青空エクスプ レス

日本ではオンリーワンの手書き地域雑誌『あおぞら』の編集発行人を経て、室戸市の政治を監視する改革派議員三期目。絵馬修復師。

やんちゃな歌舞伎俳優は好きです

2010-11-30 | 文化・芸術・スポーツ
 市川海老蔵が飲みに行って暴漢に襲われた事件には驚きました。

 そのニュースを聞いた時、何よりもお嫁さんに行ったばかりの小林麻央ちゃんがかわいそうだと思いました。「なんで可愛いお嫁さんをもらったばかりなのに、夜、飲みに出歩かないかんのか。それも、なぜ朝まで飲み歩くのか」と。

 「芸は肥やし」といい、それもそうだろうとは思うが、なぜ自分の知り合いとも別れて誰も自分をガードしてくれる人もいない場所で飲まなくてはならないのか。なぜ知り合いでもない一般人と飲んだのか。有名人は飲んでいて絡まれやすい立場なんてこと、もう解っていそうなものなのに。

 こうして、思うのは「なぜ?」と言うことばかりです。

 歌舞伎を直接見たことはないが、歌舞伎俳優は好きだし、中でもこの市川海老蔵と中村獅童の二人は大好きな俳優だ。いつもテレビで特集番組などあると、楽しみにして見ている。

 辛いこと、悲しいこと、悩ましいことも、時が過ぎれば少しは忘れさせてくれる、時が解決させてくれるものだ。今後、しばらくは歌舞伎界に与えた被害も多大でなかなか自分の思ったようにことは運ばないだろうが、我慢して、我慢して、二年か三年が過ぎれば、また元の市川海老蔵として活躍しているだろうと思っている。

 とにかく、海老蔵さんはかわいいお嫁さんの麻央ちゃんを泣かせることだけはするなと言いたいね。朝まで心配してまんじりともしないで家で待っていた彼女の身になれば、そんなことはわかろうというものだ。可哀想だよ。もっと優しく気配りしてやれよ。

 やっぱりお嫁さんは可愛がってやらなきゃ、何のためにもらったかわからないじゃないか。

 暴力沙汰はよくない。酒癖が悪いのもいけない。でも、私は歌舞伎の中にこんな破天荒な役者がいてもいいと思う。落語界や漫才界、そしてこの歌舞伎界には、昔からやんちゃな落語家、漫才師、歌舞伎役者は、両手の指で足らないほどたくさんいた。そういう面で、海老蔵や中村獅童のようなちょっとやんちゃにみえる俳優は好きです。

 ま、こんな考え方は、私たちのような年齢の域に達しないと、若い人たちには人生経験がないからまだよくわからないでしょうね。酒の上でのあやまちと言えば、クサナギくんの例もある。大小はあるが、同列の話しだ。だから、中には海老蔵さんのように度を過ぎる例もあるが、ある程度のことは「世の中、聖人君子なんかいやしない」と思って、理解してやらなきゃ。彼も今度のことで世間の人たちやマスコミからいっぱいたたかれているんだから。

 マスコミが叩いているからといって、物事の見極めもできずにそれと一緒になってその大群衆や体制側に立って徹底批判するのは、あまりにも考え方が浅い。

  「人とは、教え育てるものである」。

 そうして教え育ててもどうしても悪い癖が直らない、人の助言も聞かない、また争いごとを起こした、その時にはみんなで徹底的に批判し、歌舞伎界から排除すればいいのです。ご理解いただけますでしょうか、この考え方を。

  「人を育てるには、教える時間とともに、教える側にも心の余裕が必要である」。


※当ブログ「高知発!青空エクスプレス」は、11月30日(火)付けのGooブログランキング(150万1847ブログ)中、4674位でした。毎日のご愛読、ありがとうございます。
 私は、昭和61年から四年間だけでしたがジャズ喫茶を経営した経験があります。今こうして毎日見て下さる方がだんだんと増えてきますと、店の常連さんが増えてきたような気がして、たいへんうれしいですね。
 人口減少著しく国が小さくなっていく今の世は、乱世ともいえ、話題には事欠かきませんが、これからも地方議員として「改革・カイゼン」の基本精神を忘れず、そして、見て下さる地方議員や自治体職員の方々にとっても何か参考になるようにと考えながら、これからもがんばって書き続けていきたいと思います。
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公務に求められる特性

2010-11-29 | 公務員のあり方
 何とか12月議会一般質問の原稿も仕上がりましたので、今日は思うところあり、地方公務員の公務員倫理、公務について少し調べて書いてみたい。首長も、地方議員も、地方公務員もみんな「公務員」だから、これを機会にそれぞれがもう一度、自分を見つめなおしていただけたらと思います。

 「公務員」といってもたいへん幅が広いので、まずそれから紹介します。

 「特別職」とは、都道府県知事や都道府県副知事、都道府県議会議員、市区町村長、副市区町村長、地方公営企業管理者、地方議会議員、教育委員会等の行政委員会の委員、社会教育委員会や青少年委員会等の委員、非常勤の消防団員及び水防団員、特定地方独立行政法人の役員などです。知事や市区町村長などの首長は「常勤特別職公務員」であり、われわれ地方議会の議員は「非常勤特別職公務員」です。

 また、「一般職」とは、地方公共団体の事務系・技術系職員、会計管理者、公立学校教員・職員、警察官、消防吏員、特定地方独立行政法人の職員などです。

 そして、「公務員の義務と制限」は次のように規定されています。

 すべての公務員は、憲法第99条に基づいて、憲法を尊重し擁護する義務を負う。また、憲法第15条に基づいて、「全体の奉仕者」として公共の利益のために勤務するという一般的な義務を負う。(※「全体」とは、国の公務員ならば「国民」であり、県ならば「県民」であり、市町村であれば「市町村民」のことで、その奉仕者ということになる)

 その他、公務員の守るべき具体的な義務として次のようなものがある。列挙したのはいずれも一般職の公務員に関するものですが、首長や地方議員など特別職でも個別の定めでこれに準拠した規定がなされている。

地方公共団体に関しては、
●職務遂行上の義務(職務遂行・職務専念義務)・・・地方公務員法第35条
●法令と上司の命令に従う義務(服命義務)・・・地方公務員法第32条
●秘密を守る義務(守秘義務)・・・地方公務員法第34条第1項、第60条第2号
●品位と信用を保つ義務・・・地方公務員法第33条ーーー 業務上横領や接待はもちろんもこと、勤務時間外の傷害事件、飲酒運転も含まれる。


 一般の人にも次のような職業人としての倫理、「職業倫理」があります。
●真面目な態度で、勤勉に働くこと。
●規則を守るコンプライアンス精神を忘れないこと。
●能率・向上を図り、効率を上げる努力をすること。
●職業イメージを損なわないよう心掛けること。
●お客様のニーズに応えるよう努力すること。
●商品価値を高めるよう努力すること、等々の「職務」。


 公務員にはこれら職業人に求められる職業倫理以外に「公務員倫理」がある。つまり、公務員として期待されるこの職務が「公務」です。

 そこで、「公務の特性」についてですが、これは公務員が住民から負託されたものといえます。

≪公務の特性≫
1、公益性
  基本的には、行政は公共の利益を実現することが目的で、社会的に必要性が高い公務や、住民の権利や保護の面から行政が行うのが適当な公務などが対象となる。この公益性には公平性も同時に求められ、住民全体の利益が伴わない、特定の者だけが利益を受ける場合は、「公益」とは言えない。又、こういった公務には様々な価値観が伴うことから、高い倫理観が要求される。

2、公平・中立性
  一般社会と違い、公務においては、首長などの裁量で特定の者(個人であり、企業であり、団体である)だけを優遇することは許されない。市民のお金を使って特定の企業を優遇してその会社の社員宿泊所を建設することなど、明らかに違法であるし、市民との公平性を欠いているのは疑いようもない。「これは企業誘致だから」なんて、言い訳にもならない。法を法とも思わない、住民のお金である公金を公金とも思わない「公務員」とは一体何なんだ。

3、公正性
  小生が当情報誌でずっと言ってきたように、公正性の基本は、法令を順守することです。「公正な公務」とは、首長や議員、職員、団体や企業などの一部の利益を追求することではなく、公益を誠実に、また明確に追及することです。「公益を誠実に、また明確に追及」してそうした公益を実現するための手段が法令であり、且つ、行政を民主的な方法で縛りながら方向づけていくための手段が法令である。
  
  地方公務員法第32条の「法令と上司の命令に従う義務」に違反しないよう職務に励むべきであって、法令を犯して「柔軟な発想を以って公務を遂行すればよい」などということはあってはならない。なぜならば、違法な行為を「よし」とすることによってその行為が悪しき前例となり、次々と同じ違法行為が行政において連発されることになるからである。
  
  更に言っておきたいのは、「法令を柔軟に順守することによって自らの業務が公益の実現につながるから」とか、「法令の条文を幅広く解釈することによって自らの業務が公益の実現につながるから」という行為は、行ってはならない。なぜならば、それこそが違法行為につながってゆくことになるからだ。

以上の三つが特に大事な特性ですが、他に、
●独占性・・・これは、その地域においては一つの自治体が組織されていて住民へのサービス事業が独占状態にあることを指す。つまり、その自治体組織が行う事業や業務運営について気に入らないから隣の自治体に関係を移し、そこに税を支払い、サービスを受けようという自由はないことを意味する。
  
  この公務の独占性が公務員に、①職務態度が横柄になる、②サービス精神の欠如を生む、③創意工夫に対する意欲の低下を生む、等々の負の意識を生む。勿論、公務員全員がこうではないが、公務員は住民の意見を誠実に受け止め、改革改善への意欲と努力が求められる。

  更に言うと、自治体組織にはその組織を自分の金で作った“社長”がいないため、つまり首長でさえ住民から雇用されたもので“社長”ではないため、首長が行う上意下達(上位者の命令や指示、言葉などを下位者に伝えて実行させること。トップダウン)の命令・指示が正しいものだとは言い切れない。それが公務員を悩ませている事実を知っている。

  違法や不公正、不公平、不適正な事業運営を首長から「いいから、やれ!」と命令された話を何度、聞いたことか。それは、首長が“社長”ではなく数名の候補の中から住民に選ばれた人でしかないため、選ばれた人が首長にふさわしいとは言えないことに尽きる。だが、能力に長け、品格が高く、知識と経験があり、特に法令を順守する精神に富んだ、そんな首長にふさわしい人物はまちにいないし、いてもそんな人は周りにある組織が“理詰め”では動かないことを知っているから、首長になろうとしない。

●権力性・・・これは、自治体と住民の関係において、公務は法令に基づいて行われるため、ときに強制的、また罰則を以って執行される。この時、当然、住民と自治体職員が行う業務遂行の場において軋轢、摩擦、衝突が生まれます。公務員は法令に基づいて職務を遂行しようとするし、住民は法令よりも自分たちの生活を守ろうと必死になって闘う。この時、求められる公務員の行為には誠実さが求められるが、同時に、「法律を守る公権力」と「住民生活を守る公共」のはざまで公務員は悩むのです。

●透明性・・・今の情報化時代にあって行政の透明性は特に必然といえ、住民から信頼を得るためには行政の財務指標などのデータの開示、事業がどのように始まり、経過し、終わったかとその予算内容などの情報開示などは必要である。
  
  これまで自治体においては中身を見せたくないから、見せないように隠してきた。その原因は、①見せると都合が悪いことがある、②説明を求められたらうるさい、③議会で追及を受けるのはいやだ、④住民に公表したら批判を浴びて、いやな目に遭う、⑤情報を見せず独占していれば、議会などでも優位に立ち、うまく乗り切れる、等々が考えられる。
  
  こういう自治体の情報公開は首長の資質次第であって、先進的な首長ならば就任して即、自治体の改革改善の一つとして全ての情報をあからさまにする姿勢がある。だが、中には姑息な首長もいて、一部だけ開示しておいて「私は情報公開に積極的です」と住民や議会をだましたり、自治体の債務の一部を公開して「これが債務のすべてで、私は債務を減少させた」と住民を騙す者もいる。住民にはそんな債務総額なんか解らないから、「この首長はなかなか手腕があって、頑張っているなあ」と騙され、次の選挙で投票する。

  又、住民は自分のまちの基金全体の状況なんか解らないから、首長がほんの一つ、二つの基金が増えたのを捉えて「私の力で基金は増えました」と騙す。本当は増えたのもあれば減少した基金もあって全体的に見ればほぼ例年通りの基金残高なのに、真実を捻じ曲げて広報している。住民にはそんな基金総額の推移なんか解りはしないから、「私の力で基金を増やした」と伝えると、住民はそれを信じて次の選挙で投票する。

  情報公開とは、一部を公開してそれでよしとなるものではない。全てを公開してこそ、全体像が分かり、その中の部分部分の関係が理解できるものである。だから、住民は行政に騙されてはならないのです。

●説明責任・・・「説明責任」は「アカウンタビリティ」ともいうが、日本人だから、ちゃんと「説明責任」と言う。
  説明責任とは、書いて字のごとく、「職務においては、それを行ったことについて、対象者に対してちゃんと説明する責任がある」ということ。行政においては、首長と公務員が、その政策や業務の妥当性についての理解や納得を得るため、議会と住民に対してちゃんと説明を尽くすことである。
  
  これは、説明を求められた時はもちろんのこと、求められていないときでも、積極的に行うことが大切である。だが、議会において説明を求められると、違法、不公正、不公平な事業の場合や、計画書の収支の数字が合っていない場合に、それを謙虚な姿勢で適正に改めようとせず、しばしば、つじつまの合わない言葉を弄して言い逃れをすることがある。これなどは「説明責任」以前の問題で、言語道断と言える。つまり、この状況からなにが言えるかというと、首長も公務員も説明責任が果たせていないまま、議会に出てきた議案を通してもらっているということである。(このことが事実であるのは、議場にいる人たちみんなが既に承知している)

  行う説明の内容は、①最終決定した政策や業務の内容、②なぜその政策や業務を行うことが妥当だと判断したのか、③他に方法はなかったか、④他の方法はなぜ却下されたのか、⑤法令は順守しているか、⑥なぜ違法や不公正・不公平な事業を行うのか、⑦住民ではなくて、なぜ企業や団体を優遇するのか、⑧なぜ住民の意見を聞かずに突き進むのか、等々、いくらでも考えられる。

  こう、挙げると、行政に対して住民の理解や納得が得られ信頼されるには、なかなか難しく思います。
 
 まとめとして。公務員に大事なことは、とにかく「公正に職務を遂行すること」であろう。行政を行っていく際に議員をはじめ、社会的な地位や名声を持つ団体や企業に関わる者、地縁血縁などから有利な取り計らいをしてほしいと悪しき働きかけを行ってくることがある。この時、毅然として要求を退け、誰にも偏らない公正な職務を行うことが大事だ。たとえそれが首長の命令や指示であったとしても、地方公務員法第32条を盾に厳然と拒絶する勇気を持たなくてはならない。

 谷口が言わんとする正義の“新・地方公務員法第32条”

 「職員は、その職務を遂行するに当たって、法令、条例、規則、規程に従うことを優先すべきものとする。且つ、その上で、上司の職務上の命令に忠実に従うこと。拠って、職員には上司が行う違法な命令に従うべき責任はない」。

 先の室戸市会議員選挙においては何期も市議をし、議長にもなった人物が選挙違反で逮捕された。この27日には室戸市教育委員会の女性臨時職員が飲酒運転で摘発された。この市議も臨時職員も法令を順守すべき立場の「公務員」である。その「公務員」が法令をバカにしている。

 以前、私がこう言ったことを覚えておられる方もいるだろう。
「一円を嗤う者は一円に泣く。法を嗤う者は、法に泣く」
 こんな「法を嗤う者」がまだ他にたくさんいることを私は知っているが、自分たち「公務員」が給与や報酬を戴いている住民の意思や願いを笑い冒涜する、その者たちの人生の末路はきっと哀れなものとなるだろう。


※当ブログ「高知発!青空エクスプレス」は、11月29日(月)付けのGooブログランキング(150万1354ブログ)中、4487位でした。本当にどうしてなんでしょうか。初めて5000位台を突破して、ついに4000位台に突入しました。本当に読者の皆様には感謝、感謝です!!  そりゃあ、こんな迷文でも、見てもらえないよりは見て下さる方がいいにきまってますからね。
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横暴な大国、横暴な政治家

2010-11-25 | 国のあり方
 大きな国が小さな国の領土を奪おうとする。

 又、小さな国が居並ぶ大国の力を無視して戦争を仕掛け、「やめてやるから金と食糧を出せ」と凄んで、国の生き残りを画策する。

 「大きな国」とは、中国であり、ロシアである。

 「小さな国」とは、北朝鮮のことだ。

 このどれもの国が周辺の国と仲良くなろうと考えない国、仲良くなろうとしない国である。

 なぜ中国はあんなにも大きな領土を持ちながら、小さな島をほしがるのかと言うと、ある時期からその周辺に重要資源が眠っているとわかったから。つまり、大会社を経営していてあり余る程お金を持っている豪邸に住む大金持ちが、気まじめに生きている会社員が住む隣家の庭に植えた柿の実を盗もうとしているに等しい。

 ロシアにしてもあれほど大きな領土を持っているのに、戦後のどさくさに攻め入り、盗人のように日本の領土を奪った。これも日本の資源を狙ってのことだった。

 日本も過去に中国に攻め入って領土を奪った愚かなことをした過去があるから、お互いさんといえば言えなくもない。

 でも、やっぱり「なぜ?」と思う。

 日本が侵したことに対しての反省を踏まえながら、大きな国には大きな国なりの見識や品格がなければならないのではないか、と。

 大きな力を持っていれば、「もう、そんなに欲を出さなくてもいいじゃないか」と思う。「その大きな領土の中の資源と他国から買い入れる資源で健全に国を動かせてゆけばいいではないか」と。

 しかし、なぜか力を持った大きな国は「さらに、さらに」と欲しがります。ま、企業経営でも「まあ、これぐらい利益が上がったら、もういいか」なんてことを言ってちゃ商売にならないから、それと同じように、大きな国も大きな国で更に領土を広げようと欲望がどんどんと高まってくるものかもしれない。

 でも、企業利益と領土侵略とは別物だ。前者は奨励されるが、後者は許されるものではない。つまり、「横暴」だ。

 「大きな領土を持った国は横暴だ」とは言い切れないが、とかく大きな領土を持った国は健全性を失って、「横暴」になる。ま、小さな国が周辺諸国に横暴にしようとしても“力”がないから横暴なことをしようとしてもできないんだが、大きな国がしていることは、相対的に「横暴」に映る。

 でも、チンピラのような「小さな国」の横暴を抑え込むこともできない「大きな国」とはネェ、口ほどでもない。

 こんなことを考えていたら、日本の政治家もそうだなあと思った。

 権力を振り回せる地位につくということは、金と力を手に入れるということ。だから、その周りには当然、人が集まってくる。金に群がり、力を頼って群がってくる。そうなれば権力者の思うがままに地域は変えられていく。正しいリーダーが権力者になれば地域は良い方向に導かれていくだろうし、法を無視した悪意あるリーダーによって悪い方向にゆがめられる場合だってある。

 その後者が権力者になり「横暴」な力を発揮しようとした時には、権力者の金と力に頼っている周りの人たちはそれを見て見ぬふりしてやり過ごすから、その横暴な行為を止める者は、まずいない。だから、その後は為し崩しに地域が悪化し廃れていくことになる。

 しかし、こんな「横暴」を止める人はごく少数でしかない。だから、その「横暴」の「暴走」は止まらない。

 では、「横暴な国」や「横暴な政治家」を「正しい国」と「正しい政治家」にするにはどうすればいいのかだが、中国やロシアの姿を見ればわかるように、この「横暴な国」である中国とロシア、そして「横暴な政治家」が、自らの「横暴」さをよく理解するしか他に正常な状況になる方法はない。

 それは、巨大な軍事力を誇る中国とロシアが行っている対外的な圧力を周りの国々が止めようがないのと同じで、「横暴な政治家」についても周りにいる大勢の人たちがそれを許し認めて止めようとしない状況においては、止めようがない。

 「どこまで続く泥濘(ぬかるみ)ぞ」という言葉がありますが、それです。

 中国にしても、ロシアがしていることにしても、「横暴な政治家」がしていることにしても同じで、そんな力を持った国や政治家の「横暴」な行為はすぐには止められないものかもしれません。

 但し、止める策が全くないではない。頭を使えば「横暴」な政治家を駆逐し、また良い国づくり、良い地域づくりはできると思っている。長年、身銭を切って地域づくりに汗を流してきた私が言うんだから、あながち、見当違いな話でもない。

 大国の「横暴」はもちろんのこと、政治家の「横暴」も許してはなりません。清廉潔白な政治を行うのが政治家の使命であって、法を違えていたり公正でないものをよってたかって数の力で押し切るのが正しい政治だとはいえない。だから、たとえそれが戦っても勝てない相手であっても、孤立無援の戦いであっても、小さな力であったとしても、断固として勇気を以って戦っていかなければならないのです。

 死んでもやり抜く覚悟で。


※当ブログ「高知発!青空エクスプレス」は、11月25日(木)付けのGooブログランキング(149万9579ブログ)中、5611位でした。本当にどうしてなのか、ここ十日ばかり前から5000位台を堅持していることが不思議です。小生が書く記事が特段名文だからでもないと思いますが、本当に読者の皆様には感謝しています。
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政治家鑑定法

2010-11-23 | 政治家のあり方
 諸葛孔明という人がいた、そうです。

 自分で言うもなんだが、私は正直者だから、あまりよく知らない人物のことを知ったかぶりなんかしない。だから、そう言っておこう。

 今の今まで、昔々の中国に「三国志」の物語があって、そこにたくさんの著名な登場人物がいたぐらいしか関心がなかったから、諸葛孔明について知らなくても、それはそれで仕方がない。(自慢にもならないが)

 だから、これは受け売り。「諸葛亮 孔明」とは、中国後漢末期から三国時代の蜀漢の政治家・軍略家で、その数多い三国志の登場人物の中でも随一の人気を誇るのが孔明(らしい)。戦乱の世に勇猛な武将が幅を利かせる中、知性派として数々の功績を残した(らしい)。劉備の家臣としてその能力を発揮し、「三顧の礼」(目上の人が格下の者に対して三度も出向いてお願いをすること。劉備が諸葛亮を迎える際に三度たずねたことに由来)で知られ、「天下三分の計」(後漢末期に諸葛亮が劉備に説いた戦略)を説いて希代の軍師と名を馳せ(たようであ)る。

 そんな諸葛孔明が残した言葉に「人物鑑定法」というものがある。

(諸葛孔明の人物鑑定法)
一、ある事柄について善悪の判断を求め、相手の志がどこにあるかを観察する。
二、ことばでやりこめてみて、相手の態度がどう変化するかを観察する。
三、計略について意見を求め、それによって、どの程度の見識をもっているかを観察する。
四、困難な事態に対処させてみて、相手の勇気を観察する。
五、酒に酔わせてみて、その本性を観察する。
六、利益を誘ってみて、どの程度清廉であるかを観察する。
七、仕事をやらせてみて、命じたことおりにやり遂げるかどうかによって信頼度を観察する。


 この七項目は、リーダーの立場から部下を評価する手がかりとして述べたものですが、広く人物鑑定法としても当てはまる部分が多い。

 唯、私はこの“人物鑑定七カ条”を論語について検索していて見つけたとき、これは「人間のありよう」としても使えると思い、文面を置き換えてみた。それが次の「政治家鑑定七カ条」です。ちょっとこじつけのような部分もあるが、上の一から七までの「人物鑑定法」と比較しながらご覧頂けたらと思います。

(谷口總一郎の政治家鑑定法)
一、全ての事柄について法令を順守し、公平・公正・適正かをよく吟味した上で、住民目線の健全な判断を下し、我欲は捨てて志を立てる。そんな人。
  (法律はことごとく守らないし、財政には疎くて大金を無駄に遣って“死に銭”にしてしまうし、事業計画書は収入と支出の計算が全く破たんしているにもかかわらずそれで良しとする。これらのことで、その人物が善人か悪人かが分かる)

二、悪事を見たら臆することなく、手加減もせず、その想いを簡潔に核心を突く言葉に置き換えて、真正面からぶつける勇気を持つ。そんな人。
  (そのことによって、善人なら謙虚に改めるし、悪人なら「これは正しい」と言い張って更に悪事に突き進んでいく。これらのありようで、その人物が善人か悪人かが分かる)

三、事業を興す時、周りにいる部下や番頭格、議員、友人・知人など助言者から多くの意見を求め、それが自分の構想に対して否定的な指摘であったり改善を求められたとしても、その指摘が妥当で、的を得ていると率直に感じ取った時には、謙虚に、そして即座に誠意を以って考えを改める。そんな人。
  (部下であろうが、番頭格であろうが、友人であろうが知人や恩人であろうが、いったん力を得ると人の言うことには耳を貸さず、間違った方向に問答無用で突っ走る、そんな人生はやがて破たんする。でも、そんな人物は破たんするまで他人の意見を聞かないから、行き着くところまで行って、やがて止む)

四、突然事業が行き詰まることがあっても、迷うことなく毅然として正しい判断を下し、将来に禍根を残すことのない行動をとる。そんな人。
  (自分の組織と関係が深い倒産寸前の会社から「数千万円の支援がなければ撤退するぞ」と脅しにも似た要求をしてきた時、「そんなに急に帰られたら困る」と慌てふためき、その要求を飲む。それを一年の間に二度も飲む。案の定、その会社は一年後、まちの人たちのお金であるその数千万円を持って東京に帰ってしまった。とても健全な組織経営と言えるものではないが、町の人たちはその人物がその時、愚かな判断を下して大失態を犯したことを全く知らない。それを知っている一部の人たちも目をつむっている)

五、人物の本性は酒を飲まさずとも、金と職を得たあとの振る舞いでよくわかる。善人は金と肩書を欲しがることなく職務を粛々と遂行して、いつも清廉潔白である。そんな人。
  (だが、欲深い人と悪人は金がなければ仕事しないし、金があっても仕事しない。人より高い地位に就きたがり、高い地位じゃないと真面目に仕事をしないし、高い地位に就いたとたん法律を無視し守らなくなるし、その権力を振り回して正義の声に耳を傾けなくなり、聞くのは利害関係にある人の声だけ)

六、利益や権利、権力を手にすることなど全く考えたことなどなく、無私の心で自らの財産を投げ打ってでも地域に尽くし続ける。そんな人。
  (いつも権利や権力を手にすることばかり考え、そのためには大恩ある人でも騙すし、陥れるし、利用もする。そのくせ、大恩ある人が困っていようが、谷底に落ちかけていようが、助けようとしない。そればかりか、恩人から「人を騙してはいけない」、「人の道に外れた行為だ。改めよ」と教示されると逆切れして、恩人に向かって怒り狂い、仲間とともに排除しようとする)

七、仕事がいつも几帳面で、基本を踏まえて揺るぎがないから信頼でき、いつも安心してその仕事ぶりを見ていられる。そんな人。
  (土佐では仕事ぶりが小汚い様子を「やることがせこい」とか「やることがへすらこい」とか「えてこすり」とか言う。この言葉は、ちょっと悪質な面がある様子を表現する。例えば、ここに一人の政治家がいます。その人は他人に「これをやってくれんか」「あれをやってくれんか」と頼むことは人一倍エライ。それを当たり前のことだと思っている。だが、その頼まれた人が困った時にその人物に「すみませんが、助けてくれませんか」とお願いすると、「いやその日は忙しいから」と逃げる。しかし、その日はヒマをしていた。つまり、他人を使うことはエライが、恩人のために尽力したり助けたりすることはない。そんな“されること”ばかり期待している政治家。だから信頼度はゼロなんだが、選挙になるとその人の本質を知らない人たちと本質は知っているが利害を優先する人たちの支えで、いつも勝つ。でも、人生、いつまでも人を騙せるわけではない)

 以上、俄かづくりですが、それほど的を外してもいないでしょ? 諸葛亮公明の「人物鑑定法」ほど文章は明快ではないが、それほど参考にはならないということでもないでしょう? よければ参考にしてください。

 もう一度、要旨だけを書き連ねて終わりとします。

(谷口總一郎の政治家鑑定法)
一、全ての事柄について法令を順守し、公平・公正・適正かをよく吟味した上で、住民目線の健全な判断を下し、我欲は捨てて志を立てる。そんな人。

二、悪事を見たら臆することなく、手加減もせず、その想いを簡潔に核心を突く言葉に置き換えて、真正面からぶつける勇気を持つ。そんな人。

三、事業を興す時、周りにいる部下や番頭格、議員、友人・知人など助言者から多くの意見を求め、それが自分の構想に対して否定的な指摘であったり改善を求められたとしても、その指摘が妥当で、的を得ていると率直に感じ取った時には、謙虚に、そして即座に誠意を以って考えを改める。そんな人。

四、突然事業が行き詰まることがあっても、迷うことなく毅然として正しい判断を下し、将来に禍根を残すことのない行動をとる。そんな人。

五、人物の本性は酒を飲まさずとも、金と職を得たあとの振る舞いでよくわかる。善人は金と肩書を欲しがることなく職務を粛々と遂行して、いつも清廉潔白である。そんな人。

六、利益や権利、権力を手にすることなど全く考えたことなどなく、無私の心で自らの財産を投げ打ってでも地域に尽くし続ける。そんな人。

七、仕事がいつも几帳面で、基本を踏まえて揺るぎがないから信頼でき、いつも安心してその仕事ぶりを見ていられる。そんな人。


 以上、諸葛孔明ってオジサンは知らないけれど、師の教えを模倣し、政治家の人物評価の方法として創造しました。では!

 アッ、それはそうと、今日、ある方が奥さんと一緒に当家を訪ねて来て、その奥さんが「妹がイギリスにいますが、よく谷口さんの青空エクスプレスを見ているって、言ってましたよ」と教えてくれた。すごいですネ。この私ごときの電子情報誌がイギリスにもファンがいて、見て下さっているなんてネ。あー、懐かしいなあ、霧のロンドンが。(笑)
もう思いきって、明日から英文で書いてやろうかなぁ。こじゃれたブログになっちゃうだろうなあ。でも、見てくれてるのは日本人だし、困っちゃったなあ。私は苦もなく書けるんだけどね。(笑)



※当ブログ「高知発!青空エクスプレス」は、11月23日(火)付けのGooブログランキング(149万8744ブログ)中、5342位でした。昨日同様、祝日にも関わらず、たくさんの読者の皆さまにご覧いただいたようで、感謝です。いや、外国でもたくさんの人が見て下さっているから、「Thank you」と言っておこう!(笑)
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論語は教える、人の道を

2010-11-22 | 人間のあり方
 「論語」とは、孔子の死後、門人たちが孔子から教わったことを持ちよりまとめたもの。その教えは、いわゆる「儒教」もしくは「儒学」として、のちに中国の歴代王朝で経営理念として尊重されるようになる。更に、東アジア諸国にも広まり、各国の文化に大きな影響を与えた。

 その「論語」の基本精神は、「モラル」。「儲け」や「利得」を優先させるだけでは社会は良くならず、会社も持たないことが、最近の企業や団体が違法行為や偽装行為を行った末に経営者や団体役員などが記者会見で頭を下げて謝罪している光景を見ると明らかだ。「モラル」に欠ける企業や団体、また政治の世界ならば議員や首長に「モラル」が欠落している例は枚挙にいとまがない。

 ただ、社会全体に迷惑をかけたことが理解できる企業人等は背負った責任の重さを痛感し謝罪するが、住民全体に迷惑をかけたことが理解できない首長など政治家は背負った責任の重さに鈍感なのか、絶対に頭を下げないし、どんなことがあっても謝罪しないし、時に住民の代表に向かって反論までする。そうして、その人物は「モラル」と「コンプライアンス精神」が欠如している様を辺りにさらけ出している。

 そんなことを考えながら、論語の中から「政治的モラルとはいかなるものか」、「モラルに富んだ政治姿勢とはいかなるものか」を挙げてみたい。

 基礎的知識として…論語に必ず出てくるのが「仁」と「礼」。「礼」とは、マナーとか、礼儀作法のこと。政治の世界で言えば私が厳格に守ろうとしている「法令」とか「規則」のことです。「仁」とは、朱子学によると、「心の徳(よさ)」です。この仁を大切に生きていれば、つまり良心に従って生きていれば、人を思いやれるようになれるといいます。又、逆にいうと、礼に従って行動をしていれば、その心には仁が芽生えるという。

  ●論語「仁を問う。曰く、仁者は、難(かた)きを先にして獲(う)るを後にす。仁と謂うべし」。

 (原文翻訳)良心的であることについて問われると、言われた。良心的な人は、まず困難に立ち向かうことを優先し、儲かることかどうかは二の次にする。それでこそ良心的と言える。

 (学びの要点)正しいことであれば、それをやり遂げていく。たとえそれが困難なことでも、それから逃げたりしない。これこそが、立派な人の生きざまである。

  ●論語「子路(しろ)、君(くん)に事(つか)えるを問う。子曰く、欺く勿(なか)れ、而(しこう)してこれを犯せ」

 (原文翻訳)弟子の子路が君主に使える方法を尋ねたとき、孔子は答えた。「騙してはいけないし、間違いはきちんと意見してあげないといけない」。

 (学びの要点)上司の意を迎えるために何かと甘言を弄する人よりも、上司の意に反してでも、ずけずけ苦言を呈する人の方が、最初は嫌われるかもしれないが、最後は信用をてにできるし、上司のためにもなる。

 (谷口からの一言)これは相手を見て行うべきこと。いくら孔子の教えでも、相手を見ずに苦言を呈すると多くの甘言を弄する人間たちが居並ぶその前で斬首の刑に遭うこともあるので、注意されたい。「正論は、その正論が理解できる有能な上司にだけぶつけるべきものと心得よ。無能な上司に正論は通用しない」

  ●論語「君子は、義して以って質と為し、礼して以って之(これ)を行い、孫(そん)して以って之を出(い)だし、信して以ってこれを成す」

 (原文翻訳)りっぱな人は、正義を根本に据えている。礼儀によって正義を実行し、謙遜によって正義を主張し、信用によって正義を完成する。

 (学びの要点)大体成功する人はバックボーン(気骨、精神的中軸)がしっかりしているものですが、大きく成功できる人は特に正義をバックボーンに据えている。法を無視し民の生活を無視して蛮勇をふるう悪人は、最後に大きな痛手を負う。そもそもビジネスであれ、政治であれ、人生であれ、無礼なこと、不遜なこと、裏切ることなど、そんな正義に反することをしていれば、最初は勝手気ままにできても、やがて町を後にしなくてはならないほどの大失態を犯すものである。

  ●論語「志士、仁人(じんじん)は、生を求めて仁を害することなく、身を殺して仁を成すことあり」。

 (原文翻訳)世のために頑張ろうという人、良心的な人は、良心的でないことまでして生き残ろうとはしないし、良心的なことをするために自分の命を捨てることもある。

 (学びの要点)良心に反するくらいなら、死んだ方がましだ。正義に反するくらいなら、死んだ方がましだ。これほどの覚悟で不実、不正を憎んでこそ、立派なことを成し遂げられる。

  ●論語「過ちて改めざる、是を過ちと謂う」。

 (原文翻訳)間違っていても改めないのが、間違いというものだ。

 (学びの要点)優れた人は失敗から教訓を学び取ります。だから、失敗を成功につなげられる。
 小生は、22年6月議会一般質問の再質問において市長に向かい、こう諭した。

 ≪法律を守らないのは道義に反する行為ですが、誰だって間違いはあります。指摘を受けその違法に気付いた時には謙虚に間違いを認め、適正に改めれば許され、問題解決に至る場合だってある。しかし、違法を認識しながらそれを実行し、更に道義に反したその行為を問われ適正に改善するよう求められても、「間違っていない」と言い張り、改めもせずに突き進む。それでは組織のリーダーは務まりません。≫
 しかし、この声を聞き入れることはありませんでした。

 現実世界で起こる出来事から、その論語が教えることの意味がよく見てとれる。無法者のすることや嫌がらせや足引っ張りは、いわば“反面教師”。「こんな人間にだけはならないようにしよう」と、論語から学ぶのである。人の道に外れたことをする人がいるから、その人を“反面教師”に、「論語」がより身近に感じられる。法律を守らない人がいるから、このように「論語」を介して法律を守ることの大事さを世に問うことができるのである。

 翻って、「こんな政治でいいんですか?」と問いたい。 「民意で選んだ人ですが、本当にその人でいいんですか?」と問いたい。 「その人がどんな人か、あなたは知っていますか」とお聞きしたい。

  論語は教える、人の道を。


※当ブログ「高知発!青空エクスプレス」は、11月22日(月)付けのGooブログランキング(149万8089ブログ)中、5059位でした。この数字は昨日の自身最高位を抜いて、今までで最高の順位になりました。こんな田舎のこんな窓際議員のブログに注目していただいていることに、毎日毎日、全国の皆様に感謝、感謝です!
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議員研修のご報告

2010-11-20 | 視察・研修
 昨日19日(金)に高知市の高知城ホールで行われました議員研修について、ご報告します。

  

 室戸市議会から参加したのは、わたくし谷口と久保八太雄議員、脇本健樹議員、徳増寿子議員の3氏と、谷口議会事務局長です。参加者が少なかったのは、議員の皆さんが研修内容の「議会改革」にあまり関心がないということもあるし、明日21日(日)に投票日を迎える市長選候補の支援活動に両派に分かれて参加しているということもありそうです。

 昨日の議員研修「平成22年度 議員行政実務研修」は、毎年一回、「こうち人づくり広域連合」が主催してきたものですが、今回から「こうち人づくり広域連合」が主催し、これまで別に議員研修を開いていた「高知県市議会議長会」と「高知県町村議会議長会」が共催につき、三団体が一緒になって開催することになったものです。財政難の折から、「これも、各団体の経費削減策かな」と、ちらっと考えました。

 この日の研修会の課題は「地方議員のための政策立案と条例制定」。議員研修も、国の政治についてや国の経済などのように地方議会と密接な関係にないテーマの研修・勉強会は地方議員がどうすることもできない問題だし、能力不足で右往左往している国会議員によって迷走する国政の話を聞いても腹が立つだけで、高知にまで行ってそんなことで一日潰れること自体、時間の無駄であるため、参加しないことにしている。

 私がこういう研修で参加するのは、この日のように行政改革や議会改革に関する行政法務や議会議員の在り方などの講演をして頂けるときが多い。

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 いままで議員研修に参加して一番議員活動に関して学ばせてもらったのは、初当選した15年4月からすぐの8月に高知県民ホールで開催された議員研修だった。講師先生は、阿部泰隆氏。テーマは「政策法務」についてでした。

 ここで教えていただいたことが、すぐ後の議会で役に立った。本市が行っている事業の誤りを質して適正に改めさせたことがある。

 それは、「クジラが海岸の岩場に座礁して死んだ。その死骸の処理を室戸市が市の予算で業者に依頼して処理させた。その金額がその前の補正予算で計上されていた」ことについて。研修で、「それは市町村の事務ではなくて、海岸を管理している県の事務である」と学んでいたもので、室戸に帰ると早速、本市の水産課に行ってこのことを指摘し改善するよう促した。市担当課は、この件を県に説明。後日、市から業者に支払っていた処理料と同額が県から市に返還された。そんな出来事があった。

 又、その翌年の1月に行われた「広域連合による新人議員研修会」では、野村稔氏による「地方議会の制度と運営について」がテーマで学んだ。この時の学びも後々大いに参考になっていて、いまその時に速記したノートを開いても初心に帰らせてくれる、そんないい話ばかりでした。残念ながら、今日はそれを紹介するスペースはあまりありませんが、一つ二つ拾うと、

●新聞記者と学者は日頃、「今の議会は…」というが、「それならあなたが議員になって町をよくしてくれるか」と言うと、「それはできない」と逃げる。←(同感だ)
●議会運営について研究している学者はいない。 ←(そのとおり)
●向上心を持って議員の仕事に取り組まない議員は駄目だ。 ←(そのとおりだ)
●議員も二期目になると、新人議員時代と違って、新人議員に向けて「それはできないよ」と言う。皆さんにはそんな議員にはならないでいただきたい。←(2期目にもなると意欲を失ってしまい、意欲のない自分の方に新人議員まで引っ張り込む、悪質な議員もいる)
●議長は、中立・公平であることを旨とすべし。 ←(その通りだが、議長になると何が災いするのか知らないが、そうもいかないようで)
●質問もしないし質疑にも立たない、そんな発言しない議員は、議員の権利を放棄しているんだから議員ではない。 ←(私も常々そう思っている。何のために市議選に出てきたのかと)
●「疑問点50%+提言50%」、これが一般質問だ。提言は、自分が市長になってもできることを提言することが大事。自分ができないことをいっても、ダメ。 ←(そのとおり)
●一般質問は、その議員個人の意見ではないと知れ。本来は住民(議員)と住民(市長)の討論だと知れ。←(住民である議員が違法業務だと指摘しても、住民である市長は議員が住民だと気がつかないから、いつまでたっても改めない)


 以上、16年1月の新人議員研修でのお話の一端をご紹介しました。

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 さてそこで、昨日、11月19日の研修会についてです。講師の先生は、(社)日本経営協会の岩本安昭氏。かつて衆議院法制局に勤務されていて、現在は大阪弁護士会の弁護士さん。尚、内容は難しい話になりますし、説明文が紋切り刀になりますが、その点はご容赦ください。又、表示します番号は講演のレジメ(資料)の項目ではないことも合わせ、ご承知ください。

  ★地方議会に対する住民の目と声
  ●地方議会の現状について、市民の不満が顕在化しつつある。そのアンケートを日本世論調査会が2006年12月に実施した、その結果です。
  ○大いに満足している・・・1.1%
  ○ある程度、満足している・・・31.4%
  ○あまり満足していない・・・46.9%
  ○全く満足していない・・・13.6%  (←私ならば、これにマルをつけますね)
  ○どちらとも言えない、無回答・・・7.0%
 
 ●議会に満足していない理由は、
  1、議会の活動が住民に伝わらない…53.3%
  2、行政のチェック機能を果たしていない…33.2% 
  3、地方議員のモラルが低い…32.5%
  4、議会内での取引を優先して審議が不透明…29.3%
  5、議会の政策立案能力が低い…18.6%


(※以上の所感・・住民の皆さんが感じるのも当たり前で、私が議員をしていても1~5まで全てにおいて、そう実感します。
 1については、議員が議会や行政で行われていることを住民に対して情報公開するのは当たり前のことですが、それを実行しているのは現在、小生一人だけです。行政が広報紙で行っている財政情報は正確ではありません。それは、人口が毎年どのくらい減少しているかや財政的にどのくらい苦しくなっているかなどの負のデータの公表と解説を広報していない点や、違法な業務運営を行っているのに書き込んでいない点から、明らかです。そのことに疑問を持ったことから、私は独自の調査で知り得た情報はすべて、自分が発行する議会新聞と当ブログにおいて広報するように努めています。

 2については、小生は法律をないがしろにするようなまちのリーダーであってはならないと考え、手厳しく行政が行う業務をチェックし、疑わしきは調査した上で議会において公表(時に、暴露)したうえで指摘、改善を求めている。こうして議員としての務めを果たそうと頑張っていますが、如何せん議会では多勢に無勢で全てスルーしてしまうので、この点が一番の問題だと考えている。

 3については、何も言うことなし。私がどうすることもできないことで、そんなモラルの低い議員や首長を選んだ住民の皆さんにお聞きいただくしかない。能力やモラルの低い政治家を選んだことによって、被害を受けるのは投票したその住民。投票するときには必ずその候補に能力があるかないか、気真面目か不真面目かをよく吟味したうえで投票することが大事だということになります。

 4については、議会内の議員同士が肩書を巡りお互いに都合のよい策略を講じることもあるし、住民の意思や意向を無視して議員が悪しき働きかけを行ったりそれを首長が受けたりする自治体もある。これらの点については証拠をつかんでいるので、確かです。

 5については、条例を提案しても、嫉妬心から継続審議もまともにしないし現場に調査に行きもしないで否決してしまうような低い議会体質では、政策立案能力がある議員がいても、議員提案の条例は可決するわけがない。そんな程度の低い議会に明日はない)



 この後は、現在特にもめている名古屋市議会と鹿児島県阿久根市議会の状況についてお話がありました。

★河村名古屋市長と市議会の対立について・・・河村市長は●定数の削減、●議員報酬の半減、●政務調査費の削減を目指し、名古屋市議会は議会基本条例で対抗している。この議会基本条例とは、本来は議会を改革するために制度化するものだが、この条例は河村市長に対抗するために大急ぎで制度化したもの。

 名古屋市議会のこの条例では次のような条項を重点に、河村市長に対抗している。

≪前文、(前略)(憲法に基づいて二元代表制をとっている)議会と市長とは、相互に独立対等な立場で、緊張関係を保ちながら市政を運営していく仕組みとなっている。すなわち、議会は、市の方新党を決定し、市の仕事が適切に行われているかをチェックし、一方、市長は、行政の執行責任者として、市の施策を実施し、両者がそれぞれ適切に役割を果たすことで、よりよい姿勢を実現していくことが期待されている。(後略)≫
(※議会曰くに「議会が市の方針を決定するんだ。市長が勝手に市の方針を決めるな」、「市長は執行責任者として市の施策を粛々と実施していればいいんだ」と“読める”)

≪第5章、議員定数・議員報酬等
(議員定数及び議員報酬に関する基本的な考え方)
第16条 議員定数及に関しては、別に条例で定める。これらの条例について、これを制定し、又は改廃するときは、議会基本条例の趣旨を踏まえ、これを提出する。
(←※「市長の意思でなく」の意)この場合、民意を聴取するため、参考人制度、公聴会制度等を活用することができる。(2項と3項は省略する)≫
(※河村市長に勝手に定数や報酬を決めさせないぞという対抗策といえる条文です)

★竹原阿久根市長と阿久根市議会の対立について・・・この竹原市長に関しては議会だけでなくて、市民のために仕事をしているという観点からかけ離れていて、でたらめな市政運営で全く話しになりませんので、問題外として記事は割愛します。

  

★この後、全国のいろんな分野に関して議会が条例を制度化している。その条例の説明と、条例づくりの方法をお教えいただきました。
●自治基本条例・・・理念条例の典型的な条例が自治基本条例で、北海道ニセコ町が日本で最初の「まちづくり基本条例」を制度化している。「三次市まち・ゆめ基本条例」のようにユニークな条例もあります。
(※資料の中にある広島県の「三次市まち・ゆめ基本条例」を拝見して、小生、その前文の素直な表現に心打たれるものだありましたので、それをここでご紹介しておきたい。子どもたちにも読めるようにとひらがなを多く使って作ったそうですが、この日の研修で学んだ中では一番の収穫といえます。)

≪私たちは,このまちに住み,歴史を学び,明日を語り,夢をはぐくみ続けてきた。
みんながしあわせに暮らし続けられるまちになったらいいなと。
いろいろな人といろいろなところで,いろいろな話を聞いたり,話し合った。
そうしたら,これからの時代にふさわしいまちづくりの仕組みがほしくなった。
みんなも同じ気持ちだった。
それでこのきまりが生まれた。
このきまりは,みんながまちづくりをしていく,そのみちしるべとなるものです。≫


(※どうですか、まるで語り掛けているような文面で、難解な行政用語ばかり使った意味不明な条文よりもずっとわかりやすいし、心がホッとしますでしょ。因みに、「過疎を逆手にとる会」をスタート地点にして長くまちづくり運動に携わっておられる知人の安藤周治さんが住んでいる作木村などが合併して出来たのが、この三次市。この条例もその点から何か身近に感じます)

●まちづくり・ものづくりに関する条例・・・米子市快適な生活環境の確保に関する条例、板柳町リンゴまるかじり条例、静岡市めざせ茶どころ日本一条例など。

●環境・産業廃棄物対策の条例。←(小生が提出した「室戸市不法投棄防止条例」も、この範疇)

●議会基本条例・・・北海道の小さな町、栗山町議会がこの先駆的な基本条例を作り、いまや全国の約70市区町村議会において制度化されています。
 
 (※残念なことですが、小生も高知県初の議会基本条例を制度化し室戸市議会を改革しようと考え、二期目の初め(19年5月)から条例づくりに取り組み、19年12月議会に議会改革特別委員会の設置の決議案を提出しようと既定の2名の賛同議員を募りました。ところが、なんと驚くことに15名の議員の中にこの2名の賛同者すらおらず、つまり議会改革に誰一人として賛同せず、みんなが否定的で、そのため議会に提出できなかったことを思い出します。

 賛同署名をお願いした同期の議員が言った 「そんなものは、おいおい(頃合いを見て少しづつ)やっていったらえいわ」の言葉が今も耳に残って、忘れられない。議会を良くすることが「そんなもん」ですからね、何をかいわんやです。まちや役所や議会を良くするためのツールなのになぜやろうとしないのかも勿論、わかっている。議員それぞれがそんなことを目的としていないからです。高知県初の議会基本条例を制定して議会が積極的に改革を進めてゆけば、市民からは勿論のこと、県内全域に、また県外へと室戸市議会の活躍ぶりは広がり、延いては室戸市の名を高めることになることは間違いなかった。非常に残念なことだと、今でも悔しく思っている。)

岩本氏のまとめ
 「日本全国には面白い条例があることを見てもお分かりのように、余り難しく考えず、作っていただきたい。要は、アイデアの問題です。条例前文にはその地の歴史と自然などを織り込んで、条例の用語も「三次市まち・ゆめ基本条例」のように、子どもも読める条例でもいいんです。議会基本条例も同じで、議員が集まって議会の在り方を高めてゆくためのものです。唯、次の要点は織り込んでほしい。

●法令性があるかどうか
●実効性があるかどうか
●正当性があるかどうか
●他の法令との整合性があるかどうか」


 最後に。この研修で一つ、「この条例を作ってみようか」と思うものを見つけました、ここでそのテーマを明かすことはできませんが。次の任期において作成し、賛同してもらえそうなら提出してみたい。

 ま、皆さん嫉妬心が強くて「あいつに条例を作らせるな」という方が多いから、いくら室戸市民に効果的な制度や政策を考え制度化しようと試みても、寄ってたかってつぶそうと企みますのでね。議員職とは一体だれのために働いている立場なのか、誰から報酬をもらっている立場と考えているのやら。議会からそういう意識を駆逐しない限り、室戸市議会において議員が条例案の提案なんかできゃしません。

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 毎日のご愛読、本当にありがとうございます。最近は毎日コンスタントにたくさんの方々が当電子情報誌を見ていただいているようで、大変うれしく思っています。

 勿論、小生は記事によって室戸市の情報を発信しているんですが、議員としてブログを書いている本来の目的はそれだけではありません。読者と共に地方議会とはいかにあるべきかを考え、改めるべきは改め、為すべきは為し、そうやってみんながもっともっと能動的に地方の議会や自治体組織、更に国までもが健全で正しい方向性を見つけ進んでいきたい、そう考え考えしながら書いています。

 特に、小生は公務員です。地方議員は非常勤特別職公務員という職にあります。国会議員は国民に為り替わり国政において仕事をする立場にあり、地方議員はその地の住民が多忙ゆえに住民の“代理人”として議会において仕事をしています。その道理をよく理解していれば、怠けることなどできないはずです。「怠けていては住民に申し訳ないじゃないか」。いつもそう思っています。それを改革したくて、議員の職務を遂行するために毎日、苦心しているということです。
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本日は高知市で議員研修

2010-11-19 | 視察・研修
 本日19日は10時から3時まで高知市の高知城ホールで議員研修が行われますので、これから行って参ります。研修テーマは「地方議員のための政策立案と条例制定」で、課目は●地方議員の仕事、●政策過程、●実例に見る限界、となっています。

 研修で講師が話される内容はおよそ推測できますが、今の室戸市議会のように議会改革に否定的な議員ばかりではこの研修で話されるだろう「議会基本条例」制度化の実現は無理と考えています。だから、小生としては、来年4月に行われる市議選において新しい考え方を持った改革精神に富んだ人に議員に当選していただいて、その議員たちとともに議会改革に取り組めることを期待するしかないと考えています。

 今のような状態の議会は改革しなければ、議会はもちろんのこと、行政も良くなりません。行政が良くならないということは室戸のまちも、悪くなることはあっても、絶対に良くはならないということです。

 だから、その行政を良くするためにはこのような議会改革について勉強することは重要であるし、欠かせません。

 研修の内容は帰宅後にご報告させていただきます。では、行ってまいります。


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土佐備長炭の「無形文化財」指定を、県に要請

2010-11-17 | 土佐備長炭を文化財に
 連日、たくさんの方々がごらん下さっているのに、ここのところ議会質問のための原稿を書いたり調査・取材活動を行ったりして忙しかったもので、全く記事を書く時間がなく投稿できませんでした。申し訳ありません。

 15日(月)は、12月定例会で一般質問を行うテーマの「戸別所得補償」に関しての調査で高知市に行って、高知県農業振興部の農業政策課や農業基盤課、環境農業推進課を訪ね、この事業の説明を受けました。で、大体の状況が読めてきました。

 そのあと、もう一つの質問のテーマ「土佐備長炭産業の活性化」に関し、林業振興・環境部の木材産業課にも寄った。ここでは事業について説明を受けるというよりも、もっとこの県内の製炭産業や炭作りに関わっている業者の夢や想いをもっと理解してやれないものかと要請のために伺ったものでした。

 木炭製造に関する職務をしている職員を前に、こう理解を求めた。
「特産物である土佐備長炭を生産する人たちはその手仕事を和歌山県のように無形文化財に認定してほしいと願っていて、県に要請をしています。しかし、県はそれについて『歴史が浅い』といって、いつまでたっても認定されません。私のブログを見ていただいたらお分かりいただけますので後で見ていただけたらと思いますが、土佐備長炭を文化財に認定することが高知県において更に木炭産業を活性化することにつながるのは間違いありません。尾崎知事は昨年から産業振興計画を高知県の新しい政策にして頑張っておられるが、それならなおさらこの「土佐備長炭の無形文化財認定」は重要ではないでしょうか。文化財の認定は教育委員会の所管業務だと思いますが、林業振興部もこのことについてお考えいただきたい」。

 そう要請して帰宅しました。多分、その後で当電子情報誌を見て下さったものと考えています。

 そもそも日本における炭作りは、804年に空海が遣唐使とともに中国に渡り、806年に帰る時、炭作りの技術を持ち帰り、それを真言宗の仏教を広める活動の中で全国に広げたと言われています。このことから、四国でも室戸は中国に行く前の若き如空(空海)修行の地。空海とのつながりの深い町である。中国から帰った後に四国各地で布教し寺を開く時、炭作りの技術も周辺の住民に伝授したことは大いに考えられます。その証拠に、高野山・金剛峯寺がある和歌山県の南部地方(田辺市など)に備長炭生産地が点在していますが、これは空海が中国から持ち帰った炭作り技術を教え広めたからといわれています。この空海が亡くなったのは835年。それから数えると、1175年が経ちます。このように全国に広がり発展してきた炭作りの歴史を考えると、土佐和紙の歴史なんか比ではない。

 そして江戸中期(※3ページを参照)には既に全国の木炭生産の中で「四国では土佐炭」として確立されていた。1603年(慶長8年)から264年続いた江戸時代ですから、江戸中期と言えば1735年(享保年間)にあたる。だから土佐炭はもっと以前から生産されていたと証明されるが、2010年-1735年で、その「江戸中期」から数えたとしても土佐炭には275年以上の歴史があると断言できよう。

 その後、明治40年に紀州から植野蔵次が室戸にやってきて備長炭づくりの技術を広めた頃が土佐備長炭発祥の時期で、それから数えると土佐備長炭には100年を超える歴史があるといえる。

 このように、土佐の炭作りは1000年を超える歴史があると言え、土佐備長炭としての歴史も昭和53年に文化財に指定された「土佐和紙」以上の歴史があるということになる。


 だから、高知県と高知県教育委員会も、高知県で生産される土佐備長炭を学術的に高めた一番の功労者でありこの業界の一番の理解者である宮川敏彦先生や炭作りの生産者たちが「土佐備長炭づくりを文化財にしてほしい」と長年にわたって要望してきたものを、「歴史が浅い」等と乏しい知識で以って拒否したりせず、土佐備長炭づくりの手仕事を一刻も早く県無形文化財に認定してほしいものです。その方が高知県の産業の一端を担う木炭製造業という分野が一層元気になるんだから、何も悩むことはないではないか。

 この土佐備長炭について日々調べていると、知れば知るほど、県や室戸市は行政としてなぜもっと支援してやれないものかと思います。県の担当者は「室戸市には炭窯づくりなどに支援している」と説明されたが、私は
「それは承知していて、感謝しています。ですが、商品の箱に『県無形文化財・土佐備長炭』と書き込めればもっとブランド力が高まるのは間違いありません。県はいま産業振興計画に取り組んでいますが、この土佐においての炭づくりも紀州に次ぐ備長炭の本場であることを考えると、文化財として認定する、そんなお金のかからない支援で一つの産業を急激に活性化できることもあるのではないか」
などと強く要請した。


 話、変わって、16日には年末調整の申請などのため議会事務局に行きましたが、市長不在期間だからか、市庁舎内は静かなものでした。市内も、いま市長選の運動期間中とは思えないほど静かです。それはともかく、自分が他人の選挙に関わらなかったらこんなにも議員活動に集中できるんだと、初めて知りました。


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土佐備長炭、頑張れ!

2010-11-13 | 土佐備長炭を文化財に
昨日、当電子情報誌を見て下さった方から感謝状が届きましたので、皆さんにもご覧いただきたく、そのコメントを転載します。

     

【やる気が活性化】 (森本生張) 2010-11-12 07:49:28

 「私はこのブログを見て、涙が出てきました。

 土佐備長炭を高知県の特産品として世界中に愛用して頂きたいし、宝の山を有効利用し全て無駄にしたくないとの思いの中で、土佐備長炭の生産と研究に励んでいます。

 将来、高知県の産業として生産量も和歌山県以上にしたいと思っています。

 それには後継者を育て、現在中心に焼かれている姥目樫は現状維持で何十倍も多い樫で増産をしなければと、生産を進めています。

 土佐備長炭に関心の薄い中でこんなに真面目に考え、そして応援をしていただけるのはほんとにうれしい限りで、元気が出ます。

 ほんとにありがたいと思っています」。



 室戸市木炭振興会の森本会長さん、喜んでいただいただけで取材に行った甲斐がありました。皆さんの仕事が更に活性化して大きく育つようにと応援しています。一緒に頑張って高知県の製炭産業を盛り上げてゆきましょう。(谷口)


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心根優しき日本人

2010-11-13 | 国のあり方
 11月11日未明、台湾に近い沖縄県西表島の南の海域で中国人25人が乗船するパナマ船籍の貨物船が沈没し、中国人の船員が漂流中との連絡を受けた第11管区海上保安本部は巡視艇で救助に向かい、12日に救命胴衣を着て漂流していた5名を救助した。そのうち2名は死亡が確認されたが3名は生存。残る20人は行方不明。そんなニュースが夕方流れた。

 このニュースを聞いた中国共産党政府と中国国民はどんなに思うのだろうか。

 胡錦濤主席は「そこも、あちらも、みんなみんな中国領の海域だ。日本の巡視艇は中国に断りもなくなぜ勝手に入ってきたんだ。なぜ入ってきて我が国民を助けてしまったのか」とお怒りになられますでしょうか。

 又、中国の学生たちも「愛国無罪だ」と叫んで大規模なデモを行い、「なんで頼みもしないのに中国人船員を助けた。おれたちは日本人ごときに助けてなんかもらいたくないぞ。くたばれ小日本!」と、また日本企業の建物を襲って騒ぐのか。×を書いた日本の国旗を燃やして面白がるのでしょうか。

 この件についてもお聞きしてみたいものです。


 自らの命を顧みず、荒波をかぶりながら中国人船員を助けようと頑張っている第11管区海上保安本部の保安官たち。その結果、救助された5名のうち3名が生存していると聞く。そして、まだ残る20名の捜索も続けているそうだ。一方では、同じ海上保安官が乗った巡視艇が尖閣諸島周辺海域を領海侵犯した中国人船員が乗る中国漁船を停船させようとすると、反対に追いまわされて二度も激突を受け、被害に遭った。

 この二つの事例に共通することは、海上保安官が非常に適切に職務を遂行したことは大変素晴らしいということが一つと、もう一つは相手が中国人船員だということ。そしてもう一つ、第11管区海上保安本部といえば、領海侵犯事件を引き起こした中国漁船を捕まえたのも同保安本部の石垣海上保安部の巡視艇とそれに所属する海上保安官だ。

 貨物船と漁船の違いはあるが、乗っているのは同じ中国の国民だ。そして、その中国国民たち誰もが、人命は尊重しなくてはならないことは知っているだろう。それがどうだ。パナマ船籍の貨物船に乗った中国人船員は、日本人に助けられた。だが、中国漁船に乗った中国人船員は日本人が乗る巡視艇を追いかけまわした揚句、二度も故意に激突させ、巡視艇を転覆させてやろうと企んだのである。

 これを簡単に中国の「国民性」と言ってかたずけてしまっては、あのノーベル平和賞に決まった中国の人権活動家・劉暁波氏に申し訳がない。小泉首相じゃないが、中国人もいろいろだろう。いい人もいれば悪い人もいる。物事が分かった人もいれば、物の道理を教えてもわからない人も大勢いるだろう。国と国とが仲良く、共に並び立ち伸びていこうとすることの大事さを解る人間もいれば、そんなことを話し合っても自分たちの欲や利害を優先させたり60年も70年も前の過去の出来事を持ち出して仲良くなりたくないという人もいよう。

 これも中国共産党の一党独裁政治において「反日教育」を今も続けているからだ。一つの13億人もいる大きな国がやっていることとはとても思えないようなその悪質で恥ずべき教育を受けて育った子どもたちが、どうして日本と仲良くしようと考えるのか。その「反日教育」をやめない限り、100年経っても200年経っても、日本と中国は仲良くなれないと断言できる。つまり、どこの国においても教育が悪いとこうなるという見本だ。

 でも、最近のニュースを見ていると、国と国とのお付き合いに関してだけいうと、
日本の国とは何と心やさしい国で、そこに暮らす日本人も何と心根のやさしい人たちなんだろうと思いますね。

 国内での国民同士のつばぜり合いはいろいろとありますが。


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