まわりで起こっていること

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今朝のカラスはドヤ顔でやってきた

2017年06月20日 | Weblog

このところ、事務所のベランダに、巴川方向からやってくる。

わがトーテムと命名して以来、そんな感じだ。

またしても、感じる力、使ってる?というタネをわが心に。

落としていったわけだ。

もう少し経ち、骨ストレッチをしながら巴川を眺めていると、下流から。

白鷺や名の知らない鳥が、水面まじかを滑空していく。

思わず、骨を動かしながら、かっこいいね!と、芝居の、大向こうからの掛け声みたいに。

心の中で、ひそかに、つぶやき。

なんて人知れずのシーンが、待ってもいてね。

そんな朝の景色。

これらの一連の、それこそ、one pieceとしての宝物、みたいな毎朝、ってわけだ。

こちらの事務所に引っ越してからだから、5年くらいになるか。

今朝は、机の上に、人型と車型、とでも呼べばいいのか、置いてくれてあって。

夏越の祓、一年のちょうど半分の頃、小芝神社で、挙行されるんだけど。

その時に、お焚き上げされる、人の形をした紙に、名前を書き、カラダの痛いところ。

不調を訴えているところ、などなどをそれで触れて、というわけだ。

そう、まさに、手当。

言葉としては残っているけれど、その意味は、形式的に、マンネリ化してしまった習わし。

なんだけど、カラスのメディスンからしたら、まさに、感じる力、使ってる?ということで。

実のところ、現代においても、重大な仕草、振る舞いなのかも知れず。

幼い頃の、痛いの痛いの、飛んでけー!ってやつね。

現代風の言葉で言えば、この、効果効能は、ある、と。

この間、わが身、わがカラダで、実証実験してみたからね。

その時には、人型は使わず、自分の手を患部に当て、そこへエネルギーを充填。

腰の痛みは、ひいたよ。

古来の習俗のうち、未開人の迷妄、迷信、などなどとの分別は、必要かも、だけど。

簡単に、未開の民の、なんて、上から目線の言葉で斬って捨てることは、そろそろ、やめにしても。

いいんだろうな。

そもそも、未開、開いてない、ってなによ、くらいの話だ。

文明的に開かれている、なんて言いながら、心の中は、閉じっぱなしでしょ、というね。

ところで、このところの車内ミュージックは、「ツァラストラかく語りき」、リヒハルト・シュトラウスの。

ニーチェの書いたものへのオマージュ、くらいのウタイで、作曲したのかな。

昔、どこかのロックバンドも演奏してなかったかな、レッドツェッペリンだったか、いや、違うか。

社会や学校や世間から強制される、さまざまな決め事、約束事、やって当たり前的なことから、飛び出せ!

若造、みたいなね、それこそが、新生の人類なんだ、その先頭にいるのが、俺だ、とニーチェは。

喚く、その挙句、狂人となって朽ち果てた、ということになっているんだけど。

そんな宣言文が、くだんの書物で、それを、音の連なりとして絡め取ったのが、上記楽曲、ってわけだ。

たぶん。

今朝は、格別に気持ちが良くて、明日からの、高千穂への旅を言祝ぐかのような空気だ。

 

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