まわりで起こっていること

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父帰る、ならぬ子帰るの図

2016年10月11日 | Weblog

父帰る、ってのは、菊池寛だっけ。

内容、知らないけど書名だけ、記憶に残っている。

は、いいとしても、子帰る、ってわけで。

何日か前にご紹介した、急性の腎不全で緊急入院のおじ、その三男坊が。

何年ぶりか、家に帰ってきた、という次第で。

やっと、連絡がつき、とね。

強い親父、というイメージのおじなので、その息子たちは、悲喜こもごもの影響下に暮らし。

それぞれに大人になれば、それぞれの秘めた理由で、それぞれの父親像を形作り。

ということでね。

彼は、反発し、音信を絶っていて、の今回の入院だったので。

予想に反して、彼との会話からは、スムーズな流れを感じ、この何年かで、何かが吹っ切れたのか。

この年月がもたらしたもの、ってのを、感じるわけだ。

いずれにしても、和解なって、めでたし、と。

家族関係や兄弟関係ってのも、かみ合わないギアが、ほんの少し、時処を変えると、あら、こんなにすんなりと。

というような現象が現れ、という見本のような今回の出来事でね。

という解釈をしているのが、当方で、これまた、キュレート、ってわけだ。

昔の言葉で言えば、祝詞(のりと)、のような、そんな思いで眺めているんだよね。

それにしても、週末の雨の後、秋深まる風情で、さぞかし。

あのスーパー林道の色づきは、数多の滝とともに素敵だろうな、と想像している次第。

ついでに、想像は、古総湯、総湯にまで及び、くどいけど、敵味方入り乱れての湯屋での情景が。

頭から離れがたく。

彼我との比較から始まる、あるいは、生存本能由来の戦ではあるけれど、そこにね。

まさに聖なる泉としてのお湯が、力を発揮し、というね。

白山への信仰の道を、美濃(岐阜)から、備前(福井)から、加賀(金沢)から、の三つの道と言われる三馬場(さんばんば)。

その一つの加賀馬場の近くから、白山の三つの峰を眺めながらの行程だった。

御前峰(ごぜんがみね)、剣ヶ峰、大汝峰(おなんじがみね)とあるんだけど、最後のおなんじがみねは。

それこそ、大己貴命(オオナムチのミコト)由来なんだろう、と勝手な直感なんだけど。

その神様は、わが社の薩摩隼人の氏神、でもあり。

スーパー林道を通りながら、そこを、何回か強調したんだよね。

彼らの村では、おなんじさー、と呼び習わしていたそうで。

遠い薩摩と加賀が結びつく、という、一つの物語ですが。

だからね、旅を一つ取っても、そんな具合で、点と点が結びついていくのを体感すると。

齢を重ねることの素晴らしさをね、思うのであります。

今回の旅も、あそことここへ行った、あれ、あと、どこへ行ったっけ、みたいなノリの振り返りになりがちだけどね。

総湯、加賀、白山、から、そこかしこへ飛び火し、ということね。

人それぞれ、それぞれの物語の登場人物と背景を用意することが可能で、芝居を面白くするのもしないのも。

それぞれの自由な意志に任されている、というのが、この世的なあり方、とでも言えるか。

というわけで、そろそろ、今日という日が登場しつつあります。

皆様もお元気で!

 

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