まわりで起こっていること

since2004.12「糠漬け初心者」

お昼を病院で食べる

2016年10月18日 | Weblog

ということで、母親の見舞い、というのか、看護、というのか。

なかなか、自分の居場所が腑に落ちないようで、帰る、帰る、と。

その意図が、実は、違うんだ、ということを、あれやこれやの手口で。

教えさとし、その合間に、とにかく、顎を動かし食事を。

と、口に運んでね。

そういえば、母親の口にご飯を運んだ、ってのは、初めてのことか。

そんな感慨もなく、僕が車で迎えに来た、という彼女のストーリーの。

間隙を縫って、という作業だった。

食欲も、どうかすると、頭に負けちゃうんだよね。

ここは私の居場所じゃないから、帰らなきゃ、という、これ、感情なのか、なんなのか。

そちらが勝って、お腹が空いているのは、どこかへ行っちゃう。

という仕組みは、お腹いっぱいなのに、食べなきゃ、食べたい、という過食と似ていなくもない。

そんなことの後、院内にあるドトールコーヒーにて、イタリアンセットだったか。

ジンジャーチキン、とかいうの、食べて。

昼食、だったんだけど、地下にもあるんだね、食堂っぽいのが。

今度は、そこで、昼食だ。

そんなわけで、今のところ、母親同様、こちらも、新しい環境、状況に戸惑っている、というか。

不慣れでいる、というのか。

なんだけど、幼い子なら、毎日がこんな具合なんだろうけどね。

不慣れ、とか、戸惑い、とかの語彙は、浮かびもしないくらいに純粋に、目の前のことごとを。

受け止め受け入れ嚙み砕き消化し、というね。

こちらも、彼彼女たちに習って、目の前のことに脇目も振らず、と。

ところで、これにも関連するんだけど、最近、未知と不知、ってのが、テーマにあって。

どちらがいいのかな、というね。

日々が未知の連続、という言い方と、不知の連続、というのと、どちらかな、というたわいもない。

to be or not to be,that is the question、くらいのハムレットの悩み、若きウェルテルの悩み。

といったところでね。

未だ知らず、というのと、知らず、というのと、日々起こりくる出来事をね。

どちらで表そうか、というんだけど、どうも、不知、の方がいいな。

未知だと、力んでる感、あるでしょ。

単に知らず、のほうがよさげなんだ。

って書いてみて、たわいないことかもね。

どっちだっていいか。

それこそ孫娘に聞いてみたいくらいだけどね、たぶん、乙な返答がもらえるかも。

さて今日は、個人ミーティングの続編だ。

気持ちのいい空の青だ。

さて、カレンダーには上棟吉日、と書いてある一日を始めるとしますか。

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