社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

高崎禎夫「スチューデントの小標本理論」高崎禎夫・長屋政勝編『統計的方法の生成と展開(経済学と数理統計学Ⅰ)』産業統計研究社, 1982年3月

2016-10-17 19:59:51 | 4-3.統計学史(英米派)
高崎禎夫「スチューデントの小標本理論」高崎禎夫・長屋政勝編『統計的方法の生成と展開(経済学と数理統計学Ⅰ)』産業統計研究社, 1982年3月

 スチューデント(1876-1937)の統計的推論に果たした意義を示した論文。この論文をたよりに, スチューデントの小標本理論はどのようなものだったのか, その貢献がどう評価されているのかを, 以下に示したい。

スチューデントは, いわゆる統計学者ではない。アイルランドのダブリンにあったギネス醸造会社の技師であった。生涯, この会社で働いた。なお, スチューデントというのは, 筆名で, 本名はウィリアム・シーリィ・ゴセットである。

スチューデントが仕事についた時期は, 農事試験あるいは科学的な穀物の品種改良が緒についた頃であり, 彼自身, 大麦の種まきから取入れを経て, これを麦芽にし, 醸造するプロセスで, 品質の確保, 維持に関する業務に日常的にかかわった。その際, 種々の実験値は小標本によることが多かった。彼がそこで関心をもっていたのは, 誤差論であった。

 当時, 統計的推論の分野で権威をもっていたのは, カール・ピアソンである。スチューデントは, K・ピアソンに業務上から生まれた誤差論上の疑問を解くために, 実際に会って指導をあおいでいる。ふたりの個人的関係は, 研究上でのその後の見解の相違にもかかわらず生涯続いた。

 スチューデントの主要業績は, 「醸造所の仕事に関する『誤差法則』の適用」(1904年), 「平均値の確率誤差」(1908年), 「相関係数の確率誤差」(1908年)である。「醸造所の仕事に関する『誤差法則』の適用」は, 大規模産業への統計的方法の導入の問題を論じ, 誤差曲線のあてはめとその特性を述べたもので, 後の「平均値の確率誤差」につながる議論が展開されている。「平均値の確率誤差」「相関係数の確率誤差」では小標本にもとづく誤差論の新しい手法の開発がテーマである。z分布推定と呼ばれるこの手法は, ピアソン流の大標本理論が前提としていた標本の源泉としての正規母集団の標準偏差σという未知量を必要とせず, すべて既知量である標本の数値から正規母集団の統計値を精緻に推論することができた(精密標本理論)。

 筆者は以上のように, スチューデントの業績を概観したのちに, 「平均値の確率誤差」の詳細なテキスト・クリティークを行っている。ここでは同論文の狙い, 構成, 業績であるz分布曲線とその分布表, 検定法が解説されている。論文の目的は, 母集団に正規分を保証しえない小標本の使用に依存しなければならないときに必要な確率積分表を作成することであり, z分布の方程式を示すとともに, 実際にz分布の確率積分表を作成した(p.89)。さらに, 睡眠剤の効果, 小麦・大麦の収量に関する実務上の問題などを具体例として, z分布表の使用法を示し, 今でいう仮説検定法を展開した(有意水準などの概念もない未熟なものだったが)。 

 筆者は最後にスチューデントの小標本理論の特質と意義について整理している。まず, 数理使い学の分野では, スチューデントの業績は高く評価されている。フィッシャー後に, スチューデントの言明の正しさを数学的に証明して, この世界で市民権を得た。また, スチューデントによる正確な標本分布の発見は, 筆者の整理によれば, 分散の推定値の分布, 平均を標準偏差の推定値でわった量の分布(不朽の最大の発見), 独立な変量の間の相関係数の推定値の分布の3つであることの確認が重要である(p.94)。さらに, 母集団と標本の特性値に表記上の区別を行ったことも, 高く評価されている。検定法についていえば, スチューデントは確かに, z分布を用いて小標本においても, その標本の与える数値のみに依拠して, 標本の抽出源とみなされる「正規母集団の平均値が正の値である」といえる確率を正確に与えることを示し, その確率にもとづいてその命題を検定したが, もともとの狙いが検定のあるべき方式にあったのではなかったので(p.96), したがって現在の水準にてらすと検定方法としては未熟であり, 「当時の通常の方法」(K.ピアソン流のそれ)にしたがっていたにすぎなかった。
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