まわりで起こっていること

since2004.12「糠漬け初心者」

習ったことから解き放れて

2017年07月15日 | Weblog

今朝の表題は、微妙な言い回しでもあり。

なんだけど。

このところ、この感覚を大事にしてるんだ。

どこかで習ったこと、花に名前をつけて、呼び方を覚え、ああ、なんとかの花ね。

って、感覚ね。

名前を呼ぶことで、さまざまな、蓄積された思い出、感覚を呼び覚まし、で。

目の前の花、そのものから、遠ざかっちゃう、ってのね。

花にかぎらないけど、お腹がグーとなった、きっと、お腹が空いてるんだね、ああ、お腹が空いた。

みたいな。

思えば、たくさんのこと、習ってきたね。

この社会に適合するためのもの、だったり、真逆のものだったり、しかし。

それらのことごと、ってのは、ほんと?それでいいの?

くらいの感じかな。

すると、なかなか、楽しいんだよね。

そりゃ、大人だから、おもんぱかり、とか、忖度、とかのテクノロジーは、それなりに表現しつつ。

ではあるけれど。

よく言われる、官僚さん達の、前例主義っての、あれ、わが列島の、にかぎらないかも、だけど、究極の。

習ったはずのことへの讃歌、とも言えるかな。

習ったこと、って言葉は、その反対側に、習わないこと、ってのが、鎮座していて。

例えば、忠臣蔵の、浅野内匠頭に意地悪をする吉良上野介って絵柄ね。

組織を運営する上での、様式美、または、形式美、に少々の嫉妬心みたいなもの、混ぜ込んで、でしょ。

忠臣蔵の作者的には。

史実としては、もちろん、まったく、別の様相ではあったんだろうけど。

習わないことへの怯えが、多くの先達者、というのか、出家とその弟子、みたいな。

習ったことをたくさん持った御仁から、睥睨されることに、快感を覚え、擬似至福体験をしちゃう。

って絵柄にも通じ。

んだけど、その絵柄、ほぼほぼ、社会が、想定の範囲内で進んでいます、なんてウタイの時には有効。

かも、だけど、想定の範囲外が、そこかしこでお起こり始めた現在には当てはまらない。

はずなんだけど、そこはそれ、旧来のマインドセットのど真ん中にいると、見ようによっては。

究極の無駄、に付き合わされちゃう、なんてね。

日に新たに、日々に新たに、また日に新たなり、の世界。

この新しい、って字、立ってる木を斧で切る、という意味で、一見痛いけど、そこから何かが生まれる。

なんてのが、安岡正篤さんの言い分だったな。

それを、痛い、と見るか、快感、と見ると、デフォ、と見るか、見解は分かれるんだろうけど。

ま、グーグルの、初心者になろう!ってキャッチだな。

初、という字にも、刃がついてるね。

そんなところなんだろうね、人類の曙に感得したことは。

そう、昨日、西欧文明の発祥、原点みたいな国、ギリシャから帰国した社員さんと。

ほんの少し、かの地について話した。

パルテノン神殿?とかの壮大な建物に感じ入った、と言ってた。

そういえば、高校時代の、変人と言えるか、恩師が、ギリシア神話と聖書は勉強しとかないと、とかおっしゃっていた。

素直でない生徒たる当方は、聖書は、割と読んだかも、だけど、ギリシア神話については、いろんな神様の名前が覚えきれず。

あんまり習わなかった、んだけどね。

それでも、こうしてここに生きてるんだから、寿ぎ以外はないわけで。

なんてことも思い出し。

今朝は、習わなかったこと、という領域を味方につけた「教師」という絵柄のブログ、書いているわけだ。

ずるいよね、って。

さて、この週末は、町内の夏祭り、昨日の定例会で、待ちに待った、と会長さんがおっしゃっていて。

でもないですけど、と小さく心の中でつぶやいていた。

 

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