まわりで起こっていること

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応仁の乱を逃れ、今川・大内・朝倉と文化が開いた

2017年04月24日 | Weblog

らしい。

というのは、昨日の旧東海道歩こう会のボランティアガイドさん。

順に、駿府・周防・越前、という地名になるようだ。

周防というのは、今の山口県東部。

京の公家さんたちの文化が、散って、そこで花開き。

織田信長は、そのうちの二つまで、首級をあげた、ってわけだ。

京の公家さんたちにとっては、恐怖政治の最たるものだった、とも言えるか。

現代の、アメリカのメディア総動員で、トランプ大統領阻止の論陣を張った絵柄にも似ているか。

ラストベルトと呼ばれる地に住む労働者、エスタブリッシュメントへのアンチとしてのね。

彼らの支持を取り付け、だけど、実際に政権を運営していくのには、能吏が必要で。

それらの人々は、エスタブリッシュメントの中にしかいないから。

列島でも、民主党が政権をとっても、運営そのものができなかったのも、世に言う霞が関の。

官僚さんたちの、律令制度の頃から連綿と続く、蜘蛛の糸のような、忖度も含めた。

裏に連なるネットワークなどなどを、打ち破る術を知らなかった。

のも、宜なるかな、で、大和政権そのものが、合議制で、忖度の限りを尽くす、って手法だから。

ジンギスカンやら毛沢東やらの独裁者は、なかなか、出現しないと言う風土でもあるんだろうな。

それにしても、ボランティアのガイドさんの説明を受けながらの道歩きは、楽しいもので。

いろんなネタを拾ってくるわけだ。

清見寺の境内を列車が突き抜け、駿河湾は、道路や倉庫で目隠しをされ、と言う姿。

往時の写真や絵などからすると、見事な景色が、そこにはあったのだろうけど。

それらが、時代とともに失われ、って、渡辺京二さんの「逝きし世の面影」まんま、だ。

以前、自宅からすぐ近くに八百屋さんがあって、全盛期、毎日、お客さんが訪れ、そこの。

お母さんは働き者で、なんて評判もたち、するうちに、客足が遠のき、そこを。

コンビニの経営者に貸して、家賃生活者になったのかな。

そのコンビニがオープンした時、近所の人々は、わんさと推しかけ、なんて姿眺めていた時。

八百屋さんの経営者とは親しくしていたにしても、用事がなければ、他のスーパーに行く、と言うね。

当たり前といえば当たり前の姿に、そこはかとない哀しみを感じたものだけれど。

それと似ている。

栄枯盛衰の一断面、とでも言えるか。

誰のせいでもなく、時代がね、移り変わるんだよ、くらいの言い草になっちゃうのか。

古来の名刹、清見寺にしても、汽笛一声新橋を、と言う掛け声とともに、富国強兵の御世と相成り。

徳川さんのご威光は、霞んできて、ってことなんだよね。

薩長の、やがては長州のご威光の前に、以前の群は、アリの巣を突くような、さまざまな離合集散が。

駿河の地には、瞬時に沸き起こり、なんて絵柄だね。

だから、今でも、この地に外からやってくる御仁たちの目には、中へ入り込むのは時間がかかる。

なんてことにもなり。

今日は、筋肉痛だ。

15000歩だったんだけど、このところ、あんまり、歩いてなかったからね。

そろそろ、山登りのトレーニングを開始するとしますか。

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