日々是好舌

青柳新太郎のブログです。
人生を大いに楽しむために言いたい放題、書きたい放題!!
読者のコメント歓迎いたします。

みじかよの ゆめにりゅうりの あめをきく

2017年05月07日 14時35分06秒 | 日記

じんがいに みみずのかわく ひなりけり


ふうりんに ふるゝはたれが こんぱくぞ


ひやむぎの あかきいちるを すゝりけり


ゆびぶえの うちびるかわく むぎあらし

有季定型句も墨書してみました。
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

筆で書く古稀の手習い捗らず

2017年04月26日 17時34分50秒 | 日記
天城山深く分け入り甘茶を探す
16歳、高校一年生の時、伊豆の天城山を縦走した。この時、ヤマアジサイの変種アマギアマチャを採集した。山中で2泊して3泊目は松崎の大沢温泉の河原に野営したが生まれて初めて混浴の露天風呂に入った。
今から54年前のことであるが鮮明な記憶が残っている。

たんぽぽの茎の草笛ほろ苦し

ワンカップ大関空けて薊一輪を挿す
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

蕨煮て漸く春を堪能す

2017年04月14日 20時02分24秒 | 日記
「蕨・わらび」

 これは何かの折りに聞いた話である。太古、地球上に恐竜などの爬虫類が跋扈していた頃には、植物界でも羊歯類が全盛で、大型の羊歯植物が繁茂していたらしい。当然、草食の恐竜もいて、豊富な羊歯類を鱈腹喰らって繁栄していたようである。

 その羊歯植物だが、この仲間には所謂、毒草と呼ばれるものが存在しないそうである。

 有毒植物は羊歯植物から顕花植物への進化の過程で出現したようだ。しかし、毒が無いからと言って羊歯類全体が食用に適しているわけではない。

 羊歯類の中で一般的に食用されているのは、「蕨・わらび」「薇・ぜんまい」「清滝羊歯・きよたきしだ」「こごみ」などである。

 「こごみ」は山菜としての呼び名で植物学的にはオシダ科クサソテツという。これら食用の羊歯類に共通することは、冬になると地上部が枯れ、翌春に若芽を出して更新する夏緑性植物であるということだ。だから、春先にその柔らかな若葉を採って食用にするという次第である。

 最初に有毒の羊歯植物は無いと申し上げたが、これら羊歯類の山菜も大半は、生の状態ではアクが強く、エグ味があるので生食には適さない。

 私は蕨を食うときにいつも思う。木灰を利用して蕨のアクを抜く方法を最初に発見した人は、河豚を最初に食った人と同じくらいに人類に貢献したのではなかろうかと。

 さて、蕨の話である。蕨はウラボシ科の羊歯類だから花の咲かない隠花植物である。地上部は冬に枯れるが、地中には延々と地下茎を張り巡らせている。

 蕨の地下茎には良質の澱粉を多量に含んでいる。この地下茎を掘り採って擂り潰し、水に晒して精製したものが蕨粉である。蕨粉から作る蕨糊は接着力が強く、傘や提灯を貼るのに用いられる。蕨餅は蕨粉から作った餅で黄粉や黒蜜をかけて食べる。

 枯れた蕨は明るい茶色である。他の枯れ草と色彩が少し違うから注意して見るとすぐに判る。蕨を採るということは、即ちこの枯れた蕨を探すことである。

 前年の冬に枯れた蕨の下には翌春必ず早蕨が萌え出すのである。

 蕨採りには小さな鎌を使うと具合が良い。なるべく根元から刈り取って家に持ち帰る。蕨を食うためには最初にアクを抜かなければならない。

 アクの抜き方には幾通りかある。先ず、蕨を手に持って軽くポキッと折れるところで折り、根元の硬い部分は捨てる。残った柔らかな部分を器に並べ、木灰を振りかけてから熱湯を注ぐ。一晩放置してから真水で木灰を洗い流す。これでアクは完全に抜けている。

 木灰が入手できないときは、稲藁を一把燃やして藁灰を作る方法がある。また、硬い部分を取り除いた蕨を茹でて木灰を塗す方法もある。

 生のままの蕨をたっぷりの塩に漬け込んで保存する方法もある。

 一番簡単なアク抜きの方法を伝授しよう。

 薬局から胃酸過多の人が服用する重曹を買ってくる。硬い部分を取り除いた蕨に、重曹を薄く霜が降りた程度に振り掛ける。

 蕨全体が浸かるまで熱湯を注ぎ一晩放置する。翌朝、重曹の液を奇麗に濯ぎ流してアク抜きは完了する。

 灰にせよ重曹にせよ使用量が多すぎると蕨は溶けてしまうので、量を加減することが肝要である。

 蕨の料理方法について申し上げよう。私は毎年、最初に収穫した蕨を必ず味噌汁にして味わう。

 収穫量が多くなると、今度は油揚げなどと一緒に煮て食べる。アクを抜いた蕨に花鰹と醤油をかける、所謂、「蕨のおひたし」なる食い方を私は好まない。

 美食家として夙に著名なかの北大路魯山人は、山の蕨は海の河豚に匹敵すると言っていたそうである。

 河豚と同様に、味は淡白だが、それだけに料理人が腕を揮うのに格好の材料となるようだ。

 なにやら取り留めの無い話に終始したが、今回からは山菜の話にお付き合いいただくことにする。



◆誰にも教えないわたしひとりのわらび山  白兎
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

佐渡遊女みほのが情話はつしぐれ

2017年04月04日 16時00分30秒 | 日記
 僞(いつはり)とこちは思はじ初時雨  佐渡遊女みほの
 
 この句には「仰ごとはちがひ候へどもこなたはまことと存じ候」との前書きがあり作者は佐渡遊女「みほの」とだけ書いてある。夜半亭蕪村編輯《玉藻集》に採録されている句で季語は勿論「時雨」で冬である。

 佐渡金山華やかなりし頃、時の幕府は、鉱山労働者を確保するために、相川に歓楽街を設置し、それを手厚く保護した。労働者の労働後の楽しみと言えば、飲む打つ買うである。佐渡の遊郭は、江戸の吉原よりも先にできた。まず最初に山咲町に遊郭ができ、後に水金町に移った。

 遊郭に身を投ずる遊女は、佐渡の貧しい家庭に育った娘がほとんどであった。彼女らには、苦界に身を置いて居ると言う意識はほとんど無かった。その理由は二つある。一つは、貧しさからの解放である。彼女らには、着物、風呂、化粧、食事の心配が無く、しかも遊郭経営者により手厚く保護されたからだ。二つ目は、江戸時代に広まった儒教の影響で、親孝行の意識があったからである。

 親が娘を遊郭に預けると前貸し金をもらえる。遊女は10年間の年期奉公だが、その間の賃金は、全てそれらの利息の支払いに当てられる。だから遊郭を出るためには、前貸し金の支払いが必要であった。それが支払えない場合は、遊女は再び遊郭で働き続けなければならない。何とも悲しい話ではあるが、当時の佐渡では、それでも遊郭に身売りする娘は大勢いたようで、幕末の佐渡奉行だった川路 聖謨(かわじ としあきら)は、「佐渡で安いのは魚と女だ」と言ったとされる。

 金山の隆盛時は、コンドームなどない時代である。妊娠しにくくなったら一人前の遊女と言われた時代だ。そして性病の検査も治療もできない時代である、遊郭通いで性病に苦しんだ男達が平癒祈願の絵馬を神社に奉じたのもむべなるかなな時代であった。だが、現代のように多彩な娯楽の無かった時代である、彼らは性欲を満たすために、唯一の娯楽である遊郭へとこぞって通った。現代でもそれを目的に性風俗店通いをする男共を批判はできまい。

 川路 聖謨(かわじ としあきら)は、江戸時代末期(幕末)の武士(旗本)。号は敬斎。
 豊後日田代官所の役人の息子に生まれながらも、まれにみる才幹を示して、勘定吟味役、佐渡奉行、小普請奉行、大阪町奉行、勘定奉行などの要職を歴任している。そして、勘定奉行在任のまま海防掛になった。 幕末きっての名官吏で、有能なだけでなく、誠実で情愛深く、ユーモアに富んでいた。和歌にも造詣が深く、『島根乃言能葉』などの歌集も遺している。

 夜半亭蕪村編輯《玉藻集》は千代尼の序、田女の跋を付して安永3年甲午(1774)に刊行された。時に蕪村59歳8月であった。「玉藻」は伝説の美女玉藻の前(たまものまえ)を指すと思われるが、その正体は金毛九尾の妖狐。失礼ではないかと思いきや、田女は跋に「天地をうごかし鬼神を感ぜしめし女の歌仙、數ふるにいとまあらずとや」と記し、その命名に異議はないようである。

 女性俳人の作のみを集めたもので蕪村の句は含まれないが、蕪村の審美眼を知る意味でも、また有名無名の如何なる俳人があったかを知る意味でも興味深い。当撰集は大正11年に東京市神田の有朋堂書店より活版で出版されたことがある。それ以外の覆刻については未詳。

ここに遊女と肩書の付いた句だけを抜粋してみよう。

俳諧玉藻集     平安 夜半亭蕪村輯

色紙や色好みの家に筆始      遊女 利生

夕立やいとしい時と憎い時     遊女 しづか

蟲干や具足櫃から轉び出る     遊女 小源

朝夕に見る子見たがる踊哉     遊女 花崎

朝顏のはえあふ紅粉のねまき哉   遊女 高尾

月はのう淋しいでこそ哀なる    京遊女 九重

秋の千種の哀れなるが中に     遊女 長門

僞とこちは思はじ初時雨      佐渡遊女 みほの

兒の親の手笠いとはぬ時雨哉    遊女 夕霧

我袖の蔦や浮世の村時雨      遊女 薄雲

慰めし琴も名殘や冬の月      遊女 いくよ

我子なら供にはやらじ夜の雪    遊女 ときは

千鳥啼出れば雌か雄かの      遊女 いくよ

 遊女といえばもっと古い万葉集にも「うかれめ」の歌が残っている。「うかれめ」は、天平時代(一一六五~)の万葉集に、万葉仮名で「遊行婦女」と記されている。「遊行婦女(うかれめ)」とは、宴席に侍り詩歌音曲を奏する云わば芸妓であるが、錚々(そうそう)たる万葉歌人と同席して歌を詠んでいる。それらの歌は万葉歌人と同等、若しくは、優るとも劣らぬ詠みっぷりである。

 万葉集には四人の「遊行婦女」が名を残していて、名は、「土師(はにし)」、「蒲生(かまふ)」、「左夫流児(さぶるこ)」、「児嶋(こじま)」である。

 現代のキャバクラ嬢の無知・無教養に比べたら昔の遊女はなんと奥ゆかしいことかと嘆息せざるを得ない。
コメント (4)
この記事をはてなブックマークに追加

ほろ苦き 春の味こそ 土筆飯

2017年03月11日 19時25分34秒 | グルメ
 春になると土手や野っ原のいたるところに顔を出すのがツクシである。ツクシといえば星野立子の「まま事の飯もおさいも土筆かな」という句を思い出す。平明で解りやすい一句だと思う。

 また、「土筆、誰の子、杉菜の子」というわらべ唄は誰でも一度ならず聞いたことがあるだろう。唄の通りツクシは木賊(とくさ)科の植物スギナの胞子茎である。胞子ということは即ち隠花植物ということであってスギナは羊歯植物の仲間である。

 ツクシの語源は澪標(みおつくし)からきたとする説が有力であるが、これには勿論異説も多い。ツクシは漢字で土筆と書くが、姿を筆に見立てたもので的確な表現だと思う。なお、定かではないがツクシを男性器に見立てた俳句もあったように記憶している。一方、親のスギナの語源は姿が杉に似ているから杉菜と呼んだという説が解りやすいように思うが、これにも諸説がある。

 スギナは庭や畑に蔓延ってなかなか手ごわい雑草となる。その理由は細くて長い地下茎にあって、地上部をいくら抜き取っても、地下茎を取り除かない限り、次から次へと生えてくるのである。また除草剤などにも比較的強いようである。スギナを根絶するためにはワラビの地下茎を細くしたような黒くて長い地下茎を残らず掘り起こして取り除く必要がある。

 初夏から夏の盛りにかけて青々と茂ったスギナを採取して水洗いしたのちに天日で乾燥したものを問荊(もんけい)といって利尿や淋病などの生薬にする。また、花粉症に効能があるとの説もあるが科学的な根拠が示されているわけではない。
問荊は少量を水で煎じて服用するのだが、病気の治療に用いるのは専門家の指導を受けるのが適切であることは言うまでもない。

 さて、ツクシの食べ方である。先ず、ツクシはなるべく未熟なものを選んで採取していただきたい。未熟なツクシは頭の部分が青くて広がっていない。反対に熟して胞子を散らしたものは急速に衰え、皺が寄ったりしているから見分けは簡単である。

 採ったツクシは関節の部分についている袴(はかま)を丁寧に取り除く。この際に未熟な頭の部分は残してよい。よく水洗いしてから笊にあげ水を切れば料理の準備完了である。軽く茹でてアクを抜いてからだし汁で煮たり、玉子で閉じたりするのが手っ取り早い食べ方であるが、天麩羅に揚げたり、佃煮にして保存する方法もある。

 また、少量のツクシを御飯に炊き込んで土筆飯として季節の風味を楽しむのもよい。ただし、ツクシにはアルカロイドやケイ酸などが含まれているので一度にたくさん食べるのは控えた方がよい。

 私が俳句の先輩のお宅でご馳走になった土筆飯は帆立貝柱の出汁が効いて実に美味であった。ちなみにツクシにはちょっとしたほろ苦さがある。

 最後にこれは蛇足である。江戸時代の静岡は幕府の直轄地であったがために駿府城には城主がいなかった。代わりに幕府の重役が城代や町奉行、
代官として赴任し、多くの勤番侍を統率していた。これらの勤番侍たちを慰労するために「土筆ぶるまい」という年中行事があったそうである。地元に住んでいながら「土筆ぶるまい」についての詳しい経緯がわからないのが残念である。

◆ つくしつむとて妻と野に出る  白兎




コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

世の中は狐と狸の化かしあい

2017年03月05日 08時38分23秒 | 日記

                    告 訴 状

                               平成2■年 ■月 26日

静岡中央警察署長 殿


                               告訴人  秋山 忠義  ㊞


告訴人
住居 静岡市葵区桜町■丁目■番■■号
職業 株式会社 ■■ 取締役
氏名 秋山 忠義
昭和22年■月7日生
電 話 090-■760-■■■■
FAX 054-2■4-■■■■

被告訴人
住居 神奈川県川崎市麻生区(以下省略)
職業 建設作業員(とび職)
氏名 ■■ ■■
昭和57年■月■日生
電話 080-■184-■■■■

第1 告訴の趣旨
   被告人の下記所為(しょい)は、刑法に規定する文書偽造行使等の罪並びに印章偽造の罪に該当し、その結果として金銭を詐取したことは詐欺罪に該当すると考えるので、被告訴人の厳重な処罰を求めるため告訴します。

第2 告訴事実
   被告訴人は親族並びに知人等から多額の負債を抱えて返済に窮し、平成2■年10月30日をもって株式会社■■を退職して川崎市麻生区に所在する■・■■■■(■■■■代表)へ転職しました。その際に中古自動車1台を会社が借りている駐車場(月額7,000円)へ放置して行きました。会社は善意の管理者としてこの自動車を維持管理してきましたが、平成2■年2月13日をもって自動車検査証の有効期間が満了しました。
   そこで改めて自動車検査を受け同時に所有者名義の変更を行うために必要な自動車税の領収証書の引渡しを求めました。これに対して被告訴人は平成2■年2月21日セブンイレブン狛江駅南店よりファクシミリを使用して県税等領収証書を送ってきました。この領収証書にはローソン上麻生六丁目店の領収印が押されていたので自動車税は納付されているものと信じて延滞金を含む税額19,000円を被告訴人の指定した■■銀行千代田支店の普通預金口座へ振り込みました。
   その後、自動車整備工場へ自動車検査を依頼したところ、自動車税の納付がされていないことが判明し、静岡県静岡財務事務所へ問い合わせた結果やローソン上麻生六丁目店の確認結果でも振込みの事実のないことが判明したものです。
   被告訴人は、27歳のころ大麻不法所持で逮捕歴があるにもかかわらず一向に反省の色も見せずに浪費生活を続け、今回の犯行に及んだもので同情の余地はなく厳正な処罰を求めるため、ここに告訴いたします。

第3 立証方法
 ・ファックスされてきた偽造静岡県県税等領収証書(コピー)
 ・せいしんキャッシュサービスご利用明細票(コピー)
 ・自動車検査証(コピー)
 ・平成2■年2月27日現在自動車税未納を証明する文書

第4 添付資料
  ・被告訴人の勤務先等を書いたメモ 

 しばらく前に私の周辺で起きた不愉快な事件です。被害額は19,000円とわずかでしたが、子供だましのような手口にはまった悔しさと腹立たしさで以上のような告訴状を書きましたが、この告訴状を読んだ本人から返金がありましたので結局は提出しませんでした。お粗末な話です。

 告訴・告発の方法は、検察官または警察・司法警察員に対して、書面または口頭で行なうことになっています(刑事訴訟法241条1項)。
※司法警察員とは、巡査部長以上の階級の警察官や労働基準監督官のことをいいます。

 条文上は、口頭でも可能であることになっていますが、構成要件(犯罪の成立要件)を満たすには、具体的な犯罪の事実や被害の内容などの詳細に関する説明が必要となりますし、手続きの明確性という意味でも、書面であることが望ましく、警察当局においても、事実上、書面による告訴・告発を求められます。
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

ねじ式忌 その人徳を 偲びけり

2017年02月27日 09時48分33秒 | 日記
 現代俳句協会の千葉県協会長であり本部IT部長を務めていた大畑等氏は2016年1月10日に急逝されました。前年の12月半ばに倒れ、入院したものの、回復が叶わず、1月10日午後亡くなった。65歳という若さだった。

大畑等(おおはた・ひとし)

1950年、和歌山県新宮市生れ。
早稲田大学理工学部建築科、同大大学院理工学研究科卒業。
千葉県船橋市。一級建築士事務所・大畑建築設計事務所代表取締役。
千葉県在住。建築士。
昭和63年「麦」の東京研究会にて田沼文雄の指導を受ける。
「遊牧」同人、
「西北の森」会員。
「麦新人賞」
「麦作家賞」
「現代俳句評論賞」受賞。
私家版句集「むぎ懲役」、共著「おおいとⅡ」、『ねじ式』。など、現代俳句の期待の作家であった。

(主要作品)
うしろから突き落とされて滝である
おにはにはにはにはとりがゐるはるは
くびれつつ実るものあり秋の暮
なめくじりいちいち尻を見るなかれ
なんと気持ちのいい朝だろうああのるどしゅわるつねっがあ
ねじ式で卵うみたる秋のマリア
のどぼとけ明日鳴るはずの非常ベル
ぼんの凹私と蛇がよじれ合う
みの虫の百ほど垂れて家建てる
らっきょう噛めば解体新書の音する
三島忌やまだうら若き洗面器
不惑とは何ぞ新茶はなまぐさし
人形より遅れて人間杖をつき
前略百年同じところのがまがえる
大いなる籠を探せり冬の鵙
嫁が君渡世は意外に簡単だ
心は腸である高感度フィルム
心臓を乱用したり秋の蠅
愛あれば死んだふりする田螺かな
我が頭跨がれやすき彼岸過
月蝕下大根おろしがうまくすれた
栓抜を探しておりぬ秋の蛇
梅雨空や遺書書くまえに落書きす
歎異抄屈伸運動しておりぬ
水平線にうどんを垂らす頭痛かな
流星群来よ大根を煮ておくから
父にしあれば枯野のなかを内出血
男の首絞めたり葱を作ったり
絶対電柱少女ぎしぎし歩く
葛の花産湯さびしく出でしかな
薔薇の園笑い過ぎても死にますよ
踏んづけて亀を鳴かせり十二使徒
仏壇をたたき壊して浅草寺
黒に黒かさねて女薄目せり
予言書に白いコートがぶらさがる
ざっくりと地獄見てきし色眼鏡

 インターネット俳句会ではG1クラスの講評を担当。高得点句に対しては、辛口の指摘で更なる精進を促し、0点の句の中から丁寧に選んだ注目句に対しては、その良さを褒め、励まし、愛情溢れる文章であった。小生は0点常習者であったから前後数回の講評をいただいている。

 小生は大畑等先生の前任管理者から除名処分を受けていたが、先生から名誉回復をしていただき、同時に現代俳句協会加入の推薦人を引き受けていただいた。小生にとっては俳句界に於ける最大の恩人であった。深く感謝し、心からご冥福をお祈りします。
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

土日には 古稀手習いに 精を出す

2017年02月18日 17時48分12秒 | 日記

焼津名物の一つに鰹の心臓の味噌おでんがあります。地元では臍(へそ)と呼んでいます。


煮干しを炙って熱燗に浸した「いりこ酒」は河豚の鰭酒や岩魚の骨酒と比べても遜色ありません。


田舎の道端に馬頭観音が祀られています。運搬作業中に死んだ馬を供養したようです。


近頃の蝙蝠傘は安いけど壊れやすいです。折れた骨を修理することもありません。


祖父・常吉は大酒のみ、それを見て育った父は酒を飲まず、孫の私は嗜む程度の酒のみです。


酒乱の男の四十九日忌は極めて和やかに執り行われました。


小学校一年生のころ、近所のお兄さんが田圃の耕作に使う牛に乗せてくれて学校まで送ってくれました。
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

乙女らの脚眩しく拝す

2017年02月09日 20時19分54秒 | 日記
膕はヒカガミと読み足の膝小僧の裏側の窪みのことです。

安倍川河川敷きの草地には雉がおりますが右岸の慈悲尾の山から川を渡ってきています。

イタドリの若芽は生でも食べれれますが塩もみにすると素朴な味が楽しめます。

慶州仏国寺土産の木魚です。

苜蓿はウマゴヤシで詰草のことです。

浅蜊が塩水を吹いて音を立てます。

堆肥の中にはカブト虫の幼虫・・・カミナリ虫がいます。

蓬饅頭の蓬はミキサーで粉砕してあるので鮮やかに発色します。

草餅の草には蓬の他にも御形などもあります。
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

親友の 忌日はずっと 忘れない

2017年02月06日 12時53分31秒 | 日記

横浜からも北多摩からも富士山はみえました。


行きつけのお店ではいつも決まった席にこだわります。


瘋癲というのはバカ者ということですが、ふらふら落ち着かない者もフーテンといいますね。


飯場にいれば食いはぐれはなかったです。


レタスしゃぶしゃぶ大好きです。


オイル缶の焚火です。


伊達智之介さんはネット友達でした。智さんは2007年2月15日午後1時30分、仕事途中に青森県八戸市付近の有料道路のトンネル内で路面凍結のためスリップし、4トントラックと側面衝突してしまいました。
コメント (4)
この記事をはてなブックマークに追加