まわりで起こっていること

since2004.12「糠漬け初心者」

体幹を体感して歩く

2016年10月12日 | Weblog

今朝の表題は、あまりに、オヤジギャグ的な。

ですが。

 

こんな姿勢で、右、左、と腰をひねる、というのか。

鎖骨をひねる、というのか、左右、7回ずつね、それが。

僕の、毎日のルーティーンのうちの、ひとつなんだけど。

この姿勢で、歩いてみると、これまた、面白いんだ。

肩幅に足を開き、しかも、足の中指を中心にかかとと結んだ線が、T字になる、という立ち位置からね。

歩く。

すると、もちろん、鎖骨をつかんでいるので、歩きづらくはあるんだけど、カラダの。

骨を使って歩いている、という感覚が残り、体表面ではなく。

カラダの奥の方で歩いている、つまり、最奧の骨で歩く、とでもいうか。

その体感が得られ、さらに、今度は、鎖骨を押さえている指を離して歩いても、笑いたくなっちゃうくらい。

足の裏が、大地をつかむような、多少、前のめりのような、そんな感じで歩くことができ。

表題のごとくに、体幹を体感しながら歩く。

ってわけだ。

このところ、bone stretchのネタが続くけど。

このね、体幹で動く、というのか、骨で動く、というのか、それは、そもそも。

この二足動物のデフォの姿のようで、疲れがね、たぶん、だけど。

かなり少なく日常生活を送っているんじゃないのかな。

そんな気がする。

自分自身の、当たり前化している日常の、立ち居振る舞い。

ってのも、実のところ、長い年月かけて、オリジナルに、作り上げてきたものに過ぎず、ね。

さまざまな方々からの、貴重なサジェスチョンやら叱責やらホノメカシやら嘲笑いやら。

ネガもポジも、玉石混交の暮らしの中から、どこに視点を置くか、という。

その視点を手に入れる、というのも、これまた、二足歩行者としての。

貴重なアドバンテージでもあり。

カラダに限らず、思考の束の処理の仕方、みたいなのもね。

あるいは、投げかける一つの言葉の、その力の配分とか、さまざまな、体幹運動、ってのが、ありそうだ。

って、このところ、少々、ランボーを気取って、象徴主義的な。

具体的な何かで、他の何かを語る、みたいな考え癖でもあって。

なんで、真面目に読んでくださる方からすると、何言いたいんだ、なんてことにも。

なるかも、ですが。

This is me、くらいの調子で、これが、わたくしめの一つのあり方でもあります、と。

この骨ストレッチの創始者、松村さんという方が、新刊本の中で、日本の武芸者の話だったか。

そこで、例えば、剣の達人が果し合いをする。

すると、一向に動かない、と言うか、動けない。

達人ともなると、自我、ってやつが、どこかへ飛んで行って、なんていうのか、自然の流れのなかに入る。

とでもいうか。

なので、うちかかろうとする瞬間、その、ほんのコンマ何秒か前には、相方にその意図が伝わってしまっている。

ので、打ちかかる剣に応じた態勢が出来上がっちゃうので、試合にならない。

というようなことを書かれていたような、あるいは、OSHOだったか。

どちらだったか、忘れたけど、つまり、自分でなんとかしよう、ああしよう、こうしよう。

という小さな自我が、消し飛んだ時には、その裏側の、大きな意識、というのか。

集合意識というのか、気配というのか、そこの部分は、瞬時に相方に伝わってしまう、というね。

そんなことらしく、夫婦の会話でも、あるいは、個人ミーティングでも、その他の日常の暮らしの中でも。

その、自分が、自分が、という小さな自分が、どこかへ行っちゃってる状態だと、相手が。

話す前に、何を話そうとしているかわかっちゃって、ということが起こるんだよね。

これ、面白いな、というわけだ。

夕べも、グリーフケア、という、看護師さんをやりながらの、例えば、親しい方を亡くした、その悲しみのケア。

について、専門的に、カウンセリングを含め、御本も書かれたり、さまざまな事業をされている女史との会話で。

その方を紹介してくださった方が、当方を指して、瞑想をしてらっしゃるんです、という言葉に応じて。

私も、日々瞑想をしています、迷走ですが、みたいな。

応酬があったんだけど、その彼女、シャレでおっしゃったんだけど、実は、暮らしの中で、しこたまな。

瞑想的な瞬間、時間、ってのは、あるわけで。

わが列島で開花した禅、も、その極致、ってのは、いつだったか、アップしましたが。

山口小夜子、というダンサーの言葉に、こころがからだを着ている。

なんてのがあって、彼女の、元恋人、という方が、ウエアリスト、と呼んでいたけれど。

強引に、表題にくっつけると、こころがからだを着ている、とも言えるし。

あるいは、カラダが意匠としてココロを纏う、とも言えて。

なんてサゲで、今朝のブログは終了いたします。

 

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