青空エクスプ レス

日本ではオンリーワンの手書き地域雑誌『あおぞら』の編集発行人を経て、室戸市の政治を監視する改革派議員三期目。

土佐備長炭の歴史窯、「奥郷歴史的備長炭窯群保存地」を取材

2010-10-31 | 土佐備長炭を文化財に
 室戸市吉良川町の町並みは国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定され、その後は町並みの修復・改築作業が続いて観光客も増え、まちの活性化に寄与しています。又、高知県には特産物の一つとして「土佐和紙」が県の文化財に指定されていて、伝承に、そして商品価値の向上に寄与し、産業振興に弾みがつきました。

 和紙の歴史をたどると、江戸期からも手漉きの紙は作られてきたが、機械漉きは明治7年(1874)の土佐の吉井源太による日本最初の機械漉き紙の製造が発端。ですが、まだ「土佐和紙」と格付けされ呼ばれるような本格的な商品ではありませんでした。時は流れ、やがて「土佐和紙」と呼ばれるようになり、昭和51年に国の伝統的工芸品に指定され、明治7年から数えて107年目の昭和55年には「高知県保護無形文化財」に指定された。それは、明治中期ごろから「土佐和紙」と呼ばれ始めて100年に満たない、約95年ぐらいしかたっていない時期だったことが分かります。

 さて、土佐には木炭製造業を生業にして働いている人がたくさんいます。その土佐の製炭業者の皆さんは、もう何年も前から「土佐和紙」と同様に土佐で生産する備長炭を「県保護無形文化財」として指定していただきたいと、高知県に願い出ています。現在も指定を要請し続けています。しかし、県内の備長炭製造を生業とする関係者が何度お願いしても、県は「土佐備長炭は、土佐和紙よりも歴史が浅い」として、土佐備長炭を文化財に指定しようとして頂けないとのことです。

 土佐で木炭(白炭)を生産し始めたのは江戸期からといいます。そうです。土佐で和紙が作られ始めたころと同じころから木炭は作られています。

 その証拠が、江戸期に吉良川の海岸から船積みして関西方面に出荷していた、木炭産業によって栄えたあの吉良川町の「重要伝統的建造物群保存地区」の町並みです。あの町並みを見れば明治に入ってからではなくて江戸期の繁栄ぶりがあったればこそだとわかろうというものです。このように、室戸での木炭製造業の歴史は、江戸期からの土佐の和紙の歴史と同じだといえます。

 さて、そんな炭作りも、まだその江戸期や明治初期においては製炭技術が高くなかったために粗悪な炭だったそうで、「備長炭」とは呼べる製品ではありませんでした。それが、明治の中期から末期になると吉良川町の奥地や室戸町元地区の奥地の炭の原木を伐採する現場の山などに大きな窯を作り製炭するようになってきます。(以下の写真や解説図、参照)

 そうした時、明治40年に和歌山県で「紀州備長炭」の炭焼きをしていた植野蔵次親子が原木のウマメガシを探して安芸郡羽根村(現・室戸市羽根町)にやって来ます。その植野蔵次が室戸で行われている製炭作業を見て改良方法を教え、県下全域にも備長炭製造の技術を広めてゆきます。因みに、蔵次の曾孫に当たる方は安芸郡奈半利町で運送業をしておられ、製材業が家業の小生とは二十歳のころからの知人。

 以上、ほんのさわりですが、室戸市における土佐備長炭製炭産業の歴史の一端をご紹介した。

 実は、先日、土佐備長炭産業の歴史を調査し研究されていて、かつて備長炭の専門書も出版したこともある宮川敏彦先生(高知市)から「古い窯場が見つかって31日に見学会を行うが、行かないか」とお誘いがあり、同行取材させていただきましたので、その内容をご報告いたします。

 本日10月31日(日)、朝から室戸市元の奥郷(おうこ)から林道を約2キロ入った山林まで3台のトラックなどに分乗し、製炭業者6名、マスコミ取材陣3名と一緒に現場に行った。ただ、詳細は誌面(?)の都合もありますので、高知新聞、朝日新聞、読売新聞の取材記事をご覧頂くとして、当記事は窯の形状がどんなだったかなどを紹介して報告に代えさせて頂きます。

 まず、発見された場所は、室戸市元奥郷の山林。発見した窯は4つ。発見した日時は、今年8月。発見者は、室戸市羽根町の森本生張さん。確認者は「土佐の匠」、仙頭博臣さん。では順次、写真と見取り図で紹介する。

1、明治初期~明治中期の「小窯」跡

    

     高知県内では最古の炭窯跡発見とあって、喜ぶ室戸市木炭振興会会長の森本生張さん。

    

 この小窯の仕組みを説明する 仙頭博臣さん。20年度の「土佐の匠」に選ばれた優秀な木炭生産者です。

  

2、明治中期~明治後期の「大窯」跡


         

      

  

3、明治末期~昭和初期の「紀州型備長炭窯」跡
 
  

  

          

4、昭和初期~現在の「横くべ式の土佐備長炭窯」跡
  
  

  

 以上が、本日取材に行った4つの古式窯場です。

  吉良川町の「重要伝統的建造物群保存地区」並みに考えると、古式窯4つが残るこの一群を総称して、いわば地名の奥郷(おうこ)の名を取って“奥郷歴史的備長炭窯群保存地”と呼ぶことができよう。  前の二つの窯は「土佐備長炭」が入ってくるまでの室戸固有の古い窯と思われ、後の二つの窯は明治40年以降の「土佐備長炭」の窯場と考えられます。

 どちらにしても、この4つの窯がある場所は室戸市の歴史的な窯場で、「室戸市保護無形文化財」の保存地として指定してもいいのではないか。
 
 次の写真二枚は、小生がかつて出版していた地域雑誌『あおぞら』の写真特集号『青空写真館』に掲載した土佐備長炭の古写真です。一枚は植野蔵次の孫、植野一郎氏とその家系図を紹介しています。もう一枚は、古い窯場での集合写真です。

  

  

 高知県と高知県教育委員会にお願いです。

 室戸市吉良川町の町並みは国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定され、その後は町並みの修復・改築作業が続いて観光客も増え、まちの活性化に寄与しています。そして、土佐で和紙を本格的に作り始めたのは明治期からで、それが「土佐和紙」と格付けされ呼ばれるようになったのはそれからしばらく経って。時は流れ、昭和55年に「高知県保護無形文化財」に指定され、伝承に、商品価値の向上に寄与し、産業振興に弾みがつきました。だから、「土佐和紙」と呼ばれ始めて「県保護無形文化財」に指定されたのは100年に満たない、約95年ぐらいしかたっていない時期だったことが分かります。

 一方、土佐には「土佐備長炭」という「土佐和紙」に劣らない名高い商品を製造する産業を生業にして働いている方々がたくさんいます。その製炭業者の皆さんは「土佐和紙」製造業者が行ったと同じように、もう何年も前から土佐備長炭を「県保護無形文化財」として指定していただきたいと高知県及び高知県教委に願い出ています。現在も指定を要請し続けています。しかし、「土佐備長炭は、土佐和紙よりも歴史が浅い」として、何度お願いしても、土佐備長炭を指定しようとして頂けません。これを何とか聞き入れていただけないものでしょうか。

 私は、この処遇を悲しく思っています。
 土佐の製炭産業は、江戸末期から数えると144年経っているし、明治中期からだと124年、植野蔵次が来て教えた明治40年からだと104年が経つ。明治期からの「土佐和紙」が「県保護無形文化財」の指定を受けるまでの歴史は95年目ですが、土佐の炭作りが「土佐備長炭」になってから数えても、すでに104年を過ぎています。つまり、通り名である「土佐和紙」となってからの歴史よりも、「土佐備長炭」として名が通った製炭技術の歴史の方が明らかに長くなっているのです。
 この事実を県の文化財担当者は理解しておられるのか。この点をもっと重視し、考慮すべきではないか。


 土佐和紙以上の「文化財」という格付けにふさわしい歴史があり、その格付けをすれば我が高知県の一つの特産物がさらに世に広く需要が高まり、その製炭産業がこの高知県の経済発展に寄与するのであれば、どこに「格付けしない」ことのメリットがあるといえるのでしょうか。

 況してや、高知県は21年度から「果敢に挑戦!産業振興計画」といって県内の産業振興に力を入れようと取り組んでいるではないか。あれは口先だけの旗振りなのか。そうではないだろう。ならば、土佐和紙と同様の歴史を持つ土佐備長炭産業にも、もっと力を入れようではないか。もっと応援しようではないか。
 ねえ、そうじゃないですか、尾崎知事、中澤教育長。


 もし県内で製造している「土佐備長炭」が「県保護無形文化財」に指定されたら、商品を入れた箱には「県文化財・土佐備長炭」と書き込むことができ、このブランド力も相まって商品価値はより高まり、産業としても活性化していくのではないかと思っています。

 高知県の担当者はこの製炭業者の皆さんの声に、なんとか耳を傾けてあげていただけないものか。なにとぞ、なにとぞ宜しくお願いいたします。


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自治体首長の「説明責任」

2010-10-29 | 議会改革
 「アカウンタビリティ」という言葉があります。一言でいうと「説明責任」です。一般社会においては、食品偽装や建築の耐震偽装など企業の不正、政治社会でいうと国会議員による不正な政治資金の流用や自治体の不正経理や不正業務など、その説明責任を果たすことの重要性は改めて言うまでもありません。

 しかし、この説明責任が果たせない政治家がなんと多いことか。企業は「隠す」、政治家は「違法ではない」と、ただただ逃げるのである。国会議員も、地方自治体の長も。小沢氏や鳩山氏のように、またどこかの首長のように。

 政治の話をしよう。

 この「逃げる政治家」に関していうと、だいたいみんな意気地がなくて、小心なのがわかる。

 こう言えばそれまでだが、いくら意気地がなくて小心者だとて、それで許されるわけがない。その人たちは職務においてその「説明責任」を果たす分の給料(原資は国民や住民の税金)をもらっているのだから、不正等を行った時には国民や市民など負託を受けた人たちに対して説明責任を果たさなくてはならない。これは当たり前のことだ。その予算の使途や業務運営の結果について、国民や住民に理解してもらえるように報告する義務がある。

 だから、その程度のことも出来ない人は、もともとその職に就く前からその「説明責任」を果たす認識を持っていなかった人であるし、いったん職に就いて権力を持つと段々と横柄になり、傲慢になり、もうその認識などどこかに押しやってしまうのは無責任な人だとわかる。

 「説明責任」は、その分野においての基本となるルールや法律を離脱する出来事が発生した時に求められます。あの耐震郷土偽装事件には建築基準法という基本となる法律がありました。小沢氏や鳩山氏の「政治とカネ」の事件は政治資金規正法などが問われていますし、地方自治体においては地方自治法などが問われます。

 この法律違反行為には、法律などのルールを知らないために違反する人もいようが、大半が法令順守の重要性をよく認識しながら、利己的な動機で企業などは利益優先や利害優先の儲け主義により、また自治体の首長などは成果優先主義により違反行為を繰り返します。

 自治体においていうと、首長が違反行為をしないようにそれを監視しチェックするのが議会である。

 首長や地方議員は住民に対し、任務を全うすべく責任を負っている。この「責任を負う」とは、「その任務を行う時、住民の指示通りに任務を果たすこと」をいう。「選挙で当選したんだから、もうこれからは自分勝手に物事を決めていいんだ」と考えてしまう首長や議員は多いが、それでは住民の負託に応えたことにならない。

 もし、こんな住民の声を無視するような身勝手な首長がおればリコール(解職)ものだが、その前に住民はそ首長に対し、「なぜそうしてしまったのか」、「どうして住民の税金を使って違法な建物を建てたのか」、「なぜ倒産寸前の指定管理者に条例違反になる6000万円もの赤字補てんの支援をしてしまったのか」と責任を問い質すことになる。だが住民には、その事件について直接的にそして公的に首長や議員を問責することは、手段が煩雑になるがゆえに、実際的には不可能に近い。だから、それら住民の声を受けて市民派の議員が議会で問い質すことになる。

 この時、首長は住民、市民派議員の問いに応えて、弁明に努めなければならない。これが「アカウンタビリティ」であるが、問いにはまともに答えず「違法ではない」と逃げて適切に答弁もしないし改めようともしないようでは、首長としての説明責任を果たしているとはいえない。こうした後、首長のこのような態度に住民が納得しない場合、首長は住民からの制裁を覚悟しなくてはならない。

 「説明責任」とは、文字通りに判断すると「業務運営を説明すること」と思っていまい、中には「説明しただろう」と開き直る首長もいるだろうが、そうではない。まず正直に全てについて「説明」し、その説明が首長の違法を追及する改革派議員や住民の「なぜなのか」の疑問を解消するものでなくてはならない。拠って、その「説明責任」とは改革派議員や住民の不満を解消する責任を指すが、もし首長に適正に答える能力が不十分であったり意識的に適正な答弁を回避して意味を成さない答弁で逃げたりして住民の納得が得られなければ、首長は住民からの制裁を覚悟しなくてはならない。それは、首長選においてまちのリーダーを交替させることであったりする。

 首長も地方議員も自分の政治姿勢や発言には責任を持つべきで、その発言にはそれぞれ自己責任の原則が求められる。

(首長の場合)
★市政運営において、全ての政策、すべての事業運営に関して法令順守を基本に公平・公正で、適正に行ったか。

★行政において違法や不適正な業務運営はよくみられることだが、もし議会において議員から「これは地方自治法の中の、こうこういう条項からいって違法事業です。改めてください」、「これは計画書の数字自体に誤りがあって、杜撰な計画です。改めてください」などと指摘された時、率直に認め、即座に改めているか。議員よりも首長の自分の方が偉いんだという狭い了見で以って、いつまでも改めずに議員の質問を突っぱねて逃げ続けていないか。

★議員の質問や質疑は「住民の声の代弁」とよく認識しているか。「議員は住民の代理者である」とよく理解しているか。

★議会改革が成った議会においては議会基本条例が制度化され首長に「反問権」が与えられている例が多く、首長から逆に議員に問いかけることもできるようになっている。しかし、「反問権」のかけらもない非常に改革の遅れた地方議会において、違法を追及する議員の厳しい問いかけに対し、不適正にも、首長の側から議員に対し「反問」以上の「反論」を加えたりしていないか。

★倒産寸前の指定管理者に対して条例違反の赤字補てんをしようとした時、改革派議員から「この財政支援は明らかに条例違反になる。市民の税金から数千万円にも上る巨額の赤字補てんを行うことはやめ、速やかに、そして毅然とした態度でその企業に撤退を促すべきです」と指摘された時、それを無視して「まー、いいじゃないか。どうせ出す金はおれの金じゃないんだ」と支援をしてしまい、住民に損失を与えたことはないか。

★これらのことを行うにあたり、住民にも議員にもまともに「説明責任」も果たさずにいて、それがまちのリーダーと言えるのか。どう、釈明に努めたのか。どう、弁明に努めたのか。議会においても釈明と弁明に努めたのか。それができていれば、議員も追及はしないだろうが、そのアカウンタビリティ、説明責任が果たせていないから改革派議員が5度も6度も追及し、「このように改めてはいかがか」とまで言って差し上げ、首長を助けようと苦心しているのではないか。その議員の指摘と改革案は、住民に為り替わり問うているもので、住民が首長の釈明や弁明に納得すれば、即座に問題は氷解し、説明責任は終わる。改革派議員の追及もやがて止むことだろう。

(議員の場合)
●一般質問に何回登壇し、議案質疑に何回登壇したか。

●どの議案に賛成し、反対したか。違法や不公正や不適正が含まれる議案であると十分わかっておりながら、表決の時に賛成して首長を助けていないか。又は、その議案に毅然とした態度で反対したか。

●議会情報を住民に公表されたことを逆恨みして、また市長庇って、不遜にも、その改革派議員が正常な政治活動ができないように邪魔をしていないか。

●政治に関わるものとしての基本である法令順守の精神を忘れ、「違法でも不公正・不公正でもいいじゃないか、町が良くなれば」といって首長の違法を許し、悪の手先に成り下がっていないか。

●住民の視点で働き、住民の声を代弁しているか。

●公平公正で、大局に立った姿勢を忘れていないか。

●利益誘導、違法な口利きや働きかけを行っていないか。

●住民の意思を無視し蔑にしながら、金や肩書、自分勝手な利害優先で行政の中で蠢いていないか。

●利己的な欲を捨てられるか。


 これからの行政も議会も、住民の信頼の上においてしか成立しない。首長にしても議会議員にしても、住民の信頼を獲得しようとすれば、まずは法令順守、法律を守るところから始めなくてはならない。特に自治体や議会は法律を根拠に運営されている組織だから、法律等のルールを破ることやそれらのことについて説明責任も果たせないようでは、許されない。予算の使い方、政策の手法、事業実施後の効果、そして法令順守。「選挙で当選したんだから、もうこれからは自分勝手に物事を決めていいんだ」なんてことを首長や議員が考えていたら、住民はそれを首長や議員の発言から感じ取り、行政不信、議会不信になる。

 それらの行政不信や議会不信を払しょくしてクリーンな組織として生まれ変わるには、情報公開が必要になる。隠し事をしないですべてを住民の前に明らかにすること。そしてそれらの情報から行政や議員が説明責任を果たすこと。この点からも議会改革の必要性、議員が住民の中に入って行っての議会報告会などを行って、議員も鍛えられなくてはならない事を痛感する。

 これからも続けて議員の仕事が出来たら、最初から積極的に議会改革に取り組んで見たいと思っている。組織を良くすることに抵抗する勢力がいることは承知している。その理由は、議員の仕事が今以上に増えて忙しくなると思っているからなのも解っている。しかし、住民の皆さんのことを考えたら、いまの市議会でよいわけがない。今度は改革志向の新人議員が当選するから、今より良くはなっても悪くはならないだろう。


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ゴジラの呪い

2010-10-25 | 大リーグ通信
 アメリカ大リーグにおいて、ほんの数年前まで“バンビーノの呪い”といわれる話が長く語り継がれてきた。それに替わり、今年からは“ゴジラの呪い”の謂れ因縁が語り継がれるようになるのではないか。今年のア・リーグ地区シリーズの結果を見て、そう思った。

 まず前置きとして、大リーグについてのうんちくを知ったかぶりして、ひとくさり。

 アメリカ大リーグはアメリカンリーグ(ア・リーグ)とナショナルリーグ(ナ・リーグ)の二つのリーグに分かれていて、その違いは、ピッチャーが打席に立たずに、DH制による守備につかない打者専門の選手が替わって打席に立つ方式なのがア・リーグ、とイメージして下さい。だからこの点だけ捉えていうと、このア・リーグが日本のパ・リーグにあたり、もう一つのナ・リーグが日本のセ・リーグと同じ方式ということになります。

 又、ア・リーグ、ナ・リーグのどちらも西地区、中地区、東地区に分けられて、その各地区には4チームから6チームが所属し、大リーグ全部で30チームあります。試合は、その地区を主にしながら、他の地区のチームや別のリーグのチームとも試合を行っています。

 そんなアメリカの大リーグで長く語られてきた“バンビーノの呪い”のいわれについてですが、主人公はあの有名な大打者、ベーブ・ルースです。本名は「ジョージ・ハーマン・ルース」。でも、童顔だったため、ベーブ(babe)=「子ども」と呼ばれ、その愛称の「ベーブ・ルース」がそのまま本名のように世界に広がった。彼は、その「ベーブ」と同意語で「バンビーノ(bambino)」とも呼ばれていた。

 大リーグ一番の人気地区はア・リーグ東地区。これは私だけでなくて、世界中の大リーグファンも認めるところではないか。その中でも一番の人気チームがニューヨーク・ヤンキース。その永遠のライバルが、ボストン・レッドソックスです。この2チームは、日本で例えるとセ・リーグの読売ジャイアンツと阪神タイガースのような、伝統チーム同士。

 まず、そのR・ソックスが1914年にベーブ・ルースを獲得します。ルースは翌1915年に投手として18勝、打者としては打率.314、4本塁打で、ワールドシリーズ制覇に貢献した。1916年は23勝、防御率1.75、2年連続でワールドシリーズを制覇する。その後は達者に専念し1918年は11本塁打、1919年は29本塁打でホームラン王を獲得した。しかし、ルースがこうしてようやく打者として一流になり始めた1920年1月、経営難で困っていたR・ソックスは、巨額の負債の肩代わりと12.5万ドルの金銭でベーブ・ルースをN・ヤンキースにトレードします。

 当時のヤンキースは最下位ばかりの弱小球団だったが、ベーブルースが入団した効果も大いにあって急激にチーム力はアップ、1920年から1930年代にかけて毎年のようにリーグ優勝し8回のワールドシリーズを制覇していった。今の強豪ヤンキースの基礎を築いたのはそのベーブ・ルースであると言ってもいい。しかし、その一方、ベーブ・ルースを放出した後の1920年代から1930年代のR・ソックスのチーム力は、目に見えて落ちていった。

 そんなR・ソックスを見て、大リーグファンは誰言うとなく、「ワールドシリーズに出られなくなったのはベーブルースを放出したからだ」、「これはきっと“バンビーノの呪い”だ」と揶揄した。

 そうして、長い間ワールドシリーズ進出を逃してきたR・ソックスだったが、ベーブ・ルース放出から八十四年経った2004年にようやくワールドシリーズに進出。セントルイス・カージナルスと対戦し、4勝0敗で1918年以来のワールドシリーズを制覇します。かくて、“バンビーノの呪い”は解けたのです。その3年後の2007年にも松坂や岡島を擁し地区シリーズで松井のいるN・ヤンキースを破ってワールドシリーズに進出、制覇したことは記憶に新しい。


 さて、わが松井秀喜選手です。ゴジラ松井は、かつてはアメリカンリーグ東地区のヤンキースにいました。2003年に入団、それから七年目の昨年2009年には松井の夢だったワールドシリーズに進出。ナ・リーグの代表フィリーズとの戦いでは、出場させてもらった試合は第2試合で1号本塁打、第3試合では2号本塁打の活躍、特に最終戦では1打席目は先制2ラン、2打席目は2点タイムリーヒット、3打席目は2点タイムリー2塁打で6打点の大活躍してMVPを獲得したのは皆さんご存じのとおりです。彼の「ワールドシリーズに出て勝利する」という夢が実現した瞬間でした。

 そのワールドシリーズに制覇しての表彰式で、MVP表彰で壇上に上がったゴジラ松井は大観衆に向け、こう語りかけました。

 「私はニューヨークが好きだし、ヤンキースが好きだし、チームメートが好きだし、このファンが大好きだし、ね。だから、またヤンキースでゲームが出来たらいいと思っています」。

 こう、周りにいるチームメイトや大勢のファン、そして球団社長やGM、監督などヤンキース首脳陣に対しても最大限のラブコールを送りました。

 しかし、左ひざの故障も回復に向かっていたが、ヤンキースのブライアン・キャッシュマンGMやジョー・ジラルディ監督など球団首脳は「松井、必要なし」と判断し、契約はおろか、松井には電話一本なかったといいます。スポーツもビジネス、温情は禁物だと思うが、交渉話の一つもなかったことには当時、我々松井秀喜ファンも首を傾げたものです。

 こうして松井は愛するニューヨーク・ヤンキース、愛するニューヨークの町、愛するヤンキースファンのもとから去り、今年はアメリカ大陸も反対側の西海岸のロサンゼルス・エンゼルスに入団します。

 そうして2010年度のシーズンが終わった今、シーズンを振り返ってみると、ひざの故障は完治したことはよかったが、スランプの時期の成績だけを見て「松井は左バッターに弱い」と思い違いしたソーシア監督は、松井を見限ってしまう。それゆえ、8月終盤から9月にかけてはまともに打席に立たせてももらえませんでした。

 特に、とんでもないシーンを見たのは、欠場させられていた試合の終盤に代打を告げられ、松井はグラウンドに出てバットを振っていた。すると相手チームは投手を右投げから左投げの投手に交代します。すると、それを見たエンゼルスのソーシア監督は松井を下げて代打を出してしまったのである。代打の代打に、私は呆気にとられました。一つの事件のような出来事でした。

 強打者松井にすれば、これほど屈辱的な出来事はないと思ったことでしょう。「代打の代打」なんて、松井も野球人生で初めてではないか。彼の人生においては珍しいシーンは多くて、明徳義塾高校との甲子園での試合では明徳のピッチャーから5連続四球も歴史に残るが、この代打の代打も一生彼の記憶に残るだろう。

 改めて、今シーズンの松井の成績を見てみたい。打率.274、本塁打21本、打点84、安打132本。少し調子を落とした強打者なら、こんな年はある。それにチームには広告契約料や日本からの入場者の増加がある。そして、チーム1位か2位の打者成績を考えると、8月、9月に監督が出場させなかった仕打ちはちょっとひどく、その挙句が「代打の代打」でした。

 ゴジラマツイは、城島などに見られるように日本の野球を捨ててアメリカに行っておりながら途中でやめて日本に帰ってくるような、“大リーグの敗残者”になってはいけない。ボロボロになろうがあくまでも大リーグでやり続ける、そう、野茂や斎藤のように40歳を過ぎてもアメリカでベース・ボールをやり続け、そうして野球人生を終える。立派な野球人たる者は、かくあるべきです。そして、できれば選手引退後に大リーグのどこかのチームでバッティング・コーチにでもなれたら、もう最高じゃないですか。現役引退後も、50,60歳までアメリカのベースボールに携わり活躍する。そうなっていくことが彼の人生にとって一番いいことだと私は思っている。

 今シーズン後についての希望としては、もし友人のデレク・ジーターがいて、好きな街ニューヨークにあるヤンキースから誘いがあれば素直にヤンキースに入団してほしい。もしもそんな誘いがなければ同じ東地区のR・ソックスに入団するのも悪くないと思っている。フェンウエイ・パークのレフトが空くという動きがあるから、守備にもつけるのではないか。加えて、エンゼルスのあるロサンゼルスと違って、ボストンは妻が待つ自宅のあるニューヨークにも近く、ホームシックにもならないし。という状況が確保できれば、成績も今年以上の成果が得られよう。ゴジラマツイの活躍は私の唯一の趣味だし、議員活動するときの活力源になっている。ヤンキースかR・ソックスに入団、そうなってくれることを願っている。

 これらの契約ごともワールドシリーズが終わる11月5日ごろからできるそうだから、早かったら11月中旬には新しい入団先が決定するのではないか。

 そうして、恋焦がれている松井の気持ちを知りながら放出したヤンキースには、いま“ゴジラの呪い”が掛かっていて、今年のア・リーグの地区シリーズで敗退したのもそのため(?)。しかし、ヤンキースが今年暮れまでにゴジラ松井を再度誘ってDHとして契約に至れば、来年の松井はシーズンで本塁打40本を打つ大活躍をし、2009年のようにまたワールドシリーズに進出して世界制覇を成し遂げるであろう(?)。

 「その時、“ゴジラの呪い”は解ける。だが、今年のストーブリーグで松井を無視すれば、そのままこの先5年、10年とヤンキースはワールドシリーズで勝てなくなるだろう」。こんなふうに変なことを考えるのも、私一人ではなくて、松井ファンの中にはいるのではないか。現役を引退するまでずっと「ヤンキースの松井秀喜」であってほしいと願っている人は。

 小生、こんなお遊びのような記事を書きながらも、今後において市政改革と議会を改革する作戦を立て、虎視眈々と室戸市大改革を狙って行動を起こしております。市の職員の皆さん、もう少しの辛抱です。室戸市はもう少しで健全な組織へと変革は成り、生まれ変わります。それまでしっかりと職務に励みお働き下さい。必ずや明るく元気いっぱいで働ける明日がやってきます。

 物語の最後は、必ず真面目にコツコツと働く人間と正義が勝つとしたものです。“人生は、照る日、曇る日”です。決して挫けてはなりませぬぞ。



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取材記:「四国の道を考える会」芸西大会

2010-10-24 | 地方のあり方
 四国内の高速道路と国道整備を国に求める決起集会「道路整備の充実を求める四国東南部大会」がこの15日に室戸市で開催されたことは、すでにお伝えしました。(写真下)

  

 その時、「道路整備の充実を求める四国東南部大会」と24日に開催される「四国の道を考える会・芸西大会」について、「このように似た大会が続けて開催されることについて思うが、主催団体が違うから無理かもしれないが、高速道・国道をめぐるこの二つの大会を合同開催という形にできないものか。そうすれば、この日のように昨年よりも参加者が大きく減ったという状況は解消されるのではないか」と指摘させていただいた。

 本日24日(日)、その「四国の道を考える会・芸西大会」が高知県安芸郡芸西村の役場庁舎横の芸西村民会館で開催されたので、取材に行ってきました。

       
         (冒頭、挨拶をする尾崎高知県知事)

 私もかつては数多くの地域づくり会議やコンサート、映画会などを主催した経験があるので、会議開催のためにご努力をしている方々の苦労は承知しています。だから、その皆さんを批判するつもりは毛頭ありませんが、先の大会の時に思ったように参加者も同じで大会の主張も同じ会議。「それなら、いっそ…」と、やっぱり思うんです。

 24日の大会に参加されたのは、主に高知県及び徳島県の関係者と、高知県東部と徳島県南部から来られた市町村長に議会関係者。15日の決起大会には約100名が参加されていたが、この決起大会には「四国」ということもあってか、約200人が参加した。室戸での「道路整備ーー四国東南部大会」には参加されなかった高知県知事や県東部地域選出の県議、県土木部職員をはじめとして、徳島県職員、徳島県南部地域の首長と議員、県東部と徳島県南部の商工団体関係者らが出席し、大会を盛り上げました。

 そして、両決起大会の決議文もよく似ています。まず、先に行われた「道路整備の充実を求める四国東南部大会」の決議文を紹介し、続いて「四国の道を考える会芸西大会」の決議文を紹介します。

「道路整備の充実を求める四国東南部大会」の決議文

一、地域が自立するための経済産業基盤を確立し、災害時の交通確保や救急医療など地域住民の命を守るため、四国横断自動車道、高知東部自動車道、阿南安芸自動車道をはじめとする「四国8の字ネットワーク」の整備促進を図るとともに、そのために必要な道路予算を確保すること。

一、特に緊急性が高い区間として整備している次の区間の早期供用を図ること。
 ●高知東部自動車道・・高知南IC~高知空港IC、野市IC~芸西西IC
 ●阿南安芸自動車道・・大山道路、日和佐道路
 ●四国横断自動車道・・阿南~徳島東間

一、四国東南部におけるミッシングリンク(※)が解消されるよう、安芸道路、東洋北川道路、福井道路などの調査区間を整備区間に、奈半利安田道路、北川道路、海部道路、東洋道路など調査区間にも指定されていない区間を調査区間に順次指定し、計画的に事業進捗を図ること。

一、住民生活の密着した国道493号、55号の要改良区間(東洋町野根~室戸市佐喜浜など)の早期整備や防災対策などを図ること。

一、社会資本整備総合交付金については、地域の生活に密着した施策を安定的に実施することができるよう必要な予算を確保すること。

一、事業評価にあたっては、救急医療、観光、地域活性化、企業立地、安全・安心の確保など、地域にもたらされるさまざまな効果を総合的に評価し、地域の実情が適切に反映される事業評価方式とすること。


(※)「ミッシングリンク」とは・・本来は、古生物学の用語で生物の進化過程を一つの環として見た場合における未発見の化石生物を指すが、このように道路に関する用語として使う場合は、高速道路ネットワークのうち、部分的な未供用区間の存在によりネットワークが不連続になる場合の、その未供用部分を指します。つまり、未整備区間で途中で途切れている高速道路のことを指す。

「四国の道を考える会・芸西大会」の決議文

一、四国8の字ネットワークの早期完成を図ること。
 ●高知東部自動車道・・芸西西IC~野市ICの早期完成
 ●阿南安芸自動車道の早期完成
 ●四国横断自動車道の早期完成

一、整備の遅れた四国東南部の道路整備の促進を図ること。
 ●一般国道55号、493号の道路整備の充実

一、地方の意見を反映させた「真に必要な道路」や「命の道」の整備をするために必要な道路を確保すること。


 
 このよく似かよった二つの決起大会の決議文を見比べて、高知県東部と徳島県南部の行政・議会関係者の皆さんはどのようにお考えでしょうか。「四国の道を考える会」の決議文が少し簡潔にまとめられてはいますが、国に求めている要望はまったくといっていいほど同じ内容です。大会を主催している組織、団体が別というだけで、参加者も全く同じ人たち。ならば、やっぱり「いっそ…」と考えるんです。

 皆さんも経験すると思うが、世間では同じ活動をしている別々の組織やグループがあって、それを見ると「一つにまとまればもっとその運動も高まるのに・・」ということがよくあります。あの倣いです。

 私も議員として「高速道路はともかくとして、室戸市にも室津川沿いの市道整備のように、本当に必要なのにまだ整備されていない道路はある」と考えていることなど、市内の道路整備に関心を持っているためこの二つの決起大会にも出席したのですが、参加する側の人間としては同じ時期に同じ内容で国に道路整備の要望を上げるための決起大会が開催されることには、やはりちょっと違和感がある。これは二つの決起大会主催者を批判しているのではなくて、他にもそういうふうに考えている自治体・議会関係者がいるということも知っておいていただき、来年の開催に活かしていただけたらと思います。

 国の「高速道路の要望、国道の要望をしてくるのは自治体ばかりで、一般住民など民間の高まりがない」という指摘から「四国の道を考える会」が結成され活動を続けているとお聞きしている。ですが、できたら「道路整備の充実を求める四国東南部大会」を主催する自治体グループと「四国の道を考える会」を主催する民間団体が主となるグループとが「共催」することなど、無理でしょうか。その結果が1+1=1になっては困りますが、1+1=1.5とか1+1=2になるならば、「共催」して盛り上げてはどうか、と思います。これは、決起大会に毎回参加し、主催している自治体や民間グループを応援している側の勝手な思いとしてお聞きいただけたらと思います。

 さて、その「四国の道を考える会」芸西大会で関係者が話されたを意見から、ご紹介する。

 尾崎高知県知事のあいさつ・・「四国8の字ネットワークの道は、“命の道”です。やがてやって来る大地震や大災害時に救急や救援に対応できない道では困ります。何とか県内の道路の問題解消を目指して頑張ってゆきたい。いま室戸ではジオパークの取り組みが活発に行われているし、徳島県南部ではNHKの朝のドラマ「ウエルかめ」をきっかけに地域づくりに取り組んでいると聞いています。このような一つ一つのこともきっかけにしてこの道路問題を解消し、地域発展につなげてゆきたいと考えています」。

       

【基調講演】室戸市ジオパーク推進協議会 地質専門員・柴田伊廣博士 「室戸ジオパークが描く展望」

               

≪ジオ(Geo)とは、地球や大地のこと。ジオ・パークは、“大地の公園”という意味になる。又、「世界遺産」と「ジオパーク」の違いは、「世界遺産」の方は「保護」が目的になるが、「ジオパーク」は「保護」+「活用」が目的です。「保護」するにはお金が必要になります。だから、そのために「活用」が必要なのです。地質を教育や研究に役立て、観光客や地域の人たちの保存の意識を高める、それがやがてお金を生み出すことになればいいと考えています。

 日本国内では、現在、14地域が日本ジオパークとして認定されていますが、2004年に始まったユネスコの「世界ジオパーク」に認定された77地域のうち、日本でもすでに4地域が世界ジオパークとして認定されています。そこに室戸ジオパークが認定を目指しているということです。

 このジオパークの目的は、室戸だけではなくて、世界を元気にすることです。そしてジオパークの目指す目標は、まずは世界ジオパークの認定ですが、その世界ジオパークに認定される前には、十分な準備が必要と考えています。
 
 それと、四国内にある地質ポイントを書き込んだ図面を見ていると、まるで四国霊場八十八か所の札所のようにも見え、これを“四国のジオ見どころ八十八か所”のような形に出来ないかという動きもあります。

 まとめとしては、多様な目的を以ってジオパーク活動を継続させること。それがジオパークとして発展すること要素だと考えています。≫


 小生、平成3年からこれまで「室戸半島の地質を観光に活かせ」と発信し続けてきていま思うのは、「何もあわてることはない。あわててジオパークに申請しなくても、間違いなく一、二年の間にはユネスコに認定されるのは間違いない。だから、遊歩道整備や看板の設置などの準備がちゃんと終わってから認定されればいい」と。いままで二十年近くも私の「地質を観光に活かせ」との提案には無関心で見向きもしなかった室戸市の行政意識を考えると、何も今更、ユネスコに認定されるまでの一、二年を競ってあわてる必要はない。又、このジオパーク事業を政治的に利用することなどあってはならず、もしあれば以ての外である。

  
 この後、高松市牟礼町、徳島県阿南市、高知県芸西村、今大会実行委員会のパネラー4氏が登場してのパネル・ディスカッションが行われましたので、その一部を紹介する。

       

 牟礼町から来られた新谷氏の「香川県は既に高速道路や国道などの整備は終了していて、この高知県とは違う環境にある。四国8の字ネットワークといっても、これを目的にして取り組むと、きっと将来に禍根を残すことにもなると思う。利便性を追い求めていると、その弊害もあるということです」の指摘と、徳島県阿南市から来られた森氏の「徳島市内から南の方は高速道路もないため、国道などでは通勤時に交通渋滞が発生していて、ここに高速道路が整備されれば、通勤や仕事の面でもスピードアップされようと思う」の想いが交差して、大変興味深かった。

 もう高速道路と国道が完全に整備し終わった県に住む人たちはそれが無かった頃の良さを懐かしみ、いつまでたっても高速道路も国道もまともに整備されない県に住んでいる人たちは何とか早く道路を整備してほしいと願っている。

 人間はこれまでも、これからも、こうやって更なる発展を目指し、ある程度目的を達すれば一度立ち止まり、このように何もなかったころを懐古するのでしょうね。

 走り続け、立ち止まり、後ろを振り返りつつ、また走り始める。これが「飽くなき探究」というものですが、人間、こうでなくっちゃいけません。


 一方、「遊んでいても報酬をくれるから・・」等と思ってる奴は、結局、地域の役には立たず、駄目なんです。


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地方議員年金廃止は大賛成

2010-10-20 | 議会改革
 今朝の新聞に「地方議員年金、廃止案に一本化」の記事が掲載された。

 ≪全国市議会議長会の五本幸生会長(富山市議会議長)は19日、積立金の枯渇が予想される地方議員年金について、廃止案に一本化する方針を明らかにした。民主党地方議員年金問題プロジェクトチームの会合で説明した。
 これまでは廃止、存続の2案を提示していたが、総務省は「存続案は公費負担が大幅に増え、国民の理解が得られにくい」との見解を示していた。≫


※「廃止案」とは…総務省は昨年3月、有権者で構成する「地方議会議員年金制度検討会」を設置した。しかし、結論を一本化できないまま、12月に取りまとめた報告書には複数の案を併記した。
(1)議員の掛け金と公費負担を小幅引き上げし、給付水準を10%削減するA案
(2)議員の掛け金を小幅、公費負担を大幅引き上げし、給付水準を5%削減するB案。・・・このA案とB案が「存続案」
(3)掛け金の64%を一時金として支給し、制度を打ち切る廃止案 ←これを国会議員の議員年金廃止に倣い「80%」にしてというのが 全国市議会議長会が結論を出した「廃止案」。 

 賄う財源がないのに議員年金を存続させようとすること自体、大いに問題があり、一刻も早く地方議会の議員年金制度は廃止すべきである。

 小生も今2期目で、もう一期議員をやらせていただいたら議員年金をもらえる立場にあるが、そんなことを目標に議員をやっているわけではないので、出来れば来年の統一地方選直前の3月を以って、さっさと地方議員年金制度は廃止すべきだと思っている。

 そうすれば、その4月に行われる統一地方選の市議選の時に議員年金を目当てに出馬してくる人間もいなくなるし、質問も質疑もしないまま何期も議員を続けているような人も、「年金をくれるから市議選に出て3期12年を目標にやってきたが、年金をもらえんのなら今期で退職しようか」といって出馬を断念しやめていく議員もいよう。そんな別の効果も出てくる。議員年金制度廃止は、議会を改革するためには大変喜ばしいことである。ま、「オラァ、まだ議長をやってないきんな」と出てくる議員もいないではないが。

 いま地方議員の年金制度は危機的な状況にある。それは1998年ごろから始まった平成の大合併によって地方議員が激減したことが、一番の原因です。

 平成の大合併によって、1998年に全国で3255あった市町村数は、2007年度には1816にまで減少。加えて、各市町村が財政問題から議員定数を削減するなどの改革もあって、年金制度を支える現職議員は約6万人から約3,5万人に減少してしまった。逆に、引退して年金を受け取る元議員は約8万人から9,5万人に増加。そのため、自治体と議員が行っている積立金が底をつき、2011年度にもこの制度は破たんする見込みだ。

 又、市議会議員と町村議会議員の両方の共済掛金は巨額の赤字を計上、積立金を取り崩してなんとか工面しているが、2011年度にはついに87億円のマイナスに転じ、制度破たんする見通しにある。都道府県議会議員の積立金も2022年度に破たんする見込みだ。

 そんな状態にある制度を維持するには国民・市民の税金を投入するしかないが、国民年金をもらいながら議員年金ももらうというこの制度には、徳島県小松島市議会の7名の議員などの「自治体の財政を圧迫している」の声に代表されるように、全国の改革派議員から疑問の声が上がっている。

 現在の地方議員の年金制度における市町村議員の共済掛金は報酬の16.0%(室戸市議会議員の場合は、毎月43200円)、期末手当の7.5%(室戸市議の場合は、6月に29100円と12月に34875円)。これに加えて、自治体が給付額全体の12.0%、合併の激変緩和策として国が4.5%を負担している。因みに室戸市では、市議の報酬27万円の16.0%、期末手当の7.5%で、16名の1年分が8294400円。市の負担分は16.5%で、8553600円。年間合計1684,8万円を議員と市とで負担している。

 議員年金は3期12年で受給資格が得られ、全国平均の給付額は市議が103万円、町村議が68万円と聞く。

 このように、平成の市町村合併以来、この議員年金制度がやがて破たんすることがわかり、都道府県議長会、市議会議長会、町村議長会はあわてた。市議会議長会などは、「年金制度が悪化した要因は国が行った市町村合併にある」と主張し、自治体と国の負担を増やす独自案を提出。議員は「痛み」を味わうことなく年金を受け取り続け、そのつけを国民の税金で埋め合わせようという考えだった。

 しかし、西宮市、雲仙市、鹿児島市など全国の見識のある議会から「これ以上、住民の税金を投入することは許されない」という声が上がり始め、廃止も含めた制度の見直しを求める意見書が可決した。徳島県小松島市議会の有志議員7名はもっと明確に「1日でも早く制度を廃止すべき」と声を挙げ、総務省を訪れて直接、議員年金制度を廃止するよう要望を行っている。この小松島市議7名は、昨年9月、意見書を提出して可決、一人当たり月6万2000円の掛金支払いを拒否している。(しかし、この賭け金支払いは法律で義務化されているため、現在は総務省の指導を受けて市長が徴収している)

 それ以降、全国市議会議長会の考え方も紆余曲折あったらしいが、19日、ついに市議会議長会は民主党の地方議員年金問題プロジェクトチームの会合で、地方議員年金制度について廃止案に賛成する考えを表明した。この動きに連動して、室戸市議会でも20日に議会運営委員会を開き協議、結論は詳しくは聞いていないが、廃止案賛成を容認するものとみられる。

 しかし、今回の地方議員年金の廃止への動きは、疑いもなく、市町村合併によって地方議員の数が3500ぐらいから1700ぐらいにと半減したことが発端ですが、私もさすがに平成の市町村合併がこんなところにまで議会改革効果を及ぼしてくるとは思いもしませんでした。この議員年金制度廃止は、唯、意欲もないままだらだらと議員を続ける人間が少なくなることから、間違いなく市町村議会の議員の資質を一新させると思っている。

 地方議会の議会改革のためにも、地方議会議員年金制度を一日でも早く廃止することを強く求める!

 さて、他の議員はともかく、小生の議員職は初出馬した時から「3期12年、70歳定年」と決めている。

 その理由は、議員になっても質問もしないし議案に質疑もしない議員を、これまでたくさん見てきた。市民のために貢献しようとする活動を何もできないそんな人が3期12年間以上議員でいても税金の無駄遣いだと思っていることが、一つ。もう一つは、70歳を超えたらただ他の議員よりも高い報酬を得ることと肩書に固執するだけで、質問や質疑をする意欲も無くなるし、市民のために苦心する知恵も出せないし、行政業務の監視に関する調査研究に動き回る行動力もなくなると思っているからだ。

 先の18年11月の市長選の時、市長候補とそれを支援する議員数名が行う街頭演説に集まってきた群衆、その中にいた高齢の男性から「議員はまともに仕事もしやせんに、報酬を半分にせえ!」の怒りの声が飛んだ。それを私は今でも忘れられません。その時、即座に私は「そんな無茶な」と思いましたが、仕事をしていない議員のことを考えると、その怒りは日頃から多くの市民の胸の中でくすぶり続けてきた強い怒りだと考えられ、「無理もない。もっともな批判だ」とも思った。

 とにかく、「おれたちの仕事ぶりはこれでいいのだろうか」の自問自答が感じられないことと、「われわれがもらっている報酬は市民の血税だ」との認識が甘いことにいつも憤りを感じているものが、この私が決意した「3期12年、70歳定年」という考えの基礎にあります。

 私は現在2期目で今年64歳。だからあと一期やらせていただけるならば、3期68歳で退職となる。もう少しだけ、あと4年だけ、住民自治を基に議会改革と行政改革を目標にして市民目線で働きたいと考えています。遅くても、その退職の時には議員年金制度がすでに廃止されていてほしいと思っている。


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御人好しではいけない

2010-10-19 | 国のあり方
 御人好しではいけない。特に、政治はお人よしではいけない。

 尖閣列島周辺海域に領海侵犯した中国漁船の乗組員と船長を何の権利もない那覇地検が「国民への影響や日中関係などを考慮したうえで、処分保留のまま釈放することを決めた」と返してしまった。「ほー、日本の国は司法が超法規的措置ができるのか」と思ったが、そう「検察が決めたこと」と偽って国民を納得させようとしている民主党政権は悪質であり、意気地がない。中国から頭ごなしに理不尽な怒りをぶつけられても反論もできない政治家なんて、御人好し以外の何ものでもない。

 海上保安庁の船は中国漁船に二度も三度も体当たりされたことが分かっている。その光景の一部始終を緊急出動して集まった複数の海上保安庁の船がビデオに撮っていて、それを見ると中国漁船が体当たりする様子や、あの釈放された船長が甲板に立って保安庁の船に向かって指を立て挑発する様子が映っているといい、日本国民が見たら怒り狂うような内容だという。

 それがどうだ。今回の中国による領海侵犯、中国漁船の日本の領海監視船への体当たり、天皇陛下に会いたいと無理強いした副主席のいる中国共産党が行った日本国への恫喝、これに対して日本政府は土下座した。仙谷総理大臣を筆頭とする政府首脳陣が、外交を知らないお人よしであるのは疑いようもない。

 そして今度は、自国・中国共産党政府に対して怒りをぶつける勇気がないから、今年600万人いる卒業生のうち300万人は就職できない状態にありその不満が鬱積しているとかいって、その中国政府系の大学生たちは中国国内にある日本企業や店舗を襲撃、打ち壊し、車も燃やしたと聞いた。これも情けない。そんな度胸があるんなら、なぜあの天安門事件の時のように中国全土にいる大学生や高校生がまた天安門周辺に集結して中国国家を崩壊させ、国の民主化を目指さないのか。

 怒りとは、八つ当たりでは成るものも成らないものだ。

 お父さんが自分たち子どもの毎月のおこずかいを1万円から5000円に減らした時、横にいるお母さんに八つ当たりするほど恥ずかしいものはない。怒りとは、怒りを感じている相手に勇気を以ってその怒りを直接ぶつけてこそ意思が伝わるものであるし、周りの人の理解も得られるものだ。中国の学生たちはそれができないんだから、これも日本でいうところの“内弁慶”で、御人好しだ。

 2008年に公表された民主化要求文書「08憲章」の起草で中心的な役割を果たしたが、共産党独裁の放棄を求めるなどして服役中の著名な民主活動家・劉暁波氏には数年前からノーベル平和賞の候補に挙がっていた。それに中国共産党政府はノルウエーの政治的に独立した機関であるノルウェー・ノーベル委員会に向け、待ったをかけ続けた。

 自由な言論と出版ができない中国において劉氏は、共産党の一党独裁政治が続く中国から「社会主義制度の打倒を企てた」などとして2009年に国家政権転覆扇動罪で逮捕され、今年2月に懲役11年の判決が確定している。そして今年、予想通りにノーベル平和賞を受賞した。すると中国は強く反発、ノルウエー政府にまで抗議した。しかしこれに屈せず、ノルウエー政府が中国に反論を行ったことは、国の権威を保った点で素晴らしいことだ。日本の弱腰外交とは比べ物にならないほど強い意思と気概を持っている点が、いたって素晴らしい。

 一方、何の罪もない劉氏の妻も自宅軟禁されている。まるでビルマの正義の指導者、アウンサン・スー・チーさんのように。

 このように、中国は民主化を否定し、情報を操作し、国民の言論・出版・政治的行動を弾圧し、それに向かい行動する国民をすべて排除する独裁国家だ。これがまぎれもなく発展途上国である中国というの国の実態である。広大な領地を持ち、13億人という人口を抱える国が、1億2千万人の小さな国の領海を侵犯し奪い取ろうとする。うかうかしてたら日本の領土は沖縄から次々と侵略されてしまう。日本だけでなく東アジア諸国の領海でも中国との紛争が起こっているそうではないか。海だけではないのは昔から知っている。チベットでも何度か紛争があった。

 そんな中国を見て、“親”に反発できない中国の意気地のない学生を見て、日本の御人好しの政治家を見ていると、どこかの地方議会を思い出す。

 適正を求める行政職員を叱りつけ、違法を改善するようにと健全な指摘を行う市民派議員に反論する、高圧的な首長。その首長が行う言動を許してはならないと繰り返し警告しているのに、議会は容認し続ける。不健全極まりないのだが、みんな人がいいのか悪いのか、いつまでたっても組織改革に取り組めないでいる。

 御人好しではいけない。特に、政治はお人よしではいけない。

 悪いことは悪いこととして組織内で取り締まり改めるべきであるのは、子どもでも知っている。子どもは大人が「それは悪いことですよ」と指摘すれば、悪いことは悪いこととして素直に改めようと努力して、やがて改める。

 しかし、その子どもたちが大人になり大人社会にどっぷりと浸かり込むと、上から強く教え指導する人がいなくなるため、徐々に悪いことを悪いことと思わなくなり、ついに改めようとしなくなってしまいます。特に50代も過ぎてくると、諦めなのか、悟りなのか、開き直るからなのか知らないが、「まー、いいか」と悪いことを許し、悪いことに手を貸したりもするようになる。噛んで含めるように「それはこうこういうことだから悪いことですよ」と教え止めてもそれらの人が多数を占めるため、絶対に聞き入れようとしない。

 このように、子どもたちは「悪いことはしてはいけない。法律は守らないといけない」と覚えるが、その子どもが大人になると「悪いことも、その時による。自分にとって都合が悪かったら、そんな法律なんて守らなくてもいいんだ」と、悪い意味で柔軟に取り扱うように変わってしまう。

 でも、ダメなことはダメ。悪いことは悪いこととして取り扱い、改めるように努めること。“親”が悪いことをしていたら、他人に八つ当たりなどせず、怖くても直接「お父さんが悪い」と正論を吐き、“子どもたち”みんなが協力し合って改めさせる気概が大事である。中国の学生然り、日本の国会議員と地方議員然りだ。


 地方議会ならば、議員みんなが首長の悪政を正す気概ぐらいは持ちたいものである。それでこそ、本当の議会人と言えるのではないか。

 絶対に、御人好しではだめです。特に政治は、それでは務まらない。

 最後に。一党独裁国家で国民を弾圧し続けている中国のあの悪さだけは、100年経っても治らないだろう。後の世に天安門事件の何倍もの民主化運動が中国各地で勃発し、劉暁波氏のような人物が民主国家の大統領にでもならない限り。


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取材記:道路整備の充実を求める四国東南部大会

2010-10-17 | 地方のあり方
 過日、15日(金)に室戸市保健福祉センターにおいて「道路整備の充実を求める四国東南部大会」が開かれましたので、ご報告致します。

 これは「四国8の字ネットワーク整備促進四国東南部連盟」(会長=松本憲治・安芸市長)の主催で、参加したのは県選出の国会議員、高知県東部と徳島県南部の21市町村の首長と議会議員、そして土木建設関係所管の県職員ら、約100名。

  

 まず、この大会への参加者が昨年の大会よりも少ないのが気にかかりました。

 国会議員の参加も昨年は民主党の広田一氏と武内則夫氏、自民党からは中谷元氏と徳島県選出の後藤田正純氏の4氏が出席したが、今年は中谷元氏一人。昨年のような中谷氏と広田氏・武内氏との激しいバトルが見られなかったのはちょっとさみしかった。客席に参加者が少ないことや、国会議員にしても諸般の事情があるとは思うが秘書2氏の参加では、話になることも話にならない。

 唯、これに関して思ったのは、この後すぐの10月24日(日)に高知県安芸郡芸西村で「四国の道を考える会」芸西大会が開催される予定。うがった見方かもしれないが、国会議員の先生方が参加されない理由は、このように似たような大会が重なって開催されることから、「芸西大会に出席するから、室戸に出席するのは取りやめようか」と考えてこの日の大会に出席しなかったのではないか、とも思う。(間違っていたら申し訳ないが、周りからそう邪推されても仕方がないですぞ)

 それと、このように似た大会が開催されることについても思うが、主催団体が違うから無理かもしれないが、高速道・国道をめぐる二つの大会を合同開催という形にできないものか。そうすれば、この日のように昨年よりも参加者が大きく減ったという状況は解消されるのではないか。

 このことが特に気になったのか、大会会長の松本安芸市長から挨拶の中では「一般市民らの参加者が少ない事を見ると、この大会への住民の盛り上がりがもっと必要だと痛感する。これも大会会長である私の責任」などの話もでた。会場でこれを聞いた室戸市長はどのように感じたのか。自分の責任として感じただろうか。それが気になった。

 勿論、安芸市など近隣市町村からの議員や住民のみなさんの参加が少ないようだなとも思ったが、開催市の地元室戸市からの議員や市民の参加が少ないことの方が問題だと思う。特に市民の参加がまったく無かったのは、室戸市が各種団体や一般市民の皆さんに向けて参加要請をしていないことが原因であるのは疑いない。だから、その人たちの参加が全くといっていいほど無かったことはその人たちや大会会長の安芸市長に責任があるということではなく、参加呼び掛けを行っていなかった開催市の室戸市に責任がある。

 私も喫茶店時代に何度もコンサートや映画会を主催したが、人を呼び集めることの難しさはよく知っている。入場料を払ってとなると、より難しいものだった。それでもたくさんの市民の皆さんが来場して下さって、チャリティーは成功していた。作成したポスターを市内各地に貼り出し、チラシを配りして、経費回収と知的障害者更生施設への寄付が出来るようにと苦心していた。要は、人を集めることに苦心したかしなかったかだけだと思う。

 この近隣市町村が連盟を組んで開催するイベントも、それら集客について苦心が足らないから人が集まらないといえる。会場の設定と、舞台に上がって下さる首長や国会議員先生の段取りの方に力点をおくがゆえに、客席に座って大会を盛り上げてくれる側の首長や市町村議、そして近隣の住民の皆さんなど、客席の方に対する関心が薄いからこのような結果になると理解している。この点は大会開催市の反省点とし、来年の大会に活かしてほしいものです。

 さて、大会についてご報告します。

中谷 元氏のあいさつ・・・「この大会も平成20年からだから三回目になる。先頃、概算要求で全国で4か所、そのうち四国で2か所( 阿南安芸自動車道の阿南~桑野間、 高知東部自動車道の芸西西~安芸西間)が候補確定したことは大変喜ばしいことだ。民主党政権になって道路特定財源がなくなってしまい、いま一括交付金化がいわれているが、危険なことだと思っている。農林漁業が一緒にとらえられてしまうことやその配分をどうするのかなど考えると予想もつかない。その点はよく吟味していただかないといけない。特に、民主党政権になってから国道審議会がなくなったことは問題だ。この県東部地域の道路をよくするには、徳島県と高知県の行政関係者や住民の皆さんが一緒になってもっと盛り上げて取り組むべきで、その点もよく考えてほしい」。

 【パネルディスカッション】(敬称略)

 さて、大会では、開催市の室戸市長と大会会長のあいさつの後、「地域のビジョンを実現するために」と題してパネルディスカッションが行われた。パネリストは次の8氏。
自民党衆院議員・中谷元氏、安芸市長・松本憲治氏、徳島県海陽町長・五軒家憲次氏、北川村村長・大寺正芳氏、徳島県阿南市長・岩浅嘉仁氏、安芸市農業委員・野町亜理氏、室戸市ジオパーク推進室長・岡田哲也氏(県出向職員)に、司会はRKCラジオのパーソナリティー・田村和郎氏が務めた。

岡田:「これからは広域観光が非常に重要になってくると思うので、まずは来年秋ごろとみているユネスコのジオパーク認定を目指し、頑張って取り組んでいる。認定が成されたら、そのジオパークの活力はその他のいろんな地域振興にも生かせるのではないか。今は何よりも子ども目線でのジオパークの取り組みが大事だと考えており、子どもアドバイザーの養成にも取りかかっています。来年春からは県立室戸高校にも ジオパーク学の科目が始まる予定。今はこのようにいい方向に向かっていると思っています」。「道路に関して言うと、他の市町村の観光地を“売る”ことが自分の町を売ることになる。近隣市町村の観光ポイントを巡るには、やはりそれをつなぐ道路の整備は重要で、交流人口の増減はそれにより左右されると思います」。

      

野町:「最近は農家でも息子さんや娘さんが農業に携わらなくなってきた。町には映画館はないし、若者がコンサートをする場所もない。そうしてみんな町を出てゆく。でも、人が心のゆとりや癒しを得るには文化が必要です。そんなことのためにも、道路整備は欠かせないことで、大事」。

松本:「四国の東側から高知県に人がやってくる、そんな道路づくりにしたい。最短距離で、最も早く目的地に行けるように高速道路の整備は必要。室戸のジオパークがユネスコに認定されれば、急速に観光客の入り込みは期待できます。来年以降も「龍馬伝」人気によって、岩崎弥太郎(安芸市)、 モネの庭(北川村)、室戸ジオパーク(室戸市)などの人気は続くのではないか。AMA(安芸市・室戸市・阿南市)協定の取り組みも効果的だと思っており、間違っていなかったと思っている。先日も馬渕国交相と面会した時に『観光県への国土ミッシング・リンクの整備』について語っておられたことは非常に重要な問題だと思っている」。「参加者に住民がいないのは、我々のいたらなさゆえ。誠に申し訳ない。先ごろ、『室戸でイベントやるならモチでも投げんといかんぞ』と言われましたが(笑)」。(参考・「ミッシング・リンク」

      

中谷:「国も今は、与党も野党もこれでいいのかというふうにも思う。やはり、道路整備は国土審議会のような公平な目で判断できるような仕組みづくりが急務です。23年度の概算要求では阿南~桑野間と、芸西西~安芸西間が候補に決まったが、今のような不安定な政権においてそれが実施されるかどうかまだ確定していないから、それも安心してはいけません」。

 以上、意見の中から抜き書きしました。

  

 決議文を採択した後、大会の最後は、室戸のマグロ船乗りを称える室戸市民愛唱歌「おいらの船は300トン」の替え歌「おいらの四国は8の字だ」を参加者全員で合唱して閉会した。

 思うが、今後、この大会はこのまま参加者も減って、今回のように熱意も感じられなくなり、段々とじり貧状態になるのではないか。客席に座り見聞きしていた参加者はその“気配”によく気付いているものだから、開催市の室戸市は後学のため、この点を物事がよくわかった他の参加者に一度聞いてみていただきたい。(聞かないだろうなあ)

 最後に、道路と人の動きについても書いておきたい。

 地方の更に地方ともいえるこの室戸半島周辺地域での道路整備は都市部と比べ、遅れていることは確か。だから、これら室戸市周辺の国道などの道路整備は更に進めてほしいとは思っています。唯、基本的にいって、道路整備が進むと人は町から出てゆく、間違いなく人が町を捨て出てゆくスピードは速まると、地域雑誌を発行している時から思っている。

 小学生から中学生の頃(30年~35年頃)、室戸岬町から隣町の室戸町へは砂利道を自転車でよろよろしながら行ったものです。それが、40年代になると、関西など都市部の高速道路整備は進み、地方の国道も急速に整備改善されてゆきました。50年代になると市町村道の方にも予算は投資され、格段に町なかの道路も良くなった。そのうち四国にも高速道路がつながった。そんな時、ふと気がつくと、町から段々と人がいなくなっていることに気がついた。

 昭和34年に5町村が合併して室戸市ができ、国政調査した翌35年の人口は30498人でした。そのあと、昭和45年は29000人、55年には27700人、60年は26500人と、この辺までは徐々に減少する程度でした。ですが石油ショック以降、室戸市の主要産業だった遠洋マグロ漁業の衰退著しく、この年から急激に人口が減少しています。平成2年は24800人、7年は22600人、12年は20600人、この前に国勢調査が行われた17年には17490人で、この時、「全国の市の人口減少ワーストランキング」ではあの夕張市など北海道の産炭産業の3市が12、1%、それに次いで室戸市の減少率は10、2%で2位となっています。今年22年の国勢調査では15000人ぐらいに減少していると思っている。

 だから、室戸市の人口減少は主要産業の衰退が主な原因。それとともに国道が整備され、高速道路がついたことによって、“町から西を見た時、パーっと視界が広がっていて、まるで都会に夢が広がっているかのように感じた。町から出やすくなった”、そんなところにも人口が減少してゆく理由があると思っている。

 これからも地方にとって、道路整備は必要です。市内でいうと、私が19年12月以来、議会で提唱し続けている室戸大橋から両栄橋までの室津川沿いへの市道整備は重要事業。名付けて「市道室津川線」。この市道新設による効果は以下のように多方面にわたります。

①南海大地震後に港湾改修工事等を行うためにダンプカーやクレーン車が往来する復興道路として。
②地震発生時の津波避難道路として。
③室戸市の観光に大きく貢献している四国八十八ヵ所巡拝の観光バスや自家用車が利用する遍路観光道路として。
④室津港魚市場への大型保冷車等が利用する産業道路として。
⑤消防・救急・警察車両など緊急車両が利用する、救急・防災・防犯道路として。
⑥長年、問題視されている津照寺門前の周辺道路における迷惑駐車の問題解消策として。
⑦人と車の動きが活発になり、旧国道沿いに活力を呼び戻す経済的効果を生む道路として。
⑧室津川の土砂除去作業等に利用する河川管理道路として。

 この市道整備に2億5000万円の予算を要するならば、市の単独事業で毎年5000万円を予算化し5カ年計画で完成します。いつまでも国や県に整備してもらおうとするからできないのであって、市単事業でやることはできないかを検討すれば不可能なことではない。国や県が金を出そうが市のお金を使おうが、とにかく「室戸市の力だけでも作るんだ」の強い意志を持って今この道路を作っておかないと、いざ南海大地震発生という時、この周辺の復興事業は遅々として進まない。

 いま充分に利用できている10か所の市道の改修整備を行うことは市民の支持を受けるかもしれないが、市民の支持如何に関わらず、大地震が来る前にこの市道整備を優先すべきである。なぜこんなことが分からないのだろうか。

 物事は将来を見据えて大局的に考え行動するものである。


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発言自由の原則

2010-10-14 | 組織のあり方
今日は、地方議員の「発言権」について読者の皆さんにも知っていただきたいので、それについて少し長くなりますが書かせていただきます。

まず、議会の基礎をなす「会議の原則」を紹介したあと、議員のバイブルとして地方議員が基礎的参考書として愛読している本『議員必携』(全国町村議会議長会・編)から、議会議員の発言とはどうあるべきかを簡潔にまとめてみたいと思います。

議会のしくみ
【会議の原則】

 市議会の会議は、地方自治法や市議会会議規則に従って運営されますが、長い間の会議運営の積み重ねによってできた共通のルールを会議の原則といいます。会議の原則には、地方自治法等で会議規則に規定されるものと、特に規定がないものがあり、民主的かつ円滑で効率的な運営を図るため、地方議会にはいろいろな会議の原則がある。 主な原則は、以下のようなものです。

◎発言自由の原則
 議員が議会で誰からも拘束されずに発言できることです。議会は言論の府であるとし執行機関を監視するため、市民の立場で自由に発言できるところであり、発言の自由が保障されています。


●定足数の原則
 会議を開いたり、議決を行うときは、一定以上の議員が出席していなければなりません。この最小限必要な出席議員数を定足数という。定足数は、原則として議員定数の半数以上となっています。

●過半数の原則
 議事は、特別な場合を除き出席議員の過半数で決めます。議長には議決に加わる権利はありませんが、賛成と反対が同数になったときには議長が「裁決権」を行使して決定します。

●会議公開の原則
 本会議は、原則として公開することになっています。公開とは、議員以外の人が会議を傍聴する自由や新聞・テレビなどの報道機関が会議の状況について報道する自由を認めるとともに、会議録を公表することです。ただし、出席議員の3分の2以上の多数で議決した場合には、秘密会として非公開にすることができます。

●会期不継続の原則
 議会は会期ごとに独立して活動していて、前の会期の意思が後の会期の意志を拘束し影響を与えることはないということです。したがって、その会期中に議決にいたらなかった議案などは、会期終了と同時に消滅します。
 ただし、私が17年に議員提案として議会に提出した「室戸市不法投棄防止条例」のように、例外として本会議の議決によって会期終了後にも委員会で審査したり、調査することがあります。これを「継続審査」といいます。 (唯、私が17年3月議会に提出した不法投棄防止条例は、まともな継続審議も現地調査も行われないまま否決されてしまったことを書き添えておきたい)

●一時不再議の原則
 本会議で一度議決された議案などは、原則として同じ会期中に再び提出され、審議されることはありません。同一会期で議会の意思はひとつしかないことで、すでに決定した問題と同一問題の再審議は、際限がなくなるため認めないということです。

●可を諮(はか)る原則
 議会が案件について意思決定をするためには、原則として出席議員の過半数の賛成について採決するとき、議員に対して起立や挙手などで賛成の表決態度を求めることです。(室戸市議会では、議会最終日の最後にこの「表決」が行われます)



以上、七つが議会運営を行う上での基礎的な原則ですが、注目してほしいのは一番目の「発言自由の原則」。これは、議会において会議中は一定のルールに従って発言すべしと規定したものであり、いわゆる地方議員に与えられた「発言権」を保障したものとも言えます。

この「発言自由の原則」に関連して、議員の職務について書いた『議員必携』もみてみたい。

『議員必携』第二編・議会の運営、第五章・発言の、1・発言の自由と責任、から引用する。

≪議会は、“言論の府”といわれるように、議員活動の基本は言論であって、問題は、すべて言論によって決定されるのが建前である。このため、議会においては、特に言論を尊重し、その自由を保障している。会議原則の第一に、「発言自由の原則」が挙げられるのもそのためである。

国会については、憲法において「議員は、議院で行った演説、討論又は表決について、院外で責任を問われない」(憲法・第51条)と定め、特別にそのことを明文で保証している。これを免責特権という。これは、戦時中、軍部の言論抑圧によって国会が全く機能を失った苦々しい体験からみても、厳守されるべき当然の規定である。地方議会議員に免責特権はないが、その趣旨や精神は地方議会においても同様であって、もしも言論の自由がなくなれば、議員は、その職責を果たすことは、とうてい不可能である。

しかし、発言が自由であるからといって、どんな内容の発言も許されるというものではない。おのずから節度のある発言でなければならない。たとえば、議場の秩序を乱したり、品位を落とすものであったり、議題とは無関係の議員の人身攻撃にわたるような発言まで許されるものではない。また、議会は、多数の議員から構成される合議体であり、議長がその会議を主宰しているわけであるから、一定の会議の進行に従った発言が行われなければならない。民主主義を基盤とする議会においては、このように秩序を重んじなければならないことは当然であり、おのずから会議のルールに従った節度ある発言が要求されるわけである。

それと同時に、発言者は自己の発言に責任を持つことが要求される。議会での議員の発言は、いかなる思想、信条に立つものであろうと自由であることは前に述べたとおりであるが、発言の内容によっては自己の政治的、道義的責任を問われることもあり、さらに法令や会議規則に違反した発言は懲罰の対象になることもある。≫


『議員必携』の「発言」の冒頭に記された以上の記述は、まさに地方議員の「発言権」と「議会の規律」について克明に、また厳しく基本を書き認めている。その中から、私がいわんとする要旨をまとめておきたい。

1、議会においての議員活動の基本は言論であり、すべて言論によって決定されるのが建前。このため、議会での議員の発言を尊重し、いかなる思想、信条に立つものであろうとその言論の自由は保障されている。これは厳守されるべき、当然の規定である。

2、憲法において規定されている「議員は、議院で行った演説、討論又は表決について、院外で責任を問われない」(憲法・第51条)のその趣旨や精神は地方議会においても同様に取り扱われ、もしも地方議員に言論の自由がなくなれば、議員がその職責を果たすことは不可能となる。

3、議会において発言が自由だからといって、どんな内容の発言も許されるというわけではなく、節度ある発言をしなくてはならない。たとえば、議場の秩序を乱したり、品位を落とすものであったり、議題とは無関係の議員の人身攻撃にわたるような発言は許されるものではない。

4、民主主義を基盤とする議会は、多数の議員から構成される合議体であるから秩序を重んじるのは当然であり、一定の会議のルールに従った節度ある発言が要求される。その発言の内容によっては自己の政治的、道義的責任を問われることもあり、更に法令や会議規則に違反した発言は懲罰の対象になることもある。


この要旨からさらに要点をまとめると、

1、日本国憲法第21条は、「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない」と規定している。議会においても、憲法が規定する「言論など、表現の自由を保障する」を基にして、秩序を乱したり品位を落とす発言などでなければその議員の発言は尊重され、いかなる思想・信条に立つものであろうと、その言論の自由は保障される。

・・・室戸市議会9月議会において発生した議事妨害及び発言妨害事件について。議員谷口が、小松市長が行った高速バスターミナル建設に関する地方自治法違反についてその事業経過から議会の表決結果についてなどを説明しながら質問を行っていた時、市長を支援する議員数名が質問の途中に妨害行為を行ったことは、明らかに議会における「発言自由の原則」(議員は議会で誰からも拘束されずに発言できる原則。議会は言論の府であり、議員は執行機関を監視するため市民の立場で自由に発言でき、発言の自由は保障されている)を侵したものといえる。

2、日本国憲法第51条「議員は、議院で行った演説、討論又は表決について、院外で責任を問われない」の規定は、地方議会においても同様に取り扱われ、議会で行われた発言は議会外で責任を問われることはない。

3、議会においては発言は自由であるが、議場の秩序を乱したり、品位を落とすものであったり、議題とは無関係の議員の人身攻撃にわたるような発言は許されない。


・・・議員谷口が質問を行った時、市長を支援する議員数名が質問の途中に妨害行為を行った行為は、議場の秩序を乱し、品位を落とすものである。いくら議員谷口が市長の違法を批判し改善を求めていると言えど、それは市民の立場にたち、議員の発言権の範囲内で健全なる質問を行っているものであり、それに腹を立てて正常な議事の進行を妨害し議員の人身攻撃にわたるような発言を行うなど以ての外で、絶対に許されるものではない。

4、議会は、秩序を重んじるのは当然であり、一定の会議のルールに従った節度ある「発言」が行われなくてはならない。その発言の途中に割って入り、妨害して議事を紛糾させることはあってはならず、その議事妨害及び発言妨害行為は許されない。その法令や会議規則に違反した妨害発言の内容によってはその議員は責任を問われ、懲罰の対象になることもある。

・・・この「発言」とは正式に登壇して発言する者についていい、発言者が発言中の議場において他の議席に座っている議員が行う発言も「会議のルールに従った節度ある発言が要求され、その発言の内容によっては法令や会議規則に違反した発言は懲罰の対象になる」ということだ。議席から発言中の議員の発言を妨害し途中でとめてしまうような行為は、法令や会議規則に違反したものであり許されるものではなく、それを行った議員は懲罰の対象になる。

9月13日(月)に行われた議員谷口の一般質問を開始6分のところで「議事進行」発言によって止めてしまった鈴木議員の行為は、明らかに地方自治法を基に規定されている議員の「発言自由の原則」を侵害するもので、議長はその点を厳しく指摘し懲罰の対象にすべきだったと理解している。

又、その一週間前の9月7日に行われた議会運営委員会の終了直後、鈴木議運委員長ら数名の委員が「議員谷口は市長批判を続けている忌々しい奴だから、あいつが一般質問を行う時に、邪魔をしてとっちめてやろう」という趣旨の謀議を行っていたことを、他の委員らから伝え聞いた。何ということを考える人たちなんでしょうか。本当に驚く。

議会運営委員会とは、全国どこの地方議会の議運委でも同じで、「議会を健全に運営するためにはどのように議事を進めてゆけばいいのか」を考え、そのための手だてを講じる会議ではなかったのか。今まで、私はそう思っていた。しかし、室戸市議会の議運委員会はどうも違うようだ。自分たちが応援する市長を批判する議員や気に入らない議員がいたら懲らしめようとはかりごとをして、妨害行為に及ぶ。その行為が議会における議員の権利である「発言自由の原則」を侵害するものであっても、「そんなの関係ねえ」とばかりに、大勢でよってたかって一人の議員を集中攻撃して質問を途中でやめさせてしまう。とても話になりません。

事前の謀議と、議事妨害行為。これらのことは絶対に許されるものではない。市議選も近いが、12月議会に向けて議運委員会委員の改選を議長に申し入れようと考えている。

最後に、議員の議会での発言権について地方議会の議員諸氏に知っておいてほしいと思い、もう一度、書き記す。

≪議会は、“言論の府”といわれるように、議員活動の基本は言論であって、問題はすべて言論によって決定されるのが建前である。憲法が規定する「言論など、表現の自由を保障する」を基にして、秩序を乱したり品位を落とす発言などでなければその議員の発言は尊重され、いかなる思想・信条に立つものであろうと、その言論の自由は保障される。会議原則の第一に「発言自由の原則」が挙げられるのもそのためである≫

≪発言が自由であるからといって、どんな内容の発言も許されるというものではない。登壇しての発言または議席での発言の如何を問わず、おのずから節度のある発言でなければならない。たとえば、質問・質疑を行う議員の発言を妨害したり、議場の秩序を乱したり、品位を落とすものであったり、議員の人身攻撃にわたるような発言まで許されるものではない。民主主義を基盤とする議会においては、このように秩序を重んじなければならないことは当然であり、おのずから会議のルールに従った節度ある発言や行為が要求される≫


議員活動のすべてはそこに住む住民のためです。全国の地方議員の皆さんにとって、地方議会において少数派であろう市民派議員の皆さんにとって、上に書いた議会での発言の在り方、議運委員会の健全な運営の在り方についての記事が何か参考になれば幸いです。


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『議会だより』の原稿と、市長選

2010-10-12 | 議会報告
 20年3月議会の委員選任の時、私は議運委の委員になれるものと思っていたが入れてもらえなかったから、議運委の日程は知らなかったが、今日12日は一般質問を行った議員6名から提出された議会だより原稿の点検作業を行ったようです。

 そうして、会議が終わった後、鈴木議運委員長から拙宅に電話がかかってきた。その内容に驚いた。

 「市長答弁はこうこう言った部分を使って変更して、質問はここの部分にして短くしてほしい」という。とんでもない要請だった。多分、市長を支援する議員が議運委には多いから、会議の中でそんな話になったのだろうと察しはつく。なんともはや、その恐れを知らないやり口に開いた口がふさがらなかった。

 議運委員会では18年12月に「提出する原稿は必ず5枚以内とすること」、「質問と答弁は一枚に収めること」を厳守することを主なルールとして決めてある。それを、質問した議員が提出した『議会だより』に掲載する原稿を、議運委員会の委員7名がそれぞれの意思を基にして市長と自分たちに都合がいい内容に差し替えようと企み私に電話をかけてきたのであるが、こんなことは県内外の地方議会でも聞いたことがなく、とんでもない出来事でした。

 市長を支援する議員が大勢を占める議運委員会がなぜそうしたいと私に電話をかけてきたのか、私には解っている。

 『議会だより』は、11月初めに市内の各家庭に配布される。私が室戸岬高速バスターミナルの質問で市長の違法性を批判しその改善策を提案した質問も、その『議会だより』に掲載される。市長選は11月14日に告示日を迎え選挙運動は開始されて、21日が投票日だ。しかし、谷口が提出した9月議会で行った質問と市長の答弁を記述した原稿をそのまま市民に配布する『議会だより』に掲載すれば、市長にとって不利になると感じたのでしょう。そのため、私の質問文章を変更させ、市長答弁として谷口が書いてある4行を替えさせて、市長に有利な答弁をそこに書かせたい。

 そう考え、私に原稿文章の変更を強く求めてきたことは間違いありません。

 そんな悪質なことをしなかったら何事もなくすんなり市長選に専念できただろうものを、私の議会だより用の原稿を無理やり変更させようとしたばっかりに、こうして市民や全国の「青空エクスプレス」ファンにその行状があからさまに広報される羽目になってしまったのです。

 では、私が議運委に提出した議会だより用の原稿内容をここで市内外の皆さんに情報公開させていただく。まず私の質問があって、その後ろに市長答弁が続きます。質問と答弁は一枚以内にすること、という決まりがあって、これもルール通りにかっちり一枚に収めてあるので、何ら問題はないものでした。

  

  

 議運委員会の鈴木委員長ら委員が納得できないと考えて電話をかけてきたのは、2枚目の市長答弁の部分でした。「市長答弁を見ると、もっと何々、何々・・と答弁をしている。書いてある4行の市長答弁はあなたの質問に答えたことになっていないから、いま私が読んだ個所をその答弁と変更してほしい」と言う。とんでもない要請でした。市民が見た時に市長にとって都合がいい部分を使ってほしいというのです。私は「こうまでして市長を庇いたいのか」と思った。

 即座に叱ってやった。「市長が質問に答えていないことなどは、私に言うんじゃなくて、市長に直接言ってほしい。市長が私の質問に直接的に答弁することを回避して答えなかったんだから、その点は私も腹立たしく思っている。ぜひとも市長に『なぜ質問に答えなかったのか』とあなたから伝えてほしい。それと、市長答弁として私が書いてある4行を議運委員会が勝手に書き換えたりしたら、許さんぜ」と言い返してやった。
 
 鈴木委員長が更に言ったのは、「質問の文章が長い」という指摘。それについても、私が議運の委員をしていた18年12月の議運委において「質問を長く書くのは仕方ないとしよう。だが、とにかく問いと答弁を一枚の用紙にまとめること。一枚を超えたものについては一枚になるようにどこかを削除させます」と決まっていた。それを鈴木委員長は質問経験が先の任期中には2回、今任期では1回と少なく、自ずと議会だよりの原稿を書いたことも少ないためか、そのルールを知らなかったのです。しかしそのルールは、小生も議員初当選から30回連続で質問に登壇しているから知っているが、他の議員もその程度のことは知っていることだった。つまり、私の原稿はルールに沿った原稿だったのです。

 「とにかく市長選が近いから、市長の失点になるようなことは何とか消し去りたい」。今回のことは、市長を支持する人たちがそうやって画策したこととしか、私は思っていない。いい加減に市民の側に立つ議員への嫌がらせを止めて、黙って市長選に向けた支援運動だけをしてたらいいのに、室戸市議会で一番情報発信力の強い改革派議員を悪意を以って突っついたりするから、こうやってまたそれらの出来事をインターネットを通じて全国に向けて公表されるのです。

 「自分たちに有利にことを運ぼうとした行為が、反対に自分たちの欠点を世にさらけ出してしまう結果になる」。

「人を陥れようしたことが、却って、自分たちが窮地に陥ってしまう」。


 市民の皆さん、そんなことが、自分たちが生きているこの社会には多いと思いませんか。でも、自分がいくら苦しくても、決して人を陥れようなどとは考えてはいけません。そんなことはせず、自分の不適正さや悪さや欠点をまず反省して、悔い改めることが先決です。そうして、「清く、正しく、美しく」なるように努力することです。人に「こうせよ!」は、そのあとの話。自分が本当の意味で人の上に立ち、組織経営を健全に行えるようになってからの話です。偉くもないのに「こうせよ」なんて、上から目線で他人に言ってはいけません。

 それに、そんなに世の中、自分の思うようには転んではくれません。それを転んでくれるようにするには、じっと転ぶまで待つことも大事だし、転がるようにルールに従いながら一歩一歩努力する、そのアリのような歩みを継続することも大事です。急いではいけない。夜も昼もたゆまぬ努力を続けること。そうすればやがて今まで見えなかったものがかすかに見えてきて、ゆっくりと自分が目指す夢に向かって世の中が転び始めます。

 要は、耐える力なんです。自分を反省し、一方では辛いことに耐える。それでやめてはなりません。その積み重ねを長く継続させる。そうできる人だけが、やがて夢をつかむんです。

 又、“多勢に無勢”もない。どちらの人数が多いか少ないかは表面的なもので、正しいものが勝ち残り、無法な人たちが敗れ去る。それが世の摂理というものです。


 
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政治家と箱モノ建設

2010-10-08 | 政治家のあり方
 なぜ政治家は建物を立てたがるのか。それは、次の選挙の時に「あの建物は私が建てました」と言いたいからです。私は、全てをそう思って周りの政治関係者を観察している。(地質ウオッティングもいいが、この政治家ウオッティングも面白いものです。私はそれを議員を退職した後、一冊の本にまとめて出版する予定で、いまも少しずつ書きためている)


 10月6日の高知新聞に高知県議会の予算委員会でのやり取りが掲載されていた。記事にはこうあった。

 ≪県議会9月定例会は5日、一問一答形式の予算委員会を開き、計7人が登壇。室戸ジオパークの世界認定に向け、県の支援を求めた植田氏に対し、尾崎知事は「経済振興に活きるものにするため、全力を挙げていく」と述べ、地元と一体となって後押しする姿勢を示した。≫

 平成3年以来、「室戸市は地質観光に力を入れるべきだ」と、地質写真集を自費出版してそのPRと広報に努めてきたものとしては現在、十七年ぶりにようやく県と室戸市が腰を上げて予算を投下してくれるようになったことには、大変うれしく思っています。

 そうして、記事の続きです。

 ≪尾崎知事は「去年の落選は怒り心頭で、悔しさで口から血が出るような思いだった」と思い入れを強調。(室戸市が進めている室戸ジオパークが)世界ジオパークに認定されれば、室戸の地域振興に合わせて、県東部から県中央部へ入る新たな観光ルートの開拓にもつながる。県全体の観光振興、経済振興に向けて室戸地域の戦略的拠点性は非常に大きい」と述べた。≫

 知事の思い入れの度合いが分かり、期待を持ちます。私は室戸市議会において市長が質問に対して反論を加える不適正さに怒りを感じることがあっても、「悔しさで口から血が出るような思い」に至ったことはないが。

 記事は続けて、

 ≪植田氏は地質博物館など中核施設の新設の必要性を提言。これに知事は「まずは世界レベルに合格できるよう既存施設の充実強化を」、「併せて、先々に向けてより本格的なものを視野に検討を進めなければいけない」と答え、段階的に取り組む考えを述べた。≫

と、記事は伝えている。

 ジオパークの先進地の糸魚川には地質博物館があると聞いている。だから、知事や県議ら政治家が「うちにもあんなのが欲しい」と思うのも自然な気持ちかもしれません。でも、地域づくりとはそういうものではない。

 私はそんなふうに物事を考えません。何でもかんでも公共施設をつくればいいというものではないと思っているし、そう“身巾の営み”を堅持する精神が正しいと考えながら、昭和61年からずっとこれまで地域づくりに関わってきた。

 もっと直接的に言えば、政治家が施設を建設したがるのは、かっこ良くないことだと思っている。


 私は過去に三度、室戸半島の地質の素晴らしさを世に広めるため、写真集を出版した。勿論、それは自腹を切っての利益度外視の出版で三度とも大きな借金が残りましたが、室戸が良くなるならと思ってのことでした。それを順を追って紹介させていただく。

            
 (月刊の地域雑誌『あおぞら』を発行する青空編集室は、平成3年7月(№10)に高知県初の地質写真特集「土佐の地質」を発行。室戸半島の地質を観光に活かそうと県や室戸市、市民の皆さんに呼びかけた)

            
 (平成9年6月、地域雑誌『あおぞら』の特別号(№82)として随時発行していた写真集『青空写真館』で、当誌としては二度目となる「室戸ダイナミックス(青空地質博物館)」の地質特集を組んだ)

  
     (№82の巻末で、初めて地質観光のコンセプトを発表した)

 これは、行政において首長や議員が国民や住民の金を使って安易に「地質博物館」と名のつく建物を建設してしまうよりも、その周辺一帯の自然を“自然博物館”として捉え対外的に自慢できる方がよっぽど素敵なことなんだよと訴え、それこそが地域づくりの基本的な在り方なんだと呼びかけたものでした。

       
(19年頃からのジオパークブームの影響を受けてようやく高知県内にも地質観光に取り組む動きが出てきたことから、平成20年6月、高知県における地質観光推進の先駆けである青空編集室は室戸半島の地質写真集『青空地質博物館』を発刊した。これは、その表紙) 

  
 (地域雑誌『あおぞら』の特別号(№82)の地質写真集号「青空地質博物館」に続いて、本格的な地質写真集『青空地質博物館』の1ページ目にも発刊のコンセプトとしてこれを記し、広く全国に向けて宣言した)

 私達の室戸には博物館がありません。荒々しい岩場が博物館です。展示品は世界的に有名な「付加体」です。

 これは何も、室戸市に博物館がないことを嘆いたものでも、地質博物館を建設してほしいという訴えでもありません。私たちが住む室戸市には地質博物館以上の博物館が室戸の大自然の中にあるんだぞということ、それを一つの誇りとして考えたいと思って言葉に置き換えたものでした。

 そもそもこの考えに至った基は、私が地域雑誌を出版し始めた平成2年から数年した頃、大方町の町おこし活動を取材に行った時にその活動グループ「砂美人連(さみっとれん)」の皆さんが行う「砂浜美術館」のイベント・コンセプト、「私たちの町には美術館がありません。この美しい砂浜が美術館です」という、自然の風景は建物に勝るというその精神に共感したからで、当時の会長・河野裕氏とは今も交流を続けている。

 彼ら「砂美人連」の会員の皆さんの願いもそこにあったと思います。「自然を、自然の中で愛でてこそ素晴らしいんだよ」。「自然は、自然の中で愛でてこそ価値があるんだ」。「私たちの町には美術館がありません。でも私たちは、この町の自然は美術館以上の文化施設だと思っています!」。

 彼らのこの地域づくり活動には、心があった。だから、彼ら大方町の人たちは今も美術館を建設していないんだと思います。一つ付け加えるとしたら、それはその活動に政治家がからんでいなかったからともいえる。もし県議や町議など政治家がその活動に関わっていたとしたら、きっと大方町には「県立大方砂浜美術館」が建設されていたでしょうね。

 私が地質写真集で全国の皆さんに訴えたかったのも、その点にある。

 地質は岩石。それを自然の中で見学し、観察し、学び、親しむ。地質を観光に活かそうとする者たちは、そう努めてこそではないか。

 又、「地質博物館」が建設されることを絶対的に悪いとまでは思っていないが、それを建設することが地域のために、そして観光客の皆さんのためになることだとも思わない。それは、博物館を建てると地質を見に来られた観光客が海岸の珍しい地質が見られる現場に降りて行かずにその博物館を見て帰ってしまう、その恐れを感じるからだ。

 その状況はやがて、「地質博物館」の内容の良し悪しを見て室戸ジオパークの良し悪しとして語られ始め、その建物があることによって室戸市にある地質の価値まで低く見られてしまう。そういうこともあり得る。だから行政は、建設会社の仕事を作り政治家の成果になるからといって、簡単に建物を建てようとしてはいけない。

 しかし、公金を握っているのは県知事と市長だ。多分、来年ユネスコに認定された時には熱くなってしまって、私のこの“自然は自然の中にあってこそ”の理論など聞かず、「口から血が出るような思い」を以ってすぐ『高知県立室戸地質博物館』の建設を決意することだろう。


 新聞記事から県議会ので知事と県議のやり取りを見て、そんな事を考えました。

 
 続いて、10月8日の高知新聞の「話題」に、「箱物議会」という記事が載った。これこそわが意を得たりの記事だった。

 ≪(前略)尾崎知事が県方針に異論を唱える質問者をにらみつけるように答弁する場面が、今議会は特に目立つ。(中略)ともあれ、今回は県政では近年にない「箱物」議会。県と高知市の新図書館、高知駅前の観光施設、構想段階の論点にも新資料館、高知女子大建て替えなどが控える。(中略)ここへきて県は県都の土地利用策を一気に打ち出してきた感がある。(中略)県が言う「(財政は)大丈夫」にも前提条件が付いて回る。(箱モノを建てる)標的が多すぎるからか。県側の説明不足も散見されるが、当然、妥協のない議会審議を(期待したい)。でなければ、後世の県民が県と県議会をにらみつけることになる。≫

 以上の記事の施設にはもう一つ、知事の強い思い入れから察するに、植田県議が提案したという「地質博物館」も候補として位置付けられたものと推察する。

 記者氏も私と同じことを考えているようだ。記事の「当然、妥協のない議会審議を」の意味は、記者の「県知事がいくら箱モノを建てようとしても、全県議は『まー、いいか』などと言って妥協してしまわず、それは本当に県民のために必要な施設か否かを徹底的に議会において審議してほしい」との想いと解されるし、私も監視機関としての役目を担う議会の責務はその点にあると心得ている。決して、安易に妥協して箱モノを建ててはならないと心に決めている。

 ま、私がいくらこんな地域づくりの基本的な在り方を唱えても、やがては県がお金を出して室戸岬に建物を立ててしまうんでしょうが、できれば施設ではなくて、ハード事業ならば道路や水路など、政治家が「あれは私が建てた」と言いいにくい公共事業に県費をつぎ込んでほしいものです。一つ挙げれば、平成の初めから住民要望が強い室津川沿いの市道(室津港線)整備などは、札所めぐりの観光道路や防災道路として市全体に効果を発揮する事業となるのではないか。

 申したいのは、予算を握る首長や予算に関わる議員などの政治家は、決して次の選挙の時に「あれは私の成果です」と言うがために事業計画を早めたり施設建設をしてはならないということだ。

 又、決して建設業者の仕事を作ることを目的にして公共施設を建設しようとしないことだ。

 自分たちは公的な金で建物を建てたことで世間から高く褒めそやされても、その行為によって借金を背負って苦しむのは将来世代の孫や子であることを忘れてはならない。

 為すべきは、県民にとって、市民にとって、そしてその地域にとってその事業や施設がどうしても必要なものか必要でないものか、それをよく考えて県や室戸市は予算を投資することである。


 市民の皆さんは以上のことをどのようにお考えですか?

 国や県からお金を引っ張ってきて、なんでもかんでも施設を建設すればいいと思いますか?

 それを、ただ「出来た、出来た」と喜びますか?

 その施設が建設後に赤字施設になり、市の重荷になってもいいですか?

 孫子の代にその建設費の分だといって負担を強いることになりますが、それを納得しますか?


 最後に。いつも市長に妥協してしまっている議会を見続けているので、この「箱物議会」の記事の最後に書いてある「(議員は)妥協のない議会審議を(期待する)」の部分に、私は共感を覚えたということを書き加えておきたい。


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