青空エクスプ レス

日本ではオンリーワンの手書き地域雑誌『あおぞら』の編集発行人を経て、室戸市の政治を監視する改革派議員三期目。

室戸市議会12月定例会、開会のお知らせ

2017-12-08 | 議員活動
 今日、12月8日(金)、午前10時に室戸市議会は開会します。

 全日程をお知らせします。

 12月8日(金)、開会。委員長による行政視察の報告、市長の議案説明ほか。

 12月11日(月)、一般質問。

 順位は、1番・小椋、2番・谷口、3番・堺、4番・脇本。

 12月12日(火)、一般質問。

 順位は、5番・山本、6番・山下、7番・亀井。以上7名。(の予定)

 12月13日(水)、大綱質疑(本議会場での議案審議)

 12月14日(木)、二つの常任委員会での議案審議

 12月22日(金)、委員長報告、討論、表決、閉会の予定。

 
 尚、私が11日に行う一般質問の内容についてもここで公表させていただきます。

 1、行政職員の「宣誓書」について

 2、失業対策と就労支援の強化について
   (1)失業対策の強化について
   (2)若年層に対する就労支援の強化について

 3、居所不明児及び居所不明児童の実態と対応について
   (1)居所不明児の実態把握について
   (2)居所不明児童への対策について

 4、認知症対策について
   (1)認知症疾患医療センターについて
   (2)若年性認知症患者と家族への支援について


 以上、議会開会についてのお知らせでした。


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「人のやれんことをせえ」の父の教え

2017-12-07 | 議員活動
 11月中旬に行った九州への行政視察の内容を市民の皆さんにご報告しようと、毎議会後に発行している議会報『青空新聞』の平成30年初春号(平成30年3月中旬に配布予定)として、11月下旬から制作に入りました。

 まず、行政視察から帰ってきてすぐ、当電子情報誌で市民の皆さんだけでなく全国の読者の皆さんへのご報告も兼ねて、五日間に亘って記事を書いてご覧いただいた。

 続いて、11月下旬からはそのブログの記事を基にしながら更に書き加え、報告原稿を仕上げました。それに続けて、A2大のかつて地域雑誌を出していた頃に使っていた版下原稿用紙にその報告原稿と視察で撮影した写真や資料も挿入し、せっせ、せっせと誌面を埋めてきて、ようやく室戸市議会12月定例会の開会を明日に控えた今日、全12ページの報告号の版下制作の作業が終了しました。
  

 こう書くと新聞づくりも簡単みたいですが、結構、大変なんですよ、これが。

 文字で紙面を埋めるだけなら簡単です。パソコンのWordを使って原稿を書き進めればいいんだから。(ま、これ一つとっても三日間の報告を詳細に書き上げるのも大変ですが)

 ですが、それだけではこの新聞を読まれる室戸市民の皆さんはすぐに読み飽きてしまうし、すぐにその新聞を捨ててしまいます。だから、地域雑誌出版の経験から言うと、読者たる市民の皆さんが読み飽きないように、写真や図面や、大きな見出しや時にはイラストを入れて目線を楽しませる工夫がどうしても必要で、議員になり議会報を発行し始める当初からそうしてきました。書き上げたその記事と記事の間に写真や資料を挿入したり、大きな見出しの文字を入れたりと。

 過去に私は一人で全国ではオンリーワンだった「手書きのタウン誌」を出した経験があります。昼間は本を売り歩いたり取材に回ったり、夕方5時過ぎから4時間ぐらいは夜の町を歩いて一軒一軒訪問して本を売り、家に帰ると午後9時ごろから翌朝の午前2時か3時まで地域雑誌の版下づくりに没頭。翌朝は6時に起きてすぐに外に出て取材や本の販売。この繰り返しで8年半仕事をしてきました。儲けにならない、赤字が積み重なって最後には数百万円の借金が残った本作りでしたが、今考えてもこの時代が一番輝いていたと自分でも思っています。

 こういう人一倍の経験があってこそ今こういう作業ができますし、今の議員の仕事に活かせていますが、過去にこういう作業を一人でやったことのない人はまず無理でしょう。

 自慢じゃないですよ、決して自慢ではないので、聞いてくださいネ。

 何でも「他人がやっていることだから俺もできる」なんてことはありません。他人ができていることでも、そこにはそれなりの苦労した経過があってのこと。芸術家だって、音楽家だって、伝統工芸の職人だって、そこやここにあるものづくりの会社の職人や技術者だってみんなそうです。苦労をした人にはそれが自分独自の技術となり、今の自分を高める手立てになっていますし、私にしたって培った技術がこうして後の時代に活かされています。

 だから、よく言うでしょ。「苦労は買ってでもしろ」と。

 「後悔先に立たず」ともいいます。苦労から絶えず逃げてきた人間には、技術も、能力も、知識も、知恵も、経験もありません。きっと寂しい人生、悔しい人生だったことでしょう。

 でも、若い皆さんならまだ間に合います。他の人がやっている「苦労」をお金を出して買ってでも自分の両肩に担ってほしい。「あんなことがしたいが、他の人でもやらないことだからきっと難しいんだろうな」などと言って、諦めないでください。

 人のやれないことでも臆せず、挑戦することは大事です。それをやって成功しようが失敗しようが、その経験が自分の後の人生をきっと輝かせてくれます。

 私でわかるように、喫茶店経営の頃も地域づくりは地域に活力を生む効果はあったが借金だらけ、あの地域雑誌の発行の仕事も金銭的なことを考えると、間違いなく大失敗です。四年間、会社勤めをしながらその借金を少しづつ支払い、四年間で完済しました。

 で、自分には何も残らなかったかというと、全く正反対です。議員になってからは、その12年半ぐらいで培った技術や知識や経験がものを言い発揮できていますし、これは市長や市職員や他の議員、そして市民の皆さんも、その経験でいま室戸市議会議員として他の議員ができないことをたくさん行っているのを知ってくださっていると思います。

 父は銘木製材所を開業するために昭和18年に佐喜浜町から室戸岬町津呂に移り住み、開業。それから三年後の昭和21年に私が生まれ、その一カ月後に南海大地震が発生しました。そんな戦後の“働け、働け”の時代に当家の父親は私が小学生から中学生になると、その折々にこう言いました。

 「そういち、人が描いた漫画を見るなら、自分で書け。人のやれんことをせえ」。

 その父も私が家業に入りトラックの運転手で稼いでいるころの昭和42年に亡くなりましたが、父が教えてくれた人生訓のような言葉は今でもたくさん覚えていて、食事時などに出すと妻が「あんたはお父さんの言うた話をよく覚えちょうねえ」と感心します。 

 この「人のやれんことをせえ」という言葉に従ったわけではないが、今思うと、子ども心にもその言葉、言葉に共鳴する部分があったから今も記憶に残っているんだと思います。

 当時は「そんなこと、当たり前のことやないか」ぐらいにしか考えてなかったと思いますが、20歳を超えて製材所で働き、その後、喫茶店主、地域雑誌の出版・・と生きてきて、今もそうですが、「他人がやらんことをする」ことの難しさは思い知っています。

 ここに「横並び」という言葉があります。「横並び」は楽です。平均値でいることは、まーまー楽です。でも、「人のやれんことをする」のはちょっと危険が伴います。これは「横並び」から逸脱して成功して上がるか、それとも失敗して下がるかです。ですが、こんな時、私は「やるだけの価値がある」と考えるほうです。

 喫茶店を開き、売り上げを地域づくり活動に使い、室戸市民の皆さんを映画界やコンサートで楽しんでもらおうと4年間に20回以上、企画事業を行いました。又、地域雑誌の出版では大きな借金をしながら地域づくり会議の全国大会を二年続けて開催しました。全て借金で、役所の金なんかには絶対にすがりませんでした。

 「人のやれんことをする」時、得か損かで物事を考えてはなりません。物事を得か損かで判断し行動する奴に、碌な人間はいません。

 私は「人のやれんことをした」から借金を作りましたが、「人のやれんことをせえ」という父親の教えは守り、その教えから学んだと思っています。

 父が言った「人のやれんことをせえ」の言葉と、昔からの世の教えである「苦労は買ってでもせえ」は似てないようで、よく似ています。

 ま、とにもかくにも、「他人ができることを自分ができない」なんて、歯がゆくないですか、皆さん。そして、もし自分が「他人ができて自分もやればできるかもしれないのに、それをしない」のは特に我慢ならんし、そんな自分を許せないと思いませんか。私は許せない方なんですよね。

 だから、他の議員が議会報を発行してなくても、全国の地方議員の中には発行している議員もたくさんいるから、発行しようとすれば苦労ばかりだが自分も出す。ブログも書く。

 地方議員の皆さん、苦労は買ってでもするものです。人のやれんことをやってみませんか?


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一般質問の準備 

2017-12-02 | 議員活動
 ここ数日は記事の掲載が滞っていますが、書きたいことは山とあります。

 特に、「日馬富士による幕内力士傷害事件」については、10月下旬の事件発覚から記事を書く情報はテレビ、新聞、ネットなどにあふれていて題材に困ることは無かった。だが、私が所属する行政視察についての報告記事をブログに掲載し、副委員長にもその記事を届け、続けて一気に、その記事を流用して3月議会後に配布する議会新聞の制作に入ったため、ここ数日間はブログへの記事掲載ができず、読者の皆さんのご期待に沿えませんでした。ごめんなさいね。

 相撲界の事件については近く掲載しますので、ご期待ください。


 ここ十日ばかりは忙しくしてきましたが、12月議会で行う一般質問の原稿は今年1月に書き終えていた質問原稿があるので、それを活用して今議会質問を行います。1日(金)に告示日を迎え一般質問の届け出も始まったが、私は4日(月)に届出書を出します。

 「3月議会で質問するために1月に書き終えていた質問なのに、なぜ3月議会で質問しなかったか」ですが、それは市長等執行機関が3月議会に市民を縛る「室戸市まちづくり条例案」を提出することを事前につかみ、急遽、一般質問を差し替えた。

 (※「室戸市まちづくり条例は室戸市の最高規範と認められない」) ←(クリック)

 議案質疑の「大綱質疑」では条例の中に山ほど問題点があるのを長々と質疑できないし、又、そこには私の思いも込めなくてはならない。しかし、「思いを込める」ということに関しては「質疑」では行えず、それは「一般質問」で行うべきという議会規則があり、故に、「一般質問」において「室戸市まちづくり条例案」に対し質問を行ったといううことです。

 そうして、この条例案が如何に出来損ないであるかについて議会において、指摘。その結果、市長は「おれが作った条例に文句を言うな」とでも思ったのでしょう、その指摘に耳を傾けることもなく、考えようもせず、これまでも自分がしたことは全て改めない主義を貫き通してきた小松市長は、質問書提出時から腹を立てているがゆえに心は動揺して答弁にも言い淀み、最後は錯乱状態で私の指摘に対し悪意を以って的外れの反論を浴びせかけてきた。私はその虚偽について制止したが止めないことから、「もうえい。話にならん!」と質問を打ち切った。

 議員もその条例の内容なんかには全く関心がないようで、閉会日の表決でその条例案に他の議員全員が賛成、可決してしまう。きっと、「例えこの条例が不出来でも、市民には全く何の影響もないわ」と考えているんでしょう。これを世間では「無責任」という。

 そうして不出来なあの条例が室戸市の条例や規則の最高規範(※)となってしまったのですが、「あのように市長が一番の上位に位置付けられ、主役と位置付けられるべき市民が一番の下に位置付けられてしまった条例の、どこが最高規範なんだ」と私は今も考えており、「市民の皆さんもあの条例だけは信用することもないし、従う必要もない」と指摘しておきます。

 所謂、あの条例はアクセサリー条例、つまり、役所の市長や職員や議員らが「うちにはちゃんと自治基本条例、まちづくり条例があるよ」と世間に自慢するだけのために作った条例と思っていて間違いはない。

 これも、「何事も内容が伴わなければ他人には自慢できない」という、一つの悪い事例です。

 (※「最高規範」とは、様々なきまりごとのうち、その頂点のもの。例えば、全国の自治体にはそれぞれ色々な条例と規則があるが、それに比べて頂点に位置しているものを言い、市民を上位にし、行政に関わる市長・市職員・議員も従わなければならない。簡単に言うと、「こうしなさい」「こうあるべきですよ」と提示している条例と規則が規範で、その一番上のものが最高規範。因みに、日本国憲法とは、きまりごとの中で最高のものであり、且つ、法の中で最高のもの)


 ということで、今議会では、今年初めに行う予定だった内容をそのまま質問します。

 質問項目は下の通り。

 1、行政職員の「宣誓書」について
 2、失業対策と就労支援の強化について
 3、居所(いどころ)不明児童の実態と対応について
 4、認知症対策について

 質問時間は約42分。(室戸市議会での質問は三回までで、合計50分)


 12月議会後に配布する議会新聞はすでに10月に制作と印刷を終え事務所に積み上げられていますので、12月中旬に市民の皆さんに配布します。

 現在は3月議会後に配布する「産業厚生委員会の行政視察のご報告」号の原稿の整理を行っているところで、これは年を越した1月中旬には完成の予定。所謂、「為すべき時に 為すべきことを 為せば成る」、今できることは今やっておこうという心構えで毎日を過ごしています。


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高知県知事に要請し続ける「県道椎名室戸線」の新路線整備事業

2017-11-27 | 議員活動
 室戸市としては長年にわたり念願としてきたこの「県道椎名室戸線」の新しいルートで整備する事業について、室戸市や市議会などはもちろんのこと、私としても議員の個人的な活動として十年以上も前から要請し続けてきて、一昨年の12月25日も、昨年の12月31日にも当電子情報誌で記事に書き要請いたしましたが、今年末も再度、知事に強く要請させていただきます。
  

 上のように、8月初めに議会新聞『青空新聞』の特集を組み制作を始め、9月初めに県庁秘書課にそれを10部ほど送付。県知事と県土木部にもお渡しいただいて、その事業実現を訴えました。

 「室戸市でいくらそんな新聞を作って市民に配布しても効果など無い」と言う方々もいようとは思うが、自分は何もしないでいて何とかしたいと頑張る人間を批判することは簡単なことです。

 私は自分のこうした訴えが例え“のれんに腕押し”だといわれようが、「無益な行動」と言われようが「何もせずに嘆くよりも、やって残念がる方がまだまし」と考える方で、とにかく早期にこの「県道椎名室戸線」を新たなルートで整備していただきたいと思い、議員の職責としてこうして自分のできる活動を続けています。

 ブログにしてもこれで結構人気があるんですが、残念ながら知事はあまり私の議員ブログを見たことがないようですので、周辺の県職員かお知り合いの方は知事にご連絡して下さり、見て頂いてほしい。

 
 忘れもしません。尾崎知事、あなたは五年半前の年度初めである2012年4月2日、県幹部職員に対する訓示「知事講話」の中で、こう指示しました。高知新聞の記事から拾います。

 尾崎知事「現場に足運べ」

   県幹部に訓示 県民の声重視

 尾崎正直知事は2日、2012年度の県政運営の基本姿勢を県幹部職員に訓示する「知事講話」で、「県民とともに働く態勢を確立することなくして県勢浮揚の成果を上げることはできない」と強調。
 「現場に足を運んで県民の生の声を聞き、(仕事に)大いに生かしてもらいたい」と訴えた。
 尾崎知事は2012年度を「県勢浮揚に向けて飛躍への挑戦を行う年」と位置づけ。人口減少や高齢化による過大に正面から取り組み『課題解決の先進県』を目指す▽官民協働・市町村政との連携協調型の賢誓を目指す▽他県との競争を意識し、全国的な視野を持つ――との3点を大きな方向性として提示してきた。
 中でも民間や市町村との協働については、知事三塚らが各市町村ごとに1日かけて訪問する「対話と実行行脚」を今月から始める方針を説明。「県庁職員、特に幹部にも県民の中に足を運んでもらいたい」と強調した。
 その上で「職員の皆さんが得た県民の声を課長や部長、副知事や私へと挙げてもらいたい」と要請。官民協働には県民との意識の共有が不可欠との考えから、「悪い情報や本当の情報こそ上に挙がってくる組織でなくてはいけない」と述べた。


 以上が、高知新聞に掲載された記事。尾崎知事が2012年4月2日に県庁において、県幹部職員を前にしておこなった、訓示です。

 訓示ではあるが、県職員全員に「そうせよ!」と命じたもの。だから当然、県職員はそうしなければなりませんが、命じた側の知事もご自分が「県民の声を聞け」と言ったことを肝に銘じて行動を起こさねば、「俺たち県職員に命じたことに、自分は知らん顔かよ」と職員や県民に言われてしまいます。

 これが物事の道理というものです。

 要点を抜き出すと、

 「県民と共に働く体制を確立することなくして県勢浮揚の成果を挙げることはできない」と強調し、「現場に足を運んで県民の生の声を聞き、仕事に多いに活かしてもらいたい」と訴えた。

 「県庁職員、特に幹部職員にも県民の中に足を運んでもらいたい」、

 「職員の皆さんの声を課長や部長、副知事や私へと上げてもらいたい」と要請しました。

 そして、こう付け加えています。

 「悪い情報や本当の情報こそ上に上がってくる組織でなくてはいけない」。

 当然の話だ。なにも特別なことを言っているわけじゃない。

 もし、これが知事の本心で、県職員も知事のこの指示に従いこれまでの四年と八か月の間、忠実に行動していたならば、その間にこの室戸市にある県道椎名室戸線が“大型車両の通行は危険が伴う道路”として、“時代にそぐわない欠陥トンネル”として強く認識され、「不良県道」として理解できたはずです。

 ・・ということは、この県道には三津坂トンネルという時代錯誤な、まるで山奥の限界集落にあるような欠陥トンネルがあることを県庁(特に、知事と土木部)は知っていて、今以って放置してあることになる。

 崖に沿って急カーブが連発する坂道と、暗くてせまくて大型車がトンネルの前で停車しなくてはならないトンネル。

 もう半世紀も前の昭和45年に作った時代遅れの老朽トンネルだ。

 美辞麗句を重ねて「市町村との対話」と言ったところで、県都の高知市に住んでいると高知県の最南端の町のことなどあまり関心がないのは、よく解っています。県職員に「県民の声を上げてほしい」と言ったところで、上に上がった情報は他の県外からや県内市町村からの情報にかき消され、普通の、ほんと普通の情報として扱われ、すぐに隅っこに置き去りにされているのは間違いありません。

 知事や県職員はみんな「あの欠陥県道と欠陥トンネルを利用しているのは室戸市民だけだ」なんて思っているようですが、そうじゃないんですよ。

 この欠陥県道とトンネルを利用しているのは、室戸市民だけじゃなく、この道路を利用している徳島や大阪方面に行くトラックや観光バスや乗用車、反対に高知市方面に行くトラックやバスや乗用車に乗った県外や市外から来られた人たちの方が多いかもしれません。その人たちも大いに困ってきました。

 「県道でもこんな急カーブの道だし、トンネルもまるで山奥のトンネル。本当に高知県は田舎だなあ」と。

 そうやって、室戸だけでなく、高知県の印象も悪くして帰っていくのです。

 こういう実態の劣悪さが私にはわかるんですが、高知県知事や県職員にはどうも解っておられない。

  

 さてそこで、室戸市民の皆さんと、市長と、市議になり替わり、尾崎知事に強く要請します。

 【為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成さぬは人の為さぬなりけり】

 これは、何事もやる気になって行動すれば物事は成功し、反対に、行動しなければ物事は成功しないものだ。だから、成功しないのはその人がやる気になって行動しなかったからだ。・・・という意味です。

 これは私が信奉する上杉鷹山の言葉ですが、私はこの教えを深く考えた末、「ちょっと違うんじゃないか。成功しない理由は他にあるのではないか」と考え、地域雑誌を出版していた平成4年頃に次のような教訓を創作いたしました。

 【為すべき時に、為すべきことを、為せば成る】

 鷹山の教えで言うと、「行動すれば成功し、行動しなければ成功する」となるが、私は「行動してもそれを行うグッド・タイミングを逸したら、絶対に成功しないか、成功する時期を逸して成功は更に先になってしまう」と考えたのです。

 よって、私は地域雑誌の出版を止めてから以後、今日の仕事を明日に伸ばすことなく、どんなに眠くても辛くても体が疲れていても、今日できる仕事は今日終わらせるべき働いてきました。

 やるべき時にすぐさま行動を起こし、仕事に従事してきた。そうして、「だから、自分の今がある」と考えています。

 尾崎正直高知県知事も、2012年度始めの4月2日に行った県幹部職員の前で行った講話の内容を忘れることないでいただきたい。その講話を総合すればこうです。

 「県庁職員の皆さん、県民と共に働く体制を確立することなくして県勢浮揚の成果を挙げることはできません。だから、職員の皆さんは、現場に足を運んで県民の生の声を聞き、その内容を仕事に多いに活かしてもらいたい。特に幹部職員には県民の中に足を運んでもらいたい。そうして県民の声を直接聞いた職員の皆さんの声を課長に上げ、課長は部長に上げ、部長は副知事や私へと上げてもらいたい」と要請しました。

 そして、知事はこう付け加えています。

 「(県庁にとって)悪い情報や本当の情報こそ上に上がってくる組織でなくてはいけない」。

 つまりこの意味は、県職員にとっては耳の痛い内容の県民の声も真摯な気持ちで耳を傾けようという、考え。その通りです。それでこそ、組織のトップとしてのお考えで、立派だと思います。

 但し、それを実行するかしないかで、「ウソつき」か「本物」かの違いが出てきます。

 口で言うことは誰だって言えます。

 「おれは天下を取る」。こんな話も、何の力もない人間にだって言えます。

 口で宣言するということには責任が伴うことぐらい、知事ならお分かりでしょう。

 とにもかくにも、言ったからには知事自らが積極的に行動してほしいものです。でないと、どこかの市長みたいなウソつきになります。

 それも、「ここは一極集中して元気な市で人もたくさん住んでるから、道路整備に予算を多く掛けるか」とか、「ここは過疎化してどうせ寂れゆく地域だから、狭いトンネルはそのままにして放っておくか」などと差別することなく、公平な目でそれぞれの地域を見、今すぐにでもやらなければならない事業についてはすぐに着手すべく行動することです。

 これこそが、県民全員の公平性が保たれるというものです。

 知事よりは私の方が歳も上ですので、この面は再度ご進言申し上げます。

 「県民の声を聞いて、県庁にとって分の悪い情報やこれまでなおざりにしてきた地域の情報こそ上にあげて来い!」と言った時から、尾崎知事にその責任が生まれました。

 室戸市にある県道椎名室戸線は間違いなく、「欠陥道路」であり「欠陥トンネル」です。明らかに県庁にとっては、知事が言うところの“分の悪い情報”です。しかし、知事はそういう情報にも耳を傾けようとおっしゃいました。

 言明したからには、実行に移していただきたい。

 そして、真摯な気持ちでこの県道の付け替え改良工事をご検討いただきたい。


 今年9月末に発行した『青空新聞』秋号(№27)は県庁の秘書課に「尾崎知事にお渡しください」と認めて秘書課宛にお送りしましたので、私のお願いする内容については十分ご理解いただいたものと理解しています。その趣旨を十分お汲み取りいただいたうえで、年頭の仕事始めにでも土木部職員と安芸土木事務所室戸出張所の県職員を招集して資料を出させた上で現状を詳細にお聞きになり、この県道改修事業について深くお考えいただき、県の関係者の皆さんと協議を深めていただきたい。

 もし、この問題に対して「県庁全体が関心がない」とおっしゃるならば、私からこう言おう。

 「もし高知市の中心部に、曲がりくねった急カーブの坂道とトラックが二台すれ違えないような狭いトンネルの県道があり、高知市民やトラックで運送をしている業者や乗用車に乗って通勤している人たちからその欠陥県道についてたくさんの苦情が毎日、県庁に届いても放っておきますか?」。

 よく県庁では県道の改修や新しい県道整備に関しての基準として「交通量」を苦情処理の理由にしますが、実際は交通量の問題ではない。「県の中心部の方には重きを置き、県都から遠く離れた末端地域のことには重きを置いてない」という現実がそこにあるのは事実です。

 抗弁しても無駄です。これは県職員から直接お聞きした話で、間違いなく事実です。

 私は室戸市の政治の場では一番いごっそうぶりを発揮し、市政の不正などもそのたびに追及、 「ならぬことはならぬものです」を貫き通しています。

 もし一度、そんな変わり者の私の声を聞いてみようとお考えくださるならば、私は一人ですぐに県庁知事室を訪ね、室戸市民を代表致しまして思いのたけをお話しさせていただきます。尚、重ねて申しますが、この記事を見てくださった県職員かお知り合いの方はぜひとも知事にご連絡して下さり、見ていただいてほしい。

 県庁は私が地域雑誌を出版していた平成2年から9年末まで地域振興局や地域政策課と一緒に地域づくり事業にかかわっていましたし、知事公室だけでなく、知事室も橋本知事の取材や地域雑誌をお渡しするたびに毎月訪ねていましたので、ご連絡いただければホイホイと馳せ参じ、約2時間もすればご訪問いたします。

 
 以上、尾崎知事が年度初めの講和で語った内容を、尾崎知事自身と高知県職員が、室戸市民と市関係者が長年訴えてきた「県道新ルート整備事業」という“分の悪い情報”にどのように対応するか、どれほど実行できるかを拝見させていただきたい。

 尚、ご連絡下さる場合は、次の電話にお掛けくださるよう、お願いいたします。

 室戸市室戸岬町2845-2

 谷口總一郎(室戸市議会議員)

 電話:0887-23-1214  携帯:090-4506-6343


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室戸市議会の12月定例会の予定

2017-11-25 | 議員活動
 私たち室戸市議会の12月議会の開催予定について。

 これが確定するのは、12月1日の午前8時半に議会開会の告示があり、その日から12月5日(火)の正午まで議員が一般質問の届け出を行います。そして、その全ての届け出が締め切られるのが正午。それを受け、議員運営委員会がその5日の午後1時過ぎに開かれ、そこで議会日程は確定します。

 だから、まだ日程は決まっていませんが、予想される日程を市民の皆さんへ先にお知らせしておきたいと思います。


 まず、今議会の「一般質問」に届け出すると議会事務局が伝え聞いている議員の数は、「7名」とのこと。今議会は私も質問を用意していますが、他にも6名が行うようです。

 で、7名となると「一般質問」は二日間必要と考えられますので、議会日程は次のようになるのではないかと考えています。

 ●開会――――12月8日(金)

 ●一般質問――12月11日(月)と、12日(火)の二日間。(7名の予定)

 ●大綱質疑―――12月13日(水)・・・今議会に執行部から提案された議案の審議を行います。

 ●常任委員会――12月14日(木)・・・議員が総務文教委員会(委員7名)と産業厚生委員会(委員6名)に分かれ、議案の審議を行います。

 (翌日から議会事務局が本議会と委員会で行った審議内容について事務整理を行うため、休会となります)

 ●閉会―――22日(金)・・・委員長報告、討論が行われた後、採決が行われ、閉会となります。

 以上、私の推測で、質問議員が5名や6名となると11日で終えることも考えられますので、5日の議院運営委員会が終わり日程が確定しましたら、再度、皆さんにご報告させていただきます。


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九州への行政視察⑤-こぼれ話

2017-11-22 | 議員活動
 行政視察の記事は私がかつて行っていた地域雑誌を出版をしていました時の取材能力を駆使して事細かく書きましたので、産業厚生委員会の委員4名が議員研修に行ってどのようなことを学んできたのかはそれなりに市民の皆さんにご理解いただけたのではないでしょうか。

 視察研修の三日間を振り返ると、視察地の市役所でもうちょっと時間があれば、知りたいことのすべてをその市役所職員にお聞きすることができたのになあとは内心、思っています。でも、相手方の職員の「行政視察に来る議員団に自分たちの職務時間を抹殺される」という事情を考えると、視察団の方も「視察先の役所職員もそれほど長く拘束されたくもなかろう」との思いに至り、視察時間(相手方の事業説明の時間)も2時間が精いっぱいのラインとなりそれがどこの自治体でも常識となっているんでしょうね。

 視察に行ってからのその2時間の構成を紹介しますと、役所の一室に通されると、まず両方の参加者が名刺交換を行います。そして席に着き、相手方(視察先)の方から自己紹介と議長や所管課の課長があいさつを行う。それに続いて室戸市から視察に行った委員長(今回は山本委員長が不参加だったため、上山副委員長が行いました)があいさつを行います。

 そうして型通りの挨拶が終わると、視察したいとお願いした事業を担当する課の課長ら職員から詳細に説明していただきますが、質問したいことに関しては、視察の半月ぐらい前までに参加する委員から質問したい事項を議会事務局に集め、それを先方(今回は宿毛市、竹田市、豊後高田市)に送付済みで、視察先の担当職員はそれに基づき、事業説明を行う段取りとなっています。それを、室戸から行った一行は一言漏らさず聞き、ペンを走らせメモを取り、説明が終わってから細かい点について質問しお答えをいただくことになります。

 ですが、予定する2時間も相手方の職員が詳細に説明してくださることによって当然、質問する時間は少なくなり、半時間ぐらいしか残ってない場合も多々あります。だから、視察に行った委員がその視察事業を「学び、自分の町の市政に活かしたい」と熱心に質問したくても一人の委員ばかり質問するわけにもいかず、一点、二点とお聞きしお答えをいただくと他の委員の質問を譲ることになる。それぞれが質問していても皆さんは視察の残り時間が解っているだけに、他の委員や室戸市から参加した職員に気持ち的に質問するのを譲るようになり、やがて予定時間が過ぎたころに視察に行った側が「もう時間も来ましたのでこの辺で」と研修を終えることになります。

 それはこちら側の問題ではなく、「相手方の職員に迷惑をかけてはいかん」という配慮から。だから、視察に行った一行は聞きたいことのすべてをお聞きして研修を終えるということは、まず稀で、「聞きたい」「知りたい」ことを残して、視察先の役所を退出しています。今回も委員が先に質問しますので、同行した観光ジオパーク課長と保健介護課長補佐は質問したいことの半分も質問出来なかったのではないか。

 ま、これも視察・研修において「学ぶぞ」と思っている熱心な委員だけのことで、どこかのまちの委員会の行政視察のように委員が行政視察を観光旅行のように考え、視察先での研修で学ぶ気がない場合は、「あー、終わった、終わった」と終わったことを喜ぶ例もあろうとは思っています。

 要は、議員それぞれが学ぶ気がなければ地方議会の行政視察なんてものは、観光旅行になってしまっていると考えてもよいと私は考えています。

 「外に学んで、内に活かせ」。

 これは私が平成2年から10年まで発行していた地域雑誌『あおぞら』の中でたびたび訴えてきた言葉。言われると当たり前のことでも、こうして教訓として文字にすると、自分の胸に響くと思いませんか。

 地域おこし活動に関わり、昭和61年から地域づくりのリーダーとしてやってきた年月を振り返ると脳裏に浮かび、読者の皆さんに「教訓にしてほしい」と地域雑誌の中に書いてきた言葉ですが、地方議員にしてもいつもこうあるべきだと思っています。

 「外」とは、行政視察に出かける委員(議員)にすれば、疑いなく「視察先で学ぶ事業」だ。「内」とは、疑いなく「室戸市政」だ。

 行政視察を観光旅行、物見遊山と考えている議員が全国にいないことは無い。間違いなくいます。しかし、その旅費はその町の住民のお金(市町村の年間予算)から出ています。つまり、自治体の不正をチェックすべき立場の議員が物見遊山の気持ちで行政視察に行けば、その旅費は不正な公金支出と言え、いわば犯罪となる。

 だからこそ、視察に行くなら、その委員会の委員は「外に学んで、内に活かす」責任を負っている。そう言えよう。勉強する気がなければ無理に行くことはない。「視察に行くな」と言っておきたい。
 
 以上、視察の流れと、熱心な参加委員はいつも質問する時間が足らないことと、全国の地方議員諸氏にお願いしたいこととして「視察は観光旅行ではない」というお話でした。


 さて、バスの中の雑談です。

 委員同士が市政に関するいろんな話が飛び交い意見交換をしました。

 13日に室戸市を出発して、車中で参加した議員から室戸市内の病院の中に入院できる病院が無くなり市民が困っていることについて話しが出て、次のような会話になった。

 私「当然、赤字になるだろうが、市議会で一度、入院できる市立病院を設置すべきかすべきでないかを協議する“市立病院設置に係る調査検討委員会”のような物を立ち上げ、議員と担当課職員も交えて話し合ってはどうだろうか。採算が取れず赤字体質の病院になることは明らかだが、その赤字は毎年どのくらいの金額になるのかを調査検討してはどうだろうか。市立病院を開設して運営したら毎年どのくらいの収益になって、どのくらいの赤字になるのか。その赤字は市の予算で賄える範囲か。それは許容範囲かどうか」と。

 議員「赤字は『5000万円』という話も聞く」。

 私「もしその『赤字5000万円』ぐらいで市民が市内の病院で入院できるのなら、それなら市立病院設立にゴーサインを出したらいいんじゃないか。あの温浴施設にはこれまで毎年4000万円ほどの指定管理料を支払って施設を運営してもらってきたことを考えると、それほど驚くような金額ではない。年間2億円、3億円の赤字なら市立病院の設置など止めておいた方が良いが、5000万円前後なら設置すべきでしょう。許容範囲よ」。


 この「5000万円」が本当にそうかどうかは確定した話かどうかは不明であるが、本当に年間の赤字がこれから十年十五年と5000万円前後で推移するならば、市立病院は設置すべきだと私は考えました。

 でも、多分ですが、議員が聞いてこられた「年間の赤字は5000万円ぐらいで済む」という話は確証のない、病院経営など全く分からない市民が単なる推測で「予想するに、多分年間5000万円の赤字で済むんじゃないか」と言った、いわゆる放言ではないかと思っています。

 もし実際に室戸市立病院を設置し、経営を始めると毎年数億円の赤字が生まれるようなら、いくら市民が「市内に入院する病院が無いから市立病院を作ってほしい」と叫んでいても、作ってはならないと私は考えています。

 なぜなら、その赤字分は市民の皆さんの国保料値上げや介護保険料の値上げ、そして市民税の値上げと、その赤字分は市長や市職員が被って給与削減などするわけがなくすべて、市民負担となって帰ってくるからです。

 でも、室戸市議会において、「室戸市立病院設置調査検討特別委員会」を設置し、委員6名ほどが全国の人口1万人から2万人の市・町・村が設置している各公立病院の実績(数字)を集め、市長と担当課の意見も聞きながら最終結論を出すことの価値はあろうと思います。

 現在、室戸市は入院施設のある病院を室戸市内で経営してくれる経営者を探していて、高知市などの病院に打診してはいます。ですが、小松市長が考えているのは、市が経営する病院ではなく、市が予算的な支援する必要がない入院施設がある病院の誘致(らしい)。だから、市長は市立病院の設立は全く考えておらず、病院誘致がかなわなかったらこの問題は打ち切るものと考えます。

 市長の性格として、平成18年11月に初当選して以降、法令違反や市長選の公約違反、無駄な大型公共工事などを見て分かるが、「何事も、市の執行機関で決めたことは市議会にとやかく言われたくないし、変更も改めたくもない」と考えているのは疑いなく、この室戸市に入院できる病院が無くなったことについても一度、議員説明会でその時の状況を議員にお知らせしただけで、「どうすればそれが可能か、どうすればそれが可能になるのか」を一緒に協議を重ねようなどという考えはない。

 「入院できる病院」について市長等執行機関が協議しているだけで、市議会は前の議員説明会以来、なんら関わっていない。このことから、「市と議会が一緒になって何度も協議を重ねることを市長は良しとしていない」と、私は考えています。

 唯、市民が「室戸市に入院ができる病院がほしい」という思いは一考の価値はあり、「もし市立病院を設置したらどのくらいかかるか」を市議会が特別委員会を設置してシミュレーションすべきであろう。

 そういうことにトライせずに、「たぶん、何億円も毎年赤字になると思うきん、やめちょこ」では、市役所も市議会も情けない。

 バスの中で二人で話し合ったことは一考の価値があると思うが、市民の皆さんはどのようにお考えか?

 但し、市立病院となると、今の室戸病院の建物が使えるわけはなく、新しい病院建設の大事業となる。それには何十億円とお金がかかり、国や県の交付金等を使っても市の持ち出しも当然何億円となり、それは十年、二十年と債務となり市民に負担がかぶさってくると考えられます。しかし、室戸市の人口は今12300人ほどしかいませんが、5年後には1700人、10年後には3500人が減少する勘定になるから、5年後の人口は約1万人、10年後には約8500人になる。ほんの10年後にこの人口になるが、その時、室戸市民はその市立病院の建設費に係った債務(借金)を払い切れるのか。

 「あれがほしい」「これも欲しい」といっても、その品物を買うにはお金がかかります。

 病院を建設すればこのように巨額の費用が掛かるが、それは市長や職員が払ってくれるわけではなく、大半は市民が払わなくてはならない、つまり市民負担(税金や国保料や介護保険料など)が今よりも増えることは明らか。市民はそれでよいのか、です。市長が、市がタッチしない形の、高知市周辺にある病院に室戸で病院経営をしてもら追うとしているのはそういう点からでしょうね。

 市民の皆さんも一緒になって考えていただきたい。

 市民は欲しがるだけではいけません。そこには自分たちが負うべき負担が両肩にのしかかってくることは疑いない。市にしても、将来に亘って払い切れないぐらい巨額の債務となることが解っている事業に手は出せません。このような大型公共施設建設事業を行って喜ぶのはあの議員とあの業者だけ。しかし、市民は入院できる病院がほしい。

 衰退する町のジレンマが続きます。


電子情報誌「青空エクスプレス」のアクセス数は、11月22日(水)Gooブログランキング(2784168ブログ)中、1222位でした。

22日は多くの方々にご訪問いただき少し驚いています。まずは御礼申し上げます。
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九州への行政視察④ー豊後高田市

2017-11-21 | 議員活動
 14日(火)の午前の視察研修地の竹田市を後にした一行は、一路、国東(くにさき)半島の西に位置する豊後高田市を目指します。

 正午過ぎに昼食を取り、1時を過ぎて出発。国道442号線を走って東九州自動車道の大分インター、宇佐別府道路を経て宇佐インターで降り、宇佐市の東に位置する豊後高田市に入る。

  

 いつもなら視察地の市役所に到着してその一室で事業説明を受けるんですが、ここでは観光事業の研修、それも今や観光地になった商店街「昭和の町」の視察とあって直接、その商店街の駐車場に入りました。

    
(豊後高田市の“レトロな商店街”「昭和の町」の案内図です。駐車場にバスを停め、商店街を左回りに回って、駐車場の西側にある昔の良き時代に大地主の米蔵だった建物「昭和ロマン蔵」までを視察しました。以下、「昭和の町」として生まれ変わった商店街の風景写真です)

 「昭和の町」とは、総延長が550mの商店街の街並みをいう。立ち止まらずに通りを歩けば15分もかかりませんが、その通りに立ち並ぶこの店あの店と見物しているだけで私たちがまだ子供だった戦後の昭和の時代を思い出させてくれます。・・ということから、観光地にもいろいろありますが、ここは若者向きの観光地ではなくて、大正から昭和初期、昭和30年代に生まれた人たち向きの観光地と言えます。でも、平成生まれの若者たちにとっても「昔はこういう町で、こういう店があったんだ」と知り、古いビンテージな物にも興味を持つきっかけになる、そんな街並みとも言えます。
  
(到着時間が遅れ、ガイドとは呼ばず「案内人」と名付けられたおじさんには本当にお待たせいたしました。「ごめんなさい」)
  
(ここが「昭和の町」の入り口と言ってもよい街角。この場に立つと「自分が地域雑誌を出版していた平成の4年、5年ごろの安芸市の古い町並みのようだ」と思いました)

  

  

  
(古い家屋を今は喫茶店にリニューアル。レトロな洋風の窓が粋ですね)
  
(この洋風の店舗は、元禄七年、1694年創業の「佐田屋」。家老の娘が嫁に来たという名だたる家柄のお店です)

 この商店街には古い洋館建ての建物がいくつもあって、「昭和の町」づくりには非常に効果的であったろうと考えました。古い時代を表現する木造建築は伝統的建造物の街並みには欠かせませんが、その中にこういう明治から昭和初めの頃にかけて建てられた洋風建築もあってこそ相乗効果を挙げるのだろうと考えました。
  
(昔懐かしい駄菓子屋さんです。こういう店は室戸だけでなく、高知県内でも無いとは言わないまでも、あってもほんの1、2軒でしょう)

 駄菓子屋でなくてもいい。このようなこだわりの店があってこその、古い町並み。「こだわりのない地域づくりなんてものはない」、「まちづくりには、こだわりを持つことが大事」という点は、室戸市吉良川町の重要伝統的建造物群保存地区のまちおこし活動の他、市内の商店街の皆さんも学び実践してほしいものです。

  
  (旧共同野村銀行。これは登録無形文化財になっている建物)
  

  

  

 町並みの視察はここで終了。

 豊後高田市での視察は午後3時から5時までの予定でしたが、到着が遅れて3時半前に到着。それから約半時間、商店街を見学させていただいた後、4時過ぎに「昭和ロマン蔵」に入りました。

 そこで同市の商工観光課の水田商工観光推進室長から、衰退していた商店街をレトロな商店街にリニューアルして大成功したその歴史と行ってきた取り組みについて、スライドを使っての説明をお聞きしました。
  

 以下、豊後高田市が商店街活性化事業に取り組むようになった地域事情と、事業に取り組んできた流れについて、水田さんの解説と資料を基にまとめてみましょう。

 豊後高田市は市の中心部を流れる桂川によって二分され、西側に6商店街、東側に2商店街があり、それぞれが江戸期から昭和30年代にかけて栄えてきました。しかし、昭和40年代に入るとだんだんと人口は減少し続け、中心商店街も急速に衰退。やがて「商店街を歩くのは人の数より犬や猫の数の方が多い」と言われるようになります。

 衰退したまちの再興への道を模索する中、商工会議所を中心とした「豊後高田商業まちづくり委員会」が設立された。いわゆる“商店街活性化への取り組み”です。商工会議所は平成4年に「豊後高田市商業活性化構想策定事業」を策定、検討会議が繰り返し行われ、活性化に力点を置く地域を「中心市街地」と決めた。

 平成8年には、その衰退した市街地の江戸期から、明治、大正、昭和と続いてきた歴史を調査することから開始する。「最初は“個性探し”と“テーマ探し”に頭をひねった」(水田室長)そうです。「昭和」というテーマを決めた後、平成12年度に「商店街の街並みと集計に関する調査事業」を実施。市役所、商工会議所、商店主らが集まって約一年をかけて「まちなみ実態調査」を実施した。

 徹底したまちの分析から、既存の商店街の建物の訳7割近い建物が昭和30年代以前に建てられたことが判明。こうして歴史を振り返る中で、市が最も元気だった昭和の商店街再生に向けた取り組みが始まります。

 その歴史を辿ってきた建物の時間と空間軸を1枚の地図に描き込み、「豊後高田市ストリート・ストーリー」を作成。それには既存の市街地、その歴史的背景、まちづくりの先例などの要素を考え乍ら網羅する作業の中で、これまで古くて不便だとばかり思ってきた既存の商店街が、実は歴史と伝統のある昭和の姿を留めていて魅力的だということがわかり、全国的な「昭和」ブームの兆しも見て、“昭和の時代のレトロな町づくり”に確信を持った。

 平成13年度にはついに「豊後高田 昭和の町」がオープンします。

  

 ★商店街の取り組みは、4つのコンセプトでスタートします。

 ①昭和の建築物の再生。これは昭和の街並みに因る景観づくりです。

 ②昭和の歴史の再生。これは、各店に残るお宝を「一店一宝」として展示し、町やその店の物語づくりとする。

 ③昭和の歴史の再生。これは、店の自慢の昭和時代の商品を「一店一品」として販売する。

 ④昭和の商人の再生。これは、お客さんとのふれあい、おもてなしの心づくり。

 因みに、現在この中心街の「昭和の町」に参加している店は、44店舗。

 
 説明が終わった後、吉良川町の重要伝統的建造物群保存地区の家屋改修のことを思い浮かべ、私から質問しました。

 谷口「このレトロな街並みにしようとする事業において、それぞれの店は古いイメージに修復や改装を行ったと思いますが、その費用は市から何%補助されるのでしょうか」。

 水田「県が三分の一、市が三分の一で、個人が三分の一です」。

 (※現在の吉良川町の古い建物を修復するに関する補助率の割合は解りませんが、平成10年頃は、国・県・市が改修費の80%(この内訳は、国65%、県15%、室戸市20%)で、建物の所有者が20%の自己負担と聞いていた)

 商店街を私たちが視察した日はいませんでしたが、週に二日ぐらいこの通りを昭和35年ごろのいすゞのボンネットバスが15分ぐらいかけてゆっくりと走っているそうで、このことなども「昭和の町」の雰囲気を盛り上げることに一役買っているそうです。

 以上、ご報告して参りましたこの事業ですが、感心があるのはやはり「どのくらいの人がこの商店街に見物や視察に来ているのか」だと思います。下の写真二つがその観光入込客数ですのでご覧ください。

  

  

 このグラフでお分かりのように、ここ4、5年は35~40万人で推移しているようです。

 唯、室戸市の吉良川町の古い町並みの事業と同じで、古い建物をいくら修復しても、修復過程と修復完了後も外に向けてPRし続けなければ、やがて人は来なくなるのは決まっています。

 吉良川町にしても、重要伝統的建造物群保存地区に選定された後は市もPRし観光バスに乗った観光客が次々とやって来ましたが、それはほんの5年、6年もすれば熱も冷めてしまい、その後も県や市などは補助支援を行い修復工事は続いていますが、あの国道沿いに設置した「町並み駐車場」に観光バスが止まっているのをいまや見たことがありません。いったい何のための予算投資なのかと疑問が沸きます。

 私は40歳の時から自分が稼いだ店の売り上げを使い地域づくり活動を行ってきたから「まちおこし事業の何たるか」を知っていますが、このように古い町並みでまちづくりを行う場合は、修復を続けていても修復が完了していても同じで、そのような事業にその町に住んでいる人たちが一緒になって観光客が来るようにと知恵を絞り、観光客誘致に力を入れなくては、人は来ないし人は来るわけがないと私は思っています。

 このような街並み修復事業は、その街並みをきれいにすることが目的ではない。それは手段であって、目的は観光客誘致。そのことを行政がよく周知徹底させていないから、「きれいになったねえ」で終わってしまうのです。

 この「昭和の町」の通りを歩いて「観光客が来てもそれほどの売り上げにはなっていないんじゃないか」と思うほどですが、店々のみんながその修復した街並みを活用して気分良く帰っていただこうとする【やる気】は感じました。果たして今の吉良川町の街並みに観光客がやってきた観光客の皆さんが、あの街並みでご商売をしている人たちから観光客を迎えるに際した【やる気】を感じることができているでしょうか。

 私はあの街並みを歩いて、わが室戸市の吉良川町の街並みのことをこう思い浮かべたことでした。

 こうして、午後5時過ぎに豊後高田市での視察を終えました。

 13日と14日の二日目を振り返ると、午前中の視察地・竹田市での事業説明が非常に熱心にしていただいたことや当方からの質問も続いたことから午後の視察地の豊後高田市の到着が予定時間の午後3時を少し回った頃に着いたことや、この豊後高田市においても説明をしてくださった方が詳しく説明してくださったこと、室戸市の委員や職員が「この点についてはどうしても聴いておきたい」と熱心にこの「昭和の町」による町おこし運動について質問したこと等から、いつの間にか視察終了の午後5時を過ぎていました。

 5時がこの研修場所になった「昭和ロマン村」の閉館時間と聞き、視察の一行8名は「もう少し聞きたいことがあるけんどなあ・・」と、個人的には少なくなった後ろ髪を引かれながら研修を終え、全員が大慌てでその施設から退出。外はすでに薄暗くなっていました。

 ここから別府市のホテルに入り、一泊。この日はスケジュールが強行軍でしたので、けっこう疲れました。

 翌15日(水)は視察研修の予定はなく、午前9時半にホテルのすぐ近くの別府港から八幡浜港へのフェリーに乗り、八幡浜港にある道の駅で昼食を取り、大洲から松山道に入り、高知道を通って室戸市役所に帰って参りました。到着は予定した午後6時ぴったり。終わりよければすべて良しとしましょう。

 私たち、室戸市議会の産業厚生委員会(委員6名)の行政視察についてのご報告はこれでおしまいですが、視察に行ったときのこぼれ話を少しだけ書いてみたいと思っていますので、それは明日掲載いたします。


電子情報誌「青空エクスプレス」のアクセス数は、11月21日(火)Gooブログランキング(2783885ブログ)中、2409位でした。
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九州への行政視察③-竹田市

2017-11-20 | 議員活動
 14日(火)は、大分県竹田市と豊後高田市を訪問し、議員研修を行いました。

 朝8時に大分県佐伯市のホテルを出発、一路、竹田市を目指します。

    

 佐伯市から竹田市までは、国道10号線と57号線を経由して約1時間半(65キロほど)走って、到着。視察研修の時間は午前10時~12時までの予定。

 バスを降りてまず驚きましたねえ、その市庁舎の姿には。
  

 お城のような屋根をしていることから、瀧廉太郎がその荒れ果てた姿を見て「荒城の月」を書いた同市の「岡城」に因んで建設したものだろうとはすぐに解りましたが、「室戸市ならこのような市庁舎建設は実現しなかったであろう」と視察した委員らは考えたのではないか。

 ここで、その瀧廉太郎と「荒城の月」の歌について解説しておきたい。

 「荒城の月」の歌は、土井晩翠の作詞に瀧廉太郎が作曲した歌曲で、哀切をおびた悲しげなメロディと歌詞が特徴です。私が思うに、曲よりも土井晩翠のこの詩に人は引かれているとも思う。土井晩翠が詞を構想したとされるのは、宮城県仙台市の青葉城址など全国の古城。瀧廉太郎が曲を構想したとされるのは、大分県竹田市の岡城址という。

 作曲家・瀧廉太郎は1879年(明治12年)8月に東京に生まれ、1903年(明治36年)6月没。明治12年に東京に生まれた人であるが、瀧家は江戸時代に豊後国日出藩(現在の大分県速見郡日出(ひじ)町←別府市の北隣の町)の家老職を代々つとめた上級武士の家柄。父・吉弘は大蔵省から内務省に転じ、大久保利通や伊藤博文らのもとで内務官僚として勤めた後、地方官として神奈川県や富山県富山市、大分県竹田市などを移り住んだ。当然、廉太郎も父と共にすることになる。だから、この「荒城の月」の作曲は、瀧家の父祖は大分県日出町の出身で、自分も父と共に竹田市に住んでいたこともある、そしてその地には「岡城」という荒れ果てた古城がある、ということなどを思いこのような曲調になったのであろう。

 さて、最初に度肝を抜かれましたが、気を取り直して一行は市庁舎二階の部屋に案内されました。名刺交換と自己紹介を済ませた後、竹田市高齢者福祉課の参事で保健師でもある甲斐さんから、介護事業全般について説明をお受けしました。

 竹田市の人口は、平成27年の国勢調査で22342人。今は22000人を切るぐらいでしょうか。農業を中心に、畜産も盛んな町とお聞きしました。議員定数は16名。

 竹田市での視察目的は、介護ケアシステムと高齢者サービスについてです。

 竹田市の現状として、人口が約22000人の中で、介護保険の第1号被保険者が10036人、65歳~74歳までが3953人、75歳以上が6083人、高齢化率は44.3%。又、平成28年度の出生数は106人で死亡数は452人だから、自然減は346人。
  
 
 これは、国の調査機関が出した竹田市の、年齢別の人口伸び率の推移グラフ。2010年を100とし5年ごとの推計を出したものですが、これを見て分かることは、竹田市の「65歳~74歳まで」の10歳、「75歳~84歳まで」の10歳、「85歳以上」の数字を見ると、それら年齢各層は2010年を100とすると、十年後の2020年に「85歳以上」が1.5倍に増加し、その状態が十年、二十年と続くとされています。これはご存知の通り、戦後の昭和21年生まれの「焼け跡世代」、そして昭和22年生まれから昭和24年生まれまでの「団塊の世代」の、“産めよ増やせよ”の国策による第1次ベビーブームに因るといってもよい。

 この戦後生まれの子どもが既に68歳~71歳となっていて、この年齢層がこれから十年後には78歳~81歳、二十年後には88歳~91歳となります。上のグラフはそのことを指摘しています。当然、この竹田市だけの話ではなく全国どこの自治体も抱える高齢者事情であり、室戸市もこれは全く同じ状況にあります。
  
  (少し資料の印刷が裏写りがして見にくい点はご勘弁を)

 この資料の左側の上下のグラフは、竹田市民の年齢別の通院者数と入院者数を示した図。上の図では、40~64歳までの値はまだ低い方ですが、65歳を過ぎると通院も入院も倍以上に増加していることが解る。又、下の図では当然のことと言えばそれまでですが、75歳から上の年代層の入院が多いことが解ります。

 上の写真の右側のグラフは竹田市民の介護サービスを受けた年齢を示しています。上の図では、75~79歳まではまだ低いが、80歳を過ぎるとどんどんと受給率が上がっています。下の図でも黄色の80歳以上の人の受給率から急に高くなっていることからも、それが確認できます。
  

 上のページは、竹田市が地域包括ケアシステム事業に関してまとめたものです。簡単に、その文字を辿りますと・・・

 ●竹田市では、85歳以上の人口がこれから急増する。その結果、独居の高齢者や認知症の高齢者が増えることは歴然とした。

 ●そのことから、介護サービスを受ける市民は増えるが、その一方、そのような高齢者を支える立場となる若い労働力人口は間違いなく減少の一途をたどることになる。この対策として、介護予防に力を入れ、元気な高齢者をたくさんいてもらい、社会参加を促す。それには市のマネージメント力(支援する力)を強化し推進する必要がある。

 ●85歳以上の後期高齢者はその半数が何らかの介護サービスを受けていて、その人たちは医療(病院での通院治療や入院)はもちろんのこと、生活支援に対するニーズ(要求)も多いし医療の面でリスク(危険性)も高くなるので、市による包括的な介護サービスの提供が必要となる。

 ●85歳以上の高齢者の場合は、健康面や心身機能、ADLとIADLの面(※)など、老化した体ゆえ生活する上で行う多くの行動・動作に課題がある。又、誤嚥性肺炎などの再発予防の課題に対しても、介護に係わっている多くの職種の人たちが協働で関与することが必要である。

 (※「ADL」とは「日常生活動作」のことで、日常生活を送るために必要な動作。具体的にいうと、食事、排泄、入浴、整容、衣服の着脱、移動、起居動作などです。又、「IADL 」とは「手段的日常生活動作」のことで、日常生活を送る上で必要な動作のうち、「ADL」より複雑で高次な動作をいう。具体的にいうと、買い物、洗濯、掃除等の家事全般、金銭管理、服薬管理、交通機関の利用、電話の応対などです)

 ●下の棒グラフは平成28年3月に公表された厚生労働省の「介護費の動向について」ですが、ご覧の通り、国の介護に係る費用も高くなり、8兆円を超え、今や10兆円も超えています。
  

 その下には65歳以上の人が支払う介護保険料の全国平均額を表示し、第6期には「5514円」とあります。竹田市の介護保険料は、5500円。室戸市の介護保険料はこれより高く5800円です。

 甲斐参事がこの金額設定について、解説してくださった。

 「介護保険料が高くなる要因を挙げると、①市内の介護施設が多くなること、②施設が多くなると、ヘルパーが増えること、③ヘルパーが増えると、介護保険料の金額が高くなること。反対に、施設が少なくてヘルパーが少ないと、介護保険料は安くできます。そう考えての金額設定ですが、どちらが良いとは言えません」。 

 いただいた資料(上から三つめの資料の写真)にも「介護保険だけで高齢者の生活すべてを支えることは困難」としています。

 竹田市はこれら地域包括ケアシステム事業の結論として、三つめのページの一番下に書いてあるように、地域内の様々な“資源”(と言うよりも、「介護事業に係る各種の態勢」と言った方が理解しやすい。医療や介護サービスの取り組みと地域社会の助け合い)を総動員して、介護が必要な対象者に地域の特性に応じた支援が提供されるよう、市による仕組み作りが必要である。そのためには、①量的で質的な介護サービスを確保すること、②ケアマネージメント(※)の取り組み、③市町村の役割、などが重要となる。

 (※「ケア・マネージメント」とは、「利用者とその家族がもつ生活課題についての要求と適切なサービスを結び付け、生活を支援すること」。ケアマネジメントの過程を順に辿ると、①相談の受付、②アセスメント(課題分析)、③ケアプラン(居宅サービス計画)の作成、④サービス担当者会議の開催、⑤利用者への説明・同意・交付、⑥ケアプランの実施、⑦モニタリング(少なくとも1か月に1回の居宅訪問・面接、⑧その結果の記録、⑨評価・再アセスメントと進められる)

 介護予防が必要となった原因の一つに、「生活不活発病」というのがある。「生活不活発」とは、足が痛いなどの関節疾患や転倒しての骨折等の理由があって家から外に出なくなったりする傾向を言い、竹田市の平成27年の調査で介護予防が必要となった原因として一番多かったのが、「生活不活発病」の42.8%だった。

 竹田市が平成28年度に要介護状態になる前の高齢者(65歳以上)5000人から調査したところによると、「外出を控えている理由」で一番多いのは、「足腰の痛み」が圧倒的に多く、55.8%。「外出する際の移動手段は」という問いに対し一番多かったのは、「自分で自動車を運転して行く」が56・0%と、これも圧倒的に多い。後は、「徒歩」と「人の車に乗せてもらう」が20%台でした。

 次に、「病気の時、看病や世話をしてくれる人は」の問いに対しては、一番が「配偶者」の54.3%、二番が「別居の子ども」で39.0%でした。「病気の時、看病や世話をしてあげる人は」の問いに対しては、一番多かったのが、これも「配偶者」で54.6%だった。竹田市からいただいた資料のこの数字を見て、私は自分のことを想起してしまいました。妻が先に逝ったら誰が看病や世話をしてくれるんだろうか?と。(そのページが下の写真)
  

 読者の皆さんはいかがでしょうか。自分が先に逝けばいいんでしょうが、当然、似通った年齢なら、自分より妻もしくは夫が先に旅立ち、自分が後に残されることは大いにあり得ます。そんなこと考えたことがありますか? 「自分も妻もまだ若い」なんて考えていると思いますが、60歳を超えたらすぐのことですよ。死ぬ時はストンと逝けばいいがそういうことはまずありません。上の表のように、他より頼られしている配偶者がいなくなれば、家には自分を看病してくれる人はいない、生活の世話をしてくれる人もいません。そんな時のために行政の介護事業が行われているんでしょうが、配偶者がいなくなったからといっても、すぐに明日から頼むわけではないでしょう。足が痛くても腰が痛くなっても、何年かは辛抱しながら自分一人で生活することになります。

 私もこういうことは60歳代になってからその折々に考え妻とも話してきましたが、こうして70代を迎えると「死期も近い」と観念しながら衣食住に気を付け乍ら、健康第一で生活をしています。読者の皆さんも健康に留意して、毎日の散歩は欠かさず、「介護を受けない身体づくり」に励んでいただきたいものです。

 報告が横道にそれました。続いて、竹田市の介護事業の取り組みのまとめについて、資料を基に説明しましょう。
  

 表題には「竹田市の地域づくりの取り組み」とあるが、「地域づくり」と言うよりも、その中の「竹田市の高齢者介護に係る取り組み」としておきます。

 解説すると、竹田市の高齢者介護の現状を高齢者と市の実態を踏まえて言うと、欠点として、①介護に投資する財源が乏しく、行える事業に限界があること。②ヘルパーなど専門職の人材が不足していること。③人口減少により、地域(市全体)に疲弊感があること、産業が低迷していること、地域の活力が低下していること。良い点は、①高齢者の活力も人的資源であること。②地域の人たちが支え合いの志を持っていること。
   ↓
 このような現状と実態を踏まえ、①雇用創出事業の実施や、②介護予防モデル事業を実施し、住民主体のサービス事業を展開している。
   ↓
 その発端として、「ヘルパーとなる人材が不足している」ことから、「暮らしのサポートセンター」を立ち上げようと考え、厚労省に行った。すると、そこで「これは国のモデル事業です」と言われて、そんなことも知らずに行ったもので、市の関係者は大慌て。竹田市の高齢化率や車に乗れない高齢者の増加、限界集落の増加などを考えるとやめるにやめれなくなって、モデル事業に取り組み始めた。それが平成22年ごろの、①事業構想期。

 因みに、訪問介護員(ホーム・ヘルパー)になるには、社会福祉協議会など厚労省が認定した講習事業者が講習を行い、実習があり、実務もこなせるようになって、ようやくヘルパーとして認定されるもので、国家資格ではない。講習課程には1級と2級がある。

 ②事業スタート期・・・平成23年から24年にかけて。地域福祉や介護をテーマにした人材育成セミナーの開催等、ヘルパーなど高齢者の暮らしをサポートする人材を養成する取り組みが始まる。(所謂、計画段階だ)
  

 ③くらサポ実践期・・・「暮らしのサポート」を「くらサポ」と名付け、平成24年~25年にかけて。①拠点づくりや②ニーズの調査(高齢者に生活課題の実態を聴く調査)、③介護サービスの開発、④コーディネーター役(※)を置くなどに取り組んだ。(所謂、計画に従い各担当者が活動を始めた時期だ)

 (※「コーディネーター」とは、この事業の作業の進行状況を全体として管理、統制する人。コーディネーターは、事業の実施を管理・監督する人ではなく、事業の進行状況に関する情報収集センターであり、各部門の連絡係をつとめるスタッフ。又、各部署の関係者の協議などを調整し、とりまとめる役割をもつ人をいう。
 
 ④竹田市全域への展開・・・平成26年~27年にかけて。竹田ならではの互助の仕組みである「くらサポ・りんどう」の事業も軌道に乗り、この活動を通じて竹田市においても「くらサポ」の必要性と支援の在り方を検討、竹田市全域で7地域での設置を目指しています。

 竹田市役所を出たのは正午を少し回っていました。委員らは出発前に、いつものように玄関口で記念撮影です。
  

 またまた走り走りの報告となり内容を判読しにくかったと思いますが、お許し願いたい。以上で、行政視察二日目の午前中の視察地、竹田市での研修のご報告を終わります。

 尚、二日目の午後の視察地、豊後高田市での現地視察と研修内容については明日、21日に記事を掲載いたします。


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九州への行政視察②-宿毛市

2017-11-17 | 議員活動
 まず、議員が行う視察研修に関してですが、委員会がどこに視察に行ってもよいというわけではないので、市民の皆さんにその点を先に少し説明させていただきます。

 室戸市議会には総務文教委員会と産業厚生委員会の二つの委員会があります。その二つの委員会それぞれが所管する課を持っています。

 総務文教委員会は、総務課、企画財政課、財産管理課、会計課、人権啓発課、債権管理課、防災対策課、選挙管理委員会、消防本部、そして教育委員会の学校保育課、生涯学習課を所管しています。私が所属する産業厚生委員会は、市民課、保健介護課、(農林漁業などを所管する)産業振興課、農業委員会、建設土木課、観光ジオパーク課、福祉事務所、水道局を所管しています。

 そして、室戸市のそれぞれの課や局は、その課に関係する事業や業務を行っています。例えば、観光ジオパーク課は世界ジオパークに係る事業のほかに、市が関係する観光事業を管理し業務を行っています。だから、室戸岬など観光地のためやその他の観光事業を行う業務全般を所管しています。そして又、産業振興課は室戸市で行われている漁業や農業や林業のほかに、商工業や海洋深層水事業なども所管しています。

 このように各課が所管している事業や業務について、市議会の議員が自分たちが所属する委員会に関することを先進地に視察・研修に行き、学び、そこで目にしたり説明を受けたことや現地視察したことを委員個人が知恵とし、議員の能力を向上させること。これが目的の1点。今回、私たちが宿毛市の宿毛湾内で行っている養殖事業と沿岸漁業について研修したのは室戸市の産業振興課が所管する事業についての勉強だったし、竹田市で説明を受けた介護事業は室戸市の保健介護課が所管する事業について、豊後高田市で見て説明を受けた観光事業は室戸市の観光ジオパーク課が所管する事業について室戸市に活かせることはないかを学んだもの。

 もう1点は、「この点は室戸市の事業に活かせる」と感じたことを市議会の一般質問で市に対して提案したり業務運営を改めるよう求めること。つまり、視察で学んだことを室戸市の政策に活かそうとする活動が無ければなりません。

 行政視察はこれを目的としているのを議員が各自、自覚する必要があり、決して議員の旅行にしてはならないということです。

 視察で大事なことは、説明を受けていることを忘れないように自分がノートに書きメモに残すことと、メモしたことを忘れてしまわないように頭のどこかに知識として残すこと。物見遊山の気持ちで視察に行っている地方議員はこの点がおろそかになるから、何回行っても、どこに行っても何一つ生きていない。

 視察に行く室戸市議会の委員が考えなくてはならないのは、旅費は議員が個人的に10万円出しているわけではなく、全てが市民のお金である室戸市の130億円、140億円という年間予算の「議会費」から出ています。ということから、どこに視察に行っても、何回視察に行っても何十年と視察に行っても、何ら室戸市政に活かせないし何も学んでこないような議員では困るということです。

 だからこそ、室戸市議会に限らず、全国どこの地方議会においても真剣味のない視察にしないように自覚を持たなくてはなりません。


 さて、視察一日目のご報告に移ります。尚、今回の視察地の三自治体には私たちの委員会の各委員から事前に質問事項を集めそれを送付してあるので、三市はそれに沿って事業説明を行ってくださる手順になっています。

 唯、これは視察に行って毎回思うことですが、視察地の自治体の説明をお受けしそれに対して質問しお答えをいただいても、質問とお答えの時間が約半時間あるかないかで、もう少しこのことについて詳しく聞きたいと思っても次への予定時間があるし、相手方の役所職員の仕事時間を削って対応して頂いているという事情もあり、断念せざるを得ない場合が大半です。詮無い話ですがこの点だけは如何ともし難いことで、当方が訪問自治体の事業の全貌を把握するに至らない点についてはその度に残念に思います。 

 13日(月)の午前8時に四国の東南端に位置する室戸市を出発して、まず目指すは四国の西南端に位置する町、宿毛市です。人口は平成27年の国勢調査で20907人。今は20500人ぐらいでしょうか。議員定数は14名。

 宿毛市での視察目的は、室戸市に無い湾で行う養殖漁業についてと、沿岸漁業について。

 正午を回って宿毛市に着き、当地で昼食を取った後、一行は午後1時半に宿毛市役所に到着。二階の一室に案内され、名刺交換と自己紹介を済ませ、宿毛市産業振興課の谷本課長補佐から事業説明をお受けしました。
  

 この地図ではわかりにくいですが、宿毛市は“山の町”。森林率は84%、農地率も12~13%と耕地も少ない町。大月町などと共に水産業が主な産業となり、昔から漁業中心で町は動き、時代は進んできました。
  

 その漁業も、①宿毛湾という養殖漁業に最適な地理的な優位性を持っていることと、②湾の沖合には鵜来島や沖ノ島があり、それらの島々が天然の漁礁の役割を果たし、さらに、③リアス式海岸(※)になっていることも効果的で、それらを最大限に活用しての効率的な操業が可能となっています。(※「リアス式海岸」とは、複雑な地形の湾や入り江などの海岸線の形状をいう)
  

 そしてもう一つ、私からの質問で「宿毛湾の養殖漁業は台風では被害を受けないのか。台風時はどのように対応しているのか」とお聞きしましたところ、担当職員から④として「南の大月町の大堂海岸や沖ノ島などの島々が擁壁の役目をして台風の波の影響は少ない」とのことでした。また、台風が襲来する時でも湾内の養殖いかだは移動せずそのままで、簡単な防護処理をしてそのままにしてあるとのことでした。(この後、現地視察も行いましたが、時間的なこともあり、湾内の養殖現場を見ることはできませんでした)

 唯、台風時に被害を受けるのはむしろ沖からの大波ではなく、山に降った大雨が川を伝い湾に流れ込んだ泥水によってカンパチなど養殖魚が死んでしまうことはたびたびあるとのこと。海からの被害ではなく、山からの水に因る被害を受けるという説明は以外な話で、“目から鱗”でした。

  

 「自然現象に因る被害は防ぎようがなく、それも含めて業者は養殖業に携わっているので、そんなことで挫けたりしません」という谷本課長補佐の説明に、視察に行った8名も感心しきりで、商売人さんの心意気に打たれました。
  

 湾内の養殖漁業について。宿毛湾では、リアス式海岸であることから、静穏な沿岸部の環境を活かし、ブリ、カンパチ、マダイ、マグロなどの魚類養殖が盛んで、出荷量は全国で3番目の一大産地となっています。又、「カツオの一本釣りのためのエサとして短期間ですが、サバも養殖している」とのこと。  
  
 (右下の写真が、宿毛湾で行われているマグロ養殖) 

 この養殖漁業を行っていることの波及効果としては、「いま宿毛湾で養殖漁業を行っているのは大手が4社ですが、そのマグロ養殖業者に雇用されてこの仕事に携わっている人は給料も良く、自分で船を所有して漁業をするよりもずっと良い収入を得ていまして、養殖漁業というこの水産業が市民生活を支えているといえます」と谷本さん。 

 今後の養殖漁業について、私から「各地域の養殖漁業の課題として、生産魚の均質化と安定化や生産コスト削減などに向けた新技術の導入、高い技術と知識を備えた担い手の育成などが課題として考えられるが、今後の養殖経営の展望をお聞きします。①宿毛湾で行われている養殖漁業の将来展望について」をお聞きした。谷本補佐は「今後は、今は行っていないサバなどの魚種の養殖なども本格的に行うようになるのではないか。又、今後、タイなど東南アジアなどへの養殖技術支援なども考えられます」とのことでした。

 宿毛市の沿岸漁業について。宿毛市の「すくも湾中央市場」に水揚げされている魚は近隣の漁港からの魚で、宿毛市の11漁港、大月町の12漁港、土佐清水市の17漁港の、併せて40漁港から車で運ばれ入荷し、セリにかけられている。(この市場は説明後に見学させていただく)
  
  (平成43年から平成25年までの宿毛市周辺における漁業経営体数の推移)  

 沿岸では、イワシ、アジ、サバなどを対象にした「火光利用まき網漁」も行われていて、「すくも湾中央市場」に水揚げされる魚の90%がこの漁法によるとのこと。

 私から「平成29年3月の宿毛市議会3月議会の行政報告で中平宿毛市長は『食については、宿毛の魚おもてなし事業を立ち上げ、宿毛で獲れる新鮮な魚を重要な資源として発信してまいります』と表明しました。この『魚おもてなし事業』の内容についてお聞きします」と質問。谷本課長補佐から「これは県の補助事業で、宿毛オリジナルのレシピ(料理のメニュー)と、それを提供してくれる店を作るため、いま始まったばかりの取り組みで、まだ事業全体が決まっていません」とのことでした。

 こうして市役所で説明を受けた後、参加した8名が市役所前で記念撮影です。
   
 (気にかかったのは、写真左に見えます海抜2.9mの文字。いくら南にある足摺岬や沖ノ島が防波堤の役割をするといっても、津波の危険性が高いのではないか)

 そこから場所を移して「すくも湾中央市場」を訪問しました。
  

  
  (平成17年設立時からのすくも湾中央市場での水揚げ量と水揚げ金額の推移)
 
 市場は、水産庁の「水産物流通機能高度化対策事業」に基づき市場や漁港の衛生管理対策等に対する、経費の一部に国の補助を受けていることから、田の浦港の市場では環境保持と衛生管理のために部外者は立ち入り禁止となっていて、我々は市場関係者からガラス越しに説明を受けました。
  

  
 (市場について説明をして下さったのは、「すくも湾漁業協同組合」の河原参事。その説明に委員4名と室戸市から参加した職員2名も熱心に聞き入り、情報収集です)

 説明は非常に詳しくしていただき、委員から投げかけた質問にも丁寧にお答えをいただき、委員の皆さんは時間が過ぎるのを忘れるほど熱心でした。視察後、委員から「魚市場の人であのくらい詳しく事業について説明できる人は室戸にいないんじゃないか」の声あり、河原さんの能力に感心しきりでした。

 この市場は近隣の漁業者らで平成17年の市場設立時に「消費者から求められているのは、安全・安心な市場であり、安心・安全な魚だ」と決意し、国と県に相談して設立したもの。

 「売り上げはあまり多くはないが年間15億円前後で、市場への手数料は6%」と河原参事。「この市場設立は小さな漁港の市場を占めて集まってのことだから、それなりの利益(価格の値上がり)はあり、20%~30%は上昇しています」、「室戸市もそうでしょうが、市場の統合はどこも一緒で『漁業が育たない』『漁業に携わる人が育たない』という状況がありますが、この「すくも湾中央市場」はそこを乗り越え、周辺の18漁協が集まり「すくも湾中央市場」を設立したということです」(河原参事)。

 付け加えますと、この市場の競り市は、朝、昼、夕方の三回開かれますが、これは珍しいと思いますね」と河原参事。その理由として、「定置網、まき網、刺し網、引き網と、漁法が違うと網を引き揚げる時間がまちまちであるから」とか。

 こうしている間に、フェリーに乗る時刻の午後4時が近づいてきたため、三時半で現地視察を終了。関係者にお礼のあいさつをして、バスは宿毛フェリーの乗り場に向かいました。そしてこの日はフェリーが着いた佐伯市のホテルで一泊。翌朝はそこから竹田市に向かいます。

 では、走りばしりの記事となりましたが、今日の記事はこれでおしまい。視察についてはまた明日、記事をアップする予定です。


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九州への行政視察①ー前書き

2017-11-16 | 議員活動
 昨日15日の午6時ごろ、室戸市に帰ってきました。

 バスに長く揺られますと、70歳を超えていることもあるのか、やはりちょっと疲れました。東和観光のバスを運転された同社社長は我々視察に行った8名よりももっとお疲れだったでしょうから、そんなことは言ってられませんが。

 まず全行程を地図を使ってお示ししましょう。
  

 13日に室戸市役所を出発し、四国の西の端の町、宿毛市へ。そこから宿毛フェリーで大分県佐伯市へ渡り、一泊。14日は佐伯市から竹田市へ。正午過ぎに竹田市を出て途中で昼食を取り、午後3時過ぎに豊後高田市へ。午後5時を過ぎて視察を終え、別府で一泊。15日は朝9時半過ぎに別府港から宇高運輸フェリーで八幡浜に渡り、八幡浜港の傍にある「道の駅・八幡浜みなっと」で昼食。大洲からは高速道路に入り、松山道、高知道と走り、南国インターで降りて、室戸市役所に到着したのは日程表の「午後6時」ぴったりでした。

 終わり良ければ総て良しとしましょう。

 視察は、一日目が高知県宿毛市、二日目の午前が大分県竹田市、午後はそこから110キロ離れた同県北部の豊後高田市で視察。翌日の三日目は帰るだけで視察はありませんでしたが、とにかく強行軍で、参加された皆さんはさぞお疲れになられたことと思います。

 二日目の視察が予定より時間が押したのは、竹田市での市担当者が懇切丁寧に介護事業について解説してくださったことと、室戸市からはせ参じた産業厚生委の委員がたくさんの質問を用意し、室戸市から同行した保健介護課長補佐や観光ジオパーク課長からも質問。それぞれに対しお答えを頂いている間に時間は過ぎ、委員や職員はもっとお聞きしたいことはあるが・・」と思いながら、今回の視察研修のリーダーとなった上山副委員長が「もっとお聞きしたいことはありますが、予定の時間も来ましたので、この辺で終わらせていただきたいと思います」と締め、同市での視察は終了。そこからバスは走り、一路、豊後高田市へ向かう。

 途中の高速道路のパーキングエリアで昼食を取り、豊後高田市に着いたのは予定時間の3時を過ぎていました。そこでは、商店街が観光地のように変貌を遂げている「昭和の町」と名付けられた商店街を先に見学しました。

 そうして約半時間ほど通りを巡り視察した後、その地域の中の昔の大きな米蔵を改装して地域づくりに生かしている建物に案内されて、そこの一部屋で映像を見ながらのその「昭和の町」が計画されどのように観光客誘致に生かされているのかを説明していただいた。(これらについては、すべて今日から三日間ほどに掛けて詳細な視察報告に書き綴りたいと思いますので、ご期待ください)

 そうしてここでも詳細について担当者から説明を頂き、それが終わり室戸市から視察に行った委員や市職員から質問をしお答えをいただいている間に予定は過ぎ、当初ここでの視察予定は「午後3時から午後4時半まで」としていましたが、現地の皆さんの親切と室戸市から行った参加者の熱心さもあり、午後3時半から午後5時過ぎとなりました。

 そしてここでも室戸から行った参加者は各自、質問したいことは他にもありましたが、時間切れで終了。今回の視察の反省点は、一日の視察研修を行う自治体が少し離れすぎたきらいがあると、個人的には感じました。一日に2自治体(二か所)、3自治体(三カ所)であっても良いので、もう少し時間的に無理が無いようにそれぞれの自治体が近い距離にあるところで予定を組めば、視察研修も余裕が生まれるのではないかと考えています。これは議会事務局が今後への反省材料とし、次に生かしていただきたい。
  
(宿毛市役所において、漁業についてスライドを使っての説明を受ける。何か一つでも室戸市で行われている漁業に活かせないかと、委員と室戸市職員の目も真剣です。
 撮影は、今回の視察地となった自治体との依頼交渉、バス会社との日程組みと時間調整、宿泊先のホテルの予約、そして各委員に渡す三視察地に関する資料ファイルの作成などの事前準備。視察先では視察先の自治体への到着時間等々の連絡、ホテルにおいての手続きなどと大忙しだった、室戸市議会事務局職員の千代岡さん。)

 視察ご報告を行う前に室戸市民の皆さんにお伝えしておきたいのは、議員の視察も皆さんが思っているほど楽ではないということです。

 室戸から宿毛市までは約4時間、宿泊した佐伯市から竹田市までは65キロで約1時間半、竹田市を出て豊後高田市までは高速道を走って110キロで約2時間。そこから宿泊した別府までは45キロで約1時間。二日目だけで約220キロ、5時間近くバスに揺られますので、結構強行軍でした。

 若い時に力仕事で鍛えた私ですが、これは前期高齢者の私だからもあろうが、翌日の朝は歩くと何かフワフワしていました。老いると三半規管が弱くなるのかとも思いますが、子供の時からバスや船に乗ったときもそうなっていたから、歳の所為でもないような。

 ですが、子供の時にはバス酔いや船酔いがして辛かったが、歳を重ねるにつれてバスや船に酔って辛いなんてことがなくなったのは、不思議に思っています。これも、「老いると三半規管が機能しなくなって酔わなくなるのかなあ」なんて思っています。どうなんでしょうね。

 以上が、室戸市議会産業厚生委員会による平成29年度行政視察(議員研修)についてのご報告の、前置きです。

 次は、第一番目の視察地、高知県宿毛市での視察についての詳細な視察報告をさせていただきますが、それは今から書き始めますので、明日、記事をアップすることとさせていただきます。読者の皆さんが見てよく理解していただけるようにと現地で撮影してきた写真や資料も数多く添付しますので少し時間がかかるようにも思いますが、ご期待ください。

 では、では。


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