いろいろあるけど♪

基倉聖とゴン太の仲間達による、
元気フェスタ!!さっぽろ笑EVER(わらえばー)の話だったり、違ったり。

母がボランティチーム「元気フェスタ!!さっぽろ笑えばー」を作った本当の理由!(再)

2016年12月11日 00時06分13秒 | 本日の我が家の話題
私の母は1歳11ヶ月から障害(小児麻痺=ポリオの為)を持っていて、今までに子宮や腸などの癌や色んな病気で、30回ほどの手術を繰り返して来ました。
現在は難病指定の膠原病やヘルニア、パニック障害などを抱え、癌の再発の不安と身体中の痛みと闘いながら暮らしています。

…ですが病人と思えないくらいパワフルです(笑)

私が中学生の頃からヘルニアの悪化で段々車椅子を使うようになって、今は外出時は介助人が必須です。
そんな母ですが、現役時代はバリバリのキャリアウーマンで、以前母の履歴書の職歴や資格を見せてもらった時は、凄いな!と思ったと同時に、この人の傍で沢山学びたいと思って、ワクワクしたのを覚えています。

母はボランティグループを作りたかったのではなく、正式に慰問に行くために必要だったから、仲間を募ったらボランティアグループになったのでした。

確かに余命宣告を受けたショックから立ち直り、残りの人生を有意義に過ごしたいと言う思いはあったようですが、本当は幼い時から大人になっても、母が受けて来た障害者に対する差別やいじめの経験の悲しい思いが、余命宣告に背中を押される形で長年の夢の実現に向けて動きだしたのでした。

母は世間から、障害者と健常者に分けて呼ばれることにひどく疑問を抱き、容姿や障害や病気、環境などのハンデに関係なく、参加してくれた人がここにも『自分の居場所』があると思える「何か」を作ろうとしました。
その為には「他の誰でもない!自分がてっぺん張らなきゃ、決定権を自分が持たなきゃ、自由に決められない!」と思ったそうです。

母は「信念」を持っていました。

いざ動き出すと「そんな身体で金もないのに出来るわけがない!」「女のクセに!」「障害者のくせに!」は日常茶飯事で、参加者依頼の声をかけると「どこの馬の骨か分からない。」とか「うちは大きなホールで発表会やってる由緒あるスクールですので…!」とか「障害のある方と一緒に出来ることはありませんので…。」とか…、ここでも差別のような言葉を浴びせらる事はありましたが、主旨を理解して協力を申し出てくれる人達の方が圧倒的に多くて、一番驚いていたのは母自身でした。
子供の頃は入退院を繰り返し、たまに登校するとピコタコ星人となじられ石を投げられ、松葉杖を壊されたり、暴言暴力も!
大人になってからは「障害者がステージに堂々と立つな!」「びっこひいて歩かれたら、みっともないからロングスカートはいて影マイクでMCやらせろ!」…左右の足の長さや太さが違う母に容赦なく浴びせられた言葉は、私が思うに、はなはだ理不尽なものでした。

私も小学校、中学と10年間イジメで苦しみ、今も当時のトラウマに苦しんでいます。
子宮筋腫や卵巣の機能低下で体調や精神的な問題も抱えています。

兄も心臓に極度の負担がかけられない為、子供の頃から体育は見学組が多かったです。
メンバーの中には五体満足でも、橋本病や知的障害や災害や事故の被害者や孤児、外から見えない病、加齢、等々…様々な苦悩を強いられながら前向きに進もうとしている人達が大勢います。

さっぽろ笑えばーが「ドタキャンOK]な理由はそこにあります。


急な体調の変化、金銭的問題などで、例え当日参加できなくなっても、必ず次がある(但し前後の1報がある場合)。
皆で足りないところを助け合えば、出来ないと思ってたことが、出来るようになる。

ギャップレスがスローガン!

親子3代が一緒に楽しめて、家族のコミュニケーションにもなればと言う願いが込められています。


長くなりましたが、そんな居場所があるおかげで、私も一つ一つ壁を乗り越える事が出来ています。

母の作り上げたさっぽろ笑えばーを継ぐには、まだまだ経験が足りなさ過ぎです。
もっともっと母の傍で色んな事を学び、母の周りに集まってくる人達からも、もっともっと色んな事を吸収したいと思っています!

今度とも温かいご理解、ご指導、ご協力を、

何卒よろしくお願い申し上げます。

長文最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます。

元気フェスタ!!さっぽろ笑えばー専属シンガー 宝
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