青空エクスプ レス

日本ではオンリーワンの手書き地域雑誌『あおぞら』の編集発行人を経て、室戸市の政治を監視する改革派議員三期目。

「人のやれんことをせえ」の父の教え

2017-12-07 | 議員活動
 11月中旬に行った九州への行政視察の内容を市民の皆さんにご報告しようと、毎議会後に発行している議会報『青空新聞』の平成30年初春号(平成30年3月中旬に配布予定)として、11月下旬から制作に入りました。

 まず、行政視察から帰ってきてすぐ、当電子情報誌で市民の皆さんだけでなく全国の読者の皆さんへのご報告も兼ねて、五日間に亘って記事を書いてご覧いただいた。

 続いて、11月下旬からはそのブログの記事を基にしながら更に書き加え、報告原稿を仕上げました。それに続けて、A2大のかつて地域雑誌を出していた頃に使っていた版下原稿用紙にその報告原稿と視察で撮影した写真や資料も挿入し、せっせ、せっせと誌面を埋めてきて、ようやく室戸市議会12月定例会の開会を明日に控えた今日、全12ページの報告号の版下制作の作業が終了しました。
  

 こう書くと新聞づくりも簡単みたいですが、結構、大変なんですよ、これが。

 文字で紙面を埋めるだけなら簡単です。パソコンのWordを使って原稿を書き進めればいいんだから。(ま、これ一つとっても三日間の報告を詳細に書き上げるのも大変ですが)

 ですが、それだけではこの新聞を読まれる室戸市民の皆さんはすぐに読み飽きてしまうし、すぐにその新聞を捨ててしまいます。だから、地域雑誌出版の経験から言うと、読者たる市民の皆さんが読み飽きないように、写真や図面や、大きな見出しや時にはイラストを入れて目線を楽しませる工夫がどうしても必要で、議員になり議会報を発行し始める当初からそうしてきました。書き上げたその記事と記事の間に写真や資料を挿入したり、大きな見出しの文字を入れたりと。

 過去に私は一人で全国ではオンリーワンだった「手書きのタウン誌」を出した経験があります。昼間は本を売り歩いたり取材に回ったり、夕方5時過ぎから4時間ぐらいは夜の町を歩いて一軒一軒訪問して本を売り、家に帰ると午後9時ごろから翌朝の午前2時か3時まで地域雑誌の版下づくりに没頭。翌朝は6時に起きてすぐに外に出て取材や本の販売。この繰り返しで8年半仕事をしてきました。儲けにならない、赤字が積み重なって最後には数百万円の借金が残った本作りでしたが、今考えてもこの時代が一番輝いていたと自分でも思っています。

 こういう人一倍の経験があってこそ今こういう作業ができますし、今の議員の仕事に活かせていますが、過去にこういう作業を一人でやったことのない人はまず無理でしょう。

 自慢じゃないですよ、決して自慢ではないので、聞いてくださいネ。

 何でも「他人がやっていることだから俺もできる」なんてことはありません。他人ができていることでも、そこにはそれなりの苦労した経過があってのこと。芸術家だって、音楽家だって、伝統工芸の職人だって、そこやここにあるものづくりの会社の職人や技術者だってみんなそうです。苦労をした人にはそれが自分独自の技術となり、今の自分を高める手立てになっていますし、私にしたって培った技術がこうして後の時代に活かされています。

 だから、よく言うでしょ。「苦労は買ってでもしろ」と。

 「後悔先に立たず」ともいいます。苦労から絶えず逃げてきた人間には、技術も、能力も、知識も、知恵も、経験もありません。きっと寂しい人生、悔しい人生だったことでしょう。

 でも、若い皆さんならまだ間に合います。他の人がやっている「苦労」をお金を出して買ってでも自分の両肩に担ってほしい。「あんなことがしたいが、他の人でもやらないことだからきっと難しいんだろうな」などと言って、諦めないでください。

 人のやれないことでも臆せず、挑戦することは大事です。それをやって成功しようが失敗しようが、その経験が自分の後の人生をきっと輝かせてくれます。

 私でわかるように、喫茶店経営の頃も地域づくりは地域に活力を生む効果はあったが借金だらけ、あの地域雑誌の発行の仕事も金銭的なことを考えると、間違いなく大失敗です。四年間、会社勤めをしながらその借金を少しづつ支払い、四年間で完済しました。

 で、自分には何も残らなかったかというと、全く正反対です。議員になってからは、その12年半ぐらいで培った技術や知識や経験がものを言い発揮できていますし、これは市長や市職員や他の議員、そして市民の皆さんも、その経験でいま室戸市議会議員として他の議員ができないことをたくさん行っているのを知ってくださっていると思います。

 父は銘木製材所を開業するために昭和18年に佐喜浜町から室戸岬町津呂に移り住み、開業。それから三年後の昭和21年に私が生まれ、その一カ月後に南海大地震が発生しました。そんな戦後の“働け、働け”の時代に当家の父親は私が小学生から中学生になると、その折々にこう言いました。

 「そういち、人が描いた漫画を見るなら、自分で書け。人のやれんことをせえ」。

 その父も私が家業に入りトラックの運転手で稼いでいるころの昭和42年に亡くなりましたが、父が教えてくれた人生訓のような言葉は今でもたくさん覚えていて、食事時などに出すと妻が「あんたはお父さんの言うた話をよく覚えちょうねえ」と感心します。 

 この「人のやれんことをせえ」という言葉に従ったわけではないが、今思うと、子ども心にもその言葉、言葉に共鳴する部分があったから今も記憶に残っているんだと思います。

 当時は「そんなこと、当たり前のことやないか」ぐらいにしか考えてなかったと思いますが、20歳を超えて製材所で働き、その後、喫茶店主、地域雑誌の出版・・と生きてきて、今もそうですが、「他人がやらんことをする」ことの難しさは思い知っています。

 ここに「横並び」という言葉があります。「横並び」は楽です。平均値でいることは、まーまー楽です。でも、「人のやれんことをする」のはちょっと危険が伴います。これは「横並び」から逸脱して成功して上がるか、それとも失敗して下がるかです。ですが、こんな時、私は「やるだけの価値がある」と考えるほうです。

 喫茶店を開き、売り上げを地域づくり活動に使い、室戸市民の皆さんを映画界やコンサートで楽しんでもらおうと4年間に20回以上、企画事業を行いました。又、地域雑誌の出版では大きな借金をしながら地域づくり会議の全国大会を二年続けて開催しました。全て借金で、役所の金なんかには絶対にすがりませんでした。

 「人のやれんことをする」時、得か損かで物事を考えてはなりません。物事を得か損かで判断し行動する奴に、碌な人間はいません。

 私は「人のやれんことをした」から借金を作りましたが、「人のやれんことをせえ」という父親の教えは守り、その教えから学んだと思っています。

 父が言った「人のやれんことをせえ」の言葉と、昔からの世の教えである「苦労は買ってでもせえ」は似てないようで、よく似ています。

 ま、とにもかくにも、「他人ができることを自分ができない」なんて、歯がゆくないですか、皆さん。そして、もし自分が「他人ができて自分もやればできるかもしれないのに、それをしない」のは特に我慢ならんし、そんな自分を許せないと思いませんか。私は許せない方なんですよね。

 だから、他の議員が議会報を発行してなくても、全国の地方議員の中には発行している議員もたくさんいるから、発行しようとすれば苦労ばかりだが自分も出す。ブログも書く。

 地方議員の皆さん、苦労は買ってでもするものです。人のやれんことをやってみませんか?


電子情報誌「青空エクスプレス」のアクセス数は、12月7日(木)Gooブログランキング(2787844ブログ)中、2042位でした。
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