青空エクスプ レス

日本ではオンリーワンの手書き地域雑誌『あおぞら』の編集発行人を経て、室戸市の政治を監視する改革派議員三期目。絵馬修復師。

改革会派「鷹山会」は、23年も真実一路

2010-12-31 | 政治家のあり方
 ここに、私が地域雑誌を編集発行しているときに買った本がある。議会の会派名「鷹山会」の基になっている上杉鷹山の本、『上杉鷹山に学ぶ』(鈴木進著)です。

 今日、玄関につける正月のしめ飾りもかたずいたので、ちょっとページをめくってみた。

 そんな途中、こんな文章があった。

 「(安永六年、上杉鷹山は学問所を復興し、鷹山の師・細井平洲はこれを興譲館と名付けた。)興譲というのは、譲、すなわち謙虚な心を興すことである。その謙虚さとは、自分を常に未熟な者として、その至らなさを反省しつつ、真摯にその道に励むことである。謙虚を尊び、傲慢を憎むこと、それは政治においても経営においても、指導者たるものが常に堅持しなければならない訓戒である。事実、この訓戒に反したために非常に多くの失敗が繰り返されている。(中略)
 
 書物を読むことによって、昔の様々な善悪の例を知れば、そこに人として行うべき道が明らかになる。とかく人間は独善に陥り、うぬぼれから傲慢になりやすい。これは勉強をする者の心掛けが間違っているからである。まずは自分の行いを正しくしなければならない。いくら物事をよく知っていても、それを実行に移さなければ何の役にも立たない。学んだことを自分の場合に当てはめてよく考え、人のため国のために尽くす信念が肝要である。・・・と言うことが、学問の基本とされていた」。


 ことばを拾うと、「謙虚な心を興す」。「自分を常に未熟な者として、その至らなさを反省しつつ、真摯にその道に励む」。「謙虚を尊び、傲慢を憎む」。「(権力を握ると)とかく人間は独善に陥り、うぬぼれから傲慢になるが、これはその人間の心掛けが間違っているからだ」。

 歳の暮れだ。難しいことをいうのはやめるが、人間は常にこうありたいものです。

 まず、最初に、自分という人間の欲や得を捨てること。名誉も捨てること。唯、人のために良かれということを無欲で行うことが大事です。そして自分のお金を社会のために使いながら、清貧の中で暮らしている人生も価値あるということです。

 反対に、社会のルールである公職選挙法に違反して権力を握り、多くの子分を引き連れ傲慢な態度で独善的な政治を行っている人生もある。こういうゲゲゲの人間は23年度に辞職に追い込もうと仲間と計画立案中。違法については当局もその情報をつかんでいる。


 こうして波乱の年が明けようとしています。

 室戸市議会“特捜部”の「鷹山会」は来年もこれまで以上に室戸市政の違法や不適正な業務、議会の疑惑の行動などをチェック厳しく調査した上で、その全てを市議会において、また当電子情報誌や『青空新聞』等で全国の皆さんにも知り得たことを全て暴露していきますので、宜しくお願いいたします。

  尚、全国の地方議員でブログを書いている皆さんにお教えします。議員の言動が問題となるのは議会の会議中の事件だけで、議会外の発言や評論を本議会や委員会、議運委や議員総会など、議会に関係する会議で取り上げ協議することはできません。もし特定議員を会議で糾弾行為にでも及べば憲法違反事件となり、それは告訴の対象となり、法的に罰せられます。だから、議会や市町村自治体が行っている不適正な行政運営や議会が行う疑惑の動きなどはどんどん書いて書いて書きまくりましょう。

(参考)日本国憲法第19条「思想および良心の自由はこれを侵してはならない」、21条「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、是を保証する」、刑法第230条の2「公共の外に関する事実にかかり、且つその目的がもっぱら公益を図ることにあったと認めるときは、事実の真否を判断し、事実であればこれを罰しない」。


 全国の地方議員の中で、議会の妨害行為を受けたりや非協力の中、議会改革を行いたいと苦心しておられる皆さん、来年もお互い挫けずに勇気を以って頑張っていきましょう! 「高知発!青空エクスプレス」ファンの皆さん、よいお年をお迎えください! では!


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今年の世評を表す漢字は、「愚」

2010-12-30 | 人間のあり方
 今年もいろんなことがありました。

 国を見て、高知県を見て、この室戸市を見ても、国民を欺き、県民を欺き、市民を欺いた話がいくつかある。

 その筆頭は国で、民主党は昨年9月に政権の座について以来、とんでもない政治力だった。

 衆院選でもバラマキは選挙前からわかっていることで、私はそんな買収行為をする政党なんか最初から信用しないから投票するわけがなかったが、国民の大半はその買収に乗っかかって騙されて投票した。

 そして、いま頃、国民は「民主党の公約は大半がバラマキで、それは国の借金を増やすだけで、将来の子や孫たちのためにならない」なんて言ってるが、気付くのが遅いって。

 あとの祭り。

 振り込め詐欺も、送金してから気付いても遅いんです。騙される前に、ちゃんと調べて、たくさんの識者の話も聞いて、特にこの電子情報誌で書いた小生の話なんか聞いて下さっていれば、民主党が政権をとることなんかなかったのです。

 ま、これらのすべてはもう終わった話で、後の祭り。国会が解散しての総選挙で問題解決といくしかない。

 民主党についてはこれまでたくさん書いてきたのでいちいち細かくは書かないが、筆頭は鳩山首相。あの人のとんでもない能力には呆れました。他の人が「右が正しい」と言えば「ウン、そうだ。右にしよう」と決め、その数時間後に会った人が「あれは左が一番理想的だ」と言えば、「ウン、そうだ。そうしよう」と記者に語る。自民党が苦心して何とか沖縄県民に納得してもらってまとめてある普天間基地移設の問題を、バラバラにぶち壊してしまったのである。あの社民党と国民新党という外交や防衛についての素人集団には呆れましたが、この3党が寄ってたかって破壊してしまって、解決までにこれから何十年懸かるやら。

 もうあの問題は解決できないまま、普天間基地はあのまま存続してゆくとみている。それが解決策と言うのも悲しい話だが、沖縄県の方々も恨むのなら民主党という政党で、国を恨むと言う話ではない。政党の資質の問題だ。

 鳩山氏はとんでもない政治家だ。昨年から「首相をおりたら政治家も辞める」と明言していて、今年6月に総理を辞職した時にも「やめる」と言ったのに、秋ごろだったかに北海道の後援会において女性たちから社交辞令で、「止めないで!」と擦り寄りお願いされると、途端に国民に明言した約束を翻し、「辞めるのをやめた」と言っている。愚かとしか言いようがない人だ。

 それと、以前、鳩山氏は民主党内でも小沢氏とは距離があり、菅氏などと近しい関係にあったと思うが、いつからか、あの総理を辞める前あたりからだったかに小沢氏とタッグを組み始め、軽井沢でも節操もなく気勢を挙げるなど、何か小沢氏の子分になった様子がみえる。「いったい何をやっているんだか」と思っていると、それを簡単に人は「火星人たるゆえん」とかいうが、彼に火星人ほどの注目すべき価値があるのか。本当は、地球人が何も関心を示さない小さな惑星の生き物ではないのか、等と思う。

 小沢氏については、それほど政治家としての弁舌能力がなく、小沢氏の取り巻き以外の民主党議員や国民はあの人の演説で心を打たれたことは一回も、そしてただの一人もいないだろう。とにかくエラそうなだけの資質。傲慢でいて、中身は弱虫。人前には、自分一人で発言するだけなら勝手気ままにしゃべれるから出てくるが、そんなときでも記者が厳しい質問をぶつけると、はやもうムカッと来て、口を鳥の口のように膨らませて、反論を加えている。

 まるで、どこかの市長が議会で谷口議員から厳しい指摘を受けたときと同じ。なぜ、すぐ腹を立てているかというと、この二人共が小心だから。

 窮地に立った政治家が理路整然とした話ができないのは、あることについて自分にはそれを公表できない後ろめたいことがあるからで、それを覆い隠すため、問い詰められた人に対して虚偽の受け答えに終始してしまうのである。

 それも、そんな時、小心ゆえに恐怖のあまり、強弁する。でも、そんな風に逃げ口上を言っても、小沢氏の場合は、問掛ける人やテレビの前の人がみんなその真贋を解ってしまうし、市長の場合は、議場にいる執行部の課長や議員、そして傍聴席にいる市民らみんながその発言から真贋を読みとっている。こんな2氏は、愚か。

 なぜ素直に真実を吐露しないか、なぜ誠実な人間に心を改めないのかと思うが、そこが素直じゃないから、率直に謝罪したり、人の教えを基に改めることができない。1分で終わることなのに、自尊心が邪魔して、「これは違法な事業でした。申し訳ない」と謝罪したり「改めます」と言えないでいる。なぜか。それは気が小さいから。

 「裸の王様」という童話がある。

 ウイキペディアの「裸の王様」に、こんな解説がある。

≪概して、ニュース報道・記事や読物などにおいて、かつてトップに上り詰め栄誉を極めた人間を指して、「裸の王様」という人物評で総括している場合には、

1.諫言(かんげん)してくれる人物を自ら煙たがり遠ざけた
2.その性格的な問題から、苦言を呈してくれる人物が周囲から去っていった
3.その権勢の絶大さゆえに忠言できる人物がいなくなってしまった
4.熱狂的な信奉者やファンがついていたため、彼らに攻撃されることを警戒して誰も諫言しなくなった
5.専門性が高すぎるあまり、理論的・客観的に苦言を呈することができる人物が存在しなかった
6.忠言や諫言をしても本人の耳には届かず、むしろそれに反発する所属企業・事務所が何かにつけて警告や告訴、脅迫をちらつかせたため、誰もが萎縮して何も言わなくなった

 この様な状況のいずれかが発生した結果、その人物の周辺には金や出世を目当てに群がる者たちだけが残り、当人は耳に快い言葉ばかり聞かされて現実を直視・把握できない状況に陥り、最後には時代の潮流に取り残されて転落し、全盛期には周囲に群がっていた人々は見捨てて全て去っていった、などという筋書きとなる事が多い。≫


 このウイキペディアが指摘するところを見ると、小沢氏はともかくとして、市長については全くその通りである。

 特に1点目の「諫言してくれる人物を自ら煙たがり遠ざけた」、2点目の「その性格的な問題から、苦言を呈してくれる人物が周囲から去っていった」の指摘は、前副市長の途中辞職の原因がそれを顕著に物語っている。6点目の「忠言や諫言をしても本人の耳には届かず、むしろそれに反発する」 の指摘は、鳩山氏や小沢氏については国民が、市長については市議の私と市の職員が納得してしまう内容だろう。

 市長選に関しても、小生の記事をよく見て正しく理解して下さっていれば、あの人物が市長選の前と後にどんなことをやってきたか正しく判断できたはずだがな、と今も思っている。

 市政や議会に関する記事について、こんなことを言った方がいた。「谷口の言ってることは独善的だ」。つまり意味するところは、「まさかあの市長がそんなことをするわけがない」ということになる。このように違法行為の情報の事実を信用しないから、物事の本質が見えてこないのです。

 この「独善的」とは、「自分一人が正しいと思っていること」「独りよがり」のことで、これは主張していることが的を得ていない時に使う言葉。「勝手気ままな判断」という意味。ン?

 議会では、「市長が行ったことは違法な行政運営だ」と私は指摘した。それ以後、この違法問題に取り組み、市長に根気よく適正化を求め続けたのは私一人だけです。だから、この市民は「谷口は自分一人が正しいと思っている」と判断した、ということになる。議員が1人だけで主張することは「法令の解釈を違えた、独善的な判断」で、後の14人の議員の一致した主張は「公的な職務にある人が考えた、正しい判断」と考えているということになる。こんなのは、議会を知らない人の言うことだと思う。

 そんなだから、法律を平気で破って政治を行うその人物が11月に再選されたりしたのです。

 皆さん、一人の正義とはこのように悲しいものです。

 100人のうち、ことなかれの99人の主張と法令順守にこだわる1人の主張とならば、1人がいくら法に従い正義の主張を繰り返し強く訴えていても、法令等よりも、99人の主張の方が正しいと大衆は考えるのだという、これは一つの証明になる。

 恐ろしいことです。正しいか正しくないかではなくて、大衆は大勢の人の考え方に引っ張られて物事を考え結論付けるということです。

 またもう一人、こんな方もいた。市長と県議を支援している後援会関係者が「違法な行政運営でも、まちが良くなったらいいじゃないか」なんてとんでもないことを言った話は、以前にも書いた。

 彼だけは、議会は法律を基に厳しくチェックすべきものだとし苦心している私の気持ちを理解してくれると思い、話したものでした。
 
 「行政運営は法律を根拠に議会に議案が出てきていることを考えると、当然、議案は法令順守が基本であるべきで、市長がその議案が違法であることを認識しながら議会に提出していることはとんでもない不適正なことです。また、議員にしてもその市長が良しとして出してきた議案が違法であることを、私が調査を基に明らかにしたことで初めて事実がわかったにせよ、それを無視し、違法であることを知っておりながらノーチェックで賛成して通すこともあってはならんのです。議員の職務の一つは行政の監視とチェック。そのために市民は議員を選び、報酬を与えています。それが何んの監視もせずに、その職務の代償である報酬をもらって議場では私の主張していることを黙って見ているだけ。可笑しいと思いませんか」。

 彼はこの話を一笑に付し、「そんな市長が行う違法な行政運営でも、まちが良くなったらえいやないか」と自信満々で言い、私の憲法と地方自治法で規定する「地方自治の本旨」の基本精神を政治に関わる人間は守るべきだという話を耳に入れようとはしませんでした。これも悲しい話です。

 政治を知らない人ならともかく、長く地方の選挙に関わってきた人だっただけに、「この人はこれまで地方政治をこんなふうに考えていたのか」と本当に意外なことで、落胆した。ホントにがっかりでした。

 ここで、違法な行政運営の裏でどんなことが起こっているかを明確にしておきたい。

①あの市温浴施設の指定管理者であったミクプランニングが倒産寸前にある時、一年足らずの間に約6000万円の赤字補てんを行った行政運営は違法で、この違法行為によって、本来ならば市税などが削減できたはずのその6000万円の予算をどぶに捨てたことになった。

②高速バスターミナル建設に関して、室戸市は徳島バスの社員宿舎を市民のお金である市の予算で建設した。これも県市町村振興課が違法であることをよく認識しながら適正な指導・助言も与えずに、県財政課が室戸市に対して補助金と貸付金の合計1444万円を支出した、県が絡む違法行為である。県補助金は国民と県民の税金であるし、県貸付金をこれから県に支払っていくのは室戸市民の税金だ。それを、室戸市が違法な行政運営を行ったがために、市民はこれからそれを長く支払っていく羽目になった。

 これは、私の「独善的な」考えで言っているのでは無いことをよくご理解いただきたい。違法はしてはいけないこと。それは皆さんお分かりだと思う。「違法な行政運営でも、まちが良くなったらいいじゃないか」と言った人もそれはよく理解している方だと知っている。ならば、なぜそんなことを言ったのかですが、それはその人たちのお仲間が市政と利害があるからです。法令順守の大事さ、「法律は守らなくてはならない」と理解している人でも市長や市政運営に利害関係がある人ならば、不適切な話ですが、さっきのような「違法な行政運営でも、まちが良くなったらそれでいいじゃないか」なんてことを言ってしまうのです。

 こういう人こそ、「独善的」というのです。「独りよがりで、自分一人が正しいと思って、自分の“取り巻き”、自分たちが関わる組織さえよければいい」。「法律なんかくそ喰らえ」。「議会に違法な議案が出てきても、そのことによって住民の中のある一部の私たちが喜ぶだけのことでも賛成して通せばいいじゃないか。それもまちが良くなっていることだから」。

 「そのどこに道理が通るのか」と言いたい。

 みんな一事が万事こうだから、室戸市役所や市議会という組織の体質が50年間、少なくても私を議員にさせていただいてからのここ8年間は全く変わちゃいない。

 まちの政治が良くならないその原因は、議会が変わらないから行政が良い方向に変わっていかない。議会がいつまでたっても自立できず行政組織の下部組織のようになっているから、市長がそこに付け込みやりたい放題やっているのです。
 あのような違法や不適正な議案が次々と私の他に問題提起する者もなくすんなり可決しているということは、それ以外の何物でもない。


 いま、議会においてこんな疑わしいことに注文を付けているのは私一人ですが、市民の皆さん、「一人じゃ、どうにもならんじゃないか」なんて言わないで頂きたい。私が疑わしいことの大半に注文をつけているから、まだその違法などの行為が表に浮かび上がってきているし、議会でそれを暴露することによって議事録にもちゃんと行政の悪質な行いは逐一、記録されています。逆に言うと、私がもし今の議会にいなければ、市民はその中の疑わしいことについて知らないまま、時は過ぎてゆくということになります。だから、私はこの電子情報誌や議会報『青空新聞』の誌上で、情報公開の意味から言い続けています。

 ぜひ、市民の皆さんは知ろうとしてください。もっと市政や議会に関心を持って下さい。ならば、それらすべての情報は、これからも私が知っている限り事実に基づき公表させていただきます。

 前市長時代の行政運営も今の小松市長の4年間の行政運営も全く同じで、変わっちゃいません。すぐ怒って答弁する市長に言わせれば「いや、前市長のころよりずっと良くなった」と反論するでしょうが、法律を守らない点においては変わっちゃいません。いや、議員の一般質問や質疑に対していちいち反論しなかっただけ、まだ前の市長の方がましだ。

 そういうことで、他のことについてはともかくとして、とにかく今の民主党政権の国会運営と室戸市の市政運営に関しては、今年の状態を漢字一字で表現するとすれば、失礼ながら「愚」、これに尽きる。テレビでこの今年一年の漢字を少し前にテレビでもやっていても、この「愚」の漢字を書いた人はいなかったが、室戸市議会の改革会派「鷹山会」が考える今年の世評を表す漢字は「愚」、これ以外にありません。


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 皆さん帰省したり大掃除などで忙しくて、パソコンから遠ざかっているためか、ちょっと読者が減っています。本日31日も最後に何か記事を投稿するつもりですが、まずはご挨拶だけでもさせていただきたい。全世界の皆さん、今年一年、どうもお世話になりました。また来年もいっそう努力して室戸のため、高知県のため、延いてはそれは日本の国のためですが、精一杯頑張ってこの電子情報誌の中で問題提起をしていきますので、この谷口めの議員活動をご支持・ご支援くださいますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。
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事故の多い交差点

2010-12-26 | 議会改革
 近く議会報『青空新聞』(第15号)を発行します。構成して出来上がった版下原稿が次の写真です。題して、「議会を変えんと、このままじゃ室戸はいかんようになってしまう」号。

  
 
 今日は、そこに掲載しました記事「議会を変えなければならない理由」を、市外に住んでおられてこの新聞を手にすることができない方にもお読みいただきたいと思います。


 これまでの八年間の室戸市政は、病んでいるんじゃないかと思うほど、法律を無視して行政運営を行ってきました。「病んでいる」と言われても仕方がないほど、病んでいます。市民の皆さんはそれを知らないでしょうが。それを、一番わかりやすい例を挙げて説明いたします。

 行政において市政運営をするのも、道路を車で運転するのも同じことです。その車のドライバーが規則を守らなければ、相手の車が交通ルールを守っていても、事故は確実に起こります。

 交差点で信号を守らなければ、いくら私が青信号で交差点に入って直進していても、横の道路からどこかの市長が赤信号を無視して同時に入ってきたら、まず高い確率で激突して、死傷者が出ます。
 
 皆さんはこの時、誰が悪いとお考えか。自分の方の信号が青信号でも、赤信号で入ってくる車がないかを見なかった私に非があるんでしょうか。そうじゃないですよね。赤信号で入ってきたどこかの市長がちゃんと信号が青になるのを待って、止まれば何も問題は起こらなかったのですよね。ならば、まず100%事故は防げます。

 しかし、室戸市政においては、前市長時代の市政運営でも現市長の市政運営でも同じで、時々、赤信号とわかっておりながら交差点に入り通り抜けているし、それを取り締まる警察官の役目をする議会議員が、それが信号無視した違反の車だとわかっていながら私を除く議員がみんな見て見ぬふりをしてスルーしています。
 
 市民の皆さんにお聞きしますが、そんな警察官がいたら、次からその交差点ではどうなるかわかりますか。そこの交差点では赤信号を無視して強行突破しても捕まらないことを学習したそのドライバーは、次にその交差点を通るときも十数人の警察官がいるのを横目で見ながら、また赤信号であっても青信号であっても、全く何も見ずに突っ切ります。

 するとどうなるか。ハイ、そうですね。大事故が多発しますね。その交差点だけ。でも、事故が起こっても、その無法者のドライバーは責任を足らなくてもいいし、何の責任も問われないのです。

 お分かりですか? その交差点が室戸市議会であり、今の室戸市政の状態です。

 だから、「病んでいる」というのです。(ま、これがずっと前から続いてきたのは知ってましたが) 

 だから、議会を変えなくてはいけないのです。

 室戸市政はこの八年間、ずっとこの調子です。いや、毎議会、執行部席に座る課長が議会で緊張していない様子をみると、19年5月以降、市長選に出馬した議員や何やかやと暴言を吐いて議場を混乱させていた人がいなくなったから、市議会のレベルは任期の初っ端から大きくレベルダウンしているのは明らかで、前任期と比較すると今任期の議会は誰が見ても悪すぎます。

 何よりも、当初予算にも補正予算にも質疑を行わない産業厚生委員会の議員には腹立たしく、質疑を受ける側の執行部にまで陰で笑われ呆れられていることは、笑うにも笑えない。前にも私はブログで「市民の代表がこれでいいのだろうか」とそのだらしなさを指摘したが、反対に私を責めるだけで、それからも彼らはその体質を自ら改めようと努力しないまま、この任期を終えようとしている。

 でも、これでは何も変わらない。

 もっと働かなくっちゃ。

 だから、議会を変える必要があると考えています、根底から。

 旧態依然とした資質しか持たない、「仕事をしてもしなくても報酬は同じだ。でも、議長になったら報酬が6万円多いきん、議長にはなりたい」なんて欲深いことを考えたり、議員の務めを果たそうと一所懸命に頑張って監視活動をしている議員の「発言自由の権利」を侵す、そんな議員はもう一人もいらん! 

 聞こえてくる立候補者の中にそんな人はあまりいないようで期待もできないが、来年4月にはもっと改革精神を持ち、正義感の強い、絶えず勉強する有能な議員が出てきてほしい、悪を駆逐すべく働く勇気ある議員が出てきてほしいと強く願っている。

 でも、もし今度もそんな議員が出て来なかったら、室戸はもうダメでしょうね。捨てたようなもんです。市民の皆さんはあきらめた方がいい、取り巻きだけの想いで町を勝手気ままに動かしていこうとしているこれまでのような状態のままなら。

 これまでの4年間、法令順守の精神のかけらもなかった市長のことだから、これから4年間も法律や条例などを無視した勝手気ままな市政運営によって、市民のお金である予算がムダな使われ方をするのは間違いなかろう。

 ま、こう訴えても、先の選挙では7割の有権者が市長の資質と判断力と能力を信じ支持したことから考えると、私の言うことなんか市民の皆さんは何も信じちゃくれないでしょうが、事実を伝えるのが私の仕事ですから、事実に基づく情報公開だけはしっかりとしておきたい。

 「うちの嫁は室戸から来ちょりますが、来年4月はその室戸の人の正しい判断が求められちょりますきのお。とにかく能力のある、ちゃんと仕事ができる人を選んでつかーさいよ。 特に市長の市政運営において、法律を破ったり、すでに倒産同然の指定管理者にでたらめな財政投資をして町の人のお金を死に銭にするようなことをしようとした時にゃ、「反対!」と毅然として言える腹の据わった勇気のある人や、何が正しくて何が間違ったことかを正しく判断する力を持った人を選んでつかーさいよ。 すぐに市長の子分になって違法な議案に「まー、えいやないか」と賛成するような人は、もういらんぞ! それに、議長になりたいだけの人らあも、とにかく、もーいらん! 事前に質問も質疑も用意せんと、議場で黙秘権を使おて何にも言わんと座っちょうだけの人も、いらんぜよ! おまさんにゃ、わが友である憂国の志士・谷口に為り替わり、わしからもこのことをくれぐれもゆうちょくきのー! 頼んだぜよ!」  (北川村から飛び出した幕末の志士・中岡慎太郎より)

 でも、どこかの首長さんは立候補するとき、この中岡慎太郎を尊敬する人だと新聞に書いてあったが、天空から見よう慎太郎もあきれちゅろその無法ぶりに。選挙の時もそうやったしのー。


 ※当ブログ「高知発!青空エクスプレス」は、12月28日(火)付けのGooブログランキング(151万4195ブログ)中、4677位でした。年末の忙しい時にも関わらず、ご愛読頂きまして誠にありがとうございます。
 もう、門松やおしめのご用意はおすみですか。私は今日、青空新聞を市内を回って配布しながら買ってくる予定。自宅や事務所の大掃除は明日にしようかと思っています。
 皆さんのところは、お子さんやお孫さんは帰ってきましたか? 当家は30日に岡山から帰ってくると言ってますが、その日は何か雪が降ると聞いてますから、瀬戸大橋や高速道路が走れるかどうかちょっと心配しています。可愛い孫娘二人の顔を見るのを楽しみにしている。
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公職選挙法第221条1項3違反で逮捕!?

2010-12-24 | 政治家のあり方
 思うところあり、公職選挙法について、それもお金を使った選挙違反を犯すとどんな刑罰に科せらせるかを、選挙で支援議員や選挙運動員などにおカネを配った政治家に向けてお聞かせするために、もう一度、先日書いた記事を掲載する。

 小生は女房と二人だけで選挙運動を行うという、ちょっと変わった戦い方をする候補です。選挙運動期間中も、動いてくれる支援者は誰ひとりとしていません。だから、選挙事務所にした車庫には近所の知り合いのおじさんがたまに来て座ってくれているだけ。そんな選挙スタイル。そんな変わり者だから、お金を使うのは必要最低限の公選はがきと看板代などにだけで、選挙にはまったくと言っていいほどおカネを使わない。こんなだから、毎回、落選の恐怖を感じながら選挙運動をしている。

 最初の15年4月の時が合計97000円、19年の選挙では自作の看板制作費用が要らなかったために45000円ですませた。その内、39000円が公選はがき1000枚の印刷代でした。だから、今度の選挙ではこの公選はがきを作るのを止めたら5000円ぐらいで選挙ができるなと思っている。そんな変わりモン。それで落選したらしたで、「市民が私を必要としなかったんだ」と納得しようと考えている。


 このように、小生は「選挙犯罪」とは縁がないが、国会議員や県会議員、市町村首長選などの大きな選挙や、市町村議選でもたくさんのスタッフを連れて行う選挙、その他、出馬を決めたときから落選の予感を感じている候補の選挙等のうち、中にはあらぬ行動に出る候補がいます。

 「あらぬ行動」とは、カネや物品を使った不浄な選挙のこと。つまり、公職選挙法違反の買収行為を行って当選を画策することである。

 それでは、選挙に立候補すると選挙管理委員会からいただく『地方選挙早わかり』から、その公職選挙法の罰則について解りやすく紹介します。

第十・罰則 (1.買収罪)

(1)利益供与、職務供与または供与接待の罪・・・当選を得もしくは得させない目的で、選挙人または選挙運動者に対して金銭、物品その他の財産上の利益もしくは公私の職務の供与、その供与の申込み若しくは約束し、または供応接待、その申込み若しくは約束した時は、三年以下の懲役もしくは禁錮または五十万円以下の罰金に処せられる。(法221)

(2)利害関係誘導の罪・・・当選を得もしくは得させまた生えさせない目的で、選挙人または選挙運動者に対して、その者又はその者と関係ある社寺、学校、会社、組合、市町村等に対する様子い、小作、債券、寄附その他特殊の直接利害関係を利用して誘導した時、この罪が成立する。(法221)

(3)事後の報酬供与罪・・・投票をしたこと、投票をしなかったこと、選挙運動をやってくれたこと、止めてくれたこと、又はこれらのことについて周旋、勧誘をしてくれたことに対する報酬として、選挙人または選挙運動者に対して、(1)に掲げる行為をした時も、(1)と同様の罰を受ける。(法221-1-3)

(4)利益の収受又は要求罪・・・(1)または(3)の供与なり、供応、接待を受け、もしくはこれを要求したり、(1)または(3)の申し込みを承諾したり、又は(2)の利害誘導に応じたり、もしくはこれを促したりした時も、(1)から(3)と同様の刑に処せられる。(法221)

(5)買収のための金銭物品授受の罪・・・(1)から(3)のところで説明した行為をさせる目的で、選挙運動者に対して金銭や物品を渡し、あるいは渡すという申し入れもしくは約束をした時、または選挙運動者がそれを受け取り、あるいは渡すことを要求し、もしくは渡すという申し込みを承諾した時も、また、(1)から(4)の買収行為と同様の刑処せられる。(法221)

(6)買収の周旋または勧誘罪・・・(1)から(5)までの買収行為を周旋したり、あるいはそれを勧誘した時も、同様の刑に処せられる。(法221)

(7)選挙事務関係者及び警察官が罪を犯した場合の刑の加重・・・(法221)

(8)候補者等が罪を犯した場合の刑の加重・・・公職の候補者、選挙運動総括主宰者、出納責任者、実質的に出納責任者に相当する者、または地域的な選挙運動の主宰者が(1)から(6)までの罪を犯した時も、同様にその刑は加重される。すなわち、その刑は、四年以下の懲役もしくは禁錮または百万円以下の罰金である。(法221)

(9)多数人買収及び多数人利害誘導罪・・・(法222)

(10)候補者等の多数人買収罪・・・(8)に掲げる者が(9)の罪を犯したときは、刑が加重されて、六年以下の懲役または禁錮に処せられる。(法222)

(11)常習的買収罪・・・(法222)
(12)立候補辞退当の買収罪・・・(法223)
(13)立候補辞退当に対する事後の報酬供与罪・・・(法223)
(14)立候補辞退当のための利益収受又は要求罪・・・(法223)
(15)立候補辞退当のための買収、事後の報酬供与等の周旋勧誘罪・・・(法223)
(16)公務員、候補者等が罪を犯した場合の刑の加重・・・(法223)

 ここから記事の核心に入ります。

 候補などが多くのスタッフを連れて選挙運動を行う前に当選することを目的に選挙運動員などに金や物を渡したり、また反対に要求したりすると、買収の罪に処せられます。また、選挙が終わった後も、選挙運動をやってくれたことなどに対する報酬として、選挙運動員に対して金や物を渡したときは、買収の罪で、三年以下の懲役もしくは禁錮または五十万円以下の罰金に処せられます。
 更に、その行為を候補者が行った場合は、刑が加重されて、四年以下の懲役もしくは禁錮または百万円以下の罰金に処せられる。
 また更に、その候補者が多数の選挙運動員に対して金や物を渡して回ったときは、刑が加重されて、六年以下の懲役または禁錮に処せられるということです。


 つまり、候補者が当選・落選を問わず、選挙後に夫婦で支援議員や選挙運動員のところを片っ端から回ってお金を配ると、「事後の報酬供与の罪」で、六年以下の懲役で百万円以下の罰金という罪になる。

 あっ、そうそう、忘れてました。勿論、候補者がお金を渡すということはそれを受け取る人がいるということで、そのお金を渡した候補者は「贈賄罪」に当たるので、もらった人も同じく選挙違反の「収賄罪」になります。つまり、お金をやってももらっても買収の罪で逮捕されるということです。これは(5)の「買収のための金銭物品授受の罪」にあたる。

 皆さんの周りにそんな人はいませんか。あなたに心当たりはありませんか? 私には心当たりがある。

 上のような悪質な買収行為をして当選した政治家は、長々とその職にとどまらず、逮捕されて世の中に恥をさらすことになる前に、今すぐ辞職して一般人に戻れば許す。

 「今すぐ辞職せよ」

 法律は守るためにあるということを忘れてはいけないし、馬鹿にしてはいけないのです。


 最後にもう一度、政治の教訓を書いておきたい。
一円を嗤う者は、一円に泣く。法を嗤う者は、法に泣く。

 以上、室戸市議会“特捜部”の「鷹山会」より広報致しました。法律をバカにしてのうのうと生きながらえようとしても、それを例え当局が手を拱いて許しても、この「鷹山会」が許すことはない。これから当電子情報誌上において、少しずつその人物を追い詰めてゆきます。読者の皆さんは、ぜひその点についてもこれからご注目いただきたいと思います。
 尚、その人物の名前は私に直接聞いていただければ、もしかするとお教えするかもしれません。(笑)



※当ブログ「高知発!青空エクスプレス」は、12月24日(金)付けのGooブログランキング(151万2823ブログ)中、4017位でした。毎日のご愛読、まことにありがとうございます。

 もうすぐお正月ですね。子や孫も戻ってきて久しぶりに家族団欒の楽しい時間がやってきますが、お風邪などひかぬよう、どうかご自愛ください。
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八年間続く行政の違法行為

2010-12-23 | 政治家のあり方
 昨日22日、室戸市議会12月定例会が閉会しました。

 議会最終日には、条例関係8件、予算関係3件、諮問1件の他、11月27日に女性臨時職員が休日に昼間から500mlのビール2缶と360mlの缶酎ハイを飲んで外出し飲酒運転で逮捕されたことを受けて、室戸市長と教育長の1カ月、10分の1の減給の追加議案として提出されたが、表決では、全議員がすべての議案に賛成したが、私だけは「21年度室戸市一般会計歳入歳出決算の認定について」の議案に反対して、全議案が可決、認定推薦を受けて閉会しました。

 なぜ、21年度決算に反対したか。それを少し書いてみたい。室戸市政が如何に違法な市政運営をし続けているかを暴露します。ま、暴露と言っても、これら行政におけるたび重なる違法事件はこれまでにも幾度となく市民の皆さんに広報してきましたが、市民の皆さんは新味になって聞いて下さらないし、二人の市長が行ったその違法に対し怒りもしないで、今回の市長選でもたくさんの人が投票しましたが、違法なことを続けているのは間違いありません。

 それは、前市長時代、市設置の温浴施設の指定管理者となるあのライブドアの孫会社・ミクプランニングは東京の本社、あの有名な六本木ヒルズではライブドアの子会社であるライブドア・マーケティングと同じフロアでしたが、この会社を温浴施設の指定管理者にしたい理由のある前市長は、市の企画振興課長と補佐と、県から市に出向中の班長、この三名を連れて一緒に東京に出かけた。それが17年5月11日と12日。

 このことを11日に市役所に行って取材中に偶然嗅ぎつけ、調査を開始した。後日、市長の出張記録を情報公開で入手し、東京の「日経」と「東京」の両新聞社にいた友人の敏腕記者2氏に電話して、「私から電話しても口を割らないから、あなたからこうかけて聞いてみてください」とお願いした。某記者は電話で、社員に向かって「温浴施設の取材です。室戸から市長と職員3名が12日に来ていたと思いますが、内容はどのようなお話でしたか。公募を行うということで来てたんですか」と聞いた。その社員、何も警戒せずに内容を話してくれたらしく、それらのミク社の社員と室戸市長らとの内容は大半、その友人の記者から伝え聞いた。

 その情報を基に当然、その後の議会でこれらの情報を一般質問で暴露し、追及した。

 なぜかというと、公募要綱には「公平性を与える行為をしたら、失格」と規定してあり、そんな事前交渉などすれば公募で優先交渉権者になっても、即刻、失格にしなくてはならないからです。その追及に、市長と担当課長は今言った言い訳を再度登壇して訂正するも、私の「それではつじつまが合わないじゃないか!」の鋭い指摘に、再度登壇し訂正した。しかし、又「それも可笑しいじゃないか」と追及を受けるとだんだんしどろもどろになって、結局、ウソの答弁に終始して答弁を終えた。

 「ウソを覆い隠すためにつくウソはやがてばれるから、ウソは付かずに、何事も最初から正しいことを言うに限る」。そのよい見本でした。

  

  

 考えても見てください。大学の入試試験に関して、お金持ちの子どもが入試試験を受けるとき、その親である大会社の社長が大学の学長にお金でも渡して「よろしく」と頼む。入試の前に、学長は学部長と一緒にある場所にその試験を受ける学生を呼び、試験用紙を見せて内容を教える。そうしてその学生は大学の入試試験に合格する。
 
 こんな不正が許せますか。他の議員諸氏はそれを許せるようですが、私だけはそんなでたらめな裏工作は許せません。


 私は、そんな違法行為を平気でしてしまう市長や職員が許せなかった。だから、反対討論の原稿を事前に作成し、反対討論もやりました。ですが、私の意見に賛同した澤山議員を除く他の議員はみんなその市長らが行った違法を許して議案に賛成し、違法業務を認めてしまったということです。

 そのように議会で追及し、議会だよりにそれらに関して追及した記事も掲載してありましたが、「まちのトップともあろうものがそんな姑息なやり口で悪いことをしていいのか」と腹を立てていたのは議会においては私だけで、市民の皆さんは気が付かなかったのか、なぜか怒りませんでしたもんね。その時、私は「市民は、市長が違法な行政運営していてもいいと思っているんだろうか」と、残念だったし寂しかった。

 そんな違法行為も平気で行うということは、ミクプランニングという会社は間違いなくこの室戸を田舎だと思って舐めていると考えた。

 そんなミクプランニングですが、更に室戸をなめ切った行為を行います。反対にいうと、「室戸の行政関係者は東京の企業であるミク社になめられていながら、それに腹も立てることができなかった」、そんな情けない事態が発生します。

 同社は18年7月の開業からすぐに赤字体質に陥り、毎年6000万円、5000万円と赤字が続いていたが、それもあってまだ二年目にもなっていない20年4月11日には早くも「6000万円の支援を頼む。支援がなければ撤退するぞ」という内容の要求書を現室戸市長に送付してきた。こういうのを“恥知らずな行為”というのであって、その自分たちの経営能力の無さ、力の無さゆえに出来た負債のつけを室戸市に押し付けてきたのです。まさに、恥知らず。

 それがです。この要求を市長はそのまま受け、まず市長と担当課職員とで4500万円ほどの財政支援することに決めてしまいます。

 この行動は、組織の長、しかもまちのトップである市長とすれば、とんでもない判断ミスでした。

 いかに市の施設を民間委託した関係にある会社といっても、このミク社はすでに巨額の赤字を出していて倒産寸前の状態の会社であるということは市長や担当課職員だけではなくて、同社の収支を監視してきた私が逐一、議会において半年に一度ぐらいは議員や執行部席の課長に情報を流してきたからみんな知っていた。

 市長はそうわかっているんだからそのまま撤退させればいいものを、要求書が来てすぐ後の20年4月25日に議長に頼み議員総会を招集します。とんでもないことだが、そこではすでに市長は支援を決めた上での意見交換の場となった。

 勿論、こういう議案の事前審議となる協議の場を持つということはしてはいけないことで、それは地方自治法違反であり、私に19年11月からこの癖をやめるようにと指摘され続けて来たのだから、この時もとめた。だが、小松市長も町田議長も聞く耳を持たず、強行して会議を開いて質疑応答を行ってしまいます。

 ここでその「議案の事前審議」について、これがなぜしてはいけないことなのかを説明しますと、そもそも議案審議とは、議会開会中の市民が傍聴でき録音をとっている本議会及び委員会で行うべきものです。つまり、質疑や答弁という議案審議の発言の様子の全てを市民が傍聴でき、それらの発言のすべてが議事録に掲載されてこそ情報公開といえます。

 議員総会とは「法的な根拠の無い、事実上の会議」です。こういう、住民があずかり知らないし傍聴もできない会議において、議案審議など行ってはならないのです。これについては市長就任1年目の19年11月に市長に直接会って「議案の事前審議は違法ですからやめていただきたい」と伝えてあった。それがそのわずか二日後に開かれた議員総会において、私の止めるのも聞かずに議案の事前審議を行い、以後、21年の3月まで合計5回、不適正なこの行為を実行した。こうして、私に教えられて法律を知ってからも、町田議長と一緒になって議会を蔑にし、まるで他の議員を市長や議長の部下のように扱い会議を開き続けたのです。


 議会と行政とはお互いが対立関係にあってこそ規律が保てるものであって、こんな議案の「事前審議型の会議」は二元代表制の議会においては組織原理にも悖り(もとり→道理に背くこと)、議会の権威を失墜させ、小松市長の責任感欠如をも露呈させるものであった。

 さて、そんな行ってはならない会議においての質疑応答の大半は「市長が財政支援したければ、まーいいか」と容認する議員の意見ばかりだったが、私がこんな常識外れの財政支援を許すわけがなかった。その上、これはまぎれもなく赤字補てん、許すわけはなく、止めるべく働いた。

 「今の時点で1億円以上の赤字経営に陥っていて、いつ倒産するのか、いつ東京へ撤退するのかわからない状況にある。況して、これに対し財政支援するということは前市長当時にこの指定管理者を公募するときの公募要綱に書いてある規約『赤字に対して市が支援する予定はない』に違反することになる。これは赤字補てんだ。毅然として支援せずに撤退を促し、新たに民間企業や団体から指定管理者を公募すべきだ。でないと、後に禍根を残すことになりますよ」と迫った。その規定が次の写真です。

  

 その議員総会では市長にこう指摘した。「この市長が行おうとしている“財政支援”はまぎれもなく“赤字補てん”です」。

 これに対し、市長はこう反論した。「これは赤字補てんではない。財政支援だ」と。議員総会後に聞くと、担当課職員の他の課長らもみんな「谷口さんの言う通りで、まぎれもなくあれは公募規定や条例に違反する赤字補てんです」と。だから、あの赤字補てんとなる支援は市長独断の意思決定だったのです。そうしてこの問題は次の20年6月議会の議案となります。

 私はさらにその議会でも市長に指摘しました。
「市長、赤字になった組織のその赤字を支援し補填する財政的な支援を“赤字補てん”と言うのです。だから、“赤字を補てんする支援”は単に“財政支援”とは言わず、“赤字補てん”と呼びます。赤字もない時の支援は市長が言うように“財政支援”ですが、赤字が膨らんだ組織を支援するときのその支援は、“赤字補てん”と言います。よって、市長が行おうとしている財政支援は、17年6月の公募要綱違反になります。要綱違反はそれを規定した指定管理者条例違反ですし、自ずとそれは地方自治法違反だし、『地方自治の本旨』を規定した憲法第92条違反です。

 それに、あのミクプランニングが指定管理者の公募に応募してきたとき、あの会社の人間はこの公募要綱をよく見て応募したことから、赤字経営になっても市は『赤字補てんはしない』ということを十分知っていたのです。だから、あの会社は公募の前に違法な行為をしてその時に失格になっていなければならなかったものを議会が許してしまい指定管理者になったのであるし、『赤字補てんはしない』と書いてあったのを知っていながら赤字補てんを要求してきたことになります。そういうように、違法を違法とも思わない、そんな会社なんです。だから、支援をせずに撤退させるべきです」。


  こうして私は反対したが、他の議員は全員がこの議案に賛成し、違法ともいえるこの赤字補てんの支援を決めてしまいました。もう、どうにも止まらないー。

 この後、21年3月議会の「21年度当初予算案」で更にミク社の温浴施設経営会社「バーデハウス室戸」に対し市長は新たな財政支援を決めますが、撤退前に少しでも室戸市から金を取ろうと考えたミク社は翌月の4月になってから市に対し「開業丸三年目の6月を以って撤退します」と申し出てきます。つまり、4月、5月、6月分の財政支援分はもらおうと考えたのです。だから、3月から4月に年度が転がることを待っていたのです。もし、2月や3月に撤退を申し入れると、21年度分の支援が入らなくなるからです。悪いなら悪いなりに、欲深い知恵はあると言えました。市長は経営者のこんな企みなんかわからなかろうが、すべて私はお見通しでした。

 そうして、20年6月議会の補正予算で4500万円ほど、21年3月議会の当初予算で1000万円ほど、合計5500万円ほどの赤字補てんの支援をした途端、ミクプランニングが経営する「バーデハウス室戸」は21年6月末を以って撤退していきました。負債総額は、指定期間途中の3年間で約1億6000万円という数字に膨らんでいた。

 市長はその後も民間委託の時代の流れに逆行するように、市の基金3000万円を取り崩して市の会社「シレスト室戸」を設立します。勿論財政支援は市長の思うように行っていますし、市職員を支配人に出して会社が払うべきその職員への給与は市が負担しています。又、倒産すれば損害賠償を行うべき立場の三名の取締役に観光深層水課長を就任させたことに関して、私は議会で「それは公務員には酷なことで、早くその職を解いてやるべきだ」と二度も指摘するが、市長は頑として聞き入れずそれをはねつけ、課長は今も可哀想にその取締役の職も兼務している。

 今議会の一般質問で、私は市長にこのように求めた。

≪次に、取締役の三名が同社に損害を与えた場合には、その役職を解かれるだけでなく、賠償責任を負い、尚且つ、個人として損害額の負担を求められることになります。つまり、同社の取締役三名の義務違反によってシレスト室戸に損害を与えた場合は、賠償責任が発生します。だから、その時、取締役となっている本市の三名は給料が入らない上に、損害賠償までしなくてはならないという損な立場にあります。

 そんな時、市長は自らの経営判断のミスによって会社に損害を与えたのですから、法律に基づいて粛々と社長として金銭的な責任を取ればいいのですが、上司である市長の命令で取締役にさせられてしまった課長にすれば、同じ責任を問われるのは納得できないと思います。
 
 そう考え、私は一年前の議会で「株式会社ムロトの取締役に公務員の課長を縛り付けるのは少々酷な話で、一日も早くこの職を解いてあげるべきだ」と質しました。その時、市長は、
「その辺が不都合であれば、再度、この件について協議し、検討したい」と答弁された。しかし、前担当課長当時からずっと公務員である市職員に精神的な負担となるこの責任を覆いかぶせたまま一年がきますが「不都合でない」とお考えなのか、全く改善せず放ったままです。

 私から言うと、これこそ不都合なことです。
 
 職員になり替わり申します。市長は就任以来ずっとそうですが、元市職員でありながら市の職員に対して少し配慮が足りません。このこと一つとっても「もし自分がそんな目に遭ったら」と考えることができたら、観光課長が立場上、理不尽な目に遭っているということは理解できると思います。市長にもっと部下の職員に対する思いやりや愛情があれば、あなたによって無理やり取締役にさせられて嫌とも言えない観光課長の身の痛みも解るのではないか。
 
 とにかく観光課長を早くこの会社の取締役職から解くべきです。この点についていかがお考えか。改めますか。この点をお伺いします。≫


 市長答弁は、身勝手この上ないものでした。

≪会社法には3人以上の取締役が必要となっている。担当課の業務との関連性もあり、継続していく。≫

 答弁はこれだけでした。質問した私にすれば、ふざけた答弁といえた。

 如何に小松市長が親心がない人かわかろうと思います。こんな人が社長になって部下があとをついていくと思っているのかと思う。

 私が市長ならば、経営の一つも経験のない人の集まりである自治体が市民の定期預金ともいえる基金を捨ててまでしてシレストなどという民間会社は設立しなかったし、市の職員である観光深層水課長を損害賠償責任がある会社の取締役などの重責に就かせるような無責任な行為は絶対にしない。


 そこでひとつ提案だが、市長は観光深層水課長の代わりにご自分の娘さんを取締役に就任させてはいかがか。そうすれば今、取締役に就いている課長の痛みも少しは自分の痛みとして解るようになるのではないか。

 以上、長くなりましたが、このように市長による不適正業務が露見し全く改善しようとしませんので、私はこのシレスト室戸を市の温浴施設を管理運営することに反対の立場をとっています。よって、新会社「シレスト室戸」設立出資金3000万円とそれへの指定管理料など3000万円等が投資された政策反対を明確にするため、12月22日の閉会日において、9月議会で継続審議となり今議会に採決となった「21年度一般会計歳入歳出決算の認定について」に反対しました。

 可笑しいことにはおかしいと言い、おかしな議案には明確に反対する。それが私の信条であり、議員としての姿勢です。あの「室戸岬高速バスターミナル」の地方自治法違反事件もまだ改めていません。このような市長や職員が行う不正や違法や不適正なことにはこれからも毅然とした態度で仕事をしてゆきますので、なにとぞご支援をお願いします。


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2010-12-21 | プライベート
 最近、本当に当電子情報誌を見ていただいている読者の数がどんどん多くなっています。次の数字がそれ。

  過去1週間の閲覧数・訪問者数とランキング(日別)

  日付     閲覧数   訪問者数     ランキング

2010.12.20(月)  526 PV   222 IP   5065 位 / 1511144ブログ
2010.12.19(日)  532 PV   191 IP   6026 位 / 1510746ブログ
2010.12.18(土)  483 PV   185 IP   6180 位 / 1510268ブログ
2010.12.17(金)  586 PV   226 IP   4452 位 / 1509881ブログ
2010.12.16(木)  446 PV   219 IP   4914 位 / 1509484ブログ
2010.12.15(水)  543 PV   246 IP   4747 位 / 1509076ブログ
2010.12.14(火)  564 PV   250 IP   4293 位 / 1508639ブログ

 過去3週間の閲覧数・訪問者数とランキング(週別)

     日付         閲覧数   訪問者数     ランキング

2010.12.12 ~ 2010.12.18  3704 PV   1577 IP   5034 位 / 1510268ブログ
2010.12.05 ~ 2010.12.11  3639 PV   1598 IP   5301 位 / 1507300ブログ
2010.11.28 ~ 2010.12.04  3200 PV   1464 IP   5458 位 / 1503743ブログ

 
 どうです? 自分で言うもなんですが、すごいでしょ。先日はランキングが3500位ぐらいにもなりましたからね。

 でも、これらの数が全部「高知発! 青空エクスプレス」に掲載されるわけではありません。数字が載るのは、毎日、前日の閲覧数と訪問者数が「アクセス状況」として載るだけ。だから、それを補うために順位と毎日どんどん増加しているGooの全ブログ数を記事の最後でご披露させていただいているというわけです。

 ほんの2カ月ぐらい前の10月ごろは閲覧数は200前後、訪問者数は120前後だったものが、今はご覧のように毎日、閲覧数は500から600、時には850ぐらいになった時もあり、訪問者数は毎日、200から300ぐらい、ときに400ぐらいの時もある。

 小生が書いた記事のどこに興味を以って毎日見て下さっているのかはカウント数で解っています。特に民主党関係の記事には皆さん、たくさん訪問し閲覧して下さる。でも、もう民主党には呆れていて、書けば順位が上がることは分かっているが、書いても詮無いから、腹が立っても最近は書かないようにしている。

 でも、毎日一生懸命、記事を期待して下さっている読者の皆さんのためにテーマを見つけて、極力書くように努力しています。

 小生の記事に賛意を持っておられる方も、反意を持っておられる方も、みんなみんな私のブログ友達です。地方政治や議会、加えて国政のもどかしさなどについても一緒に考えていきましょう。小生は、そのお手伝いができればそれでいいと思っています。みんなが政治を考える手立てにさえなればいいと。

 人生って、燃えるものがあるうちが“花”、期待されているうちが“花”ですもんね。

 前日までの、土佐備長炭の炭作り技術を高知県の保護無形文化財にしてほしいと考えておられる炭焼きさんたちのために自分が努力を尽くすことも、自分が議員でいるうちしか神通力が発揮できないかもしれないと思ってのことです。議員を辞めたら、いくらまっとうな話でも、行政職員が聞く耳を持ってくれなくなることはよく知ってますから。

 人間、生きているうちが花です。一旦病気になんかなれば、何もまともにできゃしません。こうして期待されて記事を見てもらっているうちが花と思って、これからも毎日は無理ですが、二日に挙げず書いて書いて書きまくります。

 乞う、ご期待!


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土佐備長炭発祥の年号を、確定!

2010-12-20 | 土佐備長炭を文化財に
 昨日の記事を書いた後、高知県内で土佐備長炭の歴史を語らせたらこの人を置いて他にいないという人物、宮川敏彦氏と話していて、急に高知県及び室戸市の土佐備長炭産業に対する無理解に怒りが沸き起こってくるとともに、文化財指定への夢が更に沸き上がってきた。

 県が「土佐備長炭づくりの技術は無形文化財に値しない」とする基礎となっている「歴史が浅い」という点について、その歴史を探り、決定づけることに決めた。 それを基にして、闘います!
 「土佐備長炭の歴史のどこが浅いんだ」と私に迫られたら、県職員や県無形文化財審議会の委員、市職員らは誰もその根拠に関して私に反論できないでしょう。
 なぜならば、それは県も市も技術発祥の歴史を調べず、根拠もないまま、意地悪く「浅い」と回答して無形文化財の資格がある技術を排除しているだけだからです。


 紀州から備長炭作りの技術がこの高知県に入ってきた年号、それは自ずと植野蔵次と長男・林之助が高知県安芸郡羽根村(現・室戸市羽根町)に居を構えて技術を広めたことから、室戸市に来た年号である。

 私は議会前、それは明治40年と考えていたが、昨日、そして今日と少し調べただけで、明治41年に孫の植野一郎さんが生まれていることから、林之助が長岡郡上倉村大改野(現・南国市大改野)から嫁をもらった(籍を入れずに同居。入籍は、蔵次と林之助が紀州から戸籍を移した大正8年になってからと判明)のは明治40年よりも前の明治30年代とみている。

 私事で恐縮ですが、これらの年代が明確になってきたきっかけは、私が昭和39年に地元の室戸高校を卒業後、家業である杉銘木製材所で勤務しながら大型トラックを乗り、直径1メートルを超す杉の大材や銘木製品を積んで走り始めた。そのころのトラック仲間は、丸三運送、大丸運送、四国運輸、植野運送など安芸郡の大きな運送会社の社長や運転手で、積載の重量を競い、関西まで走る速さを競いながら商売をしていたものです。日本がまだ元気いっぱいで発展していた時代の話です。今だからこそ言えるが、勿論、負けず嫌いの私のこと、その運送会社に数多くいたベテラン運転手たちに積載で負けたことはない。

 その中の植野運送の社長・植野幸一郎さんが蔵次のひ孫に当たるなんてこと、トラックの運転手として仕事をしていたころに、知る由もない。

 その後、小生は手書きタウン誌という、日本全国を見渡しても誰もやったことのないオンリーワンの本作りの仕事を始め、そのころに宮川敏彦氏と知り合い、土佐備長炭の先駆者・植野蔵次があの植野幸一郎さんのひ爺さんに当たる人だと知って驚いた次第。

 で、議会での答弁に怒り、本日、思い立って、蔵次か林太郎の戸籍抄本を取ってもらおうと植野氏を訪ねた。それが写真にある、植野さんが保存してあった植野蔵次・林之助の戸籍抄本。

  

 右側は以前、この電子情報誌にも掲載したが、私が発行した『あおぞら』の別冊『青空写真館』第10号(通巻・第69号)に掲載した、蔵次の孫・植野一郎さんと(左から、吉良川町の仙頭さん、北川村の浜渦さん、植野さん)、その家系図。左側の方が、本日、植野さんから頂いてきた蔵次の子・林太郎の戸籍謄本。

 この謄本を基にしてこれから1日か2日のうちに、植野家の家系図を作成し、家族それぞれの生年及び没年も年代の流れに従い図に起こしてみようと思う。これも、室戸市の土佐備長炭の製炭産業、延いてはそれは高知県の土佐備長炭製炭産業のネームバリューを高め、ブランド力を大きく向上させる基礎的情報となるかもしれないとの思いから。

 ま、良くはなっても悪くはなりません。苦心して、出来上がったこの図面が来年の実力行使の時に役立てればいいがと考えています。それらの行動の中身についてはまだ明かせませんが、“細工は流々仕上げを御覧じろ”てなもんですよ。

(追記)
 「一日二日のうちに」と言いましたが、年表は今夜、仕上がりました。

  

 この年表は写真では判読できないでしょうが、どう考えても植野蔵次が土佐に来て備長炭の炭作りを教え広め始めた年代は、つまり土佐備長炭発祥の年は明治33年頃から39年までです。

 さらに突き詰めると、蔵次親子が紀州から土佐に来て備長炭づくりを伝授し始めたのは、林之助が蔵次と県内を回っていた中で長岡郡上倉村の秋尾と知り合い一緒になった(明治40年)ことを考えるとその数年前と確定できることと、植野林之助が働ける年頃の13歳になったからこそ蔵次が土佐につれてきたと考えると、多分、林之助が13歳の明治33年(1900年)以降、明治38年までの六年間のどの年かに土佐の室戸に来たと確定される。


 よって、土佐備長炭作りが始まってから現在まで、103年から110年が経過していると結論付ける。

 これで「歴史が浅い」とならば、「では、その根拠は? 150年以上の技術ならば文化財指定に足ると言われるのか?」と、県と県無形文化財審議会に問いたい。


 ※当ブログ「高知発!青空エクスプレス」は、12月20日(月)付けのGooブログランキング(151万1144ブログ)中、5065位でした。今後も一層努力して参りますので室戸市議会「鷹山会」の谷口を宜しくお願いいたします。
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誠意のかけらもない答弁

2010-12-19 | 土佐備長炭を文化財に
 室戸市議会12月定例会の一般質問で、私は4項目について市長と執行部を質しました。その一つが室戸が発祥地である土佐備長炭産業の振興についてでした。それが次に示す質問原稿です。

二、土佐備長炭に関する産業振興策について(全文)・・・約13分

 ≪平成21年3月議会に引き続いて、土佐備長炭製炭産業の活性化について、聞く。
まず、木炭生産の歴史から。歴史書には、『日本の炭焼き技術は空海が遣唐使と共に中国に渡り、806年に帰国する時に炭焼き技術を持ち帰り、真言宗の布教とともに日本各地に広めた。そのため、金剛峯寺を創建した高野山からほど近い紀州南部地方が備長炭の産地として有名である』と紹介されている。
 
 若き修行僧・如空が室戸岬に来たのはその少し前の延暦16年(797年)、24歳の時でした。室戸岬で修業し、室戸岬の抜けるように美しい空と海に感動したことをきっかけに、やがて「空海」と名を変える。その七年後の804年、空海は遣唐使と共に中国に渡り、806年に帰国する時、技術を持ち帰り、真言宗の布教とともにその技術を西日本に広めます。修行の地・室戸岬と空海との縁や、四国に空海が開いたとされる寺院が多くあることを考えると、室戸を含め土佐で炭づくりが始まったのは空海が六一歳で亡くなる承和2年(835年)までの間か、あるいは空海没後の西暦1000年前後に空海の弟子や炭づくりの職人たちが広めたとも想起されます。そう考えると、土佐での炭づくりは1000年以上の歴史があるといっても異論をさしはさむ余地はない。
 
 又、別の歴史書には『江戸中期の製炭地として、大阪関係では、・・和歌山の紀州炭、高知の土佐炭、・・宮崎の日向炭等がある』と記されています。このことから、既に江戸中期には、本県でも白炭や黒炭が「土佐炭」の名で流通していたと確定されます。「江戸時代中期」から、土佐炭の歴史は198年ですから、その前から生産されていたことを考えると、少なくても既に200年以上の歴史があると証明された。
 
 時代は更に下って、明治40年のこと。紀州で備長炭の炭焼きをしていた植野蔵次が息子の林之助を連れ、炭の原料となるウバメガシを求めてこの室戸にやってきた。安芸郡羽根村に居を構えた蔵次親子は、この室戸で炭を焼いていた炭焼きさんたちに紀州炭の焼き方を教え、やがて県内を回って紀州備長炭の技術を広く伝授して、土佐の木炭は備長炭として確立してゆきます。この土佐備長炭発祥の年から数えると、土佐備長炭には103年の歴史があるということになる。
 
 このように土佐備長炭発祥の地としての役目も担いながら発展してきた本市の木炭産業ですが、今や和歌山県の紀州備長炭に次いで、日本を代表する土佐備長炭として育て、その本場として名を馳せています。
 
 近年、市内の製炭業者は、高知県の備長炭産業を発展させ、伝統と技術をさらに将来に受け継いでゆこうと懸命に取り組んでいます。先進地の和歌山県や共に発展してきた宮崎県などの炭づくりの現場を訪問して交流を深めてきたし、室戸においては、その長い歴史を調査し、その成果を活かし広めようと、努力を重ねています。
 
 そんな今年8月中旬、備長炭の生産業者で室戸市木炭振興会会長の森本生張さんが、本市元の奥郷地区から林道を2キロほど入った山で原木を伐採中、明治初期から昭和初期にかけての炭窯4基の跡を、原形をとどめた形で見つけた。
 その中で特に注目されるのは、明治初期から中期ごろのものとみられる「小窯」。山の中腹あたりでは明治中期から後期ごろとみられる「大窯」を見つけ、山裾で明治後期とみられる大きな「紀州型備長炭窯」と、昭和初期のものとみられる「横くべ式備長炭窯」を見つけた。このように4世代にわたる炭焼き窯が一カ所で発見されたことは貴重で、歴史的な発見といえます。
 
 問1・まず、課長は当日の説明会に参加されなかったが、現場を視察されましたか。先ごろ奥郷の山中で発見された4基の古い炭窯について、本市担当課はどのようにお考えか。
 
 問2・一か所にこれほど炭焼き産業の時代の流れを物語る窯が発見されたことは、本市の林業政策にとっても大きなニュースです。そこで提案しますが、この4つの窯がある場所を「奥郷歴史的備長炭窯群保存地」として保存しては如何か。県も産業振興計画を立ち上げ推進している関係から、今なら無関心ではいられません。この点を市長にお伺いします。
 
 問3・次に、この古窯発見だけでなく、市内の炭焼き職人が行う手仕事は土佐和紙の手仕事以上に歴史が長い無形文化です。土佐備長炭の炭づくり技術は紀州備長炭の炭焼き職人である植野蔵次が明治40年に室戸にやってきて安芸郡羽根村に住みながら広めたもので、間違いなく室戸市が土佐備長炭発祥の地です。この点について聞く。
 
 問4・そんな今、本市の炭焼き職人が夢見続けているのは、「土佐備長炭づくり技術が高知県の保護無形文化財に指定されること」です。
 
 室戸市における炭づくりは空海が中国から炭づくりの技術を日本に持ち帰り紀州など関西周辺や四国に広めたと考えると、1000年前ということになる。それを除いても、江戸中期にはすでに「土佐炭」として確立されていたと歴史的な文献に記載されていることから200年以上の歴史がある。明治40年に紀州備長炭の技術が入ってきて土佐備長炭と呼べる炭づくりが始まったこと等を考えると、室戸を中心とした土佐備長炭の炭づくりを高知県の保護無形文化財に指定していただけるよう、本市からも強く県に働きかけていただけないか。「和歌山県の炭づくりに負けたくない」。炭焼きさんたちの意欲あふれるこの心情が理解できたら、このことに関する理解ももっと深まるはずです。
 
 世の中、困っている人を助ける時、勿論、金で解決できることの方が多いが、その人たちの夢や思いを聞き、心を砕き、気持ちを通わせ、手を差し伸べると、お金を使わなくても解決できることもあると信じています。土佐備長炭の炭づくり手仕事を無形文化財に指定するこのことも、室戸市のためであるし、延いては高知県の製炭産業発展のためでもあります。この県無形文化財の指定について賛同し、市から県に対して指定するよう強く要望しては如何か。市長と教育長から、ご見解をお伺いいたします。
 
 さて、21年3月議会でのこの提案に、「県に申請したが、土佐備長炭技術が確立されてからの歴史が浅いということで指定には至らなかった。現段階では大変難しい状況にあるが、検討する」と答弁された。「歴史が浅い」と申しますが、ならば土佐備長炭の歴史を知っておられるのか。「浅い」と言うからには比較対象物が必要で、それは「土佐和紙」だと思うが、ではその土佐和紙の歴史を知っておられますか。
 
 私は紀州の炭づくりと同様に、空海の生きていたころか没後すぐの頃から、四国でも炭焼きが始まったと理解します。では、本市担当課は高知県及び室戸での炭づくりはいつごろとお考えか。まさかそれも調べず、県が言っているからと、そのまま「歴史が浅い」と答弁されたのなら、それは愚かなことです。例え県が言ったとしても、本市で頑張っている炭焼き業者の思いですから、その人たちのためにも本当に歴史が浅いのかどうかを独自に調べ上げて、その上で私に答弁していただきたかった。そこでお伺いします。
 
 問5・21年3月議会でのこの提案に、「県に申請したが、土佐備長炭技術が確立されてからの歴史が浅いということで指定には至らなかった」と答弁された。では、その根拠となる時期を明確に示すことができると思います。県と本市が「歴史が浅い」としている根拠だろう土佐和紙技術が確立した年号と土佐備長炭技術が確立した年号を明確にお答え頂きたい。これは県の回答を受けて答弁された農林課長にお伺いします。
 
 問6・製炭業者は、土佐の特産品であるのに土佐備長炭の商品に「特産品」と書きこめないのはおかしいと考えていて、このことについても21年3月議会に「特産品と書き販売できるようにならないか」と質問したところ、「土佐備長炭を高知県伝統的特産品に指定してほしいと20年4月に県に申請していて、その回答は21年度中になる予定」と答弁された。土佐備長炭は高知県の特産物と商品の箱に表示してもよいことになったのですか。県の回答と、それに対する本市のご見解をお伺いします。≫

 
 以上の質問については、問いについては議会告示日の3日の日に質問を総括する総務課と担当課の農林水産課、この両課にお渡ししました。だから、私が質問を行う13日までは10日間あったということになります。

問1の質問・「 課長は当日の説明会に参加されなかったが、現場を視察されましたか。奥郷の山中で発見された4基の古い炭窯について、農林課長のご所見をお伺いします」。

問1の答弁・「私は調査には行けなかったが、職員が同行し、その結果報告を受けている。そして新聞記事も見た。私としては調査していません」。(農林水産課長)

問題点1:10月31日の調査当日は私・谷口と報道3社の記者らが現地で取材し、職員2名も来ていた。課長は来ていなかったため、答弁するからには現地を見ていなかったら答弁できないだろうと考えた。だからこそ、質問で『課長は現場を視察したか』と聞いた。それゆえに、12月3日にその質問原稿を課長に渡した。だから、課長は私から質問原稿を受け取った後、翌4日(土)でも5日の日曜日にでも、またそのあと、12日の日曜日まで日数はあるのだから、現場に出掛けて行くべきだった。私はそう考えるが、市民の皆さんや全国で当電子情報誌をご覧いただいておられる方はいかがお考えか。

 室戸市内で土佐備長炭を生産し、何とか紀州備長炭以上のネームバリューを持った商品にしたいと考え、苦労している炭焼きさんたちの想い。その想いが分かっていれば、「私は調査していません」で終わらせることなんかできないはずだ。

 それを、そんなに簡単に処理して済ませてしまっていいものなのか。私から言わせれば、そんな市民の苦労の一つも解らない市長や公務員で、室戸の何が良くなるというのかといいたい。


問2の質問・「室戸市元の奥郷(おおこ)を2キロほど奥に入った山で発見されたこの4つの窯がある場所を「奥郷歴史的備長炭窯群保存地」として保存するために整備しては如何か。市長にお聞きします。

問2の答弁・「この明治期の窯の発見は、本市の製炭業の発展と進化の歴史を知る上での貴重な資料と考え、市文化財保護審議会の委員と現地調査の上、今後どのように保護・活用できるかも協議し検討していく」。(教育長)

※この答弁は真っ当なお答えですが、しばらく経つと忘れてしまい、また教育一辺倒の教育委員会に戻ってしまわないように願いたい。

問3の質問・「土佐備長炭の炭づくり技術は紀州備長炭の炭焼き職人である植野蔵次が明治40年に室戸にやってきて安芸郡羽根村に住みながら広めたもので、間違いなく室戸市が土佐備長炭発祥の地ですが」。

問3の答弁・「土佐備長炭発祥の年号は、津照寺に植野蔵次の顕彰碑があり、そこには大正元年とあるし、『室戸市史』にも同じ年号が記されているので大正初期と考えるが、具体的な年号は解らない。(農林課長)

問題点2:「顕彰碑には大正元年と書いてある。だから、植野蔵次が室戸に来た年号は大正元年だ。『室戸市史』にもそう書いてある。だから、大正元年」と結論づけながら、「具体的には解明できていない」と答弁があった。市役所から津照寺までは約300メートルぐらいしか離れていないし、市史は役所の隣の図書館にある。

 「大正元年」と簡単に決め込んで答えたが、では、専門家の宮川先生にお聞きしたのか。又、私の知人である奈半利町の植野運送社長の植野幸一郎さんは植野蔵次の曾孫であり、その孫であった故・植野一郎さんは十年ぐらい前に亡くなっている。議会後に課長に聞くと、植野さんが曾孫と知っていたと話していた。では、その耕一郎さんにも蔵次が室戸に来た年号を聞いたのかと思うと、聞いていないと言う。

 私は植野さんに直接聞いたところ、「宮川先生から蔵次の戸籍を知りたいと問い合わせがあり、抄本を取って渡した」とのこと。
 そこで宮川先生に聞くと、「蔵次と一緒に息子の林之助も室戸に来たが、林之助との子である一郎さんが生まれたのは明治41年。林之助は室戸に来てから後、上倉村(あげくらむら)大改野(今の南国市大改野)というところから秋尾という名のお嫁さんをもらって結婚している(入籍は十数年遅れて、大正8年)。
 ということから、蔵次親子は40年から更に前の明治30年代に安芸郡羽根村に来て居を構え、県内のあちこちの山に入り備長炭づくりを教えながら仕事をしていたことになる。そうしている間に県内に知り合いもできて、南国市あたりで知り合ったのか紹介されたのかして、お嫁さんになる娘・秋尾さんと明治40年頃に結婚したのです。一郎さんを入籍したのも、居を羽根村に住みながら戸籍を今も曾孫の幸一郎さん一家が住まわれている奈半利町に転籍したのは大正8年」とのことです。

 このことから、植野蔵次親子は紀州に戸籍を置いたまま明治30年代に室戸に来て炭焼きの仕事をし続け、財産相続の関係から戸籍を移したのは大正8年であることが判明している。

 よって、課長が親族や専門家に聞かずに答えた「顕彰碑と『室戸市史』に書いてある」とされる「大正元年」という年号は、明らかに誤りであると分かる。その過ちは、人に聞かなかったから。歴史や家系に詳しい人に聞かなかったからの失敗だ。
 

問4の質問・「室戸市における炭づくりは空海ゃ遣唐使が中国から技術を持ち帰り紀州など関西周辺や四国に広めたと考えると、1000年前になる。それを除いても、江戸中期にはすでに「四国南部の土佐炭」として確立されていたと歴史的な文献に記載されていることから200年以上の歴史がある。又。明治40年に紀州備長炭の技術が入ってきて土佐備長炭と呼べる炭づくりが始まったこと等を考えると、土佐備長炭の炭づくりを県保護無形文化財に指定していただけるよう、本市からも強く県に働きかけていただきたい」。

問4の答弁・(21年3月議会の答弁を繰り返しただけです)「19年に県文化財保護審議会に指定を要請したが、20年9月の審議において、①無形民族文化財の指定範囲は江戸時代のものが中心であり、近代期のものは指定しない、②備長炭技術は和歌山から伝承された技術であり、本県における独自性の技術としては脆弱、との二つの理由で、文化財の指定は困難との審議結果が出ている。よって、県の指定は難しいと考える」。(教育長)

問題点3:高知県において、土佐備長炭や炭作りの歴史家・宮川敏彦先生に今回のこれらの答弁を電話でお知らせすると、「県の文化財を指定するときの規定にそんな『100年以上』とか、『江戸時代以前』等という規定はない」と聞いた。この教育長答弁にでた県の回答も甚だおかしなものだが、教育長はこの県からの回答に腹が立たないのかと思うし、市長も、腹が立たないとみえる。県からこんな穴だらけの回答を受けて、「ハハー、相わかりました」とそのまま引き下がるとは、いかにも情けないではないか。

 ①の「文化財指定は江戸時代のものしか指定しない。明治時代は指定しない」という回答に、疑問がわかなかったのか。県の回答を受けた市教委は、その時、指定されない明確な理由も問い質していない。そんな市役所や教育委員会とは何か。「江戸期のものではない」と言われた時、「では、県は、土佐備長炭技術発祥の年号をいつと考えているのか」と聞いたのか。それに、備長炭作りの技術は、神社の民俗芸能のような「民俗文化財」ではないぞ。職人技は「民俗」ではない。何を寝惚けたことを答弁しているのか。要請したのは「無形文化財」として保護しようということだ。つまり人間国宝のように、形はないが、その手仕事の技に対して「文化財」として長く継承していこうとしているのだ。まったくもー、幼稚過ぎて話にならない。

 又、②の「県独自の技術以外は文化財に指定しない。他県から伝承されたものは指定しない」と言われてすごすごと引き下がり、そのままオーム返しに答弁するという神経はどこから来るのか。それでは「これはどうせおれのことではない」とする、他人事ではないか。市民から年間900万円も給料をもらっている高給取りの教育長と500万円以上もらっている役所の職員がそんな仕事ぶりでいいのか。

 私ならば、間違いなく即座に県に反論を加え、のど元に食いついていた。

 文化財に指定されている土佐和紙の歴史にしても、県独自の技術なのか。この紙づくりも、炭づくり同様に中国から渡ってきた技術ではないのか、他県から伝承されてきた技術じゃないのか。それを県無形文化財審議会は文化財に指定しているではないか。又、土佐での紙づくりの歴史は、西暦806年以降に空海や遣唐使が四国にも広めてきた炭づくりの歴史よりも長いのか。生活の余裕の部分から生まれただろう紙づくりよりも、生活に直結した炭づくりの歴史の方が長いに決まっているだろう。
 
 もしそうならば、土佐和紙づくり技術の県無形文化財は取り消して、むしろ、土佐備長炭づくりの技術を無形文化財に指定すべきではないか。
 
 それと、室戸市の市長や教育長から室戸市発祥の備長炭作りの技術を県の無形文化財にしたいという意欲は微塵も見られないが、これはこれまでの人生において文化に関わっている人たちを自分の金で支援したり応援したりした経験がないからだ。このように自分にそんな素養がない場合は、人に聞くこと。「どうしたらいいのか」と頭を下げて。この業界一の歴史家の宮川さんや、室戸市木炭振興会の炭焼きさんたちに頭を下げて「私たちにもお手伝いさせてください」と教えを請えば、この業界の苦労や悩みや夢も理解できるようになるだろう。こうしなければ、死ぬまで人の悩みなんか解りゃしない。


問5の質問・「21年3月議会でのこの文化財指定の提案に『県に申請したが、土佐備長炭技術が確立されてからの歴史が浅いということで指定には至らなかった』と答弁があった。ならば、その根拠となる時期を明確に示すことができるだろう。土佐備長炭の歴史を知っているか。「浅い」と言うからには比較対象物が必要で、それは「土佐和紙」だと思うが、ではその土佐和紙の歴史を知っているか。
 県と本市が「歴史が浅い」としている根拠だろう土佐和紙技術が確立した年号と土佐備長炭技術が確立した年号を明確に答えてほしい。


問5の答弁・「(なし)」。(課長答弁)

問題点4:担当課長は一般質問の前の週に県の担当課を訪ねている。そこでは「県文化財審議会が土佐和紙を文化財に指定すべきとする根拠となる発祥の年号がなければならない。それは何年ですか」と県の担当職員などに聞いたと推察できる。聞かなければ、室戸市職員では知らない情報だから。しかし、県の審議会の委員全員がこの年号を問題としないまま文化財に指定しているので、今回、県はこの土佐和紙を文化財に指定する根拠となる年号を市担当課長に説明することができなかった。故に、担当課長は私のこの質問への答弁を回避したと解する。
 
 質問原稿を構えた時から、「これには答弁できないだろう」と踏んでいたから、「責めてもなあ」と思い、再質問はしなかった。

 
 しかしだ。ならば、質問に対して説明もできないこのことについて、なぜ、県庁に行ったとき、県の職員に「谷口議員が質問で言うように、あなた方、県職員や審議会の委員も、土佐で炭づくりが始まった歴史や備長炭の歴史、土佐で紙づくりが始まった年号や土佐和紙となった時代の歴史も解らないのに、なぜ『備長炭は歴史が浅い』なんて室戸市に回答してきたんだ」と反論しなかったのかと思う。そうすることが、室戸市において山で汗をかき炭窯の前でススをかぶりながら仕事をしている炭焼きさんたちへの誠意であり、炭焼きさんたちに報いる働きぶりと言えるのではないか。失うものがない私なら間違いなく、そう正面切って問うていた。

問6の質問・「製炭業者は、土佐の特産品であるのに土佐備長炭の商品に『特産品』と書きこめないのはおかしいと考えている。このことを21年3月議会に『特産品と書き販売できるようにならないか』」と質問したところ、『土佐備長炭を高知県伝統的特産品に指定してほしいと20年4月に県に申請し、その回答は21年度中になる予定』と答弁された。土佐備長炭は特産物と商品の箱に表示してもよいことになったのか」。

問6の答弁・「21年4月に県に申請した。今回問い合わせたところ、『県伝統的特産品の指定することを検討し、現地調査を行って審議会で審議するが、いまだ結論に至っていない』との回答があった」。(農林課長)

問題点5:答弁を聞いてお分かりのように、ひと言で言って、「子どもの使い」。
 読者のみなさん、よく質問と答弁を比べてみてください。私は21年3月議会に質問し、その時、「指定してほしいと20年4月に県に申請し、その回答は21年度中になる予定」と答弁しています。だから、県からの回答は22年3月末までに出ていなければなりません。それがこの12月議会での答弁では「21年4月に県に申請した」と答えています。可笑しいでしょ。

 私が質問したのは21年の3月。その時に市担当課長は「県に申請したのは、20年4月」と答弁した。今議会の答弁では「21年4月に申請した」と答えている。つまり、「20年4月に申請した」といいながら、私が質問した後の21年4月に申請したのです。

 それに県も県だ。申請したのは21年4月にしてもそれから1年半もかかっている。県民から高給を貰いながら、いったい何をしているのかと言いたい。1年半もあれば現地調査と審議と検討協議ぐらいはできるだろう。


 
 以上、全てにおいて誠意のかけらもない答弁に小生は非常に腹を立てています! とにかく県がやっていることと室戸市がやっていることは信用ならん。

 なぜ、この程度のことができないのか。なぜ、これほどもったいぶって仕事をしなくてはならないのか。なぜ腰が重いのか。なぜ、もっと歴史や文献を調査しないのか。なぜ質問者に教えを請わないのか。なぜ、もっと専門家に聞かないのか。県や市は、高知県の木炭産業が発展する政策になぜ抵抗しているのか。教えてほしい!

 こんな高知県の端っこの町に暮らす半端者の議員でもこうして調べれば解ったことを、立派な地位と高給をもらって仕事をしている県や市の職員、審議会の委員はなぜわからないのかと思う。

 ま、それは私よりも「知ろうとする貪欲さ」が無いからだろうな。努力が足らないから、いつまでたってもわからないのだし、炭焼きさんたちの心の痛みも分からないんでしょうね。
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「鷹山会」推計どおりの人口減少数

2010-12-17 | 議員活動
 自治体は、負の指数の公表には、非常に消極的な組織である。

 小生が議員にさせていただいた後、17年にあの夕張市が“倒産”(財政再建団体→現在は「財政再生団体」と名称が変わりましたが)したが、各新聞社は競い合って夕張市の負債額を調査して報道した。その時、ある新聞社だけがこんな債務状況の表を作成してネット記事で公表した。それが、私が作成した次の資料の下の方の表です。

(本当は、自分が議員活動に活かそうと苦心して手に入れた情報を基に作成した資料を、あまり熱心に議員活動をしない議員などに見せたくないんですが、歳の暮れのボーナスだと諦めて、公表することにしました)

  

 ネット記事に掲載されたこの夕張市の債務状況の表を見て「室戸市なら合計すれば債務はどのくらいあんだろうか」と考えまして、「室戸市の一般会計と特別会計以外の債務も合計した債務状況を、この夕張市の表と同じようにして作ってほしい」と市財政課職員に依頼し、前年の16年度決算を基に表にまとめてもらった。それが、夕張市の債務状況の上に示す表です。

 当時は武井市長時代でしたが、市の広報紙には当初予算の情報公開は国の法律で定められていたので広報されていましたが、市にとって“負の指数”といえる債務の全貌を公表する情報までは広報されていませんでした。しかし私は、これは当然、市民に知らすべき情報だと考え、17年1月ごろ、市長に要望書を書きこの情報公開を迫りました。それに対し、助役は「少し待ってほしい」と言いながら約10カ月もの時間が経った11月ごろ、「広報紙に掲載するように決まりましたので」と連絡を受けた。当時、「役所とは、この程度のことを決定するのに1年近くも係るのか」と思ったものです。

 そうして、それからは私の要請を受けてやっと毎年、3月議会で当初予算が可決したのち、6月号か7月号の広報紙にその「室戸市の地方債現在高」は掲載されるようになりましたが、下の写真を見ていただいてお分かりのように、残念ながら現在も全体像は公表されていません。

           

 いまだに土地開発公社、芸東衛生組合、安芸広域市町村圏事務組合、この三つの債務は公表しようとしません。それは、自治体というものは自分たちの責任を問われる数字や情報は出したくないという意識の表れと考えていただいてもいいと思います。つまり、市のマイナスイメージにつながる指数や数字は公表したがりません。

 それでは、室戸市の16年~21年度までの債務総額の表をご覧いただきたい。(あー、あまり見せたくないなあ)

  

 私が長く作成してきた債務の金額と市が公表している金額と比較していただいたら、一目瞭然、違いが分かると思います。市長は選挙演説や議会において時に「債務は減少している」と発言しますが、右の端の合計のところを見ていただいてお分かりのように、増えたり減ったりで、人口数と比較すれば市民一人当たりの負債額は16年、17年当時と変わりなく市民一人が107万円を背負っています。今も6年前と同じぐらい負債を抱えていることが分かります。

 
 以上で、自治体という組織は負の指数を公表したくない組織であることがお分かりであろうと思います。市民の皆さんはそのことをよくご承知置き頂きたい。この情報公開の時代になっても、議員が注意深く調べていないと、特に市民に知られたくない情報は市役所から明らかにされません。

 そんな時代だからこそ、議会には、このように調査活動にどん欲で、情報収集能力に長けて(ン?)チェックが厳しい谷口總一郎という改革派議員が必要なのです。(来年のこともあるきん、自分でゆうちょきます)(笑)

 さて、そこで、本論に入りますが、昨日、国からこの10月に実施された国勢調査の速報値が公表されました。そのことについて。

 この人口減少についても、私は17年5月にきめ細かに数字を調べ、それを基にして線を引くという方法で5年後、10年後、20年後、40年後までの人口をはじき出している。それが次のグラフですが、それ以降、室戸市の人口は毎年その数字に近い数字で減少しています。

    

 これらのグラフは新人議員だった前任期中から議会報『青空新聞』に掲載して、市民の皆さんに警鐘を鳴らしてきた。「3年後の室戸の人口はこれくらいになるし、5年後、10年後はこれくらいに減少してしまいます。だから、商売の将来展望をよくお考えいただきながら仕事をして下さいね」と。それが、国勢調査の前の7月に発行した下の議会報、『青空新聞』に掲載した人口が減少した各年度の人口数です。

  

 そして、本日の高知新聞1面で国勢調査速報値のニュースが報じられていましたが、室戸市の人口は15210人。正しく、私が17年に作成した人口減少推計を基に21年にそれを改正して、「国勢調査での人口は、15200人ぐらい」と予想し広報してきたそのままの数字となりました。

 赤い字で小さく説明させていただいたのは、「室戸市は毎年人口が500人ぐらいが減少しているということから、1カ月にすると約45人の減少している。2010年10月中旬の国勢調査で人口が15210人ということは、その10月中旬から年度末の23年3月末までは5カ月と15日だから、年度末までに230人から240人が減少する計算になる。ということは、2010年度末の人口は15000人~14980人となる」。 だから、「鷹山会」が推計した人口推計は国の人口調査と全く同じだと言いたいのです。エッヘン! (笑)

 ま、私が自慢するほどのことはないですが、“継続は力なり”で、毎年、決まった時期に市の人口の変化を室戸市市民課に行って数字を調べていないとこの変化は分からないもので、値打ちをつけるわけではないが、用意周到に議員活動を務めるということも結構、大変なんですよ。

 まあ、一所懸命に議員活動をしても誰もあまり褒めてはくれませんので、このくらいの成果報告ぐらいさせていただいてもいいんじゃないかと思いまして。

 それはともかくとして、上の青空新聞の記事の下の方に「室戸市の人口動態」として市民に公表させていただいている数字は市民課調べの人口動態ですが、ここ10年ばかりはどんどんと減少数が高まり、21年度だけ経済不況が要因と思うが361人と減少数が低くなりました。しかし、毎年500人以上というこれまでの減少数は22年度からまた続き、23年度には1年間に600人という大台になろうかと予想している。これは、人口減少の状況を間断なく調査してきた私が指摘するのですから、まず間違いありません。だから、もしそうなると、24年3月末(23年度末)には15000人-600人=14400人という事態になります。しかし、この事態はどなたが市長になっても、止めようがない。

 話は少し飛ぶが、ここで私が市民の皆さんに強調したいことは、議員という立場の人を選ぶときには、行政をちゃんと監視しようと思う探究心と監視の下地となる調査活動に長けた能力を持ち、日頃からまちの明日に思いを致す危機意識を持ち、健全でしっかりした考え方を持った専業議員となれる人を選挙で選ばなければ、ますます室戸市は沈没してゆくということです。

 「あの人は親戚だから」、「あの人は友達だから」、「あの人は私らの集まりの御役目をしてもらっているから」なんて言って、質問にも質疑にも出ない議員としての働きが乏しい人を選んでいては、泣きを見るのは市民の皆さん、あなた方です。そんな人を絶対に支持してはなりません。しっかりと行政を監視できる改革派の議員になる人を選ぶことです。そうすれば、まちが良くはならなくても、今よりは悪くはならないでしょう。
 所謂、ベストでなくても、ベターな方法で努力すること。ベストな議員でなくても、毎日市民のためを思って努力するベターな議員を選ぶことです。


 無理に私でなくてもいい、しっかりした人を選んでいただきたい。そうでないとホントに室戸は夕張市のように“倒産”しますよ。

 17年10月までの5年間の人口減少率は、あの夕張市が全国の市ワースト1位の12.1%で、室戸市はワースト2位の10.2%でしたが、17年11月からこの22年10月までの5年間の室戸市の人口減少率はさらに大幅に悪化して、13.0%になってしまいました。

 この数字について、高知新聞の記者が市にコメントを求めたところ、副市長は「予想以上の減少に驚いている」と答えています。市長も同じ考えであるのは間違いない。

 ですが、17年10月の国勢調査の後、室戸市の人口が17490人と確定値が出たのは18年10月。ですが、私はその一年も前で、国勢調査の5か月も前の17年5月に、上の写真で示したように「22年の国勢調査の時には15500人~15000人になる」と推計を出し、市民に公表し、それ以後も毎年何回か発行して市民に配布してきた『青空新聞』でその人口減少の部分だけは毎回掲載し、市民に警鐘を鳴らしてきている。

 だから、市長や副市長など市関係者は室戸市のこの人口減少の実態を全く把握していなかったが、室戸市民のうち、少なくても『青空新聞』を見た1000人ぐらいの人は5年前から十分把握していたことになります。これを見ても、行政の担当者以外の人が、如何にいま現在の市に関係するデータと実態を把握していないかが分かると思います。


 10.2%から13.0%へ。この負の指数の増大の責任は、明らかに我々行政に関わっている市長や市議会議員、そして市職員にあります。市民はもっとこれらの人たちを批判すべきです。ただ諸手を挙げて、皆さんから毎月給料や報酬をもらっているこの人たちを支えるようでは、支えながらやがて町はツブれてしまうでしょう。

 年間500~600万円貰っている課長が毎年200万円貯金に回し、期末手当の中から50万円を年2回貯金すれば、退職までの5年でいくら貯まるかわかりますか。そう。1500万円です。それに退職金は2800万円ぐらいあります。それで、合計4300万円です。市長は、月給と期末手当を併せて950万円のうち500万円を貯金に回せば、4年間で2000万円。4年間の退職金は1088万円ですので、合計3100万円ぐらいと推測できます。議員は毎月27万円(手取り約21万円)の報酬と、期末手当は37万円ぐらいを年2回頂き、1年で合計約400万円ぐらいを頂いています。

 皆さんに支えられているこの人たちは皆さんのお金でこうして生活は潤うのですが、皆さんの生活はこんな大金が毎年入ってきますか。とても役所に勤めている人のように楽じゃないし、近く生活が破たんしてしまうと悩んでいる方もいるかもしれませんね。

 でも行政においては、違法な事業なのに改めもしないで逆に議員に反論し続ける市長がいます。そんな議案や計画でも採決では賛成して可決させてしまう議員もいます。議員がこれでは、明らかに行政の監視役としての務めを果たせていないといえます。


 地方議会のご意見番・ふくおひろし氏 は、
 「どこの議会も当たり前の市民常識が通りません。『行政を監視し、批判し、牽制する』議会の役割を知らずに、市長を批判をする議員に嫌がらせするのが仕事と勘違いしている議会の多数派の愚行は、心ある市民の力で止めさせよう」
と声を挙げています。

 市民の皆さん、もっと市長や議員に厳しい目を向けて下さい。仕事をしていない議員、自分は務めを果たさずにいて熱心に仕事をしている議員の邪魔ばかりする議員には、市民の皆さんがもっと厳しく批判すべきです。 

 そんな中、本市の財政状況は非常に苦しい事態に陥っている。そして人口減少は止まらず、この今回の13.0%は多分、全国の市ワースト1位か2位になると思います。それがはっきりわかるのは来年の2月ごろと聞いている。

 いま、日本の国はやがて破たんすると外国から言われている。この室戸市も、今のようにいつまでも不健全な政治運営を行う市政と意欲に欠けた議会の状態では、“政治破たん”が近いかもしれない。


※当ブログ「高知発!青空エクスプレス」は、12月17日(金)付けのGooブログランキング(150万9881ブログ)中、4452位でした。今後も一層努力して参りますので「鷹山会」の谷口を宜しくお願いいたします。
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テレビCMは「商業広告音量軽減法」で規制すべき

2010-12-16 | 国のあり方
 皆さんもきっと同じ思いを持っておられると思いますが、私は20年も30年も前からテレビのコマーシャルになると音量が高くなるのに「何とかならないか。国はなぜこれを規制しないんだ」と思ってきた。コマーシャルになった途端に音量が急に高くなって、うるさいったら、ありゃしない。(笑)

 だから、番組を見ていてコマーシャルになると、周りに置いてあるリモコンを手に取って、ボリュームを下げる。コマーシャルが終わるとまたリモコンでボリュームを上げる。コマーシャルになるとまた音量が高くてうるさいから、またボリュームを下げる。・・・これを見ているその番組が終わるまで繰り返しやっている。やってる自分がバカみたいだが、音がうるさいんだから、仕方がないといえば仕方がない。

 又、こんな団塊の世代になると特に音量に敏感になって、少し音量が小さくしたら音が聞こえなくなったり、反対に音量を少し上げると今度は音がうるさく感じる時も多い。

 テレビから流れるコマーシャルの音量がだいぶん昔からこうだから、時にやけになって、テレビに向かい「コマーシャルは番組の初めでも終わりでもどちらでもいいから、まとめてやれ!10分でも、20分でもいいからすきなばあやれ!」と叫び、「コマーシャルを印象づけようとして音量を高くしようが、それで消費者がその商品を嫌いになって客離れしたら元も子もないんじゃないか」なんて、テレビに向かって怒鳴っている。そんな自分は馬鹿みたいでみっともないことは分かっているが、テレビがうるさいんだから仕方がない。私が悪いんじゃなくて、テレビ局と、それを規制しない政府と、そのことに全く気付いていない国会議員が悪いんだ!(笑)

 それをうちの奥さんが横で見て笑っているが、同じように「けんど、ほんまにコマーシャルになったら音が高こうなって、うるさいね。なんでやろねェ」と首を傾げている。私がメニエルになった時と、奥さんが突発性になった時は、どうしてもその操作を頻繁にするようになって、それはそれはひどいものでした。

 長年こうだから、昔からずっとこう思っていた。「テレビでコマーシャルを流すテレビ局の社員たちも愚かなもので、国民はみんなこの音量を上げることでコマーシャルのスポンサーとテレビ局に反感を持っていると思うのに、いつまでもこれが改まらないということは、テレビを見ている国民、視聴者の心理も解らず、消費者に効果的だと思って長年、高い音で垂れ流しているということになる」と。

 と言うことは、テレビ局の社員はお金をくれるスポンサーの方ばかり見て、消費者や視聴者の方を見ていないことになる。でもそれでテレビ離れされちゃ、♬元も子もないじゃないかえ皆の衆~♬♪

 こんなテレビ局は、愚かだ。

 実はこの記事を書いたのも、先日、ネットのニュースを検索していてアメリカからの「うるさいテレビCMの音、米国で規制開始へ」という この小さなニュースをキャッチしたのがきっかけ。

 私が日本のテレビのコマーシャルの音量は番組の音量よりも高くなるとずっと長い間感じていたことと、この「アメリカのテレビ番組の途中で流れるコマーシャルの音量は番組の音量よりも高くなって困る。国が法制化し適正にしよう」というニュースとがつながり、小生、「やっぱり日本のテレビも番組の中で流れるコマーシャルの音量を高く設定しているんだ」と解った次第。

 これで日本もテレビ番組の途中で流しているコマーシャルすべての音量が高く設定していることが明確になったので、日本でもアメリカと同じようにテレビCMの音量を番組と同じレベルの音量にすることを義務付けるために、国で規制すべきだ。


 その法案が、「商業広告音量軽減法案」。

 今の政権を担っている当たり前のことを当たり前にできない民主党ではちょっと心もとないが、米議会では民主党も共和党も同意できる法案だというから、日本でも次に政権を取るだろうみんなの党や自民党を中心に、公明党に民主党も入って超党派ですぐに可決できるのではないか。何でも先送りせず、23年度には制度化出来るように取り組んでいただきたいものだ。

米議会に倣って、日本でもうるさいテレビCMの音を早く規制すべきである! (できるかなァ?)


※当ブログ「高知発!青空エクスプレス」は、12月16日(木)付けのGooブログランキング(150万9484ブログ)中、4914位でした。連日、4000位台が続いておりまして、これも固定客がついたからだと、社員一同喜んでおります。今後も一層努力して参りますので、旧に倍してのご愛顧、何卒よろしくお願い申し上げます。
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