グランマのつれづれ

日々の思い、感じることを言の葉にのせて~

二つの美術展

2016-10-11 16:26:40 | 日記

東山魁夷展を見た後、深い交流のあったという川端康成のコレクション展も気になり、後日見に行く。

川端康成 珠玉のコレクション展
                 2016年9月3日~10月16日(日)
                   ひろしま美術館

川端康成はノーベル文学賞受賞作家
受賞したお祝いにと、魁夷が贈った「北山初雪」(1968年制作)

その返礼に川端は一句書をしたためる。 そしてその一句に魁夷は再び画を添えて、屏風に仕立てるという交流ぶり~
                   作品「秋の野に」(1968年制作)— 書:川端康成 画:東山魁夷

同じ時期に、二つの美術館で関連して作品が鑑賞できることはとても有意義。
お二人は9才の年の差がある。 川端康成(1899~1972) 東山魁夷(1908~1999)
「北山初雪」に並べて、川端が購入した魁夷の習作「冬の花」(1962年制作)が並べて鑑賞でき興味深かった。

それにもまして川端康成のコレクションは想像以上の多岐にわたる収集で、
美への執着に深く感動いたしました。

ロダンからピカソ、日本の文人画、愛用の調度伝統品、美術品
彼の同時代の画家たちとの交流をとおして、彼らの作品をコレクションしているが、
川端康成の審美眼に驚嘆します。

オーギュスト・ロダンの「女の手」(彫刻・左手)は、執筆する傍らの机に常に置いていて、
何時間も見ていて飽きなかったそうです。

なかでも、草間彌生の無名新人時代の作品(現在の草間の造形、色とは全く違う)二点には驚いた。
                       「雑草」(1953年) 「不知火」(1955年)

 

川端康成は著作に、
「最高の美にただただ感動するのが生きがいではないか」と残している。
「所詮手の届かぬものを買へさうに妄覚して、長い時間一心に眺めていた」などと、
入手できなかった作品に対しての無念さも回想するほど・・・
独自の美への執着こそが、「珠玉の川端康成のコレクション」の原点なのだと納得する。

 

また、川端康成氏とヒロシマとは ペンクラブ・田辺耕一郎氏を通して深く結びつく。
自身の戦争体験から、戦後作品には戦争の傷が深く刻まれている。
1962年「世界平和アピール七人委員会」の一人に委嘱され・・・ 平和と核兵器廃絶を訴える声明を発し続けた。
※「広島憩いの家」※にも、1972年3月田辺が鎌倉の家を訪ねた際に被爆者たちの様子を質問し、
”憩いの家は世界のシンボルだから、灯をともし続けてください” と・・・ 自裁するまで気にかけていたそうです。
                    ※田辺耕一郎が亡くなった翌年1992年まで、35年の歩みを刻む※

川端康成は生涯 ヒロシマを忘れることはなかった!

川端康成氏への認識が大きく変わりました。


 

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