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現在の創価学会の状況と推測(2)

2017-06-13 18:23:55 | 日記・体験談
前回の記事の続きです。

前回の記事では、現在の創価学会は若年層の人材が少なく、その理由として、自分の祖父母・父母世代(50~80代)と若年層(20~40代)の間に生じている差異について、推測も交えつつ、持論を述べました。

今回は、この両世代の差異について、日蓮正宗との関係性の観点から話してみたいと思います。


そもそも、創価学会は、日蓮正宗の一信徒団体として発足しました。つまり、創価学会という独立した宗教が最初から存在していたわけではなく、日蓮正宗の信仰を布教する団体としてその歩みをスタートさせているわけです。
創価学会が、1951年(昭和26年)に宗教法人格を取得する際も、日蓮正宗側が提示した3か条を遵守することを条件として、宗教法人格の取得が認められており、第2代戸田会長はこの3か条の遵守を約束されています。

しかし、ご存知のとおり、その後創価学会と宗門との対立が徐々に深刻化し、創価学会は、1991年(平成3年)に破門されるに至り、1993年(平成5年)に日寛上人書写の曼陀羅本尊を御形木本尊として全世界の会員に授与することを制定するなどして、独自路線を突き進んでいくこととなります。


詳言するに、自分の祖父母・父母世代は、日蓮正宗の信仰からスタートし、宗門に対する疑問を抱えつつ、池田センセーへの忠誠を強め、宗門からの独立を果たすことによって、尊敬して止まない池田センセーを中心とする自分たちが真にやりたかった信仰を実現できたという心情を形成するに至ったのではないかと想像します。
(池田センセーに対する忠誠心が薄く、日蓮正宗の信仰を重んじていた人は、破門の際、日蓮正宗に帰伏されていると思います)

他方、私のように、完全に独立した以降の創価学会しか知らないという世代(あるいは、日蓮正宗時代をあまり知らないという世代)は、日蓮正宗の信仰から脱し、独自の信仰を確立しようとしてきた新興宗教としての創価学会の姿しか知らないのです。


実のところ、この差が大きいのではないかと考えています。

要するに、祖父母・父母世代は、日蓮正宗の信仰を実践しつつも、広宣流布に最も貢献してきたのは池田センセーであると考え、宗門に支配・束縛された息苦しい信仰からの脱却を志向し、池田センセーを中心とした新たな創価学会の誕生を望み、宗教的正統性を度外視して(あるいは教義の矛盾をマインドコントロールによって無理やり乗り越え)、現在に至るという経過を辿ります。このような世代にとっては、現在の創価学会はまさに自分たちが望んだ組織であり、何の不満もありませんし、宗門は憎き敵でしかありません。

しかし、その次の世代は、上の世代から「宗門は敵だ」「宗門を撲滅しなければならない」と植え付けられてきましたが、なぜ敵なのかよく分からず、それどころか、調べれば調べるほど、創価学会の教義の矛盾に気づき、宗教的正統性が欠如しているというところに目覚めてしまうのです(元々自分たちが信仰していたものを否定しているのですから、これを矛盾と呼ばずして何と呼ぶのか)。
しかも、祖父母・父母世代ほど池田センセーに対する忠誠心はなく、新興宗教としての創価学会に何の魅力も感じず、中には、池田教と化してしまった創価学会に嫌気が差し、日蓮正宗やその他の宗教に帰する学会員さんも続々と出てきているという状況です。


これが、日蓮正宗との関係性の観点から見た自分の祖父母・父母世代と若年層との差異でしょうか。


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