勝ってなんボ! ~パチンコ父さんのリアル日記~

解雇の憂き目にあった2児のパパ。
カミサンに知られることなく月収35万円を叩き出さねばならない。
さあ、どうする??

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あとがき

2013-08-12 19:50:00 | ぱちぷろのはなし

 

“ぱちぷろのはなし”は以上です。


全編を通して私が表現したかったのは、いまだ世間ではあらゆる意味で認知されないパチプロの存在というものについてです。


きっかけとしては・・・

当初は、「ほんとうにいるの?」なんていう牧歌的なもの。

または、「どうしたらなれるの?」という願望的なもの。

そういった質問が当編集部に溢れている様を知り、今一度ペンを執ったというものでした。


しかし、我ながら驚いたことは、書き重ねるにつれ、何かが私の中で変わっていったことです。


その結果、思いもよらぬ感情といいますか、感覚に包まれていました。

もちろん、発端は田山氏の「パチンコ日記」でしょう。

彼の卓越した感性がならしめたものなのか?

縦約80cm、横約50cmに過ぎない空間に自らをおとしめてドラマを語り続ける。


そして、私はと言えば、そんな彼の生き様に自らをおとしめて反芻したのでした。

同じ虚業に生きる者同士、これも人生。

決して、彼の立ち振る舞い(稼働)を真似るということではありません。

我々のような伸びきったバネのごとき感性でパチンコを打つ態度に一つの疑問符が浮かんだのです。

本音を申しますと、ここに至り、「パチプロって存在するの?」なんて、どうでもよくなりました。


信じる者も、信じない者もパチンコを打っている。

いわんや、稼げる者も、そうでない者もです。

勝てば、普段では味わえない爽快感で換金所に並ぶ。

また、その逆に負けた帰路、得も言えぬ嫌悪を感じる。

これこそが、パチンコなんです。


「なぎのごとく平凡な日常に吹く風のごとし」

前回書いたこの表現こそ、一つの答えかもしれません。

皆さん、パチンコを大いに楽しんでください。

勝てる人も、そうでない人も。

つまるところ、それが当編集部の究極の願いであります。



最後に余談を。


その昔、寺山修司という競馬をこよなく愛する劇作家がいました。

「競馬なんて平均的に負けちゃうでしょ?」

ある人に揶揄された彼は、こう切り返しました。

「あなたの人生は平均的に勝っていますか?」


パチンコであれ、競馬であれ、ある主体を通して、人は風を欲している。

自らの心を動かす手法を持ち得た人は幸せです。

それを世間は“感動”と呼ぶのですから。

それも一つの勝利と言えないでしょうか?


おわり


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5.伝説のパチプロ“田山幸憲(たやま ゆきのり)”-6

2013-07-29 19:50:00 | ぱちぷろのはなし

彼の著書「パチンコ日記Ⅱ」の帯に、そのもっとも顕著な思索が見て取れます。

「頭に来た!本当に怒髪が逆立っているのだろうか、頭のてっぺんがジリジリする。この際はゼニカネ抜きだ。・・・(中略)・・・そんな物狂おしい考えから、ひたすら玉を買い足していたら、四千四百円に待望のV。何と、ピッタシ狙っていた線だ!気絶しそうなほど、快感を覚える。十二時半。」

 

プロの心理とも思えない、この著述。

知らず、読んだなら、パチンコに狂ったオヤジの独り言に近い。


そして、文中に度々出てくる「千五百個落ち」といういわゆるスランプの独特な形容も然り。


現代で言うところの“確率2倍ハマリ”程度のことだと推測できますが、あろうことか、彼は持ち玉を流して移動し、再現金投資を始めたりしているのです。


また、釘の調整が良く、持ち玉もある。

そんな状況下にありながら、スランプに怯えて「逃げの一手」とばかり、昼過ぎに居酒屋にしけこむ・・・。

その全編たるや、凄まじい稼働報告!

 

以前の私なら、「バカなパチプーの飲んだくれ日記」とでも評したかもしれません。


しかし、今の私は変わってしまった。


もし、彼がいまだ存命なら、私は以下のように言ったでしょう。


「田山さん、ずるいよ、そんな楽しいパチンコ打ってさ」


結局のところ、田山氏の稼働を支配していたものは、彼の生き様そのものでした。


感情を押し殺し、点けっ放しのTVのドラマを横目で見るような我々の稼働とはまさに対照的。

相反する素人の域とプロの域を無理やり重ね合わせ、そこに自らを置く。

パチンコというゲーム性を骨までしゃぶりつくして、なお、そこから糧を得る。


まさに、パチンコ玉のごとき、釘の間を転々と踊るような奔放さ。

その中心にパチンコを据えて、人生をまっとうする。

同じパチンコを愛するものとして、これはずるいと言わねばならないw


もちろん、彼の経歴を見るに、忸怩たる思いもあったはず。


見る人によっては、虚業に身を委ね、世をすねた男の物語と、とらえられなくも無い。

ただ、それを超越した彼の怨念のような著書「パチンコ日記」は私に語りかける。

 

「おまえら、バカだねえ、そんなつまんないことするためにパチンコがあるわけじゃないのよ」

付け加えて・・・

「楽しめよ」と。


私が常にさいなまれるパチプロという虚業。

それに対し、東大という最高学府を棒に振り、そこにのめっていった男の台詞は、いつしか私を嫉妬と安堵の感情に変えていったのです。

 

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5.伝説のパチプロ“田山幸憲(たやま ゆきのり)”-5

2013-07-22 19:50:00 | ぱちぷろのはなし

期待値ばかり追っかけている皆様。

少しばかり、パチンコを始めた頃のことを思い出してください。

 

「さあ、パチンコへ行くぞ」


そう思い立った瞬間のあの気持ち。

ホールに向かう途中のウキウキ感。

扉をくぐるときのあのドキドキ感。

大当たりしようものなら、ドーパミンがドバーッ!

連チャンが始まれば、ホールの為政者ごとき天下を取った気分。


その逆に、ハマリ始めたら、この世で最も不幸なのは自分ばかりなりと、まるで悲劇の主人公。

結果、○万円負けて、この世も終わりの心境に。


とまあ、その精神状態を推し量るに、まさに天と地の差ほどある。

 

いやあ、なんと素晴しいことでしょう。


考えてもみてください。

そこらじゅう、至る所に、そんなドラマを演じる場所があるのです。

しかも、主人公はあなた。


これです。

これがパチンコなんです。


なぎのごとく平凡な日常に吹く風の如し。

といいますか、これこそが唯一、日本におけるパチンコの存在意義でしょう。


期待値しか興味のない皆様も、当初はその意義を大いに感じたはず。


ということで、最近の私は、ある人達に対して軽い嫉妬を覚えて仕方がありません。

その人達というのは、どこのホールにもいますが、開店前に居並んで、昨夜の戦績をのべつなく語る人ら。

いわゆる、プロとは違う一般のお客様ですね。

 

ホント、楽しそうなんです。

おそらく、その開店前の心境たるや、推して知るべし。

そして、彼らの様子を垣間見るにつけ・・・。


「もうあの気持ちは味わえないのか・・・」


決して嫌味ではありません。


当初は、この人達へ向いていた憐憫の感情さえも、今は嫉妬に。

彼らが立っている場所は、開店も待ち遠しいワンダーランド。


しかし、私にとってそこはシノギのための現場に過ぎません。

「筋書きを知ったドラマほどつまらないものはない」

まあ、諸事そうですが、仕事にドラマなんてあまりない。

むしろ、ドラマたるハプニングを回避して淡々と稼ぐのが仕事であります。

しかし、ここでようやく登場します。

田山幸憲。


次回へ

 

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5.伝説のパチプロ“田山幸憲(たやま ゆきのり)”-4

2013-07-15 20:00:00 | ぱちぷろのはなし

いやあ、暑いです。

皆様の地域はどうですか?


どうも今年は、3年前の猛暑の再来のようで、非常にヤバイようで・・・。

年齢による?体調不良のさなか、私のポテンシャルでは耐え難いものがあります。


もちろん、ホールの中は空調が効いておりますが、大抵が効きすぎ。

これがかえって、体調によろしくない。


そもそも、あの温度設定は一般の勝負に熱くなっている方々への配慮なのでしょうか?

我々のように勝負に冷め切った連中には辛いものがある。


外で汗かき並ばされ、中でTシャツごと凍らせるといえば言いすぎ?w

どうぞ皆様もご自愛ください。

 

さて、田山氏の話に戻ります。


彼の著書「パチンコ日記」を読んでからというもの、何かが私の中で変わりました。

いや、正確に言うと、元の私に戻ったのかもしれません。


そこで、あえて私は皆様に謝らなければならない。

こんなサイトのこんなブログを書きながら、まるっきりパチンコの楽しさを伝えてこなかったことを・・・。

 

回ればいい。

これだけ玉が出ればいい。

こんな店に行けばいい。

この台を打てばいい。

以上。

 

知らず、そんな問答に終始し、大事な何かが欠けていた。


それを田山氏は教えてくれました。

本当にパチンコが好きならば、忘れてはいけなかったのです。


それは、まさに彼の日記のごとく1日という単位の中での「ドラマ」という観点でした。


人という生き物の原理として、一日という単位は根源的なものでしょう。


夜、床に入るとき、「いい日だった」と感じる。

または、その逆で涙で枕を濡らす日だってある。

いずれにせよ、一日で収束させる思考の連続が人生なわけです。


または、プロ野球を例に取るとわかりやすい。

強いチームと弱いチームってのはこの時期になると、大方はっきりしています。

打線が良いだの、投手力が弱いだのと、原因もはっきりしている。

だからと言って、明日の試合にDeNAが負けるとは限らない。

1日単位でみれば、そこに「ドラマ」が存在するからです。

 

長くなりそうなので次回に続きます^^;

 

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5.伝説のパチプロ“田山幸憲(たやま ゆきのり)”-休

2013-07-08 20:00:00 | ぱちぷろのはなし

皆様、先週は大変失礼しました。
と、申しつつ、今週も失礼します。

前回、頭の中は空っぽと申しましたが、実はそんなにスッキリした状態ではありませんでした。

ちゃんと説明しますと、それこそパチンコ玉が詰まったように重く、思考の入る隙間が無い。

そういった感じなんです。

あれほど書きたいことがあったはずなのに、何処へ?

有る事、無い事、記すに及ばず。

それこそ、田山氏に失礼な話であります。

今回もどうぞお許しください。

 

そこで、昨今の稼働について少し触れたいと申します。


つい先日の話。

(CR大海物語2MTE)を6時間ほど稼働した時のこと。


「いまいち、回らんわ~」

友人のSが私に告げたそれは、朝一、私が鑑定し譲った台でした。

ヨリ→普通、こぼし→良好、ワープ→ちょいワル、風車→良好、ハカマ→普通、道釘→普通、ヘソ:開き→良好、上げ→普通。

ほとんどマイナス材料が見当たらず、即座に22回転/ 1Kは取れるだろうと踏んだのですが、どうも勝手が違ったのか?

Sのくれたデータは394/20k。

2万円使って平均19.7回転というさびしさ。


「いや、悪かった、オレの打つ?」

そういって21回転以上の我台を譲る羽目になったのですが、どうも納得できない。

間髪入れず、二の句を告げました。

「台、交替ねw」

 

するとどうでしょう。(ビフォーアフター風に)

回る、回る。

その数字22.8回転。


(どのあたり狙ってた?)

メールにて、Sにストロークの尋問であります。

(7本釘の3本目あたりです)


ハイ、逮捕w

この場合のアンサーとして無実なのは、(イロイロ探りました)なんです。


もちろん、機種によって基本ストロークは在ります。

特に大海は、3本目の釘が凹むほど打たれており、確かにそこは基本。

そして、Sの代弁をすれば「最近の機種はそんなに変わらねえよ」というのも事実。

液晶画面が大きくなるにつれ、ヨリやハカマが狭められ、どこをどう打とうが、一定のルートに閉じ込められていく。

その上、店舗の巨大化による釘調整の簡易化も、ストロークの介在する余地が減ったことを如実に示していると言えるでしょう。


しかしです。

しかし、それでは、本来のパチンコの楽しみを放棄していると思うのは私だけでしょうか?


例えば、件の大海。

私の経験では、こいつは少なくとも5つほどのストロークポイントがある。

回らない時は、あらゆる“探り”をいれるのが定石のはず。

ここで勘違いしていただきたくないのですが、こうすれば“回る”という話ではありません。

パチンコという遊戯の特性上、必ずや効果があると信じ、せめてストロークに対する意識を持って欲しいということです。

また、大当たり消化や時短時(スルー)においても、その意識が持てれば、パチンコの新しい楽しみを見出せるかもしれません。


さて、この日の私の結果は5万円ぐらいの回転数で平均21.7という非常に微妙なものでしたw


もし、あのまま、Sが打っていたとしたら?w

これは嫌味でもなんでもなく、まったくわかりません。


それでも、私は、歌の文句じゃありませんが「探しつづける」のです。

 

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