青空エクスプ レス

日本ではオンリーワンの手書き地域雑誌『あおぞら』の編集発行人を経て、室戸市の政治を監視する改革派議員三期目。

今年も高知県展に出品

2017-09-30 | 私の絵画制作活動
 突然の衆院選で日本国中が大騒ぎしていますが、今日はもっと高尚な私の芸術活動についてのご報告です。

 議会新聞の配布は、いつもなら9月議会後に配布していますが、今号に限り8月末に版下原稿が仕上がり9月初めに配布を終えました。そして、9月議会はそれほどの大きな問題も無く25日に閉会。翌日から今年の高知県展に出品する作品の手直しをしてきた。

 私は自分の主義として“二兎を追うもの一兎も得ず”といつも考えていて、小池百合子氏のように「まず知事になっておいて、それを踏み台にして新党を立ち上げ、自分が総理大臣になろう」なんて希望ではなく、野望を持つことなど一切ありません。

 もっと地道に人生を歩むのが、主義。

 ダメなときや失敗する時は数知れませんが、「自分が就いた職務を全うすべく、懸命にそれに打ちこむ」。そう決めている。

 そうでないと、他人からとやかく言われるのは目に見えています。自治体の首長になったばかりなのに、はや国政の長になろうとしている小池知事がいい例です。

 私は23年4月の市議選において、市長支持者のグループが選挙運動期間中に行った「あいつは市長の違法や不正を議会で批判するから、投票するな」と呼びかける落選運動によって落選したことは何度も記事にしたから皆さんご存知でしょう。

 それから後、私は冷や飯を食いながら、十代の頃からの夢であった画家の真似事をして四年間を過ごしましたが、私の議会での弁舌ぶりを見て怖さを知っているだけに恐れているのか、その犯行グループの人たちは私と出会うと下を向いてそそくさと逃げています。

 又、市長は市長で、四年後の27年4月の市議選で返り咲いた私に議会で不正や不適正を追及されると市長は答えに窮し、先の「室戸市まちづくり条例案」が提案されたときには、一般質問で私にその未完成な点を数々突かれると、あろうことか反論し、やがて意味不明な言葉を羅列させながら錯乱状態に陥りました。

 犯行グループと一緒になって落選させた私が議会に帰ってきたから怖いんでしょうが、だったら適正に市政運営をすればいいの誰に操られているのか知らないが、健全に出来ないでいます。

 ・・ということで、落選した四年間は「もうこんな薄汚い政治とは縁を切る」と考え、「人生の最後は夢であった画家になって終らせよう」と、四年間で大作ばかり二十数点をものにした。七福神の絵馬が4点と、室戸岬の海岸を描いた地質の絵が20点以上。「妻と娘と孫娘に残すものと言えばこれしかない」という考えもあって。

 そうして市議選で落選した23年秋の県展から26年秋の県展まで出品し、平成25年秋の県展では初入賞、「山脇賞」を受賞した。

 審査員は智内兄助先生で、私の線描を高く評価してくださったものです。
  
   (山脇賞をいただいた作品、「岩、迫る」。100号の作品です)

 翌年には「高知県オールドパワー文化展」に出品し、特選をいただいた。
  
   「福来たりなば春遠からじ」(100号)  

 それが、27年4月の市議選が近づいた26年末ごろから地元の長老などから「出てほしい。今度は当選できるように応援するから」と声があり、沈思黙考。出馬は告示に近い3月初めに決めた。これで四度目の選挙となり、全て妻と二人だけで活動も運動も行い他の誰もつれない選挙だったが、何とか中間あたりでで当選。当選後、他の議員から「いつものように奥さんと二人だけの選挙やに、偉かったな」とお褒めをいただいた。

 そして27年5月から市議も三期目となったが、先ほども申しあげたとおり私は日頃から“二兎を追うもの一兎も得ず”と考えていますので、その時点で筆をおいた。

 但し、県展に出品する作品は山とあり、これまでの間に個展も行いましたが県展出品用として意図して四年間の分の4点は公表しておらず、その中から27年秋、28年秋と県展に出品し、入賞はなりませんでしたが何とか六年連続で入選させてもらいました。

 そこで今年の出品作品ですが、落選期間中で市議選出馬前年の平成26年末に仕上げてあった100号の作品(アクリル)を、7月と8月の議員活動の合間に少し加筆、手直しをし、明日の10月1日の日曜日に出品する。後に来年出品の分が1点残るが、それをまた県展出品の前に手直しして出品の予定。

 そうして毎年のように妻と二人で県立美術館に行き、出品後は、これは妻の提案で27年秋の県展出品の時からですが、潮江天満宮に入賞祈願を行っています。明日もそうする予定。「特選になりますように」とネ。

 いわゆる、“困った時の神頼み”さ。(笑)
 
 
 作品名は、「驚愕の大地」。私が平成3年から「室戸岬の地質を観光事業に活かせ」と訴え続けてきた室戸ジオパーク事業の提唱者ですから、この作品も室戸岬突端のダイナミックな岩場を描きました。

 作品の写真を載せたいんですが、出品規定に「写真がブログ等に公表されたものは出品できない」という規定が新たに出来ましたので、また少ししてから見ていただこうと思っています。

 又、読者の皆さんもご多忙でしょうが、もし作品が入選や入賞した時には高知県立美術館まで足をお運びになり、ご覧いただけたらうれしく思います。

 尚、県展会場の県立美術館に行くのは、予定として、8日(日)の午前10時過ぎからの約2時間ほど妻と二人で鑑賞に行き、搬出を兼ねて閉会日の午後2時過ぎから閉館までいます。もし、「特選」にでもなれば、表彰式の日にもう一回、美術館に行きます。「・・・になれば」ですが。(笑)

 最後に、当電子情報誌には毎日たくさんの方々がご訪問下さり、感謝しています。今後ともごひいき下さいますよう、お願いいたします。


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郷里の神社に絵馬を「ふるさと奉献」をしませんか?

2017-08-12 | 私の絵画制作活動
 いま「ふるさと納税」が流行っています。

 最初、これは自分が生まれ育った故郷に寄付することによってその自治体の財政を支援しようと国が奨励、それを“納税”と例えているんだと思っていました。ですが、そうではなく、自分がその町や村で生まれていてもいなくてもそれは全く関係なく、北海道生まれの人が鹿児島県の町に寄付することも「ふるさと納税」としています。

 これにはどうも違和感があります。これについては、以前にもこのような記事を書いた。 ←(クリック)

 加えて、その寄付金に七割や八割の見返りがあることも、どうも違和感があった。国も同じように考えたのでしょう。「どうも最初の事業趣旨からかけ離れた動きになってしまっている」と。

 で、その「ふるさと納税」の“見返り協奏曲”が問題となり、それにブレーキを掛けるべく総務省は「三割までにしてほしい」と各自治体にお願いをしました。でも、地元の特産物を大量に販売する格好のツールとして効果を挙げていることもあり、総務省の言うことを聞かない自治体がたくさんあります。

 この事業がこういう経過をたどった原因は明らかに国の事業規定に欠落した部分があったことと想定外の動きが生まれたことによるが、その良し悪しはともかくとして今後、この「ふるさと納税」事業がどのような経過を辿るかは、私には想像つかない。ただ一つ言えるのは、事業趣旨を違えていることだけは間違いないと思っている。

 さて、そんな「ふるさと納税」ですが、都会にいて長年会社に務め人生を切り開いてこられた方々の中には、この事業の基本的な趣旨である“自分が生まれ育った田舎の町や村に貢献したい”という思いや意思をお持ちの方は少なくないと思います。

 「何かの形で貢献できないものか」。11日から始まった今のお盆の時期や5月のゴールデンウイークの時期、そしてお正月の時期に家族を連れて故郷に戻ったときなどには特に、そういう思いも沸いてくるのではないでしょうか。

 そういう時、あなたが生まれたその町や村にも神社があろうと思います。いわゆる、懐かしい「村の鎮守の神様」です。一年に一回はその神社では祭りが行われ、あなたも参加したりした思いでもあろうと思います。でも、社会に出て都会で働きだし、やがて家族を持ちみんなで帰省するたびにあなたは、自分が生まれ育ったその町や村の人口は徐々に減少し寂れているのをひしひしと感じています。

 「このまちも帰ってくるたびに人が少なくなり、寂しくなったなあ。オレが会社を退職してもこの町に戻ってくることはないだろうが、自分が生まれ育ったこのまちに何か一つでも貢献できることはないだろうか」。

 そうお考えになる方は少なくないと思います。

 盆休みに突入して皆さんが帰省しておられることもあり、今日だけは日頃の議員職から離れて、休職中の画家としてご提案させていただきます。

 お盆休みで都会から帰省されている方々の中で、自分の故郷の町や村にある神社に絵馬を奉納する思いをお持ちの方はおられませんでしょうか?

 私は今の議員職とは別に、平成23年4月の市議選落選時から27年4月の市議選で再選されるまでの四年間、夢であった画家として再出発し、毎日精を出してきました。

 当然、27年4月に再選されてからは、市民の皆さんと「これから四年間は市議会議員として立派な仕事をします」と約束したことになるので絵は一切描いていませんが、それまでの四年間に描いた作品数は約30点ほどあります。その中に、神社に奉献することを目的に描いた七福神の絵馬の大作も、4点あります。

 以下、その4点の作品を一挙に掲載させていただきますので、田舎に帰省中の会社社長、ご重役、バリバリと仕事に精を出し活躍されておられる社員の皆さん、自営業をされておられる方の他、ご自分の名を自分の故郷に残しておきたいとお考えの皆さんは、ぜひとも購入をご検討いただきたいと思います。

 
 私が描いた七福神の絵馬4点を販売します。 

 1、「七福神乗合宝船」 (大きさ:162×122㎝) 

  

 2、「七福神富士旭光宝船」 (180×100) 

  

 3、「七福神頼光伝説大騒動」 (180×100) 

  

 4、「歌舞伎七福神宝の酒盛り」 (180×100) 

  


 故郷への思いが深いあなたが、もしこれらの絵馬をふるさとの神社に奉献したいとお考えになられましたら、是非、ご一報ください。価格等は相談の上、ご希望に沿えるよう検討させていただきます。

 又、皆さんの会社には取引のある会社などからたくさんの関係者がおいでになられると思いますので、会社の社長室や広いロビーの壁にこの七福神の絵馬を展示してはいかがでしょうか? 会社の社運がアップすること、疑いなし! 宝くじを買うよりもずっと効果的です!
 

 
 (連絡先)住所:高知県室戸市室戸岬町2845-2  
      電話:0887-23-1214  携帯:090-4506-6343
      
      谷口絵馬修復工房  絵馬師 谷口總一郎

 お電話、お待ちしています。


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七福神の大絵馬がテレビ朝日のクイズ番組に出ます!

2015-05-24 | 私の絵画制作活動
 今日、24日の昼、テレビ朝日から電話を頂き、私が描いた七福神の大絵馬4点のうちの1点、「七福神宝の酒盛」(変形100号、180×100㎝)をクイズの題材にしたいとお電話を頂きました。

  
 (勿論、出題した時にはこの絵の中に書いてある名前は消し、当てた後で名前を全て表示します)

 今日、依頼があって、放送日は明日25日の午後9時だとか。テレビ番組がそんなやっつけ仕事で作られていることを知って、そのこと自体も驚きでした。
 
 その番組は残念ながら、テレビ朝日(5チャンネル)のキー局が無いため高知県内のテレビ局での放送はありませんが、大阪ではABCテレビ(6チャンネル)、岡山県では瀬戸内海放送(5チャンネル)、福岡県ではKBCテレビ(1チャンネル)などで全国放送されます。

 そういうことで、ここでその番組の宣伝をさせていただきましょう。

 
◇番組名「クイズ プレゼン バラエティQさま!」

■慶應大学卒の実力派歌舞伎俳優・市川猿之助が参戦!

★歌舞伎界でも“学問の澤瀉屋(おもだかや)"として名高い、澤瀉屋一門から学力自慢10人が集結!

★らせん階段の1段に1人ずつ立ち、出題されたクイズに正解できれば階段をアップ、不正解ならダウンする過酷個人戦で激突!

★出題されるクイズは、全て日本人なら知っておきたい日本に関する問題ばかり!

★歌舞伎界きっての高学歴集団で、学力対決を制するのは一体誰なのか?


■◇出演者

司会:さまぁ~ず(大竹一樹、三村マサカズ)、優香

進行:清水俊輔(テレビ朝日アナウンサー)

見届け人(五十音順): 荒俣宏、伊集院光、山崎弘也(アンタッチャブル)

解答者: 市川猿之助 市川右近 市川猿弥 市川春猿 市川弘太郎 市川段之 市川猿三郎 市川笑野 市川段一郎 市川猿若



 私の作品が登場する場面はほんの5分ぐらいだと思いますが、ぜひお時間のある方は午後9時からの1時間番組ですので、ご覧ください。

 放送されるのは明日の午後9時からですよ! チャンネルは、テレビ朝日系のテレビ局で。

 それと、その番組に使われた作品の購入を希望される方はお申し出ください。

 (揉み手で)「お安くしときますよ~」。(笑)

 お買い求めいただいて、会社のロビーに展示するもよし、願掛けのために絵馬としてお近くの神社に奉納するもよし。幸運があなたに向いてくること、請け合い!?


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 岡山に住む娘からメールが来て、市川猿之助さんが当てたそうです。
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新作『室戸岬ストーリー(1)』の制作も佳境に

2015-02-24 | 私の絵画制作活動
 既報の通り、昨年12月から描き始めた新作の制作作業でしたが、市議選に出てほしいとお願いを受けて中断していました。

 約4年前の23年4月に市議選に落選した後、6月からこれまで夢であった画家として生きてきて、100号の大作ばかり約30点の作品を仕上げました。

 その3年半の間に描いて仕上げたのは、七福神の大きな絵馬が4点、その他の約26点はすべて私が高校生の時から描いてきた室戸岬の絵ばかり。


 そんな私が今回描こうとしているのは、室戸岬周辺の海岸風景(と言うよりも、室戸岬の海岸の特徴的な岩たち)を細描表現した素描画の数々を集め、一つの作品に構成したものです。

 それがこのP100号の絵。(1月初旬の絵)

  

 ご覧のように、これは普通の風景画ではなく、これまでに何十枚と写生してきた室戸岬周辺の海岸のデッサン画をコラージュしたもので、それを全体的に調和させるべく彩色を施し、一体感を持たせようとしています。

 2月2日からまた制作を再開して、ようやく八割方仕上がったといったところか。

 それが下の状態です。

  

 まだこれから細部に筆を入れてゆき、完成は2月末ごろでしょうか。

 勿論、これで高知県展の特選を狙っています。

 審査員の先生は誰だっていい。誰が吟味しても文句を言わせないような作品を作れば、特選でしょう。(大言豪語!)

 この作品に続き、次の作品も室戸岬の観光ポイントを集大成したデザインで作品を創作する予定。


 さあ、この作品が完成し愛妻のケガが癒えたら、3月の初めからは本格的に市議選出馬の選挙準備に係らないといけないから、私も大忙しです。

 室戸市民の皆さん、応援してネ!?


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新作の制作も選挙再出馬で中断

2015-01-19 | 私の絵画制作活動
 既報の通り、市議選に再出馬するために、昨年12月から描き始めた新作の制作作業を中断しました。

 それがこのP100号の絵。

  

 約4年前の23年4月に市議選に落選した後、6月からこれまで夢であった画家として生きてきて、100号の大作ばかり約30点の作品を仕上げました。

 その3年半の間に描いて仕上げたのは、七福神の大きな絵馬が4点、その他はすべて私が高校生の時から描いてきた室戸岬の絵ばかり。

 そんな私が今回描こうとしているのは、室戸岬周辺の海岸風景(と言うよりも、室戸岬の海岸の特徴的な岩たち)を細描表現した素描画の数々を集め、一つの作品に構成したものです。

 暮れの12月も押し詰まった正月準備の直中に描き始め、お正月が来、年明けに少し描いて今後の進行計画を練っていた。

 そんな制作を再開しようとしていた1月の8日のことです。この急な話で制作は完全にストップした。


 ここからは絵とは関係のない出来事なんですが、「市議選には出ない」と明言してきた私が市議選に再出馬し、もし当選すれば市議会に出てくる、そのことを面白く思っていない人たちもいますので、なぜ出馬したのかについての流れをここで披歴しておきたい。

 私たち夫婦は毎日、夕方の4時か5時になると海岸ぶちにある堤防をウオーキングしていて、これは健康法の一つとして、議員に初当選した平成15年頃から晴れの日には欠かさずに続けています。そのウオーキングの途中に度々お会いするのがいつも礼儀正しく挨拶をして下さるのがTさん夫婦。向こうの方からきているのがTさんと解るぐらいに近くなると向こうの方から帽子を取って頭を下げて礼を尽くして下さる方で、そのたびに歳が10歳も15歳も下の若造でしかない私は恐縮し、慌てて頭を下げます。

 そんな、実に礼儀正しいおじさん。

 年齢も私の方がずっと下で、こんな絵を描くぐらいしか取り柄のない私に向かって私よりも先に頭を下げて下さることに、私は「なぜそうしてくれるんだろう」といつも思い、そうして下さることに恐縮し、感謝し、私に対するその接し方を見た時からはずっとその方をこの村の中では人格者であると尊敬してきた。

 大正、昭和の荒れた時代を逞しく生きてきた男たちにはそういう人物が多いように思う。 

 その、私が日頃から「この方は人格者だ」と尊敬していた長老から、「谷口さんが落選した後の四年間というもの、この三津や高岡、椎名の室戸岬の東側の地域に議員がいない状態が続き、あの急潮で大式網が流出した時には本当に困った。今後のことを考えるとどうしてもここに議員がおってもらわんといかん。是非とも出てほしい」と8日に御頼みを受けた。

 そのお話しを聞いていて考えたのは、「『いやいや、もう選挙には出ない、死ぬまで絵を描いていこうと決めていますので、申し訳ないですが、選挙には出ません』と言うことは簡単だが、お断りすればまたこの三津、高岡、椎名の三地区は議員がいない状態が更に四年間続き、もし問題が発生すればまた行政とのパイプ役が無くて困ることにもなろう。そんな状況を恐れて懇願するこのおじさんの思いをむげに突っぱねるわけにもいかん。“義を見てせざるは勇無きなり”とか言う。“乞われているうちが花”とも言う」の思い。

 Tさんとのお話しの答えとして、私はこう話しました。

 「ご存じのとおり、4年前の選挙ではここに住んでいる方が別の候補を立てました。それは私を信頼してくれなかったがためは間違いないでしょう。そのためもあって、残念なことに私もその別の候補も落選してしまい、結局この三津、高岡、椎名に議員がいなくなってしまいました。だから、自分のできることを精一杯がんばって議員活動をしてきた私をもう少しだけ応援してくれていたら再開で当選していたでしょう。

 又、あの大式網が流出して大きな被害を出したあの災害の時も、私はスーパーマンでもないし市長でもないので市政を自分で動かすなんてことはできませんが、あの現在工事中の浮津交差点の国道及び排水路改良工事を実現化させる働きをしたのは私ですので、あの時も何がしかのお力になれたことは間違いありません。大式網が流されるという災害があった時に思ったのは、『あー、自分が議員だったら少しでもお力になれたのになあ』ということでした。

 ま、前のことはともかくとして、私はもう議員になる気はまったく無く、生涯、絵描きで生きて行こうと考え、これまでの3年半、生きてきたことはおじさんも知っておられると思います。ですが、『どうしても出てほしい。私たちが応援するから』という確実性のある声を戴いた場合は、考えてみよう。そう思っていました。でも、正月を超えてもそんな声は無く、自分から出ようなんてことは100%持っていませんでした。

 そんな今、市議選が近付いてきたことから、三津の何人かの方々からも『ここに議員がいないと困る。出てくれ』というお声はいただいていましたが、先の選挙でのことがありますので、全く出ようとは思いませんでした。

 そうして今日、おじさんから『この三津や高岡、椎名の室戸岬の東側の地域に議員がいない状態は困る。是非とも出てほしい』というお話を受けました。

 考えるのは、前回の市議選のことがあるので、本当にこの周辺の人たちが応援してくれるのかということで、もし本当にこの三津の皆さんが応援してくれて、もうこの歳で家庭争議はいやですから女房が出馬を認めてくれたらの話ですが、出馬させていただこうと思います。

 でも、この三津がまた前のような状況になって、結果、夫婦で悔し涙を流すなんてことは金輪際したくありません。だから、もしこの土地の皆さんが「あいつじゃだめだ」と言われ別の候補を出したりして四面楚歌の状況になれば、途中で出馬を取りやめます。

 もう女房を泣かせることはしたくないから。

 議員となれば、おじさんにお頼みされた以上、精一杯、私ができる限りのことはして働かせていただきます。でも、ここから出た議員だからといって、三津だけのために働くなんてことは私はしません。市議会議員である以上、室戸市全体のために働かせていただこうと思いますので、おじさんからも皆さんに応援していただけるようお声掛けをお願いします」。



 Tさんは「それは解った。みんなにも応援するように言う。どうか頑張ってください」と、いつものように礼を尽くして下さった。

 こんなお話を頂いたことで、「もうひと頑張り、地域のため、室戸市のために働いてみようか」と決意したということです。ウソ偽りなくこれが再出馬の動機。

 だから、誰も「出てほしい」と頼って来なかったら出馬しなかったし、もし「谷口は頼りにならん」とばかりにこの私が住む地域から他の誰かを出馬させ支援するという動きがあれば、出馬は即刻に取りやめると決めている、今でも。


 そのような決意のもと、当家の近くに住む、最初の市議選の時から応援して下さっていた父と息子さんのお家を訪ね、瀬踏みとして相談した。

 「Tさんの言う通りで、この室戸岬の東にある三津、高岡、椎名の各大式の網が芸西村の沖まで流されて大きな被害を受けた時、この地域に議員がいなくて困った。他にもいろんな問題が出た時、行政とのパイプ役がいないと困る。私も出てほしいと思うし、出ると決まったら応援するぜ」。

 Tさんの要請だけでは踏ん切りがつかなかったが、市議選を落選してからも何かと私たち夫婦のことも気にかけてくれていた方からの、そんなありがたいお声も頂いたことで、気持ちは決まった。

 そうして、11日の日曜日の昼食の時に妻に話しました。

 「そうやってTさんのほかにも何人かの方が自分を頼って『頼む』と言ってくれている。おれはやろうと決めた。あとはお前の気持ち一つだ。『ダメだ』というなら、もう選挙や政治のことでケンカなどしたくないから、この話はすぐに断ってくる。『協力するから頑張りや』というなら、出る。お前が決めてくれ」。

 妻はすんなり、こう言った。

 「あのおじさんらが応援するからと言ってくれているんなら、でたらえいわ。私はどこまでもあんたについて行くぜ」。

 そうすんなり、何の言い争いもなく決まった。
 

 中には政治不正を徹底批判する私に出てほしくない方もいると思うが、このように私が住んでいる室戸岬町の人たちから「出てほしい」との声をたくさん戴いた以上、“義を見てせざるは勇無きなり”で、他人が頼ってきているのをむげに断るのはよくないと思い、決断した次第。

 
 今日は、新作の制作を中断した記事よりも多く、再出馬を決めるまでの流れを室戸市民だけではなく、世界各地におられる愛読者の皆さんに詳細に説明させていただきました。何も言い訳がましくこんなことを明らかにする必要はないとも考えましたが、こんな私でも頼ってくる人がいることを市民や行政関係者の皆さんに知っていただきたく思い、内々の話をここに披歴した。

 だから、市議選で当選するか落選するかは解りませんが、絵馬修復の仕事と同様に、県展で特選に入賞するぐらいの名作を生む(?)画業は選挙が済む5月ごろまで“開店休業”状態になりました。

 この歳になると何事も、自分の活動は絵画制作も議員活動も精力的に動くが、身の処し方はケセラセラ(なるようになる)で生きて行こうと決めています。

 私を活かそうと思って下さる人のために働くことにしたが、いらないとなればそれも良し。ケセラセラです。

 自分の人生、自分で決めて生きて行きたい。


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線描の画家・堀内康司に“同志”を感じた

2014-12-16 | 私の絵画制作活動
 昨日、地元の本屋さんで立ち読みをしていた時、月刊誌の棚に最近は久しく手にしたことが無かった美術誌『芸術新潮』12月号を見つけた。

 特集の仏像芸術には造詣が浅いため、パラパラとページをめくっていたが、ふと1枚の絵に目がとまりました。

 一見、フランスの画家・ビュッフェの絵と見紛うたが、そこには「再発見! 線描の画家、堀内康司」と大書し、山並みと田畑を荒々しく強い線で描かれた作品が紹介されていた。

 「こんな名前の画家は美術書や美術雑誌等々で一度も見たことも聞いたことが無い」。

 そしてこの絵は、三十年ぶりに筆を取り23年6月から線を強調した作品を描き続けてきた私に、強烈な印象を与えた。

 「ビュッフェ以外に線を強く描くこんな画家がいたのか」、「これまで線を使って強く描いてきて、高知県展の無監査作家などからは『線で風景画などを描くのは邪道』であるかのように指摘されてきたが、自分の思うままに描いていいんだ」と理解した。

 この作家に“同志”を感じました。

 私は絵の制作技術はすべて少年の時から画集から学んできたもの。誰からも教えてもらったことが無く、変遷しながら今に至っているが、未だに線を主にして描くのを止めようと考えたことはない。

 だから、この作家からも「学ぼう」と考えた私は、その『芸術新潮』12月号を購入。作家が紹介されているその2ページぐらいに作品はほんの数点しか紹介されていなかったため、更に「アマゾンで画集がないか調べてみよう」と自宅に帰ってネット検索。見つけた遺作画集『堀内康司が遺したもの』をすぐに注文した。

 その作家のことを全く知らなかったため、ネットで少し調べてみた。

 すると、2014年11月1日から2015年1月18日まで、長野県東御市の梅野記念絵画館にて「堀内康司展」が開催されているそうです。

 見に行きたいなあ。

 でも、情けない話ですが、乏しい年金暮らしの売れない画家では、四国の南端から長野県まで旅費と宿泊費を十万円近く使って美術鑑賞しに行くのは、ちと厳しいものがあります。その点、本州地に住んでおられる方々は電車等々で、少ない予算で、しかも日帰りでサーと見に行けますもん、いいよね。

 それに、四国において外国や日本の有名画家の美術展が開催されることなんか、本当に珍しいこと。だから、それに感化され芸術を始める人口も減少し、故に四国など地方の文化がますます衰退してゆく・・・ということである。(四国が衰退してゆく原因はすべて解る。いや、「解りやすい」と言い変えてもよい)

 それに加え、高知県レベルで行われる公募展と言えば高知県展ぐらいで、あとは自治体やそのまちの文化団体が主催する公募展しかないから、県民の鑑賞眼を育てそれを制作意欲にまで発展させようとしてもその“レベルが高い作品の美術鑑賞”の機会が少ないことが原因で、今の高知県展の現状を見て解るように、年々、作家(絵を始めようとする人も含め)が減少している。

 簡単に言うと、良い作品を見る機会が少ないから、芸術は育ってこないのである。


 さて、ネットで調べた作家・堀内康司についてです。

 戦争孤児となり両親の故郷松本市で10代を過ごし、20歳を過ぎたころに国画会で新人賞を2回受賞するなど脚光を浴び、草間弥生らと創作活動。池田満寿夫と親しく交流。日本でも当時人気が高まったフランスの線描の画家・ビュッフェから影響を受けて描き続け、鮮烈な作品を数多く残している。

 しかし、昭和33年(1958年)頃、突然筆を折り、以来、死ぬまで作品を描いていないようです。2011年(平成23年)の秋、80歳で没。


 「堀内康司展」は来年1月18日まで長野県東御市の梅野記念絵画館にて開催中です。

 私が好きになりその作品から学んだ画家は子どものころから数えるとここで挙げきれないほどたくさんいますが、そこに今回、画家・堀内康司氏も加わりました。

 そんな堀内氏の作品なんですが、私は見に行けないので私の代わりに是非、一人でも多くの方に見に行っていただけたら嬉しく思います。


※電子情報誌「青空エクスプレス」のアクセス数は、12月16日(火)付けGooブログランキング(210万3800ブログ)中、2895位でした。
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新作も、ようやく先が見えてきました

2014-11-21 | 私の絵画制作活動
 今回の作品には手間取っています。

 いま描いている風景は、室戸岬突端の海岸では私が発行した地質写真集『青空地質博物館』によって注目されるようになった、室戸岬の地質観察では“メインステージ”とも言える場所。

  

 確か8月中旬に取り掛かったから描き始めて三カ月になるが、まだ先は見えてきません。

 原因は、途中の9月ごろに腰痛や高知県展やオールドパワー展などの諸事があったこと。だから実質、描いた日数は一ヵ月半ぐらいになろうか。

 この場所では他に一点、3月に次のような100号を仕上げています。

  

 今回の作品はそこから少し後ろに下がって描いている。


 既報の通り、何度かこの現場にこの1100号の作品を持って行って描いたが、もう構想は固まったことから、今は自宅の工房で毎日、作品と取り組んでいます。

  

 でも、いまだに、描いてはサンドペーパーで擦り、また色を置いては擦りと、“行っては帰り、行っては帰り”していて一向に前に進みません。

 自分でも「おれはいったい何をしているんだろう」と思っています。

 唯、絵具を置き、乾燥させたのちにサンド・ペーパーで擦る、という作業を繰り返し行っている効果で下地の色と上に置いた色がうまい具合に混ざり合って予期せぬ色合いが生まれ、響き合い、私独特の絵画知識として習慣づいてきた。

 蛇足ですが、戦前戦後を通じて見ても、室戸岬には有名無名の画家・画伯(林武、東山魁夷等々)がやってきましたが、そのみんなが岩の“波”を丸筆や平筆で捉える描法で描いており、私のようにこれほど細密に室戸岬の海岸風景を岩の襞まで細かく描いた画家はいません。その点で言うと“特異な細密描法で室戸岬の岩を描く画家”と言えましょうか。

 「売れる絵、売れない絵」かの絵の“質”は別にしてですがネ。(笑)

 ま、とにかく人生は一度しかないから、良いことなら、私のように何でも人のやれないことを一回はやってみるものです。

 「不安な中での、誰もやったことが無い初めての挑戦が、人にできない経験を生む」。


 年末も近づいており、いつものように年末も押し詰まった30日ごろに親しい友人などに手渡しし、安芸市以遠の県外などにおられる恩人・友人・知人には年初に届くように送るA3大の七福神(これで三度目)を描いた年賀状を作らなくてはなりません。

 だから、12月の15日までにはこの作品も仕上げなくてはと、ちょっと気が急いています。

 ま、もう第一線から退いた“焼け跡世代”の私が何も急ぐことも無いんですが、生業とする神社からの絵馬修復の仕事が入った時に困りますので、私が創作した格言「為すべき時に、為すべきことを、為せば成る」に従い、粛々とその日にできる仕事はその日に終わらせるように今も努力しています。

 
 わたくし事ですが、今度の日曜日は妻と一緒に香北町の轟の滝や物部村のべふ峡に紅葉の見物をしに行こうと予定しています。「秋の夕日に照る山もみじ 濃いも薄いも数ある中に 松をいろどるかえでやつたは 山のふもとのすそ模様ー」と歌いながら、木々の色づきを目出たい。

 勿論、室戸市の政治を悪化させることが明白な候補しか出馬していない市長選で「白紙投票」してからですが。


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今日は室戸岬で制作を再開

2014-10-28 | 私の絵画制作活動
 しばらく間が空きましたが、今日はいま描いている途中の作品を現場の室戸岬に持参して、制作を再開します。

  

 場所は、これまでも何度か作品にしてきたところ。中岡慎太郎像から海岸に下りた、少し西側の岩場です。昨年の山脇賞作品『岩、迫る』を描いたのはこの左側であり、今年の入選作品『渦巻く岩場』もこの右側で、この周辺が室戸岬を描く時にはメインステージと考え、制作に打ち込んでいます。

   

 室戸岬は、私が描き続けている岩の作品の題材としては、もってこいの“宝庫”。あちらこちらに題材は見つかります。

 室戸岬には戦前から有名・無名の画家たちがやってきて、海岸風景を描いておる。中には一か月、二カ月と長く投宿し、室戸岬の海岸風景に没頭して描いた画家もいる。そういう画家たちの名作や駄作と言ってもよい“売り絵”も含め、たくさんの作品が今に残っていて、それらを画集などで見つけるたびに嬉しくなります。

 室戸岬と言っても、どこにでもある、何でもない海岸風景の室戸半島ですが、荒々しい海や海底の地層が立ち上がり隆起した岩場は画家にとっては格好の絵の題材となっている。


 唯、これが写真家が撮った室戸岬の写真となると、例え有名な写真家のものであっても、私は「あー、この写真家は室戸に来ちょったんだな」と思うだけで、「すごい」とも「いい作品だ」とも思わない。なぜならば、その写真はカメラと言う機会を使って制作したものであって、1から100までを自分の手で作り上げたものではないからだ。

 私も室戸ジオパークの提唱者として地質写真集『青空地質博物館』を発行したが、それは室戸市の地質観光の振興を願って観光客のために【室戸半島の地質観察ハンドブック】として出版したものでした。

 他方、よく「室戸ジオパーク」だといって写真集を出版しているのを書店で目にする。私などが見ると、ジオパークのPRにはなろうが、それらの写真はすべて風景を売り物にしているだけで芸術作品とはいえず、「それがなんぼのもんじゃ」と思っている。写真はカメラという小さな機械で風景を切り取っただけのもの。高知県展で写真部門だけが蔑視されてきた理由がそこにある。

 県展の他の部門の作品のように、自分の手で1から100まで少しずつ苦労しながら作り上げた作品かどうかと言えば、写真だけがそうではない。“「機械9割、技術1割」以下の物が芸術作品と言えるのか”と疑問視され続けて今に至っている。

 やはり、「芸術」といわれる範疇に入ろうとするならば、絵画や陶芸などのように1から100まで自分の手で作り上げた作品であるべきだと私は思っている。だからこそ、その中の数少ない良質の作品は名作として長く称えられるのであろう。

 
(追記)

  

 まだ下塗り作業ですが、太陽光が右上から射す午後の風景として描き始めた作品だったので、岩への光線が逆の左上から当たり、色を置くのに苦心しました。

 「やっぱり午後から来るべきだった」と後悔。

 しかし、今日の日差しはきつく、暑い、あつい。家を出るときは浜風がもっとあると思いましたが、室戸岬はゆすりともせず、無風状態でした。

 岬の現場で3時間ほど手を入れ、昼前に道具を片づけ、帰宅した。

 制作を終わるころ、ジオパーク・ガイドをしておられる知人女性にお会いししばしジオパーク事業について歓談しました。観光客はたくさん来て下さると喜んでいたが、その反面、市民と行政などの関心度や今後への意欲に不安があるようす。来年の「認定」以後、どうなるのやら。


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今年の県展も終わりました

2014-10-27 | 私の絵画制作活動
 昨日、26日は高知県展の最終日。出品してあった作品の搬出に行ってきました。

     

 どんなイベントでも終わってしまうと会場は“祭りの後”の雰囲気が漂い、名残り惜しいものです。

 昨日の最終日の会場内も、午後3時を過ぎ、午後4時を過ぎてくると一年に一回開催される県展を惜しむ美術愛好家たちに加え、作品を搬出に来られた作家の家族とみられる人たちも増えてくるので、それはそれは会場内は大賑わいとなる。

  

     (今年の入選作品『渦巻く岩場』)

 入選や入賞した作家同士が批評し合ったり、もう何度も入選や入賞したりしている作家に自分の作品に対する助言をもらう人たちの姿もあちらこちらで見られます。そして、鑑賞する人たちが「今一度、あの作品を見ておきたい」と思い動きも自然と早くなるため、会場内はガヤガヤとざわめく。

 県展最終日の閉館間際になると徐々に、それまでのように静かに作品を鑑賞するという雰囲気はなくなってしまうが、これも都市部の大きな公募展に無い、地方の公募展らしい良さと言ってもいい。

 又、こうして県展最終日の閉館間際に会場内がざわめき人の動きが早くなるのも、出品した作家だけでなく、高知県内の美術愛好家たちにしても、高知県内で一番にぎわう美術展であり一番入選・入賞確率が低い「高知県美術展覧会」が『あー、今年も県展が終わってしまう』と、みんな名残り惜しいからなんでしょうね。

     

 (妻と入選作の前で。写真に撮ると二人とも歳を取ったことを実感します。私たちにも若かりし時があったんですが…)

 
 さあ、これで今年の県展も終わりだ。

 他の県展作家の皆さんと同様に、また今日から来年10月初めに開催される第69回高知県展に向けて制作に励むことになります。

 いま制作中の作品が11月末ごろに終わると次は、いままで描いたことのないS100号(162×162)の大作に取り掛かろうと考えている。これは以前から考えていたことで、今年の県展会場内では特にそういうS100号に描いた作品の構成などに注目して勉強をしてきた。

 一番注目してみたのは一階の展示室に掛けられていた無監査作家の川崎太一先生の抽象作品『阿呆の舟』。その色彩や線や構成力に目を見張りました。昨日の閉館間際に息子さんとみられる方と会場を訪れていて知人と談笑するのを聞きその方が川崎先生だと解りましたが、親子で鑑賞しているのを邪魔をするような気がして、どうしてもお声を掛けることができなかった。


 次回のS100号に描くテーマとタイトルは既に決めていて、入賞がすべてではないが、出品作の中でも高く評価される作品にしたいと今から意気込んでいます。


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 話は変わりますが、今年11月に行われる室戸市長選は二人の候補に人望と人気がないためか、盛り上がりませんねえ。市民みんなが「えっ、市長選があるが?」と思っているぐらいの低い関心度。投票率は非常に低くなると推察するが、はてさて。私たち夫婦は「白紙投票」すると決めている。
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高知県展最終日で、作品の搬出

2014-10-26 | 私の絵画制作活動
 26日(日)の今日は高知県展の最終日。

 昼ごろから高知市の県立美術館まで作品の搬出に行ってきます。

 搬出するのは、残念ながら入賞を逃した『渦巻く岩場』(M100号)と選外の『雨あがる』(P100号)の、二点。

 この『雨あがる』もいい作品だと思いますが、出品した二点とも油彩でざわめくような作品を描く審査員の目には叶わなかったようです。

 芸術作品の評価はその審査する人によって大きく変化するもので、多分、昨年洋画部門で審査された智内兄助画伯であれば、私のに作品もまた違った評価をうけたであろうと思っている。

 
 ひとつ、「これはちょっと…」と思ってしまったのは、県展会期中には県展無監査作家の先生たちが作品の講評を行っていましたが、そこで繰り返し「入賞するためには・・」と解説していたのがどうも心に引っかかった。

 公募展に出品する人たちはみんな、それは入選し更に入賞したくて出品しているのは明らかで、私も入賞を願っていた。ですが、作品の解説で「入賞するためには・・」と出品した作家たちに繰り返し言っているのは、どうも同感できなかった。

 会場で、こう思いました。

 ≪例え入賞できなかったとしても、それは毎年替わってやってくる著名な画家の独自の作風や、経験や、悪く言えば“好き嫌い”も加味され、それらを基にして審査されているため。だから、審査員のお眼鏡に叶わなかったからといって、その作品が入賞の域に達していないということではない。それは明らか。

 アクリル絵具を使って室戸岬の岩場を細密に描き続ける私が昨年の県展で初入賞できたのも、アクリル画を描き続け日本各地の海岸の岩場なども細密に描き作品に登場させておられる智内兄助画伯がたまたま運よく県展の審査員に来られ、一昨年から筆を入れ続けていた岩を細密に描いた作品を私が出品したから。そんな偶然が重なって入賞できた。

 県展の入賞にならなかった入選作品であっても、他の画家の先生が審査員としてやってくれば褒状や特選に入賞することは大いにあり得る。

 但し、「入選」となっている作品の中には、油絵具などの絵具を使って絵を描き始めたばかりと解る稚拙な絵もあるし、『この作品は別の審査員なら、間違いなく特選だ』と確信できる作品もあり、それは雲泥の差がある。私が平成23年10月の高知県展に30年ぶりに出品して入選した作品と今年入選した作品には、作品の技術的な面や表現力において大きな差があり、作品の完成度も昨年あたりから大きく向上してきたと自覚する。

 だから、公募展においては出品者はみんな入選し入賞したい気持ちは持っているし、無監査作家の先生方も『入賞するためには・・・』と出品している作家たちに教えたいのでしょうが、「入賞」がすべてではない。≫


 考えるに、県展作家たちが目指すべきことは、作品の完成度を高める努力をし続けることではないか。

 最後に、私が30歳から愛読してきた美術書の中からご参考までにご紹介しておきたい。

 フランスの画家で美術評論家・アルマン・ドゥルーアンはその著書『絵画教室』の中でこう言っている。


 ≪常に人間であること。常に自分自身であることが大切だ。

 変装したり、カモフラージュしたり、猫を被ったりしないことだ。(※つまり、他の有名画家のまねはしないこと)

 真摯であること。・・・それは他人に対しても自分に対しても正直であることだ。

 「自分の絵」を描くことだ。誰か他人の絵ではなく!

 あなたにふさわしくない、あなたの天性ではない猿真似をしたり、気取ったりしないこと。

 あなたが本当に感じたのではない感覚には用がない。あなたが見たか感じたかしない色彩には用がない。

 眼に見えるもの全てを描く必要はない。だが、描くものすべてを見ること。すなわち、真剣に感じることは必要だ。

 探すこと・・・それはすでに不誠実におちいること、つまり、常軌を逸することだ。

 なぜなら、もしあなたがすでに私を見つけていたら、私を探すようなことはしなかっただろうからだ。≫



 とにもかくにも、公募展に出品した時には入賞したいものですが、ドゥルーアン氏が言われるように、“自分に対して正直に作品に向かうこと”が大切でしょうね。

 実は、高知県展にも有名画家の作品を模写した作品が幾度となく出品されている。

 一昨年の県展の入賞作品の中に、野牛の頭がい骨を描く有名な女性画家・ジョージア・オキーフの作品をまねた作品があって、これは私が県展事務局に指摘したが、その入賞が取り消されたり撤去されることは最終日までなかった。

 又、今年の県展洋画部門にもイルカを描く画家として有名なクリスチャン・ラッセンの作品を丸写ししたような作品があって、これは会期中に作品解説を行った無監査作家の先生も会場で指摘。「模写とみられるこんな作品を入選させるとは、審査員の遠藤彰子先生もラッセンを知らなかったんでしょうね」とおっしゃっておられた。

 誰もこの点を事務局に指摘しなかったと思うので多分、この作品も最終日まで撤去されないだろう。
 
 こういう手合いは他人の物まねで特選になろうとしているのでしょうが、もしまかり間違って特選になったとしても展覧会の会期中にそれが誰かに指摘されて撤去されでもしたら、次の県展には恥ずかしくて出品できなくなる。そのことを県展作家たちはよく理解しておかないと、それ以後、絵が描けなくなる。

 事実、一昨年の県展でジョージア・オキーフの作品を模して褒状になった方は、出品を断念したのか、昨年の県展にも今年の県展にも入選者目録の中に名前がない。


 高知県内の少ない展覧会において私も勉強のために会場に足を運びますが、盗むのは、画面を目で見て観察し、その状態を頭の中に叩き込む。自分以外の作家の作品から“盗んで”いいのは、制作過程の技術や色彩、構図、構成手法等々だけ。他人の作品をそっくりそのまま盗んで「これは私の作品です」と言っては、話にならない。

 高知県展ならば出品規約に違反しており本来ならば搬入時に受け付けてはいけないのだが、広く世界の美術界を知っていない若い人たちが受付をしているため、模写かどうかの判断ができないまま審査の場に登場しているということになり、その審査の場でも有名画家の模写だと判断できず、その二度の関門をくぐりぬけた模写作品が最終的に褒状を受賞したり入選になったりしているということです。

 私に解って有名な画家が模写と解らないなんて、変ですが、もしかすると「これは模写だが、描き方は上手だ」と入選させているのかもしれません。こう考えると、審査員による審査が開始される前に県展事務局が「もし有名画家の模写とみられる作品があれば教えていただきたい」と審査員に伝えておき、県展理事も含めて吟味し、審査するか規約違反として落選させるかを決定するという方法も考えなくてはならないのではないか。


 ちょっと難しい話になってしまいました。ごめんなさいね。

 さあ、昼までは大リーグのワールドシリーズをテレビ観戦し、昼過ぎには高知市の県立美術館まで搬出に出かけます。(会場で撮った写真はまた明日にでもアップします)


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