まわりで起こっていること

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袖すり合うも多生の縁というから

2017年02月12日 | Weblog

してみると、わが社に在籍の薩摩隼人とのご縁も。

どこぞの生で、袖すりあったのかも。

なんてことも考えながら、昨日は、日向、薩摩への旅をした。

行程表を地図に落とし込み、というだけのことだけど。

日向は高千穂、薩摩は野間岬。

高千穂には、天孫降臨、空から舞い降りたイメージだ。

野間岬には、上陸、海からやってきたイメージ。

その二つの伝承、なのか、神話なのか、が残されている土地の空気を吸いにいくわけだ。

なんにつけても、根拠を求められ、エビデンスがなんとか、という時代の中。

それでも、密かに、あるいは、観光化して伝えられる、さまざまな事実にね。

とりあえず、触れてみようか、という作業で。

空から、ということでは、竹内文書に書かれている、その昔、日の本の天皇が、世界を飛び回った。

というようなことや。

海から、といえば、南や西に向かい、母親の故地を思い、叫んだ人々。

というような習俗を思い。

つい最近、吉田敬一先生の「記憶をかさねる街づくり」という言葉に出会い、これは。

現代の町おこし、というのか、東京一極集中ではない、地方にもエネルギーを。

というような考え方なんだけど。

記憶がかさねられた土地を経めぐるのが、日向、薩摩への旅でもある。

油絵のごとく、そうだ、フェルメールだったか、例の、文学者のような生物学者、福岡伸一さんが。

何重にも重ねられた絵、修正もされたのか、そんな絵を復元、復旧、というような事業について書いてなかったかな。

一枚の絵が、今に現れている、その裏側にあった、描かれたはずのものを掘り起こす。

まるで、考古学者のような、そんな作業についての文章をどこかで読んだような気がするんだけど。

ま、そんな感じでもあるね、この旅は。

なぜするの、と問われても、そこに山があるから、くらいの話だけどね。

この何十年という、宇宙からしたら、まさに、刹那、とでも言えるような時間の流れの中で。

わが故郷は、あそこはもともと巴川だったところで、あるいは貯木場だったところが埋め立てられ。

とか、田んぼが住宅街に、とかね。

お盆に帰ってくるご先祖様が、迷子になるかも、みたいな変わりようでもあり。

なんてことからすると、1000年、2000年のスパンでは、とんでもないことが起こっているんだろうし。

人々の感じ方、考え方も、例えば、出雲で整然と並べられ、埋められていた、という銅鐸や銅剣なんてのも。

一瞬にして、過去に蓋をしてしまった、というようなエビデンスの一つでもあるんだろうしね。

戦前は、天皇陛下、と発する時に、直立不動、がデフォ、だったのが、今ではね。

あえて書かないけれど、というわけだし。

なんてことは、枚挙にいとまがなく、無数にある、上書きされたもの。

今朝の月も見事だったけれど、じっと眺めていると、なるほど、ウサギが餅つきをしている。

といえなくもないな、なんて気分にもなるしね。

列島の総和でもいいし、駿河と限定してもいいけど、どれほどの時間を、人々の累計で言ってね。

月を眺めるのに費やしたかね、現代のような灯り、のない時代に。

そりゃ、さまざまな、妄想、いや、失礼、想像、イメージ、幻想、などなども去来するわけだ。

さて、そんな月への妄想も交えて始まった今日という一日を、ご先祖様方への思いとともに始めるとしますか。

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