青空エクスプ レス

日本ではオンリーワンの手書き地域雑誌『あおぞら』の編集発行人を経て、室戸市の政治を監視する改革派議員三期目。絵馬修復師。

不正な議案に賛成する議会を改革する唯一の方法

2017-07-18 | 議会改革
 単刀直入に言おう。

 地方議員の活動としては主に、次のようなものが挙げられる。

 ①住民の代表として、予算を審議し、決定すること。
 ②条例などの法的ルールを議会として作成し、制定すること。
 ③首長ら執行部に対し、「一般質問」と「大綱質疑」の場などを通じて批判し、追及し、提案などを行うこと。
 ④行政の状況や議会の様子や争点を議会報やブログで以って住民に報告し、説明を行い、住民の意見を集約すること。


 これを議員各位ができているか否かで、まちの政治の状況は変わる。議会にこれが出来ない議員ばかりいたら、議会に対する住民からの評価は当然、低いものになる。反対に、懸命にこれらの活動に取り組む議員ばかりなら、住民の評価は間違いなく高いだろう。

 でも、我が室戸市議会を考えた時、それは夢のまた夢。願いは叶いっこない。

 言っておくが、住民は馬鹿ではない。

 「議員は議会に出席しているだけで、質問も質疑にも出ず議席に座っているだけで報酬をもらっている」、「議会では議論も出来ず何んら活動という活動はしてないのに、威張ることだけは一人前だ」、「『市長の不正に賛成するなよ』と言ってやったが、そんな俺たち住民の声には耳も貸さないし、意見も聞かない」、「選挙が近づいて来たら『頼むの』と頭を下げるが、当選したら、また市長の不正に加担している」・・・・。

 こういう住民の議員に対する批判は表へ出ないから、鈍感な議員にこの声は聞こえてこない。例え聞こえてきても耳に痛いから、無視する。反省というものが無い。だから、鈍感な議員はいつまで経っても無能なまま報酬をもらい続けているということになる。

 毎度のことだが、選挙の時だけ「がんばりますので、投票してください!」。でも、選挙が終わって次の選挙の四か月ぐらい前までは、投票した有権者の意思や想いなどには振り向きもせず、市長の方だけを見て政治に関わっている。それが、選挙の四か月ぐらい前になると豹変、今度はさもこれまでも市民の方を向いて政治に相対してきたかのように振る舞い、「頑張ります!」と宣言している。

 こんなことがありました。私の二回目の市議選(平成19年4月)の運動期間中のことです。浮津交差点付近で私が妻と二人で街頭演説をしていると、バイクに乗った男性が近づいてきて、私の後ろに立ち、演説が終わるのを待っていた。で、演説を終え私が振り向くと、その男性はこう言い放ちました。

 「議員としても立派な仕事をしようおまんは選挙でも嫁さんと二人だけの選挙で頑張っているが、いま選挙カーで『頑張りますー!』と連呼しよう議員らはいったい何を頑張るがあな?」。

 私と妻はそれを聴いて笑った。苦笑いしながら私はその男性にこう言ってやりました。「私に言わんと、その議員になっても何にもせんのに『がんばります』と言よう候補に直接、そう言うちゃり」。その男性は市内の会社社長。「ほんまにあいつら室戸の町をどうしようというんだ!」と、しばし怒りをぶちまけた後、走り去った。

 これこそが室戸市の有権者が市議会議員に対して抱いている思いでしょう。室戸市民は、室戸の議員に対して「こいつらめ」という思いは持っていても、好感は持っていません、間違いなく。

 そのことをよく知っている私は、毎月報酬をいただいている市民の皆さんに後ろ指を指されたくないから、議会では“市民の名代”として市長の不正とは堂々と渡り合うし、行政と議会の状況について事細かく記事を書いた議会新聞とブログで情報を発信しています。

 とにかく、市民の思いを私一人で何でも叶えられるわけではないが、自分だけは議員として自分ができる限りのことを行い、職責を果たそうと努めている。
 
 以上のような地方議会の状況の中、一つ、提案いたします。これは実現不可能なことかもしれませんが、人間は理想を高く掲げることも大事。地方自治に関心が深い読者の皆さんには、ぜひご一考願いたい。


 一昨年の平成27年12月に次のような記事を掲載しました。全国の地方議会を改革するための一つの方法として。

 「地方議会法を制定しよう」 ←(クリック)

 そこに定義したのは、地方議員が首長による不正に加担するのを防止するためには、「地方議会法」を制定し、法律で非常勤特別職公務員(地方議員)を縛る方法でした。

 地方議会の議員が、首長が議会に提出した違法・不正・不公平・不適正・不道徳な議案のほか、土木建設業者の仕事づくりが目的で住民の大半は反対している公共事業案等を支持し、採決でこぞって賛成するのを防止する、国の法律。勿論、罰則を伴う。

 これは私の議員一期目からですが、室戸市議会において議員の大半が市長を無批判で応援し続けていることを深く憂慮していて、「地方議会法」の制定と共にもっと他にも議員の不正阻止の方法としてあることを思いついた。

 これも国の「地方議会法」の中で規定すれば、全国の地方議会という議会から違法・不正・不公平・不適正・不道徳な議案や住民の大半が反対する公共事業案等はすべて締め出されること、請け合い。

 この法律の対象者は地方議員だけでなく、不正等々の議案を議会に提案する首長も対象者とすることが重要。

 地方議会での不正防止策として、二つ思いついた。

 ①「地方議会法」の中に、「立候補して、いったん地方議員となった者は、その議会に首長から提出された議案が、違法・不正・不公平・不適正・不道徳な議案や住民の大半が反対する公共事業案であった場合にもし賛成すれば、その議員職は解かれる」と明記すること。当然、対象者である首長も職を解かれることとする。
 尚、「地方議会法」には「その判断は、国から全国の地方議会に赴任させた【議会運営評価員】が行う者とする」と規定される。


 こうすれば、議員としての務めを果たす気持ちなどさらさらない無能な人間が、地方議員選に報酬目当てで立候補することは無くなる。任期の途中で解職となれば、自分が恥をかくだけだから。「市議選の時にあれほど魚を配ったのに、もったいなかったなあ」とか「選挙までの間、周辺の住民に酒や魚やごちそうを振る舞い、損したなあ」と言う議員も出てくるが、自業自得だ。

 そんな議員が議会からいなくなっても住民は何一つ困りゃしない。却って、自治体財政の議会費から無駄に報酬を支給することがなくなるから、住民は大喜びするだろう。「行政をゆがめてきた議員がいなくなるとともに、報酬も削減できる。一石二鳥だ」とみんな大喜びする。

 もう一つの不正防止策は、こんなこと。

 ②「議員力検定」を都道府県議員選と市区町村議員選の立候補届け出の直前に実施し、その試験で70点以上取れなかったら立候補できないようにする。当然、市区町村長選や都道府県知事選でも実施する。

 つまり、現在のように、議員になることだけが目的で、議員の務めとして「行政に対する厳しいチェック」、「質問や質疑への積極的な参加」、「条例の提案」、「ブログや議会報の発行などによる行政・議会情報の広報」を行うことなど全く考えていない議員が多いことに対し、くさびを打ち込む必要がある。それには、地方議員選に出馬する候補がある一定の知識や能力と、公正に物事を考える判断力と、議員任期4年間に衰えることなき行動意欲などをどれぐらい持った人物なのかを推し量るテストが必要。それには、立候補前にこの「議員力検定」というテストで、無能な、議員になって報酬をもらうことしか考えていない候補を振り落とす必要がある。無論、首長選出馬する者に対しても同様に行う。

 もし、これを実施すれば、例えば議員定数16名に立候補者が20名いたとしようか。そして立候補前に「議員力検定」を実施したところ、5名しか合格にならなかったとしようか。そういう時でも、定数不足とせず、5名で議会を運営すればよい。なぜなら、例え不正な首長が議会に違法・不正・不公平・不適正・不道徳な議案や住民の大半が反対する公共事業案等と提出した時でも、間違いなく、それらのすべての議案は表決において全て否決され、議会は以前の無批判な議員ばかりの時よりもずっと健全な議会になり、自ずと行政も不正を実行することができず、健全な自治体となる。

 つまり、「議会に議員がたくさんいるからその議会は公正に運営される」、「議員が少ないから不正な議会になる」ということは無く、むしろ「数は少なくてもいいから、公正な議員だけで議会運営したほうがより効果的で、健全になる」と言える。


 他にも考えられるが、今日のところは以上の二つ。まとめると、
 
 ①「地方議会法」の中に、「立候補して、いったん地方議員となった者は、その議会に首長から提出された議案が、違法・不正・不公平・不適正・不道徳な議案や住民の大半が反対する公共事業案であった場合にもし賛成すれば、その議員職は解かれる」と明記すること。当然、対象者である首長も職を解かれることとする。
 尚、「地方議会法」には「その判断は、国から地方議会に赴任させた【議会運営評価員】が行う者とする」と規定される。

 ②「議員力検定」を都道府県議員選と市区町村議員選の立候補届け出の直前に実施し、その試験で70点以上取れなかったら立候補できないようにする。当然、市区町村長選や都道府県知事選でも実施する。


 この二つだけを国の法律として規定するだけでも、全国の地方議会は健全になります。

 但し、全国の議会において不正に賛成し続けてきた「不健全な精神を持った議員」の皆さんは反対するでしょうが、ネ。何よりも、首長や企業・団体と自分との利権の関係にくさびをぶち込まれることだけは嫌がりますので。

 しかし、こうでもしなきゃ、地方議会から不正は無くならないことは疑いありません。

 「コツコツは、カツコツ!」。故・小林麻央さんが亡くなる前に書き綴った、ブログの一節です。

 公正な仕事に邁進しておられる地方議員の皆さんも、麻央さんが精いっぱい自分の人生を生き抜いたように、議員職に係ることについて毎日毎日、コツコツと学び、少しづつ力を付け、自分でできる範囲で情報も発信していましょう。それが「勝つ」コツです。


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『議会だより』に「議案賛否一覧表」掲載こそ、議員判断の情報公開

2017-07-09 | 議会改革
 二期目の頃だったか、「年4回の議会後に発行される『議会だより』に、議案(特に全員賛成の議案以外)ごとに議員の賛否を一覧表で掲載してはどうか」と市議会議長と議会事務局長に提案した。そして昨年にも他市のその一覧表を持参して、提案しました。

 室戸市議会では、すでに数年前から議会の録画中継が始まり、閉会日の採決の様子も放映されるに至っては、「討論」等の経過はすべて議会中継で見られるため、議案賛否の一覧表を『議会だより』に掲載しない理由がなくなっています。

 そこで、今年1月13日の「議員研修」の日に、当時の久保八太雄議長と堺喜久美議運委員長に対して、『議会だより』への「議案賛否一覧表」掲載の要望書を提出いたしました。

 それは次のような内容です。

    

 「議案賛否一覧表」とはどういうものか全国の皆さんはもちろんですが、地方議員をしておられても知らない議員がおられると思いますので、ネットで検索していくつか事例を紹介します。

 まず、福知山市議会の、『議会だより』の「議案賛否一覧表」です。(10ページ目)

 次に、真岡市議会の、『議会だより』の「議案賛否一覧表」です。

 次に、伊勢市議会の、『議会だより』の「議案賛否一覧表」です。(6ページ目)

 このように、「議案賛否一覧表」を室戸市議会が発行している『議会だより』にも、いくつかの議案のなかで賛否が分かれた議案についてだけ、その賛否の状況を市民に公表しようとする、いわば議会改革の一つです。

 これが掲載されることによって、議員それぞれがどの議案に賛成しどの議案に反対したかが明確になり、市民が議員の政治姿勢を判断する上においての参考になります。

 識者の意見も掲載しておきましょう。先日記事でご紹介した元我孫子市長の福島浩彦氏の著書、『市民自治』には次のような記事が掲載されています。

 <議員個人の賛否の公表

 議会の情報公開は必須です。議会の情報公開の基本中の基本は、「どの議員がどの議案に賛成したか反対したか」であると考えます。市民にとって、自分が選んだ議員が何に賛成し、何に反対したかを知るのは、民主主義においてあまりに当然の権利でしょう。

 しかし、議会として議員個人の賛否を公表しているのは、全国の自治体議会の中でまだまだ少数です。多くは、正式な記録自体が「賛成多数」と言う形式になっており、何対何で可決(否決)されたかさえ明らかにされていません。

 私が市長の時、我孫子市議会は2006年から議場に採決結果の電子表示システムを導入し、これを活用して議会広報(※『議会だより』)で議員個人の賛否をようやく公表するようになりました。

 政務調査書の使途や領収書の公開も大切ですが、本来の順番としては、こちらの方が先でなければなりません。>


 こう指摘しています。

 議員が市民に対して議案への賛成又は反対の姿勢を公表するように改めれば、室戸市議会もこれまでみたいに違法や不正な議案、無駄な公共事業案に安易な考えで賛成することもなくなり、賛否それぞれの判断に関して議員としての責任を強く感じるに違いありません。

 尚、この要望書は、1月の久保議長(当時)と堺議運委員長に提出し、それと同じ文面で再度、3月定例会閉会後の濱口議長が就任してすぐの4月と、6月議会中にも要望書を議長にお渡し、都合、三回提出してある。

 この一覧表の『議会だより』への掲載が決定すれば、後は紙面の最後のページの約三分の一のスペースを確保するだけ。簡単なことです。それだけで議員の態度表明が市民に伝わることになる。決定するのは、濱口太作議長と、堺喜久美議会運営委員会と、議会だより編集委員会です。

 これは、議会改革の一つです。これが掲載されることによって、議員それぞれがどの議案に賛成しどの議案に反対したかが明確になり、市民が議員の政治姿勢を判断する上においての参考になります。又、市政も市議会も全ては、我々の雇用主である市民のために存在します。市民は議会でどの議員が賛成してどの議員が反対したかを知りたがっています。

 全ては「市民のため」です。 だったら、掲載するしかないでしょう。

 もし議員の皆さんがこの掲載を拒んだり先延ばしにしていると、市民の皆さんは「議員らは何が怖くて掲載を拒んでいるんだ」なんて疑われ、数年後の市議選の時に厳しい鉄槌を受けることもあろうと思います。

 市民のために良いことはすぐに行うのが市民の代表。1月の提案から、もうかれこれ7か月が来ます。3月議会では審議することもなくスルーしました。6月議会でも審議していません。この審議に半時間もかからない要望に対し二議会も審議しなかったということは、この実現を避けているのかもしれません。

 これを避ける理由として想定するのは次のようなこと。

 ●議案賛否表を公表したら、自分が違法な議案に賛成したこと、不正や不公平や不適正な議案に賛成したこと、旧椎名小学校改修事業案のような無駄な公共事業案に賛成したこと等がすべて市民に知られてしまい、市民から自分が批判を浴びることが歴然としていること。
 
 ●かといって、違法や不正な議案を出してくる市長を自分たちが賛成して支援せず、反対などしてたら、市長が自分の言うことを聴いてくれなくなること。


 おかしな話ですが、この程度のことすら即座に決定できないということは、議員諸氏の気持ちが「市長を盲目的に支えること」と「議員職責である行政の監視」のはざまで揺れ動いている、と私は見ています。

 ですが、市民は私がブログに「議案賛否表掲載を要望しました」の記事を掲載したことを1月から知っておられるから、私が「議案賛否表の掲載が決まりました」と記事にしなかったら、議会の在り方と議員の身の処し方まで疑われることになります。

 そう考えると実施するしかない事案です。

 それに、実施しないとならば、そのことを私は市民にお伝えしなくてはなりません。

 とにかく先送りせず、出来るだけ早く決めていただきたいと思っています。


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地方議員の服務宣誓を規定した「地方議会法」の制定

2017-05-23 | 議会改革
 昨日の記事の最後に「地方議会法」について触れた。それについては以前(2014年3月と2015年12月に)記事にしたので、ついでと言っては何ですが、それをご覧いただき皆さんにもう一度、地方政治の場における不正防止策について考えていただこうと思います。

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 新年に出版された反響を呼んでいる本、安倍晋三総理大臣と人気作家・百田尚樹氏の共著『日本よ、世界の真ん中で咲き誇れ』の37ページには、次のような文がある。

 ≪自衛隊員には「服務の宣誓」が義務付けられています。その宣誓文は、「私は、我が国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し・・・」で始まり、強い責任感を以って専心職務の遂行に当たり、ことに臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に努め、もって国民の負託にこたえることを誓います」と続く。極めて重い誓いです。(後略)≫

 ここに書かれた宣誓文の内容を読んで私は、すぐ思いました。

 「不正に賛成して不正な自治体運営に力を貸している地方議員にもこういう宣誓を義務付け、もしそれに従わなければ辞職させることができるようにしてはどうか」とね。

 そこで、ネットで検索してその法律・自衛隊法の内容を確認してみた。

 自衛隊員には自衛隊法第39条の「服務の宣誓」で職責が次のように規定されている。

 自衛隊法

 ≪(一般の服務の宣誓)
第三十九条  隊員(自衛官候補生、学生、生徒、予備自衛官等及び非常勤の隊員(法第四十四条の五第一項 に規定する短時間勤務の官職を占める隊員を除く。第四十六条において同じ。)を除く。以下この条において同じ。)となつた者は、次の宣誓文を記載した宣誓書に署名押印して服務の宣誓を行わなければならない。自衛官候補生、学生、生徒、予備自衛官等又は非常勤の隊員が隊員となつたとき(法第七十条第三項 又は第七十五条の四第三項 の規定により予備自衛官又は即応予備自衛官が自衛官になつたときを除く。)も同様とする。


 【宣 誓】
 私は、我が国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、日本国憲法 及び法令を遵守し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身を鍛え、技能を磨き、政治的活動に関与せず、強い責任感をもつて専心職務の遂行に当たり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえることを誓います。≫


 
 なかなかいいじゃないですか。公務員とはこうあるべきです。

 当然地方議員も「非常勤特別職公務員」であるからして、このようにルールで縛り上げるようにして当然であると考えます。

 であるが、地方議員はどうしても職務がマンネリ化し、首長が行おうとする不正に甘い。いや、「甘い」というよりも、不正を応援している議員が議会に半分以上いる。これが原因で、地方政治の場で不正という病気が“完治”しない。

 因って、それに厳しく対処するため、「自衛隊法と同じように規定し、地方議員は「服務の宣誓」を行いその職責を全うできない無能で怠慢な議員は即刻、クビにできるようにしなくてはなりません。 

 では、まず「自衛隊法」に倣い、憲法第92条(地方自治)に基づいて制定された「地方自治法」と同様に、憲法第92条と地方自治法第89条(議会の設置)に基づいて「地方議会法」を制度化することです。

 地方議会が怠慢で首長に寄り添い言いなりになっているのはすべて、地方議会に所属する議員たちの不正行為や職務怠慢行為を取り締まる法律が無いからが原因。

 そういう悪い議員が町の発展を阻害し衰退させているのに、住民もまたそれを見て見ぬふりをしている。

 そんな議会にも正義感の強い法令を重視する健全な議員が一人か二人はいるが、「あいつは市長がやろうとする不正な議案にいちいちいちゃもんをつけて市政運営をさせないから」と、みんなで力を合わせて落選させる。私がその被害者の一人だった。

 首長も不正を認めもしないし改めもしない人、議員もその不正を何とも思っちゃあいない人たちばかり。住民も自治体内部や議会内部のことを何にも知らないから、不正な政治を見聞きしても無罪放免。これじゃ、町が良くなるはずがない。

 そういう状態の町なら、もはや誰も当てにできない。国の法律で首長や地方議員たちを縛り上げるしか、他に手はない。


 そうした上で次に、その中にこの自衛隊員の「服務の宣誓」と同じように、地方議員の「服務の宣誓」を規定します。

 それは、自衛隊法第39条の「服務の宣誓」に倣い、次のように規定しようではないか。

 
 地方議会法

 (地方議員の服務の宣誓)
 第○○条:地方議員となった者は、次の宣誓文を記載した宣誓書に署名押印して服務の宣誓を行わなければならない。


 【宣 誓】
 私は、我がまち(市・区・町・村)の発展と活性化を推進する地方議会の使命を自覚し、日本国憲法及び地方自治法などの法令を遵守し、一致団結、議会に関する厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、精神を鍛え、日々非常勤特別職公務員としての技能を磨いて能力を高めながら、行政の政治的動向には積極的に関心を持ち、強い責任感をもつて専心職務の遂行に当たり、行政や議会における不正を発見した時には自己保身を考えず、臆することなく、身をもつて責務の完遂に務め、以って住民の負託に応えることを誓います。


 (※参考:「徳」とは、過去の修養によって身に備わった品性。善や正義を貫く人格的な能力。「操」とは、固く守って変わらない志。「徳操」とはその二つの言葉を合わせた言葉で、「固く守って変わらない節操」のことをいう)

 どうです。

 国会において「地方議会法」を制定した上で、この「地方議員の服務の宣誓」を全国の地方議員全員に義務付けようではないか。勿論、不正を繰り返している首長に関する「服務の宣誓」も義務付けなくてはなりません。

 安倍首相にお願いしたい。

 地方自治と地方議会は不正と怠慢が蔓延しています。それが表に出て大騒ぎにならないのは、ただその町や村の住民が政治に関心が無いからと、不正を知っていても周りの者たちが野放しに放置してあるからです。

 そういう有権者にも責任があるが、まずは地方の首長と議員が行う不正にストップをかける為の方策が必要です。それは、特別職公務員である首長と地方議員に対する罰則規定のあるルールづくりとして「地方議会法」を制定し、首長と議員に「服務の宣誓」を義務付け、その規定と誓いを破った際には、解職させた上で刑罰を与えるようにしなくてはなりません。

 そのように職務を規則でがんじがらめにでもしないと、報酬目当てで議員になろうとする住民は後を絶たず、当然、現状として地方政治と地方議会で1任期中に両手の指では足らないほど行われている地方自治法違反や市町村の条例等々の違反は今後も無くならないばかりか、「議員になったら仕事をしなくても金がもらえる」と口走っている大バカ者が次々と立候補し続け、議会はいつまでたっても金目当ての住民が議席の大半を占めることになろう。

 “仕事をすればよし。仕事をしない輩は即刻、組織から駆逐すべき”。但し、仕事ができない奴はこの類にあらず。そのような奴はできるまで徹底的に叩き込め。

 このように、会社組織なら、怠け者や出来そこないの人間は首が切れる。しかし、怠け者や不真面目と分かっていても、町や村の有権者が「あの人とは親戚やきん」とか、「パチンコ仲間やきん」なんて不純な動機で議員候補に投票しまかり間違ってそういう輩が当選などすると、これは簡単に首を切ることはできない。

 そういう木偶の坊議員でも、黙秘権を使い1期4年間、議席で何も発言せずに座っているだけでも許されるのである。

 今の法律では刑法など一般社会の法令に違反していない限り、罰したり議員のクビを切ることはできない。

 だから、私は「地方議会法」を制度化し、その中に「服務の宣誓」を議員に義務付け、もしその法律に背いた場合は刑罰に処すると規定すべきだと考えます。

 思うが、住民のために市長や町長、村長が行う不正や不適正や不健全や不道徳と戦っている議員が議会にどれほどいるのか。

 議員に当選して毎月の報酬をもらうことだけが目標だったから、議員になった途端に目標を失い、もともと議員に為る前から町が良くなることには関心が無く、法律や行政の仕組みも難しいため関心が持てないため、4年間は議席で居眠りをして過ごす。そうして3年半がたった頃にやっと目が覚め、議会そっちのけで次の選挙の準備や事前運動で戸別訪問に一生懸命になる。

 議員らは、投票して下さった有権者の生活のことよりも、自分のことばっかり。それしか考えていない。・・じゃなかったら、議会に出てくる不正な議案に反対できるにちがいない。

 議会開会前は賢そうなことを尤もらしく口走ってはいるが、あれは単なるポーズ。大切なのは議会でいかに発言するかだが、議会で堂々と首長の不正を追及できる議員は少なく、大半の地方議員は「早く終わらないかなあ」と思っている。

 だから、何度も登壇して首長が行った不正を追及する議員はきらわれるが、「地方議会法」を制度化すれば、そんな不心得な報酬目当ての議員が間違いなくいなくなるということだ。

 ●臆病ゆえに登壇できない

 ●物事のあり方を判断する能力が備わっていないがため何が正しくて何が正しくないかが解らない

 ●情報収集能力もないし、集めた情報をどう整理してどう発言したらいいのかが解らない

 ●法律やルールは守らなければならないということすら理解できない、

 故に、ただ議会に出席しているだけ。

 だからこそ、国は「地方議会法」を作るべきだと思っている。

 これを制度化すれば、議員に不適正な立候補希望者たちも「オレは報酬目当てで議員になろうと思っているんだが、今度の選挙から議員になったら罰則規定があって、仕事に不真面目だったり不正なことをしたら処罰を受けるからなあ」と恐れをなし、きっと市町村長選にも市町村議選にも立候補できなくなる。

 そうなると、かつての私のような、法令順守はもちろんのこと、公正・公平で、健全な候補だけが立候補し当選してくるから、全ての地方議会は次第に健全に運営されるようになる。それによって悪い首長による悪だくみは阻止され、政治の場から去るしかない。

 加えて、「地方議会法」という厳しいルールが施行されれば立候補者は激減し、間違いなく定数に足らない議員数になろう。それは議会費の削減という効果を生み、その削減された予算は全て住民の税削減に回す。そうなれば、国民からは『地方議会法を提案してくれた谷口さん、ありがとう』と喜ぶことだろう。

 極論すれば、不正な議案に賛成するような不適正議員が30名いるよりも、正しい政治を行える議員が5名いるだけで町の政治は正しい方向に進んでゆくということになるということだ。

 今の室戸市だって例外ではない。「今の13名が5名になれば…」と考えて見てほしい。当初予算にも補正予算にも質疑一つできない議員ばかりを住民が養ってやる必要があるんでしょうか? 中には不適正な事業や不公平な事業、予算の無駄遣いとしか言えない大型公共工事の事業もあるのに。

 それら当初予算案や補正予算案などに質疑する「大綱質疑」の日に本議会で質疑する議員が一人もいない状況に、日頃からあまり厳しく質疑を受けたくないと考えている市長や課長すらも「え―っ」と呆れているぐらいだから、室戸市議会の実態がいかにレベルが低いかが解るだろう。

 (※これについては少し説明が必要です。議員は二つの委員会に分けられ、この記事を書いた平成27年当時、発言能力がある議員が多い私たち総務文教委員会の委員は委員会が所管する予算関係などの議案には残念ながら本議会で質疑できないというルールがある。だから、我々議会の半数の議員たちは、いつも「何だ、質疑もできないのか」、「何でもいいから出て質疑しろ」と考えながら登壇する議員が出てくることを願い続けているが、登壇しても一人か二人で質疑もあの分厚い当初予算案の冊子の中から1点か2点だけという状態にある)

 でもこれも、元々議員としての素養が無い候補を議会に押し上げた市民が悪いのであって、議会において質疑もできない、いや、事前に質疑原稿を用意していない怠け者の議員がいる責任は全て、そういう候補に投票してしまった市民の側にある。だから、室戸市が良くならないのです。

 市民の皆さんにお願いです。

 あなた方が投票した市長や市会議員を甘やかしてはなりません。市長が違法や不正や不適正な事業を行おうとしたときやそれに議員たちが賛成した時には、直接、面等向かって叱りつける必要があります。皆さんがそうせず、放置し、市長や議員を甘やかしているから、室戸市ではいつまでも不正な業務を行い、議員が不正に賛成し後押しし続けているのです。

 地方政治の基本は、住民が「主権者」、つまり、室戸市という町全体の「社長」が市民です。そして、市長と議員は、市民が「俺たちは毎日の仕事で忙しいから、その代わりに役所と議会に出ていって仕事をしろ」と命じて仕事をさせている立場。そして、「細かい仕事は職員を雇ってあるから、その者たちにやらせろ」として市職員も市民が雇用して働かせている立場。地方はこのようになり立っていることを住民の中の1%の人も知らないと思いますが、実はそういうことなんです。

 このことをよく理解していなければならないし、市民はもっとしっかりしなくてはなりません。

 だから、「社長」である市民が、自分たちが雇っている「従業員」の市長や議員や職員にペコペコすることは無いといえます。

 勘違いしてはならないのは、「だから市長や議員や職員に対し、偉そうに叱りつければよい」ということではない。「社長」が「部下」を叱りつけて言うことを聞くかと言えば、聞いたとしても納得できないことのほうが多い。しかし、「社長」が「部下」に対し、物事の在り方を噛んで含めるように教え指導すれば、「部下」は納得して仕事に励むようになるのではないでしょうか。

 でも、今の市長のように公正な議員が「市長、この事業は違法です」とか「無駄な事業です」と指摘しても、「適法ですのでこのまま業務運営を行っていきます」とか「市民のためにはならなくても、建設業者や大阪の団体のためにはなっています」と反論して不正を強引に押し通す者もいますので、このような場合は、室戸市の「社長」である室戸市民が正しく判断し、次の市長選でこの市長を落とせばいい。

 なぜそうするか、理由を述べましょう。

 それは、「従業員」が「社長」命令を無視して事業を行い、「室戸市」という会社に損害を与えているからです。今の小松市長がまさにそういう状態にある。だから、もし次の市長選に現市長が出馬した場合に当選させたりすると、「社長」である室戸市民はその「従業員」の不正な業務運営などによって今以上に被害を被ると思っていて間違いない。

 
 (追記)記事のテーマから外れますが。

 このブログは公正な政治が行われることを希望する室戸市民の皆さんと、同様に公正な政治を行おうと努力している市職員と議員に向けてだけではなく、不正な政治を行っている者とその不正な政治家を応援している市民も毎日チェックしていることを承知で記事を書いていることを書き添えておきます。

 「記事から学んで、その不正な性格を改めてほしい」とは思って書いていますが、人間、十代に公正な精神を養うこともなく二十歳になった人間は、それ以後、不正な精神を改めることもなく育ち、高齢ともなると欲が絡んで反発心ばかりが強くなり、その悪い精神は更に高じてくるものです。

 悪い根性を持っている人は改心することは無い。映画や漫画の世界のように「今日を限りに改心して、真人間になる」なんて話は、全くないとは言わないが、現実社会では限りなくあり得ない。

 私はそう考えており、毎日の検索記事ランキングを見ても分かるが、私が書く記事から学んでおられるのは、直接批判を浴びない市外の政治関係者や県外の政治関係者、そして全国の地方政治に関心が深い人たち。だから、室戸市政や室戸市議会の皆さんが学んで自分の不適正な性格を改め足りない能力を高めようと努力をしている方は少ないので、ブログ記事の貢献度は低いとは思うが、他方、全国の地方政治改革や地方議会改革に対しては、結構、貢献度は高いのではないか。


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決定版!地方議会における「質問」と「質疑」の違い

2017-03-04 | 議会改革
 最近、地方議会が始まるころになると「一般質問」と大綱質疑の日に行う「質疑」の違いについて悩む議員がたくさんおられると見え、過去に書いたこれに関係する記事の検索数が急増します。そこで今日は、「3月議会に臨む議員諸氏の一助になれば・・」と、私が2015年9月に編集してまとめた最終定義を再度掲載いたします。

 あくまでも持論ですが、情熱を以って活動し続けておられる地方議員の皆さんの参考になればうれしく思います。出来たらこの記事を文書化して、あなたの議会ノートの最初のページにでも貼り付け、ご活用ください。

   -------------------------------- 

 ●一般質問と質疑の違い

 (1)一般質問・・・一般質問は大半の議会が「事前通告義務」を規定し、申し合わせにより、「発言回数の制限」や「時間制限」を行っています。勿論、事前通告制。まず、質問原稿は事前に、執行部側に「こんな質問をします」と届けます。これは、質問の骨子・要点を事前に執行部に明らかにいないまま、議場で議員が突然にその場で思いついた質問を次々と行えば議場は大混乱し、議事は小休に入りストップしてしまいます。

 それと、一般質問とは、「所信を問い質(ただ)す」ことにより、執行部の政治姿勢を明らかにし、その政治責任を明確にさせ、結果として現行の政策を変更・是正させ、新規政策を採用(事業化)させる目的と効果がある。

 この、「政治姿勢を明らか」にし「政治責任を明確」にさせることが、「現行政策を変更・是正」させ、「新規政策を採用」させるためのものが一般質問だと、よく認識しておかなくてはなりません。又、ここまで突き詰めて質問戦を戦わなければ、いったい何のために質問しているのかわからないともいえる。質問に立ち、10分ぐらい質問して議席に戻り、「あー、言うだけのことは言った」と質問に立った議員全員が喜んでいては、いつまでたっても行政組織は改革・改善されない。

 議員は市長と執行部に対し「物申す」ために市民に選ばれ、議場に来ている。その「物申す」姿勢や精神がなくて行政側に寄り添い離れずに密着するのなら、議事機関と執行機関の二元的な仕組みは無用であり、有害としか言えない。その程度の人間ばかりが集まった組織なら、議会はいらないし、議員もいらない。

 議会は市長等執行機関を公正に眺め、厳正に批判し、行財政上の重要なことについて適正で公平・公正な結論を見出して、これを決定するのが議会、議事機関。市長等執行機関が違法や不公正や不公平、不適正な事業・業務運営を改めなければ、改めるまで徹底追及するのが議会議員というものだ。それが、地方議員に課せられた使命であることを各議員は自覚していなければならない。

 (2)議案質疑・・・「質疑」とは、議会の議案審議の中で発言するもので、「疑義を質す」もの。つまり、疑問に思ったことを問うこと。但し、これは原則として「自己の意見を入れない」とされている。
 
 ただ、これは長年議員をしていても不勉強ゆえによく間違うことだが、「私ならこうする」とか、「これはこうしてはどうか」などと自己の意見に因って事業などを“動かそう(変更させよう)”という意思を以って発言してはいけない。この「自己の意見」とは討論の段階で述べるような賛成、反対の意見をいい、自己の見解を述べないと質疑の意味を成さないもの、根拠や過去の事業経過・データを基に執行部を追及することまで禁止しているものではない。この点はよく覚えておくことだ。

 ●一般質問と質疑で一番大事なこと

 議会が開かれて、一般質問が行われ、議案を審議する大綱質疑では質疑を行います。次に書くことは、議員のだれもが知らない重要点ですので、覚えておいてほしい。

 実は、「質問」と「質疑」は「知らないことを聞いてはいけない」のが基本です。これは、「議会が開会し、発言で登壇する前日までに自分が問いかける案件について調べ、大まかな状況がわかった上で聞くこと」という意味です。だから、「全く何も知らないまま聞くと、失笑を買う事になる」と覚えておくこと。

 また、一般市民から議員になった人は、議会においての質問・質疑を一般社会の会議、例えば商工団体の会議での質問・質疑や、いろんな団体、例えば農協や漁協、観光協会の会員が集まっての会議で行う質問・質疑と同じだと勘違いしているが、それとは全く異なり、議会の質問や質疑は、議員がわからないことを尋ねる場ではないということです。

 ではどうしたらよいのか。

 それは、質問・質疑のどちらも、あらかじめ知らないことや理解できない案件(事業・業務・問題)を担当課に聞きに行ったり、そこでデータを収集したり、先進自治体が同じ事業や問題点についてどのように対処・対応しているのかをインターネットで調べ、十分に調査しておき、それらを基に理論構成をし、それに自分の主張・意見を加え、執行部を問い質し、追及し、議論する。それが議会における質問であり、質疑である。

 (繰り返すが、質疑の場合は「“こうしてはどうか”などと自己の意見を加えてはならない」と心得ること。もし議案において自己の意見を述べたいと考えた時には、こういう方法がある。告示日に議案内容をチェックした後、急ぎ一般質問の中に問題ありと考える議案に対する質問を用意すること。そうして質問の中で議案に対して疑義を質せば、自己の意見を十分に加えながら主張できる)

 「質問」と「質疑」では「知らないことを聞かない」、つまり、「知っていることを聞く」の基本についても知らない地方議員がたくさんいる。本会議で登壇し、執行部に予算額などの数字を聞き、答弁を受けると納得して喜んでいる姿を見るとそれがわかる。そんなことから、執行部にも他の議員にもその議員の日頃の不勉強がわかってしまうし、自分の値打ちを自分で落としているともいえよう。(当人さんはそれに気付いていませんが)

 ●「要望」は、議会外で担当課に書面で提出すること

 それと一般質問において、そのまち全体を展望しての提案は別ですが、中には一般質問の場で要望をしておいて、「答弁は要りませんので、よろしくお願いします」と降壇している議員がいる。だが、これは見ていてみっともないからやめること。「提案」と「要望」は違う。議会の一般質問で要望するのは余程のことがないとしてはいけない。だが、そんな議員は、議員になった時から誰もそのことを教えてあげないし教えを乞おうともしないから、何期になっても議場で要望を繰り返している。

 議会での大きな道路整備事業や施設整備事業の提案を除いた単なる「要望」は、議会外で担当課に要望書としてまとめた上で、担当課長に提出するもの。その要望書には、住民からの要請が当然あっての要望だろうから、その住民の名を連名で書くか常会からの要請なら常会長名を書き、賛同議員として自分の名を書き添え、要請文をまとめた上で提出するのが正式の「要望」です。

 それと、なぜ口頭の要望ではいけないのかですが、それは担当課長が要望を受けたことをすぐに忘れてしまうから。だから、要望は書面で提出する必要があるし、そうした方が要望を行った側のためにもなる。

 但し、行政職員の皆さんにお教えしておきたいが、議員から所管課への要望も「あの道路(水路)が壊れているから直してやってくれないか」とか「あそこに新たに市道を整備すればもっと車の流れもよくなるが」ぐらいの要望ならいいが、不正な陳情や働きかけはご法度。もし行政職員がそういう不正な要望を議員から受けた場合は、担当課職員は記録に残しておいて、その後に行政内で不正な動きがあったときにはその書面を全面的に公表するようにしなければならない。それが、「働きかけ記録公表制度」。行政が圧力的に迫って来る議員や団体を排除するにはその方法しかない。

 以上のことをよく理解された上、ご活躍頂きたい。

 室戸市議会議員  谷口總一郎     平成二十七年九月


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『議会だより』への「議案賛否一覧表」掲載を議長に要望

2017-01-18 | 議会改革
 二期目の頃だったか、「年4回の議会後に発行される『議会だより』に、議案(特に全員賛成の議案以外)ごとに議員の賛否を一覧表で掲載してはどうか」と市議会議長と議会事務局長に提案した。そして昨年にも他市のその一覧表を持参して、提案しました。

 室戸市議会では、すでに数年前から議会の録画中継が始まり、閉会日の採決の様子も放映されるに至っては、「討論」等の経過はすべて議会中継で見られるため、議案賛否の一覧表を『議会だより』に掲載しない理由がなくなっています。

 そこで、この13日の「議員研修」の日に、議長と議会運営委員会委員長に対して、『議会だより』への「議案賛否一覧表」掲載の要望書を提出いたしました。

 それは次のような内容です。

    

 「議案賛否一覧表」とはどういうものか全国の皆さんはもちろんですが、地方議員をしておられても知らない議員がおられると思いますので、ネットで検索していくつか事例を紹介します。

 まず、福知山市議会の、『議会だより』の「議案賛否一覧表」です。(10ページ目)

 次に、真岡市議会の、『議会だより』の「議案賛否一覧表」です。

 次に、伊勢市議会の、『議会だより』の「議案賛否一覧表」です。(6ページ目)

 このように、「議案賛否一覧表」を室戸市議会が発行している『議会だより』にも、いくつかの議案のなかで賛否が分かれた議案についてだけ、その賛否の状況を市民に公表しようとする、いわば議会改革の一つです。

 これが掲載されることによって、議員それぞれがどの議案に賛成しどの議案に反対したかが明確になり、市民が議員の政治姿勢を判断する上においての参考になります。

 識者の意見も掲載しておきましょう。先日記事でご紹介した元我孫子市長の福島浩彦氏の著書、『市民自治』には次のような記事が掲載されています。

 <議員個人の賛否の公表

 議会の情報公開は必須です。議会の情報公開の基本中の基本は、「どの議員がどの議案に賛成したか反対したか」であると考えます。市民にとって、自分が選んだ議員が何に賛成し、何に反対したかを知るのは、民主主義においてあまりに当然の権利でしょう。

 しかし、議会として議員個人の賛否を公表しているのは、全国の自治体議会の中でまだまだ少数です。多くは、正式な記録自体が「賛成多数」と言う形式になっており、何対何で可決(否決)されたかさえ明らかにされていません。

 私が市長の時、我孫子市議会は2006年から議場に採決結果の電子表示システムを導入し、これを活用して議会広報(※『議会だより』)で議員個人の賛否をようやく公表するようになりました。

 政務調査書の使途や領収書の公開も大切ですが、本来の順番としては、こちらの方が先でなければなりません。>


 こう指摘しています。

 議員が市民に対して議案への賛成又は反対の姿勢を公表するように改めれば、室戸市議会もこれまでみたいに違法や不正な議案、無駄な公共事業案に安易な考えで賛成することもなくなり、賛否それぞれの判断に関して議員としての責任を強く感じるに違いありません。

 尚、この一覧表を掲載することが決定すれば、後は紙面の最後のページにそれを掲載するスペースが取れるかどうかで、これは議会だより編集委員会で検討することになろうと思っています。

 さあ、久保八太雄議長と堺議会運営委員長及び議運委員会の委員各位はどう判断されるでしょうか。

 市政も市議会も全ては、我々の雇用主である市民のために存在しています。

 その結果を期待して待ちたい。


※電子情報誌「青空エクスプレス」のアクセス数は、1月18日(水)付けGooブログランキング(2660718ブログ)中、2134位、1月19日(木)付けGooブログランキング(2661286ブログ)中、2085位でした。
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地方議会における「質疑」と「質問」の違い

2016-11-30 | 議会改革
 地方議会の議員諸氏はほんとうにこれで悩んでおられるのが、私の電子情報誌に書いたこの記事への検索数が毎日のように上位に上がってくることで、よくわかります。

 記事のタイトルは「地方議会における質疑と質問の違い」。

 本当に毎日の上位5位までのどこかにいるし、特に議会前になると皆さん気になるんでしょう。「質問と質疑の違い」と検索、そうしてこの記事が1位か2位に上がってきます。私も「全国の議員さんが参考にしてくれているんだ。書いてよかったなあ」と本当にうれしく思っています。

 そういうように議員活動に活かしてくだされば私も苦心して記事を書いただけの甲斐があります。でも、本当は私が議員をやっている議会の議員諸氏も記事を見て少しはその違いを学んでくださればうれしいし、そのために書いたところもあるんですが、いまだにその違いが解らない議員がいる。それを考えると、学べば自分の得になるんですが、人から学ぶことは癪に障るのか、どうもおいやらしい。

 ま、それはどうでもよくて、勉強を深めることがお嫌な方々は放っておいて、全国の議員の仕事に勤勉で絶えず勉強をしておられる議員の皆さんにもう一度、以前何度か書いて記事を掲載して議員活動の参考にしていただこうと思います。

 これは2013年10月31日の記事。2013年(平成25年)と言えば、あまりにも議員活動が真面目すぎて、市長が地方自治法違反(公の施設)の施設建設事業を行ったことを「改めるべきです」と20年から23年3月議会まで厳しく指摘したが、これに反感を抱いた市長と非常に親しい支持者らが23年4月の市議選運動期間中に落選運動を行い、得票の4割を失いあえなく落選。それから二年半たった頃、画家の真似事をしながら、無念な気持ちでこの記事を書いた。

 どうか、全国の議員の皆さん、おべんちゃらではありませんが、この記事を見にやってきてくださったということは、あなたは素晴らしい議員です。探求心を以って、「議員として少しでも知識や判断力を高めたい」、「正しい知識を付けたい」と考え願いするその姿勢は立派だし、あっぱれです。

 「室戸市議会の議員の皆さんが学んでほしい」と思って記事を書いてはいますが、その思いの半分は、「全国各地におられる地方議員の皆さんのためになりたい」との思いも強くあります。どうか参考になるかならないか私にはわかりませんが、きっとどの部分かは参考になり知識となって全国のどこかの議会でお役に立っている」と信じています。

 では、その二年半前に書いた「質問と質疑の違い」についてです。今後ともよろしくね。頑張ってください。ご健闘を祈っています。

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 長く議員をやっていると質疑と質問との違いをよく勘違いして覚えている議員がいます。

 室戸市議会においても、それが常態化し、議長をしている議員でも初当選して以来、まったく議員の職務に関して勉強をしてこなかったことから、議会がそれでいつも混乱していた。議長の不勉強によって、本当に毎議会混乱していたと言ってもよい。


 曰く、地方議員は大綱質疑における「質疑」と一般質問の「質問」との違いが全く解っていない。

 因って、今日はこの「質疑」と「一般質問」の違いをここで短く示しておきたい。議員は勉強しない人が多いが、ネットを検索して勉強を深めている議員のあなたは真面目な議員であることは間違いありません。「勉強をしなくても毎月、通帳に報酬は振り込まれてくる」と言って開き直る木偶の坊議員は放っておいて、今日は是非このことについて学び、議員活動が実のあるものとなるよう、祈っています。


 市議会議長になった議員誰もがこの違いにルーズで、それなのに自分の誤ったその知識と判断を議員に押し付けることが続いたので私は、議員になって6年目の2009年に「一般質問」と「質疑」について、全国市議会議長会や全国町村議会議長会が編纂し発行している書籍(『地方議会議員ハンドブック』、『議員必携』)、また『市民派議員になるための本』で確認した。

 それらを総合して私がまとめたのが次の、2010年にこの一般質問と議案質疑について書いた記事。参考にして頂きたい。


●一般質問と質疑の違い

 (1)一般質問…一般質問は大半の議会が「事前通告義務」を規定し、申し合わせにより、「発言回数の制限」や「時間制限」を行っています。室戸市議会の発言回数は2回で、質問時間は執行部の答弁時間を除き50分と決められています。

 勿論、事前通告制。まず、質問原稿は事前に、執行部側に「こんな質問をします」と届けます。これも議員の専門書などでは「出来レースみたいなものだ」の批判もありますが、質問原稿の中身をすべて出すことはないが、質問の骨子・要点を事前に執行部に明らかにいないまま、議場で議員が突然にその場で思いついた質問を次々と行えば議場は大混乱し、議事は小休に入りストップしてしまいます。だから、一日につき議員4名ぐらいの質問を予定していても、一番目のその議員で議場が混乱すればその日の議事は終わってしまう事態も想定されます。

 それに、時間が押せば、焦った執行部は議員が望む答弁はおろか、5分、10分のやっつけ仕事で書いた答弁書で答弁を終わらせることもありえることから、結局は事前通告制にしておかなくては議員の側が損だということになる。よって、少なくても質問の問いの要点だけは執行部に提出が義務付けられています。

 又、この一般質問についてよく聞くのは、「原稿なしでやるのが議員だ」的な話。地方議会を見聞して書いた本にはこんな批判があった。

 ≪議会の質問や質疑、討論は事前に原稿を準備し、棒読みをしていることが多い。ほとんどの議員が原稿の棒読みである。それも立て板に水のごとくに読めば聞きやすいが、そうでないときは、「もっとうまく読め」と思う。本人は話し言葉で書いたつもりでも、その中にはどうしても文章体が入ってしまうので、聞いていて変だ。

 議会は言論の府。本議会での発言は議員や執行部や傍聴人に対して聞かせる内容でなければならない。棒読みには親しみがない。言論の府と強調するなら、議員は下手であっても自らの言葉で述べる必要がある。

 本会議での質問を演説と勘違いしているので、原稿を棒読みするのであろう。ある地方議会で原稿を用意せずメモだけで、とうとうと質問した議員がいた。本会議での審議を形式化させないために議員全員がこのような生きた発言をしてほしいものだ。≫


 上の三つの文のうち、前の二つはそうだと思いましたが、最後の一節には誤りがあると思いました。

 それは、原稿も持たずに質問をすればかっこいいでしょう。ですが、その“生きた発言”をした議員が何分の質問を行ったかは書いてないのでわかりません。5分ぐらいなら別ですが、そのように原稿なしで取りとめもなく私と同じように50分間、質問を行ったとすれば議会が混乱するだけだ。それよりも、質問した議員も議席に戻った後、自分が執行部に何を質問したのかを皆目、覚えていないのは間違いなかろう。そんなやりっぱなしで、自分が何を発言したかも覚えていないような質問なら、やってのことはない。

 かつての私を例にとると、一回目の質問で行う問いは、少なくて30問ぐらい、議会によれば多い時で約50問ぐらいにはなる。質問するその50問を全て理論構成した上で、質問の骨子を忘れることなく、50問を問いかけ、その問いのすべてを覚えている人物はいない。聖徳太子でも無理。それを試みた議員もいたが、聞いていて議員が何を問いたいのか、何を伝えたいのか皆目分からず、執行部も議員も困り果てたことがある。多分、自分が問うた話の内容は覚えていない。

 だから、数分で終わる質疑もそうだが、特に一般質問は必ず原稿を事前に準備し、棒読みにならないように出来るだけ話し言葉で行うこと。それが一番適切と言えます。カッコをつけて原稿なしでやるべきものではない。

 その方が執行部も議員も困りません。反省すべきは、私も制限時間いっぱいに原稿を作っているため、時に急いで棒読みになることで、この点はいつも「話し言葉で」と心している。

 それと、一般質問とは、「所信を問い質(ただ)す」ことにより、執行部の政治姿勢を明らかにし、その政治責任を明確にさせ、結果として現行の政策を変更・是正させ、新規政策を採用(事業化)させる目的と効果がある。

 この、「政治姿勢を明らか」にし「政治責任を明確」にさせることが、「現行政策を変更・是正」させ、「新規政策を採用」させるためのものが一般質問だと、よく認識しておかなくてはなりません。又、ここまで突き詰めて質問戦を戦わなければ、いったい何のために質問しているのかわからないともいえる。

 質問に立ち、10分ぐらい質問して議席に戻り、「あー、言うだけのことは言った」と質問に立った議員全員が喜んでいては、いつまでたっても行政組織は改革・改善されない。

 議員は市長と執行部に対し「物申す」ために市民に選ばれ、議場に来ている。その「物申す」姿勢や精神がなくて行政側に寄り添い離れずに密着するのなら、議事機関と執行機関の二元的な仕組みは無用であり、有害としか言えない。

 その程度の人間ばかりが集まった組織なら、議会はいらないし、議員もいらない。

 役立たずの議会を無くせば、例えば室戸市が一年間に使っている議会費の1億円は県市民税削減に使うことができ、その方が市民生活も少しは好転する。


 議会は市長等執行機関を公正に眺め、厳正に批判し、行財政上の重要なことについて適正で公平・公正な結論を見出して、これを決定するのが議会、議事機関。市長等執行機関側が違法や不公正や不公平、不適正な事業・業務運営を改めなければ、改めるまで徹底追及するのが議会議員というものだ。

 それが、地方議員に課せられた使命であることを各議員は自覚していなければならない。

 因みに私は、自慢ではないが市長や課長に嫌われようとも市民から負託を受けた立場として職責を果たすべく行政組織に対峙し、言うべきことを言い、為すべきことを為し、議員職にあった8年間ずっとそう努めてきた。


 (2)議案質疑・・・「質疑」とは、議会の議案審議の中で発言するもので、「疑義を質す」もの。つまり、疑問に思ったことを問うこと。但し、これは原則として「自己の意見を入れない」とされている。

 ただ、これはベテラン議員がよく間違うことだが、「私ならこうする」とか、「これはこうしてはどうか」などと事業などを“動かそう(変更させよう)”という意思を以って発言してはいけないということです。この「自分の意見」とは討論の段階で述べるような賛成、反対の意見をいい、自己の見解を述べないと質疑の意味を成さないもの、根拠や過去の事業経過・データを基に執行部を追及することまで禁止しているものではない。この点はよく知っておかなくてはなりません。

●一般質問と質疑で一番大事なこと

 議会が開かれて、一般質問が行われ、議案を審議する大綱質疑では質疑を行います。次に書くことは、私が議員になる半年前に買ってきた議員の教本を見て知り、「へー、そういうことか」と驚いたことです。他の議員諸氏には教えたくないが、毎日検索して当電子情報誌をみていただいている議員の方々には特別にお教えします。

 実は、「質問」と「質疑」は「知らないことを聞いてはいけない」のが基本です。これは、「議会が開会し、発言で登壇する前日までに自分が問いかける案件について調べ、大まかな状況がわかった上で聞くこと」という意味です。 だから、「全く何も知らないまま聞くと、失笑を買う事になる」との教え(議員の参考書の)と覚えておいてください。

 議会においての質問・質疑は、一般社会の会議、例えば商工団体の会議での質問・質疑や、いろんな団体、例えば農協や漁協、観光協会の会員が集まっての会議で行う質問・質疑とは全く異なります。議会の質問や質疑は、議員がわからないことを尋ねる場ではないということです。

 ではどうしたらよいのか。

 それは、質問・質疑のどちらも、あらかじめ知らないことや理解できない案件(事業・業務・問題)を担当課に聞きに行ったり、そこでデータを収集したり、先進自治体が同じ事業や問題点についてどのように対処・対応しているのかをインターネットで調べ、十分に調査しておき、それらを基に理論構成をし、それに自分の主張・意見を加え、執行部を問い質し、追及し、議論する。それが議会における質問であり、質疑である。

 それと、これは知る人ぞ知るだが、議会の中の調査活動に熱心な議員なら、ある事業においては執行部より豊富なデータや手法を持っているともいえます。その時、執行部の答弁よりも議員の質問の方が密な内容になっていて、市長や課長の調査不足と能力不足がその時にあからさまになってしまう、そんな場合もある。

 この「知っていることを聞く」の基本についても知らない地方議員が多いようです。本会議で登壇し、執行部に予算額などの数字を聞き、答弁を受けると納得している喜んでいる姿を見るとそれがわかる。そんなことから、執行部にも他の議員にもその議員の日頃の不勉強がわかってしまうし、自分の値打ちを自分で落としているともいえよう。(自分ではそれに気付いていないが)

 だから、質問原稿を作るのは議会と議会の間の2カ月あるからだれもができることですし、質疑は告示日(議会開会の一週間前)に渡された議案書や資料を基に質疑原稿を作ろうと思えば、大綱質疑の日まで13日と限られているので少し急がなくてはならないが、議長を除く全員が質疑原稿を事前に作っておく時間はたくさんある。あとは、議員各自がやろうとする意欲があるかないかだけだ。「忙しかった」は、毎月報酬をもらっている議員として、理由にならない。

●「要望」は、議会外で担当課に書面で提出するもの

 それと一般質問において、そのまち全体を展望しての提案は別ですが、中には一般質問の場で要望をしておいて、「答弁は要りませんので、よろしくお願いします」と降壇している人がいる。だが、これは見ていてみっともないからおやめなさい。

 議会の一般質問で要望するのは余程のことがないとしてはいけない。しては恥ずかしいものです。だが、そんな議員は、議員になった時から誰もそのことを教えてあげないし教えを乞おうともしないから、何期になっても議場で要望を繰り返している。

 「要望」とは、議会外で担当課に要望書としてまとめた上で、担当課長に提出するもの。その要望書には、住民からの要請が当然あっての要望だろうから、その住民の名を連名で書くか常会からの要請なら常会長名を書き、賛同議員として自分の名を書き添え、要請文をまとめた上で提出するのが正式の「要望」です。

 それと、なぜ口頭の要望ではいけないのかですが、それは担当課長が要望を受けたことを忘れてしまうから。だから、要望は書面で提出する必要があるし、そうした方が要望を行った側のためにもなる。

 
 最後に、議員のバイブルともいえる本、『議員必携』に、政治家の要素としてこんな文が書いてあるのを紹介して今日は終わりとしたい。

 ≪政治家に強く要求されるのが、「勇気」と「奮起」である。

 かつて、ある有名な外交官がアメリカの故ケネディ大統領に、直接会って、「政治家として一番大事なことは何か」と質問したところ、即座に「それは勇気である」と答えたという。勇気なくしては、思い切って発言し、行政や住民に訴えて説得し指導することができないというのである。

 又、その外交官がイギリスの故チャーチル首相に同じ質問をしたところ、、「それは奮起である」と答えたという議員自らが奮起して発言し、行政当局と住民に訴えてこれを奮起させてこそ、行政の進展も地域の振興発展も実現し、真の指導性の発揮ができるというものである。≫


 私も議員になった時からそう思い、勇気を以って、積極的に毎議会一般質問に登壇し、毎議会質疑原稿を構えておいて議案審議にも登壇し、懸命に議員活動をしてきた。その他にも、『青空新聞』を毎年3回か4回発行し、又、日々の議会の動きや個人的な議員活動については、このブログの記事で二日に一回はお知らせやご報告をさせていただいた。とにかく、議員の職にある間は自分の出来る限りの力を出して市民の皆さんのために働きたいと思って働いた。

 長くなりましたが、以上です。参考になりましたでしょうか。

 大事なことは、政治とは、室戸市長や市議会議員のように「市民には解らないだろう」と思って策を巡らし、ルールを無視してなし崩しに行うものではないということです。

 何事も、法律や規則や公正で道徳心に基づいて物事を行うべきもの。

 ひと言で言うと、「してはダメなことはしては駄目」。

 このことをよく勉強した上で理解し守っていれば、大半のことは健全に行われる。

 さすれば、「質疑」と「質問」の違いも自ずから理解できるのではないでしょうか。

 しかし、これほど議会のあるべき姿、地方議員のあるべき姿を認識し、職務内容を熟知し、それに従って忠実に実行していたこの私を室戸市の有権者たちは「市長の不正を追及するからあいつを落とせ」と落選運動を市内全域に広め、悪意と無関心を以って落としました。

 北川村のある議員は選挙後、いみじくも私にこう言いました。

 「議会で一番仕事をしてきたおまんを落とすとは、室戸の人もほんまに変わっちょうな」。

 私は「うん、私もそう思う。市政の不正を監視して取り締まる議員がいなければ議会の損失になることも知らずに。これからは小松市長も議会対策が楽になることは間違いないわ。議案に地方自治法違反や条例違反があってもそれも解らず議員は賛成して通してしまうんやきんの」。

 そうと答えたものです。

(二年半前に書いた記事はこれでおしまい)


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地方議会は「3期、70歳定年」を制度化しよう

2016-11-29 | 議会改革
  私は室戸市議時代から「地方議員は3期、70歳定年にすべきだ」と主張してきて、平成27年4月の68歳で議員を退職すると決めていた。

 その理由は、一つ、室戸市議会において、不正や市民に迷惑をかけるような議案に賛成する議員はたくさんいても、70歳を超えた議員に懸命に議員活動を行っている議員がおらず、その姿を見て「オレはこんな人間にはなりたくない。こうなってしまったら生き恥をさらすだけだ」と痛感したから。

 それが、最後の任期と決めて出馬した平成23年4月の市議選で落選運動に遭い、思いがけず落選。理由は、「不正は許さないぞ」という正義感にあふれた性格のため。議会から“追放”されるという憂き目に遭った。

「あれほどだれも真似できないぐらい頑張ってきた議員を落とすような有権者なら、もう出ない」と決意し、それからの四年間を画業に打ち込んだ。

 出ないと決めた選挙であったが、村の長老に「おまんがおらん4年間、困った。わしらがみんなで応援するきん、もう一度出てほしい」。そう背中を押されて出馬。現在3期目の議員として活動を続けている。
 
 さて、この「3期、70歳以上」が如何に不適正なことかは、それぞれが若者と高齢者と比較してどちらが頭脳明晰で、活発な議員活動を行う行動力があって、悪い体質に陥りやすいかを考えていただければすぐに答えは出る。

 議会の表決において「まー、いいか」と考えて不正な議案に賛成するということは、「まー、難しいことなんか面倒くさいから、どうでもいいや。早く終わって帰ろうじゃないか」と考えて市長及び執行部に寄り添っていること。つまり、事なかれだ。

 こういう議員は議会に出てきても、とにかく早く家に帰りたがる。「そんなに家に帰りたければ多忙な立場の議員なんかにならなきゃよかったのに」と思うほど、家に帰りたがる。(笑)

 報酬をもらうためだけに議員選に出馬して議員になった人だから、出席簿に「出席」の印をもらった途端、「もう、帰ろうよ」と漏らし始める。(笑)

 挙句の果ては、真面目な議員が質問や質疑をしている時でも、自分は居眠りをするか、他の議員の発言の妨害をしてウサを晴らしている。(これは笑えない)

 ふざけた話です。議員の質が悪すぎる。

 自治体の予算はすべて住民のものです。その予算を住民に為り替わり予算編成をしたり予算の執行をしたりしているのが首長であり、行政職員であり、議会議員です。

 そしてまた、仕事もしないこういう人たちを議員にし、毎月、その人たちの口座にその予算の中から議員報酬を振り込んでやっているのが、住民。だから、私はそれを指して、「このまちには奇特な人たちばかり住んでいる」と言っている。

 この理屈、お分かりか?

 不正だと解っている議案を平気で議会に提出している市長になぜ毎月給与をやらなくてはならないのか。そして、その議案が違法だと解っているのに賛成して可決させている議員たちになぜ毎月報酬を与えなければならないのか。住民はそんなことを選挙の時に頼んでないはずだ。

 選挙では有権者から、「おい、俺はお前に投票するから、議員になったら市長が不正なことや無駄な事業をやろうとした時にはお前が止めるんだぞ」と頼まれたはず。

 それがどうだ。一期目も二期目も私だけは「ダメなことは、ダメだ」と判断し決断したが、大半の議員は「ダメな事業でも賛成してやるのが世渡りというものだ」と思ってか、市長が喜ぶ方を選んで議員活動を行っていた。

 市民のいない秘密会議である議員総会に市長ら執行部が次の議会に議案として提出する事業案を議題として提案し、本来は本議会で行うべき「質疑応答」を市民のいない場で片をつけてしまおうと考える市長のその不正な魂胆に対して議員は誰も厳しく指摘する知恵も勇気も持たず平成19年11月からずっと続けられてきた。

 その不正な“議案の事前審議”を私が再選される平成27年6月まで続けていたが、「こんな不正はもうやめようじゃないか」と強く要望して、その時を境にその不正な議会運営は終わりを遂げた。もし私が平成27年5月に議員にカムバックしていなかったら、間違いなく市長が主導し議長が追随するその不正行為はいまだに続いていた。

 不正でも違法でも無駄な公共事業でも、議会に提案された議案には何でもかんでもすべて賛成して通してしまう議員がいます。「まー、えいやないか。どうせ室戸市のお金はおらの金じゃないきんな」。よく中身を吟味しないということは、そう考えているということです。

 それでよく腹痛を起こして死んでしまわないことだと思う。不死身なのかナア。

 自治体の予算はすべて住民のもの、室戸市民の皆さんのものです。それを、住民が市長、市職員、議員に給料や報酬を与えて管理運営させているだけです。

 不正に平気な政治家は愚か、それを容認する監視機関の愚かさ、選挙の前や後に金や米や魚を配って回った選挙違反の告発を受けても捜査しない警察も愚かだが、その不正な政治家を放置し市政の在り方に全く関心を持たない市民も愚かです。

 私は、室戸市の政治に関しては誰も信用しないことにしている。全て疑ってかかる。

 なぜならば、人間も年齢が50歳、60歳にもなると、絶対に過ちを認めないし、改めもしないことを知っているからだ。

 正直に「おれが間違っていた。今日を限りに改めます」なんてことを言って悪人が改心するのは、マンガや小説の中だけ。市役所や市議会だけでなく、この地域社会でも見たことはない。中には、自分が市長になるためには、自分を市長選に押し上げて下さった恩人をも騙している。勿論、この男は法律違反なんかなんとも思っておらず、過ちは一切認めないし、改心なんかする男ではない。もう一度言おう。「悪人が改心するのは、マンガや小説の中だけ」。

 正直で真面目な人は、若い時からずっと真面目。60歳前後になっても不真面目なことをし続けている人は、若い時から不勉強で不真面目な、ずっと改めない人と見てよい。それは市長になった人であっても、市会議員になった人であっても、市職員であっても、企業や団体の長をしている人であってもだ。


 さて、今でも「地方議員は「3期、70歳定年」にせよ」と考えている私ですが、自民党の小泉進次郎議員も数年前には私同様に、「国会議員は70歳定年にすべきだ」と発言していたが、残念ながらその声も今は鳴りを潜めている。


 これは議員二期目を終えた後に書いた記事です。

 室戸市議会議員をしていた8年間、市長が行う違法な施設建設や、不適正にも既に倒産状態にある指定管理者の企業に向けて巨額の予算を支出したことなどに対し何ら厳しく批判するでもなく、更に議会最終日の表決においてそれらの議案に賛成して許してしまう、そんな市会議員の姿を見ていて、心に決意したことがある。

 それは、地方議員の任期と年齢には厳しい制限を設けて、不勉強で市民のために働かない議員は「任期制限は3期とし、任期中に70歳を超えない」ことにすべきだとずっと思っていた。

 しかし、議会で蛮勇を振るい組織を牛耳っているのは大半がその70歳以上のご高齢の方々だったので、こんな私の議会改革の手段など理解してくれる議員がわけがなかったし、いても、それら70歳前後の議員職を何期も重ねてきた議員に脅されて強く主張することができない議員ばかりでした。

 ですが、いまの地方議会の体制を考えると、今でも議会の体質が悪化していかない一つの手段として、この制限を設けるべきだと考えている。

 そんなことを考えていた1年前だったか、「公明党の衆院議員6人が次期衆院選に出馬せず、今期限りで引退すると分かった。これは“任期中に66歳を上回らない”とする党の内規の年齢制限を超えるため」というニュースを目にした。

 これは、なかなかいい規定で、国会議員だけでなくて地方議会もこれに倣い、各議会でこう規定すべきです。

 これまで違法などの議案が平気で可決されてきた室戸市議会を見ていると、全国の各市区町村議会は公明党のこの内規に倣い、「議員は任期中に70歳を上回らないとする」と年齢制限を設けることを強く要請する。

 そうすれば、4期目(16年間)、6期目(24年間)、8期目(32年)、10期目(40年間)・・・と、議会でそれほど勉強もせず、能力もなく、組織改革には背を向け続け、住民には何の貢献もせずにいながら、住民が自治体に支払った税金の中から毎月、お給料を貰い続ける、そんな住民を馬鹿にしたような行いはすべてなくなり、議会は必ずや時代に合致した体制に改革されるのは間違いありません。

 この「3期、任期中に70歳を超えないこと」という任期及び年齢制限の取り決めは、議員にとっては自分たちの身を責める規定であり、議員らにその決定を任せておいても絶対にこれを決めることはできません。だから、住民が強く運動を起こし、住民が決めるようにすることです。

 みなさん、あなた方はあなたの町の議員にはあなた方の税金の中から「報酬」が支払われています。この実態は、その仕事量の代償として支払われるべき「報酬」ではなく、かつての私のように熱心に仕事をしている議員にも、何の行政調査も質問や質疑の原稿も作成せず議会の時に出てくるだけの議員にも同じように支払われていることから、まさしく「お給料」。

 この矛盾を解消するには、議員の任期を短くして、議会において長年にわたり“牢名主”のようにふるまっている議員を排除し、清新な議員によって議会を浄化する必要があるということです。そうして、市町村議会に清新な風を吹き込むのです。

 「若いから」とか「任期が浅いから」議員の職にそぐわないとは、私は思いません。見てごらんなさい。あなたの町や村の議員さんたちを。任期が4期目とか6期目、8期目、10期目とか、長年議員をやっている人がどのくらい苦心して町の政治をよくしようと苦心しているか、していないかを。

 真面目に議員職に専念し、努力と言えるほどの仕事をしていない議員の方が圧倒的に多いでしょ?「その通りだ!」の声が聞こえてきそうです。

 だから、若くたって、いいんです。不真面目、不勉強、規則を守らない無軌道な人じゃいけませんが、議員になった人が真面目で勉強家で地方自治法など行政と議会に関するルールをちゃんと守り違法な議案には決して賛成しないという人ならば、若い人の方がスレていないだけ、まだまし。

 だから、「いや、それじゃ、能力のある議員がいなくなってしまう」なんてことは言わないことです。

 「若い議員が何ができるんだ。議員は何期もやってこそ行政のことが解るんだ」。

 長年議員をやってきた議員やいま3期目の議員などがこんなことを言ってこの制限規定に反論するであろうが、老齢の議員がそう言った時はこう考えてください。

 それは、自分がこれまで続けてきた利権(行政の金を自分が関係する企業や団体に奪い取るような行為)や首長との利害関係を無くしたくないとか、折角、手に入れた楽して収入が入ってくる議員職を失いたくないからであり、そんなことに耳を貸していては行政改革も議会改革もできないし、町はその議員らによってつぶされてしまう。

 とにかく、長く議会にいる議員はまちの発展のためにならないから、一時も早く議会から排除してしまうことです。

 地方議会には私が議員になった時に決意していた「3期、70歳まで」と考えている議員など一人もおらず、いつまでも、「議会に自分の足で歩いて行けるうちは議員を続けるぞ」と思っている人ばかりだと思っているが、地方議員の任期は「任期制限は3期とし、任期中に70歳を超えないこと」と規定すべきです。もし、任期途中で70歳になる議員はその任期で立候補できなくすること。

 そうして、「後進に道を譲る」という言葉もある。

 頭や体が硬くなり知恵やアイデアは出ないし行動力も落ちた高齢者ばかりが議員職を独占せず、そういう人たちは「3期、任期切れが70歳以下」で退職してあげて、いろんな夢や目標をたくさん持っている若い人たちに議員の職を分けてあげなさい。そうすればあなたのまちは今よりもずっと若返り、清新な政策が実行される活発な町や村になるでしょう。(高齢者の議員たちはまちが良くなることよりも自分の懐が膨れてくることを希望しているのだろうが)

 とにかく、真面目な私でも初当選した最初から「3期の68歳で退職する」と決めていたんだから、真面目に仕事もしない地方議員にいつまでも甘い汁を吸わせてはなりません。それが、あなたの町や村の政治や議会を改革し発展させる、唯一の方法だとお教えする。

 あなたのまちには、現在議員をしている人たちよりももっと有能で公正な判断ができる住民がいるんだから。



 平成26年1月23日、室戸市の常会長連合会は議長に「市議会の議員定数を14から2減の12にするように」との要望書を提出したが、市議会の強い抵抗に遭い、結局、「1減」されて13となった経緯がある。

室戸市の常会長連合会は再度、「5年で1700人も減少することを考えると、平成31年4月の市議選は議員定数12にするように」と市議会に要望書を突きつけていただきたい。

 私に言わせると、14名いても10名いても不正が可決してしまう状況は同じ。だったら、10名が8名でも同じだ。「12名」ではなく「10名」と要望しても、議会の結果は同じかもしれません。

 なぜならば、かつて、議会で一番公正な考え方を持って頑張っていた議員が落選したことでお分かりであろう。選挙で公正な議員が残り不正に加担する議員が落選するのならば議員定数は多くてよいが、不正に賛成するような議員が多く残り公正な議員がたくさん落選するならば、定数が4名でも3名でもよかろう。

 理由は、議決の結果が同じ(不正が可決)で、議会費削減という費用対効果が見込めるからだ。

 とにかく、室戸市議会だけでもいいから、「3期70歳定年」制を条例で決めようじゃないか。

 そうすれば議会も長い暗黒のトンネルから抜け出し、間違いなく明るい未来が見えてこよう!!!



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議案のチェックができる地方議会なんて、無い!

2016-11-11 | 議会改革
 室戸市議会ではこれまで、市長・執行部が出してきた地方自治法、市の条例、市長選公約等々に違反した議案を否決した例はない。

 議員の大半が賛成してすべて通してきた。

 一つだけ、議会で賛否が拮抗した事例として挙げると、室戸市の平成20年度の事業「室戸岬高速バスターミナル施設建設事業」が地方自治法第244条の「公の施設」に違反しており、平成20年9月議会閉会日の採決で議員6名(私を含む)が「違法な事業だ」と反対、市長に寄り添う6名の議員が賛成し、市長とお友達のM議長が裁決権を行使して可決した、この一件だけ。他の議案は全て、違法であろうが、公約違反であろうが、市民が被害を受けることが明白な事業(その一つが、この9月議会で可決された旧椎名小学校改修工事事業)であろうが、議員の大半が賛成して通してしまっている。

 チェックして反対したのは、山本議員、濱口議員、亀井議員と私の、4名だけです。

 だから、室戸市議会では議員の責務である「行政のチェック」ができない議会といってよい。もしそういわれたくなければ、市長が議会に提案してくる議案で、違法、不公正、不公平、不適正、無駄な公共事業などの議案にすべて反対することで、それだけの度胸を持つことだ。

 誰かさんに脅されて縮み込んでいるから、いつまでたっても他人の子分でいなきゃならない。

 よれば大樹の陰とか言いますが、私は他人さんに寄り添うなんてことはしない。いつも一人でスッくと立ち、全て自分の考えで判断し、「お友達がいないとさみしい」なんてこと、考えたことはない。

 勿論、思いや考えを同じくする人とは「友」として、意思の疎通を取りながら「悪」と立ち向かっていきますが、いなきゃいないで、一人で戦います。

 それは、これまで4回行った市議選において、他に誰にも頼みに行かないで、妻と二人だけで何か月間も続く選挙活動を行ってきたことでお分かりいただけるのではないか。自慢じゃないですが、こういう候補は他にいないでしょ。

 だから、私は室戸の多くの議員が自立できずずっと市長に寄り添っているのが、どうも理解できないでいます。

 市民から「頼むぞ」と言われたら、当選後は市民の側に立つのが普通でしょ。それがどうだ。当選したら「これで目的は達成した」と思うのか、そこからは市民の思いや約束は反故にし、市民の方を向かずに市長の方ばかり見て、違法であろうが、不公平な事業であろうが、市長の選挙公約違反の議案であろうが、無駄な公共事業案であろうが、すべて賛成してしまう。

 なんなんでしょうね、これは。

 恥ずかしくないんでしょうか。不正に賛成して恥ずかしくないとしたら、これを世間では「恥知らず」と言う。

 どうも地方議員の皆さん全員が解っていないようだから、もう一度お教えしておこう。

 全国の自治体、「市」であろうが、「区」であろうが、「町」であろうが、「村」であろうが同じで、その自治体の財政(予算)は全てそのまちに住む市民、区民、町民、村民の者です。それを本当はそこに住む住民の皆さんがみんな集まって協議して当初予算を組み、補正予算を組み、特別会計の予算を組みして、予算を決めるべきが“本筋”と言うものです。ですが、住民は日常に仕事を持って働いています。だから、住民は首長を雇用し、職員を雇用し、議会議員を雇用して、その者たちに全権を任してあるのです。だから、住民が自治体の経営者であり雇用主。首長、議員、自治体職員らは、住民が雇った従業員です。

 だが、「全権」と言っても、決して「法律など守らなくてもいいから、お前たちの好き勝手にやってもいいぞ」などとほったらかしにして「全権」を任せてあるわけではない。その者たちには「国の法律や自治体の条例や規則を守れよ」と言い、「費用に見合うだけの効果はあげよ」と命じ、「こいつはちゃんと仕事をしていない」と見たら、クビにすることなど、簡単にできる。

 これが、まちの政治の場にいて働いている者たちの立場だ。だから、「オレは市長だ」「オレは市会議員だ」などと思っている者がいるが、それほど偉く無いということです。だって、高々、住民の皆さんに雇われた従業員だもん。

 であるが、上の赤い字の部分を私が2期目の時、議会の一般質問で市長に問いただしたところ、予想外の答えが返ってきた。「私はそうは思わない」。そう答弁したのです。・・ということは「私は市民に雇われた従業員の立場だとは思わない」と思っているということになります。だからその時、彼が市民の側に立たずに市政運営をしていることが、ハッキリしました。


 さて、前置きはこのくらいにして、本論に入ろう。

 「なに」って? 「議会はちゃんとチェック機能を果たせ」というお話です。いやいや、私の話などあまり聞いてくれないと思いますので、私が地方自治や地方議会の先生と思って学んでいる、片山善博氏の評論を紹介させていただきます。ぜひともご一読いただきたい。

 11月10日ごろでしたか、読売新聞の「論点」に「政務活動費 廃止も選択肢」という記事が掲載されました。(政務活動費についてよりも、議会のチェック機能についてご高察いただきたい)

 <(前略)東京都の不祥事からわかるのは、都議会が本来の機能を全くと言っていいほどはたしていないことである。豊洲市場予定地に「地下空間が存在していることをなぜ議会はチェックしなかったのか。「職員に騙された」と泣き言を並べる議員がいたが、執行部の嘘や間違いを見抜くのが議会の本来の役割ではないか。

 都議会に限らずほとんどの地方議会では、肝心の議案のチェックはおざなりである。議員が最も力を入れるのは一般質問だが、そこでは議案と関係のない事項について、議員の関心に従い自由に質問できる。政務活動費はその準備や調査研究に使われていたりする。

 そうした「自由研究」の効用を認めないわけではない。だが、地方議会の現状を見ると、今はそれよりも、肝心の議案の処理に時間をかけ、丁寧に審議することの方がよほど重要であるはずだ。予算などの議案をつぶさに点検する。執行部の説明も聞くが、住民や専門家の意見にも耳を傾ける。議案に問題があれば、修正し、差し戻す。こうした手順を踏んでいれば、東京都も豊洲問題で醜態をさらすことはなかったはずだ。

 こんな地道で堅実な議会であれば、政務活動費などほとんど必要ない。

(中略)少し発想を変えて、この際、議会運営の在り方を見直すことにしてはどうか。>


 この中に私が日ごろから言い続けていることがたくさん入っています。

 まず、「東京都の不祥事は、都議会が本来の機能を全く果たしておらず、なぜ議会はチェックしなかったのか」についてはこの記事が掲載される前の、9月議会の閉会日の「旧椎名小学校改修工事事業」に対する反対討論の最後にこう厳しく指摘した。

 「とかく自治体の公共政策はなぜか慌て、住民全体の意見を集約することもなく強行されます。だが、いま問題化しているあの東京都の豊洲新市場の問題で都議会のチェック機能が問われていることでわかるように、やはりこの本市の事業も市議会のチェック機能を発揮すべきですし、執行部にしても、如何に一部が県の提案実現という前提があろうとも、全ての市政運営は市民のためにあるべきです。
 市民の意見と将来的な展望に立ち、事業開始直前の今、一度立ち止まり見直すべく評価が必要であると考えます。
 以上のことから、私はこの事業に賛同できませんし、市民の皆さんも納得していませんので、反対します」。


 こう厳しく執行部を批判しましたが、議会前にすでに「賛成議員8名、反対議員3名」と決まっていたから、無駄な公共事業は可決、事業化された。これによって、室戸市民の皆さんは間違いなく被害を受けます。現在で事業費が5億3000万円ほどですが、これからさらに膨らみすぐに6億円の事業になり、やがて「出さない」と市長が言った指定管理料4000万円や5000万円が県外の団体「日本ウミガメ協議会」に渡され、やらずもがなの予算が次々と室戸の海に垂れ流されます。喜ぶのは特定の建設業者と一人の議員と市長と県外の団体だけ。市民は泣きを見ることになる。

 中にはこんな議員までいる。11月初めのこと、この無駄な公共事業に賛成した議員が周りに議員が5、6人いる中で、こう言い放った。

 「あたしは(9月議会の閉会日に)予算(約4億8000万円)には賛成したけんど、事業には反対やきんね」。

 周りの議員はみんな「えっ、」と言ったまま固まってしまいました。つまり、逆もまた真なりで、「この事業には反対やけんど、予算案には賛成した」ということになる。

 この意味を更に分析すると、「私は市長のためにすべての議案に賛成することに決めているからこの議案にも賛成したが、建設業者の仕事づくりを目的に旧椎名小学校の改修工事をすることや、県外の団体のために研究施設を整備してやることには反対や」ということ。

 話になりません。これが室戸市議会の市長に寄り添う8名を代表する考え方、判断力でしょうね。市民を代表して議会に出ている議員がこんなだから、室戸市が良くなるわけがないのです。

 事業に反対だったら、市民の代表である議員として決然と反対すべきではないか。この話を家の奥さんに詳しく話してやったら、即座にこう言い放った。

 「そらいかんやろ。事業に反対やったら、予算にも反対せんといかんろ。その議員はバッカジャない! なに考えちょうがあやろねえ」。

 私の長年の教育が行き届いているからか、この議員よりも私の妻の方がよっぽど賢いなあと思いました。次の市議選には私と一緒に妻も出馬させようと思っています。だって、今の議員よりも正しい判断ができるんだモ~ン。(笑)  

 このように、室戸の議会では質疑でいくら筋の通る指摘をしても、適正・不適正を問わず、議案はすべて可決してしまいます。そう、東京都議会のようにです。つまり、チェック機能を果たす議員は4名いるんですが、過半数の7名(定数13名)いなきゃ機能不全と同じこと。だから、チェック機能なんか、室戸市議会には無いに等しい。

 片山氏はこうも言う。「都議会に限らずほとんどの地方議会では、肝心の議案のチェックはおざなりである」。そう、ズバリその通り。

 「今は、肝心の議案の処理に時間をかけ、丁寧に審議することの方がよほど重要であるはずだ。予算などの議案をつぶさに点検する。住民の声に耳を傾ける。議案に問題があれば、修正し、差し戻す」。その通りですが、大半の議員が議会開会の一週間前に渡された議案など、まともに見ていない。だから、大綱質疑で質疑をするのは野党と見られている我々だけで、他の与党議員は「閉会日に賛成してやれば役目が済む」ぐらいに考えており、質疑など全く用意していない。議長の「当初予算に質疑はありませんか」と問う声には元気よく「なし!」と叫ぶ。「早く先に進めて終わらせ、早く家に帰ろう」ぐらいの考えが見え見え。

 いつも「これが市民の代表として議会に出てきて、毎月報酬をもらっている立場と言えるんだろうか」と思っている。

 「毎月市民から給料をもらって議会に出てきているのに、なぜまじめに働かないんだろう」、いつもそう思っている。

 そう思いながらも、「議会を良くしようと思っていくら言ってみても、変わりっこない。人は人、自分の仕事をまじめにやろう」と、いつも人のやらない仕事をやろうと自分で仕事を創り、ひと月またひと月と仕事をこなす。

 片山氏は、「地方議会の現状を見ると、今は肝心の議案の処理に時間をかけ、丁寧に審議することの方がよほど重要であるはずだ」

 正にその通りですが、市民の予算を無駄な公共工事に投資するそんな議案も、市長に寄り添った議員から質疑は皆無。彼らは全員間違いなく、「質疑をするのは市長に批判的な議員がするもんで、質疑をしたら市長に申し訳がない」と思ってます。どこの無能な議員に教えてもらったか知らないが、質疑できない議員はみんな議会の質疑をそう勘違いしています。それとも、圧力で回りを黙らせている議員の脅しに負けて質疑したくても言えないのか、だ。

 議員は市民の名代。それをわかっている賢明な議員はいくら妨害行為があっても、言うべきことを言うが、言う前から結果が「敗北」(議案の可決)と解っている戦さもつらいものがある。

 片山氏の言う、「議案に問題があれば、修正し、差し戻す」についてですが、これは、時と場合に因る。

 議会は多数決の原理で結論がでるため、例えば、室戸市議会の9月議会に提案された旧小学校の校舎改修工事事業が建設業者の仕事を作ってやることを目的に計画され、県外の団体の研究施設を構えてやるという事業であることから、友人議員から「修正案を出すから賛同議員になってくれ」と頼まれた。でもこれは、ちょっと考えるとすぐに結果が解ることで、その修正案に賛成する議員はその議員ともう一人の議員と私だけで、多くて3名。一方、議案に賛成し修正案には反対する議員は残りの8名。それが閉会日の何日も前から分かっているのに、片山氏が言うように「議案に問題があれば修正し、差し戻す」ことは100%不可能。

 だから、片山氏が言うように、室戸市でも、面倒くさいのか議案を詳細に調査したり質疑をしたりせず、議案の中身の事業には全く関心を示すことなく、大半の議員が無条件で賛成して、その議会はしゃんしゃんと終わらせている。

 片山氏は「都議会に限らずほとんどの地方議会では、肝心の議案のチェックはおざなりである」と言われるが、ハイ、その通りです。事業案には反対だが何億円というその予算には賛成するような議員が議会の大半を占めているようでは、片山氏に室戸市議会が批判されても仕方ございません。

 でも室戸市議会にも4名の良識人がいますので、我々が「問題がある」と指摘した議案は間違いなく、本来は否決すべき事業案であると室戸市民の皆さんはご理解いただきたい。

 まさに室戸市議会が全国の地方議会の縮図といってよい。


 最後に。

 室戸市民の皆さんは陰ではとやかく言いますが、私のように表立って厳しく正論を唱えられないもんね。市長や議員が不正な政治運営をしてたら、もっと怒らなきゃいけませんよ。

 大正、昭和と続けてきた地元企業が室戸を出てゆくって話、知ってますか? 

 そうなったとき、皆さんの安心な生活や暮らしは守れると思いますか。間違いなく、それにつられて次々と会社は室戸から出ていきます。だから、いわば室戸の町は、じり貧状態になります。

 室戸の衰退は早いですよ。

 こういう状況は私が皆さんに警鐘を鳴らさなきゃ他に言う人がいないから、言い続けています。

 まちに人がいなくなって一番困るのは、商売人さん。私も商売人の子として生まれ、働きして今に至っていますが、室戸市役所が言うところの「2060年に8500人」なんて話、信用してはなりません。

 先ごろ視察した串本町の人口は約17000人だったし、佐用町も約17000人でした。今は室戸にも13000人いるからなんとか「室戸町」の状態を保っていますが、今から34年後の2050年になるとその「室戸村」の人口は0人になります。

 市長よりも私の方が市民への愛情は深くて厚いです。愛情があるからこそ、こうして正しい室戸の未来像を指し示し、それをブログで訴え、自分がもらっている報酬の中からお金を出して議会新聞を作り訴えているのです。

 ウソは申しません。室戸市が言う「2060年に8500人」なんて数字信じちゃいけません。自分の商売の行く末、将来設計は必ずしながら経営してほしい。そして、自分たち家族の身の振り方は家族で考えてほしい。出ていくもよし、残るもよし。それは自分たちで決めることです。

 言っておきますが、室戸市から「定住」とか言われても、この室戸に残って発生する貧乏生活の責任はとってはくれませんよ。それこそ、「自己責任」です。室戸に残って食うに困っても、個人個人に市から補助金など出ません。豊かな暮らしができるところはどこか、それは家族で今から考え、行動すべきです。

 私は市長よりも心優しい男だから、お教えした次第。皆さんのご健闘を祈る!


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再度、地方議会の「質疑」と「質問」の違いについて

2016-06-17 | 議会改革
 (小生は毎日のように地方自治に関する記事を書いていますが、この記事の検索が毎日のトップか2位に位置していて、大変うれしく思っています。このことはいかに全国の地方議員の皆さんが如何に議会での一般質問と質疑の違いに悩んでおられるか良く分かりました。そこで今日は、私が市議選で落選していた時期の2013年(平成25年)10月31日に書いた記事をもう一度掲載し、議会活動の参考にしていただこうと思う。) 

 長く議員をやっていると質疑と質問との違いをよく勘違いして覚えている議員がいます。

 室戸市議会においても、それが常態化し、議長をしている議員でも初当選して以来、まったく議員の職務に関して勉強をしてこなかったことから、議会がそれでいつも混乱していた。議長の不勉強によって、本当に毎議会混乱していたと言ってもよい。


 曰く、地方議員は大綱質疑における「質疑」と一般質問の「質問」との違いが全く解っていない。

 因って、今日はこの「質疑」と「一般質問」の違いをここで短く示しておきたい。議員は勉強しない人が多いが、ネットを検索して勉強を深めている議員のあなたは真面目な議員であることは間違いありません。「勉強をしなくても毎月、通帳に報酬は振り込まれてくる」と言って開き直る木偶の坊議員は放っておいて、今日は是非このことについて学び、議員活動が実のあるものとなるよう、祈っています。


 市議会議長になった議員誰もがこの違いにルーズで、それなのに自分の誤ったその知識と判断を議員に押し付けることが続いたので私は、議員になって6年目の2009年に「一般質問」と「質疑」について、全国市議会議長会や全国町村議会議長会が編纂し発行している書籍(『地方議会議員ハンドブック』、『議員必携』)、また『市民派議員になるための本』で確認した。

 それらを総合して私がまとめたのが次の、2010年にこの一般質問と議案質疑について書いた記事。参考にして頂きたい。


●一般質問と質疑の違い

 (1)一般質問…一般質問は大半の議会が「事前通告義務」を規定し、申し合わせにより、「発言回数の制限」や「時間制限」を行っています。室戸市議会の発言回数は2回で、質問時間は執行部の答弁時間を除き50分と決められています。

 勿論、事前通告制。まず、質問原稿は事前に、執行部側に「こんな質問をします」と届けます。これも議員の専門書などでは「出来レースみたいなものだ」の批判もありますが、質問原稿の中身をすべて出すことはないが、質問の骨子・要点を事前に執行部に明らかにいないまま、議場で議員が突然にその場で思いついた質問を次々と行えば議場は大混乱し、議事は小休に入りストップしてしまいます。だから、一日につき議員4名ぐらいの質問を予定していても、一番目のその議員で議場が混乱すればその日の議事は終わってしまう事態も想定されます。

 それに、時間が押せば、焦った執行部は議員が望む答弁はおろか、5分、10分のやっつけ仕事で書いた答弁書で答弁を終わらせることもありえることから、結局は事前通告制にしておかなくては議員の側が損だということになる。よって、少なくても質問の問いの要点だけは執行部に提出が義務付けられています。

 又、この一般質問についてよく聞くのは、「原稿なしでやるのが議員だ」的な話。地方議会を見聞して書いた本にはこんな批判があった。

 ≪議会の質問や質疑、討論は事前に原稿を準備し、棒読みをしていることが多い。ほとんどの議員が原稿の棒読みである。それも立て板に水のごとくに読めば聞きやすいが、そうでないときは、「もっとうまく読め」と思う。本人は話し言葉で書いたつもりでも、その中にはどうしても文章体が入ってしまうので、聞いていて変だ。

 議会は言論の府。本議会での発言は議員や執行部や傍聴人に対して聞かせる内容でなければならない。棒読みには親しみがない。言論の府と強調するなら、議員は下手であっても自らの言葉で述べる必要がある。

 本会議での質問を演説と勘違いしているので、原稿を棒読みするのであろう。ある地方議会で原稿を用意せずメモだけで、とうとうと質問した議員がいた。本会議での審議を形式化させないために議員全員がこのような生きた発言をしてほしいものだ。≫


 上の三つの文のうち、前の二つはそうだと思いましたが、最後の一節には誤りがあると思いました。

 それは、原稿も持たずに質問をすればかっこいいでしょう。ですが、その“生きた発言”をした議員が何分の質問を行ったかは書いてないのでわかりません。5分ぐらいなら別ですが、そのように原稿なしで取りとめもなく私と同じように50分間、質問を行ったとすれば議会が混乱するだけだ。それよりも、質問した議員も議席に戻った後、自分が執行部に何を質問したのかを皆目、覚えていないのは間違いなかろう。そんなやりっぱなしで、自分が何を発言したかも覚えていないような質問なら、やってのことはない。

 かつての私を例にとると、一回目の質問で行う問いは、少なくて30問ぐらい、議会によれば多い時で約50問ぐらいにはなる。質問するその50問を全て理論構成した上で、質問の骨子を忘れることなく、50問を問いかけ、その問いのすべてを覚えている人物はいない。聖徳太子でも無理。それを試みた議員もいたが、聞いていて議員が何を問いたいのか、何を伝えたいのか皆目分からず、執行部も議員も困り果てたことがある。多分、自分が問うた話の内容は覚えていない。

 だから、数分で終わる質疑もそうだが、特に一般質問は必ず原稿を事前に準備し、棒読みにならないように出来るだけ話し言葉で行うこと。それが一番適切と言えます。カッコをつけて原稿なしでやるべきものではない。

 その方が執行部も議員も困りません。反省すべきは、私も制限時間いっぱいに原稿を作っているため、時に急いで棒読みになることで、この点はいつも「話し言葉で」と心している。

 それと、一般質問とは、「所信を問い質(ただ)す」ことにより、執行部の政治姿勢を明らかにし、その政治責任を明確にさせ、結果として現行の政策を変更・是正させ、新規政策を採用(事業化)させる目的と効果がある。

 この、「政治姿勢を明らか」にし「政治責任を明確」にさせることが、「現行政策を変更・是正」させ、「新規政策を採用」させるためのものが一般質問だと、よく認識しておかなくてはなりません。又、ここまで突き詰めて質問戦を戦わなければ、いったい何のために質問しているのかわからないともいえる。

 質問に立ち、10分ぐらい質問して議席に戻り、「あー、言うだけのことは言った」と質問に立った議員全員が喜んでいては、いつまでたっても行政組織は改革・改善されない。

 議員は市長と執行部に対し「物申す」ために市民に選ばれ、議場に来ている。その「物申す」姿勢や精神がなくて行政側に寄り添い離れずに密着するのなら、議事機関と執行機関の二元的な仕組みは無用であり、有害としか言えない。

 その程度の人間ばかりが集まった組織なら、議会はいらないし、議員もいらない。

 役立たずの議会を無くせば、例えば室戸市が一年間に使っている議会費の1億円は県市民税削減に使うことができ、その方が市民生活も少しは好転する。


 議会は市長等執行機関を公正に眺め、厳正に批判し、行財政上の重要なことについて適正で公平・公正な結論を見出して、これを決定するのが議会、議事機関。市長等執行機関側が違法や不公正や不公平、不適正な事業・業務運営を改めなければ、改めるまで徹底追及するのが議会議員というものだ。

 それが、地方議員に課せられた使命であることを各議員は自覚していなければならない。

 因みに私は、自慢ではないが市長や課長に嫌われようとも市民から負託を受けた立場として職責を果たすべく行政組織に対峙し、言うべきことを言い、為すべきことを為し、議員職にあった8年間ずっとそう努めてきた。


 (2)議案質疑・・・「質疑」とは、議会の議案審議の中で発言するもので、「疑義を質す」もの。つまり、疑問に思ったことを問うこと。但し、これは原則として「自己の意見を入れない」とされている。

 ただ、これはベテラン議員がよく間違うことだが、「私ならこうする」とか、「これはこうしてはどうか」などと事業などを“動かそう(変更させよう)”という意思を以って発言してはいけないということです。この「自分の意見」とは討論の段階で述べるような賛成、反対の意見をいい、自己の見解を述べないと質疑の意味を成さないもの、根拠や過去の事業経過・データを基に執行部を追及することまで禁止しているものではない。この点はよく知っておかなくてはなりません。

●一般質問と質疑で一番大事なこと

 議会が開かれて、一般質問が行われ、議案を審議する大綱質疑では質疑を行います。次に書くことは、私が議員になる半年前に買ってきた議員の教本を見て知り、「へー、そういうことか」と驚いたことです。他の議員諸氏には教えたくないが、毎日検索して当電子情報誌をみていただいている議員の方々には特別にお教えします。

 実は、「質問」と「質疑」は「知らないことを聞いてはいけない」のが基本です。これは、「議会が開会し、発言で登壇する前日までに自分が問いかける案件について調べ、大まかな状況がわかった上で聞くこと」という意味です。 だから、「全く何も知らないまま聞くと、失笑を買う事になる」との教え(議員の参考書の)と覚えておいてください。

 議会においての質問・質疑は、一般社会の会議、例えば商工団体の会議での質問・質疑や、いろんな団体、例えば農協や漁協、観光協会の会員が集まっての会議で行う質問・質疑とは全く異なります。議会の質問や質疑は、議員がわからないことを尋ねる場ではないということです。

 ではどうしたらよいのか。

 それは、質問・質疑のどちらも、あらかじめ知らないことや理解できない案件(事業・業務・問題)を担当課に聞きに行ったり、そこでデータを収集したり、先進自治体が同じ事業や問題点についてどのように対処・対応しているのかをインターネットで調べ、十分に調査しておき、それらを基に理論構成をし、それに自分の主張・意見を加え、執行部を問い質し、追及し、議論する。それが議会における質問であり、質疑である。

 それと、これは知る人ぞ知るだが、議会の中の調査活動に熱心な議員なら、ある事業においては執行部より豊富なデータや手法を持っているともいえます。その時、執行部の答弁よりも議員の質問の方が密な内容になっていて、市長や課長の調査不足と能力不足がその時にあからさまになってしまう、そんな場合もある。

 この「知っていることを聞く」の基本についても知らない地方議員が多いようです。本会議で登壇し、執行部に予算額などの数字を聞き、答弁を受けると納得している喜んでいる姿を見るとそれがわかる。そんなことから、執行部にも他の議員にもその議員の日頃の不勉強がわかってしまうし、自分の値打ちを自分で落としているともいえよう。(自分ではそれに気付いていないが)

 だから、質問原稿を作るのは議会と議会の間の2カ月あるからだれもができることですし、質疑は告示日(議会開会の一週間前)に渡された議案書や資料を基に質疑原稿を作ろうと思えば、大綱質疑の日まで13日と限られているので少し急がなくてはならないが、議長を除く全員が質疑原稿を事前に作っておく時間はたくさんある。あとは、議員各自がやろうとする意欲があるかないかだけだ。「忙しかった」は、毎月報酬をもらっている議員として、理由にならない。

●「要望」は、議会外で担当課に書面で提出するもの

 それと一般質問において、そのまち全体を展望しての提案は別ですが、中には一般質問の場で要望をしておいて、「答弁は要りませんので、よろしくお願いします」と降壇している人がいる。だが、これは見ていてみっともないからおやめなさい。

 議会の一般質問で要望するのは余程のことがないとしてはいけない。しては恥ずかしいものです。だが、そんな議員は、議員になった時から誰もそのことを教えてあげないし教えを乞おうともしないから、何期になっても議場で要望を繰り返している。

 「要望」とは、議会外で担当課に要望書としてまとめた上で、担当課長に提出するもの。その要望書には、住民からの要請が当然あっての要望だろうから、その住民の名を連名で書くか常会からの要請なら常会長名を書き、賛同議員として自分の名を書き添え、要請文をまとめた上で提出するのが正式の「要望」です。

 それと、なぜ口頭の要望ではいけないのかですが、それは担当課長が要望を受けたことを忘れてしまうから。だから、要望は書面で提出する必要があるし、そうした方が要望を行った側のためにもなる。

 
 最後に、議員のバイブルともいえる本、『議員必携』に、政治家の要素としてこんな文が書いてあるのを紹介して今日は終わりとしたい。

 ≪政治家に強く要求されるのが、「勇気」と「奮起」である。

 かつて、ある有名な外交官がアメリカの故ケネディ大統領に、直接会って、「政治家として一番大事なことは何か」と質問したところ、即座に「それは勇気である」と答えたという。勇気なくしては、思い切って発言し、行政や住民に訴えて説得し指導することができないというのである。

 又、その外交官がイギリスの故チャーチル首相に同じ質問をしたところ、、「それは奮起である」と答えたという議員自らが奮起して発言し、行政当局と住民に訴えてこれを奮起させてこそ、行政の進展も地域の振興発展も実現し、真の指導性の発揮ができるというものである。≫


 私も議員になった時からそう思い、勇気を以って、積極的に毎議会一般質問に登壇し、毎議会質疑原稿を構えておいて議案審議にも登壇し、懸命に議員活動をしてきた。その他にも、『青空新聞』を毎年3回か4回発行し、又、日々の議会の動きや個人的な議員活動については、このブログの記事で二日に一回はお知らせやご報告をさせていただいた。とにかく、議員の職にある間は自分の出来る限りの力を出して市民の皆さんのために働きたいと思って働いた。

 長くなりましたが、以上です。参考になりましたでしょうか。

 大事なことは、政治とは、室戸市長や市議会議員のように「市民には解らないだろう」と思って策を巡らし、ルールを無視してなし崩しに行うものではないということです。

 何事も、法律や規則や公正で道徳心に基づいて物事を行うべきもの。

 ひと言で言うと、「してはダメなことはしては駄目」。

 このことをよく勉強した上で理解し守っていれば、大半のことは健全に行われる。

 さすれば、「質疑」と「質問」の違いも自ずから理解できるのではないでしょうか。

 しかし、これほど議会のあるべき姿、地方議員のあるべき姿を認識し、職務内容を熟知し、それに従って忠実に実行していたこの私を室戸市の有権者たちは「市長の不正を追及するからあいつを落とせ」と落選運動を市内全域に広め、悪意と無関心を以って落としました。

 北川村のある議員は選挙後、いみじくも私にこう言いました。

 「議会で一番仕事をしてきたおまんを落とすとは、室戸の人もほんまに変わっちょうな」。

 私は「うん、私もそう思う。市政の不正を監視して取り締まる議員がいなければ議会の損失になることも知らずに。これからは小松市長も議会対策が楽になることは間違いない。議案に地方自治法違反や条例違反があってもそれも解らず議員は賛成して通してしまうんやきんね」。

 そうと答えたものです。

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 さて、以上が3年前に書いた記事です。室戸市は相変わらずですが、全国の地方議員の皆さんはかつて書いたこの記事をご覧になられて議会活動は向上されたでしょうか? お伺いします。そして、今後においてもご活躍され、成果を上げることを期待しています。


※電子情報誌「青空エクスプレス」のアクセス数は、6月17日(金)付けGooブログランキング(2529384ブログ)中、2523位でした。
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執行機関の監視・チェックの強化と、「議会公開の原則」

2016-04-25 | 議会改革
 室戸市職員にお聞きしたが、室戸市議会議員の中には私が発行している議会新聞『青空新聞』が気に入らないと小言を言う議員がいるそうです。

 明らかに、自分がやれないことを実行できる議員に対する嫉妬心、ジェラシー。

 そんなに腹が立つのなら、ご自分も毎議会後に議会新聞のための記事を書き発行し、ブログを書けばよいではないか。でも、他人が見ると簡単に見えることでも、この世の中には他の人には真似のできないことってたくさんありますから、たぶん無理でしょう。それに、例え作って発行できたとしても、一回作ってやめたら「あいつは早ややめたか」と笑われちゃうしね。

 だから、新聞を作りブログを書いている議員の足を引っ張っているということだ。

 受注業者が単年度事業である新火葬場工事を繰り越し3年目にかかってしまったことに対しては市民だけでなく市内の建設業者の多くも批判している。この事業だけでなく、室戸市の施設改修工事が建設業者の仕事を作ってやり県外団体に研究施設を提供することを目的に事業化されようとしていて、市民からたくさんの批判を浴びている。

 この議員は、室戸市が行ってきたこれら一連の公共施設建設事業の不適正な事業運営について私が発行する議会新聞で厳しく指摘したことが気に入らないそうだ。

 それにこの議員は、私のもう一つの職業である画家としての発表の場である個展を1月に開いたが、その時に会場前に掲示した個展の看板が気に入らないとかで、「あれは議員としての売名行為じゃないか」と、ジオパーク推進課の職員に「あれを外させろ」と言ってきたそうです。女房と二人で笑っちゃいました。やっていることがまるで子供だ。

 私はその職員に「私は長年に亘る地域づくり活動で何度もマスコミの取材を受けたことですでに名前が売れている。そんな人間に対し『売名行為だ』は無いわなあ」と話し、笑ったことでした。

 それにしても、自分よりも技術や能力に秀でた人の足を引っ張り、何とか引きずり降ろそうと画策している愚かな姿は、いかにも室戸らしい。

 そして、この議員は議会でも同じ行動をとっていることを市民の皆さんには知っておいていただきたい。議員の発言を妨害し、気に入らなければ脅しをかける。やっていることが、まるでチンピラ。

 言っておきたいが、どこの地方公共団体(自治体)であろうが、どんな会社や団体であろうが、組織において不公正、不公正、不適正、不道徳等々の出来事は批判されて当然のことであり、その状況について情報公開してはいけないという法律は日本の国には一つもない。むしろ大いにやり、大いにその情報は拡散すべきことだ。そして、その住民だけでなく、全世界の人たちにその地域の政治が他と比べて如何に劣ったものなのかをしてもらう必要がある。それがまちの悪政を封じ込める唯一の方法だ。

 もし、改革志向の議員が行政や議会に関する不正や不適正や不公平や不道徳を記事で指摘し批判したことに腹が立つのなら、市職員や他の議員に愚痴をこぼす前に直接、私に言ってはどうか。あの議場での一喝事件以来、私には何も言ってこなくなったが、なぜなんだ。

 私が議員では無かった昨年3月議会において新火葬場工事事業案に3名の議員が反対、議会閉会後、その議員の一人に「帰りに鉄砲で撃たれんようにせえよ」と脅迫したそうだが、これは許される発言ではない。明らかに「室戸市議会議員政治倫理条例」に違反しており、自ら議員辞職すべきほど罪深いことだ。

 私は今任期、悪い議員に鉄砲で撃たれようと決意して議員選に出馬し、当選した。40歳からは高知県東部地域の活性化に自費を投じて働き、ここまで自分でもよくやったと思っていて、もう人生に悔いはない。もし公正な政治を目指す議員が気に入らなければ、いっそ私を撃ち殺してはどうか。ならば、『青空新聞』で不正や不適正な言動を批判されることもなくなるし、利害関係にある建設業者との深く長い関係も暗黙の了解で全うできるだろう。

 しかし、室戸市議会を見ていて思うが、男の嫉妬心ほどみっともないものはない。

 そんなに真面目な人間がしていることが嫌いで腹が立つんなら、私が長年やってきたように、自分も能力を高める努力を積み重ねればよい。


 そこで、私はこのようにブログに記事を書き議会新聞を発行して市政情報や議会情報について全世界に情報発信をしていますが、その「情報公開」について読者の皆さんに少しお考えいただきたいと思います。

 市政情報及び議会情報の公開について。

 まず、議会の情報公開は、いま全国で広がっている議会改革の大前提であり、各市町村議会には私が開設しているこのブログなど、WEB上での公開も含めて、情報公開のためのたゆまぬ努力が求められている。これが、全国の市町村議会が置かれている現状です。

 この地方分権の時代にあって、議会の存在意義は強化の方向にある。市長等執行機関に対し、市民の代表者として堂々と議論を展開するためには、議員の日常の調査・取材活動の飛躍的な向上は欠かすことができません。

 議員の為すべきことに挙げられるのは、公費の使途など行政情報は納税者である市民に明解に説明すること。議会情報の全てを市民に公開すること。市民の批判には謙虚に耳を傾け、市民と共に話し合い、改めるべき点は直ちに改めること。そして、議員という特権意識を捨て、市民の目線で物事を考えること。

 これらのことを議員が理解できていれば、議会で誰が一般質問や質疑をし、誰が質問、質疑をしなかったか程度の、傍聴者が既に知っている議会情報を広く一般市民に公開したことぐらい、当たり前のことだとすぐに分かると思います。議会は「公開の原則」が基本で、議員は知りえた全ての情報を市民に公表する義務と責任がある。

 議員は「非常勤特別職公務員」であっても、地方公務員法第34条のいう「公務員の秘密を守る義務」は「特別職の公務員である議員には適用されない」と規定されている。また、それだけでなくて、議員は「議会公開の原則を守る」義務を負い、「議員として得た情報を市民に公開する」責任があり、秘密会以外は職務として知ったことを話しても何の制限も罰も受けない。

 議会制民主主義の基本である条項として、地方自治法第115条で「地方公共団体の議会は、これを公開する」と定めている。「議会公開」の原則とは、①傍聴の自由 ②報道の自由 ③会議録の公表です。


 現状としては、議員が守秘義務を勘違いしたり、自分が議員としての職責を果たせない恥の部分を市民に知らせてほしくないという思いから、議会情報を市民に公開することをセーブしたり、他の議員が情報を公開することを阻止する動きがあるのは事実で、これはどこの議会でも同じであろう。だからといって、この情報公開の時代、議会改革の時においては、疑問だ。(ただ、議員の怠慢で議会情報を市民に伝えようと努力しない面も大いにあり、それが議会や市政の情報が市民に伝わらない原因の大半ですが)

 議会の情報、各議員が行う質問、質疑、討論、採決などの言動の情報は、全て市民と共有するのが原則である。このことは、傍聴人がいる本議会でも傍聴人がいない委員会でもいえることだが、これら議会中の情報は、もうその時点で情報の全てが市民に公開されていると理解していなくてはならない。

 市民に何を伝えるかは、個々の議員に任されているわけではない。行政情報の全て、議会情報の全ては、市民のもの。そしてそれは、その情報が発生した時から市民のものだ。依って、一部の議員が言っている「市政や市議会の情報を公開してはならない」という発言や行為は許されることではない。いや、むしろ市民の「市政と市議会の情報をほしい」との願いに背く行為で、懲罰ものだ。

 《議員のミッション(使命)とは何か。
 ミッションは、その組織や機関が「誰のために」、そして「何の目的で」存在しているかを考えると容易に把握する事ができる。
 その上で、議会が「住民のため」にあり、「住民が自治体から良質で低コストの行政サービスを持続的に受けられるよう、自治体の基本方針や重要事項を決定し、執行機関を監視しチェックする」ことを目的として設置されているとの考えには、大方の賛同が得られるだろう。》


 これまでに何度も引用しているが、雑誌『ガバナンス』の中で片山善博前鳥取県知事はこう記し、議員はそのミッション(使命)を忘れてはならないと説く。

 とにかく本を読んで勉強したいものです。

 でないと、地方議員は能力が高まらないまま任期を終えてしまいます。当然、10期40年間議員をやっても、7期28年間議員をやっても、知識も見識も決断力も勇気もあり正しい判断力を持った1期目の議員の方が能力が高くてやり込められてしまうことは、大いにあり得る。

 それは、地方議会というものを舐めてかかり、議会の時だけ出席していればよいと考え、市長を無批判で応援する「賛成要員」を務めてきたからが、理由。

 とにかく議員になったら行政の調査活動を続けながら、本や能力が高いいろんな知識を持った人から学び勉強をすることです。その「学び」の積み重ねが知識となり、能力となり、やがては才能となる。


※電子情報誌「青空エクスプレス」のアクセス数は、4月26日(火)付けGooブログランキング(2480148ブログ)中、3110位でした。
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