青空エクスプ レス

日本ではオンリーワンの手書き地域雑誌『あおぞら』の編集発行人を経て、室戸市の政治を監視する改革派議員三期目。絵馬修復師。

改革派議員が「あんたは共産党か」と言われてしまう理由

2012-06-26 | 政治家のあり方
 2010年3月に「おんしらに投票する奴はみなバカよ!」と題する次のような記事を書いた。


「このように、市民の目は厳しい。議員が報酬分ちゃんと仕事しなかったら、手厳しい批判を浴びるのはごもっともな話である。「地方議員になるということは、住民から批判される立場になるということ」。 この根本原理を知らない議員がたくさんいます。」

 上は「報酬分の仕事をしない議員」について書いたものでした。それが、市民は、より厳しくて「報酬分以上の仕事をしている議員」に対しても、市長の違法を指摘し批判し議案に反対したとして、こう言い放った市民がいます。

 この人の物言いには、立場なんて関係ありませんでした。場所は室戸市役所の3階です。

 「オイ、そーいちろう、おんしゃーにゃあ・・・」。最初からこんな高飛車で乱暴なものの言い方でした。町なかで出会った時の話ならいざ知らず、役所内で議員に対してこんな言葉を大声で吐く市民は、あまりいない。いや、一人もいないでしょうね。

 この人も、先ごろ記事に書いた“背伸び”している人の一人。礼・節をわきまえず、市長とお近づきになったことが余程うれしいのか、場所もわきまえずに物を言う人でした。

 「オイ、そーいちろう、おんしゃあにゃあ、委員会で賛成して可決したものを、なぜ本議会で反対らすらあや。それに質疑(これは反対討論のこと)までして。委員会で決まったことは賛成したらえいやないか!」。

 もう最初から物の言いようが腹立ちまぎれでケンカ腰でしたが、それはこれまで私が市長の不適正業務に対し批判してきたことと公約違反として国保料値上げに反対したことに関して不満を持っているからと、すぐ分かった。

 この「何でもいいから賛成せよ」の話を放っておくわけにはいかないから、議会とはどうあるべきかを意見した。

 「委員会でみんなが賛成したとしても、違法など不適正な議案なら議員がそれに反対するのは当然だ。それが議員の仕事よ」。

 私の厳しい指摘が火をつけたのか、更に彼の暴言は続いた。

 そのうち、こう叫んだ。 「おんしゃあ、共産党か!」。

 この声は市役所3階の教育委員会のフロア全体に響き渡った。

 これには何とも言いようがなかった。これは、「議会で反対する議員は、みんな共産党」という戦後間もない頃の古い認識と古い感覚しか持っていないからに違いないが、これは本当にとんでもない失敬な話で、共産党の人たちに申し訳がなかった。

 周りには市職員約10名ぐらいがいて、私と彼のやり取りをいやな思いをしながら聞いていました。

 当然、ポンポン言い放たれる批判に対して言いたいことは山ほどあったが、こちらは公的な立場。一般市民の勝手気ままな言い破りの話に乗って同じように勝手気ままなことをいうわけにはいかなかった。それに庁舎の中でのこと。はらわたは煮えくりかえっていたが、グッと我慢しながら聞いていた。

 そうして、こんな言い破りの男に長く関わっていては職員の皆さんの仕事を邪魔するし自分の品格まで疑われると思い、その場を去ろうとして背を向け歩き始めると、追い打ちをかけるように後ろからこう言い放った。

 「市議選も近いが、おんしゃあ、おちい(落ちろ)!」。

 これでやめておけばいいのに、続けてこう言った。

 「おんしら(お前なんか)に投票する奴はバカよや」。

 男が室戸市役所の3階フロアで、私と私の投票して下さった市民に対しこう罵ったことをたくさんの市職員が聞いている。

 侮辱された私はともかくとして、私に投票して下さった物事の何たるかをよく理解した優秀な市民の方々まで侮辱したこのことは許しがたく、これにはカチンときて、去りかけたが立ち止まり、こう聞き返した。
 
 「ほー、おらに投票してくれる市民は、みんなバカか?」。

 「おー、そうよや。おんしに投票する奴は、みなバカよ!」。

 15年に私に投票して下さった505名の市民、19年に投票して下さった427名の市民の皆さんをこのように「バカ」呼ばわりする市長の信奉者。「何でもいいから、議員はみんな市長が喜ぶようにしろ!」という考え方の理不尽さ、でたらめさ。言っていることが、フーテンの寅さんじゃないが、まるで“自棄のやんぱち日焼けのナスビ”、だ。市長の議会での答弁によく似ていると思った。

 これ以上その場におれば掴み合いのケンカになるから、腹が立っておれなかったがぐっと我慢して「そうか」とだけ言ってその場から離れ、2階に向かい階段を下りた。(私も大人になったもんだ。昔なら・・)

 周りにいてそのやり取りを聞いていた職員も私がその男にやり返す言葉を聞いて「大人しい谷口さんもあんなに荒っぽく怒るんや」と思ったかもしれませんが、議会と同じで、理不尽なことは性格として許せないのです。騒がせたのは申し訳ありませんでしたが、ご理解ください。

 ま、後で冷静に考えると大人げなかったが、男の言っていることのすべてが許し難かったため、つい言い返してしまった。

 役所内で議会一真面目な議員を罵り、私に投票して下さった市民まで「バカだ」と罵ったこの男は、違法であろうが何であろうが市長を助けるぞという、妄信的且つ積極的に市長を支持している人物である。

 政治家を支持することは何も悪いことではないが、応援するあまりに度を越して、こんな無茶を言ってはいかん。男が廃るし、市長も困るのではないかな。常識ある首長なら、「私をかばう気持ちはわかるが、そこまで言っては市民の反感を買い、こちらが困る」と間違いなく言う。

 彼が私の何に不満を持っているかは歴然としていた。私が市長が行った高速バスターミナル設置に関する違法を追及し、また今回も市長が1年前の後援会新聞で「国保料を値上げしません」と公約していながらなぜ値上げするのかと反対討論したことに不満があって、議会のルールも知らないまま「委員会で賛成して可決した議案だから、本議会で反対なんかせず、大人しく賛成しろ」という、理屈にもあわない不満をぶつけてきたということです。 

 議員としての職責を果たすべくちゃんと仕事をしていても、市民の皆さんの中にはこの男のように議事の運営の流れや「議員は如何にあるべきか」の職責なんか全く知らない人もいますから、批判されるということになりますが、「おれは市長を応援しているんだ。だから、委員会で賛成して可決した議案に、討論で市長を批判したりせず、本議会の最終的な表決でも反対なんかしないで、賛成せよ」なんて話、議員の権利や判断を何と思っているのかと首をかしげる。

 この男の言い放った、
 「そーいちろう、おんしゃーにゃあ、委員会で賛成して可決したものを、なぜ本議会で反対らすらあや。それに質疑(反対討論)までして。委員会で決まったことは賛成したらえいやないか」

 この暴言を聞いた時、この意見も思い出しました。「あっ、同じだ」と。

 一昨年(平成21年)聞いた、市長選の後援会で市長を支えた人の意見が、
 「違法でもえいやないか、それで室戸が良くなったら」。

 そして昨年(平成22年)にもある課長から市長の考えとして聞いたのが、
 「企業誘致やきん、違法でもえいやないか」だった。

 この三つ、「市長のために議員みんなが議案に反対せず、賛成してやればいいんだ。市長が喜ぶことならその議案が違法であっても杜撰な計画であってもいいから、賛成すればいいんだ。企業誘致なら違法な業務でもいいんだ。そうすれば室戸は良くなるんだ」の考え方。三つとも基本は同じです。

 「市長のために、何でもかんでも、みんなこぞって賛成せよ」。

 笑ってしまいます。これでよければ議会はいらない!

 議員が行政が行う違法や不公正・不公平、不適正に目をつぶり、何んの指摘もしないし改善策も提案できないようなら、議会なんか無いに等しい。だから、議会はいらない。金も食うし。

 これで市民がいいと言われるならば、今度の市議選もしなくてもいい。議会をなくすことで浮いた議会費の年間1億円は全額住民サービスに向けよ! そうすれば市民の皆さんは喜ぶだろうし、小松市長もこれまで以上にやりたい放題できて、大喜びするだろう。

 それに、市長を妄信的に愛する先の暴言男ほどではないと思うが、市長の不適正さをよく認識しながら支援している後援会の皆さんも、議会がなくなれば市長に無批判で寄り添う議員はもちろんのこと、私のように行政業務を徹底調査をして不適正さを徹底批判する議員もいなくなり、楽になること請け合いです。但し、市職員が高圧的な市長の指示命令で今の何倍も苦しむことになるのは、疑いようもない。

 議員が、行政が行う違法や不公正・不公平、不適正に目をつぶり、何んの指摘もしないし改善策も提案できないようなら、議会なんか無いに等しい。これでよければ議会はいりません。

 議会が必要なのか、それとも議会は必要ないのか、それを決めるのは市民です。

 もし、議会が必要とならば、市長が不適正な議案を議会に提出した時、行政を監視しチェックするのが役目である議員がそれを批判し、追及し、改善を求めることになる。議員の役目は市民への情報公開や議会報告、そして議会改革など他にもまだたくさんありますが、まずこの「行政のチェック」が重要な職務といえます。


 市民の皆さんは、このどちらかを選べばいいのです。市長が暴走しないよう、行政が過ちをしないよう方向づけるために議会を置くか、それとも「おれが支援している市長の邪魔になるから」と議会を無くすか。

 市民の皆さんどうしますか? お伺いいたします。

 わたしはどちらでもいいです。これまでの8年間、自分では本当によく頑張ってきたと思っているから、議員を続けられてもいいし、議会がなくなってもいいし。市民の皆さんが望む形を作ればいいと思っています。

 私の言っていることは、無茶なことでしょうか? 筋が通った話だと思いませんか?


 「筋が通った」と書いて、思い出しました、私が初めて市議選に出馬した時のことをお話しましょう。

 15年4月の市議選の時、室戸岬町津呂の西下町の街頭に立ち、港を取り巻く家々の皆さんに向かって演説をしていました。そして、演説を終えて次の演説場所に向かおうと車に乗りかけると、そこにかつて遠洋マグロ漁船の船主をしておられた釣井高明さんが自宅から出て来て、こう話し掛けてきた。

 「谷口君、おまんの演説は筋が通っちょう。ワシはおまんを応援するきん、がんばってやりよ」。

 初めて気がついた。「そうか。自分の演説は筋が通っちょうんか」。そして、「言っていることは間違ってなかったんだ」と。

 この方はそれから3年ぐらいして亡くなられましたが、可笑しいことには「おかしい」と、理路整然とした形で論点をまとめ構築してから、勇気を以って堂々と発言することの大事さ、それをその時、釣井さんが教えてくれた気がしています。

 それから、初当選して議員になり8年になりますが、議会で発言する時にはその教え、「筋が通っていること」の重要性を噛みしめ念頭におきながら毎議会登壇して、質問し、質疑し、討論に臨んでいる。


 健全な筋の通った批判をしているからこそ、それを面白くないと考える議場内と議場外にいる市長支持者から筋違いの反発があるのですが、譬え市長の信奉者に「おんしに投票する奴は、みなバカよ!」と罵られようとも、議会があって、議員の職を与えられる限り、これからも可笑しいことには「おかしい」と正義の精神を基にして発言し、4年後に職務を全うしたいと考えています。
 
 私を応援して下さる素晴らしい有権者の皆様のため、これからも精一杯、頑張ります!! 私は負けません!

 しかし、市長はすばらしい支持者を連れておられる。≫

      ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 さて、お分かりのように、この記事が言わんとするのは、議員が市長等執行機関が行う違法や不正な事業運営に対してその点を指摘した上で厳しく批判し改革・改善を求める行為を指して、政治の何も分からない市民や議員などが言う「みんなが賛成しているんだから、賛成せよ。賛成できないなら、お前は共産党だ」との認識は、前時代的な古い古い思考であり、全く間違っているということ。都市部ではあまりなくなったと推測するが、こういう何とも言いようのない地域意識が戦後から66年も経った今も、「地方」でもさらに田舎の小さな地域の政治世界には根強く残っています。

 議会において、首長が提案した議案の内容に疑義を持ちその疑わしい点に対して問い質す行為を「質疑」と言うが、その疑わしい点が明確に違法や明らかに不正な予算の投資であるなどの場合、質疑において首長に対してその点を指摘し、批判し、改善あるいは事業案を撤回させるべく発言を行うことは、地方議員として正しく適切な職務遂行といえる。そして、その改革派議員が行う質疑は高く評価すべきだと、賢明な全国の改革派議員の皆さんや地方政治に関わる専門家の皆さんはご理解下さるのではないか。

 それが、この室戸市に代表されるような田舎町、田舎の村の行政や議会においては、議会で市長が議会に提案した議案に質疑したり、一般質問や質疑で疑義を持ち批判でもしようものなら、市民やその議案が違法(または不正な予算支出)であるのも解らない議員たちから「市長が出してきた議案に素直に賛成せず批判したり反対したりするから、あいつは変わり者だ。共産党だ」と決めつけ、行政改革や議会改革に関する活動を妨害し、議会から排除しようとした。選挙においても、「あいつは市長のすることに『それは地方自治法違反です』とか『すでに倒産状態にある指定管理者に条例違反の赤字補てんをするな。結局、無駄な支援になってしまう』などといちいち難しいことを言って逆らうから、許すな。選挙で落とせ」と議会から排除しようとした。

 昨日も書いたように、私が議会議員時代に市長の不正な業務運営に一つ一つ疑義を質し改めるように求めたのは全て正義感が言わせたこと。何でもかんでも反対したことは一度もない。だから、私は共産党員でもないし、同党を支持・支援もしていない。他の、普通に正しく国民のために真面目に政治をしている政党を支持していることは間違いない。

 私はいま課題の一つになっている消費税増税に関して言えば、日本の国に1000兆円にもなろうとする借金を作り財政困窮の状態にしたのはこれまでの自民党政権時代と3年足らずの民主党時代の国会議員全員と国家公務員らで、その者たちが何の一つも責任を取らずに増税しようとしていることには非常に腹が立っている。許し難い。

 だが、このことを批判してももはや詮無いことで、これまでのことより今からどうすべきかと考えると、
 国会議員の定数と給与は3割カットし、国家公務員と地方公務員の給与も3割カットする。そうなると当然、併せて地方議員の報酬も3割カットすべきことになる。
(例えば、室戸市議会議員の報酬27万円は3割カットして月額20万円となる。勿論、期末手当もそれに準ずる。どうせ以前からずっと“行政のチェック”という職務を遂行していないんだから適切な減額処置だ)
 そうした上で、社会保障に併せ、国の借金を減らすための消費税増税はいたしかたないと容認している。

 しかしだ。政治家と公務員が自ら身を削ること、自分たちに痛みを強いることを避け、企業や商店、国民にだけ痛みを強いる今のやり方は許しがたく、「お前らのことはどうなってんだ! お前らそれでも国会議員か! おまえらそれでも国民から給料をもらって生活している議員か、公務員か、官僚か! この脳無し野郎らめ!」と思っている。

 とにかく、国民の生活が困窮している中でこれら国会議員と国家公務員及び地方公務員だけがぬくぬくと定年を迎えようとしていることには、どうしても納得できない。

 但し、「消費税ゼロ」などと言い財政の在り方というものを理解していない共産党の政策や主義主張は、最初から支持していない。いつも、「なら、あんたがた共産党が政権を取った時でも1000兆円という大きな借金を抱えながら国民に耳触りのよいそんなことばかり言って、この国の政治が賄えるのか。これからもずっと野党でいるしかないと思っているからそんな経営観念のないことが言えるんだ」と思っている。ですが、同党を支持したい人が支持・支援するのは何も悪いことではない。それが日本国憲法で規定されている、民主主義というものだ。

 先日もこんなことがあった。面白い話だから、ここで紹介しておこう。

 ある地域の役場を訪問し、首長にお会いした。政治とは全く関係のない、あることを尋ねに行っただけでした。首長室に入り、お尋ねする用件について私から話し、一応、その話が終わったころ、首長から聞かれました。

 首長「あんたは室戸の市会議員では一番まじめにやっている議員だと聞いていたのに、なぜ落選したの?」

 私「(笑)それは、私が市長が行った地方自治法違反の業務を改善するよう求めたり既に倒産状態にある企業に条例違反の巨額の予算を投資するのを議会で批判したことについて、市長や議員らとその人たちを支援する市民から反感をもたれたためです。あまりにも真面目すぎたからですよ」などと説明した。

 その話を聞いた首長、どう聞き、どう考えたのか解りませんが、こう言った。

 首長・「あんたは共産党かもしれんけんど、・・・」。

 「えっ、・・」と思いました。なぜ真面目に議員としての職務を果たそうと頑張った活動を捕まえて「共産党」と言ったのか、すぐには解りませんでした。首長は「市長に異議を唱えるのは間違うちょう」などと上から目線で忠告するように話すのを聞いて、私のことをなぜ「共産党」と言ったのかがわかりました。

 「そうか。この首長が考えていることは、自分も議会で議員と相対する首長だから、『議員が市長のすることに一般質問や質疑で異議を唱えるのは間違っている→異議を唱えるのは、歯向かうこと→市長に異議を唱え歯向かう議員は共産党議員しかいない』という三段論法なんだ」。

 ようやく解りました。2011年3月末ごろ、室戸市役所のジオパーク推進課の前のフロアで市長と議長を応援しているTという男から「お前は共産党か!」と叫ばれてから一年が経ち、また室戸市以外の自治体首長からも「あんたは共産党かもしれんが」と言われてしまった理由が。

 それは、市議会で私が市長の違法を追及したり違法な赤字補てんの支援を追及したりし、“行政が行うすべての業務運営や事業を厳しくチェックする”という地方議員の職務を忠実に遂行したがため、戦前戦後にあった「人の言うことに反論すれば、それはみんな共産党だ」という古い考え方を戦後66年経った今も持ち続けている進歩のない人たち(地方の住民らであり、首長であり地方の議員ら)は私が室戸市議会において8年間行ってきた「正しい政治を行いましょう」とする議員活動を指して「お前のすることは共産党だ」と決め付けたということだ。

 こんな指摘は共産党議員や国民の中の同党を支持する皆さんにとっても腹の立つ話でしょうね。

 発展した都市部の議会では行政改革や議会改革に取り組む議員を捕まえてこんなことを言う人たちは少なくなったと思うが、いまだに室戸市など四国の田舎の方に来ると、議会で議員が首長の提案した議案に異議を唱えて厳しく質疑を行ったりすると、口に出しては言わないが、頭の中で「あいつは首長を批判するから共産党かもしれん」などと時代遅れで見当はずれな事を考え、議会で除け者にしようとする。議員だけではなく、昨年3月に私が市長の支援者に言われたように、市民までもがこの改革派議員を捕まえてそう言った。


 では、ここからは、かつての私をはじめ行政改革や議会改革に取り組んでいる議員に対して「お前は共産党か」と言っている地方政治家と住民など、そう考えている人たちに対するささやかなる反論です。

 あなた方の政治を見る目と判断する頭脳には狂いがあり、根本的に間違っているが、


●まちの政治をよくするために誠心誠意、真面目に毎日議員活動をしている議員はなぜ、そう悪者のように言われ批判されなくてはいけないんですか?

●首長が行う違法業務、不正な財政運営に対し批判し改めるように求める議員はなぜ、そう悪者のように批判されなくてはいけないんですか?

●市民の負託を受けて任期の4年間を休みなく報酬を頂いている市民に貢献したいと考えて働く議員は、なぜ、そうやって悪者のように批判されなくてはいけないんですか?

●一般質問も一番内容が詰まっていて、質問時間も一番長い議員がなぜ、そうやって悪者のように批判されなくてはいけないんですか?

●質疑や討論においても事前に先進地事例を調査し、それと行政調査も議会前の2ヶ月間綿密に行い、それらを基にして質疑原稿をまとめ、その上で大綱質疑に臨み、市長や課長に事業や業務に関して疑義を質す、そんなふうに議会で一番頑張って仕事をしている議員がなぜ、そうやって悪者のように批判されなくてはいけないんですか?

●議会最終日の表決においても、「疑わしきは反対する」というのは議員としての基本精神であり、それに準ずるのが議員としての正しい姿勢であるが、そんな議員がなぜ、そう悪者のように批判されなくてはならないのか? 何でもかんでも議案の中身も精査せず要点が何かも全く解らないまま賛成している議員が大半だが、地方議員はそれでいいんですか?

●「常任委員会で賛成可決した議案だから、本議会でも賛成せよ」と言った市長を支援している市民がいたが、法令や不正を審議する能力や道徳心が全くない議員ばかりの委員会で可決した議案をそのまま「まー、いいか」と賛成するほど馬鹿じゃない議員が、なぜ、そうやって悪者のように批判されなくてはならないんですか?

●真面目に議員活動をし、真面目に議案の一つ一つを厳格に吟味して判断を下す健全な議員がなぜ、そうやって悪者のように批判されなくてはいけないんですか? むしろ、違法な事業や議案でも不正な予算投資の議案でも賛成している、議会にはいてもいなくてもかまわないような議員の方が住民から徹底的に批判され、追放されなくてはならないのではないですか?

●地方の政治関係者と地方の住民の皆さんにお伺いするが、皆さんは、時代は今や改革の時代にあることを知っていますか? 政治世界でもそうだし企業組織においてももう何十年も前から改革・改善の時代となっているが、それを知っていますか? もし知らなかったら、勉強をし、今はもうすでにそういう時代だと覚えておいてください。そして認識を改めて下さい。その「認識を改め、前に進むこと」が改革ですが、組織の悪い体質を改めることは嫌いですか? 改革・改善に取り組むそんな真面目な議員が出てきたら今でも悪者のように言って批判したいですか? 

●あなたは基本的に言って、真面目な議員はお嫌いですか? そして、住民の役にも立たずに報酬だけ貰っている泥棒みたいな不真面目な議員の方が好きですか?


 私は、住民から毎月頂いている報酬分以上の仕事をする議員こそ適正な議員だと理解していますが、こんな私の考え方は間違っていますか? 全国の皆さんはいかがお考えか?

 最後に、こんな孔子の言葉を披露したい。

 「君子は義に喩り、小人は利に喩る」

 意味は、「立派な人は、正しいかどうかを第一に考える。つまらぬ人は、儲かるかどうかを第一に考える」。

 これを地方政治家に置き換えると、「立派な地方政治家は、その政治が正しいかどうかを第一に考える」、つまり、かつての私のような政治家のことです。そして、「つまらぬ政治家は、その政治が自分にとって得か損か、儲かるかどうかを第一に考える」、つまり、そこらあたりの議会にいる、何でもかんでも「まーいいか」と全議案に賛成して政治を進めているつまらぬ政治家のことです。

 『論語』に学んでほしいものだ。


※電子情報誌「高知発!青空エクスプレス」のアクセス数は、6月26日(火)付けGooブログランキング(173万3003ブログ)中、3166位でした。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

小沢氏、やっと民主党を離党

2012-06-25 | 政治家のあり方
 私は5月30日に次のような記事「小沢一郎氏の民主党離党を求める」を書いた。

 その小沢氏がこの6月26日の採決の後、離党し新党を作ることが決まりました。えっ、決まってないって? いえ、いえ、決まったんです。もうここまで拗ねて自分たちの組織の長の行動を妨害したら、後戻りはできません。だから、小沢氏は離党しかなくなったのです。

 付いてゆくのは40人いるかいないかでしょうが、この民主党の愚かな議員たちも離党後、その離党を悔やみ、かつて自民党議員が郵政民営化法案に反対して離党せざるをえなくなって後にまた自民党にすり寄って出戻ったと同じように、みんなやがては小沢氏から歯が抜け落ちるようにポロポロと離れてゆくことになる。

 8月(?)の衆院選では民主党から離党した中の大半の議員が落選し、当選してもしばらくすると野党に転落した民主党に戻ったり、元いた社民党に入ったり、無所属議員になったりし、そうしてやがては小沢氏が持ち続けた総理大臣になりたいという夢は露と消え、寂しい政治家人生を終えることになる。

 豊臣秀吉は、人生の最期にこんな言葉を残している。
「露とおち 露と消えにし わが身かな 難波のことも 夢のまた夢」
  これは「夢の中で夢を見ているような、はかない一生だった」との気持ちを吐露したものだ。
 
 小沢氏は秀吉の足もとにも届かない、政治の裏側で跋扈しているだけの一政治家ゆえ、「露と落ち、露と消えにし我が身かな。総理の椅子は夢のまた夢」といったところか。

 家に帰っても妻はいない。その有名になった小沢氏の妻・和子夫人の手紙は、この日本の国の政治浄化にたいへん役立ちました。

 「このような未曾有の大災害にあって本来、政治家が真っ先に立ちあがらなければならない筈ですが、実は小沢は放射能が怖くて秘書と一緒に逃げだしました。岩手で長年お世話になった方々が一番苦しい時に身捨てて逃げ出した小沢を見て、岩手や日本のためになる人間ではないとわかり離婚いたしました」の書き出しだけで驚きでした。あの剛腕小沢氏も逃げた妻には形なしですね。つまり、妻の和子夫人の方から離婚を切り出し、離婚したということです。

 この事実について、小沢氏とともに離党すると断言している小沢一派の幹部・東議員は6月23日(土)のTBSの朝ズバ!で、「あの手紙はニセ物です」なんて庇って嘘をついていたが、事実あった自分たちに不利な情報や出来事を認めないのはいかにも小沢流で、事実ならなぜ「事実です」と認める能力がないのかと思う、国会議員ともなれば。

 国会議員と言っても、ほんとうにウソが多くて、人間として未熟だなあ。この前市議会議員の谷口の方がもっと見識も識見もある。(笑って許して)

 「ところが三月十一日、大震災の後、小沢の行動を見て岩手、国のためになるどころか害になることがはっきりわかりました。(中略)そんな中、三月十六日に朝、第一秘書の川辺が私の所へ来て、『内々の放射能の情報を得たので、先生の命令で秘書たちを逃がしました。私の家族も既に大阪に逃がしました』と胸を張って言うのです。あげく、『先生も逃げますので、奥さんも息子さんたちもどこか逃げるところを考えてください』と言うのです。福島ですら原発周辺の身の避難勧告しか出ていないのに、政治家が東京から真っ先に逃げるというのです。私は仰天して『国会議員が真っ先に逃げてどうするの!なんですぐ岩手に帰らないのか!内々の情報があるならなぜ国民に知らせないか』と聞きました」。

 「私は激怒して『私は逃げません。政治家が真っ先に逃げ出すとは何事ですか』と怒鳴りました」。

 そして夫人は岩手県の支援者に送った手紙の終わりに、こう認めた。

 「かつてない国難の中で放射能が怖いと逃げた挙句、お世話になった方々のご不幸を悼む気も、郷土の復興を手助けする気もなく、自分の保身のために国政を動かそうとするこんな男を国政に送る手伝いをしてきたことを深く恥じています。

 長い間お世話になった皆さんにご恩返しができないかと思っています。せめて離婚の慰謝料を受け取ったら岩手に義捐金として送るつもりです。いま岩手で頑張っている方々が素晴らしい岩手を作ってくれることを信じています。(中略)七月には別のところに住所を移しました(後略)」。


 いま、小沢夫人の和子さんと三人の息子さんは小沢氏と別れて暮らしているという。

 この手紙によって小沢氏と縁を絶ち切る岩手の人々がいる一方、長年、小沢氏と利害で結ばれた人たちは離れたくても離れられず、小沢氏が離党して“小沢党”を作った時にはそれを性懲りもなくまた応援・支持することになるだろう。ただ、小沢氏がいくら頑張っても、妻に逃げられた上、野党に転落した非力な小沢氏では選挙の時に周りに人は集まらなくなり、国会議員として政治的な展望が開けることはなくなるのは疑いようもない。

 ただ、私たち小沢嫌いの国民が是非そうなってほしいと願っているのは、これも疑いようがない。

 民主党が消費税増税法案の採決は21日に決まったいるのを26日に先延ばし、さらに「28日に」とかいう声も聞こえてきて情けなく思ったが、とにかく早く、とにかく26日に採決してほしいものだ。そうして、反対を決めている小沢一派が45人でも54人でもいいから採決後に離党させ、棄権や欠席した議員も除籍処分を科してこれを政界再編の第1弾とし、野田首相は7月に入ったらすぐに解散・総選挙を行い、政界をガラガラポンと出直して、とにかく国政を前進させてほしい。

 当然、小沢氏とともに離党するものと思っていたのに「民主党は私の金で作った党だから」と言って離党できないでいる鳩山氏も、その時、民主党から放り出すことを忘れてはいけない。

 いままで表明してこなかったが、いい機会だからここで私の個人的な国政に対する所見も書いておこう。

 私が支持する政党は20歳の時から長くずっと自民党に投票してきた。だが、2009年8月の衆院選の前の自民党政権時代、公明党から押されて政策化した「定額給付金」でがっかりした。「自民党、お前もか」と思い、自民党を信頼出来なくなった。そして、私は室戸市議会でも別の議案の討論に引っ掛けてこのバラマキ事業を批判してやった。他の議員は全員この定額給付金をもらったが、私だけはその金をもらわなかった。それは、政治に関する不正な金は絶対にもらわないように決意しているからだ。

 2006年11月の首長選の後、当選したどこかの市長が配ってきた金を貰った県議や市議とは、私だけは違う。いくら金に不自由していても、そんな汚れ腐った金はもらわないのが私の一番の自慢だ。

 そうして、その後の2009年8月に行われた衆院選では、自民党の定額給付金支給事業と同じように、民主党が政権を取りたいがために国民を買収するバラマキ政策で選挙に突入。国民の大半は欲にくらみまんまとそれに乗ってしまい、それが今の国政混乱を生んでいる。つまり、今の国政混乱の原因は、欲の深い国民が作ったものと言ってもいい。

 だから、私は定額給付金で国民を買収した自民党に投票せず、バラマキ政策ばかり公約に掲げた民主党には当然、投票せず、行政改革を掲げたみんなの党に投票した。しかし、これにしても地方議員だった私がその政党の選挙を支援するなんて馬鹿げたことはせず、自身独自の議員活動に励んだ。今も国民を買収するような政策や国民に媚びるようなことを行う政党には投票しないことに決めているし、女房にもそう教えている。

 又、視点を変えて、「これこそ政治家」と、戦後これまでで一番信頼できる政治手腕を発揮したと考える政治家は、小泉純一郎氏。地方行政に関わってきた公務員諸氏の中には小泉氏を嫌いな人は多いことを知っているが、この人が一番であるのは動かない。他は、これも異論があろうが安倍晋三元総理。「あの時、病気にならなかったら・・と思っている。他は、国防を考えた時、この人しかいないと考えている石破茂議員。そして父親譲りの高い政治弁舌能力を持っている小泉進次郎議員。そして、自民党を離党してみんなの党の代表となった渡辺喜美議員。この人を支持しているのは同氏が離党した時の夫人の言葉が大きく影響している。(他にもいるが、長くなるのでそれは割愛する)

 よって、私は国民を公約で買収し騙した民主党支持者ではないし、「消費税ゼロ」なんて国の財政認識がゼロの共産党支持者でもないし、米軍基地は「県外・国外」なんて国民受けする政策ばかり言っている社民党でもなく、国民や周辺4国にこびへつらわない政党で、強い外交を推し進める政党で、公正で適正な政治を行う政党を支持している身。

 これまでも書いたが、民主党は「元自民党+元社会党+元民社党+元共産党+元松下政経塾」出身という主義主張の人が一つの政党の中で混在した党であり、そんな「民主社会党」とでも言える民主党は先の衆院選の前から解党すべきと考えていて、早くそうなるようにと心から願っている。

 そこで一つ提案だが、小沢氏は近く離党したら“小沢党”など作らずすぐに政治の世界から引退し、細川護煕元首相に習って陶芸でもしてはどうか。それが小沢氏が国会議員をしているよりも国政が浄化され、国の政治が今より少しは好転すると思うがいかがか。裏工作は得意だが政治的な弁舌能力はない、そんな議員はそうした方がいい。

 地方政治にもそんな政治的能力がない人がいることを、私は知っている。

 法律を守ろうとしない首長と議員など、道徳心がない政治家(と言えないほど低い能力の)人がたくさんいる。そんな人は地方政治に関わらない方がよっぽど、町が良くなる。

 市町村長でいるよりも、地方議員でいるよりもだ。



※電子情報誌「高知発!青空エクスプレス」のアクセス数は、6月25日(月)付けGooブログランキング(173万2557ブログ)中、4471位でした。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

日本列島及び領海等移動計画

2012-06-21 | 国のあり方
 何日か前、ふと突飛な計画(?)を思いつきました。

 そこで、その計画をこの電子情報誌上に掲載し全世界の皆さんにご覧いただくため、ここ数日は絵画制作はさておき、世界地図から描き起こしての計画書(というほど高貴なものではないが)づくりをしていて、それが今日、整いましたので、掲載致します。

 皆さんはきっとお笑いになると思うが、中には「うん、面白いじゃないか!」と思われる方もおられると思いましたので、その考えた計画をここに披歴いたします。

 題して、「日本列島及び領海等移動計画」。説明は不要、計画図をご覧いただければ全て納得して下さると考えています。

 この図面を作った理由は歴然としている。特に、ここ20年ほど前からだろうか、周辺4国がうるさく騒ぐ。それが我慢できないから。言わずもがなで、「周辺4国」とは、中国、そしてロシア、そして韓国、そして北朝鮮のことだ。

 ①中国は、尖閣諸島などの日本の領土や領海だけでなく、南は南シナ海周辺諸国のフィリピンやインドネシア、ベトナム、そして西はチベットなどと、周辺国の領土や領海や海底資源を我が物にしようと強行に圧力をかけている。

 因みに、尖閣諸島が日本領土となったのは1895年(明治28年)の閣議決定に拠る。中国が尖閣諸島は中国固有の領土だと主張し始めたのはそれから76年もたった、1970年(昭和45年)に尖閣諸島近海に油田の可能性が指摘されるようになってからのこと。つまり、中国は欲がからんで日本の領土であるこの島々を欲しくなったと解る。

 日本がこの島々を日本の領土と断言するに足る歴史がある。(これはあくまでも専門家の受け売りですが)

 1919年(大正8年)に中国漁船が尖閣諸島沖で難破した時、当時の島主が救助に当たり31人の中国人船員を助けた上で中国に送還した。翌年、中国政府からその漁船員を助けた島の人たちに感謝状が届くが、そのあて先は「日本帝国沖縄県八重山郡尖閣列島」とハッキリ明記されていた。つまり、これだけで、中国がいまから93年も昔の大正期までも、そしてそれ以降もこの尖閣諸島を日本の領土と認めていたということが証明される。1970年に尖閣諸島近海に油田の可能性が指摘されるようになるまでは、です。

 恥も外聞もなく人の物を欲しがる奴も嫌いですが、そんな国はもっと嫌いだ。


 又、中国は、“悪の枢軸”北朝鮮を親代わりとなって庇い育て、適正な“国柄”となるようにとの教育を怠っている点なども、問題の重大さを全く理解していないといえる。

 ②韓国は、日本固有の領土・竹島を我が物にしようと圧力をかけ続けている。個人的な思いとして、韓ドラで日本の文化を悪化させていることも我慢ならない。

 ③ロシアは、終戦時のどさくさに盗んだ北方4島を奪ったまま、66年が経っても返還しない。その上、「柔道でもあるように、日本には引き分けという文化があるので、大きな島二つをロシアが取り、小さな島二つを日本がとるということにしてはどうか」なんてジョークにもならないふざけた話を持ち出しているが、北方4島は日本固有の領土であると認識を新たにするとともに、プーチン他、ロシアの政治家たちはロシアの文化を学ぶことはないから、“引き分け”とは両方が同じ得と損を分け合うことだというだけでなく、日本の他の文化についてももっとよく勉強し学ぶべきだ。そうすれば北方4島は日本のもので、今まで自分たちロシアが欲に目が暗んでその日本領土に侵入し終戦時に略奪して以後、侵略し続けてきたことを理解できるようになるだろう。

 ④北朝鮮は、国民の生活を蹂躙しながら巨額の資金を使って核開発に走り、それを以ってアメリカや日本や韓国に脅しをかけ、金をせびり続けている。日本国民だけでなく、韓国国民やその他の国の人までさらってきて閉じ込めてしまう、そんな程度の低い政治家が差配しているこの国だけは、どうにもならない。これから50年経っても100年経っても絶対にその性癖は変わらない、“新朝鮮戦争”によって壊滅されない限り。

 こんな4国と仲良く手を取り合ってお互いが良くなっていくなんてことはとても無理な話で、「出来れば何とか縁を切りたい」、ジェリー藤尾の歌ではないが、「これらの国とは縁を切って、遠くへ行きたい」と思い続けてきた。

 日本が被害を受けている領海侵犯、領土略奪などはすべて、日本周辺の魚や石油、天然ガス等々の“財宝”を奪わんがため。いままでの中・ロ・韓・北との関係悪化は、この乏しい日本の“財宝”を奪おうとの画策にある。これを解消させる唯一の方法は、日本の領土と領海等を東方に異動させること、たったそれだけで隣国が奪おうとしなくなる。

 そこで、この計画を考えた。・・・という訳です。

(現在の日本列島及び領海等図)

  

 ※資料としてネット検索で「日本の領海等概念図」も参考にしました。

(東方へ移動した日本列島及び領海等図)

  

(部分:現在の日本列島及び領海等図)

         

(部分:東方へ移動した日本列島及び領海等図)

  

 かの4国ともこれくらい日付変更線ぎりぎりまで離れたら、もう領土・領海等が略奪される恐れも無くなるし、これらの国による日本国内でのスパイ活動も無くなり、大丈夫でしょう。

 勿論、この計画の実現は、100%無理です。しかし、賢明なる国民の皆さんは、私がこう考える気持ちも少しはお分かり頂けるのではないか。

 この計画図のように日本の領土と領海がそっくりそのまま東方に大きく移動すれば、中国、ロシア、韓国、北朝鮮の四隣国から圧力は掛けようが無くなるし、その上、沖縄県にある米軍基地はすべてグアムなどのアメリカ領土の島々に移設できるという効果も生む。

 そして、それに伴い、国から沖縄県や沖縄県内の市町村に補助支援されていた「米軍基地所在地市町村活性化特別交付金」等の沖縄県に米軍基地があるために投資していた交付金や補助金、助成金等はすべて廃止されることになるので、この計画は国の財源確保に関しても非常に効果的となり、万々歳の政策となろう。

 勿論のこと、そうして後の沖縄県は、高知県と同じように、乏しい財源の中をやり繰りしながら地域の活性化に努力することになる。それは沖縄県民が今望んでいることで、100%実現しない夢のこの計画がやがてやってくる南海大地震をきっかけにしてもし実現でもすれば、ご納得いただけるだろう。沖縄県内の米軍基地や自衛隊の基地は無くなり、県内の基地はすべて公園やグラウンドなどに改修され、飛行機の爆音がない静かな町々となるだろう。

 こうして日本の人たちはみんな喜び、悔しがるのは周辺4国だけ。アメリカにとっては、これら周辺4国の近くに日本がありそこを最前線にしている方が国防上、効果的であろうが、日本に取ればアメリカのことより日本のことの方が大事。

 さあ、これで、これから安心して枕を高くして眠れそうだ。

 あっ、それから石原東京都知事も尖閣諸島購入なんて雑事に時間を取られていましたが、知事もこれからは東京都のことだけ心配してればいいので、安心して眠れるでしょうね。


※電子情報誌「高知発!青空エクスプレス」のアクセス数は、6月21日(木)付けGooブログランキング(173万1087ブログ)中、3383位でした。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

台風襲来も、経験則で早めの対策

2012-06-19 | 季節のたより
 先ほど(19日午後1時過ぎ)、岐阜県関市の川合さんから次のような台風見舞いのコメントを頂きました。

 「そちら室戸地方では大したことはないのでしょうか。何といっても室戸台風がすごかったようですから。半世紀前ですが、そのあとの伊勢湾台風は私の幼い記憶の大きな1ページです。 どうぞお気を付け下さい」。

 どうもお気づかいいただき、ありがとうございました。こんな言い方はないかもしれませんが、いま19日の午後3時で台風はもう室戸岬の真南約150キロぐらいにいるようですが、この台風は時々やってくる暴風雨ぐらいなもので雨もあまり降っておらず、あまり台風という気がしない、その程度の台風です。

 全国の皆さん、どうかご心配なく。

  

 勿論、土佐の人たちでも大きな台風には困ってしまいますが、ちょっと小さな台風となるとこれまでの経験で台風のスケールが解り、大きかったら大きいなりに小さかったら小さいなりにそれなりの対応をして、都会の人たちは台風と聞くと必要以上に驚くでしょうが、土佐の人たちは落ち着いたものです。

 「経験則」という言葉があります。これは、「これまでの経験の蓄積により得られた法則」をいい、よく悪い意味でつかわれます。いわば台風が自分が住むところに来るとか来ないとかの予想、やってくる台風が強いとか弱いとかの予想もこの経験則で、「多分、大丈夫」とか「当地には来ない」とか「雨はあんまり降らん」とかいうのは、これ。

 だから、土佐人が台風予想するのもこの類ですが、かと言ってそれが全く悪いとは思っていない。

 今でこそ、日本列島を襲う台風は大幅に減少したが、昔は本当に毎年たくさんの台風がやってきて上陸していました。

  

 私にしても小学生だった昭和27、8年頃から毎年、何度か台風が来て小学校や中学校が休校したことを何度も経験し、11月ごろに台風40号とか50号なんて台風が来た記憶などもあって、雨の降り方や風の吹き方、雲が走る速さなどを「経験則」からはじき出す土佐人の台風予想は、“当たらずとも遠からじ”、ではある。(・・・と思っている)

 但し、室戸など高知県ではあまり被害というほどの被害ははないと予想していますが、和歌山県、三重県、岐阜県、愛知県など台風のこれからの進路にあたる地域の方々はテレビで解説する進路に注目し、適切に対応されることをお願いします。台風が本州に横たわる梅雨前線を刺激すればどんな大雨になるかわかりませんのでね。

(写真は、四国東南端の室戸岬にて)


※電子情報誌「高知発!青空エクスプレス」のアクセス数は、6月19日(火)付けGooブログランキング(173万0281ブログ)中、3340位でした。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

室戸市議会「議員別一般質問実績表」

2012-06-18 | 議会改革
 先日掲載しました「室戸市議会 議員別一般質問実績表」に関心をもたれた方から「掲載した写真の表があまり詳しく見えないので、部分的にもっと大きく拡大した写真を掲載してほしい」とのコメントを2名の方から頂きました。

 この表は、私がまだ室戸市議会議員だった23年3月議会の前に作成した市議会新聞『青空新聞』(第15号)の最後のページに掲載したもので、同紙は3月末から市議選直前の4月始めにかけて、西は羽根町から東は佐喜浜町入木までの市内全域に3500部を配布しました。だから、室戸市民の多くは市議選の前にこの「議員別一般質問実績表」を見て、それから投票したことになる。

 表の内容は、平成15年6月議会から23年3月議会までの8年間32議会に市議16名(平成19年6月議会から定数14名)が行った(又は、行わなかった)一般質問の実績を表にして室戸市民に情報公開したもの。

 そこで、あれから約一年が経過していますが、リクエストにお応えして再度詳細に掲載します。(下の写真)

  

 もうひとつ、この表の右半分、特に市民が関心が深い平成19年6月議会から平成23年3月議会までの4年間16議会だけをご覧いただきます。

  

 但し、この表では質問を行った議員についてどなたも同じように「○」印を入れてありますが、議員それぞれに許されている持ち時間の50分全部を使って質問を行った私のような議員もいれば、「市民の皆さん、私は質問をしましたよ」とでも言いたげにわずか3分や5分の質問で終える議員もいて、これでは誰が熱心に議会活動をしているのかしなかったかが解りません。

 ・・・ということで、私は19年4月の選挙で2期目当選が成ってからの4年間について、議会で一般質問が行われている時にはその質問の内容のチェックとともに行った質問時間(何分か)を計測しました。そしてその質問時間は、「○」印の中に記入するようにしました。(これも、議員の中には市民を小手先でだますような工作を行う人がいたから仕方ありません)

 中でも、皆さんに注目していただきたいのは、右側の「合計」(4年間に質問を行った合計回数)と、「質問合計時間」と、「一議会平均質問時間」。一回の質問時間が長くても質問を行った回数が1回とか2回の議員がいたり、毎議会のように質問に登壇していてもほんの3分とか5分で降壇する議員がいたりして、この「議員別一般質問実績表」をもっと詳細に分析すれば議員各位の思惑や議員としての能力まであぶり出せると思っている。

 室戸市民の皆さんはこの表を見て、俄然、23年5月以降の室戸市議会議員が議会中、どのくらい熱心に議員活動をしているか興味が沸いてきたと思いますが、残念ながら23年6月議会以降は議会では唯一人、市政改革と市議会改革に取り組んでいた谷口議員がいませんので、同氏が行っていたような行政と議会の情報を収集しそれを議会新聞を制作・配布し公表したりネットのブログ等で市民に公表する熱心な市会議員はいなくなりましたので、一年前から室戸市政と市議会(現在の市議の平均年齢62.5歳)の情報は室戸市民に伝わることはまったく無くなりました。

 事実、市民に聞いてもみんなそんな不満を漏らしています。

 でもね、「仕事をしないからといって、俺たちが投票して当選させた議員を批判するのはけしからん。あいつのような真面目すぎる議員は議会にいらん」といって今のような状況を望み生みだしたのは、まぎれもなくその室戸市民です。

 “後悔、先に立たず”、“自業自得”とはこのことで、先人はまったくよく言ったものです。折角、私が議会改革を行って今の議員報酬額のまま今の何倍もの仕事を作り働かない議員を市民のためにもっと働かせてやろうと考えていたのに。

 市議会で一番真面目な人材を無関心と悪意を以って排除すれば、必ずその報いはその人たちに降りかかってくるということです。

 孔子、曰く。「天に罪を獲ば、祈る所なきなり」。

 この言葉の意味なすところは、「天理に背くようなことをすれば、神に祈ったところでどうしようもない。そういう人は必ず痛い目に遭う」。

 つまり、「不思議なもので、他人にひどいことをすれば、その人はいつか必ずひどい目に遭うものです。まるで天が正義に味方しているかのように。だから、損得なんて気にせず正々堂々と生きてゆきましょう」という教えです。

 人間、何歳になっても学び、また反省もし、それをそれからの自分の人生に活かしたいものです。


※電子情報誌「高知発!青空エクスプレス」のアクセス数は、6月18(月)付けGooブログランキング(172万9828ブログ)中、4115位でした。 
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

室戸ジオパーク、11作目「室戸岬(天狗岩)」制作中

2012-06-14 | 私の絵画制作活動
 6月9日から制作を始めた「天狗岩」も、ようやく緒に就いたといったところ。

 これは、昨年11月に描いた「七福神乗合宝船」(M100号)を含めると12作目で、室戸半島の海岸風景だけだと11作目となる。

 又、これまでは全て100号の大作ばかりでしたが、この「天狗岩」は初めてP50号(112×80)に描いている。

 ・・・ということで、地域雑誌を出版しているころから小生を応援して下さっていた方や、議員になって室戸市政・市議会の大改革に取り組んでいたころ応援して下さっていた方々に、そのご報告をさせていただきます。

    
        (現場写真)
         

        (下絵)
         

 そして、描き始めて6日目の今日現在の状況を報告しますと、仕上がりまではまだまだ遠く、3割がた進んだ、と言ったところでしょうか。

             

 何もあわてて描かなくてはならない事情は無いので、これから月末あたりまで試行錯誤しながらも楽しみながら、作品としての完成度を高めていきます。

 かつて室戸市民の皆さんは、私が市議会議員だった8年の間、市民のために毎日尽力していたその真面目さがお嫌いでした。23年3月議会の後、市議会新聞『青空新聞』(下の写真)で議員が任期の4年間、どのくらい熱心に議会活動(一般質問の実績)を行ったのかを住民に広報したところ、市民が知りたい事実の情報を市内全域に公表しただけなのに、その議員や議員の支援者らは「あいつは自分だけ仕事しているようにいう」と批判しました。

  

 そんなこと言ってないで、悔しければ自分たちも私と同じぐらい熱心に議員活動すればいいだけなのに、そうすれば室戸がもっとよくなるのに、なぜみんなそうしないんでしょうね。四六時中、議員の仕事をするのがそんなにつらいのかなァ? 「毎月報酬をもらっていながら、そんなに納まり返っていて、どうすんの!」

 又、市議会で市長の不正な事業計画や事業運営を指摘し改善を求めたところ、「あいつは市長の違法や無駄な支援を追及するから、選挙で落とせ」と陰口をたたかれ、いわれなき批判を浴び、市議選運動期間中にはそれらの支援者が「谷口に投票したらいかんぞ」と市内全域にわたり触れまわったことを選挙の翌日に聞きました。

 議員時代の8年間には、理不尽にも、真面目に仕事をしている人間が批判されるこんなでたらめな出来事がたくさんありました。でも今は、これまで「住民のために」と使っていたその真面目さを自分の人生のためだけに使っていて、何のためらいもなく、何の淀みもなく絵に没頭できることがうれしくてうれしくて、感動の日々を過ごしています。

 それは他の誰が設定してくれた生きがいでもなく、自分が見つけ、自分で掘り当てた宝物。今度は誰に邪魔されることも無く、自由を謳歌しながら仕事ができる事を大変喜んでいます。


※電子情報誌「高知発!青空エクスプレス」のアクセス数は、6月14(木)付けGooブログランキング(172万8318ブログ)中、3663位でした。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

地方議員として一番大事なことは、「法令順守」と「道徳心」

2012-06-11 | 政治家のあり方
 地方政治のあり方について考えていただくために、先日の記事「多すぎる首長の無投票再選」に頂いた山本さんからのコメントと、そのコメントに対する私からのご返事も併せ掲載する。


 ≪毎回読ませて貰っています。素晴らしい文章に感心してる1人です。

 私の所も、いや、この辺の地域は殆ど、役場出身です。住民が安心してる様です。責任が無い、裏を知ってる人がトップになるんです。

 それに群がって町議も7期8期と進んで行くんですね。

 私の所なんかは何をしてもリコールも住民運動も出来ない様にしてしまうんです。

 今年の10月は町長選挙ですが、毎回役場出身が出ていますが、又出る様です。道義的なんて関係ないんですね。

 私はこの異常な人たちの中に入って色んな活動をしています。外からでは潰されますから、中から改革をしています。

 ・・頑張りますよ。≫



 これに対する山本さんへのご返事です。(少し加筆しました) タイトルは「地方行政と議会は信用してはなりません」。

 ≪山本さん、コメントありがとう。今日は、行政職員出身の首長の無投票再選について記事を書きました。

 室戸市には記事にあるように元市職員が市長ですが、他にも議会の議員14名のうち半分の7名が元市職員です。で、内、元助役が2名います。この市議会を元市職員が席巻するかのような多さに、県内でも異常な議会の状況になっているということで近隣市町村でも話題に上り、その元市職員の働きぶりについて注目が集まっています。

 「これがもっと増えて、定数14名のうち元市職員の議員が9名になり、定数削減で12名になった時に元市職員の議員が10名になったりしたら、市議会は役所に付帯した役所の支援団体になってしまう…」と。

 お隣の安芸市では元市職員で助役をやった人が一人だけ元市職員の議員だと聞きます。

 他の町村にも元行政職員の議員がいるかもしれませんが、定数の半分が行政職員という地方議会は全国でも稀で、異常な状態にあると言えるでしょうね。

 この状態についてその人たちに投票した市民までもが「役所が市職員の天下り先になっている」と噂になっています、自分たちが当選させておいてね。

 このように、市長が元市職員、議員も議場の半分が元市職員となると、自分たちが元いた組織の不正や不適正な業務運営を改革するなんてことは全く不可能と言え、市職員が行う業務を改めようとする議員はおらず、行政改革や議会改革は行わないばかりか、私が在職中に行おうとしたそれらの改革のすべてに反対し、議事打ち切りを行った議長や質疑を門前払いした委員長など妨害行為に及んだ者までいました。

 住民はこれでいいと思っているんですから、町がよくなるわけがありません。

 ・・・という流れになっているということです。これも市民が選んだ道。そうやって自分たち市民が被害を受けながら市民生活を行わなければならないのも、自分たち市民の所為。・・ということになります。

 だから、選挙には組織経営のなんたるかを理解している優秀な人物を出し当選させないと、町は廃れるということになります。

 悪いことはわるいと判断でき、正しいことは正しいと判断できる有能な人物を立候補させるよう住民が動いたり、またはそんな人が自発的に勇気を以って立候補すること。そして、住民はそういう見識と品格と自分を捨てて住民のために本当に働ける人を議員や首長に推すことです。

 立候補した人に首長や議員として働くだけの能力がないことが解っているのに、「あいつには義理がある」とか「親戚だから」とか「友達だから」とか「友達が頼みにきたから」とか「メジカを持ってきたからとか「米をくれたから」とか「飲み食いさせてくれたからとか」、中には「お金をくれたから」と言う例もあるが、住民がそんな程度の低い候補だと知っていながら投票して議員にさせるから、いつまでもその地域がよくならないということになります。

 だから、元行政職員でも正しいものの見方ができる人はもちろんいます。ですが、行政において違法や不正が行われていても解らない議員、知っていても改めさせようとしない議員など、そんな住民から負託された職責とはいかなるものかも解らない議員らがいて、自治体の予算を「報酬」という形で食い物にしています。だから、そういう議員は悪質な報酬泥棒と言ってもいいが、そういう議員の中に元行政職員の議員もいます。

 元行政職員が議員になってもいいんです。悪いことではない。但し、法令を正当に順守し、併せ、何が正しいか何が正しくないかの道徳的観念を以ってまちの政治に関わればの話で、行政が行っていることに逐一、チェックを入れ、誤りや時代に合わない事業や運営があれば指摘し、改めさせるべく働く。そう出来れば、元行政職員が議員になったって、何も悪いことではない。

 それを忘れ、元いた組織である行政(首長や職員)を庇い立てなんかするから、住民のために働かない悪い議員と言われてしまう。それが、世間から「市職員が議員になるのは天下りだ」と言われる所以です。

 つまり、全国の地方議会には「何が自分にとって得か」で動く地方議員は掃いて捨てるほどいますが、元々、そういう人間は議員になんぞなる資格はないんです。
 地方議員として一番大事なのは、「法令順守」と「道徳的観念」を以って住民から負託された職務を忠実に遂行すること。この二つの精神に欠ける人は議員になってはダメだと断言しておきます。


 「道徳的観念」というと難しいから「道徳心」と言い変えよう。

 政治における「道徳心」とは、①何が正しいか正しくないかを判断し決意できること、②発言や行いが正直で誠実であること、③人間味を以って住民のために尽くそうとすることをいいいます。

 繰り返しますが、この「法令順守」と「道徳心」を以って誠実な政治活動をしていれば、元行政職員の地方議員であっても、それを“天下り”とは言いません。ですが、この「法令順守」と「道徳心」の二つを無視して違法な議案でもなんでも賛成などしているから、「あいつは天下り」だと住民にうしろ指を指されることになります。 

 但し、これもそんな議員が悪いんじゃなくて、全ては住民が悪い。そんな行政改革に動かない働かない馬鹿な人を議員にした、住民がね。

 山本さん、地方行政と地方議会が行うすべてをそのまま信用してはなりません。市長村長や市町村議員の中には裏で住民をだますようなことを平気でやっている人がいることを知っておいてください。≫


※電子情報誌「高知発!青空エクスプレス」のアクセス数は、6月11(月)付けGooブログランキング(172万7120ブログ)中、3404位でした。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

室戸ジオパーク、11作目「室戸岬(天狗岩)」

2012-06-11 | 私の絵画制作活動
 5月10日から描き始めた作品「双夫婦岩遠望」はなんとか5月30日に完成。しばらく「次はどの作品を描こうか」と構想を練っていましたが、一昨日6月9日から、これも私が平成3年からずっと室戸市と高知県に提言してきた「青空地質博物館構想」を基に出版した地質写真集『青空地質博物館』に掲載した岩、「天狗岩」に決め、描き始めました。

 これで、昨年6月から描き始めた室戸市内の海岸風景の作品は11作目となり、昨年11月に描いた「七福神乗合宝船」(M100号)を含めると、一年間で合計12作目となります。これまでは全て100号の大作ばかりでしたが、作成してあったM100号(162×112)のパネルが無くなったため、この「天狗岩」はすでに作ってあったP50号(112×80)のパネルに描くことにした。

 ・・・ということで、地域雑誌を出版しているころから小生を応援して下さっていた方や、議員になって室戸市政・市議会の大改革に取り組んでいたころ応援して下さっていた方々に、そのご報告をさせていただきます。

    (『青空地質写真館』掲載写真)
    


        (現場写真)
         

        (下絵)
         

        (最初の下描き)
         

 どうしましたか? 色とりどりの下描きを見て、「こりゃなんだ?!」と思ったんじゃないですか?(笑)

 実は私は絵を描いていて、たくさんの絵具を置く皿に余ってしまった絵具はそのまま洗って廃棄したりせず、すべて描きかけの作品の似た色の場所に置くようにしています。それを私は“捨てコン”と呼んでいます。

 通常、“捨てコン”とは、地域社会の営みの中で民家を建てたりの公共工事を行っている時、生のコンクリートを組んだ型板の中に流しこんで成形してゆくのですが、その経過の中で余った分のコンクリートを捨てないで別のコンクリートを打つ場所に放り込みます。その“捨てコン”はムダにはならず、後で打つコンクリートの基礎的部分となり、効果も生みます。

 他の作家はこんなことはせず、使わない絵具は、油絵ならばチッシュ・ペーパーかボロ布でぬぐい私が使っているアクリル絵具ならば洗い場で洗ってすべて廃棄しますが、私が絵を描いているその時々に余った絵具はすべて作品の中の似通った絵具を置いてある場所に塗りつけるようにしています。唯、勿論、作品が仕上がり段階にある時には、必要のない色の絵具は“捨てコン”として使わず、洗い流して廃棄します。

 だから、上の最初の下描きとして掲載した写真の絵は、前作「双夫婦岩遠望」が仕上がった時に余った絵具を、下描きをする前にジェッソで下塗りをしただけのP50号のパネル上に、ほんとうに無作為に塗りつけたもの。これを初めて行ったアイデアも理由があって、一年前の昨年6月から30年ぶりに絵を描き始めた時から、日々試行錯誤しながら自分流の絵の描き方を確立したいと制作を行っていて、これもその一つ。

 下塗りにイエロー・オーカーを前面に塗ってから下描きを始めたり、白いジェッソの下塗りのまま下描きを始めたり、下描きの色を黒にしたり青にしたり赤にしたりと。

 残る命があと10年ぐらいのこの歳になって、他の画家など大先生の「絵はこう描くものです」なんて指導を仰ぐつもりはない。差し当たって信心している神仏はないが、自分が35歳からこれまで三十年間、仕事を優先させ絵を描きたいのをずっと我慢してきてようやく精一杯絵が描ける環境になったことに神や仏に感謝しながら、基本的には、浮世絵の線描と形の単純化を最後まで推敲しながら、行き着く先は鮮やかな色彩の抽象画と決めている。

 はてさて、この絵もどうなるものやら。議員時代の8年間も休まず市民のためにと苦心惨憺しましたが、今は自分のためにいろいろと苦心しながら“谷口の絵”の境地を見出し確立してゆきたいと考えて取り組んでいます。

 10月初旬に開催する高知県展まで、あと4カ月。9月は額を作ったりして何かと忙しいので作品の制作はどうかなと考えており、とすると6月に1作品、7月に1作品、8月に1作品と予想されるので、今年の県展までにこの「天狗岩」を含めてあと3作品を制作する予定でいます。

※尚、私がこれまでの一年間に描いた作品をご覧いただくには、当ブログ左側「カテゴリー」の中の「私の絵画制作活動」をクリックして下さい。それに書いた一年間の報告を見て下されば、駄作を描くにはどうすれば描けるかの方法が解ると思います。 
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「バレても、言い訳してごまかせばいいさ」

2012-06-07 | 政治家のあり方
「バレなければいいや」。「バレても開き直り、言い訳してごまかせばいい」。

 こんな政治が正しいと言えますか?

 国の政治をみていてもそんなウソをついてやり過ごすことがたくさんあるが、この地方政治においてもたくさんあります。市議会議員2期8年間やってきてその実態を知ったが、それはそれは掃いて捨てるほどそんな悪質な政治姿勢を見てきました。武井前室戸市長の4年間でも、小松現室戸市長の4年間でもです。

 選挙の前に、市長になってもやるつもりのない政策(市町村合併に関する取り組み)を立候補した時に最大支援してくれる改革派議員に「私が市長になったら、取り組みます」と三回にわたって約束したのに、当選後すぐにその政策は「やらない」といって反故にしたし、違法な事業運営を行ったことを改革派議員に指摘されても「これは違法ではない。これからもこのまま運営を続けてゆきます」と事実ではない理屈をこねて言い訳をし、開き直り、ごまかした。

 皆さんはこんなウソをついて人をだます地方政治が正しいと思いますか? そして、好きですか?

 法令順守を第一に考えて地方自治を行ってきた私は、「正しい政治を行ってほしい」と願う住民意識を冒涜するそんな悪質なことを平気で行っている者は大嫌いです。心から、すかん。

 その前に、人と人との約束は守るのが第一義でしょう。そうじゃないですか? それも自分を市長選に引っ張り出してくれて夫婦で強力に支援してくれている市会議員という政治家と市長という政治家になろうとしている者との、固い約束。それを権力を握った途端に反故にして守らないとなると、そんな人間は政治家になる資格なんぞなかろう。

 これについてどなたか異論はありますか? 「約束なんて、破るためにあるんだ。自分にとって都合が悪い約束なら守る必要はない」なんて。

 「バレなければいいや」。「バレても開き直り、言い訳して誤魔化し、何とかその場をやり過ごせばいいや」。「政治家と政治家の約束なんか守る必要はないし、政治家と住民との約束(公約)も守る必要はない。住民はそんなのすぐに忘れてしまうさ」。

 こういう地方政治が、事実、室戸市で行われた。その結果、住民は被害を受けているということになるが、いまだにこの違法政治は改まっていない。

 なぜ改まらないのか? それは、議会が市長等執行機関が行うその違法な事業を一人を除いた議員全員が認め、許してしまっているからである。

 だから、もし市長が「バレなければいいや」、「ばれても開き直り、言い訳して誤魔化し、何とかやり過ごせばいいや」と考え画策したとしても、議員がその悪事を許さず阻止すれば、それらの議案は否決され、市長のウソや誤魔化しは達成されなかったといえる。

 他にも、どこかのまちで行われた選挙の一週間後、公職選挙法の事後報酬供与罪に該当する行為を行った政治家夫婦がいます。これは皆さんご存じのように、おカネを配った政治家夫婦は買収罪の「贈賄罪」に該当し、その金をもらった政治家や後援会幹部らは買収罪の「収賄罪」に該当します。つまり、高知新聞の一面にデカデカと大きな見出しで報道される大事件が数年前に行われたということです。

 言っておきますが、この話はどこかの政治家が言っているような同じウソではない。事実行われた選挙違反事件で、この事件についても私は昨年から当電子情報誌を通じて全世界に公表し、尚且つ、警察当局にも告発してあるので、これらに関わった10名以上の人間はやがて逮捕されると信じています。

 これも、当人さんたちは「バレなければいいや」、「ばれても開き直り、言い訳して誤魔化し、何とかやり過ごせばいいや」、「住民はそんなのすぐに忘れてしまうさ」と思っているようですが、住民に隠れて悪事を行うそんな人間を簡単に許してはなりません。彼らが逮捕され暗い牢屋に放り込まれるのを、私はずっと心待ちにしています。

 そういうことで、先日、高知新聞の記者が書いた「重要伝統的建造物群保存地区に指定された」の記事の「指定」は間違いで、「選定」が正しいと書いたことを覚えておられると思います。このように新聞やテレビの報道でも誤りがあるものです。これと同じように、地方行政と地方議会で行われていることにも、決して行ってはいけないことを行っている誤りや違法や不正だと解っていながら行っているウソがあります。

 つまり、何でもかんでも「新聞が書いていることだから…」とか、「テレビで報道していることだから」とか、「市長がやることだから…」とか、「議員がやることだから・・」と、知り得たことを全て正しいと真に受け信用してはならないということです。「正しいこともある。しかし、中には間違ったことややってはならないことも行っている」。そう理解し、解釈する必要がある。

 それを人生訓にすることです。
「人は過ちを犯すことがある。又ある時は、人は過ちを進んで行い、且つ、それを改めようとしない」と。


 全国の皆さん、皆さんは知らないでしょうが、あなたの町や村の自治体が行っている各種事業や行政運営にもこんな事例があると思いますよ。又、議会にもそんな行政が行う事業などがウソや不正だと知りながら議案に賛成し、「不正に賛成しているこのことが住民にばれなければいいや」、「ばれても中身についてあんまり詳しく知らないだろうから、ごまかしてやり過ごせばいいや」と考えている議員がね。

 でも、本当に地方議会には良い人材がいませんねえ。折角いた良い人材も、「あいつは市長の違法を追及するから落とせ!」なんてバカなことをするから、一人もいなくなるんです。そうではなくて、住民が為すべきことは、良い人材は正当に評価して議会に残し、仕事をしない怠けものは全員、議会から追放する。こうすれば、議会に改革派の議員が一人か二人しかいなくなっても、15人、20人の議員がいるよりは真っ当な議会運営が行えるし議会改革も進み、行政のチェックも適正に行えることから、行政改革も進展するであろう。 

 そこで、今日の結論です。

 「政治は国民の鏡」という言葉がある。

 たかじんのそこまで言って委員会で、評論家の一人がこう言いました。「日本は、国民は一流だけど政治は三流ですよ」。その言葉を聞いて、即、三宅久之さんが叱った。「国民が一流なのに政治家が三流なんてことはありません。それは国民も三流ということです。そんなことは世界の常識です!」と断じた。

 つまり、三宅さんはこう言ったのです。「三流の政治家を生むということは、そんな政治家に投票した国民も三流だということだ」と言っているのです。

 三宅さんのこの指摘を地方の小さな町の政治に当てはめると、こうなる。

「町の政治は住民の鏡」。
「住民が一流なのに首長や議員が三流なんてことはない。首長や議員が三流なら、そんな首長や議員に投票した住民も同じように三流ということです。そんなことは世界の常識だ」。


 私も三宅さんの考えに同感です。

 最後に、もうひと言。
「役所の常識は世間の非常識、政治家の常識は世間の非常識」と覚えよ!

 政治家にとっては耳の痛い話ばかりですが、とにかく国の政治家も地方の政治家たちももっとまじめに政治をやりなさい。あんた方にお給料を与えている国民、住民は毎日、嘆いているんだぞ。


※電子情報誌「高知発!青空エクスプレス」のアクセス数は、6月7日(木)付けGooブログランキング(172万5744ブログ)中、4081位でした。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

多すぎる首長の無投票再選

2012-06-05 | 地方のあり方
 私が室戸市議会議員の職にある時から感じていたことだが、高知県内では首長の無投票再選の事例が多い。

 5月15日には高知県の安田町長選で当選された現職の有岡氏は3回連続の無投票で4選を果たし、同日に行われた日高村長選で当選した現職の戸梶氏も無投票で再選されている。

 田舎の小さな町や村だから仕方がないといえばそれで話は終わりですが、首長選の無投票当選があるそのたびに、「なんか、これでいいのかなあ」と思ってしまいます。

 首長候補が無投票当選(再選)する原因はいくつもある。

 一つは、その地域が地域のリーダーとなる人材に欠けること。

 一つは、たとえ優秀な人材がその地域にいてもその人物の立候補を地域内の政治に関わる人間たちが「あいつは、あーだ、こ―だ」とありもしない悪口を吹聴してつぶしてしまい、他の立候補を許さず、現職の首長をまた立候補させ当選させていること。

 一つは、現職の首長があまりにも優秀な首長だから住民がもろ手を挙げて支持している場合。これもあるかもしれない。


 しかし、最後の「あの人は古い体質を捨てようと改革を断行できる勇気ある優秀な首長だから、住民がもろ手を挙げて支持している」なんて首長は、一人もいないとまで言わないが、高知県内にそれほどいない。大体が、前の二つの例により当選、再選されていると私は解釈している。

 上の二つの首長選で無投票再選された2氏がこの三つのうちのどれに該当するかは不明だから言及しない。だが、全国的に見れば、地方でもその末端でしかないこの高知県内の市町村で行われる首長選で無投票当選される理由にはいくつかあって、その地域において、その人物の他に「この地域を大改革したい」という知識や経験に長けた優秀な人材がいないか出て来ないからか、又は、立候補しようとしていた人物がいたが地域の政治に関わっている人たちが「やめておけ」と立候補を断念させたか、又は、「改革志向の法令順守に手厳しいあいつが出ると言っているから、もう一度出てくれ」と首長と利害で結ばれたり利権で結ばれたりしている取り巻きが本人さんは「今回も出馬するつもりはない」と言っているのにまたその現職首長を担ぎ出したか、だと私は解釈している。

 どことは言わないが、最近も近く行われる高知県東部の首長選に絡んで、この最後の例と同じ動きが実際にあった。首長選のたびに「出るのはいや」と言っているということは、元々その地域のトップになって政治を行う意欲がない人だということであり、そういうやる気のない、ただ行政慣れしているだけでしかない元行政職員の現職首長をまた4年間、トップとしてあがめて、果たしてその地域の発展はあると住民は思っているのだろうか。これまでの経過の中で強くつながっている利害を温存するために周りの人間たちが「いいから、出ろ。俺たちが当選させてやるから」と動くことが、果たして地域のためになるのか、と言いたい。

 そういう、「今さえよければいいんだ」、「首長とおれたちが利権で繋がり、これまで通り市の予算の中から儲けを手にすることができれば、それでいいんだ」、「首長が俺たちの仕事を作ってくれさえすれば、違法な事業であっても、不正な事業であっても、他の住民がそれに拠って苦しい目にあっても、そんなことはどうだっていいんだ」なんてまちの政治は、疑いなく間違いだといえる。

 ついでに言うと、もう一つ首長選で引っかかるのは、県内の首長の多くが元行政職員で首長選挙に出て当選し市長村長になっているという点。

 法に反する不正だとまではいえないが、いつも引っかかりますねえ、こんな地域の動きが。

 元行政職員の首長といえば室戸市長もそうだが、安芸市長も元市職員、5月に当選された有岡氏も元安田町職員、戸梶氏も元日高村職員と、たくさんいる。

 あくまでも一般論だが、これ自体、元行政職員が自分がその直前までいた組織である町役場が行っている不健全な政治や不正な政治を改革できるわけはなく、個人的には住民が判断した不適正な“地域人事”と考えている。いや、小松氏が室戸市長になって条例違反となる財政支出を行ったり地方自治法違反となる事業計画を実施し、それを容認して市議会が賛成して以来、そう考えるようになった。

 これらの状況も、「まちの政治を改革したい」という人物がその地域にいないという証拠になる。

 「役場が行う政治は、役場の仕事に慣れているから、元行政職員にやってもらおう」という考え方が本当に正しいのだろうか。

 一つの事例として挙げると、18年11月に行われたの室戸市長選で「この人なら法律を守った真面目な正しい政治を行ってくれるだろう」と一人の市職員に打診し私が市長選に引っ張り出して夫婦で応援した候補が、市長に当選するなり豹変し、権力を笠に来て強引に地方自治法(公の施設)違反となる行政運営を行い特定企業を優遇したり、議会では私一人が「すでに2年間で1億1000万円の赤字を出し倒産状態にある指定管理者に条例違反となる6000万円もの巨額の赤字補てんを行ってはならない。支援してもすぐにその金を持って東京に逃げ帰り結局効果のない無駄な支援になるから支援してはならない」と止めたが、支援を行った。

 当時、市教育委の教育次長だった小松氏に「この人なら」と見込み、声をかけたことは私に人を見る目がなかったということで、いま忸怩たる思いがあるが、18年12月以降の小松市長の市政運営の体質を見てきて、「元行政職員=正しい政治運営が行える」とは言いきれないということがよく解った。

 ま、元行政職員だった人が首長になるとみんなこんな首長になるとは言えませんが、地域の中に首長候補がいないから、行政職員に「おい、お前は村長にならんか。おれたちが応援するが?」と安易に声をかけて働きかけてはいけないといえる。私の反省を踏まえて断言しておく。

 しかし、私が言うように、田舎には立派な首長になる改革派志向の優秀な人材はほんとうにいませんねえ。いても、誰かさんのように真面目一筋の人は、すぐにその町や村の首長や議員など政治関係者やこの人たちと利害関係にある住民らの手によって潰されてしまう、選挙になると「あいつを落とせ」の指令が市内に飛んで。

 結果的には、そういう行為がその町や村の発展を阻害していることになるのであるが、これら政治関係者やまちの政治と深い関係を持つ住民たちは「町の将来のことなどどうなってもいいんだ」、「今さえよければいいんだ」、「無駄な予算の使い方であってもいいんだ」、「おれだけ得すればいいんだ」と、地域に長くひそむ悪しき体質をいつまでも改めないでいる。

 もう一度、元行政職員の首長候補が無投票当選する原因について、お考えいただきたい。

 一つは、その地域が地域のリーダーとなる人材に欠けること。

 一つは、たとえ優秀な人材がその地域にいてもその人物の立候補を地域内の政治に関わる人間たちが「あいつは、あーだ、こ―だ」とありもしない悪口を吹聴してつぶしてしまい、他の立候補を許さず、現職の首長をまた立候補させ当選させていること。

 一つは、現職の首長があまりにも優秀な首長だから住民がもろ手を挙げて支持している場合。これもあるかもしれない。


 今日私が言っているこのことは「そうとも言えない」とお考えになる方もいようし、「うん、うちの町の首長選を見るとそう言える、その通りだ」とお考えの方もいるでしょう。でも、この指摘に結論はありません。これからも現職の行政職員に声をかけて退職させた上で立候補させるという動きも続くでしょうし、既に定年退職や勧奨退職している元行政職員に立候補を働きかける動きも続くのは間違いありません。ですが、私は行政職員ばっかりがその町や村の首長選に出馬し、当選し、行政改革もできずに古い体質の自治体組織を温存する、所謂、“守旧派首長”ばかりで、果たしていいのだろうかと思っている。

 こんな元行政職員の首長の悪いところは、改革を断行できないこと。これに尽きる。勿論、首長の行政報告や市政方針では「この室戸市の行政を改革し、・・・」なんてことを言っていますが、それらはすべてウソ。なぜなら、改革すると決意している首長が違法な行政運営はしないし、改革派議員から違法だとか不正な財政運営だと指摘されたらすぐその場で改めるからです。

 古いものでも正しいもの継続すべきものはあるが、古い体質や古い慣習や古くて悪しき関係は「絶つ」べきで、そういうように悪いものから縁を切り新しい今の時代やルールにのっとった体質・慣習・関係に改めることを改革という。

 但し、元公務員であっても古い体質を改めようと努めた前鳥取県知事の片山善博氏などは、別格。元公務員であっても極少数にこういう深い見識を持った人物もいる。

 
 最後に資料として、高知県内には今年から来年にかけて次のような首長選挙があることを紹介する。(日時は、首長の任期期限)

 2012年10月30日・・・伊野町長選
    同年11月 9日・・・芸西村長選
    同年11月 9日・・・北川村長選
 2013年 2月26日・・・津野町長選
    同年 5月14日・・・四万十市長選
    同年 5月18日・・・田野町長選
    同年 6月 7日・・・土佐清水市長選
    同年 8月27日・・・仁淀川町長選
    同年 9月 2日・・・安芸市長選
    同年10月27日・・・佐川町長選
    同年12月15日・・・本山町長選
    同年12月20日・・・梼原町長選
    同年12月24日・・・三原村長選

 この市町村の中にも多くの元行政職員の首長がいるし、この選挙においてまた元行政職員の首長が地域のトップになり、良きにつけ悪しきにつけ、権力をふるうことになる。

 それしか他に手がなかったのか、それとも、その他に改革を志向する人材の出馬予定などもありその人物を首長に押し上げる良い手もあったのに町や村の政治に関わる人間たちがその立候補の話を潰してしまったのかは別にして。

 今日の記事を、地方における地域改革への一つの問題提起とする。


※電子情報誌「高知発!青空エクスプレス」のアクセス数は、6月6日(水)付けGooブログランキング(172万5373ブログ)中、3458位でした。
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加