まわりで起こっていること

since2004.12「糠漬け初心者」

ミッションインポッシブル、無事終了!

2016年12月28日 | Weblog

昏れなずむ歳を傍目に、富士宮、富士、大井川と三箇所を経巡り。

無事、表題のごとくで。

と書いても、なんのことやら、でしょうが。

人生初の、役員選考委員長という役割を仰せつかり、なんとか行脚を終えたわけだ。

んだけど、人生も、事業も、先輩諸氏から伺うお話は、思わず、身繕いし直すようなもので。

深い。

肌身に染み通るような、言葉の数々を体験させていただいた。

世に逸材は、星の数ほど、という思いに至る、という感じでね。

もっとも、僕の観点からしたら、功なり名遂げる、という価値観は、どうでもいいものだけどね。

これ、ここだけの話ですが。

だって、生きてるだけで丸儲け、ということだから。

にしても、同じような人生の時間を、振り返ってみれば、刻苦奮励して生きてこられた、という姿には。

感銘を受けることは間違いなく。

おかげさまで、いい日を過ごすことができた。

有難やー有難や、ってわけだ。

さて、今日は仕事納め。

カーテン工房へも午後に顔出すことになるんだけど、糠漬け師匠のご主人のところのお塩でも持って行こうかな。

いつも携帯している、セルフォ、セルフオーリングテストの道具を持ち出し。

四方を塩で囲い、その真ん中に立って、みんなに、力の感覚を体感してもらおうか、と。

新しい年を迎えるにふさわしい、という気がする。

なにせ、今いるこの場所の四方には、塩で清めた勾玉が置かれているしね。

このオーリングテストね、知らない方が多くて、意外な感じがしている。

どうも、この時代、というのか、見える世界、根拠のある世界を全力で追い求め、という気風が蔓延している。

のかも。

しかも、それは自分がする、というね。

密かに目論んでいる、お月見ね、ってご存知なかったっけ。

縄文人がやったのかも、というまあるくなって、同じ月を見る、っての。

今でも、その名残、お月見の宴、ってのが、あるけれど、あれとは微妙に違って。

同じ月を見る、文字どおり、同じ月、をね。

言葉では、同じ月、と表現しても、その実、各人各様に見える月を眺めている、という。

縄文人からしたら、間抜けなお月見が現代のものだけど、まんま同じの月を見る。

kan.さんという方が話していることによると、それには、足の、ふくらはぎじゃなく、鎖骨じゃなく。

くるぶしか、そこを毎日、お風呂に入るときでもいいから、撫でるといいよ、というんだね。

そこは、今では忘れられているけれど、カラダの中でとても大切な部分です、と。

根拠を求めたがる現代人たる、このあたくしめなので、なかなか、その言い分に承服するには骨が折れるけれど。

いつの日か、そんな日も来るのかも、と。

って、言ってる時点で、そんな日は来ないうよね、だって、明日は永遠に訪れず、だもん。

よし、決めた、この今、この瞬間から、くるぶしを使って月をみんなで見る、とね。

というわけで、今年を終わらせるとしますか。

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