青空エクスプ レス

日本ではオンリーワンの手書き地域雑誌『あおぞら』の編集発行人を経て、室戸市の政治を監視する改革派議員三期目。

「左傾化」する地方紙に恐怖すら感じている県民

2017-05-29 | 書籍・新聞・テレビ
 これは全国どこの地方新聞もそういう傾向にあるんでしょうが、私は最近の高知新聞の左傾化に恐怖すら感じている。

 きっと、高知県民の中にはそう感じている人たちも多いのではないか。

 どうしてしまったんだろう。もともとそういう新聞社だったのか、それともここ十年、二十年の間にそうなってしまったのか。

 私が昭和61年2月に喫茶店を開業してすぐに地域おこし活動を始めましたが、支局に来られた依光隆明記者以後、地域雑誌の出版を経て議員一期目の横田記者あたりまで、ずっと応援していただいたことには感謝している。

 地域活動をしていた当時は新聞の政治面などにはあまり興味がなかったから記憶はないが、そのころからすでにこういう社風だったのだろうか。

 「これでは自民党支持者が圧倒的に多いこの高知県において、ますます購読者が離れていってしまうのではないか」。他人事ながら、そう危惧している。

 マスコミの意志として、「主義主張」はあって当然だ。だが、そのように利益を度返しして保守政権の自民党と戦う姿は沖縄県の二紙と似て、新聞社としては損失を生む政治思想であることは間違いなかろう。それとも、左に傾いた記事の方が購読者が増加すると思っての算段なのか。

 いや、そのような“左志向”の記事掲載が新聞購読者を減少させ続けている原因の一つであるのは疑いない。

 そのことが非常に残念でもあるし、悲壮感も漂う。

 購読者が減少して新聞社がどんどん小さくなってゆく原因は色々あって、それは高知県の「人口減少」だけではない。

 住民が新聞を毎月購読する理由は、「地元の新聞だから」がトップにくるだろうが、「その新聞に書いてあることに共感できるから」も重要な理由となる。

 例えば、購読を始めた最初の頃は「地元紙」として購読し始めても、購読する家の主人や奥さんが毎朝、毎朝、「この新聞に書いてある政治の記事はまるで左派政党が発行している新聞と違わんことばかり書いてある」と感じ始めたら、いくら地域版の記事が充実していようともやがてその新聞を取るのをやめ、政治面の記事などを心穏やかに読める別の新聞を購読することになってしまうが、それでは残念だ。

 でも、左傾化した「主義主張」は会社の方針。その方針をいまさら転換するわけにもいかないから、県内の人口が減少していく状況の中、左に傾きながらますますその主張は強くなっていき、それに反比例するように新聞販売部数は減少の一途をたどることになる。

 それが顕著とだったのが昨年連日書き続けた「安保改正法案反対」の記事と、いま国会で審議されている「組織犯罪処罰法改正案反対」の24日の記事。まるで共産党か社会党の機関紙を見ているようだった。

 こういう紙面であっても左派政党の支持者がたくさんいる高知市周辺では支持されるだろうが、ここまで「左傾化」した主張を強めると、県東部地域や県西部地域など保守政党を支持する人が多い地域では紙面を見てただただ嫌になってしまうのではないか。そして、やがて高知新聞を購読することをやめ、別の新聞に替えるのではないかと思った。

 その証拠に、室戸市内では自民党を支持する市民などからそのような声をよく聞く。「一面や二面に書いてある自民党批判に嫌気がさして、別の中央紙に替えた」と。

 高知新聞の“左傾化”の理由として、全国の地方紙は大半が左派と聞く共同通信社から記事の配信を受けているため、特にそれら地方紙の政治面は大半が左派系の記事で埋まる、と聞く。

 ですが、新聞も私が出版していた地域雑誌と同じように「商売」であって、「売れてなんぼ」。買ってもらえる本にし新聞にしなきゃ、会社は存続できないし、それに関わっている自分たちも生きてはいけない。「会社あっての物種」だ。消費者のためと会社の利益増と存続のためには主義を変える、多少の“変節”も致し方ないではないかと思う。

 一般論として言えるのは、「買う人がいるから、商品を作り、売ることができる」。この“原理原則”を理解していない者は商品販売の会社に勤めてはいけないし、商売に関わってはならないといえる。「買う人がいない商品をいくら苦労して作っても、売れなくなる」。

 つまり、売る側が消費者が買いたくなくなる商品を作ってどうするのか、ということだ。

 だからといって、私が地元の地方紙の「主義主張」を変えろなどと言うつもりは毛頭ないし、そんなことができるわけもないが、それにしても実に残念なことだ。

 昔、地域づくり活動をしていた頃に何度も応援していただいた恩義のある会社でこんな指摘は失礼にあたるかもしれませんが、最近の状況をほんとうに残念に思い、あえて苦言を呈する。

 私だけではなく、高知県民の多くがそう思っていると感じている。民進党や共産党など左派政党を支持する県民以外は。


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高知新聞の「『シレスト』再オープン」の記事に誤り

2017-05-24 | 書籍・新聞・テレビ
 室戸市の温浴施設の指定管理者も今回で何回目だろう。もう、オジサンには覚えきれない数の会社が経営してきた。

 最初は、ライブドアの孫会社「ミク・プランニング」社。この会社は当時、ライブドアの孫会社で、前市長ら職員は東京赤坂のこの会社に行き、温浴施設の一番最初の指定管理者公募の直前、事前交渉に行ったことを私の調査によって発覚、市議会において手厳しく追及され市長と課長の答弁はしどろもどろになり、赤っ恥を搔いたことは記憶している職員もいるのではないか。

 この時の指定期間は五年だったが、市長が武井市長から小松市長に替わってから、ミク社の経営は赤字が三年間で1億数千万円と膨らむ経営不振で、6000万円の支援要請が来て、私はそれを「やめておいた方が良い。どうせお金を与えてもその金を持ってすぐに撤退するのは目に見えている」と止めた。でも、市長と議会の大半の議員が後押しして支援してしまい、ミク社は翌年にその金を持って東京に帰ってしまった。明らかにこれは小松市長失政の一例。

 後は公募せず室戸市が経営したが、商売を知らない公務員が商売をしても失敗するのは、自明の理。すぐにやめて再公募、「創裕」が指定管理者と決まり、今年3月末まで経営してきた。そして、再公募にはこれまで管理運営してきた「創裕」に経営上の失点があったのか、市長や市関係者は指定管理者剪定委員会においてこの「創裕」を落とし、新たに大阪の企業「日世通商」を指定管理者に選んだ。

 だから、指定管理者はこの会社で都合、4社目か。

 室戸市は巨額の予算を投資して開業させた温浴施設であるから、閉鎖したままにしておくこともできないので、再公募の後、再オープンとなった。

 その「室戸市海洋深層水体験施設」の「むろとシレスト」のリニューアル・オープンの式典がこの21日(日)に行われたのですが、それを取材した高知新聞室戸支局の馬場準記者の記事が22日(月)の朝刊に掲載されているのを見ました。それが次の記事です。

  

 私はこれを最初から読んでいて、ふと、目が留まった。それがこの部分。

 「(指定)期間は4月1日~2019年3月31日」。

 新聞を見た私は、「ン? これじゃ指定期間は二年になるが、二年とはいかにも短すぎるし、二年なんて指定期間は室戸市の施設に無いはずだが。温浴施設の指定期間は最初は五年間だったが、ミク・プランニングの赤字体質を議会と執行部が問題視して、“例え指定管理者の赤字体質が続いても、三年目ぐらいにしておけば、深手を負うこともないのではないか”ということで、今は指定期間を三年にしてあるはずだが」と思い、この「2017年4月1日~2019年3月31日」の指定期間二年と書いた記事は間違いだと気付いた。

 そこで、これをこのまま放っておくこともできないので、昨日23日(火)に室戸岬町の「室戸ジオパークセンター」内にある市観光ジオパーク課に行き、担当課長に新聞記事を見せ、この指定期間二年の記事は間違いではないかと指摘した。で、課長は「そうですねえ、指定期間は三年だから、これは数字が間違っていますね。確認してみます」とのことでした。だから、担当課に誰からも連絡がなかったことから推測すると、市長も市職員も議員もまだ期間の記載が間違っているこの記事には気付いていないようだった。


 記者がなぜ指定期間の数字を誤った数字を掲載したかは、次の3点が考えられます。

 ①馬場記者は21日に「シレスト」に取材に行き、市の担当職員に取材した。その時、記者は職員から「この4月1日から二年間です」と聞いた。記者は「だったら、2018、2019年で、2019年3月末までだな」と考え、記事にした。・・・この場合は記者の間違いではなく、市職員の方の間違い。

 ②馬場記者は取材した市職員から「この4月1日から2019年3月末までです」と聞いた。記者はそのまま記事にした。・・・この場合も市職員の方が間違い。

 ③馬場記者は取材した市職員から「指定期間は三年です」と聞いた。記者は「2017年、2018年、2019年」と数え、この4月1日から2019年3月末までとした。・・・この場合は記者の数え間違い。

 考えられるのは、このくらいではないか。

 私が考えるに、担当課の職員が期間としては短すぎる「二年」と取材に答えるわけがないので、多分ですが、記者の早とちりで、「三年」と聞きながら記事原稿には「期間は4月1日~19年3月31日」と書いて本社に送ってしまったのではないかと理解している。

 大したことではないようにみえますが、マスコミ報道の誤りを放置すると、この小さな違いが大きな問題を生むことにもなる。

 高知新聞のこの記事を見た高知県民みんなが、「室戸市の温浴施設の指定期間は二年間か。エライ短いなあ」と考え、「次の指定管理公募に応募してみようか」と考えていた企業の経営者は「二年じゃ、儲けにも何にもならんやろ。初期投資だけで赤字だよな」と、意欲を失ってしまうことも考えられよう。となると、室戸市にとって効果的か非効果的かというと、非効果的。

 この後始末は室戸市が行うのか高知新聞社が行うのかはわかりませんが、放置していては室戸市のためにならないことだけは間違いありません。高知新聞社の記者の皆さんは毎日のようにこのブログをチェックしておられるとお聞きしましたので、善処していただくよう、希望します。

 最後に、正誤表です。

✖「(指定)期間は、2017年4月1日~2019年3月31日」・・✖指定期間二年

◯「(指定)期間は、2017年4月1日~2020年3月31日」・・◯指定期間三年
 
 

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ビートたけしが提案する「1票の価値格下げ制度」に同感

2017-05-22 | 書籍・新聞・テレビ
 先日、喫茶店で週刊誌を読んでいて、思わず笑ってしまいました。

 その記事は、毎週『週刊ポスト』に連載されている、「ビートたけしの 21世紀毒談」の中の一節。

 <(前略)「仕事のやりすぎ」じゃなく、「女とやりすぎ」で政務官を辞めることになったのは、中川秀直ジュニアの中川俊直か。こっちは不倫相手とハワイで結婚式の真似事までやってたことを『週刊新潮』にすっぱ抜かれたんだよな。

 親父譲りでオネエチャン好きとかいわれてるけど、もうここまでバカだと選んだ選挙民のほうにも責任があるんじゃねエか。いくら「地盤・看板・カバン」が揃った世襲議員だからって、こんな恥さらしを簡単に選挙に通すんじゃねェぞってさ。

 この際、次から選挙は、票に投票者の名前も書くようにしちまってさ。こんなバカげたスキャンダルを起こしたヤツが出てきたら、そいつに投票した人間は次から1票を「0.5票」の価値に格下げしちまえばどうかってさ。バカを議員にした責任は「1票の格差」で償うっていう、目からウロコの制度なんだよな。

 それぐらいやったほうが緊張感があって、自分の投票行動をよ~く考えるんじゃないかっての。(後略)>


 いいですね~。大賛成です。

 いわば、「1票の価値、厳正評価制度」。この制度を折り込んだ公職選挙法改正法案を早く国会に提案して可決させてほしいものです。

 制度の骨子は、

 ●選挙では、投票所に行くと受付で事前に投票者の名前を印刷した投票用紙を渡され、その投票用紙で投票をしてもらう。

 ●その投票用紙は選挙が終わっても各自治体が長く保管・管理し、もし都道府県知事、市区町村の首長が不正や違法や不公正や不適正な事業案を提出したり不正等の業務運営を行った場合は、その首長に投票した選挙民は次の選挙から、1票の価値が「0.5票」に格下げとなり、その格下げされた人たちが100票投票しても50票の価値しかないこととする。

 又、同様に、国会議員、都道府県議会議員、市区町村議員が議会に提案された不正や違法や不適正な事業案に賛成したり、政治家としてあるまじき行為を行った場合も、その議員に投票した選挙民は次の選挙から1票の価値が「0.5票」に格下げされることとする。


 室戸市長選においても、室戸市議会議員選挙でもこの制度の下に選挙を行えば間違いなく、二回目の選挙の結果、市長は前の任期中に行った不正な業務運営や事業案提案により二期目を目指して4000票が入ったとしても、それは「2000票」でしかなく、次点の「3000票」の候補が市長に当選することとなる。いいね~。

 当然、市長選の一週間後に支援してくれた高知県議や室戸市議にお金を配って回った当選候補は逮捕されるのは当たり前であるし、金を貰った議員も収賄罪で逮捕される立場であるのは動かない。で、その当選候補に投票した有権者も、次の市長選と県議選、市議選の際には、「1票」の価値はなく、投票は「0.5票」として処理されるということになる。

 又、市議選を考えると、例えば議員定数13名のところに15名が立候補すれば、いつも不正議案に反対している私のような公正な判断を行っている議員候補はいつも下位のほうで当選しているが、その制度改正によって間違いなく上位で当選する。

 唯、現在、市議会において不正な議案や無駄な公共事業案に賛成している約3分の2の議員が選挙に出た場合、得票は半減されることにはなるが、2名の落選を考えると、大半が当選して来ることになる。

 であるが、この制度は別の効果も生む。

 それは、新人候補2名の当選率は非常に高くなり、間違いなく新人候補は全員が当選する。だから、落選するのは不正な議案に賛成して市長を助けてきた議員の中から出ることになり、非常に良い効果を生むことがお分かりであろう。だから、次の平成31年4月の室戸市議選に新人候補が10名も出馬すれば大半が当選し、市長の不正に賛成した現職議員は7名か8名は落選するということだ。

 このペナルティー制度は実に効果的で、いいね~。

 たけしさん、ナイスです!

 こうなると、市長も議会に不正や不公平、不適正、無駄な公共事業などの議案は提出できなくなるし、例え出てきても議員たちは全員が反対し賛成議員は唯の一人もいない状況が生まれることになる。

 つまり、この制度によれば市政改革、市政の不正撲滅は全て、間違いなく実現できることになる。

 ビートたけしさん、ご提案は実に名案です。ありがとう!

 それには、国においてきっちりとこれを制度化してもらわないといけません。

 「安倍総理、今の室戸市を見てお分かりのように、今の地方政治は不正が蔓延し、乱れています。ビートたけし氏が提案する『1票の価値、格下げ制度』を早急に実施していただき、不正を撲滅し不正な政治家を地方政治から全員、駆逐していただきたい。
 併せて、
地方議会法 も新憲法のもと、制定してください」。


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「東京一極集中」のマスコミ報道に警鐘を鳴らそう

2017-02-04 | 書籍・新聞・テレビ
 言っておきたいことがある。

 マスコミは視聴率が稼げるから、全国1都1道2府43県の合計46もあるのに、東京のことばかりニュースで流している。まるで、東京都だけが日本であるかのように、だ。

 だが、たかが一つの「都」と名がつく地域のことだ。首都と言えども、もし「東京県」なら、同じように「東京県」のことばかり取材しニュースに流すか?

 高知県ならどうだ、鹿児島県ならどうだ、佐賀県ならどうだ、石川県ならどうだ。知事の大きな事業で悩みながらの動向を毎日、朝や昼や午後のワイドショーで放送するか? やるまい。

 大阪だったらどうだ。 お茶を濁して、すぐにやめてしまうだろう。

 「東京、一極集中」などと言っているが、それはあんたらマスコミがそうさせているだ。それも気が付かないのか。

 マスコミは東京都の揉め事が大好きで取材を続け、それで視聴率が取れるから報道しているが、地方にいる国民は豊洲新市場に問題があれば築地市場を大改修してあげればそれで済むとしか見ちゃいない。

 昭和42年だったか、20歳代に室戸の海で獲れた魚をトラックに満載して築地市場まで運んだことがあるが、東京の“台所”といえば、築地だ。みんなが愛着がある築地の大改修工事を行い、早く問題を終息させることだ。

 小池さんは東京都庁の中の揉め事は後にし、仲買人さんや取引業者のことを優先させ、市場に関係する人たちの仕事に支障をきたしている問題の解決に尽くすべき。その後で、東京都庁の中で勝手にもめ続けていればよい。とにもかくにも、都民に雇用された立場の知事や議員や都庁職員ら公務員は、一般社会で仕事をしている人たちのことを最優先にして働いていることを片時も忘れてはならない。

 どちらにせよ、知事も都議も職員も分不相応なぐらい高いお手当を都民の皆さんから貰っているんだ。何をやっても当たり前のことで自慢することではないし、一方、失敗や怠慢な仕事ぶりなら批判を受け、糾弾されもする立場。

 又、政治家たちが自分の支持者を増やすために政治の場で演技をすることはない。粛々と、粛々と、休むことなく、他の人が真似ができないぐらいのパフォーマンスを発揮して仕事に励めば、それでよい。

 話を戻そう。

 マスコミ、特にテレビ局は「東京」「東京」と浮足立っているが、地方の県は人口減少で苦しい政治設計をしながら頑張っているんだ。それでも、苦しい状況は変わらん。

 そういうことが理解できていたら、もっと地方に取材に出て、地方の県庁の状況も報道するだろう。

 例え視聴率が取れなくても、「東京」を放っておいて、連日、高知県のことでも報道してみてはどうか。 

 「取材、一極集中」、「放送、一極集中」だから、今のような「東京、一極集中」になってしまっているのだが、その程度のこともわからないのか。

 あなた方は、曰く、差別的。

 曰く、偏見。

 曰く、不公平。

 どうです、マスコミ全社のみなさん、目が覚めましたか? テレビ局への広告収入が気になるから、分かるわけがないか。

 あなた方は放送ではきれいごとを言っていますが、みんな差別主義者だ。

 自分たちテレビ局が高い視聴率を取って、注目が集まり、広告収入が入って来るなら、なんでもやるんだ。視聴率が取れない地方の報道は事故か事件ばっかり。だからいつまでたっても、「とうきょう」、「東京」と言っているんだ。

 つまり、偽善者。

 あの自己中心主義で、利己主義で、差別主義者のトランプのことなんか批判できまい!

 あー、スッキリした。いつか言ってみたかったんですよ。のれんに腕押しだと解っていても、ネ。

 一つ、テレビや新聞が間違って報道をしている点についてお教えしておきたい。

 今来日中のアメリカ新政府のマティス国防長官について、「マッド・ドッグ、狂犬と言われている」と報道をしているが、あれは「マッド・ドッグ(mad dog)」の意味をマスコミ各社が間違って翻訳しているもので、正しくは「威嚇すること」を意味することから、「猛犬」と訳する。なんでもかんでも直訳すればいいというものではない。

 「狂犬」と報道すれば、国民がそのニュースに食いつくと思ってのこと。「国民が食いつけば、視聴率も上がる」、そう考えて「猛犬」と訳さず「狂犬」と訳した。だから、やっていることが実に浅ましい。

 これに似た行いをした民主党のハトヤマ議員に対し、自民党の女性議員が委員会で「ルーピー」と呼んだことを覚えているか。


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「おんな城主・直虎」の子役、松任谷由実にそっくり

2017-01-23 | 書籍・新聞・テレビ
 お正月も済んだ8日から始まったNHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」ですが、女優・菜々緒が演じる築山殿の幼少時代を演じる子役・丹羽せいら(9)を見ていて、すぐ、「はて? 誰かに似ている」と考えた。

 そして、横で見ている妻に話しました。「おい、シンガーソングライターの松任谷由美、結婚するまでは荒井由実だった、あの人に似ているよな」。

 なかなか表情豊かで、面白い子役だ。 

 一つだけ、「おんな城主 直虎」の主人公となる井伊直虎の史実について、昨年12月だったか、井伊家の子孫が家系図から「井伊直虎は女とされてきたが、家系図から、別の男子であることが解った」とニュースにあった。

 私はそれが事実だろうと思っている。

 女の人が城主となり戦さに出て刀を振り回して戦う、そんな“国取り合戦”に耐えられるわけがない。

 お断りしておくが、苦労を掛けてきた妻を大事にする愛妻家の私に男尊女卑の考えなど毛頭なく、むしろ「フェミニスト」。

 だから、今年いっぱいはこの大河ドラマを「もし、井伊直虎が女だったら・・・」という、フィクション(作り話・小説)として観ようと決めた。だったら、「井伊直虎は男なのに、なぜ『女だった』なんて、ウソの話をさも事実であるかのように番組を作るんだ」などと腹を立てることもなかろう。

 それはそれとして、この子役の女の子は面白い子だ。坊主頭になっても平気で楽しんでいたと、ロケのこぼれ話がネットのエンタメ・ニュースにあった。これから5年後、10年後にどんな女優さんになるんだろう。楽しみです。

 (剛柔織り混ぜて、たまにはこんな芸能記事もいいもんでしょ)


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しかし、すごいですねえ

2015-06-29 | 書籍・新聞・テレビ
 しかし、すごいですねえ。

 毎日、毎日。

 何って?。最近のマスコミ全体の安保闘争ぶりですよ。

 毎日、毎日、「アンポ反対!」「アンポはんたーい」ってやってる。

 高知県民だけじゃなく、全国民がそう思って見てるでしょ?

 まるで日本全国、国民全員が左翼志向で、自民党政府だけが保守中道路線を標榜しているかのように見える。

 きっと日本の保守的で民主主義を支持する国民の皆さんは、「何をやってるんだか」と見てるだろう。

 「この機を逃しては自民党政府をやっつける機を逃す」とばかりに、社民党や共産党だけでなく、「民主(社会)党」である民主党も一気呵成に攻めている。今を逃しては左翼系政党が政権をとれない」とばかりに攻勢をかけています。(ま、あの民主(社会)党みたいに選挙の時にバラマキ公約で国民を欺かないと政権奪取はとても無理だが)

 しかし、あの百田尚樹先生も馬鹿ですねえ。テレビカメラが部屋の前にいることを承知であんなことを言うんだからネ。

 「何でも言って委員会」なら、ピー音が入るから、勝手気ままなことを言っても表に出ないんだが、あんな場所で部屋にいるのが自民党とあれば、ここぞと狙いをつけている左翼系の報道記者たちは聞いていることが解らんのかなあ。「冗談だった」とか言っていたが、あの人が言うと冗談には聞こえん。

 しかし、毎日配達される左翼系新聞を見ている人はどう考えて新聞を広げているんだろう。

 中国の海洋侵略をみて「今のままでは今後困る事態が発生する」と安保関連法案を作ろうとしているのを、「この法案を通せば戦争が起こる」と、事実を言葉巧みにすり替え、国民を扇動しているのを見て、きっとうんざりしてるでしょうね。毎日、手を変え品を変えして、左翼系政治家だけでなく、いろんな分野の左翼志向の有識者や学者を登場させ、新聞記事やテレビのコメントによって国民の意識を左の方へ左の方へと誘導している。

 中国が国防白書で日本の左翼的な野党勢力が集団的自衛権反対を主張していることについて称賛していることで解るように、今の日本の左翼系報道機関がやっていること等、中国に利するだけで、日本のためにならない。

 今の状況には、半ばあきれ、半ばうんざりしている。

 お金を払って取っている新聞の記事が毎日、自分をいやな気持ちにさせたり腹を立てさせる原因になっていることを、読者はどう考えているんだろうか。

 ま、こういう状態は今後も続くんでしょうね。


 最後に。

 安倍さん頑張れ―ーーーーー!  日本全国に大半を占める保守政党を支持する人たちは応援してますよ。

 それと、左翼的な記事ばかり書いている新聞社の皆さん、テレビ局の皆さん、あなたたちはそれで今後、飯が食えていけますか? 他人事ですが、心配しています。

 ま、あなた方もそれを良しとしているんだから、“後は野となれ山となれ”と、頑張って左翼的な言論を続けてください。そうして自分で自分の首を絞めるかのように、読者を次々と失ってゆけばよい。

   

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『BRUTUS』、『Tarzan』、『サライ』の創刊号

2013-05-27 | 書籍・新聞・テレビ
 私は昭和27年頃の小学生時代から切手の収集を趣味にしたいた関係からか、子どもの時から現在まで古いものが大好き。

 そのため、40歳に開店したジャズ喫茶店にも「ヴィンテージ」と命名した。

 又、小さい時から本を読むのが好きで、18歳に家業の製材所で銘木の丸太や木製品を運ぶトラック運転手になってからも、ポップなイラストが掲載されている『平凡パンチ』などの雑誌を中心に購入。

 やがて30歳、40歳になるにしたがい、1976年(昭和51年)に創刊した『POPEYE』を買うようになり、1980年(昭和55年)5月に創刊された『BRUTUS』には創刊してすぐに飛びつき購入するようになり、やがて1986年(昭和61年)4月に創刊された『Tarzan』、1989年(昭和)9月に創刊した『サライ』も購入するようになった。

 私は古い物が好きなためにそれらを手に入れた後に捨てるなどということはなく、妻は「古い本なんか、廃品に出して捨ててしまいや」などと申しますが、私は頑固にそれを保存していて、いまも大事に保存しています。

 それが、これ。

『ブルータス』創刊号

      

『ブルータス』創刊第2号

      

『Tarzan』創刊号

      

『サライ』創刊号

      

 残念ながら『POPEYE』は創刊号をはじめとして大量に別の部屋に押し込んであるため、掲載できませんでした。

 女性はとかく男のこういう趣味の域を超えた、いわば自身が“大事な宝”と思っているものへの理解は薄いが、男はそれを簡単に捨てるなんてことはしない。

 これらの雑誌の中でも特に『BRUTUS』の本はそのレイアウトなどが、私が1990年に創刊した日本ではオンリーワンの手書きタウン誌『あおぞら』の古い写真特集『青空写真館』の本づくりなどに大いに参考になった。

 しかし、売れ行きの所為だと思うがそれらの雑誌は徐々に内容が変貌してゆき、やがて私も買わなくなってしまった。『BRUTUS』も、創刊当時は当時の私が興味を持っていたヴィンテージものに注目し編集していたものが方針転換、高級服飾の本になってしまい、そんなものには関心が無い私はこの本を買うのをやめてしまった。

 その『BRUTUS』が今年5月27日で創刊33年を迎える。

 蛇足ですが、雑誌の基本方針ががらりと変貌してその質を落としてしまった本の一つに、『プレジデント』がある。

 創刊した当時は大企業経営者の経営理論や立身出世の取材記事などが多く載っていて、大変勉強になったので毎号買ってきたが、いま書店でこの本をめくってきてもまったくダメのひと言。高齢社会ということから、高齢者目当ての健康雑誌に為り下がり、みっともないったらありゃしない。この本は、もう廃刊して、再度出直した方がよいと思っている。


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マスコミ記者がいつまでたっても間違う、「選定」と「指定」

2012-05-20 | 書籍・新聞・テレビ
 これまで約20年が経つが、テレビや新聞などの取材記者はいつまでたってもこれを間違います。

 市町村がその地域に残る古い町並みを観光に活かすため、それらの古い家々を修復する予算を国から財政支援してもらう下準備段階として、その町並みを国に「重要伝統的建造物群保存地区」に認めてもらう必要があります。その手筈として 市町村はまずそれに関する資料をそろえて文部科学省に申請する。文科省はその地区の視察や歴史に関する調査を行った上で文化審議会で審議し、「重伝建保存地区」にふさわしいかを決定、文部科学相に答申します。そのステップを踏んだ後、文科省はその結果を当該市町村(教育委員会)に伝える。それが重伝建保存地区「選定」への道筋です。

 これをよく新聞記者やテレビ取材記者が間違えて、「指定」と報道する。

 これまでも高知新聞など県内の新聞やテレビ局は何度となくこれについて学ぶこともなく、何度も何度も間違って「重伝建保存地区に指定された」と書き、報道してきた。小さなことですが、ニュースを正しく伝えるという意味ではこのことも大事なことだから、いつも気になる。

 一昨日も夕食を食べながらNHK高知放送局の夕方のニュースを見ていると、アナウンサーは「安芸市の土居廓中が重要伝統的建造物群保存地区に指定されました」と伝えた。それを見ていて、思わず「何度言うたらわかるがやろなあ。20年も前からそれは『選定』ですよと教えてきたのに」と叱った。

 横で当家の奥さんも「そうよねえ。あんたはずっと前から高知新聞の室戸の記者が間違ったたんびに『それは選定です』と電話したにね。けんど、何ぼいうても、調べようとか勉強しようとか考えん人はみんなそんなんやないが? 室戸の市会議員でわかっちょうやいか。解らんずく違法でも何でも賛成して」と冷めている。「それもそうだ」と私も納得。

 それが昨日の朝、高知新聞を見ていたら、これもまた「重要伝統的建造物群保存地区 土居廓中(安芸市)指定へ」と大見出しで間違って報道していた。

 見出しには「文化審議会は18日、藩政時代の武家町の景観が残る安芸市の「土居家中」(同市土居)など5件5地区を、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定するよう、平野博文文部科学相に答申した。7月にも正式指定される見込み。県内での指定は1997年の室戸市吉良川町の町並みに続き2か所目」とある。


 この中にだけでも4か所、記事の中にも2か所、「指定」と書いていた。

  

 本当に情けない。室戸支局は新しい記者が来るたびに間違うからそのたびに「そうじゃないですよ」とお教えしてきたが、県内の重要伝統的建造物群保存地区の選定はこれまで室戸だけだったのが県内2か所目で安芸市では初めてということもあって、安芸支局長がこの件でまた間違いの記事を書いた。

 そこで、私ごときが誠に僭越ですが、NHKや高知新聞の記者だけでなくて、県内のマスコミ各社の記者の皆さんにこれに関する基礎知識としてお教えします。是非ともこれを機会に新聞社全体で学び、この用語についての理解を深めていただきたい。

 私は以前、平成2年から平成9年末まで地域雑誌『あおぞら』を出版していて、その第47号(平成6年9月号)に「重要伝統的建造物群保存地区大研究」と題した特集号を組みました。

         

 当時は、県の地域政策課職員と共に高知県の地域づくりに積極的に参加し、県が『あおぞら』頑張れと応援して下さり、私はその恩を返そうと県の行っている県民が行う地域づくり活動支援事業を応援する記事を積極的に書き、お互いに助け合って仕事をしていた。この特集を組むにあたっても「選定と指定の違いが気になり、県に「国がこの違いを既定した文献はありませんか」と聞いたところ、確か文化財課だったかから分厚い本を借りて下さり、県庁内でその文献を自分でめくりめくりしてこの「選定」が「指定」と違うことを書いた部分を探し出し、よく解った。

 それを記事にしたのが下のページ。

         

 要点は、簡単なものです。「市町村の申請に基づき文部科学大臣が伝統的建造物群保存地区の区域の全部または一部でその価値が特に高いと認め選定した地区が「重要伝統的建造物群保存地区」というわけだ。「市町村の申請に基づき」→「文部科学大臣が」→「伝統的建造物群保存地区の区域の全部または一部で」→「その勝ちが高いと認め」→「選定した」地区が、重伝建保存地区。

 つまり、まず保存地区のある市町村が申請することから、この選定への第一歩が始まる。だから、市町村が申請しなければ選定されないということになる。

 因みに、新聞記者やテレビ取材記者がよく間違う「指定」とは、国のこの重伝建保存地区事業から離れていうと、ある意味、何かの事業で市町村から申請がなくても国が必要と考えたら上から有無を言わせずに決定する物と言える。

 その「選定」と「指定」の違いを図解すればこうなろう。

    

 先ごろ、室戸支局が「塗料は落ちない」、「落書き岩に語ってもらうために、“反面教材”としてこの岩を残そう」という記事を書いたのを見て私は「とんでもない」と指摘したが、この「指定」の記述もそれと同じで、ジャーナリストとして基本を忘れていると言える。

 忘れがちだが、人間は学び覚える前に「こうだ」と知識として認識していることはだいたい間違いを長く続けてしまう傾向がある。

 私が45歳ごろの地域雑誌の記者をしていた頃のことです。全国ではオンリーワンの手書き雑誌だったもので、「展覧会」などと「展」の字を書いた時にこれを、部首を「尸」と書いた中に「土」を二つ書き、その下に「衣」の字の下と同じようにずっと書いてきました、本当は「ノ」の線がいらないのに。これを、その号を出してすぐに安芸市の友人が「谷口さん、この『展』の字が間違うちょうぜ」と教えてくれて、ようやく気が付いたことがある。

 これと同じです。誰もがそうですが、解らないことは調べるが、「おれは知っている」と思い込んでいることは調べないで、何度も何度もその間違いを書き続けます。

 解っていただけましたか? マスコミ記者の皆さん。解っていただけたら、「ガッテン」と押して下さい。

 尚、これでも私の言うことが疑わしい、信用ならないとお考えになられた場合は、高知県教育委員会の文化財課に行って文献をお借りし調べてみて下さい。ページを自分でめくりめくりして探し書いてある詳細な記述を読んで学べば、私に指摘されたままより、その方がもっと知識が自分の身に付くかもしれませんね。

 重要なのは、自分が苦労して学ぶこと。そうして苦労して学んだり苦労して修練を積んだことは確実に身に付くが、やるべきことを省いたり避けたりしていては、いつまでたっても技術は向上しないし賢くもならない。若い時こそ、そうすべき。若い時にそう努力していないから、60歳前後に地方議員になった者たちが「政治は難しい」とばかりに、無責任にも「まー、いいか」となし崩しに悪い政治が行われるのを許しているのです。

 私が作った格言。「為すべき時に、為すべきことを為せば、成る」。

 時期を逸しては、成功はあり得ません。小さなことからコツコツと時間を惜しんで勉強すること。それしか自分の能力をアップさせることはできない。

 これは新聞やテレビ局の記者だけでなく、地方自治体の首長や地方議員も同じで、学ばない人はいつまでたっても同じ間違いを死ぬまでやり続ける。これは、室戸市議会議員だった任期の8年間に市長や市職員や市会議員の言動をつぶさに見聞きし、そう確信する。


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最近、高知新聞がおかしい

2012-04-23 | 書籍・新聞・テレビ
 長年にわたってお世話になってきた高知新聞ですが、どうしても言わせていただきたい。


 高知県唯一の地元紙・高知新聞が最近、おかしい。何がおかしいかって? あれも、これもですが、疑問に思うことを二つ挙げさせていただく。

 一つは、高知新聞室戸支局長の真崎記者が書いた4月14日(土)の「室戸ジオ 岩に落書き」の記事と、20日(金)のコラム、土佐あちこち「落書き岩」の記事について。

 もう一つは、高知新聞自体の記事が激減して通販広告などが増加し、新聞としての品格が急落していること。これは県民の中の、敏感に物の変化を感じ取れる方はもう察知しておられると思います。


 最初の室戸岬の岩場に書かれた落書きについての記事ですが、まず、こんな落書きを世界的にどんな位置づけにあるかをお教えする。

 この落書きは「タギング」と呼ばれ、大半がスプレーペンキで描かれる。この発祥は、アメリカ、カリフォルニア州サンディエゴ。これはいわゆる「ストリート・アート」から派生したものです。描いている本人さんたちは「アート」と思い悦に入り描いているが、アートとはとてもいえず、どこまでも落書きの域を出ない。

 特に、1990年代後半には今回のような落書きのようにデザイン化された英単語のみによるマーキング(所謂、歩く途中にあちこちにひる犬の小便と同じ)が目立つようになり、大半が室戸岬の岩場に書かれた「YOPEK」などのようにスペル間違いや意味のないスペルもあって、明らかに芸術性など微塵もないものが多い。しかし、ストリート・アートでも、適切な場所や物体に描かれた物に関してはやがて市民権を得て、芸術活動として認知された経緯がある。(その代表的な作家が世界的な抽象画家となったが31歳で亡くなった、キース・ヘリング)

 因って、このような芸術性のかけらもない落書きをところ構わず地域住民が困ろうがお構いなしで描いたものに関しては、この行為はその描かれた内容に関わらず公共や個人の財産を汚損しているため、器物損壊罪となり罰せられる。

 その程度の落書きを最初に報道した14日(土)の記事の内容についてはあまり疑義はないが、一点だけ、「溶剤などで塗料を落とすのは難しい」という記述については、「落とせないか否か」を塗料メーカーなどに問い合わせるなどして詳細に調査したうえでの記事か、と思っている。

 高知市のトイレや空き店舗のシャッターなどにもよくこの手の落書きがあり、高知新聞でも報じた記憶があるが、真崎記者はその落書きを落とした行政関係者に塗料の落とし方を問い合わせたのか。問い合わせたが「落とせません」と回答があったのか。

 記事を書く上において重要なことだから、それをお聞きしたい。

 そして、書いてある塗料はアクリルかラッカーかを調べたのか。そして、ラッカーならば通常はラッカー・シンナーで落とせるが、ラッカー・シンナーでも落とせないと解ったのか。又、塗料がアクリルならば、私が書いている洋画制作の例から言うと水で落とせるし、それもお湯の方がよく落ちることから、お湯を使っていま流行りの高圧洗浄機、それも大型の工業用でやれば簡単に落ちるが、それでやっても落ちないと解ったのか。

 そこまで調べたのか、です。それらのことはまったく調査せず、塗料については素人の域をでない人たちの話を聞いただけで記事を書いたのではないか、と私は考えている。

 そこで、この岩の落書きを落とす方法として、室戸市の観光関係者に助言したい。

 まず、発電機を借りてきて、岩に書かれた落書きに大型のバーナーの火を当て塗料を溶解させ、すぐに温水を使った大型の高圧洗浄機の噴出口を岩から10センチぐらいまで近づけて浮き上がった塗料を吹き飛ばしてしまう。この方法で30分も作業をすれば完全に消えてしまうと思っている。勿論、この作業を行う前には、岩の前面にビニールシートを敷き落ちた塗料が小石の間に入ってしまわないように用意しておくことも考えておかなくてはなりません。

 費用もいりますが、室戸岬の環境保全及び修復のためです。できれば騙されたと思って行ってみてほしい。尚、費用については、犯人逮捕の暁にはその全額を請求し払わせることです。


 それと、若いとこんなことも知らないとみえるが、4月14日の記事には室戸警察署から借りた落書きをした岩の写真を掲載しているが、あれは失敗だった。写真を掲載することでどういう影響が生まれるかをご存じない。

 その理由として、被害を受けた“された”側の立場で記事を書けばあんな「腹立たしい」ことを主張する記事になるが、私はあの犯人は高知市などにいる落書き常習犯の若者と見ていて、そのバカ者、いや、若者があの新聞記事を見たとき、腹を立てるか喜ぶかを考えたとき、喜ぶんですよね。犯罪を犯した“してやった”側の立場で考えると、あの新聞を見て、大喜びしたことは間違いない。それはなぜかというと、犯罪者心理というものは、放火犯がつけ火をして逃げ物陰に隠れてその火が大きくなるのを見て喜んでいるのと同じで、岩に落書きをしたのちにそれが写真入りで大きく新聞に載ったのを見て喜んだといえる。

 だから取材記者として知っておくべきは、再犯を防ぐためにも犯罪者を喜ばせてはならない、喜ばせるようなことはしてはならないということ。だから、記事にするにしても、犯人を喜ばせることのないように、写真を入れずに記事だけにすべきだった。それは、たとえ写真をつけて掲載することで読者に記事としての説得力を持たせることができるとしてもだ。

 更に言うと、高知新聞地方部に上げたその原稿をチェックした部長らも私が言うように考え、そこで写真だけは没にすべきだったとも言える。記事に室戸警察署から借りてきてまでして写真を掲載したということは、担当部長にもその観点が理解できていなかったと言えよう。地方部(あるいは整理部)と真崎記者は写真を掲載したことによって犯人を喜ばせてしまったが、ジャーナリストは書いた記事で以って犯罪者を決して喜ばせてはいけないのです。なぜかというと、犯罪者を喜ばせば付けあがって、その悪い人間、又は他の悪い人間によって再犯の恐れがあるからだ。もしかしたら、あの記事に喜びを感じた犯人が落書きされた岩の周辺でまた別の岩に落書きする恐れは充分にあると思っている。


 もうひとつ、20日(金)のコラム記事「落書き岩」については首を傾げる。

 記事にはこうある。

≪(前略)「元に戻してほしい」という声は強いが、岩石の性質上、完全に消し去るのは難しいという指摘がある。1千万年以上もかけて形成された自然の造形が一瞬にして汚された。再発をどう防ぐか。関係者は苦悩を深める。≫

 もっともです。私は室戸市の行政関係者が関心を持たない平成3年から自分が発行している地域雑誌や自費を投じて発行した地質写真集でこの室戸半島の海岸の地質を室戸の観光振興に活かしてほしいと訴え続けてきた。そんな奇特な市民は他にはいません。そうして、平成20年からようやく“私が育ててきた室戸の地質”が日の目を見たのです。だから、今回の落書き事件は室戸市民だけでなく、私にとっても悔しい出来事に違いありません。「誰だ!こそこそと夜目を盗んで書きやがって。出てこい!」と思っている。

 言わばこの落書き犯は、私に「議員としての職責を果たそうと努力しない元市職員の市会議員は、報酬の金が欲しいだけの、天下りのようなものだ」と記事を書かれて腹を立て、当電子情報誌に暗闇からコメントを投げつけてきたどこかの市会議員とやっていることは一緒だ。

 そこで、記事の続きです。

≪そこで提案したい。この落書きをあえて残し、自然や環境を考える“反面教材”に出来ないか。ジオパークの理念は、貴重な地質や生態系の保護と、それらを活用した地域振興の両立にある。規制を強めれば、見て、触れて、学ぶ、というジオ本来の教材価値が薄れる。自然保護の意識を喚起する仕掛けとして「落書き岩」に「語ってもらう」のも手ではないか。「負の遺産」を警告と教訓に替えていく“上書き”大作を考えたい。≫

 こう、結んでいる。

 失礼ながら、「若いなー」と思いました。

 「落書き岩」と命名してしまったこと。なぜ被害を受けた岩に名前をつけてはいけないのかというと、それを書いた犯人を喜ばせてしまうからだ。新聞を見て、「やったー、オレが書いた作品に名前が付いたぞ!」と、仲間とともに喜び、悪くするとその犯人の友達らも「おれもやってみようか。また新聞で紹介してくれるかもしれないから」と落書きを誘発することが予感できる。だから、名前などつけずに、ただ単に「落書きされた岩」とすべきだった。

 そして、「この落書きをあえて残し」と記者は言います。どうも若いと、物事のなんたるかが解っていないようだ。

 なぜ、これまで高知県内、多いのは断然、高知市だが、その高知市のトイレや空き店舗のシャッターなどにこんなストリート・アートにもならない落書きを書かれて行政関係者が苦心して落とすのか、高知新聞の記者氏は考えたことがあるのか。そこからまず考えてみることだ。落書きを書かれて落とすのは、町の景観を害することや行き交う人たちが嫌な気分に為るから落としているぐらいは理解できるのではないか。それが解っていれば、「そこで提案したい。この落書きをあえて残してはどうか」なんて記事、書けないはず。だから、書いたということは、この要点を理解していないということになる。

 それと、「規制を強めれば、見て、触れて、学ぶ、というジオ本来の教材価値が薄れる」とかいうが、では、「環境保全という規制をすれば室戸市における地質の価値が薄れる」ということなのか? 「規制を強めればジオ本来の教材価値が薄れるから、落書きぐらいしてもいいように、規制を緩めろ」なんてことを世界のユネスコが許すと思っておられるのか?

 失礼ながら、如何にも愚かな提案です。

 又、「“落書き岩”を負の遺産として位置づけ(観光客に向けて)“語ってもらい”、それを警告と教訓に替えていくのも手ではないか」とかいうが、こんなものは観光客が書くようなものではなくて確信犯の若い犯罪者が日頃目立てないから注目を集めようと考えて書くもの。観光客に向かって「こんなものを書いたらいかんぞ」と警告や教訓を与えてどうするの? どうも物事のなんたるかが解っていないようです。

 とにもかくにも、書いた奴をしょっ引いて落とさせることに尽きる。又は、行政がお金を使って落とした場合は、その犯人にその代金の全額を支払わせ、もしその若者にお金がなければ、親に払わせること。それでおしまい。

 言っておきたいが、犯人を擁護するような記事を書いてはならない。選挙で当選して一週間後に公職選挙法違反となる金を配って回った地方政治家の夫婦も、室戸岬の岩場に英文字を書いた犯人も同じだ。犯罪者をみんなで庇ってはならないのです。罪には罰を与えること。私のようにいつも厳しく対処して、重い罰を与えることが大事だ。そうしなければいつまでも犯罪はなくならないし、決して町も良くならない。

 この落書きは残すべきではない。高知新聞の記者氏が何と言おうと、何としてでもあの落書きは落としてしまうことだ。

 私が平成3年からこれまで、大金を掛けて室戸市の観光振興策として呼びかけてきた「青空地質博物館」をあんな下品な物を残してけがされたくはない。何としても、落としてほしい。そしてまた元のふつうの岩場に戻してほしい。それも環境保全への重要な取り組みとなる。 

 
 次に、もう一つの、高知新聞自体の記事が激減して通販広告などのページが増加し、新聞としての品格が急落していることなどについて。

 これは経営上の問題だから一人の読者が言ってもムダなことでしょうが、高知新聞の首脳陣は参考までにお聞きいただきたい。「こんなふうにわが社の新聞を見ている県民もいるんだ」とお見知りおき下さい。

 新聞に不満な点は何点かある。

 まず一つは、これは何年も前からですが、「記事の活字が大きくなり、読みやすくなりました」と、何ページにもわたり活字が大きくなったこと。1ページ目から6ページ目ぐらいまでは大きくなった。その後ろのスポーツ欄は元々の大きさの活字で、この活字サイズは以前と同じで不満はない。しかし、そのあとの文芸欄や健康爛などはまた大きな活字になった。

 このように、今までの活字の大きさでよかったのに「読者のため」と言いながら新聞社のニュースソースの都合で活字が大きくなったことを考えるに、その経営的効果として、共同通信などからの配信記事が少なくでき、自社の記者が書く記事も当然少なくて済む。配信記事も一件いくらで料金を払っているだろうから、それに支払う料金は安くてすむ。又、自社の記者の記事も少なくできることから、記者も人員的に少なくでき、会社の人件費が安くすむ。・・と、この活字に関しては「経費削減」のための一策。そう解釈している。

 二つ目に、ここ数か月前から通信販売会社の一面広告がデカデカと毎日3ページから4ページ、全体で約32ページ前後の新聞の中に突如として掲載され始めたのには、驚いている。これまでにも自動車大手メーカーなどの一面広告や社告があっても全く違和感がなかったが、あの大きな活字をページ全体に暴れさせた通販の広告には毎日、毎日、新聞を開くたびにうんざりする。そうして、それを見るたびに「高知新聞も通販会社に頼らなくてはならなくなったとは、広告料収入が減少して経営状態が悪化し、よっぽど困っているんだな」と思う。

 ただ、読者としては必要以上の広告を買っているわけではないので、通販会社の宣伝はBSテレビを席巻していて見あきており、「ブルータス、お前もか」ではないが、「高知新聞さん、お前もか」の想いがある。こんな広告でも掲載しないと地元新聞社が倒産してしまうとなると、これを「やめろ」とは立場上、言えないが、「その3ページ、4ページに記事が掲載されていたら・・・」と考えると、みみっちい話かもしれないが、その通販広告に毎月の新聞代3000円のうちの1割以上を払っていると思うと腹立たしい気もする。

そこで、他の中央紙もチェックしてみました。昨日の日経新聞は一面広告が6ページ、朝日と読売が4、5ページだった。これを見て思いました、「国民が新聞を取らずにネットなどでニュースを見るという影響を受け、どこの新聞社の経営も苦しいんだな」と。だから、私がいうこの「最近、品の無い一面広告が多くなった」については、いたしかたないとも思っている。

 この件はそれとして、三点目に思うのは、かつては別に制作し発行していた『こども高知新聞』を約34ページ前後の『高知新聞』の中に折り込み、それも含めて『高知新聞』として販売していることについて。このように『高知新聞』の中に『こども高知新聞』を入れて販売し始めたのはいつごろか覚えていないが、そうなった時から疑わしく思っている。

 なぜこうし始めたのかは大体、想像できる。だからこれもあくまでも推察だが、『こども高知新聞』はこれまで長く『高知新聞』とは別建てで販売されていました。それが皆さんよくご存じのように、例えば室戸市の人口は毎年500人前後、5年目の国政調査のたびに2000人から2500人が減少していて、高知県にしても2010年10月に行われた国政調査では2005年の国勢調査に比べて4.0%、31836人が減少して、県人口は764456人となった。これは、1年間に高知県の人口は6367人減少していることになる。これを単純計算で世帯数を平均3人家族と考え割ってみると、2122世帯が消失している勘定になる。

 つまり、その全部の世帯が新聞を取っていて高知県内の新聞占有率70%を当てはめると、2122部×0.7=1485部となり、販売している高知新聞のうち、毎年、約1500部減少していることになる。これを金額に換算すると、朝刊と夕刊の二つを取っている世帯もあろうが単純に全て朝刊だけ取り月3000円の購読料と仮定し、これを12カ月
とると、36000円です。で、36000円×1500世帯とすると、高知新聞社は毎年5400万円の減収になるということだ。これを1000世帯としても36000円×1000世帯=年間3600万円の減収になる。これが10年間なら、それぞれ5億4000万円の減収となり、3億6000万円の減収となる。(これはあくまでも単純計算だが)このようにすごい金額になる。

 だから、このように『高知新聞』の販売数が急激に減っていることから、かつて別売りで販売していた『こども高知新聞』も世帯の減少に伴い購読者数が減少し、結局、別建てで販売できなくなり、かといってこれを廃刊にしてしまえば購読者から「残して」と苦情が来ると考え、“親新聞”ともいえる『高知新聞』の中に差し込まなくてはならなくなった。

 これが実態だろう(とみる)。

 しかしです。しかし、『高知新聞』を毎日購読している読者はみんな『こども高知新聞』まで購読するなんてことは一言も承諾をしておらず、それがいつの間にか『高知新聞』に毎日1ページから4ページ入り継続されていて、その見ることもないページの代金まで払わされていることには、多分ですが、私だけではなくて読者の中には不満に思っている方もいるのではないか。(勿論、それも含めて理解し容認されている県民もいようが)

 読者は、新聞だから広告があっても何ら不満なんかはない。でも、これは私が変わり者だから思うのであって他の常識人は思わないかもしれませんが、ページをめくるたびにあまりにも“人騒がせ”な通販広告がでかでかと載っている新聞は見たくないし、購読するなんてことを言ってもいない子供向けの『こども高知新聞』もいらないと思っている。

 その理由は、結婚をした昭和42年からずっと『高知新聞』の基本形を見て45年間欠かさずに購読してきた新聞である。その基本形が会社の経営が悪いからと会社の都合だけでどんどん崩れていって、記事が少なくなり品の無い売らんかなの表現がきつい通販広告ばかりが目立つようになるのは、なんとも我慢できなくなった。

 45年前に私が購入しようと決めた『高知新聞』は、スポーツ欄ぐらいの元の小さな活字で、3ページも4ページもの通販広告など無い、存続できなくなったという自社の都合を読者におっかぶせたともいえる『こども高知新聞』のページもない新聞だった。その基本形が揺らいでくると、昭和61年の地域づくり活動を始めたころにいた室戸支局長の依光記者以降、平成16年の横田記者が本社に戻るまで長くお世話になってきた高知新聞ですし、県内ニュースを拾えないのも困るなとの想いもあるが、今、同紙の購読をやめて他の中央紙にしようかと揺れ動いている(私一人が購読しなくても動じる高知新聞ではなかろうから)。

 何度も言うが、以上のことは新聞社の経営に関わることで、存続が難しくなれば“背に腹は代えられない”で私たち読者には如何ともし難いことではあるが、『高知新聞』は県内シェア70%の新聞であり、新聞にも品格というものがなくてはならないと思いますので、ぜひともその点だけは“崩壊”させないよう、苦心していただきたいと思っている。

 唯、器物損壊事件で被害を受けた物を「落書き岩」と命名して写真まで掲載してしまい、更に「保存して」という記事などはとんでもない話。記者は環境保全についてもっと勉強し直した方がいい。

 できれば一度、拙宅へおいで下さい。小生、室戸では堅物のように思われていますが、妻に聞いていただきたいが、本当はサービス精神旺盛な、ユーモアにあふれた、ほんとうに面白い男。唯、不真面目な人間と法律を守らず改めもしない悪い政治家にだけは人の何倍も厳しいですよ。

 今は売れない画家として毎日、工房で絵ばかり描いていますが、自分のお金を使って「室戸の地質を観光に活かせ」と長く、そして広く広報してきたのは高知県内の誰でもなくわたくし。

 拙著、地質写真集『青空地質博物館』の巻頭に提言として表明しているように、地質観光で飯を食うということは地質学だけではその目的を達成できないことは明らか。室戸市で地質を観光に活かそうという活動が始まった経緯は私しか知りませんので、地域づくりの在り方や、公職選挙法違反をした政治家の話、違法や不正が堂々とまかり通る室戸の政治体質の他、ジオパークについてもその在り方や見方、考え方についてなどをお教えさせていただきます。来て損にはなりませんので、どうぞおいで下さい。


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凋落の一途をたどるテレビ業界

2012-02-11 | 書籍・新聞・テレビ
 最近のテレビ番組は、地デジもBSも面白くないものばっかりで、うんざりしている。

 現代物の韓国ドラマは親子喧嘩ばっかりだし、時代劇も奇抜な衣装がウソ臭い。日本の弘法大師や平清盛がいたと同じ時代に朝鮮においてあんなにきらびやかな衣装をみんなが着ているわけがないし、宮殿や町並みを見ても美しすぎるのがウソ臭い。平清盛は1118年に生まれ、1181年に没している。NHK-TVの「平清盛」のあの汚さや汚れが正しいだろう。

 (「龍馬伝」の岩崎弥太郎の家のあの汚さなんかの描き方は丸っきりの嘘だった。平清盛の生きた1100年ごろの時代と違い、幕末の時代(~1867年)にほこりが舞い上がる居間であんなふうにみんなが食事をするわけがないし、いくら貧乏をしている家でも掃き掃除や拭き掃除ぐらいはする。だから、「岩崎家は貧乏な家」というように脚色したかったのだろうが、あの演出もウソ。
 それと、坂本龍馬は高知の城下で生まれ育った男で、岩崎弥太郎はそこから40キロ近く離れた五藤家が治めてきた安芸の「井の口」という集落で生まれ育った男。だから、ドラマの筋書きを簡潔にするためにあのようにこの二人が幼きころから共に高知城下で友達として育ったとNHKは描きたかったのだろうが、描いてはいけないウソだった。あのような脚色とも言えないウソの演出は、幕末以来長い間に作り上げられてきた坂本龍馬の足跡と同様に、現代の人々に間違った歴史認識を植え付けるものとしかいえず、歴史をゆがめるものでしかない。だから、歴史をドラマ化するにしても、もっと史実に沿って演出する方法がいろいろあろうと思っている。
 但し、兵庫県知事の言うところの「神戸の海の色はもっときれいだ」なんて抗議は幼稚で、ちゃんちゃらおかしい。その程度の「空の色が汚い」とか「海の色がもっと青かった」とかは、どうでもいいことだ。そんなことを言う間があれば、もっと兵庫県の業務運営に悩み苦しみ精を出すことです)

 ということで、韓国ドラマは基本的に全く見ないんだが、当家の奥さんがご多分にもれずソン・スンフォンやソン・イルグクなど韓国ドラマの男優を好きになってしまっている関係で、食事時など嫌がおうにも見てしまう。だから、きっと「ソン」が付けば好きになるんだろう、私の勘違いかもしれないが。

 そして、地デジに移行してからは地デジに限らずBSの方も通販番組を筆頭に、本当にコマーシャルが多すぎる。あの多さには呆れるが、あれはいったい何なんだと思う。

 その理由は簡単。企業の広告料がなければ視聴率が上がらない、視聴率が上がらなければ企業から広告料が取れない。この悪循環があって、テレビ局の経営安定のためにやっているのだ。例えば、ニュース番組の中の一つの事件や出来事を伝えるのも映像のさわりを1秒見せ、コマーシャルを5本ぐらい入れ、そして又その出来事のさわりを1秒ぐらい見せ、そしてまたコマーシャルを5本ぐらい見せ、そうして「ようやくかな」と思っているとじらし続けた出来事は後回しにして別の出来事をいくつか放送して、またコマーシャルを入れた後、やっと最初に1秒見せた出来事のニュースを放送する。以前は無かったそんな姑息な手法を最近のテレビ局はよく使う。

 とにかく、やってることが姑息で、悪質。

 こんな想いを持つのは私だけじゃなくて、全国のテレビを見ている人たちみんなが知っているし、「腹が立つ」とみんなが思っている。まさか、このことについてテレビ局の社員が「国民はそんなことには気づかず、大人しく見ている」なんてことは思ってなく、「わが社のテレビを見ている国民はみんな怒っている」と知りながらも、会社を倒産させるわけにいかないからいたしかたなくコマーシャルを連発しているのだろう。

 とにかく、10年ぐらい前はこんなこと思ったことはなかったのに、今のテレビはとにかくコマーシャルが多すぎる。何とかならないか。

 そこで名案がある。これはいつもうちの奥さんに言っている話だが、午後7時からの1時間番組に例えると、今は番組の視聴者が注目するシーンになるとコマーシャルを入れ、それが済むと少しだけ同じ注目するシーンを入れ、またコマーシャルを入れ…と、コマーシャル中に他のテレビ局にチャンネルを変えられたくないからと視聴者を弄ぶような手法を取っている。それを、番組の中にはコマーシャルを1本も入れないで、1時間番組の最初の10分か最後の10分を「コマーシャルタイム」として確立させ、残り50分を番組タイムにする。そうすれば、国民は新聞のテレビ番組表を見てコマーシャルタイムは見ないで好きな番組を時間に合わせて見るので、どのテレビ局にも苦情を言ってくるものは一人もいない。

 名案だと思うが、いかがか。それじゃ誰もコマーシャルを見てくれないか。(笑)

 又、いまや“安普請”で安上がりの番組ばっかりで、うんざりしている。“安普請”とはインスタント、つまり、手短に作った番組を指す。安上がりとは何を指すかと言うと、10年ぐらい前から徐々にだが、お笑いタレントばかり集めてワイワイ騒ぐ軽い番組が目に付きだした。この原因はコマーシャルが多いこととリンクするが、お笑いタレントは安い出演料で賄えることから、そういうお笑い系のタレントばかり集めて騒ぐ番組作りが多くなった、というわけだ。

 これらのことをトータル的に考えてみると、いま雑誌業界も新聞業界も広告収益が不足し経営存続に四苦八苦しているが、このテレビ業界もご多分にもれず収入不足に陥っているため、番組内で放送するコマーシャルをできるだけ増やし、番組はというと盛り上げてくれる安上がりの人をたくさん呼び番組を作り、経営を安定化させる。そういうことだ。だから、それを見ている国民もそんな事情がテレビを見ていてわかるが、軽薄短小の番組ばかりだから、どんどんテレビ離れしている。そういう事情が経営をますます圧迫するから、ますます広告料を上げるために営業は走り回り広告契約を撮ってきてコマーシャルを垂れ流している。そんなテレビを見て又“お客さん”である国民はいやになり、テレビを見るのをやめる。視聴率が下がると、企業は広告を出してくれなくなり、テレビ業界はどの局も赤字経営に悩む・・・・。ということ。

 それと、もうひとつ、これは以前この電子情報誌でも書いたが、コマーシャルになると声(音量)が高くなって腹立たしい。これは電波法とかなんかで通常の番組中の音量規制がコマーシャルになるとその気精一杯に高くしてもいいことに為っていることからきているそうだが、そんな緩やかな規制は止めてコマーシャルも通常の番組と同じ音量に規制すべきだ。

 このコマーシャルの時に音量が高くなる問題について、アメリカでは問題になり改められたというニュースを先に書いた記事でも紹介した。日本も早くそうすべきだ。

 又、アナログから地デジになったことによって映像はきれいになったが、地デジ電波は短いから高知県内のテレビ局しか見えなくなってしまい、大いに不満に思っている。これまで見ていた関西の方のテレビ局の番組が全く見えなくなってしまって、民間は高知放送(日本テレビ系)、テレビ高知(TBS系)、さんさん(フジ系)の3局だけ。高知県内のテレビ局のローカルニュースなんか、全く面白くない。それに引きかえ大阪周辺の番組はよかった。読売テレビ(日本テレビ系)、毎日放送(TBS系)、関西テレビ(フジ系)、テレビ和歌山(テレビ東京系)・・・4月から10月までのプロ野球中継や5時から7時までの大阪を中心とした政治関係の評論と討論など、中身の濃さが違う。高知県内のどのテレビ局がかかっていってもとても歯にかからない。

 そういう不満もあり、関西の方のテレビが見えなくなってしまうことには反対だったが、去年2011年7月24日の期限ぎりぎりまでアナログを見ていて、やむなく期限間際の7月初めに電気屋さんに来ていただいて関西からのアナログ電波をひらっていた大型アンテナを地デジ電波を拾う方向に向け直してもらった。だから、今の自分の思いとしては地デジでも関西の方のテレビ局の番組が見えるようにしてもらいたい、又はもう一度アナログに戻してほしいというできもしない時代に逆行するような思いでいる。国の光ネット事業によってつなげばケーブルテレビで関西の方のテレビが見えるのではないかと思っていたが、高知県内で行っているケーブルテレビは高知県内のテレビ局の番組しか映らないとのことで、このインターネットも富士通のWindows7で以前の機種よりも早くなったため、光ネットにつなぐメリットがなくなり、光ネットの契約は断念した。もし室戸市のケーブルテレビで関西方面のたくさんの局の放送が見れるようになれば考えたい。そう思っている。

 この他、日本の人口減少もテレビ業界の経営に影を落としていると言える。室戸市は毎年500人前後の人が減少していて、あの夕張市と同じように全国の市では減少率トップクラスと先日も書いた。日本全体でも1億2000万人からどんどん減っている。国の政治家の無能ぶりを毎日テレビで見せられているが、あの姿を見ていてもこの日本が世界に誇れるような国になっていくとはとても思えません。あなたもそう思っているでしょ? これも最近書いたが、国や地方の政治家の無能ぶりによってこの国の人口は減少し、破滅に向かって進んでいると言える。その経過の中で、ロシアと中国に領土を取られ、侵略されることになるでしょう。愚かな日本の政治家たちの所為で。

 こういう時代経過を考えればテレビ業界の凋落なんかちっぽけなことですが、庶民は日頃からそんな他国からの侵略なんか関係のない世界で生きているから、テレビ番組にコマーシャルが多すぎるとか、コマーシャルになったら音量が高くなってうるさいとか、番組が軽薄すぎて面白くないとか言いいながら生きてゆきます。

 でも、そんなテレビにも面白い番組がある。今、はまっているのが、火野正平さんが自転車に乗って旅をするNHKの「日本縦断 こころ旅」という番組です。毎日、午後6時45分からの「カーネーション」を見て終わるとすぐ、午後7時からこの番組が始まりますが、毎日欠かさず見ている。

 この番組はいつから始まったのか知りませんが、以前からチャンネルを変えているときにチラチラと見たことはあった。で、昨年の夏ごろだったか、九州は熊本あたりを走っているところを見てからはまってしまいました。特に注目しているのは、火野さんは高い所にある橋が嫌いなところ。見ていてかわいそうになる時も。ですが、意外とタフ。62歳になるらしいが、エライ。芸能界の中で60歳を超えた人で自転車をあれくらい乗れる人はあんまりいないでしょうね。それと、意外とやさしい。若い女性に優しいのはテレビ番組で見て知っていたが、手紙を頂いた人の懐かしい場所に向かって旅をし目的の場所に座って辺りの美しい風景を眺めながら手紙を読むとき、時に涙を見せ、一言語りかける、あのラストシーンはこの番組の良さが凝縮されていて、とってもいい感じです。

 火野さん、今は中国地方編から九州地方編の再放送をしていますが、4月からは千葉県から北海道の方に向かうそうですね。これからも体に気をつけながら頑張ってください。毎日見てますよ。

 それと、「カーネーション」も毎日見ています。2月からは三人娘の方に重きを置いて番組は進んでいますが、大阪らしさが出ていて、面白い。戦前戦後に糸子が商売人になって行くところは戦前の昭和18年に銘木製材所を始めた私の父の商売ぶりとオーバーラップして、その商売に熱中していく様が非常に興味深かった。3月に「糸子」は金井克子さんに替わるが、長女の優子と次女の直子が最後まで喧嘩して番組を盛り上げてほしいと思っています。北村役の「ほっしゃん。」もなかなか胴に入った演技で、いい味出してます。

 見ての通り、じっくりと番組作りをしているのがNHKで、即席で安上がりの番組ばかり作っているのが民間放送ということになる。当然先に廃れていくのが民放で、最後まで残るのがNHKだ。理由は簡単。国民から視聴料金をもらっている上に、“国営放送”として国から予算配分があるから。

 この国が衰退の一途をたどっているのは間違いないが、教育がダメになってしまった所為で若者たちは今楽しかったらいいと汗をたらしながらの仕事には就かなくなったし、かつての日本の技術力は他国に後れを取り経済はダメになったし、国を見ても地方を見ても政治家は不勉強で無能な人が多いし、周辺の中国やロシアなどからはスキあらば攻めるぞと狙われているし、それに国民は将来に望みを持てなくなって子どもを生まなくなってしまっている。

 全ては政治の所為、知識と経験のない無能な政治家が多い所為だ。

 国会での質疑応答を見てもそれはわかろう。


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