青空エクスプ レス

日本ではオンリーワンの手書き地域雑誌『あおぞら』の編集発行人を経て、室戸市の政治を監視する改革派議員三期目。

10月臨時会・「公共工事の追加工事に物申す!」

2009-10-29 | 議会報告
 10月26日(月)、27(火)の二日間、室戸市議会の総務文教委員会の20年度決算の決算審議が行なわれ出席しましたので、まずそのことを報告しておきたいと思います。


 さて、本日は10時より臨時議会があり出席しましたので、その内容についてご報告させていただきます。

 臨時会に提案された議案は、第1号から第3号までは平成21年度室戸市一般会計第5回補正予算から第7号補正予算までについて。第4号は、現在、耐震補強工事中の室戸小学校の大規模改造工事請負契約の追加工事議案について。

 第1号の補正は、平成19年度の確定申告の更正に伴って、20年度の市県民税の還付金を支払う必要が生じたため、地方自治法の規定に基づき、専決処分するについて。
 内容は、国の普通交付税(地方交付税の94%)約38億円の中から490万円を対象者1名(漁業関係者)に還付するもの。尚、普通交付金の残りは約7800万円となる。

 第2号の補正は、ユネスコの世界ジオパーク認定を目指している室戸ジオパークですが、市民になり変わりそのお役目を担った室戸ジオパーク推進協議会(本部:室戸市企画財政課)への県補助金(県の産業振興計画に基づく県産業振興推進総合補助金)の専決処分について。
 補助の内容は、室戸ジオパーク推進協議会が世界ジオパーク認定に向けて英文の申請書を作成することに係る費用に対する補助金200万円。(これで同事業費は合計300万円となる)

 第3号の第7回補正予算の専決処分は、第1号議案同様に、普通交付金から2770万円、国庫補助金(地域活性化・経済危機対策臨時交付金=今年度限りのいわゆる自民党政権が行なった経済対策)から607万円、県からは緊急雇用創出臨時補助金515万円など合計3900万円を原資に。

 この内容は、今後、室戸ジオパークがユネスコから世界ジオパークに認定されるための取り組みに向けての予算。今年11月には室戸市企画財政課の中にジオパーク推進室を新設する、その職員の賃金や通訳の報償費、香港ジオパーク世界会議に市長(又は植田副会長か島田副会長)・市職員、通訳の3名が出席する費用80万円等に合計390万円。他に、保育園の椅子や机、シルバー人材センターへの不法投棄撤去事業委託料、シレスト室戸への避雷針設置工事費、公営住宅(第2菜生団地)補修工事費、室戸小学校中校舎改修設計委託料など。

 さて、第4号議案の室戸小学校南校舎耐震補強・大規模改造工事請負契約の変更については、小生が質疑して、疑わしき点を質した。

 平成21年7月に(有)川村総合建設と市は1億4143万5千円で建設工事請負を締結して施行しているものを、建設会社側からの「想定以上に構造が劣化していて補修を要する」との申し出から、市は「補修を要するため設計変更が必要」として、1458万円の増額を議会に求めてきた。

 小生がこれに切り込んだ。浄化槽の位置についてちっくと突っついた後、最後にこう問題提起した。

 谷口「議案書にあるように、本市が行う億単位の公共工事にはよくこのように追加工事の議案が出てまいりますが、これはなぜなのか。なぜ、落札価格で工事が全う出来ないのか。その理由について、これは市長にお聞きします」

 市長「新規工事などはこのような追加はなくて、古い建物を改修する時にこのような追加工事が行なわれると考えています・・・」と逃げた。行政に約40年も勤務しながら、このような間違いに気がつかないのも可笑しな話だし、答えていることは事実ではない。

 所謂、逃げ口上!

 私は、室戸市において、公共施設の新築工事でも古い施設工事でも追加工事ばかりだから、そのことを疑わしいと考えて質疑を行ったのである。議場の多くの議員もそう考えていることもよく知っているし、市民もそのことは知っている。

 それなのに、なぜウソをつくのか。誰かが怖いからウソをついているのか。なら、いったい誰が怖いのか。
 
 市民の皆様に申しておきたいが、本市においてこれまで実施されてきた公共工事について、「新規の施設建設に、追加工事はない」ということは事実ではありません。ハッキリと申しておきたいが、市長が答弁で述べたことは誤りで、最近の例を言ってもあの市温浴施設が新設工事途中で、即、追加工事を行なっています。

 よって、今日の市長答弁は虚偽答弁であり、事実ではありません。市長は、私がこの公共工事や事業運営を議会で唯一、調査監視を続けてきて議会で不正を暴露したことを既にお忘れのようだ。

 市長はお忘れのようだから、その一例の予算関係をここで詳細に明らかにしておきたい。

17年3月議会・17年度当初予算
○委託料・海洋深層水体験施設設計監理他、委託料 2542万円
○工事請負費・海洋深層水体験施設建設他、工事費 7億267.3万円

17年9月議会・17年度補正予算
○海洋深層水体験施設建設他、工事費 △457.1万円

18年2月臨時会
○海洋深層水体験施設新築工事請負契約の変更 5億7540万円→6億1544万円(4004万円の追加工事)

18年3月議会・17年度補正予算
○海洋深層水体験施設設計監理他、委託料 △600万円
○海洋深層水体験施設建設他、工事費 4500万円(追加工事)

 
 以上のように、本市はあの温浴施設の建設において、18年度当初予算で7億円あまりを予算化して新築工事を始めておきながら、その予算化から一年も経たない10ヵ月目の18年2月と同年3月議会において、もう追加工事の予算を議会に求めた前科がある。

 市長は当時、福祉事務所長、学校教育課長として議場の執行部席に座り、温浴施設を新築してすぐに追加工事費が議会に提案されたことを見聞きしていたということになる。

 小松市長は自分の課が所管する事業ではなかったからかこの事実をもうお忘れのようですが、私は新人議員の時から真剣に議場で戦っていたから「新築工事、即、追加工事費が提案された」のを覚えています。この他にも、本市が「新築工事費、即、追加工事費の上程」を行なった例は枚挙に暇がない。だから、今日の市長答弁は私を口先でやり過ごそうとするその場しのぎの答弁ということになります。

 ですが、このことを再質問しても同じ答弁を繰り返すだけですから、私は再質問を行ないませんでした。それは、物事の本質や事実関係について謙虚且つ誠実に語り公平・公正な目線で正しいことを述べる、そんな資質の無い人にいくら人間のあるべき姿や行政のトップとしてのあるべき姿を説いても時間のムダとしか考えていませんので。

 しかし、市民に為り代わり問題点を指摘し改善を求める職務を全することは忘れておりません。だから、室戸市政が良くならないのは、議会側にもその責任の一端はあるが、その前に「市政運営を正しく行なおうとすれば正しく運営出来るものを、正しく運営できない」という点については、まず市長にその責任があると言えます。

 でも、小松市長は議会においてこういう答弁が本当に多すぎます。この程度のウソ、議員には判読できないとでも思っているのか。いや、市長就任以来、議会で問題が生じる度に事実に基づいた答弁をせずに事実ではない答弁で逃げるということは、市長はきっと「議員はみんな馬鹿だから騙せる」とでも思っているのでしょうね。

 今の行政組織において、市職員の大半は「早く誰かと代わってほしい」と思っているなど気持ちは離れてしまっていて、もうその関係を修復できる余地は残っていない。別の方に市長になってもらわないと、この室戸がますますダメになってしまいます。

 本当にどこかにいい人物はいないですかねえ。正直で、真面目で、ウソをつかない人で、それにもっと室戸を明るくしてくれる人物が。

 でも、言っておきたいですが、口ばかりうまくて、人に依存するばかりで自分は動かない、うわべだけ取り繕うあの人物だけはダメですよ。姑息で自分が名を成すことばかり考えていて、実質的には住民のためには働いていないなど、とても信用できませんから。
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室津郷稲石のコスモス園

2009-10-28 | 季節のたより
 まだまだ暖かい日が続いている室戸ですが、初秋の候、皆様いかがお過ごしでございましょうか?

 ニ、三日前の曇り空の日に見に行った時はまだ六分咲きぐらいでしたが、晴れて暖かくなった今日は室戸市の室津郷稲石(いなし)の市道沿いの畑一面に植えたコスモスも満開になっていて、市民の目を楽しませています。

       

 今日の午前中は、昨年から進めていますある地域の地震避難路整備についてその現場で住民の方々と経過報告も含め意見を交わし、引き続いて市担当者とその事業化に向けて協議するなど、議員職務に鋭意努力して忙しく動いていました。

  

 そんな昼前、小生の後援会長(“二人だけの選挙運動”として全国的に有名(?)になりました相方であるカミさん)から、「おとーさん、コスモスが咲いちょういゆうき、スーパーで弁当を買おて花見にいこか?」と連絡が入り、断る理由も無いことから、行ってまいりました。

  

 このコスモス園は、農業をしておられる地元の上松さんが田んぼの米を収穫した後、田を耕して購入したコスモスの種を蒔き、育てたもの。上松さんによると、「七年ぐらい前からやりだした」そうで、そういう長年に亘る無償の努力が実を結んで、毎年この頃になると噂を伝え聞いた市民が次々と見にやってきて、人気を呼んでいます。

  

 この世知辛い世の中、欲深い人もいますが、地域づくりとはこのように地域に対して無償の愛を与え続ける心があるか無いか。そこで、その人の資質が解かります。

花と人。人間はいつも無欲で、このコスモスの花のように美しくありたいものですね。
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細密画集・懐かしの魚梁瀬森林鉄道

2009-10-25 | 魚梁瀬林鉄の保存活動
旧魚梁瀬森林鉄道遺産が国の重要文化財に指定されたことを記念して、地域雑誌『あおぞら』(平成3年10月号・在庫無し)に掲載した小生作のイラスト画をここでもう一度お披露め致します。

      

      

               

      

      

      

      

      

以上、雑誌に掲載した中から一部だけ紹介しました。
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旧魚梁瀬森林鉄道遺産、重文指定記念シンポジウムを開催

2009-10-25 | 魚梁瀬林鉄の保存活動
 長い間、県東部・中芸地区の杉銘木産業を支えてきた馬路村魚梁瀬を拠点とする旧魚梁瀬森林鉄道の路線・隧道(トンネル)・陸橋等の施設が、こと史6月30日、国(文化庁)の重要文化財に指定された。

 それを記念して、10月24日午後1時半から安芸郡田野町のふれあいセンターにて「中芸地区森林鉄道遺産を保存・活用する会」(清岡博基会長)の主催でシンポジウムが開かれ、約150人の参加者はかつて魚梁瀬森林鉄道(林鉄)が走っていた頃を懐かしみながら、パネラーの意見交換から今後の観光振興への活かし方を学んだ。

  

 旧魚梁瀬林鉄は高知県東部を南北に流れる安田川及び奈半利川にほぼ平行して建設されていますが、発端は魚梁瀬地区周辺の魚梁瀬杉などの国有林伐採のために国(農商務省)の直轄事業として建設開始。
 建設後は県東部の主要運搬材機関として利用されたが、奈半利川上流における魚梁瀬ダム建設等に伴い、建設資材を運搬するトラック輸送のための道路整備が行われ、その道路はやがて木材搬出用の道路として引き継がれることになり、昭和38年に鉄道路線の全線が廃止された。私事ですが、その翌39年からは高校を卒業した小生は家業である製材所の大型トラックの運転手として直径1メートルを超す杉丸太の大材を満載してこの山岳道路を使って、魚梁瀬ー馬路ー室戸間や魚梁瀬ー北川ー室戸間を走り行き来したことを思いだします。

        

 閑話休題。第1部の講演は、文化庁の北河大次郎・文化財参事官が文化財の全国に点在する「近代化遺産」の紹介から解説を始めた。(以下、北河氏の話)

 《近代化遺産とは、近代的手法によって幕末期から第2次世界大戦期までの間に建設され、わが国の近代化に貢献した産業・交通・土木に係る建造物をいう。重要文化財の近代化遺産の指定は昭和40年代に始まり、徐々に増加。現在、172基が指定されています。

 さて、中芸五ヵ町村という広範囲にまたがって設置されているこの旧魚梁瀬森林鉄道ですが、重要文化財として指定するまでの選定の要点を説明すると、①幹線に関連する構造物があって、それが第2次世界大戦までのものであること、➁林業史上の価値があること、③建設技術史上の価値があること、などが挙げられます。

       

 路線・隧道、陸橋について見ると、この魚梁瀬林鉄にはこの三つが備わっていることで指定されたということです。

 その中でも特徴ある施設(遺構)を挙げると、二股橋(北川村)は無鉄筋コンクリート造り、堀ヶ生橋(北川村)は鉄筋コンクリート造りの橋梁として近代における全国最大級規模の構造物であり、コンクリート技術史上でも意義深い。

 今後の保存と活用については、以上に挙げた「林業史上の価値」、「技術史上の価値」、「地域史上の価値」の三つの要素を掘り起こす保存・活用の活動を継続させてゆく事が重要です。安田川沿いの八っ谷橋など、まだ埋もれている遺構があるので、調査や草刈りなどの整備作業の実施を行なってほしい。

 観光資源として売り出す企画でいうと、「その遺構に人がやってくるようなキャッチフレーズを付けること(見た目を強調して)」、「旅行雑誌で紹介してもらうこと」、「全線の路線図と観察ポイントを網羅した地図を作成すること」、「観察ポイントの見学ルートを設定し、イラストなどを使ってそのポイントごとをすべて紹介したパンフレットを作成すること」、「観察ポイント周辺にある不要な看板やガードレールを撤去するなど、遺構周辺の環境を美的な形に整備すること」、「見学路の整備(ウオーキング・トレール事業)を行なうこと」などです。》

 北河氏は講演の最後に、「近代化遺産の保存・活用は、家の相続と同じように、地域の遺産を次代に引き継ぐよう地域の人たちが努力して頂きたい」と地元住民に求めた。


 第2部は公開討論会(パネルディスカッション)。パネラーからは有意義な意見が活発に交わされました。(抜書きする)

          

 兵庫県から招かれた鉄道ファンの写真家・桝本成行氏は、「屋久島で今も使われている森林鉄道の台車のブレーキは大正期に魚梁瀬営林署職員が開発した形式のもので、驚いた。又、基礎森林鉄道など全国の他地域の林鉄を差し置いてこの旧魚梁瀬林鉄が先に重要文化財に指定されたことに疑問を持ち、文化庁の調査官に聞いてみました。調査官は『いくら文化遺産があっても指定されません。その地域にその遺構を保存し活用しようとする団体やグループがいてこそで、それが指定の条件となります』と聞いて納得した次第です」と、中芸地区が指定された価値はそこにあることを強調した。

 地元北川村の西岡和さんは、「初めは、文化庁に指定されるかもしれんという話を聞いた時は『そりゃ、ムリ、ムリ』といったことでしたが、指定された今はそう言ったことを反省しています。知人の中にかつてこの林鉄に乗っていた人がいて、その人ももう故人となられたが、遠い空の上から今回の指定を喜んでいると思います」と。

 (株)カゴオの籠尾信之社長は、「日頃、経営する北川村温泉の前の奈半利川に架かる赤鉄橋を『なかなか風情がある鉄橋やなあ』と思って見てきましたが、重文の指定を聞いて『そんな価値のある遺構だったのか』と驚いています」と喜び、「指定されたことを機に観光事業としてトロッコ列車を作り走らせ、周辺地域の観光に活かせたら」と提案する。

 コーディネーターの溝渕博彦・県教委文化財課長補佐は、「このように五ヵ町村にまたがった遺構施設が十問に指定された例は全国でも初めてで、そういう点からも価値は高く、地域の高まりが大きく期待されます」。

           

 保存・活用する会の清岡会長は、「調査・研究を中心に活動しながらも、観光振興を考えると、一点目に、今後は保存活動協議会などを設立して運動を継続させることも考えている。これまでは県の支援を受けてやってきたが、今後は自分たちで自立した活動をしてゆく方向が必要だと思っています。
 二点目に、観光ガイドが必要だと思っているが、遺構が五ヵ町村にまたがっているため、各地区のガイドと全体を案内出来るガイドをと考えており、今そのガイド研修を行なっているところです。そのためにも組織づくりと事務局づくりが課題となる」と意気込む。

 文化庁の北河氏は、「今回の国の指定は目的ではありません。如何にこれを後世に伝えていくかが問われます。安田川ルート、奈半利川ルートとも川が横に流れているのも観光面では効果的です。今の保存・活用する会の情熱を以って次代に伝えてゆく。そういう事が大事であるし、これからの課題ではないか」と提案した。

 最後にパネラー各氏から「これからやりたいこと、やってもらいたいこと」が語られた。

      

 桝本氏・・・「景観を乱さないような看板を設置してほしい。それと、廃校等を活用して博物館か資料館をどこかに作って頂きたい。これは是非作ってほしい」。

 籠尾氏・・・「100年後に遺構めぐりのトロッコ列車が産業になるぐらいにして頂きたい」。

      

 清岡会長・・・「残っている軌道跡の調査を早急に行いたい」。

 溝渕氏・・・「森林鉄道遺産まつりのような催しを行ない、遺構巡りし、ホテルに泊まり、参加者が交流する。それを五ヵ町村が一つになって開催してほしい」。

 こうして色んなアイデアが出て盛況の内に午後4時半に閉会となりました。私の評論は無し。パネラーの皆さんがすべて語り尽くしてくれました。

 尚、付録として、平成3年9月に描き、同年10月号の地域雑誌『あおぞら』に掲載したイラストを次のページに掲載しますのでお楽しみ下さい。
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英語は神の言葉か(そのニ)

2009-10-24 | 文化・芸術・スポーツ
 日本には立派な、そしてあらゆるバリエーションを持ち奥深い日本語があるんだから、日本語を使おうではないか。英語と日本語と比べればどちらが一般社会に理解度が高いかというと、やはり日本古来の表現豊かな日本語の言葉の“あや”に勝るものはない。

 行政において使われる言葉、いわゆる行政用語はこれまで持って回ったような言い方で、且つ、硬い表現が多く、それは中央の方から改善されているとは聞くが、未だに以ってこの地方議会においては難解で、解釈が行なうのか行わないのか解からないようなどちらにでも解釈出来る表現の言葉や用語を使っている。

 不用意に英語を使うのは、ひと言で言うと、それは相手に対して不親切の極み。

 商売も人と人との対話においてでも同じことで、相手の身になって物事を考えれば、何が正しいのか見えてくるものだ。商売なら消費者の身になって自分の店を見る事が出来れば、どうすれば商品がより多く売れるのかが見えて来、二つの組織がせめぎ合う行政と議会を除けば、対話も基本的には相手の身になって話したりすればより理解度は高まるもので、これは自明の理だ。

 前のページでも書いたが、最近、特に思うのは、行政や経済や環境問題などの分野に言えることだが、評論家や学者などから出たと思われる一般社会の国民が理解し難い英語を濫用して悦に入っている事例が多く、それが非常に鼻につく。中には使っている本人さんもあまり意味が解かっていないまま使っている例もある。

 これらの事に対して、中央のほう、つまり都会では「これは良くない」ということで、これまで普通に使っていた平易な通常の解かりやすい日本語に置き換えて使うようにはなってきたが、田舎の方ではまだその動きが届かないのか、非常に無理に使おうとしている場面にもよく出交わす。

 本来、行政などで使う言葉や作成文書とは相手に解かりやすく伝えてこそ、ベストである。自分自身や他の一人や二人に解かっても、その他大勢の人たちが辞書を引かなければ十分に理解出来ない言葉や文書というものは、本当は排除され、改善されて然るべきではないか。そう思う。

 そこで再度、英語にイチャモンをつける。

 英語に「五月雨(さみだれ)」や「細雪(ささめゆき)」という肌理(きめ)細やかな表現ができますか。できないだろう。ということから、対話にしても文書にしても英語よりも日本語の方が相手に対して理解してもらいやすく、更に親切だといえる。

 ここ数年、室戸でよく聞くのが「タラソテラピー」。これも「海に関係していて健康に利用する」という程度の意味かと誰もが理解しているが、日本語訳の「海洋療法」という日本語もいまいち意味不明です。

 「メリット」と「デメリット」の言葉は、市町村合併の問題が行政と議会を賑わせた平成14年から20年までよく聞いた。合併に関する場合、この単語を使うと「長所」と「短所」になるが、私は違和感を持っていた。「メリット」がなぜ「長所」か。「メリット」は「利点」だろうと。だから、「メリット」と「デメリット」は、むしろ「有利点」と「不利点」が正しい。

 「ノーマライゼーション」も「高齢者が他の人たちと暮らす社会がノーマル(正常)だとする福祉の基本理念」と解釈されている(「ノーマリゼーション」ともいう)。この単語を身近な日本語で状況を的確に表現することは出来ないが、この単語本来の日本語は「正常化」と訳されているので、一概に高齢社会の理念をいっているのではないようだ。

 「ビジョン」という英語があるが、この単語は広まっているのでもう英語のままで使うことを許されるだろう。

 会議で状況説明することを「ブリーフィング」といっているのは、無理に英語を使わなくてもいいだろうと思ってしまう。

 「市場調査」を「マーケティング・リサーチ」というのも、日本語の方が解かりやすいだろう。

 取り留めも無くつらつらと2ページに亘って書いてきたが、最後に。

「マニフェスト」と無理に言うのも笑ってしまう。「政党公約」なんか、昔からあった。数字を書きこんであるといっても、「公約」に数字を書きこめば済むこと。この「マニフェスト」については、当電子情報誌『高知発!青空エクスプレス」8月11日の記事、 面目躍如!藤原正彦の「政党の品格」をご一読下さい。
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英語は神の言葉か(その一)

2009-10-23 | 文化・芸術・スポーツ
 唐突だが、巷に氾濫する外国語について、しばしイチャモンをつけてみたい。

 「モチベーション」という単語がある。これを、よく「モチベーションを高める」と使うのを見るが、多くは間違って使っている。この意味をよく「意欲を高める」「やる気を高める」の意味に使うが、このような「モチベーションを高めてゆく」の使い方は誤訳で、本当は「モチベーションを行ない・・・」とか、「モチベーションを与え・・・・」という形で使い、「モチベーション」の意味は「動機付け」、「刺激を与える」が正しい。「やる気を高める」の時に使うのは「モラール」を使う。

 この「モラール(MORALE)」と「モラル(MORAL)は別の言葉で、「モラール」は「やる気」とか「労働意欲」のことで、「モラル」は「道徳」の意。だから、時々聞く「モラル・ハザード」も道徳的な危険のこと。これらは日本語の方が理解してくれやすいといえる。

 又、議員になって関係書籍を読んでいてよく聞く「ユニバーサル・デザイン」は、「誰にでも対応可能な形」の意。特に、高齢者や外国人、子どもなども含めて使える形式ということで、最近よく使われている。

 世間がよく勘違いしているのが、「リストラ」だ。正しくいうと、「リストラクチャリング」。これは、企業が変化に対応してその構造改革を行ない、再構築すること。その再構築作業のほんの一部に人員整理があるのであって、「リストラ」といえばすべて「人員削減策」のように捉えられているが、それらは間違った日本語解釈。この誤りは、英語が先に社会に広まったからが理由。先に「企業の構造改革」や「企業構造の再構築」という言葉をマスコミや学者が使っていたら、国民が間違った捉え方をしなかった。

 三、四年前、県の職員と会議の打ち合わせをしている時に聞いたのが、「レジメ」という単語。

 私はこの言葉をその時に初めて聞いたもので、当時はそのニュアンスから「日本語かな」と思ったが、どうも違う。カタカナ用語集で探すと「レジュメ」が正しくて、意味は「要約」とか「概略」とあった。県職員や市町村職員など行政職員が日頃、作成した資料をこう呼んで使っているようで、「レジュメ」はもう行政用語で通用しているしこれが短い用語ということで、この言葉は無理に「要点」とかの日本語にする必要もないように思う。

 同じような例が、最近広まった「マニフェスト」。これは元々日本にあった「政党公約」を北川正恭元三重県知事がイギリス議会などから学び、「この単語を使って下さい」といって全国の首長や議員に広めたもの。特に氏が政権を取ってほしいと考えた民主党に対して。

 この言葉がブームになり民主党は政権を取ったが、この言葉がなくて、もしこれまでどおりの「政権公約集」の名で選挙をしても政権は取れなかった。だから、民主党が政権を取れたのはこの「マニフェスト」をいわば水戸黄門の印籠のように“これに書かれていることは神の声だ”と言わんばかりに高めた北川氏の手柄。その証拠に、民主党は自分たち集まって作為を以って書いたものなのにマニフェストに書いてあることをまるで神の声であるかのように、二言目には「マニフェストに書いてありますから・・・」と記者会見の度に言い、官僚を脅し、記者を脅している。

 私が地域情報誌を出版している時に槍玉に挙げた単語が「アイデンティティー」。

 辞書を引くと、「自我同一性」「本人であること」なんて書いてあり、日本人が言葉として使う場合を考えるとどうも意味がわからない。又、インターネット検索でウイキペディア(フリー百科辞典)で調べても、「自己同一性」「自分は何者であり、何を為すべきかという個人の心の中に保持される概念」と書いてある。これもこのアイデンティティーの単語を日本語の中に取り込んで話をするにはちょっと無理がある。日本語で人と話をする時にこの言葉に代わる的確な日本語があれば、この単語よりももっと解かりやすい。

 この概念は、エリク・エリクソンがユダヤ系の母親から生まれたという自分の出生(アイデンティティー)に悩んだことから生み出されたものと言われているが、彼自身もこれを簡単に定義づけて説明したことは無く、それは定義づけるとあらぬ誤解を生むことを恐れたものと考えられている。

 これらのことを考えると、日本人がこのアイデンティティーという単語をあまり解からないまま使わないほうがよい。

 その他、「アウト・ソーシング」も、なぜ「外部委託」と言えないのか。

 「アカウンタビリティー」も国の事業においてや行政においてなど行政用語となりつつある。そのため私も議会の一般質問の時に使うが、その時は必ず「アカウンタビリティー、行政責任」と日本語を付け加えることにしている。これも「行政責任」ならば、これほどわかりやすい言葉は無いので、行政はなぜ日本語を使わないのかと思う。

 費用対効果のことを「コスト・パフォーマンス」というが、「費用対効果」と言ったほうが早いし、相手にもっと的確に伝わり理解してもらいやすいのになぜ英語を使うのか。この「コスト・パフォーマンス」には「給料と職能」という意味もあるらしいが、英語を使うことによってこんな間違いも発生してしまう。

 その他、アプリケーション、アメニティ、エグゼブティブ、エピゴーネン、ガイダンス、キャパシティ、クリエーティビティ、コミットメント、シミュレーション、・・・。週刊誌や新聞、またテレビの報道にもこれらの英語を国民が知っていて当たり前のように幅を利かしている。知らなくて当たり前の日本の国なのに。

 もう一つ、行政でよく使う「スクラップ・アンド・ビルド」。これは「事業の見直しと構築」のことで、いわゆる最近ブームの「事業仕分け」のことですが、英語と日本語と比べればどちらが一般社会に理解度が高いかというと、やはり日本古来の表現豊かな日本語の言葉の“あや”に勝るものはない。

 日本には立派な、そしてあらゆるバリエーションを持ち奥深い日本語があるんだから、日本語を使おうではないですか。
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私的人材論

2009-10-21 | 政治家のあり方
 組織にとって、いい人材とはどういう人物だろう。

 15年5月からこれまで六年六ヶ月になるが、市議会議員をしながらそんなことを何度も考える。

 市会議員が表立った場所で行なう仕事といえば、一年に4回行なわれているわずか七日ぐらいの議会会期中に、本議会で質問と質疑と討論に参加することと委員会で質疑することぐらい。このどれかに何回か登壇し発言すれば、それほど内容の無い発言でも市民の皆さんには住民のために真面目に働いてくれている議員だと映る。そのことによってその議員は「忠実な議員」と評価してくれるかもしれない。その議場の姿だけで次の選挙で投票を決めることもあろう、わずか年間28日間の見た目だけの判断で。

 しかし、そんな一年の内のわずか28日間に一度の発言すら無い議員のことや、議会のない八ヶ月間も報酬を頂いているのに議員活動と言えるほどの行動をしていない議員のことを考えると、本当に彼らが「公に忠実な非常勤特別職公務員」かといえば、そうとは言い難い。

 では、議員の職務に対する心構えとはどんなものか。

 基本は、憲法第15条「すべての公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」。これは「議員は、住民全体の利益のため、法令に基づいて公平にその権限を行使すべき立場にある」ということ。市長等執行機関と議事機関の二元代表制からいうと、議員は常に執行機関とは一歩離れていなければならない。それが離れずに密着するならば、議会は有害な組織となる。

 議員の職務は、「執行機関を公正に眺め、厳正に批判し、行財政執行上の重要事項について適正で公平・妥当な結論を見出してこれを決定するのが議事機関である。また、逆に、議員が執行機関から離れすぎては適切な行政執行の正しい検証は出来ないし、又、非難や批評は出来ても、議会の使命である正しい批判と監視はできない。この原則が守られなければ行政は乱れ、ゆがめられ、民主的で公平な運営が損なわれる。議会の構成員である議員は、常に執行機関とは一歩離れ、二歩離れない姿勢が大事である」。
 地方議員の“バイブル”『議員必携』はこう教えている。

 では、議会においていい人材とはどんな人物か。

 指標の一つは「行政の不正や不適正な業務に対して勇気を以って苦言を唱えることが出来るか」だと思う。

 例えば、温浴施設の指定管理者公募やその管理運営において、また高速バスターミナル建設が地方自治法の公の施設に反することなどにおいて言えば、改革派議員が「これは違法だ」「不適正だ」と指摘して証拠と法的根拠も明らかにした。それに議会総体が呼応して問題視していたら表決での判断は180度変わっていたし、その後において行政から違法や不適正な議案が提出されることにもブレーキが掛かっていた。行政を改革しようと努める議員は「おかしい」と何度も声を上げて違法であることを叫ぶが、不幸にもそれに呼応する議員はいない。議会総体は勇気を以って追及する改革派議員とは意を同じくせず、“黙して語らず”。その度に尽く見放した。

 地方議会においていい人材とは、上記した憲法第15条の規定と『議員必携』にある「議員の職務」の記述を堅実に順守する人物であるといえる。

 だが行政の過ちは改まらず、改めさせる立場の議会も見て見ぬ振り。次代に生き残ろうとするならば、市内企業は市と市議会の教訓に学ぶ必要がある。

 “反面教師”として。
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民主党甘言公約+「事業仕分け」作業=赤字国債依存予算

2009-10-19 | 国のあり方
 まず最初に宣言しておきたい。わたくし、自民党支持でも、民主党支持でも、その他の政党の支援者でもありません。ただ、国を良くしようと働く改革志向の国会議員を応援しているだけです。

 三位一体改革で地方自治体に痛みを強いたことや郵政改革を行ったことでいまや嫌われ者のように言われている小泉純一郎氏ですが、同氏のやってきた国の改革は誰かがいつかはやらなければならないことだったから間違っていなかったと私は思っている。息子の小泉進次郎議員も発言は政治家として非常に爽やかだし、人をひきつける力は父親譲りで、森喜朗議員より何倍いいかわからん。

 そして、大臣として先頭に立って行政改革を推進していて党の幹部に邪魔をされて党を出た渡辺善美議員や、父親が政治家を辞めたことで持論が展開しやすくなって総裁選で長老議員(森氏、町村氏)をくそみそにやっつけた河野太郎議員などは私の考えていることを代弁してくれて、大変爽快な気分になった。

 いつも思うが、議員は、国会議員も地方議員も70歳を過ぎれば辞めよう。“オレ”がいなくても、それ以上に能力を持った若者が十分政治を行なえる。いや、議会の主のような議員がいないほうが政治改革が進むし、人も育つ。

 先の衆院選を振りかえると、これは民主党だけではないが、すべての政党がマニフェストと名付けた「政党公約集」を作り政策を訴えていた。唯、各政党及びマスコミ全体は選挙前も選挙後も国民の大半の人にこの政策集を渡したように言っていたが、実際のところ、国民のほんの一部の人だけにこれを渡し、そう、約99パーセント以上の人にこれを渡さずに選挙を行なったということを忘れてはならない。

 その公約の中身を知ったのは公約集からではなくて、テレビや新聞が政党になり変わりその内容を“紹介してあげた”から国民の知るところとなったが、もしテレビと新聞が全く紹介しなかったら国民は各政党の公約を知ることは出来なかったのです。こんなこと、政党は考えたことも無いだろうし、テレビと新聞が報道するのは当たり前のように思っているだろうが、選挙後、彼らはマスメディアに感謝しなければいけないのである。

 それと、室戸市においてもこの政党公約集を手にした人は多分、政党関係者と候補の立会演説会に行った200人ぐらいだけで、市議をしている私たちでさえ、どの政党の政党公約集も唯の一冊も見たことはなかったし、いまだに一冊も見ていない。それと、選挙カーも一台ぐらいが市内をサァーと通り過ぎた程度で、全く選挙運動期間中とは思えないぐらい低調で、町が静かだったのが印象的でした。衆院選はその程度の盛り上がりの選挙だった。

 そこで、マニフェストと名付けた民主党の「政党公約集」についてです。

 選挙後の大臣の在りようが、また面白い。どの大臣も「このマニフェストに書いてあるように行ないます」と宣言し、強引に官僚に命じ推し進めることから、誰かが言っていたが、まるで水戸黄門の印籠のように前に座っている人たちを「ハハーーーッツ」とひれ伏させる様が見られる。

 大臣室に入って議論する度にマニフェストを開いてそこに書かれていることと違うことは一切却下されるという。面白いね。政治家として、また大臣としての「自分」というものがない。大臣が「大臣」なのか、マニフェストが「大臣」かわからない。

 民主党がやっていることは、まるで参考書を手にして、小学生、中学生、高校生、大学生の子供たちが「参考書の中の一つの数式で計算して答を出した以外の方法で出た答は間違いだ」と思い込むのとよく似ている。

 つまり一言でいうと、民主党の大臣が言っていることはマニフェスト至上主義で、応用が利かない。いや、もしかしたら応用を利かしてはならないと後ろにいる小沢幹事長に言われているのかも知れない。

 又、公約集の中身も、民主党の各支持団体から要望されたことをそのまま政策に取り込んでまとめたもので、正しく選挙対策だった。

 民主党の中には日本の国旗や国歌を否定する輩が党の首脳陣の中にいて、民主党は民主主義を本旨とする民主的な政党ではなくて、まるで別のどこかの共産主義や社会主義を本旨とする政党のような主義主張を唱える異質な政党でもある。「民主党」は民主党と社会党が一体化した「民主(社会)党」だから、さもありなん。

 話を戻してその政策公約集だが、「甘言」にだまされていけないと選挙前からこの電子情報誌でも書いてきたが、この「甘言」が政策集に無ければ選挙で勝てるわけが無かった、だから「甘言」をいくつか散りばめた。特に悪い政策は「高速道路無料化」。次に「毎月2万6千円支給の子ども手当て」と、「農家への所得補償制度」など。

 これを「国民の70%が反対する高速道路の料金はこれまで通りとする」、「子ども手当ては毎月1万円」にすれば、八ツ場ダムなどの公共工事の予算もこれまでどおり予算化されるし、子ども手当ても自民党政権時に決めた22年度だけ3万6千円支給と決めてあったのが子ども一人に年間12万円支給されることになり、これだけでも子どもと親が遊行費として遣うには多すぎるぐらいだ。

 民主党は自分達のバラマキ公約であるこの子ども手当ての財源を地方自治体にも負担させるといっているが、とんでもない話だ。原口総務大臣も「公約は地方に負担を負わせることを前提にしたものではなく、そんなことをするのなら選挙をやり直さなくては国民との約束違反になる」と、厳しく首脳陣を批判している。

 「原口大臣、よくぞ言った」。われわれ地方自治体と地方議会はこの点についても国への批判の声を高めなくてはならない。「党の責任でやるといったんだから、地方に負担させず、自分たち国が責任をもってやれ!」と。

 又、高速道路については、テレビでも新聞や雑誌でもこんな点に警鐘を鳴らす人は唯の一人もいないが、普段は40キロぐらいでのろのろ運転するオジさんが「信号が無いしタダだから高速道路を走ろうか」と乗り込んできて走り出すのは間違いない。

 私も南国ー岡山間に高速道路が開通してすぐの頃、雑誌取材の帰りにまだ片側一車線だった高知自動車道の大豊インターから高速に上がった時、そんな40キロぐらいで走る高齢者四人が乗った軽四車の後について恐怖体験をしたことがある。その時はクラクションを鳴らして事なきを得たが、その後その車がトンネルに入りどう走り後続車がその軽四にどのように対応したかまでは知らない。片側一車線の高速道路において、他の車は約100キロで走り、一台は約40キロで走るとどうなるか想像していただければその恐怖感はわかろうと思います。

 高速道路を無料化すればこんな状況は間違いなく常態化し、当然、大渋滞とそれら高速道路慣れしていない初心者や高齢者によって交通事故は多発するし、高速道路逆行なども日常茶飯事となるだろう。

 こういう状況が民主党の公約「高速道路無料化」によって発生し、国のこの政策によって高速道路上での交通事故が増加すると、地方議員である私から警鐘を鳴らしておきたい。政府はこのことに気付いてないが、環境対策でCO2削減を考えるよりも、私はこのような問題点をもっと考慮すべきだと思っている。そして公約である高速道路無料化は中止することです。

 因って、高速道路は無料にしてはならない。料金を取ることによって高速道路上を走る車が自ずと規制され、それが安全・安心な高速道路を確保する唯一の方法となっている。それを無料にすればその安全・安心が霧散し、高速道路は地獄と化すことだろう。

 金と命は代えられない。金よりも命の方が大事だ。

 又、「所得補償制度」について、真面目な農家の若い担い手はこういっている。「懸命に働く農家も不真面目で働かない農家も同じように判断するそんな政策は間違っいる」と厳しく指摘していた。その通りだ。その見極めをどう判断するのか。民主党にそれを出来る議員がいるのか。真面目な人は助け、真面目に働かない人は支援してはならないのは誰が考えても解かること。そこを民主党はどう正しく判断するのだろうか。まず、この制度も問題化すると見ている。

 さて長くなったが、そこで「事業仕分け」についてです。

 「事業仕分け」とは、簡単に言えば、行政において行っている事業を「不要な事業」・「民間委託して行政から切り離すべき事業」・「市町村が行うべき事業」・「県が行うべき事業」・「国が行うべき事業」に分ける作業をいう。そして、まず事業の賛否を議論し、「外部の者」が参加し、「公開の場」で議論する。これが「構想日本」というグループが考えた行政改革の方法です。

 でも、これまでも何回か書いたが、こんな行政の事業を簡素化する作業は行政において十年前、ニ十年前からことある毎に行なっていてしかるべきことで、私はやっていると思っていた。

 ふつう、自分たちが行っている多くの事業をその時々に総合的に見直す作業は企業でもあるのではないか。企業だけでなくて、地方自治体においてもそんな事業の見直しという作業は初歩的な基本業務として行なっておくべきことで、この作業をこれまで行政において行なってこなかったことの方が驚きだ。

 そうして、最近のニュースでは「甘言公約+事業仕分け」の結果、自民党の補正予算88兆円が95兆円プラス3兆円の、合計98兆円となるらしい。その結果、赤字国債の発行もあり得るという。

 民主党の名を高めようと行なった一世一代の事業仕分けも、選挙対策のバラマキ公約が多すぎたために形ばかりとなり、却って自民党の政策よりも国の借金を増やす結果となるようです。こんな時、「構想日本」の代表が政府の戦略局に入っているんだから、バラマキ公約を止めらせるぐらいの指摘をしなきゃ、何のためにそこに入っているか分からない。

 最後に付け加えておきたい。

 本日の国と地方の借金合計額は、961兆6709億2718万円。国民一人当たりにすると、759万円になっている。民主党政権の失政によって、国と地方の借金はやがて1000兆円に到達する。

 それと、小沢幹事長。あなたはこの国を牛耳ることばかりに苦心していますが、もうそんなかつて田中角栄議員がやったような政治スタイルが通用する時代ではないのです。国民だけじゃなくて民主党の大半の議員も嫌がっているじゃないですか。早く引退して下さい。新しい政治は、あなたのような政治家としての主義主張も理路整然と語れず、ただ裏で組織を一手に握ろう国を掌握しようとするだけのそんな人物の登場を期待してはいません。
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松井選手、あなたは大リーグで野球人生を全うすべきです

2009-10-18 | 大リーグ通信
 かつて、ニューヨーク・ヤンキースのジョー・トーリ監督は「松井の良さは、彼を毎日見ている人間でないと解からない」といった事がある。

 自己主張の激しい選手が目立つ大リーグ選手の中、松井秀喜選手は試合でチャンスがきた四球で歩き、走者を進め、いざという時は勝負強さを発揮、得点を重ねている。それに大リーガーとしての品格も備わっている。又、守備では腕を骨折したし、巨人時代からの右ひざの故障。そして、それをかばっての左ひざの故障に悩まされ続けながらの、今年の好成績。「苦闘」の一言では片付けられない優れた働きをしている。

 実は、小生、小学生になった7歳からのプロ野球ファン。当時の月刊誌『野球少年』の日米野球の記事でセントラルカージナルスのスタン・ミュージアルを見て映像では見る機会はなかったがカージナルスを好きになった。そして、津呂の町に2台しかなかったテレビで巨人戦を見せてもらって、巨人の川上、与那嶺、エンディ宮本、藤尾などの活躍から巨人ファンになり、当時、NHKが昼から中継していた東京六大学野球で活躍する立教大学二年の長嶋や杉浦、本屋敷を見て立教大学を好きになり、そうしてセリーグは読売ジャイアンツ、パリーグは南海ホークスのファンになった。

 小学三年生(9歳)の時からは、夜、テレビのある同級生の家に行って、巨人の試合を見ながらスコアブックの付け方を教えたり、室戸岬中学校の野球部からも呼ばれて試合を見ながら中学生にスコアの付け方を教えたり。そんな時、栄養失調で30cmの高さの段も上がれないくらい体が弱って、三ヶ月ほど休学。そんな生まれついての虚弱体質から自らが野球をする体力など無く、もっぱら絵を描いたりテレビと雑誌で野球の情報を収集する、そんな情けない子ども時代を送っていた。

 そうして、少し元気になった小学六年(12歳)の時には立教から巨人に入った長嶋と、長嶋と開幕初戦で対戦した国鉄の金田正一のファンに、更に月日は流れて松井秀喜のファンになった。松井がヤンキースに入ってからはヤンキースファンになり、やがて観客の応援がなんともスマートで試合が静かに白熱し高まる大リーグ野球のファンになった。だから今、巨人の浮沈には関心が薄く、議員活動の合間で時間が許せば、もう大リーグ一辺倒で見ている。

 さて、その松井ですが、今年の大リーグの地区シリーズで敗退したレッド・ソックスが 今期でヤンキースとの契約が切れる松井外野手(35)の獲得を検討しているという。

 R・ソックスはその理由として、①本拠地フェンエイ・パークの左翼ポールまで94.5メートルとメジャー本拠地球場の中でも狭いこと、➁それ故、打球処理が多くないため、外野守備復帰を目指す松井の両ひざへの負担も抑えられること、③このフェンエイ・パーク球場で松井が打ちまくっていること等を挙げている。

 その他、 ニューニューヨーク・メッツにという記事も地元紙に掲載されている。

 これらの情報はともかくとして、勿論、松井はヤンキース残留を希望している。だが、ワールド・シリーズ終了後、球団から残留を提示されないようならば、松井のR・ソックス入りもありえない話ではない。

 唯、個人的には、松井に赤いユニホームは似合わないし、一つのチームに日本選手ばかり集まってもよいことではないから、R・ソックスに入るのはやめてほしい。一ファンである私の希望は、ヤンキース一途を望んでいるが、それが叶わなければかつての師であるトーリ氏が監督をしているドジャースに入団してくれることを願いたい。

 阪神など日本の球団もアプローチしているが、日本のプロ球団への復帰は今の彼の偉大で華やかな野球人生を汚すもので、野茂英雄氏のように40歳を過ぎても半ばよれよれになるまで大リーグの球団を渡り歩くべきだと思っている。

 私が言わなくても、いまや有名大リーガーとなったヤンキース・松井秀喜外野手はもう一度日本に帰ってきて野球をすることは考えておらず大リーグで選手人生を終えると見ているが、最後にもう一度、彼にお願いしておきたい。

 松井秀喜選手、あなたは大リーグで野球人生を終えるべきです。それが私たち米大リーグの野球ファンのためでもあります。最後までアメリカで野球を続けて我々を楽しませてほしい。

(追記)
 今日のアメリカンリーグのリーグ優勝決定戦、ヤンキース対エンゼルス戦の第2試合は最後まで白熱した試合でしたが、13回裏にエンゼルスの守備の乱れで何とか4対3でサヨナラ勝ち。5時間を超える大熱戦でしたが、ヤンキースもチャンスを次々とつぶし、選手もそうですが見ているこちらもとにかく疲れました。次の第3戦は20日(火)の朝5時10分からです。関心のある方は是非見て頂きたい。
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前代未聞?!「社長一人の株主総会」

2009-10-16 | 議会報告
 自治体が民間企業となる株式会社を設立した。その会社の取締役三名は、自治体の首長と、副首長と、担当課長が就任した。そして株主総会を開催する。そこに出席するのは、会社側からは社長と取締役2名。自治体側からは首長と副首長と担当課長。だが、この会社側の三名と自治体側の三名は同一人物である。

 こういう役員構成にした場合、誰が考えても、会社が不正、不公正、不適正な業務を行なった時や会社が赤字を出して株主に負担を負わせた時、株主は会社側を追求し改善を求める立場にあるのに、株主である首長ら三名は同一人物である設立した会社の社長ら取締役の三名を批判も改善もさせないまま、いわゆるシャンシャンで株主総会を終わらせてしまうことになる。

 法的に許されていると市長は言うが、こんなでたらめな事が室戸市で行われることになった。

 室戸市の温浴施設は平成18年7月にオープンしました。その時、当時の本市首脳陣と親密な関係にあり指定管理者と本命視されていたミクプランニングは、指定管理者公募の半月前の17年5月11日と12日に本市の市長と市職員の総勢4名と同社で条例・公募要綱違反の違法となる事前交渉を行います。私はその事業を内偵調査していたことからその不正を見つけ、議会で暴露し追求を続けた。だが、議会の問題意識は低く、スルー。結局、ミク社は18年3月議会の表決で指定管理者に指定されてしまいます。私に言わせれば、とんでもない出来事です。

 指定管理者条例を基に作成された公募要綱の「応募者の失格」の項には、「指定管理者の公募において、審査の公平性に影響を与える行為があった場合、失格とします」の記載があるにもかかわらず、市長と市職員は不正な事前交渉を行い、そして議会はその不正を議場での私の事実暴露で十分認識しながら、許してしまったのです。
 
 以上のことも含め、これらがこれまで六年半の室戸市の実態です。

 「違法を承知で行う行政首脳陣、違法を承知で許してしまう議会」。これらのことが正しいか正しくないかは、市民の皆様がすぐお解かりになること。とにかく、行政が法律を守らないことと議会がそれをことごとくすんなり許してしまうことに、私は心底、腹立たしく思っています。

 その後のことは押して知るべし。経営力が低いミクプランニングは平成18年7月から一年間に約6000万円、19年7月からの一年間に約5000万円、20年7月から赤字で半ば倒産した形で撤退した21年6月までに約5000万円の、三年間で合計1億6000万円の赤字を出して、撤退した。16年末の公募に応募して来て撤退するまでのミクプランニングの四年半はでたらめな出来事ばかりで、私から追求を受け続ける四年半だったといっても過言ではない。

 振りかえると、ミクプランニングの役員で、後に温浴施設の指定管理者「バーデハウス室戸」の社長となる八木氏が公募の公開説明会で発言したことを思い出す。

 その時のメモから拾うと、
選定委員の問い「ミクさんのこの温浴施設経営のメリットは?」に対し、八木氏は「メリットがどうだとかは考えていない。それは、アトピー治療などの医療で貢献したいと願うからです」。

 委員は驚き、あきれ、「これは恐れ入りました。利益がいらない、メリットはないのに温浴施設経営をやろうといわれるミクさんには」と返した。私はその時、取材していて、「この会社はすぐつぶれる」と思ったが、その通りになった。

 その利益度返し(本質は利益計算が出来なかったという経営感覚だったが)で事業経営を行なった結果が、三年間で1億6000万円の負債を出したということである。

 企業が資金を投資して事業を始めるに際して、「儲けなくてもいい」なんてきれいごとをいう経営者は信用してはならないという、一つの教訓です。


 さて前置きが長くなったが、ここからが本題です。

 ミクプランニングが去った後、室戸市の小松市長は新たな指定管理者を団体や企業から公募せず、室戸市が財政調整積立基金から3000万円を出資し資本金として「株式会社ムロト」を設立。同社を指定管理者として温浴施設「シレスト室戸」の管理運営を委託する方針を打ち出し、今年7月から施設の営業を再開した。

 この会社の問題点については「市職員の派遣研修」など色々あって、私も継続してその問題追及をしてゆくことにしているが、ここでは初めに書いた「社長一人の株主総会」についてだけ書いて見たい。

 私は先頃開かれた室戸市議会9月定例会において、市長に「シレスト室戸」の会社経営について何点か問い質したが、その中の一点です。

谷口の質問:「会社経営について。この会社の株主総会は誰が参加されるのか?市長一人だという話も聞いたが、私は株主である室戸市側からは市長、副市長、担当課である観光課長の三人だけが参加して、会社側からは社長を含む取締役の三人が参加すると予測している。つまり、事業を委託している側の株主と受託側の民間企業の双方の三人が同一人物であり、この三人が赤字になった経営責任を追及し、同じ三人がその追及をかわす答弁を行うという、世にも不思議な光景がそこで繰り広げられます。この指摘は正しいか。そしてこんなことは適正なことだとお考えか。
 
また、私だけでなく、世にも珍しいこの株主総会を傍聴したい人や取材したいマスコミなど多いと思いますので公開して頂きたいが、情報公開の観点からこれを公開するか。又、いつ開催するのか」。

小松市長の答弁:「株主総会の開催については、会社法第296条の規定で決算期に最低年一回の開催が必須条件となっている。従って、株主総会を一人で開き、私が議長となって議案を提出し、可決をして、議事録を作ることになります。一人株主であるから、このような形になると理解している。
又、株主総会の公開は通常は株主のみに総会の通知がされるものであるので、原則非公開とされていると理解している」。



 短い答弁だったが非常に面白い内容で、これは次の12月議会での攻めどころと考えている。

 ●「株主総会は最低年一回の開催が必須条件」だから、「株主総会を一人で開催し、社長が議長となり議案を提出し表決で可決させ議事録を作成する、この行動をすべて一人で行なってしまうことになる」とは全く説得力のない説明であり、そうとは言えないのは誰が考えても解かるので、次の議会で問う。

 ●「一人株主だからこんな形になる・・・」も説得力に乏しい。

 ●又、「一人株主だからこんな形になると理解している」と、「理解している」を最後に付け加えたのは、更なる私の追及に窮した時の逃げ道を作っているのであって、自分の答弁に自信があれば「一人株主だから、こんな形になります」と断定的に答弁したであろう。だから、断定的に答弁出来ないということは、市長がこの事に関して法的な知識が全くないのと、「この答弁で何とか谷口を誤魔化してやり過ごそう」との意図の表れ。だからこの「一人株主だからこんな形になる」については、法的に正しくないと解かったので、これも次の議会で問う。

 ●「株主総会の公開は、原則非公開とされていると理解している」と、ここでも「・・・と理解している」と答弁した。本当に法的に正しければ「理解している」などとぼかす言葉を付け加える訳が無いし、「原則」を敢えて付けているということは「例外」があることを示唆しており、これも攻めどころと考えている。だから、「株主総会の公開は、非公開」について、実際は法的に「公開は許される」と考えられるので、この点も次の議会で問うことにする。

 現市長は、高速バスターミナルに関する公費支出に関してや温浴施設への市職員の派遣研修に関しても法律に違反して事業を進めていて、いくら適正化を求めても未だに以って適正に改善せず、この“一人株主総会”もすべてが正しいとは言えないと考えている。

 15年に議員になった時からずっとだが、とにかく室戸市の行政運営には違法な事業運営が多すぎる。先の任期中も、今任期中でも、室戸市の違法な事業運営を挙げようと思えばいくらでも挙げることができる。それに対していくら適正化を求めても、改善すれば議員に負けたことになるのが悔しいからか、違法ではないと言い張り、頑として改善しない。だから、それらはみんな今も違法なままでずっと経過している。

 さて、「一人株主総会」についての調査活動の一環から、今日、高知市に行って会社法に関する書物を三冊を買ってきて、今夕から読み始めたが、一冊目でそのヒントと、違法である法的根拠と、取締役に関する攻めどころを、早速見つけた。今から次の議会を楽しみにしていて、そろそろその質問原稿を書き始めようと考えている。

 議員をやらせて頂いて思うに、行政という組織には法律違反は探せばいくらでもある。その違法を市長等執行機関はウソの答弁で取り繕い議会を乗り切ろうと試みる。でも、私だけはそれを許さない。「視点」、「観点」、「論点」を変えて、次の議会、次の議会、また次の議会と、追及の手を緩めることなく追い詰めてゆく。

 小松市長は以前、議会で市町村合併について私が問い質した時、「議員はその質問を前市長にもそして私にも何回も質問を繰り返しておりますが・・・」と、私の追及に不満を漏らしたことがある。しかし、議会とは元々そういう場所。又、そのことは元市職員である市長は議会経験から十分認識しているはずだ。

 このように、いくら執行部が追求にたまりかねて腹を立てて反論しても、私は行政において違法や不正や不適正な業務を行なうことを許すつもりはありません。それは、私が市民の皆さんから行政を監視し、点検し、調査し、改善させる役目を負託されているからです。それに、その職務を全うする考えが無かったら、私は市議選なんぞに立候補しない。

 どこかの議員のように、報酬だけもらって議会の時以外は仕事をせずに住民からは「議員としての勉強も役所を調べる仕事もせん議員らは辞めらせ」、「議員は報酬を半分にせえ」と叱られて後ろ指を指されるなんて、私は真っ平ごめんだ。そんな生き恥を晒すくらいなら、死んだ方がまし。

 このように、議員は行政に深く関心を持ち、強い執着心を以って活動しなければ務まらない。
 

 前市長と前企画課長は議会での私の追及にシドロモドロになって、企業と自治体との事前交渉という指定管理者条例違反と公募違反が事実であることを議場の人たちに見せ付けたが、小松市長についてもいくつかの違法な事業運営を議会において謝罪して適正に改善しないとならば、どこまでも追求するつもりでいる。

 来年の11月は市長選であるが、その直前の9月議会までには四回の議会が開かれる。それらを法律に反しない形に改善するには、まだ時間はある。市長や担当課長はよく考え、これまでに違法な議案を提出した件についてはそれが例え議会の表決で可決した事業であってもまずは議会において一刻も早く謝罪した上で適正に訂正することと、今後においても法律に違反していない議案を提出されることを強く要請する。


 でも、一人ぽっちって、さみしいよね。誰も心から支えてくれないなんて、つらい。それもこれもすべて自分が蒔いた種、仕方ないといえば仕方ない。人を信頼し信用しなければ、反対に自分も信頼してくれないし、信用してくれない。

 人の世は、支え、支えられ。大会社の社長になろうが総理大臣になろうが、部下がいてこそ自分が社長でいられるし、総理大臣でいられる。だから社長であろうが総理大臣であろうが、一人だけしかいない情景を思い描くと、力は無いに等しい。部下がいてこそその地位が発生するのである。

 松下幸之助が一人で、有名な大企業人たり得たか。鳩山総理が一人で国政が成し得るか。組織の上に立つ人は、このことをよく考える必要がある。


 この組織力学をよく理解していない小さな弱い人間が、偉くも無いのにすぐに部下を叱りつけ、周りの人間に当たり散らす。

 そんな人間は組織の上に立ってはならないのです。
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