青空エクスプ レス

日本ではオンリーワンの手書き地域雑誌『あおぞら』の編集発行人を経て、室戸市の政治を監視する改革派議員三期目。

“余所者”

2012-11-30 | 地方のあり方
(先日の記事の一部を再度掲載する)


 一つの地域づくり論として、全国の皆さんが一緒に考えてほしい。

 私は昭和60年代に行っていた地域づくり活動をしている時も、平成に入ってから発行していた地域雑誌『あおぞら』の誌上においても、何度かこう主張し書いた。

 「外に学んで、内に活かせ」。

 どの地域においても、その地域の「外」で活躍する人や行われている事業から学んで来、その学んだことを「内」、つまり、自分が住む地域に活かすことが肝要であるとの教え。

 私は室戸市以外の方にとっては“余所者”。特に自治体の政治に関わっている人たちが考えなくてはならないのは、室戸市だって北川村だって、大きく捉えて高知県だって、みんな“余所者”である地域外の人たちのお世話になってようやくその地域が存続している。しかし、そのことをみんなが全く忘れてしまっています。

 観光事業に関しても、地域における商店経営に関しても、企業経営に関しても、言い出せばきりがないほど、“余所者”に世話になっている。そのことを忘れてはならないが、みんなこのことを忘れてしまっています。

 でも、地方に行けばいくほど、この“余所者”が嫌いで、排除しようとする。先日も「“余所者”のあいつが首長選に出るそうだから、出れないように現職を早く出馬宣言させよう」と大勢の人が動いたという話を聞いた。

 地方に行けばいくほど、どの地域も多くの“余所者”の支援や協力や投資によってなんとか存続してきたし、いまその“余所者”の支えがなくなればその地域は消えてなくなってしまう。なのに、“余所者”による応援を当たり前と思っているのか、観光客という“余所者”によって自分たちの町や村が存続できていることをみんなが認識しないまま、「自分たちの力だけで存続させている」と勘違いしている。

 くれぐれも申しておきます。このことは絶対に忘れてはなりません。

 廃れゆく地域を存続させたいと思っているならば、私が長年にわたる地域づくり活動から創案した考えた教訓、「外に学んで、内に活かせ」を忘れてはならない。

 地方は、“余所者”あっての町や村の存続。“余所者”がいてこそ、自分の地域が生き残れているとよく理解すべし。

 “余所者”の応援や高い能力によって、自分の地域が生き残れているとよく理解すべき。

 又、“余所者”を排除する度に自分が住んでいる町や村の過疎化が早まると解せよ。

 如何に東京のど真ん中の銀座という町であっても、また地方の室戸市のような四国という島の末端にある過疎化が進む町であっても、いかなる町や村においても、こうしてみんなみんな“余所者”の世話になって生き残っていっています。

 東京銀座だって、そこに住所を置いて暮らしている住民だけで「銀座」という小さな町が存続しているわけじゃなく、店にやってくるのは全て、“余所者”ばかり。その“余所者”で「銀座」という町は成り立っているのである。このことをみんながよく理解し、認識することだ。

 自分たちの町や村に住む人が偉いくて生き残っている訳じゃない。そう勘違いしてはならない。むしろ、そこに住む人のダメさ加減を“余所者”が補ってくれている事の方が多い。だから、自分の町や村の住民じゃないからと言って、決して“余所者”と呼ばれている地域外から来た人を排除してはならないのである。

 観光客となって自分が住む町にやってくる。芸術文化を実践しようと村にやってくる。それがお陰で自分の住む町や村にお金やアイデアや人的交流という“財産”を創出させてくれている。そうやって日頃お世話になっている“余所者”から学ぶことも、町や村のまちづくりには重要なポイントとなる。

 これらのことは住民はもちろんのこと、首長や行政職員、そして議会議員ら、町や村の自治体関係者は特に、頭に叩き込んでおいてほしい。

 都会の人たちはこのことをよく理解しているが、地方に行けばいくほどこのことを理解している人が少なくなる。だから、地方が枯れて行く速さが早いのです。これが地方衰退の一つの理由。

 これを「都会と地方の能力の差」と表現してもいい。

 「都会は商売の仕方を知っているが、地方の人たちは商売の仕方を知らない。だから、より早く衰退してゆく」。

 但し、公務員は地域が衰退していても高い給料をもらいながら政治に関わっているので、地域が衰退していても辛くも悲しくも無く、痛い目をみるのは地域に住んでいる住民たちだけ、ということになる。これまで室戸市議会においては公務員である議員たちが違法な議案でも不正な財政支出の議案でも賛成してきた、そのことでわかろう。

 願うのは、常勤特別職公務員の首長、地方公務員である行政職員、そして非常勤特別職公務員である議会議員の皆さんは常日頃からこのことに思いをいたし、あなた方の雇用主である住民のために休むことなく働いてほしいということ。

 申しておきます。

 “余所者”だといって嫌っていたら、あなたが住んでいる町や村は早晩、廃ってしまいますよ。


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「かんば餅」のご注文は、室戸の山本製パン所へ

2012-11-29 | 季節のたより
 今年も毎年恒例の「かんば餅」の季節がやってまいりました。

 創業65年になる室戸市奈良師の山本製パン所は、妻の実家。妻はそこにもう40年間勤務していますが、この時期も12月に入ると店を経営する義兄夫婦と共にそのカンバ餅の製造に大忙しになります。

  

 これが、さつま芋を薄く切って天日で干して乾燥させた原材料、「かんば」。

 高知県でも他の地域ではこのかんばを粉にして餅と一緒に搗く(つく)というところがあるとお聞きしたが、室戸では「せいろ」の中にもち米と一緒に干したかんばを布に包んで入れ蒸したものを、餅つき機で搗いて作ります。「せいろ」とは、一辺が尺三寸(約40㎝)ぐらいの枡のこと。

  

 搗いた後、注文によっては上のように1センチぐらいに切って販売します。

  

 そして、パック詰め。この一つを「馬」と呼びます。だから、注文は、一馬(ひとうま)、二馬(ふたうま)、と注文をお受けしています。

 この「かんば餅」は高知県東部が本場ですが、中でも室戸にその老舗が多い。

 室戸の冬の風物詩として広く知られていて、特に美味しいと評判の「山本製パン所」の商品は、亡き義父が戦後の昭和24年に店を創業して以来、二代目、三代目と代々、その味が引き継がれてきた人気商品となっています。私は個人的にみて、この山本のかんばの味は日本一だと思っています。

 製造するのは12月初めから、年を越して3月頃まで。

 上の写真の一つを、一馬の値段は上のように切ったものは1100円で、切っていないものは1000円となっております。

 ご注文は、高知県室戸市浮津1560番地  山本製パン所まで。(電話・0887-22-1019)

 唯、家族(義兄夫婦と息子)と我が妻だけで営んでいる商売なもんで、妻が申しますに、「宣伝したら注文が殺到して困る」とも申しています。

 でありますからして、勝手なことを申してすみませんが、あまり忙しくならない程度にたくさんご注文の程、何卒よろしくお願いします。

この世知辛い世の中ですが、どうか妻の実家の店をご愛顧下さいますよう、お願い申し上げます。そうして、この「かんば餅」を食べて力をつけ、不況の嵐をみんなで吹き飛ばして下さい。

 私をごらんなさい。悪い人たちに陥れられてもそれに負けず、このカンバ餅を食べながら不屈の精神で頑張っていますでしょ。

 皆さんも決して、世間に負けてはなりませぬぞ。

 尚、毎年この時期、私は朝早くから夕方まで一人暮らし同然の状態となります。市議時代は12月議会の一般質問や質疑原稿の作成に追われながら市議会唯一の改革派議員として頑張っていたが、昨年からは1点100万円ぐらいの作品を創作しようと絵描きの仕事に精を出している。

 今は“髪結いの亭主”状態ですが、そのうちきっとロンドンの美術オークションハウス「サザビーズ」で競売されるような作品を描いてみせると決意しております、ハイ。(笑って)


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「谷口總一郎展」ご来場の皆様に、感謝

2012-11-26 | 私の絵画制作活動
 11月1日(木)から12日(月)まで行いました小生の個展は、無事終了いたしました。個展が終わって少し時間が経ちましたが、今日はその総括をします。

 遠く室戸市から来ていただいた方々、会場の地元・北川村から来ていただいた方々、そのほか、安芸市や奈半利町、田野町から来て下さった方々、また、県外から安芸市に来ていた札幌の脚本家の方や広島から観光で高知にこられたご家族など、会期12日間にご来場下さったのは総勢127名に上りました。大盛況と言っていいほどたくさんの方々においでいただきました。

 最初、個展を企画した時には「市議選に落選した後の1年6か月の間、自分が何をしていたのか、その仕事ぶりを見ていただけばそれでいい。12日間で友人や知人が50人も来てくれたら良しとしよう」ぐらいの軽い気持ちで開催を考えました。

 会場となった北川村民会館では28日まで「迂山展」という村が主催する書道展を開催したことから、それに使った展示パネルをそのまま移動させて使おうと、三日前から展示の準備に入りました。作品を室戸からいつも妻が乗っている軽四箱バンに積み、二回に分けて室戸から北川村まで運送。29日と30日の二日間で展示は終わりました。

 本当は私と妻だけで展示作業を行うつもりだったのですが、2階の展示室となる部屋に上げる作業や展示作業を村教育委員会の職員の方々が大勢きて手伝って下さったので、非常に助かりました。

 田中教育長と村職員の皆さんには感謝申し上げます。ありがとうございました。

  

 そうして11月1日に開催したところ、室戸市の知人や友人の他、私が地域雑誌を出版していた平成2年から10年までに取材させていただいたり知りあった東部の安芸市や中芸地域の方々、そのあとの市議時代に支持し応援して下さっていた方々など、たくさんの皆さんがおいで下さいました。

 又、昭和62年ごろだったかに馬路村の魚梁瀬ダムの湖上で行われた加藤登紀子さんの「魚梁瀬ロックフィルダムコンサート」を主催したのは中芸地区青年団でしたが、その時、喫茶店主だった小生も入場券販売で応援して北川村の皆さんと親しくなり、そのあと開業した地域雑誌『あおぞら』の出版においてもたくさんの北川村の人たちに協力いただき、交流が続きました。そんな北川村の皆さんとの二十五年もの長きにわたるお付き合いもあって、たくさんの村民の皆さんがご来場くださり、作品を前にしてワイワイガヤガヤとにぎやかに盛り上がった。

 北川村野川に住む義兄・坂本さんご夫婦とも長くお会いしたことがなかったが、会場である村民会館にご夫婦で足を運んでくれまして、2階の第2会場で久しぶりに歓談。「写真みたいに細かいところまで描いてあるき、わしはあの岩の絵が一番えい」。描いた絵をそうして気に入ってもらえたこともあったが、自費の吐き出しばかりのまちづくり活動を続けもがきながら自分の人生に必死になって生きてきての不義理とはいえ、この個展開催を機に疎遠になっていた親戚と親しく話し合えたことが何よりもうれしく思った。

 又、今回の個展はこのご夫婦に作品を見てもらいたいと思ったのが個展開催の動機だったので、北川村の私が一番リラックスできる場所として通い詰めている喫茶店「サカヤ」の店主、田中査都志さんご夫婦に来てもらえたことで、展覧会開催の目的は達成した。田中さんとは昭和62年ごろだったかに行われたあの加藤登紀子魚梁瀬ダム湖上コンサートの時にお互いが喫茶店主ということから知り合い、それ以来ずっと店に行っているから、二十六年ぐらい続いている友人。地域雑誌出版のころから、議員当時も、議員を辞めた今もずっとこの店に通い詰めている。そんな友人に「自分が議員を辞めた後どのようにしているかをよく知ってほしい」、そう思って北川村で個展を開催した。

 高知新聞の中芸支局と室戸支局には今回の個展開催を伝える文書やチラシをお送りしてありました。でも、日本ジオパーク全国大会には力を入れて取材されていたようですが、室戸のそのジオパークを描いた絵画展などには関心がないのか、残念ながら見においでいただけませんでした。

 もし今、高知新聞の中芸支局や室戸支局に30歳代の依光隆明氏が記者として在任中だったら、知らせてなくても、間違いなく個展会場に姿を見せ、記事にせずとも、地域文化を推し量る材料として取材されていたと思っている。氏はそういう人であった。

 “ついでのモチには粉はいらん”とか言う。少し最近の高知新聞について書いておこう。

 ここからは室戸市出身である高知新聞社の宮田社長にもよくお考えいただきたい。

 人物の能力や資質の違い、組織に在職する人物の能力や資質は、こういう点によく表れる。企業に勤務する人間にしても、自治体に勤務する人間にしても同じ。少しの気真面目さと勤勉さの違いが、年月が経つとやがて大きな違いになっていく。それを、私の恩人であり今も私が勝手に友人と思っているジャーナリスト・依光隆明氏(朝日新聞本社特別報道部長)の存在が証明している。

  

 このように、氏が書いた記事は頑張る人への応援歌だったし、記事には愛情があった。

 喫茶店の閉店を決めた半月前のこの日(1989年5月14日)の朝、開店準備を終えて新聞を開いて見たこの記事に驚き、泣きました。閉店しなくてはならなくなった自分のだらしなさと、記者の思いやりにただ感謝の念が込み上げてきて、とめどなく泣いた。この記者の情けは今も忘れてはいません。

 徐々に社員数を減らしたり、文字を大きくして記事の量を減らす一方で一面広告のページを増すなど、昭和の終わりごろとそれから二十五年経った今とでは地方新聞社として存続していくために高知新聞社の経営形態も新聞紙面の成り立ちも大きく変わってしまったが、私はこのような大人物に、かつて何度も応援の記事を書いて頂いたことを今も感謝しているし、そのことを誇りに思っている。

 今の高知新聞の室戸支局長は神社で10円のさい銭を盗んだといって、その人の住所と年齢に実名まで出して大きな記事にしたが、市民の多くはそれを見て怒りに震えました。あの記事を書いた記者は明らかに、ジャーナリストとして重大な過失を犯したといえる。あの事件が、刑法の中でも悪質性が非常に軽微な盗みだったことを思うと、記事によって過剰な懲罰的効果が生じたと判断され、人権への配慮を著しく欠き、報道倫理上重大な問題があると考える。

 その上、本社の地方部や整理部もその原稿を見てそのまま記事として掲載したことを考えると、本社の責任も逃れなれない。無慈悲な地方部の記者が書いた原稿を本社の上司も「了」としてそのまま新聞に掲載したが、その「人権への配慮を著しく欠き、報道倫理上重大な問題がある」出来ごとに関し両者が“目に見える形”で責任を取るべきであろう。でないと、実名を書かれたその本人はともかく、今も健在であるご両親はいつまでたっても浮かばれない。

 室戸市長の違法に対する批判、それに賛成する市会議員に対する批判の記事は何一つ書けないのに、このように10円を盗んだ市民のことは実名で糾弾する。それはなぜなんだ。

 “強きを助け弱気を挫く”のがジャーナリストなのか。


 新聞記者という職業はそんなに偉いのか。 

 今の高知新聞の社員や記者に「情け」はないのか、田舎に住む人や地域に対する「愛情」はないのか。

 それとも、県外出身の記者だから高知県民に愛情がないということなのか。一度、本社も記者たちも反省した方がいい。

 小生が書くこの電子情報誌は高知新聞の記者や社員もご覧下さっていることは知っています。高知新聞社にも報道倫理委員会があると思うが、その場で室戸市で行われたジオパーク拠点検討委員会に付いての記事のすべてと、この10円を盗ったという記事に関して、協議すべきだと要請しておきたい。

 あの、室戸に依光記者がいた昭和の終わりごろの高知新聞はよかった。とにかく県内各地にいる記者のその頑張りと元気と明るさが紙面にあふれていました。そんなことを今、懐かしく思い出します。


 今回、県内のマスコミ各社の中でただ1社、読売新聞安芸通信部の中西記者が案内状で個展開催を知り会場においで下さったことに、深く感謝申し上げます。

 北川村と言えば、陶芸家・新田文江さんも来て作品を見てくださいましたが、お祝いまで持ってきて下さったのには驚きました。感謝し、会場費用の一部に充てさせていただきました。

 そして、北川村職員の皆さんも村民会館にきた仕事の合間を見て、第2展示室の2階に上がってきて見て下さいました。

 こうして、村民の皆さんは約40人ぐらいおいでいただいたが、ちょっと残念だったのは北川村の議員の皆さんが一人もご来場いただけなかったことです。


 ここからは一つの地域づくり論として、全国の皆さんが一緒に考えてほしい。

 私は昭和60年代に行っていた地域づくり活動をしている時も、平成に入ってから発行していた地域雑誌の誌上においてもこう主張し、書いてきた。

 「外に学んで、内に活かせ」。

 どの地域においても、その地域の「外」で活躍する人や行われている事業から学んで来、その学んだことを「内」、つまり、自分が住む地域に活かすことが肝要であるとの教え。

 私は北川村の人にとっては“余所者”。特に自治体の政治に関わっている人たちが考えなくてはならないのは、室戸市だって北川村だって、大きく捉えて高知県だって、みんな“余所者”である地域外の人たちのお世話になってようやくその地域が存続している。しかし、そのことをみんなが全く忘れてしまっています。

 観光事業に関しても、地域における商店経営に関しても、企業経営に関しても、言い出せばきりがないほど、“余所者”に世話になっている。そのことを忘れてはならないが、みんなこのことを忘れてしまっています。

 でも、地方に行けばいくほど、この“余所者”が嫌いで、排除しようとする。先日も「“余所者”のあいつが首長選に出るそうだから、出れないように現職を早く出馬宣言させよう」と大勢の人が動いたという話を知っている。

 地方に行けばいくほど、どの地域も多くの“余所者”の支援や協力や投資によってなんとか存続してきたし、いまその“余所者”の支えがなくなればその地域は消えてなくなってしまう。なのに、“余所者”による応援を当たり前と思っているのか、観光客という“余所者”によって自分たちの町や村が存続できていることをみんなが認識しないまま、「自分たちの力だけで存続させている」と勘違いしている。

 くれぐれも申しておきます。このことは絶対に忘れてはならない。廃れゆく地域を存続させたいと思っているならば、私が長年にわたる地域づくり活動から創案した考えた教訓、「外に学んで、内に活かせ」を忘れてはならない。

 地方は、“余所者”あっての町や村の存続。“余所者”がいてこそ、自分の地域が生き残れているとよく理解すべし。“余所者”の応援や高い能力によって、自分の地域が生き残れているとよく理解すべき。又、“余所者”を排除する度に自分が住んでいる町や村の過疎化が早まると解せよ。

 如何に東京のど真ん中の銀座という町であっても、また地方の室戸市のような四国という島の末端にある過疎化が進む町であっても、いかなる町や村においても、こうしてみんなみんな“余所者”の世話になって生き残っていっています。東京銀座だって、そこに住所を置いて暮らしている住民だけで「銀座」という小さな町が存続しているわけじゃなく、店にやってくるのは全て、“余所者”ばかり。その“余所者”で「銀座」という町は成り立っているのである。このことをみんながよく理解し、認識することだ。

 自分たちの町や村に住む人が偉いくて生き残っている訳じゃない。そう勘違いしてはならない。むしろ、そこに住む人のダメさ加減を“余所者”が補ってくれている事の方が多い。だから、自分の町や村の住民じゃないからと言って、決して“余所者”と呼ばれている地域外から来た人を排除してはならないのである。

 観光客となって自分が住む町にやってくる。芸術文化を実践しようと村にやってくる。それがお陰で自分の住む町や村にお金やアイデアや人的交流という“財産”を創出させてくれている。そうやって日頃お世話になっている“余所者”から学ぶことも、町や村のまちづくりには重要なポイントとなる。

 これらのことは住民はもちろんのこと、首長や行政職員、そして議会議員ら、町や村の自治体関係者は特に、頭に叩き込んでおいてほしい。都会の人たちはこのことをよく理解しているが、地方に行けばいくほどこのことを理解している人が少なくなる。だから、地方が枯れて行く速さが早いのです。これが地方衰退の一つの理由。

 これを「都会と地方の能力の差」と表現してもいい。「都会は商売の仕方を知っているが、地方の人たちは商売の仕方を知らない。だから、より早く衰退してゆく」。但し、公務員は地域が衰退していても高い給料をもらいながら政治に関わっているので、地域が衰退していても辛くも悲しくも無く、痛い目をみるのは地域に住んでいる住民たちだけ、ということになる。これまで室戸市議会においては公務員である議員たちが違法な議案でも不正な財政支出の議案でも賛成してきたことでわかろう。

 願うのは、常勤特別職公務員の首長、地方公務員である行政職員、そして非常勤特別職公務員である議会議員の皆さんは常日頃からこのことに思いをいたし、あなた方の雇用主である住民のために休むことなく働いてほしいということ。

 申しておきます。

 “余所者”だといって嫌っていたら、地域は廃ってしまいますよ。


  

 さて、個展には約130名の方々がおいで下さいましたが、思うんです。「しかし、地元室戸で開催せずに北川村で開催したのに、室戸から45名もよく来てくれたなあ」と思う。

 私がこれまでの長い人生の中で一番尊敬している企業経営者である泉井安久社長が出張の途中にお寄り下さったことは、すでに書いた。多忙な企業トップの仕事の中、私ごときのためを思ってほんとうによくおいで下さったと驚き、今でもうれしく思っています。

 ご来場下さった方々の一人ひとりお名前を挙げたいぐらいですが、室戸からたくさん来て下さいました。

 個展開幕前日には市議時代に応援して下さっていた室戸の長谷川さんが「会場に飾って下さい」と言って大きなお花を届けて下さった。ありがとうございました。

 又、会期中には、この方も市議当時に応援して下さっていた旦那さんが建築関係のお仕事をしておられる奥さんですが、ご来場いただき、作品に付いてや、小生の近所に家があり暮らしていたことから小さなころの辛い生活ぶりなども振り返って、長く話をさせていただきました。いまは商売をしながら幸せに暮らしておられ、最近、ある高校の絵画教室に参加したことがきっかけで絵を描き始めたそうで、お話を聞いてこちらもうれしく感じました。

 市議時代の友人である久保前議員や立石前議員、そして現職議員2氏が来たときには、当然、室戸市議会と市政運営について話に花が咲いた。

 「次の市議選で出馬しいや。私らが応援するきん」とお声を頂いたが、「もうそんな考えはまったくないね。室戸市民が議員活動に真面目すぎる谷口はいらんと言って落とすんだから、議員みんなが市民から毎月お給料をもらいながら違法な議案に賛成して市長と仲良くやったらえいわ。そうすればきっと室戸市は良くなっていくやろ」と丁重にお断りいたしました。

 「議会改革をしようとしたら、脅しのようなことを言って妨害する」と聞いて、「負けよってどうするぜ。議員時代の私を見てみい。妨害されることを解っておりながら突っかかって行きよったのを知っちょうろ。正しいことなら、悪事を進める輩と正々堂々と真正面から戦ったらえいわ。それに同調できん勇気のない議員ばかりやきん、一人で戦う度胸がないといかんけんどね。一人を寂しがってたら、何にも出来んきんね。かつての私は一人を寂しがらなかった。だから、一人で戦う勇気がない議員には議会改革は無理な話ということになる。悪い人の圧力に負けず、戦って下さい」などとお教えした。

 そして、女房の友人の皆さん、夕方の散歩で一緒になるご夫婦、大工さん、弘田県議ご夫婦、市議時代に支持支援して下さっていた多くの方々、年休を取って見に来てくれた市職員等々、遠く室戸からおいでいただきました。本当にありがとうございました。

 抜かってはいけません。

 安芸市の丸岡商事の社長がご親戚という札幌市で脚本家として活躍されている先生をお連れしておいで下さったし、奈半利町の森水道工事店の社長ご夫婦と、室戸市吉良川町で理髪店を経営している木股さんご夫婦が最終日12日の午後4時ごろ、急ぎ駆けつけてくださいました。もうすでに吉良川町の重要伝統的建造物群保存地区などのイラスト画の作品をかたずけてしまった時間に駆けつけて下さったことには、大変申し訳なく思いました。これも、「どうしても見ておきたい」と思ってきて下さったもの。感謝に堪えません。

 私の妻にも感謝しなくてはなりません。昨年4月の市議選では選挙妨害事件があったとはいえ、落選してしまいました。それからは私が絵の制作に専念すると話してもその活動に反対することも無く、むしろ応援してくれている。だから、私も当面の目標である「高知県展入選」で応えたいと、これまでの1年6か月の間に13点の作品を仕上げ、頑張ってこれたと言えます。来年は「県展初入賞」で喜ばせたいなどと大それたことを目標にして、昨年6月から数えると14点目となる新作「子守り岩」(室戸岬)の制作にこの16日から取り掛かっている。

 そんなこんなで、人生最後の個展のつもりで開催したこの個展は大成功で終わり、しばらくお会いしてなかった懐かしい友人や知人と交流出来たことを思うと、私にとっては大変良い出会いの機会にもなりました。良い思い出になったと思っています。

 それと、個展期間中には会場においてこれまで小生が発行してきた室戸ジオパークの写真集『青空地質博物館』と吉良川町の重要伝統的建造物群保存地区である吉良川町をペンで描いた画集『民家美術館』の2冊の本を販売していましたが、この本の売れ行きも絶好調で、合計28冊を買っていただきました。この売り上げも会場費や北川村までの通勤の燃料代の足しにさせていただいた。

 さあ、県展出品、個展開催と、9月から10月、11月中旬まで何かとバタバタと忙しくて絵を描く時間が取れませんでしたが、これからしばらくは静かに作品について構想を巡らし、色の微妙な違いに苦心を重ね、ひと筆一筆の感触を喜びながら、強く生きた線を主に、これまで誰も描いたことがない手法で絵を描いてゆきたいと思っています。

 最後に、11月1日から12日まで行いました「室戸ジオパークの提唱者が、室戸半島の付加体海岸を描く 谷口總一郎展」にご来場くださいました皆さん、ほんとうにありがとうございました。

 これからもお付き合いのほど、何卒宜しくお願い申し上げます。

 尚、個展会場においでの皆様には全員、私から家庭に福が舞い込む「七福神乗合宝船」の絵をお正月の年賀状としてプレゼントします。お正月までのしばらくの間、楽しみにお待ちいただきたい。今度は私から皆さんに喜びをお与えいたします。


※電子情報誌「高知発!青空エクスプレス」のアクセス数は、11月27日(火)付けGooブログランキング(179万2039ブログ)中、3466位でした。
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野田佳彦、民主党を乗っ取る!

2012-11-25 | 政治家のあり方
 21日、こんなニュースが流れました。

 ≪鳩山氏は20日夜、地元後援会幹部に電話をかけ、「民主党に残って頑張りたいと思っていたが、党内の情勢が厳しく残れなくなった。連合や地元に支えられてやってきたので、ほかから出ることは出来ない。迷惑がかかると思い、引退することにした」と述べ、政界引退を表明した。≫

 多分、北海道9区には冬季五輪銅メダリストの堀井学氏が自民党候補として立候補していて、自分は公認じゃないと落選すると考えたのでしょうね。「元総理が落選」じゃかっこ悪いと考えたのでしょう。

 私は「こんな人は政界から引退した方がいい」とずっと言ってきた議員の一人で、彼の政界引退はこの国にとって喜ばしいことですが、意気地がないと言えば意気地がない。(でも、彼のことだ。又、「もう一度頑張ります」と言って出馬するかもね)

 唯、一つだけ鳩山氏の味方をするとすれば、今回の衆院選を前にして民主党・野田首相は「党の政策に反対する候補は公認しない」と決定したが、野田代表はそのことを民主党議員総会などで所属議員の意見を聞きその総意でそれを決定したのかというと、そうではない。

 衆院選公認申請書に書かれた党議拘束は野田代表とその近辺にいる自分と近しいわずかの議員らと決めたものであり、言わば野田代表の独断だ。

 「私の言うことを聞けなければ民主党を出て行け」は、明らかに独裁。

 鳩山先生は2009年の公約を頑なに守っているが、一方、野田先生は2009年のマニフェスト違反の消費税増税を推し進めた人だ。どちらが民主党をでて行かなければならないかと言うと、むしろ野田佳彦氏ら公約に違反する政策である消費税増税法案に同調し推し進めた議員たちが全員出てゆくべきは明らかだ。

 又、鳩山氏には「民主党は私が金を出して作った政党だ」の思いは深い。だから、鳩山氏は、「民主党が政権を取る前の衆院選マニフェストに違反し、消費税増税法案などに賛成した野田首相ら民主党議員の方が出て行け」と言えばいい。でも、鳩山先生はこの啖呵が切れないんですよね。

 政党の選挙公約を守る議員が出て行かなきゃならなくなって、選挙公約に反する政策を推し進めた議員が党の実権を握り独裁的なふるまいをするなんて、国民誰が見たってちょっとおかしい。

 鳩山先生じゃ政治にならないが、その件はさておくとして、本来なら民主党に残るのは鳩山氏など2009年のマニフェスト(実現不可能な政策で国民を買収しようとする公約集だったが)に固執する議員であり、その者たちが今度の衆院選に民主党公認として出馬し、野田氏らマニフェスト違反の消費税増税法案に賛成した者たち全員が民主党を去り、新しい政党を立ち上げて衆院選に臨むのが筋というものだ。

 だから、言わば今回の衆院選出馬に関する党議拘束は、野田氏らの一派が鳩山兄弟が大金を出して作った民主党を乗っ取るため、党所属議員をがんじがらめにする選挙方針を掲げて意見の違う議員を排除したものであり、明らかにクーデター。

 鳩山先生もこうなれば、哀れを感じますね。ま、これからお母さまから毎月1500万円をもらいながら、細川元首相のように陶芸でもやって幸せに暮らせばいいのです。

 最後に申し上げておきたい。

 これまでの3年3カ月の間、国が能力不足の与党・民主党による被害を被ったことを忘れてしまい、まだ「党首討論で野田さんがかっこ良かったから、私はまた民主党を支持しようと思う」なんてことを言ってる何度騙されても解らないノーテンキな人がいますが、もう二度と民主党に政権を任せてはなりません。

 これだけは言っておきます。今度、民主党政権になったら外交と防衛は地に落ち、すべてのアメリカ軍は日本から去り、この国は中国や韓国、ロシアなどに乗っ取られてしまいますよ。
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野田首相と安倍総裁が戦さの前に対決

2012-11-24 | 組織のあり方
 既に選挙戦が始まったようなものですが、民主党の凋落ぶりは目を覆うばかりです。

 それを案じた野田首相ら民主党執行部は、このニュースにあるような作戦を立てた。

 「野田首相が、苦し紛れの挑戦状」

 既に戦いは始まっている。なのに、この戦さは完敗とみた民主藩藩主の野田氏は、自民藩の藩主・安倍氏に「話し合いの場を持ってほしい」と懇願したのである。

 野田氏の思惑は、テレビカメラのいるその話し合いの場で劣勢となっている戦さの状況を挽回すること。政党が内部分裂して既に破たん状態にある政党が事ここに至っていったい何を考えているのか。

 戦さの直前に、藩主同士が話し合ってどうするの? そんな姑息なことを考えないで、相手に向かって突入していって、潔く討ち死にすればいいんです。それが男というものだ。

 で、討論会場の部屋の前に落とし穴でも作って安倍総裁を陥れてやろうと考えているのか。それとも、「私が悪かった。許して下さい」とでもいうんでしょうか。

 そんなことを考えるヒマがあれば、自民党との戦さに勝つ方法でも考えて、一つでも二つでも手を打つことが大事ではないか。

 先の党首討論では、子どもの喧嘩みたいに負けるとみたら大声を張り上げて「私のお父さんはねえ」と、情緒的な話を出して泣き落としにかかった。

 今度も党首討論をしかけて勝とうとしてるんでしょうが、野田首相、あなたも松下政経塾出身なら、商売の神様として私も勉強をした松下幸之助先生の教えを守り、前進するときは突き進み、負けるときはそんな悪あがきはやめて、潔く負けることです。

 そうして野に下り、又何年かのちの再起を期し、力をためて虎視眈々と自民藩の隙の狙う。それが藩主の務め、それが男というものでしょうが。

 どうせ、民主党は鳩山兄弟が億単位の金を出して作った政党。あなたがそんな大金を出して作ったものじゃない。衆院選という戦さで負けたって、あなたに実害はなかろう。民主党が当選者58名ともなれば、むしろその痛みを痛切に感じるのは、民主党完敗のあわれな姿を見ることになる鳩山由紀夫氏の方だろう。

 彼も政治家として能力がない人だったが、可哀想と言えばかわいそう。

 自分がお母さまから頂いたお金で作った政党を奪い取られ、その挙句、党からほっぽり出されて。このことを考えると、さぞかし鳩山氏のお母様も野田首相とその仲間のことを恨んでいることでしょうね。

 どこかの町にも真面目な市会議員をだまして権力の座につき違法な政治を推進した民主党を支持する市長がいるが、創立者の鳩山氏から民主党を奪い取った野田首相がやっていることもこれと似たようなものだ。

 党内において議員全体で政策をまとめもせず、自身の周りにいる政策や意見の合う議員だけ残して、意見の合わない議員は排除してしまう。今回のように“踏み絵”のような党議拘束をかけて出て行くように仕向ける。前の二人は“ルーピー”と呼ばれた首相らだったが、野田氏はどこかの市長に似て、実に傲慢な人物。

 意に沿わない人物はみんな、組織から排除してしまう。それでは、そのうち組織が持たなくなってしまうであろう。

 だから、姑息にも党首討論で挽回したいと考え、安倍氏に呼び掛けた、ということだ。

 「谷口議員は、その問題を二度も三度も聞きますが」。自分が実施した違法な事業を批判された小松室戸市長は答弁でそう述べ、頑としてその違法事業を認めなかった。その違法な施設「室戸岬高速バスターミナル」は、室戸市室戸岬港の、県が管理する港湾敷地に今も建っている。私は小松市長は野田首相と同じで、実に傲慢な人物だと今も思っている。

 意に沿わない人物は、自分を応援する住民に指示を出し議会から排除してしまう。それでは、公正・公平・適正な政治を行うことは不可能で、まちは悪くなってゆくだけだ。市議会も正常に機能していないままだが、室戸市民は今のような市政と議会でいいのか。

 話をもどそう。

 安倍総裁と自民党はもうすでに“死に体”となっている民主党や野田首相の要請に応えてはなりません。丁重にお断りしたらいい。

 心配しなくても、衆院選の結果は自民党と公明党の連立だけで過半数は上回ります。

 最後に。

 成り上がろうとして人を陥れるような悪い人間は、放っておけば、そのうち罰が当って死ぬ運命にある。
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衆院選で当選しても無効?

2012-11-20 | 国のあり方
 これから行われようとしている衆院選に関して巷で物議をかもしているのが、この「0増5減」の問題。その「5」つの県に当県、高知県も入っているようです。

 これまで高知県の衆院選は県内を3区に分けて行われますが、高知県の少ない人口を憲法に照らすと、今の3人の衆院議員もほんとうは2人でなくてはならないとされていますし、今回行われる衆院選も、県内を2つに分けて行われなくてはならないとされています。

 そんな今、「0増5減」に関するその法案は解散する直前の11月16日だったかに参議院で可決、成立したが、細かな点に付いて取り決める時間がなく、来月16日に行われる衆院選はこれまでの制度のまま、つまり最高裁が判決を出した「違憲状態」のまま行われることとなった。

 依って、高知県内で衆院選を戦う候補者は当選後に「無効」の判決が下り、「当選取り消し」となることも大いに考えられます。ただ、それも「県内2区」となると、3区の3人の当選者のうちのどの候補が「当選無効」になるのか、小生には解りかねます。県庁所在の区である1区の当選者なのか、県東部地域の2区の当選者なのか、それとも県西部地域の3区の当選者なのか、それとも今回は法的に許されて次回の衆院選からとなるのか、いったい高知県内のこの「0増5減」の問題はいかに処断されるのでしょうか。

 この点は、候補のどなたが当選するのかよりももっと注目している。

 そして又、次の次の改正されて最初の衆院選における小選挙区は1区と2区の区割りとなるか、それとも全県区2名となるのか。北川村の議員に聞くと後者になるだろうと言っていましたが、果たしてどう変わるんでしょうネ。(ま、絵描きの真似ごとをして人生を終えようと考えている私には全く関係のないことですが、元取材記者としては気になります) 

 そして、今朝、ニュースを検索して見つけたのがこの記事です。

 ≪12月16日投票の総選挙の結果、民主党は大敗し、野田首相が退陣することは誰の目にも明らかだ。だが、野田首相に待ち受けているのはそれだけではない。仮に自身が当選できても、違憲訴訟が起きるのは確実だ。

 政治学者の岩井奉信・日本大学教授が指摘する。
 「衆院の1票の格差をめぐっては最高裁が違憲状態という判決を出し、具体的な制度見直しの立法措置を求めている。それなのに格差是正をしないまま総選挙が実施されれば、次は選挙無効判決が出される可能性がある。その場合、1票の価値がとくに低い複数の選挙区の当選が無効になるだろう。現在、小選挙区で1票の価値が最も低いのが野田首相の千葉4区であり、野田さんが当選しても無効になる可能性は十分あります」。≫


 民主党の選挙制度改革法案における0増5減の案は、山梨県、福井県、徳島県、高知県、佐賀県の5県でそれぞれ1議席ずつ減らし、議席増加はゼロ、という内容。

 高知県など議員数を削減しなくてはならない県に千葉県は入っていませんが、千葉4区ももしかしたら「5減」扱いになるかもしれないということのようです。ま、私は選挙には関わっていないので、高みの見物の立場ですが。

 しかし、この問題は野田首相自身がもっと早く今年の初めぐらいに取り組み法案を可決させていたならば、今回の衆院選は「0増5減」などの選挙制度改革の問題は解決していたのは間違いありません。だから、千葉4区の当選者となるだろう野田佳彦氏にも「当選無効」判決が出るようなことになれば、それは野田氏自身の責任。

 「首相は多忙だから、着手する時間が無かった」などの言い訳は理由にならず、その時は自業自得と思い知ることになる。

 それにつけても、民主党はすぐ、何でもかんでも自民党など野党の責任にするが、与党に能力がないから法案が議会を通らないのであって、そんなんなら2009年からもずっと野党でいたら良かったのにね。


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グレーな政党は、民主党の方だ

2012-11-19 | 組織のあり方
 本日の東京新聞のニュースサイトにこんな記事が掲載された。

≪野田佳彦首相は18日午前、日本維新の会と太陽の党の合流に関し「それぞれシャープな路線、色を出していたのに、混ざってグレーになってしまった」と批判した。(後略)≫

 僭越ながら、野田首相に色彩に付いて一講釈させて頂きます。

         

 上に示したのが、言わずと知れた「色の三原色」です。三原色とは赤、青、黄。このお互いの色を混色しますと、赤と青を混ぜたら「紫」になり、青と黄を混ぜると「緑」になり、黄と赤を混ぜると「橙色」になります。これが補色となる色です。

 三原色それぞれの色は、その色の周囲に補色となる色を置くことによって効果的となり、美しく見えます。

 だから、赤の補色は残りの色である青と黄を混ぜてできる「緑」を、青の補色は残りの黄と赤を混ぜてできる「橙色」を、黄の補色は残りの赤と青を混ぜてできる「紫」を配色することによって効果は増すことになる。

 そして、その三原色の補色である三色の「紫」、「緑」、「橙」を混ぜると鮮やかな色は消え、図の中心に示した黒に近い「灰色」、つまり野田首相が言うところの「グレー」となります。(「光の三原色」の場合は、これが「白」になる)

 もう一度おさらいしますと、二つの色を混ぜてできた色を「補色」と言い、その色はもう一つの色と響き合い、作品の良さを際立たせます。しかし、その、いかにもう一つの色を美しく見せる補色といえども、三つの色を混ぜてしまうと灰色になってしまい、それ単独では美しくは見えない。(絵画制作においてはその灰色を美しく見せる手法はあるが、ここではそれはさておく)

 さて、ここからは政治の話です。

 政党がいかなる色に例えられるかはなかなか一言では断ずることはできません。例えば野田さんがいる民主党です。(政党の結党は「ここから」とはっきり断ずることは難しいが)

 この党は「民主党」と名乗っているが、この党は“グレー”ではなくて、混ざりけのない純粋な“原色”そのままの政党と言えるのかを考えてみます。

 まず、1996年(平成8年)、自民党系の鳩山氏や社会党系(社民連)の菅氏などの国会議員に、山花氏や赤松氏、横路氏など社会党系の国会議員らが集まって「旧民主党」ができた、と記憶しています。その後、小沢氏の「新進党」は分裂しやがて「自由党」を結成、中西啓介、藤井裕久、二階俊博、平野貞夫、野田毅、西岡武夫氏(以上6氏は元自民党)らが結集した。

 民主党、民政党、新党友愛、民主改革連合の4党が統一して新「民主党」が結成され、衆議院議員97名、参議院議員41名の、総勢138名で新・民主党が結党されたものである。

 そして今の民主党、いや、16日の解散するまでの民主党について言うと、主として社会党系議員と自民党系議員が中心の政党だったと言っても良いと思っているが、そうとも言い切れない。

 色彩に例えて、旧民主党は原色の「赤」や「青」かと言えば、もうそこから「赤」や「青」だとは言えない政党だったのです。

 鳩山氏は自民党議員だった。この人を「赤」だとし、山花氏は公明党議員だったのでこの人を「青」だと仮定すると、もうこの時点で、旧民主党の色は「紫」に変化している。それに更に、横路氏(先日まで衆院議長)や赤松氏は社会党議員だったことを考慮し、この人たちを「黄」とすると、「黄」と「紫」を混色すると、もうここで野田首相が言うところの「グレー」(灰色)になってしまっている。

 その後も、小沢氏一人が民主党に合流及び合併しただけでも「グレー」の旧民主党は更に「グレー」は色濃くなってしまっていた。

 その他の政党にいた議員の色も社会党系や連合系の議員がたくさん入ったことを考えれば、「赤」や「青」や「黄」などの「純色」に戻ることなどどだい無理な話で、この衆院解散前の民主党は「灰色」は更に濃厚な色合いになってしまっていて、きわめて「黒」に近い色だった。そこから小沢グループが抜けたといえども、一度「黒」くなった組織は三原色のうちの二つの色を混ぜた所謂「補色」の色には勿論のこと、野田首相が言うところの「グレー」にももう戻ることはできない。「黒」くなった色はそこから一部を掬い取り除いたとしても、「黒」は「黒」のままだ。

 ・・・ということです。

 野田首相は、太陽の党という「赤」い政策の党と日本維新の会という「青」い政策の党が一つになれば「グレー」(灰色)になると言います。だが、この2党に減税日本という「黄」の政策の党が加われば「灰色」になるが、橋下・日本維新の会代表がそれを良しとしなかったことから、「赤」と「青」の混色、例えると「紫」の政党として結成したために「グレー」にはならなかった、ということです。

 むしろ、野田氏は自身の政党・民主党がたくさんの主義や政策の違う政治家が寄り集まって出来た「グレー」の政党だと言うことをよく鑑みる必要があろう。

 特に、松下政経塾出身の議員と元自民党議員らは今度の衆院解散を機に新生「民主党」として生まれ変わる必要があるのではないか。それには、これまで党内で政策的なジレンマを抱え続け、時に対立してきた元社会党議員をこの機会に切り捨て、民主党の色が「グレー」な政党だと見られていた主因を排除する勇気もいるだろう。

 野田首相に申したいのはこう言うことです。

 日本維新の会と太陽の党が一つになるために協議しお互いの政策をすり合わせて新「日本維新の会」を結党したことについて、野田氏は「それぞれシャープな路線、色を出していたのに、混ざってグレーになってしまった」と批判しました。つまり、野田首相は「日本維新の会も、太陽の党も、原色の鮮やかな色の政党だった」と評価したまでは見方としてはそれほど誤りはないでしょう。ですが、その“原色”の二つの政党を混ぜると「グレー」になるという点についての表現は、完全に誤りで、理論が破たんしています。

 原色、それも三原色ともなれば、もう一つの色を効果的に見せ、作品の全体を華やかにする美しい色になります。太陽の党が日本維新の会に“吸収合併”されて出来たこの政党が今後、美しい色になるかどうかは別にして。

 辞書を見ると、「グレー」(灰色)とは、黒みを帯びた混濁した色。陰気な状況。希望が持てない状態。疑わしい状況を指す、と書いてある。

 政党それぞれに政策があるが、それが合併しようかとなった時には、お互いに政策の違いをすり合わせて両者が納得すればよしと決まってきた。野田首相が在籍する民主党だって、先に書いてきたように、たくさんの政党がひっついたり離れたりしながらここまでやって来ての「民主党」ではないか。自民党系議員と社会系議員が一つの政党に合流することなど私のように政治に素人の人間にすれば信じられないことですが、事実、いま民主党にいる議員らはそれをやってきたではないか。

 だから、結論としていおう。

 私はこの新「日本維新の会」よりも、十も二十もの政党が一緒になり政策が混濁してしまっている民主党の方が、組織体質として「グレー」だと断言できます。

 野田首相、これに反論できますでしょうか。

 出来ることなら、選挙前に民主党が「灰色」とみられている社会党系議員に離党勧告を出し、連合などとも縁を切り、選挙戦を戦ってみてはいかがか。そうすれば国民も「民主党は補色に似た美しい色の党になったなあ」と理解してくれるかもしれません。それか、政党名を「民主党」から「民主社会党」に、つまり「民社党」に改名した方がぴったり。そう変えた方がいいし、変えた方が国民から見て政党の体質が明確になって解りやすい。選挙において効果を生むかどうかは別の話だが。

 それと、国会の最上段で何もできないまま座っておられるご高齢の議員がいますね? あの方々は、小泉首相が中曽根氏に議員辞職を求めたのを真似て、処断すべき。いくら国会議員といえども、国民の税金や国民の借金となる赤字国債など国の財政からあんな仕事もできない議員に毎年何千万円ものカネを与えて飼ってやらなければならない理由はない。さっさと首をお切りなさいませ。

 等々、他党のことを言う前に、あなたは自身の政党内をもっと整理して浄化すべきだ。

 そして、もう一つ。しつこいようですが、二つの原色を混ぜて出来た色は決して「灰色」にはなりませんので、その点も一つよくご認識ください。


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住民に恥じぬ地方議員になろう

2012-11-17 | 政治家のあり方
 最近思うんですが、先の参院選で広田一候補を応援するなど、これまでずっと民主党を支持しその候補を支援してきた小松室戸市長と植田前県議は、12月16日に行われる衆院選で自民党が政権を奪取した場合、どう対応してゆくんでしょうね。きっと、国とのやり取りや自民党が与党の県議会とのやり取りが非常に難しくなるだろう。

 新政権が誕生した来年、新規事業などで国に予算獲得の陳情に行ったときなどは、特に困るのは間違いない。

 民主党を支持しておいて自民党の中谷元議員に陳情の支援を要請することなど、大いに矛盾する。

 室戸市民はそれらのことをもっと心配しておいた方がいい。

 それと、ふくおひろし氏が言うところの、市議会の“かくれ自民党議員”はもっと政党色を表に出して民主党支持の市長と対峙すべきです。特に、違法や不正な議案が議会に出てきた時などに賛成する、そんなひ弱な政治姿勢を見せることはもう止めなさい。

 もっと「悪いことは、悪い。良いことは、良い」と、メリハリを持って市長と戦うべきです。

 そして、現在も議会において発言を妨害する議員がいると聞くが、情けないこと、言いなや。如何なる妨害があろうとも、かつての私のように議会を改革するぞという勇気を持つことだ。そして、何人かでタッグを組むことも必要。

 それもできず、いつまでも市長と議長に組み敷かれ議席に座っているだけのひ弱な議員でいるならば、お給料をもらっているだけのただの役立たず。そんな議員は即刻、議員辞職すべきです。

 住民から毎月お給料をもらっている地方議員の皆さん、立場を考えてみなさいや。あなた方の代わりはいくらでもいる。あなた方以上に能力を持った人物、あなた方の何倍も働く人物はあなたの町にいくらでもいます。唯、その人が選挙に出るかでないかだけのこと。

 エライのはあなた方議員じゃなくて、働きもしない議員にまでお給料を与えている住民の方。ホントにエライと思うよ、私は。まともに仕事もせん、あまり住民のためになっていない人間に年間450万円もの大金をやるんだから。

 例外として褒め称えられるのは、毎月手取りの26万円以上の仕事をし、毎年450万円以上の仕事をしている議員だけ。

 任期の4年間、ずっとこれらのことを忘れてはなりません。


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断末魔の叫び解散

2012-11-16 | 組織のあり方
 私が言った通り、衆議院の解散が決まった途端、民主党議員が次々と離党している。

 これはなぜかと言えば、もともと2009年の衆院選の前から民主党という政党は「烏合の衆」だからだ。

 民主党内の自民党系議員、社会党系議員、共産党系議員等々、みんなが別々の政治理念を持ち別々の政策を信条としながら、その意思統一もしないまま選挙に突入したことが間違いの始まりだった。

 この三年三カ月の間、民主党内でまとまらなかった原因は、みんなが政権に付いた経験のない議員ばかりだということの他に、政党としての綱領もないこと、民主党議員みんながばらばらの意見を言い合い、ばらばらに行動し、その上、小沢議員を筆頭にしてかつての違法行動を東京地検などに問われる議員もいたことなどである。大混乱しながら3年余りして、最後はこのように追い込まれ、党首討論で見せた野田首相が目に涙をためながら発した声高で解るように「断末魔の叫び解散」に至ったのである。

 評論家は党首討論における野田首相の発言を評価していたが、あんなのは評価に値しない。結局は、野田首相や輿石幹事長による「断末魔の叫び解散」となった。

 8月以降、それまでにいくらでも法案を通す機会はあったのに、それもできず、逃げて逃げてし、野党議員から矢継ぎ早に「うそつき」と言われたため、「うちのお父さんはバカ正直だと褒めてくれた私なのに、そんな私をうそつき呼ばわりするとは許せない」と、衆院解散よりもそのうそつきと言ったことを打ち消すために自民党と公明党などに「党首討論をやろうじゃないか」と呼びかけたのである。

 つまり、衆院解散よりも、自分のことをうそつき呼ばわりした安倍総裁と山口代表を会議に呼んで「オレはうそつきじゃない」と叱りつけるために討論の場にに呼んだということである。

 これが14日の党首討論開催の真相だ。

 かっこよく「乾坤一擲」などと野田首相を褒め上げ評価する新聞やテレビもあるが、それは物事の本質が解らないマスコミや政治評論家の誤った見方で、彼は国民や野党議員、そしてマスコミに追い詰められて「16日に解散する」と言っただけのことだ。

 そう断言できる理由を言おうか。

 野田首相が目に涙を浮かべたシーンは、「学校の先生は私をバカ正直だと言った。その通知簿の評価を見て父親は私を褒めた」の下りだった。「しかし、あなた方は私をうそつきと言った」。涙を流すほど悔しい思いをした。だから、安倍総裁に向かってけんか腰で大声を張り上げたということだ。

 「それほど虚勢を張って大きな声を張り上げなくてもいいのに」と私は思ったが、あれは野党の自民党などから政治が動いていないことについて批判を浴びせられたから思わず声高になったのではなく、数日前から野党議員から口々に「うそつき」と言われたことがどうしても許せず腹を立てており、そのため声高になったのである。

 「私はうそつきと言われたことが悔しくてたまらない。だから、解散する」。

 私から見ると、怒りを爆発するところが違うように思うが、野田という政治家は「自分がうそつきになれば、自分を応援してくれた父親に顔向けできない」と考えることから、本議会で法案を通すことができないことよりも、そのことが許せなかったということだと理解している。

 言わば、情緒的。彼は真面目で心根がやさしい人なんでしょうが、政治家のそれもトップとなると、この情緒的という性格は障害になる。いや、事実そうなってしまった。

 組織のトップともなれば、情緒なんてものは排除し、国民の心情や自身がいる政党のために如何にあるべきかを自分に絶えず問い続けなくてはならない。そのことから言うと、8月に「近いうち」などと口走ったのなら、その半月もすれば解散に持って行くため、解散の期日をせめて「何月中旬」などと表明して課題になっている法案を野党の協力を仰いで矢継ぎ早に通す。事実、「16日解散」と表明した途端、大半の法案が15日と16日のわずか二日間で衆院で可決したではないか。そのくらいの考えがあってこその国のトップであろう。小泉純一郎首相なら、8月に「近いうち」と言ったら、解散は1カ月も間を置かなかった。

 思うに、野田首相が党首討論を決意したのは、赤字国債法案が可決しないために国民に迷惑をかけているということでも、選挙制度改革法案を通していないためでもなく、全国から聞こえてくる「首相は近く国民に信を問うと言ったのにいつまでたっても解散しない。あいつはうそつきだ」の声が高くなったがため。

 それと、これはもうどうでもいいことですが、小沢一郎代表のあの姿はとても見ておれませんでした。声はかすれ、勢いはまったく無く、それだけでなくて10分の持ち時間というのに自分の持論をとうとうと述べていたのには驚きました。議会を知らない全くの素人みたいでした。聞いていて、「いったい何を考えているのか」と思ったものです。だから、それを聞いていた野田首相も「やりやすい人だなあ」と思ったことでしょうね。そして、かわいそうになったのではないか。“あしらう”といった方がいいかも。ま、小沢先生の政治家としての人生はもう終わったみたいですね。 

 しかし、解散が決したいまやこれはどうでもいいことですが、国民新党のように小政党ならいざ知らず、200人も300人も議員がいる大きな政党でこれほどまとまりがないのも戦後政治で初めて見ました。意見や心情が違うものたちが政党をつくるとこのようになるという、よい見本のようなものだ。

 だから、いま「太陽の党」の石原代表が「日本維新の会」と一緒になりたくてなりたくて抱きつきにかかっているが、近い将来が見える(?)私はこの人たちの成れの果てが見えている。だから、言っておこう。

 「橋下市長、石原さんは“大同団結”なんて言っているが、民主党の二の前になるだけだ。それだけはやめておきなさい。日本の政治を改革したければ、選挙が終わった後、それらの小政党とはいつでも“離縁”できるようにそれぞれの党が別々で国政に関わり、橋本グループとして大同団結を組むぐらいにしておいた方がいい」。

 しかし、民主党がウソの公約を国民に示して政権を奪い取り三年三カ月の間、防衛問題での懸念事項は増えたし、外交問題での懸念事項も増えたし、国内の財政問題も難題が急増したし、それに東北大地震に関する災害復興の問題や原発をどうするかなど、簡単にあれとあれとなどと列挙できないほど日本の国を混乱させ、やっと民主党政権が終わりを告げる。


 その、党首討論で「16日に解散する」の声を聞いた翌日、ネットで政治ニュースを検索していて三宅久之氏がお亡くなりになったというニュースを見つけた。

 私が応援していた政治評論家の三宅久之氏がお亡くなりになったことは、非常に悲しく残念な出来事だ。三宅先生は安倍氏の強い味方だったし、民主党政権のだらしなさを見ていつも怒っていた。私も氏と同じ政治的な方向性を持っていたので、もっと長くテレビで活躍してほしかった。その三宅先生がなくなったのは15日の朝だと聞く。

 安倍総裁と山口代表など野党議員が数日前から「うそつき」のシュプレヒコールで“かぶし”(※)を播いたのが効いて、14日の党首討論で野田首相から「16日に解散する」との発言を引き出したのですが、私は三宅先生がこの発言をテレビでお聞きになりお亡くなりになったのがせめてもの供養になると思っている。ご冥福をお祈りします。

 ※釣り人なら知ってのとおり、「かぶら」とは「まき餌」のこと。


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輿石幹事長の断末魔の叫び

2012-11-14 | 政治家のあり方
 読売新聞が次のように伝えている。

 ≪民主党の輿石幹事長は13日、都内で開かれた民主党衆院議員の会合であいさつし、野田首相がかつて自らを例えたドジョウにまつわる話を取り上げた。

 輿石氏は「『ドジョウは金魚のまねは出来ない』という言葉が首相は好きだ。ドジョウは泥水の中でも生きていける」と発言。そのうえで「金魚はきれいな水でしか泳げない。金魚が水槽から飛び出せば、死んじゃう」と語った。≫


 これは所謂、自分が次の選挙で落選することを予感している議員たちによる、奈落の底に転落する前に発する「断末魔の叫び」だ。

 私は、「民主党は民主社会党だ」とずっと言ってきた。その民主党内の「社会党」的派閥の長であるのが日教組のドンと聞く輿石幹事長。

 その輿石幹事長はこれまでずっと「解散は首相の特権だ。私は何も知らない」と答えていた。それなのに、「解散は許せない」とこのように持論を唱えている。

 どうも、つじつまが合わないし、上司の言うことに反対する部下というのも理解しがたい。

 自分を幹事長に選んでくれた首相を支えているのか、党は党で政治をし内閣は内閣で別の政治をしているのか、首相と幹事長は意思を一つにして国政に取り組んでいるのか心を一つにしていないのか、どっちなんだろう。

 私はこう思う。

 輿石幹事長は野田首相の部下だ。だから、幹事長が首相の言うことを聞けないならば、今すぐ幹事長を辞任し、離党するか議員辞職すべきである。そして民主党内にいる多くの社会党系議員たちを引き連れ、旧民主党結党前に在籍していた社民党にでも戻った方がいいのではないか。ま、社民党に行ってもそういう議員らは次の衆院選で生き残る目はなく、もしかしたら議員数が政党として認めてもらえる5名を割り込むかも。

 又、輿石幹事長にはこうも言いたい。

 輿石氏がまだ若い学校の先生だった時代、上司には教頭がいて校長先生がいただろう。平の教師である輿石先生は、教頭や校長が決めたことにいちいち反論をして言うことを聞かない先生だったのか。そうじゃないだろう。当時は如何に校長の言うことが理不尽であっても、上司であるためにその校長の命令に従い、言うことを聞いて行動しただろう。このことをもう一度思い出してみるといい。

 野田議員とは今は同じ政党の同じ国会議員であるが、相手の野田議員は総理大臣、自分はその野田首相の下にいて野田首相の命を受けて民主党を任せられている幹事長でしかない。野田首相はあなたに才覚があると見込んで幹事長にしたのではない。離党予備軍をつなぎとめておくために置いただけのことだ。そんなことも解らないのか。

 こういう上司と部下の関係にいる人間が、自分が面白くないからと言って、なぜ国のトップにいる人物の意思に逆らい楯突くのか。この点をお聞きしたいものだ。

 今日、新聞はこう伝えている。 「野田首相が苦悩している元凶は、輿石氏の裏切りだ。輿石氏は、野田首相を12月中に引きずり降ろし、細野豪志政調会長を新首相に担ごうと党内工作をしていたという。しかも裏には小沢氏がいて、2人は手を握っていたとも。この動きを知り、野田首相は相当ショックだったようだ」。

 以前、私は「輿石議員は小沢一郎議員と意思を同じくしているのに、なぜ小沢氏と一緒に離党しなかったのか」と書いた。だから、このニュースを見て「さもありなん」と思った。小沢氏と輿石氏が裏で繋がり画策しているという話に、「輿石氏ならば如何にもやりそうなことだ」と思っている。

 輿石幹事長、どうしても野田首相の言うことを聞くのが嫌なら、今日14日に辞表を出して幹事長を辞めなさい。その方がもっと筋が通っている。そして、小沢氏のところに行きなさい。

 あなたの変わりはいくらでもいる。幹事長はあなたしかできないということは、全くない。

 むしろ、あなたが民主党にいない方が物事がスムーズに運び安定するから、野党に転落した後も党内はうまくまとまり、与党とうまく付き合っていけるという見方もできよう。

 最後に。私はもともと民主党支持者ではない。


※電子情報誌「高知発!青空エクスプレス」のアクセス数は、11月14日(水)付けGooブログランキング(178万6531ブログ)中、1727位でした。

 先日、私が8日に書いた記事「野田首相、党首討論で解散を表明」の中で衆院の解散をばっちり言い当てたことに注目が集まったようです。

 ネ、私には先見の明があるでしょ。(笑)
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