すべきで、主軸を占めるDHがだめなら下位の8番か9番バッターでも代打要員であっても松井はそれを受諾しただろうとその時から思っている。


 そうして、松井は似あわないエンゼルスのユニフォームを着たが、ソーシアはヤンキース時代の恩師・トーリ監督とは違う扱いを松井に行った。通常通りの調子を維持している松井なのに代打でしか出さなかったことや、一試合に一回しか出場できない立場の代打で松井を出しておきながら、ピッチャーが左投手に替わると、左投手に強い松井だということも知識がないために、新たな代打を出して松井はひっこめられている。その場面も見て知っているが、十年間の巨人時代もメジャーでの七年間もそんな屈辱は味わったことが無かったので、俯いてダッグアウトに帰ってくる松井の顔は苦渋に満ちていた。

 そのあとのアスレチックスでもレイズでも同じことだった。球団の判断がシビアと言えばそれまでだが、アスレチックスの入団当初の監督もエンゼルスのソーシアと同じ判断の悪い監督だった。そのあとの現在のメルビン監督は松井を使い続けたが、どうしても松井自身が本調子にならず、契約は打ち切られた。

 ヤンキースからチームが変わったことが、松井秀喜が本調子になれなかった原因であることは解っていた。ダッグアウトにいる場面をテレビカメラがとらえると、それが手に取るように解った。ヤンキース時代には仲間の選手や監督、コーチらと結構、じゃれ合っていた。でも、エンゼルス、アスレティックス、レイズとチームが変わってからは、どのチームでも何か他の選手との関係がよそよそしく、付き合いづらいのかなと私は感じとった。「あんまりいい感じじゃないなあ」と思っていた。バッティングの調子が上がってくればそれも次第に解消していくんだが・・」と見ていたが、それは最後までだめでした。


 さて、今朝はコンビニに行ってスポーツ紙を二紙買ってきた。勿論、「松井引退」を報じた新聞を保存しておくため。

 大リーグに行く日本のプロ野球選手は多いが、その中で尊敬に値する日本人選手は、7月の上の記事でもそう書いたが、怪我をしながらもボロボロになるまで野球を続けた野茂英雄と松井秀喜だけだと思っている。

 自分の体力の限界まで挑戦し続けた尊敬に値する日本人メジャーリーガーは、野茂英雄と松井秀喜だけである。

 私は、他にいかにたくさんのヒットを積み重ねた単打バッターがいようとも、自分が残す記録のためではなく、入団したチームのために力を尽くして死に物狂いで働いた野茂と松井の野球人としての姿勢とその生きざまを尊敬するし、好きだ。

 それと同じで、金のためではなく、自治体のため議会のため市民のためにと力を尽くして夜も昼も死に物狂いで働いた地方議員の生きざまを私は尊敬するし、好きだ。


 これからは静かに、私が応援し続けてきた松井秀喜が日本のプロ野球をどのようにして引っ張っていくかに注目していたいと思っている。

 それと、ヤンキースが現役引退を表明した松井外野手に対し、1日限定の現役復帰プランを検討しているそうだ。7年間ヤ軍でプレーしたことに対する感謝としてヤンキースタジアムで来年2月に引退試合を行うとのこと。うれしいし注目したい。又、そのあとの3月には松井に初めての子どもが誕生するというニュースもある。しばらくはそうして夫婦で楽しみ、ゆっくりして、これまでの野球人生を振り返ればいい。

 私の願望は、彼が大リーグチームのコーチになること、そしてその経験を生かして監督になることだ。

 今朝のスポーツ紙には「巨人軍監督」の大きな文字が躍っているが、何があっても、日本へ返ってきてお茶を濁すような立場にはつかないでほしい。

 巨人は松井を利用してひと儲けしてやろうとしているが、その手に乗ってはならない。巨人軍にはまだ読売新聞主筆の渡辺氏がいる。あの御人は松井が大リーグに行くと言った時、どう言った人か野球ファンなら知っているだろう。「恩義のある巨人に背を向けてでて行くのか」。今でも記憶しているが、松井が悔しそうな顔をして話すあの記者会見でその直前にあったことのすべてが手に取るように解ったではないか。 

 まだあの“老害”としか言いようがないナベツネが引退もせずに今もまだ巨人にいるから、松井秀喜は日本のどこの球団にも入らなかったと言っても過言ではない。引退すべきは松井秀喜ではなくて、むしろ渡辺氏の方。

 余談になるが、どこかの議会には国からきた金や住民の税金を目当てに何十年と議会に巣食っている政治屋がいる。 「早くその人物がその組織から去れば組織は健全な形に改革され、見違えるように公正で健全な組織になるのに・・」という人物はどこにでもいるものだ。 ナベツネ大先生もそうだし、地方議会のすでに牢名主状態にある議員もそうだ。

 但し、こういう人物は傲慢故に自ら身を引くことを知らない。だから、いつまでもいつまでも居座り自分の意のままにその組織を牛耳る。そうして、いつまでも企業体質は改善されないし、自治体と議会体質も改善されない悪い状態のまま、何十年とそれは続いてゆく。つまり、誰も猫の首に鈴をつけることができないということだ。

 被害を受ける社員と住民は哀れである。

 

 あー、こんなことを書いているだけで腹が立ってくるし、言うだけで口が腐る。質の悪い人のことはさておき、健全で品格がある松井秀喜の話に戻ろう。


 ヤンキースで松井コーチ、ヤンキースの松井監督。いいねえ。その響きがいい。ヤンキースは親友のデレク・ジーターが次期監督と思ったが、「松井監督で、ジーターコーチ」も悪くない。ま、百歩譲って、「ジーター監督で、松井コーチ」も悪くはない。

 とにかく、これまでの20年間、日米のファンにたくさんの感動と興奮と喜びを与えてくれたこと、私の人生にも良い効果を生んでくれたことに感謝したい。

 「これまでありがとう」。そして、「お疲れさんでした」。


※電子情報誌「高知発!青空エクスプレス」のアクセス数は、12月29日(土)付けGooブログランキング(180万5266ブログ)中、2200位でした。

 「さあ、田舎へ帰ろう!」と都会に人がいなくなった今、役所に人がいなくなった今、会社に人がいなくなった今、2000位台の検索数は多い。これも、みんなが松井秀喜選手のことを「もっと続けてほしい」と強く思い、願い、愛して応援していたからでしょう。

 松井はメジャー・リーガーとして職場を去った。このように、誰でもいつかは今いる職場を離れるときはやって来る。あなただって、それにあなただって。

 職場を離れるのもいろんな形がある。定年退職で巨額の退職金を手に平然とリタイアする企業戦士や公務員もあれば、企業倒産や転職を考えて手持ちの金も持たずに不安いっぱいで職場を離れる人もいる。

 又、町に巣食う悪いグループによる政治的な不正行為によって強引に職を奪われてしまい悔しい想いや残念な思いを持ちながらリタイアする、私のような立場の人間も中にはいるだろう。

 松井は怪我と寄る年並みに勝てず、しばしの間、お休みを取る。でも、ほんの数年後にはまた私たちの前に帰ってくるのは間違いありません。

 そして、その活躍が純真無垢な(?)私たちの人生の励みや支えになろうと信じている。松井ファンである私たち老若男女の痛む心をまた癒してほしいと願っている。
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卑怯感覚を失った地域社会

2012-12-27 | 地方のあり方
 数学者であり作家でもある藤原正彦氏が週刊新潮に書いている「管見妄語」は、時に笑わせ、時に含蓄ある文章で唸らせ、いつも学ばせてもらっている。

 今年の8月2日号のタイトルは「卑怯を映す鏡」。内容は、大津市の中学校におけるいじめ自殺をテーマにして書いています。

 その文章の終わりの部分にこう書いてあった。

≪(前略) 父(作家の新田次郎)は幼い私に六つの禁じ手を教えた。一、大勢で一人をやっつける。二、強い物が弱い物をやっつける。三、男が女をやっつける。四、武器を手にする。五、相手が誤ったり泣いたりしてもやり続ける。六、弱い者がやられているのを見て見ぬふりをする。
 そして、父は、理由も何もない、卑怯だからだと付け加えた。マスコミの袋叩きは一、帝国主義や市場原理主義は二に抵触する。大津の事件は卑怯感覚を失った社会を映す小さな鏡にすぎない。≫


 私はこの記事を読んだ時、すぐに、先の23年4月の室戸市議選において行われた選挙妨害事件のことを思い出した。

 また少し長い記事になりますがお読みし、“人の人生とはいかにあるべきか”を考えてほしい。


 「おれたちが支援して当選させた市長なのに、その市長が行っている違法な事業を議会で批判し、その過ちを改めさせようと“企み”六議会も七議会にも亘って追求するとは、あいつはけしからん悪いやつだ。おいっ、みんなそれぞれが市内の知人や親せきに電話したり直接、周辺地区を回って『谷口に投票するな』と呼びかけようじゃないか」。

 23年4月17日から23日まで、私と妻とが全国でもあまり例を見ない二人だけで行っている方法で一生懸命に選挙運動をしているその七日間、彼らのグループはそう言い合って動き回り、電話を掛けて呼びかけていたのです。

 唯、私たち夫婦がそのことを知ったのは、選挙運動が終わった翌日でした。

 そんな不正が行われると知らない私たち夫婦は選挙を前にして、気持ちは一つになっていた。「お父さん、がんばろうね」と妻は言った。「おー、この3期目が市会議員最後の選挙や。頑張ってやろ」と意気込んでいた。

 そうして選挙戦初日を迎えました。私は朝8時半の届け出に間に合うように7時半に自宅を出、候補自らが市役所に行って届け出を済まし、自宅に帰ると出陣の用意。それが済むと、近所と知人が10名ぐらい来て下さっている前であいさつです。そうして9時過ぎに出発した。

 市内全部を回ろう、一日50か所での街頭演説をこなそうと、夫婦は毎日よく頑張りました。

 翌二日目の月曜日は大雨。今も覚えているが、午後には雷も鳴りアラレも降るという大荒れの天気。ですが、その中でスケジュールを変更するなど考えもせず、二人は雨合羽を着て演説を行いました。

 私はマイクを手に市民に向けて市政改革と市議会改革の必要性を訴え続け、妻は横で行く人々行く車の人に手を振り頭を下げ続け、支持を訴えた。

 その翌日は4月も末というのに、またまた真冬のように寒い一日に。夕方から夜にかけては余計に寒くなり、二人は寒空の下、震えながら高知信用金庫の前や県総合庁舎の前、オーシャンの前、小学校の前など室戸の中心街のあちこちで演説をこなした。

 そうして、運動最終日です。その日のシステム手帳にはこう私は書いてある。「さあ、最後のひと踏ん張りだ。二人で頑張ろう!!」。

 午後8時前に私が住む室戸岬町三津の我が家に戻ってきた。勿論、前の2回の選挙同様に選挙運動員なんか一人もおかない選挙手法だから、選挙事務所にした自宅の車庫に人は誰もいない。自宅に入って、私は妻にこう言った。「今回はこれまでの2回よりも自分に自信がある。やり切った。市会議員としても8年間、ちゃんとその職責を果たしてきたし、選挙でも他の候補ができないほど演説をこなしてきた。その姿を見てくれた市民は支持してくれる」。そう思った。

 そう思って期待した投票日でした。その日曜日の午後6時に投票は締め切られた。国国とテレビがその状況を伝えていました。8時から出始めた開票速報ですが、自身の得票数は最後まで伸びず、応援してくれていた知人や親せきの方々が口々に言う「おかしいなあ」の声がむなしく私の耳に響いていた。結局午後10時頃だったか、次点の328票で落選。7票差だった。

 私は思いました、「これはいったいどうしたことか。なぜなんだ。議員としてだれにも負けずに活動してきたし、選挙運動も実に公正に誰もできない街頭演説を毎日こなしてきたのに」と自問自答した。「室戸市議会にはこれほど真面目に議員としての職責を果たしてきた議員は一人もいないが、その議員にわずか有効得票数の4%しか支持者がいないのか」と。

 妻にはすぐにこう言った。「泣くなよ! もう、室戸のことは、えい。これで終わりや」。そうして自宅に当選の喜びを言おうと来て下さっていた方々に気まずい思いをさせながら、三々五々、皆さんは帰って行った。

 私たちはその落選に落胆している間は無く、すぐに妻と車に乗り、今度は選挙ポスターの撤去作業に出かけた。佐喜浜町の方から室戸岬町あたりまでその日は外して回った。残りは翌日の月曜日、また二人で回って撤去した。

 落選が決まった投開票日の夜、寝床に付いてから「市会議員や市長の支援者らは私が落選したのを知って、自分の当選よりも私が落ちたことがうれしくて、やったやったと大喜びしながら祝杯を上げただろうな」と考えていると、悔しくて、なかなか寝付かれませんでした。

 翌日のこと、選挙に使った金額を計算すると結局、収支報告書に記載する選挙に使ったお金は、2548円だった。

 そしてその日は、市内の支持してくれていた方々から激励のお電話をたくさんもらいました。もうこれで市会議員の職を解かれるため、“終わりよければすべてよし”と言うから、市役所の親しくしていたり私が行う調査活動に誠意を以って接してくれた職員に会いに行き、最後の別れのあいさつをしてきた。妻は朝のポスター剥ぎの作業が終わると、すぐにいつものように実家のパン屋さんに勤務。夕方帰ってきて、驚くような話をした。それが先に書いた室戸市議選における選挙妨害事件。

 その日、パン屋さんで仕事をしている妻のところに、従姉にあたる女の方からこんな電話があったという。

 「びっくりしなよ。三津に住むあたしの妹夫婦が『谷口は(違法な事業を行う)市長を議会で批判するきん、あいつはへごな(性格が悪い)。落とさないかんきん、あれに投票したらいかんぞ。知り合いにも言うちょいてよ』ゆうて室戸岬町三津を回り、親戚にも電話を掛けまわったと。

 あたしに怒られんことか。あたしはそれを聞いて、こう言うちゃった。『おまんは政治の一つも知らんのに、ようそんなことが出来たねえ。それに、なんぼおまんが市長の違法を追及する谷口を嫌いでも、女房のふさ子はあんたの従妹やろがね。そんな従妹を陥れるようなことをなぜおまんら夫婦がせんといかんぜ。谷口は何んちゃあ悪いことをしようわけじゃのうて、議員としての仕事を真面目にしようだけやに。ほんまにおまんらというもんは、へごなもんや。・・・』。


 そう叱ってやったという話だった。落選に納得した。「さもありなん。だから、落ちるはずのない選挙で落選したんだ」と。

 いつもはにこにこ笑って穏やかな妻もさすがにこの話には腹を立て、「あたしの親戚があんたを落選させてしまった。申し訳ない」と詫びたが、私は「そんなことはない。お前が悪いんじゃない。物事の何たるかが解らんあいつら悪人が悪いんや。気にするな」とかばった。

 それから当家と妻の実家はその日を限りに、従姉夫婦のM家との親戚づきあいを完全に絶った。

 そうなると、毎年暮れになるとそのM家から妻の実家である山本製パン所に注文してきていた正月用のモチもカンバ餅ちも店の営業を取り仕切っている妻は「全て断る」と、兄夫婦に「注文を受けたらいかんぜ。もし注文を受けたら、あたしはこの店を辞めるきんね」と宣言し、断固、親戚関係を絶つよう申しつけた。妻は言った通り、選挙妨害事件があった昨年4月から後の昨年暮れ、そして今年の暮れのモチと注文の電話が来ても断ることにしている。

 日頃はそんなことをする女房ではなくていつもにこやな女だが、この家に関しては多分、彼女が死ぬまで付き合わないだろう。

 唯、“敵もさるものひっ掻くもの”で、市長の息のかかった自分たちが行った悪質な策略によって従妹である私たち夫婦の職を奪ってしまった罪の大きさを後でわかったのか、それとも自分たちが行った選挙妨害を私たち夫婦が知りカンカンに怒っていて「今に見ていろ」と言っていると三津で人づてに聞いて恐れをなしたのか、昨年末から妻の実家のパン屋にM家から電話はかかってこないし山本家にも一度も来ないとのことだ。いや、間違いなく、自分たちが行った選挙妨害という犯罪の罪が思った以上に大きかったため、来ようにも来ることができないのです。

 この犯罪の時効は三年。まだ、あと一年四カ月残っている。私が室戸警察署に駆け込めばその夫婦は逮捕されることになるが、さてどうしたことやら。

 昨年来、23年4月の市議選でこのような不正があったことは、市議会で情報公開を強く推進してきた私が住みその選挙妨害を行ったグループの夫婦も住んでいる室戸岬町三津や市内のあちこちで実名で公表し、明らかにしてきた。(尚、このM家は、三津漁港の国道を挟んで山側の、市長の顔写真と「小松けんじ」の文字が書かれた選挙看板をブロック塀に掲示してある家だからすぐ分かる)

 それともうひとつ明かしておかねばならないが、私を「落とせ」と動いた市長の支援者はそのM夫婦だけではなくて、数人の市民から通報を受けて他にも元公務員の夫婦など何人かが「谷口を落とせ。投票するな」と広めたことも知っている。その男や女は今も押し黙ったままで、ふと街中やスーパーで私と目が合うと臆病にもその者たちはその度に目線を逸らします。

 「自分が正しいことをしているならばその相手たる人物を直視できるが、自分が人の道を外れた行いをした時、その者は相手の顔を直視できないものである。

 自分に自信のない者は正面を向いて歩いて行けないが、自分が行っていることに自信がある者は正面を向いて堂々と歩いてゆけるものである。



 さて、含蓄のある小生のこの人生訓を覚えておいていただいて、ここからはこの人生訓に関する笑い話ですよ。

 昨日のこと、どこのお家も年の瀬の恒例行事である大掃除をしていますが、当家も妻は実家でカンバのモチを作ることに懸命で朝は午前6時に家を出て夜は午後8時ごろに帰宅する、それほど大忙しで働いているので、毎年大掃除は私の仕事。余談になるが、そのため、朝のモーニングも今は“主夫”の立場である私が午前4時半に起き、妻が5時に起きて食べられるように用意している。

 そうして午前と午後に、自宅と今はアトリエに変貌している議員事務所の大掃除を行いました。それが、当初は二日間でやる予定でしたが、思ったよりも早く終わったので、午後3時半ごろだったか、日課としていつもは午後5時ごろに出掛ける愛犬との散歩に出掛けた。そして、いつも通る海岸沿いの堤防を歩き往復していました。その復路でした。向こうから上下が青いジャージ服を着た人がこちらの方に向かって歩いてきます。その人もずっとこちらの方を見ながら歩いてきます。すると30mぐらいに近付くとその人は俯いた。そうしてうつむいたまま歩いてくる。私も「だれかな?」ぐらいの気持ちで見ていたが、帽子をかぶっていたのと下を向いているので、その人が誰か解らなかった。

 そうして二人の間が10メートルぐらいに近づいた時、やっとわかりました。そして、なぜずっと俯いたまま歩いているのかも。

 歩いてきたその男は、私が落選するように働いた従姉夫婦の旦那のほう。市議選運動期間中の一週間、室戸岬町のわずか500人ぐらいしか住んでいない三津という小さな漁村を「谷口を落とせ」と触れまわり、電話を掛けまわった、その悪質極まりない80歳近い男だった。

 政治の「せ」の字も知らず、自分がしていることが如何に悪質かの認識も無いまま、室戸というわずか13000人余の人口しかないちっぽけな市の政治を動かしている人間たちにその夫婦ともども踊らされ、「市長のために谷口という改革派の議員を落選させねば」の一念で大勢の仲間と一緒になって落選の呼びかけを行った、その一味の一人。その程度の男。

 私は歩きながらその男が顔を上げるのを待ち、じっと見続けた。だが、向こうはこちらの顔が見ることができなかった。当然だった。

 本来なら市長を支持支援しているこのM沢という男をはじめとして後援会の人たちの誰かが市長に向かって、「おい市長、谷口が言うように、お前のやっていることは町のトップとしてやってはいかん違法なことじゃないか。議会でそれを素直に認め、謝罪し、谷口が提案してくれた改革案を受けてなぜ改めないんだ。認めて改めなければおれたちはもうあんたを支援しないぞ」と叱りつけて改めさせるべきもの。もし、そのように早く動いていれば市長もこのような違法事業を行ったことを市民に知られることもなかったし、私も何も議会で6議会に亘って批判することもなかったし、市職員と市長が考え付かない改善案まで苦労して想起することもなかったのである。

 なのに、市長は私が落選するまでその違法事業を認めず改めなかった。ということは、後援会の中に唯の一人も公正な地方政治とはいかにあるべきかを解っている人がいないこともあって、「違法を認めて改めろ」と市長に進言する人がいなかったと解る。残念であり悲しいことです、自分たちが押し上げた当選させた候補が政治家としての軌道を外れた時、忠告する人間が一人もいないとは。ま、すぐ怒るしどこまでも過ちを認めないという性格だから、誰も言えないでいると考えた方が正しいのかもしれないが。

 但し、だ。自分たちが理解できないまちの政治においてあった出来事を捻じ曲げて他人に伝え、広め、この真面目一本で室戸の市政と市議会を改革するために働いてきた者を陥れて落選させたのだから、その責任は重い。


 向こうから歩いて来て5メートルぐらい前までに近づいたが、その男はどうしても顔を上げない。いや、私に叱り飛ばされるのが怖くて、どうしても顔を上げることができないと言った方が正しい。

 いっそ、思い切ってその堤防から10mぐらい下の海岸に突き落としてやろうか、ぶん殴ってやろうかと思ったが、それでは私が警察に引っ張られた後、選挙戦を共に闘ってきた後に残る妻が不憫だ。

 それでもなお「この野郎」と思い、「おいっ、お前は・・・」と去年の5月から積もりに積もった悔しさや怒りをぶつけてやろうかとも思ったが、その俯いてしまい私の顔も見ることができずにずっと俯き大きな体を小さくしているその哀れな姿を見ると、「何だ、情けない男だなあ。そんなに自分がしたことが悪いことだったと後で思うなら、最初からするな」と、さらに腹が立った。

 ずっと私はそのMという男の俯いた顔を睨み続けたが、その男は背中を丸め下を向いたまま横を通り過ぎて行った。その時、後ろ姿に向けて「おいっ、こら」とやってやろうかと思ったが、もし心臓が止まりでもしたら責任を問われかねないと、思いとどまった。

 そして思いました。

 「おれの勝ちだ。それにしても情けない男だ。かつては遠洋マグロ漁船に乗り世界の荒海に挑んできた男が、その姿は何だ。情けない。この夫婦が選挙の時にやったと同じように選挙後、私がその三津という漁村を「あの夫婦は私たち夫婦が一生懸命に選挙演説をしている選挙期間中、『谷口に投票したらいかんぞ』と触れ回った悪い人だ」と逆に触れまわってあるので、それを近所の人や知人から聞いて初めて自分がしたことが悪いと気付いたようだが、その悪さに気が付いたら『どうもすみませんでした』と謝りに来てはどうか。勇気がなくて、それもできんのか。まるで違法な事業を行っておいて議会でそれを指摘されても、認めもせんし、謝罪も出来んし、改めも出来ん、あんたらが支援している市長とおんなじじゃないか。この小心者めが」と。

 悪いことをする人間とは得てしてこういうもの、悪意ある人間とは所詮、この程度のものです。

 私は小学校から中学校にかけてイジメを受けていたからよく知っているが、本質はこんなふうに気の小さな人間の方が多い。
 

 そんな出来事があった散歩の後、妻は忙しい暮れのカンバ餅を製造する仕事を終えて、午後8時ごろに帰宅。散歩の時にあった出来事を全部、微に入り細にわたり話してやると、選挙後はその夫婦のほか選挙妨害に加わった者たちが私たち夫婦から逃げ回っているのを妻も知っているので、大笑いしていた。

 実は私たち夫婦はそれら市内にいる悪政を望む悪いグループが行った選挙妨害によって年間約450万円、4年間で約1800万円ほどある室戸市議会議員の報酬を失って無職になって無収入になっているので笑っている場合ではないが、その者たちに対する怒りを胸の内に押し殺して笑ってしまうことで、自分たち二人が受けた職を失い収入を絶たれたという被害と心の傷を少しでも和らげてないとやってられない、二人はそんな心境にある。


 藤原正彦氏は、≪ 父(作家の新田次郎)は幼い私に六つの禁じ手を教えた。一、大勢で一人をやっつける。二、強い物が弱い物をやっつける。三、男が女をやっつける。四、武器を手にする。五、相手が誤ったり泣いたりしてもやり続ける。六、弱い者がやられているのを見て見ぬふりをする。
 そして、父は、理由も何もない、卑怯だからだと付け加えた。マスコミの袋叩きは一、帝国主義や市場原理主義は二に抵触する。大津の事件は卑怯感覚を失った社会を映す小さな鏡にすぎない。≫
と書いたが、私の例をこれに倣い書くと、次のようになる。

 作家・藤原正彦氏の父、新田次郎氏は幼い正彦少年に六つの禁じ手を教えた。

一、大勢で一人をやっつける。
二、強い物が弱い物をやっつける。
三、男が女をやっつける。
四、武器を手にする。
五、相手が誤ったり泣いたりしてもやり続ける。
六、弱い者がやられているのを見て見ぬふりをする。

 そして、新田次郎氏は正彦少年に、「してはならぬと教えるその理由は何もない、卑怯だからだ」と付け加えた。私はそれにもう一つ付け加えさせていただこうと思う。

七、ウソをついて人を騙し陥れる。


 藤原氏はいう。「マスコミの袋叩きはその一に該当し、帝国主義や市場原理主義はその二に抵触する。大津の事件は卑怯感覚を失った社会を映す小さな鏡にすぎない」と。

 この最後の一行を私が受けた被害に当てはめると、こうなろうか。

 谷口を落選させろと行った選挙妨害事件は一と二と七に、議会で市長が行う違法議案に対し「違法だから改めよ」と課せられた職務を忠実に果たそうと努力している議員に加勢するでもなく見て見ぬふりをする“事なかれ主義”は一と二と六に抵触する。

 室戸で起こる多くの政治的事件は卑怯感覚を失った地域社会を映す小さな鏡にすぎない。



※電子情報誌「高知発!青空エクスプレス」のアクセス数は、12月27日(木)付けGooブログランキング(180万4409ブログ)中、4014位でした。

 検索数を見ますと、年の暮れから正月にかけてお休みが10日も続くところもあって、自治体の職員の皆さんも、企業に勤務している皆さんも、商店を経営しておられる皆さんも、みんな年末までにたまった仕事をはかすことに明け暮れているご様子。今日28日はどの会社も公務員の皆さんも仕事納め。忙しくて「青空エクスプレス」を見ている暇なんかないだろうから、検索数が上がらないのは仕方がない。最後の力を振り絞って頑張ってください。

 そして、明日からは長い長い休日が続きます。男性の方はあまり飲み過ぎないように、女性の方はあまり甘い物を食べすぎないように注意して、お正月をお楽しみください。

 それと、帰省される方も多いですが、お酒を飲んで車を乗ったりしないように。死んでしまったらせっかくの楽しい人生が台無しになります。

 ま、年に一度の長期休暇です。楽しんでくださいな。
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「頑張ります!」の演説なんて、信じちゃいけない

2012-12-21 | 政治家のあり方
(昨日の記事に関連して)

“やる気があれば少しぐらい遠くなっても出掛けて行くし、やる気があれば前途にどんなに苦労が待ち受けていようともどんなことにでも挑んでいく”

 そうトライしている人こそ、ウソばかり言ってうわべを取り繕うニセモノではなく、「真実の人」と言えよう。

 
 毎日毎日、真面目に活動を続けていた市会議員をだまして町のリーダーになった者もいれば、他方、市町村議選の時に「頑張ります!」と叫んで住民をだます議員もたくさんいる。

 そうだ。その「頑張ります」で思い出した。

 平成19年4月に行われた市議選の時のエピソードです。

 室戸市浮津の交差点付近で街頭演説をしていると、バイクに乗ったタクシー会社の社長が私のそばに寄ってきて止まり、演説が終わるや否やこう言い放ちました。

 「おい、市会議員の候補はみんな選挙カーに乗ったままマイクで『頑張ります!』と言うて手を振って走りようだけじゃが、あれらはいったい議員になって何をするがあな! なんちゃあ出来もせんのに、何が頑張りますな!」と、相当お怒りのご様子。

 私はすぐさま、こう言ってやりました。

 「私もそう思うけんど、私に言うても仕様がないろ。見ての通り、私は毎日、選挙前に市内50か所で演説することを決めて真面目にそのノルマをちゃんと果たしよう。腹が立つんなら、あんたがその選挙カーに乗った候補を一人一人捕まえちょいて、『おい、おんしら頑張ります!と言ようけんど、議員になっていったい何をするがあな。お前はこれまでの4年間に何をしてきたら! その任期の4年間、ただ議席に座っちょっただけやないか』、そう言うちゃり!
 私もあの街頭演説の一つも出来ん候補が議員になることには腹が立つけんど、それがあんな楽してメシ食ちゃろと考えちょう人間に限って上位で当選してくるんよね。うちの市民には人を観る目があるきんネ」


 と笑ってやった。

 社長は私のあまりの剣幕に押され、「ほんまに腹が立つきんにゃあ」と言い残すと、去って行きました。

 市民の中にもこのように良識派の市民もいて、公職としてのあり方や議員としてのあるべき姿を解っている人はいるんだなとその時、思いました。そして、議員になっても仕事をしない市会議員に対する怒りの持って行きどころがない、そんな室戸市民がいると確信した。

 唯、この社長さんも、いちばん議員として仕事をしている私には候補の批判は出来ても、議員になっても仕事をしないことが明白な候補には何も言えないんですよね。少しでも叱ってやれば考えも変わるかもしれないんですが、その候補が当選後、議員になっても仕事をしないと解っていることもあって、市民は市会議員を叱ることができないでいます。

 つまり、新議会が開かれる前からすでに市民は市会議員の仕事ぶりに期待しておらず、市議選の時からもう諦めていることが解る。

 だから、そうやって市民が仕事をしない議員を叱るのを諦めているから、ますます市会議員は増長して仕事をしなくなる。

 所謂、“負の連鎖”。

 この繰り返しで十年、二十年、三十年、と時は過ぎゆき、私が室戸市の人口が0人になると推計している2045年までその状態は続いてゆくことになる。

 そんな選挙風景を繰り広げているのが、この室戸市の市議選です。


※電子情報誌「高知発!青空エクスプレス」のアクセス数は、12月21日(金)付けGooブログランキング(180万2068ブログ)中、2150位でした。 
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室戸ジオパークを観光に活かす方法

2012-12-20 | 私の絵画制作活動
 今日は私の絵画制作についてのご報告です。

 昨年6月から開始した“画家もどき”の仕事ですが、11月中旬に描き始めた14作目の作品「子守り岩(室戸岬)」(P100)もこの12月18日に一応の完成を見ました。

 それから間髪をいれず、すぐ19日(水)から第15作目となる作品「岬の巨岩」(仮)の下塗りにかかり、昨日から下描きに入りました。これも100号。

 これがその現場の写真です。

  

 そして、描き始めたばかりの下描き。

  

 ジェッソで4回ほど白い下塗りを施した後、作業開始の最初の下塗りを今回は少しテストをしてみようと考え、赤とイエロー・オーカーの混色に少し白を混ぜ、グロスポリマー・メジュウムを加え、“地色”にしました。

 尚、この岩のある場所ですが、もったいぶるわけじゃないですが、室戸岬突端、とだけ紹介しておきます。ま、室戸市民にしても市外、県外の方にしても、「世間がジオパークと騒ぐから興味を持っただけ」という方はあまり室戸の地質に関心はないでしょうが、ほんとうに岬の岩に興味のある方は探してみてください。


 ヒマを持て余していますので、少しジオパークに関して思うところを書いてみようか。

 ジオパークといっても、地質学に興味がなくてもいいんです。いや、むしろ私が写真集『青空地質博物館』で「この地質を観光に活かすには、地質的価値よりも、芸術的価値をそこに見出さなくては、活かしきることはできない」と訴えているように、地質学ファンではなくて、海岸の岩の形状、形に興味がある「室戸の海岸風景のファン」がたくさんいれば室戸ジオパークは継続できるし、室戸のためにもなる。

 そこを室戸市のジオパークを推進している市関係者はよく理解していないと、地質学などわからなくても芸術的観点から関わってもらいさえすれば室戸ジオパークは存続できるのに、ユネスコや日本国内の地質学者が言うからと、ジオパーク地質学を地質学が解らない一般市民に対して「なんとか地質学を解ってもらいたい、それがジオパーク存続の唯一の手段だ」などと考え、理解してもらおうと付加体の地層の成り立ちを押しつけていると、人はだんだん来なくなる。それは疑いない。

 それは、基本はそうでしょう。ジオパーク事業が地質を手掛かりして広めて行くのは間違いありません。でも、学問は所詮、学問。学問とは一般社会に出た時に活かしてこそのもの。つまり、基本的なもの。それだけで儲けることはできないし、町が元気になるものでもない。活かしてこそだ。

 ま、こう言えば、大学で地質を学んできた方々はその「地質」が自分の唯一の拠りどころだから腹を立てるでしょうが、事実だから怒ってもしようがない。学問とはそういうものでしかない。

 その証拠に、大学を出たからといって、みんな大金持ちになったり、立派な仕事ができる人になりますか? ならないでしょう。官僚になっても、違法なことをしたり欲にくらんで悪しき企みをしている人は数知れないし、又、東京の有名大学や京都の有名大学などを卒業しても田舎の中学校しか出ていない人間に使われている例は枚挙にいとまがない。

 大学を出た元市職員の市会議員と、大学へも行かしてもらえず田舎の高校を出てすぐにトラックの運転手になった市会議員と、どちらが真面目に議員としての職責を果たしましたか? 前者は任期の4年間にたった一度しか一般質問に立つことができなかった。だが後者の議員は、任期の8年間・32議会のすべてに立ち、持ち時間の50分をフルに使って一般質問を行い、職責を全うした。室戸市職員であるあなたなら、そのことをよく知っているだろう。

 いくら大学を出ても鍛錬が足らないとそんなものです。

 学問とは、活かしてこそ。

 その地質の活かし方は、地質学を学ぶことではなくて、その海岸の岩を室戸にやってきた人たちに印象づけることの方がずっと大事。

 「どのようにしたら強く印象づけることができるか」です。

 考えてみてください。

 そこを理解せず、みんなジオパーク事業に取り組んでいますね。「何とか地質学を知ってもらいたい。そうすればジオパーク事業が長続きするし、浸透する」。そう思っていませんか? 思っているでしょ?

 そうではありません。「芸術的価値をそこに見出すこと」。このことがよく理解できるようになれば、活かすことができるようになります。

 もうひとつ付け加えておきたいことがある。

 先ごろ、11月1日から12日まで北川村の村民会館で私の個展となる「ジオパーク絵画展」を開いたことは以前、写真入りで紹介させていただいた。その絵画展に室戸市役所の職員で見に来ていただけたのは、悲しいかな、ジオパーク事業に関わっている女性の市職員一人と元市職員が一人。その二人だけでした。女性職員は私に「ジオパークの面白さや良さを市民にももっと知ってもらいたいから、この室戸の地質を描いた作品展を室戸市でも開いてほしい」と強く要請した。それは期間が一日か二日間だけということだったので丁重にお断りしたが、そのwさんの熱心さがうれしかったし、個展を見るために有給休暇を取って北川村まで足を運ぶその熱意にも感激した。

 個展が終わり考えたのは、「あれほど室戸においてはジオパーク、ジオパークと市職員や市民みんなが熱心にやっているふうに見えるが、結局、そのことに本当に熱意を持って取り組んでいる行政関係者はあの女性一人だったか」。室戸市内で個展をやれば、ジオパークに関心がない行政職員もおいでいただけたでしょう。だから、私は室戸の行政職員のジオパーク関心度を見諮るためにと、あえて室戸市以外の村でジオパーク絵画展を開催した。そこには約40人の市民がおいで下さいましたが、市職員は一人で、元市職員が一人だった。私は、これを今の室戸市におけるジオパーク関心度と見なす。

 これを私の勝手な考え方とお考えになった方もいようが、これも人の真意を見諮る一つの方法です。

 “やる気があれば少しぐらい遠くなっても出掛けて行くし、やる気があれば前途にどんなに苦労が待ち受けていようともどんなことにでも挑んでいく”

 そうトライしている人こそ、ウソばかり言ってうわべを取り繕うニセモノではなく、「真実の人」と言えよう。

 私をだまして市長になった者もいる。市議選の時、「頑張ります!」と叫んで市民をだました議員もたくさんいる。そういう人たちはみんな、ニセモノ。言ったことは守るのは人としての基本だが、その基本を守れない人は特に公職についてはならない。

 “やる気がないと「遠いから」と逃げ口上を言って行かないし、やる気がないと前途に苦労が待ち受けていることを考え「忙しいから」と理由をつけ動かない”

 ジオパーク事業に関わっているという公務の立場上、「関心がない」とは絶対に白状しない。 


 アッ、忘れていた。

 市長の違法を議会で追及したことが原因で選挙妨害を受け落選した昨年の4月、「もう金輪際、室戸のためには金も使わんし、汗も流さんし、知恵も出さん」と決意した身だった。

 この辺でやめておこう。


※電子情報誌「高知発!青空エクスプレス」のアクセス数は、12月20日(木)付けGooブログランキング(180万1782ブログ)中、2825位でした。 
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中国の品格、地方政治の品格

2012-12-18 | 政治家のあり方
 政権を奪い返した自民党の安倍総裁に対して中国が又、こんなお門違いのことをのたまっている。

 読売新聞がこう伝えている。

 ≪中国共産党機関紙・人民日報は17日、日本の新首相が「靖国神社」「尖閣諸島」「憲法」の三つの問題に真剣に取り組むべきだとする社説を掲載した。

 自民党の安倍総裁の名指しは避けているが、安倍氏に対し、靖国神社を参拝せず、尖閣諸島の公務員常駐や自衛隊を「国防軍」と位置づける憲法改正は行わないよう求める内容だ。

 社説では、安倍氏が衆院選で検討項目に掲げた「尖閣諸島への公務員常駐」を念頭に、「尖閣の(実効)支配を強化する試みはうまくいかない」と指摘。集団的自衛権の行使容認や憲法改正についても、「平和憲法の放棄は日本の前途を危うくする」と反対した。社説は、これらは中国があいまいにできない「原則」だと強調した。≫


 しかし、毎度毎度、腹の立つ外電ですね。自分たちの国の悪質さは棚に上げて、他国のことに付いてあげつらう。

 これを、他国による「内政干渉」という。 

 そのことを、日本を代表して私から中国政府に言おう。

 ≪中国の習近平副主席は、中国国内にある日系企業の安全な経営を支えながらその発展に寄与できる方策を講じるなどの努力を重ねるとともに、他方、日本の領土・領海・領空は侵してはならない。同様に南シナ海の南沙群島周辺の国々の領土・領海・領空も犯してはならず、又、かつて侵略して奪い取ったチベットなどの領土もすべて返還することだ。

 日本には次のような戒めの言葉がある。「自分の物は自分の物、他人の物は他人の物」。特に中国の政治家と国民は特許侵害事件を何とも思わないし他国の領土や領海を奪い取ろうとするなど通常は考えられない異常な行動を起こす特質があるので、この言葉をよく覚え学び、戒めとしたほうがいい。

 人は中国について“中国4000年の歴史”とか言ってさも立派そうに語るが、漢字や書、仏教、孔子や孟子の教えなど学ぶべき学問はあるにしても、私は中国が立派な国だとはこれっぽっちも思わない。なぜならば、中国国民がそれら4000年の間に生まれた学問や歴史や文化から学んでないのが原因なのか、人のあるべき姿や組織のあるべき姿を教えた孔子の時代や三国志の戦国の時代を経てしても国の品格は一向に育っていないし、形成されてもいないからだ。愚かにも、「国柄」として全く成熟していない。

 因って、そのことを振り返り反省して、今後においては他国の政治に干渉することなく、自国が行っている産業や国民生活に因る海洋や大気などの環境汚染の実態を強く認識し、経済発展よりも先に今はまずその対策に全精力を投入して取り組むよう要求する。そして、日本の政治家に靖国神社参拝をやめよと言うならば、先の大戦でなくなった中国軍人を祀ってある全ての寺に中国政府の首脳陣と役人は参拝しないことを確約しなくてはならない。

 又、東シナ海に位置する国際法上においても日本領土と確定している尖閣諸島並びに、南シナ海の周辺諸国であるベトナム、フィリピンなどの領土・領海は決して犯してはならない。

 更に言うが、日本並びにそれら南シナ海周辺の国々の法律に干渉するなど以ての外であり、いくら自分たちが喧嘩を売ったことが原因となり日本の国民を怒らせてしまったと今になって悔やんでも、もう遅い。国際法においても決してそのような発言や行動は許されるものではなく、日本は今後、中国のことを「敵国」と見なして対応することになると決意したのである。

 つまり、他国のことに余計な口出しをする前に自国の領分をよくわきまえ、自国の至らなさを恥じ、強く反省し、品位を持って近隣諸国とお付き合いをするように努めることだ。それが日本の作家である藤原正彦氏が言うところの、「国家の品格」である。

 最後に、この本を中国共産党の政治家たち全員が日本の本屋さんに注文して買い、熟読することをお勧めする。さすれば、中国の悪しき品格は見違えるように改善されるとともに、藤原先生のところにもたくさんの印税が入ってくるだろうから、お互いに喜ばしいことになるであろう。

 できたら、その印税の一部で私が描いた絵画作品を買っていただけたら、なお喜ばしい。≫


 しかし、中国という国は自分の悪さを棚に上げて、他国のことをあげつらい、陥れようとする国だなあ。

 これと同じような体質を持った政治家が室戸にもいる。

 違法な事業計画を事業化しようと議会に提出しそれを挙って賛成して進めている自分たちの悪さを棚に上げ、真面目一辺倒の議員活動を続けてきた改革派議員のことを選挙中にウソをついて広めて陥れ、議会から排除する。やってることはまったく同じ。

 しかし、彼らはそれらのことを反省はしないし、町を良くしようと努力もしていない。仕事をしているふりをしながら、ただ自分たちが全て市民のお金である市の財政から収入を得ようとしているだけだ。8年間そういう光景を見てきて確信した。

 市民も市民で、自分たちが議員に報酬を与えておりながら、市会議員が仕事をしているかしていないかなんか全く関心がない。それは、市の予算のすべてが自分たち市民のお金だとわかっていないことが原因している。だから、放置しているのである。

 因って、これは室戸の市議会だけの話ではなくて全国の地方議会に言えることだが、一部のかつての私のような真面目な議員を除き逆説的に言うと、議員の大半は「議員の仕事は当選さえすれば、元手が要らん、楽で得する商売だ」と思っている。

 つまり、他の真面目に仕事をしている議員のことに余計な口出しをする前に、地方議員としての自分の領分をよくわきまえ、まず自分のだらしなさと至らなさを恥じ、強く反省し、品位を持って議員職を全うすべく毎日、議員としての仕事に励み、且つ、健全に活動をしている議会では極少数派であろう改革派議員の邪魔をせず支え協力するよう努めることだ。

 それが作家・藤原正彦氏が言うところの「国家の品格」に通ずる、「自治体首長の品格」、「地方議員の品格」といえる。



(追記)
 12月21日(金)、近年高まっている中国による日本への侵略行為に対抗して、アメリカ政府も日米安全保障条約に基づく協力関係を強化することが決まったと次のように伝えている。

 ≪ 「尖閣は日本の施政権下にある」と米議会が特別声明。 中国の軍事行動に対抗 (ZAKニュース)

 ジム・ウェッブ米上院議員は19日、米国による沖縄・尖閣諸島の防衛義務を明記した2013会計年度(12年10月~13年9月)国防権限法案が上下両院で合意に達したことを受け、特別声明を発表した。

 声明は、尖閣条項について「日本の施政権を脅かすいかなる試みにも、米国が毅然(きぜん)として対抗する姿勢を示したものだ」と表明。その上で「過去数年間、中国は尖閣諸島の領有権を主張して東シナや(ベトナムとフィリピンなどと領有権問題のある)南シナ海で攻撃的な活動を強めてきた」と中国を名指しで批判した。

 また、「米議会は、米国が尖閣諸島が日本の施政権下にあることを認め、この立場が、いかなる恫喝や強制、軍事行動によって代わるものではないことを明確にするものだ」とした。

 米政府も、尖閣諸島が日米安保条約の対象と明言しているが、公文書を含めて国防の大枠を決める重要法案に明文化されるのは初めて。日本にとっては、これまでで最も強い形で同盟国の後ろ盾を得た格好だ。 (ワシントン=佐々木類)≫


 これはアメリカが、へなちょこ民主党が去って安倍政権が発足したことにあたり、日米両国が協力して中国の覇権主義に対抗していこうとする、これから十年先、五十年先まで見通した新アジア政策であると理解できるし、頼もしい。何もしてないのにノーベル平和賞をもらっているんだから、オバマさんもこのくらいのお仕事はしないと、大統領の任期が来て離職するときに「一体あれは何だったのか」と言われるだろう。


※電子情報誌「高知発!青空エクスプレス」のアクセス数は、12月18日(火)付けGooブログランキング(180万1076ブログ)中、3285位でした。  
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お人好し国家と平和ボケの国民であってはならない(1)

2012-12-17 | 国のあり方
(長文になりましたので、二部構成にしました)

 最初に申しておきます。 私は「右」でも「左」でもない、真ん中の考え方を持ったフツーの日本国民である。

 中国共産党政府・習近平の命を受けて毎日のように中国船が日本の領土を侵略しようと企んで領海を侵犯し続け、一昨日は中国偵察機が領空侵犯まで行った。これに対して自衛隊はスクランブルをかけて出動したというが、あまりにも遅すぎたと報道されている。

 なぜ撃ち落とさなかったのか。あの大韓航空機撃墜事件を見よ。ソ連領空を大韓航空のボーイング機が領空を侵犯したのを見てソ連の戦闘機が撃墜した、それと全く同じ領空侵犯事件だったではないか。撃墜しても国際法上、何の問題もなかった。悪いのは日本領空であることを十分承知の上で侵犯した中国の方。それこそその国際司法裁判所で、その撃墜事件の責任の所在とともに、尖閣諸島の領土権も判断してもらえば、一石二鳥だった。

 はっきりしているのは、このような侵犯事件に対し「日本政府は戦闘機を飛ばして機銃掃射で威嚇してでもいいから、強く対抗処置を講じよ」と考えること。これは決して右翼的な考え方でも違法なことでもなく、国際法を順守してのまん真ん中の国家意識だと思っている。当然の国民意識だろう。

 中国の、楊外相は14日、日本政府による尖閣国有化に対して「断固として日本と闘争を行う」と表明した。

 中国の政治に関わっている者たちは中国国民による選挙で選ばれてないことから、地方の末端の役人から国のトップに至るまで全て“公務員”である官僚ばかりと解る。だから、≪中国とは、人権を無視し、国民の意思に依らず政治を行っている国≫と決めつけていい。そういう官僚だけの考えで勝手気ままに政治をやっているおかしな国である中国の外務大臣が、なぜそんなお門違いの主張を日本に向けて行ったかというと、こうだ。

 自分たち中国は尖閣諸島を日本から奪い取ることを国家政策として位置づけ、その作戦の一つとして飛行機を飛ばし、それを見た日本は領空侵犯事件として戦闘機をスクランブルさせた。そのことに腹が立てた中国は「日本と戦う」と言っているのである。

 言わば、大人しく当たり前の生活している人の土地を奪おうと企んで自分から喧嘩を売っておいて、その人がたまりかねて殴りかかってきたら、「あいつはまるで喧嘩腰だ。許せない」と言って隣近所の住民たちに訴えている、そんな笑っちゃうような光景と同じだ。

 又、こうも言える。

 これは、市民から要求されている職責に従い粛々と議員活動を行っている議員に対して、特別職公務員である市長の職務を逸脱して自らが行った不正を改めるでもなく、逆にその議員に向かって「私の不正な事業計画に対して二度も三度も批判をしますが…」と市議会の市長答弁でその議会正義を守ろうと働く議員に喧嘩を売った。更に、その議員が尚も「首長としてあるまじき行為だ。不正を改めよと」言うと、尚も「あいつは悪い議員だ。許せない」と言って自分を支持・支援する県議や市議や市民に「落選させろ」と命じた、そんな笑うに笑えない光景とよく似ている。

 だから、自らの過ちを認めず改めずにいながら他人を責める点において、チベットの領土を奪い更に日本やフィリピンやベトナムなど南シナ海周辺諸国を侵略しようと次々と攻撃を仕掛けている中国共産党政府の政治家たちと違法な政治を進める室戸市長とそれを支える議員や支援者らは、体質が同じとみていい。

 そもそも両者の悪行の発端は、中国政府の場合は、尖閣諸島周辺の海底には石油や天然ガスが眠っているとの国連の調査を聞き、それをきっかけにして奪い取ろうと企んだこと。

 室戸市の場合は、小松室戸市長が「3カ月後の20年12月初めに開業したい」との徳島バスの要請を受け高速バスターミナル施設を3カ月で建設しなくてはならなくなったことから慌ててしまい、地方自治法「公の施設」の条文で担保するよう求められている要件を無視して申請した県の補助金と貸付金(高知県企画振興部と市町村振興課もそれが違法な事業計画と知っておりながら県費を支出したことから、室戸市のその違法に加担したことになる)で以って、この事業計画に係る条項の要件である公益性も公共性を全く満たしていない徳島バス従業員の宿泊所を併設してしまったこと。

 だから、領土や領海を侵犯される側の日本の国が悪いわけではないし、市長の違法を指摘し改めるように求めた側の改革派議員の私が悪いわけでないのは、誰が見たって明らか。

 依って、反省もないし改めることも知らないのは、こんな中国という国だけでなく、日本の国の中にも同じようなことをする恥知らずがいると断じてよい。

 話をもどそう。

 日本の領海や領空を平気で侵犯するそんな悪しき国・中国であるが、中国政府と中国人は日系企業約23000社の助けによって経済発展してきた恩義を早くも忘れたようだ。

 こういうのを指して、「自分を中心に地球が回っていると思い上がっている」と称する。日本人の政治家の中にも民主党の松本龍議員のように横柄で下品な政治家はいるが、中国人の政治家はなぜかみんな発言が横柄で品がなく、その上、国の統制が取れてないから行う事業が大雑把。昨年建設したばかりの橋が崩落したり、高速列車が衝突したら証拠隠滅のためにそれを土の中に埋めてしまうなど、「悪事をしても、失敗しても、解らなければいい」という、如何にも4000年の歴史からも孔子からも何も学んでいない中国の政治らしい。

 このように愚かとしか言えないのが、国民による選挙では選ばれていない中国の官僚たちである。彼らは国民に選挙で公正に選ばれたものではないから、国の主席から末端の役人まで中国の政治に関わっている者たちはすべて政治家ではなくて、官僚、言わば公務員だけで国を動かしている、変な国。 

 そんな中国政府が14日、尖閣諸島の覇権をめぐって日本の自衛隊の艦隊や戦闘機と戦闘を行うと宣言した。

 平和ボケした日本の政党の皆さんと国民の皆さん、日本の国の平和がこれから何事もなく100年、200年と続くわけではありません。日本から中国に行った日系企業23000社の助けを受けていることを無視しながら、中国の外務大臣は明日にも日本に戦争を仕掛けると言っています。民主主義を理解できない人や組織の在り方が解らない人、正義が解らない人たちにはほんとうにお気をつけください。

 申しておきます。

 ある一線を越えた時、瞬時に断固たる措置を取って蹴散らさなければ、侵略行為とはどんなケースでもエスカレートしてくるものだ。日本軍の中国侵略で解るだろう。お人好しでは国は守れない。 

 15日、インターネットの放送を見て朝日デジタルがこう伝えている。

 ≪「はっきり言って、みっともない憲法」安倍晋三・自民党総裁 談

 「日本国憲法の前文には『平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した』と書いてある。つまり、自分たちの安全を世界に任せますよと言っている。そして、“専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う”と(書いてある)。

 自分たちが専制や隷従、圧迫と偏狭をなくそうと考えているわけではない。いじましいんですね。みっともない憲法ですよ、はっきり言って。それは(なぜそうなっているかと言うと、)日本人が作ったんじゃないですからね。

 そんな憲法を持っている以上、外務省も、自分たちが発言するのを憲法上義務づけられていないんだから、国際社会に任せるんだから、精神がそうなってしまっているんですね。そこから変えていくっていうことが、私は大切だと思う」。≫


 中国とつながっていると評判で、衆院選の前から安倍晋三氏を陥れようと企み何度も記事を書いたあの新聞社が、上のように伝えています。


 他方、民主党政権は発表した次期衆院選のマニフェストで、憲法に関する記述はわずか1文。「憲法を活かし、国民主権・基本的人権の尊重・平和主義を徹底」。野田首相は「憲法改正は争点と思わない」と強調し、「現憲法の枠内で何ができるかということの中で知恵を出している」と指摘する。

 このように中国軍が今にも攻めてこようとしている時代にあっても、公約としてはっきりと打ち出せず、憲法論議から目を背けて国のあり方も語ろうとせず、避け逃げている。明日、政権党として転落は明らかだが、それにしても最初から最後まで3年3カ月の間、国民を惑わせ、恐怖すら与え、悩みを増幅させる政党だった。「おととい来い!」だ。日本の国が可愛いなら、安倍総裁ぐらいのことをなぜ言えないのか。


 作家・藤原正彦氏は週刊新潮の「管見妄語」で、「脅され騙され」(2010年10月14日号)の中でこう説いている。安倍総裁が指摘する点と重なる。

 要旨は、“日本人はお人好しゆえに「いざとなったらアメリカが助けてくれる」と他人任せで、自分の国は自分たち国民の力で守るという自衛意識と危機意識が消滅している。その原因は、占領国が都合のよいように作文された日本国憲法に因るのではないか”。

≪日本人はお人好しである。

 海外ではひったくりやスリの好餌だ。市場では釣り船をごまかされ、レストランでは食べてもいないものまで請求され、ホテルでは覚えのない国際電話や冷蔵庫のシャンペンの代金まで請求されたりする。日本ではありえないことだから一々確かめないことが多いし、たとえ気付いても激怒して大騒ぎすることもない。だから向こうはダメモトで騙してみよう、ばれても勘違いと説明すれば日本人ならわめきたてずに納得してくれるだろうとなる。

 個人ばかりではない。企業も同様だ。中国では多くの日本企業が日常的に約束違反や詐欺に遭い、技術の盗みだしや違法コピーなどで悩まされている。アメリカではそれどころではない。トヨタはちょっとした過失につけ入れられ、恐らく大ウソであろう「証拠」をでっちあげられたうえ、国を挙げての攻撃にさらされ、イメージを大きく傷つけられた。その上、中古トヨタ車の価格が下がったからという信じられぬ理由で、総額二兆円を上回る賠償額の一千万人による集団訴訟までされた。

 東芝は現実に一件の被害も起きていないのに、不具合の発生する可能性が理論的にあるということで集団訴訟され、一千億円を払わされた。特許侵害やダンピングによる提訴は頻繁にある。訴訟をしかけると要求した通りの金額で妥協し和解してくれる日本企業は、世界中でカモになっている。

 お人好しなのは国も同じだ。困り果てた個人や企業を決して救おうとはしない。トヨタの問題などは、日本を代表する企業を標的とした官民による宣戦布告のようなものだ。なのに、アメリカ政府に対し強硬な抗議をするどころか聞こえていないふりさえしている。そればかりか小泉政権はアメリカの要求通りに構造改革を行い、世界一だった雇用や医療を壊し、格差を拡大し、世界中の垂涎の的だった一億総中流という夢の社会を自ら叩き壊した。以降の政権も「日本の財政は破綻寸前」などというアメリカのご宣託を、情報操作とは疑わず、積極的な景気浮揚策さえ打てないでいる。

 安全保障も同じだ。北朝鮮のテポドンが日本列島を飛び越すまで北朝鮮の軍事的脅威をマスコミは騒がなかった。

 今回の中国による領海侵犯、体当たり、恫喝に対し政府は土下座した。脅せば土下座する日本、ということを中国は学んだだろう。中国の軍事力を恐れたのだ。一九八九年以来二十一年間、軍事費を毎年二桁ずつ増加させてきたことや、中国艦隊が先島諸島あたりを我が物顔に航行していることは、保守系の識者が繰り返し警告していたのに、政府も国民も経済的な関係を深化させていれば脅威にはならないと呑気に構えていたのだ。

 戦前の日本は他の列強並みに他国を脅しだまし狡猾を企んだりもした。現在の我が国政府、企業、個人の全面的お人好しぶりは何に由来するのか。日本国憲法の全文「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」が大きいのではないか。日本国とその国民の生存は他国に委ねられてしまったのだ。命がけで守るべき国家という意識が消滅したのだ。必然的に国も個人も自衛意識と危機意識を失った。平和を希求していれば戦争に巻き込まれないし、いざとなればアメリカが助けてくれる、と何もかも他人任せとなった。それどころか、「国家意識を持つと軍国主義につながる」という終戦後のGHQによる洗脳から国民はいまだ解かれていない。

 今度の中国漁船事件は実にありがたいことだった。日本国憲法を信じ、「平和を愛する諸国民」の一つである中国の「公正と信義に信頼」していると、尖閣諸島はおろか沖縄、果ては本土までゆすり取られてしまうであろうことが惰眠をむさぼる政府と国民に明らかになったからだ。≫


(続く)
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お人好し国家と平和ボケの国民であってはならない(2)

2012-12-17 | 国のあり方
(続き)

 最近は、東シナ海全域が中国領海だとばかりに毎日のように中国船が日本の領土・領海である尖閣諸島周辺に入り込み、昨日は中国機まできて領空侵犯を行った。あのやり口を見ていると、「あー、あんなふうにチベットの国も盗んだのか」とよく分かる。チベットの僧侶らは中国の侵略に抗議し、一日に10人、20人と焼身自殺をして世界中に助けを求めている。自分の国を奪われる怒りにかられ死んでいくなんて、あんな悲しい話はない。チベットを脱出したダライ・ラマ14世は世界中に飛び回り中国政府の悪さの実態を伝えチベットの救済を呼び掛けてはいるが、残念ながらどこの国も積極的に助けようとはしない。日本はもちろんのこと、軍事力が巨大な“世界の警察官”といわれるアメリカさえも見て見ぬふりしている。

 “新たな手”を打たなくてもいつまでも平和は続くと思っている、日本の政治家や日本国民がいる。今のまま何も変えなくても、このまま平和が続くと思っている。それを称して、「平和ボケ」という。

 これを例えると、室戸市議会において「改革しなければ時代に取り残されてしまう」と考え議会改革に取り組む市会議員の行動を「これまでこうしてきたから今のままでよい」と改革活動を妨害し続けた古参議員がいたが、市長と利害関係を保持・温存しようと画策してそういう古い体質から抜け出そうとしないそんな議員も「平和ボケ」している地方議員と呼んでいい。小松市長が地方自治法違反の事業を強引に行おうとしても辞職勧告決議案や不信任決議案の提出すら出来なかった点だけとってもそのことが解るし、彼らが市民から課せられた議員としての職務に精一杯努力しようとしないその姿を見ていると「今の悪い状態のままでも室戸市は存続できる」と考えていることも解る。

 “今のまま何も変えなくても、このまま平和が続くと思っている。それを称して、「平和ボケ」という”

 中国に対する日本国民の意識に話をもどそう。

 そして又、「自衛」の意味を「砲撃してきた相手の砲弾を避けること」と勘違いし、国を守る「国防」とは「砲撃してきた相手の砲弾をよけながら相手に向けて砲撃すること」であると知らず、「打ち返してはいけない。それこそ憲法で禁じた戦争になる」という政治家や国民がいる。

 そのようなどこまでも危機意識の欠落した日本人と「今さえ良けりゃいい」と思っている日本人によって、近い将来、ほんとうに近い将来、尖閣諸島だけではなくて日本領土も周辺の悪意ある中国、韓国、ロシアに奪われ、北朝鮮もそれに連動して暴発するのは疑いない。

 自民党は安倍総裁が言うように、憲法改正を公約にし、「9条には自衛権を明記し、自衛隊の名称を国防軍と規定」すると決意した。自衛隊が憲法で規定されずに戦後67年たった事の方が政府として重大な手落ち。政治家たちと国民が憲法を軽視し蔑にしてきた証拠になる。こうやって憲法を改正するからとかといって、野田首相が「自民党は憲法改正するというから、戦争を始めようとしているんだ」というのは短絡的すぎる。自民党が公約で憲法改正を謳ったからといって「戦争を始めようとしている」わけじゃなかろう。9条の平和主義まで変更するわけではない。

 他方、その民主党は「憲法は改正しない」と言っている、党内に憲法改正論者と憲法保持論者がいるからと。そんな何事も弱腰だから、民主党政権になっった途端、わずか3年ほどの間に韓国や中国による領海及び領土侵犯事件がたび重なって発生したのである。

 又、共産党や社民党などの「自民党の憲法改正によって、日本が海外で戦争する国に作り替えられる」の批判も全くの的外れだ。「もし、日米安保条約なかりせば・・」、「もし日本に米軍基地なかりせば…」と考えてみよ。自民党の真意は分かっているのに、虚偽の言葉とすり替え陥れる、いつもの彼ら政党の手法である。笑ってしまう。私に言わせれば、「国も守れないような意気地のない政党は、さっさと消えてなくなれ」だ。

 これも、市議会議員の私が市長の違法な事業計画を批判し改めるように指摘すると、まるで私の方が悪いことをしているかのように、市長周辺の議員や市民が私を落選させるために「あいつはわるいやつだ。投票したらいかんぞ」と市内全域に触れまわった、それと同じ。政治のなんたるかを解っていない市長、市会議員、市民らによる、全くの的外れの批判だった。そんなウソで善良なる市民をだまし、善良なるこの改革派議員を落選させたのである。ほんとうにどこまでも悪い奴らだ。

 戦争はしないという、憲法にある「戦争放棄」の規定はいいことだ。それでいい。しかし、日本は領土や領海を奪われたり戦争を仕掛けられて黙っているような国であってはならない。国の防衛、つまり「国防」は厳しいものでなくてはならない。政党も「憲法を改正すれば、日本が海外で戦争するようになってしまう。自衛隊は防御に徹するべきで、攻撃する軍隊にしてはならない」なんてきれいごとばかり言っているような政党はいらない。「諸国民(品のない質の悪い周辺4国も含めた他国の国民のこと)が日本の領土を奪おうと戦闘をしかけてきたら攻撃する」そんな当たり前の“軍隊”を持たなくてはならない。

 
 さて、藤原先生が「管見妄語」で問題はここにあるという部分、「現在の我が国政府、企業、個人の全面的お人好しぶりは何に由来するのか。日本国憲法の前文『平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した』が大きいのではないか」だけ、新政権より先に私なりに憲法改正してみたい。

 日本国憲法の前文改正案、
 
「平和を愛しない中国、韓国、北朝鮮、ロシアなど諸国民の不公正と疑義に鑑み、われら日本国の平和のために安全と生存を保持可能な体制に改革を進め、時代に合致した法律として構築すべく決意する」。

 日本国とその国民の生存は「自分の国のことは自分の国でやる」の精神で、自ら国民が責任を持って命がけで守るべきで、そのような自衛意識と危機意識を常に持ち、アメリカ頼みは止めることだ。その上で、アメリカの軍事力頼みで毎日生活を送っていながら、共産党や社民党の福島女史ら野党の大半は「米軍は国外、県外に出て行け」などと勝手極まりないことを軽々しく叫ぶが、「アメリカなくば・・」の意識も常に持てと言いたい。

 日本はアメリカ軍が日本にいなくてもちゃんと中国軍と対峙できるぐらいの軍事力は持つべきであるし、併せて、アメリカ軍も日本に駐留させなければならない。平和ボケした野党のようなことを考えていては、日本は早晩、攻撃されて中国や韓国領土となろう。

 しかし、中国に行って国家主席に面会し写真を取らせてもらった日本の小沢なる政治家をはじめとする大バカ者らや「友愛」とか言っておおかた決まっていた普天間基地の移転話をぶち壊してしまい中国の侵略に思いを致さなかった鳩山なる政治家らのように、みんなで中国の恫喝に対して土下座しやり過ごそうとするなら、そうすればいい。

 自衛隊は国内の災害救助隊程度しかできないように憲法で定め、日本の領土からアメリカ軍はすべて出て行ってもらえばいい。

 そうすれば沖縄の人たちは一時的に喜ぶだろう。だが、一年もしない間にその米軍基地にいるアメリカ人たちで飯を食っていた大勢の沖縄県民は食いかつれ、政府から沖縄県内に投下されていた莫大な交付金の予算は高知県程度に急減、市町村に全く来なくなり、町は寂れるのは疑いない。食えなくなった県民は次々と本土に移住するだろうし、倒産した企業の中のまだ財力が残っている一部の会社も本土に拠点を移すことになる。

 その後、中国軍が尖閣諸島どころか沖縄県も侵略するのは疑いようもないし、やがて中国は本土も狙うようになるだろう。

 その時、日本国内に米軍はいない。日米安全保障条約なんか、無きに等しい。

 さあ、どうする。「県外、国外」と言ってた社民党の福島さんよ、共産党さんよ、どうする。自衛隊にもう一度艦船と戦闘機を持たせるのか? その時にはアメリカ軍はもういないから、自衛隊の軍部増強は必至。当然、あなた方の子どもたちや孫たちは徴兵制度によって、またもや戦地に赴くことになる。

 逆に言おう、なぜそうなったのかを。選挙の時、無責任な国民向けの甘言ばかり吐いていた政治家たちが「米軍は国外、県外」と言ったため、日本国内の全ての米軍基地がなくなったのだ。

 そうではなくて、今のように日本とアメリカが共存共栄でお互いの利害を共有してさえいれば可愛い自分たちの子や孫は兵隊に取られなかった、ということになる。

 藤原先生はこう書いている。

 「今度の中国漁船事件は実にありがたいことだった。日本国憲法を信じ、『平和を愛する諸国民』の一つである中国の『公正と信義に信頼』していると、尖閣諸島はおろか沖縄、果ては本土までゆすり取られてしまうであろうことが惰眠をむさぼる政府と国民に明らかになったからだ」。

 私がもう一つ付け加えよう。

 いつまでも平和は続くと思っている平和ボケした日本人たちは、実にお人よしだ。真面目な市議会議員に対しては「あいつは真面目だから、憎い」と言って落選させるが、「触らぬ神にたたりなし」とでも思っているのか、それともあまりにも相手が大きすぎるから何も言えなくなっているのか知らないが、周辺の悪辣な国々に関しては何も言えないし、何もできない意気地なしばかり。尖閣諸島はおろか沖縄、果ては本土までゆすり取られようとしているのに、まだ「平和主義さえ捨てなければ戦争にはならないし、いざとなったらアメリカが助けてくれる」と思っている政治家や国民がいる。バッカジャナカロカ。

 そういう点から言いうと、一昨日の中国機の領空侵犯事件は実にありがたいことだった。

 ある一線を越えた時、瞬時に断固たる措置を取って蹴散らさなければ、侵略行為とはどんなケースでもエスカレートしてくるものだ。日本軍の中国侵略で解るだろう。お人よしでは国は守れない。

 そう断じておく。

 最後に、お時間があれば、私がその男っぷりの良さから尊敬するようになった櫻井よし子氏の評論をお読みいただきたい。次期、安倍総理大臣の内閣には櫻井よし子氏を外務大臣に招聘して頂きたい。そして、いつものあの上品でさわやな語り口で中国と対峙し、軽くいなす場面を見てみたいものです。中国の習近平ら役人と軍人たちが地団太踏んで悔しがる光景が目に浮かびます。


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始末に困る人

2012-12-13 | 政治家のあり方
 これは私が地方議員としての職務を始めたときからずっと思っていたことだが、小さな町の地方の政治家たちを見ていると、“欲”ばかりが目につく。

 まず目につくのが、政治の場に着任することで得られると考え発揮する「金欲」。

 次が、これも「金欲」に関わるが、報酬が2万円増える委員長や副議長になりたいとか6万円増える議長になりたいという「出世欲」。

 そしてこれも「金欲」に関係するが、首長を取り込んで政治の裏で不正な利権・利益誘導に動くなど権力を笠に着ての「権力欲」等々。

 政治家になっての住民から負託されている職務を遂行することよりも、大多数の議員が何がしかの、こういう地位や金や権力に関わるものばかりに目的があるのではないか。

 今も申したように、そういう議員の行動は毎月“お給料”を頂いている住民から負託された“行政のチェック”など政治的職務は二の次、三の次になっていて、行政の業務調査や財政をはじめとして行政業務全般についての勉強などをしているのは、議会の中でほんのわずかの議員だけ。

 政治家たちは住民のために職務優先で働きそういう「欲」を全部捨ててしまえばいいのに、自分にはもともと議員としての“地力”がないことを自身が知っていることもあってか、どうしても「欲」の方が勝り、金欲、出世欲、権力欲などを捨てずに優先させてしまっている。

 私は市会議員時代、考えがあって初当選の最初から委員長になろうとしなかった。その理由は明白。元々私には、そんな金欲や出世欲、権力欲がないためです。あったのは、私が長い間行ってきた地域づくり活動を見ていただいてもお分かりと思うが、ただ「この高知県東部地域が元気になってほしい、室戸が元気になってほしい」と思っていることだけ。今もその意識は同じ。

 ですが、みんな委員長や議長になれば報酬が2万円、6万円増えるという理由から、自分に委員長や議長にふさわしい品格や知識など能力があろうが無かろうがお構いなしに、委員長や議長になりたがった。

 しかし、私はこう考えていた。

 「この委員長とは、言わば会議の行司役。・・・ということは、委員長は質疑はできない。とならば、違法や不正が行政にあっても問い質すことはできなくなる。これでは住民の負託にこたえられない」。

 ・・・という問題が発生することを重視して、私は議員任期の8年間、委員長職に背を向けてきた経緯がある。だから、逆に言えば、質疑できる議員の立場でい続けたことによって議員として務めた8年間ずっと、住民の負託に応えることができたと言えます。(これらのことは、私の行政調査活動で接し議会での発言を見ていた平成15年から現在まで室戸市役所の課長及び課長補佐を務めた皆さんならば、よく知っておられるだろう)

 そんな時、これら私が議員時代も議員を退職した今も考え続けていたことに関連するいい評論を見つけたので、全国の地方自治に関心が深い皆さんにご紹介しておきたい。現職の首長と地方議員の皆さんは自分の間違った行いについて他人から意見されることを特に嫌がり避けますが、それらの方々は特に真剣に考えていただきたい。

 元総務大臣・片山善博氏とともに私が尊敬しているのが、作家の藤原正彦氏。その藤原氏は週刊誌『週刊新潮』に随筆「管言妄語」を連載しています。今年の1月だったか、その「管言妄語」に「国士は消えていく」のタイトルで上のような出来事について書いていた。その一文を、喫茶店においてあるこの本を読んでいて「私が思っていることと同感だ」とうれしくなり、さっそく書店に行って買ってきたので、一部ご紹介する。


藤原正彦・「国士は消えていく」

 ≪数学者の世界で、出世欲とか権力欲と言った欲望に支配されるような人をほとんど知らない。私の先輩には、せっかく東大に入りながら、尊敬する先生が地方大学に移ったということで自分もそこへ転学した人がいた。あくまでも学問が中心で偏差値による格付けなどは気にもとめない。利己的なまでに学問中心だから、ある助教授などは、数学教室から教授昇進を要請されながら、「今日中になると雑用が多くなって研究に差し支えがでる」という理由で昇進を拒否してしまった。確かに教授になると、教室主任を始め教室運営の責任を負わされる。

 (中略)私もこういった委員をいくつも押し付けられていた時期には、研究に全力を打ち込めなかった。だからある教授は他大学から移籍を請われた時、「助手待遇という条件なら移ってもよい」と答えたという。数学者にとって、じっと考え続けられることのできる環境こそが重要で、地位や金や権力などはほとんど眼中にない。ただ名声欲はある。目覚ましい研究成果を上げて名声を博したい、大問題を解決して数学史に名を刻みたい、という気持ちは恐らく誰でも持っていると思う。

 対照的に、ほとんどの政治家は出世欲や権力欲に突き動かされているようだ。昨日まで熱く語っていたことを周囲の形勢がちょっと変わっただけで平気で翻意してしまう、などというのは日常茶飯だ。こういう光景を見ると私などは驚き、地位や出世や権力を目指す人生とは何なんだろうとつくづく考えてしまう。恐らく政治家を志したときは「国家国民に尽くしたい」と健気に思っていたはずだ。それが「そのためには地位と権力が必要」、次いで前段を忘れ地位と権力が目的化してしまうのだろう。

 西郷隆盛は「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、始末に困るものなり。この始末に困る人ならでは艱難(かんなん)を共にして国家の大業(たいぎょう)は成し得られぬなり」と言った。日本が今、本当に欲しているのは
始末に困る人、すなわち国士だ。西郷は機を見るに敏な人々により葬りさられた。この国で国士は、地位を上げるにつれ徒党をなす権力亡者たちに煙たがられ、ついには左遷され、排斥される。だからこそ国士を貫こうとする人はめったにいない。政治の不毛がいつまでも延々と続くわけだ。≫

 
 私は「その通りです。著名な作家先生にこんなことを申しては失礼ですが、藤原さん、あなたは物事の何たるかが解ってらっしゃる、よく言って下さいました」と感じ入った。

 室戸市の政治関係者と室戸市民の皆さんはこの文章をどういう思いでお読みになったでしょうか? まるで、地位や金や権力に媚びない“始末に困る人”の谷口總一郎のことを書いているようにお思いになりませんでしたか?

 文章の最後の方の「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人」である議員の谷口は「(西郷は)機を見るに敏な人々により葬りさられた。この国(町)で国士は、地位を上げる(議員として知識と能力を高める)につれ徒党をなす権力亡者たちに煙たがられ、ついには左遷(選挙妨害)され、排斥される」と続く個所なんかは、全く私のことを指し言っていると思いませんでしたか?

 西郷さんの言葉について詳しく知っているわけがありませんので、少し調べました。それを基に知ったかぶりして解説しておきたい。

 明治維新の英傑・西郷隆盛は、その言葉を伝える『西郷南洲遺訓』で「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は始末に困るものなり。此の始末に困る人ならでは、艱難(かんなん。困難に遭い苦しみ悩むこと)を共にして国家の大業は成し得られぬなり」と述べている。

 これは、「命も名誉も財産も何もいらないというような人には困ったものだが、そのような人でなければ、困難を分かち合い、国家的な大きな仕事をすることはできない」、「自己の利益や自己の保身をいっさい前提をしない、まったくの無私の精神に基づいた政治家の出現がいまこそ望まれる。そのような境地に立ってこそ、真の改革を果すことができる」と説いたもの。西郷隆盛(西郷南洲)が『西郷南洲遺訓』の中で山岡鉄太郎(山岡鉄舟)を指して言った言葉とされる。

 藤原先生は、「ほとんどの政治家は出世欲や権力欲に突き動かされているようだ。昨日まで熱く語っていたことを周囲の形勢がちょっと変わっただけで平気で翻意してしまう、などというのは日常茶飯だ。こういう光景を見ると私などは驚き、地位や出世や権力を目指す人生とは何なんだろうとつくづく考えてしまう。恐らく政治家を志したときは「国家国民に尽くしたい」と健気に思っていたはずだ。それが『そのためには地位と権力が必要』、ついで前段を忘れ地位と権力が目的化してしまうのだろう」と言っておられる。

 でも、私だけは藤原先生が言うところの“ほとんどの政治家”ではなかった。室戸市では“ほとんど”以外の市会議員である私だった。

 出世欲は無かったし、権力欲もありませんでした。

 あったのは現地・現場主義で、私個人が職務の基本としている「為すべき時に 為すべきことを 為せば成る」の精神で働くことだけだった。

 そして、九州柳川の掘割を復活(水路再生事業)させた公務員・広松伝さんの言葉「プランニングに机はいらない。必要なのは足と目と、土地の人と対話する耳と口、そして何よりも土地の人の気持ちになり切る心である」を胸に、ほんとうに真面目に働いてきた。

 目の前の今やるべき仕事をやるべき時にすぐに実行に移し明日に先送りしないことと、人の話をうのみにして信用したりせず自分が現場に立っての周辺調査と関係者からの取材(聞き取り調査)を最も重視した。これも夜遅くまで働くトラック運転手時代と雑誌記者時代などの職業経験が活かされたもので、人生は楽することばかり追わず、厳しい世界でいろんな経験を積んでおくものだなあと思っている。

 これまでの議員だった8年間だけみていただいても、ただ住民のために尽くすことだけを考えて働いていたのは、私に価値ある一票を投じて下さった328名の室戸市民の方々が一番よく知っておられる。

 行政業務の調査活動に励み、行政運営が正しく行われているかを厳しくチェックし、市長と担当課職員3名が東京の大企業に出向いて行った不正な事前交渉を察知し綿密に調査した上で議会において暴露したり、市長と担当課と県市町村振興課が一緒になって行った地方自治法違反・県補助金条例違反の違法業務を暴露し追及してきた。又、まちの負債を明らかにしないことを問題視してデータを収集し住民に公表してきたし、まちの衰退のバロメーターである人口減少のデータを調査したうえで今後予想される減少の推移なども住民に広報してきた。

 加えて、議会新聞『青空新聞』を毎議会後に発行し、ネットではこの『青空エクスプレス』で全世界に室戸市政と市議会の状況を情報公開してきましたが、今の室戸市議会で議会新聞を作って配布したり、インターネットを使って室戸市政や市議会の情報を発信している市会議員がいますか? 室戸市民のためを思ってそうして働いている市会議員がいますか? 誰一人いません。

 その所為で、昨年の市議選が終わった5月から1年7ヶ月が経ちますが、市政運営において何があったのかや市議会でどんな議案が問題視されたのか、そしてそれらがどのような結果になったのかなど、市政情報や市議会情報について室戸市民は何一つ、知りません。市政運営において不正があっても市民には全く知らされないまま事業化されたことも、私の8年間の経験からいうと、あったかもしれないと思っている。

 しかし、そんなしんどい作業を要求される議員活動をする議員などいないだろうから、これから2年5カ月後の次の市議選まで市民には何一つ市政情報・議会情報が知らされないまま、時間だけが過ぎてゆくことになる。

 だからこそ、私が8年間やってきた議員活動に価値があったといえるのです。

 そういう田舎町の貴重な「国士」が、「議員としての能力を上げるにつれ徒党をなす権力亡者たちに煙たがられ、ついには左遷され、排斥され」たのである。

 室戸とは恐ろしい町だ。

 「だからこそ国士を貫こうとする人はめったにいない。地方政治の不毛がいつまでも延々と続くわけだ」と、藤原氏は説く。

 だいたい大学の教授や評論家には、自分に政治家や地域づくりの実体験がないのに上から目線でその分野全てのことが解っているようなことを政治家や地域リーダーに向け語るのを聞いて笑ってしまう例が多いが、作家・藤原正彦氏も政治家の実体験がないのに、この方は物事をよくわかっておられる。

 こんな地方の小さな町の政治体質まで解っておられるんだから。実体験のある私が言うんだから、それは間違いない。

 最後に。「でも、私はまだ政治的に死んではいない」。

 次の室戸市長選にでも出てみようかな。でも、みんな私みたいに政治の在り方に厳しく法令順守に厳しい、そんな人は大嫌いだから、出ても当選するのは無理か。(笑) 室戸で政治をやらせたら一番、真面目にやる人なのに、惜しいなあ。(笑)


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新作、「子守り岩(室戸岬)」の制作を開始

2012-12-12 | 私の絵画制作活動
 今日は私の絵画制作についてのご報告です。文化や芸術に関心のない方々、ごめんなさいね。

 県展が終わって開いた私の個展も11月12日に終了しまして、ようやく11月17日(土)から新作「子守り岩」(P100号、162×112)の制作を始めました。

 室戸岬の「子守り岩」と言っても、室戸市に住んでいる方々でさえ知っている方は一人もいません。因って、私が掘り出した“新名所”。新作の題材を探して室戸岬周辺の海岸をくまなく歩いていて見つけた、そんな珍しい岩です。(所在場所は皆さんでお探し下さい)

 なぜ「子守り」かといいますと、見ての通り、砂岩と泥岩の互層が立ち上がった岩の上に、その砂泥互層とは別の直径1メートルを超す大きな斑レイ岩が乗っている姿を見て、まるでとなりのおばちゃんが子守りを頼まれ子どもを背負っているようだと思い、そう命名したものです。そう見れば見えるでしょ。だから、私が室戸岬周辺の岩に「歯車岩」、「舌状岩」命名してきたのと同様に、この岩も11月に「子守り岩」と命名しました。

 (現場写真)

   

 (描き始めて三日目の下描き)

   

 (描き始めて一週間目)

   

 (現在の状態)

  

 この作品もまだ八分ぐらいの仕上がりで、明日からの家や庭の大掃除の後、昨年に引き続いて手製の年賀状(A3判)を作りましたので、年末28日ごろにはその配布活動を予定しており、23日ごろまでには完成させる予定でいます。 

          
 蛇足ながら、昨年6月から制作した作品記録です。

1、夕映え(室戸岬の付加体)・・・M100号-制作:23年7月12日~26日
2、室戸岬(ビシャゴ岩)・・・・・P100号-制作:23年7月29日~8月9日
3、磯 波(黒耳海岸)・・・・・・P100号-制作:23年8月31日~9月21日
  ※平成23年の高知県展入選(30年ぶり8回目の入選)
4、七福神乗合宝船・・・・・・・・P100号-制作:23年10月14日~11月2日
―――――――――――――――――――――――――
5、隆起する付加体・・・・・・・・P100号-制作:23年11月25日~12月2日
6、樹根Ⅱ(あこう樹)・・・・・・P100号-制作:23年12月中旬~24年1月中旬
7、室戸岬の朝(烏帽子岩)・・・・P100号-制作:24年1月中旬~2月4日
8、室戸岬(アズメ岩)・・・・・・M100号-制作:24年2月14日~3月5日
9、室戸岬(歯車岩)・・・・・・・P100号-制作:24年3月30日~4月12日
10、室戸岬(舌状岩Ⅰ)・・・・・・M100号-制作:24年4月16日~5月5日
11、双夫婦岩遠望・・・・・・・・P100号-制作:24年5月10日~6月1日
12、室戸岬(天狗岩)・・・・・・P50号ーー制作:24年6月9日~6月20日
13、室戸岬(舌状岩Ⅱ)・・・・・P100号ー制作:24年7月11日~8月10日

そして、高知県展の準備及び出品、個展の準備及び開催のために制作活動は三カ月ばかり休止の後、

14、室戸岬(子守り岩)・・・・・P100号ー制作:24年11月17日~


 お正月も近いので今日、午前中に散髪屋さんに行ってきました。

 散髪屋さんの腕はいいんですが、土台が悪いので、いつ散髪してもあまり男前にはなりません。若い時には後頭部もハゲてなくて男前だったんですが・・・。

 残念無念。「後悔先に立たず」か。


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